アンモ酸化用触媒及びこれを用いたアクリロニトリルの製造方法
【課題】プロピレンのアンモ酸化反応において、良好なアクリロニトリル選択率を示す触媒を提供すること。
【解決手段】プロピレンのアンモ酸化に用いられる触媒であって、モリブデン、ビスマス及び鉄を必須成分として含み、かつ、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上であるアンモ酸化用触媒、及び前駆体スラリーが前記鉄に対して1モル以上、かつ、金属元素の総和に対して0.1モル当量以上の配位性有機化合物を含む触媒の製造方法。
【解決手段】プロピレンのアンモ酸化に用いられる触媒であって、モリブデン、ビスマス及び鉄を必須成分として含み、かつ、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上であるアンモ酸化用触媒、及び前駆体スラリーが前記鉄に対して1モル以上、かつ、金属元素の総和に対して0.1モル当量以上の配位性有機化合物を含む触媒の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロピレンをアンモニア及び酸素と反応させてアクリロニトリルを製造する際に用いるアンモ酸化用触媒及びこれを用いたアクリロニトリルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プロピレンをアンモニアの存在下に分子状酸素によって気相接触酸化してアクリロニトリルを製造する方法は、「アンモ酸化プロセス」として広く知られており、現在、工業的規模で実施されている。
工業的規模で一層効率的に実施することを目指し、アンモ酸化プロセスに用いる触媒について種々の検討が進められており、Mo−Bi−Fe系、Fe−Sb系等の複合酸化物からなるものが知られているが、更なる性能の向上を目指して、これらの必須金属にその他の成分を加えた組成も多く検討されている。例えば、特許文献1及び2には、モリブデン、ビスマス、鉄に加え、その他成分を添加した触媒が開示されている。
一方、金属組成は共通していても、触媒調製方法を工夫することで目的生成物の収率を向上させる試みも進められてきた。特許文献3には、モリブデン、ビスマス、鉄、ニッケル等を含む複合酸化物触媒の調製方法であって、モリブデン及びニッケル等を含む水性スラリーのpHを6以上にした後で鉄成分を含む溶液又はスラリーと混合し、それを乾燥、焼成する方法が記載されている。同文献には、鉄成分を含む溶液はアンモニア水等でpH調整して用いてもよいと記載され、その際に、キレート剤を共存させることで鉄成分の沈殿を防ぎ、高活性な触媒が得られると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平7−328441号公報
【特許文献2】特開平7−47272号公報
【特許文献3】特開2000−37631号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、本発明者らが特許文献1又は2に記載された触媒を調製して検討したところ、アクリロニトリルの収率向上においてある程度の効果はみられるものの、いまだ満足できるものとは言えず、更なる改良が必要である。
また、特許文献3に記載されたようなキレート剤を添加してpH調整する方法の場合、確かにキレート剤を添加することで硝酸鉄の沈殿を抑制する効果はあるものの、例示されている程度の量を添加して製造した触媒は、十分な性能を示さないという問題がある。
本発明者らは、金属の組成が同じ複合酸化物であっても、触媒性能は同じとは限らないことに着目した。これは、触媒中に含まれる金属が必ずしも一つの金属酸化物を形成しているのではなく、複数の酸化物が複合化した状態で存在することに起因すると考えられる。
そこで、本発明者らは特許文献1及び3に記載された触媒に断面処理を施し、触媒粒子中に存在する金属酸化物粒子の状態を検討した。その結果、Fe2/3MoO4やFeMoO4といった複合酸化物を形成せず、単独の鉄酸化物Fe2O3に帰属される粒子が、Bi2/3MoO4やNiMoO4等の他の金属酸化物粒子に比べて大きな粒子として存在することが分かった。Fe2O3の含有率がより大きな触媒を用いた場合、アクリロニトリルの選択率が低かったことから、触媒中に偏在したこれらの粒子は、目的生成物の分解サイトとなることで、反応におけるアクリロニトリルの選択率及び収率を下げる要因となっていると推察される。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記知見に基づき、本発明者らは触媒中の金属のFe2O3の生成を少なくするべく種々の触媒を合成して金属酸化物粒子の状態を観察したところ、触媒に含まれる各粒子が小さくなっている場合は、Fe2O3の生成が少ないことが分かった。そのため、金属が分散した状態で触媒が得られるよう、触媒の製造方法を検討した結果、前駆体スラリーに特定の比率の配位性有機化合物を添加することで、触媒粒子中の金属酸化物粒子のサイズが小さくなり、良好なアクリロニトリル選択率及び収率を示す触媒が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
即ち、本発明は以下のとおりである。
[1]
プロピレンのアンモ酸化に用いられる触媒であって、モリブデン、ビスマス及び鉄を必須成分として含み、かつ、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上であるアンモ酸化用触媒。
[2]
(i)モリブデン、ビスマス、及び鉄を含む前駆体スラリーを調製する工程、
(ii)前記前駆体スラリーを噴霧乾燥し、乾燥粒子を得る工程、及び
(iii)前記乾燥粒子を焼成する工程、
を有するアンモ酸化用触媒の製造方法であって、
前記前駆体スラリーが、前記鉄に対して1モル当量以上、かつ、金属元素の総和に対して0.1モル当量以上の配位性有機化合物を含むアンモ酸化用触媒の製造方法。
[3]
プロピレンと、分子状酸素及びアンモニアとを反応させてアクリロニトリルを製造するに際し、上記[1]記載のアンモ酸化用触媒を用いるアクリロニトリルの製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明のアンモ酸化用触媒は、プロピレンのアンモ酸化反応において、良好なアクリロニトリル選択率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下に、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について説明するが、本発明は下記の実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲でさまざまな変形が可能である。
【0009】
本実施形態におけるアンモ酸化用触媒は、
プロピレンのアンモ酸化に用いられる触媒であって、モリブデン、ビスマス及び鉄を必須成分として含み、かつ、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上である。
【0010】
[1]アンモ酸化用触媒
(1)組成
本実施形態におけるアンモ酸化用触媒は、モリブデン、ビスマス及び鉄を必須成分として含む。
Mo−Bi−Fe系触媒では、モリブデンがプロピレンの吸着サイト及びアンモニアの活性化サイトとしての機能を担ってNH種を生成し、ビスマスがプロピレンの活性化サイトとして働き、α位水素を引き抜いてπアリル種を生成させ、鉄はFe3+/Fe2+のレドックスにより気相から活性サイトへの酸素の授受に機能しているとされる。これらの触媒中の各金属の機能については、例えば、Grasselli,R.K. Handbook of Heterogeneous Catalysis 5, Wiley VCH 1997, 2302に記載されている。
【0011】
モリブデン、ビスマス及び鉄の他に触媒中に含まれていてもよい任意成分としては、(a)セリウム及びクロムから選ばれる少なくとも1種の元素、(b)ニッケル及びマグネシウムから選ばれる少なくとも1種の元素、(c)カリウム、ルビジウム、及びセシウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素が挙げられ、上記(a)は、鉄と同様に触媒におけるレドックス機能を担う、(b)は、主触媒結晶相の高温安定性を増す、MIIMoO4構造にFe2+を固溶させ安定化させる、(c)は、触媒表面の酸点を被い副反応を抑制する、ことで触媒性能の向上に寄与すると推察される。
【0012】
本願発明者らの知見によると、触媒中の金属酸化物粒子のサイズはモリブデンと他の金属との複合化の影響を受ける。一般に、複合化した酸化物の粒子は、単独酸化物の粒子に比べて遥かに粒子径が小さい。上記必須成分以外に任意成分を含んでいても、含有量が多量(モリブデンと個々の金属が複合酸化物を形成するに当たってモリブデンが不足する量)でない限り、任意成分はモリブデン等と複合化して、断面積が10000nm2を遥かに下回るような微粒子化した状態となる。そのため、本実施形態における「断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上」を満たす触媒の設計及び調製において必要とされるのは、必須成分であるモリブデン、ビスマス及び鉄の高分散・複合化であって、任意成分((a)〜(c))を含有するか否か、また任意成分の金属種が何であるかは本質には関係しない。従って、ビスマス及び鉄の他、任意成分と複合酸化物を形成するに十分なモリブデンが存在するように組成を決定すれば、触媒のレドックス機能や高温安定性の向上、副反応の抑制といった観点で、自由に任意成分を選択することができる。
【0013】
ここで、モリブデンとその他の金属が複合酸化物を形成するに当たり十分なモリブデンの含量とは、ビスマス及び鉄がいずれも3価の複合酸化物MIIIMoO4を形成すると見なした場合に不足しない量を指す。任意成分に言及すれば、例えば、セリウム及びクロムは3価、ニッケル及びマグネシウムは2価等、各金属が形成し得るモリブデンとの酸化物のうち、最大の価数で複合酸化物を形成すると仮定した場合の十分なモリブデン含量を設定する。上記モリブデン含量を考慮した本実施形態のアンモ酸化用触媒の好ましい組成式の例としては、以下の式(1)
MoaBibFecXdYeZfOg (1)
(式中、Xはセリウム及びクロムから選ばれる1種以上の元素、Yはニッケル及びマグネシウムから選ばれる1種以上の元素、Zはカリウム、ルビジウム及びセシウムから選ばれる1種以上の元素を示し、a,b,c,d,e,f及びgは各元素の原子比を示し、a=10〜14、b=0.1〜3、c=0.1〜3、d=0.1〜3、e=4〜10、f=0.01〜0.5であり、gは酸素以外の構成元素の原子価によって決まる酸素の原子数である。)
で表される組成が挙げられる。
【0014】
(2)金属酸化物の粒径
本実施態様におけるアンモ酸化用触媒は、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上である。触媒中に含まれる金属酸化物粒子の断面積分布が上記数値範囲を満たす場合、目的生成物の分解サイトとなり得る酸化物の生成が抑制され、アクリロニトリル選択率の高い触媒を得ることが可能となる。断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合は、好ましくは93%以上、より好ましくは95%以上である。
【0015】
金属酸化物を含む触媒中には、一般に、複数種の金属酸化物粒子が存在する。金属酸化物粒子には、複数の金属を含有するものと単独の金属を含有するものがあるが、複数の金属を含有するものは金属が微分散した状態で形成されているために粒径が小さく、単独金属の酸化物は粒径が大きい傾向にある。例えば、触媒の調製工程において鉄が微分散した状態であると、モリブデンと複合化することにより鉄モリブデートになり易く、分散状態が不十分であるほどFe2O3のような単独酸化物が形成し易い。本発明者らは、これら各種の金属酸化物粒子のうち、単独の鉄酸化物Fe2O3は触媒中で分解サイトとして作用し、反応におけるアクリロニトリルの選択率を下げる要因になると考えた。実際、触媒のX線回折パターンにおいて、鉄の酸化物Fe2O3の形成が認められる場合、その触媒の反応性評価においては、COxの生成量が増大し、分解サイトとして作用していることが裏付けられる。鉄が単独の酸化物を形成しないで、モリブデンとの複合酸化物を形成した場合、Fe3+/Fe2+のレドックスによって、気相酸素の取り込み、反応場への酸素の供給に関与する。Mo−Bi−Fe系触媒の場合、任意成分も適当な量を超過しなければ、鉄以外の金属は触媒の調製工程で分散し易くモリブデン等との複合酸化物を形成し、明らかな分解サイトとはなり難い。従って、主として鉄がFe2O3を形成するのを抑制することによって、触媒中の断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合を90%以上にすることができ、その結果、中間生成物であるアクロレインや目的生成物であるアクリロニトリルの分解を防いで反応の選択率を高く維持することができる。
【0016】
鉄が単独の酸化物を形成したか、モリブデンとの複合酸化物を形成したかは、触媒中の元素の分布において、鉄がモリブデンと同一の分布を示すか否かにより判別できる。触媒中に含まれる各種元素の分布は後述するEDX(エネルギー分散X線分光法)、EPMA(電子線マイクロアナリシス)といった分析手法により、金属酸化物粒子の大きさはSEM(走査型電子顕微鏡)における二次電子像により確認することができる。本実施形態において、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合は、SEMにおいて5万倍の倍率で観察される触媒断面の二次電子像について、後述のように、触媒外殻より20μm以上内側の任意の箇所で選択した2μm四方の視野に観測される金属酸化物粒子を画像解析ソフトにより抽出し、その断面積の分布をもとに算出することとする。
【0017】
EPMAの分析条件を次に示す。
装置:日本電子(株) JXA−8500F
前処理として触媒試料をエポキシ樹脂(2種混合)で包埋(130℃加熱)し、耐水サンドペーパー(#2000)で荒研磨する。研磨したサンプルをイオンミリング装置にセットし、Arイオンビームにより断面加工する(6時間)。これを試料台に載せ、EPMAを測定する。
【0018】
SEM/EDXの分析条件を次に示す。
装置:日立 SU−70/堀場 EMAX−Xmax
前処理として触媒試料をエポキシ樹脂(2種混合)で包埋(130℃加熱)し、耐水サンドペーパー(#2000)で荒研磨する。研磨したサンプルをイオンミリング装置にセットし、Arイオンビームにより断面加工する(6時間)。これをSEM試料台に載せ、Osコーティングの後、SEM、EDXを測定する。
【0019】
断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合の測定方法について次に示す。
各試料の触媒断面のSEMにおける反射電子像において、触媒外殻より20μm以上内側の任意の箇所で選んだ2μm四方の視野に観測される金属酸化物粒子について画像解析を行う。ここで画像解析とは、画像より粒子を抽出し、その個数、面積等を計測し、定量的に解析することを指す。画像解析には旭化成エンジニアリング株式会社製の画像解析ソフト「A像くん(登録商標)」を用いる。
次に、SEMにおいて5万倍の倍率で観察される触媒断面の二次電子像について、粒子の明度「明」、処理方法「固定法」、雑音除去「有」の各パラメータにて粒子を抽出し、得られた2値像に対して、粒子の明度「明」、補正方法「無」、2値化の方法「固定」、収縮分離「−」、固定しきい値「100」、雑音除去フィルタ「無」、範囲指定「無」、シェーディング「無」、外縁補正「無」、サイズ「−]、穴埋め「無」、単位「nm」、小図形除去面積「0画素」、計測項目「面積」の各パラメータを適用し、粒子解析を行い、金属酸化物粒子の断面積の分布を求める。
【0020】
(3)担体
アクリロニトリルの製造を工業的に実施する場合、触媒は十分な強度を有していることが望ましいので、上述の複合金属酸化物は担体に担持されているのが好ましい。担体としては、例えば、シリカ、アルミナ、チタニア、シリカアルミナ及びシリカチタニア等が挙げられる。中でも、アクリロニトリル収率の観点から、シリカ担体が好ましい。シリカに担持された触媒は、流動層アンモ酸化反応において優れた流動性を有する。また、耐摩耗性の観点からは、複合金属酸化物とシリカの合計量に対して、シリカ含有量が40質量%以上であることが好ましい。また十分な触媒活性及び良好な選択率を示す観点からは、金属複合酸化物とシリカの合計量に対して、シリカ含有量が60質量%以下であることが好ましい。
【0021】
担体の組成や担体量と、金属酸化物粒子のサイズとの間には明瞭な相関は観察されないので、「断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合を90%以上にする」観点からの制約はない。そのため、流動性や耐磨耗性の観点で、担体の組成や量を適切に設定すればよい。また、粒径の異なる複数のシリカを触媒担体として用いた場合、又は単一のシリカを用いた場合のいずれについても、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上である限り、アクロレイン及びアクリロニトリルの分解サイト抑制の効果は確認されるので、シリカ粒径を単一にするか又は複数にするかについても制約を受けない。また、後述する通り、配位性有機化合物を触媒製造のどの段階でシリカと混ぜても、金属酸化物粒子のサイズへは影響は及ばない。
【0022】
[2]アンモ酸化用触媒の製造方法
本実施態様におけるアンモ酸化用触媒の製造方法は、以下に示す(i)〜(iii)の工程
(i)モリブデン、ビスマス及び鉄を含む前駆体スラリーを調製する工程、
(ii)前記前駆体スラリーを噴霧乾燥し、乾燥粒子を得る工程、及び
(iii)前記乾燥粒子を焼成する工程、
を有し、前記前駆体スラリーが、前記鉄に対して1モル当量以上、かつ、金属元素の総和に対して0.1モル当量以上の配位性有機化合物を含む方法である。
【0023】
[工程(i)]
工程(i)は、金属成分を含有する触媒前駆体スラリーを調製する工程である。工程(i)においては、モリブデンを含む溶液を調製した後、この溶液とその他の金属成分及び配位性有機化合物とを混合し、原料(混合)スラリーを得る。以下、触媒がシリカ担体を含有する場合を例にとって、前駆体スラリーを調製する方法を説明する。
【0024】
前駆体スラリーに含まれる各成分の原料は、水又は硝酸に可溶な塩であることが好ましい。モリブデン、ビスマス、鉄の各元素の元素源としては、水又は硝酸に可溶なアンモニウム塩、硝酸塩、塩酸塩、硫酸塩、有機酸塩、無機酸を挙げることができる。特にモリブデンの元素源としてはアンモニウム塩が、ビスマス、鉄の元素源としては、それぞれの硝酸塩が好ましい。硝酸塩は、取扱いが容易であることに加え、塩酸塩を使用した場合に生じる塩素の残留や、硫酸塩を使用した場合に生じる硫黄の残留を生じない点でも好ましい。各成分の原料の具体例としては、パラモリブデン酸アンモニウム、硝酸ビスマス、硝酸第二鉄が挙げられる。シリカ源としてはシリカゾルが好適である。その他の成分が混合されていない原料の状態におけるシリカゾルの好ましい濃度は10〜50質量%である。後述する原料スラリーの噴霧乾燥に適した濃度になるように、シリカゾル濃度が小さい場合には、添加する水溶液等の濃度を大きくし、シリカゾル濃度が大きい場合には、後述する配位性有機化合物水溶液の濃度を小さくすることができる。
【0025】
前駆体スラリーは配位性有機化合物を含む。本実施形態において「配位性有機化合物」とは、孤立電子対を有し、金属に配位結合する有機化合物を指す。配位様式は、単座、多座を問わないが、生成する錯体の安定性の観点から多座配位子が好ましい。配位性有機化合物の具体例としては、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸及びエチレンジアミンが挙げられる。
【0026】
前駆体スラリーにおける配位性有機化合物の含有量は、鉄に対して1モル当量以上とする。配位性有機化合物の配位により鉄を高分散化させて単独の酸化物Fe2O3の形成を抑制する観点から、配位性有機化合物の含有量を鉄に対する当量で規定する。より好ましい含有量は、鉄に対して2モル当量以上である。
【0027】
さらに、前駆体スラリーにおける配位性有機化合物の含有量は、触媒を構成する金属元素の総和に対して0.1モル当量以上とする。鉄に対する当量の他に、金属元素の総和に対する当量も特定する理由は、配位傾向の違いこそあれ、配位性有機化合物の配位が各構成金属での競争過程であるためである。即ち、配位性有機化合物の含有量が金属元素の総和に対して0.1モル当量未満であると、前駆体スラリー中の配位性有機化合物の濃度が低下することで、配位性有機化合物の鉄への関与が不十分となるほか、鉄以外の金属種への配位の影響が現れ、Fe2O3の形成が十分に抑制されなくなる。
【0028】
配位性有機化合物の含有量の上限は特に限定されないが、工業的には、有機化合物の含有量が多すぎると触媒製造の段階において有機物の分解、放散により発熱や触媒粒子のひび割れが生じる傾向にあるため、過度の含有は好ましくなく、触媒質量に対して15質量%以下にするのが好ましい。
【0029】
なお、触媒がアルカリ金属を含む場合、アルカリ金属の硝酸塩は高温でも安定であり、触媒中でも硝酸塩のままで存在すると考えられる。例えば、硝酸ルビジウムにおいては、その分解温度は630℃と高い。アルカリ金属は配位性有機化合物の必要量に関与しないとみなすことができ、アルカリ金属を含む触媒系の場合、アルカリ金属以外の金属に対し、配位性有機化合物が0.1モル当量以上となるように調整するのが好ましい。
【0030】
配位性有機化合物は、酸又は水に溶解させてスラリー中に添加するほか、鉄との錯化合物として添加してもよい。
【0031】
前駆体スラリーの調製において各触媒成分を混合する順序は特に限定されない。一例を挙げると、シリカゾルを攪拌しながらモリブデンを含む水溶液を加え、次いでモリブデン以外の金属成分の化合物(好ましくは硝酸塩)を水性溶媒(好ましくは硝酸水溶液)に溶解した液を加え、最後に、配位性有機化合物を含む水溶液を加える。(a)鉄以外の金属と、配位性有機化合物を先に混合し、そこに鉄を混合する場合、(b)鉄と配位性有機化合物を先に混合し、後から他の金属を混合する場合、(c)配位性有機化合物水溶液に順に金属を添加する場合、のいずれも、配位性有機化合物の必要量に違いは無い。モリブデン以外の金属成分の化合物はそれぞれ水性溶媒中で溶解した後、予め混合しないでシリカゾルに加えてもよいし、モリブデン以外の金属成分の化合物の水溶液と、配位性有機化合物含む水溶液とを混合してからシリカゾルに加えてもよい。
【0032】
配位性有機化合物として酒石酸をスラリーに添加する触媒の調製法については公知であるが、本発明者らが調べたところ、いずれも断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上にならなかった。これは配位性有機化合物の含有量が不足しており、鉄に対して1モル当量以上又は金属元素の総和に対して0.1モル当量以上、もしくはその両方を満たしていなかったためと考えられる。その結果、公知の調製法を用いた場合、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子を多く含む触媒が生成し、その結果、目的化合物の選択率が不十分となった。
【0033】
[工程(ii)]
本実施の形態のアクリロニトリル製造用触媒の製造方法における工程(ii)は、前記前駆体スラリーを噴霧乾燥する工程である。本工程においては、前駆体スラリーを噴霧乾燥することによって流動層反応に適した球形微粒子を得ることができる。噴霧乾燥装置としては、回転円盤式、ノズル式等の一般的なものでよく、条件を調節することで、流動層触媒として好適な粒径の触媒が得られるように噴霧乾燥を行う。流動層触媒として好適な粒径とは、25〜180μmである。好適な粒径を有する触媒粒子を得るための条件の一例を記載すると、乾燥器上部の中央に設置された、皿型回転子を備えた遠心式噴霧化装置を用い、乾燥器の入口空気温度を250℃、出口温度を135℃に保持して行う噴霧乾燥が挙げられる。
【0034】
[工程(iii)]
本実施の形態のアクリロニトリル製造用触媒の製造方法における工程(iii)は、噴霧乾燥により得られた噴霧乾燥粒子を焼成する工程である。噴霧乾燥粒子が硝酸を含有する場合、焼成の前に脱硝処理することが好ましい。脱硝処理は300〜450℃で0.5〜2.0時間熱処理することによって行なうことができる。本工程において、焼成雰囲気は特に限定されず、600〜800℃、好ましくは650〜750℃、より好ましくは670〜730℃の温度で噴霧乾燥粒子を焼成して触媒を得る。焼成温度が低過ぎるとプロピレンの反応活性は大きくなるが、アクリロニトリルへの選択率が小さくなるだけではなく、耐摩耗性も減少する傾向にある。一方、焼成温度が高過ぎるとプロピレンの反応活性が減少し、かつ次式によるアンモニアの燃焼が増大する傾向にある。
【0035】
NH3+3/4O2→1/2N2+3/2H2
【0036】
好適な焼成温度は、600〜800℃の範囲から、アンモ酸化反応テストの結果をみて決定することができる。焼成時間は、通常1〜5時間である。
【0037】
本実施の形態におけるアクリロニトリル製造用触媒を用いて、プロピレンをアンモニア及び分子状酸素と反応(すなわち、気相接触アンモ酸化反応)させて、アクリロニトリルを製造することができる。
【0038】
アンモ酸化反応の原料であるプロピレン及びアンモニアは、必ずしも高純度である必要はなく、工業グレードのものを使用することができる。分子状酸素の酸素源としては通常空気を用いる。プロピレンに対するアンモニアと空気の容積比は一般的には1:0.9〜1.7:7〜11、好ましくは1:1.0〜1.5:8〜10の範囲である。
【0039】
反応温度は好ましくは400〜460℃、より好ましくは410〜440℃の範囲である。反応圧力は常圧〜3気圧の範囲で行なうことができる。原料混合ガスと触媒との接触時間は好ましくは1〜8秒、より好ましくは2〜6秒である。
【実施例】
【0040】
以下、実施例及び比較例により本実施形態を具体的に説明するが、本実施形態はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0041】
金属酸化物粒子の断面積分布は以下のとおりに測定した。
各試料の触媒断面のSEMにおける反射電子像において、触媒外殻より20μm以上内側の任意の箇所で選んだ2μm四方の視野に観測される金属酸化物粒子について画像解析を行った。ここで画像解析とは、画像より粒子を抽出し、その個数、面積等を計測し、定量的に解析することを指す。画像解析には旭化成エンジニアリング株式会社製の画像解析ソフト「A像くん(登録商標)」を用いた。
次に、SEMにおいて5万倍の倍率で観察される触媒断面の二次電子像について、粒子の明度「明」、処理方法「固定法」、雑音除去「有」の各パラメータにて粒子を抽出し、得られた2値像に対して、粒子の明度「明」、補正方法「無」、2値化の方法「固定」、収縮分離「−」、固定しきい値「100」、雑音除去フィルタ「無」、範囲指定「無」、シェーディング「無」、外縁補正「無」、サイズ「−]、穴埋め「無」、単位「nm」、小図形除去面積「0画素」、計測項目「面積」の各パラメータを適用し、粒子解析を行い、金属酸化物粒子の断面積の分布を求めた。
【0042】
前駆体スラリーのpHは以下のとおりに測定した。
前駆体スラリーを室温にて1時間撹拌したのちに、スラリーを撹拌した状態で、横河電気社製のpH計、PH71を用いて測定した。
【0043】
[実施例1]
組成がMo12.0Bi0.38Ce0.25Cr0.42Fe0.63Ni6.47Mg2.61Rb0.21Ogで表される金属酸化物を、50質量%のシリカに担持した触媒を、以下のとおりに製造した。なお、実施例及び比較例においては、各原料の仕込みの組成を、酸化物の組成とみなした。
30質量%のSiO2を含むシリカゾル1,500gに、あらかじめ水754.4gに377.2gのパラモリブデン酸アンモニウム〔(NH4)6Mo7O24・4H2O〕を混合し溶解させた液を撹拌下で加え、さらに、あらかじめ16.6質量%の硝酸367.4gに32.4gの硝酸ビスマス〔Bi(NO3)3・5H2O〕、19.6gの硝酸セリウム〔Ce(NO3)3・6H2O〕、29.8gの硝酸クロム〔Cr(NO3)3・9H2O〕、45.2gの硝酸鉄〔Fe(NO3)3・9H2O〕、337.3gの硝酸ニッケル〔Ni(NO3)2・6H2O〕、119.2gの硝酸マグネシウム〔Mg(NO3)2・6H2O〕、5.44gの硝酸ルビジウム〔RbNO3〕を溶解させた混合液を加えた。そして最後に、酒石酸61.9gを水180gに溶解させた水溶液を加えた。得られたスラリーの噴霧乾燥は乾燥器上部の中央に設置された、皿型回転子を備えた遠心式噴霧化装置を用いて行なった。乾燥器の入口空気温度を250℃に、出口温度を135℃に保持してスラリーの噴霧乾燥を行なった。こうして得られた乾燥粉体をキルンに移し、先ず350℃で1時間脱硝し、次いで630℃で1時間焼成して触媒を得た。
【0044】
[実施例2]
組成がMo12.0Bi0.50Ce1.01Fe1.01Ni5.61Mg2.24Rb0.11Ogで表される金属酸化物を、40質量%のシリカに担持した触媒を、以下のとおりに製造した。30質量%のSiO2を含むシリカゾル1,200gに、あらかじめ水882.6gに441.3gのパラモリブデン酸アンモニウム〔(NH4)6Mo7O24・4H2O〕を混合し溶解させた液を撹拌下で加え、さらに、あらかじめ16.6質量%の硝酸367.4gに51.5gの硝酸ビスマス〔Bi(NO3)3・5H2O〕、90.7gの硝酸セリウム〔Ce(NO3)3・6H2O〕、85.5gの硝酸鉄〔Fe(NO3)3・9H2O〕、344.2gの硝酸ニッケル〔Ni(NO3)2・6H2O〕、121.3gの硝酸マグネシウム〔Mg(NO3)2・6H2O〕、3.43gの硝酸ルビジウム〔RbNO3〕を溶解させ、これに酒石酸72.0gを水210gに溶解させた水溶液を加えた混合液を加えた。得られたスラリーの噴霧乾燥は乾燥器上部の中央に設置された、皿型回転子を備えた遠心式噴霧化装置を用いて行なった。乾燥器の入口空気温度を250℃に、出口温度を135℃に保持してスラリーの噴霧乾燥を行なった。こうして得られた乾燥粉体をキルンに移し、先ず350℃で1時間脱硝し、次いで620℃で1時間焼成して触媒を得た。
【0045】
[実施例3]
酒石酸に代えてクエン酸一水和物88.6gを水に加えた水溶液をスラリーに添加し、組成及び焼成温度を表1に示すとおりに変更したこと以外は実施例1と同様にして、触媒を製造した。
【0046】
[実施例4]
酒石酸に代えてリンゴ酸72.0gを水に加えた水溶液をスラリーに添加し、組成及び焼成温度は表1に示すとおりに変更したこと以外は実施例2と同様にして、触媒を製造した。
【0047】
[実施例5]
組成がMo12.0Bi1.20Fe0.60Cr1.20Ni7.80K0.48Ogで表される金属酸化物を、60質量%のシリカに担持した触媒を、以下のとおりに製造した。
30質量%のSiO2を含むシリカゾル1,200gに、硝酸カリウム〔KNO3〕4.26gを純粋25.0gに溶解させた水溶液を加えた。続いて、あらかじめ純水500.0gに186.1gのパラモリブデン酸アンモニウム〔(NH4)6Mo7O24・4H2O〕を混合し溶解させた液を撹拌下で加えた。さらに、201.9gの硝酸ニッケル〔Ni(NO3)2・6H2O〕、42.3gの硝酸クロム〔Cr(NO3)2・9H2O〕を純水250.0gに溶解した溶液及び16.6質量%の硝酸31.8gに51.6gの硝酸ビスマス〔Bi(NO3)3・5H2O〕を溶解した溶液を順次加えた。このスラリーに15%アンモニア水を加えpH9.5に調整した後に、クエン酸一水和物6.1g及び硝酸鉄〔Fe(NO3)3・9H2O〕21.4gを純水25.0gに溶解した溶液を加えた。得られたスラリーの噴霧乾燥は乾燥器上部の中央に設置された、皿型回転子を備えた遠心式噴霧化装置を用いて行なった。乾燥器の入口空気温度を250℃に、出口温度を135℃に保持してスラリーの噴霧乾燥を行なった。こうして得られた乾燥粉体をキルンに移し、先ず350℃で1時間脱硝し、次いで600℃で1時間焼成して触媒を得た。
【0048】
[比較例1]
実施例1と同様の手法で酒石酸45.0gを加えて触媒を製造した。組成及び焼成温度は表1に示すとおりである。
【0049】
[比較例2]
実施例2と同様の手法で酒石酸63.0gを加えて触媒を製造した。組成及び焼成温度は表1に示すとおりである。
【0050】
[比較例3]
実施例1と同様の手法で配位性有機化合物を添加せずに触媒を製造した。組成及び焼成温度は表1に示すとおりである。
【0051】
[比較例4]
実施例1と同様の手法で酒石酸9.0gを加えて触媒を製造した。組成及び焼成温度は表1に示すとおりである。
【0052】
[比較例5]
実施例1と同様の手法で酒石酸27.0gを加えて触媒を製造した。組成及び焼成温度は表1に示すとおりである。
【0053】
[比較例6]
実施例5と同様の手法でクエン酸一水和物43.8gを加えて触媒を製造した。組成及び焼成温度は表1に示すとおりである。
【0054】
実施例及び比較例で得られた触媒の製造条件を表1に示した。
【0055】
【表1】
【0056】
(触媒断面の画像解析)
画像解析により求められた、各触媒断面中の金属酸化物粒子の断面積分布を表2に示す。
【0057】
【表2】
【0058】
(プロピレンのアンモ酸化反応)
10メッシュの金網を1cm間隔で12枚内蔵した内径25mmのバイコールガラス製流動層反応管に、50ccの実施例1で得られた触媒をとり、反応温度430℃、反応圧力常圧下に、プロピレン9容積%の混合ガス(プロピレン:アンモニア:酸素:ヘリウムの容積比が1:1.2:1.85:7.06)を毎秒3.64cc(NTP換算)の流速で通過させた。この反応の結果を、下記式で定義されるプロピレン転化率、アクリロニトリル選択率、アクリロニトリル収率によって評価し、それらの値を表3に示した。
【0059】
【0060】
実施例2〜5で得られた触媒及び比較例1〜6で得られた触媒について上記と同様の反応を行なった。これらの反応は、原料混合ガスのプロピレンを9容積%、プロピレンに対するアンモニアの容積比を1:1.2に固定し、プロピレンに対する酸素の容積比を1.8〜1.9の範囲から適宜選択して行った。また、各触媒のプロピレン反応活性に応じて、次式で定義される接触時間を適宜変更した。各触媒の反応成績を表3に示す。
【0061】
【0062】
ここで、V:触媒量(cc)、F:原料混合ガス流量(cc−NTP/sec.)、T:反応温度(℃)を示す。
【0063】
【表3】
【0064】
表3の結果から明らかなように、本実施形態の触媒を用いた実施例1〜5においては、プロピレンのアンモ酸化反応において、良好な選択率でアクリロニトリルを得ることが可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明のアンモ酸化用触媒は、工業的規模で実施されるアンモ酸化プロセスにおける産業上利用可能性を有する。
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロピレンをアンモニア及び酸素と反応させてアクリロニトリルを製造する際に用いるアンモ酸化用触媒及びこれを用いたアクリロニトリルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プロピレンをアンモニアの存在下に分子状酸素によって気相接触酸化してアクリロニトリルを製造する方法は、「アンモ酸化プロセス」として広く知られており、現在、工業的規模で実施されている。
工業的規模で一層効率的に実施することを目指し、アンモ酸化プロセスに用いる触媒について種々の検討が進められており、Mo−Bi−Fe系、Fe−Sb系等の複合酸化物からなるものが知られているが、更なる性能の向上を目指して、これらの必須金属にその他の成分を加えた組成も多く検討されている。例えば、特許文献1及び2には、モリブデン、ビスマス、鉄に加え、その他成分を添加した触媒が開示されている。
一方、金属組成は共通していても、触媒調製方法を工夫することで目的生成物の収率を向上させる試みも進められてきた。特許文献3には、モリブデン、ビスマス、鉄、ニッケル等を含む複合酸化物触媒の調製方法であって、モリブデン及びニッケル等を含む水性スラリーのpHを6以上にした後で鉄成分を含む溶液又はスラリーと混合し、それを乾燥、焼成する方法が記載されている。同文献には、鉄成分を含む溶液はアンモニア水等でpH調整して用いてもよいと記載され、その際に、キレート剤を共存させることで鉄成分の沈殿を防ぎ、高活性な触媒が得られると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平7−328441号公報
【特許文献2】特開平7−47272号公報
【特許文献3】特開2000−37631号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、本発明者らが特許文献1又は2に記載された触媒を調製して検討したところ、アクリロニトリルの収率向上においてある程度の効果はみられるものの、いまだ満足できるものとは言えず、更なる改良が必要である。
また、特許文献3に記載されたようなキレート剤を添加してpH調整する方法の場合、確かにキレート剤を添加することで硝酸鉄の沈殿を抑制する効果はあるものの、例示されている程度の量を添加して製造した触媒は、十分な性能を示さないという問題がある。
本発明者らは、金属の組成が同じ複合酸化物であっても、触媒性能は同じとは限らないことに着目した。これは、触媒中に含まれる金属が必ずしも一つの金属酸化物を形成しているのではなく、複数の酸化物が複合化した状態で存在することに起因すると考えられる。
そこで、本発明者らは特許文献1及び3に記載された触媒に断面処理を施し、触媒粒子中に存在する金属酸化物粒子の状態を検討した。その結果、Fe2/3MoO4やFeMoO4といった複合酸化物を形成せず、単独の鉄酸化物Fe2O3に帰属される粒子が、Bi2/3MoO4やNiMoO4等の他の金属酸化物粒子に比べて大きな粒子として存在することが分かった。Fe2O3の含有率がより大きな触媒を用いた場合、アクリロニトリルの選択率が低かったことから、触媒中に偏在したこれらの粒子は、目的生成物の分解サイトとなることで、反応におけるアクリロニトリルの選択率及び収率を下げる要因となっていると推察される。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記知見に基づき、本発明者らは触媒中の金属のFe2O3の生成を少なくするべく種々の触媒を合成して金属酸化物粒子の状態を観察したところ、触媒に含まれる各粒子が小さくなっている場合は、Fe2O3の生成が少ないことが分かった。そのため、金属が分散した状態で触媒が得られるよう、触媒の製造方法を検討した結果、前駆体スラリーに特定の比率の配位性有機化合物を添加することで、触媒粒子中の金属酸化物粒子のサイズが小さくなり、良好なアクリロニトリル選択率及び収率を示す触媒が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
即ち、本発明は以下のとおりである。
[1]
プロピレンのアンモ酸化に用いられる触媒であって、モリブデン、ビスマス及び鉄を必須成分として含み、かつ、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上であるアンモ酸化用触媒。
[2]
(i)モリブデン、ビスマス、及び鉄を含む前駆体スラリーを調製する工程、
(ii)前記前駆体スラリーを噴霧乾燥し、乾燥粒子を得る工程、及び
(iii)前記乾燥粒子を焼成する工程、
を有するアンモ酸化用触媒の製造方法であって、
前記前駆体スラリーが、前記鉄に対して1モル当量以上、かつ、金属元素の総和に対して0.1モル当量以上の配位性有機化合物を含むアンモ酸化用触媒の製造方法。
[3]
プロピレンと、分子状酸素及びアンモニアとを反応させてアクリロニトリルを製造するに際し、上記[1]記載のアンモ酸化用触媒を用いるアクリロニトリルの製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明のアンモ酸化用触媒は、プロピレンのアンモ酸化反応において、良好なアクリロニトリル選択率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下に、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について説明するが、本発明は下記の実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲でさまざまな変形が可能である。
【0009】
本実施形態におけるアンモ酸化用触媒は、
プロピレンのアンモ酸化に用いられる触媒であって、モリブデン、ビスマス及び鉄を必須成分として含み、かつ、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上である。
【0010】
[1]アンモ酸化用触媒
(1)組成
本実施形態におけるアンモ酸化用触媒は、モリブデン、ビスマス及び鉄を必須成分として含む。
Mo−Bi−Fe系触媒では、モリブデンがプロピレンの吸着サイト及びアンモニアの活性化サイトとしての機能を担ってNH種を生成し、ビスマスがプロピレンの活性化サイトとして働き、α位水素を引き抜いてπアリル種を生成させ、鉄はFe3+/Fe2+のレドックスにより気相から活性サイトへの酸素の授受に機能しているとされる。これらの触媒中の各金属の機能については、例えば、Grasselli,R.K. Handbook of Heterogeneous Catalysis 5, Wiley VCH 1997, 2302に記載されている。
【0011】
モリブデン、ビスマス及び鉄の他に触媒中に含まれていてもよい任意成分としては、(a)セリウム及びクロムから選ばれる少なくとも1種の元素、(b)ニッケル及びマグネシウムから選ばれる少なくとも1種の元素、(c)カリウム、ルビジウム、及びセシウムからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素が挙げられ、上記(a)は、鉄と同様に触媒におけるレドックス機能を担う、(b)は、主触媒結晶相の高温安定性を増す、MIIMoO4構造にFe2+を固溶させ安定化させる、(c)は、触媒表面の酸点を被い副反応を抑制する、ことで触媒性能の向上に寄与すると推察される。
【0012】
本願発明者らの知見によると、触媒中の金属酸化物粒子のサイズはモリブデンと他の金属との複合化の影響を受ける。一般に、複合化した酸化物の粒子は、単独酸化物の粒子に比べて遥かに粒子径が小さい。上記必須成分以外に任意成分を含んでいても、含有量が多量(モリブデンと個々の金属が複合酸化物を形成するに当たってモリブデンが不足する量)でない限り、任意成分はモリブデン等と複合化して、断面積が10000nm2を遥かに下回るような微粒子化した状態となる。そのため、本実施形態における「断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上」を満たす触媒の設計及び調製において必要とされるのは、必須成分であるモリブデン、ビスマス及び鉄の高分散・複合化であって、任意成分((a)〜(c))を含有するか否か、また任意成分の金属種が何であるかは本質には関係しない。従って、ビスマス及び鉄の他、任意成分と複合酸化物を形成するに十分なモリブデンが存在するように組成を決定すれば、触媒のレドックス機能や高温安定性の向上、副反応の抑制といった観点で、自由に任意成分を選択することができる。
【0013】
ここで、モリブデンとその他の金属が複合酸化物を形成するに当たり十分なモリブデンの含量とは、ビスマス及び鉄がいずれも3価の複合酸化物MIIIMoO4を形成すると見なした場合に不足しない量を指す。任意成分に言及すれば、例えば、セリウム及びクロムは3価、ニッケル及びマグネシウムは2価等、各金属が形成し得るモリブデンとの酸化物のうち、最大の価数で複合酸化物を形成すると仮定した場合の十分なモリブデン含量を設定する。上記モリブデン含量を考慮した本実施形態のアンモ酸化用触媒の好ましい組成式の例としては、以下の式(1)
MoaBibFecXdYeZfOg (1)
(式中、Xはセリウム及びクロムから選ばれる1種以上の元素、Yはニッケル及びマグネシウムから選ばれる1種以上の元素、Zはカリウム、ルビジウム及びセシウムから選ばれる1種以上の元素を示し、a,b,c,d,e,f及びgは各元素の原子比を示し、a=10〜14、b=0.1〜3、c=0.1〜3、d=0.1〜3、e=4〜10、f=0.01〜0.5であり、gは酸素以外の構成元素の原子価によって決まる酸素の原子数である。)
で表される組成が挙げられる。
【0014】
(2)金属酸化物の粒径
本実施態様におけるアンモ酸化用触媒は、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上である。触媒中に含まれる金属酸化物粒子の断面積分布が上記数値範囲を満たす場合、目的生成物の分解サイトとなり得る酸化物の生成が抑制され、アクリロニトリル選択率の高い触媒を得ることが可能となる。断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合は、好ましくは93%以上、より好ましくは95%以上である。
【0015】
金属酸化物を含む触媒中には、一般に、複数種の金属酸化物粒子が存在する。金属酸化物粒子には、複数の金属を含有するものと単独の金属を含有するものがあるが、複数の金属を含有するものは金属が微分散した状態で形成されているために粒径が小さく、単独金属の酸化物は粒径が大きい傾向にある。例えば、触媒の調製工程において鉄が微分散した状態であると、モリブデンと複合化することにより鉄モリブデートになり易く、分散状態が不十分であるほどFe2O3のような単独酸化物が形成し易い。本発明者らは、これら各種の金属酸化物粒子のうち、単独の鉄酸化物Fe2O3は触媒中で分解サイトとして作用し、反応におけるアクリロニトリルの選択率を下げる要因になると考えた。実際、触媒のX線回折パターンにおいて、鉄の酸化物Fe2O3の形成が認められる場合、その触媒の反応性評価においては、COxの生成量が増大し、分解サイトとして作用していることが裏付けられる。鉄が単独の酸化物を形成しないで、モリブデンとの複合酸化物を形成した場合、Fe3+/Fe2+のレドックスによって、気相酸素の取り込み、反応場への酸素の供給に関与する。Mo−Bi−Fe系触媒の場合、任意成分も適当な量を超過しなければ、鉄以外の金属は触媒の調製工程で分散し易くモリブデン等との複合酸化物を形成し、明らかな分解サイトとはなり難い。従って、主として鉄がFe2O3を形成するのを抑制することによって、触媒中の断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合を90%以上にすることができ、その結果、中間生成物であるアクロレインや目的生成物であるアクリロニトリルの分解を防いで反応の選択率を高く維持することができる。
【0016】
鉄が単独の酸化物を形成したか、モリブデンとの複合酸化物を形成したかは、触媒中の元素の分布において、鉄がモリブデンと同一の分布を示すか否かにより判別できる。触媒中に含まれる各種元素の分布は後述するEDX(エネルギー分散X線分光法)、EPMA(電子線マイクロアナリシス)といった分析手法により、金属酸化物粒子の大きさはSEM(走査型電子顕微鏡)における二次電子像により確認することができる。本実施形態において、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合は、SEMにおいて5万倍の倍率で観察される触媒断面の二次電子像について、後述のように、触媒外殻より20μm以上内側の任意の箇所で選択した2μm四方の視野に観測される金属酸化物粒子を画像解析ソフトにより抽出し、その断面積の分布をもとに算出することとする。
【0017】
EPMAの分析条件を次に示す。
装置:日本電子(株) JXA−8500F
前処理として触媒試料をエポキシ樹脂(2種混合)で包埋(130℃加熱)し、耐水サンドペーパー(#2000)で荒研磨する。研磨したサンプルをイオンミリング装置にセットし、Arイオンビームにより断面加工する(6時間)。これを試料台に載せ、EPMAを測定する。
【0018】
SEM/EDXの分析条件を次に示す。
装置:日立 SU−70/堀場 EMAX−Xmax
前処理として触媒試料をエポキシ樹脂(2種混合)で包埋(130℃加熱)し、耐水サンドペーパー(#2000)で荒研磨する。研磨したサンプルをイオンミリング装置にセットし、Arイオンビームにより断面加工する(6時間)。これをSEM試料台に載せ、Osコーティングの後、SEM、EDXを測定する。
【0019】
断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合の測定方法について次に示す。
各試料の触媒断面のSEMにおける反射電子像において、触媒外殻より20μm以上内側の任意の箇所で選んだ2μm四方の視野に観測される金属酸化物粒子について画像解析を行う。ここで画像解析とは、画像より粒子を抽出し、その個数、面積等を計測し、定量的に解析することを指す。画像解析には旭化成エンジニアリング株式会社製の画像解析ソフト「A像くん(登録商標)」を用いる。
次に、SEMにおいて5万倍の倍率で観察される触媒断面の二次電子像について、粒子の明度「明」、処理方法「固定法」、雑音除去「有」の各パラメータにて粒子を抽出し、得られた2値像に対して、粒子の明度「明」、補正方法「無」、2値化の方法「固定」、収縮分離「−」、固定しきい値「100」、雑音除去フィルタ「無」、範囲指定「無」、シェーディング「無」、外縁補正「無」、サイズ「−]、穴埋め「無」、単位「nm」、小図形除去面積「0画素」、計測項目「面積」の各パラメータを適用し、粒子解析を行い、金属酸化物粒子の断面積の分布を求める。
【0020】
(3)担体
アクリロニトリルの製造を工業的に実施する場合、触媒は十分な強度を有していることが望ましいので、上述の複合金属酸化物は担体に担持されているのが好ましい。担体としては、例えば、シリカ、アルミナ、チタニア、シリカアルミナ及びシリカチタニア等が挙げられる。中でも、アクリロニトリル収率の観点から、シリカ担体が好ましい。シリカに担持された触媒は、流動層アンモ酸化反応において優れた流動性を有する。また、耐摩耗性の観点からは、複合金属酸化物とシリカの合計量に対して、シリカ含有量が40質量%以上であることが好ましい。また十分な触媒活性及び良好な選択率を示す観点からは、金属複合酸化物とシリカの合計量に対して、シリカ含有量が60質量%以下であることが好ましい。
【0021】
担体の組成や担体量と、金属酸化物粒子のサイズとの間には明瞭な相関は観察されないので、「断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合を90%以上にする」観点からの制約はない。そのため、流動性や耐磨耗性の観点で、担体の組成や量を適切に設定すればよい。また、粒径の異なる複数のシリカを触媒担体として用いた場合、又は単一のシリカを用いた場合のいずれについても、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上である限り、アクロレイン及びアクリロニトリルの分解サイト抑制の効果は確認されるので、シリカ粒径を単一にするか又は複数にするかについても制約を受けない。また、後述する通り、配位性有機化合物を触媒製造のどの段階でシリカと混ぜても、金属酸化物粒子のサイズへは影響は及ばない。
【0022】
[2]アンモ酸化用触媒の製造方法
本実施態様におけるアンモ酸化用触媒の製造方法は、以下に示す(i)〜(iii)の工程
(i)モリブデン、ビスマス及び鉄を含む前駆体スラリーを調製する工程、
(ii)前記前駆体スラリーを噴霧乾燥し、乾燥粒子を得る工程、及び
(iii)前記乾燥粒子を焼成する工程、
を有し、前記前駆体スラリーが、前記鉄に対して1モル当量以上、かつ、金属元素の総和に対して0.1モル当量以上の配位性有機化合物を含む方法である。
【0023】
[工程(i)]
工程(i)は、金属成分を含有する触媒前駆体スラリーを調製する工程である。工程(i)においては、モリブデンを含む溶液を調製した後、この溶液とその他の金属成分及び配位性有機化合物とを混合し、原料(混合)スラリーを得る。以下、触媒がシリカ担体を含有する場合を例にとって、前駆体スラリーを調製する方法を説明する。
【0024】
前駆体スラリーに含まれる各成分の原料は、水又は硝酸に可溶な塩であることが好ましい。モリブデン、ビスマス、鉄の各元素の元素源としては、水又は硝酸に可溶なアンモニウム塩、硝酸塩、塩酸塩、硫酸塩、有機酸塩、無機酸を挙げることができる。特にモリブデンの元素源としてはアンモニウム塩が、ビスマス、鉄の元素源としては、それぞれの硝酸塩が好ましい。硝酸塩は、取扱いが容易であることに加え、塩酸塩を使用した場合に生じる塩素の残留や、硫酸塩を使用した場合に生じる硫黄の残留を生じない点でも好ましい。各成分の原料の具体例としては、パラモリブデン酸アンモニウム、硝酸ビスマス、硝酸第二鉄が挙げられる。シリカ源としてはシリカゾルが好適である。その他の成分が混合されていない原料の状態におけるシリカゾルの好ましい濃度は10〜50質量%である。後述する原料スラリーの噴霧乾燥に適した濃度になるように、シリカゾル濃度が小さい場合には、添加する水溶液等の濃度を大きくし、シリカゾル濃度が大きい場合には、後述する配位性有機化合物水溶液の濃度を小さくすることができる。
【0025】
前駆体スラリーは配位性有機化合物を含む。本実施形態において「配位性有機化合物」とは、孤立電子対を有し、金属に配位結合する有機化合物を指す。配位様式は、単座、多座を問わないが、生成する錯体の安定性の観点から多座配位子が好ましい。配位性有機化合物の具体例としては、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸及びエチレンジアミンが挙げられる。
【0026】
前駆体スラリーにおける配位性有機化合物の含有量は、鉄に対して1モル当量以上とする。配位性有機化合物の配位により鉄を高分散化させて単独の酸化物Fe2O3の形成を抑制する観点から、配位性有機化合物の含有量を鉄に対する当量で規定する。より好ましい含有量は、鉄に対して2モル当量以上である。
【0027】
さらに、前駆体スラリーにおける配位性有機化合物の含有量は、触媒を構成する金属元素の総和に対して0.1モル当量以上とする。鉄に対する当量の他に、金属元素の総和に対する当量も特定する理由は、配位傾向の違いこそあれ、配位性有機化合物の配位が各構成金属での競争過程であるためである。即ち、配位性有機化合物の含有量が金属元素の総和に対して0.1モル当量未満であると、前駆体スラリー中の配位性有機化合物の濃度が低下することで、配位性有機化合物の鉄への関与が不十分となるほか、鉄以外の金属種への配位の影響が現れ、Fe2O3の形成が十分に抑制されなくなる。
【0028】
配位性有機化合物の含有量の上限は特に限定されないが、工業的には、有機化合物の含有量が多すぎると触媒製造の段階において有機物の分解、放散により発熱や触媒粒子のひび割れが生じる傾向にあるため、過度の含有は好ましくなく、触媒質量に対して15質量%以下にするのが好ましい。
【0029】
なお、触媒がアルカリ金属を含む場合、アルカリ金属の硝酸塩は高温でも安定であり、触媒中でも硝酸塩のままで存在すると考えられる。例えば、硝酸ルビジウムにおいては、その分解温度は630℃と高い。アルカリ金属は配位性有機化合物の必要量に関与しないとみなすことができ、アルカリ金属を含む触媒系の場合、アルカリ金属以外の金属に対し、配位性有機化合物が0.1モル当量以上となるように調整するのが好ましい。
【0030】
配位性有機化合物は、酸又は水に溶解させてスラリー中に添加するほか、鉄との錯化合物として添加してもよい。
【0031】
前駆体スラリーの調製において各触媒成分を混合する順序は特に限定されない。一例を挙げると、シリカゾルを攪拌しながらモリブデンを含む水溶液を加え、次いでモリブデン以外の金属成分の化合物(好ましくは硝酸塩)を水性溶媒(好ましくは硝酸水溶液)に溶解した液を加え、最後に、配位性有機化合物を含む水溶液を加える。(a)鉄以外の金属と、配位性有機化合物を先に混合し、そこに鉄を混合する場合、(b)鉄と配位性有機化合物を先に混合し、後から他の金属を混合する場合、(c)配位性有機化合物水溶液に順に金属を添加する場合、のいずれも、配位性有機化合物の必要量に違いは無い。モリブデン以外の金属成分の化合物はそれぞれ水性溶媒中で溶解した後、予め混合しないでシリカゾルに加えてもよいし、モリブデン以外の金属成分の化合物の水溶液と、配位性有機化合物含む水溶液とを混合してからシリカゾルに加えてもよい。
【0032】
配位性有機化合物として酒石酸をスラリーに添加する触媒の調製法については公知であるが、本発明者らが調べたところ、いずれも断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上にならなかった。これは配位性有機化合物の含有量が不足しており、鉄に対して1モル当量以上又は金属元素の総和に対して0.1モル当量以上、もしくはその両方を満たしていなかったためと考えられる。その結果、公知の調製法を用いた場合、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子を多く含む触媒が生成し、その結果、目的化合物の選択率が不十分となった。
【0033】
[工程(ii)]
本実施の形態のアクリロニトリル製造用触媒の製造方法における工程(ii)は、前記前駆体スラリーを噴霧乾燥する工程である。本工程においては、前駆体スラリーを噴霧乾燥することによって流動層反応に適した球形微粒子を得ることができる。噴霧乾燥装置としては、回転円盤式、ノズル式等の一般的なものでよく、条件を調節することで、流動層触媒として好適な粒径の触媒が得られるように噴霧乾燥を行う。流動層触媒として好適な粒径とは、25〜180μmである。好適な粒径を有する触媒粒子を得るための条件の一例を記載すると、乾燥器上部の中央に設置された、皿型回転子を備えた遠心式噴霧化装置を用い、乾燥器の入口空気温度を250℃、出口温度を135℃に保持して行う噴霧乾燥が挙げられる。
【0034】
[工程(iii)]
本実施の形態のアクリロニトリル製造用触媒の製造方法における工程(iii)は、噴霧乾燥により得られた噴霧乾燥粒子を焼成する工程である。噴霧乾燥粒子が硝酸を含有する場合、焼成の前に脱硝処理することが好ましい。脱硝処理は300〜450℃で0.5〜2.0時間熱処理することによって行なうことができる。本工程において、焼成雰囲気は特に限定されず、600〜800℃、好ましくは650〜750℃、より好ましくは670〜730℃の温度で噴霧乾燥粒子を焼成して触媒を得る。焼成温度が低過ぎるとプロピレンの反応活性は大きくなるが、アクリロニトリルへの選択率が小さくなるだけではなく、耐摩耗性も減少する傾向にある。一方、焼成温度が高過ぎるとプロピレンの反応活性が減少し、かつ次式によるアンモニアの燃焼が増大する傾向にある。
【0035】
NH3+3/4O2→1/2N2+3/2H2
【0036】
好適な焼成温度は、600〜800℃の範囲から、アンモ酸化反応テストの結果をみて決定することができる。焼成時間は、通常1〜5時間である。
【0037】
本実施の形態におけるアクリロニトリル製造用触媒を用いて、プロピレンをアンモニア及び分子状酸素と反応(すなわち、気相接触アンモ酸化反応)させて、アクリロニトリルを製造することができる。
【0038】
アンモ酸化反応の原料であるプロピレン及びアンモニアは、必ずしも高純度である必要はなく、工業グレードのものを使用することができる。分子状酸素の酸素源としては通常空気を用いる。プロピレンに対するアンモニアと空気の容積比は一般的には1:0.9〜1.7:7〜11、好ましくは1:1.0〜1.5:8〜10の範囲である。
【0039】
反応温度は好ましくは400〜460℃、より好ましくは410〜440℃の範囲である。反応圧力は常圧〜3気圧の範囲で行なうことができる。原料混合ガスと触媒との接触時間は好ましくは1〜8秒、より好ましくは2〜6秒である。
【実施例】
【0040】
以下、実施例及び比較例により本実施形態を具体的に説明するが、本実施形態はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0041】
金属酸化物粒子の断面積分布は以下のとおりに測定した。
各試料の触媒断面のSEMにおける反射電子像において、触媒外殻より20μm以上内側の任意の箇所で選んだ2μm四方の視野に観測される金属酸化物粒子について画像解析を行った。ここで画像解析とは、画像より粒子を抽出し、その個数、面積等を計測し、定量的に解析することを指す。画像解析には旭化成エンジニアリング株式会社製の画像解析ソフト「A像くん(登録商標)」を用いた。
次に、SEMにおいて5万倍の倍率で観察される触媒断面の二次電子像について、粒子の明度「明」、処理方法「固定法」、雑音除去「有」の各パラメータにて粒子を抽出し、得られた2値像に対して、粒子の明度「明」、補正方法「無」、2値化の方法「固定」、収縮分離「−」、固定しきい値「100」、雑音除去フィルタ「無」、範囲指定「無」、シェーディング「無」、外縁補正「無」、サイズ「−]、穴埋め「無」、単位「nm」、小図形除去面積「0画素」、計測項目「面積」の各パラメータを適用し、粒子解析を行い、金属酸化物粒子の断面積の分布を求めた。
【0042】
前駆体スラリーのpHは以下のとおりに測定した。
前駆体スラリーを室温にて1時間撹拌したのちに、スラリーを撹拌した状態で、横河電気社製のpH計、PH71を用いて測定した。
【0043】
[実施例1]
組成がMo12.0Bi0.38Ce0.25Cr0.42Fe0.63Ni6.47Mg2.61Rb0.21Ogで表される金属酸化物を、50質量%のシリカに担持した触媒を、以下のとおりに製造した。なお、実施例及び比較例においては、各原料の仕込みの組成を、酸化物の組成とみなした。
30質量%のSiO2を含むシリカゾル1,500gに、あらかじめ水754.4gに377.2gのパラモリブデン酸アンモニウム〔(NH4)6Mo7O24・4H2O〕を混合し溶解させた液を撹拌下で加え、さらに、あらかじめ16.6質量%の硝酸367.4gに32.4gの硝酸ビスマス〔Bi(NO3)3・5H2O〕、19.6gの硝酸セリウム〔Ce(NO3)3・6H2O〕、29.8gの硝酸クロム〔Cr(NO3)3・9H2O〕、45.2gの硝酸鉄〔Fe(NO3)3・9H2O〕、337.3gの硝酸ニッケル〔Ni(NO3)2・6H2O〕、119.2gの硝酸マグネシウム〔Mg(NO3)2・6H2O〕、5.44gの硝酸ルビジウム〔RbNO3〕を溶解させた混合液を加えた。そして最後に、酒石酸61.9gを水180gに溶解させた水溶液を加えた。得られたスラリーの噴霧乾燥は乾燥器上部の中央に設置された、皿型回転子を備えた遠心式噴霧化装置を用いて行なった。乾燥器の入口空気温度を250℃に、出口温度を135℃に保持してスラリーの噴霧乾燥を行なった。こうして得られた乾燥粉体をキルンに移し、先ず350℃で1時間脱硝し、次いで630℃で1時間焼成して触媒を得た。
【0044】
[実施例2]
組成がMo12.0Bi0.50Ce1.01Fe1.01Ni5.61Mg2.24Rb0.11Ogで表される金属酸化物を、40質量%のシリカに担持した触媒を、以下のとおりに製造した。30質量%のSiO2を含むシリカゾル1,200gに、あらかじめ水882.6gに441.3gのパラモリブデン酸アンモニウム〔(NH4)6Mo7O24・4H2O〕を混合し溶解させた液を撹拌下で加え、さらに、あらかじめ16.6質量%の硝酸367.4gに51.5gの硝酸ビスマス〔Bi(NO3)3・5H2O〕、90.7gの硝酸セリウム〔Ce(NO3)3・6H2O〕、85.5gの硝酸鉄〔Fe(NO3)3・9H2O〕、344.2gの硝酸ニッケル〔Ni(NO3)2・6H2O〕、121.3gの硝酸マグネシウム〔Mg(NO3)2・6H2O〕、3.43gの硝酸ルビジウム〔RbNO3〕を溶解させ、これに酒石酸72.0gを水210gに溶解させた水溶液を加えた混合液を加えた。得られたスラリーの噴霧乾燥は乾燥器上部の中央に設置された、皿型回転子を備えた遠心式噴霧化装置を用いて行なった。乾燥器の入口空気温度を250℃に、出口温度を135℃に保持してスラリーの噴霧乾燥を行なった。こうして得られた乾燥粉体をキルンに移し、先ず350℃で1時間脱硝し、次いで620℃で1時間焼成して触媒を得た。
【0045】
[実施例3]
酒石酸に代えてクエン酸一水和物88.6gを水に加えた水溶液をスラリーに添加し、組成及び焼成温度を表1に示すとおりに変更したこと以外は実施例1と同様にして、触媒を製造した。
【0046】
[実施例4]
酒石酸に代えてリンゴ酸72.0gを水に加えた水溶液をスラリーに添加し、組成及び焼成温度は表1に示すとおりに変更したこと以外は実施例2と同様にして、触媒を製造した。
【0047】
[実施例5]
組成がMo12.0Bi1.20Fe0.60Cr1.20Ni7.80K0.48Ogで表される金属酸化物を、60質量%のシリカに担持した触媒を、以下のとおりに製造した。
30質量%のSiO2を含むシリカゾル1,200gに、硝酸カリウム〔KNO3〕4.26gを純粋25.0gに溶解させた水溶液を加えた。続いて、あらかじめ純水500.0gに186.1gのパラモリブデン酸アンモニウム〔(NH4)6Mo7O24・4H2O〕を混合し溶解させた液を撹拌下で加えた。さらに、201.9gの硝酸ニッケル〔Ni(NO3)2・6H2O〕、42.3gの硝酸クロム〔Cr(NO3)2・9H2O〕を純水250.0gに溶解した溶液及び16.6質量%の硝酸31.8gに51.6gの硝酸ビスマス〔Bi(NO3)3・5H2O〕を溶解した溶液を順次加えた。このスラリーに15%アンモニア水を加えpH9.5に調整した後に、クエン酸一水和物6.1g及び硝酸鉄〔Fe(NO3)3・9H2O〕21.4gを純水25.0gに溶解した溶液を加えた。得られたスラリーの噴霧乾燥は乾燥器上部の中央に設置された、皿型回転子を備えた遠心式噴霧化装置を用いて行なった。乾燥器の入口空気温度を250℃に、出口温度を135℃に保持してスラリーの噴霧乾燥を行なった。こうして得られた乾燥粉体をキルンに移し、先ず350℃で1時間脱硝し、次いで600℃で1時間焼成して触媒を得た。
【0048】
[比較例1]
実施例1と同様の手法で酒石酸45.0gを加えて触媒を製造した。組成及び焼成温度は表1に示すとおりである。
【0049】
[比較例2]
実施例2と同様の手法で酒石酸63.0gを加えて触媒を製造した。組成及び焼成温度は表1に示すとおりである。
【0050】
[比較例3]
実施例1と同様の手法で配位性有機化合物を添加せずに触媒を製造した。組成及び焼成温度は表1に示すとおりである。
【0051】
[比較例4]
実施例1と同様の手法で酒石酸9.0gを加えて触媒を製造した。組成及び焼成温度は表1に示すとおりである。
【0052】
[比較例5]
実施例1と同様の手法で酒石酸27.0gを加えて触媒を製造した。組成及び焼成温度は表1に示すとおりである。
【0053】
[比較例6]
実施例5と同様の手法でクエン酸一水和物43.8gを加えて触媒を製造した。組成及び焼成温度は表1に示すとおりである。
【0054】
実施例及び比較例で得られた触媒の製造条件を表1に示した。
【0055】
【表1】
【0056】
(触媒断面の画像解析)
画像解析により求められた、各触媒断面中の金属酸化物粒子の断面積分布を表2に示す。
【0057】
【表2】
【0058】
(プロピレンのアンモ酸化反応)
10メッシュの金網を1cm間隔で12枚内蔵した内径25mmのバイコールガラス製流動層反応管に、50ccの実施例1で得られた触媒をとり、反応温度430℃、反応圧力常圧下に、プロピレン9容積%の混合ガス(プロピレン:アンモニア:酸素:ヘリウムの容積比が1:1.2:1.85:7.06)を毎秒3.64cc(NTP換算)の流速で通過させた。この反応の結果を、下記式で定義されるプロピレン転化率、アクリロニトリル選択率、アクリロニトリル収率によって評価し、それらの値を表3に示した。
【0059】
【0060】
実施例2〜5で得られた触媒及び比較例1〜6で得られた触媒について上記と同様の反応を行なった。これらの反応は、原料混合ガスのプロピレンを9容積%、プロピレンに対するアンモニアの容積比を1:1.2に固定し、プロピレンに対する酸素の容積比を1.8〜1.9の範囲から適宜選択して行った。また、各触媒のプロピレン反応活性に応じて、次式で定義される接触時間を適宜変更した。各触媒の反応成績を表3に示す。
【0061】
【0062】
ここで、V:触媒量(cc)、F:原料混合ガス流量(cc−NTP/sec.)、T:反応温度(℃)を示す。
【0063】
【表3】
【0064】
表3の結果から明らかなように、本実施形態の触媒を用いた実施例1〜5においては、プロピレンのアンモ酸化反応において、良好な選択率でアクリロニトリルを得ることが可能であった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明のアンモ酸化用触媒は、工業的規模で実施されるアンモ酸化プロセスにおける産業上利用可能性を有する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロピレンのアンモ酸化に用いられる触媒であって、モリブデン、ビスマス及び鉄を必須成分として含み、かつ、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上であるアンモ酸化用触媒。
【請求項2】
(i)モリブデン、ビスマス、及び鉄を含む前駆体スラリーを調製する工程、
(ii)前記前駆体スラリーを噴霧乾燥し、乾燥粒子を得る工程、及び
(iii)前記乾燥粒子を焼成する工程、
を有するアンモ酸化用触媒の製造方法であって、
前記前駆体スラリーが、前記鉄に対して1モル当量以上、かつ、金属元素の総和に対して0.1モル当量以上の配位性有機化合物を含むアンモ酸化用触媒の製造方法。
【請求項3】
プロピレンと、分子状酸素及びアンモニアとを反応させてアクリロニトリルを製造するに際し、請求項1記載のアンモ酸化用触媒を用いるアクリロニトリルの製造方法。
【請求項1】
プロピレンのアンモ酸化に用いられる触媒であって、モリブデン、ビスマス及び鉄を必須成分として含み、かつ、断面積10000nm2以下の金属酸化物粒子の割合が90%以上であるアンモ酸化用触媒。
【請求項2】
(i)モリブデン、ビスマス、及び鉄を含む前駆体スラリーを調製する工程、
(ii)前記前駆体スラリーを噴霧乾燥し、乾燥粒子を得る工程、及び
(iii)前記乾燥粒子を焼成する工程、
を有するアンモ酸化用触媒の製造方法であって、
前記前駆体スラリーが、前記鉄に対して1モル当量以上、かつ、金属元素の総和に対して0.1モル当量以上の配位性有機化合物を含むアンモ酸化用触媒の製造方法。
【請求項3】
プロピレンと、分子状酸素及びアンモニアとを反応させてアクリロニトリルを製造するに際し、請求項1記載のアンモ酸化用触媒を用いるアクリロニトリルの製造方法。
【公開番号】特開2013−17917(P2013−17917A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−151183(P2011−151183)
【出願日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】
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