説明

アークイオンプレーティング装置

【課題】緻密な薄膜の成膜を可能にして、薄膜の耐チッピング性を向上させることができるアークイオンプレーティング装置を提供する。
【解決手段】アークイオンプレーティング装置1は、蒸発源5が載置される陰極の背面中央に設けられる中央磁石15と、ワーク3の背面に設けられる補助磁石17とを備え、中央磁石15と補助磁石17とは、異なる極を対向させて配置され、ワーク3の成膜面の磁束密度が1mT以上14mT以下となるように設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク放電によって蒸発源をイオン化させてワークの上に成膜させるアークイオンプレーティング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
アークイオンプレーティング装置は、真空中で金属材料やセラミックス材料の蒸発源を陰極(カソード)としてアーク放電を起こし、それにより蒸発源を蒸発させると同時にイオンとして放出させ、一方、ワーク(被コーティング物)には負のバイアス電圧を印加しておき、そのワーク表面にイオンを加速供給して成膜する装置である。蒸発源としては、チタンやクロムが広く用いられており、例えば、高速度鋼や超硬合金、サーメットなどからなる切削工具の表面に、耐摩耗性向上のためにTiN、TiAlN、CrAlNなどの硬質皮膜を形成する技術に利用されている。
【0003】
この種のアークイオンプレーティング装置では、蒸発源表面の微小領域にアーク電流が集中することにより、その微小領域がアークスポットとなって蒸発源を溶解蒸発させる。このアークスポットが滞留すると、その滞留部の付近の材料が蒸発せずに溶解して飛散するので、蒸発源の背部に磁石を設置して、アークスポットの移動を促進させることが行われる。
その磁界として、特許文献1には、蒸発源の蒸発面における磁界の強さが5mT(ミリテスラ)以上で、アーク電流値が200A以上であることが推奨されている。また、蒸発面における法線に対する磁力線の最大角度θが60°以下であることが推奨されている。
また、特許文献2には、蒸発面の中心から蒸発面の径方向に沿った任意の線分上における磁束密度の最小値が4.5mT以上、平均値が8mT以上、標準偏差が3以下である磁界を形成することで、陰極(カソード)の蒸発面に対し、磁力線の向きが垂直で、かつ陰極の蒸発面上における磁束密度を均一化することができ、陰極の利用効率を向上させることができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4034563号公報
【特許文献2】特開2009−144236号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、蒸発面における磁界を制御したとしても、薄膜中のポア量が多くなり、膜密度が低下する場合があり、このような薄膜が成膜されたワークが切削工具等である場合には、耐チッピング性が低下するという問題がある。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、緻密な薄膜の成膜を可能にして、薄膜の耐チッピング性を向上させることができるアークイオンプレーティング装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のアークイオンプレーティング装置は、蒸発源が載置される陰極の背面中央に設けられる中央磁石と、ワークの背面に設けられる補助磁石とを備え、前記中央磁石と補助磁石とは、異なる極を対向させて配置され、前記ワークの成膜面の磁束密度が1mT以上14mT以下となるように設定されていることを特徴とする。
【0008】
ワークの背面に設けた補助磁石により、中央磁石と補助磁石との間の空間の磁力が高められる。プラズマを構成するイオン及び電子は、磁力線を中心に回転運動しながら移動するため、磁束密度の増加とともに空間内のイオン及び電子が増加し、ワーク近傍のプラズマ密度が上昇する。したがって、ワーク表面へ堆積するイオンの密度が上昇し、ワーク表面に密度の高い緻密な薄膜を成膜することができる。そして、このようにして形成された薄膜は、ドロップレット及びポアが低減されているため、耐チッピング性に優れている。
なお、ワーク成膜面の磁束密度が、1mT以上14mT以下の範囲を外れると、ポアが増加して緻密な薄膜が得られない。
【0009】
また、本発明のアークイオンプレーティング装置は、前記陰極の半径方向外側に配置されたリング状磁石を備え、該リング状磁石の極性の向きは、前記中央磁石の極性の向きと逆に設定されていることを特徴とする。
蒸発源の表面の磁場によりアークスポットの速度を増加させ、蒸発源の表面から発生するドロップレットを低減させることができるので、薄膜表面の平滑性を向上させることができる。この場合、中央磁石及び補助磁石の他に、リング状磁石を配置することにより、蒸発面の磁場の分布を平滑にすることができる。蒸発面に生じるアークスポットは、電子の放出点であるから、蒸発面の全域で平均的に動き回れるようにすることで、蒸発源の利用効率を高めることができる。
【0010】
本発明のアークイオンプレーティング装置において、前記蒸発源の端面から内方に所定幅の端部領域を除く内側領域表面の磁束密度が7mT以上10mT以下、前記端部領域表面の磁束密度が15mT以上、前記内側領域表面の磁束密度の標準偏差が3以下となるように設定されているとよい。
【0011】
本発明では、陰極の背面中央に中央磁石を配置し、その中央磁石と対峙させるように補助磁石を配置することにより、蒸発源表面の磁力を高めてアークスポットの速度を増加させることができる。これにより、蒸発源の表面に発生するドロップレットを低減させることができるので、薄膜表面の平滑性を向上させることができる。
また、蒸発面の磁束密度を7mT以上10mT以下とした内側領域表面においては、アークスポットは高速でランダムに動き回ることができる。その内側領域において磁束密度の標準偏差を3以下とし、局部的な集中をなくすことにより、全体に均一にアークスポットを移動させることができ、均一な膜質に成膜できるとともに、蒸発源を均等に消耗させることができる。
また、その放電領域にアークスポットを閉じ込める効果を得るためには、磁束密度として7mT以上が必要である。しかし、磁束密度が10mTを超えるとアークスポットの存在自体が制限され、成膜速度が著しく低下してしまう問題がある。また、アーク放電の電圧値が通常値よりも上昇する問題も発生してしまう。
【0012】
一方、蒸発源の端部領域においては、内側領域表面よりも磁束密度が大きく設定されているので、内側領域表面のアークスポットが端部領域に向かおうとしても、端部領域の強い磁場によって跳ね返されるようにして、内側領域に戻される。したがって、アークスポットを端部領域から表面部以外に入り込む現象を防止して、ほぼ内側領域内に閉じ込めた状態で移動させることができる、所定幅としては蒸発源の直径をDとした場合に、D/10以下の幅が望ましい。これにより、蒸発源を面内均一に蒸発させて、薄膜表面の平滑性を高めることができる。
【0013】
本発明のアークイオンプレーティング装置において、前記蒸発面における磁力線は、前記蒸発面の法線に対する角度θが0°≦θ<20°であり、前記端部領域表面では前記内側領域に向けて傾いているとよい。
磁力線が蒸発面の法線に対して上記の角度に設定されていると、蒸発面にアークスポットを閉じ込める効果がある。
また、アークスポットを移動させる力は、磁場における蒸発面に平行な成分と、蒸発面に垂直な成分とのそれぞれの大きさにより決まり、その向きは、蒸発面に平行な成分に直角の方向と、平行な成分に同じ方向との合成方向となる。したがって、磁場における蒸発面に平行な成分を蒸発面の内側領域に向けるようにすれば、端部領域表面にアークスポットが移動しようとしても蒸発面の内側領域に戻す方向に力が働き、端部領域から外に飛び出すことが防止される。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ワーク近傍のプラズマ密度を高めて、ワーク表面に密度の高い緻密な薄膜を成膜することができるので、薄膜の耐チッピング性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明のアークイオンプレーティング装置の一実施形態を模式的に示した平断面図である。
【図2】図1の縦断面図である。
【図3】図1の左側拡大図である。
【図4】蒸発面上の磁力線のベクトルを示す模式図である。
【図5】蒸発面上の磁力線によるアークスポットの移動原理を説明する模式図である。
【図6】蒸発面上の磁束密度、磁力線の角度の分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明のアークイオンプレーティング装置の一実施形態を図面を参照しながら説明する。
この実施形態のアークイオンプレーティング装置1は、図1及び図2に示すように、真空チャンバ2内に、ワーク(被コーティング物)3を保持するテーブル4が設けられるとともに、このテーブル4を介して両側に、カソード(陰極)としての蒸発源5がそれぞれ設けられている。テーブル4は、その上面に複数のワーク3を保持する支持棒6が周方向に間隔をおいて複数本立設されるとともに、これら支持棒6を図1の矢印で示すように水平回転する機構を有しており、自身も旋回機構(図示略)により水平に旋回させられるターンテーブルとなっている。そして、支持棒6に保持したワーク3を自転させながら公転させる構成である。
また、真空チャンバ2には、内部に反応ガスを導入するガス導入口7と、内部から反応ガスを排出するガス排出口8とが設けられているとともに、テーブル4の後方に、テーブル4上のワーク3を加熱して被膜の密着力を高めるためにヒータ9が設けられている。
【0017】
蒸発源5は、図示例のものは、円板状に形成され、その一面をテーブル4上のワーク3に向けて(テーブル4の半径方向と直交させて)配置されており、テーブル4に向けた面が蒸発面11となる配置とされる。そして、この蒸発源5の表面(蒸発面11)の適宜箇所を向けてアノード電極12が配置され、蒸発源5をカソードとし、アノード電極12と蒸発源5との間に負のバイアス電圧をかけるアーク電源13が接続されている。
また、テーブル4にも、これに保持されるワーク3に負のバイアス電圧をかけるバイアス電源14が接続されている。
【0018】
蒸発源5の背面中央部には中央磁石15が設けられ、蒸発源5の半径方向外側位置には蒸発源5の外周面を囲むようにリング状磁石16が設けられている。また、支持棒6に保持されたワーク3の背面には、中央磁石15と対峙するように補助磁石17が設けられている。各磁石15,16,17は永久磁石であり、本実施形態においては、例えば、中央磁石15およびリング状磁石16がネオジム磁石、補助磁石17がサマリウムコバルト磁石により形成されている。
【0019】
中央磁石15と補助磁石17とは、異なる極を対向させて配置されている。つまり、これら中央磁石15及び補助磁石17の極性の向きは同一に設定されている。また、リング状磁石16の極性の向きは、中央磁石15及び補助磁石17の極性の向きと逆に設定されている。そして、これら磁石15,16,17によって生じる磁場の一部は、相互に重なり合うように作用している。
【0020】
図3において各磁石15,16,17の極性の向き及び配置を説明する。蒸発源5の外側に配置されるリング状磁石16は、例えば、蒸発源5の前方側がS極、後方側がN極とされ、N極からS極に向かう磁力線が、蒸発源5の後方から蒸発源5を通過して前方に至るように形成される。一方、蒸発源5の背面中央部の中央磁石15は、蒸発源5に向けた側がN極で、反対側がS極とされ、N極からS極に向かう磁力線が、蒸発源5の後方から蒸発源5を通過して前方に至るように形成される。また、ワーク3の背面に配置された補助磁石17は、蒸発源5に向けた側がS極で、反対側がN極とされ、N極からS極に向かう磁力線が、蒸発源5からワーク3を通過して、テーブル4の中央部に至るように形成される。
したがって、蒸発源5の中心部分では、各磁石15,16,17の磁石の一部が重なり合うように作用する。そして、これら磁石15,16,17の磁束密度を適宜に設定することにより、蒸発源5の蒸発面11上に作用する磁場は、図6に示す磁束密度aのように形成される。
【0021】
本実施形態のアークイオンプレーティング装置1においては、蒸発源5の直径をDとした場合に、蒸発面11の磁場は、その外周端面から内方にD/10以下の幅のリング状の端部領域Eを除く内側領域C表面の磁束密度が7mT以上10mT以下、標準偏差が3以下とされ、リング状の端部領域E表面の磁束密度が、15mT以上とされる。
また、蒸発源5を通過する磁力線は、その蒸発面11の法線に対する角度θが0°≦θ<20°とされ、リング状の端部領域E表面では、その角度が内側領域Cに向けて傾斜するように形成される。
図4に蒸発面11上の磁力線のベクトルを模式的に示したように、破線で示すように、内側領域Cにおいては、蒸発面11の法線に対する角度が0°≦θ<20°とされ、端部領域Eにおいては、実線で示すように、内側領域Cの磁力線よりも大きい磁束密度の磁力線が蒸発面11の法線に対する角度は0°≦θ<20°とされるが、内側領域Cに向けて傾いた状態に形成される。
【0022】
このように構成したアークイオンプレーティング装置1を用いてワーク3に成膜する方法について説明する。
まず、テーブル4の支持棒6にワーク3を保持して、真空チャンバ2内を真空引きした後、Ar等をガス導入口7より導入して、蒸発源5とワーク3上の酸化物等の不純物をスパッタすることにより除去する。そして、再度真空チャンバ2内を真空引きした後、窒素ガス等の反応ガスをガス導入口7から導入し、蒸発源5に向けたアノード電極12をトリガとしてアーク放電を発生させることにより、蒸発源5を構成する物質をプラズマ化して反応ガスと反応させ、テーブル4上のワーク3表面に窒化膜等を成膜する。
【0023】
この成膜工程時に蒸発源5の蒸発面11上には放電電流が微小領域に集中して、高温で極めて活性な数μm径のアークスポットが発生し、蒸発面11上を10m/s以上の速さでランダムに動き回りながら、蒸発源5を瞬時に溶解蒸発させるとともに、イオンとして放出される。
【0024】
このとき、中央磁石15と補助磁石17との間の空間においては、ワーク3の背面に設けられた補助磁石17により、磁力が高められている。そして、この磁束密度の増加とともに空間内のイオン及び電子が増加し、ワーク3近傍におけるプラズマの密度が上昇する。その結果、ワーク3の表面へ堆積するイオンの密度が上昇し、ワーク3の表面に、ポアが低減された密度の高い緻密な薄膜を成膜することができる。したがって、ワークが切削工具等である場合は、耐チッピング性を向上させることができる。
【0025】
また、蒸発源5の蒸発面11上には、前述した磁石15,16,17によって図6に示す磁束密度のように磁界が発生しており、この磁界の作用によりアークスポットの移動が制御される。
具体的には、蒸発源5の外周の端部領域Eを除く内側領域Cの表面においては、磁束密度が7mT以上10mT以下とされていることから、その内側領域Cの表面で発生したアークスポットは、この内側領域Cに閉じ込められる。また、蒸発面11上の磁力線が前述した2つの磁石15,16の相互作用により、蒸発面11の法線に対する角度θが0°≦θ<20°とされているので、アークスポットを蒸発面11に閉じ込めるように作用する。
なお、この内側領域Cの磁束密度の標準偏差が3以下としたのは、蒸発源5を均等に消耗させるためである。
【0026】
一方、蒸発源5の端部領域Eにおいては、内側領域C表面よりも磁束密度が大きく設定されているので、内側領域C表面のアークスポットが端部領域Eに向かおうとしても、端部領域Eの強い磁場によって跳ね返されるようにして、内側領域Cに戻される。この端部領域Eの磁束密度としては、15mT以上に設定しておけば、アークスポットを内側領域Cに戻す効果を発揮させることができる。
【0027】
また、蒸発面11の法線に対する磁力線の角度が端部領域Eにおいては、内側領域Cに向けて傾斜するように形成されているので、アークスポットを内側領域Cに向けて戻す効果がある。Robsonら(Springer社、Cathodic arcs, p.140)によると、蒸発面11に生じる磁場がアークスポットに作用する力は、図5のBで示す磁場を例にとると、蒸発面11に平行な磁場成分BHは、この磁場成分に対して90°傾いた方向の力AHとなり、蒸発面11に垂直な磁場成分BVは、平行な磁場成分BHと同じ方向の力AVを作用する。そして、これら磁場から作用する力AH,AVの合成力によってアークスポットAが移動する。したがって、蒸発面11の法線に対する磁力線の角度θを内側領域Cに向けることにより、磁場からアークスポットAに作用する力AVの方向を内側領域Cに向けることができる。また、蒸発面11に垂直な磁場成分BVを大きくすることにより、力AVの大きさを大きくすることができ、アークスポットAを内側領域Cに戻す力を大きくすることができる。
【0028】
これら端部領域Eの磁束密度を大きくしたこと、及びその磁力線を内側領域Cに向けて傾斜させたことにより、図4に矢印で示したようにアークスポットAは端部領域Eに移動しようとすると戻されて内側領域Cに戻される。
そして、このようにアークスポットAを内側領域C内に閉じ込め、端部領域Eを超えることが拘束されるので、アークスポットが蒸発源表面部以外に入り込む現象が防止され、安定した放電を維持することができる。
【0029】
また、本実施形態のアークイオンプレーティング装置1においては、蒸発源5の背面中央に中央磁石15、蒸発源5の外周面を囲むようにリング状磁石16、中央磁石15と対峙するように補助磁石17を配置することにより、蒸発面11上の磁力を高めてアークスポットの速度を増加させることができる。これにより、蒸発面11上から発生するドロップレットを低減させることができるので、ワーク3の表面に成膜される薄膜表面の平滑性を向上させることができる。
【実施例】
【0030】
本発明の効果を確認するために行った実施例および比較例について説明する。
実施例および比較例のアークイオンプレーティング装置は、中央磁石およびリング状磁石、補助磁石を備えており、中央磁石およびリング状磁石には永久磁石のネオジム磁石を用い、補助磁石には、永久磁石のサマリウムコバルト磁石を用いた。そして、各磁石の磁束密度を適宜に設定することにより、蒸発源の蒸発面上に作用する磁場を、表1から表3に示す磁束密度のように形成した。
また、蒸発源として、直径D=100mm、厚さt=16mmのTi,TiAl(Ti:Al=50:50),AlCr(Al:Cr=70:30)の3種類を用意した。なお、各サンプルの成膜条件および結果については、蒸発源の種類ごとに分類して、表1から表3に示した。また、表中の「サンプルNo.」においては、実施例に「実」を付し、比較例に「比」を付した。
【0031】
次に、磁束密度測定方法を説明する。蒸発源表面の磁束密度は、磁束計にて、蒸発源表面において蒸発源表面の中心を通る直線上を測定した。蒸発源の表面では、測定箇所を5mm間隔と設定し、各測定点で蒸発源表面の垂直方向及び平行方向の磁束密度を測定した。また、これらの測定値から各測定点での磁束密度及び磁力線と蒸発面の法線とのなす角度(傾斜角)を算出した。また、蒸発源表面での磁束密度の標準偏差は、端部領域の磁束密度が大きい部分を除いた磁束密度の数値から算出した。ワーク成膜面の磁束密度は、同様に磁束計を用い、蒸発源表面とワークとの距離が最も近接する位置で、且つ、成膜面と蒸発面とが平行となるようワークを配置させた状態で、成膜面表面の中心部を測定した。
【0032】
次に、このようなアークイオンプレーティング装置を用いて、表1から表3に示す各種の条件で成膜し、ドロップレット密度及びポア密度を測定した。なお、反応ガスとしては窒素ガスを用いた。ドロップレット密度及びポア密度は、日本電子製JET‐2010Fを用いて、STEM‐EDSマッピングにて成膜断面を観察し、ドロップレット部、ポア部を抽出することにより算出した。なお、測定条件は、加圧電圧:200kV、STEMスポットサイズ:1nm、観察倍率:30000倍とした。
表1から表3に結果を示す。なお、表中の「端部領域」とは、蒸発源の端面から1cmの範囲を示し、「内側領域」とは、蒸発源表面の端部領域を除く範囲を示す。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
【表3】

【0036】
表1から表3の結果からわかるように、ワーク成膜面の磁束密度が1mT以上14mT以下の範囲内で成膜された実施例のサンプルにおいては、それ以外の比較例のサンプルと比べて、ポア密度が小さいことがわかる。また、内側領域の磁束密度が7mT以上10mT以下の範囲を外れたサンプルでは、ドロップレット密度が大きくなることがわかる。
【0037】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
例えば、上記実施形態では、蒸発源を円板状に形成したが、柱状、筒状等のものにも適用することができ、その場合も、端面からD/10以下の範囲内を端部領域として、前述したような磁界を設定すればよい。
また、上記実施形態のアークイオンプレーティング装置1では、図1に示すように、ワーク3の背面に設けられる補助磁石17を、装置内の構成が左右対称となるように2個配置していたが、この場合、装置中央に1個の補助磁石を配置する構成としてもよい。
【符号の説明】
【0038】
1 アークイオンプレーティング装置
2 真空チャンバ
3 ワーク
4 テーブル
5 蒸発源
6 支持棒
7 ガス導入口
8 ガス排出口
9 ヒータ
11 蒸発面
12 アノード電極
13 アーク電源
14 バイアス電源
15 中央磁石
16 リング状磁石
17 補助磁石

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸発源が載置される陰極の背面中央に設けられる中央磁石と、ワークの背面に設けられる補助磁石とを備え、前記中央磁石と補助磁石とは、異なる極を対向させて配置され、前記ワークの成膜面の磁束密度が1mT以上14mT以下となるように設定されていることを特徴とするアークイオンプレーティング装置。
【請求項2】
前記陰極の半径方向外側に配置されたリング状磁石を備え、該リング状磁石の極性の向きは、前記中央磁石の極性の向きと逆に設定されていることを特徴とする請求項1記載のアークイオンプレーティング装置。
【請求項3】
前記蒸発源の端面から内方に所定幅の端部領域を除く内側領域表面の磁束密度が7mT以上10mT以下、前記端部領域表面の磁束密度が15mT以上、前記内側領域表面の磁束密度の標準偏差が3以下となるように設定されていることを特徴とする請求項1又は2に記載のアークイオンプレーティング装置。
【請求項4】
前記蒸発面における磁力線は、前記蒸発面の法線に対する角度θが0°≦θ<20°であり、前記端部領域表面では前記内側領域に向けて傾いていることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載のアークイオンプレーティング装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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