説明

アークスタート制御方法

【課題】ワイヤ先端または母材に絶縁皮膜が付着していると、リトラクトスタート制御時にワイヤと母材との短絡判定に時間を要してしまうために、押し付けられたワイヤが後退動作時に一気に飛び出してしまいスタート不良が発生する。
【解決手段】ワイヤを母材へ近づく方向に前進送給し、ワイヤ・母材間の電圧検出値と所定の短絡判定電圧値とに基づいて接触判定し、接触判定後にワイヤを母材から引き離す方向に後退送給してアークを発生させるアークスタート制御方法である。前進送給中に電圧検出値の低下開始を検出する。検出後は短絡判定電圧値を所定の増加成分だけ徐々に増加させる。電圧検出値と短絡判定電圧値との比較を行い、電圧検出値が短絡判定電圧値以下になったときに接触したと判定する。電気的接触が得られたことの判定を早期に行うようにしたので、ワイヤの押付け量が低減され、スタート不良を防止できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロボット溶接におけるアークスタート制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、リトラクトアークスタートと呼ばれるアークスタート制御方法が提案されている。リトラクトアークスタートとは、溶接ワイヤを母材へ近づく方向に前進移動し、予め定めた接触判定期間中に溶接ワイヤおよび母材間の電圧検出値に基づいて溶接ワイヤが母材と接触したか否かを判定し、接触したと判定した後に溶接ワイヤを母材から引き離す方向に後退移動してアークを発生させるアークスタート制御方法である(例えば、特許文献1、2参照)。
【0003】
以下、従来のリトラクトアークスタートについて説明する。
【0004】
図3は、消耗電極アーク溶接を行うロボット溶接装置の構成図である。ロボット制御装置RCは、ロボット本体(マニピュレータ)RMに配置された複数軸のサーボモータを動作制御するための動作制御信号Mcを出力すると共に、溶接電源PSとの間で溶接開始信号St、送給速度設定信号Fr、溶接電圧設定信号Vrおよび短絡/アーク判別信号Saを含むインターフェース信号を送受信する。溶接電源PSは、上記のインターフェース信号を送受信し、溶接電圧Vwおよび溶接電流Iwを出力すると共に、ワイヤ送給モータWMを制御するための送給制御信号Fcを出力する。ロボット本体RMは、ワイヤ送給モータWM、溶接トーチ4等を載置し、溶接トーチ4の先端位置(TCP)を予め教示された教示データTdに沿って移動させる。ティーチペンダントTPは、教示データTdをロボット制御装置RCに入力するための可搬式操作装置である。溶接ワイヤ1は、ワイヤ送給モータWMによって溶接トーチ4内を通って送給されて、母材2との間でアーク3が発生して溶接が行われる。なお、溶接ワイヤ1の先端部のことを、以下では、単にワイヤ先端と呼ぶ。
【0005】
図4は、従来のリトラクトアークスタート制御におけるタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Stの、同図(B)は送給速度設定信号Frの、同図(C)は溶接電圧Vwの、同図(D)は短絡/アーク判別信号Saの、同図(E)は溶接電流Iwの、同図(F)は給電チップ4a・母材間距離Ltの、同図(G)はワイヤ先端・母材間距離(アーク発生中はアーク長La)Lwの時間変化をそれぞれ示している。また、同図(H1)〜(H5)は、給電チップ4aから突き出た溶接ワイヤ1およびアーク発生の様子を説明するための模式図であり、各時刻における状態を各々示している。以下、同図を参照して説明する。
【0006】
(1)時刻t1〜t2のスローダウン送給期間
時刻t1において、ロボットによって溶接トーチ4が溶接開始位置に到達して停止し、同図(A)に示すように、ロボット制御装置RCから溶接開始信号Stが出力(Highレベル)されると、同図(B)に示すように、送給速度設定信号Frはスローダウン送給速度となり、溶接ワイヤ1は遅いスローダウン送給速度Wiで送給される。同時に、同図(C)に示すように、溶接電源PSは出力を開始し、溶接電圧Vwは無負荷電圧となる。この期間中は、溶接トーチ4は停止しているので、同図(F)に示すようにチップ・母材間距離Ltは一定値である。他方、同図(G)に示すように、ワイヤ先端・母材間距離Lwはスローダウン送給によって次第に短くなる。
【0007】
(2)時刻t2〜t3の短絡期間
時刻t2において、同図(H2)に示すように、ワイヤ先端が母材2に短絡すると、同図(C)に示すように溶接電圧Vwは直ちに低い電圧値となる。この電圧値が、予め定めた短絡判定電圧値Vfs以下になると、短絡/アーク判別信号SaがHighレベル(短絡)になる。これに応動して、同図(B)に示すように、送給速度設定信号Frはゼロになり、送給は停止する。同時に、同図(E)に示すように、20〜80A程度の小電流値の短絡電流Itが通電する。さらに、同時に、溶接トーチ4が母材2から引き離される方向への移動(後退移動)を開始し、同図(F)に示すように、チップ・母材間距離Ltが徐々に長くなる。
【0008】
(3)時刻t3〜t4のリトラクト期間
時刻t3において、同図(H3)に示すように、溶接トーチ4の後退移動によってワイヤ先端と母材2との間に隙間ができると初期アーク3aが発生し、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは数十Vのアーク電圧Vaになり、同図(D)に示すように、短絡/アーク判別信号SaはLowレベル(アーク)に変化する。これに応動して、同図(E)に示すように、溶接電流Iwは上記の短絡電流Itと同程度の値の初期アーク電流Isが通電する。この初期アーク電流Isは電流値を一定値にするために定電流制御されることが多い。同図(F)に示すように、溶接トーチ4の後退移動は所定位置に到達する時刻t4まで継続する。同図(H4)に示すように、この期間中初期アーク3aのまま維持されて、同図(G)に示すように、アーク長La(=Lw)は後退移動距離に対応する距離だけ徐々に長くなる。この期間は100〜500msec程度である。
【0009】
(4)時刻t4以降の定常期間
時刻t4において、同図(F)に示すように、溶接トーチ4の後退移動が所定位置に到達すると、同図(B)に示すように、送給速度設定信号Frは定常送給速度Wsとなり、溶接ワイヤ1の定常送給が開始される。同時に、同図(E)に示すように、定常送給に対応した定常溶接電流Icの通電が開始する。溶接トーチは溶接線に沿って移動を開始する。すなわち、時刻t4以降は、通常の消耗電極アーク溶接のアークスタート制御と同様になる。このときのアーク長Laは、同図(G)に示すように、定常アーク長へ収束し、同図(H5)に示すように、初期アーク3aから定常アーク3bへと移行する。
【0010】
上記の時刻t1〜t2の期間においては、溶接ワイヤ1を前進送給して短絡状態にしたが、送給は停止したままで溶接トーチ4を母材2に近づく方向へ移動(前進移動)させて短絡させる場合もある。上述したリトラクトアークスタートは、通常のアークスタートではアークスタート性が悪い材料(アルミニウム合金、ステンレス鋼等)に対しても確実に良好なアークスタートを行うことができる。また、リトラクトアークスタートは、鉄鋼材であってもアークスタート時のスパッタ発生量を大幅に減少させることができる。これらの特徴を有するために、リトラクトアークスタートは高品質溶接に使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2002−205169号公報
【特許文献2】特開2007−030018号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記時刻t2のタイミングにおいては、ワイヤ先端が母材2に接触したときに、溶接電圧Vwが即座に低下する様子を示した。しかしながら、以下のような場合では、溶接電圧Vwが即座に低下しない。
1)直前の溶接の影響により、ワイヤ先端が絶縁物質の皮膜で覆われている。
2)溶接開始位置が直前の溶接箇所と接近しており、母材2上に絶縁物質の皮膜(スラグ)が存在している。
3)母材2が絶縁物質に覆われている。
上記のような場合、ワイヤ先端が母材2に接触した後に、その押し付け力によって絶縁物が徐々に破壊されるのに伴って接触抵抗が軽減されていくため、溶接電圧Vwは、徐々に減少していくことになる。
【0013】
図5は、上記1)〜3)のように絶縁物が付着している場合におけるリトラクトスタート制御時のタイミングチャートである。以下、図4との相違部分について説明する。
【0014】
(1)時刻t1’〜t2の期間
時刻t1’において、同図(H2)に示すように、ワイヤ先端が母材2に接触すると、付着した絶縁物が徐々に破壊されて接触抵抗が軽減されていくので、溶接電圧Vwもまた、徐々に低下していく。この場合、同図(B)のように溶接ワイヤ1はスローダウン送給速度Wiで前進送給され続けられるために、同図(H3)に示すように、ワイヤ先端が母材2に強く押し付けられる。同図では、強く押し付けられる様子を撓んだワイヤで表現しているが、実際は撓みに加えて、溶接トーチ4内の送給経路内に強く押し込まれることになる。
(2)時刻t2〜t3の短絡期間
時刻t2において、ワイヤ先端を覆っている絶縁物質の皮膜や母材2上の絶縁物の皮膜が溶接ワイヤ1の押し付け力によって破壊されると、電気的な接触が得られることにより、短絡/アーク判別信号SaがHighレベル(短絡)となる。この後、図4の場合と同様に溶接トーチ4の後退移動を開始する。ちなみに、この時刻t1’〜 t2の期間は、1秒間にも及ぶ場合があることが実験等により分かっている。また、溶接ワイヤ1は時刻t1’で即座に短絡/アーク判別信号SaがHighレベル(短絡)に変化する場合に比べ、溶接ワイヤ1は押し付けられるために、送給経路上に撓んで押し込められた状態で存在することになる。この押し込み長さは、大凡、スローダウン送給速度Wi×(t2−t1’)で計算される値となる。
【0015】
(3)時刻t3以降の期間
溶接トーチ4の後退移動によってワイヤ先端と母材2との間に隙間ができると、同図(H4)に示すように初期アーク3aが発生するはずである。しかしながら、溶接トーチ4を後退移動させる距離には制限を設けているために、制限距離まで溶接トーチ4を後退移動させても、溶接ワイヤ1の送給経路上に押し込まれた溶接ワイヤ1が、溶接トーチ4の後退移動に併せて徐々に出てくる。このため、溶接ワイヤ1と母材2が離れず、初期アーク3aが発生しないことがある。
【0016】
あるいは、初期アーク3aが発生した場合でも、溶接トーチ4の後退移動に伴って母材2への溶接ワイヤ1の過度な押し付け力が解消されるために、送給経路内に押し込まれていた溶接ワイヤ1が一気に飛び出したり、溶接ワイヤ1が一瞬母材2から離れた後に、押し付け力の反力で持ち上げられていた溶接トーチ4が一気に元に戻ったりすることにより、同図(H5)に示すように、時刻t3’の時点で、再短絡が発生することがある。
【0017】
アークが発生しなかった場合は、溶接ロボットは停止状態となってしまい、生産効率に悪影響を与えてしまう。また、再短絡が発生した場合は、初期アークによってワイヤ先端の表面は溶融状態にあるので、ワイヤ先端が母材2に溶着することになる。一旦溶着が生じると、これを解除するためには数百Aの溶着解除電流Iyを通電する必要があり、スパッタが多く発生する不良なアークスタートとなる。また、この溶着解除に失敗した場合には、アークは発生せずにアークスタートに失敗したものと見なされ、溶接ロボットが停止状態となるため、この場合もまた、生産効率に影響を与えてしまう。
【0018】
再短絡の問題を防止するために、特許文献2に、再短絡防止電流を通電することによって、再短絡を防止することができる技術が開示されている。しかしながら、この特許文献2の技術を適用したとしても、ワイヤ先端または母材2が絶縁物質の皮膜で覆われている場合には、短絡/アーク判別信号Saが即座に短絡にならずに、溶接ワイヤ1が過度に母材2に押し付けられることになる。このために、溶接ロボットを後退移動させて初期アーク3aを発生させ、再短絡防止電流を通電させても、送給経路内に押し込まれていた溶接ワイヤ1が、再短絡防止電流による溶接ワイヤ溶融速度よりも速い速度で母材2の方向に飛び出したり、または押し上げられていた溶接トーチ4が一気に戻ったりすることによって再短絡が発生し、溶接ロボットが停止状態となって生産効率に悪影響を及ぼすという課題を、依然有している。
【0019】
そこで、本発明は、ワイヤ先端または母材に付着した絶縁皮膜が原因で、十分な電気的接触を得られるまでに時間を要してしまう場合であっても、溶接ロボットの異常停止を防止することができるアークスタート制御方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記目的を達成するために、請求項1の発明は、
溶接ワイヤを母材へ近づく方向に前進移動し、前記溶接ワイヤおよび前記母材間の電圧検出値と所定の短絡判定電圧値とに基づいて前記溶接ワイヤが前記母材と接触したか否かを判定し、接触したと判定した後に前記溶接ワイヤを前記母材から引き離す方向に後退移動してアークを発生させるアークスタート制御方法において、
前記前進移動中に前記電圧検出値の低下開始を検出し、この検出後に前記短絡判定電圧値を所定の増加成分だけ徐々に増加させつつ前記電圧検出値と前記短絡判定電圧値との比較を行い、前記電圧検出値が前記短絡判定電圧値以下になったときに接触したと判定することを特徴とするアークスタート制御方法である。
【0021】
請求項2の発明は、前記増加成分は、0.1〜0.5V/msecであることを特徴とする請求項1記載のアークスタート制御方法である。
【0022】
請求項3の発明は、前記短絡判定電圧値の上限値は、10V以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のアークスタート制御方法である。
【0023】
請求項4の発明は、前記短絡判定電圧値の初期設定値は0Vであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のアークスタート制御方法である。
【0024】
請求項5の発明は、前記初期設定値、前記増加成分のどちらか一方または両方は、可変であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のアークスタート制御方法である。
【0025】
請求項6の発明は、
溶接ワイヤを母材へ近づく方向に前進移動し、前記溶接ワイヤおよび前記母材間の電圧検出値と所定の短絡判定電圧値とに基づいて前記溶接ワイヤが前記母材と接触したか否かを判定し、接触したと判定した後に前記溶接ワイヤを前記母材から引き離す方向に後退移動してアークを発生させるアークスタート制御方法において、
前記短絡判定電圧値を溶接箇所毎に予め定めておき、
前記前進移動中に前記電圧検出値の低下開始を検出し、所定間隔毎に前記電圧検出値と前記短絡判定電圧値との比較を行い、前記電圧検出値が前記短絡判定電圧値以下になったときに接触したと判定することを特徴とするアークスタート制御方法である。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、ワイヤ先端または母材に付着した絶縁皮膜が原因で、十分な電気的接触を得られるまでに時間を要してしまう場合であっても、早期に接触を検出するようにしたことによって、溶接ロボットの異常停止を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施の形態1に係るリトラクトアークスタート制御時のタイミングチャートである。
【図2】本発明の実施の形態2に係るリトラクトアークスタート制御時のタイミングチャートである。
【図3】消耗電極アーク溶接を行うロボット溶接装置の構成図である。
【図4】従来のリトラクトアークスタート制御時のタイミングチャートである。
【図5】絶縁物が付着している場合におけるリトラクトスタート制御時のタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係るリトラクトアークスタート制御時のタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Stの、同図(B)は送給速度設定信号Frの、同図(C)は溶接電圧Vwの、同図(D)は短絡/アーク判別信号Saの、同図(E)は溶接電流Iwの、同図(F)はチップ・母材間距離Ltの、同図(G)はワイヤ先端・母材間距離Lw(=アーク長La)の時間変化をそれぞれ示している。使用する溶接装置については上述した図3の構成と同一である。また、同図は上述した図5と対応しており、時刻t1’までと、時刻t3以降の動作は同一なので説明は省略する。以下、時刻t1’〜t3の制御について説明する。
【0029】
(1)時刻t1’〜t2の期間
時刻t1’において、ワイヤ先端が母材2に物理的に接触すると、溶接電圧Vwが低下を開始する。この溶接電圧Vwの低下開始を検出し、検出と同時に、短絡判定電圧値Vfsを一定の増加成分により徐々に増加させる演算を行う。この間、同図(B)のように溶接ワイヤ1はスローダウン送給速度Wiで前進送給され続けられる。溶接電圧Vwは、付着した絶縁物が徐々に破壊されて接触抵抗が軽減されることに伴って低下を続ける。また、この期間の間は、低下を続ける溶接電圧Vwと一定の増加成分で増加させる短絡判定電圧値Vfsとを所定周期毎に比較演算する。
【0030】
(2)時刻t2〜t3
時刻t2は、低下を続ける溶接電圧Vwが短絡判定電圧値Vfsに等しくなる時刻である。この時刻t2において、接触したと判定し、短絡/アーク判別信号SaをHighレベル(短絡)に設定する。これに応動して、上述した図4と同様に、送給速度設定信号Frはゼロになり、送給は停止する。同時に、20〜80A程度の小電流値の短絡電流Itが通電する。さらに、同時に、溶接トーチ4が母材2から引き離される方向への移動(後退移動)を開始し、チップ・母材間距離Ltが徐々に長くなる。なお、短絡判定電圧値Vfsの増加演算は、時刻t2で終了する。時刻t3以降の動作は、上述した図4と同様である。
【0031】
ところで、上記した短絡判定電圧値Vfsの増加成分は、0.1〜0.5V/msecが望ましい。実験の結果、増加成分が0.1V/msec未満の場合は、接触判定に要するまでの時間が長くなるために、溶接ワイヤ1の押し込み量が多くなる恐れがあることが分かっている。また、増加成分が0.5V/msecを越えると、溶接電圧Vwが高い状態で接触を検出してしまうことがあり、この場合は、溶接ワイヤ1と母材2の間の接触抵抗値が高いために、短絡電流Itの通電時に溶着する可能性が高くなることが分かっている。
【0032】
以上説明したように、本発明によれば、ワイヤ先端または母材に付着した絶縁皮膜により、十分な電気的接触を得られるまでに時間を要してしまう場合であっても、早期に接触を検出するようにした。こうすることによって、送給経路内での溶接ワイヤの撓みを可久的に短くすることができるので、後退送給時に溶接ワイヤが一気に飛び出ることがなくなる。また、押し付け力に対する反力により、後退送給時に溶接トーチが母材側に接近することがなくなる。すなわち、溶接ロボットの異常停止を防止することができる。
【0033】
[実施の形態2]
図2は、本発明の実施の形態2に係るリトラクトアークスタート制御時のタイミングチャートである。実施の形態1との相違は、短絡電流Itを一気に通電することによる溶着を防止するために、短絡判定電圧値Vfsに上限値Vfeを設けると共に、この上限値以下であれば短絡電流Itをスロープ状に増加させる点である。以下、実施の形態1との相違部分について説明する。
【0034】
(1)時刻t1’〜t2の期間
時刻t1’において、ワイヤ先端が母材2に物理的に接触すると、溶接電圧Vwが低下を開始する。この溶接電圧Vwの低下開始を検出し、検出と同時に、短絡判定電圧値Vfsを一定の増加成分により徐々に増加させる。目標値は予め定めた上限値Vfeである。この上限値Vfeは、10V以下が望ましい。それ以上は接触抵抗値が大きいため、短絡電流Itをスロープ状に増加させても溶着を回避することが困難になる。
【0035】
(2)時刻t2〜t3
時刻t2は、実施の形態1と同様に、低下を続ける溶接電圧Vwが短絡判定電圧値Vfsに等しくなる時刻であるから、接触したと判定し、短絡/アーク判別信号SaをHighレベル(短絡)に設定する。これに応動して、短絡電流Itの通電制御を開始する。このとき、短絡電流Itをスロープ状に増加させ、時刻t2’のタイミングで短絡電流Itの目標値に到達させるようにする。スロープ時間(t2〜t2’の時間)は、溶着が発生しない程度の値を実験により予め求めておき、設定しておくとよい。また、時刻t3において、短絡判定電圧値Vfsは、初期設定値に戻す。
【0036】
短絡判定電圧値Vfsの初期設定値は、0Vが望ましい。短絡判定電圧値Vfsは小さければ小さいほど、溶接ワイヤ1と母材2の間の接触抵抗値が低くなり、短絡電流Itの通電による溶着を防止し、確実にアークを発生することが可能となる。
【0037】
以上説明したように、接触状態が不完全な状態であれば、短絡電流Itの通電時に瞬間的なアークが発生して溶着してしまう可能性があるが、本発明の実施の形態2によれば、短絡電流Itの通電をスロープ状に行うようにしたことによって、溶着が発生するのを防止することができる。
【0038】
上述した短絡判定電圧値Vfsの初期設定値および増加成分等は、どちらか一方または両方を、ティーチペンダントTPにより可変設定できるように構成しておくことが望ましい。こうしておくことにより、溶接ワイヤ1の材質や径の種類によるバラツキを吸収することができる。
【0039】
なお、上述した各実施形態においては、短絡判定電圧値Vfsを増加させることによって、できるだけ早期に接触判定を行うようにしたが、これに代えて、短絡判定電圧値Vfsを一定とし、溶接箇所毎にその値を設定できるように構成してもよい。このように構成する理由は、一般的に、アークスタート時における溶接トーチ4の姿勢、溶接ワイヤ1の狙い位置や突き出し長等は溶接箇所毎に異なるため、上述した短絡判定処理結果にバラツキを与えてしまうことがあるからである。したがって、予め実験等により、溶接箇所毎に短絡判定電圧値Vfsを一定値に定めておき、溶接箇所毎の「くせ」を吸収できるように構成してもよい。
【符号の説明】
【0040】
1 溶接ワイヤ
2 母材
3 アーク
3a 初期アーク
3b 定常アーク
4 溶接トーチ
4a 給電チップ
Fc 送給制御信号
Fr 送給速度設定信号
Ic 定常溶接電流
Is 初期アーク電流
It 短絡電流
Iw 溶接電流
Iy 溶着解除電流
La アーク長
Lt チップ・母材間距離
Lw ワイヤ先端・母材間距離
Mc 動作制御信号
PS 溶接電源
RC ロボット制御装置
RM ロボット本体
Sa 短絡/アーク判別信号
St 溶接開始信号
Td 教示データ
TP ティーチペンダント
Va アーク電圧
Vfe 上限値
Vfs 短絡判定電圧値
Vr 溶接電圧設定信号
Vw 溶接電圧
Wi スローダウン送給速度
WM ワイヤ送給モータ
Ws 定常送給速度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤを母材へ近づく方向に前進移動し、前記溶接ワイヤおよび前記母材間の電圧検出値と所定の短絡判定電圧値とに基づいて前記溶接ワイヤが前記母材と接触したか否かを判定し、接触したと判定した後に前記溶接ワイヤを前記母材から引き離す方向に後退移動してアークを発生させるアークスタート制御方法において、
前記前進移動中に前記電圧検出値の低下開始を検出し、この検出後に前記短絡判定電圧値を所定の増加成分だけ徐々に増加させつつ前記電圧検出値と前記短絡判定電圧値との比較を行い、前記電圧検出値が前記短絡判定電圧値以下になったときに接触したと判定することを特徴とするアークスタート制御方法。
【請求項2】
前記増加成分は、0.1〜0.5V/msecであることを特徴とする請求項1記載のアークスタート制御方法。
【請求項3】
前記短絡判定電圧値の上限値は、10V以下であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のアークスタート制御方法。
【請求項4】
前記短絡判定電圧値の初期設定値は0Vであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のアークスタート制御方法。
【請求項5】
前記初期設定値、前記増加成分のどちらか一方または両方は、可変であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のアークスタート制御方法。
【請求項6】
溶接ワイヤを母材へ近づく方向に前進移動し、前記溶接ワイヤおよび前記母材間の電圧検出値と所定の短絡判定電圧値とに基づいて前記溶接ワイヤが前記母材と接触したか否かを判定し、接触したと判定した後に前記溶接ワイヤを前記母材から引き離す方向に後退移動してアークを発生させるアークスタート制御方法において、
前記短絡判定電圧値を溶接箇所毎に予め定めておき、
前記前進移動中に前記電圧検出値の低下開始を検出し、所定間隔毎に前記電圧検出値と前記短絡判定電圧値との比較を行い、前記電圧検出値が前記短絡判定電圧値以下になったときに接触したと判定することを特徴とするアークスタート制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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