説明

アーク溶接方法

【課題】十分なビード幅及び高さを得るとともに母材に対する深い溶け込みを得て、高品質の溶接を行う。
【解決手段】溶接トーチ14をウィービングにより周回させて、上板の第1部材30と第2部材32との境界34に沿って+Z方向に向かって溶接を行う。1周期のウィービングは、教示点P1、P2、P3及びP4で指定される一巡経路である。ウィービングの1周期の間で、最初の第1移動区間40aでは直流、次の第2移動区間40bでは交流、第3移動区間40cでは交流、及び最後の第4移動区間40dでは交流となるように電流を切り替えながら溶接を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接トーチを周回させるウィービングにより溶接を行うアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近時の車両では安全性、経済性、低燃費の要望に対応して軽量化が図られており、高強度のアルミニウム材の使用が多くなっている。また、車両等で高負荷がかかる箇所に対してアルミニウム材を適用し、部材同士を高強度にアーク溶接をするという要望が高まっている。ところが、アルミニウム材は熱伝導率が高いことから熱影響が大きく、溶接をする際には高度な技術が必要とされる。
【0003】
アルミニウム材の溶接には、例えば下記の特許文献1及び特許文献2が挙げられる。
【0004】
特許文献1では、ウィービングの1周期の動作中で厚板側の半周期を高電流とし、薄板側の半周期を低電流とし、高周波パルス電流を通電しアークを安定させることが提案されている。
【0005】
特許文献2では、アルミニウム合金製管の自動溶接装置であり、溶接トーチにより管の外周を1周させる自動溶接であり、交流と直流とを切り替えながら行うことが提案されている。
【0006】
【特許文献1】特開2004−9115号公報
【特許文献2】特許第2922457号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ウィービングによるMIG溶接を用い、車両等で特に高負荷がかかる箇所でアルミニウム材同士を十分な強度で溶接するためには、ビード幅及びビード高さ(のど厚とも呼ばれる。)を従来よりも大きくする必要がある。また、安定した溶接品質を得るためには母材に対する十分な溶け込みが必要である。
【0008】
これに対して、前記の特許文献1の技術では、薄板側の溶融は安定すると思われるが、ビードの幅、高さが不足し、母材に対する十分な溶け込みも得られない。前記の特許文献2の装置では、溶接トーチの溶接線上の移動で周期的に交流と直流を切り替えているだけであって、ウィービングによるアーク溶接は用いていない。したがって、ビード幅が非常に狭く、溶接強度は小さい。
【0009】
このように、従来のアーク溶接方法でアルミニウム材をMIG溶接すると強度が不十分な場合があり、所定の強度を得るためにはTIG溶接等による補強が必要である。
【0010】
本発明はこのような課題を考慮してなされたものであり、十分なビード幅及び高さが得られるとともに母材に対する深い溶け込みが得られ、高品質の溶接が得られるアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るアーク溶接方法は、溶接トーチをウィービングにより周回させて溶接を行うアーク溶接方法であって、溶接トーチが周回する1周期の間に、電流を直流と交流との間で1回以上切り替えて溶接をすることを特徴とする。
【0012】
このように、1周期の間に電流を直流と交流とに切り替えることにより、直流による溶接部分では母材への深い溶け込みが得られるとともに、交流による溶接部分では入熱が抑制されて溶融量が確保されて十分な肉盛りが得られ、結果として、十分なビード幅及び高さが得られるとともに母材に対する深い溶け込みが得られ、高品質の溶接が得られる。
【0013】
なお、ここでいうウィービングとは、溶接進行方向を基準として左右対称に単純に振動させる狭義の動作方法ではなく、溶接進行方向を基準として左右非対称に振動させるとともに後退方向へも移動し、動作経路が所定の一巡経路や一部が開いたC字経路等を形成するように動作する方法を含む広義の意味である。
【0014】
この場合、前記ウィービングの1周期における溶接開始時を直流で溶接すると、母材に対する適切な溶け込みが得られる。
【0015】
また、前記溶接トーチを移動させる速度を、交流で溶接する区間よりも直流で溶接する区間を速く設定することにより、母材に対して過度に入熱されることがなく、熱伝導率が高いアルミニウム材等に対しても好適に適用可能である。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係るアーク溶接方法によれば、1周期の間に電流を直流と交流とに切り替えることにより、直流による溶接部分では母材への深い溶け込みが得られるとともに、交流による溶接部分では入熱が抑制されて十分な溶融量が確保され、結果として、十分なビード幅及び高さが得られるとともに母材に対する深い溶け込みが得られ、高品質の溶接が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明に係るアーク溶接方法について実施の形態を挙げ、添付の図1〜図8を参照しながら説明する。本実施の形態に係るアーク溶接方法は、図1に示す溶接システム10によって行われる。
【0018】
図1に示すように、本実施の形態に係るMIG(Metal Inert Gas arc welding)溶接方法が行われる溶接システム10は、ワークWに対してアーク溶接をするためのシステムであって、ロボット(移動手段)12と、該ロボット12の先端に設けられた溶接トーチ14と、ワークWを保持するポジショナ16と、全体的な制御を行う主制御部18とを有する。
【0019】
ロボット12は、産業用の6軸関節型であって、溶接トーチ14を動作範囲内の任意の位置で任意の姿勢に配置可能である。ロボット12は、プログラム動作及び教示動作が可能であって、溶接トーチ14を予め教示された複数の教示点を経由して移動するように動作させることができる。
【0020】
溶接トーチ14は、MIG溶接用であって、トーチ本体と、該トーチ本体に送給される消耗式のワイヤ電極とを有する。MIG溶接では、トーチ本体におけるガスノズルからシールドガスを供給するとともに、ガスノズルの軸上に設けられたチップの中心部から電極ワイヤを供給して、該電極ワイヤを溶融させてワークの溶接を行う。電極ワイヤは所定のリールからチップ先端部に向けて送り出しローラによって所定速度で送り出されるとともに、ボンベに蓄えられたシールドガスが溶接トーチ14に供給される。
【0021】
ポジショナ16は、ロボット12が溶接トーチ14を接近させやすいようにワークWの位置を移動させるための2軸の機構であり、ロボット12と同期動作を行う。ポジショナ16は、基台20aと、該基台20aから斜めに突出している一対のアーム20bと、これらのアーム20bに両端を保持された主回動部20cと、該主回動部20cの一端に設けられた回転円板20dとを有する。
【0022】
主回動部20cは、アーム20bに設けられた第1モータ20eの作用下にピッチ方向(矢印A参照)に回動可能である。回転円板20dは、主回動部20cの端部に設けられた第2モータ20fの作用下にロール方向(矢印B参照)に回動可能である。つまり、回転円板20dは、第1モータ20e及び第2モータ20fの作用下にピッチ方向及びロール方向の2軸動作が可能となっている。
【0023】
回転円板20dには、ワーク保持台20gが設けられており、該ワーク保持台20g上の治具20hによってワークWが規定の位置に固定されている。なお、ワークWには所定のアース処理がなされ、0V電位になっている。
【0024】
図2に示すように、主制御部18は、ロボット12の制御を行うロボット制御部22と、ポジショナ16の制御を行うポジショナ制御部24と、溶接トーチ14の制御を行う溶接トーチ制御部26とを有する。ロボット制御部22、ポジショナ制御部24及び溶接トーチ制御部26は、相互に接続されており、リアルタイムで所定の情報の授受を行うことにより同期制御が可能となっている。
【0025】
ロボット制御部22及びポジショナ制御部24は、予め教示(又は計算、解析等により設定)された教示データ22a及び教示データ24aにアクセスすることにより、同期したプログラム動作を行うことができる。
【0026】
溶接トーチ制御部26は、タイミング制御部26aと、直流駆動部26bと交流駆動部26cとを有する。タイミング制御部26aは、ロボット制御部22及びポジショナ制御部24の動作タイミングをリアルタイミングで確認し、所定のタイミングで直流駆動部26bを介して溶接トーチ14のワイヤ電極に直流電圧を印加し、又は交流駆動部26cを介してワイヤ電極に交流電圧を印加する。直流、交流の基準は、アース電位に設定している。また、タイミング制御部26aは、所定のタイミングでワイヤ電極に対する電圧印加を停止させる。
【0027】
ワイヤ電極に直流電圧を印加することにより、該ワイヤ電極からワークWに対して直流電流が流れて溶接がなされることになる。直流電流による溶接では、ワイヤ電極を母材に対して深く溶け込ますことができる。
【0028】
また、ワイヤ電極に交流電圧を印加することにより、該ワイヤ電極からワークWに対して交流電流が流れて溶接がなされることになる。交流電流による溶接では、入熱が抑制されて溶融量が確保されて十分な肉盛りが得られる。
【0029】
ここで、直流とはワークの電位を基準としてプラスかマイナスのいずれか一方の極性の電圧を印加して通電する状態をいうものとし、一定電圧の印加に限らず、一極性であれば変動する電圧を印加する状態を含む。
【0030】
また、交流とはワークWの電位(0V)を基準としてプラス及びマイナスの双方の極性の電圧を交互に印加して通電する状態をいうものとし、プラス側とマイナス側の電圧が等しい正弦波に限らず、プラス側とマイナス側の電圧が異なる電圧の印加や、パルス状の電圧を印加する状態を含む。
【0031】
直流駆動部26bによって発生する直流電流は、例えば、図3に示すように、直流パルス状であり、小さいプラスのベース電流Idbと大きいプラスのパルス電流Idpとを微小時間毎に交互に繰り返し通電するように設定されている。この場合、例えば、パルス電流Idpの大きさを可変とし、電流値を調整可能としてもよい。
【0032】
交流駆動部26cによって発生する交流電流は、例えば、図4に示すように、絶対値が小さいマイナス電流Ianと、小さいプラスのベース電流Iabと、大きいプラスのパルス電流Iapとを順に、且つ微小時間毎に繰り返し通電するように設定されている。この場合、例えば、パルス電流Iapやマイナス電流Ianの大きさを可変とし、電流値を調整可能としてもよい。
【0033】
また、交流駆動部26cによって発生する交流電流の他の例としては、図5に示すように、絶対値が小さいマイナス電流Ianと、小さいプラスのベース電流Iabと、大きいプラスの変化電流Iavとを順に、且つ微小時間毎に繰り返し通電するように設定されている。変化電流Iavは、前半の略1/3の区間が一定の傾斜で電流を増加させる区間であり、中盤の略1/3の区間が一定の大きい電流を保持する区間であり、後半の略1/3の区間が一定の傾斜で電流を減少させる区間に設定されている。この場合、例えば、パルス電流Iapの最大値やマイナス電流Ianの大きさを可変とし、電流値を調整可能としてもよい。
【0034】
この溶接システム10では、図1に示すように、ワークWの第1部材(上板)30と第2部材(下板)32との境界34、及び第1部材30’と第2部材32との境界34’に沿って設けられたすみ肉部に対して行う。以下、代表的に境界34に対して行う溶接について説明する。境界34は直線でもよいし、曲線でもよい。第1部材30の面は第2部材32の面よりもやや上方になるように配置され、適度な段差が設けられている(図7参照)。
【0035】
次に、実際の溶接に先行して行われる教示について図6を参照しながら説明する。
【0036】
図6の座標Zで示すように、溶接進行方向は、右から左に向かうプラスの方向とする。また、Z座標に直交するY座標を規定し、図6の下向きをプラス、上向きをマイナスと規定する。つまり、Y座標がマイナスの範囲が第1部材30に相当し、プラスの範囲が第2部材32に相当する。
【0037】
この溶接に対する教示は、ウィービングの動作順に4つの教示点P1、P2、P3及びP4を教示データ22aに記録することにより行われる。これらの教示点P1〜P4は、所定の基準点B1、B2、…Bnに対する相対的な点として記録され、各基準点B1、B2、…Bnについてそれぞれ教示点P1〜P4が設定されていることと等価である。基準点B1、B2、…Bnは、境界34上で溶接進行方向に向かって等間隔に設定されている。
【0038】
基準点B1をYZ座標の原点にしたとき、ウィービングの開始点である教示点P1は、Z座標上(Y=0)で基準点B1よりもややプラスの位置に設定される。2番目の教示点P2は、Z座標が僅かにマイナスの位置で且つY座標がプラス方向に大きい位置に設定される。3番目の教示点P3は、Z座標が教示点P2よりマイナス方向にさらに変位した位置で且つY座標が教示点P2の半分程度の位置に設定される。最後の教示点P4は、Y座標に関して教示点P3と上下略対称の位置で、Z座標に関して教示点P2と略等しい位置に設定されている。
【0039】
溶接トーチ14は、これらの4つの教示点P1、P2、P3及びP4を経由して一巡する経路に沿って動作(以下、ウィービングともいう。)を行い、教示点P1と教示点P2との間の第1移動区間40a、教示点P2と教示点P3との間の第2移動区間40b、教示点P3と教示点P4との間の第3移動区間40c、及び教示点P3と教示点P4との間の第4移動区間40dによって四角形状の閉領域が形成されるような一巡動作を行うことになる。溶接トーチ14は各教示点間では基本的には直線状に移動をするが、所定の動作モードを用いて曲線状に移動させてもよい。
【0040】
図6から明らかなように、教示点P1〜P4によって形成される一巡経路はZ方向よりもY方向に長くなっており、かつ第1部材30側(Y座標がマイナスの範囲)よりも第2部材32の側(Y座標がプラスの範囲)に片寄って設定されている。また、教示点P1〜P4を経由するウィービングは反時計方向の動作であり、周回を開始する教示点P1は、4つの教示点のうち最も溶接進行方向(+Z方向)に寄った位置に設けられている。さらに、1周期における溶接開始時の第1移動区間40aは、上板の第1部材30側から下板の第2部材32側に向かって設定されている。
【0041】
溶接トーチ14は、必要十分な4つの教示点P1〜P4を経由して周回するように教示されており、教示点の数が過度に多くなくて教示が容易であって、しかも設定自由度が大きく、適切なウィービング経路を構成することができる。なお、ウィービング経路は、必ずしも一巡経路である必要はなく、例えば、一部が開いたC字経路等であってもよい。
【0042】
教示点P1〜P4の教示に伴い、各移動区間40a〜40dにおける溶接電流の種別と、各移動区間40a〜40dにおける移動速度V1、V2、V3及びV4の設定を行う。すなわち、溶接進行方向(+Z方向)側の第1移動区間40a及び第4移動区間40dは直流に設定し、逆方向(−Z方向)側の第2移動区間40b及び第3移動区間40cは交流に設定する。さらに、直流に設定された第1移動区間40a及び第4移動区間40dの移動速度V1及びV4は、交流に設定された第2移動区間40b及び第3移動区間40cの移動速度V2及びV3よりも速く設定する。速度V1及びV4は、例えば、速度V2及びV3の1.1〜2.0倍に設定するとよい。
【0043】
なお、説明の便宜上、教示点P1〜P4は同一平面上で示したが、実際には第1部材30、第2部材32及びすみ肉部の形状に合わせて高さ方向(X方向)座標値についても個別に設定するとよい。また、溶接トーチ14の角度は、ワークWの表面に対して例えば5〜15°程度となるように設定するとよい。
【0044】
上記の各設定はあくまでも一例であり、ワークWの材質や形状に応じて適宜変更してもよいことはもちろんである。
【0045】
次に、このように構成される溶接システム10を用いてワークWに対してMIG溶接を行う方法について説明する。
【0046】
先ず、ワークWをポジショナ16のワーク保持台20gの規定位置に固定し、その後ロボット12及びポジショナ16を教示データ22a及び24aに基づいて同期動作させる。
【0047】
次に、最初の基準点B1を基準として教示点P1〜P4の位置を求めて、溶接トーチ14の先端を教示点P1に接近させる。
【0048】
次いで、溶接トーチ14を第1移動区間40aに沿って教示点P2まで速度V1で移動させる。このとき、直流駆動部26bの作用下にワイヤ電極に直流電圧を印加して直流電流を通電させて溶接を行い、第1ビード60(図6参照)を形成する。
【0049】
第1移動区間40aでは、直流によって溶接を行うことから、母材に対する深い溶け込みが得られる。特に、第1移動区間40aは溶接進行方向側の区間であり、未だウィービングによる溶接がなされてなく、ビードが形成されていない箇所であることから電流が流れやすく、母材に対して一層深い溶け込みが得られる。また、速度V1は比較的速く設定されているから、母材に対して過度に入熱されることがなく、熱影響が少ないため、熱伝導率が高いアルミニウム材等に対しても好適に適用可能である。
【0050】
さらに、第1移動区間40aでは、Z軸に関して溶接進行方向とは逆方向にやや後退させていることにより、溶融池が先行することを防止でき、溶接品質が向上する。
【0051】
なお、従来、第1移動区間40aに相当する溶接箇所では、下板側から上板側に向かって溶接をしていたが、本実施の形態に係る方法では、第1移動区間40aで、上板の第1部材30側から下板の第2部材32側に向かって溶接を行う。これにより、第1部材30が鋳物である場合に該鋳物を溶かしながら溶接を行い、アークを段差部に出すことでアークの飛びが分散されずらく、段差部の形状残りが格段に減少し、必要な溶接強度要件が満たされる。
【0052】
溶接トーチ14が教示点P2に到達した後、第2移動区間40bに沿って教示点P3まで速度V2で移動させる。このとき、交流駆動部26cの作用下にワイヤ電極に交流電圧を印加して交流電流を通電させて溶接を行う。つまり、教示点P2では、溶接を行うための電流が直流から交流に切り替えられることになる。この区間の溶接では、第2ビード62が形成される。
【0053】
第2移動区間40bでは、交流によって溶接を行うことから、入熱が抑制されて溶融量が確保されて十分な肉盛りが得られる。特に、第2移動区間40bは溶接進行方向と逆側の区間であり、前回のウィービングの第1移動区間40aにより直流で溶接がなされた第1ビード60と略重なる箇所である。従って、ある程度のビードが既に形成されており電流がやや流れにくく、母材に対する溶け込みよりも肉盛りが効果的に形成される。また、速度V2は比較的低く設定されているから、肉盛りを行う時間が長くなり、一層高い肉盛りが形成される。
【0054】
さらに、第2移動区間40bでは、上板の第1部材30側に向かって移動をすることから、境界34の段差を利用して、高さを安定して保ち、十分な肉盛りが補償される。
【0055】
溶接トーチ14が教示点P3に到達した後、第3移動区間40cに沿って教示点P4まで速度V3で移動させる。このとき、交流駆動部26cの作用下にワイヤ電極に交流電圧を印加して交流電流を通電させて溶接を行う。この第3移動区間40cでは、第2移動区間40bと略同様の効果が得られる。
【0056】
溶接トーチ14が教示点P4に到達した後、第4移動区間40dに沿って教示点P1まで速度V4で移動させる。このとき、直流駆動部26bの作用下にワイヤ電極に直流電圧を印加して直流電流を通電させて溶接を行う。つまり、教示点P4では、溶接を行うための電流が交流から直流に切り替えられることになる。
【0057】
第4移動区間40dでは、第1移動区間40aと略同様の効果が得られる。また、第4移動区間40dでは、Z軸に関して溶接進行方向に進行させているが、その距離は第1移動区間40aと比較して短く、溶融池が先行することはほとんどなく、溶接品質が保たれる。
【0058】
第4移動区間40dの溶接が終了すると、ウィービングによる1周期の溶接が終了して、周回ビード64が形成される。ウィービングの経路はZ方向よりもY方向に長く設定されており、複数の周回ビード64からなるビード70(図7参照)の幅Dは十分に長く形成される。
【0059】
この後、溶接電流を一度停止させ溶接トーチ14を次のウィービングを行うための準備位置に移す。つまり、2回目のウィービングとして、基準点B2を基準とした経路である教示点P1’、P2’、P3’及びP4’(図6参照)を決定し、ロボット12とポジショナ16との協調動作により、溶接トーチ14を新たな教示点P1’に移す。ここで、教示点P1’〜P4’は教示点P1〜P4を溶接進行方向に移動させたものと等価である。この後、溶接進行方向に沿いながら、基準点B2、B3、…Bnについて同様の溶接を順次行う。
【0060】
上述したように、本実施の形態に係るアーク溶接方法では、ウィービングの1周期の間に電流を直流と交流とに切り替える。これにより、直流による溶接部分では母材への深い溶け込みが得られるとともに、交流による溶接部分では入熱が抑制されて溶融量が確保されて十分な肉盛が得られる。
【0061】
すなわち、溶接進行方向側の部分では直流による溶接で十分な溶け込みを確保しておく。次いで、逆側の部分では、交流に切り替えEN比率を変化させることで供給量(電流)は減少させずに溶け込み量のみを制御し、肉盛り部のビードを流さずに盛ることができ、十分な高さH(図8参照)のビード70が得られることになる。
【0062】
ここで、EN比率とは、交流溶接時の電流波形で、全振幅S1(図5参照)に対するマイナス側の幅S2の比である。ワイヤ側がワークWよりもマイナス電位となると、プラス電位の場合よりもワイヤの溶融が進むことから、EN比率を溶接電源の制御により変化させることによって溶け込み量の調整が可能となる。したがって、EN比率が大きくなると(全振幅S1を小さくし、又は幅S2を大きくすると)同じワイヤ送り速度でも、小電流でワイヤが溶融できるようになり、溶接平均電流が下がり、ワークWの溶融も少なくなる。すなわち、EN比率を大きくすると溶け込みが浅く、余盛りの大きいビードが得られる。
【0063】
上記の溶接の結果として、図7及び図8に示すように、幅D及び高さHが十分大きいビード70が得られるとともに母材に対する深い溶け込み72が得られ、高品質の溶接が得られる。したがって、第1部材30と第2部材32は高強度で接続され、高負荷用途に用いることができる。また、高負荷用途に用いる場合にもTIG溶接等による補強をする必要がない。なお、溶け込み部分は、境界部を正確に示すことができないことから、図8においては破線により模式的に図示している。
【0064】
また、上記のウィービングとは、溶接進行方向を基準として左右対称に単純に振動させる狭義の動作方法ではなく、溶接進行方向を基準として左右非対称に振動させるとともに後退方向へも移動し、動作経路が所定の閉領域を形成するように動作する方法を含む広義の意味である。
【0065】
さらに、ウィービングの1周期における溶接開始時を直流で溶接することにより、母材に対する適切な溶け込みが得られる。
【0066】
さらにまた、周回を開始する教示点P1は、4つの教示点P1〜P4のうち最も溶接進行方向に寄った位置に設けられており、未だ溶接のなされていない箇所を確実に直流電流で溶接を行うことになり、十分な溶け込みが得られる。
【0067】
なお、電流を直流から交流へ切り替え、又は交流から直流に切り替える箇所は、必ずしも教示点P1及び教示点P3に完全に一致している必要はなく、設計条件に応じて適宜ずらしてもよい。複数回行われるウィービングは、必ずしも個別の一巡経路で行うのではなく、一連の連続的な経路で行ってもよい。
【0068】
また、本実施の形態に係るアーク溶接方法は、重ね継手、板厚の異なる突き合わせ、すみ肉部等の様々な箇所に適用可能であることはもちろんである。
【0069】
本発明に係るアーク溶接方法は、上述の実施の形態に限らず、本発明の要旨を逸脱することなく、種々の構成乃至工程を採り得ることはもちろんである。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】溶接システムの斜視図である。
【図2】溶接システムのブロック構成図である。
【図3】直流電流のタイムチャートである。
【図4】交流電流のタイムチャートである。
【図5】変形例に係る交流電流のタイムチャートである。
【図6】ワークに対する溶接の教示点を示す模式図である。
【図7】ワーク及びビードの斜視図である。
【図8】ワーク及びビードの断面図である。
【符号の説明】
【0071】
10…溶接システム 12…ロボット
14…溶接トーチ 16…ポジショナ
30…第1部材(上板) 32…第2部材(下板)
40a…第1移動区間 40b…第2移動区間
40c…第3移動区間 40d…第4移動区間
70…ビード
B1、B2、Bn…基準点 P1〜P4…教示点
W…ワーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接トーチをウィービングにより周回させて溶接を行うアーク溶接方法であって、
溶接トーチが周回する1周期の間に、電流を直流と交流との間で1回以上切り替えて溶接をすることを特徴とすることを特徴とするアーク溶接方法。
【請求項2】
請求項1記載のアーク溶接方法において、
前記ウィービングの1周期における溶接開始時を直流で溶接することを特徴とするアーク溶接方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載のアーク溶接方法において、
前記溶接トーチを移動させる速度を、交流で溶接する区間よりも直流で溶接する区間を速く設定したことを特徴とするアーク溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−68301(P2008−68301A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−250716(P2006−250716)
【出願日】平成18年9月15日(2006.9.15)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】