説明

アーク溶接装置及び方法

【課題】上方に存在する母材に対してアーク溶接を行うこと。
【解決手段】回転磁場制御部22は、母材2と一定距離だけ離間して配設される電磁石13−1乃至13−nの各々のコイルに対して、所定の位相差を有する交番電流の各々を流すことによって、溶融池31内に回転方向に整列した磁場RHを発生させる。当該回転方向に整列した磁場RHと、溶融池31内で略水平方向に放射線状に拡散するアーク電流RIとによって、フレミングの左手の法則に則った、略垂直上向き方向の電磁力Fが発生する。これにより、溶融池31内の溶融金属の落下が防止されて、上方に存在する母材2に対する溶接が実現可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、母材に対するアーク溶接を行うアーク溶接装置及び方法に関する。詳しくは、上方に存在する母材に対してアーク溶接を行うことが可能なアーク溶接装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、電極と母材との間に発生させたアークを用いて、母材に対して溶接を行う技術が知られている。このような溶接は、一般的に「アーク溶接」と称されている。
【0003】
アーク溶接が行われると、アークの熱によって母材や電極が溶融し、これらの溶融金属が溜まる領域が母材に形成される。このような領域は、一般に「溶融池」と称されている。
特許文献1には、溶融池における溶け込み深さを確保するために、溶融池内の溶融金属の流れを制御する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】2005−279760号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上方に存在する母材に対してアーク溶接を行いたいという要望が挙げられているが、特許文献1に記載の技術を含め従来の技術を用いても、当該要望に応えられない状況である。
【0006】
即ち、当該要望に応えるためには、母材に形成された溶融池から溶融金属が落下することを防止すべく、重力に反して垂直上向き方向の力を溶融金属に印加する必要がある。このような溶融金属に印加する垂直上向き方向の力の候補の1つとして、電磁力が存在する。
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、垂直上向き方向の電磁力を発生させることは可能であるが、当該電磁力を溶融金属に印加することは非常に困難である。以下、困難である理由について、説明する。
【0008】
特許文献1に記載の技術によると、下方に存在する母材の表面に対して、垂直下向き方向のアークが電極から発生する。
このような電極と母材との間に発生するアークと平行に、即ち垂直方向に、複数の電流路がアークを取り囲むように配設される。複数の電流路の各々に直流電流が同方向に流れると、アンペール右ネジの法則に則って、複数の電流路の各々の周りを囲む方向に磁場が発生する。その結果、これらの磁場が合成されて、アークを取り囲むように水平方向に回転する磁場が発生する。
そこで、特許文献1に記載の電極を逆方向の上向きに配設することによって、垂直上向き方向に電極からアークを発生させた場合にも、当該アークを取り囲むように水平方向に回転する磁場が発生する。この回転する磁場が発生している水平方向であって、当該回転する磁場の方向に対して直角方向に電流が流れた場合には、フレミングの左手の法則に則った、垂直上向き方向の電磁力が発生する。
従って、電極の上方に母材が存在する場合、当該母材に形成された溶融池内に、このような回転する磁場を発生させることができれば、溶融池内の溶融金属に対して、垂直上向き方向の電磁力を印加することが可能になる。即ち、電極と母材との間に発生したアークの流れは垂直上向き方向であるが、母材の溶融池に到達したアークは水平方向に放射線状に拡散する。このようなアークの流れを、以下、「アーク電流」と称する。水平方向に放射線状に拡散するアーク電流の方向は、回転する磁場の方向に対して直角方向である。従って、溶融池内に回転する磁場を発生させることができれば、当該回転する磁場とアーク電流とによって、フレミングの左手の法則に則った、垂直上向き方向の電磁力を溶融池内に発生させることができる。
【0009】
しかしながら、上方に存在する母材に対してアーク溶接を行う場合に、特許文献1に記載の技術を適用しても、溶融池内に回転する磁場を発生させることは非常に困難である。
即ち、上述したように、特許文献1に記載の技術では、複数の電流経路の各々を囲む方向に磁力線が生じ、これらの磁力線が合成される場所に回転する磁場が発生する。即ち、複数の電流経路の水平方向にしか回転する磁場は発生しない。従って、母材に形成された溶融池内に回転する磁場を発生させるためには、母材内部に複数の電流経路が存在する必要がある。しかしながら、このように母材と干渉するように複数の電流経路を配設させることは非常に困難である。
【0010】
また、仮に、母材内部に複数の電流経路を配設させることが可能であったとしても、この場合に発生する電磁力は小さいものになるため、溶融池内の溶融金属の落下を防止することは困難である。
即ち、発熱による断線等を考慮すると、1つの電流経路には一定以下の小電流しか流すことができない。その結果、アンペール右ネジの法則に則って当該1つの電流経路の周囲に発生する磁場は一定以下の弱いものになるため、このような弱い磁場が合成された回転する磁場もまた弱いものになる。
回転する磁場とアーク電流とによって発生する電磁力の大きさは、回転する磁場の強さに依存する。従って、回転する磁場が弱ければ、その分だけ垂直上向き方向の電磁力も小さくなり、溶融金属を落下させずに溶融池内に保持しておくことは困難になる。
【0011】
このように、特許文献1に記載の技術を用いても、上方に存在する母材に対してアーク溶接を行いたいという要望に応えられない。また、当該要望に応えることが可能となる、その他の技術も見受けられない。
【0012】
本発明は、上方に存在する母材に対してアーク溶接を行うことが可能なアーク溶接装置及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のアーク溶接装置(例えば実施形態におけるアーク溶接装置1)は、
母材(例えば実施形態における母材2)との間にアーク(例えば実施形態におけるアークAI)を軸上に発生させることによって、前記母材に溶融池(例えば実施形態における溶融池31)を形成させるアーク発生手段(例えば実施形態における電極棒12、若しくは当該電極棒12が取り付けられた溶接トーチ11)と、
前記母材と一定距離だけ離間して配設され、前記母材を貫通する磁力線が所定周期で反転する磁場であって、前記磁力線が反転する際の位相が隣接する磁場とは異なる磁場を、前記アーク発生手段の軸の周りに複数発生させることによって、前記溶融池内を回転する回転方向に整列した磁場(例えば実施形態における回転方向に整列した磁場RH)を発生させる回転磁場発生手段(例えば実施形態における電磁石13−1乃至13−n)と、
前記溶融池内に発生した前記回転方向に整列した磁場と、前記アークに基づく前記溶融池内の電流(例えば実施形態におけるアーク電流RI)とによって、前記溶融池内に発生する電磁力(例えば実施形態における電磁力F)を制御して、前記溶融池内の溶融金属の流れを制御する制御手段(例えば実施形態における回転磁場制御部22)と、
を備えることを特徴とする。
【0014】
この発明によれば、母材と一定距離だけ離間して配設された回転磁場発生手段によって、溶融池内に回転方向に整列した磁場が発生し、その結果、当該回転方向に整列した磁場と、アークに基づく溶融池内の電流とによって、溶融池内に電磁力が発生する。そして、当該電磁力が制御されることによって、溶融池内の溶融金属の流れが制御される。
従って、例えばアーク発生手段の上方に母材が存在する場合には、略垂直上向き方向であって、溶融金属の重力よりも大きな電磁力を溶融池内の全方位に対して発生させることによって、溶融池内の溶融金属を落下させないように制御することができる。
このようにして、上方に存在する母材に形成された溶融池内の溶融金属が落下することを防止できるので、上方に存在する母材に対する溶接を容易に実現することが可能になる。
【0015】
この場合、
前記回転磁場発生手段は、前記アーク発生手段の軸の周りに略等間隔で配設される複数の電磁石(例えば実施形態における電磁石13−1乃至13−n)を含み、
前記制御手段は、前記複数の電磁石の各々に対して、隣接する電磁石とは位相の異なる交番電流を流す制御を行う、
ようにすることができる。
【0016】
本発明のアーク溶接方法は、上述した本発明のアーク溶接装置に対応する方法である。従って、本発明のアーク溶接方法も、上述の本発明のアーク溶接装置と同様の効果を奏することが可能になる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、母材と一定距離だけ離間して配設された回転磁場発生手段によって、溶融池内に回転方向に整列した磁場が発生し、その結果、当該回転方向に整列した磁場と、アークに基づく溶融池内の電流とによって、溶融池内に電磁力が発生する。そして、当該電磁力が制御されることによって、溶融池内の溶融金属の流れが制御される。
従って、例えばアーク発生手段の上方に母材が存在する場合には、略垂直上向き方向であって、溶融金属の重力よりも大きな電磁力を溶融池内の全方位に対して発生させることによって、溶融池内の溶融金属を落下させないように制御することができる。
このようにして、上方に存在する母材に形成された溶融池内の溶融金属が落下することを防止できるので、上方に存在する母材に対する溶接を容易に実現することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施形態に係るアーク溶接装置の概略構成を示す図である。
【図2】図1のアーク溶接装置の電磁石の配置状態の概略を示す下面図である。
【図3】図1のアーク溶接装置の電磁石の配置状態を模式的に示す上面図及び側面図である。
【図4】図1のアーク溶接装置による電磁力の発生の原理の概略を説明するための図である。
【図5】図1のアーク溶接装置の電磁石が、回転方向に整列した磁場を発生させる原理の概略を説明するための図である。
【図6】図5に示す回転方向に整列した磁場を発生させるために、図1のアーク溶接装置の回転磁場制御部が出力する電圧のタイミングチャートの一例を示している。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0020】
図1は、本発明の一実施形態に係るアーク溶接装置1の概略構成を示す図である。
本実施形態では、アーク溶接装置1は、MIG溶接により、上方に存在する母材2に対して溶接を行うことができる。
【0021】
アーク溶接装置1は、溶接トーチ11と、電極棒12と、n個(nは3以上の整数値)の電磁石13−1乃至13−nと、制御部14と、を備えている。
【0022】
溶接トーチ11には、タングステン電極等で構成される電極棒12が取り付けられている。この電極棒12の端のうちアークAIが発生する端(以下、「先端」と称する)が、上方に存在する母材2と対向するように、溶接トーチ11は配設されている。
電極棒12の先端と母材2との間に略垂直上向き方向のアークAIが発生すると、電極棒12の軸線(図示せず)の周囲の母材2が溶融して、溶融池31が母材2に形成される。
【0023】
溶融池31内の溶融金属が落下することを防止すべく、電磁石13−1乃至13−nがアーク溶接装置1に設けられている。
図2は、n=4の場合の電磁石13−1乃至13−nの配置状態の概略を示す下面図である。
図3は、n=4の場合の電磁石13−1乃至13−nの配置状態を模式的に示す図である。具体的には、図3(A)は上面図であり、図3(B)は、図3(A)に示す矢印の方向からみた場合の側面図である。
なお、図2及び図3においては、溶接トーチ11の図示は省略されており、さらに、図3においては、電極棒12の図示は省略されている。
電磁石13−1乃至13−nは、磁力線が略垂直方向となる磁場、即ち、上方に存在する母材2を磁力線が貫通する磁場をそれぞれ発生させるように、電極棒12の周囲に略等間隔で配設されている。詳細には、電磁石13−1乃至13−nは、図3(A),(B)に示すように、上方を頂点とする仮想円錐の側面に沿って、電極棒12の周囲に略等間隔で配設されている。従って、電磁石13−1乃至13−nの各々からの磁力線の方向は、より正確には、仮想円錐の側面に沿って頂点に向かう方向となるため、各々の磁力線が母材2において貫通する位置は、電磁石13−1乃至13−nの各々よりも内側になる。これにより、回転方向に整列した磁場RHは、電磁石13−1乃至13−nの各々よりも内側に発生する。
ここで、電磁石13−1乃至13−nの各々の磁力線の方向、即ちN又はSの極性は、電磁石13−1乃至13−nの各コイルの電流の極性を変えることで、即ち交番電流を与えることで変化する。
なお、交番電流とは、時間方向の波形が正弦波となるいわゆる交流電流のみならず、極性が時間的に変化する電流全体をいう。従って、時間方向の波形が、電流値が基準電位を境にして正負の値を取る矩形波等の波形(後述するパルス等)を有する電流であれば、交番電流である。
そこで、電磁石13−1乃至13−nの各々のコイルに対して、隣接するコイルと所定の位相差を有する交番電流をそれぞれ流すことによって、電磁石13−1乃至13−nの各々の磁力線の方向、即ちN又はSの極性が、当該位相差を持って順次変化していく。これにより、図2に示すように、母材2の溶融池31内には、略水平方向に下方から見て時計周りに回転する、回転方向に整列した磁場RHが発生する。その結果、詳細については後述するが、略垂直上向き方向の電磁力Fが発生し、溶融池31内の溶融金属の落下が防止される。
【0024】
この場合、電磁力Fの大きさは、後述するように、回転方向に整列した磁場RHの強さに依存する。
回転方向に整列した磁場RHの強さは、母材2を磁力線が貫通するように発生する磁場、即ち電磁石13−1乃至13−nの各々から発生する磁場の強さに依存する。
電磁石13−1乃至13−nの各々から発生する磁場の強さは、コイルの巻き数及びコイルに流す電流の大きさに比例する。
従って、図1に示すように、電磁石13−1乃至13−n(より正確には各々のコイルが懸巻された芯材の上端)と、母材2の表面(溶融池31が形成される下側の面)との間が一定距離だけ離間していても、コイルの巻き数又はコイルに流す電流の大きさを調整することで、溶融金属の重力以上の電磁力Fを溶融池31内に発生させることができる。
換言すると、コイルの巻き数又はコイルに流す電流の大きさを調整することで、電磁石13−1乃至13−nの各々を母材2と干渉しないように配設させても、溶融池31内の溶融金属の落下を防止することが容易に実現可能になる。
【0025】
このような回転方向に整列した磁場RHの発生と、溶接トーチ11の電極棒12からのアークAIの発生とを制御すべく、図1に示すように、制御部14がアーク溶接装置1に設けられている。
制御部14は、溶接電源部21と、回転磁場制御部22と、を備えている。
【0026】
溶接電源部21の一端は、溶接トーチ11に接続された電極棒12に接続され、他端は母材2に接続される。この状態で、溶接電源部21が直流電圧を出力すると、電極棒12の先端と母材2との間に略垂直上向き方向のアークAIが発生する。
【0027】
回転磁場制御部22は、電磁石13−1乃至13−nの各々のコイルに対して、所定の位相差を有する交番電流の各々を流すことによって、溶融池31内に回転方向に整列した磁場RHを発生させる。
ここで、回転磁場制御部22は、電磁石13−1乃至13−nの各々のコイルに流す各交番電流について、強さ、周期、位相差等を制御することによって、溶融池31内に発生する回転方向に整列した磁場RHの大きさ等を制御することができる。回転方向に整列した磁場RHの大きさ等の制御はそのまま、略垂直上向き方向の電磁力Fの制御に繋がる。即ち、回転磁場制御部22は、溶融池31内に発生する電磁力Fを制御することができ、その結果として、溶融池31内の溶融金属の流れを制御することができる。
【0028】
次に、以上のアーク溶接装置1の動作について説明する。
【0029】
電極棒12の先端の上方に母材2が存在する状態で、溶接電源部21が直流電圧を出力すると、電極棒12の先端と母材2との間に略垂直上向き方向のアークAIが発生する。
アークAIの熱により、母材2の表面(電極棒12と対向する下側の面)が溶融して、溶融池31が形成される。
【0030】
ここで、溶融池31内の溶融金属は、重力の影響を受けるため、落下するおそれがある。そこで、アーク溶接装置1は、図4に示すようにして、重力に抗する略垂直上向き方向の電磁力Fを発生させて、溶融池31内の溶融金属の落下を防止させる。
【0031】
図4は、溶融池31内における電磁力Fの発生の原理の概略を説明するための図である。
なお、図4においては、図2の下面図にあわせて、下方から見た溶融池31が示されている。
回転磁場制御部22が、電磁石13−1乃至13−nの各々のコイルに対して、所定の位相差を有する交番電流の各々を流すことによって、図4に示すように、溶融池31内に回転方向に整列した磁場RHを発生させる。
【0032】
ここで、図5及び図6を参照して、回転方向に整列した磁場RHの発生の原理について説明する。
図5は、電磁石13−1乃至13−4(=n)の各々が、回転方向に整列した磁場RHを発生させる原理の概略を説明するための図である。
図6は、図5に示す回転方向に整列した磁場RHを発生させるために回転磁場制御部22から出力される電圧のタイミングチャートの一例を示している。
具体的には、図6には、上方から順に、電磁石13−1乃至13−4の各々に印加される電圧のタイミングチャートの各例がそれぞれ示されている。
【0033】
ここで、図6においては、「電磁石13−K(Kは、1乃至4のうちの何れかの整数値)」という記述の下方の線が示す電位が、基準電位(通常0ボルト)とされている。基準電位に対して正方向(図6中上方向)のパルス電圧(以下、「正パルス」と呼ぶ)が印加された電磁石13−Kの極性が、N極になるとする。これに対して、基準電位に対して負方向(図6中下方向)のパルス電圧(以下、「負パルス」と呼ぶ)が印加された電磁石13−Kの極性が、S極になるとする。
また、回転磁場制御部22の出力電圧のうち電磁石13−Kに印加する電圧を、「第K相」と呼ぶ。
第K相は、次のようにして回転磁場制御部22から出力されて、電磁石13−Kに印加される。即ち、回転磁場制御部22は、第K相として、通電方向をスイッチングすることによって負パルスと正パルスとを切り替え(S/N極切り替え)ながら、前後の第K−1相及び第K+1相の各々と所定時間Tだけ位相をずらして出力し、電磁石13−Kに対して印加する。なお、K=1の場合には、第K−1相は第4相とする。また、K=4の場合には、第K+1相は第1相とする。この場合、電磁石13−Kの極性は、負パルスが印加されたときにはN極となり、正パルスが印加されたときにはS極となる。
【0034】
具体的には例えば、時刻t1において、電磁石13−1に対しては第1相として正パルスが印加され、電磁石13−2に対しては第2相として負パルスが印加されている。このため、図5に示すように、電磁石13−1の極性はN極となり、電磁石13−2の極性はS極となって、電磁石13−1から電磁石13−2に向かう方向に磁場が発生する。
時刻t1から時間Tだけ位相が遅れた時刻t2において、電磁石13−2に対しては第2相として正パルスが印加され、電磁石13−3に対しては第3相として負パルスが印加されている。このため、図5に示すように、電磁石13−2の極性はN極となり、電磁石13−3の極性はS極となって、電磁石13−2から電磁石13−3に向かう方向に磁場が発生する。
時刻t2から時間Tだけ位相が遅れた時刻t3において、電磁石13−3に対しては第3相として正パルスが印加され、電磁石13−4に対しては第4相として負パルスが印加されている。このため、図5に示すように、電磁石13−3の極性はN極となり、電磁石13−4の極性はS極となって、電磁石13−3から電磁石13−4に向かう方向に磁場が発生する。
時刻t3から時間Tだけ位相が遅れた時刻t4において、電磁石13−4に対しては第4相として正パルスが印加され、電磁石13−1に対しては第1相として負パルスが印加されている。このため、図5に示すように、電磁石13−4の極性はN極となり、電磁石13−1の極性はS極となって、電磁石13−4から電磁石13−1に向かう方向に磁場が発生する。
このように、時刻t1乃至t4までの間(時間4Tの間)、電磁石13−1→電磁石13−2→電磁石13−3→電磁石13−4→電磁石13−1の順番で、磁場が回転移動していく。従って、回転磁場制御部22が、このような時刻t1乃至t4までの間(時間4Tの間)の通電制御と同一の制御を繰り返していくことによって、図4に示すように、回転方向に整列する磁場RHが溶融池31内に発生する。
【0035】
このような回転方向に整列する磁場RHが発生している状態で、電極棒12の先端と母材2との間に略垂直上向き方向のアークAIが発生した場合、当該アークAIが母材2に到達すると、図4に示すように、溶融池31内では略水平方向に放射線状に拡散するアーク電流RIとなる。
図4に示すように、アーク電流RIの方向は、回転方向に整列した磁場RHの方向に対して略直角方向である。従って、溶融池31内には、回転方向に整列した磁場RHとアーク電流RIとによって、フレミングの左手の法則に則った、略垂直上向き方向の電磁力Fが発生する。
【0036】
ここで、図4においては、溶融池31の中心にのみ電磁力Fが図示されており、溶融池31の外周上に回転方向に整列した磁場RH及びアーク電流RIが図示されている。しかしながら、これは説明の便宜上のためであって、実際には、溶融池31内の何れの場所においても、略水平方向に略直角な回転方向に整列した磁場RHとアーク電流RIとが存在するため、略垂直上向き方向の電磁力Fが溶融池31内の全体に発生している。
【0037】
また、略垂直上向き方向の電磁力Fの大きさは、回転方向に整列した磁場RHの強さとアーク電流RIの大きさとの各々に比例する。回転方向に整列した磁場RHの強さは、電磁石13−1乃至13−nの各々から発生する磁場の強さに依存する。電磁石13−1乃至13−nの各々から発生する磁場の強さは、コイルの巻き数及びコイルに流す電流の大きさに依存する。
従って、回転磁場制御部22が、コイルに流す電流の大きさを制御することによって、略垂直上向き方向の電磁力Fの大きさを自在に制御することができる。
また、電磁石13−1乃至13−nとして、コイルの巻き数が異なる電磁石を取りかえることによっても、略垂直上向き方向の電磁力Fの大きさを自在に制御することができる。
さらにまた、回転磁場制御部22は、溶融池31の大きさに応じて、通電時間やパルス周波数を調整することによって、回転方向に整列した磁場RHの回転速度や強さを制御して、略垂直上向き方向の電磁力Fの大きさを適切に制御することができる。
【0038】
以上まとめると、電磁石13−1乃至13−nの各々を、上方に存在する母材2と干渉しないように配設させた状態でも、コイルに流す電流の大きさ、コイルの巻き数、又は通電時間やパルス周波数を適切に調整することによって、溶融池31内の全方位に対して、溶融金属の重力以上の適切な大きさを有する電磁力Fを略垂直上向き方向(重力と略反対方向)に発生させることができる。これにより、溶融池31内の溶融金属の落下が防止されて、上方に存在する母材2に対する溶接が実現可能になる。
【0039】
本実施形態によれば、以下のような効果がある。
即ち、母材2と一定距離だけ離間して配設された電磁石13−1乃至13−nによって、溶融池31内に回転方向に整列した磁場RHが発生し、その結果、当該回転方向に整列した磁場RHと、溶融池31内のアーク電流RIとによって、溶融池31内に電磁力Fが発生する。そして、回転磁場制御部22が、当該電磁力Fを制御することによって、溶融池31内の溶融金属の流れを制御する。
従って、例えば電極棒12の上方に母材2が存在する場合には、アーク溶接装置1は、略垂直上向き方向であって、溶融金属の重力よりも大きな電磁力Fを溶融池31内の全方位に対して発生させることによって、溶融池31内の溶融金属を落下させないように制御することができる。
このようにして、アーク溶接装置1を用いることで、上方に存在する母材2に形成された溶融池31内の溶融金属の落下を防止できるので、上方に存在する母材2に対する溶接を容易に実現することが可能になる。
【0040】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【0041】
例えば、上述の例では、MIG溶接により母材に対する溶接を行うアーク溶接装置1が採用されたが、特にこれに限定されない。即ち、本発明は、MIG溶接の他、TIG溶接等任意のアーク溶接に適用することが可能である。
【0042】
例えば、上述の例では、電磁石13−1乃至13−nの各々により発生された磁場によって、電極棒12と母材2との間に発生したアークAIが影響を受け、アークの貫通する能力(以下、「貫通力」と称する)が低下するおそれがある。貫通力が低下すると、溶け込み不足、融合不良等の溶接欠陥となるおそれがある。
そこで、図示はしないが、電極棒12の周囲であって、電磁石13−1乃至13−nよりも内側に、非磁性材料を囲むように配置してもよい。これにより、電極棒12と母材2との間に発生したアークAIが、電磁石13−1乃至13−nの各々により発生された磁場の影響を受けなくなるので、貫通力の低下を防止することができる。
【0043】
例えば、溶融池内に回転磁場を発生させる回転磁場発生手段として、上述の例では電磁石13−1乃至13−nが採用されたが、特にこれに限定されない。
即ち、回転磁場発生手段は、母材と一定距離だけ離間して配設され、母材を貫通する磁力線が所定周期で反転する磁場であって、磁力線が反転する位相が隣接する磁場とは異なる磁場を、電極の軸の周りに複数発生させることによって、溶融池内を回転する回転方向に整列した磁場を発生させるものであれば足りる。
この場合、溶融池内の溶融金属の流れを制御する制御手段も、上述の例の回転磁場制御部22に特に限定されず、溶融池内に発生した回転方向に整列した磁場と、アークに基づく溶融池内の電流とによって、溶融池内に発生する電磁力を制御できるものであれば足りる。
具体的には例えば、回転磁場発生手段として、図示はしないが、電極の周りに均等に配設された複数の永久磁石を採用することができる。この場合、例えば複数の永久磁石の配置位置は固定として、複数の永久磁石の各々の極を機械的に順次反転させることが可能な制御手段や、複数の永久磁石の極は固定として、複数の永久磁石全体を回転移動させる制御手段を採用することができる。
【符号の説明】
【0044】
1 アーク溶接装置
11 溶接トーチ
12 電極棒
13−1乃至13−n 電磁石
14 制御部
21 溶接電源部
22 回転磁場制御部
31 溶融池

【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材との間にアークを軸上に発生させることによって、前記母材に溶融池を形成させるアーク発生手段と、
前記母材と一定距離だけ離間して配設され、前記母材を貫通する磁力線が所定周期で反転する磁場であって、前記磁力線が反転する際の位相が隣接する磁場とは異なる磁場を、前記アーク発生手段の軸の周りに複数発生させることによって、前記溶融池内を回転する回転方向に整列した磁場を発生させる回転磁場発生手段と、
前記溶融池内に発生した前記回転方向に整列した磁場と、前記アークに基づく前記溶融池内の電流とによって、前記溶融池内に発生する電磁力を制御して、前記溶融池内の溶融金属の流れを制御する制御手段と、
を備えるアーク溶接装置。
【請求項2】
前記回転磁場発生手段は、前記アーク発生手段の軸の周りに略等間隔で配設される複数の電磁石を含み、
前記制御手段は、前記複数の電磁石の各々に対して、隣接する電磁石とは位相の異なる交番電流を流す制御を行う
請求項1に記載のアーク溶接装置。
【請求項3】
母材との間にアークを軸上に発生させることによって、前記母材に溶融池を形成させるアーク発生手段と、
前記母材と一定距離だけ離間して配設され、前記母材を貫通する磁力線が所定周期で反転する磁場であって、前記磁力線が反転する際の位相が隣接する磁場とは異なる磁場を、前記アーク発生手段の軸の周りに複数発生させることによって、前記溶融池内を回転する回転方向に整列した磁場を発生させる回転磁場発生手段と、
を備えるアーク溶接装置が、
前記溶融池内に発生した前記回転方向に整列した磁場と、前記アークに基づく前記溶融池内の電流とによって、前記溶融池内に発生する電磁力を制御して、前記溶融池内の溶融金属の流れを制御する、
アーク溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−224628(P2011−224628A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−98027(P2010−98027)
【出願日】平成22年4月21日(2010.4.21)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】