説明

イオンガイド及びそれを備えた質量分析装置

【課題】イオンガイド内の電場の乱れを抑え、理想状態に近い電場を形成することができるイオンガイド及びそれを備えた質量分析装置を提供する。
【解決手段】イオン光軸C方向に延伸し、その端面がイオン光軸Cを取り囲むように配置された8枚の金属板を電極11Aとするとともに、イオン光軸Cに直交する面内で、電極11Aのイオン光軸C側端縁が光軸に向けて凸の円弧状又は双曲線状であるようにする。これにより、電極11Aの端縁で囲まれたイオン飛行空間に理想状態に近い電場が形成される。電極11Aは、端面加工が施されていない金属板111に所定の断面形状を有する電極棒112を溶接等により固定したものであってもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンの軌道を収束させつつイオンを後段に輸送するためのイオンガイド及びそれを備えた質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
図7は、2つの四重極質量フィルタを用いてMS/MS法による測定を行うタンデム型質量分析装置の概略構成図である。この装置では、イオンの通過経路に沿って第1段の四重極質量フィルタ30、コリジョンセル31、第2段の四重極質量フィルタ33、検出器34が配置される。コリジョンセル31の内部には、飛行するイオンの軌道を電場により制御するイオンガイド40が配置される。
【0003】
図7において左方からイオンが導入されると、第1段の四重極質量フィルタ30により特定の質量電荷比を有するイオンのみが選択されてコリジョンセル31内のイオンガイド40に導入される。コリジョンセル31内には衝突誘起解離(CID)ガスが導入されており、前段で選択されたイオンはCIDガスと衝突して解離し、その解離の態様に応じて生じた各種のプロダクトイオンが第2段の四重極質量フィルタ33に導入される。そして第2段の四重極質量フィルタ33により特定の質量電荷比を有するプロダクトイオンが選択されて検出器34に到達して検出される。
【0004】
図8に、イオンガイドの構成の一例を示す。このイオンガイド40は円柱棒状の8本のロッド電極41をイオン光軸Cの周囲に回転対称に配置したマルチポール型のものである。隣り合う2本のロッド電極41には、同一の直流電圧に振幅が同一で位相を反転させた高周波電圧を重畳させた電圧を印加する。これにより、ロッド電極41で囲まれた空間に高周波電場が発生し、そこに導入されたイオンが所定の周期で振動しながら進む。このとき、電場の形状は、イオン光軸Cに直交する面内の等電位線が、理論的に導き出される所定の曲線と一致することが望ましい。
【0005】
イオンガイドでは、一般的にロッド電極をイオン光軸に平行に配置するが、僅かに傾斜させて配置することもある。例えば、ロッド電極を、イオンの出口側においてイオン光軸に近づくように僅かな角度(例えば0.5°)だけ傾斜させておけば、イオンを出口側に加速させることができる。逆に、出口側においてイオン光軸から遠ざかるように僅かに傾斜させておけば、飛行するイオンを減速させることができる。
【0006】
【特許文献1】特開2007-128694号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、分析対象物質の種類の多様化や複雑化が進み、これに対応するために質量分析装置のさらなる高感度化や高精度化などが求められている。こうした要求に応えるために、イオンガイドにおいても、イオン受容性やイオン透過性などの性能の向上を図る必要がある。そのためには、イオンガイド内の高周波電場の形状を前記理論曲線にできるだけ近づけることが望ましい。
【0008】
イオンガイド内の電場を理想状態に近づけるには、一つには、各電極の配置の精度を高める必要がある。その方法の一つに、ロッド電極を非導電性のホルダで保持する方法がある。しかし、この方法では、非導電性ホルダがロッド電極のすぐ近傍にあるため、飛行するイオンが衝突することにより帯電したホルダによって、イオンガイド内の電場が乱される。
【0009】
そこで、ロッド電極の背部(イオン光軸の反対側)に金属製の連結材を溶接し、その連結材をホルダで固定することにより、ホルダをイオン光軸から遠ざける方法が提案されている。しかし、この方法では、溶接箇所おいてロッド電極が熱ひずみにより変形し、その真直性が損なわれやすい。そのため、電場にもひずみが生じ、ロッド電極をイオン光軸に対して僅かな角度だけ傾斜させてイオンを加速/減速するという方法の場合、特にこのような方法をとることは困難である。
【0010】
一方、主として組立構造を簡単にしてコストを下げるために、ロッド電極の代わりに金属板電極を用い、その端面でイオン光軸を取り囲むイオンガイドも提案されている(特許文献1参照)。しかし、この構成では、イオンガイド内に形成される電場は理想状態とは離れているため、イオンの収束性を高めることは困難である。
【0011】
本発明は以上のような課題を解決するために成されたものであり、その目的は、イオンガイド内の電場の乱れを抑え、理想状態に近い電場を形成することのできるイオンガイド及びそれを備えた質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明に係る第1のイオンガイドは、
イオン光軸方向に延伸し、その端面が該イオン光軸を取り囲むように配置されたn(nは4以上の偶数)枚の金属板を電極として備えたイオンガイドであって、
前記イオン光軸に直交する面内で、前記金属板の該イオン光軸側端縁が光軸に向けて凸の円弧状又は双曲線状であることを特徴とする。
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明に係る第2のイオンガイドは、
イオン光軸方向に延伸し、その端面が該イオン光軸を取り囲むように配置されたn(nは4以上の偶数)枚の金属板と、
前記金属板の前記イオン光軸側の端面に沿って固定され、該イオン光軸に直交する面内で該イオン光軸側端縁が光軸に向けて凸の円弧状又は双曲線状である電極棒と、
を備えることを特徴とする。
【0014】
上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、上記イオンガイドを備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るイオンガイド及びそれを備えた質量分析装置によれば、イオン光軸に直交する面内で、電極である金属板又は電極棒のイオン光軸側端縁が光軸に向けて凸の円弧状又は双曲線状であるため、各電極で囲まれた空間に理想状態に近い電場を形成することができる。
また、電極として一端面がイオン光軸方向に向いた金属板又はその端面に電極棒を固定した金属板を用いるため、イオン光軸から離れた箇所で電極(金属板)を非導電性ホルダにより保持することができる。これにより、非導電性ホルダをイオン光軸から遠ざけて配置することができ、非導電性ホルダの帯電によるイオンガイド内の電場の乱れを抑えることができる。
【0016】
本発明に係る第2のイオンガイドによれば、特に端縁形状が円弧状の場合、電極棒を円柱状とすることができるため、製造が非常に容易となる。端縁形状が双曲線状の場合でも、板の端縁を加工するよりは、棒状の部材をそのような形状に加工する方が容易である。なお、第2のイオンガイドでは電極棒を別の部材(金属板)に固定する必要があるが、電極棒はその全長に亘って金属板の端面に固定されるため、溶接等による電極棒の変形を最小限に抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明に係るイオンガイドの一実施例を図面を参照して説明する。図1(a)は本実施例に係るイオンガイドを内部に備えるイオンガイドユニット10の側面図であり、図1(b)、(c)はそれぞれ図1(a)のA−A矢視断面図、B−B矢視断面図である。本実施例のイオンガイドユニット10は、図7に示したようなMS/MS分析を行うタンデム型質量分析装置のコリジョンセル31内に配置されるものであり、イオン光軸Cの方向に延伸した8枚の金属板を電極とするイオンガイド11と、それらを囲う円筒状のケース14を備える。
【0018】
イオンガイド11の各電極はその長手側の端面をイオン光軸Cに向け、イオン光軸Cの周りに互いに45°ずつの角度を保って回転対称に配置されている。8枚の電極のうち一つ置きに配置された4枚の電極を第1電極11Aとし、それらに隣接する4枚の電極を第2電極11Bとする。なお、ここでは、8枚の電極から成る8重極の構成であるが、多重極電場を形成する場合、4重極、6重極等、電極の枚数は4以上の偶数であればよい。
【0019】
図2(a)に1枚の第1電極11Aの斜視図を示す。第1電極11Aはイオン光軸Cに直交する面内でイオン光軸C側端縁が光軸に向けて凸の円弧状又は双曲線状である。また、イオン光軸C側の端面はイオンの進行方向(図1(c)及び図2(a)の右方向)に向かうに従ってイオン光軸Cから僅かに遠ざかるように傾斜している。この傾斜により多重極電場の強さをイオンガイド11の出口側ほど小さくして、飛行するイオンを減速させることができる。この第1電極11A以外の他の3枚の第1電極11A及びそれらに隣接する4枚の第2電極11Bも同じ形状を有する。
なお、第1電極11A及び第2電極11Bは図2(b)に示すように、端面加工が施されていない金属板111の端面に所定の断面形状を有する電極棒112を溶接等により固定したものであってもよい。この電極棒112はイオン光軸Cに直交する面内で、少なくともイオン光軸C側端縁が光軸に向けて凸の円弧状又は双曲線状であれば、丸棒に限らず断面が半円状のもの等でもよい。
【0020】
ケース14は第1電極11A及び第2電極11Bを取り巻く筒部141と、筒部141の一方の端部に取り付けられ各電極の一端面(図1(c)における左側の端面)を支える第1支持部142と、筒部141の他方の端部に取り付けられた第2支持部143と、第2支持部143との間に図3に示すような板バネ13を挟んで固定するための板バネ固定部144とを備える。第1支持部142及び第2支持部143はセラミックスやプラスチック等の絶縁体から成り、中央にイオンを通過させるための開口が設けられている。さらに第2支持部143には各電極に対応する位置に円筒状の貫通穴が設けられている。
【0021】
図3に示した板バネ13は金属製のリング状の枠部131と、枠部131から内側に突出する片持ちバネである8個のバネ部132から成る。バネ部132はT字形状にし、隣り合うバネ部132の左右端が近接するようにしておく。このような板バネ13は金属板をプレス加工することにより低コストで製造することができる。なお、バネ部132は枠部131から外側に突出する構成にしてもよい。
【0022】
第1支持部142における電極を支える面には金属製の薄板15が配置される。図4に薄板15の平面図を示す。薄板15はリング状の枠部151と、枠部151から内側に突出する4個の金属接点152から成る。薄板15もプレス加工により低コストで製造することができる。第1支持部142に配置された薄板15は金属接点152の位置が第1電極11Aの位置に対応する。これにより、薄板15は第1電極11Aのみに接触し、第2電極11Bには接触しない。
【0023】
図5に、イオンガイドユニット10の第2支持部143側の端部における、板バネ13及び板バネ固定部144を取り外した状態の端面図を示す。第2支持部143に設けられた8個の貫通穴のうち第1電極11Aに対応する4個の穴には絶縁体から成る絶縁スペーサ121が挿入され、第2電極11Bに対応する4個の穴には導電体から成る導電スペーサ122が挿入される。各スペーサは同じ長さを有する円筒状のものであり、その長さは一端が電極に接触した状態で他端が第2支持部143の表面から僅かに突出する程度にする。
【0024】
図6に、図5に示したイオンガイドユニット10に板バネ13及び板バネ固定部144を取り付けた状態の部分端面図を示す。板バネ13は隣り合うバネ部132の近接した左右端が1つの絶縁スペーサ121又は1つの導電スペーサ122の突出部を押さえるように配置される。これにより、板バネ13は第1電極11Aとは絶縁スペーサ121により絶縁され、第2電極11Bとは導電スペーサ122を介して電気的に接続する。このとき、各導電スペーサ122は2つのバネ部132と接触するため、各導電スペーサがそれぞれ1つのバネ部と接触する場合と比べ、それらの接点における汚れや埃等を原因とする接触不良の発生確率が低下する。
【0025】
以上の構成により、板バネ13のバネ部132が絶縁スペーサ121又は導電スペーサ122を介して第1電極11A及び第2電極11Bを第1支持部142側へ押さえる。これにより、各電極は板バネ13と第1支持部142により両側から挟まれて固定される。このとき、第1電極11Aの端面は絶縁スペーサ121又は金属製の薄板15に接触し、第2電極11Bの端面は導電スペーサ122又は絶縁体から成る第2支持部143に接触する。そして、図示しない電圧印加回路より、第1電極11Aには薄板15を介して直流電圧Vに高周波電圧v・cosωtが重畳された電圧V+v・cosωtが印加され、第2電極11Bには板バネ13及び導電スペーサ122を介して同じ直流電圧に位相が反転された(つまり180°ずれた)高周波電圧が重畳された電圧V−v・cosωtが印加される。これにより、8枚の電極の縁端面で囲まれた空間に多重極電場が形成され、そこに導入されるイオンが収束される。
【0026】
このとき、イオン光軸Cに直交する面内で、8枚の電極のイオン光軸C側端縁が光軸に向けて凸の円弧状又は双曲線状であるため、電極の近傍にはその曲線に沿うような形状の電場が発生する。これにより、各電極の端面で囲まれた空間に理想状態に近い電場を形成することができる。
【0027】
本実施例に係るイオンガイドユニットでは以下の効果も奏する。各電極は一端面がイオン光軸Cから放射方向に長さを有する板状となっているため、イオン光軸Cから離れた箇所でそれらを保持することができる。このため、その保持手段である絶縁性の第1支持部142にイオンが衝突しにくくなり、その帯電によるイオンガイド内の電場の乱れを抑えることができる。
本実施例の電極には溶接箇所がないため、電極が変形することがない。従って、電極の高精度の配置が可能となり、例えば、その端面をイオン光軸C側に対して僅かな角度(例えば0.5°)だけ傾斜させてイオンを加速/減速すること等の操作も高精度に行うことができる。
【0028】
上述したイオンガイドユニット10はイオンの軌道を収束させつつイオンを後段に輸送する機能を備える様々な質量分析装置に適用することができ、MS/MS分析を行うタンデム型質量分析装置のように複数の質量分析部を有するものに限らず、例えば液体クロマトグラフ質量分析装置(LC/MS)のように単一の質量分析部を有するものにも適用することができる。
【0029】
上記実施形態は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜変更が許容される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の一実施例であるイオンガイドユニットを説明する図であり、(a)は側面図、(b)、(c)はそれぞれ(a)のA−A矢視断面図、B−B矢視断面図である。
【図2】電極を説明する図であり、(a)は本実施例の電極の斜視図、(b)は変形例の電極の斜視図である。
【図3】板バネの平面図。
【図4】薄板の平面図。
【図5】板バネ及び板バネ固定部を取り付ける前のイオンガイドユニットの端面図。
【図6】板バネ及び板バネ固定部を取り付けた後のイオンガイドユニットの拡大端面図。
【図7】タンデム型質量分析装置の概略構成図。
【図8】従来のイオンガイドの構成の一例を示す概略斜視図。
【符号の説明】
【0031】
10…イオンガイドユニット
11、40…イオンガイド
111…金属板
112…電極棒
11A…第1電極
11B…第2電極
121…絶縁スペーサ
122…導電スペーサ
13…板バネ
131、151…枠部
132…バネ部
14…ケース
141…筒部
142…第1支持部
143…第2支持部
144…板バネ固定部
15…薄板
152…金属接点
30、33…四重極質量フィルタ
31…コリジョンセル
34…検出器
41…ロッド電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン光軸方向に延伸し、その端面が該イオン光軸を取り囲むように配置されたn(nは4以上の偶数)枚の金属板を電極として備えたイオンガイドであって、
前記イオン光軸に直交する面内で、前記金属板の該イオン光軸側端縁が光軸に向けて凸の円弧状又は双曲線状であることを特徴とするイオンガイド。
【請求項2】
イオン光軸方向に延伸し、その端面が該イオン光軸を取り囲むように配置されたn(nは4以上の偶数)枚の金属板と、
前記金属板の前記イオン光軸側の端面に沿って固定され、該イオン光軸に直交する面内で該イオン光軸側端縁が光軸に向けて凸の円弧状又は双曲線状である電極棒と、
を備えることを特徴とするイオンガイド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のイオンガイドを備えることを特徴とする質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−118308(P2010−118308A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−292417(P2008−292417)
【出願日】平成20年11月14日(2008.11.14)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】