説明

イオンシンクロトロン

【課題】粒子線治療装置で要求される照射ビームのエネルギーの変更制御が容易でありかつ、装置コストおよび装置の大型化を抑えられるイオンシンクロトロンを提供する。
【解決手段】電磁石電源制御装置22は、対して励磁電流パターンデータ401に基づき励磁電流設定値221を偏向電磁石電源21に設定する。電流変化検出装置23は、偏向電磁石電源制御装置22から入力した励磁電流設定値221の変化量が更新制御の基準となる参照電流値(Iref)以上になると、高周波制御装置32内の周波数更新制御部36に周波数更新指令信号231を出力する。高周波制御装置32内の周波数更新制御部36は、周波数更新指令信号231を入力すると、周波数データメモリ35に記憶された周波数パターンデータ403から励磁電流設定値221の変化に対応する周波数データ351を読み込み、高周波発振器34に周波数設定値321として設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽子や重イオンなどの荷電粒子ビーム(イオンビーム)を利用した粒子線治療装置に好適なイオンシンクロトロンに関し、偏向磁場強度の励磁制御に対応した高周波加速制御がされるイオンシンクロトロンに関する。
【背景技術】
【0002】
がんの放射線治療として、陽子または重イオン等のイオンビームを患者のがんの患部に照射して治療する粒子線治療が知られている。この治療に用いる粒子線治療装置は、イオンビーム発生装置、ビーム輸送系、及び照射装置を備える。イオンビーム発生装置は、イオンビームを周回させながら所望のエネルギーまで加速させるシンクロトロンやサイクロトロンを有する。イオンビーム発生装置から供給されるイオンビームは、ビーム輸送系にて照射装置に供給される。照射装置は、患者の患部形状に合致した照射野を形成する。
【0003】
照射装置での照射野形成法には、大きく散乱体照射法とスキャニング照射法に分けられる。散乱体照射法は、供給されたビームを患部形状に合わせて、散乱体やリッジフィルタを用いて照射平面方向および深さ方向に広げた後、ボーラスやコリメータで患部形状に合致した照射野を形成する。スキャニング照射法は、走査電磁石で患部平面方向にビームを走査し、イオンビームのエネルギーを制御して患部深さ方向を照射することで、患者の患部形状に合わせた照射を実現する。スキャニング照射法は、散乱体を用いず、直接患部にイオンビームを照射可能なためイオンビームの利用効率が高く、散乱体照射法よりも患部形状に合致したイオンビーム照射が可能といった利点が注目されている。
【0004】
シンクロトロンは、イオンビームを安定に一定軌道上を周回させる偏向電磁石、周回軌道に沿って周回するイオンビームに高周波電圧を印加して所望のエネルギーまで加速する高周波加速装置、所望のエネルギーまで加速したイオンビームを周回軌道外に出射する出射装置等を備える(例えば、特許文献1)。
【0005】
シンクロトロンでビームを安定に周回させながら所望のエネルギーまで加速するには、イオンビームのエネルギー増加に合わせて偏向電磁石に発生させる偏向磁場強度と高周波加速装置に発生する高周波電圧の周波数を協調して制御する必要がある。
【0006】
また、シンクロトロン内を周回するイオンビームの軌道は、イオンビームの周回周波数と偏向磁場強度により規定される。イオンビームの周回周波数は、高周波加速装置に発生する高周波電圧の周波数と一致する。そのため、偏向磁場強度の励磁制御と高周波電圧の周波数制御が協調制御できないと、シンクロトロン内を周回するイオンビームは、設計軌道上を安定に周回できない。
【0007】
高周波加速装置は、加速空胴、高周波発振器、電力増幅器および高周波制御装置から構成される。シンクロトロン内を周回するイオンビームは、加速空胴を通過する際に高周波電圧によりエネルギーを付与される。加速空胴に印加する高周波電圧は、高周波発振器の出力信号を電力増幅器で増幅したものを利用する。高周波発振器に設定する周波数データは、偏向磁場強度の変化と協調して更新制御することで、シンクロトロン内を周回するイオンビームを所望のエネルギーまで安定に加速することができる。
【0008】
高周波発振器に設定する周波数データの更新制御にかかる従来技術が、非特許文献1および特許文献2に記載されている。非特許文献1記載の従来技術は、偏向磁場強度のパターン励磁運転に基づき予め作成した周波数データを一定周期で更新制御するものである(以下、Tクロック制御)。特許文献2記載の従来技術は、偏向磁場強度が所定の量だけ変化に対応した高周波電圧の周波数データを予め用意しておき、偏向磁場強度の変化をサーチコイル等の磁場検出手段を用いて検出し、偏向磁場強度が所定の量だけ変化する毎に周波数データを更新制御するものである(以下、Bクロック制御)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第2596292号公報
【特許文献2】特許第3269437号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Beam Acceleration with T-clock、 Proc. of ARTA 2008、 Tokyo
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
粒子線治療装置では、患部の深さ方向へのビーム飛程調整は、イオンビームのエネルギーを変更することで所望の患部への照射を実現する。特にスキャニング照射法では、シンクロトロンから供給するイオンビームのエネルギーを調整することで、イオンビームの飛程を患部の深さに合わせるため、患者への照射治療中に複数回のエネルギーの変更制御が要求される。
【0012】
この際、非特許文献1記載の従来技術(Tクロック制御)を適用すると、照射治療中に周波数データを頻繁に更新する必要があり、複雑な制御となる。また、治療で使用するイオンビームのエネルギー数に応じて高周波加速装置を構成する制御装置に予め周波数データを用意しておき、エネルギーの更新毎に周波数データを入れ替えることも可能であるが、スキャニング照射法で照射治療に必要なエネルギーは数十種にも及ぶため、周波数データを保存しておくメモリ容量が膨大となり、制御装置のコストが高くなることにより、システム全体の装置コストも高くなる。
【0013】
一方、特許文献2記載の従来技術(Bクロック制御)を適用する場合、周波数データは偏向磁場強度の関数で表現されるため、イオンビームの入射エネルギーから最大出射エネルギーの範囲で周波数データを用意しておけば、エネルギーの変更の度に周波数データの変更は不要である。しかし、Bクロック制御では、偏向磁場強度の変化を検出する検出手段が必要となる。従来の粒子線治療装置では、偏向磁場強度変化の検出専用の偏向電磁石を用意するか、シンクロトロンを構成する偏向電磁石の磁極間にサーチコイルを設置していた。磁場検出専用の偏向電磁石を用意する場合、シンクロトロンを構成する偏向電磁石も他に新たな偏向電磁石を追加するため、装置コストが高くなってしまう。また、粒子線治療装置の普及に際し、治療装置の小型化が進められているが、磁場検出専用の偏向電磁石を用いると、治療装置の小型化を妨げる要因にもなる。一方、偏向電磁石の磁極間にサーチコイルを設置する場合、サーチコイルを設置するために磁極間隔を広げるか、薄型のサーチコイルを設置する必要がある。磁極間隔を広げると、装置が大型化することに加えて、起磁力が余分に必要となるため、電磁石電源の容量が多く必要となり、装置コストが高くなる。また、薄型のサーチコイルはコイルの製作が特殊なため、装置コストが高くなる。
【0014】
以上のように、非特許文献1記載の従来技術(Tクロック制御)には、制御の非容易性およびコストに係る課題があり、特許文献2記載の従来技術(Bクロック制御)には、大型化およびコストに係る課題があった。
【0015】
本発明の目的は、粒子線治療装置で要求される照射ビームのエネルギーの変更制御が容易でありかつ、装置コストおよび装置の大型化を抑えられるイオンシンクロトロンを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
(1)本発明は、上記目的を達成するために、イオンビームを一定軌道上で周回させるための偏向磁場を発生する偏向電磁石と、この偏向電磁石に励磁電流を供給する偏向電磁石電源と、この偏向電磁石電源が出力する励磁電流を、予め設定された励磁電流パターンデータに基いて制御する偏向電磁石制御手段と、イオンビームを加速しエネルギーを付与する高周波電圧を印加する加速空胴、この加速空胴に印加する高周波信号を発振する高周波発振器、この高周波発振器から出力される高周波信号を増幅する電力増幅器、および、高周波発振器に周波数設定値を設定する高周波制御手段を有する高周波加速装置とを備えたイオンシンクロトロンにおいて、更に、前記偏向電磁石制御手段が設定する励磁電流設定値に基づいて、励磁電流の変化を検出する電流変化検出手段を備え、前記高周波制御手段は、前記電流変化検出手段が励磁電流の変化を検出する毎に、励磁電流変化に対応するように周波数設定値を更新する周波数更新制御部を有する。
【0017】
周波数更新制御部は、電流変化検出手段の検出結果に基づき、励磁電流変化に対応するように周波数設定値を更新する。一方、励磁電流変化に伴い偏向磁場強度も変化する。したがって、本発明の励磁電流変化に対応するように周波数設定値を更新する制御は、結果的に、偏向磁場強度に対応するように周波数設定値を更新する制御(Bクロック制御)と同様な制御となり、同様な効果が得られる。
【0018】
ところで、電流変化検出手段は、偏向電磁石制御手段が設定する励磁電流設定値に基づいて、励磁電流の変化を検出する。励磁電流設定値は制御で用いられる数値データであり、励磁電流設定値を得るのに、Bクロック制御で必須であった偏向磁場強度の変化を検出する検出手段等の構成は不要である。
【0019】
つまり、Bクロック制御における大型化およびコストに係る課題は生じない。これにより、本発明は、Bクロック制御と同様にエネルギーの変更制御が容易であり、かつ、装置コストおよび装置の大型化を抑えられる。
【0020】
(2)上記(1)において、好ましくは、前記高周波制御手段は、偏向磁場強度に対するビームの周回周波数との関係式と、励磁電流に対する偏向磁場強度との関係式とから導出された周波数パターンデータを記憶する周波数データメモリ部を有し、前記周波数更新制御部は、周波数データメモリ部に記憶された周波数パターンデータから、励磁電流変化に対応する周波数データを読み込み、周波数設定値とする。
【0021】
これにより、周波数更新制御は、周波数パターンデータに基づいて行われており、イオンシンクロトロンのエネルギー変更時に周波数パターンデータを入れ替える必要はない。また、大容量のメモリも不要である。本発明は、Tクロック制御に比べエネルギーの変更制御が容易であり、かつ、装置コストを抑えられる。
【0022】
(3)上記(2)において、好ましくは、更に、シンクロトロン内を周回するイオンビームの目標軌道を設定するビーム軌道設定手段と、イオンビームの軌道を検出するビーム軌道検出手段と、目標軌道と検出軌道との変位値に基づき、この変位値を打ち消すように、前記周波数データに対する周波数補正量を演算する周波数補正量演算手段とを備える。
【0023】
本発明は、励磁電流に対する偏向磁場強度との関係式(I-B特性)に基づいて、励磁電流パターンデータが生成されるため、I-B特性に僅かでも誤差があると、適切な周波数更新制御ができず、シンクロトロン内を周回するイオンビームが、設計軌道上を安定に周回できないおそれがある。
【0024】
ビーム軌道フィードバック制御機構(ビーム軌道設定手段、ビーム軌道検出手段および周波数補正量演算手段)を追加することにより、シンクロトロン内を周回するイオンビームを所望の軌道上を周回させることが可能となり、より安定したビーム加速制御が可能となる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、照射ビームのエネルギーの変更制御が容易でありかつ、装置コストおよび装置の大型化を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】シンクロトロンが適用される粒子線治療装置の全体構成図である。
【図2】偏向電磁石の磁場強度パターンの一例を示す図である。
【図3】制御ブロックダイアグラムである(第1実施形態)。
【図4】励磁電流パターンデータおよび周波数パターンデータの生成に係る制御フローである。
【図5】電流変化検出装置に係る制御フローである。
【図6】制御ブロックダイアグラムである(第2実施形態)。
【発明を実施するための形態】
【0027】
<第1実施形態>
〜構成〜
図1は、本実施形態のシンクロトロンが適用される粒子線治療装置の全体構成図である。粒子線治療装置は、イオンビーム発生装置1、ビーム輸送系16、及び照射装置17を備える。
【0028】
イオンビーム発生装置1は、イオンシンクロトロン10とイオンシンクロトロン10にビームを供給する前段加速器11とから構成されている。イオンシンクロトロン10は、偏向電磁石20や四極電磁石(図示せず)、加速空胴31、入射装置12、出射装置13および、ビーム軌道モニタ14等から構成されている。
【0029】
イオンビーム発生装置1は、前段加速器11から出力されるイオンビーム15を入射装置12を経由してシンクロトロン10に入射し、偏向電磁石20や四極電磁石の励磁により、イオンビーム15をシンクロトロン10内の一定軌道を安定に周回させる。更に、一定軌道上を周回しているイオンビーム15に対して、加速空胴31に高周波電圧を印加することで、加速空胴31を通過するイオンビーム15を集群化し、次に、集群化したイオンビーム15を加速する。
【0030】
シンクロトロン内でのイオンビームの安定周回を維持するには、偏向磁場強度の励磁制御と高周波電圧の周波数制御を協調して行う必要がある。すなわち、本実施形態は、協調制御をおこなう特徴的構成23(後述)を有し、イオンビーム15の加速時には、偏向電磁石電源制御装置22は、偏向電磁石20の励磁電流値211を増加し、これに協調して高周波制御装置32は、加速空胴31に印加する高周波電圧の周波数設定値321を更新する。これにより、偏向電磁石20の励磁電流値211の増加と高周波電圧の周波数設定値321の更新を同期させながら、所望のエネルギーを得ることができる。
【0031】
加速終了後、イオンシンクロトロン10内を周回するイオンビーム15は出射装置13からシンクロトロン10外に出射され、ビーム輸送系16を経由して照射装置17に供給される。照射装置17は、患部形状に合致した照射野を形成し、患者18にビームを照射する。
【0032】
イオンビーム15の出射制御が終了すると、シンクロトロン10内に残存したイオンビーム15を減速する。イオンビーム15の減速時には、偏向電磁石電源制御装置22は偏向電磁石20の励磁電流値211を減少させ、これに協調して高周波制御装置32は、加速空胴31に印加する高周波電圧の周波数設定値321を更新する。
【0033】
上位制御システム40は、粒子線治療装置を統括的に制御する。
【0034】
〜制御〜
図2は、偏向電磁石20の磁場強度パターン400の一例を示す図である。
【0035】
スキャニング照射法では、患部の深さに合わせてビームの飛程を細かく制御する必要がある。イオンシンクロトロン10は出射制御時のビームエネルギーを変更することでビーム飛程に係る制御を実現する。具体的には、出射制御時のビームエネルギーに対応して偏向電磁石20に発生する磁場強度を変更させる。偏向磁場強度の変更は、出射制御時の励磁電流値211を変更することで実現できる。
【0036】
イオンシンクロトロン10は、入射・捕獲、加速、出射、減速といった一連の制御を患者への治療照射が終了するまで繰り返す。偏向電磁石電源制御装置22は、偏向電磁石20に発生する磁場強度に概ね比例した励磁電流値211を演算する。
【0037】
一方、高周波制御装置32は、イオンシンクロトロン10の偏向磁場強度が時間的に変化する時間域(周波数更新制御区間)において、周波数の更新制御をおこなう。
【0038】
図3は、制御ブロックダイアグラムである。本実施形態は、励磁制御に係る構成20〜22と、高周波加速装置30と、電流変化検出装置23と、上位制御システム40とを備えている。
【0039】
まず、偏向電磁石20の励磁制御について説明する。上位制御システム40から電磁石電源制御装置22に励磁電流パターンデータ401(後述、図4参照)が設定される。電磁石電源制御装置22は、シンクロトロン10の運転制御開始とともに、偏向電磁石電源21に対して励磁電流パターンデータ401を構成する励磁電流設定値221を逐次設定する。偏向電磁石電源21は、偏向電磁石電源制御装置22からの設定値に基づいた励磁電流211を出力する。偏向電磁石20は励磁電流211により励磁され、所定の偏向磁場強度が発生する。
【0040】
次に、高周波電圧の周波数制御について説明する。
【0041】
高周波加速装置30は、加速空胴31、電力増幅器33、高周波発振器34、高周波制御装置32から構成される。高周波制御装置32は、周波数データメモリ35および、周波数更新制御部36より構成される。
【0042】
加速空胴31に印加する高周波信号331の周波数パターンデータ403(後述、図4参照)は、治療運転前に上位制御システム40より、高周波制御装置32に設定され、高周波制御装置32内の周波数データメモリ35に記憶される。
【0043】
シンクロトロン10での加速制御開始とともに、高周波制御装置32は、加速空胴31に印加する高周波電圧の周波数設定値321の更新を開始する。高周波制御装置32内の周波数更新制御部36は、周波数更新指令信号231(後述、図5参照)を入力すると、周波数データメモリ35に記憶された周波数パターンデータ403から励磁電流設定値221の変化に対応する周波数データ351を読み込み、高周波発振器34に周波数設定値321として設定する。
【0044】
高周波発振器34は、周波数設定値321と一致した周波数の低電力高周波信号341を出力し、電力増幅器33に入力する。電力増幅器33は、低電力高周波信号341を増幅し、高電力の高周波信号331を加速空胴31に印加する。
【0045】
図4は、励磁電流パターンデータ401および周波数パターンデータ403の生成に係る制御フローである。周波数パターンデータ403は、偏向磁場強度に対応した周波数データ351から構成されている。
【0046】
まず、予め、励磁電流Iに対する偏向磁場強度(B)の出力特性(I−B特性)を取得する(ステップS1)。I−B特性は、実際に偏向電磁石20に励磁電流211を流し、偏向電磁石20に発生した偏向磁場強度を計測することにより、取得する。
【0047】
ユーザは、イオンシンクロトロン10の運転条件に合った偏向磁場強度パターンを上位制御システム40に入力する(ステップS2)。また、偏向磁場強度パターンデータの生成分解能(偏向磁場強度の更新間隔)を設定する(ステップS3)。上位制御システム40は、入力データおよび生成分解能に基づき、偏向磁場強度パターンデータ400を生成する(ステップS4)。
【0048】
さらに、上位制御システム40は、磁場強度パターンデータ400およびI-B特性に基づき、偏向磁場強度の更新間隔に合わせて励磁電流パターンデータ401を生成する(ステップS5)。
【0049】
ところで、高周波加速装置30における周波数は、イオンビームの周回周波数(f)と一致する。周回周波数(f)は、(数1)に示すように、偏向磁場強度(B)の関数として表すことができる。ただし、hはバンチ数、Rはシンクロトロンの平均半径、m0は周回する荷電粒子の静止質量である。
【0050】
【数1】

【0051】
上位制御システム40は、磁場強度パターンデータ400および(数1)に基づき、周波数パターンデータ403を生成する(ステップS6)。
【0052】
このような制御により、偏向磁場強度パターンデータ400から励磁電流パターンデータ401および周波数パターンデータ403の生成が可能となる。
【0053】
なお、本実施形態においては、上位制御システム40が偏向磁場強度パターンデータ400に基づき励磁電流パターンデータ401を生成する演算をおこない、電磁石電源制御装置22に励磁電流パターンデータ401を設定しているが、上位制御システム40が偏向磁場強度パターンデータ400を電磁石電源制御装置22に設定し、電磁石電源制御装置22が偏向磁場強度パターンデータ400に基づき励磁電流パターンデータ401を生成する演算をおこなってもよい。
【0054】
図5は、電流変化検出装置23に係る制御フローである。
【0055】
電流変化検出装置23に係る制御フローにかかる概要は、偏向電磁石電源制御装置22から入力した励磁電流設定値221の変化量が更新制御の基準となる参照電流値(Iref)以上になると、高周波制御装置32内の周波数更新制御部36に周波数更新指令信号231を出力することにある(図3参照)。
【0056】
電流変化検出装置23は、まず、更新制御の基準となる参照電流値(Iref)を設定し(ステップS11)、積算電流値(Isum)を初期化(Isum=0)し(ステップS12)、電磁石電源制御装置22から出力される励磁電流設定値221を入力する(ステップS13)。
【0057】
この際、j番目に取り込んだ励磁電流設定値221をI(j)とする(ステップS14)。この励磁電流データ(I(j))と前回の励磁電流データ(I(j-1))との変化量を積算電流値(Isum)に加算する(Isum=Isum+(I(j)-I(j-1)))(ステップS15)。励磁電流データ変化量を加算した積算電流値(Isum)と参照電流値(Iref)を比較する(ステップS16)。積算電流値が参照電流値以上(Isum≧Iref)となった場合、周波数更新指令信号231を出力し(ステップS17)、積算電流値を初期化する(ステップS18)。
【0058】
この比較処理が終了後、上位制御システム40での励磁電流設定値221の更新制御が終了しているか継続しているかを判断し(ステップS19)、更新制御が継続していると判断すると、次の励磁電流データを入力し(ステップS21)、引き続き周波数更新制御をおこなう。一方、ステップS19において更新制御が終了していると判断すると、周波数更新制御を停止する(ステップS20)。
【0059】
電流変化検出装置23は、このような制御を周波数更新制御区間(図2参照)に繰り返し実施することで、周波数更新指令信号231を生成することができる。周波数更新指令信号231はパルス信号である。
【0060】
電流変化検出装置23は独立した制御装置であってもよいし、上位制御システム40の一機能であってもよい。電磁石電源制御装置22の一機能であってもよいし、高周波制御装置32の一機能であってもよい。
【0061】
〜請求項との対応関係〜
電流変化検出装置23は、偏向電磁石電源制御装置22から入力した励磁電流設定値221に基づいて、励磁電流の変化を検出する電流変化検出手段を構成する。
【0062】
高周波制御装置32内の周波数更新制御部36は、電流変化検出装置23が励磁電流の変化を検出し周波数更新指令信号231を出力する毎に、励磁電流変化に対応するように周波数設定値321を更新する周波数更新制御部を構成する。
【0063】
高周波制御装置32内の周波数データメモリ35は、(数1)の関係式とI-B特性とから導出された周波数パターンデータ403を記憶する周波数データメモリ部を構成する。
【0064】
〜効果〜
以上述べたように、本実施形態においては、偏向電磁石20は励磁電流パターンデータ401に基づいて励磁制御される。一方、高周波加速装置30は周波数更新指令信号231に基づいて励磁制御と協調しながら、かつ周波数パターンデータ403に基づいて周波数制御される。
【0065】
励磁電流パターンデータ401および周波数パターンデータ403は、磁場強度パターンデータ400に基づいて生成されるものである。つまり、本実施形態における、励磁電流設定値221の変化に対応して周波数設定値321を更新する制御は、結果的に、偏向磁場強度の変化に応じて周波数設定値を更新する制御(Bクロック制御)と同様な制御となり、同様な効果が得られる。
【0066】
ところで、励磁電流パターンデータ401および周波数パターンデータ403は、予め準備されたデータである。周波数更新指令信号231は、励磁電流パターンデータ401を構成する励磁電流設定値221の変化量に基づいて出力される。すなわち、いずれも制御で用いられる数値データであり、Bクロック制御で必須であった偏向磁場強度の変化を検出する検出手段等の構成は不要である。
【0067】
したがって、Bクロック制御における大型化およびコストに係る課題は生じない。
【0068】
また、本実施形態においては、周波数更新制御は、周波数パターンデータ403に基づいて行われており、イオンシンクロトロンのエネルギー変更時に周波数パターンデータ403を入れ替える必要はない。また、大容量のメモリも不要である。
【0069】
したがって、Tクロック制御における制御の非容易性およびコストに係る課題は生じない。
【0070】
つまり、本実施形態は、照射ビームのエネルギーの変更制御が容易でありかつ、装置コストおよび装置の大型化を抑えることができる。
【0071】
<第2実施形態>
第1実施形態において、励磁電流パターンデータ401は偏向磁場強度パターンデータ400および I-B特性に基づいて生成されているため、I-B特性の誤差により、(数1)に示した偏向磁場強度と周波数の関係にわずかな誤差が生じ、シンクロトロン内を周回するイオンビームが、設計軌道上を安定に周回できないおそれがある。
【0072】
そこで、第1実施形態のイオンシンクロトロンに、イオンビームの周回軌道(ビーム軌道)に対するビーム軌道フィードバック制御機構を追加することにより、偏向磁場強度パターンデータ400から励磁電流パターンデータ401と周波数パターンデータ403を導出する際、演算誤差により周回するイオンビーム15に軌道変化が生じた場合でも、シンクロトロン10内を周回するイオンビーム15を所望の軌道上を周回させることが可能となり、より安定したビーム加速制御が可能となる。
【0073】
図6は、本実施形態の制御ブロックダイアグラムである。このフィードバック制御機構(以下、ビーム軌道フィードバック制御機構)は、イオンシンクロトロン10内を周回するイオンビーム15の軌道を検出するビーム軌道モニタ14、ビーム軌道モニタ14で検出されたビーム軌道検出信号141の位置を演算するビーム軌道検出部37、加速制御中の周回ビーム軌道の目標ビーム軌道データ381を示す目標ビーム軌道設定部38、目標ビーム軌道設定部38から出力される目標ビーム軌道データ381とビーム軌道検出部37からの検出ビーム軌道データ371の変位量を演算し、この変位量を打ち消すために必要な周波数の補正量を演算するフィードバック演算部39、フィードバック演算部39での演算結果である周波数補正量391と周波数データ351を加算し、高周波発振器34に設定する周波数設定値321を規定する周波数設定部36から構成される。また、目標ビーム軌道データ381から構成される目標ビーム位置設定データ404は、上位制御システム40により生成され設定される。
【0074】
ここで、イオンビーム15の偏向磁場強度、周波数、ビーム軌道の関係を簡単に説明する。周回ビームのエネルギーEと運動量pは、近似的に(数2)に示す関係が成立する。ただし、cは光速である。
【0075】
【数2】

【0076】
また、運動量の変化による計測位置でのビーム重心の軌道変位Δxは、(数3)のように示される。ただし、Δxはシンクロトロンでの測定位置(ビーム軌道モニタ14の設置位置)でのイオンビーム軌道位置の変位、及びηは測定位置での分散関数である。
【0077】
【数3】

【0078】
運動量pと偏向磁場強度Bは、p=eBρの関係により、(数4)のように表される。ただし、eは電荷量であり、ρは偏向磁場によるイオンビームの偏向半径である。
【0079】
【数4】

【0080】
一方、運動量pと偏向磁場強度Bとの関係より、(数3)は、(数4)に示したように、偏向磁場強度の変化が運動量に変化を生じさせることが得られ、しいては(数5)に示したように、ビーム重心の軌道位置の変位量Δxも生じることが示される。
【0081】
【数5】

【0082】
高周波加速装置30は、偏向磁場強度パターンデータ400に基づき生成される励磁電流パターンデータ401の変化に基づき、高周波発振器34に設定する周波数設定値321を制御する。高周波加速装置30における周波数は、イオンビームの周回周波数(f)と一致する。周回周波数(f)は、(数1)に示すように、偏向磁場強度(B)の関数として表すことができる。
【0083】
フィードバック演算部39は、(数1)および、(数5)に基づいて、この変位量Δxを打ち消すために必要な周波数の補正量391を演算する。周波数設定部36が、補正後の周波数設定値321を高周波発振器34に設定することにより、偏向磁場強度と高周波電圧の周波数が(数1)の関係を満たし、シンクロトロン10内を周回するイオンビーム15を所定の軌道上を周回させることが可能となり、より安定したビーム加速制御が可能となる。
【符号の説明】
【0084】
1 イオンビーム発生装置
10 イオンシンクロトロン
11 前段加速器
12 入射装置
13 出射装置
14 ビーム軌道モニタ
15 イオンビーム
16 ビーム輸送系
17 照射装置
18 患者
20 偏向電磁石
21 偏向電磁石電源
22 偏向電磁石電源制御装置
23 電流変化検出装置
30 高周波加速装置
31 加速空胴
32 高周波制御装置
33 電力増幅器
34 高周波発振器
35 周波数データメモリ
36 周波数更新制御部
37 ビーム軌道検出部
38 目標ビーム軌道設定部
39 フィードバック演算部
40 上位制御システム
141 ビーム軌道検出信号
211 励磁電流
221 励磁電流データ
231 周波数更新指令信号
321 周波数設定値
331 高電力の高周波信号
341 低電力高周波信号
351 周波数データ
371 検出ビーム軌道データ
381 目標ビーム軌道データ
391 周波数補正量
400 偏向磁場強度パターンデータ
401 励磁電流パターンデータ
403 周波数パターンデータ
404 目標ビーム位置設定データ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンビームを一定軌道上で周回させるための偏向磁場を発生する偏向電磁石と、
この偏向電磁石に励磁電流を供給する偏向電磁石電源と、
この偏向電磁石電源が出力する励磁電流を、予め設定された励磁電流パターンデータに基いて制御する偏向電磁石制御手段と、
イオンビームを加速しエネルギーを付与する高周波電圧を印加する加速空胴、この加速空胴に印加する高周波信号を発振する高周波発振器、この高周波発振器から出力される高周波信号を増幅する電力増幅器、および、高周波発振器に周波数設定値を設定する高周波制御手段を有する高周波加速装置と
を備えたイオンシンクロトロンにおいて、
更に、前記偏向電磁石制御手段が設定する励磁電流設定値に基づいて、励磁電流の変化を検出する電流変化検出手段を備え、
前記高周波制御手段は、前記電流変化検出手段が励磁電流の変化を検出する毎に、励磁電流変化に対応するように周波数設定値を更新する周波数更新制御部を有する
ことを特徴とするイオンシンクロトロン。
【請求項2】
請求項1記載のイオンシンクロトンにおいて、
前記高周波制御手段は、偏向磁場強度に対するビームの周回周波数との関係式と、励磁電流に対する偏向磁場強度との関係式とから導出された周波数パターンデータを記憶する周波数データメモリ部を有し、
前記周波数更新制御部は、周波数データメモリ部に記憶された周波数パターンデータから、励磁電流変化に対応する周波数データを読み込み、周波数設定値とする
ことを特徴とするイオンシンクロトロン。
【請求項3】
請求項2記載のイオンシンクロトンにおいて、更に、
シンクロトロン内を周回するイオンビームの目標軌道を設定するビーム軌道設定手段と、
イオンビームの軌道を検出するビーム軌道検出手段と、
目標軌道と検出軌道との変位値に基づき、この変位値を打ち消すように、前記周波数データに対する周波数補正量を演算する周波数補正量演算手段と
を備えることを特徴とするイオンシンクロトロン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−174355(P2012−174355A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−32172(P2011−32172)
【出願日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】