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イオントラップにおける高Qパルス化分解
説明

イオントラップにおける高Qパルス化分解

質量分析計のイオントラップ(104)は、RFトラップ電圧をイオントラップ(104)の複数の電極(102、106、110)の少なくとも1つに印加して、イオントラップ(104)内のイオンの少なくとも一部をトラップするためのRFトラップ電圧源(112)と、共鳴励起電圧パルスを電極(102、106、110)に印加して、選択されたイオンの組の少なくとも一部を衝突させ、イオンフラグメントに破壊されるようにするための共鳴励起電圧源(114)と、共鳴励起電圧パルスの終了に続く所定の遅延期間の後で、RFトラップ電圧を第2の振幅に減少させて、後の分析のために、低質量イオンフラグメントをイオントラップ(104)内に保持するようにRFトラップ電圧源(112)を制御するためのコンピュータ(116)とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に、質量分析法に関し、より具体的には、多段(MS/MS)質量分析法のためのイオントラップの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
イオントラップの強みの1つは、一般にMS/MS又はMSnと呼ばれる質量分析の多数の段に用いられる能力である。MS/MSは、典型的には、イオンの構造に関する詳細な情報を取得するために、関心のあるイオンの分解を含む。イオントラップにおいてMS/MSを実行するときには、イオンを分解させるために、これらを活性化する種々の方法がある。最も効率がよく、広く用いられる方法は、共鳴励起プロセスを含む。この方法は、主トラップ電圧に加えてイオントラップに印加される補助交流電圧(AC)を使用する。この補助電圧は、典型的には、相対的に低い振幅(1ボルト(V)のオーダー)及び何十ミリ秒のオーダーの持続時間を有する。この補助電圧の周波数は、イオンの動作周波数と適合するように選択され、これは次いで、主トラップ場振幅及びイオンの質量電荷比(m/z)により求められる。
【0003】
イオンの動作が印加電圧と共鳴する結果として、イオンはこの電圧からエネルギを取り込み、その動作の振幅が増大する。理想的な四重極場においては、共鳴電圧が連続的に印加される場合には、イオンの振幅は時間と共に線形に増大する。イオンの運動エネルギは、イオンの振幅の二乗で増加し、したがって、中性気体分子(又は他のイオン)と生じるいずれの衝突もますます活動的になる。このプロセスのある時点において生じる衝突は、十分なエネルギをイオンの分子結合に挿入して、これらの結合を破壊させ、イオンを分解させる。十分なエネルギが分子結合に挿入されず、イオンの振幅が増大する場合には、イオンは、単にトラップの壁に当たって中和されるか、又は、イオンは孔の1つを通ってトラップから出ていく。効率的なMS/MSは、この損失機構を最小にすることを必要とする。したがって、イオンの振幅が増大する速度及び生じる衝突のエネルギに影響するパラメータは、分解の効率全体を求めるのに重要である。
【0004】
両方のプロセスに影響を与える最も重要なパラメータの1つは、この共鳴プロセスが生じる周波数である。この周波数は、マチウ安定パラメータQに依存し、この値は、主RFトラップ電圧の振幅に比例し、関心のあるイオンのm/zに反比例する。四重極場の作動理論は、0.908より上のQ値を有するいずれのイオンもイオントラップにおいて不安定な軌道を有し、(トラップから放出されることにより、又は、表面上に衝突することにより)失われると定められる。したがって、いずれの所定のRF振幅においても、その下ではイオンがトラップされないm/zの値がある。このm/zの値はローマス・カットオフ(LMCO)と呼ばれる。したがって、活性プロセス中に印加されるRFとラップ電圧振幅の適当な選択は、第1に、衝突の運動エネルギを求めることになるイオンの動作の周波数と、第2に、LMCOという、RFトラップ電圧振幅に依存する2つの重要なパラメータの考慮を含む。
【0005】
分解に幾らかの最小イオン周波数を必要とするために、親イオンの許容可能な分解効率を取得するように、通常、およそ0.2又はこれより大きいQ値が必要とされる。高いQ値における動作は、より多くの活動的な衝突を生成し、したがって、より効率的な親イオンの分解を生成できるが、Qを上昇させることは、さらにLMCOも上昇させて、より多くの低質量フラグメントを観察することが阻止される。したがって、効率的な分解を可能にするのに十分高いが、LMCOを最小にする妥協Q値を選択しなければならない。例えば、市販のイオントラップ・システムは、0.25のデフォルトQ値を設定する。Q=0.25での動作は、観察できる最も低い質量のフラグメント・イオンは、親イオンm/zの28%((.25/.908)*100=28%)であることを意味する。Qの値は、LMCOを減少させて低質量フラグメントの検出を可能にするように減らすことができ、(例えば、望ましいことには、ペプチド又はプロテイン構造の識別を含む適用例において)Qの減少は、減少された分解効率の可能性のある犠牲においてなされる。同様に、Qの値をデフォルト値から増加させて、より活動的な衝突(例えば、大きい単独荷電イオンを分解するために必要になることがある)を生成することができるが、こうしたQ値の増加は、LMCOを上昇させて、低質量フラグメントの検出を妨げるという望ましくない影響を有する。
【0006】
上記の説明を考慮して、従来技術の共鳴励起プロセスに内在する、分解エネルギとLIMCOとの間の妥協を避けるイオントラップに対するイオン分解技術の必要がある。さらに、当業者には、従来技術のプロセスに対して短い時間で分解を生成するイオン分解技術が必要である。
【発明の開示】
【0007】
本発明の実施形態は、高Qのパルス化分解技術を使用し、イオントラップ内の関心のあるイオンのQ値は、最初に、活動的な衝突及び結果として得られる分解を促進するように高い値に維持され、次いで、迅速に下げられて、LMCOを減少させ、低質量フラグメントの観察を可能にする。より具体的には、イオントラップ内のイオンを分解するための方法は、第1に、関心のある質量電荷比(単一の質量電荷比を含んでもよいし又は質量電荷比の範囲を含んでもよい)を有する一組のイオンを選択するステップを含む。選択されたイオンの組は、次いで、好適な高周波(RF)トラップ電圧をイオントラップに印加することにより高い第1のQ値に置かれる。第1のQ値は、0.6ないし0.85の範囲にあることが好ましい。次いで、共鳴励起電圧パルスが選択されたイオンの組の永年周波数(secular frequency)に印加されて、中性分子及び他のイオンがイオントラップ内に存在する状態で、イオンを高エネルギで衝突させ、選択されたイオンの少なくとも一部の分解をもたらす。共鳴励起電圧パルスは、従来技術に用いられる典型的な共鳴励起電圧に対して、大幅に(典型的には5ないし20倍)高い振幅を有することが好ましい。
【0008】
(ここでは「高Q遅延期間」と呼ばれる)共鳴励起電圧パルスの終了に続く期間の後で、イオントラップに印加されるRFトラップ電圧は、Qを第2の値に下げるように減少され(典型的には、約0.1又はそれより下に)、これは次いでLMCOを下げる。共鳴励起電圧パルス及び高Q遅延期間は、低質量フラグメントの損失を防ぐか又は最小にするのに十分に迅速に、RFトラップ電圧を減少できるように選択されて、これにより、後に続く検出及び測定を可能にする。典型的な共鳴励起電圧パルス及び高Q遅延期間は、それぞれ約100マイクロ秒(μs)及び45ないし100μsである。
【0009】
上述の高Qパルス化技術は、高Q値において分解を実行し(したがって、分解効率を改善し及び/又はより高いエネルギの分解プロセスにアクセスし)、別の場合には観察できないフラグメント・イオンの検出を可能にするのに十分なだけ低い値の効率的なLMCOを維持することを含み、従来技術の共鳴励起技術と比べて、幾つかの実質的な利点を提供する。さらに、本発明の技術は、従来技術に対して大幅に短い期間で分解を完了することを可能にし、したがって、MS/MS分析を実行できる速度を増加させる。当業者であれば、詳細な説明及び関連する図を調べることにより、本発明の他の利点が明らかであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
図1は、本発明の実施形態を実施することができるイオントラップ102と、関連する部品の単純化された概略図である。質量分析用途のためのイオントラップの設計は当業者に周知であり、ここで詳細に説明する必要はない。一般に、イオントラップ102は、イオンがRFトラップ場の生成によりトラップされる収容領域104を境界する一組の電極を含む。当業者であれば、特定のイオントラップの幾何学的形状は、さらに、トラップ場に含まれる直流(DC)部品を必要とすることがあることを認識するであろう。図1においては、イオントラップ102は、リング電極106と、エントランス及びエンドキャップ電極108及び110とを有する通常の三次元(3−D)イオントラップ形態で示される。エンドキャップ電極108及び110に形成され、Z軸にわたり位置合わせされた孔は、イオンを収容領域104の中に注入すること又は該収容領域から排出することを可能にする。(典型的には、変圧器により)リング電極106に連結されたRFトラップ電圧源112は、調整可能な電圧振幅におけるRF周波数の波形を供給する。エンドキャップ電極108及び110に連結された共鳴励起電圧源114は、後に続く分析のためにイオンの活性化及び分解を誘起させるように以下に説明される方法により、選択されたイオンの組の永年周波数における共鳴励起電圧パルスを供給する。さらに、共鳴励起電圧源(或いは、別の予備電圧源)は、共鳴励起及び放出により選択されたイオンを隔離する目的のために、エンドキャップ108及び110にわたり補助波形を適用するように構成することができる。RFトラップ電圧源112及び共鳴励起電圧源114の両方を、コンピュータ116又は他の好適なプロセッサと電気通信する状態で配置して、動作パラメータの自動制御及び設定を可能にすることが好ましい。
【0011】
本発明の実施形態は、ここでは3−Dのイオントラップに関して説明されるが、さらに、以下に説明される分解技術を二次元(2−D又は線形)イオントラップと有利に関連させて使用できることが認識されるべきである。線形イオントラップは当業者に知られており、例えば、米国特許番号第5,420,425号(Bier他に付与された「Ion Trap Mass Spectrometer System And Method」)に説明されており、この開示は引用により組み入れられる。一般的に説明すると、線形イオントラップは、直交する寸法(X軸及びY軸)にわたり位置合わせされた対向する細長い電極の対から形成される。イオンは、イオントラップの中間部分にイオンを収集する軸方向DC場の生成と組み合わせて、RF半径方向トラップ電圧を電極の対に印加することにより、線形イオントラップの内側の領域に収容される。線形イオントラップにおいては、電極(例えば、X軸又はY軸と位置合わせされた電極)の幾つかは、後に続く検出のために、孔と対応するようにされて、そこを通るイオンの排出を可能にする。この技術は、主として四重極電位をもつデバイスにおいて実施されることが理想的であるが、ここで述べられる技術は、さらに、六重極、八重極を含むいずれかの多重極デバイス、及び種々の多重極場の組み合わせをもつデバイスにおいて有用性を有することができる。
【0012】
質量分析機器においては、1つ又はそれ以上の検体物質を含むサンプルは、これらに限られるものではないが、電子衝撃イオン化(EI)、化学イオン化(CI)、マトリックス支援によるレーザ脱離イオン化(MALDI)、及びエレクトロスプレーイオン化(ESI)を含む当業者に知られるイオン化技術のいずれか1つ又はこれらの組み合わせを用いてイオン化される。こうして形成されたイオンは、イオン光学部品(チューブレンズ、スキマー、及び四重極及び八重極レンズを含むことができる)の好適な構成により、満足いく低い圧力の領域を通って導かれ、イオントラップ102の収容領域104に注入される。ヘリウム又は窒素といった不活性気体で構成される衝突気体(ダンピング気体又は冷却気体とも呼ばれる)が収容領域に導入され、特定の圧力で維持される。さらに詳細に以下に説明されるように、フラグメント・イオンの生成は、イオントラップ102における選択されたイオンを共鳴させて、それらが衝突気体原子と高い速度で衝突するようにすることにより達成される。イオンの並進エネルギの一部は、したがって、励起された振動モードに移送されて活性イオンを生成し、これは次いで、分子結合を破壊させ、選択されたイオンをフラグメントに解離させる。
【0013】
本発明の実施形態によれば、イオン分解方法は、関心のある質量電荷比を有する一組のイオンを選択するステップと、選択されたイオンの組のQを第1の高い値(ここではQ1と示される)に置くのに十分なRF電圧を印加するステップと、共鳴励起パルスを印加するステップと、共鳴励起パルスを除去するステップと、第1の高い値のイオンを遅延期間において維持するステップと、次いで、選択されたイオンのQを第2の値(ここではQ2として示される)に下げるようにRFトラップ電圧を減少させるステップと、を含む。これらのステップ及びその影響は、分解技術の種々のステップの実行によりもたらされる関心のあるイオンのQ値の変化を表わす安定軸(Q軸)の対応するシーケンスと併せて方法ステップのフローチャートを示す図2を参照することにより最もよく理解することができる。
【0014】
ステップ202において、関心のある質量電荷比を有する一組のイオンが分解のために選択される。質量電荷比は、単一の値であってもよいし、又は、下限値と上限値との間にわたる値の範囲(イオントラップ102におけるすべてのイオンを包含する範囲を含む)であってもよい。選択ステップ202は、関心のある質量電荷比の外にある質量電荷比を有するイオンをトラップから排出することにより、トラップ102内の選択されたイオンの組を隔離することを含むことができる(が必ずしも必要なことではない)。選択されたイオンの組の隔離は、(i)永年周波数に対応する周波数を有するブロードバンドの隔離波形を印加すること、及び(ii)望ましくないイオンの共鳴周波数が、隔離波形の周波数に首尾よく適合するように、トラップRF電圧の走査により、単一の周波数を有する隔離波形を適用すること、を含む当業者に知られる幾つかの共鳴排出技術のいずれか1つを採用することにより達成することができる。隔離による一組のイオンの選択の影響は、安定軸210及び212により表わされる。第1の(予隔離)安定軸210は、関心のある比に対応する質量電荷比を有するイオン222を含む質量電荷比の範囲を有するイオンを示す。第2の安定軸は、範囲外の質量電荷比を有するイオンが排出された後の隔離されたイオン222を示す。
【0015】
次いで、イオン222のQ値を上昇させるようにRFトラップ電圧が増加される。Qの値は、質量分析法技術に周知の方程式により、イオントラップの幾何学的形状パラメータと併せて、イオン及び場のパラメータから計算することができる。DC四重極場が印加されない状態での図1に示すイオントラップ102においては、Qは、以下の単純化された相関により特徴付けられ、

【0016】
ここで、VrfはRFトラップ電圧の振幅であり、m/zは選択されたイオンの質量電荷比であり、kはイオントラップ102の内寸及びRDトラップ電圧の周波数に依存する定数である。したがって、RFトラップ電圧の振幅を増加させることは、Qの比例した増加を生成する。
【0017】
導入部において説明されたように、Qを上昇させることは、イオン222の永年周波数を増加させる影響を有し、これは次いで、後に続く共鳴励起プロセス中に、イオンがもつ運動エネルギを永年周波数の二乗だけ増加させる。したがって、高いQにおいて共鳴励起ステップを実行することは、イオン222と衝突気体原子又は分子との間(又はイオン間)のより活動的な衝突を生成し、したがって、イオン222の分解を助長する。典型的な実施においては、選択されたイオンの組の目標Q値(Q1)は、0.4ないし0.89までの範囲にあり、より具体的には、0.55ないし0.70までの範囲にある。高いQ1の値はより活動的な衝突を生成するが、Q1を0.908の不安定限度に密接に近似する値に設定することは、相当な数の選択されたイオンをイオントラップから排出させることになることを認識するべきである。Qの値の変化は、図2における安定ライン216においてイオン222の右方向へのシフトにより表わされる。
【0018】
RFトラップ電圧は、単に、最初に、Qを高い値Q1にするのに十分な振幅に設定することができ、これは、ステップ204においてRFトラップ電圧を増加させる必要をなくすことに注目するべきである。
【0019】
次いで、ステップ206において、共鳴励起パルスが、例えば、イオントラップ102のエンドキャップ電極108及び110のような適切なイオントラップ電極に印加される。共鳴励起パルスは、高いQ1における選択されたイオンの組の永年周波数に対応する周波数を含む信号である。共鳴励起パルスの周波数と選択されたイオンの組の永年周波数との間の正確な対応は必ずしも必要ではない。2つの周波数は、選択されたイオンの励起を可能にするのに十分なだけ密接に適合するだけでよい。幾つかの特定の実施においては、選択されたイオンの組が永年周波数の範囲に対応する質量電荷比を有するイオンを含む場合に特に有益とすることができる周波数の範囲を使用することができる(永年周波数は質量電荷比に依存することに注目して)。こうした場合においては、共鳴励起パルス信号は、複数の異なる周波数(連続する周波数範囲又は複数の個別の周波数の形態を取ることができる)で構成することができ、コンポーネント周波数(component frequency)は、イオンの組の永年周波数の少なくとも1つに対応する。1つの特定の実施においては、共鳴励起パルス信号は、コンポーネント周波数の広い範囲を構成するDC又は半DCパルスとして実施することができ、その少なくとも1つは、選択されたイオンの組の永年周波数に対応する。或いは、共鳴励起パルス信号は、単一の周波数だけを含むことができ、RFトラップ電圧及び/又は単一の周波数励起自体を共鳴励起パルスの印加中に走査して、(永年周波数が部分的にRFトラップ電圧振幅に依存することに注目して)異なる質量電荷比を有するイオンの永年周波数が首尾よく共鳴励起パルスに適合ようにすることができる。
【0020】
周波数に加えて、共鳴励起パルス信号は、パルス振幅及びパルス持続時間のパラメータ(ここではtパルスと呼ばれる)により特徴付けられる。特定の機器環境及び特定の分析に対するこれらのパラメータの最適化は、Q1、イオントラップ102の構成、質量電荷比、及び選択されたイオンの分子結合強度、必要とされる分解程度、分解サイクル時間、イオン集団、及び衝突気体圧力を含む他のパラメータ及び条件に依存する。一般的な性能の考慮は、選択されたパルス振幅値及びパルス持続時間値は、効率的な分解を生成するのに十分大きいものであるべきだが、選択されたイオンの組又はイオンフラグメントがイオントラップ102から排出されることを観察できるほど大きいものであるべきではないことである。励起の増加は、いずれの動作もより大きい運動エネルギをもたらすため、パルス持続時間を延長するか又はパルス振幅を増加させることにより取得できるという点で、パルス振幅及びパルス持続時間のパラメータは、機能的に関連していることが認識される。典型的な分析においては、共鳴励起パルス振幅は、1000に近いm/zにおける選択されたイオンに対して10ないし20ボルト(ピーク間)の範囲になり、パルス持続時間は、0.25ないし1000μsの範囲になり、典型的な値は100μsである。パルス振幅値は、選択されたイオンのm/zと関連することができ(例えば、比例して)、すなわち、パルス振幅値は、一般に、相対的に大きい質量電荷比を有する選択されたイオンに対して高くなる。
【0021】
共鳴励起パルスをイオントラップ電極に印加することは、選択されたイオンの組の永年周波数に適合する周波数を有する予備場を生成する。予備場は、選択されたイオンの組のイオンの振動を生じさせて振幅を増加させ、パルスが印加されると進歩的に大きく増大するイオンの運動エネルギの対応する増加を生じさせる。この時間中、衝突気体の原子(例えば、ヘリウム原子)又は他のイオンとのいずれかの衝突による運動エネルギの幾らかの部分がイオンの内部エネルギに変換される。十分なエネルギがイオンに挿入された場合には、分解はその後の何らかのときに生じる。イオン分解の効率と生じる分解の種類は、増加する運動エネルギと共に変化することができる。選択されたイオンの衝突により誘起された解離によって生成されたイオンフラグメントは、質量電荷比の範囲を有する。LMCO値より下の質量電荷比を有するこれらのイオンは、不安的な軌道を生成し、排出されるか或いはイオントラップ102からなくなり、したがって、その後の走査中に観察できなくなる。背景技術部分で説明されたように、観察可能なイオンフラグメントのLMCOは、Q値に比例する。Qが相対的に高い値で維持される場合には、LMCOは許容できないほど高い値を有する。例えば、Qが0.7の値で保持された場合には、LMCOは選択されたイオン(すなわち、前駆イオン)の質量電荷比の(0.7/.908)*100=77%になる。この望ましくない結果は、以下に説明されるように、範囲の下方部分に入る質量電荷比を有するイオンフラグメントが排出される前に、Qを下げることにより避けられる。
【0022】
ステップ208において、Qを目標値Q2に減少させるようにRFトラップ電圧が減らされる。このステップが十分に迅速に実行されるのであれば、Qの値を減少させることは、Qが高い値Q1に(又は、さらに従来技術の共鳴励起技術に典型的に採用されるQの値に)維持された場合に生じる、相対的に低い質量電荷比を有するイオンフラグメントの排出を阻止し、これにより観察可能なイオンフラグメントの質量電荷範囲を延長する。目標値Q2は、分析の特定の必要条件、並びに、動作及び設計のパラメータにより変化する。特定の例示的な実施形態においては、Q2は(Q2=0.1といった)0.015ないし0.2の範囲にある。典型的な実施においては、Q2を約0.05に設定することができ、これは前駆イオンの質量電荷比の5.5%のLMCOを生成し、これによりイオンフラグメントの広範囲の観察を可能にすることができる。Q値の減少は、安定ライン22上の選択されたイオンの左方向シフトにより表わされる。低質量イオンフラグメント(減少したQ値においてイオントラップ102内に安定した軌道を有するが、Qが高い値に保持された場合には、不安定な軌道を生成し、排出によってであるか又は内部トラップ表面に当たることによりイオントラップ102からなくなるイオンフラグメント)を含むイオンフラグメント224は、不安定限度の左側に配置される。
【0023】
RFトラップ電圧及び予備励起電圧パルスのタイミングは、効率的な分解を与え、イオントラップから排除される低質量フラグメントを含むフラグメントの数を最小にするように選択されることが好ましい。イオン励起、衝突により誘起される分解、及びイオンフラグメントの排出の逐次的なプロセスは、特徴的な時間を必要とし、これは特に、共鳴励起パルス振幅、イオントラップ102の幾何学的形状及び構成、衝突気体圧力、RF電圧振幅、及び選択されたイオンの質量電荷比及び結合強度の関数であることが認識される。共鳴励起パルス電圧とRFトラップ電圧の振幅を時間の関数として象徴的に示す図3を参照すると、RF電圧の減少が、ここでは高Q遅延期間と呼ばれる共鳴励起パルスの終了に続く時間t遅延で開始される。低質量フラグメント・イオンの多くの部分がイオントラップから排出される前に、LMCOを望ましい値に減少させる目的を実現するためには、パルス持続期間(tパルス)及び高Q遅延期間(t遅延)の2つの時間パラメータは、共鳴励起パルスの始まりとQ値の減少の始まりとの間の合計時間期間が、イオンの励起、分解、及び低質量イオンフラグメントの排出に必要とされる特徴的な時間より少なくなるように選択されるべきである。通常、イオンの運動励起と結果としてもたらされる衝突により誘起されるイオンの解離との間には、内部エネルギが分子結合において局所化する時間が存在することが認識されるべきである。多くの場合においては、イオン解離は、RFトラップ電圧が減少された後で生じるか又は生じ続ける。典型的な分析においては、t遅延は、50μsといった1ないし1000μsの範囲になる。当業者に知られ、図3に認められるように、高いRFトラップ電圧から低いRFトラップ電圧への遷移は、瞬間的なものではないが、非ゼロ遷移期間にわたり生じる。この遷移期間は、Qが関心のあるイオンフラグメントの排出を避けるのに十分なだけ迅速に降下されることを保証するようにt遅延を設定するときに考慮するべきである。さらに、本発明のパルス化技術を用いるイオン励起プロセスに関連する合計時間は、従来技術によるイオン励起プロセスを完了するのに必要とされる時間より大幅に短く、本発明の技術は、典型的には、1ミリ秒より少ない時間を必要とし、従来技術のイオン励起時間は、典型的には、10ないし30ミリ秒のオーダーである。
【0024】
分解プロセスの完了に続いて、イオントラップに保持された質量スペクトル(Q1に対するLMCOより下の質量電荷比を有するイオンフラグメントを含む)を、標準的な質量選択不安定走査により取得することができる。或いは、イオンの1つ又はそれ以上をさらに別の分析のために選択して(例えば、通常の共鳴排出技術を用いて選択されたイオンフラグメントを隔離することにより)、本発明の技術を用いて別の分解段階を受けるようにすることができる。
【0025】
上で概説された技術を種々の分子のMS/MS分析に使用できるが、ペプチド及びプロテインといった大きい生物学的分子の分析、又は、分解するのを困難にさせる高い結合強度を有する分子の分析に特に有益とすることができる。高Q、パルス化技術の使用により引き出される利点は図4及び図5に示され、これらは、従来技術の励起技術及び二次元の線形イオントラップを用いる上述の高Qパルス化技術を用いてペプチドMREAに対して取得される質量スペクトルを示す。図4は、Qが典型的な(妥協)値0.25に設定された状態で、従来技術を採用することにより取得された524.3のm/zを有するMRFAの質量スペクトルを示す。右側に示されるスペクトルの低質量部分に認められるように、144の質量電荷比より下のフラグメント・イオンは観察されない。
【0026】
図5は、高Qパルス化技術の実施を用いて取得される結果を示す。この分析においては、それぞれ約0.7及び0.05のQ1値及びQ2値を取得するために、高い及び低いRFトラップ電圧振幅が設定される。tパルス及びt遅延の値は、およそ120μs及び50μsであった。図5の右側のスペクトルの低質量部分の検査は、図4のスペクトルにはない多数のフラグメント・イオン(56の質量電荷比に至るまで延びる)が観察されることを示す。
【0027】
図6は、m/z1060における高いm/z化合物ブラジキニンに対して高Qパルス化技術の実施を用いて取得されたさらに別の結果を示す。この分析においては、それぞれ約0.8及び0.025のQ1値及びQ2値を取得するために、高い及び低いRFトラップ電圧振幅が設定された。tパルス及びt遅延は、およそ120μs及び50μsであった。図6の右側のスペクトルの低質量部分の検査は、m/z70に至る大きなフラグメント・イオン強度が観察されることを示す。このフラグメント・イオンは、従来技術の共鳴励起方法の値.25及び25%と比較すると、0.06の対応するトラップQを有し、したがって、6.6%のLMCOを有する。
【0028】
本発明は、詳細な説明と関連して述べられたが、上記の説明は例示的なものであり、添付の特許請求の範囲により定義される本発明の範囲を制限することを意図するものではないことが理解される。他の態様、利点、及び修正は、特許請求の範囲内にある。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明のイオン分解技術を実施するための例示的なイオントラップの概略図である。
【図2】各々のステップが、関心のあるイオンのQ値にどのように影響するかを示す安定ラインと関連して示されるイオントラップ内のイオンを分解するための方法のステップを示すプロセスフロー図である。
【図3】イオン分解技術の実施中に生成される波形を表わす図である。
【図4】従来技術の共鳴励起技術を用いて生成される化合物MRFAのMS/MSスペクトルである。
【図5】本発明により具現化される技術を用いて生成される化合物MRFAの対応するMS/MSスペクトルである。
【図6】本発明により具現化される技術を用いて生成されるm/z1060におけるペプチドブラジキニンのMS/MS質量スペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプルからイオンを生成するためのイオン源と、
前記イオンを、前記イオン源から、複数の電極を有しイオンが収容される内部領域を有するイオントラップに移送するためのイオン光学部品と、
前記イオントラップに収容された前記イオンの少なくとも一部をトラップするための場を生成するように、第1の振幅を有するRFトラップ電圧を前記複数の電極の1つ又はそれ以上に印加するためのRFトラップ電圧源と、
選択されたイオンの組の少なくとも一部を衝突させ、低質量イオンフラグメントを含むイオンフラグメントに破壊されるように、パルス持続時間において共鳴励起電圧パルスを印加するための共鳴励起電圧源と、
を含み、
前記共鳴励起電圧パルスの終了に続く所定の遅延期間の後で、前記RFトラップ電圧を第2の振幅に減少させて、後の分析のために、前記低質量イオンフラグメントの実質的な部分が前記イオントラップ内に保持されるように、前記トラップ電圧源が構成される、
ことを特徴とする質量分析計。
【請求項2】
前記選択されたイオンの組の安定パラメータQが、前記RFトラップ電圧が前記第1の振幅を有するときに、0.4ないし0.89の範囲における第1の値を有することを特徴とする請求項1に記載の質量分析計。
【請求項3】
前記選択されたイオンの組の安定パラメータQの第2の値が、前記RFトラップ電圧が前記第2の振幅を有するときに、0.015ないし0.2の範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の質量分析計。
【請求項4】
前記パルス持続時間が0.25ないし1000μ秒の範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の質量分析計。
【請求項5】
前記遅延期間が約45ないし500μsであることを特徴とする請求項1に記載の質量分析計。
【請求項6】
前記イオントラップが二次元イオントラップであることを特徴とする請求項1に記載の質量分析計。
【請求項7】
前記イオントラップから関心のある質量電荷比の外にある質量電荷比を有するイオンを排除するように、前記共鳴励起電圧を印加する前に、隔離波形を前記イオントラップの少なくとも1つの電極に印加するための隔離波形源をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の質量分析計。
【請求項8】
質量分析計におけるイオンを分解するための装置であって、
複数の電極を有し、イオンが収容される内部領域を有するイオントラップと、
前記イオントラップに収容された前記イオンの少なくとも一部をトラップするための場を生成するように、第1の振幅を有するRFトラップ電圧を前記複数の電極の1つ又はそれ以上に印加するためのRFトラップ電圧源と、
選択されたイオンの組の少なくとも一部を衝突させ、低質量イオンフラグメントを含むイオンフラグメントに破壊されるように、パルス持続時間において共鳴励起電圧パルスを印加するための共鳴励起電圧源と、
を含み、
前記共鳴励起電圧パルスの終了に続く所定の遅延期間の後で、前記RFトラップ電圧を第2の振幅に減少させて、後の分析のために、前記低質量イオンフラグメントの実質的な部分が前記イオントラップ内に保持されるように、前記トラップ電圧源が構成される、
ことを特徴とする装置。
【請求項9】
前記選択されたイオンの組の安定パラメータQが、前記RFトラップ電圧が前記第1の振幅を有するときに、0.4ないし0.89の範囲における第1の値を有することを特徴とする請求項8に記載の装置。
【請求項10】
前記選択されたイオンの組の安定パラメータQの第2の値が、前記RFトラップ電圧が前記第2の振幅を有するときに、0.015ないし0.2の範囲にあることを特徴とする請求項8に記載の装置。
【請求項11】
前記パルス持続時間が0.25ないし1000μ秒の範囲にあることを特徴とする請求項8に記載の装置。
【請求項12】
前記遅延期間が約45ないし500μsであることを特徴とする請求項8に記載の装置。
【請求項13】
前記イオントラップが二次元イオントラップであることを特徴とする請求項8に記載の装置。
【請求項14】
前記イオントラップから関心のある質量電荷比の外にある質量電荷比を有するイオンを排除するように、前記共鳴励起電圧を印加する前に、隔離波形を前記イオントラップの少なくとも1つの電極に印加するための隔離波形源をさらに含むことを特徴とする請求項8に記載の装置。
【請求項15】
質量分析計のイオントラップ内のイオンを分解するための方法であって、
分解のために、関心のある質量電荷比を有する一組のイオンを選択するステップと、
前記選択されたイオンの組のQを第1の値にするのに十分なRFトラップ電圧を印加するステップと、
前記イオンの組の少なくとも一部を衝突させ、低質量イオンフラグメントを含むイオンフラグメントに破壊されるようにパルス持続時間において共鳴励起電圧パルスを印加するステップと、
前記共鳴励起電圧パルスの終了に続く所定の遅延時間の後で、前記選択されたイオンの組の前記Qを下げるように、前記RFトラップ電圧を前記第1の値より少ない第2の値に減少させるステップと、
を含み、前記遅延時間及び前記パルス持続時間が、前記低質量のイオンフラグメントの実質的な部分が前記イオントラップからなくなることを阻止するのに十分短いことを特徴とする方法。
【請求項16】
前記イオンの組を選択する前記ステップが、前記関心のある質量電荷比の外にある質量電荷比を有するイオンを前記イオントラップから排出するステップを含むことを特徴とする請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記Qの第1の値が0.4ないし0.89であることを特徴とする請求項15に記載の方法。
【請求項18】
前記Qの第2の値が0.015ないし0.2であることを特徴とする請求項15に記載の方法。
【請求項19】
前記パルス持続時間が0.25ないし500μ秒の範囲にあることを特徴とする請求項15に記載の方法。
【請求項20】
前記遅延時間が約45ないし500μsであることを特徴とする請求項15に記載の方法。
【請求項21】
関心のある質量電荷比を有する一組のイオンフラグメントを選択し、前記選択されたイオンフラグメントの組の前記関心のある質量電荷比の外にある質量電荷比を有するイオンを前記イオントラップから排出するステップをさらに含むことを特徴とする請求項15に記載の方法。
【請求項22】
前記関心のある質量電荷比が所定の質量電荷値の範囲を含むことを特徴とする請求項15に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2008−513961(P2008−513961A)
【公表日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−532428(P2007−532428)
【出願日】平成17年9月12日(2005.9.12)
【国際出願番号】PCT/US2005/032762
【国際公開番号】WO2006/031896
【国際公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【出願人】(501192059)サーモ フィニガン リミテッド ライアビリティ カンパニー (42)
【Fターム(参考)】