説明

イオントラップ内にイオンを導入する方法及びイオン蓄積装置

イオンをイオントラップ内に導入する方法及びイオン蓄積装置について記述している。導入手段を使用し、イオントラップに対する導入開口部を通じて第1イオンをイオントラップ内に導入する。導入手段の動作条件を調節し、第1イオンとは異なる極性の第2イオンを同一の導入開口部を通じてイオントラップ内に導入している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンをイオントラップ内に導入する方法及びイオン蓄積装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
帯電粒子をトラップし、蓄積する手段としての四重極イオントラップ(QIT)の使用法については、1953年に、W.Paul及びH.Steinwedelが最初に記述している(Zeitschrift・fur・Naturforschung(8A、448頁、1953年)及び米国特許第2,939,952号)。この技術は、継続して発展しており、E.Fischerによる「Zeitschrift・f.Physik」(156、1〜26頁、1959年)に記述されているように、QITは、1959年に質量分析計として最初に使用されている。それ以来、イオンの蓄積及び質量分析のためのQITの開発は、絶え間なく発展を遂げている。この発展については、Raymond E.March及びJohn F.Toddによる「Quadrupole・Ion・Trap・Mass・Spectrometry」に論評されている。
【0003】
しかしながら、最近では、「Ion・Motion・in・the・Rectangular・Wave・Quadrupole・Field・and・Digital・Operation・Mode・of・a・Quadrupole・Ion・Trap・Mass・Spectrometer」(L.Ding他、Vacuum・Science・and・Technology、第21巻、第3号、176〜181頁、2001年)に記述されているように、線形イオントラップ(LIT)及びデジタルイオントラップ(DIT)とも呼ばれる2Dイオントラップに関心が集中している。これらの代替イオントラップは、質量分析の分野において、イオントラップの能力を大幅に発展させている。
【0004】
イオントラップを使用することにより、極性とは無関係に帯電粒子を蓄積し、この後に、蓄積した粒子を操作するという可能性については、長年にわたって認識されてきた。しかしながら、最近まで、このようなイオントラップの使用の態様は、質量分析計としてのイオントラップ(ITMS)の有用性と比べて、成功を収めてはいない。
【0005】
イオン蓄積設備として機能するイオントラップの利点は、共鳴排出プロセスの発見及び発展に伴うものである。共鳴排出プロセスを使用することにより、(その質量/電荷比に従って)特定のイオン/イオングループをイオントラップ内に保持しつつ、その他のイオンをイオントラップから同時に排出することが可能になる。この保持されるイオンは、前駆又は被分析イオンと呼ばれている。前駆イオンをイオントラップ内に隔離した後に、それらに対して共鳴励起を適用し、イオントラップ内に衝突ガスを導入する。この結果、前駆イオンが断片化プロセスを経験することになる。この断片化により、前駆イオンの構成要素を識別可能である。個々の断片の質量と、質量スペクトルに対するそれらの相対的な寄与度を識別することにより、前駆イオンの構造を解明可能である。
【0006】
又、イオントラップによって異なる極性のイオン(アニオン及びカチオン)を同時に保持可能であることも周知である。しかしながら、イオントラップ内に同時に蓄積されたアニオン及びカチオンの両方の導入、排出、及び検出を一般的なイオントラップ構成において実現することは、イオンの導入、排出、及び検出に関係したイオンオプティクスの単極特性に起因して困難である。
【0007】
「Anion・Effects・on・Storage・and・Resonance・Ejection・of・High・Mass−to−charge・Cations・in・Quadrupole・Ion・Trap・Mass・Spectrometry」(J.L.Stephenson,Jr.及びS.A.McLuckey、Anal.Chem、69、3760〜66頁、1997年)は、イオントラップ内の異なる極性のイオン間における相互作用について実施された研究について記述している。
【0008】
この異なるイオンをイオントラップ内に導入して蓄積するという問題に対処するべく、いくつかの異なる実験的な方法が考案されている。
【0009】
使用されている1つの方法は、追加の導入開口部をイオントラップのリング電極内に提供することにより、代替イオンのイオントラップ内への導入を実現するというものである。しかしながら、この方法は、1つは、被分析イオン用、そして、もう1つは試薬イオン用である導入電極の2つの組を使用するという要件に起因し、限られた実現可能性しか具備していない。又、追加の導入開口部により、望ましくない場の歪みがイオントラップ内に生じることになる。基本的な装置のセットアップについては、Dearth他が、「Nitric・Oxide・Chemical・Ionization/Ion・Trap・Mass・Spectrometry・for・the・Determination・of・Hydrocarbons・in・Engine・Exhaust」(Anal. Chem、69、5121〜5129頁、1997年)という名称の論文において記述している。これは、非常に高価な選択肢であり、現時点においてはこのような市販の装置は存在していない。
【0010】
「Dueling・ESI:Instrumentation・to・study・ion/ion・reaction・of・electrospray−generated・cations・and・anions」(Wells・J.M.他、J.Am.Sol、Mass・Spectrometry、13(6)、614〜622頁、2002年6月)には、代替形状について記述されている。この方法は、関連付けられた伝送オプティクスの組をそれぞれが有する2つの別個のイオン源を具備している。伝送オプティクスの2つの組は、反対の極性を具備しており、且つ、生成されたアニオン及びカチオンを単一の導入開口部を通じてイオントラップ内に導くべく構成されている。
【0011】
電子捕獲解離法(Electron・Capture・Dissociation:ECD)は、改善された非常に望ましい断片化能力を提供するフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)に使用されている最近開発された技法である。この技法においては、適切な熱エネルギーを有する電子を、例えば、蛋白質又はペプチドなどの対象のイオン化された分子に近接した状態において維持している。1つ又は複数のイオンを対象の分子によってキャプチャし、この後に、これらの分子が断片化を経験している。ECDは、イオントラップ内における断片化にとって非常に魅力的であると考えられており、この技法を適合させるための試みが実施されているが、ECD用の最適条件は、いくつかの特定のイオントラップ設計を使用することによってのみ実現可能である。
【0012】
電子移動解離法(ETD)と呼ばれる関連した技法をイオントラップ内において使用可能である。この技法は、低電子親和力を有するイオン(通常、アニオン)を使用しており、このイオンは、電子をECDに類似した方式において移動させるべく機能している。この技法は、蛋白質/ペプチドの断片化において使用されており、蛋白質/ペプチドバックボーンの相対的に完全な又は好ましい開裂を実現するのに効果的であると考えられている。この改善された断片化は、蛋白質/ペプチドの構造及び/又はその他の特性を判定するのに有用である。
【0013】
ETDは、イオン−イオン反応の一例である。
【0014】
このETD法を効果的に使用するには、ETDアニオンをイオントラップ内に導入し、ETDアニオンと研究対象のイオンの相互作用を実現することが必要であることが明らかである。最近、Syka他は、「Peptide・and・Protein・Sequence・Analysis・by・Electron・Transfer・Dissociation・Mass・Spectrometry」(John E.P.Syka他、PNAS、第101巻、第26号、9528〜9533頁、2004年6月29日)において、蛋白質/ペプチドカチオンの形態における被分析イオンをLITの導入開口部を通じて通常の方式において導入しつつ、(ETDアニオンとして機能する)アントラセンアニオンの形態における試薬イオンを導入開口部とは反対側のLITの端部においてLIT内に導入する装置について記述している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
以上の説明からわかるように、ETD法は、明らかな利点を具備している。しかしながら、この技法を最も一般的なイオントラップの構成に対して、イオントラップに対する大きな機械的変更を伴うことなしに、一般的に適用することは依然として不可能である。
【0016】
このETD法を、広範なアプリケーションを有する真に汎用的な技法とするためには、最小限の機械的変更しか必要としない標準的なイオントラップ質量分析計を使用するようにすることが好ましい。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明によれば、イオントラップ内にイオンを導入する方法が提供されており、この方法は、導入手段を使用することにより、イオントラップに対する導入開口部を通じて第1イオンをイオントラップ内に導入する段階と、前述の同一の導入手段の動作条件を調節することにより、第1イオンとは異なる極性の第2イオンを前述の同一の導入開口部を通じてイオントラップ内に選択的に導入する段階と、を有している。
【0018】
好適な一実施例においては、第1及び第2イオンは、通常はイオンオプティクスの組である導入手段を通じて、共通の経路を辿り、同一の導入開口部を通じてイオントラップに進入している。
【0019】
第1及び第2イオンは、異なる質量対電荷比及び/又は異なる大きさの電荷を具備可能である。
【0020】
本発明の好適な実施例においては、第1及び第2イオンは、イオン−イオン反応に適しており、第1及び第2イオンの中の1つは、電荷減少用の、且つ、恐らくは、前述の第1及び第2イオンの内の他のものの電子移動解離を誘発させるための試薬イオンである。
【0021】
本発明の一実施例においては、第1及び第2イオンは、同一の又は異なるイオン源によって生成可能である。第1及び第2イオンは、APCI(Atmospheric・Pressure・Chemical・Ionization)、PI(Photo・Ionization)、CI(Chemical・Ionization)、ESI(Electrospray・Ionization)、又はMALDI(Matrix・Assited・Laser・Desorption/Ionization)の中の1つ又は複数のものによって生成可能である。
【0022】
本発明の一実施例においては、導入手段は、静電伝送レンズを含んでおり、導入手段の動作条件を調節する段階は、レンズの伝送軸に沿った直流電位の傾きを反転させる段階を含んでいる。好ましくは、直流電位の傾きを反転させる段階は、伝送レンズのバイアス電圧を変化させる段階を含んでいる。
【0023】
前述の導入手段は、ゲートレンズを包含可能であり、動作条件を調節する段階は、ゲートレンズのバイアス電圧を変化させる段階を含んでいる。
【0024】
本発明の一実施例においては、本方法は、前述の調節段階の前に、導入手段を無効化し、これにより、前述の第1イオンの導入を終了させる段階をも包含可能である。
【0025】
第1及び/又は第2イオンは、連続した方式においてイオントラップ内に導入可能であり、或いは、この代わりに、これらをパルス化された方式においてイオントラップ内に導入することも可能である。
【0026】
本発明によれば、イオン蓄積装置も提供されており、この装置は、導入開口部を具備したイオントラップと、第1及び第2イオンをイオントラップ内に導入する導入手段であって、第1イオンは、第2イオンとは異なっている、導入手段と、導入手段の動作条件を調節する調節手段であって、これにより、第1及び第2イオンを、イオントラップの前述の同一の導入開口部を介してイオントラップ内に選択的に導入する、手段と、を有している。
【0027】
本発明によれば、イオンをイオントラップ内に導入する方法が更に提供されており、この方法は、導入手段を使用することにより、イオントラップの導入開口部を通じて第1イオンをイオントラップ内に導入する段階と、導入手段の動作条件を調節することにより、第1イオンとは反対の極性を具備した第2イオンを前述の導入開口部を通じてイオントラップ内に選択的に導入し、これにより、前述の第2イオンが電荷補償を提供し、クーロン斥力の影響を軽減すると共に、イオン雲のサイズを低減する、段階と、を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、一例としてのみ、添付の図面を参照し、イオントラップ内にイオンを導入する方法及びこれに関連した装置について説明することとする。
【0029】
図1に示されているように、イオントラップ質量分析計(MS)は、通常、6つの部分、即ち、被分析イオン源28、制御可能な電源11を具備した試薬イオン源10、大気圧/低圧インターフェイス25、制御可能な電圧源9を具備した伝送オプティクス12、イオントラップ6、及び検出器8を有している。
【0030】
エレクトロスプレーイオン化法(ESI)は、有機サンプル溶液から単価及び多価イオンを生成するべく、一般的に使用されている1つの方法である。このタイプのイオン源は、しばしば、液体クロマトグラフ(LC)及び質量分析計(MS)間におけるリンクとして使用されている。大気圧/低圧インターフェイス25を使用することにより、湿った帯電粒子をESIからMSの真空チャンバ内に吸引し、これらを所謂脱溶媒和プロセスを通じて乾燥させている。大気圧/低圧インターフェイスは、図1の参照符号1によって示されているように、加熱されたキャピラリー/イオン導入口であるか、或いは、この代わりに、その間を加熱されたガスが流通して脱溶媒和プロセスを円滑に実行するいくつかの円錐形状の開口部の形態であってよい。
【0031】
大気圧/低圧インターフェイス25から出た後に、乾燥したイオンは、約10-0〜10-1mbarの略真空に維持された四重極アレイ(Qアレイ)である第1イオン伝送レンズ2に進入している。低真空領域から、イオントラップが動作している高真空領域へのイオンの移動を円滑に実行するべく、静電スキマーレンズ3及び静電ゲートレンズ5との関連において、高周波ACのQアレイ伝送レンズ2及び四重極レンズ4が利用されている。これらのレンズは、一連の別個にポンプされた真空チャンバ内に配置されており、大気圧領域は、大気圧/低圧インターフェイス25によって低圧領域から分離されている。前述の低圧領域は、イオントラップ6の高真空から、静電スキマーレンズ3及び静電ゲートレンズ5により、複数の徐々に高くなる真空段階に分離されている。
【0032】
低圧領域内におけるこのような高周波ACレンズの使用法は、周知の高周波イオン移動及び集束法と関係するものであり、これについては、英国特許第1362232号(Masuda、1974年)、米国特許第4963736号(Douglas、1990年)、及び米国特許出願公開第2003/222213号(Taniguchi、2003年)に記述されている。この技法は、イオン伝送軸に沿ったイオンの集束と、別個にポンプされた真空チャンバ間における小さな開口部を通じたイオンの誘導に有用である。イオン伝送レンズ2及び四重極レンズ4内の変化するAC電位が、伝送軸に向かってイオンを集束する一方で、伝送軸に沿ったDC電位分布が、イオンのアナライザに向かう移動を支援しており、これは、イオンの軸方向速度を制御するべく更に使用可能である。伝送オプティクス12のそれぞれのレンズに対する適切なDCバイアス電圧の印加を使用することにより、伝送軸に沿った適切なDC電位分布を生成可能である。
【0033】
イオントラップMSは、通常、正/負イオンの分析のための特定モードにおいて動作している。正イオン(カチオン)の検出の場合には、イオン源28、イオン伝送オプティクス12、及び検出器8におけるDCバイアスは、カチオンを質量分析計から排出できるように設定されている。負イオン(アニオン)検出の場合には、DCバイアスは、アニオンを質量分析計から排出できるように設定されている。
【0034】
電子移動解離法(ETD)を使用してMS/MS実験を実行するためには、反対の極性を具備した被分析イオン及び試薬イオンをアナライザに連続的に伝送し、単一極性を有する生成イオンをイオントラップ6から検出器8内に排出する。抽出レンズ7及び検出器8に印加されるバイアスは、通常のMS/MS実験において印加されるものと同一である必要があり、伝送オプティクス12に印加されるバイアスは、伝送オプティクスを通過するイオンの極性及び質量対電荷比に従って調節する必要がある。
【0035】
図2は、MS/MS実験の完全なサイクルにおけるDCバイアスの変化の更なる図を提供している。
【0036】
再度図1を参照すれば、反応性のMS/MSサイクルは、エレクトロスプレーイオン源28によって生成された被分析イオン(カチオン)の質量分析計内への導入によって始まっている。Qアレイ伝送レンズ2及び四重極レンズ4は、静電スキマーレンズ3及びゲートレンズ5と共に、イオン源28によって生成された被分析カチオンが、加熱されたキャピラリー1からイオントラップ6の一端のキャップ内の導入開口部13に移動できるようにしている。被分析イオンは、通常、正の電荷を保持した多価プロトン化ペプチド(例えば、P物質)であるが、その他の被分析イオンを使用することも可能である。伝送軸に沿ったDC電位降下における低下を使用することにより、レンズシステムの低圧領域を通じて被分析イオンを移動させる。この軸方向のDC電位における低下によって供給されるエネルギーは、Qアレイ伝送レンズ2と四重極レンズ4の間の静電スキマーレンズ3の近傍における被分析イオンと中性ガス分子間の衝突を通じて部分的に消費されることになる。このときに、ゲートレンズ5は、制御可能電圧源9を使用し、四重極レンズ4の軸方向の電位との関係において負電位に設定されている。この結果、正の被分析イオンが、導入開口部13を介して、ゲートレンズ5をイオントラップ6内に通過可能である。被分析イオンは、イオントラップ6に進入し、設定された期間わたってイオントラップ6内に蓄積されることになる。被分析イオンの分離のための手順を実行する前に、設定済みの冷却期間をイオントラップ6内の被分析イオンに適用することも可能である。
【0037】
イオントラップ6内の被分析イオンの双極子励起は、デジタル的に生成された波形を使用することによって生成されている。それぞれ、Marshall他による米国特許第4,761,545号(1988年)及びKelleyによる米国特許第5,134,286号(1992年)に記述されているSWIFT(Stored・Wave・Inverse・Fourier・Transform)又はFNF(Filtered・Noise・Field)などの技法を双極子励起のために使用可能である。特定の質量対電荷比を有する予め選択された被分析イオンをイオントラップ6内において分離しつつ、すべてのその他の被分析イオンをイオントラップから排出可能である。この期間においては、更なる被分析イオンがイオントラップ6に進入することのないように、イオン伝送オプティクス12のゲートを閉鎖する必要がある。更には、被分析イオンのイオン源28から質量分析計内への注入を停止することにより、伝送レンズ12内における被分析イオンの減少を実現する必要がある。
【0038】
質量分析計内への被分析イオンの注入を遮断するには、「Analytical・Chemistry」(P.Yang他、73、4748−4753頁、2001年)に記述されているように、イオン源28上の高電圧を迅速に降下させることにより、スプレーを停止することも可能であり、或いは、この代わりに、キャピラリー1の入口の前面に配置された追加のパルス化偏向器(図示されてはいない)を作動させる。伝送オプティクス12からの検定イオンを減少させるには、四重極レンズ4用の高周波駆動をスイッチオフ可能であり、或いは、この代わりに、被分析イオンのすべてが不安定化して四重極電極と衝突するように、四重極レンズ4の四重極ロッド間に高DC電圧を印加することも可能である。
【0039】
被分析イオン分離サイクルが完了すると、試薬アニオンの質量分析計内への注入が始まる。この特定の実施例においては、試薬アニオンは、図3に示されているように、化学イオン化セル23の形態における試薬イオン源10内において生成されている。試薬アニオンは、バルブ21を通じてガス源24によって供給されるキャリアガスにより、キャピラリー45内に搬送されている。試薬ガスの化学イオン化セル23内への注入は、バルブ21のパルス化動作によって起動可能である。ETDの特定のアプリケーションにおいては、試薬アニオンは、通常、強力な電子ドナーであり、その他のガス種と衝突した際に、その電荷を容易に消失可能である。通常、試薬アニオンは、アントラセンアニオンであるが、その他のイオンを使用することも可能である。この場合には、ガス源24によって供給されるキャリアガスは、通常、希ガス又は高純度の窒素ガスであり、これは、不良な電子アクセプタである。
【0040】
試薬アニオンがキャピラリー45から出て、大気圧/低圧インターフェイス25を通じて質量分析計に進入した際には、試薬アニオンを伝送レンズ2及び静電スキマーレンズ3を通じて転送できるように、Qアレイ伝送レンズ2の伝送軸に沿ったDC電位を増大した傾きに変化させる。又、試薬アニオンは、通常のペプチドイオンと比べた際に、相対的に低い質量/電荷比を具備しているため、試薬アニオンの伝送効率を極大化させるべく、Qアレイ伝送レンズ2の電圧及び/又は周波数を変更することも必要であろう。
【0041】
又、制御可能な電圧源9を調節することにより、四重極レンズ4の軸方向の電位との関係においてゲートレンズ5における電圧を正の電位に設定する必要もある。この結果、ゲートレンズ5が開放し、負の試薬アニオンが、導入開口部13を介して、ゲートレンズ5をイオントラップ6内に通過可能である。又、分離された被分析イオンと注入試薬イオンの両方のトラッピングを実現するように、イオントラップ6のトラッピング質量レンジを設定することも必要である。イオントラップは、その特性が双極性であると共に、等しい設備によって正及び負のイオンをトラップ可能であり、イオントラップ内に閉じ込められたイオンは、トラップからイオンを排出するように動作条件が調節される時点まで、トラップされた状態に留まることになる。
【0042】
多少の不純物アニオンが、望ましい試薬アニオンに混合する可能性がある。この場合には、四重極レンズ4を帯域通過質量フィルタとして動作させることにより、望ましくない不純物アニオンを除去可能である。例えば、四重極の代わりに八重極のレンズの組を使用する場合などのように、このような四重極レンズ4の分解モードを利用することができない場合には、イオントラップ6自体を使用することにより、イオントラップ6内における不純物イオンの蓄積を防止可能である。イオントラップ6内に被分析イオン及び試薬イオンの両方を保持するための2つの周波数帯域の切り欠きを残しつつ、望ましくない不純物アニオンをイオントラップ6から放出するように、広帯域励起波形を設計可能である。この方法は、複数の質量対電荷比を同時に保持するための複数の切り欠きの生成と関係しており、これについては、U.Yoshikatsuによる欧州特許第1369901号に開示されている。
【0043】
このプロセスの持続時間は、試薬アニオン源によって供給されるイオンフラックスに依存している。イオントラップ6内の試薬アニオンの存在量が所望のレベルに達した際に、イオン源10から質量分析計への試薬アニオンの注入を休止し、四重極レンズ4をバイアスして更なる試薬アニオンが質量分析計内に移動することを防止する。
【0044】
後続の期間内において、試薬アニオンは、イオントラップ6の中央への冷却を開始し、この段階で、試薬アニオンと被分析カチオン間の反応、例えば、ETD反応が発生可能である。被分析カチオンと試薬イオン間における反応により、生成イオンが生成され、質量スキャンがトリガされて、生成イオンの質量スペクトラムが得られることになる。
【0045】
この実施例における試薬アニオン源は、図3に示されているように、従来の大気圧化学イオン化(APCI)源である。電源27により、ニードル26が数kVの電位に充電されており、これにより、電気ヒーター22によって試薬が蒸発しているイオン化セル23内においてコロナ30が提供されている。尚、化学イオン化を減圧イオン化セル内において起こすことも可能である。
【0046】
試薬源10から質量分析計の10-1mbarの領域内に試薬アニオンを移動させる方法は、図4aに示されているように、パラレルキャピラリー45によるか、図4bに示されているように、Tピースキャピラリー46を介するか、或いは、図4cに示されているように、同軸キャピラリー47によって実行可能である。これらのキャピラリーのそれぞれは、大気圧/低圧インターフェイス23を質量分析計の本体内に通過している。当業者には明らかであるように、それぞれの移動方法は、その独自の利点とアプリケーションを具備している。
【0047】
特定の試薬分子は、コロナにより、大気圧において直接的にイオン化可能である。図5bに示されているように、このような試薬源10は、キャピラリー1に狙いを定めた開口部を具備した加熱された試薬コンテナ31と、高電圧ニードル電極32のみを有している。負の高電圧がニードル電極32に印加されると、放電コロナ30が、ニードル先端の周辺に生成され、コロナ30を通過する試薬蒸気がイオン化されることになる。ニードル電極32をパルシングさせることにより、試薬イオン源10を作動及び停止させる代替手段が提供される。
【0048】
それぞれの個々の試薬源10が停止している際に、停止中の試薬源10からの蒸気又はイオンが、作動中の供給源を汚染するか又はこの逆のことが発生し、これにより、2つのイオン源間におけるクロストークが発生し、この結果、化学的雑音が増大する可能性がある。これを回避するべく、(図5cに示されている)同期した機械的シャッタ34を利用可能である。この結果、一度に被分析イオン/試薬アニオンの1つしか質量分析計内に進入することができなくなる。
【0049】
又、光イオン化方法を使用することにより、試薬アニオンを生成することも可能である。この場合には、図5aに示されているように、UVランプ43を利用することにより、試薬物質42の蒸気を収容する容積41を照射することになる。
【0050】
又、試薬アニオンは、第1イオン導入オプティクスの真空チャンバに直接的にリンクする流管内において生成することも可能である。図6に示されているように、この実施例におけるイオン源は、第1ポンピング段階において高周波Qアレイ伝送レンズ2の導入口に接続された流管61内に位置したホットフィラメントグロー放電イオン源60である。フィラメント62は、低電圧放電を維持するべく、ガス源63によって供給されるガスフローに対して電子を放射している。純粋なアルゴン又はCO2及びアルゴンの混合物をガスフローに使用可能である。又、アニオンを生成するためのアントラセンなどの物質64は、流管61内にも蓄積されており、フィラメント62によって放射される熱は、アントラセン分子がガスフロー内に混合されるように、アントラセンを蒸発させるのに十分なものであってよい。放電プラズマ65内において正イオンと共に移動する電子は、プラズマ内における衝突及びクーロンドラッギングを通じて効率的に冷却可能である。この結果得られる電子の低運動エネルギーにより、電子が、蒸発したアントラセン分子に付着し、この結果、試薬アニオンを生成可能である。生成されたアントラセン試薬アニオンは、ガスフローを辿り、Qアレイ2である第1イオン伝送レンズの導入口に到達し、前述の被分析イオンと同一の方法においてイオントラップ6に導入されることなる。
【0051】
又、エレクトロスプレー法を使用することにより、負の試薬アニオンを生成することも可能である。例えば、アントラセンなどのETDにおいて一般的に使用されている物質は、ETD実験用の十分な試薬アニオンを生成するのに適した濃度の溶液中においては、容易に溶解不能である。ESIによる反対の極性のイオンの交互に変化する注入は、その他のイオン−イオン反応に関係したアプリケーションのための有用な能力を提供しており、従って、これも、依然として本発明の範囲内に属している。
【0052】
別の、但し、関係した方法においては、被分析イオンとは反対の極性の電荷を有する非反応性イオンをイオントラップ6内に導入している。これらの非反応性イオンを導入する目的は、クーロン斥力の影響を軽減するという意図の下に、イオン雲内において電荷補償を提供することにある。
【0053】
通常の動作の際には、トラップされたイオンは、イオントラップ6の中心に向かって、(ヘリウムなどの)バッファガスとの衝突によって冷却される。トラップされたイオンが互いに接近するのに伴って、それらの個々の電荷がその他のトラップされたイオンと反発し、これらは、クーロン斥力により、離隔した状態に維持されることになる。これが、所謂空間電荷効果である。最終的には、トラップされたイオンは、イオントラップ6の中心に向かって、バッファガスとの衝突を通じて冷却され、イオン雲のサイズに基づいて空間電荷効果によって課された限度に接近する。クーロン斥力は、イオントラップ内のイオン雲のサイズを決定する主要なファクタであり、イオン雲のサイズは、質量のスキャン又はイオンの分離における質量の線形性及び分解能の観点において有害な影響をもたらす可能性がある。電荷補償によってクーロン斥力の影響を軽減することにより、イオン雲のサイズを低減すれば、結果的に得られる排出イオンのエネルギースプレッドが低減されると共に、トラップ内に導入される補償電荷の数に応じて、a)同一のイオン密度における質量分解能の対応した改善、又はb)同一の質量分解能における信号強度の改善がもたらされる。
【0054】
好適な実施例においては、イオントラップ6は、米国特許6,380,666号(202年4月)においてKawatohによって記述されているものなどの飛行時間(ToF)アナライザ(図示されてはいない)に結合されている。このタイプの構成における高信号強度と組み合わせた状態において最高の質量分解能を実現する際の既知の制約は、イオントラップ6からToFアナライザ内に高速で排出される時点におけるイオンの空間的分散及び速度である。ToF質量アナライザにおいては、この場合にはイオントラップ6であるイオン源における制限されたエネルギースプレッドのレンジをイオンミラーを使用することによって補償することは可能であるが、高速排出電圧が印加された際のイオントラップ6内のイオンの空間的位置及び速度によって導入されるエネルギースプレッドをイオンミラーによって完全に補正することは不可能である。従って、イオントラップ6内の空間的分散によって発生するエネルギースプレッドを低減する能力が非常に望ましい。被分析イオンをイオントラップ6内に蓄積し、これらがイオントラップ6内に蓄積されている間に、質量分析動作(例えば、イオン分離、断片化、又は解離)をこれらに対して実行可能である。これらの動作が完了した後に、トラップされたイオンのバッファガスによる冷却が発生し、試薬アニオンについて前述した手段より、補償電荷イオンをイオントラップ6内に導入する。被分析イオン及び電荷補償イオンの両方をイオントラップ6の中心に向かって更に冷却可能である。次いで、イオントラップ6からToF質量アナライザ内に被分析イオンを排出するべく、RFを迅速にスイッチオフし、高速排出電圧をイオントラップ6のエンドキャップに対して印加する。
【0055】
更なる実施例においては、イオントラップ6は、質量アナライザとして周知の分析モードにおいて使用されている。質量スキャンの際に、共鳴励起されたイオンは、その最終的なイオントラップ6からの排出の前に、イオン雲内に留まっている励起されていないイオンを複数回にわたって通過する。同一極性の高密度のイオンは、質量スペクトルにおける空間的なアーチファクト及び非線形性に結び付く可能性を有していることが周知である。当業者には明らかなように、同一極性電荷の大量の蓄積によって発生するイオントラップの中心における空間電荷効果を低減する能力は、質量スペクトル内のアーチファクト及び非線形性を除去しつつ、高い信号強度の計測を同時に実現するのに有効である。
【0056】
当業者には明らかなように、前述の電荷補償法は、イオントラップ質量分析計(ITMS)における多くのその他の有用なアプリケーションを具備することになる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明によるイオントラップ質量分析計の断面図。
【図2】MS/MS実験の完全なサイクルにおけるDCバイアスの変化を示す図。
【図3】従来の大気圧化学イオン化源を示す図。
【図4a】パラレルキャピラリーを使用したイオン源から質量分析計のインターフェイス領域へのアニオンの移動を示す図。
【図4b】Tピースキャピラリーを使用したイオン源から質量分析計のインターフェイス領域へのアニオンの移動を示す図。
【図4c】同軸キャピラリーを使用したイオン源から質量分析計のインターフェイス領域へのアニオンの移動を示す図。
【図5a】光イオン化法を使用した試薬イオンの生成を示す図。
【図5b】大気圧におけるコロナイオン化による試薬イオンの生成を示す図。
【図5c】イオン源と質量分析計のインターフェイス領域の間に位置した機械的なシャッタを示す図。
【図6】ガスフロー利用グロー放電管内における電子付着による試薬イオンの生成を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンをイオントラップ内に導入する方法において、
導入手段を使用することにより、前記イオントラップに対する導入開口部を通じて第1イオンを前記イオントラップ内に導入する段階と、
前記同一の導入手段の動作条件を調節することにより、前記第1イオンとは異なる極性の第2イオンを前記同一の導入開口部を通じて前記イオントラップ内に選択的に導入する段階と、
を有する方法。
【請求項2】
前記第1及び第2イオンは、イオン−イオン反応に適したものである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記第1及び第2イオンの1つは、前記第1及び第2イオンの他のものの電荷減少を引き起こすための試薬イオンである、請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記電荷減少は、前記第1及び第2イオンの前記他のものの電子移動解離を引き起こす、請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記第1及び第2イオンは、同一のイオン源によって生成される、請求項1乃至4の何れか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記第1イオン及び第2イオンは、異なるイオン源によって生成される、請求項1乃至4の中の何れか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記第1及び第2イオンは、APCI、CI、PI、ESI、MALDIの中の1つ又は複数のものによって生成される、請求項5又は6記載の方法。
【請求項8】
前記試薬イオンは、ガスフロー利用グロー放電管内において電子付着によって生成されたアニオンである、請求項3記載の方法。
【請求項9】
前記ガスフロー利用グロー放電管は、電子放射を提供するためのホットフィラメントを含んでいる、請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記第1イオン及び前記第2イオンは、異なる質量対電荷比を具備している、請求項1乃至9の何れか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記導入手段は、静電伝送レンズを含んでおり、前記導入手段の前記動作条件を調節する前記段階は、前記レンズの伝送軸に沿ったDC電圧の傾きを反転させる段階を含んでいる、請求項1乃至10の何れか1項に記載の方法。
【請求項12】
DC電圧の傾きを反転させる前記段階は、前記伝送レンズのバイアス電圧を変化させる段階を含んでいる、請求項11記載の方法。
【請求項13】
前記導入手段は、ゲートレンズを含んでおり、前記動作条件を調節する前記段階は、前記ゲートレンズのバイアス電圧を変化させる段階を含んでいる、請求項11又は10記載の方法。
【請求項14】
前記導入手段は、HF多重極レンズを含んでいる、請求項11乃至13の何れか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記調節する段階の前に、前記導入手段を無効化し、これにより、前記第1イオンの導入を終了させる段階を含んでいる、請求項11乃至14の何れか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記第1イオン及び/又は前記第2イオンは、連続した方式において前記イオントラップ内に導入される、請求項1乃至15の何れか1項に記載の方法。
【請求項17】
前記第1イオン及び/又は前記第2イオンは、パルス化された方式において前記イオントラップ内に導入される、請求項1乃至15の何れか1項に記載の方法。
【請求項18】
導入開口部を具備したイオントラップと、
第1及び第2イオンを前記イオントラップ内に導入するための導入手段であって、前記第1イオンは、前記第2イオンとは異なる極性である、導入手段と、
前記導入手段の動作条件を調節するための調節手段であって、これにより、前記第1及び第2イオンを、前記イオントラップに対する前記同一の導入開口部を介して前記イオントラップ内に選択的に導入する、調節手段と、
を有するイオン蓄積装置。
【請求項19】
前記導入手段は、静電伝送レンズを含んでおり、前記調節手段は、前記レンズの伝送軸に沿ったDC電位の傾きを反転させるべく構成されている、請求項18記載のイオン蓄積装置。
【請求項20】
前記調節手段は、前記伝送レンズのバイアス電圧を変化させることにより、前記DC電位の傾きを反転させるべく構成されている、請求項19記載のイオン蓄積装置。
【請求項21】
前記調節手段は、前記DC電位の傾きの大きさを変化させないように構成されている、請求項19又は20記載のイオン蓄積装置。
【請求項22】
前記導入手段は、ゲートレンズを含んでおり、前記調節手段は、前記ゲートレンズのバイアス電圧を変化させるべく構成されている、請求項19乃至21の何れか1項に記載のイオン蓄積装置。
【請求項23】
前記導入手段は、HF多重極レンズを含んでいる、請求項19乃至22の中のいずれか一項記載のイオン蓄積装置。
【請求項24】
イオンをイオントラップ内に導入する方法において、
導入手段を使用することにより、前記イオントラップに対する導入開口部を通じて第1イオンを前記イオントラップ内に導入する段階と、
前記導入手段の動作条件を調節することにより、前記第1イオンとは反対の極性を具備した第2イオンを前記同一の導入開口部を通じて前記イオントラップ内に選択的に導入する段階であって、これにより、前記第2イオンが電荷補償を提供し、クーロン斥力の影響を軽減すると共に、前記イオントラップ内において前記第1イオンによって生成されるイオン雲のサイズを低減する、段階と、
を有する方法。
【請求項25】
実質的に添付の図面を参照して本明細書に記述されているイオンをイオントラップ内に導入する方法。
【請求項26】
実質的に添付の図面を参照して本明細書に記述されているイオン蓄積装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4a】
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【図4b】
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【図4c】
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【図5a】
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【図5b】
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【図5c】
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【図6】
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【公表番号】特表2008−542738(P2008−542738A)
【公表日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−514179(P2008−514179)
【出願日】平成18年5月26日(2006.5.26)
【国際出願番号】PCT/GB2006/001938
【国際公開番号】WO2006/129068
【国際公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【出願人】(500344585)シマヅ リサーチ ラボラトリー(ヨーロッパ)リミティド (8)
【Fターム(参考)】