説明

イオントラップ及びイオントラップ内のイオン開裂方法

四重極型イオントラップは、個別の電圧レベルV、V間でトラップ電圧を切り替えるスイッチ(3)を含む。これにより、イオントラップのトラップ領域内でプリカーサイオン及びプロダクトイオンを捕獲するためのデジタルトラップ電場が形成される。ゲート電圧がゲート電極(12)に印加され、ソース電子のイオントラップへの注入を制御する。ゲート電圧の印加は、前記切り替えと同期するため、トラップ電圧が選択された電圧レベルのいずれか一つの値である間、電子がイオントラップに注入され、電子捕獲開裂を起こすのに適した運動エネルギーでトラップ領域に到達することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオントラップ及びイオントラップ内のイオン開裂方法、特に四重極型イオントラップ及び四重極型イオントラップを用いるタンデム型質量分析に関する。
【背景技術】
【0002】
タンデム型質量分析は、磁気サイクロトロン(FTICR MS)又は高周波四重極型イオントラップの形態をとりうるイオントラップ分析器を採用することにより達成可能である。タンデム型質量分析器では、特定の質量電荷比を有するプリカーサイオンが選択され、捕獲量内で隔離される。その後、衝突誘起開裂(CID)、表面誘起開裂(SID)、赤外多光子吸収開裂(IRMPD)及び電子捕獲開裂(ECD)などの既知の多数の活性化方法の1つを用いて、開裂手順が行われる。この手順から生じるプロダクトイオンは、MSスペクトルを得る質量走査を用いて測定される。更なるプリカーサイオンがプロダクトイオンから選択されて、開裂手順が繰り返されると、次の質量走査でMSスペクトルが得られる。このような時間領域手順を繰り返してMSスペクトルを生成することができる。MSスペクトルは、特定のプロダクトイオンを検出及び分析することにより元のイオンの化学構造の識別に関する信頼度を高める一方で、化学ノイズの除去を可能にするため、このタンデム型質量分析器の性能は非常に重要である。この種のタンデム型質量分析は、蛋白質やDNAなどの複雑な分子構造を解明し、配列を決定するのにも有効である。
【0003】
上記の開裂方法の中で、ECDが一番最近に開発され、より広範な配列情報を提供する。ペプチドと蛋白質の配列に関して、ECDはバックボーン結合を開裂させ、一連のc型及びz型イオンを形成する。これは、弱いペプチド結合を開裂させてb型及びy型イオンを形成することしかできず、不安定な移行後の変性の損失を生じる、一般的に使用されるCIDと対照的である。
【特許文献1】US 2002/092980
【特許文献2】WO 02/078048 A
【特許文献3】WO 03/102545 A
【特許文献4】US 6 653 622
【特許文献5】WO 01/29875 A
【特許文献6】GB 1346393
【特許文献7】WO 01/29875
【非特許文献1】SYKA J E P ET AL: "PEPTIDE AND PROTEIN SEQUENCE ANALYSIS BY ELECTRON TRANSFER DISSOCIATION MASS SPECTROMETRY", PROCEEDINGS OF THE NATIONAL ACADEMY OF SCIENCES OF USA, NATIONAL ACADEMY OF SCIENCE, WASHINGTON, DC, US, vol. 101, no. 26, 29 June 2004, pages 9528-9533
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、ECDはFTICR質量分析器を用いてのみ実行されてきた。四重極型イオントラップは、蛋白質又はペプチドイオンを分裂させるのにCID及びIRMPDを採用してタンデム型質量分析用に用いられる一方で、これまでECDを組み込むのには成功していない。それは以下の理由が原因と思われる。
【0005】
1.ECDに関しては、電子の運動エネルギーが、非常に低く、通常は0.2eV付近でなければならない。このような低エネルギー電子を電子源からイオントラップ領域に移動させるのは非常に困難である。強磁場が採用されるFTICRでは、低エネルギーの熱放出電子が常に集束されて、トラップ領域に到達するまで磁場線に案内される。イオンを閉じ込めるために強力な時変電場が使用される四重極型イオントラップの場合、電場は注入された電子を加速又は遅延させる。正弦波RF電圧が捕獲電場を生成するのに用いられる場合、電子が注入されて所与の運動エネルギーでイオントラップの中心に達することができる実際的な時間窓はほとんどない。注入された電子はより高いエネルギーに加速されるか、電場によって単に排出される。これらの高エネルギー電子の衝撃による分裂は、ECDから得られる有益な情報を遮断する。RFトラップ電圧が正しい相を有する場合、狭い時間窓に一致するように電子の注入を制御するのは非常に困難である。
【0006】
2.電子捕獲開裂のメカニズムは、ECDの現論理モデルによると、プリカーサイオンのいわゆるリュードベリ状態の生成と保持の両方を要する。しかし、四重極型イオントラップ内の高電場は、リュードベリ状態を破壊して、リュードベリ軌道から電子を連続的に移動させる傾向にある。イオントラップの中心領域においてさえ(イオン雲は直径2mm超のスペースを占める可能性がある)、電界強度は中間的な励起状態を失わせ、結果的にECDの効率を低下させる場合がある。
【0007】
3.衝突冷却を起こさせるために、イオントラップ内でバッファガスを使用するのが一般的である。バッファガスは通常、約10−3mbarの圧力で、捕獲されたイオンとバッファガスとの間でミリ秒ごとに何百回もの衝突が起こる。イオントラップ内でのこのようなバッファガスとの衝突も、リュードベリ状態を破壊して、ECDの効率を低下させる場合がある。
【0008】
にもかかわらず、四重極型イオントラップでのECDの実行は、四重極型イオントラップ質量分析器がFTICR機器と比べて設置がずっと安価であるため魅力的なアプローチである。米国特許6,653,662 B2において、Jochen Franzenは、3D RF四重極型イオントラップでECDを実行する手順を開示している。その方法では、RF電圧を担持するイオントラップ電極内のアパチャーから電子を注入することにより、電子源をRFサイクル間にイオントラップの中心で達成される最高陽電位で維持する。この方法によると、電子はトラップの中心に到達し、ECDの低エネルギー要件を満たしつつ、数ナノ秒間に保管されたイオンと相互作用することができる。この方法は上述の第1の問題を克服するが、電子ビームを捕獲されたイオンに照射できる時間窓が非常に狭くなる。注入された電子はイオン雲全体のポテンシャル井戸により捕獲されて、次に続くRFサイクル全体にわたり存続して蓄積されると予想されてきた。しかし、こうした予想には理論的なサポートも実験的なサポートもない。
【0009】
ECDは、多価陽イオンを開裂するのに用いられ、また、電子誘起開裂の一例でもある。電子誘起開裂の別の例では、いわゆる電子分離開裂により陰イオンを開裂するために電子がイオントラップに注入される。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様によると、イオントラップのトラップ領域内でプリカーサイオン及びプロダクトイオンを捕獲するためのデジタルトラップ電場を形成するため、個別の電圧レベル間でトラップ電圧を切り替えるステップと、トラップ電圧が選択された上記電圧レベルにある間、注入された電子が電子誘起開裂を起こすのに適した運動エネルギーでトラップ領域に到達するように、上記イオントラップに電子を注入するステップと、を備える、イオントラップ内でイオンを開裂する方法が提案される。
【0011】
本発明の別の態様によると、イオントラップのトラップ領域内でプリカーサイオン及びプロダクトイオンを捕獲するためのデジタルトラップ電場を形成するため、個別の電圧レベル間でトラップ電圧を切り替える切替手段と、電子源と、トラップ電圧が選択された上記電圧レベルの電圧である間、ソース電子を上記イオントラップに注入させることにより、注入された電子が電子誘起開裂を起こすのに適した運動エネルギーでトラップ領域に到達する制御手段と、を備えるイオントラップが提案される。
【0012】
本発明によると、有効なイオンと電子の相互作用のために、低エネルギー電子がイオントラップ内のイオン雲に到達可能な時間窓を広げることができる。また、本発明によると、開裂プロセス間にトラップ領域内にイオンを保持しつつ、電界強度を低減することができる。
【0013】
トラップ領域内のバッファガスの圧力は、ECDプロセス間に、イオンの所要の中間状態を保持するように低減させることができる。
【0014】
ECDの時間窓を広げるため、従来の正弦波RF捕獲波形を修正しなければならない。GB1346393は、周期的な矩形又は台形の波形により駆動される四重極質量分析器を開示している。WO0129875はさらに、トラップ電場が高電圧レベルと低電圧レベルの間で切り替えられる電圧により駆動される、デジタルイオントラップ駆動方法を開示している。この捕獲方法は、電子をトラップ領域に注入し、注入された電子を捕獲されたイオンと相互作用させる機会を提供する。
【0015】
本発明の好適な実施形態では、イオントラップは、注入された電子をトラップ領域に案内する磁場を生成する手段を含む。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
添付の図面を参照し、本発明の実施形態を例示としてのみ説明する。
【0017】
添付図面の図1は、3−Dイオントラップのリング電極7が一対のスイッチ1、2に接続される、本発明の1つの具体例を示す。スイッチ1、2は、図1に示されるように、共に直列に接続される電子スイッチである。本実施形態では、スイッチ1が高レベルDC電源4に接続され、スイッチ2は低レベルDC電源5に接続される。スイッチは交互にオンオフされて、四重極型イオントラップのリング電極7に印加される矩形波の駆動電圧を生成する。四重極型イオントラップは、排出エンドキャップ電極8内に少なくとも1つのホールを有しており、抽出電極9を介してオフアクシス検出器10にイオンを排出することが可能である。オフアクシス検出器は変換ダイノード10aと電子倍増管10bを備える。ECDプロセスが始動されると、検出器10の高電圧バイアスがオフになり、電子エミッタ11がオンになる。パルス電子ビーム15は、ゲート12に印加されるパルス化されたゲート電圧を制御することにより生成される。図2の波形1はリング電極7に印加される駆動電圧のタイミングを示し、図2の波形2はゲート電極12に印加されるパルス化されたゲート電圧のタイミングを示す。捕獲されたイオンが堆積するイオントラップの中心の電位は破線3によっても表される。図1を参照すると、リング電極7上の電圧がマイナスの偏位、たとえば−500Vを経るとき電子ビーム15が生成される。r=1.414z(rは放射方向の寸法、zは軸方向の寸法)であるイオントラップの場合、図1に示されるように、イオントラップの中心の電位は−250Vである。電子エミッタ11も−250Vの電圧でバイアスされ、電子はエンドキャップ電極8内のホールに近づくと250eVに加速されることにより、ホールを通過しやすくなる。イオントラップに入った後、電極は「静的な」四重極場により遅延される。これは、電子の運動が、1つの波形偏位に必要なマイクロ秒の時間域と比べて比較的速いためである。ナノ秒内で、電子はイオントラップの中心領域に到達するが運動エネルギーの大半を失い、捕獲された多価イオンにより捕獲されうる。図3は、上述した方法のように、イオントラップ内に注入される4つの電子のシミュレーションを示す。−249Vでエミッタ11により生成される電子は、1eVの初期運動エネルギー、イオントラップ軸に対して最大88度の最初の角度(すなわち、ほぼすべての可能な角度)でスタートする。放出点の範囲の半径は0〜0.6mmである。電子は一旦イオントラップに入れば、横方向に強力に集束される。
【0018】
リング電極7よりはエンドキャップ電極8を介して電子を注入する方が容易である。これは、リング電極に注入される場合、電子が横方向すべてに集束されず、すなわち、イオントラップの軸方向に垂直な方向には集束されず、イオントラップ軸方向にのみ集束されるからである。
【0019】
上述したように、デジタルトラップ電圧を印加すると、ECDが実行可能な時間窓を広げることができ、そのために電子ビームのゲーティングは比較的簡単になる。したがって、米国特許第6,653,662号に教示されるように、高エネルギー電子が捕獲中心に到達し、イオン雲に衝突するのを避けるため、トラップ電圧が印加される電極を介して電子を注入する必要はもはやない。しかし、リング電極7への注入は、以下説明するような利点も有する。
【0020】
多くの先行技術の具体例が実証するように、ECDプロダクトイオンの強度は電子への露出時間に比例して向上しない。露出過度は、プロダクトイオンのピークよりもずっと高い親イオンのピークを有するプロダクト信号の強度を低下させる。これは、以降の電子の捕獲によるプロダクトイオンの中性化が原因である。しかし、適切な励起波形が加えられれば、プロダクトイオンを電子相互作用領域から除去することができる。電子が四重極型イオントラップのリング電極を介して注入されると、上述したように、電子はz方向に圧縮され、x−y面の中心でイオン雲に到達する。エンドキャップ電極にわたって双極子ティックル電極を印加することにより、この面から選択的にイオンを除去することができる。プリカーサイオンの質量対電荷比が選択されていると、プリカーサイオンの長期周波数を割り当てられたノッチ周波数で、ノッチフィルタ広帯域励起波形を容易に生成できる。励起波形がエンドキャップ電極に加えられると、プリカーサイオンを除くすべてのイオンが、電子の照射が行われる中心面から除去される。これらの手段により、ECDプロセスによって生成されるプロダクトイオンはイオントラップの中心から除去され、そのようにカスケード崩壊から保護され、有益なプロダクトイオンを蓄積させることができる。
【0021】
電子が端電極のホールに注入されるときでさえカスケード崩壊を防ぐ別の方法が、図3をよく見れば理解できる。エミッタの電位が−249Vに設定され、最初の電子運動エネルギーが1eVである図3のシミュレーションでは、最大の電子運動エネルギー(250eV)が、電子をイオントラップの中心に到達させるのにちょうど十分である。電子運動エネルギーがそれより低い値に設定される場合、たとえば電子エミッタの電位をよりプラスに近づけることにより、電子はイオントラップの中心に到達する前に向きを変え始める。この場合、転換点での電子の運動エネルギーはECDを実行するには十分低く、電子ビームとイオン雲は重複しないため、反応は起こりえない。しかし、小さな双極子AC電圧がエンドキャップ電極に印加されると、プリカーサイオンを選択的に励起させることができる。プリカーサイオンによって形成されるイオン雲は、Z軸に沿って拡大し、電子ビームと重なる領域に入る。これにより、イオンと電子の両方がECDを行うのに好ましい低エネルギーを有する相互作用領域が提供される。プロダクトイオンは励起されないのでクールダウンし、イオントラップの中心へと移動することにより、電子とのさらなる反応が回避される。
【0022】
電子の照射のために選択される各連続期間は、好ましくは少なくとも照射がない期間と同じ長さとすべきである。これにより、ECDを実行できる比較的広い時間窓が生まれ、比較的低い絶対トラップ電圧値が生じる。というのも、最も広い質量捕獲範囲を提供するために、期間全体の平均DC電位は通常ゼロであるからである。ECDプロセス間に低いトラップ電圧が使用されると、リュードベリ状態を保持する可能性が高まる。したがって、イオンと電子の相互作用のために、矩形波電圧が低く、長い偏位の波形が選択されるとき、ECDの効率を向上させることができる。
【0023】
ECDを実行するための電場の強度をさらに軽減すると同時に、十分な捕獲力を維持するため、3レベルのデジタル波形を使用することができる。このような波形を図4に示し、図5はこのような波形を生成するのに用いられる切替回路を示す。この別の実施形態では、スイッチ51が高レベルDC電源54に接続され、スイッチ53が低レベルDC電源56に接続される。追加のスイッチ52は、中レベルDC電源55と電源54及び56の接続点との間に接続される。中レベルDC電源55は、0〜−100Vの範囲の電圧を有することができる。3つのスイッチが連続してオンオフされると、結果的に生じる出力電圧は図4に示されるような階段状の波形を有する。電子ビームは、それぞれの中レベル偏位42間に始動され、トラップへ注入される。イオントラップのトラップ領域の極めて低い電場のため、結果として生じる励起イオンの中間状態は、開裂開始前にダメージを受けることがない。
【0024】
トラップ領域の電子のエネルギーを低減するための十分な遅延領域がないとすれば、ECDを実行できるように極めて低い運動エネルギーでトラップ領域に電子を注入しなければならない。イオントラップの中心に低エネルギーの電子ビームを集束させることは非常に難しいため、結果的に、多くの電子が、捕獲されたイオンとの相互作用が行われるイオントラップの中心に到達できない。
【0025】
この問題を緩和する観点で、磁場がイオントラップ領域に印加される。計算が示すように、150ガウス未満の磁場は、熱陰極によって形成される電子ビームを直径1mm内に収めるのに十分である。これにより、電子ビームは容易にイオントラップ内のイオン雲と重なり合い、相互作用することができる。図6aに示されるように、磁場はイオントラップ周囲のコイル60により生成可能である。巻数と電流の積は約2000Aである。結果として生じる磁場の強度は、イオンの捕獲にごくわずかな影響しか及ぼさず、プリカーサ分離と質量走査間はオフに切り替えることができる。
【0026】
磁場は、リング電極内のホールを介して注入される電子ビームを集束させるのにも使用されていてもよい。この手段により、x−y面の中心におけるx方向の分散を低減し、ECDの効率を高めることができる。図6bは、この種の磁場を形成するための配列を示す。図示されるように、ヘルムホルツ型コイル61及び62は、イオントラップ領域内で磁場を生成するのに使用可能である。
【0027】
線形四重極型イオントラップは切替回路によっても駆動可能で、このことはWO0129875に開示されている。3−Dイオントラップの場合、デジタル駆動される線形イオントラップも、ECDを行う機会を提供する。線形イオントラップを駆動する方法の1つを図7に示す。一対のスイッチ73が一対のX電極72に接続され、別の一対のスイッチ74が一対のY電極71に接続される。スイッチ対73、74が高電圧レベルVと低電圧レベルV間で交互に動作すると、それぞれがそれぞれの電極対72、71に矩形の波形を出力する。追加回路75はトラッピング容量内で双極子場を生成して、質量選択分離、CID及び質量走査に必要なイオンの共振励磁を引き起こす。図8は、X及びY電極対に加えられる矩形波形の3つの例を示す。第1の例(a)では、2つの矩形波電圧1及び2が逆位相である。トラッピング容量内で形成される四重極場3も矩形の波形を有する。こうした状況下では、既に先行技術に開示されている方法を用いてイオンを捕獲し選択することができる。しかしながら、電子が線形イオントラップの軸線に沿って移動するならば、電子は容易に偏向するだろう。第2及び第3の例(b)及び(c)では、X電極及びY電極に加えられる矩形波電圧は、逆位相ではなく相対位相シフトで生成される。これにより、少なくとも1つのゼロ場偏位を含む階段状の波形6又は9を有するように、トラッピング容量内で電場が生じる。構成(b)では、X及びY電極の両方が高電圧レベルに接続されるときにゼロ場偏位は各期間において1回だけ起こる。構成(c)では、ゼロ場偏位は各期間において2回、X及びY電極対の両方が高電圧レベルに接続されるとき1回と、X及びY電極対の両方が低電圧レベルに接続されるとき1回起こる。ゼロ場偏位の間、極めて低い運動エネルギーを有する電子は、X又はY方向の加速も偏向もせずに軸に沿って移動する。トラップ軸に沿って配向される磁場の助けで、電子ビームはイオン雲と重なり合い、ECDを実行することができると予想される。構成(b)は構成(c)よりも大きなECD時間窓を提供する。しかし、非対称の矩形波形が使用されているので(デューティサイクル>0.5)、トラップ軸上の平均電位はもはや0Vではない。このため、線形イオントラップの2つの端部でのDC停止電位を計画する際にいくらか困難を伴うかもしれない。構成(c)では、平均DC電圧が0Vなので、DC停止場を印加する従来の方法を利用することができる。時間軸上に影付きボックス10で示されるように、両方の電極対が高電圧レベルにある時間域が電子ビームの注入にとっては好ましい。本実施形態を図9a及び9bに簡単に示す。
【0028】
図9aは、ECD用の電子源と組み合わせて線形イオントラップを示す概略図である。この構造では、線形イオントラップは前部93、主部91及び後部92を備える。イオンはゲート94及び前部93を介して導入され、そこで主部91に入り、最後に線形イオン雲90を形成する。図9bは、電子注入の瞬間の、イオントラップの軸に沿うDC電位を示し、これは図8b及び8cにおける間隔10に相当する。これらの偏位間に、ソース11からの電子が右手端の入口95から注入されて、トラップ部92、91及び93に入る。左端で、電子は反射して再び相互作用領域に入る。電子は非常に低いエネルギーで、トラッピング容量内においてトラップ軸に沿って移動すると予想されるため、電子ビームを案内するのに磁場が使用される。磁場は一対のヘルムホルツコイル96及び97により生成される。コイルの位置は、線形イオントラップの軸に平行になるように、磁場と一直線になるよう調整しなければならない。3−Dイオントラップに関して上述したように、プロダクトイオンが電子ビームに重なり合うのを避けるため、プリカーサイオンとプロダクトイオンを分離するためにAC双極子場を利用することができる。これにより、プロダクトイオンのカスケードする中性化が防止されて、ECDの効率を高めることができる。
【0029】
ECDが行われる前に、イオンの動きを抑えるためにパルスガス注入を行う必要がある。一定の高圧を有するバッファガスはECDの効率を低下させる可能性があるので勧められない。バッファガスをトラップ領域に導入するパルスバルブのタイミングは、ECD開始前に十分な排出時間を与えるためにECDタイミング(波形変化、電子ゲーティング及びコイル電荷)と同期させなければならない。
【0030】
線形イオントラップの場合、ある比較的高いガス圧を有する線形イオントラップ内でイオンの運動エネルギーの実質的減衰を行うことができる一方、ガス圧の低い別の下流線形イオントラップでECDを実行することができる。2つのイオントラップ間のオリフィスは、圧力差を保持するために使用可能である。
【0031】
ここでは、デジタル捕獲波形の1つの選択電圧レベルを印加する間における電子注入を記載しているが、ECDは波形偏位の一部の間でのみ行われる必要はない。磁場の助けを借りて、注入された低運動エネルギーの電子は、連続する波形偏位間に捕獲され、プリカーサイオンとの反応を継続することができる。3−Dイオントラップに関しては、図4の電圧レベル42が低運動エネルギーの電子の注入のために使用されるとき、こうした機会が存在する。リング電極上の電圧が次レベルで増大すると、電子は電場によりz軸方向で捕獲され、磁場により放射方向で捕獲される。電子が、図8(c)の影付き領域11により示されるように偏位間で、線形イオントラップの軸電位を高める移行の直前に注入されるときも、線形イオントラップに対してこうした機会が存在する。
【0032】
本発明の別の実施形態では、直接電子捕獲開裂(ECD)の代わりに、低運動エネルギー電子を使用する開裂は、まず電子がイオントラップのイオントラップ領域内のガスの分子により捕獲され、次にプリカーサイオンに移送されて開裂を引き起こすという2段階のプロセスを含むことができる。
【0033】
ここで開示される方法は単に例である。デジタルトラップ電圧により駆動される3−D又は線形イオントラップでECDを実行するために、様々な構造を設計することができる。たとえば、他のイオン化又は開裂目的で必要とされるかもしれないように、電子源を軸外に配置してもよいし、あるいは、リング又は中空状に設計してレーザー光線がイオン雲に衝突できるようにしてもよい。本発明によるECDを組み込むイオントラップは、独立型の質量分析器であってもよいし、たとえばイオントラップ−飛行時間ハイブリッドシステム内のように、タンデム型質量分析器の一部を成してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】図1は、ECDが実行可能な四重極型イオントラップを示す図である。
【図2】図2は、イオントラップに加えられるRF駆動電圧の波形(1を参照)と、ECDプロセス間に電子エミッタに加えられるパルス化されたゲート電圧の波形(2を参照)を示す図である。
【図3】図3は、3−Dイオントラップへの電子注入を示すシミュレーションである。最初の電子エネルギーは1eVで、イオントラップの中心領域に到達後、0.2〜0.7eVに低減される。
【図4】図4は、3つの個別の電圧レベルを有するRF駆動電圧の波形を示す図である。
【図5】図5は、図4の3つのレベルの駆動電圧を実行する切替回路を示す図である。
【図6】図6(a)及び6(b)は、電子注入を支援する磁場の印加を示す図である。図6(a)は、エンドキャップ電極内のホールを通じて低減されたエネルギーで注入される電子ビームを示し、図6(b)はリング電極内のホールを通じて導入される電子ビームを示す。
【図7】図7は、ECDが実行可能な線形四重極型イオントラップを示す図である。
【図8】図8は、線形イオントラップのX及びY電極に加えられるRF駆動電圧の波形を示す図である。
【図9】図9(a)は線形四重極型イオントラップでのECDの実行を示し、図9(b)は線形四重極型イオントラップの軸に沿ったDC電圧の変動を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオントラップのトラップ領域内でプリカーサイオン及びプロダクトイオンを捕獲する(トラップする)ためのデジタルトラップ電場を形成するため、個別の電圧レベル間でトラップ電圧を切り替えるステップと、トラップ電圧が選択された前記電圧レベルにある間、注入された電子が電子誘起開裂を起こすのに適した運動エネルギーでトラップ領域に到達するように、前記イオントラップに電子を注入するステップとを備える、イオントラップ内のイオン開裂方法。
【請求項2】
注入された電子の初期運動エネルギーが、電子がイオントラップに入った後、電子誘起開裂が起こるのに適する運動エネルギーまで低減される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記トラップ電圧が2つの個別の電圧レベル間で切り替えられる、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
電子が電子誘起開裂に実質的に適する比較的低い初期運動エネルギーを有し、トラップ電圧が0V又はそれに近い間、前記トラップ領域に注入される、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
トラップ電圧が3つの個別の電圧レベルを有し、トラップ電圧の絶対値が最小である間に、電子が前記トラップ領域に注入される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
注入された電子をトラップ領域に案内するために磁場(磁界)を使用することを含む、請求項1〜5のいずれか1つに記載の方法。
【請求項7】
前記磁場がパルス電流により電圧を印加されるように配置された電気コイルを用いて生成される、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
イオントラップが3−D四重極型イオントラップであり、電子がイオントラップのエンドキャップ電極内のホールを介してトラップ領域に注入される、請求項1〜7のいずれか1つに記載の方法。
【請求項9】
イオントラップが3−D四重極型イオントラップであり、電子がイオントラップのリング電極内のホール又はスリットを介してトラップ領域に注入される、請求項1〜7のいずれか1つに記載の方法。
【請求項10】
イオントラップが線形四重極型イオントラップである請求項1〜7のいずれか1つに記載の方法。
【請求項11】
電子がトラップ領域の一端からイオントラップの長軸に沿って注入される、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
開裂の前又は後に衝突冷却を引き起こすため、イオントラップのトラップ領域にガスのパルスを導入することを含む、請求項1〜11のいずれか1つに記載の方法。
【請求項13】
前記ガスのパルスが、ガス圧を10−4mbar未満に急速に低減可能なパルスバルブ及び真空ポンプを用いてトラップ領域に導入される、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
電子源からの前記トラップ領域に注入する電子の抽出を制御するためゲート手段にパルス化されたゲート電圧を印加することと、前記パルス化されたゲート電圧の印加を、前記トラップ電圧を前記選択された電圧レベルに切り替えるステップと同期させることとを含む、請求項1〜13のいずれか1つに記載の方法。
【請求項15】
イオントラップの中心領域からプロダクトイオンを除去するためにイオントラップに広帯域双極子信号を加えることを含む、請求項1〜7のいずれか1つに記載の方法。
【請求項16】
プリカーサイオンを選択的に励起するため、イオントラップにAC双極子信号を加えることを含む、請求項1〜7のいずれか1つに記載の方法。
【請求項17】
捕獲されたプリカーサイオンが多価プリカーサイオンを含み、注入された電子が1eV未満の運動エネルギーを有し、前記多価イオンの電子捕獲開裂を誘発可能である、請求項1〜16のいずれか1つに記載の方法。
【請求項18】
捕獲されたプリカーサイオンが多価プリカーサイオンを含み、イオントラップのトラップ領域にガスを導入するステップを含むことにより、注入された電子がガスの分子により捕獲され、その後、電子がプリカーサイオンに移動されて開裂を引き起こす、請求項1〜16のいずれか1つに記載の方法。
【請求項19】
イオントラップのトラップ領域内で捕獲プリカーサイオン及びプロダクトイオンを捕獲するためのデジタルトラップ電場を形成するため、個別の電圧レベル間でトラップ電圧を切り替える切替手段と、電子源と、トラップ電圧が選択された前記電圧レベルのいずれか一つの値である間、ソース電子を前記イオントラップに注入させる制御手段を備え、これにより、注入された電子が電子誘起開裂を起こすのに適した運動エネルギーでトラップ領域に到達する、イオントラップ。
【請求項20】
前記切替手段が2つの個別の電圧レベル間で前記トラップ電圧を切り替えるように配置される、請求項19に記載のイオントラップ。
【請求項21】
前記電子が、電子誘起開裂が起きるのに実質上適した比較的低い初期運動エネルギーを有し、トラップ電圧が0V又はそれに近い間、電子が前記トラップ領域に注入される、請求項19に記載のイオントラップ。
【請求項22】
前記切替手段が3つの個別の電圧レベル間で前記トラップ電圧を切り替えるように配置され、トラップ電圧の絶対値が最小である間に、前記電子をトラップ領域に注入するように前記制御手段が配置される、請求項21に記載のイオントラップ。
【請求項23】
注入された電子をトラップ領域に案内するための磁場を生成する手段を含む、請求項19〜22のいずれか1つに記載のイオントラップ。
【請求項24】
磁場を生成する手段が、電気コイルと、パルス電流でコイルを励起する手段とを備える、請求項23に記載のイオントラップ。
【請求項25】
電子がイオントラップのエンドキャップ電極内のホール又はスリットを介してトラップ領域に注入される、3−D四重極型イオントラップの形態の、請求項19〜24のいずれか1つに記載のイオントラップ。
【請求項26】
電子がイオントラップのリング電極内のホール又はスリットを介してトラップ領域に注入される、3−D四重極型イオントラップの形態の、請求項19〜24のいずれか1つに記載のイオントラップ。
【請求項27】
線形四重極型イオントラップの形態の、請求項19〜24のいずれか1つに記載のイオントラップ。
【請求項28】
電子がトラップ領域の一端からイオントラップの長軸に沿って注入される、請求項27に記載のイオントラップ。
【請求項29】
開裂の前又は後にイオンの衝突冷却を引き起こすため、ガスのパルスをトラップ領域に導入するガス源を含む、請求項19〜27のいずれか1つに記載のイオントラップ。
【請求項30】
ガス源が、パルスバルブと、ガス圧を10−4mbar未満に急速に低減可能な真空ポンプとを含む、請求項29に記載のイオントラップ。
【請求項31】
前記制御手段が、ゲート手段と、前記電子源からの電子の抽出を制御するため前記ゲート手段にパルス化されたゲート電圧を印加する手段と、前記パルス化されたゲート電圧の印加を、前記トラップ電圧の選択電圧レベルへの切替と同期させる手段とを含む、請求項19〜30のいずれか1つに記載のイオントラップ。
【請求項32】
イオントラップの中心領域からプロダクトイオンを除去するため、イオントラップに広帯域双極子信号を加える手段を含む、請求項19〜24のいずれか1つに記載のイオントラップ。
【請求項33】
添付図面を参照して本明細書に実質上記載されるイオントラップ内でイオンを開裂する方法。
【請求項34】
添付図面を参照して本明細書に実質上記載されるイオントラップ。
【請求項35】
請求項19〜32及び請求項34のいずれか1つに記載のイオントラップを含むタンデム型質量分析器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2007−527002(P2007−527002A)
【公表日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−553686(P2006−553686)
【出願日】平成17年2月23日(2005.2.23)
【国際出願番号】PCT/GB2005/000676
【国際公開番号】WO2005/083743
【国際公開日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【出願人】(500344585)シマヅ リサーチ ラボラトリー(ヨーロッパ)リミティド (8)
【Fターム(参考)】