イオントラップ形質量分析装置およびその質量分析方法
【課題】イオントラップ形質量分析装置において、MS/MS対象イオンを確実に選択し、且つイオン選択時の対象イオンの損失を最低限に抑える。
【解決手段】イオントラップ形質量分析装置において、MS測定後にMS/MS測定を行う場合、制御部18はイオンとラップ部16からの直前のMSデータを参照して、最も信号強度の高いイオンを検索してMS/MS対象イオンを決定し、MS/MS対象イオンの周りの不要イオンを観測し、この不要イオンを排除するようにウィンドウの範囲を自動選択する。これにより、MS/MS対象イオンを確実に選択し、イオン選択時の対象イオンの損失を最低限に抑えられる。
【解決手段】イオントラップ形質量分析装置において、MS測定後にMS/MS測定を行う場合、制御部18はイオンとラップ部16からの直前のMSデータを参照して、最も信号強度の高いイオンを検索してMS/MS対象イオンを決定し、MS/MS対象イオンの周りの不要イオンを観測し、この不要イオンを排除するようにウィンドウの範囲を自動選択する。これにより、MS/MS対象イオンを確実に選択し、イオン選択時の対象イオンの損失を最低限に抑えられる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオントラップ形質量分析装置におけるMS/MS測定時のイオン選択制御に関する。
【背景技術】
【0002】
イオントラップ形質量分析計では、MS/MS測定のための対象イオンをそれ自身のイオン量を損失せずに他のイオンを全て排出することが、イオン選択性能を向上させて最終的に得られるMS/MSデータの価値を高める上で極めて重要である。
【0003】
特許文献1では、選択する対象イオンの質量数に対応する周波数成分を出力しない1個のウィンドウを持つ広帯域ノイズ信号を出力する。さらに、うなり現象を生じさせるような高調波成分に対応する周波数成分についても該当信号を出力しない、2個以上のウィンドウを持つ広帯域ノイズ信号の出力を可能としている。これにより、対象イオンのイオン選択時に広帯域ノイズ信号の出力を上げても、対象イオンが影響を受けて排出されてしまう現象を軽減させている。
【0004】
【特許文献1】特開2003−16991号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のようなイオントラップ形質量分析計において、イオンの閉じ込め、イオン選択、
CID反応を行った後に質量分析を行う場合、イオン選択に関して性能上の限界がある。
イオン選択の際には、対象イオンの質量数を除く全ての質量数範囲に対応する共鳴周波数の信号を出力して対象イオン以外のイオンをトラップの外に排出する。しかし現実には、対象イオンの共鳴周波数近傍の周波数信号を出力すると、対象イオン自身も影響を受けてしまい、その電圧を上げた場合、一定量の対象イオンが排出されてしまう。
【0006】
この結果、対象イオンの検出感度が下がることになる。共鳴信号を出力しない範囲を十分に広げておけば、この影響は軽減され、対象イオンの感度は高くなるが、他方、不要なイオンが対象イオンの近傍に観測されている場合は、範囲を広げすぎると不要イオンが排出できずに残ってしまう。その場合、最終的に得られるMS/MSスペクトルにまで不要イオン由来のイオンが残ってしまうことになる為、データの信頼性に問題がでてくる。
【0007】
このため、現状の分析においては、経験的に不要イオンがほぼ排出できると予想される、MS/MS対象イオンを中心として、数マスから10マス程度の質量数範囲に選択を行うウィンドウをデータ測定開始前に予め設定して測定を行っている。ただし現実には、範囲を狭めすぎて感度が低下したり、不要イオンが残ってしまって分析結果に悪影響を与えてしまうことが起きている。
【0008】
また近年、特定のアミノ酸にラベル化を行って、そのラベル化したペプチドとラベル化されていないペプチドとの信号強度比を計測することで、比較定量を行う手法が導入されている。この場合、ラベル化したペプチドとラベル化されていないペプチドはラベル化試薬の質量差しかなく、構造が極めて似ている為、液体クロマトグラフ装置で分離することも困難で、同じタイミングで取得したマススペクトル上で、非常に近い質量数で観測されることになる。質量分析計では、観測イオンは全て質量/電荷比の質量数値として観測される為、電荷比が1価イオンの場合は、ラベル化試薬の質量分の差があるが、2価イオン、3価イオンとして電荷が大きくなると、観測される質量数差も、ラベル化試薬の1/2、1/3と小さくなり、場合によっては2−3マスまで差が小さくなってしまう。この場合、ラベル化されていないペプチドのMS/MS測定を行う際に、低質量数側の近傍に不要イオンが存在する可能性は低い。しかし、高質量数側には高い確率で2−3マス〜10マス以内にラベル化ペプチド由来のイオンが観測されることになる。正確なMS/MS測定を行う為には、このラベル化ペプチド由来の高質量数側の不要イオンを正確に排除してから、非ラベル化ペプチドイオンのみを解離させる必要があるが、非ラベル化ペプチドイオンの信号強度を落とさずに、正確なイオン選択を行うのには困難がある。
【0009】
本発明の目的は、上記従来技術の問題点に鑑み、MS/MS測定における対象イオン選択の際のイオン損失を最小限に抑えて不要イオンを確実に排出し、MS/MSスペクトルの感度と信頼性を向上できるイオントラップ質量分析装置および分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、試料分離装置を前段に持ち、イオンを生成するイオン源と、イオンを捕捉するトラップ空間を形成する質量分析部を備えるイオントラップ形質量分析装置の質量分析方法において、予めMS/MS測定の基本条件を設定し、前記試料分離装置から導入される試料イオンに対して、MSデータを取得後、そのMSデータを参照して、MS/MS測定の対象イオンを決定し、該対象イオンの近傍の不要イオンとの質量数差から、イオン選択を行うウィンドウの範囲を可変してイオン選択を行い、MS/MSデータを取得することを特徴とする。
【0011】
すなわち、まず、測定開始前に設定したイオン選択ウィンドウの範囲を固定で使用することをやめる。そして、毎回MS/MS測定を行う前に取得したマススペクトルを参照して、MS/MSの対象イオンを決定した後、対象イオンの近傍に観測された不要イオンとの質量数差を計測する。同時に、対象イオンに対して低質量数側に観測されているのか、高質量数側に観測されているのかを確認する。通常、10マス程度の十分に大きな質量数差がある場合は、その質量数差に応じた選択範囲をその都度決定して、MS/MS対象イオンを中心としたウィンドウを設定し、イオン選択を行う。対象イオンと不要イオンの質量数差が小さくなってきた場合は、不要イオンが高質量数側に観測されているか、低質量数側に観測されているかを確認して、イオン選択のウィンドウ幅を極力狭めることなく、ウィンドウの中心をずらせて、近傍の不要イオンがトラップから排出されるような信号を出力することで、不要イオンの排除を確実に行うと同時に、MS/MS対象イオンのイオン選択時の損失を最小限に抑える。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、毎回MS/MS測定を行う際に、対象イオンを選択する際のイオン損失を最小限に抑えて、確実に不要イオンを排出することが可能になる。これによりMS/MSスペクトルの感度を改善し、質量分析の信頼性を向上できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明に係る実施例1−実施例3を図面に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0014】
図1は、本発明の実施例1で用いる質量分析装置の装置構成を示す。質量分析装置は、混合試料を分離して質量分析計へ導入するための試料分離装置10と、分離後の試料をイオン化するためのイオン源12と、イオン源12から噴霧されたイオンを真空系に導入するサンプリング部13と、導入されたイオンをイオントラップ部16へ導くイオン輸送部14およびイオンを検出する検出部17とを備える。イオントラップ部16は導かれたイオンの保持、選択、解離などを行うリング電極15とエンドキャップ電極15’をもつ。試料分離装置10とイオン源12の間は配管11により接続されている。
【0015】
イオンとラップ部16は、内側面が回転1葉双曲面形状を有する1個の環状のリング電極と、それを挟むように対向して設けられた内側面が回転2葉双曲面形状を有する一対のエンドキャップ電極とで囲まれる空間にイオントラップ領域が形成される。このリング電極及びエンドキャップ電極にそれぞれ所定の高周波電圧を印加すると、イオントラップ領域に三次元四重極電界が形成され、そこに内部で発生した又は外部から導入されたイオンを閉じ込めておくことができる。この際、イオントラップの中に閉じ込められたイオンは、その質量数に固有の周波数で電極内部の空間を運動している。イオントラップ装置では更に、閉じ込めたイオンを保持しながら各イオンの質量数に対応する周波数を持つ補助交流電圧をエンドキャップ電極に印加することで、目的のイオンを共鳴させて運動の振幅を増大させ、イオントラップの外に排出することができる。
【0016】
逆に、特定の質量数のイオンに対応する周波数成分を含まない広帯域ノイズを印加すると、特定の質量数のイオンだけを残して他の質量数のイオンを電極の外に排出することも可能である。それに続いて、選択したイオンに対する共鳴周波数電圧を弱く印加することで、選択したイオンをイオントラップ内部に留めたままで、イオンの運動エネルギーを増大させることができる。これによりイオントラップ内部に導入しているヘリウムガスなどとイオンが衝突を繰り返して、イオンは開裂する(CID)。開裂反応後の断片化されたイオンをフラグメントイオンと呼ぶ。この一連の操作を行って得られたフラグメントイオンのマススペクトルを得ることをMS/MSと呼び、元のスペクトルと開裂反応後のスペクトルを比較することで、有機化合物の構造情報を得ることができ、薬学、生化学、環境など様々な分野で重要な分析手法である。
【0017】
さらに本実施例の質量分析装置は、制御部18と、データ処理部20とを備える。データ処理部20は、イオン源、イオントラップ制御の条件をユーザーの入力に基づき制御部18に送り、各装置をμsec(マイクロ秒)オーダーの高速で制御することができる。また、この制御部18は、得られたデータをリアルタイムで高速に処理して、MS/MS測定を行う対象イオンを決定し、対象イオンのMS/MS測定を行う為に必要なイオン選択、CIDの為の信号を作成する。データ処理部20は制御の結果、イオントラップ部16から検出部17を経て検出されたマススペクトルデータを信号線19を介して受け付け、このデータを処理して記録、表示する。
【0018】
本発明は、このような試料分離装置とイオントラップ形質量分析計を接続した質量分析装置の動作上の問題点を解決するものである。
【0019】
図2は本実施例における分析装置の動作を示すフローチャートである。まず、データ収集開始前にStep201でMS/MS条件の設定が行われる。データ処理部20の画面上からMSデータ上でのMS/MS対象イオンを決定する際の基準、例えば、最も信号強度の高いイオンを設定する。次に、Step202でデータ収集の回数(具体的には測定時間)を設定する。これらの入力が完了すると、Step203でMS/MS条件設定を制御部18へ送る。これでデータ収集を行う条件が整った為、Step204でサンプルを分離装置10に注入し、データ収集を開始する。
【0020】
分離装置10で分離されたサンプルはイオン化され、イオントラップ部16でイオンの保持、選択などが行われる。制御部18は、Step205でイオントラップ部16からMSデータを取得する。Step206では、得られた直前のMSデータについて、Step201で予め設定した基準、ここでは最も信号強度の高いイオンを検索し、MS/MS対象イオンを決定する。次にStep207では、MS/MS対象イオン近傍で低質量数側、高質量数側に観測される不要なイオンを判定して、対象イオンとの質量数差を取得する。Step208では、質量数差に応じてウィンドウデータを作成する。Step209では作成したウィンドウデータを制御部18から出力して、イオン選択を行う。選択後、Step210で選択したイオンの開裂反応(CID)を行う。Step211で、得られたフラグメントイオンを質量分析して、MS/MSスペクトルを取得する。Step212で設定回数Nのデータ取得を行ったかを確認して、設定回数に到達するまで、Step205からStep211の操作を繰り返し、データ取得を行う。
【0021】
次に、Step208の質量分析差に応じたウィンドウデータの作成について、図3のマススペクトル図を参照して説明する。図3(A)は対象イオンと不用イオンの質量数差が十分なケースである。まず、不要イオン1、2を決定し、MS/MS対象イオンと低質量数側の不要イオン1の質量数差A、高質量数側の不要イオン2の質量数差Bの値を算出する。ここでA<Bの場合は、最も近傍に位置する排出すべき不要イオンは1となる。その為には、MS/MS対象イオンを中心として幅Aの2倍のウィンドウを設けてイオンを排出する。これにより、確実に不要イオンを排出し、且つMSMS対象イオンの信号強度の低下を防ぐことができる。
【0022】
図3(B)は対象イオンと不要イオンの質量数差が小さいケースである。MS/MS対象イオンと、不要イオン4との質量数差Dが2〜3マスと非常に小さく、他方不要イオン3との質量数差Cが10マス、あるいはそれ以上と大きい場合がある。このとき、質量数差Dにあわせて、MS/MS対象イオンを中心としてDの2倍のウィンドウ幅を設定すると、ウィンドウ幅が狭くなり、対象イオンのイオン選択時の損失が大きくなる。この為、MS/MS対象イオンに対して、高質量数側には幅D、低質量数側には幅Cというように非対称なウィンドウを設定する。このように、イオン選択を行うウィンドウ幅、あるいはウィンドウの出力範囲を可変することで、対象イオンの損失を最小限にすることが可能となる。
【実施例2】
【0023】
図4は本発明による質量分析装置の実施例2の装置構成を示す。本例の質量分析装置はイオントラップ部16の後段に飛行時間型質量分析部26を有する。イオントラップ部16と飛行時間型質量分析部26の間には、イオン輸送とイオン収束のための四重極フィルタ21、デフレクタ22、収束レンズ23などを備える。
【0024】
本実施例では、イオントラップ部16でMS/MS測定に必要なイオン選択やCID反応の為の走査を行い、CID反応後のフラグメントイオンを四重極フィルタ21に排出する。排出されたイオンは四重極フィルタを経由してエネルギーを均一化され、デフレクタ22、収束レンズ23を通って偏向、収束される。その後飛行時間型質量分析部26に入り、押し出し電極24、引き出し電極24’からなるイオン加速部で直交方向に加速される。加速されたイオンはリフレクトロン25で折り返された後、検出器27で検出される。イオントラップ部16の後段に飛行時間型質量分析装置26を配置するので、質量数の精度やマススペクトル分解能が向上する。
【実施例3】
【0025】
図5は本発明による質量分析装置の実施例3の装置構成を示す。本例の質量分析装置は図1の3次元四重極イオントラップ部16に代えて、断面形状が双曲線または近似的に双曲線となるように加工した4本の直線電極である四重極フィルタ32で構成している。31は入口電極、33は出口電極である。このように線形イオントラップ34を用いる場合も、図1の場合と同じ動作によりMS/MSの為のイオン選択を行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施例1によるイオントラップ形質量分析装置の構成図。
【図2】本発明の実施例1による質量分析装置の制御の流れを示すフローチャート。
【図3】ウィンドウ作成を説明するためのマススペクトル図。
【図4】実施例2によるイオントラップ形質量分析装置の構成図。
【図5】実施例3によるイオントラップ形質量分析装置の構成図。
【符号の説明】
【0027】
10…試料導入装置、11…配管、12…イオン源、13…サンプリング部、14…イオン輸送部、15…リング電極、15’…エンドキャップ電極、16…イオントラップ部、17…検出器、18…制御部、19…信号線、20…データ処理部、21…四重極フィルタ、22…デフレクタ、23…収束レンズ、24…押し出し電極、24’…引き出し電極、25…リフレクトロン、26…飛行時間型質量分析部、27…検出器、31…入口電極、32…四重極フィルタ、33…出口電極、34…線形イオントラップ。
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオントラップ形質量分析装置におけるMS/MS測定時のイオン選択制御に関する。
【背景技術】
【0002】
イオントラップ形質量分析計では、MS/MS測定のための対象イオンをそれ自身のイオン量を損失せずに他のイオンを全て排出することが、イオン選択性能を向上させて最終的に得られるMS/MSデータの価値を高める上で極めて重要である。
【0003】
特許文献1では、選択する対象イオンの質量数に対応する周波数成分を出力しない1個のウィンドウを持つ広帯域ノイズ信号を出力する。さらに、うなり現象を生じさせるような高調波成分に対応する周波数成分についても該当信号を出力しない、2個以上のウィンドウを持つ広帯域ノイズ信号の出力を可能としている。これにより、対象イオンのイオン選択時に広帯域ノイズ信号の出力を上げても、対象イオンが影響を受けて排出されてしまう現象を軽減させている。
【0004】
【特許文献1】特開2003−16991号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のようなイオントラップ形質量分析計において、イオンの閉じ込め、イオン選択、
CID反応を行った後に質量分析を行う場合、イオン選択に関して性能上の限界がある。
イオン選択の際には、対象イオンの質量数を除く全ての質量数範囲に対応する共鳴周波数の信号を出力して対象イオン以外のイオンをトラップの外に排出する。しかし現実には、対象イオンの共鳴周波数近傍の周波数信号を出力すると、対象イオン自身も影響を受けてしまい、その電圧を上げた場合、一定量の対象イオンが排出されてしまう。
【0006】
この結果、対象イオンの検出感度が下がることになる。共鳴信号を出力しない範囲を十分に広げておけば、この影響は軽減され、対象イオンの感度は高くなるが、他方、不要なイオンが対象イオンの近傍に観測されている場合は、範囲を広げすぎると不要イオンが排出できずに残ってしまう。その場合、最終的に得られるMS/MSスペクトルにまで不要イオン由来のイオンが残ってしまうことになる為、データの信頼性に問題がでてくる。
【0007】
このため、現状の分析においては、経験的に不要イオンがほぼ排出できると予想される、MS/MS対象イオンを中心として、数マスから10マス程度の質量数範囲に選択を行うウィンドウをデータ測定開始前に予め設定して測定を行っている。ただし現実には、範囲を狭めすぎて感度が低下したり、不要イオンが残ってしまって分析結果に悪影響を与えてしまうことが起きている。
【0008】
また近年、特定のアミノ酸にラベル化を行って、そのラベル化したペプチドとラベル化されていないペプチドとの信号強度比を計測することで、比較定量を行う手法が導入されている。この場合、ラベル化したペプチドとラベル化されていないペプチドはラベル化試薬の質量差しかなく、構造が極めて似ている為、液体クロマトグラフ装置で分離することも困難で、同じタイミングで取得したマススペクトル上で、非常に近い質量数で観測されることになる。質量分析計では、観測イオンは全て質量/電荷比の質量数値として観測される為、電荷比が1価イオンの場合は、ラベル化試薬の質量分の差があるが、2価イオン、3価イオンとして電荷が大きくなると、観測される質量数差も、ラベル化試薬の1/2、1/3と小さくなり、場合によっては2−3マスまで差が小さくなってしまう。この場合、ラベル化されていないペプチドのMS/MS測定を行う際に、低質量数側の近傍に不要イオンが存在する可能性は低い。しかし、高質量数側には高い確率で2−3マス〜10マス以内にラベル化ペプチド由来のイオンが観測されることになる。正確なMS/MS測定を行う為には、このラベル化ペプチド由来の高質量数側の不要イオンを正確に排除してから、非ラベル化ペプチドイオンのみを解離させる必要があるが、非ラベル化ペプチドイオンの信号強度を落とさずに、正確なイオン選択を行うのには困難がある。
【0009】
本発明の目的は、上記従来技術の問題点に鑑み、MS/MS測定における対象イオン選択の際のイオン損失を最小限に抑えて不要イオンを確実に排出し、MS/MSスペクトルの感度と信頼性を向上できるイオントラップ質量分析装置および分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、試料分離装置を前段に持ち、イオンを生成するイオン源と、イオンを捕捉するトラップ空間を形成する質量分析部を備えるイオントラップ形質量分析装置の質量分析方法において、予めMS/MS測定の基本条件を設定し、前記試料分離装置から導入される試料イオンに対して、MSデータを取得後、そのMSデータを参照して、MS/MS測定の対象イオンを決定し、該対象イオンの近傍の不要イオンとの質量数差から、イオン選択を行うウィンドウの範囲を可変してイオン選択を行い、MS/MSデータを取得することを特徴とする。
【0011】
すなわち、まず、測定開始前に設定したイオン選択ウィンドウの範囲を固定で使用することをやめる。そして、毎回MS/MS測定を行う前に取得したマススペクトルを参照して、MS/MSの対象イオンを決定した後、対象イオンの近傍に観測された不要イオンとの質量数差を計測する。同時に、対象イオンに対して低質量数側に観測されているのか、高質量数側に観測されているのかを確認する。通常、10マス程度の十分に大きな質量数差がある場合は、その質量数差に応じた選択範囲をその都度決定して、MS/MS対象イオンを中心としたウィンドウを設定し、イオン選択を行う。対象イオンと不要イオンの質量数差が小さくなってきた場合は、不要イオンが高質量数側に観測されているか、低質量数側に観測されているかを確認して、イオン選択のウィンドウ幅を極力狭めることなく、ウィンドウの中心をずらせて、近傍の不要イオンがトラップから排出されるような信号を出力することで、不要イオンの排除を確実に行うと同時に、MS/MS対象イオンのイオン選択時の損失を最小限に抑える。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、毎回MS/MS測定を行う際に、対象イオンを選択する際のイオン損失を最小限に抑えて、確実に不要イオンを排出することが可能になる。これによりMS/MSスペクトルの感度を改善し、質量分析の信頼性を向上できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明に係る実施例1−実施例3を図面に基づいて詳細に説明する。
【実施例1】
【0014】
図1は、本発明の実施例1で用いる質量分析装置の装置構成を示す。質量分析装置は、混合試料を分離して質量分析計へ導入するための試料分離装置10と、分離後の試料をイオン化するためのイオン源12と、イオン源12から噴霧されたイオンを真空系に導入するサンプリング部13と、導入されたイオンをイオントラップ部16へ導くイオン輸送部14およびイオンを検出する検出部17とを備える。イオントラップ部16は導かれたイオンの保持、選択、解離などを行うリング電極15とエンドキャップ電極15’をもつ。試料分離装置10とイオン源12の間は配管11により接続されている。
【0015】
イオンとラップ部16は、内側面が回転1葉双曲面形状を有する1個の環状のリング電極と、それを挟むように対向して設けられた内側面が回転2葉双曲面形状を有する一対のエンドキャップ電極とで囲まれる空間にイオントラップ領域が形成される。このリング電極及びエンドキャップ電極にそれぞれ所定の高周波電圧を印加すると、イオントラップ領域に三次元四重極電界が形成され、そこに内部で発生した又は外部から導入されたイオンを閉じ込めておくことができる。この際、イオントラップの中に閉じ込められたイオンは、その質量数に固有の周波数で電極内部の空間を運動している。イオントラップ装置では更に、閉じ込めたイオンを保持しながら各イオンの質量数に対応する周波数を持つ補助交流電圧をエンドキャップ電極に印加することで、目的のイオンを共鳴させて運動の振幅を増大させ、イオントラップの外に排出することができる。
【0016】
逆に、特定の質量数のイオンに対応する周波数成分を含まない広帯域ノイズを印加すると、特定の質量数のイオンだけを残して他の質量数のイオンを電極の外に排出することも可能である。それに続いて、選択したイオンに対する共鳴周波数電圧を弱く印加することで、選択したイオンをイオントラップ内部に留めたままで、イオンの運動エネルギーを増大させることができる。これによりイオントラップ内部に導入しているヘリウムガスなどとイオンが衝突を繰り返して、イオンは開裂する(CID)。開裂反応後の断片化されたイオンをフラグメントイオンと呼ぶ。この一連の操作を行って得られたフラグメントイオンのマススペクトルを得ることをMS/MSと呼び、元のスペクトルと開裂反応後のスペクトルを比較することで、有機化合物の構造情報を得ることができ、薬学、生化学、環境など様々な分野で重要な分析手法である。
【0017】
さらに本実施例の質量分析装置は、制御部18と、データ処理部20とを備える。データ処理部20は、イオン源、イオントラップ制御の条件をユーザーの入力に基づき制御部18に送り、各装置をμsec(マイクロ秒)オーダーの高速で制御することができる。また、この制御部18は、得られたデータをリアルタイムで高速に処理して、MS/MS測定を行う対象イオンを決定し、対象イオンのMS/MS測定を行う為に必要なイオン選択、CIDの為の信号を作成する。データ処理部20は制御の結果、イオントラップ部16から検出部17を経て検出されたマススペクトルデータを信号線19を介して受け付け、このデータを処理して記録、表示する。
【0018】
本発明は、このような試料分離装置とイオントラップ形質量分析計を接続した質量分析装置の動作上の問題点を解決するものである。
【0019】
図2は本実施例における分析装置の動作を示すフローチャートである。まず、データ収集開始前にStep201でMS/MS条件の設定が行われる。データ処理部20の画面上からMSデータ上でのMS/MS対象イオンを決定する際の基準、例えば、最も信号強度の高いイオンを設定する。次に、Step202でデータ収集の回数(具体的には測定時間)を設定する。これらの入力が完了すると、Step203でMS/MS条件設定を制御部18へ送る。これでデータ収集を行う条件が整った為、Step204でサンプルを分離装置10に注入し、データ収集を開始する。
【0020】
分離装置10で分離されたサンプルはイオン化され、イオントラップ部16でイオンの保持、選択などが行われる。制御部18は、Step205でイオントラップ部16からMSデータを取得する。Step206では、得られた直前のMSデータについて、Step201で予め設定した基準、ここでは最も信号強度の高いイオンを検索し、MS/MS対象イオンを決定する。次にStep207では、MS/MS対象イオン近傍で低質量数側、高質量数側に観測される不要なイオンを判定して、対象イオンとの質量数差を取得する。Step208では、質量数差に応じてウィンドウデータを作成する。Step209では作成したウィンドウデータを制御部18から出力して、イオン選択を行う。選択後、Step210で選択したイオンの開裂反応(CID)を行う。Step211で、得られたフラグメントイオンを質量分析して、MS/MSスペクトルを取得する。Step212で設定回数Nのデータ取得を行ったかを確認して、設定回数に到達するまで、Step205からStep211の操作を繰り返し、データ取得を行う。
【0021】
次に、Step208の質量分析差に応じたウィンドウデータの作成について、図3のマススペクトル図を参照して説明する。図3(A)は対象イオンと不用イオンの質量数差が十分なケースである。まず、不要イオン1、2を決定し、MS/MS対象イオンと低質量数側の不要イオン1の質量数差A、高質量数側の不要イオン2の質量数差Bの値を算出する。ここでA<Bの場合は、最も近傍に位置する排出すべき不要イオンは1となる。その為には、MS/MS対象イオンを中心として幅Aの2倍のウィンドウを設けてイオンを排出する。これにより、確実に不要イオンを排出し、且つMSMS対象イオンの信号強度の低下を防ぐことができる。
【0022】
図3(B)は対象イオンと不要イオンの質量数差が小さいケースである。MS/MS対象イオンと、不要イオン4との質量数差Dが2〜3マスと非常に小さく、他方不要イオン3との質量数差Cが10マス、あるいはそれ以上と大きい場合がある。このとき、質量数差Dにあわせて、MS/MS対象イオンを中心としてDの2倍のウィンドウ幅を設定すると、ウィンドウ幅が狭くなり、対象イオンのイオン選択時の損失が大きくなる。この為、MS/MS対象イオンに対して、高質量数側には幅D、低質量数側には幅Cというように非対称なウィンドウを設定する。このように、イオン選択を行うウィンドウ幅、あるいはウィンドウの出力範囲を可変することで、対象イオンの損失を最小限にすることが可能となる。
【実施例2】
【0023】
図4は本発明による質量分析装置の実施例2の装置構成を示す。本例の質量分析装置はイオントラップ部16の後段に飛行時間型質量分析部26を有する。イオントラップ部16と飛行時間型質量分析部26の間には、イオン輸送とイオン収束のための四重極フィルタ21、デフレクタ22、収束レンズ23などを備える。
【0024】
本実施例では、イオントラップ部16でMS/MS測定に必要なイオン選択やCID反応の為の走査を行い、CID反応後のフラグメントイオンを四重極フィルタ21に排出する。排出されたイオンは四重極フィルタを経由してエネルギーを均一化され、デフレクタ22、収束レンズ23を通って偏向、収束される。その後飛行時間型質量分析部26に入り、押し出し電極24、引き出し電極24’からなるイオン加速部で直交方向に加速される。加速されたイオンはリフレクトロン25で折り返された後、検出器27で検出される。イオントラップ部16の後段に飛行時間型質量分析装置26を配置するので、質量数の精度やマススペクトル分解能が向上する。
【実施例3】
【0025】
図5は本発明による質量分析装置の実施例3の装置構成を示す。本例の質量分析装置は図1の3次元四重極イオントラップ部16に代えて、断面形状が双曲線または近似的に双曲線となるように加工した4本の直線電極である四重極フィルタ32で構成している。31は入口電極、33は出口電極である。このように線形イオントラップ34を用いる場合も、図1の場合と同じ動作によりMS/MSの為のイオン選択を行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施例1によるイオントラップ形質量分析装置の構成図。
【図2】本発明の実施例1による質量分析装置の制御の流れを示すフローチャート。
【図3】ウィンドウ作成を説明するためのマススペクトル図。
【図4】実施例2によるイオントラップ形質量分析装置の構成図。
【図5】実施例3によるイオントラップ形質量分析装置の構成図。
【符号の説明】
【0027】
10…試料導入装置、11…配管、12…イオン源、13…サンプリング部、14…イオン輸送部、15…リング電極、15’…エンドキャップ電極、16…イオントラップ部、17…検出器、18…制御部、19…信号線、20…データ処理部、21…四重極フィルタ、22…デフレクタ、23…収束レンズ、24…押し出し電極、24’…引き出し電極、25…リフレクトロン、26…飛行時間型質量分析部、27…検出器、31…入口電極、32…四重極フィルタ、33…出口電極、34…線形イオントラップ。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料分離装置を前段に持ち、イオンを生成するイオン源と、イオンを捕捉するトラップ空間を形成する質量分析部を備えるイオントラップ形質量分析装置の質量分析方法において、
予めMS/MS測定の基本条件を設定し、前記試料分離装置から導入される試料イオンに対して、MSデータを取得後、そのMSデータを参照して、MS/MS測定の対象イオンを決定し、該対象イオンの近傍の不要イオンとの質量数差から、イオン選択を行うウィンドウの範囲を可変してイオン選択を行い、MS/MSデータを取得することを特徴とする質量分析方法。
【請求項2】
請求項1において、前記ウィンドウの範囲はウィンドウ幅および/またはウィンドウの出力範囲であることを特徴とする質量分析方法。
【請求項3】
試料分離装置を前段に持ち、イオンを生成するイオン源と、イオンを捕捉するトラップ空間を形成する質量分析部と、該質量分析部を制御する制御装置を備えるイオントラップ形質量分析装置において、
前記制御装置は、予めMS/MS測定の基本条件を設定する手段と、前記試料分離装置から前記質量分析部に導入される試料イオンに対して行ったMS測定のMSデータを取得する手段、前記MSデータを参照してMS/MS測定の対象イオンを決定する手段、前記対象イオンとその近傍の不要イオンとの質量数差から、イオン選択を行うウィンドウ幅および/またはウィンドウの出力範囲を決定しウィンドウを作成する手段、該作成されたウィンドウを用いてMS/MS測定のイオン選択を行い、MS/MS測定によるMS/MSデータを取得する手段を設けることを特徴とするイオントラップ形質量分析装置。
【請求項4】
請求項3において、前記質量分析部は断面形状が双曲線または近似的に双曲線となるように加工される4本の直線電極で構成された線形イオントラップを有するイオントラップ形質量分析装置。
【請求項5】
請求項3において、前記質量分析部の後に飛行時間型質量分析部を有するイオントラップ形質量分析装置。
【請求項6】
請求項3−5のいずれかにおいて、前記ウィンドウを作成する手段は、MS/MS対象イオンに対して非対称なイオン選択のウィンドウを設定することを特徴とするイオントラップ形質量分析装置。
【請求項1】
試料分離装置を前段に持ち、イオンを生成するイオン源と、イオンを捕捉するトラップ空間を形成する質量分析部を備えるイオントラップ形質量分析装置の質量分析方法において、
予めMS/MS測定の基本条件を設定し、前記試料分離装置から導入される試料イオンに対して、MSデータを取得後、そのMSデータを参照して、MS/MS測定の対象イオンを決定し、該対象イオンの近傍の不要イオンとの質量数差から、イオン選択を行うウィンドウの範囲を可変してイオン選択を行い、MS/MSデータを取得することを特徴とする質量分析方法。
【請求項2】
請求項1において、前記ウィンドウの範囲はウィンドウ幅および/またはウィンドウの出力範囲であることを特徴とする質量分析方法。
【請求項3】
試料分離装置を前段に持ち、イオンを生成するイオン源と、イオンを捕捉するトラップ空間を形成する質量分析部と、該質量分析部を制御する制御装置を備えるイオントラップ形質量分析装置において、
前記制御装置は、予めMS/MS測定の基本条件を設定する手段と、前記試料分離装置から前記質量分析部に導入される試料イオンに対して行ったMS測定のMSデータを取得する手段、前記MSデータを参照してMS/MS測定の対象イオンを決定する手段、前記対象イオンとその近傍の不要イオンとの質量数差から、イオン選択を行うウィンドウ幅および/またはウィンドウの出力範囲を決定しウィンドウを作成する手段、該作成されたウィンドウを用いてMS/MS測定のイオン選択を行い、MS/MS測定によるMS/MSデータを取得する手段を設けることを特徴とするイオントラップ形質量分析装置。
【請求項4】
請求項3において、前記質量分析部は断面形状が双曲線または近似的に双曲線となるように加工される4本の直線電極で構成された線形イオントラップを有するイオントラップ形質量分析装置。
【請求項5】
請求項3において、前記質量分析部の後に飛行時間型質量分析部を有するイオントラップ形質量分析装置。
【請求項6】
請求項3−5のいずれかにおいて、前記ウィンドウを作成する手段は、MS/MS対象イオンに対して非対称なイオン選択のウィンドウを設定することを特徴とするイオントラップ形質量分析装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【公開番号】特開2008−89543(P2008−89543A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−273934(P2006−273934)
【出願日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】
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