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イオントラップ装置
説明

イオントラップ装置

【課題】質量分析に供するイオンの量を増加させて分析感度を改善する。
【解決手段】イオンガイド2の出口側端部に集積したイオンをパケット状にしてイオントラップ3内に導入する際には、主電圧発生部52からリング電極31への矩形波状高周波電圧の印加を停止する。そして、イオンの殆どがイオントラップ3内に導入されたならば、主電圧発生部52からリング電極31への矩形波状高周波電圧の印加を瞬時的に開始するが、その際に、矩形波状高周波電圧の印加を90°±40°又は270°±40°の範囲の位相から開始する。それによって、高周波電圧印加直後のイオンの拡がり範囲を抑えることができ、イオンの捕捉効率を向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオントラップ質量分析装置やイオントラップ飛行時間型質量分析装置などに用いられる、交流電場によってイオンを閉じ込めるイオントラップを具備するイオントラップ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置において、交流電場によりイオンを捕捉する(閉じ込める)イオントラップを利用した装置が従来から知られている。典型的なイオントラップは、略円環状のリング電極と、このリング電極を挟むように配設される一対のエンドキャップ電極と、から成る、いわゆる3次元四重極型イオントラップである。一般のこうしたイオントラップでは、リング電極に正弦波状の高周波電圧を印加することで、電極で囲まれる空間に捕捉電場を形成し、この捕捉電場によりイオンを振動させつつ閉じ込める。
【0003】
イオントラップ質量分析装置では、分析対象イオンをイオントラップ内に捕捉した後に、該イオントラップ自体の質量分離機能を利用して特定の質量電荷比を有するイオンを選択的にイオントラップから排出し、その外部に設けた検出器によりイオン強度を検出する。一方、イオントラップ飛行時間型質量分析装置では、分析対象イオンをイオントラップ内に捕捉した後に、それらイオンに運動エネルギを付与し一斉にイオントラップから放出して飛行時間型質量分析器へ導入し、イオンを飛行時間型質量分析器で質量電荷比毎に分離して検出する。いずれの場合でも、高い感度でイオンを検出するには、外部のイオン源で生成されたイオンを効率良くイオントラップ内に導入して捕捉する必要がある。
【0004】
イオントラップの内部にイオンを捕捉するためには上述したようにリング電極に高周波電圧を印加して高周波電場を形成するが、この高周波電場は外部から入り込もうとするイオンに対してポテンシャル障壁となる。そのため、高周波電場が形成された状態で外部からイオントラップにイオンを導入しようとしても、上記ポテンシャル障壁によってイオンが跳ね返されたり逆に過度に加速されたりしてしまう。その結果、高周波電場が形成された状態のイオントラップへのイオンの導入効率はたかだか数%程度でしかなかった。
【0005】
これを解決するため、特許文献1に記載の方法では、イオントラップ内にイオンを導入する際に、リング電極への高周波電圧の印加を一時的に停止し、パケット化されたイオンがイオントラップ内に導入された直後に高周波電圧の印加を再開する制御が行われている。なお、試料のイオン化手法がMALDIである場合には、パルス状のレーザ光を試料に照射するため短時間の間にパケット状にイオンが生成されるが、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法などの大気圧イオン源が用いられる場合には連続的にイオンが生成されるため、特許文献1に記載の装置では、イオンガイドでイオンを堰き止めて一旦溜め込んだ後に一斉にイオンガイドから排出することにより、連続的なイオン流をパケット状のイオン集合とするようにしている。
【0006】
上記方法では、イオントラップへのイオン入射が高周波電場によって妨げられることがなく、イオンの導入効率を高くすることができる。ただし、高周波電場がない状態ではイオンに対する捕捉作用は生じないため、イオントラップ内に入射したイオンがあまり拡がらない間にリング電極への高周波電圧の印加を開始しなければならない。したがって、イオントラップに導入されたイオンを的確に捕捉するには、高周波電圧の印加のタイミングが重要であり、イオン導入効率を最適にするためにはそのタイミングを適切に調整する必要がある。
【0007】
ところで、近年、正弦波電圧の代わりに矩形波電圧をリング電極に印加することでイオンの閉じ込めを行うデジタル駆動方式のイオントラップ、いわゆるデジタルイオントラップ(Digital Ion Trap:DIT)が開発されている(非特許文献1など参照)。
【0008】
DITでは、半導体スイッチング素子などにより直流高電圧を切り替えることにより矩形波高電圧を生成するため、矩形波高電圧の周波数変更、デューティー比制御、位相制御などが容易に行えるという特徴がある。特許文献2には、こうしたDITを搭載した質量分析装置において、イオントラップ内にイオンを保持した状態で、イオントラップ内に追加的にイオンを導入する際にリング電極への矩形波電圧の印加を一時的に停止し、イオン導入後に矩形波電圧の印加を再開する制御を行うことが記載されている。この場合には、既にイオントラップに捕捉されているイオンが散逸してしまうことを防止しつつ、追加導入されたイオンを的確に捕捉する必要があり、矩形波電圧の印加を停止する時間として1〜50μsecの時間が適当であることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第3386048号公報
【特許文献2】特開2008−282594号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】古橋、竹下、小河、岩本、「デジタルイオントラップ質量分析装置の開発」、島津評論、島津評論編集部、2006年年3月31日、第62巻、第3・4号、pp.141−151
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述のようにイオン導入時に一時的に矩形波電圧(高周波電圧)の印加を停止する場合、その印加停止の時間や印加再開のタイミングがイオンの捕捉効率を上げる上で重要であることは知られていたが、本願発明者の検討によれば、特にDITの場合、矩形波電圧の印加再開の際の位相もイオンの捕捉効率に影響を及ぼすことが判明した。
【0012】
本発明はこうした点に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、DITによるイオントラップ装置において、外部からイオンを導入して捕捉する際にその捕捉効率を従来よりもさらに向上させることを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明に係るイオントラップ装置は、パルス状にイオンを供給するイオン供給源と、複数の電極で囲まれる空間に形成する電場により前記イオン供給源から供給されたイオンを捕捉するイオントラップと、を具備するイオントラップ装置において、
a)前記イオントラップ内にイオンを捕捉するための高周波電場を形成するべく、前記イオントラップを構成する複数の電極の少なくとも1つの電極に矩形波状の高周波電圧を印加する電圧印加手段と、
b)前記矩形波状の高周波電圧を前記少なくとも1つの電極に印加しない状態で前記イオン供給源からパルス状に供給されたイオンを前記イオントラップ内に導入し、その導入されたイオンを捕捉するべく所定時間経過後に前記矩形波状の高周波電圧の印加を特定の位相から開始するように前記電圧印加手段を制御する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0014】
本発明に係るイオントラップ装置の典型的な一態様として、上記イオントラップは、リング電極と、該リング電極を挟むように配設される一対のエンドキャップ電極と、から成る3次元四重極型イオントラップである構成とすることができる。この場合、電圧印加手段はリング電極に矩形波状の高周波電圧を印加し、これによりイオントラップ内空間にイオンを捕捉するための高周波電場を形成することができる。
【0015】
本発明に係るイオントラップ装置では、イオン供給源から供給されるイオンが例えば入口側エンドキャップ電極に穿設されているイオン入射孔を通してイオントラップ内に導入される際にはリング電極には矩形波状高周波電圧が印加されておらず、イオン捕捉用の高周波電場はイオントラップ内に存在しない。この高周波電場はイオン入射孔を通して入り込もうとするイオンにとってはポテンシャル障壁となるが、この障壁がないことでイオンはイオン入射孔で跳ね返されることなくまた過度なエネルギを与えられることもなく、円滑に且つ適度な速度でイオントラップ内に導入される。
【0016】
ただし、高周波電場がないためにイオントラップ内に入ったイオンは拡散しようとする。このようにイオンが高周波電場に拘束されない挙動をしている状態で、リング電極への矩形波状高周波電圧の印加が開始され高周波電場が形成される。イオンに対する捕捉用高周波電場の作用は、矩形波状高周波電圧の半周期毎に、イオンをリング電極の回転軸に沿った方向で中心付近に圧縮しつつ該方向と直交する方向に膨張させる作用と、逆に、イオンをリング電極の回転軸と直交する方向で中心付近に圧縮しつつ該回転軸に沿った方向に膨張させる作用と、を交互に繰り返す。そのため、高周波電場が存在しない状態から急に該高周波電場が形成されると、その開始時点の電場の状態、つまり矩形波状高周波電圧の位相がイオンの挙動に大きく影響する。
【0017】
本願発明者のイオン挙動のシミュレーション計算によれば、矩形波状高周波電圧の印加開始時の位相が0°付近であるとその直後にイオンはリング電極の回転軸に沿った方向に膨張し、その位相が180°付近であるとその直後にイオンはリング電極の回転軸に直交する方向に膨張することが確認できる。一方、矩形波状高周波電圧の印加開始時の位相が90°付近及び270°付近である場合には、イオンはリング電極の回転軸方向及びそれに直交する方向のいずれにおいても適度に収縮した状態になることが確認された。実際には、リング電極の内接半径の約2/3及びエンドキャップ電極のイオントラップ中心からの距離の約2/3以上の軌道を描くイオンは消散する確率が高いため、そうした観点からイオンの振動振幅がイオントラップ内空間の適度な範囲に収まる位相の範囲を判断すると、90°±40°、及び270°±40°である。そうしたことから、本発明に係るイオントラップ装置において、上記特定の位相とは、好ましくは90°±40°の範囲、又は、270°±40°の範囲、とするとよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係るイオントラップ装置によれば、イオントラップへのイオン導入時にイオン捕捉用の高周波電場を形成しないので効率良くイオンを導入することができ、イオンを導入した後に高周波電場によってイオンを効率良く捕捉することができる。それにより、従来よりもイオンの捕捉効率が向上し、より多くの量のイオンを質量分析に供することが可能となるために分析感度や分析精度を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施例によるイオントラップ飛行時間型質量分析装置の全体構成図。
【図2】本実施例のイオントラップ飛行時間型質量分析装置における制御タイミング図。
【図3】リング電極へ印加開始する高周波電圧の位相とイオントラップ内のイオンの拡がり状態との関係をシミュレーションした結果を示す図(位相:320°〜40°)。
【図4】リング電極へ印加開始する高周波電圧の位相とイオントラップ内のイオンの拡がり状態との関係をシミュレーションした結果を示す図(位相:50°〜130°)。
【図5】リング電極へ印加開始する高周波電圧の位相とイオントラップ内のイオンの拡がり状態との関係をシミュレーションした結果を示す図(位相:140°〜220°)
【図6】リング電極へ印加開始する高周波電圧の位相とイオントラップ内のイオンの拡がり状態との関係をシミュレーションした結果を示す図(位相:230°〜310°)。
【図7】リング電極へ印加開始する高周波電圧の位相を変えたときの実測マススペクトルを示す図。
【図8】リング電極へ印加開始する高周波電圧の位相を変えたときの実測マススペクトルを示す図(図7の縦軸を拡大した図)。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明に係るイオントラップ装置の一実施例であるイオントラップ飛行時間型質量分析装置について添付図面を参照して詳細に説明する。図1は本実施例によるイオントラップ飛行時間型質量分析装置の全体構成図である。
【0021】
この質量分析装置は、イオン化部1、イオンガイド2、3次元四重極型のイオントラップ3、飛行時間型質量分析部4を含む。例えばイオン化部1としては大気圧下で液体試料中の試料成分をイオン化するエレクトロスプレーイオン源やそれ以外の大気圧イオン源、或いは大気圧下でなく真空雰囲気の下でイオン化を行うイオン源としてもよい。イオンガイド2は多重極ロッド型の構成であり、後述するようにイオンを圧縮して後述のイオントラップ3に導入するために多重極ロッド電極の出口側端部の一部に抵抗体をコートし、出口側端部に電位凹部を形成できるようにするとともに、その外側に出口側ゲート電極21を有している。
【0022】
イオントラップ3は、内面が回転1葉双曲面形状を有する1個の円環状のリング電極31と、それを挟むように対向して設けられた、内面が回転2葉双曲面形状を有する一対のエンドキャップ電極32、34とから成り、これら電極31、32、34で囲まれた空間が捕捉領域となる。入口側エンドキャップ電極32の中央にはイオン入射孔33が穿設され、出口側エンドキャップ電極34にあってイオン入射孔33とほぼ一直線上にはイオン出射孔35が穿設されている。
【0023】
飛行時間型質量分析部4は、リフレクタ42を備えた飛行空間41と、イオン検出器43とを有し、イオントラップ3において一定の運動エネルギを与えられて出射された各種イオンを質量電荷比m/zに応じて分離して検出する。
【0024】
イオントラップ駆動部5は、制御部7により制御される駆動信号生成部51、リング電極31に所定の電圧を印加する主電圧発生部52、エンドキャップ電極32、34にそれぞれ所定の電圧を印加する補助電圧発生部53を含む。イオントラップ3はいわゆるデジタルイオントラップ(DIT)であり、主電圧発生部52は駆動信号生成部51から与えられる制御パルスに応じて直流高電圧±Vをスイッチングすることで矩形波状の高周波電圧を発生する回路を備える。
【0025】
本実施例のイオントラップ飛行時間型質量分析装置の基本的な分析動作について図1に加え、図2を参照して説明する。図2は本実施例のイオントラップ飛行時間型質量分析装置における制御タイミング図である。
【0026】
イオン化部1で生成されたイオンはイオンガイド2に導入されるが、このとき出口側ゲート電極21を閉じるとともにイオンガイド2の出口側端部に電位凹部を形成し、その凹部にイオンを一時的に集積する。そして、所定時間、イオンをイオンガイド2の電位凹部に集積させたあとに、図2に示すように、出口側ゲート電極21への印加電圧を変化させることで、集積していたイオンを一斉にイオントラップ3に向けて送り出す。イオンガイド2からイオントラップ3へイオンを送り出す際には、主電圧発生部52からリング電極31への高周波電圧の印加を停止しておき、補助電圧発生部53から入口側エンドキャップ電極32へ0V、出口側エンドキャップ電極34へイオンの極性と同極性である所定の直流電圧を印加しておく。
【0027】
これにより、イオンガイド2からパケット状に出射されたイオンは入口側エンドキャップ電極32で反発されることなくイオン入射孔33を通過してイオントラップ3内に導入され、出口側エンドキャップ電極34に近付くとイオンと同極性の直流電場により反発される。イオンガイド2の電位凹部に集積されていたイオンは短時間でイオントラップ3内に導入され、イオン出射時点から所定時間tが経過した時点で主電圧発生部52はリング電極31への矩形波状高周波電圧の印加を瞬時的に開始し、捕捉用の高周波電場をイオントラップ3内に形成する。所定時間tはイオンガイド2から出射されたイオンの全て又は殆どがイオントラップ3に導入された時点となるように予め適当に定められる。また、リング電極31への矩形波状高周波電圧の印加は予め定められた特定の位相から開始される。図2では、矩形波状高周波電圧の印加が該電圧の90°の位相位置から開始されるようなタイミングとなっているが、これは一例であり、後述する所定の位相範囲内で任意の位相を選択することができる。
【0028】
上述したようにリング電極31に矩形波状高周波電圧が印加され高周波電場が形成されると、イオントラップ3に導入されたイオンは捕捉される。その後、図示しないガス供給部からイオントラップ3内にクーリングガスを導入し、イオンをクーリングガスに接触させることでイオンの運動エネルギを減衰させてイオンをイオントラップ3の中心付近に集める。そして、所定のタイミングで補助電圧発生部53から入口側エンドキャップ電極32にイオンと同極性の大きな直流電圧を印加することでイオンに運動エネルギを与え、イオン出射孔35を通してイオンを一斉に出射させる。出射したイオンは飛行空間41に送り込まれ、リフレクタ42により形成される反射電場で折返し飛行する間に質量電荷比に応じて飛行時間に差がつき、最終的にイオン検出器43に到達して順次検出される。
【0029】
なお、イオントラップ3にイオンを捕捉した後、イオントラップ3内に衝突誘起解離ガスを導入するとともにイオンを共鳴励起振動させることによってイオンの解離を促進させ、解離によって生成した各種プロダクトイオンを飛行時間型質量分析部4により分析することもできる。
【0030】
上記のような質量分析において分析感度や分析精度を上げるには、飛行時間型質量分析部4に送り込むイオンの量をできるだけ増やすことが重要であり、そのためには、イオン化部1で生成されイオンガイド2の電位凹部に集積されたイオンを効率良くイオントラップ3に導入して捕捉することが必要である。上述したように、イオン入射孔33を経てイオントラップ3内に導入されたイオンを効率良く捕捉する、換言すればできるだけイオンの損失を少なくするには、矩形波状高周波電圧の印加を開始するタイミング、即ち、時間tを適切に定めると同時に、矩形波状高周波電圧の印加を開始するときの位相を適切に定めることが重要である。
【0031】
リング電極31に印加される高周波電圧によりイオントラップ3内に形成される高周波電場は、イオントラップ3内のイオンに対し、イオントラップ3の中心から離れる方向に移動させる作用とイオントラップ3の中心に向かって移動させる作用とを交互に及ぼす。このため、イオントラップ3内のイオンの雲状の集合体は高周波電圧の周期に同期して交互に膨張と収縮とを繰り返す。特に、イオントラップ3内に高周波電場が存在しない、つまり高周波電場による拘束力がない状態から瞬時に高周波電圧が印加されて高周波電場が形成されたとき、その直後のイオンの挙動は印加開始時の位相の影響を受け易いと想定される。そこで、本願発明者は、リング電極31へ矩形波状高周波電圧の印加を開始する時点でのその位相とその直後のイオンの挙動との関係を把握するために、シミュレーション計算によりイオン軌道の解析を行った。
【0032】
図3〜図6はイオンの軌道を計算した結果を示す図である。即ち、イオントラップ3の外部からイオン入射孔33を通してイオントラップ3内部へm/z609のイオンを入射し、該イオンがイオントラップ3中心部付近に達した瞬間に、リング電極31に矩形波状高周波電圧波形を印加している。この矩形波状高周波電圧の電圧振幅は700Vで周波数は500kHzとしている。この条件で、矩形波状高周波電圧の印加開始時の位相を10°ずつ変化させたときの、50μsec間のイオンの軌道を描出したのが図3〜図6である。
【0033】
図3(e)の0°、図4(e)の90°、図5(e)の180°、図6(e)の270°の4つの結果を比較すると、位相0°ではイオンは全体的にリング電極31の回転軸(イオン入射孔33の中心とイオン出射孔35の中心を結ぶ軸)に沿った方向に膨張した状態にあり、逆に位相180°では、イオンは全体的にリング電極31の回転軸に直交する方向(イオントラップ3内に向いたリング電極31の頂部を含む面内の方向)に膨張した状態にあることが分かる。その両者の間の位相、つまり位相90°及び270°ではイオンはリング電極31の回転軸に沿った方向とそれに直交する方向のいずれにも比較的収縮した状態にあり、比較的狭い空間に収まっていることが分かる。
【0034】
実際の装置においては、イオントラップ3内でイオンがイオントラップ3の中心から大きく外れてリング電極31やエンドキャップ電極32、34に近付き過ぎると、イオンの軌道は不安定になって電極31、32、34に接触したりイオン入射孔33やイオン出射孔35を通して排出されてしまったりして消散する可能性が高い。本願発明者の検討によれば、リング電極31の内接半径の2/3及びエンドキャップ電極32、34のイオントラップ3中心からの距離の2/3で囲まれる範囲を逸脱するような軌道を描くイオンは散逸する確率が高くなることから、ここでは、イオンが該範囲を逸脱しないような軌道を描くようにすることを捕捉の目標とする。図3〜図6の結果について該目標を達し得るような位相の範囲は90°及び180°を中心としておおよそ±40°の範囲である。即ち、50°〜130°、及び、140°〜220°が矩形波状高周波電圧の印加開始時の位相として適切な範囲であると言える。
【0035】
矩形波状高周波電圧の印加開始時の位相を上記のように適切に定めることの効果を確認するために、位相を0°、90°、180°、270°に設定したときのNaTFAサンプルに対するマススペクトルを実測した。その結果を図7に示し、図7の縦軸を拡大したものを図8に示す。0ベースピークであるm/z430の信号強度は、位相0°の場合に1.3×107、位相180°の場合に1.1×107であるのに対し、位相90°、270°の場合には、10〜20%程度信号強度が改善している。また、質量電荷比の大きな領域において、位相90°、270°の場合には位相0°、180°の場合に殆ど検出されないイオンが検出されていることが分かる。これら実測結果から、矩形波状高周波電圧の印加開始の位相を90°、270°とすることにより、質量分析に供されるイオンの量が増加し、分析感度の改善がみられることが確認できる。
【0036】
なお、イオントラップ3へのイオン導入時に矩形波状高周波電圧の印加を開始する位相は上記のような範囲内で予め1つに定めておいてもよいが、特定の質量電荷比や特定の質量電荷比範囲のイオンの質量分析を行う際に上記の位相範囲内でもより適切な位相が存在することがあり得る。そこで、目的とする質量電荷比や質量電荷比範囲に対して自動的に校正(チューニング)を実行し、信号強度が最大になるような位相を見いだすようにしてもよい。
【0037】
また、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜、変形、追加、修正を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0038】
例えば、上記実施例では飛行時間型質量分析部により質量分析を実施していたが、イオントラップ自体でイオンの質量分離を実施するようにしてもよい。また、上記実施例ではイオン化部1が連続的に試料をイオン化するものであるため、イオントラップ3へパルス的にイオンを導入するためにイオン保持機能を有するイオンガイド2を用いていたが、イオン化部1がMALDIイオン源などのパルス的にイオンを生成するものである場合には、イオン化部1でパルス的に生成したイオンをそのままイオントラップ3に導入する構成とすることができる。
【符号の説明】
【0039】
1…イオン化部
2…イオンガイド
21…出口側ゲート電極
3…イオントラップ
31…リング電極
32…入口側エンドキャップ電極
33…イオン入射孔
34…出口側エンドキャップ電極
35…イオン出射孔
4…飛行時間型質量分析部
41…飛行空間
42…リフレクタ
43…イオン検出器
5…イオントラップ駆動部
51…駆動信号生成部
52…主電圧発生部
53…補助電圧発生部
7…制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルス状にイオンを供給するイオン供給源と、複数の電極で囲まれる空間に形成する電場により前記イオン供給源から供給されたイオンを捕捉するイオントラップと、を具備するイオントラップ装置において、
a)前記イオントラップ内にイオンを捕捉するための高周波電場を形成するべく、前記イオントラップを構成する複数の電極の少なくとも1つの電極に矩形波状の高周波電圧を印加する電圧印加手段と、
b)前記矩形波状の高周波電圧を前記少なくとも1つの電極に印加しない状態で前記イオン供給源からパルス状に供給されたイオンを前記イオントラップ内に導入し、その導入されたイオンを捕捉するべく所定時間経過後に前記矩形波状の高周波電圧の印加を特定の位相から開始するように前記電圧印加手段を制御する制御手段と、
を備えることを特徴とするイオントラップ装置。
【請求項2】
請求項1に記載のイオントラップ装置であって、
前記特定の位相は、90°±40°の範囲、又は、270°±40°の範囲、であることを特徴とするイオントラップ装置。
【請求項3】
請求項2に記載のイオントラップ装置であって、
前記イオントラップは、リング電極と、該リング電極を挟むように配設される一対のエンドキャップ電極と、から成る3次元四重極型イオントラップであり、前記電圧印加手段は前記リング電極に矩形波状の高周波電圧を印加することを特徴とするイオントラップ装置。

【図1】
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【図2】
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【図7】
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【図8】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−243439(P2012−243439A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−110076(P2011−110076)
【出願日】平成23年5月17日(2011.5.17)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】