イオン交換膜法電解槽
【課題】製作が容易で、かつ、イオン交換膜が破損せず、長期間安定的に運転が可能なイオン交換膜法電解槽を提供する。
【解決手段】イオン交換膜法電解槽において、電極支持部材6が耐食性フレームに金属製コイル体を巻回した弾性マットで構成され、電極支持部材6は集電板に固定され、可撓性電極5は集電板にピン8で稼動可能な状態で固定され、かつ、ピン8は可撓性電極5と集電板とを貫通するが弾性マットを貫通せず、かつ、弾性マットは可撓性電極5と集電板との間に収容されてなるイオン交換膜法電解槽を用いる。
【解決手段】イオン交換膜法電解槽において、電極支持部材6が耐食性フレームに金属製コイル体を巻回した弾性マットで構成され、電極支持部材6は集電板に固定され、可撓性電極5は集電板にピン8で稼動可能な状態で固定され、かつ、ピン8は可撓性電極5と集電板とを貫通するが弾性マットを貫通せず、かつ、弾性マットは可撓性電極5と集電板との間に収容されてなるイオン交換膜法電解槽を用いる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロルアルカリ電解を代表とする電解工業に用いられるイオン交換膜法電解槽に関する。即ち、所要エネルギーを低減する方法の一つとして、陽極と陰極との距離を可及的に短くしたゼロギャップ電解槽の開発において、陰極が変形せず、イオン交換膜を破損せず、長時間安定的に電解操業が可能なイオン交換膜電解槽の構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
クロルアルカリ電解を代表とするイオン交換膜法電解工業は、素材産業として重要な役割を果たしているが、電気エネルギーの消費量が多大である。そのため、イオン交換膜法電解工業の省エネルギー化は普遍の課題と位置付けられ、種々の研究開発が持続的に実施されている。
【0003】
電解時に消費する電気エネルギーは電解電圧に比例するため、電解電圧の削減が省エネルギー化に直結する。電解電圧の削減を目的に、陽極と陰極との距離を可及的に短くした、所謂、ゼロギャップ電解槽の研究開発が行われている。ゼロギャップ電解槽は陽極と陰極でイオン交換膜を挟持した構造で、電解液の電気抵抗を可及的に小さくでき、クロルアルカリ電解の省エネルギーに大きく貢献する。
【0004】
図1はゼロギャップ電解槽の断面構造の一例を示している。ゼロギャップ電解槽は、陽極室(1)と陰極室(2)がイオン交換膜(3)で区画され、陽極(4)と陰極(5)でイオン交換膜が挟まれた構造である。イオン交換膜は1mm以下の薄い樹脂フィルムからなり、陽極及び/又は陰極を過度に押し当てるとイオン交換膜が破損するため、ゼロギャップ電解槽においては、陽極及び/又は陰極を適度な圧力で均一にイオン交換膜に押し当てる技術が重要である。
【0005】
このため、「イオン交換膜の表面に設けられた一方の電極として使用される比較的剛性の網目スクリーンと、前記イオン交換膜の他方の表面に設けられて他方の電極として使用される可撓性あるいは柔軟性の薄いスクリーンと、前記薄いスクリーンの外表面に設けられた弾性マット(弾力的圧縮性マット)」から構成されるイオン交換膜法電解槽が開示されている(例えば、特許文献1参照)。これは、可撓性の電極を、弾性マットの弾性反発力でイオン交換膜に押し当て、一方の剛性電極との間でイオン交換膜を挟持するゼロギャップ電解槽である。
【0006】
特許文献1に記載のゼロギャップ電解槽は、例えば、図1の可撓性陰極(5)の背面に設置された電極支持部材(6)が弾性マットからなり、該弾性マットの弾性反発力で可撓性陰極(5)が剛性陽極(4)に向かいイオン交換膜(3)に押し当てられる構造である。その電極支持部材(6)の外側には集電体(7)が設置されている。
【0007】
特許文献1に記載のゼロギャップ電解槽を用いることで、陽極(4)及び/又は陰極(5)を適度な圧力で均一にイオン交換膜(3)に押し当てることが可能となり、数平方メートルの電解面積を有する工業サイズでもゼロギャップ電解槽が製作可能となった。
【0008】
その後、該ゼロギャップ電解槽の性能改良が幅広く行われ、「可撓性あるいは柔軟性の薄い電極に、0.3mm以下の厚みであり、1ヶ所の孔の面積が0.05〜1.0mm2、かつ、開孔率が20%以上の多孔体を使用し、電極が直径0.1〜1mmのワイヤーの集合体よりなる弾性マットを使用したゼロギャップ電解槽」が開示されている(例えば、特許文献2参照)。
【0009】
また、「耐食性フレームに金属製コイル体を巻回して構成される弾性クッション材を電極支持部材に使用したゼロギャップ電解槽」が開示されている(例えば、特許文献3参照)。これは、金属製コイル体で構成される弾性マットを耐食性フレームが形成する空間に固定したものであり、弾性マットの取り扱いが容易で、かつ、再使用が可能であるというものである。
【0010】
さらに、「可撓性電極及び弾性マットが、可撓性電極及び弾性マットを貫通し、弾性マットの裏面に設置された多孔体集電板の孔に係合するピンで固定されたゼロギャップ電解槽」が記載されている(例えば、特許文献4参照)。特許文献4に記載の固定方法は、例えば、図2と、そのbでの断面を示す図3に示したように、固定用のピン(8)が、可撓性陰極(5)と金属製コイル体(9)からなる弾性マットを貫通し、集電板(7)の孔に係合し、可撓性陰極(5)及び金属製コイル体(9)が集電板(7)に固定されているものである。
【0011】
この構造の場合、ピン(8)を集電板(7)の孔に係合する作業時に、金属性コイル体(9)を圧縮しながらピン(8)を集電板(7)側に向けて押し込む必要があり、ピン(8)に過度の力が加わることにより、ピン(8)が変形したり、0.3mm以下の薄い多孔体からなる陰極(5)が過度に変形、あるいは破損したりする場合があった。
【0012】
また、陰極(5)のピン(8)の極近傍は、他の部分より集電板(7)側に向かって落ち込み、陰極(5)に窪みが生じ、ゼロギャップ電解槽を組立てた場合、ピン(8)周辺部分は、図4に示す断面構造となる。即ち、陽極(図示せず)面上に固定されたイオン交換膜(3)で押された陰極(5)が集電板(7)に移動し、圧縮された金属製コイル体(9)の弾性反発力で陰極(5)がイオン交換膜(3)に押し当てられる。この時、ピン(8)近傍の陰極(5)は移動しないため、ピン近傍の陰極(5)が変形し、変形部分(10)がイオン交換膜(3)側に局部的に突出する現象が生じていた。
【0013】
その結果、運転中にピン(8)近傍の陰極変形部分(10)がイオン交換膜(3)と擦れ、電解槽組立て時や運転中にイオン交換膜(3)が破損し易いという課題を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特公昭63−53272号公報
【特許文献2】特開昭59−173281号公報
【特許文献3】特許第3860132号公報
【特許文献4】特開2000−178781公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
前記の通り、従来技術のゼロギャップ電解槽は、弾性マットや陰極を固定する作業が困難で、かつ、電解槽組立て時や運転中にイオン交換膜が破損し易いという課題を有している。
【0016】
本発明の目的は、製作が簡便で、かつ、イオン交換膜の破損原因となる陰極変形部分が生じないゼロギャップ電解槽を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
以下に記載する本発明によれば、製作が簡便で、かつ、イオン交換膜(3)の破損原因となる陰極変形部分(10)が生じないゼロギャップ電解槽を得ることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明が提供するイオン交換膜法電解槽は、従来のゼロギャップ電解槽では困難であった陰極を固定する作業が極めて簡便となり、さらに、イオン交換膜の破損原因となる陰極変形部分が生じないため、長期間安定的な運転が可能となる特段の効果を有する。また、電極性能が劣化した場合の電極交換が、極めて容易に実施可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】ゼロギャップ電解槽を示した断面図である。
【図2】従来の陰極取付け状態を示した平面図である。
【図3】図2のb部断面図である。
【図4】電解槽使用時における図2のb部断面図である。
【図5】本発明の電極支持部材の一例を示した平面図である。
【図6】図5のa−a線断面図である。
【図7】本発明の陰極取付け状態の一例を示した平面図である。
【図8】図7のb部断面図である。
【図9】本発明のピンの一例を示した図である。
【図10】本発明のピンの一例を示した図である。
【図11】本発明のピンの一例を示した断面図である。
【図12】集電板の孔とピンの先端部の関係を示す図である。
【図13】集電板の孔とピンの先端部の関係を示す図である。
【図14】電解槽使用時における図7のb部断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態を、図面を元に詳細に説明する。
【0021】
尚、以下の明細書では、剛性陽極(4)及び可撓性陰極(5)を使用して説明するが、電極の極性を逆にして使用する場合、即ち、剛性陰極(4)及び可撓性陽極(5)として使用する場合も本願発明の範囲とし、特許請求の範囲では、両方を含めて可撓性電極として表現する。
【0022】
また、本発明のイオン交換膜法電解槽を食塩電解に用いる場合を例に説明するが、食塩電解以外の、例えば、塩化カリウム水溶液電解やアルカリ水電解などにも好適に利用できる。
【0023】
本発明のイオン交換膜法電解槽は、所謂、ゼロギャップ電解槽であり、断面構造は図1で示される。陽極室(1)と陰極室(2)がイオン交換膜(3)で区画されており、電極支持部材(6)は可撓性陰極(5)と集電板(7)の間に収容されている。
【0024】
剛性陽極(4)は特に限定はなく、従来知られているものを適時用いればよい。例えば、チタンからなるエキスパンドメタルに、イリジウム酸化物及び/又はルテニウム酸化物などの塩素発生電極触媒を担持してなる塩素発生電極が広く知られている。
【0025】
イオン交換膜(3)は特に限定はなく、従来知られているものを適時用いればよい。例えば、スルホン酸基やカルボン酸基などの陽イオン交換基を有するフッ素樹脂フィルムからなるイオン交換膜が広く知られている。
【0026】
可撓性陰極(5)は柔軟であればよく、食塩電解用の可撓性陰極(5)としては、電解時に水素を発生する水素発生電極や酸素ガスを還元する酸素ガス拡散電極が広く知られており、その何れもが好適に用いられる。
【0027】
水素発生電極は、通常、ニッケル基材に水素発生電極触媒を担持した、所謂、活性陰極が適用される。現在、種々の活性陰極が開発・実用化されており、本発明はこれらの活性陰極の何れもが使用可能である。
【0028】
本発明に用いられる活性陰極のニッケル基材には特に限定はないが、ニッケル製のエキスパンドメタルなどの多孔板が一般的である。ニッケル基材の厚みは、好ましくは1mm以下、より好ましくは0.3mm以下であり、ニッケル基材が厚すぎると可撓性が不足し、均一なゼロギャップが確保できず、本発明の省エネルギー効果が得られない場合があり、場合によってはイオン交換膜が過度に押されて破損が生じる。逆に、ニッケル基材の厚みの下限はハンドリング可能であればよく、特に限定されないが、通常、0.01mm以上である。
【0029】
本発明に用いられる活性陰極の水素発生触媒は特に限定はないが、白金、白金合金、ルテニウム酸化物などの貴金属触媒を担持した活性陰極が好ましい。貴金属触媒を用いることで少量の触媒担持量で、長期間にわたり水素過電圧を低く抑えることができるため、本発明の効果がより一層発揮される。
【0030】
集電板(7)は導電性で耐食性に優れた金属板を用いる。例えば、ニッケルやステンレスの板が好適に用いられる。また、銅などの導電性に優れた金属板の表面をニッケル被覆して耐食性を高めたものも好適に用いられる。
【0031】
集電板(7)の厚みは特に限定はないが、1〜3mmが好ましい。薄すぎると剛性が不足し、本発明の効果が得られない場合がある。厚すぎると材料コストが悪化する。
【0032】
集電板(7)にはピン(8)と係合する孔を有することが必須である。ピン(8)を設置する位置のみに孔を設けてもよいし、集電板(7)を多孔板とし一部の孔にピン(8)を係合させてもよい。通常、集電板(7)は多孔板とし、ピン(8)を係合させると共に、イオン交換膜(3)や可撓性陰極(5)の部位と集電板(7)裏面の部位との間で電解液やガスが円滑に流通できるようにする。
【0033】
本発明のイオン交換膜法電解槽は、前記可撓性陰極(5)と前記集電板(7)の間に電極支持部材(6)を設置するが、該電極支持部材(6)は、弾性マットの一部として耐食性フレーム(11)に金属製コイル体(9)を巻回して構成されたものを用いる。
【0034】
本発明の電極支持部材(6)の形態は、例えば、図5、並びに、図5のa−a線断面図を示した図6で示され、また、可撓性陰極(5)を電極支持部材(6)に配した形態は図7で示される。図5に例示されたように、本発明の電極支持部材(6)の形態は、例えば、金属製コイル体(9)が、横方向に橋渡しされた2本の耐食性フレーム(11)を囲むようにして巻回された弾性マット状に構成される。この弾性マットの弾性力により、可撓性陰極(5)をイオン交換膜(3)に押し当てて、ゼロギャップが構成される。
【0035】
耐食性フレーム(11)は電解液に耐食性がある材料で構成され、通常、ニッケルやステンレスの丸棒や角棒などで製造すればよい。例えば、1〜3mm径のニッケル丸棒を組み合わせて製造する。また、銅などの導電性に優れた金属の表面をニッケル被覆して耐食性を高めたものも好適に用いられる。
【0036】
金属製コイル体(9)はコイル状の形状をした金属であり、例えば、金属の線材をロール加工した螺旋状の金属製コイル体(9)が適用される。用いる線材は、ニッケルやステンレスなどの耐食性が高いものが好ましく使用され、また、銅の線材をロール加工した螺旋状の金属製コイル体(9)にニッケル被覆を施して耐食性を高めたものを適用してもよい。
【0037】
金属製コイル体(9)のリング径(コイルの見掛け上の直径)は特に限定はないが、通常、3乃至10mmとすればよい。コイル巻き径が小さすぎると弾性マットの圧縮可能厚みが不足し、本発明の効果が発揮されない場合がある。逆に、コイル巻き径が大きすぎるとハンドリング性が悪化する場合があり、また、圧縮時に塑性変形を受けて弾性反発力が不十分となる場合がある。
【0038】
金属製コイル体(9)のコイル厚みは特に限定はないが、通常、0.005〜1mm、好ましくは0.01〜0.1mmとすればよい。コイルが厚すぎると圧縮時の弾性反発力が異常に強くなり本発明の効果が得られない場合があり、薄すぎるとハンドリング時にコイルが破損する場合がある。
【0039】
前記金属製コイル体(9)は、図6で示されている様に、耐食性フレーム(11)の一部に巻回して弾性マットを形成する。前記金属製コイル体(9)を耐食性フレーム(11)に巻回する場合、例えば、長方形形状の耐食性フレーム(11)を構成する4本の枠体の内、対向する2本の間にほぼ均一な密度となるように、少なくとも1本の金属製コイル体(9)を巻回すればよい。
【0040】
耐食性フレーム(11)に巻回する金属製コイル体(9)の量は、弾性マットの弾性反発力が所望の値となるように適時調整する。巻回する量は、コイルの巻き径、厚み並びに材質で異なる。弾性反発力は、通常、非圧縮時の厚みに対し60〜80%まで弾性マットを圧縮した時の弾性反発力が平方センチメートル当たり10〜150gとすればよい。
【0041】
耐食性フレーム(11)に金属製コイル体(9)を巻回して構成した本発明の電極支持部材(6)は可撓性陰極(5)と集電板(7)の間に収容され、イオン交換膜法電解槽が構成される。この時、電極支持部材(6)は集電板(7)に固定し、輸送や組み立て等のハンドリング時に電極支持部材(6)が脱落しないことが必要である。電極支持部材(6)を集電板(7)に固定する方法は特に限定はないが、例えば、耐食性フレーム(11)を集電板(7)に溶接すればよい。
【0042】
なお、本発明のイオン交換膜法電解槽の集電板(7)は、溶接などにより電解槽に固定されていることは無論である。
【0043】
可撓性陰極(5)を電極支持部材(6)に配した形態を図7に例示し、そのb部断面図を図8に例示する。
【0044】
本発明のイオン交換膜電解槽は、ピン(8)が可撓性陰極(5)と集電体(7)を貫通しており、金属性コイル体(9)で形成される弾性マットを貫通しないことが必須である。
【0045】
そのため、ピン(8)は耐食性フレーム(11)の外側に位置することが必須である。
【0046】
図7並びに図8には、可撓性陰極(5)と集電板(7)を貫通するが、電極支持体(6)が有する金属製コイル体(9)からなる弾性マットは貫通していないピン(8)で、可撓性陰極(5)が集電体(7)に稼働可能な状態で取り付けられた構造を例示している。
【0047】
従来技術では、図3に例示したとおり、ピン(8)は弾性マットを貫通しているため、常時、弾性マットから弾性反発力を受けている。一方、本発明では、図8に例示したとおり、ピン(8)は弾性マットを貫通していないため、ピン(8)周辺の可撓性陰極(5)が稼働しても弾性反発力を受けることはなく、稼働可能な状態が確保されている。
【0048】
なお、本発明で言う「可撓性陰極(5)が稼働可能な状態」とは、可撓性陰極のピン(8)が貫通した部位が稼働可能で、なおかつ、稼動時に弾性マットの弾性反発力を受けない状態を言う。即ち、図8の状態でピン(8)を集電体(7)側に押すと、可撓性陰極が変形して集電体(7)側に近づくが、ピン(8)周辺部に弾性マットは存在しないため、弾性反発力を受けることなく可撓性陰極が稼働する。
【0049】
そのため、本発明のイオン交換膜電解槽は、ピン(8)に過度の力を加えることなく、ピン(8)を集電板(7)の孔に容易に係合可能である。
【0050】
加えて、電解槽使用時における図7のb部断面図を例示した図14のとおり、運転中もピン(8)並びにピン(8)周辺の可撓性陰極(5)は弾性マットの反発力を受けないため、可撓性陰極(5)が変形してイオン交換膜(3)側に局部的に突出することがない。
【0051】
即ち、本発明のイオン交換膜電解槽を使用することにより、図2及び図3の従来のゼロギャップ電解槽の問題点、即ち、ピン(8)を集電板(7)の孔に係合する作業時に、ピン(8)に過度の力が加わりピン(8)が変形したり、0.3mm以下の薄い多孔体からなる可撓性陰極(5)が過度に変形、あるいは破損したりする問題点、又は、可撓性陰極(5)の変形部分(10)がイオン交換膜(3)側に局部的に突出することにより、イオン交換膜(3)が破損し易い問題点が解消される。
【0052】
ピン(8)は耐食性があり、かつ、可撓性陰極(5)と集電板(7)とを貫通し固定可能であれば如何なるものでもよい。材質はニッケル、ステンレス、フッ素樹脂などの耐食性材料が好ましく使用可能である。特に、フッ素樹脂製のピン(8)を用いると、可撓性陰極(5)やイオン交換膜(3)を傷つける可能性がないのでより好ましい。
【0053】
図9及び図10は、本発明に好適なピン(8)の一例を示す。図9のピン(8)は円形や多角形の薄板からなる頭部(12)と先端部(13)を棒状部材(14)で連結した形状である。先端部(13)は、集電板(7)の孔(16)と係合する形状であり、可撓性陰極(5)側から先端部(13)を挿入し、可撓性陰極(5)と集電板(7)とを貫通させることで、可撓性陰極(5)と電極支持部材(6)とを集電板(7)に固定する。
【0054】
本発明で言う「孔と係合する形状」とは、孔に挿入可能であり、かつ、挿入後は自然に抜け落ちることはないが人為的に抜くことは可能な形状を言う。図11は図9のピン(8)の断面図を示す。先端部(13)は切れ込み(15)を有し、自然状態では切れ込み(15)は開いており、集電板(図示せず)の孔の内径よりやや大きいが、切れ込み(15)をすぼめると集電板(図示せず)の孔の内径より小さくなる。従って、孔へ挿入する時は切れ込み(15)がすぼまり容易に挿入できるが、挿入後は切れ込み(15)が元に戻り自然に抜けることはない。しかし、人力等で大きな力をかけると切れ込み(15)がすぼまり引く抜くことが可能である。
【0055】
図10は別の好ましいピン(8)の形態を示したもので、先端部(13)は角柱の形状である。一方、集電板(7)は、例えば、エキスパンドメタルに代表される菱形形状の多数の孔を有する多孔板で構成される。ピン(8)の先端部(13)と集電板(7)の孔(16)を図12に示す関係に位置させることで、先端部(13)を容易に挿入又は抜き取ることができる。一方、ピン(8)の先端部(13)を集電板(7)の孔(16)に挿入した後、約90°回転させて図13に示す関係に位置させると、ピン(8)が集電板(7)から抜け落ちることはない。
【0056】
このように、集電板(7)の孔(16)に係合するピン(8)の先端部(13)の好ましい実施形態の一例を記載したが、他の形態であっても、先端部(13)が集電板(7)の孔(16)に挿入可能であり、かつ、挿入後は自然に抜け落ちることはないが人為的に抜くことは可能な形状であれば、本発明の効果が得られることは無論である。
【0057】
本発明のイオン交換膜法電解槽は、電極支持部材(6)が耐食性フレーム(11)に金属製コイル体(9)を巻回して構成された弾性マットを有し、電極支持部材(6)は集電板(7)に固定され、可撓性陰極(5)は集電板(7)にピン(8)で稼動可能な状態で固定され、かつ、ピン(8)は可撓性陰極(5)と集電板(7)とを貫通するが弾性マットは貫通せず、かつ、弾性マットは可撓性陰極(5)と集電板(7)の間に収容されてなるため、ゼロギャップ電解槽でありながら、従来のゼロギャップ電解槽の課題であった、電解槽組立て時や運転中にイオン交換膜が破損し易いという欠点を有していない。
【0058】
図8と図14に本発明のイオン交換膜電解槽の断面構造を示した通り、ピン(8)の取り付け作業や電解槽組立作業並びに電解実施時の何れの場合にも、ピン(8)の受ける反発力は微少であり、ピン(8)を集電板(7)の孔に係合する作業時にピン(8)が変形したり、可撓性陰極(5)が過度に変形、あるいは破損したりすることは皆無である。
【0059】
また、電解槽組立時に可撓性陰極(5)がイオン交換膜(3)に押されて移動するが、この時、弾性マット部の可撓性陰極(5)とピン(8)周辺の可撓性陰極(5)との移動距離は同一のため、陰極変形部分(10)は発生しない。従って、電解槽組立て時や運転中にイオン交換膜が破損することもない。
【0060】
なお、水素発生型の陰極に代えて、酸素ガス拡散電極を陰極に用いることも可能であることは無論である。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明のイオン交換膜法電解槽は、従来のゼロギャップ電解槽の課題を排除し、なおかつ、ゼロギャップ電解槽の有する省エネルギー効果が得られる特段の性能を有する。
【0062】
従って、本発明のイオン交換膜法電解槽は、食塩電解などクロルアルカリ電解に代表される電解工業で利用され、電解工業の電気分解に必要なエネルギーを長期間安定的に低く抑えることができる。
【符号の説明】
【0063】
1 陽極室
2 陰極室
3 イオン交換膜
4 剛性陽極又は陽極
5 可撓性陰極又は陰極
6 電極支持部材
7 集電板
8 ピン
9 金属製コイル体
10 陰極変形部分
11 耐食性フレーム
12 頭部
13 先端部
14 棒状部材
15 切れ込み
16 集電板の孔
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロルアルカリ電解を代表とする電解工業に用いられるイオン交換膜法電解槽に関する。即ち、所要エネルギーを低減する方法の一つとして、陽極と陰極との距離を可及的に短くしたゼロギャップ電解槽の開発において、陰極が変形せず、イオン交換膜を破損せず、長時間安定的に電解操業が可能なイオン交換膜電解槽の構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
クロルアルカリ電解を代表とするイオン交換膜法電解工業は、素材産業として重要な役割を果たしているが、電気エネルギーの消費量が多大である。そのため、イオン交換膜法電解工業の省エネルギー化は普遍の課題と位置付けられ、種々の研究開発が持続的に実施されている。
【0003】
電解時に消費する電気エネルギーは電解電圧に比例するため、電解電圧の削減が省エネルギー化に直結する。電解電圧の削減を目的に、陽極と陰極との距離を可及的に短くした、所謂、ゼロギャップ電解槽の研究開発が行われている。ゼロギャップ電解槽は陽極と陰極でイオン交換膜を挟持した構造で、電解液の電気抵抗を可及的に小さくでき、クロルアルカリ電解の省エネルギーに大きく貢献する。
【0004】
図1はゼロギャップ電解槽の断面構造の一例を示している。ゼロギャップ電解槽は、陽極室(1)と陰極室(2)がイオン交換膜(3)で区画され、陽極(4)と陰極(5)でイオン交換膜が挟まれた構造である。イオン交換膜は1mm以下の薄い樹脂フィルムからなり、陽極及び/又は陰極を過度に押し当てるとイオン交換膜が破損するため、ゼロギャップ電解槽においては、陽極及び/又は陰極を適度な圧力で均一にイオン交換膜に押し当てる技術が重要である。
【0005】
このため、「イオン交換膜の表面に設けられた一方の電極として使用される比較的剛性の網目スクリーンと、前記イオン交換膜の他方の表面に設けられて他方の電極として使用される可撓性あるいは柔軟性の薄いスクリーンと、前記薄いスクリーンの外表面に設けられた弾性マット(弾力的圧縮性マット)」から構成されるイオン交換膜法電解槽が開示されている(例えば、特許文献1参照)。これは、可撓性の電極を、弾性マットの弾性反発力でイオン交換膜に押し当て、一方の剛性電極との間でイオン交換膜を挟持するゼロギャップ電解槽である。
【0006】
特許文献1に記載のゼロギャップ電解槽は、例えば、図1の可撓性陰極(5)の背面に設置された電極支持部材(6)が弾性マットからなり、該弾性マットの弾性反発力で可撓性陰極(5)が剛性陽極(4)に向かいイオン交換膜(3)に押し当てられる構造である。その電極支持部材(6)の外側には集電体(7)が設置されている。
【0007】
特許文献1に記載のゼロギャップ電解槽を用いることで、陽極(4)及び/又は陰極(5)を適度な圧力で均一にイオン交換膜(3)に押し当てることが可能となり、数平方メートルの電解面積を有する工業サイズでもゼロギャップ電解槽が製作可能となった。
【0008】
その後、該ゼロギャップ電解槽の性能改良が幅広く行われ、「可撓性あるいは柔軟性の薄い電極に、0.3mm以下の厚みであり、1ヶ所の孔の面積が0.05〜1.0mm2、かつ、開孔率が20%以上の多孔体を使用し、電極が直径0.1〜1mmのワイヤーの集合体よりなる弾性マットを使用したゼロギャップ電解槽」が開示されている(例えば、特許文献2参照)。
【0009】
また、「耐食性フレームに金属製コイル体を巻回して構成される弾性クッション材を電極支持部材に使用したゼロギャップ電解槽」が開示されている(例えば、特許文献3参照)。これは、金属製コイル体で構成される弾性マットを耐食性フレームが形成する空間に固定したものであり、弾性マットの取り扱いが容易で、かつ、再使用が可能であるというものである。
【0010】
さらに、「可撓性電極及び弾性マットが、可撓性電極及び弾性マットを貫通し、弾性マットの裏面に設置された多孔体集電板の孔に係合するピンで固定されたゼロギャップ電解槽」が記載されている(例えば、特許文献4参照)。特許文献4に記載の固定方法は、例えば、図2と、そのbでの断面を示す図3に示したように、固定用のピン(8)が、可撓性陰極(5)と金属製コイル体(9)からなる弾性マットを貫通し、集電板(7)の孔に係合し、可撓性陰極(5)及び金属製コイル体(9)が集電板(7)に固定されているものである。
【0011】
この構造の場合、ピン(8)を集電板(7)の孔に係合する作業時に、金属性コイル体(9)を圧縮しながらピン(8)を集電板(7)側に向けて押し込む必要があり、ピン(8)に過度の力が加わることにより、ピン(8)が変形したり、0.3mm以下の薄い多孔体からなる陰極(5)が過度に変形、あるいは破損したりする場合があった。
【0012】
また、陰極(5)のピン(8)の極近傍は、他の部分より集電板(7)側に向かって落ち込み、陰極(5)に窪みが生じ、ゼロギャップ電解槽を組立てた場合、ピン(8)周辺部分は、図4に示す断面構造となる。即ち、陽極(図示せず)面上に固定されたイオン交換膜(3)で押された陰極(5)が集電板(7)に移動し、圧縮された金属製コイル体(9)の弾性反発力で陰極(5)がイオン交換膜(3)に押し当てられる。この時、ピン(8)近傍の陰極(5)は移動しないため、ピン近傍の陰極(5)が変形し、変形部分(10)がイオン交換膜(3)側に局部的に突出する現象が生じていた。
【0013】
その結果、運転中にピン(8)近傍の陰極変形部分(10)がイオン交換膜(3)と擦れ、電解槽組立て時や運転中にイオン交換膜(3)が破損し易いという課題を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特公昭63−53272号公報
【特許文献2】特開昭59−173281号公報
【特許文献3】特許第3860132号公報
【特許文献4】特開2000−178781公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
前記の通り、従来技術のゼロギャップ電解槽は、弾性マットや陰極を固定する作業が困難で、かつ、電解槽組立て時や運転中にイオン交換膜が破損し易いという課題を有している。
【0016】
本発明の目的は、製作が簡便で、かつ、イオン交換膜の破損原因となる陰極変形部分が生じないゼロギャップ電解槽を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
以下に記載する本発明によれば、製作が簡便で、かつ、イオン交換膜(3)の破損原因となる陰極変形部分(10)が生じないゼロギャップ電解槽を得ることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明が提供するイオン交換膜法電解槽は、従来のゼロギャップ電解槽では困難であった陰極を固定する作業が極めて簡便となり、さらに、イオン交換膜の破損原因となる陰極変形部分が生じないため、長期間安定的な運転が可能となる特段の効果を有する。また、電極性能が劣化した場合の電極交換が、極めて容易に実施可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】ゼロギャップ電解槽を示した断面図である。
【図2】従来の陰極取付け状態を示した平面図である。
【図3】図2のb部断面図である。
【図4】電解槽使用時における図2のb部断面図である。
【図5】本発明の電極支持部材の一例を示した平面図である。
【図6】図5のa−a線断面図である。
【図7】本発明の陰極取付け状態の一例を示した平面図である。
【図8】図7のb部断面図である。
【図9】本発明のピンの一例を示した図である。
【図10】本発明のピンの一例を示した図である。
【図11】本発明のピンの一例を示した断面図である。
【図12】集電板の孔とピンの先端部の関係を示す図である。
【図13】集電板の孔とピンの先端部の関係を示す図である。
【図14】電解槽使用時における図7のb部断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態を、図面を元に詳細に説明する。
【0021】
尚、以下の明細書では、剛性陽極(4)及び可撓性陰極(5)を使用して説明するが、電極の極性を逆にして使用する場合、即ち、剛性陰極(4)及び可撓性陽極(5)として使用する場合も本願発明の範囲とし、特許請求の範囲では、両方を含めて可撓性電極として表現する。
【0022】
また、本発明のイオン交換膜法電解槽を食塩電解に用いる場合を例に説明するが、食塩電解以外の、例えば、塩化カリウム水溶液電解やアルカリ水電解などにも好適に利用できる。
【0023】
本発明のイオン交換膜法電解槽は、所謂、ゼロギャップ電解槽であり、断面構造は図1で示される。陽極室(1)と陰極室(2)がイオン交換膜(3)で区画されており、電極支持部材(6)は可撓性陰極(5)と集電板(7)の間に収容されている。
【0024】
剛性陽極(4)は特に限定はなく、従来知られているものを適時用いればよい。例えば、チタンからなるエキスパンドメタルに、イリジウム酸化物及び/又はルテニウム酸化物などの塩素発生電極触媒を担持してなる塩素発生電極が広く知られている。
【0025】
イオン交換膜(3)は特に限定はなく、従来知られているものを適時用いればよい。例えば、スルホン酸基やカルボン酸基などの陽イオン交換基を有するフッ素樹脂フィルムからなるイオン交換膜が広く知られている。
【0026】
可撓性陰極(5)は柔軟であればよく、食塩電解用の可撓性陰極(5)としては、電解時に水素を発生する水素発生電極や酸素ガスを還元する酸素ガス拡散電極が広く知られており、その何れもが好適に用いられる。
【0027】
水素発生電極は、通常、ニッケル基材に水素発生電極触媒を担持した、所謂、活性陰極が適用される。現在、種々の活性陰極が開発・実用化されており、本発明はこれらの活性陰極の何れもが使用可能である。
【0028】
本発明に用いられる活性陰極のニッケル基材には特に限定はないが、ニッケル製のエキスパンドメタルなどの多孔板が一般的である。ニッケル基材の厚みは、好ましくは1mm以下、より好ましくは0.3mm以下であり、ニッケル基材が厚すぎると可撓性が不足し、均一なゼロギャップが確保できず、本発明の省エネルギー効果が得られない場合があり、場合によってはイオン交換膜が過度に押されて破損が生じる。逆に、ニッケル基材の厚みの下限はハンドリング可能であればよく、特に限定されないが、通常、0.01mm以上である。
【0029】
本発明に用いられる活性陰極の水素発生触媒は特に限定はないが、白金、白金合金、ルテニウム酸化物などの貴金属触媒を担持した活性陰極が好ましい。貴金属触媒を用いることで少量の触媒担持量で、長期間にわたり水素過電圧を低く抑えることができるため、本発明の効果がより一層発揮される。
【0030】
集電板(7)は導電性で耐食性に優れた金属板を用いる。例えば、ニッケルやステンレスの板が好適に用いられる。また、銅などの導電性に優れた金属板の表面をニッケル被覆して耐食性を高めたものも好適に用いられる。
【0031】
集電板(7)の厚みは特に限定はないが、1〜3mmが好ましい。薄すぎると剛性が不足し、本発明の効果が得られない場合がある。厚すぎると材料コストが悪化する。
【0032】
集電板(7)にはピン(8)と係合する孔を有することが必須である。ピン(8)を設置する位置のみに孔を設けてもよいし、集電板(7)を多孔板とし一部の孔にピン(8)を係合させてもよい。通常、集電板(7)は多孔板とし、ピン(8)を係合させると共に、イオン交換膜(3)や可撓性陰極(5)の部位と集電板(7)裏面の部位との間で電解液やガスが円滑に流通できるようにする。
【0033】
本発明のイオン交換膜法電解槽は、前記可撓性陰極(5)と前記集電板(7)の間に電極支持部材(6)を設置するが、該電極支持部材(6)は、弾性マットの一部として耐食性フレーム(11)に金属製コイル体(9)を巻回して構成されたものを用いる。
【0034】
本発明の電極支持部材(6)の形態は、例えば、図5、並びに、図5のa−a線断面図を示した図6で示され、また、可撓性陰極(5)を電極支持部材(6)に配した形態は図7で示される。図5に例示されたように、本発明の電極支持部材(6)の形態は、例えば、金属製コイル体(9)が、横方向に橋渡しされた2本の耐食性フレーム(11)を囲むようにして巻回された弾性マット状に構成される。この弾性マットの弾性力により、可撓性陰極(5)をイオン交換膜(3)に押し当てて、ゼロギャップが構成される。
【0035】
耐食性フレーム(11)は電解液に耐食性がある材料で構成され、通常、ニッケルやステンレスの丸棒や角棒などで製造すればよい。例えば、1〜3mm径のニッケル丸棒を組み合わせて製造する。また、銅などの導電性に優れた金属の表面をニッケル被覆して耐食性を高めたものも好適に用いられる。
【0036】
金属製コイル体(9)はコイル状の形状をした金属であり、例えば、金属の線材をロール加工した螺旋状の金属製コイル体(9)が適用される。用いる線材は、ニッケルやステンレスなどの耐食性が高いものが好ましく使用され、また、銅の線材をロール加工した螺旋状の金属製コイル体(9)にニッケル被覆を施して耐食性を高めたものを適用してもよい。
【0037】
金属製コイル体(9)のリング径(コイルの見掛け上の直径)は特に限定はないが、通常、3乃至10mmとすればよい。コイル巻き径が小さすぎると弾性マットの圧縮可能厚みが不足し、本発明の効果が発揮されない場合がある。逆に、コイル巻き径が大きすぎるとハンドリング性が悪化する場合があり、また、圧縮時に塑性変形を受けて弾性反発力が不十分となる場合がある。
【0038】
金属製コイル体(9)のコイル厚みは特に限定はないが、通常、0.005〜1mm、好ましくは0.01〜0.1mmとすればよい。コイルが厚すぎると圧縮時の弾性反発力が異常に強くなり本発明の効果が得られない場合があり、薄すぎるとハンドリング時にコイルが破損する場合がある。
【0039】
前記金属製コイル体(9)は、図6で示されている様に、耐食性フレーム(11)の一部に巻回して弾性マットを形成する。前記金属製コイル体(9)を耐食性フレーム(11)に巻回する場合、例えば、長方形形状の耐食性フレーム(11)を構成する4本の枠体の内、対向する2本の間にほぼ均一な密度となるように、少なくとも1本の金属製コイル体(9)を巻回すればよい。
【0040】
耐食性フレーム(11)に巻回する金属製コイル体(9)の量は、弾性マットの弾性反発力が所望の値となるように適時調整する。巻回する量は、コイルの巻き径、厚み並びに材質で異なる。弾性反発力は、通常、非圧縮時の厚みに対し60〜80%まで弾性マットを圧縮した時の弾性反発力が平方センチメートル当たり10〜150gとすればよい。
【0041】
耐食性フレーム(11)に金属製コイル体(9)を巻回して構成した本発明の電極支持部材(6)は可撓性陰極(5)と集電板(7)の間に収容され、イオン交換膜法電解槽が構成される。この時、電極支持部材(6)は集電板(7)に固定し、輸送や組み立て等のハンドリング時に電極支持部材(6)が脱落しないことが必要である。電極支持部材(6)を集電板(7)に固定する方法は特に限定はないが、例えば、耐食性フレーム(11)を集電板(7)に溶接すればよい。
【0042】
なお、本発明のイオン交換膜法電解槽の集電板(7)は、溶接などにより電解槽に固定されていることは無論である。
【0043】
可撓性陰極(5)を電極支持部材(6)に配した形態を図7に例示し、そのb部断面図を図8に例示する。
【0044】
本発明のイオン交換膜電解槽は、ピン(8)が可撓性陰極(5)と集電体(7)を貫通しており、金属性コイル体(9)で形成される弾性マットを貫通しないことが必須である。
【0045】
そのため、ピン(8)は耐食性フレーム(11)の外側に位置することが必須である。
【0046】
図7並びに図8には、可撓性陰極(5)と集電板(7)を貫通するが、電極支持体(6)が有する金属製コイル体(9)からなる弾性マットは貫通していないピン(8)で、可撓性陰極(5)が集電体(7)に稼働可能な状態で取り付けられた構造を例示している。
【0047】
従来技術では、図3に例示したとおり、ピン(8)は弾性マットを貫通しているため、常時、弾性マットから弾性反発力を受けている。一方、本発明では、図8に例示したとおり、ピン(8)は弾性マットを貫通していないため、ピン(8)周辺の可撓性陰極(5)が稼働しても弾性反発力を受けることはなく、稼働可能な状態が確保されている。
【0048】
なお、本発明で言う「可撓性陰極(5)が稼働可能な状態」とは、可撓性陰極のピン(8)が貫通した部位が稼働可能で、なおかつ、稼動時に弾性マットの弾性反発力を受けない状態を言う。即ち、図8の状態でピン(8)を集電体(7)側に押すと、可撓性陰極が変形して集電体(7)側に近づくが、ピン(8)周辺部に弾性マットは存在しないため、弾性反発力を受けることなく可撓性陰極が稼働する。
【0049】
そのため、本発明のイオン交換膜電解槽は、ピン(8)に過度の力を加えることなく、ピン(8)を集電板(7)の孔に容易に係合可能である。
【0050】
加えて、電解槽使用時における図7のb部断面図を例示した図14のとおり、運転中もピン(8)並びにピン(8)周辺の可撓性陰極(5)は弾性マットの反発力を受けないため、可撓性陰極(5)が変形してイオン交換膜(3)側に局部的に突出することがない。
【0051】
即ち、本発明のイオン交換膜電解槽を使用することにより、図2及び図3の従来のゼロギャップ電解槽の問題点、即ち、ピン(8)を集電板(7)の孔に係合する作業時に、ピン(8)に過度の力が加わりピン(8)が変形したり、0.3mm以下の薄い多孔体からなる可撓性陰極(5)が過度に変形、あるいは破損したりする問題点、又は、可撓性陰極(5)の変形部分(10)がイオン交換膜(3)側に局部的に突出することにより、イオン交換膜(3)が破損し易い問題点が解消される。
【0052】
ピン(8)は耐食性があり、かつ、可撓性陰極(5)と集電板(7)とを貫通し固定可能であれば如何なるものでもよい。材質はニッケル、ステンレス、フッ素樹脂などの耐食性材料が好ましく使用可能である。特に、フッ素樹脂製のピン(8)を用いると、可撓性陰極(5)やイオン交換膜(3)を傷つける可能性がないのでより好ましい。
【0053】
図9及び図10は、本発明に好適なピン(8)の一例を示す。図9のピン(8)は円形や多角形の薄板からなる頭部(12)と先端部(13)を棒状部材(14)で連結した形状である。先端部(13)は、集電板(7)の孔(16)と係合する形状であり、可撓性陰極(5)側から先端部(13)を挿入し、可撓性陰極(5)と集電板(7)とを貫通させることで、可撓性陰極(5)と電極支持部材(6)とを集電板(7)に固定する。
【0054】
本発明で言う「孔と係合する形状」とは、孔に挿入可能であり、かつ、挿入後は自然に抜け落ちることはないが人為的に抜くことは可能な形状を言う。図11は図9のピン(8)の断面図を示す。先端部(13)は切れ込み(15)を有し、自然状態では切れ込み(15)は開いており、集電板(図示せず)の孔の内径よりやや大きいが、切れ込み(15)をすぼめると集電板(図示せず)の孔の内径より小さくなる。従って、孔へ挿入する時は切れ込み(15)がすぼまり容易に挿入できるが、挿入後は切れ込み(15)が元に戻り自然に抜けることはない。しかし、人力等で大きな力をかけると切れ込み(15)がすぼまり引く抜くことが可能である。
【0055】
図10は別の好ましいピン(8)の形態を示したもので、先端部(13)は角柱の形状である。一方、集電板(7)は、例えば、エキスパンドメタルに代表される菱形形状の多数の孔を有する多孔板で構成される。ピン(8)の先端部(13)と集電板(7)の孔(16)を図12に示す関係に位置させることで、先端部(13)を容易に挿入又は抜き取ることができる。一方、ピン(8)の先端部(13)を集電板(7)の孔(16)に挿入した後、約90°回転させて図13に示す関係に位置させると、ピン(8)が集電板(7)から抜け落ちることはない。
【0056】
このように、集電板(7)の孔(16)に係合するピン(8)の先端部(13)の好ましい実施形態の一例を記載したが、他の形態であっても、先端部(13)が集電板(7)の孔(16)に挿入可能であり、かつ、挿入後は自然に抜け落ちることはないが人為的に抜くことは可能な形状であれば、本発明の効果が得られることは無論である。
【0057】
本発明のイオン交換膜法電解槽は、電極支持部材(6)が耐食性フレーム(11)に金属製コイル体(9)を巻回して構成された弾性マットを有し、電極支持部材(6)は集電板(7)に固定され、可撓性陰極(5)は集電板(7)にピン(8)で稼動可能な状態で固定され、かつ、ピン(8)は可撓性陰極(5)と集電板(7)とを貫通するが弾性マットは貫通せず、かつ、弾性マットは可撓性陰極(5)と集電板(7)の間に収容されてなるため、ゼロギャップ電解槽でありながら、従来のゼロギャップ電解槽の課題であった、電解槽組立て時や運転中にイオン交換膜が破損し易いという欠点を有していない。
【0058】
図8と図14に本発明のイオン交換膜電解槽の断面構造を示した通り、ピン(8)の取り付け作業や電解槽組立作業並びに電解実施時の何れの場合にも、ピン(8)の受ける反発力は微少であり、ピン(8)を集電板(7)の孔に係合する作業時にピン(8)が変形したり、可撓性陰極(5)が過度に変形、あるいは破損したりすることは皆無である。
【0059】
また、電解槽組立時に可撓性陰極(5)がイオン交換膜(3)に押されて移動するが、この時、弾性マット部の可撓性陰極(5)とピン(8)周辺の可撓性陰極(5)との移動距離は同一のため、陰極変形部分(10)は発生しない。従って、電解槽組立て時や運転中にイオン交換膜が破損することもない。
【0060】
なお、水素発生型の陰極に代えて、酸素ガス拡散電極を陰極に用いることも可能であることは無論である。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明のイオン交換膜法電解槽は、従来のゼロギャップ電解槽の課題を排除し、なおかつ、ゼロギャップ電解槽の有する省エネルギー効果が得られる特段の性能を有する。
【0062】
従って、本発明のイオン交換膜法電解槽は、食塩電解などクロルアルカリ電解に代表される電解工業で利用され、電解工業の電気分解に必要なエネルギーを長期間安定的に低く抑えることができる。
【符号の説明】
【0063】
1 陽極室
2 陰極室
3 イオン交換膜
4 剛性陽極又は陽極
5 可撓性陰極又は陰極
6 電極支持部材
7 集電板
8 ピン
9 金属製コイル体
10 陰極変形部分
11 耐食性フレーム
12 頭部
13 先端部
14 棒状部材
15 切れ込み
16 集電板の孔
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン交換膜法電解槽において、電極支持部材が耐食性フレームに金属製コイル体を巻回した弾性マットで構成され、電極支持部材は集電板に固定され、可撓性電極は集電板にピンで稼動可能な状態で固定され、かつ、ピンは可撓性電極と集電板とを貫通するが弾性マットを貫通せず、かつ、弾性マットは可撓性電極と集電板との間に収容されてなることを特徴とするイオン交換膜法電解槽。
【請求項2】
電極支持部材の形状が四角形であり、4辺を耐食性フレームで囲われ、上下の2本の耐食性フレームを金属製コイル体で巻回した弾性マットとし、電極支持部材は集電板に固定され、可撓性電極は集電板にピンで稼動可能な状態で固定され、かつ、ピンは可撓性電極と集電板とを貫通するが、ピンは耐食性フレームの外側に位置し、弾性マットを貫通しないことを特徴とする請求項1に記載のイオン交換膜法電解槽。
【請求項3】
イオン交換膜法電解槽が複極式電解槽であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のイオン交換膜法電解槽。
【請求項4】
可撓性電極が水素発生陰極であることを特徴とする請求項1乃至3に記載のイオン交換膜法電解槽。
【請求項5】
耐食性フレームを集電板に溶接することにより、電極支持部材が集電板に固定されていることを特徴とする請求項1乃至4に記載のイオン交換膜法電解槽。
【請求項1】
イオン交換膜法電解槽において、電極支持部材が耐食性フレームに金属製コイル体を巻回した弾性マットで構成され、電極支持部材は集電板に固定され、可撓性電極は集電板にピンで稼動可能な状態で固定され、かつ、ピンは可撓性電極と集電板とを貫通するが弾性マットを貫通せず、かつ、弾性マットは可撓性電極と集電板との間に収容されてなることを特徴とするイオン交換膜法電解槽。
【請求項2】
電極支持部材の形状が四角形であり、4辺を耐食性フレームで囲われ、上下の2本の耐食性フレームを金属製コイル体で巻回した弾性マットとし、電極支持部材は集電板に固定され、可撓性電極は集電板にピンで稼動可能な状態で固定され、かつ、ピンは可撓性電極と集電板とを貫通するが、ピンは耐食性フレームの外側に位置し、弾性マットを貫通しないことを特徴とする請求項1に記載のイオン交換膜法電解槽。
【請求項3】
イオン交換膜法電解槽が複極式電解槽であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のイオン交換膜法電解槽。
【請求項4】
可撓性電極が水素発生陰極であることを特徴とする請求項1乃至3に記載のイオン交換膜法電解槽。
【請求項5】
耐食性フレームを集電板に溶接することにより、電極支持部材が集電板に固定されていることを特徴とする請求項1乃至4に記載のイオン交換膜法電解槽。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2011−117047(P2011−117047A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−276610(P2009−276610)
【出願日】平成21年12月4日(2009.12.4)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年12月4日(2009.12.4)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】
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