説明

イオン付着質量分析装置及びそのイオン付着質量分析方法

【課題】特定の質量数のみの被検出ガスに対して、その成分及びそれらの成分比を測定できるようにする。
【解決手段】正電荷の金属イオンを被測定物質の分子に付着させて付着イオンを生成させる付着イオン生成部11と、付着イオンの質量分析を行う質量分析部と、を備え、質量分析部は、付着イオンのうち、特定の質量数の付着イオンを選択させる質量分離室13aと、特定の質量数の付着イオンを解離させるためのイオン化室13bと、解離させたイオンを分析する質量分析室14とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイオン付着質量分析装置及びそのイオン付着質量分析方法に関し、特に、特定の質量数を有するガスの定性、及び、その定量を行うイオン付着質量分析装置及びそのイオン付着質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン付着質量分析装置(Ion Attachment Mass Spectrometer)は、解離を発生させずに被検出ガスを質量分析することができるという特性を有する。イオン付着質量分析装置は、特許文献1、非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3、非特許文献4により報告がなされている。
【0003】
図3はイオン付着質量分析装置の代表的な構成を示す構成図である。
【0004】
イオン付着質量分析装置は、エミッタ111と、反応領域112と、質量分析器113と、質量分析制御部(電源を含む)114と、データ処理装置115と、被検出ガスボンベ116とを備えている。エミッタ111と、反応領域112と、質量分析器113とは容器110内に設けられている。エミッタ111は、反応領域112内の中央に配置されている。反応領域112は容器110の図中左半部に設けられ、質量分析器113は容器110の右半部に設けられている。容器110の左側が上流側となっている。
【0005】
エミッタ111はアルカリ金属の酸化物を含む材料、例えばLi酸化物とSi酸化物とAl酸化物の混合物から構成されている。エミッタ111が加熱されると、Li+などの正電荷の金属イオンが空間に放出され、反応領域112に存在している被検出ガスに付着して金属イオンの付着したガスが生成される。この時に、金属イオンの付着したガスを原子レベルで冷却して安定化させるために、被検出ガスとは別にN2など不活性なガスを冷却用ガスとして冷却用ガスボンベ(不図示)から反応領域112に導入する。
【0006】
金属イオンの付着したガスは、全体として正の電荷を持ったイオンとなり、その質量は被検出ガスと金属イオンの各質量が加算された値となる。
【0007】
例えば、アセトンであれば、CH3COCH3Li+となり、アセトンの58Da(ダルトン)にLiの7Daが加えられた65Daとなる。このようにして全体として正の電荷を持つイオンとなった被検出ガスは、質量分析器113により質量数毎に分別されて検出され、その信号強度が質量分析制御部114内の計測器により計測される。
【0008】
質量分析制御部114内の計測器からは、質量数と質量数に対応する信号強度のデータがデータ処理装置115に送られる。
【0009】
データ処理装置115では、信号強度のデータに対して各種の処理が行われる。最も基本的な処理は、マススペクトルを表示するため、横軸に質量数を、縦軸にその質量数に応じた信号強度をとってグラフ化する処理である。このとき、信号強度を規格化し、あるいは特定質量数のみを表示するなどの処理も必要に応じて行われる。
【特許文献1】特開平6−11485号公報
【非特許文献1】Hodge(Analytical Chemistry vol.48 No.6 P825 (1976))
【非特許文献2】Bombick(Analytical Chemistry vol.56 No.3 P396 (1984))
【非特許文献3】藤井(Analytical Chemistry vol.61 No.9 P1026 (1989)
【非特許文献4】Chemical Physics Letters vol.191 No.1.2 P162 (1992)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来のイオン付着質量分析装置では、特定の質量数を有する被検出ガスを分別することはできても、その被検出ガスがどのような成分から構成され、その成分がどのような比率で成り立っているのか、さらにどの程度の量があるのかは測定することができなかった。
【0011】
本発明の目的は、上記問題を解決するため、特定の質量数のみの被検出ガスに対して、その成分及びそれらの成分比を測定できるイオン付着質量分析装置及びイオン付着質量分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係るイオン付着質量分析装置およびイオン付着質量分析方法は、上記の目的を達成するために、次のように構成される。
【0013】
本発明のイオン付着質量分析装置は、正電荷の金属イオンを被測定物質の分子に付着させて付着イオンを生成させる付着イオン生成部と、前記付着イオンの質量分析を行う質量分析部と、を備えたイオン付着質量分析装置において、
前記質量分析部は、前記付着イオンのうち、特定の質量数の付着イオンを選択させる質量分離手段と、該特定の質量数の付着イオンを解離させるためのイオン化手段と、解離させたイオンを分析する質量分析手段とを備えていることを特徴とする。
【0014】
本発明のイオン付着質量分析方法は、正電荷の金属イオンを被測定物質の分子に付着させて付着イオンを生成させる付着イオン生成部と、前記付着イオンの質量分析を行う質量分析部と、を備えたイオン付着質量分析装置のイオン付着質量分析方法において、
前記付着イオン生成部で、前記正電荷の金属イオンを被測定物質の分子に付着させて付着イオンを生成し、
前記質量分析部で、前記付着イオンのうち、特定の質量数の付着イオンを分離し、分離した該特定の質量数の付着イオンを解離させ、解離させたイオンを分析することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、特定の質量数の付着イオンを解離させ、解離させたイオンを分析することで、特定の質量数を有する被検出ガスの定性及び定量を高い精度で測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について図面を用いて詳細に説明する。
【0017】
以下に説明する各実施形態で説明される構成、形状、大きさ、組成(材質)および配置関係については、本発明が理解・実施できる程度に概略的に示したものにすぎず、また数値及び各構成要素の組成(材質)については例示にすぎない。従って本発明は、以下に説明される実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示される技術的思想の範囲を逸脱しない限り様々な形態に変更することができる。
【0018】
図1は、本発明の一実施形態に係るイオン付着質量分析装置の構成図である。
【0019】
図1において、11は金属イオンを発生させ、被測定物質の分子に付着させて付着イオンを生成させる付着イオン生成室(付着イオン生成部となる)である。付着イオン生成室11は金属イオンを発生させ、放出する金属イオン放出体(エミッタ)17、金属イオンが被測定物質の分子に付着する付着領域12を備えている。13aは質量分離手段を構成する第一のQポール71aが配置される質量分離室、13bはイオン化手段を構成する第二のQポール71bとHeガスなどのガスライン15が配置されるイオン化室、14は第三のQポールを含む質量分析計25が設置される質量分析室である。質量分離室13a、イオン化室13b、質量分析室14は質量分析部を構成する。質量分析計25は質量分析手段を構成する。
【0020】
付着イオン生成室11内の、金属イオン放出体(エミッタ)17と付着領域12は、同じ真空環境にある。付着イオン生成室11、質量分離室13a、イオン化室13b、及び質量分析室14は、それぞれ専用の真空排気ポンプ16a, 16b, 16cおよび26を用いて真空状態にされる。
【0021】
この実施形態で、金属イオン放出体17は、例えば正電荷のリチウムイオン(Li+)を放出する。付着イオン生成室11内の付着領域12に対しては、外部に配置された試料ガス供給器18から被測定物質である被検出ガスが導入される。放出された金属イオンと、導入された被検出ガスの分子とで付着イオンが生成される。
【0022】
図1中において、矢印19,20は金属イオンと付着イオンの移動の軌跡を示している。なお、被検出ガスの導入位置は付着イオン生成室11内の同じ真空環境下であればよく、図1に示す位置に限定されない。
【0023】
図1に示した実施形態では、質量分離室13aにおいて、付着イオンのうち所定の質量数のイオンを選択させる機構として、第一のQポール(四重極)71aを配置する。さらに、その下流のイオン化室13bにおいて、第二のQポール71bとHeガスなどのガスライン15を配置する。そして、イオン化室13aの下流の質量分析室14に第三のQポールを配置する。質量分離室13aで分別された同じ質量数の付着イオンをHeガス雰囲気中の第二のQポール71bに輸送することにより付着イオンを解離させて、続いて第三のQポールを含む質量分析計25によりそのフラグメント(解離したイオン)を計測することができる。
【0024】
第一のQポール71a及び第二のQポール71bは、例えば、4本の円柱に対して高周波電源72a及び72bから高周波電圧を印加させ、質量による軌道安定度の差から質量分離を行い、またはHeガスと衝突させて付着イオンを解離する方式である。
【0025】
第一のQポール71aにおいては、隣接する円柱に高周波電圧(V電圧)と直流電圧(U電圧)の両方を印加し、この比率を特定な値とすることによって、これらの電圧に対応する特定の質量数を有するイオンのみを通過させることができる。
【0026】
第二のQポール71bにおいては、定性測定のために質量分離室13aで選別された所定の質量数の付着イオンをガスライン15から導入するHeガスと衝突させることにより解離して、そのフラグメントの生成量を最大にする条件として、軸方向(第二のQポール71bの長手方向)の電界強度を3.5〜35V/cmに選択することができる。
【0027】
付着イオン生成室11と質量分離室13aとの間には、孔21aを有した隔壁21が設けられている。隔壁21の孔21aを通して金属イオンと付着イオンが移動する。
【0028】
このとき、障壁21の孔21aの孔径は、0.5〜2mmが好ましい。0.5mm未満では付着イオンの透過効率が低下し、また、2mmを超えると質量分離室13aの圧力が上昇してしまうからである。
【0029】
このときの質量分離室13aの圧力は、1×10−2(1E-2)Pa以下が好ましい。1E-2Paを超えるとイオンの透過効率が低下するからである。
【0030】
さらに、質量分離室13aとイオン化室13bとの間には孔22aを有した隔壁22が設けられている。隔壁22の孔22aを通して金属イオンと付着イオンが移動する。
【0031】
このとき、障壁22の孔22aの孔径は、4〜8mmが好ましい。4mm未満では付着イオンの透過効率が低下し、また、8mmを超えると質量分離室13aの圧力が上昇してしまうからである。
【0032】
イオン化室13bの圧力は、5E-3〜1Paが好ましい。5E-3Pa未満ではガスライン15から導入するHeガスとの衝突によるイオン化効率が低下し、1Paを超えると質量分離室13aおよび質量分析室14の圧力が上昇するからである。
【0033】
イオン化室13bと質量分析室14との間には孔23aを有した隔壁23が設けられている。障壁23の孔23aの孔径は、4〜8 mmが好ましい。4mm未満ではイオンの透過効率が低下し、また、8mmを超えると質量分析部14の圧力が上昇してしまうからである。
【0034】
質量分析室14の圧力は、1E-2Pa以下が好ましい。1E-2Paを超えると質量分析が充分にできなくなるからである。
【0035】
質量分析室14の内部には、例えばQポール型(四重極型)等の質量分析計25が設けられ、かつ専用の真空排気ポンプ26が付設されている。質量分析計25の図中右側には付着イオンを受ける二次電子増倍管27が配置されている。
【0036】
質量分析室14では、Qポール型質量分析計などの電磁気力を利用した質量分析計25が、特定の質量数を有する付着イオンから解離したフラグメントを質量電荷比ごとに分別して計測される。質量分析計25は、通常10-2Pa以下の圧力でしか動作できないので、孔付き隔壁23によって圧力差を発生させている。
【0037】
上記のイオン付着質量分析装置では、付着領域12の下流に、付着イオンのうち特定の質量数のイオンを選択させる第一のQポール71aを設けるようにした。このような機構を設けることで、付着イオン等のうち特定の質量数を有するイオンを分別する。
【0038】
さらに、第一のQポール71aの下流(付着イオンの輸送方向を下流とする。)方向に続けて第二のQポール71bを接続する。かかる構成により、分別された特定質量数のみの付着イオンを第二のQポール71bに輸送することができる。第二のQポール71bで、その付着イオンを解離させ、続いて第三のQポールによりそのフラグメントイオンを分析することにより、被検出ガスの成分やそれら成分比を測定することができる。
【0039】
図2に被検出ガスとしてアセトンを用いた特性図を示す。図2(a)は第一及び第二のQポールでは分別やイオン化を行わない設定にすることにより付着イオン生成室11からの付着イオンを全て通過させ、質量分析室14で分析した結果を示している。ここでは、付着イオン生成室11で被検出ガスとしてのアセトンにLiイオンを付着させた付着イオンを生成しているので、LiとMLi+(ここでは、CH3COCH3Li+)のピークデータが得られる。しかし、このデータだけでは、被検出ガスの質量数は検知できるが、その定性及び定量を行うことができない。そこで、第一及び第二のQポールの設定を変えて、第一のQポールで特定の質量数の付着イオンを選択させ、第二のQポールでその付着イオンを解離する。そして、第三のQポールを備えた質量分析室14で解離したイオンを分析する。その結果を図2(b)に示す。その結果、CHのピークと、M(CH3COCH3)のピークと、(M−CH(化合物MからCHが解離したイオン)のピークが検知される。このフラグメントパターンから、被検知ガスは同じ質量数を持つブタンやプロペノールではなくアセトンであることがわかる。図2(a)、(b)において、縦軸は検出強度、横軸は質量電荷比、すなわちイオンの質量(m)を電荷数(z)で割った値を示す。
【0040】
上記実施形態においては、以下のような変更を行うことも可能である。
【0041】
金属イオンとしてLi+を使用したが、これに限定されず、K+,Na+,Rb+,Cs+,Al+,Ga+,In+などに適用できる。また、質量分析計としては多重極型ポールとしてQポール型質量分析計を使用したが、これに限定されるものではない。例えば、質量分析計として、外部イオン化方式によるイオントラップ型質量分析計、磁場セクタ型質量分析計、TOF(飛行時間)型質量分析計、ICR(イオンサイクロトロンレゾナンス)型質量分析計も使用することができる。また、質量分離室も上記質量分析計と同様な質量分離手段を設けることができる。さらに、イオン化室の構成もQポールに限定されるものではない。例えば、ヘキサポールやオクタポールなどの他の多重極型ポールも使用することができる。質量分析計についても同様にヘキサポールやオクタポールなどの他の多重極型ポールも使用することができる。
【0042】
好適な形態を挙げると、質量分離手段としてTOF、イオン化手段としてQホール等の多重極ポール、質量分析計としてTOFを用いることができる。
【0043】
被検出ガスは、最初からガス状のもの以外に、本来は固体・液体であっても何らかの手段でガス状になっていればよい。また本実施形態に係る装置を他の成分分離装置、例えばガスクロマトグラフや液体クロマトグラフに接続して、ガスクロマトグラフ/質量分析装置(GC/MS)、液体クロマト/質量分析装置(LC/MS)とすることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明はイオン付着質量分析装置に適用され、このイオン付着質量分析装置をガスクロマトグラフや液体クロマトグラフに接続して、ガスクロマトグラフ/質量分析装置(GC/MS)、液体クロマト/質量分析装置(LC/MS)とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明に係るイオン付着質量分析装置の一実施形態を示す構成図である。
【図2】被検出ガスとしてアセトンを用いた場合の特性図である。
【図3】イオン付着質量分析装置の代表的な構成を示す構成図である。
【符号の説明】
【0046】
11 付着イオン生成室
12 付着領域
13a 質量分離室
13b イオン化室
14 質量分析室
15 ガスライン
16a 真空排気ポンプ
16b 真空排気ポンプ
16c 真空排気ポンプ
17 金属イオン放出体
18 試料ガス供給器
25 質量分析計
26 真空排気ポンプ
71a 第一のQポール
71b 第二のQポール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正電荷の金属イオンを被測定物質の分子に付着させて付着イオンを生成させる付着イオン生成部と、前記付着イオンの質量分析を行う質量分析部と、を備えたイオン付着質量分析装置において、
前記質量分析部は、前記付着イオンのうち、特定の質量数の付着イオンを選択させる質量分離手段と、該特定の質量数の付着イオンを解離させるためのイオン化手段と、解離させたイオンを分析する質量分析手段とを備えていることを特徴とするイオン付着質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載のイオン付着質量分析装置において、前記質量分離手段は第一の多重極型ポール、前記イオン化手段は第二の多重極型ポール、前記質量分析手段は第三の多重極型ポールをそれぞれ備えていることを特徴とするイオン付着質量分析装置。
【請求項3】
請求項1に記載のイオン付着質量分析装置において、前記質量分離手段は第一のTOF、前記イオン化手段は多重極ポール、前記質量分析手段は第二のTOFをそれぞれ備えていることを特徴とするイオン付着質量分析装置。
【請求項4】
正電荷の金属イオンを被測定物質の分子に付着させて付着イオンを生成させる付着イオン生成部と、前記付着イオンの質量分析を行う質量分析部と、を備えたイオン付着質量分析装置のイオン付着質量分析方法において、
前記付着イオン生成部で、前記正電荷の金属イオンを被測定物質の分子に付着させて付着イオンを生成し、
前記質量分析部で、前記付着イオンのうち、特定の質量数の付着イオンを分離し、分離した該特定の質量数の付着イオンを解離させ、解離させたイオンを分析することを特徴とするイオン付着質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−264949(P2009−264949A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−115321(P2008−115321)
【出願日】平成20年4月25日(2008.4.25)
【出願人】(503421139)キヤノンアネルバテクニクス株式会社 (26)
【Fターム(参考)】