説明

イオン価数弁別高速粒子検出器

【課題】粒子の衝突に対してナノ秒の高速パルスを生成する超伝導細線型検出器(SSLD)でイオンの価数弁別を可能にする。
【解決手段】SSLDに流すバイアス電流の変えることにより、SSLDで検出可能な粒子の運動エネルギー下限を変えることができ、1価以上の全てのイオン、2価以上の全てのイオンというように、複数の質量スペクトルのセットを得て、例えば、1価以上の全てのイオンからなるデータから、2価以上の全てのイオンのデータを差し引くことにより、1価イオンのみのデータを得ることができる。同様に2価のみのデータ、3価のみのデータ(順次多価イオンについても同様)を得ることができる。すなわち、価数弁別が可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導現象を利用して、質量分析などで必要な原子や分子の到来を検出する粒子検出器において、超伝導細線型の粒子検出器に関する。
【背景技術】
【0002】
運動エネルギーを与えられた荷電粒子、生体高分子などの粒子の検出には、その到来を電気信号に変換するために粒子検出器が用いられる。質量分析では、粒子の質量(m)とイオンの価数(z)の比(m/z)に応じてイオンを分離分析する。最も単純は構造のリニア型の飛行時間質量分析装置においては、イオンの飛行時間(time−of−flight:TOF)は、TOF=(m/2zeV)1/2lと表され、飛行時間の測定からm/zを決めることができる。ここで、eは素電荷、Vは加速電圧、lは飛行距離である。イオン化され、その後一定電圧で加速される過程における初期運動エネルギー分布等による飛行時間のばらつきを低くするためには、リフレクトロンといったイオン光学系が用いられる。
【0003】
m/zでイオンを分離分析するために、質量分析には常に同じm/zをもつ異なるイオンは区別できないという原理的な問題がある。分離できない単純な例として、NとN2+(m/z=14)がある。これを克服するために、超伝導体現象を使った粒子検出器が研究されている。超伝導トンネル接合型(Superconducting Tunnel Junction:STJ)は、多くの質量分析装置が採用している数keVから数10keVといった運動エネルギーを与えられた粒子が検出器表面に衝突したときに、その運動エネルギーを測定できる。一定電圧で加速されるイオンの運動エネルギーはイオンの価数に比例するため、運動エネルギー測定によりzを決定でき、m/zは同じでもmが異なるNとN2+といった粒子を分離できる(非特許文献1)。
【0004】
しかしながら、STJが粒子衝突時に生成する電気パルスは、立ち上がり100ns程度、立ち下がり数μsと、室温動作の粒子検出器であるマイクロチャネルプレート(microchannel plate:MCP)や二次電子増倍管(secondary electron multiplier:SEM)のナノ秒パルスより3桁程度幅が広い。このため、高い質量分解能を達成することが困難である。また、STJの動作には約1K以下といった極低温環境が必要であり、冷却のための設備が大掛かりになるといった難点がある。
【0005】
超伝導細線型検出器(superconducting stripline detector:SSLD)は、超伝導薄膜を微細な線パターンに加工したものである(特許文献1,2、非特許文献2,3,4)。SSLDでは粒子衝突により生成される電気パルスは、400psから数nsの立ち上がり時間、500psから数10psの立ち下がり時間が報告されており、STJに比較して高速である。しかしながら、SSLDはSTJのように個々の粒子の運動エネルギーを測定できないため、m/zが同じで異なるイオンを分離分析できないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−214293号公報
【特許文献2】特開2009−21478号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Shigetomo Shiki, Masahiro Ukibe, Yuki Sato, Shigeo Tomita, Shigeo Hayakawa, and Masataka Ohkubo, J. Mass Spectrometry 43, 1686-1691 (2008).
【非特許文献2】Koji Suzuki, Shigehito Miki, Shigetomo Shiki, Zhen Wang, and Masataka Ohkubo, Appl. Phys. Express 1, 031702 (2008).
【非特許文献3】A. Casaburi, N. Zen, K. Suzuki, M. Ejrnaes, S. Pagano, R. Cristiano, and M. Ohkubo, Appl. Phys. Lett. 94, 212502 (2009).
【非特許文献4】N. Zen, A. Casaburi, S. Shiki, K. Suzuki, M. Ejrnaes, R. Cristiano, and M. Ohkubo, Appl. Phys. Lett. 95, 172508 (2009).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、粒子の衝突に対してナノから数十ナノ秒の高速パルスを生成できる超伝導細線型検出器(SSLD)において、イオンの価数弁別を可能にすることにある。これにより、従来の質量分析では不可能な質量ピークのイオン価数の決定を可能とし、質量ピークのmを一意に決定する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
粒子の運動エネルギーは、一定の電圧勾配で加速された場合、イオンの価数に比例する。このため、衝突時に超伝導細線に付与されるエネルギーは、イオンの価数とともに大きくなる。我々は、超伝導細線に流すバイアス電流を調整することにより、検出可能な粒子の運動エネルギーの下限が変わることを明らかにした。
【0010】
本発明の粒子検出器は、超伝導細線型検出器に粒子を衝突させ、粒子の衝撃により超伝導体中に局所的に生じるホットスポットにより、粒子をカウンティングする粒子検出器において、検出可能なイオンの価数範囲を選択可能としたことを特徴とする。
本発明の粒子検出器は、さらに、検出素子の有感面積内に直列あるいは並列に上記超伝導細線が配置されており、粒子の衝突により超伝導から常伝導状態に転移し、抵抗を生じることにより粒子1個の衝突に感度があることを特徴とする。
本発明の粒子検出器は、さらに、上記超伝導細線の超伝導臨界電流、すなわち、これ以上の電流を流すと抵抗が生じる臨界電流、より低いバイアス電流を流し、前記バイアス電流を変えることにより、検出可能な粒子の運動エネルギーの範囲を選択することを特徴とする。
本発明の粒子検出器は、さらに、金属元素単体、窒化物、酸化物、ホウ化物、その他の化合物から成る上記超伝導細線を有することを特徴とする。
本発明の粒子検出器は、さらに、上記超伝導細線は、基板上に薄膜として堆積されたものを、細線状に加工した構造を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
バイアス電流を超伝導臨界電流より低く設定し、バイアス電流を低下させながら順次質量スペクトルを測定すると、1価以上の全てのイオン、2価以上の全てのイオン、3価以上の全てのイオン(以下順次高イオン価数)の複数の質量スペクトルのセットが得られる。逆に低いバイアス電流から上昇させると、逆の順序で質量スペクトルのセットが得られる。1価イオンのみを含む質量スペクトルは、1価以上の全てのイオンのスペクトルから、2価以上の全てのイオンのスペクトルを差し引くことにより得られる。2価イオンのみを含む質量スペクトルは、2価以上の全てのイオンのスペクトルから、3価以上の全てのイオンのスペクトルを差し引くことにより得られる。同様に順次多価イオンの質量スペクトルを得ることができる。
【0012】
複数の検出器を配置しておき、バイアス電流を個々の検出器毎に変えておけば、同時に前述の質量スペクトルセットを得ることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る粒子検出器の使用例を示す図。
【図2】超伝導細線型検出器(SSLD)の例を示す図。
【図3】超伝導細線型検出器(SSLD)に流すバイアス電流を変えたときの質量スペクトル図。
【図4】超伝導トンネル接合(STJ)で測定した粒子の飛行時間−運動エネルギーの散布図。
【図5】a)は、図4のO−A(2価)、b)は、図4のO−B(2価と3価)、c)は、図4のO−C(2価、1価、フラグメント)の間のイベントを使って、それぞれ作成した質量スペクトル図。
【図6】超伝導細線型検出器(SSLD)による価数弁別質量ピークの相対強度と超伝導トンネル接合(STJ)による価数弁別質量ピークの相対強度の比較図であって、超伝導トンネル接合(STJ)と超伝導細線型検出器(SSLD)の1価イオンの相対ピーク強度比較。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1はマトリクス支援レーザー脱離イオン化法(Matrix−assisted Laser Desorption Ionization:MALDI)と組み合わせた使用例である。SSLDにはバイアスティーを介して、一定のバイアス電流(超伝導臨界電流以下)が流される。MALDIで生成され一定電圧で加速されたイオンは、SSLDに入射して超伝導−常伝導転移を誘発する。その抵抗変化は電圧パルスを生成し、イオンの飛行開始時間から検出されるまでの飛行時間が時間−デジタル変換器によりデジタル値に変換され、記録される。バイアス電流を変えることにより、検出可能な粒子の運動エネルギーの下限を変えることができる。これにより、1価以上の全てのイオン、2価以上の全てのイオン、3価以上の全てのイオンというように質量スペクトルのセットが取得される。複数の検出器をアレイにし、異なるバイアス電流を流しておけば、同時に質量スペクトルセットを取得できる。
【実施例】
【0015】
図2は、超伝導細線型検出器(SSLD)の例を示す。超伝導体としてNbを用いて、図中のスケールの細線が200μmの領域に配置してある。図2は1本の細線であるが、回路的に並列に複数の細線を接続することもできる。以下のデータは、NbN製のSSLDを使用した。
【0016】
図3に、バイアス電流を臨界電流の比(I/I)を0.6から0.97に変えた例を示す。測定した分子は、分子量14,305のリゾチームである。図3のa)は、I/I=0.6では主に2価イオンに対する質量ピークが現れている。1−2はリゾチーム単量体の2価イオン、3−2は3量体の2価イオン、5−2は5量体の2価イオン、7−2は7量体の2価イオンに対する質量ピークである。低バイス電流では、質量ピークの形状は高分子量側に裾を引いている。バイス電流を大きくすると、1価イオンのピーク強度が大きくなる。高バイアス電流では、低分子量側に裾を引いている。
【0017】
図4は、粒子1個ずつ運動エネルギーを測定できるSTJのTOF−運動エネルギーのプロットである。z=2は2価イオン、z=1は1価イオン、fragmentは飛行中に解離して生成された断片を示す。1merから2,3,4,5,6,7,8,9はリゾチームの多量体を示す。マトリクスとして2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)を使用している。図5は、O−A、O−B、O−Cの間のイベントから構成した質量スペクトルである。1−2はリゾチーム単量体の2価イオン、3−2は3量体の2価イオン、5−2は5量体の2価イオン、7−2は7量体の2価イオンに対する質量ピークである。図3と比較すると、高分子量側及び低分子量側への裾引き、1価イオンと2価イオンのピーク強度の変化から、SSLDに流すバイアス電流を大きくすると、SSLDの運動エネルギー検出下限が図4のA,B,Cと下がっていくことが分かる。
【0018】
図6は、図4のSTJの散布図でA−B間のイベントの1価イオン相対質量ピーク強度とSSLDの相対ピーク強度を示す。SSLDの相対ピーク強度は、I/I=0.70のデータ(図3(c))からI/I=0.65のデータ(図3(b))を差し引いた値である。STJとSSLDの相対ピーク強度は良く一致しており、SSLDで1価のみの価数弁別が可能なことが分かる。図3(b)は2価以上のイオンのスペクトル、図3(c)は1価以上のイオンのスペクトルに相当する。図3(h)は全ての価数のイオンに加えて、フラグメントまで検出したときの質量スペクトルに相当する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超伝導細線型検出器に粒子を衝突させ、粒子の衝撃により超伝導体中に局所的に生じるホットスポットにより、粒子をカウンティングする粒子検出器において、検出可能なイオンの価数範囲を選択可能とした粒子検出器。
【請求項2】
前記超伝導細線は、検出素子の有感面積内に直列あるいは並列に配置されており、粒子の衝突により超伝導から常伝導状態に転移し、抵抗を生じることにより粒子1個の衝突に感度があることを特徴とする、請求項1に記載の粒子検出器。
【請求項3】
前記超伝導細線は、その超伝導臨界電流、すなわち、これ以上の電流を流すと抵抗が生じる臨界電流、より低いバイアス電流を流し、前記バイアス電流を変えることにより、検出可能な粒子の運動エネルギーの範囲を選択することを特徴とする請求項1に記載の粒子検出器。
【請求項4】
前記超伝導細線は、金属元素単体、窒化物、酸化物、ホウ化物、その他の化合物から成ることを特徴とする、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の粒子検出器。
【請求項5】
前記超伝導細線は、基板上に薄膜として堆積されたものを、細線状に加工した構造を有する、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の粒子検出器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−185642(P2011−185642A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−49161(P2010−49161)
【出願日】平成22年3月5日(2010.3.5)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】