説明

イオン分子反応イオン化質量分析装置及び分析方法

【課題】大型化を伴うことなく多成分を有する試料について短時間で正確な定性/定量分析を行うことが可能なイオン分子反応イオン化質量分析装置を実現する。
【解決手段】複数のイオン源3−1〜3−4が互いに直列に接続され、イオン源3−1〜3−4のうちのいずれに高電圧源7から放電針8により電圧が供給されるかが制御・解析部6により制御される。複数のイオン源が稼動した場合、試料導入部1に近いイオン源では通常のAPCIとなり、生成されたイオンは排除電極9によりイオン源外に排除される。イオン化しなかった残留中性分子は引出電極10により質量分析部側のイオン源に送られる。イオン源3−1〜3−4の各段の組み合わせにより、1段だけでは検出が難しい成分も検出が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン分子反応を活用してイオン化を行う質量分析装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境、食品、医薬、法医学などの分野において、微量(ppm〜ppbオーダー)の多成分を高感度に定性/定量情報を取得する手法として、質量分析法が多く用いられている。
【0003】
この質量分析法による分析のための成分分子のイオン化には、化学的特徴に合せて、各種のイオン化手段が用いられる。
【0004】
電子衝撃イオン化では構造情報が得られ、ソフトイオン化法(大気圧イオン化、化学イオン化、エレクトロスプレイイオン化等)では、選択的に分子量情報を持つイオンが生成される。
【0005】
ここで、食品中の残留農薬や抗生剤などの規制物質、環境中の汚染物質(農薬、化学物質、生理活性物質)、生体成分中の薬物分析等、検出対象微量成分が多成分にわたり、且つ夾雑成分が存在する試料の分析においては、上記イオン化法では、夾雑成分(多成分)の影響による妨害で、正確な定性/定量分析が困難となる。
【0006】
このため、多成分が存在する試料の分析では、ガスクロマトグラム質量分析装置や液体クロマトグラム質量分析装置を用い、成分ごとに分離することで各成分の定性/定量分析が行われている。
【0007】
しかしながら、ガスクロマトグラム質量分析及び液体クロマトグラム質量分析では、分離に時間が掛かる他、成分による分離条件や分析条件が複雑となる。このため、分析時間が、およそ30分から1時間必要となり、多検体の迅速な分析は困難である。
【0008】
一方、選択的なソフトイオン化法を用い、特定のイオンに注目して質量分析装置内部でHeなどと衝突させて構造情報を得る(MS/MS手法)手段も試みられている。
【0009】
このMS/MS手法の場合は、ソフトイオン化(特にイオン分子反応)において、電荷の授受に選択性があることから、電荷との親和性(例えば、プロトン親和性)の高い成分が強調される結果となり、一斉分析としては、問題があった。
【0010】
迅速一斉分析を達成するには、多成分を同時に導入し、それぞれの成分をイオンとして取り出して分析することが必要である。
【0011】
イオン化の手段としては、ソフトイオン化が適しているが、電荷との親和性による選択性から、親和性の高い成分は増感され、低い成分は抑制される現象が生ずる。この現象は、電荷親和性による選別が一斉分析を妨げる反面、イオン分子反応が効果的に行われ、イオン化効率が高いことを示している。
【0012】
このため、特許文献1に記載の技術のように、イオン化手法の異なった複数のイオン源を質量分析計に具備する発明がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2005−353340号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかし、上記特許文献1に記載の技術にあっては、試料を複数のイオン源に分配して導入するため、それぞれのイオン化部に導入される試料量は少なくなってしまう。
【0015】
このため、検出感度が低くなることも予想される。
【0016】
また、各イオン源に対して、質量分析部を具備する場合は、装置全体が大きくなることも考えられる。
【0017】
本発明の目的は、装置の大型化を伴うことなく、多成分を有する試料について短時間で正確な定性/定量分析を行うことが可能なイオン分子反応イオン化質量分析装置及び分析方法を実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記目的を達成するため、本発明は次のように構成される。
【0019】
本発明のイオン分子反応イオン化質量分析装置及び方法は、複数の成分を含む試料を気体化し、気体化された試料のイオン化分子反応を連続して複数回行い、上記複数回行われたイオンを分析し、上記イオン分析に基づいて試料の定性/定量分析を行う。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、装置の大型化を伴うことなく、多成分を有する試料について短時間で正確な定性/定量分析を行うことが可能なイオン分子反応イオン化質量分析装置及び分析方法を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施例による質量分析装置の概略構成図である。
【図2】図1に示した質量分析装置のイオン化部の構成図である。
【図3】本発明によるイオン化の原理を示す説明図である
【図4】本発明の一実施例により得られたマススペクトルデータの積算、差分処理の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照して本発明の実施例を説明する。
【実施例】
【0023】
図1は、本発明の一実施例における質量分析装置の全体概略構成図である。
【0024】
図1において、例えば、食品中の残留農薬や環境水中の有機汚染物質、生体液中の薬物などの試料が試料導入部1に導入される。この試料導入部1は、加熱気化、液体噴霧、蒸発気化などにより気体として取り出す手段であり、試料導入部1から、イオン分子反応を行うイオン化部2に試料気体が導入される。
【0025】
イオン化部2に導入された試料気体は、イオン化部2の内部に直列に多段で設置された、大気圧イオン化(APCI)などのイオン分子反応を行うイオン源3で成分がイオン化される。
【0026】
そして、イオン源3(3−1、3−2、3−3、3−4)からイオンのみが質量分析部4(MS)に導入されて分析が行われえる。
【0027】
イオン化部2において、イオン化に寄与しなかった試料気体は、排気口5よりイオン化部2の外部に排気される。
【0028】
本発明の一実施例において、MS4は、四重極質量分析計として表示しているが、イオントラップ、タンデム型四重極質量分析計、飛行時間型質量分析計等の形態であっても良い。
【0029】
また、多段のイオン源の組み合わせを含めたイオン化部2及びMS4の制御については、表示部(ディスプレイ)を有する制御・解析部6で測定時の制御を行い、MS4で分析されたイオンのシグナルは、制御・解析部6に送られ、定性/定量分析の処理が行われる。
【0030】
このとき、多段のイオン源3の組み合わせで得られる、異なったマススペクトルを個別のマススペクトルとして解析するのみならず、積算(平均化)しての全体像解析や、差分を取ることで特定成分を強調した解析等をすることが可能となる。
【0031】
図2は、図1に示した多段イオン源3(3−1、3−2、3−3、3−4)の多段イオン化説明図である。
【0032】
図2は、4段のイオン分子反応を行う構成を示したもので、イオン化はAPCI(大気圧化学イオン化)方式を例として示している。イオン化方式は、イオン分子反応を原理とするものであれば、他の手法(化学イオン化、ペニングイオン化)でも同様の効果を発揮する。本発明の一実施例では、試料気体のベースは大気である。
【0033】
イオン源3の各イオン源部3−1〜3−4では、3〜5kVの高電圧源7を印加した放電針8が設置され、大気圧のコロナ放電により反応イオンが生成される。大気を主成分とする場合、イオン分子反応の出発点となる反応イオンとしては、陽イオンを分析する場合、水分子にプロトンが付加したHOH(一般に(HO)nH)が有力である。
【0034】
大気圧下では、反応イオンは頻繁に試料成分分子と衝突する。一般的に、試料成分分子は電荷(プロトン)親和性が高いため、衝突によりプロトンの移動反応が起こる(図3に示す)。この反応では、イオン化雰囲気に存在する成分分子の中で最も電荷親和性の高い成分に優先的に電荷が移動する。
【0035】
イオン源3−1〜3−4のいずれに7から電圧を印加するかは、つまり、イオン源3−1〜3−4のいずれを駆動するかは、制御・解析部6からの指令信号により動作制御される。
【0036】
本発明の一実施例において、最もMS4に近いイオン源3−4のみに高電圧が供給されている場合は、通常のAPCIの装置と同様のマススペクトルが得られる。
【0037】
2段のイオン源(例えば、3−3、3−4)が稼動した場合、試料導入部1に近いイオン源(例えば、3−3)では、上記の通常のAPCIとなる。このイオン源(例えば、3−3)で生成されたイオンは、排除電極9により、イオン源外に排除される。
【0038】
優先的にイオン化された電荷親和性が高い成分が除去され、イオン化しなかった残留中性分子は、引出電極10によりMS4側のイオン源(例えば、3−4)に送られる。複数のイオン源3−1〜3−4のうちの質量分析部4に最も近接するイオン源3−4は、質量分析部4に生成したイオンを排出する。
【0039】
反応イオンの基となる水分子は大過剰に存在するため、残留中性分子の中にも、大量に存在し第2段のイオン化(例えば、イオン源3−4によるイオン化)においても反応イオンを大量に生成可能である。第2段のイオン化(3−4)では、第1段(3−3)に比べより電荷親和性の低いイオンも生成される確率が高くなる。
【0040】
このため、MS4で検出されるマススペクトルでは、より電荷親和性の低い成分が強調されたスペクトルとなる。この動作を複数段繰り返すことで、イオン源3−1〜3−4の各段の組み合わせにより、1段だけでは検出が難しい成分も検出が可能となる。
【0041】
イオン源3−1〜3−4の各段では、電荷親和性の低い成分は、高い成分に対して増感作用をするため、全体として検出できるイオン量が増加することが期待できる。一回の試料測定に関しては、図3に示すように、イオン化源を1段、2段、3段、4段と組み合わせを変化したマススペクトル測定し、各スペクトルを積算することで、この増感した全体のマススペクトルとして解析が可能となる。これら積算、解析は、制御・解析部6にて実行される。
【0042】
一方、各段でも、全てのイオンが排除されることは困難であり、電荷親和性の高い成分も残留したスペクトルとなることが予想される。
【0043】
この場合も、図4に示すように、スペクトルデータ(A)は、イオン化部3の1段目のイオン化部で得られたスペクトルデータを示す。スペクトルデータ(B)は、イオン化部3の2段目のイオン化部で得られたスペクトルデータを示す。
【0044】
スペクトルデータ(B)に示す点線のスペクトルは、スペクトルデータ(A)で検出されたイオンと同じスペクトルデータである。2段目のイオン化部で得られたスペクトルデータ(B)から1段目で得られたスペクトルデータ(A)をデータ制御・解析部6によるデータ処理時に差し引くことにより、2段目のイオン化部によるイオン化時に生成したイオン種のみを特異的に抽出することが可能となる。
【0045】
図4の(C)に示すように、イオン源3−1〜3−4の組み合わせの異なるスペクトルの差分を取ることで、電荷親和性の低い成分のシグナルを強調でき、解析に有用な情報が得られる。
【0046】
図4に示したスペクトルデータ(A)〜(C)は、制御・解析部6の表示部に表示可能である。
【0047】
ここで、イオン源3−1〜3−4の組み合わせの変更は、サンプルの溶液量に応じた分析タイミングで変更することができ、例えば、数10秒単位で変更することができる。よって、本発明の一実施例のように、4段のイオン化源3−1〜3−4であれば、通常モード(イオン源3−4オン)、2段イオンモード(イオン源3−3、3−4オン)、3段イオンモード(イオン源3−2、3−3、3−4オン)、4段イオンモード(イオン源3−1、3−2、3−3、3−4オン)の4つの段階であるので、数分程度で分析が終了する。
【0048】
また、MS4により一定以上のピークが検出された時点でイオン源3−1〜3−4の組み合わせを変更することもできる。
【0049】
以上のように、本発明の一実施例によれば、複数のイオン化部(3−1、3−2、3−3、3−4)を互いに直列に配列して接続し、電圧を印加するイオン化部3−1〜3−4を変更して、同一の試料気体に対して、イオン分子反応を連続して複数回行う構成としたので、電荷親和性の異なる複数分子のマススペクトルを、装置の大型化を伴うことなく、短時間で正確な定性/定量分析を行うことが可能なイオン化質量分析装置及びイオン化質量分析方法を実現することができる。
【0050】
なお、上述した実施例では、イオン源3の段数を3−1〜3−4の4段としたが、複数の段であれば、2段、3段、5段、6段等も可能であり、段数に制限は無い。
【0051】
また、複数のイオン化源を機械的に直列に接続する構成例を示したが、導入した試料気体をイオン化部2のいずれかのイオン源(好ましくは、イオン源3−4)に閉じ込めて、制御・解析部6により、イオン化段階毎に時間的に電圧印加を複数回切り替えることにより、イオン化を制御しても同様の効果を得ることが出来る。
【符号の説明】
【0052】
1・・・試料導入部、2・・・イオン化部、3(3−1、3−2、3−3、3−4)・・・イオン源、4・・・質量分析部、5・・・排気口、6・・・制御・解析部、7・・・高電圧源、8・・・放電針、9・・・排除電極、10・・・引出電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の成分を含む試料が導入され、導入された試料を気体化する試料導入部と、
上記試料導入部から気体化された試料が導入され、導入された試料のイオン化分子反応を連続して複数回行うイオン化部と、
上記イオン化部から導入されたイオンを分析する質量分析部と、
上記イオン化部の動作を制御するとともに、上記質量分析部によるイオン分析に基づいて試料の定性/定量分析を行う制御・解析部と、
を備えることを特徴とするイオン分子反応イオン化質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載のイオン分子反応イオン化質量分析装置において、
上記イオン化部は、互いに直列に配列された複数のイオン源を有し、これら複数のイオン源は、生成されたイオンをイオン源外に排出し、これら複数のイオン源のうちの上記質量分析部に最も近接するイオン源は、上記質量分析部に生成したイオンを排出することを特徴とするイオン分子反応イオン化質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載のイオン分子反応イオン化質量分析装置において、
上記制御・解析部は、上記複数のイオン源のいずれを駆動するかを制御することを特徴とするイオン分子反応イオン化質量分析装置。
【請求項4】
請求項3に記載のイオン分子反応イオン化質量分析装置において、
上記制御・解析部は、上記複数のイオン源のうちの駆動したイオン源の組み合わせによって得られる質量スペクトルの互いの積算及び差分処理を行うことを特徴とするイオン分子反応イオン化質量分析装置。
【請求項5】
請求項1に記載のイオン分子反応イオン化質量分析装置において、
上記制御・解析部は、上記イオン化部にて同一試料気体のイオン分子反応と生成イオンの排除とを複数回実行し、生成したイオンを上記質量分析部に導入させることを特徴とするイオン分子反応イオン化質量分析装置。
【請求項6】
請求項5に記載のイオン分子反応イオン化質量分析装置において、
上記制御・解析部は、上記イオン化部にて同一試料気体のイオン分子反応と生成イオンの排除とを複数回実行し、上記実行した複数のイオン分子反応により生成したそれぞれの質量スペクトルの互いの積算及び差分処理を行うことを特徴とするイオン分子反応イオン化質量分析装置。
【請求項7】
イオン分子反応イオン化質量分析方法において、
複数の成分を含む試料を気体化し、
気体化された試料のイオン化分子反応を連続して複数回行い、
上記複数回行われたイオンを分析し、
上記イオン分析に基づいて試料の定性/定量分析を行うことを特徴とするイオン分子反応イオン化質量分析方法。
【請求項8】
請求項7に記載のイオン分子反応イオン化質量分析方法において、
上記イオン化は、互いに直列に配列された複数のイオン源により、生成されたイオンをイオン源外に排出し、これら複数のイオン源のうちの最終的にイオン化した試料のイオンを分析することを特徴とするイオン分子反応イオン化質量分析方法。
【請求項9】
請求項8に記載のイオン分子反応イオン化質量分析方法において、
上記複数のイオン源のいずれを駆動するかを制御することを特徴とするイオン分子反応イオン化質量分析方法。
【請求項10】
請求項9に記載のイオン分子反応イオン化質量分析方法において、
上記複数のイオン源のうちの駆動したイオン源の組み合わせによって得られる質量スペクトルの互いの積算及び差分処理を行うことを特徴とするイオン分子反応イオン化質量分析方法。
【請求項11】
請求項7に記載のイオン分子反応イオン化質量分析方法において、
同一試料気体のイオン分子反応と生成イオンの排除とを複数回実行し、生成したイオンを質量分析することを特徴とするイオン分子反応イオン化質量分析方法。
【請求項12】
請求項11に記載のイオン分子反応イオン化質量分析方法において、
同一試料気体のイオン分子反応と生成イオンの排除とを複数回実行し、上記実行した複数のイオン分子反応により生成したそれぞれの質量スペクトルの互いの積算及び差分処理を行うことを特徴とするイオン分子反応イオン化質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−192519(P2011−192519A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−57249(P2010−57249)
【出願日】平成22年3月15日(2010.3.15)
【出願人】(501387839)株式会社日立ハイテクノロジーズ (4,325)
【Fターム(参考)】