説明

イオン化方法および装置

【目的】空間分解能とイオン化効率を高める。
【構成】第1および第2の2つのレーザ・ビームL1,L2を異なる方向から試料SAに向けて,これら2つのレーザ・ビームのスポットS1,S2がその一部において試料表面上で重なるように,集光して,照射し,これら2つのレーザ・ビームの重なった試料部分から微粒子を脱離させ,脱離した微粒子が存在する空間に向けて第3のレーザ・ビームL3を照射して気化させる。気化された試料イオンをキャピラリー41を通して質量分析装置42に導く。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明はイオン化方法および装置に関し,特に試料(生体組織,細胞,有機材料等)を質量分析するためにイオン化する方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体分子の代表的イオン化法である MALDI(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization )は,紫外レーザ光を固体マトリックスに吸収させアブレーション(ビームエネルギを吸収した物質が大きなエネルギをもつフラグメントとして爆発的に飛散する現象)を発生させて,生体高分子を脱離,イオン化する方法である。近年はこの技術を2次元イメージングに応用しようという試みがなされている。
【非特許文献1】Koichi Tanaka, Hiroaki Waki, Yutaka Ido, Satoshi Akita, Yoshikazu Yoshida, Tamio Yoshida, T.Matsuo“Protein and polymer analyses up to m/z 100 000 by laser ionization time-of-flight mass spectrometry”Rapid Communications in Mass Spectrometry, Volume 2, Issue 8, August 1988, pp151-153
【非特許文献2】Richard M. Caprioli, Terry B. Farmer, and Jocelyn Gile“Molecular Imaging of Biological Samples:Localization of Peptides and Proteins Using MALDI-TOF MS”Analytical Chemistry, Vol.69, No.23, December 1, 1997, pp4751-4760
【0003】
しかしながら,MALDI の空間分解能は用いる光の回折限界によって決定されるので,波長オーダ程度が限度である。さらに,MALDI では試料を完全に気化できず,そのためイオン化効率が低いという問題がある。
【発明の開示】
【0004】
この発明は,波長オーダよりも微細な範囲について試料の微粒子を発生させ,これを高い効率でイオン化できる方法および装置を提供するものである。
【0005】
この発明によるイオン化方法は,第1および第2の2つのレーザ・ビームを異なる方向から試料に向けて,これら2つのレーザ・ビームがその一部において試料表面上で重なるように,少なくとも一方のレーザ・ビームを集光して,照射し,これら2つのレーザ・ビームの重なった試料部分から微粒子を脱離させ,脱離した微粒子が存在する空間に向けて第3のレーザ・ビームを照射して微粒子を気化させるものである。
【0006】
この発明によるイオン化装置は,第1,第2および第3のレーザ・ビームを生成するとともにこれらの3つのレーザ・ビームを別個に集光,投射するレーザ光学系を備え,第1および第2のレーザ・ビームは,異なる方向から試料に向けて,少なくとも一方のレーザ・ビームが集光されて,投射され,これら2つのレーザ・ビームがその一部において試料表面上で重なるように,そして重なった領域において試料から微粒子が脱離するように,方向,強度,ビーム径等が調整され,第3のレーザ・ビームは上記2のレーザ・ビームの重なった試料部分から脱離した微粒子が存在する空間に向けて集光,投射されるように(方向,強度,ビーム径等が)調整されているものである。
【0007】
この発明によると,第1および第2のレーザ・ビームを集光し(必要ならば光の回折限界近くまで),試料表面上でこれら2つのレーザ・ビームによる照射範囲が一部重なるようにする。2つのレーザ・ビームの重なった照射範囲(領域)では試料の微粒子が脱離する程度のレーザ強度となるように各レーザ強度が調整される。レーザ・ビームが重なった領域においてのみ試料から微粒子が脱離する。レーザ・ビームのスポットは回折限界により規定される範囲以下には小さくすることはできないが,2つのレーザ・ビームが重なった領域については回折限界により規定される範囲よりも小さくすることが可能である。2つのレーザ・スポットが重なった領域でのみ試料からの脱離が行なわれるから,光の回折限界を超えた空間分解能が得られる。
【0008】
このようにして微細な領域から脱離した試料の微粒子は次に第3のレーザ・ビームによって照射され,ほぼ完全に気化,イオン化される。
【0009】
イオン化された試料分子は質量分析装置に導かれ,質量分析される。
【0010】
このように,空間分解能が高まるので,2つのレーザ光のスポットが重なる場所を走査すれば,2次元分子イメージ像を得ることも可能となる。
【0011】
なお,2つまたは3つのレーザ・ビームは1つまたは2つのレーザ装置から出射するレーザ・ビームをビーム・スプリットすることにより生成することも可能である。
【0012】
この発明によるイオン化方法は大気圧下でも,真空内でも行うことが可能である。
【実施例】
【0013】
図1はこの発明の実施例による分子イメージング像の形成が可能なイオン化装置の概略構成を示すものである。
【0014】
このイオン化装置は大気圧下で動作可能である。このイオン化装置によって試料から脱離,イオン化された試料イオンは,キャピラリ41を通してたとえば質量分析装置42に導かれる。質量分析装置の例としては直交型飛行時間質量分析計を挙げることができるが,この発明は(リニア)イオントラップ装置等の質量分析装置にも適用可能である。
【0015】
イオン化装置内の適所にサンプル・ステージ10が設けられる。このサンプル・ステージ10上には試料が塗布された基板12が載置されかつ適当な固定具(図示略)により固定される。便宜的にサンプル・ステージ10の上面をXY平面とし,これに垂直な方向をZ方向とする。
【0016】
イオン化装置にはXYZマニュピレータ11が設けられ,このXYZマニュピレータ11はサンプル・ステージ10をX,Y,Zの各方向に独立に移動可能に保持する。X方向,Y方向およびZ方向への変位の駆動源はたとえばピエゾ素子またはステッピングモータを用いた駆動装置など機械的な振動を与え得るものであり,nmオーダの分解能でX,Y,Z方向への変位を別個に制御できることが望ましい。X,Y方向のうちの少なくとも一方向に変位可能であればよく,またZ方向への移動は必ずしもできなくてもよい。
【0017】
サンプル・ステージ10の斜め上方には,第1および第2のレーザ装置21,22とそれらの集光光学系(レンズなど)31,32(レーザ装置と集光光学系を含めてレーザ光学系という)が設けられている。これらのレーザ光学系は,集点位置,レーザの投射方向等が調整可能であり,さらにレーザ・ビーム径およびレーザ強度も制御できるものである。さらに,サンプル・ステージ10の側方には第3のレーザ装置23およびその集光光学系(レンズなど)33(レーザ装置と集光光学系を含めてレーザ光学系という)が配置されている。このレーザ光学系もまた,集点位置,レーザの投射方向,ビーム径,レーザ強度が調整可能である。レーザ装置21,22,23から出射するレーザ・ビームをそれぞれL1,L2,L3とする。1つのレーザ装置の出射光を2つに分け(又は3つに分け),これらをレーザ・ビームL1,L2(およびL3)とすることも可能である。
【0018】
サンプル・ステージ10上の試料が置かれる場所付近の上方には,イオン・サンプリング用のキャピラリー41の先端が臨むように配置されている。キャピラリー41はここで生成された試料イオンを質量分析装置42に導くためのものである。キャピラリー41もまた,その角度や位置が調整可能に保持されることが望ましい。
【0019】
分析対象となる試料(ペプチド,たんぱく質,合成高分子,顔料,DNAなど)に適した適当なマトリックスを選択して(マトリックスは必ずしも必要ではない。対象試料に依存する。),試料と混合する。マトリックスと混合した試料を適当な溶媒に溶解し,またはすりつぶすなどして,ガラス基板12上に塗布する。対象試料をそのまま基板12上に載置ないしは塗布してもよいし,試料の上に適当なマトリックスを薄く塗布してもよい。いずれにしても,試料SAはマトリックスを含むもの,含まないものの両方を含むものとする。ガラス基板12はサンプル・ステージ10上に固定される。
【0020】
図2は3つのレーザ光L1,L2,L3の照射方向と照射範囲を拡大して示すものであり,図3は2つのレーザ光L1とL2のレーザ・スポットの重なりを示すものである。レーザL1,L2により試料SAの表面上に形成されるレーザ・スポットをS1,S2で示す。
【0021】
第1および第2のレーザ光学系による第1,第2のレーザ光L1,L2の焦点位置および投射方向(必要ならばレーザ・ビーム径も)を調整して,これらのレーザ光L1,L2によるレーザ・スポットS1,S2が試料SAの表面上で一部のみ重なるようにする。また,レーザ光L1またはレーザ光L2単独では試料が脱離しない程度のレーザ光強度とし,レーザ・スポットS1とS2が重なった領域でのみ試料から微粒子が脱離するようにレーザ光L1,L2のレーザ強度が調整される。レーザ光L1とL2は連続光でもパルス光でもよいが,パルス光の場合にはこれらのレーザ光L1,L2は同期して同時に試料を照射するようにする。
【0022】
レーザ光L1,L2それぞれ単独では光の回折限界により規定されるスポット径以下に集光することはできないが,上記のように2つのレーザ光L1とL2が重なった領域は光の回折限界を超えた狭い範囲にすることが可能であり,きわめて高い空間分解能が得られる。
【0023】
試料SAがマトリックスを含む場合には2のレーザ光L1,L2として紫外光レーザを用いることが好ましいが,水溶液系を脱離,イオン化するためには赤外光レーザを用いるとよい。
【0024】
図1ないし図3では回折限界近くまで絞った2つのレーザ光の重ね合わせが図示されているが,たとえば第2のレーザ光L2を光ファイバにより試料SAの近くまで導き,近接場光を発生させ,これと第1のレーザ光L1(集光されている)とを重ね合わせてもよい。
【0025】
第3のレーザ・ビームL3は試料SAから脱離した(キャピラリー41により吸引される前の)微粒子が存在する空間に向けて集光されて投射される。第3のレーザ・ビームL3としては,パルス状または連続発振の赤外光(たとえばCO2 レーザ光)がよい。さまざまなサイズの液滴を含む微粒子が第3のレーザ・ビームL3の照射によりほぼ完全に気化されて,キャピラリー41を通して質量分析装置42に導入されることになる(質量分析装置42内は真空なので,試料イオンは吸引される)。
【0026】
他の実施例として,サンプル・ステージ10とイオン取り込み口(キャピラリー41の先端)との間に放電電極を設けて試料イオンをフラグメント化する。それによってタンパク質分析などが可能となる。サンプル・ステージ10,XYZマニュピレータ11等を内部に含むハウジングを設け,このハウジング内を真空にしてもよい。レーザ装置21,22,23はハウジングの外に配置し,レーザ光に対して透明な窓を通してレーザ光を照射することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】イオン化装置の概略構成を示す。
【図2】3つのレーザ・ビームの焦点位置と方向を拡大して示す。
【図3】2つのレーザ・ビームのスポットの重なりを示す。
【符号の説明】
【0028】
10 サンプル・ステージ
12 ガラス基板
21,22,23 レーザ装置
31,32,33 集光光学系
41 キャピラリー
42 質量分析装置
L1,L2,L3 レーザ・ビーム
SA 試料
S1,S2 レーザ・スポット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1および第2の2つのレーザ・ビームを異なる方向から試料に向けて,これら2つのレーザ・ビームがその一部において試料表面上で重なるように,少なくとも一方のレーザ・ビームを集光して,照射し,これら2つのレーザ・ビームの重なった試料部分から微粒子を脱離させ,
脱離した微粒子が存在する空間に向けて第3のレーザ・ビームを照射して微粒子を気化させる,
イオン化方法。
【請求項2】
気化された試料イオンを質量分析装置に導く,
請求項1に記載のイオン化方法。
【請求項3】
第1,第2および第3のレーザ・ビームを生成するとともにこれらの3つのレーザ・ビームを別個に集光,投射するレーザ光学系を備え,
第1および第2のレーザ・ビームは,異なる方向から試料に向けて,少なくとも一方のレーザ・ビームが集光されて,投射され,これら2つのレーザ・ビームがその一部において試料表面上で重なるように調整され,
第3のレーザ・ビームは上記2つのレーザ・ビームの重なった試料部分から脱離した微粒子が存在する空間に向けて集光,投射されるように調整されている,
イオン化装置。
【請求項4】
第1および第2のレーザ・ビームの照射により試料から脱離し,第3のレーザ・ビーム照射により気化された試料イオンを質量分析装置に導く手段をさらに備えている,請求項3に記載のイオン化装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−168673(P2009−168673A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−8247(P2008−8247)
【出願日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)
【Fターム(参考)】