説明

イオン固定化法およびイオンの分布状態の測定方法

【課題】 外場遮断後も試料状態が変化するため、外場遮断後に試料中のイオンの分布状態が短時間で変化する試料に適用することは困難であった。
【解決手段】 イオン化する物質を有する高分子材料の被測定部に厚みが10nm以下の金属膜を形成することで、前記イオンの運動を抑制した状態で、表面分析装置を用いて前記被測定部を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は表面分析手法を用いて、被測定物内部を移動するイオンの分布状態を測定するためのイオン固定化法及び固定化したイオンの分布状態の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、イオン導電剤を添加した高分子材料に電圧を印加して機能性を発現させるデバイス材料などにおいては、その機能性を向上させるために、外場とデバイス材料内部の状態変化との関係を分析することが不可欠である。外場の影響を受けた試料中の物質の、変化する状態を測定する方法として、分析装置内で外場を印加し、その際の状態で変化を測定し分析する方法が用いられている。特許文献1には、飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS)を用いて、真空装置内で電場をかけた際の、試料の結晶変化を分析する手法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−78247号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、試料中のイオンの分布状態は常に変化する。従って、特許文献1による手法では、外場遮断後も試料状態が変化するため、外場遮断後に試料中のイオンの分布状態が短時間で変化する試料に適用することは困難であった。
【0005】
本発明の目的は、試料中のイオンの分布状態が短時間で変化する試料に対しても、確実にイオンの分布状態を測定する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、イオン化する物質を有する高分子材料内のイオン種の分布状態の測定方法において、前記高分子材料の被測定部に厚みが10nm以下の金属膜を形成することで、前記イオンの運動を抑制した状態で、表面分析装置を用いて前記被測定部を測定するイオンの分布状態の測定方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明を用いることで、イオンの分布が経時的に変化する試料において、イオンの存在位置を固定することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明におけるイオンの固定化法を示す概念図。
【図2】実施例における電界印加方法を示す概念図。
【図3】実施例および比較例における測定結果を示す表。
【図4】実施例1における試料の白金のX線光電子分光スペクトルを示すグラフと、各イオンと白金化合物イオンの検出結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に本発明の実施形態について図面を参照して具体的に説明する。
【0010】
まず試料内部に存在するイオンの状態を固定化する方法を説明する。図1は本発明のイオン固定化方法の概念図である。1は高分子材料、2は被測定部、3は金属膜である。高分子材料1はイオン化する物質を有する。イオン化する物質としては、例えば、水、窒素、ハロゲン、硫黄、アンモニウム化合物、シアン化合物、過塩素酸などが挙げられるが、高分子材料1中でイオン化するものであればこれらに限定されない。金属膜3を構成する金属種は、白金、金が好ましい。
【0011】
あらかじめ、分析手法に最適な試料形状に加工し、図1(a)に示すように、被測定部2を露出させる。被測定部2には、高分子材料中でイオン化した一種以上のアニオン性イオン種とカチオン性イオン種が存在する。
【0012】
次いで図1(b)に示すように、被測定部2の表面に金属膜3を形成する。金属膜3中の金属が電子を放出し、被測定部2の表面に露出しているアニオン性イオン種と化学結合をするため、被測定部2の表面のアニオン性イオン種を固定化(抑制)することができる。また高分子材料中でイオン化している被測定部2の表面に存在しているカチオン性イオン種は、金属膜3中の金属から放出された電子を受け取り安定な状態を得るため、運動を抑制する効果がある。金属膜3の厚さは表面に一原子層以上、10nm以下が好ましい。これは、金属膜3に固定されたイオンを表面分析装置を用いて測定する際に、検出可能な範囲とするためである。金属膜3の作製方法としては蒸着法やスパッタコーティング法を用いる。
【0013】
イオンを固定化した試料の表面分析手段としては、飛行時間型二次イオン質量分析法、X線光電子分光法、エネルギー分散型蛍光X線分析法、オージェ電子分光法、赤外分光法、レーザーアブレーション誘導結合プラズマ分析法などが挙げられるが、固体表面の目的成分を検出する分析手法であればこれらに限定されない。
【実施例1】
【0014】
(原試料の混合比)
・エピクロルヒドリン−エチレンオキシド−アリルグリシジルエーテル共重合体
100重量部
・硫黄 1重量部
・4級アンモニウムペルクロラート 4重量部
・(加硫促進剤1)テトラベンジルチラウムジスルフィド 1重量部
・(加硫促進剤2)ジベンゾチアジルジスルフィド 2重量部
・ステアリン酸 0.5重量部
【0015】
(加工方法)
前記の配合比を有する原試料を使用して、4級アンモニウムペルクロラートを有するエピクロルヒドリンーエチレンオキシド−アリルグリシジルエーテル共重合体加硫ゴムを調製し、厚さ1mmのゴムシートとした。前記のゴムシートを飛行時間型二次イオン質量分析測定に適した大きさである、約5mm四方に加工し、被測定部となるシートの断面を露出した切片を作製した。前記加工方法により形成した切片に、白金(Pt)からなる金属膜を形成した。金属膜の形成は、真空スパッタ蒸着装置(日立製E1030)を用いて、約8nm厚に調整した。電界印加時間0分の試料をA0、10V/cmで電界を35分印加した試料をA1とし、表1に示した。
【0016】
印加方法について図2を用いて詳細に説明する。図2(a)は加工した高分子材料である試料4に電界をかける模式図、図2(b)は金属膜6を形成した場所を示した模式図である。厚み1mmのエピクロルヒドリン−エチレンオキシド−アリルグリシジルエーテルゴムの被測定部5に対し、並行方向に電界を印加した。電界を遮断後、速やかに被測定部5に金属膜6を形成した。
【実施例2】
【0017】
(試料の混合比)
・エピクロルヒドリンゴム−エチレンオキシド 100重量部
・硫黄 1重量部
・(加硫促進剤1)テトラメチルチウラムモノスルフィド 1重量部
・(加硫促進剤2)ジベンゾチアジルジスルフィド 2重量部
【0018】
(加工方法)
実施例1と同様の方法により、エピクロルヒドリン加硫ゴムを調製したものを、厚さ1mmのシートとした。このシートを実施例1と同様の方法により約5mm四方の切片を作製し、白金(Pt)からなる金属膜を形成した。金属膜の形成は、真空スパッタ蒸着装置(日立製E1030)を用いて、約8nm厚に調整した。電界印加時間0分の試料をB0、10V/cmで電界を35分印加した試料をB1とし、表1に示した。
【実施例3】
【0019】
実施例1と同様の方法で作成した厚み1mmのエピクロルヒドリン−エチレンオキシド−アリルグリシジルエーテルゴム切片に、白金パラジウム(Pt−Pd)からなる金属膜を形成した。金属膜の形成は、真空スパッタ蒸着装置(日立製E1030)を用いて、約8nm厚に調整した。電界印加時間0分の試料をC0、10V/cmで電界を35分印加した試料をC1とし、表1に示した。
【実施例4】
【0020】
実施例1と同様の方法で作成した厚み1mmのエピクロルヒドリン−エチレンオキシド−アリルグリシジルエーテルゴム切片に、金(Au)からなる金属膜を形成した。金属膜の形成は、真空スパッタ蒸着装置(日立製E1030)を用いて、約8nm厚に調整した。電界印加時間0分の試料をDとし、表1に示した。
【0021】
【表1】

【0022】
(比較例1)
実施例1と同様の方法で作成した厚み1mmのエピクロルヒドリン−エチレンオキシド−アリルグリシジルエーテルゴム切片に、電界印加時間0分の試料をX0、10V/cmで電界を35分印加した試料をX1とし、表2に示した。
【0023】
(比較例2)
実施例2と同様の方法で作成した厚み1mmのエピクロルヒドリンゴム切片に、電界印加時間0分の試料をY0、10V/cmで電界を35分印加した試料をY1とし、表2に示した。
【0024】
【表2】

【0025】
(イオン分布測定)
前述の実施例1〜3で作製した試料A0、A1、B0、B1、C0、C1と、比較例1、2で作成した試料X0、X1、Y0、Y1を、以下の手法でイオンの分布状態を測定した。測定には飛行時間型二次イオン質量分析装置(ION−TOF社製TOF−SIMS IV)を用いて、Bi1イオン銃(加速電圧20kV、Bi1イオン電流1.0pA)による、測定面積500μm×500μmの表面分析を行った。固定化処理を行った試料A0、A1、B0、B1、C0、C1の測定結果を図3(a)に、固定化処理を行っていない試料X0、X1、Y0、Y1の測定結果を図3(b)に示した。
【0026】
図3(a)、(b)に示した各イオンに対する図は、検出されたイオン種の濃度分布図を示している。濃度分布図中の濃淡とイオンの検出濃度の関係は、濃度分布図中の白い個所がイオンが存在している箇所である。
【0027】
図3(a)、(b)から分かるように、電界印加前の試料A0、B0、C0、X0、Y0は、すべてのイオンが均一に分布していることがわかる。
【0028】
これらの試料に電界を印加した場合、本発明の実施例である試料A1、B1、C1は、電界の影響を受けてイオンの分布状態が変化している様子を取得することができた。これは電界を印加することにより試料表面にイオン成分が析出し、試料内部に含有されていたイオン種が、電界により試料の対極である表裏近傍まで移動するためだと考えられる。一方、本発明の比較例である試料X1、Y1は、電界を印加してもイオンが偏在している様子を捉えることができなかった。
【0029】
図3(a)から分かるように、実施例1の試料A1の場合、加硫系成分と4級アンモニウムペルクロラートが、大気中の水分を含有しているエピクロルヒドリン−エチレンオキシド−アリルグリシジルエーテル共重合体中でイオン化し、硫酸イオン、シアンイオン、二酸化窒素イオン、塩素イオン、過塩素酸イオン、塩素酸イオン、4級アンモニウムイオン、ステアリン酸イオンとなる。また、エピクロルヒドリン−エチレンオキシド−アリルグリシジルエーテル共重合体中のエチレンオキシド部位と反応して生成されたイオン種の4級アンモニウム−エチレンオキシドイオンや、加硫時にゴムと反応して生成される加硫ゴム由来のイオンを確認した。電界の影響を受けてこれらのイオン種が移動している状態が測定できた。
【0030】
また同様に、実施例2の試料B1の場合、実施例1と同様に加硫系成分が水分を含有しているエピクロルヒドリン−エチレンオキシドゴム中でイオン化し、実施例1と同様に、加硫系のイオンである硫酸イオン、シアンイオン、二酸化窒素イオン、が確認され、また実施例1と同様に加硫ゴム由来のイオンを確認した。電界の影響を受けこれらのイオン種が移動している状態を試料A2から測定できた。
【0031】
また実施例3では、実施例1と同様の結果を得ることができた。
【0032】
以上の結果から、本特許の固定化方法により、イオンの分布状態を分析することが可能になった。
【0033】
(金属化合物測定)
試料A1を用いて、X線光電子分光法及び、飛行時間型二次イオン質量分析法による表面分析を実施した。X線光電子分光分析による白金の検出結果を図4(a)、飛行時間型二次イオン質量分析による各イオンと白金化合物イオンの検出結果を図4(b)に示した。
【0034】
図4(a)のピーク分離から明らかなように、白金の0価だけでなく、塩化白金、過塩素酸白金の化合物と、白金と硫酸または白金酸化物が生成していることが分かった。更に、図4(b)の結果から、各イオン種と白金の化合物が表面に存在していることが明確になった。前記実験結果から、金属膜中の金属種が試料表面に存在するイオン種と化学結合する現象が確認でき、本特許の効果を確認できた。
【0035】
試料Dについて、飛行時間型二次イオン質量分析装置を用いて金化合物由来のピークを検出した結果を図3に示す。結果から明らかなように、金属種に金を用いても、同様の効果を得た。
【符号の説明】
【0036】
1、4 高分子材料
2、5 被測定部
3、6 金属膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン化する物質を有する高分子材料内のイオン種の分布状態の測定方法において、前記高分子材料の被測定部に厚みが10nm以下の金属膜を形成することで、前記イオンの運動を抑制した状態で、表面分析装置を用いて前記被測定部を測定することを特徴とするイオンの分布状態の測定方法。
【請求項2】
前記イオン種は、ハロゲンイオン、硝酸イオン、硫酸イオン、シアンイオン、過塩素酸イオン、4級アンモニウムイオン、塩素イオンであることを特徴とする請求項1記載のイオンの分布状態の測定方法。
【請求項3】
前記金属膜は少なくとも白金を含む金属または金であることを特徴とする請求項1記載のイオンの分布状態の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−29360(P2013−29360A)
【公開日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−164379(P2011−164379)
【出願日】平成23年7月27日(2011.7.27)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】