説明

イオン性液体の製造方法

【課題】簡便で高収率にイオン性液体を合成する方法を提供する。
【解決手段】アニオン部位とカチオン部位とからなるイオン性液体の製造方法であって、OH型の陰イオン交換樹脂に、イオン性液体のアニオン部位を構成する基をイオン交換にて吸着担持させ、その後、イオン性液体のカチオン部位を構成する基を有する化合物を該イオン交換樹脂に接触させイオン交換を行うことを特徴とするイオン性液体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン性液体を高い収率で簡便に合成する手法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン性液体とは常温溶融塩とも呼ばれ、融点が100℃程度以下の溶融塩の総称であるが、その極めて低い蒸気圧のため近年潤滑油として、また高温反応において繰り返し使用可能な合成溶媒として注目されている(非特許文献1)。
【0003】
イオン性液体はカチオン部位とアニオン部位から構成されるが、代表的なカチオンとしては、ジアルキルイミダゾリウム、アルキルピリジニウム、テトラアルキルアンモニウム、環状のピロリジニウムなどが知られている。一方アニオンとしては塩化物、臭化物、ヨウ化物などのハロゲン化物やテトラフルホロボレート、テトラフルオロフォスフェート、トリフルオロメタンスルホン酸やビストリフルオロメタンスルホニルイミドなどの含フッ素系アニオンが多く報告されている(非特許文献2)。
【0004】
水溶性イオン性液体の合成法としては式(2)で示される反応を行い、これに続いて式(3)で示される反応を行う方法が一般的である(非特許文献3)。
【0005】
【化1】


【化2】


(ここで、Rは陰イオン交換樹脂を示し、ROHはOH型の陰イオン交換樹脂を示し、Xはハロゲンイオン等のアニオンを示し、Aはイオン性液体のカチオン部位を示し、Bはイオン性液体のアニオン部位を示す。)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J.S.Wilkes, Green Chemistry, 4, 73(2002)
【非特許文献2】大野弘幸、イオン液体II、2006、P16-22
【非特許文献3】Hiroyuki Ohno et al,J.Am.Chem.Soc.2005,127,2398-2399.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしこの方法では以下の問題点がある。
【0008】
1.反応ステップ数が多く収率が悪い。
2.式(2)で得られるカチオン部位のヒドロキシド中間体(AOH)が不安定なために単離が難しい
3.式(3)で示される反応の反応性を上げるために式(2)で得られるカチオン部位のヒドロキシド中間体(AOH)の水溶液の水を濃縮する必要があるが、ヒドロキシド中間体が不安定なために濃縮しすぎると分解する。
3.溶媒である水を濃縮するステップが2回ありエネルギーがかかる。
4.ヒドロキシド中間体の分解物が混入するために精製が難しい。
5.式(3)の反応性が悪いため反応時間が長い(12時間)。
6.式(3)の反応は冷却しながら行う必要があるためエネルギー(冷熱)がかかる。
【0009】
そこで本発明は、上記の問題点が解消することが可能なイオン性液体の合成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、アニオン部位とカチオン部位とからなるイオン性液体の製造方法であって、OH型の陰イオン交換樹脂に、イオン性液体のアニオン部位を構成する基をイオン交換にて吸着担持させ、その後、イオン性液体のカチオン部位を構成する基を有する化合物を該イオン交換樹脂に接触させイオン交換を行うことを特徴とするイオン性液体の製造方法である。
ここで、イオン交換樹脂への吸着担持とは、イオン交換樹脂のイオン交換基へ目的とするイオン性液体のアニオン部位を構成する基がアニオンの形で化学的または物理的に結合することをいう。
すなわち、本発明の過程は下記化学式(1)で示される。
【化3】


(上記Rは陰イオン交換樹脂を示し、ROHはOH型の陰イオン交換樹脂を示し、Xはハロゲンイオン等のアニオンを示し、Aはイオン性液体のカチオン部位を示し、Bはイオン性液体のアニオン部位を示す。)
本発明の製造方法によれば、イオン性液体を高い収率で簡便に合成することができる。
【0011】
上記製造方法においては、陰イオン交換樹脂のイオン交換基とイオン性液体のアニオン部位との親和性よりも、イオン交換基とカチオン部位を構成する基を有する化合物におけるアニオンとの親和性が高いことが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明は簡便で高収率にイオン性液体を合成する方法を提供するものである。本発明によって、有用なイオン性液体を短時間に、高収率で、エネルギーをかけずに得ることができ、環境保護の観点で非常に好ましいものである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】1−エチル−3−メチルイミダゾリウム−(L−セリン)(実施例1)のH−NMRチャートである。
【図2】テトラブチルホスホニウム−(L−セリン)(実施例2)のH−NMRチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態について詳述するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0015】
陰イオン交換樹脂としては、一般的なもの適用することができるが、OH型の陰イオン交換樹脂の使用が好ましい。
【0016】
係る陰イオン交換樹脂の前駆体としてはスチレン−ジビニルベンゼン共重合体、シリカゲル,グリシジルメタクリレートとエチレングリコールジメタクリレートの共重合体粒子のグリシジル基を加水分解した粒子に代表されるメタクリル酸エステル系共重合体粒子などがあるが、入手の容易性からスチレン−ジビニルベンゼン共重合体が使用されるのが一般的である。
【0017】
本発明において使用される陰イオン交換樹脂は、陰イオンを交換するものであれば、使用できるが、一般的には、イオン交換基が第四級アンモニウムであるものが使用される。製造方法は、水性懸濁共重合法において三級アミンを反応させることにより第4級アンモニウム化する方法により第四級アンモニウム化することが一般的である。
この際、イオン交換基の量は、イオン交換樹脂において0.01meq/g〜5.5meq/gとなるように官能化されることが好ましい。
【0018】
陰イオン交換樹脂の具体的な商品としては、三菱化学(株)社製、ダイヤイオンSA10AOH、SANUPなどが挙げられる。またCl化物などのハロゲン体として市販されているイオン交換樹脂をNaOH水溶液で処理することでOH体を得、それを使用することもできる。
【0019】
本発明の方法は従来の技術として挙げられている式(2),(3)で示される方法とは異なり、中間体の濃縮・単離が不要である。すなわちイオン交換樹脂に対してイオン性液体を構成するアニオン部位をイオン交換によって吸着担持させ、その後、イオン性液体を構成するカチオン部位のハロゲン化物を使用し、イオンの吸着と交換を行う。この際、ハロゲンとアニオン部位がイオン交換される。
【0020】
イオン性液体のアニオン部位は、OH型のイオン交換樹脂と接したときに水素を放出し、アニオン部位を構成する基がイオン交換樹脂に吸着担持される機能を有する化合物より得ることが出来る。すなわち、適用される化合物は、目的とするイオン性液体のアニオン部位を構成する基に水素原子が結合した化合物である。例えば、スルホン酸、カルボン酸、またはサリチル酸などの酸性プロトンを有する化合物が使用される。その中でも特に炭素数1〜10までのカルボン酸含有化合物、アミノ酸が好ましい。具体的には、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン、グルタミン酸、グルタミン、アルギニン、リシン、ヒスチジン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、アスパラギン酸、プロリン、2−アミノ酪酸、2−アミノイソ酪酸、2−アミノシクロペンタンカルボン酸などが挙げられる。
【0021】
イオン性液体のカチオン部位を構成する基を有する化合物は、カチオン部位を構成する基とハロゲンイオン、RSO、RSOなどの負イオンとの結合物であり、イオン交換樹脂を用いれば、負イオンをイオン交換樹脂に結合させるイオン化合物である。
一般には、溶媒中において陽イオンと負イオンから構成され、特に負イオンがハロゲン化合物であることが好ましい。
【0022】
具体的には、ジアルキルイミダゾリウム、アルキルピリジニウム、テトラアルキルアンモニウム、環状のピロリジニウムなど一般的に知られているイオン性液体のカチオンのハロゲン体、例えばブロミド、クロリド、ヨージドを用いることができる。使用されるハロゲンは、Brを使用することが多いが、イオン性液体のアニオン部位を構成する基とイオン交換基の親和性によっては、ハロゲンとしてIを使用することも出来る。
特に、使用されるアニオン部位を構成する基とイオン交換基との親和性よりも、ハロゲンとイオン交換基の親和性が高いことが好ましい。
こうした化合物は、溶媒に溶解され使用されるのが一般的である。溶媒としては、イオン交換樹脂を使用することとイオン性液体のアニオン部位、カチオン部位の特性を考慮すると極性溶媒、特に純水が使用されるが、必要に応じ、純水にアルコール等を混合しても差しつかえない。
【0023】
イオン交換樹脂と化合物との反応は速やかに行われるため、合成に要する時間は1〜2時間であり、収率も従来の方法に比べて高収率である。
【0024】
本発明においては、20℃〜45℃、好ましくは、25℃〜35℃の室温で反応させることが出来る。すなわち、イオン交換樹脂の使用できる温度の範囲で反応を進められるため、イオン交換樹脂の性能を十分に発揮させることが出来る。
【0025】
使用するイオン交換樹脂としては、ゲル状、ポーラス状の粉末、膜に担持したもの等各種存在するが、適宜使用することが出来る。陰イオン交換樹脂は、イオン交換基上で陰イオンを交換するイオン交換樹脂である。イオン交換基としては、第四級アンモニウム塩基が一般的であるが、それ以外のものが存在すれば、適宜使用できる。
【0026】
イオン性液体の製造方法においては、まずOH型のイオン交換樹脂とアニオン部位を構成する基と水素原子とが結合した化合物を接触させる。反応は、バッチ式、流動式、いずれの方法でも実施できる。
この際、アニオン部位を構成する基と水素原子とが結合した化合物が液体でなければ溶媒に溶解して接触させる。この際溶媒は、主に純水を使用するが、必要に応じてアルコール等も使用できる。
この際、濃度は0.5〜1.0mol/Lであることが好ましい。
バッチ式で行うのであればそのまま混合する。カラムを使用するのであれば、OH型のイオン交換樹脂をそのままカラムに導入して、アニオン部位を構成する基と水素原子とが結合した化合物を流入させてもよいし、バッチ式でイオン交換によってアニオン部位を構成する基を吸着・担持させたのちカラムに入れても良い。その後、純水等で洗浄する。
【0027】
純水等で洗浄した後、目的のイオン性液体におけるカチオン部位を構成する基を有する化合物を使用する。この際も溶媒を使用することが出来る。
本発明においては、バッチ式であれば接触させた液とイオン交換樹脂を分離し、カラムを使用するのであれば流出液を回収し、液から溶媒を除去することによって目的のイオン性液体を得ることが出来る。
【実施例】
【0028】
実施例1
陰イオン交換樹脂(三菱化学(株)社製、SA10AOH)10gを水に分散させクロマトグラフ管に充填し、ついでL−セリン2.5gの20mL水溶液を繰り返し展開した。ついで1−エチル−3−メチルイミダゾリウムブロミド3.8g20mL水溶液を先ほどのイオン交換樹脂に繰り返し展開し、最後に10mlの水でイオン交換樹脂を洗い流した。得られた溶液の水を濃縮し、アセトニトリル:メタノール=20mL:5mL混合溶媒を加えると未反応のL−セリンが沈殿するのでこれをろ過により除去した。ここで得られた溶液を真空乾燥することで1−エチル−3−メチルイミダゾリウム−(L−セリン)を収率99%で得た。ここで得られた化合物のH−NMR測定結果を図1および以下に示す。
H−NMR(600MHz、DMSO−d6):δ 1.42(t、3H)、2.89(t、1H)、3.29(m、2H)、3.81(s、3H)、4.23(q、2H)、7.79(s、1H)、7.88(s、1H)、9.71(s、1H).
【0029】
実施例2
陰イオン交換樹脂(三菱化学(株)社製、SA10AOH)10gを水に分散させクロマトグラフ管に充填し、ついでL−セリン2.5gの20mL水溶液を繰り返し展開した。ついでテトラブチルホスホニウムブロミド6.8gの20mL水溶液を先ほどのイオン交換樹脂に繰り返し展開し、最後に10mLの水でイオン交換樹脂を洗い流した。得られた溶液の水を濃縮し、アセトニトリル:メタノール=20mL:5mL混合溶媒を加えると未反応のL−セリンが沈殿するのでこれをろ過により除去した。ここで得られた溶液を真空乾燥することでテトラブチルホスホニウム−(L−セリン)を収率99%で得た。ここで得られた化合物のH−NMR測定結果を図2および以下に示す。
H−NMR(600MHz、DMSO−d6):δ 0.93(t、12H)、1.38−1.50(m、16H)、2.19(m、8H)、2.50(q、1H)、3.14−3.26(m、2H).
【0030】
比較例1
1−エチル−3−メチルイミダゾリウムブロミド1.0gに水5mLを加え、均一溶解させたのちこれを陰イオン交換樹脂に通し、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムヒドロキシド水溶液(以下、EMImOH水溶液と記す)を得た。L−セリン0.7gを水100mLに加え、均一に溶解したものに、EMImOH水溶液をゆっくり滴下して、氷冷し、温度を0℃に維持しながら12時間攪拌したのち、減圧乾燥して余分な水を除去した。これにアセトニトリル40mLとメチルアルコール10mLを加え、温度を0℃に維持しながら30分攪拌した。その後、ろ過により析出した結晶(過剰に加えた未反応のロイシン)を除去した。濾液を減圧加熱乾燥してアセトニトリルとメチルアルコールを除去し、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム−(L−セリン)を収率79%で得た。
【0031】
比較例2
41.6wt%テトラホスホニウムハイドロキサイド水溶液26.6gにL−セリン5.5を加え、攪拌しながら、減圧乾燥を行い、余分な水を除去した。これにアセトニトリル60mLとメタノール40mLを加え、攪拌した。その後、ろ過により析出した結晶(過剰に加えた未反応のセリン)を除去し、濾液を減圧加熱乾燥してアセトニトリルとメタノールを除去し、テトラブチルホスホニウム−(L−セリン)を収率73%で得た。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アニオン部位とカチオン部位とからなるイオン性液体の製造方法であって、
OH型の陰イオン交換樹脂に、前記イオン性液体のアニオン部位を構成する基をイオン交換にて吸着担持させ、その後、前記イオン性液体のカチオン部位を構成する基を有する化合物を該イオン交換樹脂に接触させイオン交換を行うことを特徴とするイオン性液体の製造方法。
【請求項2】
前記陰イオン交換樹脂のイオン交換基と前記イオン性液体のアニオン部位との親和性よりも、前記イオン交換基と前記カチオン部位を構成する基を有する化合物におけるアニオンとの親和性が高いことを特徴とする、請求項1に記載のイオン性液体の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−285369(P2010−285369A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−139492(P2009−139492)
【出願日】平成21年6月10日(2009.6.10)
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】