説明

イオン注入シミュレーションプログラム

【課題】現実の物理現象を精度良く実現することができるシミュレーションを提供する。
【解決手段】基板に対して、入射粒子を入射し、各入射粒子の基板中における静止位置座標を求めることにより、基板中の前記入射粒子の分布を計算するイオン注入シミュレーションプログラムは、1個の入射粒子を前記基板に入射し、基板中に含まれる原子と衝突を繰り返しつつ基板中を進行する入射粒子の軌跡と、入射粒子が衝突により失うエネルギーとを、あらかじめ入力された基板の組成に基づき、計算して、入射粒子の静止位置座標を算出する第1の処理と、基板が入射させた入射粒子を含むことに応じて基板の組成を更新する、第2の処理とを、所望の回数だけコンピュータに繰り返し実行させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、イオン注入シミュレーションプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
半導体プロセスシミュレーションは、様々な半導体素子製造工程をモデル化して計算することにより、形成される半導体素子の構造、半導体素子中の不純物の分布等を求めるものである。例えば、不純物拡散現象などをモデル化した微分方程式を数値的に解くことにより、半導体素子中の不純物がどのように分布するかを求めることができる。
【0003】
このような半導体プロセスシミュレーションの1つに、モンテカルロ法、又は、粒子法と呼ばれる計算手法がある。モンテカルロ法とは、乱数を用いながら物理現象を忠実に模擬した手法であり、1個1個の粒子の動きを、物理現象をモデル化した式を用いて追跡するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−93737号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、現実の物理現象を精度良く実現することができるイオン注入シミュレーションを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
実施形態によれば、イオン注入シミュレーションプログラムは、基板に対して、入射粒子を入射し、前記各入射粒子の前記基板中における静止位置座標を求めることにより、前記基板中の前記入射粒子の分布を計算する。このイオン注入シミュレーションプログラムは、1個の前記入射粒子を前記基板に入射し、前記基板中に含まれる原子と衝突を繰り返しつつ前記基板中を進行する前記入射粒子の軌跡と、前記入射粒子が衝突により失うエネルギーとを、あらかじめ入力された前記基板の組成に基づき、計算して、前記入射粒子の静止位置座標を算出する第1の処理と、前記基板が入射させた前記入射粒子を含むことに応じて、前記基板の組成を更新する第2の処理とを、所望の回数だけコンピュータに繰り返し実行させる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】実施形態にかかるシミュレーション装置の機能的な構成を示す図である。
【図2】実施形態にかかるイオン注入シミュレーションプログラムを示すフローチャート(その1)である。
【図3】実施形態にかかるイオン注入シミュレーションプログラムを示すフローチャート(その2)である。
【図4】第1の実施形態のイオン注入シミュレーションプログラムを示すフローチャートである。
【図5】第2の実施形態のイオン注入シミュレーションプログラムを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、図1から図5を参照して、本発明の実施形態を説明する。ただし、本発明は、この実施形態に限定されるものではない。
【0009】
ここでは、半導体素子の製造工程についてのプロセスシミュレーションの例について説明するが、本発明は、このような半導体素子の製造工程についてのプロセスシミュレーションに限定されるものではなく、例えば、材料の製造工程についてのプロセスシミュレーションに対して適用することもできる。また、ここでは、半導体素子製造工程の1つである、イオン注入工程についてのプロセスシミュレーションについて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0010】
本発明者が本実施形態を考案するに至った経緯について、以下に説明する。
【0011】
プロセスシミュレーションによりイオン注入工程を計算する手法として、モンテカルロ法(粒子法とも呼ばれる)がある。本発明者は、モンテカルロ法を用いてプロセスシミュレーションを行っていた。まず、このモンテカルロ法について、簡単に説明する。
【0012】
モンテカルロ法により計算を行う際には、1個の入射粒子(例えば、イオン)と衝突することとなる原子を探し出す。
【0013】
例えば、酸化シリコン(SiO)のようなアモルファス構造の材質に入射粒子を入射する場合についてシミュレーションを行う際には、酸化シリコンを構成するシリコン原子Siと酸素原子Oとの原子数の密度からイオンの自由行程を求め、必要に応じて乱数を用いて確率的にシリコン原子Siと酸素原子Oとの中から衝突相手となる原子を探し出し、その原子の種類と位置座標とを特定する。
【0014】
また、例えば、規則的にシリコン原子Siが配列された結晶構造を有するシリコン基板に入射粒子を入射する場合についてシミュレーションを行う際には、有限温度における格子振動によるシリコン原子Siの位置のずれも考慮しつつ、入射粒子と衝突するシリコン原子Siを探し出し、その衝突するシリコン原子Siの位置座標を求める。そして、入射粒子とシリコン原子Siとの衝突状態(運動エネルギー、進行角度等)を計算し、その計算に基づいて、上記と同様に、この入射粒子と衝突することとなるシリコン原子Siを探索する。
【0015】
このようにして、モンテカルロ法は、入射された入射粒子が基板に含まれる原子との間で衝突を繰り返す状態についてシミュレーションを行うものである。そして、入射粒子が衝突を繰り返しながらエネルギーを失い静止するまで、1個の入射粒子の軌跡を追跡するのである。
【0016】
モンテカルロ法では、1個1個の入射粒子に対して、順次、上記のようなシミュレーションを繰り返し行うのである。そして、すべての入射粒子について最終的に静止した位置座標(静止位置座標)を算出し、基板中の入射粒子の分布データを得ることができる。
【0017】
ところで、入射粒子が基板に含まれる原子(基板原子)に衝突することにより、基板原子が十分な運動エネルギーを得る場合がある。このような場合、十分な運動エネルギーを得た基板原子は、最初にこの基板原子が配置されていた位置から離れた位置まで飛ぶ(反跳する)ことがある。モンテカルロ法は、このような反跳原子と呼ばれる基板原子に対しても、入射粒子と同様に、反跳原子が静止するまで追跡することができる。すなわち、モンテカルロ法は、構造が複雑な場合、材質が均質でない場合等にも対応することができるシミュレーションである。従って、モンテカルロ法により、現実の物理現象に適合した精度の良い結果を得ることができる。
【0018】
しかし、上記のような場合、シミュレーションにおいて試行される入射粒子及び基板原子の衝突の回数は、膨大なものとなる。従って、シミュレーションにかかる計算時間が大幅に増加することとなる。さらに、衝突により、位置座標が変化する反跳原子の数も膨大なものとなる。従って、このようなシミュレーションを行うために必要な個々の原子の位置座標についてのデータも、膨大なものとなり、個々の原子の位置座標のデータを算出し記憶することは、コンピュータ資源の消費を大幅に増やすこととなる。
【0019】
従って、シミュレーションにかかる計算時間と、コンピュータ資源の消費とを抑えるために、入射粒子との衝突により最初に配置されていた位置から移動した反跳原子の位置座標に関する情報を、言い換えると、基板中の構成原子比率の変化に関する情報を考慮することなく、モンテカルロ法によるシミュレーションを行っていた。そして、このようなモンテカルロ法を用いたシミュレーションにより、現実の物理現象を再現できていると、一般には考えられてきた。
【0020】
しかしながら、本発明者は、多数の入射粒子を基板に入射し、その入射粒子により基板を構成する原子の組成が大きく変化するような工程について、上記のような基板中の組成(構成原子比率)の変化に関する情報を考慮することなくモンテカルロ法を用いたシミュレーションを行った場合、現実の物理現象を忠実に再現できていないと考えていた。さらに、本発明者は、上記のような入射粒子により基板中の構成原子比率(組成)が大きく変化する場合に起きる物理現象を忠実に再現するためには、入射粒子の衝突相手となる原子を探索する際、それ以前に入射された入射粒子による基板中の構成原子比率の変化を考慮する必要があると考えていた。
【0021】
そこで、本発明者は、入射粒子により基板中の構成原子比率が変化する場合であっても、計算時間とコンピュータ資源の消費とを抑えつつ、モンテカルロ法を用いたシミュレーションを行い、現実の物理現象を忠実に再現するための方法を考えた。言い換えると、本発明者は、個々の原子の静止位置座標を用いることなく、基板中の組成の変化を考慮してシミュレーションを行うことを考えた。すなわち、1個の入射粒子についてのシミュレーションが終了するごとに、そのシミュレーション結果に基づいて、基板を区切って形成した複数のセルのうちの1つのセルを選択し、選択したセルに含まれる構成原子比率をそのシミュレーション結果に基づいて計算する。そして、この後に行う、別の1個の入射粒子についてのシミュレーションを行う際、その計算された構成原子比率を用いて、後続の1個の入射粒子の衝突相手となる原子を探索することを考えた。
【0022】
従って、本発明の1つの実施形態にかかるイオン注入シミュレーションプログラムによれば、入射粒子により基板中の構成原子比率が変化する場合であっても、その変化が及ぼす影響を取り入れながら、計算時間とコンピュータ資源の消費とを抑えつつ、現実の物理現象を精度良く実現することができる。
【0023】
(第1の実施形態)
第1の実施形態を説明する。ここでは、SIMOX(Separation by Implanted Oxygen)プロセスにより、SOI(Silicon On Insulator)基板を作成するために、シリコン基板に酸素イオンを注入する工程に対するシミュレーションについて説明する。
【0024】
詳細には、SIMOXプロセスとは、SOI基板を作成するために、酸素イオンをシリコン基板に入射してシリコン基板の深い位置に埋め込み、酸化膜を形成する方法である。このプロセスにおいては、入射した酸素イオンがシリコン基板中にとどまり、さらに、後から入射する酸素イオンと衝突を起こす。つまり、このプロセスにおいては、入射した酸素イオンによりシリコン基板を構成する原子の組成が変化する。従って、このシミュレーションを用いて、シリコン基板中の酸素イオンの分布を求める。
【0025】
なお、ここでは、上記のシミュレーションについて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0026】
上記のシミュレーションを行う半導体プロセスシミュレーション装置1は、図1に示すように、酸化工程、堆積工程、パターニング工程、エッチング工程、イオン注入工程、アニール工程、シリサイド形成工程等の半導体製造の各工程を、計算機上で数値計算を行うことにより、シミュレーションする機能をもったツールである。図1に示した工程以外にも、洗浄工程、エピタキシャル成長工程等も扱うこともできる。そして、この半導体プロセスシミュレータ1は、これらの工程を計算するために用いるデータを読み込む機能、計算結果を出力する機能、計算に必要なパラメータを設定する機能、さらに、物理現象に関するモデル式を解くためのセル(コントロールボリューム)を設定する機能、算出されたデータを記憶する機能等を備えている。
【0027】
ここで説明するシミュレーションは、図1で示される半導体プロセスシミュレーション装置1のイオン注入工程をシミュレーションする機能を持つ部分を用いて行うものである。
【0028】
本実施形態のイオン注入工程のプロセスシミュレーションは、図2に示すようなフローチャートに従って行われ、シリコン基板中の酸素イオンの分布を得ることができる。
(ステップ1)基板を構成する原子の組成の初期設定
(ステップ2)入射粒子の入射条件の設定
(ステップ3)シミュレーション及び各セルについての物理量の更新
(ステップ4)基板を構成する原子の組成の算出
【0029】
さらに、詳細には、上記の各ステップは、以下のステップで構成されている。
【0030】
(ステップ1)
ステップ1の「基板を構成する原子の組成の初期設定」を構成するステップを、図3のフローチャートを用いて説明する。まず、酸素イオンを入射するシリコン基板の結晶構造や組成を決定する(S1−1)。シリコン基板を適切な大きさを有する複数の等体積のセルに分割(区画)する(S1−2)。そして、各セル(コントロールボリューム)の構成原子比率(組成)を、あらかじめ決定しておいたシリコン基板の結晶構造等に基づいて算出し、記録する。さらに詳細には、各セル(コントロールボリューム)に対応する各点(離散化格子の節点)があらかじめ定められており、その各点に算出した値を記録する。以下の説明においては、各セルについて算出した値は、各セル(コントロールボリューム)に対応する各点(離散化格子の節点)に、記録されることとなる(S1−3)。ステップ2へ進む(S1−4)。
【0031】
なお、ここでは、シリコン基板を複数の等体積のセルに分割するものとして説明したが、等体積のセルに限られるものではなく、シリコン基板中の場所に応じて異なる体積のセルに分割しても良い。また、セルの形状も立方体や直方体に限られるものではない。
【0032】
(ステップ2)
ステップ2の「入射粒子の入射条件の設定」においては、酸素イオンを入射する入射条件を入力する。例えば、入射する酸素イオンのエネルギー量、イオンビームとシリコン基板との相対的な位置関係(入射角度)、入射する酸素イオンの数を入力する。次にステップ3へ進む。
【0033】
(ステップ3)
ステップ3の「シミュレーション及び各セルについての物理量の更新」を構成するステップを、図4のフローチャートを用いて説明する。
【0034】
まず、ステップ2において入力された数の酸素イオンのうち、1番目の1個の酸素イオンについてシミュレーションを行う。
【0035】
酸素イオンの番号を1番目と設定する(n=1)(S3−1−1)。
【0036】
ステップ2で設定した入射条件にあわせて、1個の1番目の酸素イオンを入射する。1番目の酸素イオンの入射位置等は、乱数を用いて定めることができる(S3−1−2)。
【0037】
そして、S1−3で算出した各セルの構成原子比率に基づいて、1番目の酸素イオンの衝突相手となるシリコン原子を探し出す。詳細には、基板を構成するシリコン原子との衝突を繰り返しつつ基板中を進行する1番目の酸素イオンの軌跡を追跡しつつ、1番目の酸素イオンが衝突によって失う運動エネルギーを算出する(S3−1−3)。
【0038】
その算出に基づいて、1番目の酸素イオンが静止する静止位置座標(R1)を算出する(S3−1−4)。
【0039】
イオンが静止するとは、イオンの有する運動エネルギーがゼロとなるような場合に限られるものではなく、イオンが静止したとみなすことができるような運動エネルギーの値よりも小さな運動エネルギーをイオンが有する場合も含まれる。
【0040】
1番目の酸素イオンの静止位置座標(R1)が含まれるセル(静止セル)を導き出す。そして、このセルに含まれる酸素イオンの原子数濃度(原子数密度)を算出し、記録する。詳細には、先に導き出されたセルに、1番目に入射された1個の酸素イオンが新たに加わったことにより、このセルに含まれる原子の構成は、1番目の酸素イオンが入射される前におけるものと異なったものとなっている。従って、このセルに含まれる酸素イオンの原子数濃度を算出し、記録するのである(S3−1−5)。
【0041】
さらに、酸素イオンの原子数濃度に基づいて、このセルに含まれる構成原子比率(組成)を算出し、その値を記録する(S3−1−6)。
【0042】
次に、1番目の酸素イオンのときと同様に、入射する酸素イオンのうち2番目の1個の酸素イオンについてのシミュレーションを行う(S3−1−7)。
【0043】
1番目の酸素イオンの場合と同様に、酸素イオンの番号を2番目と設定する(n=2)(S3−1−8)。
【0044】
ステップ2で設定した入射条件にあわせて、2番目の酸素イオンを入射する。2番目の酸素イオンの入射位置等も、乱数を用いて定めることができる(S3−1−2)。
【0045】
そして、先にS3−1−6のステップで算出された構成原子比率を用いて、2番目の酸素イオンと衝突することとなる、シリコン原子、又は、酸素イオンを探し出す。そして、衝突を繰り返しつつ基板中を進行する2番目の酸素イオンの軌跡を追跡しつつ、2番目の酸素イオンが衝突によって失う運動エネルギーを算出する(S3−1−3)。
【0046】
その算出に基づいて、2番目の酸素イオンが静止する静止座標(R2)を算出する(S3−1−4)。
【0047】
2番目の酸素イオンの静止位置座標(R2)が含まれるセルについての原子数濃度を算出し、記録する(S3−1−5)。
【0048】
S3−1−5において算出された原子数濃度に基づいて、このセルに含まれる構成原子比率を算出し、その値を記録する(S3−1−6)。
【0049】
そして、3番目、4番目、・・・、n番目、というように、所望の数の酸素イオンに対して、1個ずつ、上記のようなモンテカルロ法を用いたシミュレーションを行う(S3−1−1からS3−1−8)。
【0050】
すべての酸素イオンに対して、上記のシミュレーションが終了したら、ステップ4へ進む(S3−1−9)。
【0051】
(ステップ4)
ステップ3において最終的に得られた各セルの構成原子比率を用いて、シリコン基板に含まれる酸素イオンの分布を算出する。
【0052】
従って、本実施形態によれば、入射された個々の酸素イオンの静止位置座標を用いることなく、入射された酸素イオンにより変化したシリコン基板の構成原子比率をフィードバックしつつ、次に入射される酸素イオンについてシミュレーションを行うことができる。従って、計算時間とコンピュータ資源の消費とを抑えつつ、高精度なシミュレーション結果を得ることができる。
【0053】
上記の実施形態の変形例としては、以下のようなものがある。すなわち、上記実施形態においては、1個の入射粒子(酸素イオン)が静止するごとに、該当するセルの構成原子比率を計算していたが、本変形例では、複数の入射粒子が静止した後に、該当する複数のセルの構成原子比率を計算し記録しても良い。このようにすることにより、計算時間が増大することを抑制することができる。
【0054】
(第2の実施形態)
第2の実施形態を説明する。ここでは、MOSFET構造のソース・ドレイン拡散層をシリコン基板中に形成するために、シリコン基板にAsイオンを入射する工程に対するシミュレーションについて説明する。
【0055】
詳細には、上記の工程においては、シリコン基板上には、Hf原子が含まれるゲート絶縁膜が形成されている。シリコン基板に対してAsイオンを入射することにより、Asイオンとゲート絶縁膜に含まれるHf原子とが衝突し、衝突したHf原子が飛ばされて(反跳して)、シリコン基板に入り込む場合がある。つまり、上記の工程においては、入射したAsイオンにより、シリコン基板を構成する原子の組成が変化する。従って、本実施形態のシミュレーションを用いて、シリコン基板中の最終的なHf原子の分布を求める。
【0056】
なお、ここでは、上記のようなシミュレーションについて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0057】
本実施形態が、第1の実施形態と異なる点としては、入射される入射粒子だけでなく、入射粒子と衝突し飛ばされる(反跳する)反跳原子についても、追跡することである。このようにすることにより、現実の物理現象を精度良く実現することができる。
【0058】
本実施形態のイオン注入工程のプロセスシミュレーションは、図1で示される半導体プロセスシミュレーション装置1のイオン注入工程をシミュレーションする機能を持つ部分を用いて行うものである。シミュレーション装置1については、第1の実施形態におけるシミュレーション装置1と同じであるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0059】
本実施形態のイオン注入工程のプロセスシミュレーションは、第1の実施形態と同様に、図2に示すようなフローチャートで行われ、シリコン基板中のHf原子の分布を得ることができる。
(ステップ1)基板を構成する原子の組成の初期設定
(ステップ2)入射粒子の入射条件の設定
(ステップ3)シミュレーション及び各セルについての物理量の更新
(ステップ4)基板を構成する原子の組成の算出
【0060】
ここでは、(ステップ1)、(ステップ2)及び(ステップ4)は、第1の実施形態と同様であるため、詳細な説明は省略する。そして、第1の実施形態と異なる(ステップ3)についてのみ説明する。
【0061】
(ステップ3)
ステップ3の「シミュレーション及び各セルについての物理量の更新」を構成するステップを、図5のフローチャートを用いて説明する。
【0062】
まず、ステップ2で入力された数のAsイオンのうち、1番目の1個のAsイオンについて、シミュレーションを行う。
【0063】
Asイオンの番号を1番目と設定する(n=1)(S3−2−1)。
【0064】
ステップ2で設定した入射条件にあわせて、第1の実施形態と同様に、1個の1番目のAsイオンを入射する。1番目のAsイオンの入射位置等は、乱数を用いて定めることができる(S3−2−2)。
【0065】
そして、S1−3で算出した各セルを構成する構成原子比率(シリコン原子、酸素原子、及び、Hf原子)に基づいて、1番目のAsイオンの衝突相手となる原子を探し出す。詳細には、基板を構成する原子との衝突を繰り返しつつ基板中の進行する1番目のAsイオンの軌跡を追跡しつつ、1番目のAsイオンが衝突によって失う運動エネルギーを算出する(S3−2−3)。
【0066】
さらに、1番目のAsイオンの軌跡を追跡する中で、1番目のAsイオンと衝突することにより、反跳するHf原子が存在する場合には、反跳する反跳Hf原子が存在することが明らかになった時点で、1番目のAsイオンの軌跡の追跡を一旦停止し、1個の反跳Hf原子についてシミュレーションを行う。詳細には、この1番目の反跳Hf原子(1´(1))についても、S1−3で算出した各セルの構成原子比率に基づいて、衝突相手となる原子を探し出す。詳細には、基板中に含まれる原子との衝突を繰り返しつつ進行する1番目の反跳Hf原子の軌跡を追跡しつつ、この1番目の反跳Hf原子(1´(1))が、衝突によって失う運動エネルギーを算出する(S3−2−4)。
【0067】
その算出に基づいて、1番目の反跳Hf原子(1´(1))が静止する静止位置座標(R1´(1))を算出する(S3−2−5)。
【0068】
反跳Hf原子が静止するとは、反跳Hf原子の有する運動エネルギーがゼロとなるような場合に限られるものではなく、反跳Hf原子が静止したとみなすことができるような運動エネルギーの値よりも小さな運動エネルギーを反跳Hf原子が有する場合も含まれる。このことは、この後に行うステップにおける反跳Hf原子及びAsイオンに対しても同様である。
【0069】
1番目の反跳Hf原子(1´(1))の静止位置座標(R1´(1))が含まれるセル(反跳原子静止セル)を導き出す。そして、この導き出したセルに含まれるHf原子の原子数濃度(原子数密度)を算出し、記録する。さらに、算出したHf原子の原子数濃度に基づいて、このセルに含まれる構成原子比率を算出し、その値を記録する(S3−2−6)。
【0070】
次に、一旦停止していた1番目のAsイオンの軌跡の追跡を再度開始し、S3−2−6において算出した構成原子比率に基づいて、さらに1番目のAsイオンの衝突相手となる原子の探索を再度行う(S3−2−3)。
【0071】
先程と同様に、1番目のAsイオンと衝突することにより反跳する2番目の反跳Hf原子(1´(2))が存在する場合には、2番目の反跳Hf原子(1´(2))が存在することが明らかになった時点で、1番目のAsイオンの軌跡の追跡を再度停止し、反跳する2番目の反跳Hf原子(1´(2))についてシミュレーションを行う。詳細には、1番目の反跳Hf原子に対するシミュレーションと同様に、1番目の反跳Hf原子についてのシミュレーションにおけるS3−2−6で算出した構成原子比率に基づいて、基板に含まれる衝突相手となる原子を探し出し、衝突を繰り返しつつ進行する2番目の反跳Hf原子(1´(2))の軌跡を追跡する。そして、2番目の反跳Hf原子(1´(2))が、衝突によって失う運動エネルギーを算出する(S3−2−4)。
【0072】
その算出に基づいて、2番目の反跳Hf原子(1´(2))が静止する静止位置座標(R1´(2))を算出する(S3−2−5)。
【0073】
2番目の反跳Hf原子の静止位置座標(R1´(2))が含まれるセルを導き出す。そして、このセルに含まれるHf原子の原子数濃度を算出し記録する。さらに、算出したHf原子の原子数濃度に基づいて、このセルに含まれる構成原子比率を算出し、その値を記録する(S3−2−6)。
【0074】
このような反跳Hf原子の静止位置座標の算出及び構成原子比率の更新を、1番目のAsイオンが静止するまでの間、3番目、4番目、・・・、n番目、というように、1番目のAsイオンにより反跳されるすべての反跳Hf原子(1´(n))に対して、1個ずつ行う(S3−2−3からS3−2−6)。
【0075】
そして、第1の実施形態と同様に、基板中に含まれる原子との衝突を繰り返しつつ基板中を進行する1番目のAsイオンの軌跡を追跡しつつ、1番目のAsイオンが、衝突によって失う運動エネルギーを算出する。その算出に基づいて、1番目のAsイオンが静止する静止位置座標(R1)を算出する(S3−2−7)。
【0076】
1番目のAsイオンが静止する静止位置座標(R1)が含まれるセル(静止セル)を導き出す。そして、この導き出したセルに含まれるAsイオンの原子数濃度を算出し、記録する。さらに、算出したAsイオンの原子数濃度に基づいて、このセルに含まれる構成原子比率を算出し、その値を記録する(S3−2−8)。
【0077】
次に、1番目のAsイオンのときと同様に、入射するAsイオンのうち2番目の1個のAsイオンについてのシミュレーションを行う(S3−2−9)。
【0078】
1番目のAsイオンと同様に、Asイオンの番号を2番目と設定する(n=2)(S3−2−10)。
【0079】
ステップ2で設定した入射条件にあわせて、2番目のAsイオンを入射する。2番目のAsイオンの入射位置等も、乱数を用いて定めることができる(S3−2−2)。
【0080】
そして、先にS3−2−8のステップで算出された構成原子比率に基づいて、2番目のAsイオンと衝突することとなる、基板に含まれる原子を探し出す(S3−2−3)。
【0081】
1番目のAsイオンのときと同様に、2番目のAsイオンと衝突し反跳する反跳Hf原子(2´(n))についてもシミュレーションし、構成原子比率の算出を行う(S3−2−4からS3−2−6)。この際、2番目のAsイオンにより反跳されるすべての反跳Hf原子(2´(n))に対して、1個ずつシミュレーションを行う。
【0082】
そして、1番目のAsイオンと同様に、基板に含まれる原子との衝突を繰り返しつつ基板中を進行する2番目のAsイオンの軌跡を追跡しつつ、2番目のAsイオンが衝突によって失う運動エネルギーを算出する。その算出に基づいて、2番目のAsイオンが静止する静止位置座標(R2)を算出する(S3−2−7)。
【0083】
この2番目のAsイオンが静止する静止位置座標(R2)が含まれるセルを導き出す。そして、このセルに含まれるAsイオンの原子数濃度を算出し、記録する。さらに、算出したAsイオンの原子数濃度に基づいて、このセルに含まれる構成原子比率を算出し、その値を記録する(S3−2−8)。
【0084】
そして、3番目、4番目、・・・、n番目、というように、所望の数のAsイオンに対して、1個ずつ、上記のようなモンテカルロ法を用いたシミュレーションを行う(S3−2−2からS3−2−10)。
【0085】
すべてのAsイオンに対して、上記シミュレーションが終了したら、ステップ4へ進む(S3−2−11)。
【0086】
このように、本実施形態によれば、Hf原子が含まれるゲート絶縁膜を備えるシリコン基板にAsイオンを入射する工程において、シリコン基板中の最終的なHf原子の分布状態を求める際、Asイオンの入射にともなって変化していく基板の組成や、Asイオンと衝突することによりゲート絶縁膜からシリコン基板に入ったHf原子が、さらに後から入射するAsイオンやそのほかのHf原子によって、さらにシリコン基板の奥までたたきこまれるような可能性にまで考慮して、精度の高いシミュレーションを行うことができる。さらに、計算時間とコンピュータ資源の消費とを抑えることができる。
【0087】
なお、第1の実施形態及び第2の実施形態における入射する入射粒子(酸素イオン、Asイオン)の数は、実際に行うイオン注入で注入される入射粒子の数と同じであるとして、説明したが、計算時間とコンピュータ資源との消費を抑えるために、これらの実施形態における入射粒子の数は、実際に行うイオン注入での入射粒子の数よりも少なくても多くても良く、このような場合、シミュレーション結果が実際のイオン注入の入射粒子の数と合うように、シミュレーション結果を規格化してもよい。
【0088】
また、第1の実施形態及び第2の実施形態においては、シリコン基板に入射粒子を入射するものとして説明したが、シリコン基板に限られるものではなく、入射粒子を入射する対象となりえる基板であれば、複数の材質からなる複雑な構造のものであっても良い。
【0089】
さらに、先に説明した実施形態のイオン注入シミュレーションプログラムは、その少なくとも一部を実現するプログラムをフレキシブルディスクやCD−ROM等の記録媒体に収納し、コンピュータに読み込ませて実行させてもよい。記録媒体は、磁気ディスクや光ディスク等の着脱可能なものに限定されず、ハードディスク装置やメモリなどの固定型の記録媒体でもよい。
【0090】
そして、先に説明した実施形態のイオン注入シミュレーションプログラムの少なくとも一部を実現するプログラムを、インターネット等の通信回線(無線通信も含む)を介して頒布してもよい。さらに、同プログラムを暗号化したり、変調をかけたり、圧縮した状態で、インターネット等の有線回線や無線回線を介して、あるいは記録媒体に収納して頒布してもよい。
【0091】
また、本発明は、上記各実施形態に限定されるものではなく、これら以外の各種の形態を採ることができる。すなわち、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変形して実施することができる。
【符号の説明】
【0092】
1 半導体プロセスシミュレーション装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板に対して、入射粒子を入射し、前記各入射粒子の前記基板中における静止位置座標を求めることにより、前記基板中の前記入射粒子の分布を計算するイオン注入シミュレーションプログラムであって、
1個の前記入射粒子を前記基板に入射し、前記基板中に含まれる原子と衝突を繰り返しつつ前記基板中を進行する前記入射粒子の軌跡と、前記入射粒子が衝突により失うエネルギーとを、あらかじめ入力された前記基板の組成に基づき、計算して、前記入射粒子の静止位置座標を算出する第1の処理と、
前記基板が入射させた前記入射粒子を含むことに応じて、前記基板の組成を更新する、第2の処理とを、
所望の回数だけコンピュータに繰り返し実行させる、
ことを特徴とするイオン注入シミュレーションプログラム。
【請求項2】
前記第2の処理は、あらかじめ前記基板を区画して形成した複数のセルのうち、入射させた前記入射粒子の前記静止位置座標を含む前記セルの組成を、入射させた前記入射粒子を含むものとして計算することにより、前記基板の組成を更新する、
ことを特徴とする請求項1に記載のイオン注入シミュレーションプログラム。
【請求項3】
基板に対して、入射粒子を入射し、前記入射粒子を入射することによって変化した前記基板の組成を計算するイオン注入シミュレーションプログラムであって、
1個の前記入射粒子を前記基板に入射し、前記基板中に含まれる原子と衝突を繰り返しつつ前記基板中を進行する前記入射粒子の軌跡と、前記入射粒子が衝突により失うエネルギーとを、あらかじめ入力された前記基板の組成に基づき、計算して、前記入射粒子の静止位置座標を算出する第1の処理と、
前記入射粒子と衝突することにより、前記基板中の前記原子が反跳する場合、反跳した前記原子を反跳原子として定義し、前記基板中に含まれる他の前記原子と衝突を繰り返しつつ前記基板中を進行する前記反跳原子の軌跡と、前記反跳原子が衝突により失うエネルギーとを、あらかじめ入力された前記基板の組成に基づき、計算して、前記反跳原子の静止位置座標を算出する第2の処理と、
あらかじめ前記基板を区画して形成した複数のセルのうち、入射させた前記入射粒子の前記静止位置座標を含む前記セルの組成を、入射させた前記入射粒子を含むものとして、前記反跳原子の静止位置座標を含む前記セルの組成を、前記反跳原子を含むものとして、それぞれ計算することにより、前記基板の組成を更新する、第3の処理とを、
所望の回数だけコンピュータに繰り返し実行させる、
ことを特徴とするイオン注入シミュレーションプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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