説明

イオン注入法及び磁気記録媒体の製造方法

【課題】一定の加速電圧で処理対象物の厚さ方向全長に亘って均一なイオン濃度分布を得ることができる生産性のよいイオン注入法を提供する。
【解決手段】本発明は、減圧下で所定の処理ガスを導入してプラズマを形成し、このプラズマ中のイオンを引き出し、引き出したイオンを加速して処理対象物W内に注入するイオン注入法であって、処理ガスとして、X(式中、X及びYを互いに異なる元素であって、その質量数が1、5〜40の原子とし、m=1〜4、n=1〜10とする)で表される分子の中から選択されるものを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン注入法及び磁気記録媒体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン注入法は、物質のイオンを固体の処理対象物内に埋め込み、この処理対象物の特性を変化させるものであり、半導体デバイス等の電子素子の製造に広く用いられ、近年、磁気記録媒体の製造工程等で利用されている。例えば、高密度記録方式(BPR方式)の磁気記憶媒体の製造工程において、イオン注入法を用いて、処理対象物たる磁性膜の所定部分に消磁部を形成することが例えば特許文献1で知られている。
【0003】
上記従来例のものでは、先ず、磁性膜と保護領域を形成するマスクとを順次積層したガラス等の基板を減圧下の処理室内に配置した後、イオン発生装置内に窒素ガス等の処理ガスを導入すると共に、イオン発生装置内に設けたアンテナに高周波電力を印加してイオン発生装置内にプラズマを形成する。そして、イオン発生装置と処理室内の基板との間に配置された加速電極に加速電圧(引出電圧)を印加し、質量分離することなく、プラズマ中で電離した処理ガスのイオンを引き出し、イオンを加速して基板に照射する。これにより、マスクで保護されていない磁性膜内に処理ガスのイオンが注入され、この部分が消磁部となり、マスクで保護されているその他の部分が磁性記録部となる。
【0004】
このように磁性膜内にイオンを注入して当該磁性膜を消磁部と磁性記録部とに分断する際、所謂書き滲みによる磁気記録特性の低下を防止すべく、両者を確実に分断するには、磁性膜の厚さ方向全長に亘って処理ガスのイオンを均一に分布させる必要がある(つまり、磁性膜表面から、磁性膜と基板との界面までの間で処理ガスのイオン濃度が均一となっている必要がある)。ここで、イオンの注入深さ(磁性膜表面から厚さ方向でイオンが注入される位置)は、加速電極で加速されたときのイオンの加速エネルギに相関する。
【0005】
このため、上記従来例の如く、単一元素からなる処理ガスを用いたイオン注入法では、処理ガスのイオンが加速電圧に応じた加速エネルギで一定深さに注入されるため、磁性膜の厚さ方向全長に亘って処理ガスのイオンを均一に分布させることができない。このような場合、加速電圧を段階的に変化させてイオンの加速エネルギを段階的に変えることでイオンの注入深さを変えることが考えらえるが、これでは、イオン注入時の制御が複雑になるだけでなく、処理時間が長くなって生産性が悪い。
【0006】
ところで、上記書き滲みを防止するためには、消磁部と磁性記録部とが確実に分断されるだけでなく、イオン注入時にマスクで保護される磁性記録部に処理ガスのイオンが注入されないことが必要となる。然し、上記従来例の如く、単一元素からなる処理ガスを用いたイオン注入法では、例えば、基板との界面付近までイオンが注入されるように加速電圧を高く設定したとき、処理ガスの種類によっては、当該処理ガスの分子イオンと単原子イオンが存在し、加速エネルギの高い単原子イオンがマスクを突き抜けて磁性記録部にも注入される場合がある(エネルギーコンタミネーション)。磁性記録部に処理ガスのイオンが注入されると、磁性記録部の飽和磁化及び保持力が変化し、この磁性記録部に注入されたイオンがノイズ成分となって、磁気記録媒体としての磁気記録特性が低下する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2010/032778号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、以上の点に鑑み、複雑な制御を必要とせず、一定の加速電圧で処理対象物の厚さ方向全長に亘って均一なイオン濃度分布を得ることができる生産性のよいイオン注入法を提供することをその第1の課題とするものである。また、本発明は、消磁部と磁性記録部とが確実に分断されて磁気記録特性のよい磁気記録媒体を生産性よく製造できる磁気記録媒体の製造方法を提供することをその第2の課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記第1の課題を解決するために、本発明は、減圧下で所定の処理ガスを導入してプラズマを形成し、このプラズマ中のイオンを引き出し、引き出したイオンを加速して処理対象物内に注入するイオン注入法であって、前記処理ガスとして、X(式中、X及びYを互いに異なる元素であって、その質量数が1、5〜40の原子とし、m=1〜4、n=1〜10とする)で表される分子の中から選択されるものを用いることを特徴とする。
【0010】
本発明によれば、処理ガスとしてXで表される分子の中から選択されるものを用いることで、当該処理ガスの分子がプラズマ中で数種類の質量を持つ原子や分子のイオンに電離(分離)する。例えば、処理ガスとしてCHガスを用いる場合を例に説明すると、プラズマ中では、CHガスが、CH、CH、CH、CH、C、H等のイオンに電離する。そして、これらのイオンを一定の加速電圧で加速すれば、上記各イオンは夫々異なる質量を持つため、上記各炭素原子の加速エネルギは夫々異なるものとなる。このため、加速電圧を所定値に適宜設定すれば、処理対象物の厚さ方向全長に亘って均一なイオン濃度分布を得ることができる。この場合、加速電圧を変化させる等の制御は不要となり、一定の加速電圧下の一度のイオン注入を行えばよいため、生産性よく所定のイオンを注入することができる。尚、処理ガスとして質量数が40を超える原子が結合した分子を選択すると、この分子が電離したイオンの質量が大きくなりすぎて、イオン注入時に処理対象物に対し削れ損傷を与える等の不具合が生じる。
【0011】
本発明においては、処理ガスがAlH、SiH、GeH、CH、PH、C、NH、B、N、AsH、HSe、HO及びCOから選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。この処理ガスは、水素、窒素又は不活性ガスで希釈されたものであってもよい。
【0012】
また、上記第2の課題を解決するために、本発明の磁気記録媒体の製造方法は、処理すべき基板表面に磁性膜を形成する磁性膜形成工程と、磁性膜表面に、所定の保護領域を形成するマスク形成工程と、減圧下で所定の処理ガスを導入してプラズマを形成し、このプラズマ中のイオンを引き出し、引き出したイオンを加速して基板に照射するイオン注入工程と、を備え、前記処理ガスとして、X(式中、X及びYのいずれか一方を水素原子とし、いずれか他方を質量数が5〜40の原子とし、水素原子の数を1〜6とし、他の原子の数を1〜2とする)で表される分子の中から選択されるものを用いることを特徴とする。
【0013】
本発明によれば、イオン注入工程において、水素原子と質量数が5〜40の原子とが結合した分子からなる処理ガスを用いることで、当該処理ガスがプラズマ中で数種類の質量を持つ原子や分子のイオンに電離する。この場合、質量の異なるより多くの種類のイオンに電離させるためには、処理ガスを表す上式Xにおける水素原子数(m又はn)を多く(例えば4以上)することが好ましい。そして、これらのイオンを一定の加速電圧で加速すれば、各イオンの加速エネルギは夫々異なるものとなるため、マスクで保護されていない消磁部の厚さ方向全長に亘って均一なイオン濃度分布が得られる。このとき、電離した水素イオンも消磁部に注入されるが、注入された水素イオンによって消磁部の飽和磁化及び保持力は影響を受けないことが本発明者らによって確認された。このため、上記均一なイオン濃度分布が得られることと相俟って、消磁部と磁性記録部とを確実に分断できる。また、数種の分子イオンにおいて、所望原子の加速エネルギが最も高い状態で突き抜けることのない厚みにマスクを形成すれば、水素単原子イオン以外の全てのイオンはマスクを突き抜けることができない。このため、磁性記録部の磁性にノイズとなる損傷を与えることはない。電離した水素イオンの一部はマスクを突き抜けて磁性記録部にも注入される場合があるが、注入された水素イオンにより磁性記録部の飽和磁化及び保持力が低下しないことが本発明者らによって確認された。従って、上記消磁部と磁性記録部とを確実に分断できることと相まって、書き滲みを防止でき、磁気記録特性に優れた磁気記録媒体を生産性よく製造できる。
【0014】
本発明においては、処理ガスがAlH、SiH、GeH、CH、PH、C、NH、B、N、AsH、HSe及びHOから選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。この処理ガスは、水素、窒素又は不活性ガスで希釈されたものであってもよい。例えばBのような2つのB原子を持つ分子を処理ガスとして用いた場合、プラズマにてBラジカルのほかにBH、BH、BHラジカルも発生する。そして、上記の如く消磁部にイオンを注入する場合、BHラジカルに加速エネルギを設定すれば、Bを2原子含むBの注入深さよりも、Bを1原子含むBH等の注入深さが浅いため、エネルギーコンタミネーションの問題も事実上生じない。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施形態のイオン注入法に用いられるイオン注入装置を示す概略断面図。
【図2】本発明の実施形態のイオン注入法により得られるイオン濃度分布を模式的に示す図。
【図3】(a)〜(d)は、本発明の実施形態のイオン注入法を用いた磁気記録媒体の製造方法を示す工程図。
【図4】本発明の実験結果を示す図。
【図5】本発明の実験結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態のイオン注入法を説明する。図1には、本実施形態のイオン注入法を実施し得るイオン注入装置Mが示されている。イオン注入装置Mは、下部よりも上部が小径に形成された筒状の真空チャンバ1を備える。真空チャンバ1の下部空間11には、静電チャック用の電極(図示せず)を埋設したステージ2が設けられている。そして、図外のチャック用電源から電極間に所定電圧を印加すると、電極間に生じる静電気力により処理対象物Wがステージ2上で位置決め保持される。真空チャンバ1の側壁下部には排気管3を介して真空ポンプPが接続され、真空チャンバ1内を減圧保持できる。
【0017】
真空チャンバ1の上部空間12にはイオン発生装置4が挿設されている。イオン発生装置4の下部には、ステージ2上の処理対象物Wに対向して開口(イオン放出口)が開設されている。イオン発生装置4にはガス供給系5が接続され、イオン発生装置4内に所定の処理ガスを所定の流量で供給できるようになっている。また、イオン発生装置4内にはアンテナコイル6が設けられている。そして、イオン発生装置4内に処理ガスが供給された状態で、アンテナコイル6に高周波電源7から高周波電力を印加すると、イオン発生装置4内にICP放電によりプラズマが形成される。
【0018】
イオン発生装置4に供給する処理ガスとしては、後述の如く異なる質量を持つ原子や分子のイオンに電離されるように、X(式中、X及びYを互いに異なる質量数が1、5〜40の原子とし、m=1〜4、n=1〜10とする)で表される分子の中から選択することが好ましい。具体的には、処理ガスは、AlH、SiH、GeH、CH、PH、C、NH、B、N、AsH、HSe、HO及びCOから選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。特に、磁性膜を非磁性化するために用いる処理ガスとしては、CH、PH、C、NH及びHOから選択されることが好ましく、CHがより好ましい。また、処理ガスは、水素、窒素又は不活性ガス(希ガス)により希釈されたものであってもよい。
【0019】
イオン発生装置4の下部開口とステージ2との間には、イオン注入方向(図中上下方向)に沿って並べられた4つの電極80a〜80dからなる加速電極8が配置されている。各電極80a〜80dには、イオンの通過を許容する透孔が形成されている。そして、イオン発生装置4内でプラズマが形成された状態で、加速電源9から加速電極8に所定の加速電圧を印加すると、イオン発生装置4からイオンが引き出され、引き出されたイオンが加速電極8を通過する際に加速され、加速されたイオンが処理対象物Wに照射される。尚、本実施形態では加速電極8が4つの電極80a〜80dで構成されているが、加速電極は少なくとも1つの電極で構成できる。
【0020】
上述したポンプP、ガス供給系5、高周波電源7、加速電源9等は、コンピュータ、シーケンサーやドライバー等を備えた制御手段(図示省略)により統括制御されるようになっている。以下、処理ガスをCHとし、処理対象物Wを磁性膜等の所定膜が形成された基板とし、該膜内にイオンを注入する場合を例として、上記イオン注入装置を用いたイオン注入法について説明する。
【0021】
先ず、真空ポンプPを作動させてイオン発生装置4の内部と共に真空チャンバ1の内部を真空引き(減圧)する。そして、減圧された真空チャンバ1内のステージ2上に、図外の搬送装置を用いて処理対象物Wを載置し、ステージ2内の電極にチャック用電圧を印加してステージ2上に基板Wを保持する。次いで、ガス供給系5によりCHガスをイオン発生装置4内に供給し、高周波電源7からコイル6に高周波電力を印加することで、イオン発生装置4内でプラズマが形成される。この状態で、基板Wが接地電位に固定される。CHガスの流量は例えば10〜50sccmの範囲から選択でき、高周波電力は例えば13.56MHzで150〜1000Wの範囲から選択できる。プラズマ中では、CHガスが、CH、CH、CH、CH、C、H等の異なる質量を持つイオンに電離する。そして、加速電極8に一定の加速電圧(例えば5keV)を印加すれば、これらのイオンがイオン発生装置4から引き出され、引き出されたイオンが処理対象物Wに向けて加速される。このとき、質量の異なる各イオンにおける所望原子(ここでは炭素原子)の加速エネルギは夫々異なるものとなる。
【0022】
ここで、イオンの注入深さ(処理対象物W表面から厚さ方向でイオンが注入される位置)は、加速電極8で加速されたときのイオンの加速エネルギに相関する。このため、図2に示すように、最大の加速エネルギ(例えば5keV)を持つCが基板との界面付近に注入され、2番目に大きい加速エネルギ(例えば4.6keV)を持つCHがCよりも浅い位置に注入され、3番目に大きい加速エネルギ(例えば4.3keV)を持つCHがCHよりも浅い位置に注入される。さらに、4番目に大きい加速エネルギ(例えば4.0keV)を持つCHがCHよりも浅い位置に注入され、最小の加速エネルギ(例えば3.8keV)を持つCHが膜の表面近傍に注入される。その結果、膜の厚さ方向全長に亘って均一なイオン濃度分布が得られる。
【0023】
以上説明した本実施形態のイオン注入法によれば、イオン発生装置4に供給する処理ガスとしてCHガスを用いることで、このCHガスがプラズマ中で異なる質量を持つ複数のイオンに電離されるため、これらのイオンを一定の加速電圧で加速すれば、各イオンは異なる質量を持つため、加速された各イオンが異なる加速エネルギを有する。このため、加速電圧を適宜設定すれば、処理対象物Wの厚さ方向全長に亘って均一なイオン濃度分布を得ることができる。しかも、従来例の如く加速電圧を変化させる等の制御は不要となり、一定の加速電圧下での1回のイオン注入を行えばよいため、生産性よくイオンを注入できる。
【0024】
次に、図3を参照して、ハードディスク用のBPR方式磁気記録媒体を製造する場合を例に、本実施形態の磁気記録媒体の製造方法を説明する。先ず、図3(a)に示すように、ガラスや樹脂からなる基板21の表面に、磁性膜22を形成する(磁性膜形成工程)。次いで、磁性膜22の表面に保護膜23を形成する。
【0025】
ここで、磁性膜22としては、Fe、Co、Niから選択される少なくとも1種の磁性材料を含むものを用いることができ、その構造は特に限定されず、例えば、Co/Pd、Co/Pt、Fe/Pd、Fe/Pt等の人工格子膜(金属積層膜)、又はCoPt(Cr)合金膜を用いることができる。保護膜23としては、ダイヤモンドライクカーボン、水素化炭素、窒素化炭素、炭化ケイ素、酸化シリコン、酸化ジルコニウム又は窒化チタンからなるものを用いることができる。これらの磁性膜22や保護膜23の形成方法としては、公知の方法を用いることができるため、ここでは詳細な説明を省略する。尚、基板21と磁性膜22との間に例えばCrMoからなる下地膜を形成することもできる。
【0026】
次いで、図3(b)に示すように、保護膜23の表面に、磁性膜22の磁性記録部22aを覆う部分(保護領域)が、消磁部22bを覆う部分よりも厚いマスク24を形成する(マスク形成工程)。マスク24としては、カーボンやレジストからなるものを用いることができ、マスク24の形成方法としては、公知のインプリント法やフォトリソグラフィー法を用いることができる。尚、マスク24により消磁部22bが覆われなくてもよい。
【0027】
このようにマスク24が形成されたものを処理対象物Wとし、この処理対象物Wを上記イオン注入装置Mのステージ2上に搬送する。そして、上記と同様に、ステージ2上に処理対象物Wを保持し、減圧下で、ガス供給系5によりイオン発生装置4内に処理ガスとしてCHガスを供給し、高周波電源7からコイル6に高周波電力を印加すると、CHガスが、CH、CH、CH、CH、C、H等の質量の異なるイオンに分解される。ここで、CHガスの流量及び高周波電力は、イオンのドーズ量に応じて適宜選択できる。CHガスの流量は例えば10〜50sccmの範囲内から選択でき、高周波電力は例えば周波数が13.56MHz、150〜1000Wの範囲内から選択できる。
【0028】
このように質量の異なるイオンが生じた状態で加速電極8に一定の加速電圧(例えば5keV)を印加すると、これらのイオンがイオン発生装置4から引き出され、引き出されたイオンが加速されて処理対象物Wに照射される(イオン注入工程)。その結果、保護膜23越しに磁性膜22内にイオンが注入される。このとき、磁性記録部22a直上(マスク領域、保護領域)では、マスク24内でイオンが停止するため、磁性膜22内にイオンが注入されない。
【0029】
上記と同様に、イオンの注入深さはイオンの加速エネルギに相関するため、最大の加速エネルギを持つCが基板21との界面付近に注入され、Cよりも浅い位置にCHが注入され、CHよりも浅い位置にCHが注入される。さらに、CHよりも浅い位置にCHが注入され、加速エネルギが最も小さいCHが磁性膜22の表面近傍に注入される。その結果、磁性膜22の厚さ方向全長に亘って均一なイオン濃度分布が得られる。最後に、マスク24を除去すると、図3(c)に示す構造の磁気記録媒体が得られる。
【0030】
以上説明した本実施形態の磁気記録媒体の製造方法によれば、イオン注入工程で用いる処理ガスとして水素原子と質量数が12の炭素原子とが結合したCHガスを用いることで、このCHガスがプラズマ中で容易に質量分離し、CH、CH、CH、CH、C、H等の異なる質量を持つ原子や分子のイオンに電離する。そして、これらのイオンを一定の加速電圧で加速すると、各イオンにおいて所望原子(ここでは炭素原子)が異なる加速エネルギを有することになる。最大の加速エネルギを持つCが基板21との境界近傍に注入されるように加速電圧を例えば5keVに設定すれば、磁性膜22の消磁部22bにて表面から底面に亘って均一なイオンの濃度分布を得ることができる。このとき、電離した水素イオンHも消磁部22bに注入されるが、後述するように、注入された水素イオンによって消磁部22bの飽和磁化及び保持力は影響を受けないことが本発明者らによって確認された。最大の加速エネルギを有するC+が突き抜けない厚みのマスクを形成すると、水素以外のイオンは全てマスク内で停止し、磁気記録部に注入されることはない。このため、上記均一なイオンの濃度分布が得られることと相俟って、消磁部22bと磁性記録部22aとを確実に分断できる。また、電離した水素イオンの一部がマスク24及び保護膜23を突き抜けて磁性記録部22aにも注入される場合があるが、後述するように、注入された水素イオンにより磁性記録部22aの飽和磁化及び保持力が低下しないことが本発明者らによって確認された。従って、上記消磁部22bと磁性記録部22aとを確実に分断できることと相俟って、書き滲みを防止でき、高い磁気記録特性を有する磁気記録媒体が得られる。しかも、イオン注入工程にて従来例の如く加速電圧を変化させる等の制御は不要となるため、生産性よく磁気記録媒体を製造できる。
【0031】
上記実施形態の効果を確認するために以下の実験を行った。実験1では、イオン発生装置4に処理ガスとしてCHガスを30sccmで供給し、コイル6に13.56MHz、300Wの高周波電力を印加してプラズマを形成し、加速電極8に5keVの加速電圧を印加して加速したイオンの加速エネルギを測定した。その測定結果を図4に示す。図4には、処理ガスとしてCHガス、CHガス、CHガスをそれぞれ用いる場合の加速エネルギの測定結果を併せて示す。本実験1によれば、処理ガスが異なる加速エネルギを持つイオンに分解されることが確認された。CHガスの場合、Cの加速エネルギが5.0keVであり、CHの加速エネルギが4.6keVであり、CHの加速エネルギが4.3keVであり、CHの加速エネルギが4.0keVであり、CHの加速エネルギが3.8keVであり、Hの加速エネルギが0.3〜5.0keVであった。
【0032】
そして、基板表面に磁性膜を形成し、磁性膜表面に100nmの厚さを有するカーボン膜を形成したものを処理対象物Wとし、この処理対象物Wに上記異なる加速エネルギを持つイオンを照射したところ、加速エネルギが5.0keVである水素イオン(水素単原子が電離した水素イオン)がカーボン膜を突き抜けて磁性膜内に注入されることが確認された。そこで、本発明者らは、注入された水素イオンによる磁性膜の飽和磁化Ms及び保持力Hcの変化を以下の実験2で確認した。
【0033】
本実験2では、水素イオン注入後の磁性膜の飽和磁化Ms及び保持力Hcの残存率を測定した。基板表面に磁性膜のみを形成したものを処理対象物Wとし、水素イオンのドーズ量は実際注入される密度から換算して、2.5、5、7.5、10[×1014atom/cm]のように変化させて測定した。測定結果を図5に示す。図5の縦軸の残存率(%)は、水素イオン注入前の磁性膜の飽和磁化Ms及び保持力Hcの値に対する水素イオン注入後の値Ms、Hcの比率である。本実験2によれば、水素イオンを注入しても、磁性膜の飽和磁化Ms及び保持力Hcは変化しないことが確認された。
【0034】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記のものに限定されるものではない。例えば、上記実施形態では、処理ガスとしてCHガスを用いて目的元素Cを注入する場合を例に説明したが、目的元素としては、O、B、P、F、N、H、Ar、Al、Si、Ge、As、Seの群から少なくとも1種を選択することができる。
【0035】
上記実施形態では、ICP法によりプラズマを形成する場合を例に説明したが、イオン発生装置4内に対向配置した平板電極に高周波電力を印加してプラズマを形成してもよい。
【符号の説明】
【0036】
W…処理対象物、21…基板、22…磁性膜、22b…消磁部、24…マスク。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
減圧下で所定の処理ガスを導入してプラズマを形成し、このプラズマ中のイオンを引き出し、引き出したイオンを加速して処理対象物内に注入するイオン注入法であって、
前記処理ガスとして、X(式中、X及びYを互いに異なる元素であって、その質量数が1、5〜40の原子とし、m=1〜4、n=1〜10とする)で表される分子の中から選択されるものを用いることを特徴とするイオン注入法。
【請求項2】
前記処理ガスは、AlH、SiH、GeH、CH、PH、C、NH、B、N、AsH、HSe、HO及びCOの中から選択される少なくとも1種を含むことを特徴とする請求項1記載のイオン注入法。
【請求項3】
前記処理ガスは、水素、窒素又は不活性ガスで希釈されたものであることを特徴とする請求項2記載のイオン注入法。
【請求項4】
処理すべき基板表面に磁性膜を形成する磁性膜形成工程と、
磁性膜表面に、所定の保護領域を形成するマスク形成工程と、
減圧下で所定の処理ガスを導入してプラズマを形成し、このプラズマ中のイオンを引き出し、引き出したイオンを加速して基板に照射するイオン注入工程と、を備え、
前記処理ガスとして、X(式中、X及びYのいずれか一方を水素原子とし、いずれか他方を質量数が5〜40の原子とし、水素原子の数を1〜6、他方の原子の数を1〜2とする)で表される分子の中から選択されるものを用いることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項5】
前記処理ガスとして、AlH、SiH、GeH、CH、PH、C、NH、B、N、AsH、HSe及びHOの少なくとも1種を含むものを用いることを特徴とする請求項4記載の磁気記録媒体の製造方法。
【請求項6】
前記処理ガスは、水素、窒素又は不活性ガスで希釈されたものであることを特徴とする請求項5記載の磁気記録媒体の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−12319(P2013−12319A)
【公開日】平成25年1月17日(2013.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−142821(P2011−142821)
【出願日】平成23年6月28日(2011.6.28)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】