説明

イオン注入法及び磁気記録媒体の製造方法

【課題】処理対象物の表面に凹凸が生じることを防止できる生産性のよいイオン注入法を提供する。
【解決手段】本発明は、X(式中、X及びYのいずれか一方を水素原子とし、いずれか他方を質量数が11〜40の原子とし、水素原子の数を1〜6、他方の原子の数を1〜2とする)で表される分子の中から選択される少なくとも1種を含む処理ガスを用い、この処理ガスを減圧下で導入してプラズマを形成し、プラズマ中で電離したイオンを引き出し、引き出したイオンを加速して処理対象物W内に注入するイオン注入法であって、処理ガスの分圧、イオンの注入エネルギ及びイオンの注入ドーズ量の少なくとも1つを制御して、処理対象物W表面に堆積する活性種の堆積速度よりも、加速したイオンによる活性種のエッチング速度を遅くする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン注入法及び磁気記録媒体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン注入法は、物質のイオンを固体の処理対象物内に埋め込み、この処理対象物の特性を変化させるものであり、半導体デバイスや磁気記録媒体の製造工程等で広く利用されている。例えば、高密度記録方式(BPR方式)の磁気記憶媒体の製造工程において、イオン注入法を用いて、処理対象物たる磁性膜の所定部分に消磁部を形成することが例えば特許文献1で知られている。
【0003】
上記従来例のものでは、先ず、磁性膜と保護領域を形成するマスクとを順次積層したガラス等の基板を処理室内に配置した後、処理室に通じるイオン発生装置の内部と共に真空引き(減圧)する。次に、イオン発生装置内に窒素ガス等の処理ガスを導入すると共に、イオン発生装置内に設けたアンテナに高周波電力を印加してイオン発生装置内にプラズマを形成する。そして、イオン発生装置と処理室内の基板との間に配置された加速電極に加速電圧(引出電圧)を印加し、質量分離することなく、プラズマ中で電離した処理ガスのイオンを引き出し、引き出した処理ガスのイオンを加速して基板に照射する。これにより、マスクで保護されていない磁性膜内に処理ガスのイオンが注入され、このイオンが注入された部分が消磁部となり、マスクで保護されているその他の部分が磁性記録部となる。
【0004】
このように磁性膜内にイオンを注入する際、加速したイオンが磁性膜に直接衝突すると、磁性膜表面が数nm〜10nm程度エッチングされ、磁性膜表面に凹凸が生じる(磁性記録部の厚さよりも消磁部の厚さが薄くなる)。磁性膜表面に凹凸があると、磁性膜に対して記録及び再生用の磁気ヘッドを走査する際、磁気ヘッドが基板表面に接触してしまい、記録再生特性の低下を招く。
【0005】
磁性膜表面に凹凸が生じることを防止するために、上記従来例では、磁性膜表面にダイアモンドカーボン等からなる保護膜を形成している。然し、この保護膜はイオン注入後に除去されないため、記録及び再生時に磁気ヘッドから磁性膜までの距離を其程短くすることができず、記録再生特性の低下を効果的に防ぐことができない。しかも、製造工程数が増加するため、製造コストの上昇を招く。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2010/032778号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上の点に鑑み、処理対象物の表面に凹凸が生じることを防止できる生産性のよいイオン注入法を提供することをその第1の課題とするものである。また、本発明は、記録再生特性のよい磁気記録媒体を製造できる低コストの磁気記録媒体の製造方法を提供することをその第2の課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記第1の課題を解決するために、本発明は、X(式中、X及びYのいずれか一方を水素原子とし、いずれか他方を質量数が11〜40の原子とし、水素原子の数を1〜6、他方の原子の数を1〜2とする)で表される分子の中から選択される少なくとも1種を含む処理ガスを用い、この処理ガスを減圧下で導入してプラズマを形成し、プラズマ中で電離したイオンを引き出し、引き出したイオンを加速して処理対象物内に注入するイオン注入法であって、イオン注入中、処理ガスの分圧、イオンの注入エネルギ及びイオンの注入ドーズ量の少なくとも1つを制御して、処理対象物表面に堆積する活性種の堆積速度よりも、加速したイオンによる処理対象物表面に堆積した活性種のエッチング速度を遅くすることを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、上式Xで表される分子の中から選択される少なくとも1種を含む処理ガスを用いることで、当該処理ガスの分子がプラズマ中で複数種類のイオンに電離(分離)する。ここで、このプラズマ中では、処理ガスの分子の多数(一般に90%〜98%)は電離せずに、数種の活性種(ラジカル)として存在する。例えば、処理ガスとしてCHガスを用いる場合を例に説明すると、プラズマ中では、CHガスが、CH、CH、CH、CH、C及びHの各種のイオンに電離する他、CH、CH、CH、CH、C及びHの各種の活性種として存在する。これらの活性種は付着性が高いため、処理対象物表面に飛来して堆積する。そして、上記イオンを一定の加速電圧で加速すれば、加速したイオンが処理対象物表面に照射され、処理対象物表面に堆積した活性種をエッチングしつつ処理対象物内に注入される。このとき、処理対象物表面での活性種の堆積速度よりもエッチング速度が速いと、加速したイオンによって処理対象物表面がエッチングされ凹凸が生じる。
【0010】
そこで、本発明では、処理ガスの分圧、イオンの注入エネルギ及びイオンの注入ドーズ量の少なくとも1つを制御することによって、処理対象物表面での活性種の堆積速度よりもエッチング速度を遅くしたため、イオン注入中、処理対象物表面は活性種で覆われる。そして、加速したイオンは処理対象物表面に堆積した活性種に衝突した後に処理対象物内に注入される。従って、イオンによって処理対象物表面がエッチングされ、処理対象物表面に凹凸が生じることを防止できる。しかも、処理対象物表面に保護膜を形成しなくてもよいため、生産性よくイオンを注入することができる。
【0011】
本発明において、処理ガスの分圧を制御して、活性種の堆積速度よりもエッチング速度を遅くする場合には、該分圧を1×10−5〜1Paの範囲内に制御することが好ましい。また、本発明において、イオンの注入エネルギを制御して、活性種の堆積速度よりもエッチング速度を遅くする場合には、該注入エネルギを0.01〜50keVの範囲内に制御することが好ましい。
【0012】
また、上記第2の課題を解決するために、本発明の磁気記録媒体の製造方法は、処理すべき基板表面に磁性膜を形成する磁性膜形成工程と、磁性膜表面に、所定の保護領域を形成するマスク形成工程と、X(式中、X及びYのいずれか一方を水素原子とし、いずれか他方を質量数が11〜40の原子とし、水素原子の数を1〜6、他方の原子の数を1〜2とする)で表される分子の中から選択される少なくとも1種を含む処理ガスを用い、この処理ガスを減圧下で導入してプラズマを形成し、プラズマ中で電離したイオンを引き出し、引き出したイオンを加速して基板に照射するイオン注入工程と、を備え、イオン注入工程での処理ガスの分圧、イオンの注入エネルギ及びイオンの注入ドーズ量の少なくとも1つを制御して、処理対象物表面に堆積する活性種の堆積速度よりも、引き出したイオンによる処理対象物表面に堆積した活性種のエッチング速度を遅くすることを特徴とする。
【0013】
本発明によれば、イオン注入工程において、上式Xで表される分子の中から選択される少なくとも1種を含む処理ガスを用いることで、当該処理ガスがプラズマ中で複数種類のイオンに電離する。そして、これらのイオンを加速すれば、加速したイオンが基板表面に堆積した活性種をエッチングしつつ磁性膜内に注入される。このとき、活性種の堆積速度をエッチング速度よりも遅くしたため、磁性膜表面がエッチングされて凹凸が生じることを防止できる。このため、記録及び再生時に磁気ヘッドと磁性膜との距離を短くすることができ、記録再生特性に優れた磁気記録媒体を生産性よく製造できる。尚、ラジカルの堆積速度とエッチング速度が同等となるように処理ガスの分圧、イオンの注入エネルギ及びイオンの注入ドーズ量の少なくとも1つを制御すれば、イオン注入後に残存する活性種の厚さが極薄くなり、磁気ヘッドを磁性膜に近接させることができるため、記録再生特性を一層向上できてよい。
【0014】
本発明において、前記処理ガスとして、CH、PH及びCの少なくとも1種を含むものを用いることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施形態のイオン注入法に用いられるイオン注入装置を示す概略断面図。
【図2】処理対象物表面に堆積した活性種をエッチングしつつ処理対象物内に注入されるイオンを模式的に示す図。
【図3】(a)〜(c)は、本発明の実施形態のイオン注入法を用いた磁気記録媒体の製造方法を示す工程図。
【図4】本発明の実験結果を示す図。
【図5】本発明の実験結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態のイオン注入法を説明する。図1には、本実施形態のイオン注入法を実施し得るイオン注入装置Mが示されている。イオン注入装置Mは、下部よりも上部が小径に形成された筒状の真空チャンバ1を備える。真空チャンバ1の下部空間11には、静電チャック用の電極(図示せず)を埋設したステージ2が設けられている。そして、図外のチャック用電源から電極間に所定電圧を印加すると、電極間に生じる静電気力により処理対象物Wがステージ2上で位置決め保持される。真空チャンバ1の側壁下部には排気管3を介して真空ポンプPが接続され、真空チャンバ1内を減圧保持できる。
【0017】
真空チャンバ1にはイオン発生装置4が設けられている。イオン発生装置4の下部には、ステージ2上の処理対象物Wに対向して開口(イオン放出口)が開設されている。イオン発生装置4にはガス供給系5が接続され、イオン発生装置4内に所定の処理ガスを所定の流量で供給できるようになっている。また、イオン発生装置4内にはアンテナコイル6が設けられている。そして、イオン発生装置4内に処理ガスが供給された状態で、アンテナコイル6に高周波電源7から高周波電力を印加すると、イオン発生装置4内にICP放電によりプラズマが形成される。
【0018】
イオン発生装置4に供給する処理ガスとしては、後述の如く異なる質量を持つ原子や分子のイオンに電離されると共に数種の活性種が得られるように、X(式中、X及びYのいずれか一方を水素原子とし、いずれか他方を質量数が11〜40の原子とし、水素原子の数を1〜6、他方の原子の数を1〜2とする)で表される分子の中から選択される少なくとも1種を含むことが好ましく、特に、CH、PH及びCから選択される少なくとも1種を含むことが好ましい。また、処理ガスは、不活性ガスを希釈ガスとして含んでいてもよい。
【0019】
イオン発生装置4の下部開口とステージ2との間には、イオン注入方向(図中上下方向)に沿って並べられた4つの電極80a〜80dからなる加速電極8が配置されている。各電極80a〜80dには、イオンの通過を許容する透孔が形成されている。そして、イオン発生装置4内でプラズマが形成された状態で、加速電源9から加速電極8に所定の加速電圧を印加すると、イオン発生装置4からイオンが引き出され、引き出されたイオンが加速電極8を通過する際に加速され、加速されたイオンが処理対象物Wに照射される。尚、本実施形態では加速電極8が4つの電極80a〜80dで構成されているが、加速電極は少なくとも1つの電極で構成できる。
【0020】
上述したポンプP、ガス供給系5、高周波電源7、加速電源9等は、コンピュータ、シーケンサーやドライバー等を備えた制御手段(図示省略)により統括制御されるようになっている。以下、処理ガスをCHとし、処理対象物Wを磁性膜等の所定膜が形成された基板とし、該膜内にイオンを注入する場合を例として、上記イオン注入装置を用いたイオン注入法について説明する。
【0021】
先ず、図外の搬送装置を用いてステージ2上に処理対象物Wを載置し、ステージ2内の電極にチャック用電圧を印加してステージ2上に処理対象物Wを保持する。そして、真空ポンプPを作動させてイオン発生装置4の内部と共に真空チャンバ1の内部を真空引き(減圧)する。次いで、ガス供給系5によりCHガスをイオン発生装置4内に供給し、高周波電源7からアンテナコイル6に高周波電力を印加することで、イオン発生装置4内でプラズマが形成される。高周波電力は例えば13.56MHzで50〜1000Wの範囲から選択できる。プラズマ中では、CHガスの分子の数%〜10%程度が、CH、CH、CH、CH、C及びHのような異なる質量を持つ各種のイオンに電離し、CHガスの分子の残りの多数(90%〜98%程度)は、電離せずにCH、CH、CH、CH、C及びHのような各種の活性種として存在する。これらの活性種は、イオン発生装置4からステージ2に向けて飛来し、処理対象物W表面に付着し堆積する。そして、加速電極8に一定の加速電圧(例えば5kV)を印加すれば、イオン発生装置4からイオンが引き出され、引き出されたイオンが処理対象物Wに向けて加速される。加速されたイオンは、処理対象物W表面に堆積した活性種をエッチングしつつ処理対象物W内に所定の注入エネルギで注入される。
【0022】
ここで、処理対象物W表面での活性種の堆積速度がエッチング速度よりも遅いと、処理対象物W表面にイオンが直接衝突し、この衝突により処理対象物W表面がエッチングされて凹凸が生じる。本発明では、CHガスの分圧、イオンの注入エネルギ及びイオンの注入ドーズ量の少なくとも1つを制御することで、処理対象物W表面における活性種の堆積速度よりもエッチング速度を遅くした。CHガスの分圧を制御して活性種の堆積速度よりもエッチング速度を遅くする場合、分圧を1×10−5〜1Paの範囲内で制御する(このとき、CHガスの流量を1〜50sccmの範囲内とする)ことが好ましい。また、イオンの注入エネルギを制御して活性種の堆積速度よりもエッチング速度を遅くする場合、注入エネルギを0.01〜50keVの範囲内で制御する(このとき、加速電圧は0.01〜50kVの範囲内とする)ことが好ましい。なお、分圧と注入エネルギの双方を上記範囲内に制御して、活性種の堆積速度よりもエッチング速度を遅くすることもできる。また、分圧と注入エネルギと注入ドーズ量の全てを制御してもよい。
【0023】
このように活性種のエッチングを遅くすると、図2に示すように、加速されたイオンIは処理対象物W表面に堆積した活性種Rに衝突した後に処理対象物W内に注入されるため、加速されたイオンが処理対象物W表面に直接衝突しない。
【0024】
以上説明した本実施形態のイオン注入法によれば、イオン発生装置4に供給する処理ガスとしてCHガスを用いることで、このCHガスがプラズマ中で異なる質量を持つ複数のイオンに電離される。そして、これらのイオンを一定の加速電圧で加速すれば、加速された各イオンが処理対象物Wに向けて照射される。このとき、CHガスの分圧、イオンの注入エネルギ及びイオンの注入ドーズ量の少なくとも1つを制御して、処理対象物W表面での活性種の堆積速度よりもエッチング速度を遅くすることで、イオン注入中に処理対象物表面が活性種で覆われるようにしたため、処理対象物W表面に凹凸が生じることを防止できる。しかも、このような凹凸の発生を防止するために保護膜を形成する必要がないため、生産性が向上する。
【0025】
次に、図3を参照して、ハードディスク用のBPR方式磁気記録媒体を製造する場合を例に、本実施形態の磁気記録媒体の製造方法を説明する。先ず、図3(a)に示すように、ガラスや樹脂からなる基板21の表面に、磁性膜22を形成する(磁性膜形成工程)。
【0026】
ここで、磁性膜22としては、Fe、Co、Niから選択される少なくとも1種の磁性材料を含むものを用いることができ、その構造は特に限定されず、例えば、Co/Pd、Co/Pt、Fe/Pd、Fe/Pt等の人工格子膜(金属積層膜)、又はCoPt(Cr)合金膜を用いることができる。磁性膜22の形成方法としては、公知の方法を用いることができるため、ここでは詳細な説明を省略する。尚、基板21と磁性膜22との間に例えばCrMoからなる下地膜を形成することもできる。
【0027】
次いで、図2(b)に示すように、磁性膜22の表面に、磁性記録部22aを覆うマスク23を形成する(マスク形成工程)。このマスク23で覆われた部分は保護領域となる。マスク23の材料としては、カーボンやレジストを用いることができ、マスク23の形成方法としては、公知のインプリント法やフォトリソグラフィー法を用いることができる。
【0028】
このようにマスク23が形成されたものを処理対象物Wとし、この処理対象物Wを上記イオン注入装置Mのステージ2上に搬送する。そして、上記と同様に、ステージ2上に処理対象物Wを吸着保持し、イオン発生装置4と共に真空チャンバ1の内部を真空引き(減圧)する。減圧下で、ガス供給系5によりイオン発生装置4内に処理ガスとしてCHガスを供給し、高周波電源7からアンテナコイル6に高周波電力を印加すると、CHガスが、プラズマ中で質量の異なる数種イオンに電離する。このプラズマ中では、CHガスの分子の多数が数種の活性種として存在する。このとき、印加する高周波電力は例えば周波数が13.56MHz、50〜1000Wの範囲内から選択できる。
【0029】
このように質量の異なるイオンが生じた状態で加速電極8に一定の加速電圧を印加すると、これらのイオンがイオン発生装置4から引き出され、引き出されたイオンが加速されて所定の注入エネルギで処理対象物Wに照射される(イオン注入工程)。ここで、上記と同様に、CHガスの分圧、イオンの注入エネルギ及びイオンの注入ドーズ量の少なくとも1つを制御することで、処理対象物W表面での活性種の堆積速度よりもエッチング速度が遅くなる。このため、処理対象物W表面、つまり、マスク23で覆われていない磁性膜22表面が活性種で覆われることから、イオンは磁性膜22表面に堆積した活性種に衝突した後に磁性膜22内に注入される。このため、イオンによって磁性膜22表面はエッチングされず、磁性膜22表面に凹凸が生じない。即ち、磁性記録部22aの厚さよりも消磁部22bの厚さが薄くならない。最後に、マスク23を除去すると、図3(c)に示す構造の磁気記録媒体が得られる。
【0030】
以上説明した本実施形態の磁気記録媒体の製造方法によれば、イオン注入工程で用いる処理ガスとしてCHガスを用いることで、このCHガスがプラズマ中で容易に質量分離し、異なる質量を持つ原子や分子のイオンに電離する。そして、これらのイオンを加速すると、加速したイオンが処理対象物Wの全面に照射され、マスク23で覆われていない磁性膜22内にイオンが注入され、このイオンが注入された部分が消磁部22bとなる。このとき、CHガスの分圧、イオンの注入エネルギ及びイオンの注入ドーズ量の少なくとも1つを制御すれば、処理対象物W表面がイオンによりエッチングされ凹凸が生じることを防止できる。従って、記録及び再生時に磁気ヘッドを近づけても、書き滲みが発生せず、優れた記録再生特性が得られる。しかも、従来例の如く磁性膜とマスクとの間に保護膜を形成する工程が不要となるため、生産性よく磁気記録媒体を製造できる。
【0031】
尚、活性種の堆積速度とエッチング速度が同等となるようにCHガスの分圧及びイオンの注入エネルギを制御すれば、イオン注入後に残る活性種の厚さが極薄くなる。このため、記録及び再生時に磁気ヘッドを磁性膜に近接させることができ、記録再生特性を一層向上できる。
【0032】
上記実施形態の効果を確認するために以下の実験を行った。実験1では、イオン発生装置4に供給する処理ガスたるCHガスの分圧を5×10−2Pa(このとき、CHガスの流量は10sccm)とし、アンテナコイル6に13.56MHz、200Wの高周波電力を印加してプラズマを形成し、加速電極8に3kVの加速電圧を印加してイオンを注入し、このときの処理対象物W表面に堆積した活性種の厚さを測定した(発明A)。その測定結果を図4に示す。図4には、発明Aのうち加速電圧を6kVとした場合(発明B)、CHガスの分圧を1×10―1Pa(このとき、CHガスの流量は20sccm)とし、高周波電力を300Wとし、加速電圧を3kVとした場合(発明C)、発明Cのうち加速電圧6kVとした場合(発明D)の夫々の測定結果を併せて示す。本実験1によれば、CHガスの分圧とイオンの注入エネルギ(加速電圧)の何れか一方が異なると、活性種の厚さが異なることが確認された。また、図示しないが、イオンの注入ドーズ量が異なると、活性種の厚さが異なることが確認された。これより、CHガスの分圧、イオンの注入エネルギ及びイオンの注入ドーズ量の少なくとも1つを制御すれば、処理対象物表面に堆積する活性種の堆積速度よりも、加速したイオンによる処理対象物表面に堆積した活性種のエッチング速度を遅くできることが判る。
【0033】
他の実験2では、処理対象物として基板表面に磁性膜を形成したものを用い、処理ガスたるCOガスの分圧を3×10−4Paとし、炭素イオン(C)を質量分離して磁性膜内に注入エネルギ6keVで注入したときの磁性膜表面のエッチング量を測定した。その測定結果を図5に示す。本実験2によれば、炭素イオンにより磁性膜表面がエッチングされることが確認された。図示しないが、本発明者らによりCOガスの分圧や注入エネルギや注入ドーズ量を変化させた場合も同様に磁性膜表面がエッチングされることを確認した。これより、上式Xで表される分子を含まない処理ガスを用いる場合、磁性膜表面での活性種の堆積速度よりもエッチング速度を遅くすることができず、イオンにより磁性膜表面がエッチングされるため、磁性膜表面に凹凸が生じることを回避できないことが判る。
【0034】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記のものに限定されるものではない。例えば、上記実施形態では、処理ガスとしてCHガスを用いて目的元素Cを注入する場合を例に説明したが、目的元素としては、O、B、P、F、N、H、Arの群から少なくとも1種を選択することができる。
【0035】
上記実施形態では、誘導結合方式によりプラズマを形成する場合を例に説明したが、イオン発生装置4内に対向配置した平板電極に高周波電力を印加する容量結合方式によりプラズマを形成する場合にも本発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0036】
W…処理対象物、21…基板、22…磁性膜、22b…消磁部、23…マスク、R…活性種。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(式中、X及びYのいずれか一方を水素原子とし、いずれか他方を質量数が11〜40の原子とし、水素原子の数を1〜6、他方の原子の数を1〜2とする)で表される分子の中から選択される少なくとも1種を含む処理ガスを用い、この処理ガスを減圧下で導入してプラズマを形成し、プラズマ中で電離したイオンを引き出し、引き出したイオンを加速して処理対象物内に注入するイオン注入法であって、
イオン注入中、処理ガスの分圧、イオンの注入エネルギ及びイオンの注入ドーズ量の少なくとも1つを制御して、処理対象物表面に堆積する活性種の堆積速度よりも、引き出したイオンによる処理対象物表面に堆積した活性種のエッチング速度を遅くすることを特徴とするイオン注入法。
【請求項2】
前記処理ガスとして、CH、PH及びCの少なくとも1種を含むものを用いることを特徴とする請求項1記載のイオン注入法。
【請求項3】
請求項1又は2記載のイオン注入法であって、前記処理ガスの分圧を制御して、前記活性種の堆積速度よりもエッチング速度を遅くするものにおいて、
前記処理ガスの分圧を1×10−5〜1Paの範囲内に制御することを特徴とするイオン注入法。
【請求項4】
請求項1又は2記載のイオン注入法であって、前記イオンの注入エネルギを制御して、前記活性種の堆積速度よりもエッチング速度を遅くするものにおいて、
前記イオンの注入エネルギを0.01〜50keVの範囲内に制御することを特徴とするイオン注入法。
【請求項5】
処理すべき基板表面に磁性膜を形成する磁性膜形成工程と、
磁性膜表面に、所定の保護領域を形成するマスク形成工程と、
(式中、X及びYのいずれか一方を水素原子とし、いずれか他方を質量数が11〜40の原子とし、水素原子の数を1〜6、他方の原子の数を1〜2とする)で表される分子の中から選択される少なくとも1種を含む処理ガスを用い、この処理ガスを減圧下で導入してプラズマを形成し、プラズマ中で電離したイオンを引き出し、引き出したイオンを加速して基板に照射するイオン注入工程と、を備え、
イオン注入工程での処理ガスの分圧、イオンの注入エネルギ及びイオンの注入ドーズ量の少なくとも1つを制御して、処理対象物表面に堆積する活性種の堆積速度よりも、引き出したイオンによる処理対象物表面に堆積した活性種のエッチング速度を遅くすることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【請求項6】
前記処理ガスとして、CH、PH及びCの少なくとも1種を含むものを用いることを特徴とする請求項5記載の磁気記録媒体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−40369(P2013−40369A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−177439(P2011−177439)
【出願日】平成23年8月15日(2011.8.15)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】