説明

イオン液体、イオン液体の精製方法、およびセルロース系バイオマスの処理方法

【課題】装置の腐食や環境負荷の問題が少なく、セルロース系バイオマスを高濃度で溶解できるイオン液体、イオン液体の精製方法、およびイオン液体を用いたセルロース系バイオマスの処理方法を提供する。
【解決手段】イオン液体は、一般式Z(Zはカチオンを意味し、Aはアニオンを意味する。)で示される化合物からなり、前記Zがアルコキシアルキル基を有する4級アンモニウム骨格またはアルコキシアルキル基を有する含窒素複素五員環骨格を有し、前記Aがアミノ基を有する。本発明のイオン液体を用いると、セルロース系バイオマスを高濃度で溶解することができるので、エタノールの製造等に好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン液体、イオン液体の精製方法、およびイオン液体を用いたセルロース系バイオマスの処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護の観点から再生可能エネルギーであるバイオマスの活用が注目され、特に、セルロース系バイオマスからエタノールを製造する方法の開発が進められている。エタノールは、セルロース系バイオマスを糖化してグルコースやキシロース等の単糖を生成し、この単糖に発酵酵素を作用させることにより生成される。セルロース系バイオマスから単糖を高収率で得るには糖化処理を行う際の前処理(セルロースの溶解等)により、セルロース系バイオマスを糖化しやすい状態に変化させることが重要である。
セルロースを容易に溶解させる溶媒として、最近ではイオン液体を用いる技術が提案されている(例えば、特許文献1、特許文献2、および特許文献3参照)。
【0003】
特許文献1には、イミダゾリウム系イオン液体でセルロースを溶解し、このセルロース含有イオン液体を水と混合させることで、セルロースを再生する技術が記載されている。また、溶解したセルロースを析出させる貧溶媒として、水、アルコール、ケトンを用いており、析出したセルロースとイオン液体を分離するのに、ダイ(金型)を使用している。特許文献2では、アルコキシアルキル基を有する4級アンモニウムカチオンと、ハロゲン化物、総炭素数1〜3のカルボン酸、過塩素酸または擬ハロゲン化物のアニオンとからなるイオン液体を用いてセルロースを溶解している。特許文献3では、アルコキシアルキル基を有する4級アンモニウムカチオンと、燐酸系アニオン((CH3O)(R)PO2-)からなるイオン液体を用いてセルロースを溶解している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2005−506401号公報
【特許文献2】WO2007/049485号公報
【特許文献3】WO2008/133269号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1で使用されるイミダゾリウム系イオン液体は、一般に高粘度であり、被処理物との接触およびその後の被処理物内部への浸透に時間がかかり、セルロースを十分な濃度で溶解することが困難である。特許文献2、3についてもセルロースの溶解度を十分に上げることは困難である。さらに、ハロゲンを含んだイオン液体は、装置の腐食や環境負荷の問題がある。また、イオン液体自体の精製方法についても満足できる方法は開示されていない。
【0006】
本発明の目的は、装置の腐食や環境負荷の問題が少なく、セルロース系バイオマスを高濃度で溶解できるイオン液体、イオン液体の精製方法、およびセルロース系バイオマスの処理方法、およびイオン液体を用いたセルロース系バイオマスの処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討し、セルロースに対して触媒機能を発揮する酵素タンパクに着目した。セルラーゼなどの酵素がセルロースを加水分解するには、まずセルロースと酵素タンパクの特定部位が接触しなくてはならない。従って、セルラーゼタンパクが有するアミノ基やカルボキシル基などの官能基と同じ部分構造を有するイオン液体であればセルロースの溶解度が大きくなると予想した。本発明は、このような知見に基づいて完成されたものである。
【0008】
本発明のイオン液体は、一般式Z(Zはカチオンを意味し、Aはアニオンを意味する。)で示される化合物からなるイオン液体であって、前記Zがアルコキシアルキル基を有する4級アンモニウム骨格またはアルコキシアルキル基を有する含窒素複素五員環骨格を有し、前記Aがアミノ基を有することを特徴とする。
上述の含窒素複素五員環骨格としては、特にイミダゾリウム骨格が好ましい。
本発明によれば、イオン液体を構成する化合物が、所定の4級アンモニウム骨格または所定の含窒素複素五員環骨格を有するカチオンと、アミノ基を有するアニオンとから構成されるので、セルロース系バイオマスを高濃度で溶解することができる。また、この化合物は、ハロゲンを含まず、装置の腐食や環境負荷の問題も少ない。
【0009】
本発明では、前記Aがアミノ基とカルボキシル基を有する骨格、またはアミノ基とスルホニル基を有する骨格を有することが好ましい。
がアミノ基だけでなくさらにカルボキシル基またはスルホニル基を有するとセルロース系バイオマスをより高濃度で溶解することができる。
【0010】
本発明のイオン液体の精製方法は、該イオン液体を、非プロトン性極性溶媒とプロトン性極性溶媒との混合溶媒を使用して精製することを特徴とする。
この発明によれば、イオン液体を非プロトン性極性溶媒とプロトン性極性溶媒との混合溶媒を使用して精製するので、非常に純度の高いイオン液体を得ることができる。
このような非プロトン性極性溶媒としては、アセトニトリルが好ましく、プロトン性極性溶媒としてはメタノールが好ましい。
【0011】
本発明のセルロース系バイオマスの処理方法は、上述したいずれかのイオン液体を用いたセルロース系バイオマスの処理方法であって、前記セルロース系バイオマスを溶解し、さらに貧溶媒を混合してバイオマスを析出させる溶解析出工程と、前記イオン液体および前記貧溶媒の混合溶液から前記イオン液体を回収するイオン液体回収工程と、前記溶解析出工程で析出させた析出バイオマスを糖化する糖化処理工程とを備えることを特徴とする。
【0012】
この発明によれば、セルロース系バイオマスを糖化する糖化処理工程の前処理として溶解析出工程を実施し、溶解析出工程で使用するイオン液体を回収して再利用するものである。溶解析出工程により得られた析出バイオマスは、処理前のセルロース系バイオマスとは結晶状態が変化しており、糖化処理工程で糖化されやすい原料となっている。
イオン液体回収工程は、溶解析出工程で使用されたイオン液体と貧溶媒との混合溶液から、イオン液体を回収する工程である。回収されたイオン液体は、溶解析出工程で再利用されるので、少ない資源で処理を実施することができ、環境面および経済性に優れている。
【0013】
本発明では、前記セルロース系バイオマスを溶解する際に、イオン液体との共溶媒を添加することが好ましい。
この発明によれば、前記セルロース系バイオマスを溶解する際に、イオン液体との共溶媒を添加するので、セルロース系バイオマス溶解液の粘度を制御することが容易となる。このような共溶媒としては、特に孤立電子対を持つ化合物が好ましい。例えば、ジメチルスルフォキシドや1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンなどが挙げられる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施形態にかかるバイオマスの前処理方法を示すフロー図。
【図2】実施例1におけるイオン液体([N221ME][Ala])のH-NMRスペクトル。
【図3】実施例1におけるイオン液体([N221ME][Ala])の13C-NMRスペクトル。
【図4】実施例1における処理セルロースと未処理セルロースのXRD測定結果を示す図。
【図5】実施例12における処理セルロースと未処理セルロースのXRD測定結果を示す図。
【図6】実施例15において、イオン液体([N221ME][Ala])処理セルロースの分解率の経時変化を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態を説明する。
[イオン液体]
本発明のイオン液体は、一般式Z(Zはカチオンを意味し、Aはアニオンを意味する。)で示される化合物からなり、前記Zがアルコキシアルキル基を有する4級アンモニウム骨格またはアルコキシアルキル基を有する含窒素複素五員環骨格を有し、前記Aがアミノ基を有する。
このように、カチオン部とアニオン部が所定の組み合わせである化合物からなる本発明のイオン液体は、セルロース系バイオマスを高濃度で溶解することができる。
【0016】
アルコキシアルキル基を有する4級アンモニウム骨格としては、下記構造式で示されるものが好適である。
【0017】
【化1】


上記構造式中、RからRまでは、各々独立して水素、炭素数1から6までのアルキル基、または炭素数1から6までのアルコキシアルキル基である。ただし、RからRまでのうち、少なくとも一つはアルコキシアルキル基である。
【0018】
また、上記した構造の4級アンモニウム骨格に限られず、下記のような環状構造を有する4級アンモニウム骨格でもよい。
【化2】


上記構造式中、RおよびRは、各々独立して炭素数1から6までのアルキル基、あるいは炭素数1から6までのアルコキシル基である。また、RからRまでは、各々独立して、水素、炭素数1から6までのアルキル基、炭素数1から6までのアルコキシアルキル基、あるいは炭素数1から6までのアルコキシ基である。ただし、上述の構造式にはアルコキシアルキル基が少なくとも一つ含まれる。
【0019】
含窒素複素五員環骨格としては、イミダゾリウム骨格、ピラゾリウム骨格、オキサゾリウム骨格、1,2,3−トリアゾリウム骨格、1,2,4−トリアゾリウム骨格、チアゾリウム骨格、およびピロリジニウム骨格などが挙げられる。
このような含窒素複素五員環骨格として、具体的には以下のような構造式で示されるものが好ましい。
【0020】
【化3】

【0021】
【化4】



【0022】
上記した各構造式中、RおよびRは、各々独立して炭素数1から6までのアルキル基、あるいは炭素数1から6までのアルコキシル基である。また、RからRまでは、各々独立して、水素、炭素数1から6までのアルキル基、炭素数1から6までのアルコキシアルキル基、あるいは炭素数1から6までのアルコキシ基である。ただし、上述の各構造式にはアルコキシアルキル基が少なくとも一つ含まれる。
これらの含窒素複素五員環骨格の中では、セルロース系バイオマスの溶解性の観点より、特にイミダゾリウム骨格が好ましい。なお、上述のピロリジニウム骨格は、4級アンモニウム骨格でもある。
【0023】
このようなZとしては、例えば、N,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)-N-メチルアンモニウムイオン(以下、[N221ME]と略記する。)や、3-(2-メトキシエチル)-1-メチルイミダゾリウムイオン(以下、[MEmim]と略記する。)が特に好ましく挙げられる。
【0024】
また、上述のAとしては、セルロース系バイオマスの溶解性の観点より、Aがアミノ基とカルボキシル基、またはアミノ基とスルホニル基を有することが好ましい。更に好ましくは、Aがアミノ酸骨格を有することが望ましい。例えば、以下のような各種アミノ酸アニオンが挙げられる。
【0025】
【化5】

【0026】
また、Aとしては、複数のアミノ酸がペプチド結合したオリゴペプチドアニオンでも良い。アミノ酸中のアミノ基の不斉中心の立体構造は問わない。すなわち、R体、S体、あるいはその1:1混合物であるラセミ体であってもよく、いずれかの比率が多いものであってもよい。また、α-アミノ酸、β-アミノ酸の種類を問わず、同一分子内にアミノ基とカルボキシル基もしくはスルホン酸基があればよい。
【0027】
上述した本発明のイオン液体(一般式Zで示される化合物)を製造する方法の詳細は、後段の実施例で説明する。
また、製造されたイオン液体は、不純物を含むことが多いが、粗イオン液体は、非プロトン性極性溶媒とプロトン性極性溶媒との混合溶媒を使用して精製することができる。非プロトン性極性溶媒としては、アセトニトリル、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)およびアセトンなどが挙げられ、プロトン性極性溶媒としては、メタノール、エタノールおよびプロパノールなどが挙げられる。このような非プロトン性極性溶媒としてはアセトニトリルが好ましく、プロトン性極性溶媒としてはメタノールが好ましい。精製方法の詳細は、後段の実施例で説明する。
【0028】
また、本発明のイオン液体を用いてセルロース系バイオマスを溶解する際は共溶媒を添加することが好ましい。共溶媒としては、孤立電子対を持つ化合物が好ましい。例えば、ジメチルスルフォキシドや1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンなどが挙げられる。
このような共溶媒を用いることにより、セルロース系バイオマス溶解液の粘度を制御することができ、後述するセルロース系バイオマスの溶解工程における攪拌動力を低減することが可能となる。
【0029】
[セルロース系バイオマスからのエタノールの製造]
上述した本発明のイオン液体を用いて、セルロース系バイオマスの処理(前処理)を行い、さらにエタノールを製造する方法を説明する。基本的に、特願2010−124646号明細書に記載された方法が適用できる。
(1.原料)
エタノールの原料として用いられるバイオマスは、ヘミセルロースとセルロースを含むセルロース系バイオマスであり、具体的には、紙資源や木質系および草本系バイオマス等である。これらの中でも草本系バイオマス(ソフトバイオマス)が好ましく、例えば、稲、麦などの藁類、籾殻、バガス(サトウキビの搾りかす)、おからなどの食料廃棄物、雑草類、エリアンサス等のエネルギー作物を例示できる。
【0030】
(2.前処理工程)
前処理工程では、後の糖化処理工程でセルロース系バイオマスを糖化しやすい結晶状態に変化させる。
前処理工程は、図1に示すように、溶解析出工程S1と、第1の分離工程S2と、粉砕工程S3と、向流接触式溶出工程S4と、第2の分離工程S5と、蒸留工程S6と、を備えている。
【0031】
(3.糖化処理工程)
第2の分離工程S5により得られた析出バイオマスA3に対して、酵素を用いた酵素糖化処理を実施して単糖に変換する。
この後、得られた単糖を微生物を用いて発酵させることによってエタノールを生産する。
【0032】
上述した実施形態は、セルロース系バイオマスを糖化する糖化処理工程の前処理として溶解析出工程を実施し、溶解析出工程で使用するイオン液体を回収して再利用するものである。溶解析出工程により得られた析出バイオマスは、上述した所定のイオン液体によりいったん溶解処理されているので、処理前のセルロース系バイオマスとは結晶状態が変化している。それ故、糖化処理工程で糖化されやすい原料となっている。
そして、イオン液体回収工程では、溶解析出工程で使用されたイオン液体と貧溶媒との混合溶液から、イオン液体を回収する。回収されたイオン液体は、溶解析出工程で再利用されるので、少ない資源で処理を実施することができ、経済性に優れている。また、このイオン液体はハロゲンを含まないので環境面でも優れている。
【実施例】
【0033】
次に、実施例および参考例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例の記載内容に何ら制限されるものではない。
以下の実施例および比較例では、下記の物質を用いた。
セルロース:市販の微結晶セルロース(Merck社製 Avicel)
イオン液体:各実施例・比較例に製造法を記載
【0034】
また、後述する方法で得られたイオン液体の構造は、核磁気共鳴スペクトル(日本電子(株)製JNM-500にて測定、500MHz:H-NMR、125MHz:13C-NMR)で決定した。測定は重クロロホルム(CDCl)、重メタノール(CDOD)または重水(DO)を用いて行い、テトラメチルシラン(TMS)を内部標準にした時のδ値(ppm)で示した。カップリングパターンはsinglet(s)、doublet(d)、triplet(t)、quartet(q)、multiplet(m)、broad(br)と略記した。
【0035】
[実施例1]
(イオン液体の製造)
(1)N,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)-N-メチルアンモニウムブロミド(以下、[N221ME][Br]と略記する。)の合成
【0036】
【化6】

【0037】
Ar置換した100mLの二口ナスフラスコにN,N−ジメチル−N−メチルアミン(ALDRICH製)(7.4g、85mmol)と2−ブロモメチルエーテル(東京化成製)(11.8g、85mmol)加え、60℃で24時間撹拌した。放冷後、ヘキサン(関東化学製)(20mL)で5回洗浄し、真空ポンプ(日立製SVR16F)を用いて減圧下60℃で3時間乾燥し、[N221ME][Br](15.6g、69mmol)を収率81モル%で得た。NMRによる分析結果は、以下の通りである。
H-NMR(500MHz、DO、ppm)
d=1.18(6H,t,J=6.8Hz),2.89(3H,s),3.26-3.30(7H,m),3.37-3.39(2H,m),3.74(2H,m)
13C-NMR(125MHz、CDOD、ppm)
d=8.34,48.63,58.61,59.27,61.29,66.94
【0038】
(2)アラニン=N,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)-N-メチルアンモニウム(以下、[N221ME][Ala]と略記する。)の合成
【0039】
【化7】

【0040】
アンバーライトIRA400CL(オルガノ株式会社製)(50mL)を200mLカラムに充填し、1M水酸化ナトリウム(和光純薬製)水溶液(170mL)で活性化したのち脱イオン水で洗浄し、これに、前記(1)で合成した[N221ME][Br](2.26g、10mmol)の脱イオン水(15ml)溶液を通して[N221ME][OH]に変換した。200mLナスフラスコにアラニン(ALDRICHI製)(0.89g、10mmol)の脱イオン水(60mL)溶液を調製し、この水溶液に[N221ME][OH]を0℃で滴下し、0℃で19時間撹拌したのち減圧濃縮を行い、セライト濾過を行い、アセトニトリル(和光純薬製):メタノール(和光純薬製)(9:1)混合液で洗浄した。濾液を凍結乾燥機(LABCONCO製 Freezone1(7740020))で凍結乾燥したのち、真空ポンプ(日立製SVR16F)を用いて減圧下50℃で5時間乾燥し、[N221ME][Ala](2.24g、9.6mmol)を収率96モル%で得た。生成した[N221ME][Ala]の構造確認をNMRで行った。その結果を図2、図3に示す。各ピークは以下の値である。
H-NMR(500MHz、DO、ppm)
d=1.09(3H,d,J=7.5Hz),1.17(6H,t,J=7.4Hz),2.93(2H,brs),3.18(1H,q,J=6.9Hz),3.25(6H,s),3.27(4H,q,J=7.5Hz),3.37(2H,t,J=5.1Hz),3.72-3.73(2H,m)
13C-NMR(125MHz、CDOD、ppm)
d=8.28,22.04,53.02,58.52,59.26,61.22,66.94,183.23
なお、アラニンには不斉中心が存在する。L-体の合成方法を記載したが、D-体でもラセミ体でも合成方法は同じである。
(3)[N221ME][Ala]の精製
上述したように、[N221ME][OH]にアラニンを作用させて対アニオンをアラニンに交換したのち、減圧濃縮し、析出物をセライト濾過して除き、セライト層をアセトニトリル(和光純薬製):メタノール(和光純薬製)(9:1)混合液で洗浄することで[N221ME][Ala]を得ることができる。この時、アセトニトリル:メタノール(9:1)混合液で洗浄することが重要である。通常のイオン液体はエーテルやヘキサン、あるいは酢酸エチルで洗浄をおこなうが、[N221ME][Ala]はこれらの非水有機溶媒洗浄では純度を上げることができなかった。そこで、洗浄用の混合溶媒を探索したところアセトニトリルとメタノールの混合溶媒がよい結果を与えた。アセトニトリルのみでは、[N221ME][Ala]が溶解しにくいため収率が減少し、メタノール比が高くなると対アニオンであるアラニンが外れ、特にメタノールのみで洗浄するとアラニンがメタノール溶液中に沈殿した。そこで、アセトニトリルとメタノールの混合比を(10:0から0:10)まで変化させたところ、[N221ME][Ala]を洗浄するための混合溶媒の最適混合比はアセトニトリル:メタノール(9:1)であることがわかった。アミノ酸を対アニオンに持つ4級アンモニウム塩イオン液体について、殆どの場合、この混合溶媒が良い結果を与えたが、対アニオン、対カチオンの種類によって適時、アセトニトリルとメタノールの最適比率を選ぶ必要がある。
【0041】
(セルロースの溶解試験)
イオン液体([N221ME][Ala])1gをサンプル管瓶にとり、撹拌子を入れ、高トルク低速撹拌機(アズワン社製 DC-300RM)で室温(25℃)にて撹拌した。この液体に微結晶性セルロース(Merck社製 Avicel)30mg(3質量%)を加え、目視で溶解を確認したところ、不溶であった。そこで、60℃に加熱して、溶解を確認し、更にAvicelを溶解できなくなるまで加え(合計60mg)た。次に100℃に昇温し、さらに溶解しなくなるまでAvicelを追加した(60mg)(合計120mg)。
各温度におけるセルロースの溶解度(質量%)を表1に示す。なお、溶解度は、イオン液体100gに対して溶解したセルロースのg数を%で表したものである。
【0042】
(再生したセルロースの構造解析)
前記で得られたセルロース溶液を冷却後、水で希釈してセルロースを沈殿させた。沈殿したセルロースを濾取し、水で洗浄後、真空ポンプ(日立製SVR16F)を用いて減圧乾燥をおこない、XRD測定((株)リガク製 Ultima IV)により結晶構造の変化を調べた。
図4に、上記溶解・沈殿処理後のセルロースと未処理のセルロースについて、XRD測定の結果を比較して示す。
なお、イオン液体の水溶液はエバポレータで減圧濃縮後、アセトン溶液として活性炭処理した後、真空ポンプ(日立製 SVR16F)を用いて水分を除去した後、再度、セルロース処理に利用した。5回以上、再現性良くセルロース溶解に使用できた。
【0043】
[実施例2から11まで]
実施例1と同様の方法で、アニオンまたはカチオンを変更した各種イオン液体を製造し、各温度におけるセルロースの溶解度を測定した。結果を表1に示す。なお、実施例11のイオン液体は、カチオンがアルコキシアルキル基を含むイミダゾリウムイオン([MEmim])である。
【0044】
[実施例12]
イオン液体([N221ME][Ala])1.0gと微結晶性セルロース(Avicel)0.17gをサンプル管瓶にとり、120℃のオイルバスにいれて、目視で溶解を確認しながら適時攪拌して溶解させた。イオン液体に対するセルロース溶解度は17質量%であり、高濃度で溶解することを確認した。
冷却後、水を加えて析出したセルロースを105℃で乾燥した。乾燥したセルロースについて実施例1と同様にしてXRD測定((株)リガク製 Ultima IV)により結晶構造の変化を調べた。
図5に、上記溶解・沈殿処理後のセルロースと未処理のセルロースについて、XRD測定の結果を比較して示す。
【0045】
[実施例13]
イオン液体([N221ME][Ala])1.0gとジメチルスルフォキシド(ALDRICH製)1.0gに微結晶性セルロース(Avicel)0.17gをサンプル管瓶にとり、110℃のオイルバスにいれて、1時間半適時攪拌しながら溶解させた。セルロースの溶解は目視で確認した。イオン液体に対するセルロースの溶解度は17質量%であった。なお、共溶媒として、ジメチルスルフォキシドを加えたので溶解液の低粘度化が図れた。
【0046】
[実施例14]
イオン液体([N221ME][Ala])1.0gと1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(ALDRICH製)1.1gに微結晶性セルロース(Avicel)0.17gをサンプル管にとり、110℃のオイルバスにいれて、1時間半適時攪拌しながら溶解させた。セルロースの溶解は目視で確認した。イオン液体に対するセルロースの溶解度は17質量%であった。なお、共溶媒として、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンを加えたので溶解液の低粘度化が図れた。
【0047】
[実施例15]
([N221ME][Ala]処理セルロースの酵素糖化)
イオン液体([N221ME][Ala])5.0g、微結晶性セルロース(Avicel)0.9gを50ccナスフラスコに入れて、攪拌しながら120℃、2時間で溶解させた。その後、水を5g加えて析出させたセルロースを粉砕後、90℃の温水で洗浄した。洗浄後の析出セルロースをろ過し、一部を酵素糖化用の試料とした。
イオン液体([N221ME][Ala])によって溶解後、再析出させた再析物348mgをバイアル瓶(内径2.5cm、高さ4.5cm、ガラス製)に入れ、更に3330μLの50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)および3.76mg/mLのAccellerase Duet(Genencor製)を322μL添加し密閉した。このバイアル瓶を50℃の恒温槽 NTT−2200(EYELA製)に浮かせ、酵素反応を行った。なお、再析物中に含まれるセルロース含量は17.24質量%であるので、セルロースとしての仕込み濃度は1.5質量%である。
分解率の経時変化を測定するために、各反応時間後、バイアル瓶をよく攪拌し、溶液を均一にした後、250μLを1.5mLマイクロチューブにはかり取った。これを30分間煮沸し、酵素反応を停止させた。遠心分離後、その上清を適宜希釈し、その溶液50μLを96ウェルマイクロプレートに添加し、更にグルコースCIIテストワコー(Wako製)の添付試薬200μLを添加した。室温にて30分放置後、マイクロプレートリーダー SUNRISE Rainbow Thermo(Wako製)を用いて505nmの吸光度を測定した。なお、0g/mLから375g/mLまでの範囲で調製したグルコース溶液から標準曲線を算出した。分解率は、反応前に含まれるセルロース量から換算されるグルコース量を100質量%とし、算出した。結果を図6に示す。
【0048】
[比較例1]
イオン液体用化合物として、N,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)-N-メチルアンモニウムクロリド([N221ME][Cl]と略記する。)を合成した。具体的には、以下の通りである。
【0049】
【化8】

【0050】
Ar置換した100mlの二口ナスフラスコにN,N-ジメチル-N-メチルアミン(8.8g、100mmol)と2-クロロエチルメチルエーテル(東京化成製)(9.5g、100mmol)を加え、60℃で撹拌し、37時間後にN,N-ジメチル-N-メチルアミン(4.4g、50mmol)を加え、さらに109時間後にN,N-ジメチル-N-メチルアミン(4.4g、50mmol)を加え、合計161時間60℃で撹拌した。放冷後、ヘキサン(20ml)で5回洗浄し、真空ポンプ(日立製 SVR16F)を用いて減圧下60℃で3時間乾燥し、[N221ME][Cl](1.6g、8.9mmol)を収率9モル%で得た。NMRによる分析結果は、以下の通りである。
H NMR(500MHz、DO、ppm)
d=1.17(6H,t,J=7.5Hz),2.88(3H,s),3.25-3.29(7H,m),3.35-3.37(2H,m),3.24(2H,m)
13C NMR(125MHz、CDOD、ppm)
d=8.27,49.17,58.53,59.24,61.21,66.92
上述の方法で得られたイオン液体([N221ME][Cl])について、実施例1と同様に各温度におけるセルロースの溶解度(質量%)を測定した。結果を表1に示す。
【0051】
[比較例2]
実施例1で合成したN,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)-N-メチルアンモニウムブロミド([N221ME][Br])からなるイオン液体を用いて、実施例1と同様に各温度におけるセルロースの溶解度(質量%)を測定した。結果を表1に示す。
【0052】
[比較例3]
イオン液体用化合物として、N,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)-N-メチルアンモニウムプロピオネート([N221ME][OPr]と略記する。)を合成した。具体的には、以下の通りである。
【0053】
【化9】

【0054】
アンバーライトIRA400CL(オルガノ株式会社製)(35mL)を100mLカラムに充填し、1M水酸化ナトリウム(和光純薬製)水溶液(120mL)で活性化したのち脱イオン水で洗浄し、これに[N221ME][Br](1.5g、6.63mmol)の脱イオン水(10mL)溶液を通して[N221ME][OH]に変換した。空気雰囲気下、100mLの二口ナスフラスコにプロピオン酸(0.639g、8.62mmol)、脱塩水(3mL)を加え、室温で19時間撹拌した。減圧濃縮後、セライト濾過を行い、酢酸エチル(5mL×5回)、エーテル(5mL×5回)で洗浄した。減圧下60℃で3時間乾燥し、淡黄色固体として[N221ME][OPr](1.21g、5.5mmol)を収率82モル%で得た。
上述の方法で得られたイオン液体([N221ME][[OPr])について、実施例1と同様に各温度におけるセルロースの溶解度(質量%)を測定した。結果を表1に示す。
【0055】
[比較例4]
イオン液体用化合物として、カチオン部を、(2-メトキシエチル)トリブチルホスホニウム([P444ME]と略記する。)とし、アニオン部をアラニンとした化合物を合成した。具体的には、以下の通りである。
【0056】
【化10】

【0057】
アンバーライトIRA400CL(オルガノ株式会社製)(25mL)を100mLカラムに充填し、1M水酸化ナトリウム(和光純薬製)水溶液(100mL)で活性化したのち脱イオン水で洗浄し、これに[P444ME][Br](1.02g、3.0mmol)の脱イオン水(10mL)溶液を通して[P444ME][OH]に変換した。空気雰囲気下、100mLの二口ナスフラスコにアラニン(0.347g、3.90mmol)、脱塩水(3ml)を加え、室温で19時間撹拌した。減圧濃縮後、セライト濾過を行い、アセトニトリル−メタノール(9:1)混合液10mLを加えてセライト濾過した。減圧下60℃で3時間乾燥し、淡黄色油状物として[P444ME][Ala](1.996g、2.84mmol)を収率95モル%で得た。
[P444ME][Ala]について、実施例1と同様に各温度におけるセルロースの溶解度(質量%)を測定した。結果を表1に示す。
【0058】
[比較例5]
イオン液体用化合物として、カチオン部を、N-(2-メトキシエチル)ピリジニウム)([PyME]と略記する。)とし、アニオン部をアラニンとした化合物を合成した。具体的には、以下の通りである。
【0059】
【化11】

【0060】
アンバーライトIRA400CL(オルガノ株式会社製)(25mL)を100mLカラムに充填し、1M水酸化ナトリウム(和光純薬製)水溶液(100mL)で活性化したのち脱イオン水で洗浄し、これに[PyME][Br](0.654g、3.0mmol)の脱イオン水(10mL)溶液を通して[P444ME][OH]に変換した。空気雰囲気下、100mLの二口ナスフラスコにアラニン(0.437g、3.90mmol)、脱塩水(3ml)を加え、室温で19時間撹拌した。減圧濃縮後、セライト濾過を行い、アセトニトリル−メタノール(9:1)混合液10mLを加えてセライト濾過した。減圧下60℃で3時間乾燥し、黒色油状物として[PyME][Ala](0.629g、2.78mmol)を収率93モル%で得た。
[PyME][Ala]について、実施例1と同様に各温度におけるセルロースの溶解度(質量%)を測定した。結果を表1に示す。
【0061】
【表1】

【0062】
[評価結果]
各実施例とも、所定のカチオンと所定のアニオンとからなるイオン液体を用いているため、セルロースの溶解度が高い。また、ハロゲンを含んでおらず装置の腐食や環境負荷の問題も少ない。それ故、本発明のイオン液体を用いると、セルロース系バイオマスの前処理用として好適であることが理解できる。
一方、比較例1ではイオン液体の構造にハロゲンを含むため、装置の腐食や環境負荷が問題となる。また、比較例2から5までのイオン液体はいずれもセルロースの溶解度が低く、セルロース系バイオマスの前処理が困難である。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、セルロース系バイオマスを原料とした燃料、化学品等の製造に利用することができる。
【符号の説明】
【0064】
S1…溶解析出工程
S2…第1の分離工程
S3…粉砕工程
S4…向流接触式溶出工程
S5…第2の分離工程
S6…蒸留工程
A1…セルロース系バイオマス
A2…析出バイオマス
A3…析出バイオマス
B1…イオン液体
B2…再生イオン液体
C1…第1の貧溶媒
C2…再生貧溶媒
D1…第2の貧溶媒
D2…イオン液体含有貧溶媒

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式Z(Zはカチオンを意味し、Aはアニオンを意味する。)で示される化合物からなるイオン液体であって、
前記Zがアルコキシアルキル基を有する4級アンモニウム骨格またはアルコキシアルキル基を有する含窒素複素五員環骨格を有し、
前記Aがアミノ基を有する
ことを特徴とするイオン液体。
【請求項2】
請求項1に記載のイオン液体において、
前記Aがアミノ基とカルボキシル基を有する骨格、またはアミノ基とスルホニル基を有する骨格を有する
ことを特徴とするイオン液体。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のイオン液体において、
前記含窒素複素五員環骨格がイミダゾリウム骨格である
ことを特徴とするイオン液体。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載されたイオン液体の精製方法であって、
該イオン液体を、非プロトン性極性溶媒とプロトン性極性溶媒との混合溶媒を使用して精製する
ことを特徴とするイオン液体の精製方法。
【請求項5】
請求項4に記載のイオン液体の精製方法において、
前記非プロトン性極性溶媒がアセトニトリルであり、前記プロトン性極性溶媒がメタノールである
ことを特徴とするイオン液体の精製方法。
【請求項6】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載されたイオン液体を用いたセルロース系バイオマスの処理方法であって、
前記セルロース系バイオマスを溶解し、さらに貧溶媒を混合してバイオマスを析出させる溶解析出工程と、
前記イオン液体および前記貧溶媒の混合溶液から前記イオン液体を回収するイオン液体回収工程と、
前記溶解析出工程で析出させた析出バイオマスを糖化する糖化処理工程とを備える
こと特徴とするセルロース系バイオマスの処理方法。
【請求項7】
請求項6に記載のセルロース系バイオマスの処理方法であって、
前記セルロース系バイオマスを溶解する際に、イオン液体との共溶媒を添加する
ことを特徴とするセルロース系バイオマスの処理方法。
【請求項8】
請求項7に記載のセルロース系バイオマスの処理方法であって、
前記共溶媒は孤立電子対を有する化合物を含んでなる
ことを特徴とするセルロース系バイオマスの処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−144441(P2012−144441A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−1483(P2011−1483)
【出願日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21〜22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「新エネルギー技術研究開発/バイオマスエネルギー等高効率転換技術開発(先導技術開発)/疎水性イオン液体や耐塩性酵素を用いた前処理・糖化技術に関する研究開発」の委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000183646)出光興産株式会社 (2,069)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】