イオン液体を利用したセルロース分解産物の生産方法
【課題】イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼにより効率的に分解するためのセルロースの処理方法を提供する。
【解決手段】セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備し、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成するようにする。これにより、イオン液体で可溶化後のセルロースに、簡易な操作で又はより少ないセルラーゼ使用量でセルラーゼが効果的にセルロースに作用できる環境を付与することができる。
【解決手段】セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備し、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成するようにする。これにより、イオン液体で可溶化後のセルロースに、簡易な操作で又はより少ないセルラーゼ使用量でセルラーゼが効果的にセルロースに作用できる環境を付与することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン液体を利用したセルロース含有材料の処理方法、分解物の生産方法及び酵素反応媒体等に関する。
【背景技術】
【0002】
有限である石油資源を代替するものとして、植物の光合成作用に由来するバイオマスへの期待が高まってきており、バイオマスをエネルギーや各種材料に利用するための各種の試みがなされている。バイオマスを、エネルギー源やその他の原料として有効利用するためには、バイオマスを動物や微生物が容易に利用可能な炭素源に糖化することが必要である。また、バイオマスを利用し、化成品やバイオ燃料に利用しようとする試みであるバイオリファイナリーの重要性が指摘され、実用化に向けた技術開発が進められている。実用化のために解決すべき課題としては、木質系又は草本系のバイオマスの主成分であるセルロース、特に結晶構造を構成している結晶性セルロースの効率的な分解方法の開発が挙げられる。
【0003】
現状の糖化プロセスでは、バイオマスを高温・高圧処理や酸処理により前処理した後に、セルラーゼを作用させている。しかしながら、前処理に多大なエネルギーがかかるうえに大量のセルラーゼが必要となっているため、実用化において大きな課題となっている。
【0004】
近年、イオン液体がセルロースを可溶化することが報告されている。例えば、クロライド系のイオン液体に100℃程度の条件下でセルロースを可溶化させる性質が見出されている(特許文献1、非特許文献1)。また、非クロライド系イオン液体が、よりマイルドな条件でセルロースを可溶化できることもわかってきている(特許文献2、非特許文献2、3、4)。
【0005】
さらに、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼで糖化する試みもなされているが、イオン液体中ではセルラーゼが不活性化されるという報告がなされている(非特許文献2,4)。イオン液体でセルロースを可溶化するという前処理を施した後、可溶化後のセルロースを水などの貧溶媒で洗浄してイオン液体を取り除き、その後、水に投入することでセルラーゼで分解できることが報告されている(非特許文献5)。
【0006】
【特許文献1】特表2005−506401号公報
【特許文献2】特開2006−137677号公報
【非特許文献1】R D. Rogerら、J. Am. Chem. Soc. 124(18),4974-4975, 2002
【非特許文献2】大野ら、Polym. Prep. Jpn., 55(1), 2090, 2006
【非特許文献3】大野ら、Polym. Prep. Jpn., 56(1), 2198-2199, 2007
【非特許文献4】R D. Rogerら、Green Chem., 5, 443-447, 2003
【非特許文献5】C A. Schallら、Biotechnol. Bioeng., 95(5), 904-910,2006
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献2、4では、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼで分解するために、セルラーゼをポリオエチレンオキシド(PEO)等で安定化することが有効である可能性が示唆されているものの、現時点で得られている安定化セルラーゼに十分なセルロース分解活性が得られているわけではない。また、非特許文献5に記載のように、イオン液体でセルロースを可溶化する場合、イオン液体をセルロースから除去するための丹念な洗浄操作を要するとともに、それでもなお相当程度大量のセルラーゼを必要とすることがわかった。また、セルロースの分解・糖化を、イオン液体によってセルロース可溶化したのとは別の反応場で行わなければならないということは、効率的なセルロースの分解・利用には不都合であった。
【0008】
以上のように、現状において、セルロースをイオン液体で可溶化できるものの、セルラーゼによって効率的に分解することは依然として困難であった。さらに、イオン液体を用いてセルロースを効率的に分解するとともに一定以上の分解効率で安定して分解することも要請される。
【0009】
本発明は、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼにより効率的に分解するためのセルロースの処理方法を提供することを一つの目的とする。より具体的には、イオン液体で可溶化後のセルロースに、同一の反応場で又はより少ないセルラーゼ使用量でセルラーゼが効果的にセルロースに作用できる環境を付与できるような処理方法を提供することを一つの目的とする。また、本発明は、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼにより効率的に分解してセルロース分解産物を得ることができるセルロース分解産物の生産方法を提供することを他の一つの目的とする。さらに、本発明は、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼで分解、糖化するのに適したセルロース分解用媒体を提供することを他の一つの目的とする。また、本発明は難溶性の基質を可溶化し酵素の基質とするのに適した酵素反応媒体を提供することを他の一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記した課題を解決するために鋭意検討したところ、イオン液体で一旦可溶化した後、貧溶媒又は反溶媒を添加した状態で、セルラーゼを作用させることで、イオン液体の存在下であってもセルラーゼでセルロースを効果的に分解できるという知見を得た。さらに、本発明者らは、種々のイオン液体を用いてそのセルロースの分解活性について鋭意検討したところ、同種のイオン液体を用いて同様の操作を行ってもセルロースの分解効率に大きなバラツキがあることを見出すとともに、当該不具合を解消できるという知見を得た。本発明者らは、これらの知見に基づき、本発明を創出した。すなわち、本発明によれば、上記した課題の少なくとも一つを解決する以下の手段が提供される。
【0011】
本発明によれば、セルロース含有材料の処理方法であって、前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、を備える、処理方法が提供される。
【0012】
前記処理方法において、前記セルラーゼ作用環境において、セルロースの少なくとも一部が析出されていてもよい。また、前記セルラーゼ作用環境形成工程において又は当該工程に先立って、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に前記貧溶媒を加えて、前記セルロースを析出させるものであってもよい。
【0013】
本発明によれば、セルロース含有材料の処理方法であって、前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含みセルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、を備え、前記貧溶媒として、前記セルラーゼ作用環境のpHを制御することを含む、処理方法が提供される。
【0014】
前記方法において、前記イオン液体を前記貧溶媒と混合したとき、前記セルラーゼが作用するのに好ましい好適pHからのシフトを補正する調整能力又は好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いることが好ましい。また、前記イオン液体は、カルボン酸系のアニオン、ハロゲン系アニオン及びリン酸系アニオンから選択されるアニオンと、イミダゾリウム系カチオンと、を構成イオンとするイオン液体であることが好ましい。さらに、前記アニオンは、ハロゲン系アニオンであってもよい。
【0015】
本発明によれば、セルロース分解産物の生産方法であって、前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、前記セルラーゼを含む前記セルラーゼ作用環境下でセルロースを分解する工程と、を備える、生産方法が提供される。
【0016】
本発明のセルロース分解産物の生産方法によれば、イオン液体により可溶化されたセルロースをセルラーゼで分解し糖化するのに適した環境を形成することができ、これにより、セルロースをセルラーゼで効率的に分解し、糖化することができる。
【0017】
本発明のセルロース分解産物の生産方法においては、前記セルラーゼ作用環境は、セルロースの少なくとも一部が析出されているものであってもよく、この態様において、前記セルラーゼ作用環境形成工程において又は当該工程に先立って、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に前記貧溶媒を加えて、前記セルロースを析出させるものであってもよい。
【0018】
本発明のセルロース分解産物の生産方法においては、前記セルラーゼ作用環境は、前記イオン液体に対して体積比で前記貧溶媒を1.5倍以上含むことができる。また、前記溶媒は、水性媒体であってもよく、好ましくは、前記貧溶媒は、水又は緩衝液であり、さらに好ましくは緩衝液である。また、前記貧溶媒は、セルラーゼを含有するものであってもよい。
【0019】
本発明のセルロース分解産物の生産方法においては、前記イオン液体は非ハロゲン系であることが好ましい。また、前記イオン液体は、リン酸系アニオン又はカルボン酸系アニオンを含むものであることが好ましい。さらに、前記イオン液体は、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムカチオンを含むものであることが好ましい。
【0020】
本発明のセルロース分解産物の生産方法においては、前記セルラーゼは、Trichoderma属又はAspergillus属由来のセルラーゼを含むものであることが好ましい。
【0021】
さらに、本発明のセルロース分解産物の生産方法においては、セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、前記セルラーゼを含む前記セルラーゼ作用環境下で前記セルロースを分解する工程と、を備え、前記貧溶媒として、前記イオン液体を前記貧溶媒と混合したとき、前記セルラーゼが作用するのに好ましい好適pHからのシフトを補正する調整能力又は前記好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いる、生産方法が提供される。
【0022】
この態様においては、前記イオン液体は、カルボン酸系のアニオン、ハロゲン系アニオン及びリン酸系アニオンから選択されるアニオンと、イミダゾリウム系カチオンと、を構成イオンとするイオン液体であってもよい。また、前記アニオンは、ハロゲン系アニオンであってもよい。
【0023】
本発明によれば、セルロースの糖化方法であって、前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、を備える、糖化方法が提供される。
【0024】
本発明のセルロースの糖化方法において、前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、を備え、前記貧溶媒として、前記イオン液体を前記貧溶媒と混合したとき、前記セルラーゼが作用するのに好ましい好適pHからのシフトを補正する調整能力又は好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いる、糖化方法が提供される。
【0025】
本発明によれば、セルロース分解用媒体であって、セルロースを可溶化可能なイオン液体と、
前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒であって、前記イオン液体の共存下、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成できる程度の量の溶媒と、を含む、分解用媒体が提供される。本発明の媒体においては、さらに、前記イオン液体により少なくとも一旦可溶化されたセルロースを含むこともできる。この態様において、前記セルロースの少なくとも一部は析出されていてもよい。さらに、本発明のセルロース分解用媒体は、セルラーゼを含んでいてもよい。
【0026】
本発明によれば、酵素反応媒体であって、基質を可溶化可能なイオン液体と、前記基質に関し前記イオン液体との関係において貧溶媒であって、前記イオン液体の共存下、前記酵素がその酵素活性を発揮できる酵素作用環境を形成できる程度の量の溶媒と、を含む、反応媒体が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明は、セルロース含有材料の処理方法、セルロース分解産物の生産方法及びセルロース分解用組成物に関する。以下、適宜図面を参照しながら、本発明のこれらの実施形態について詳細に説明する。図1には、本発明のセルロースの処理方法の一例を示し、図2には、本発明のセルロース分解産物の生産方法の一例を示す。
【0028】
(セルロース含有材料の処理方法)
図1に示すように、本発明のセルロース含有材料の処理方法は、セルロースを可溶化したイオン液体の準備工程と、セルラーゼ作用環境形成工程と、備えている。
【0029】
(セルロース含有材料)
本明細書において、セルロースとは、グルコースがβ-1,4-グルコシド結合により重合した重合体及びその誘導体をいう。セルロースにおけるグルコースの重合度は特に限定しないが、好ましくは200以上である。また、誘導体としては、カルボキシメチル化、アルデヒド化、若しくはエステル化などの誘導体が挙げられる。また、セルロースは、その部分分解物である、セロオリゴ糖、セロビオースを含んでいてもよい。さらに、セルロースは、配糖体であるβグルコシド、リグニン及び/又はヘミセルロースとの複合体であるリグノセルロース、さらにペクチンなどとの複合体であってもよい。セルロースは、結晶性セルロースであってもよいし、非結晶性セルロースであってもよいが、好ましくは結晶性セルロースを含む。さらに、セルロースは、天然由来のものでも、人為的に合成したものでもよい。セルロースの由来も特に限定しない。植物由来のものでも、真菌由来のものでも、細菌由来のものであってもよい。
【0030】
セルロース は、天然では植物細胞壁の主たる構成成分として存在し、多糖としては地球上で最も多く生産されている。植物細胞壁において、セルロースは、結晶性セルロース領域と非晶質セルロース領域とを形成している。結晶性セルロース領域は、分子間水素結合等により強固な結晶構造を形成しており、グルコースなどの単糖にまで人工的に分解するには非常に過酷な条件を必要とする。自然界では、セルロースは、糸状菌などの微生物により分解されているが、各種のセルラーゼによる相乗作用によりグルコースにまで分解されることが知られている。
【0031】
本明細書において、セルロース含有材料とは、上記したセルロースを含むものであればよい。セルロース含有材料は、綿や麻などの天然繊維品、レーヨン、キュプラ、アセテート、リヨセルなどの再生繊維品、稲ワラなどの各種ワラ、籾殻、バガス、木材チップなどの農産廃棄物、古紙、建築廃材などの各種廃棄物などを含むバイオマス(木質系及び草本系)が挙げられる。
【0032】
(セルロースを可溶化したイオン液体の準備工程)
セルロースを可溶化したイオン液体の準備工程は、セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程である。セルロースが可溶化されたイオン液体は、それ自体を入手してもよいし、セルロース含有材料のセルロースをイオン液体で可溶化することで取得してもよい。セルロースを可溶化するイオン液体としては、特に限定されないで、各種イオン液体を用いることができる。本発明によれば、カチオンもアニオンもハロゲンを含まない非ハロゲン系イオン液体でなく、ハロゲン系アニオン等を含むイオン液体であってもよい。また、イオン液体としては、水素結合受容性の高いアニオン種を有するイオン液体であることが好ましい。このようなイオン液体は、セルロースを可溶化しやすい傾向にあるからである。また、このようなイオン液体は、水や緩衝液などセルラーゼが作用する媒体と相溶するからである。
【0033】
イオン液体を構成するカチオンとしては、特に限定されないが、ヘテロ環オニウムカチオン及びアンモニウムカチオンが挙げられる。ヘテロ環オニウムカチオンとしては、例えば、以下の「化1」で表されるイミダゾリウムカチオン、「化2」で表されるピリジニウムカチオン等が挙げられる。
【0034】
【化1】
(ただし、R1及びR2は、それぞれ独立してアルキル基を表す。)。
【0035】
【化2】
【0036】
「化1」及び「化2」において、R1及びR2におけるアルキル基としては、例えばメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ヘキシル基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基が挙げられる。より好ましくは炭素数1〜6、さらに好ましくは炭素数1〜4のアルキル基である。アルキル基は、直鎖状、分枝状及び環状のいずれであってもよいが、好ましくは直鎖状である。「化1」に示すイミダゾリウムカチオンのイミダゾール環及び「化2」に示すピリジニウムカチオンのピリジン環の炭素原子は、置換されていてもよい。「化1」におけるR1及びR2は、メチル基及びエチル基、メチル基及びブチル基、エチル基及びブチル基などとすることができる。
【0037】
このようなイミダゾリウムカチオンの具体例としては、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−プロピル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−ペンチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−ヘプチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−オクチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−ノネチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−デカチル−3−メチルイミダゾリウムイオン等のジアルキルイミダゾリウムカチオン、1−(1,2または3−ヒドロキシプロピル)−3−メチルイミダゾリウムイオン、1,2,3−トリメチルイミダゾリウムイオン、1,2−ジメチル−3−プロピルイミダゾリウムイオン、1−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムイオン等のトリアルキルイミダゾリウムカチオンが挙げられる。なかでも、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムカチオン、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−プロピル−3−メチルイミダゾリウムイオン等のジアルキルイミダゾリウムカチオンが好ましい。
【0038】
ピリジニウムカチオンとしては、N−プロピルピリジニウムイオン、N−ブチルピリジニウムイオン、1−ブチル−4−メチルピリジニウムイオン、1−ブチル−2,4−ジメチルピリジニウムイオン等が挙げられる。
【0039】
アンモニウムカチオンとしては、例えば、トリメチルプロピルアンモニウムイオン、トリメチルヘキシリルアンモニウムイオン、テトラペンチルアンモニウムイオン、ジエチルトリメチル(2−メトキシエチル)アンモニウムイオン等の脂肪族4級アンモニウムイオン、N−ブチル−N−メチルピロリジニウムイオン等の脂環式4級アンモニウムイオン等が挙げられる。
【0040】
イオン液体を構成するアニオンとしては、特に限定されないが、例えば、HSO4−、CH3SO3−等の無機アニオンを用いることもできる。また、カルボン酸系アニオンも好ましく、中でも、ギ酸アニオン、酢酸アニオン、プロピオン酸アニオン等の炭素数1〜4のカルボン酸系アニオンがより好ましい。さらに好ましくは酢酸アニオンである。
【0041】
また、アニオンは、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン等の各種ハロゲンアニオンであってもよい。特に本発明によれば、ハロゲンアニオン系のイオン液体であっても、セルラーゼ作用環境のpHを緩衝能の高い貧溶媒等で調整することにより、酵素の失活等を抑制して安定して効率的にセルロースを分解できる。
【0042】
また、セルロース可溶化条件の温和化やセルラーゼに対する影響等を考慮すると、リン酸系アニオン及びカルボン酸系アニオンが好ましい。より好ましくはリン酸アニオンである。リン酸系アニオンとしては、例えば、以下の「化3」で表されるリン酸アニオンが挙げられる。
【0043】
【化3】
(ただし、R4、R5はそれぞれ独立にアルキル基を表す。)
【0044】
「化3」のR4及びR5におけるアルキル基は、「化1」及び「化2」のR1、R2及びR3におけるアルキル基と同義である。「化3」におけるR4及びR5は、それぞれ独立に、好ましくは、メチル基又はエチル基である。このようなリン酸アニオンの具体例としては、(CH3O)2PO2−、(CH3O)CH3PO2−、(CH3O)C2H5OPO2−、(CH3O)HPO2−、(C2H5O)2PO2−、(C2H5O)CH3PO2−、(C2H5O)C2H5PO2−、(C2H5O)HPO2−が挙げられる。
【0045】
カルボン酸系アニオンも好ましく、中でも、ギ酸アニオン、酢酸アニオン、プロピオン酸アニオン等の炭素数1〜4のカルボン酸系アニオンがより好ましい。さらに好ましくは酢酸アニオンである。
【0046】
好ましいイオン液体としては、例えば、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム ジエチルリン酸又は1−エチル−3−メチルイミダゾリウム 酢酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムジメチルリン酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム ヘキサフルオロリン酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムジエチルリン酸テトラフルオロホウ酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム リン酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムメチル硫酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム ジメチル硫酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムエチル硫酸等が挙げられる。
【0047】
また、好ましいイオン液体としては、例えば、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム 塩素、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム 臭素、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムヨウ素、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム 塩素、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム臭素、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム ヨウ素、1−オクチル−3−メチルイミダゾリウム塩素、1−オクチル−3−メチルイミダゾリウム 臭素、1−オクチル−3−メチルイミダゾリウムヨウ素等が挙げられる。
【0048】
イオン液体は、商業的に入手できるものであるほかは、公知の方法で合成することができる。合成方法は特に限定されないで、カチオンを塩化物との塩として合成、精製し、その後、得ようとするイオン液体のアニオンの塩と反応させるなどするか、一旦水酸化物とした上でアニオンを含む酸で中和してもよい。
【0049】
イオン液体の純度は高いことが好ましい。イオン液体の合成工程の不純物は、イオン液体と貧溶媒とを混合して得られる媒体のpHに大きく影響し、結果として酵素の触媒活性に大きく影響するからである。本発明者らによれば、イミダゾリウム系カチオンを用いるイオン液体の場合、純度が低いほど水や緩衝液などの貧溶媒と混合したときのpHがアルカリにシフトしやすく、セルラーゼによるセルロース分解活性が低下する傾向があることがわかっている。
【0050】
したがって、純度が高いイオン液体を用いることが好ましいが、より具体的には、セルラーゼ作用環境を形成するのに適したイオン液体を選択するか、適度な強度でのpH調整をした上でイオン液体を用いるのが好ましい。イオン液体の選択あるいはセルラーゼ作用環境の形成にあたってのpH調整強度の選択には、イオン液体と水や所定の緩衝液などの所定の貧溶媒と所定の比率で混和したときのpHを指標とすることができる。例えば、10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)などのセルラーゼの至適pH近傍のpHの緩衝液(貧溶媒)と一定の比率、例えば、イオン液体:貧溶媒=1:1.5〜1:4程度の範囲で混和し、そのpHを測定し、セルラーゼの至適pH又はその近傍、例えば、pH6以下の場合、そのままそのイオン液体と貧溶媒でセルラーゼ作用環境を形成することができる。一方、かかる混和時のpHがセルラーゼの至適pH又はその近傍、例えば、pH6を超える場合、そのイオン液体を選択しないか、あるいはそのイオン液体をよりpH調整能力が大きい(又はより酸性側に調整能を有する)緩衝液を用いてセルラーゼ作用環境を形成するようにしてもよい。
【0051】
イオン液体は1種類を用いてもよいし、2種類以上を用いてもよい。また、イオン液体は、その融点が100℃以下であることが好ましく、より好ましくは80℃以下である。さらに好ましくは40℃以下であり、最も好ましくは20℃以下である。また、セルロースを溶解する観点から、イオン液体は、その水分量が水分を数質量%以下であることが好ましく、より好ましくは3質量%以下であり、さらに好ましくは1質量%以下である。水分量は、カールフィッシャー法により測定できる。
【0052】
イオン液体でセルロースを可溶化する方法は、特に限定されない。イオン液体にセルロースを添加し必要に応じ攪拌することなどによって実現することができる。イオン液体をセルロースで溶解するとき、室温で行うこともでき、必ずしもイオン液体の加熱は必要ではない。ただし、必要に応じてイオン液体を加熱することができる。加熱温度は、特に限定されないが、あらかじめ取得したイオン液体の溶解温度程度となるように加熱すればよい。なお、セルロースがイオン液体に溶解したかどうかは、セルロースが分散され、にごっていたイオン液体が澄明になることにより容易に判断できる。イオン液体に可溶化させるセルロースの濃度も特に限定されない。通常、10質量%以下程度であり、典型的には5質量%以下程度である。
【0053】
(セルラーゼ作用環境形成工程)
本工程は、可溶化されたセルロースを含むイオン液体に所定の溶媒を加えて、前記イオン液体と前記溶媒とを含みセルラーゼがその酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する。本工程によれば、可溶化されたセルロースを含むイオン液体に所定の溶媒を加えることで、セルラーゼでセルロースを分解、糖化できるセルラーゼ作用環境を形成できる。すなわち、析出させたセルロースを、水などで洗浄したり、別に準備した酵素反応用の媒体に移送したりしなくても、可溶化したその場でセルラーゼによる分解・糖化が可能となる。また、イオン液体がセルラーゼによる反応場に共存することで、セルロースはセルラーゼが攻撃しやすい形態を採っており、セルラーゼは効率的にセルロースを分解できる。
【0054】
セルラーゼ作用環境とは、セルラーゼがセルロースに対してセルラーゼが有する酵素活性を発揮できる環境をいう。イオン液体と貧溶媒とが存在しているあらゆる環境下で、セルラーゼが作動する環境かどうかは、各種の配合比でセルロースを可溶化したイオン液体と貧溶媒とを組み合わせた上、これらの各混合液につき、セルラーゼによるセルロースの分解程度(セルラーゼ活性)を評価することで、いずれの液がセルラーゼが作動可能な環境であるかどうかを確認することができる。
【0055】
セルラーゼ活性は、公知の方法で評価することができる。例えば、セルロースの分解によって生じる還元糖の量を測定することにより評価することができる。還元糖量の定量法としてはSomogyi法、Tauber-Kleiner法、Hanes法(滴定法)、Park-Johnson法、3,5-ジニトロサリチル酸(DNS)法、TZ法(Journal of Biochemical Methods, 11(1985)109-115)、フェノール−硫酸法(吸光度法)、レーン−エイノン(滴定法)などの多数の定量法が挙げられる。また、糖による銅イオンの還元を利用するSomogyi-Nelson法を用いることができる(福井作蔵 著「生物化学実験法1 還元糖の定量法 第2版」学会出版センター1990年)。また、ABEE化(ABEE:4−アミノ安息香酸エチルエステル)(Yasunoら、Biosci. Biotech. Biochem. 61, 1994-1946)した上、HPLC等により定量してもよい。
【0056】
セルラーゼは、セルロースをグルコースにまで加水分解するのに作用する各種の酵素の総称である。セルラーゼとしては、狭義には、β1,4−エンドグルカナーゼ(EC3.2.1.4)、グルカン1,4−βグルコシダーゼ(EC3.2.1.74)、セルロース1,4−βセロビオシダーゼ(EC3.2.1.91)、βグルコシダーゼ(EC3.2.1.21)が挙げられる。また、セルラーゼは、天然由来であっても人工的に改変されたものであってもよい。天然由来のものとしては、特に限定しないが、Trichoderma属又はAspergillus属由来のセルラーゼなどを好ましく用いることができる。本発明においては、上記した狭義のセルラーゼを1種類又は2種類以上を組み合わせて用いることができる。異種のセルラーゼでなく、同種であっても2種類以上組み合わせてもよい。また、由来の異なるセルラーゼを組み合わせて用いることもできる。
【0057】
可溶化されたセルロースを含むイオン液体に加えられる溶媒は、セルロースに関し用いたイオン液体との関係において貧溶媒となるものである。すなわち、用いたイオン液体と比較してセルロースの溶解しにくい溶媒である。このような溶媒は、イオン液体の性質から、通常、非イオン液体以外の溶媒であり、具体的には、水性媒体又は有機溶媒である。酵素活性等を考慮すると、好ましくは水性媒体を用いる。水性媒体とは、水、水溶液(緩衝液など)、これらと有機溶媒との混液を含む。酵素反応を考慮すると、溶媒は、好ましくは水又は緩衝液である。より好ましくは緩衝液である。緩衝液のpHは、用いる酵素、すなわち、セルラーゼの至適pH等を考慮して決定することができるが、詳細について後段にて説明する。なお、貧溶媒は1種類を用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0058】
(セルラーゼ作用環境におけるpHの制御)
本発明においては、可溶化されたセルロースを含むイオン液体と貧溶媒とによりセルラーゼがセルロースに作用するセルラーゼ作用環境、すなわち、セルラーゼによるセルロースの分解用の媒体を形成する。この媒体の形成にあたり、当該媒体のpHの制御を行う。イオン液体は、それ自体塩であるが、イオン液体の合成時の不純物やイオン液体のアニオンとカチオンの種類及びその比率によっては、その酸・塩基性やイオン液体水溶液におけるpHが、同一イオン種からなるイオン液体であっても異なってしまう。このような相違が、水などの貧溶媒とイオン液体との混合媒体下でのセルラーゼの酵素活性にどの程度影響するのかは、本願出願時においては全く知られていなかった。本発明者らは、用いるイオン液体におけるこのような特性の相違が、イオン液体−貧溶媒媒体におけるセルラーゼ反応に極めて重要であることをはじめて見出して本発明を完成した。
【0059】
セルラーゼ作用環境のpHを制御するには、イオン液体と貧溶媒とを混合して得た溶液のpHに応じて、用いるセルラーゼがセルロースに作用するのに好ましいpH(好適pH、より好ましくは至適pH)に調整することが好ましい。このようなpH調製のためには、貧溶媒として、セルラーゼが作用するのに好ましい好適pH(典型的には至適pH)からのシフトを補正する調製能力又は好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いることが好ましい。
【0060】
このような貧溶媒としては以下のものが挙げられる。例えば、イオン液体と貧溶媒とを混合して得られる混合液のpHが至適pHよりもアルカリ側であるようなイオン液体であった場合、混合したときより好ましいpH(より酸性側のpH)の反応媒体が得られるような調整能力のある貧溶媒を用いることができる。かかる貧溶媒は、例えば、セルラーゼの至適pHよりも酸性の水溶液、前記至適pHよりもより酸性側pHへの調整能力及び/又は緩衝作用のある酸と塩の濃度を高めることによって、より酸性側pHへの調整能力を有する緩衝液を貧溶媒として用いることができる。
【0061】
逆に、イオン液体と貧溶媒とを混合して得られる混合液のpHが至適pHよりも酸性側であるようなイオン液体であった場合、例えば、セルラーゼの至適pHよりもアルカリ性の水溶液、前記至適pHよりもよりアルカリ側pHへの調整能力及び/又は緩衝作用のある酸と塩の濃度を高めることによって、よりアルカリ側pHへの調整能力を有する緩衝液を貧溶媒として用いることができる。
【0062】
酵素反応の安定性や操作の簡便性を考慮すると、貧溶媒として緩衝液を用いることが好ましい。緩衝液は、用いるセルラーゼの至適pHを含む酵素活性に適したpH範囲に一致する範囲に緩衝能を有するものを用いることが好ましい。一般的なセルラーゼの典型的な好適pHは4〜6程度であるため、例えば、クエン酸緩衝液(クエン酸及びクエン酸ナトリウム)、酢酸緩衝液(酢酸−酢酸ナトリウム)、クエン酸−リン酸緩衝液(クエン酸−リン酸二水素ナトリウム)等が挙げられる。こうした緩衝液の濃度やpHを適宜調製して、セルラーゼ作用環境のpHを4以上6以下、より確実には、4.0以上6.0以下となるように設定することが好ましい。
【0063】
イオン液体の特性の変動によるセルラーゼ作用環境の変動を抑制するには、より酸性側pHに調整することにより、セルラーゼの好適pH、好ましくは至適pH近傍にセルラーゼ作用環境を形成することが有効である。本発明者らによれば、イオン液体は、水等の貧溶媒に溶解したとき、当該溶解液は、アルカリ性を呈する傾向が高いからである。このようなpH調整には、上記したように、より酸性側pHへの緩衝能が大きい緩衝液を貧溶媒として用いることが好ましい。
【0064】
好ましい緩衝液としては、通常の試薬(酸及び共役塩基)濃度よりも、10倍以上100倍以下程度の濃度の緩衝液、例えば、用いるセルラーゼの至適pHが5.0であってpH5.0の緩衝液を用いる場合、100mM以上1M以下程度の濃度の緩衝液、より好ましくは、200mM以上600mM以下程度の濃度の緩衝液を用いることができる。また、例えば、用いるセルラーゼの至適pHが5.0であって、10mMの濃度の緩衝液を用いる場合には、至適pHよりも低いpH、例えば、pH4.0の緩衝液を用いることができる。
【0065】
セルラーゼ作用環境のpHを制御するには、用いるイオン液体の特性を制御することによってもよい。例えば、一定濃度でイオン液体を水に溶解したときのpHを測定して、当該pHが一定範囲のものを用いることとしてもよい。かかるpHを規定するには、各種pHのイオン液体水溶液を構成するそれぞれのイオン液体を用いて、セルラーゼ作用環境を形成し、これらのpHやセルラーゼの酵素活性等を測定することで、好ましく用いうるイオン液体の特性(イオン液体水溶液のpH)の範囲を決定することができる。
【0066】
セルラーゼ作用環境のpH制御は、すでに記載した各種のアニオン及び各種のカチオンを組み合わせたイオン液体に有用である。すなわち、カルボン酸系のアニオン、ハロゲン系アニオン及びリン酸系アニオンから選択される各種アニオンを構成アニオンとするイオン液体に有用であるが、特に、ハロゲン系アニオンを構成アニオンとするイオン液体に好ましく用いることができる。従来、この種のイオン液体は、セルロースの溶解性も良好であるからである。なお、ハロゲン系アニオンを構成アニオンとするイオン液体は、その構成アニオンに起因してセルラーゼの酵素活性が阻害されていると考えられており、当該イオン液体の存在下にセルラーゼの酵素反応が進行することは当業者といえども予測できなかったといえる。
【0067】
セルラーゼ作用環境のpH制御を考慮するとき、アルキルイミダゾリウムなどのイミダゾリウム系カチオンを構成カチオンとするイオン液体に有用である。この種のイオン液体は、汎用されているとともにセルロースの溶解性も良好であるからである。あらに、この種のイオン液体は、不純物としてと、イミダゾール誘導体を含有していると考えられ、水等の貧溶媒と混合したとき、アルカリ性を呈する傾向が強いからである。
【0068】
なお、貧溶媒は、セルラーゼがその酵素活性を発揮可能な程度にイオン液体に供給されればよい。すなわち、イオン液体に添加される貧溶媒の量は、得られるセルラーゼ作用環境を形成可能な量であればよい。このような貧溶媒の量は、主としてイオン液体の種類やイオン液体の酵素反応を阻害する可能性のある特性の程度、セルラーゼの種類及び貧溶媒の種類(塩の種類、緩衝能の強さ等)によって決まってくる。当業者であれば、本明細書の開示に基づき、適当な溶媒量を決定することができる。例えば、セルロースをイオン液体に可溶化した後、この可溶化セルロースを含むイオン液体に異なる配合比で用いようとする貧溶媒を添加し、これらの各混合液につき、セルラーゼによるセルロースの分解程度を評価することで、適切な配合比、すなわち、添加すべき溶媒の所定量を取得することができる。
【0069】
場合により異なるが、おおよそ、イオン液体に対して、体積比で同量以上、好ましくは、1.5倍以上の貧溶媒(好ましくは水性媒体、より好ましくは水又は緩衝液)を用いることが好ましい。1.5倍未満であると、イオン液体でセルロースを可溶化することの効果を得られにくいからである。より好ましくは2倍以上、さらに好ましくは3倍以上、一層好ましくは4倍以上である。一方、プロセスの効率化やセルロースの溶解量の観点から、好ましくは10倍以下である。
【0070】
セルラーゼ作用環境では、セルロースは溶解している必要はなく、セルロースの少なくとも一部が析出されていてもよい。セルラーゼ作用環境は、セルロースを可溶化したイオン液体に貧溶媒をセルラーゼが作動可能な程度に加えるものであり、この媒体においてはセルロースの溶解性は低下しているからである。一方、イオン液体が並存するため、セルロースは析出したとしても、イオン液体で可溶化されたときに得られている、結晶構造が緩和された状態をある程度、あるいいは部分的に保持することができる(非特許文献1参照)。したがって、セルラーゼ作用環境では、セルロースの一部又は全部が析出されていてもよい。
【0071】
セルラーゼ作用環境においてセルロースの少なくとも一部を析出した状態とする場合、貧溶媒を加えてセルラーゼ作用環境を形成するのと同時にセルロースが析出されてもよい。また、セルラーゼ作用環境を形成するのに先立って、可溶化されたセルロースを含むイオン液体に貧溶媒を加えてセルロースを析出させてもよい。すなわち、一旦大量の貧溶媒を加えるなどして、セルラーゼを析出し、その後、所望のセルラーゼ作用環境となるように、イオン液体及び/又は貧溶媒を加えてもよい。後で加える貧溶媒及びイオン液体は、当初のものと異なっていてもよいし同じであってもよい。セルラーゼの作用環境及びその形成方法やセルロースの析出及びその方法は、上記に限らず、適宜変更して実施することができる。
【0072】
セルラーゼ作用環境においては、図1に示すように、セルラーゼが酵素活性を発揮できるものであればよく、必ずしもセルラーゼを含んでいなくともよい。セルラーゼ作用環境形成工程は、セルラーゼでセルロースを分解することまでを必須とするものではない。したがって、別の工程でセルラーゼをセルラーゼ作用環境に供給することとし、セルラーゼ作用環境形成工程は、そのセルラーゼによるセルロースの分解の準備工程とすることができる。なお、後述するセルロース分解物の生産方法を実施するにあたっては、セルラーゼ作用環境形成工程において、セルラーゼを含む貧溶媒をイオン液体に加えるなどしてセルラーゼ作用環境を形成すると同時にセルラーゼを供給することもできる。
【0073】
以上説明した、本発明のセルロースの処理方法によれば、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼによって分解するための好ましいセルラーゼ作用環境を容易に得ることができる。すなわち、イオン液体で可溶化されたセルロースの有する構造緩和メリットをそのまま維持してセルラーゼによって分解することができる。また、セルラーゼ作用環境を、セルロースをイオン液体で可溶化した系において容易に形成することができる。したがって、従前のように、一旦可溶化したセルロースをイオン液体から析出させた後分離して、別途セルラーゼ反応系に供給するという煩雑な操作を回避でき、しかもイオン液体で可溶化したセルロースの構造緩和メリットを十分に活用できないという不都合も回避できる。さらに、本発明のセルロースの処理方法によれば、従来(非特許文献1)に比べて、使用するセルラーゼの量を低減することができる。以上のことから、本発明によれば、イオン液体を利用して効率的にセルロースを分解できる実用的なセルロースの利用方法を提供することができる。
【0074】
さらに、本発明によれば、イオン液体の特性(特に、水系の貧溶媒と混合したときの液性(pH))に関わらず、好ましいセルラーゼ作用環境を得ることができる。水系の貧溶媒と混合することにより、セルラーゼの酵素活性を確保するとともにイオン液体と貧溶媒が接触したとき生じる可能性のあるpHシフトを補正し又はpH変動を緩衝するのに十分な緩衝能を有する貧溶媒を用いることで、不純物や製法のばらつきによるイオン液体の特性変動による影響を抑制又は回避して、安定して良好なセルラーゼ作用環境を形成できる。
【0075】
(セルロース分解産物の生産方法)
図2に示すように、本発明のセルロース分解産物の生産方法は、本発明のセルロースの前処理方法におけるイオン液体準備工程とセルラーゼ作用環境形成工程と、セルラーゼを含むセルラーゼ作用環境下においてセルラーゼでセルロースを分解する工程と、を備えることを特徴としている。本発明のセルロース分解産物の生産方法によれば、上記したセルロースの処理方法において記載したことに基づいて、イオン液体で可溶化したセルロースを効率的に分解できる。なお、セルロースの分解産物としては、セルロースの低分子化されたものであればよい。より具体的には、最終分解産物であるグルコースのほか、セロビオース及びセロオリゴ糖が挙げられる。
【0076】
(セルロース分解工程)
セルラーゼを含有するセルラーゼ作用環境を形成するには、図2に示すように、予めセルラーゼを含有する貧溶媒を用いてセルラーゼ作用環境を形成してもよいし、別途セルラーゼをセルラーゼ作用環境に供給してもよい。用いるセルラーゼは、1種類以上であってもよいし効率的にセルロースを分解できるように2種類以上を組み合わせてもよい。また、セルラーゼは、適当な担体に保持された形態であってもよい。
【0077】
セルラーゼ作用環境下でセルロースをセルラーゼで分解することにより、セルロースは低分子化される。このため、セルラーゼ作用環境におけるイオン液体や貧溶媒の種類にもよるが、析出していた状態から徐々にセルラーゼ作用環境下のイオン液体と貧溶媒とが共存する媒体に溶解していく。この場合には、セルラーゼ作用環境の反応媒体は徐々に澄明化されていく。
【0078】
本発明にセルロースの分解産物の生産方法においては、分解対象となるセルロースは結晶セルロースを含むものであることが好ましい。イオン液体によれば結晶セルロースの構造が効果的に緩和されるからである。
【0079】
本発明のセルロース分解産物の生産方法における各工程は、セルロースの分解産物を最終生成物とするためでなく、セルロースの糖化方法としても実施できる。すなわち、本発明によれば、セルロースが可溶化されたイオン液体の準備工程、セルラーゼ作用環境形成工程及びセルロース分解工程を備える、セルロースの糖化方法も提供される。セルロース分解工程で得られたセルロース分解産物を、次工程の被修飾体として利用したり炭素源として利用したりすることに用いることができる。なお、セルロースの糖化とは、構成単糖であるグルコースにまで分解することに限定するものではなく、セルロースの低分子化体に分解できればよく、セロビオースやセロオリゴ糖に分解するものを含むものである。
【0080】
セルロースをセルラーゼで分解する酵素反応条件は特に限定しない。一般的には、用いるセルラーゼの至適pHや至適温度等を考慮し設定されるが、反応温度は30℃以上70℃以下であり、1時間以上24時間以下程度とすることができる。また、pHは、2以上6以下程度とすることができる。
【0081】
以上説明したように、本発明のセルロース分解産物の生産方法及びセルロースの糖化方法によれば、効果的にセルロースをセルラーゼで分解することができ、従来に比してより実用的なレベルでセルロースを利用できるようになる。
【0082】
(酵素反応媒体)
本発明の酵素反応媒体は、基質を可溶化可能なイオン液体と、基質に関しイオン液体との関係において貧溶媒であって、イオン液体の共存下、酵素がその酵素活性を発揮できる酵素作用環境を形成できる程度の量の溶媒と、を含むことができる。このような酵素反応媒体によれば、イオン液体に可溶化された基質をその可溶化された状態の少なくとも一部を保持している。このため、水素結合やファンデルワールス力等の作用によりそれ自体が複合体となっていたり、あるいは他のものと複合体と形成していたりするなどして酵素が作動する環境下では難溶性の基質形態を採るものであっても、酵素を作用させて利用しやすくすることができる。したがって、本発明の酵素反応媒体によれば、基質形態に関わらず、酵素の基質として利用することができるようになる。
【0083】
基質としては特に限定しないが、天然多糖や天然樹脂、合成多糖や合成樹脂などを含む高分子が挙げられる。天然多糖としては、例えば、セルロース、キシラン、キチン及びキトサンが挙げられる。また、酵素は基質の種類によるが、セルロースを基質とする場合には、既に説明したセルラーゼであり、キシランにはキシラナーゼ、キチンやキトサンには、キチナーゼ等が挙げられる。
【0084】
イオン液体は、基質の種類や酵素作用環境形成の容易さ等に応じて決定され、特に限定されない。公知のイオン液体から適宜選択して用いることができる。例えば、セルロースを基質とする場合には、既に説明したイオン液体を好ましく用いることができる。また、セルロースに好ましく用いることのできるイオン液体は、類似した構造を有するキチンやキトサンにも好ましく用いることができる。
【0085】
酵素作用環境は、酵素が基質に作用できる環境であれば足りる。イオン液体と貧溶媒との共存する環境が、所望の基質に対する所望の酵素が作動できる環境であるかどうかは、基質を可溶化したイオン液体と貧溶媒とについて各種形態(イオン液体や貧溶媒の種類及び配合比)で共存系を構築し、酵素活性を評価することにより確認することができる。セルラーゼについては既に説明したが、所望の酵素についての酵素活性を測定することができる系があれば容易に本発明の酵素作用環境を確認することができる。
【0086】
すでに説明したように、イオン液体の特性の変動によるpHシフトやpH変動の酵素活性及び分解効率への悪影響を抑制又は回避可能な反応媒体を調製するには、用いるイオン液体と貧溶媒が接触したとき生じる可能性のあるpHシフトを補正し又はpH変動を緩衝するのに十分な調整能力を有する貧溶媒を用いることが好ましい。
【0087】
本発明の酵素反応媒体には、イオン液体により少なくとも一旦可溶化された基質を含んでいてもよい。こうした基質は、イオン液体に可溶化された状態で本発明の酵素反応媒体に添加されてもよいし、反応媒体形成時のイオン液体に予め可溶化されて含まれていてもよい。酵素反応媒体に含まれている基質は、少なくとも一部が析出されていてもよい。基質が析出されていても、酵素反応媒体中にイオン液体が存在していれば、一旦イオン液体により可溶化されたものであれば、イオン液体により可溶化された際の緩和された構造の少なくとも一部を保持しているため、酵素が基質にアプローチしやすくなっている。酵素反応媒体には、さらに、酵素を含んでいてもよい。酵素は、予め貧溶媒に添加してあってもよいし、酵素作用環境を形成後に添加されたものであってもよい。
【0088】
(セルロース分解用媒体)
本発明のセルロース分解用媒体は、セルロースを可溶化可能なイオン液体と、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒であって、前記イオン液体の共存下、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成できる程度の量の溶媒と、を含む、組成物が提供される。本発明のセルロース分解用媒体は、本発明の酵素反応媒体の一形態である。
【0089】
本発明のセルロース分解用媒体におけるセルロース、セルラーゼ、イオン液体及び貧溶媒については、本発明のセルロースの処理方法及び分解産物の生産方法で既に説明した各種態様を採ることができる。セルロース分解用媒体は、イオン液体により少なくとも一旦可溶化されたセルロースを含むこともでき、セルロースの少なくとも一部は析出されていてもよく、さらに、セルラーゼを含むこともできる。
【0090】
本発明のセルロース分解用媒体によれば、セルロースをセルラーゼで効率的に分解できる状態でセルロースとセルラーゼとを存在させることができる。このため、セルロースを各種炭素源及び原材料としての実用化に有用である。
【0091】
以下、本発明を実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0092】
本実施例では、イオン液体として1−エチル−3−メチルイミダゾリウム ジエチルリン酸(Solvent Innovation社製)を用いて、このイオン液体と貧溶媒としての水性媒体である10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)との混合比(体積比)を各種変更して、セルラーゼ分解用媒体を調製し、イオン液体量のセルラーゼ活性への影響を検討した。以下の表に試料1〜5の媒体における混合比、イオン液体含有量、セルロース含有量及びセルラーゼ含有量並びに基質濃度を示す。なお、セルロースとして結晶性セルロースとして入手できるアビセルPH−101を用い、セルラーゼとしては、Trichoderma reesei由来のセルラーゼ(以上、いずれもSigma−Aldrich社製)を用いた。なお、イオン液体の比重は約1である。
【表1】
【0093】
なお、各媒体における最終セルロース濃度を合わせるため、セルロースを表1に示す量のイオン液体に1〜5質量%の割合で加えて、50℃で溶解させた。その後、表1に示すクエン酸緩衝液を加えると、全ての反応媒体において、直ちにフィルム状のセルロース(再生セルロース)が析出した。析出したセルロースフィルムをボルテックスで攪拌して破壊した後、セルラーゼ2mgを反応媒体に添加して、40℃で酵素反応を行った。反応後の糖(グルコース及びセロビオース)への転化率をABEE化してHPLCで測定した(Yasunoら、Biosci. Biotech. Biochem. 61, 1994-1946)。
【0094】
セルロースの転化率(セルラーゼ活性)の測定結果を図3に示す。図3(a)にはグルコースへの転化率(白いバー:1時間及び黒いバー:24時間)及び図3(b)にはセロビオースへの転化率(白いバー:1時間及び黒いバー:24時間)を示す。また、試料2(イオン液体/水性媒体の混合比1/4)についてのセルラーゼ活性の経時変化を図4に示す。
【0095】
図3に示すように、イオン液体と水性媒体との混合比によって転化率が異なることがわかった。また、好ましい混合比があることがわかった。イオン液体/水性媒体の混合比が1/4のとき、最も良好に糖化が進行し、24時間後のグルコースへの転化率は50%であった。また、当該混合比のとき、24時間後のセロビオースへの転化率は20%であった。
【0096】
一方、イオン液体と水性媒体との混合比が2/3及びそれ以上にイオン液体の比率が高いときには、グルコースへの転化率及びセロビオースへの転化率が低下することがわかった。
【実施例2】
【0097】
以下の操作においては、特に言及しない限り、実施例1と同様の試薬を用いた。本実施例では、実施例1で得られた媒体1(イオン液体/水性媒体=1/4)についてセルラーゼ活性の経時的変化を測定した。なお、測定にあたり、実施例1の媒体1におけるのと同様にして調製したセルロースを可溶化したイオン液体200μlに、セルラーゼの溶液(10mg/ml、10mMクエン酸緩衝液pH5.0)を800μl添加して酵素反応を開始させた。また、対照として、上記セルラーゼ溶液を10分間100℃で加熱して熱変性セルラーゼを調製し、これについても、媒体1に対して800μl添加してセルラーゼ活性の経時的変化を測定した。なお、セルラーゼ活性の測定は、実施例1と同様にして行った。結果を図4に示す。
【0098】
図4に示すように、反応初期にはセロビオースが主に生成し、その後分解されてグルコース生成量が増加した。このことから、セルラーゼは、イオン液体の存在下、少なくとも24時間は活性を保持していることが明らかとなった。また、熱変性させたセルラーゼがほとんど活性を示さなかったことから、セルロースの分解・糖化は、確かにセルラーゼの酵素活性によるものであり、他のセルラーゼにもイオン液体の存在下でのセルロースの分解に適用できることがわかった。
【実施例3】
【0099】
以下の操作においては、特に言及しない限り、実施例1と同様の試薬を用いた。本実施例では、8質量%でセルロースを50℃でイオン液体に溶解させてセルロースのストック溶液を調製した。さらに、このイオン液体に表2に示す組成となるように、セルラーゼ及びクエン酸緩衝液を添加し、反応温度40℃で20時間振とうして、セルラーゼ活性を評価した。なお、セルラーゼ活性の評価は実施例1と同様にして行った。結果を表2及び図5に示す。
【0100】
【表2】
【0101】
図5に示すように、セルラーゼの濃度を増加させるとそれに応じてセルラーゼ活性(転化率)が向上することがわかった。したがって、イオン液体の共存下でも、セルラーゼが十分に作用することがわかった。また、20時間の反応で80%程度まで分解できることもわかった。
【実施例4】
【0102】
本実施例では、実施例3より一層低い濃度のセルラーゼによるセルロースの糖化を試みた。すなわち、セルラーゼ濃度を0.2mg/ml、0.04mg/ml及び0.02mg/mlとしてセルロースを分解した。5質量%でセルロースのストック溶液を調製した以外は、実施例3と同様に操作してセルラーゼ活性を評価した。結果を、図6及び図7に示す。
【0103】
図6及び図7に示すように、セルラーゼ濃度が0.2mg/mlでも約75%まで分解できることがわかった。したがって、イオン液体の共存下、セルラーゼは相当程度低濃度であってもセルロースを分解できることがわかった。これは、セルラーゼがイオン液体共存下であっても安定であったこと及びセルロースの剛直な構造が効果的にイオン液体により崩壊された状態がセルラーゼ作用環境下において有効に維持されていたことを支持している。
【実施例5】
【0104】
本実施例では、イオン液体を構成するアニオンを酢酸とし、表3に示す組成となるようにセルラーゼ及びクエン酸緩衝液を添加し、表3で示すように処理する以外は、実施例1と同様に操作して、セルラーゼ活性を評価した。結果を表3に示す。
【0105】
【表3】
表3に示すように、アニオンが酢酸イオンであっても、約40%程度分解できることがわかった。すなわち、酢酸イオンをアニオンとするイオン液体であっても、セルラーゼが作用できる環境を、セルロースを可溶化したのと同一の反応場に形成できることがわかった。
【実施例6】
【0106】
本実施例では、イオン液体として1−エチル−3−メチルイミダゾリウム 酢酸を用いてセルロースをの糖化におけるpH制御効果を評価した。すなわち、結晶性セルロースであるアビセルPH−101(Flula社製)の5wt%の濃度になるようにして50℃で上記イオン液体に溶解させた。この液200mgに対して、表4に示すように、試薬(クエン酸1水和物)の濃度を種々に異ならせた(600mM、400mM、200mM)の各水溶液及び10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)800μlをそれぞれ加えて、イオン液体により可溶化したセルロースを析出させた。こうして得られた各試料の反応後のpHを表4に併せて示す。
【0107】
次に、析出したセルロースをボルテックス(商品名)で破砕し、T. reesei由来のセルラーゼ(SIGMA社製)0.2mgを用いて酵素反応を行った。具体的には、析出したセルロースに、4.0mg/mlセルラーゼとなるように10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)に溶解して調製したセルラーゼ溶液50μlを加えて、40℃で24時間酵素反応を行った。反応後、反応生成物を4-アミノ安息香酸エチルエステルで誘導体化し、生成したグルコース量とセロビオース量をHPLC(島津製作所製)でそれぞれ定量した。なお、HPLCの測定条件は以下のとおりとし、詳細は、付属の取扱説明書に従った。結果を図8に示す。
(HPLC測定条件)
カラム:ODSカラム
移動相:0.02%TFA:アセトニトリル=85:15
検出波長:305nm
【0108】
【表4】
【0109】
図8に示すように、通常使用される10mMクエン酸緩衝液を用いたとき(試料4)、セルラーゼからグルコース又はセロビオースへの変換効率は30%程度であったが、クエン酸水溶液(200mM〜600mM)を用いた場合には、いずれも変換効率は68%程度まで上昇した。以上のことから、イオン液体をセルロースの可溶化に用いる場合、イオン液体に起因するセルロースの分解効率の低下や変動を抑制又は回避するには、通常使用濃度及びセルラーゼの至適pHの緩衝液でなく、試薬濃度を増大させるなどして至適pHよりもpHを酸性側にシフトした水溶液などの貧溶媒を用いることが有効であることがわかった。
【実施例7】
【0110】
本実施例では、イオン液体として1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム 塩素を用いてセルロースの糖化におけるpH制御効果を評価した。すなわち、結晶性セルロースであるアビセルPH−101(Flula社製)の5wt%の濃度になるようにして50℃で上記イオン液体に溶解させた。この液200mgに対して、表5に示すように、試薬(クエン酸1水和物)の濃度を種々に異ならせた(100mM、50mM、10mM)の各水溶液及び10mMクエン酸緩衝液(pH3.0、pH4.0及びpH5.0)800μlをそれぞれ加えて、可溶化したセルロースを析出させた。こうして得られた各試料の反応後のpHを表5に併せて示す。得られた各試料につき、実施例6と同等にして酵素反応を実施するとともに変換効率を測定した。結果を図9に示す。
【0111】
【表5】
【0112】
図9に示すように、通常使用される10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)を用いたとき(試料6)、セルラーゼからグルコース又はセロビオースへの変換効率は80%未満程度であったが、クエン酸の濃度を10mMとしpH3.0〜pH4.0の緩衝液を用いることにより、より高い変換効率を得ることができた。以上のことから、イオン液体をセルロースの可溶化に用いる場合、イオン液体に起因するセルロースの分解効率の低下や変動を抑制又は回避するには、通常使用濃度及びセルラーゼの至適pHの緩衝液及び当該至適pHよりも酸性側に低くpHを設定するなどして緩衝能を増強した緩衝液などの貧溶媒を用いることが有効であることがわかった。また、本実施例においては、クエン酸水溶液(100mM〜10mM)では、十分なpH調整ができないことがわかった。
【実施例8】
【0113】
本実施例では、イオン液体として1−オクチル−3−メチルイミダゾリウム 塩素を用いてセルロースの糖化におけるpH制御効果を評価した。すなわち、結晶性セルロースであるアビセルPH−101(Flula社製)を1wt%の濃度になるようにして50℃で上記イオン液体に溶解させた。この液100mgに対して、表6に示すように、クエン酸濃度50mMのクエン酸緩衝液(pH2.1)及び10mMクエン酸緩衝液(pH3.0、pH4.0及びpH5.0)900μlを加えて可溶化したセルロースを析出させた。こうして得られた各試料の反応後のpHを表6に併せて示す。得られた各試料につき、セルラーゼ量を2.5mgとする以外は、実施例6と同等にして酵素反応を実施するとともに変換効率を測定した。具体的には、析出したセルロースに、12.5mg/mlセルラーゼとなるように10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)に溶解して調製したセルラーゼ溶液200μlを加えて、40℃で24時間酵素反応を行った。結果を図10に示す。
【0114】
【表6】
【0115】
図10に示すように、通常使用される10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)を用いたとき(試料4)、セルラーゼからグルコース又はセロビオースへの変換効率は17%であったが、クエン酸濃度を10mMとしpH3.0〜4.0緩衝液を用いることにより、より高い変換効率を得ることができた。一方、pH2.1の緩衝液では低い変換効率しか得られなかった。以上のことから、イオン液体をセルロースの可溶化に用いる場合、イオン液体に起因するセルロースの分解効率の低下や変動を抑制又は回避するには、通常使用濃度及びセルラーゼの至適pHの緩衝液でなく、pHをセルラーゼの至適pHよりも一定範囲で低く設定するなどして緩衝能を適切に増強した緩衝液を用いることが有効であることがわかった。
【実施例9】
【0116】
本実施例では、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム ジエチルリン酸を利用したセルロース糖化におけるイミダゾール系の不純物の影響を確認した。すなわち、結晶性セルロースAvicel PH−101(Flula)10mgを50℃で溶解させた上記イオン液体200mgに10mM クエン酸緩衝液(pH5.0)800μlを加え再生セルロースを析出させた。なおこの際に、イミダゾールを上記混合液における最終濃度0.1、1.0、5.0%(wt./vol.)になるよう添加した。このときのpHを測定した結果、イミダゾール0.1%では、pH6.8、1.0%ではpH8.1、5.0%ではpH8.8であった。またイミダゾールを添加しないコントロールでは、pH5.0であった。
【0117】
析出した再生セルロースをボルテックスで破砕し、T.reesei由来セルラーゼ(SIGMA製)0.2mgを加え、40℃で24時間の反応を行った。1,18,24時間反応させた試料を採取し、4−アミノ安息香酸エチルエステルで誘導体化し、生成したグルコース量とセロビオース量をHPLC(島津製作所)で定量した。なおHPLCの測定条件としては、ODSカラムを使用し、0.02%TFA・アセトニトリル混液(85:15)(体積比)を移動相として用いた。操作の詳細は、付属の取り扱い説明書に従い、検出波長は305nmにて測定した。
【0118】
イオン液体での糖化反応におけるイミダゾリウム塩添加の影響を図11に示す。最終イミダゾール濃度がわずか0.1%であっても、糖化効率は20%以下に低下した。また、最終イミダゾリウム濃度が、1.0%、5.0%の場合では、全く糖化反応が進行しなかった。このことから、イミダゾリウム系イオン液体における糖化反応において、イミダゾールの遊離によりpHがシフトし糖化効率が低減してしまうが、その場合はpHを調整する手段を増強することによって初めて克服できることが明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0119】
【図1】本発明のセルロースの処理方法の一例を示す図である。
【図2】本発明のセルロース分解産物の生産方法の一例を示す図である。
【図3】実施例1におけるセルロースの糖への転化率の測定結果を示す図である。図3(a)は、媒体中のグルコース量に基づいたグルコースへの転化率を示す図であり、図3(b)は、媒体中のセロビオース量に基づいたセロビオースへの転化率を示す図である。
【図4】実施例2におけるセルロースの糖への転化率の経時変化を示す図である。
【図5】実施例3におけるセルロースの糖への転化率とセルラーゼ濃度との関係を示す図である。
【図6】実施例4における各種セルラーゼ濃度におけるセルロースの糖への転化率を示すグラフである。
【図7】実施例4におけるセルロースの糖への転化率とセルラーゼ濃度との関係を示す図である。
【図8】実施例6におけるセルロースの糖(グルコース及びセロビオース)への変換効率を示す図である。
【図9】実施例7におけるセルロースの糖(グルコース及びセロビオース)への変換効率を示す図である。
【図10】実施例8におけるセルロースの糖(グルコース及びセロビオース)への変換効率を示す図である。
【図11】実施例9におけるセルロースの糖(グルコース及びセロビオース)への変換効率を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン液体を利用したセルロース含有材料の処理方法、分解物の生産方法及び酵素反応媒体等に関する。
【背景技術】
【0002】
有限である石油資源を代替するものとして、植物の光合成作用に由来するバイオマスへの期待が高まってきており、バイオマスをエネルギーや各種材料に利用するための各種の試みがなされている。バイオマスを、エネルギー源やその他の原料として有効利用するためには、バイオマスを動物や微生物が容易に利用可能な炭素源に糖化することが必要である。また、バイオマスを利用し、化成品やバイオ燃料に利用しようとする試みであるバイオリファイナリーの重要性が指摘され、実用化に向けた技術開発が進められている。実用化のために解決すべき課題としては、木質系又は草本系のバイオマスの主成分であるセルロース、特に結晶構造を構成している結晶性セルロースの効率的な分解方法の開発が挙げられる。
【0003】
現状の糖化プロセスでは、バイオマスを高温・高圧処理や酸処理により前処理した後に、セルラーゼを作用させている。しかしながら、前処理に多大なエネルギーがかかるうえに大量のセルラーゼが必要となっているため、実用化において大きな課題となっている。
【0004】
近年、イオン液体がセルロースを可溶化することが報告されている。例えば、クロライド系のイオン液体に100℃程度の条件下でセルロースを可溶化させる性質が見出されている(特許文献1、非特許文献1)。また、非クロライド系イオン液体が、よりマイルドな条件でセルロースを可溶化できることもわかってきている(特許文献2、非特許文献2、3、4)。
【0005】
さらに、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼで糖化する試みもなされているが、イオン液体中ではセルラーゼが不活性化されるという報告がなされている(非特許文献2,4)。イオン液体でセルロースを可溶化するという前処理を施した後、可溶化後のセルロースを水などの貧溶媒で洗浄してイオン液体を取り除き、その後、水に投入することでセルラーゼで分解できることが報告されている(非特許文献5)。
【0006】
【特許文献1】特表2005−506401号公報
【特許文献2】特開2006−137677号公報
【非特許文献1】R D. Rogerら、J. Am. Chem. Soc. 124(18),4974-4975, 2002
【非特許文献2】大野ら、Polym. Prep. Jpn., 55(1), 2090, 2006
【非特許文献3】大野ら、Polym. Prep. Jpn., 56(1), 2198-2199, 2007
【非特許文献4】R D. Rogerら、Green Chem., 5, 443-447, 2003
【非特許文献5】C A. Schallら、Biotechnol. Bioeng., 95(5), 904-910,2006
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献2、4では、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼで分解するために、セルラーゼをポリオエチレンオキシド(PEO)等で安定化することが有効である可能性が示唆されているものの、現時点で得られている安定化セルラーゼに十分なセルロース分解活性が得られているわけではない。また、非特許文献5に記載のように、イオン液体でセルロースを可溶化する場合、イオン液体をセルロースから除去するための丹念な洗浄操作を要するとともに、それでもなお相当程度大量のセルラーゼを必要とすることがわかった。また、セルロースの分解・糖化を、イオン液体によってセルロース可溶化したのとは別の反応場で行わなければならないということは、効率的なセルロースの分解・利用には不都合であった。
【0008】
以上のように、現状において、セルロースをイオン液体で可溶化できるものの、セルラーゼによって効率的に分解することは依然として困難であった。さらに、イオン液体を用いてセルロースを効率的に分解するとともに一定以上の分解効率で安定して分解することも要請される。
【0009】
本発明は、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼにより効率的に分解するためのセルロースの処理方法を提供することを一つの目的とする。より具体的には、イオン液体で可溶化後のセルロースに、同一の反応場で又はより少ないセルラーゼ使用量でセルラーゼが効果的にセルロースに作用できる環境を付与できるような処理方法を提供することを一つの目的とする。また、本発明は、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼにより効率的に分解してセルロース分解産物を得ることができるセルロース分解産物の生産方法を提供することを他の一つの目的とする。さらに、本発明は、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼで分解、糖化するのに適したセルロース分解用媒体を提供することを他の一つの目的とする。また、本発明は難溶性の基質を可溶化し酵素の基質とするのに適した酵素反応媒体を提供することを他の一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記した課題を解決するために鋭意検討したところ、イオン液体で一旦可溶化した後、貧溶媒又は反溶媒を添加した状態で、セルラーゼを作用させることで、イオン液体の存在下であってもセルラーゼでセルロースを効果的に分解できるという知見を得た。さらに、本発明者らは、種々のイオン液体を用いてそのセルロースの分解活性について鋭意検討したところ、同種のイオン液体を用いて同様の操作を行ってもセルロースの分解効率に大きなバラツキがあることを見出すとともに、当該不具合を解消できるという知見を得た。本発明者らは、これらの知見に基づき、本発明を創出した。すなわち、本発明によれば、上記した課題の少なくとも一つを解決する以下の手段が提供される。
【0011】
本発明によれば、セルロース含有材料の処理方法であって、前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、を備える、処理方法が提供される。
【0012】
前記処理方法において、前記セルラーゼ作用環境において、セルロースの少なくとも一部が析出されていてもよい。また、前記セルラーゼ作用環境形成工程において又は当該工程に先立って、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に前記貧溶媒を加えて、前記セルロースを析出させるものであってもよい。
【0013】
本発明によれば、セルロース含有材料の処理方法であって、前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含みセルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、を備え、前記貧溶媒として、前記セルラーゼ作用環境のpHを制御することを含む、処理方法が提供される。
【0014】
前記方法において、前記イオン液体を前記貧溶媒と混合したとき、前記セルラーゼが作用するのに好ましい好適pHからのシフトを補正する調整能力又は好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いることが好ましい。また、前記イオン液体は、カルボン酸系のアニオン、ハロゲン系アニオン及びリン酸系アニオンから選択されるアニオンと、イミダゾリウム系カチオンと、を構成イオンとするイオン液体であることが好ましい。さらに、前記アニオンは、ハロゲン系アニオンであってもよい。
【0015】
本発明によれば、セルロース分解産物の生産方法であって、前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、前記セルラーゼを含む前記セルラーゼ作用環境下でセルロースを分解する工程と、を備える、生産方法が提供される。
【0016】
本発明のセルロース分解産物の生産方法によれば、イオン液体により可溶化されたセルロースをセルラーゼで分解し糖化するのに適した環境を形成することができ、これにより、セルロースをセルラーゼで効率的に分解し、糖化することができる。
【0017】
本発明のセルロース分解産物の生産方法においては、前記セルラーゼ作用環境は、セルロースの少なくとも一部が析出されているものであってもよく、この態様において、前記セルラーゼ作用環境形成工程において又は当該工程に先立って、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に前記貧溶媒を加えて、前記セルロースを析出させるものであってもよい。
【0018】
本発明のセルロース分解産物の生産方法においては、前記セルラーゼ作用環境は、前記イオン液体に対して体積比で前記貧溶媒を1.5倍以上含むことができる。また、前記溶媒は、水性媒体であってもよく、好ましくは、前記貧溶媒は、水又は緩衝液であり、さらに好ましくは緩衝液である。また、前記貧溶媒は、セルラーゼを含有するものであってもよい。
【0019】
本発明のセルロース分解産物の生産方法においては、前記イオン液体は非ハロゲン系であることが好ましい。また、前記イオン液体は、リン酸系アニオン又はカルボン酸系アニオンを含むものであることが好ましい。さらに、前記イオン液体は、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムカチオンを含むものであることが好ましい。
【0020】
本発明のセルロース分解産物の生産方法においては、前記セルラーゼは、Trichoderma属又はAspergillus属由来のセルラーゼを含むものであることが好ましい。
【0021】
さらに、本発明のセルロース分解産物の生産方法においては、セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、前記セルラーゼを含む前記セルラーゼ作用環境下で前記セルロースを分解する工程と、を備え、前記貧溶媒として、前記イオン液体を前記貧溶媒と混合したとき、前記セルラーゼが作用するのに好ましい好適pHからのシフトを補正する調整能力又は前記好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いる、生産方法が提供される。
【0022】
この態様においては、前記イオン液体は、カルボン酸系のアニオン、ハロゲン系アニオン及びリン酸系アニオンから選択されるアニオンと、イミダゾリウム系カチオンと、を構成イオンとするイオン液体であってもよい。また、前記アニオンは、ハロゲン系アニオンであってもよい。
【0023】
本発明によれば、セルロースの糖化方法であって、前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、を備える、糖化方法が提供される。
【0024】
本発明のセルロースの糖化方法において、前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、を備え、前記貧溶媒として、前記イオン液体を前記貧溶媒と混合したとき、前記セルラーゼが作用するのに好ましい好適pHからのシフトを補正する調整能力又は好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いる、糖化方法が提供される。
【0025】
本発明によれば、セルロース分解用媒体であって、セルロースを可溶化可能なイオン液体と、
前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒であって、前記イオン液体の共存下、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成できる程度の量の溶媒と、を含む、分解用媒体が提供される。本発明の媒体においては、さらに、前記イオン液体により少なくとも一旦可溶化されたセルロースを含むこともできる。この態様において、前記セルロースの少なくとも一部は析出されていてもよい。さらに、本発明のセルロース分解用媒体は、セルラーゼを含んでいてもよい。
【0026】
本発明によれば、酵素反応媒体であって、基質を可溶化可能なイオン液体と、前記基質に関し前記イオン液体との関係において貧溶媒であって、前記イオン液体の共存下、前記酵素がその酵素活性を発揮できる酵素作用環境を形成できる程度の量の溶媒と、を含む、反応媒体が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明は、セルロース含有材料の処理方法、セルロース分解産物の生産方法及びセルロース分解用組成物に関する。以下、適宜図面を参照しながら、本発明のこれらの実施形態について詳細に説明する。図1には、本発明のセルロースの処理方法の一例を示し、図2には、本発明のセルロース分解産物の生産方法の一例を示す。
【0028】
(セルロース含有材料の処理方法)
図1に示すように、本発明のセルロース含有材料の処理方法は、セルロースを可溶化したイオン液体の準備工程と、セルラーゼ作用環境形成工程と、備えている。
【0029】
(セルロース含有材料)
本明細書において、セルロースとは、グルコースがβ-1,4-グルコシド結合により重合した重合体及びその誘導体をいう。セルロースにおけるグルコースの重合度は特に限定しないが、好ましくは200以上である。また、誘導体としては、カルボキシメチル化、アルデヒド化、若しくはエステル化などの誘導体が挙げられる。また、セルロースは、その部分分解物である、セロオリゴ糖、セロビオースを含んでいてもよい。さらに、セルロースは、配糖体であるβグルコシド、リグニン及び/又はヘミセルロースとの複合体であるリグノセルロース、さらにペクチンなどとの複合体であってもよい。セルロースは、結晶性セルロースであってもよいし、非結晶性セルロースであってもよいが、好ましくは結晶性セルロースを含む。さらに、セルロースは、天然由来のものでも、人為的に合成したものでもよい。セルロースの由来も特に限定しない。植物由来のものでも、真菌由来のものでも、細菌由来のものであってもよい。
【0030】
セルロース は、天然では植物細胞壁の主たる構成成分として存在し、多糖としては地球上で最も多く生産されている。植物細胞壁において、セルロースは、結晶性セルロース領域と非晶質セルロース領域とを形成している。結晶性セルロース領域は、分子間水素結合等により強固な結晶構造を形成しており、グルコースなどの単糖にまで人工的に分解するには非常に過酷な条件を必要とする。自然界では、セルロースは、糸状菌などの微生物により分解されているが、各種のセルラーゼによる相乗作用によりグルコースにまで分解されることが知られている。
【0031】
本明細書において、セルロース含有材料とは、上記したセルロースを含むものであればよい。セルロース含有材料は、綿や麻などの天然繊維品、レーヨン、キュプラ、アセテート、リヨセルなどの再生繊維品、稲ワラなどの各種ワラ、籾殻、バガス、木材チップなどの農産廃棄物、古紙、建築廃材などの各種廃棄物などを含むバイオマス(木質系及び草本系)が挙げられる。
【0032】
(セルロースを可溶化したイオン液体の準備工程)
セルロースを可溶化したイオン液体の準備工程は、セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程である。セルロースが可溶化されたイオン液体は、それ自体を入手してもよいし、セルロース含有材料のセルロースをイオン液体で可溶化することで取得してもよい。セルロースを可溶化するイオン液体としては、特に限定されないで、各種イオン液体を用いることができる。本発明によれば、カチオンもアニオンもハロゲンを含まない非ハロゲン系イオン液体でなく、ハロゲン系アニオン等を含むイオン液体であってもよい。また、イオン液体としては、水素結合受容性の高いアニオン種を有するイオン液体であることが好ましい。このようなイオン液体は、セルロースを可溶化しやすい傾向にあるからである。また、このようなイオン液体は、水や緩衝液などセルラーゼが作用する媒体と相溶するからである。
【0033】
イオン液体を構成するカチオンとしては、特に限定されないが、ヘテロ環オニウムカチオン及びアンモニウムカチオンが挙げられる。ヘテロ環オニウムカチオンとしては、例えば、以下の「化1」で表されるイミダゾリウムカチオン、「化2」で表されるピリジニウムカチオン等が挙げられる。
【0034】
【化1】
(ただし、R1及びR2は、それぞれ独立してアルキル基を表す。)。
【0035】
【化2】
【0036】
「化1」及び「化2」において、R1及びR2におけるアルキル基としては、例えばメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ヘキシル基、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基が挙げられる。より好ましくは炭素数1〜6、さらに好ましくは炭素数1〜4のアルキル基である。アルキル基は、直鎖状、分枝状及び環状のいずれであってもよいが、好ましくは直鎖状である。「化1」に示すイミダゾリウムカチオンのイミダゾール環及び「化2」に示すピリジニウムカチオンのピリジン環の炭素原子は、置換されていてもよい。「化1」におけるR1及びR2は、メチル基及びエチル基、メチル基及びブチル基、エチル基及びブチル基などとすることができる。
【0037】
このようなイミダゾリウムカチオンの具体例としては、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−プロピル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−ペンチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−ヘキシル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−ヘプチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−オクチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−ノネチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−デカチル−3−メチルイミダゾリウムイオン等のジアルキルイミダゾリウムカチオン、1−(1,2または3−ヒドロキシプロピル)−3−メチルイミダゾリウムイオン、1,2,3−トリメチルイミダゾリウムイオン、1,2−ジメチル−3−プロピルイミダゾリウムイオン、1−ブチル−2,3−ジメチルイミダゾリウムイオン等のトリアルキルイミダゾリウムカチオンが挙げられる。なかでも、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムカチオン、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウムイオン、1−プロピル−3−メチルイミダゾリウムイオン等のジアルキルイミダゾリウムカチオンが好ましい。
【0038】
ピリジニウムカチオンとしては、N−プロピルピリジニウムイオン、N−ブチルピリジニウムイオン、1−ブチル−4−メチルピリジニウムイオン、1−ブチル−2,4−ジメチルピリジニウムイオン等が挙げられる。
【0039】
アンモニウムカチオンとしては、例えば、トリメチルプロピルアンモニウムイオン、トリメチルヘキシリルアンモニウムイオン、テトラペンチルアンモニウムイオン、ジエチルトリメチル(2−メトキシエチル)アンモニウムイオン等の脂肪族4級アンモニウムイオン、N−ブチル−N−メチルピロリジニウムイオン等の脂環式4級アンモニウムイオン等が挙げられる。
【0040】
イオン液体を構成するアニオンとしては、特に限定されないが、例えば、HSO4−、CH3SO3−等の無機アニオンを用いることもできる。また、カルボン酸系アニオンも好ましく、中でも、ギ酸アニオン、酢酸アニオン、プロピオン酸アニオン等の炭素数1〜4のカルボン酸系アニオンがより好ましい。さらに好ましくは酢酸アニオンである。
【0041】
また、アニオンは、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオン等の各種ハロゲンアニオンであってもよい。特に本発明によれば、ハロゲンアニオン系のイオン液体であっても、セルラーゼ作用環境のpHを緩衝能の高い貧溶媒等で調整することにより、酵素の失活等を抑制して安定して効率的にセルロースを分解できる。
【0042】
また、セルロース可溶化条件の温和化やセルラーゼに対する影響等を考慮すると、リン酸系アニオン及びカルボン酸系アニオンが好ましい。より好ましくはリン酸アニオンである。リン酸系アニオンとしては、例えば、以下の「化3」で表されるリン酸アニオンが挙げられる。
【0043】
【化3】
(ただし、R4、R5はそれぞれ独立にアルキル基を表す。)
【0044】
「化3」のR4及びR5におけるアルキル基は、「化1」及び「化2」のR1、R2及びR3におけるアルキル基と同義である。「化3」におけるR4及びR5は、それぞれ独立に、好ましくは、メチル基又はエチル基である。このようなリン酸アニオンの具体例としては、(CH3O)2PO2−、(CH3O)CH3PO2−、(CH3O)C2H5OPO2−、(CH3O)HPO2−、(C2H5O)2PO2−、(C2H5O)CH3PO2−、(C2H5O)C2H5PO2−、(C2H5O)HPO2−が挙げられる。
【0045】
カルボン酸系アニオンも好ましく、中でも、ギ酸アニオン、酢酸アニオン、プロピオン酸アニオン等の炭素数1〜4のカルボン酸系アニオンがより好ましい。さらに好ましくは酢酸アニオンである。
【0046】
好ましいイオン液体としては、例えば、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム ジエチルリン酸又は1−エチル−3−メチルイミダゾリウム 酢酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムジメチルリン酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム ヘキサフルオロリン酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムジエチルリン酸テトラフルオロホウ酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム リン酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムメチル硫酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム ジメチル硫酸、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムエチル硫酸等が挙げられる。
【0047】
また、好ましいイオン液体としては、例えば、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム 塩素、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム 臭素、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムヨウ素、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム 塩素、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム臭素、1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム ヨウ素、1−オクチル−3−メチルイミダゾリウム塩素、1−オクチル−3−メチルイミダゾリウム 臭素、1−オクチル−3−メチルイミダゾリウムヨウ素等が挙げられる。
【0048】
イオン液体は、商業的に入手できるものであるほかは、公知の方法で合成することができる。合成方法は特に限定されないで、カチオンを塩化物との塩として合成、精製し、その後、得ようとするイオン液体のアニオンの塩と反応させるなどするか、一旦水酸化物とした上でアニオンを含む酸で中和してもよい。
【0049】
イオン液体の純度は高いことが好ましい。イオン液体の合成工程の不純物は、イオン液体と貧溶媒とを混合して得られる媒体のpHに大きく影響し、結果として酵素の触媒活性に大きく影響するからである。本発明者らによれば、イミダゾリウム系カチオンを用いるイオン液体の場合、純度が低いほど水や緩衝液などの貧溶媒と混合したときのpHがアルカリにシフトしやすく、セルラーゼによるセルロース分解活性が低下する傾向があることがわかっている。
【0050】
したがって、純度が高いイオン液体を用いることが好ましいが、より具体的には、セルラーゼ作用環境を形成するのに適したイオン液体を選択するか、適度な強度でのpH調整をした上でイオン液体を用いるのが好ましい。イオン液体の選択あるいはセルラーゼ作用環境の形成にあたってのpH調整強度の選択には、イオン液体と水や所定の緩衝液などの所定の貧溶媒と所定の比率で混和したときのpHを指標とすることができる。例えば、10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)などのセルラーゼの至適pH近傍のpHの緩衝液(貧溶媒)と一定の比率、例えば、イオン液体:貧溶媒=1:1.5〜1:4程度の範囲で混和し、そのpHを測定し、セルラーゼの至適pH又はその近傍、例えば、pH6以下の場合、そのままそのイオン液体と貧溶媒でセルラーゼ作用環境を形成することができる。一方、かかる混和時のpHがセルラーゼの至適pH又はその近傍、例えば、pH6を超える場合、そのイオン液体を選択しないか、あるいはそのイオン液体をよりpH調整能力が大きい(又はより酸性側に調整能を有する)緩衝液を用いてセルラーゼ作用環境を形成するようにしてもよい。
【0051】
イオン液体は1種類を用いてもよいし、2種類以上を用いてもよい。また、イオン液体は、その融点が100℃以下であることが好ましく、より好ましくは80℃以下である。さらに好ましくは40℃以下であり、最も好ましくは20℃以下である。また、セルロースを溶解する観点から、イオン液体は、その水分量が水分を数質量%以下であることが好ましく、より好ましくは3質量%以下であり、さらに好ましくは1質量%以下である。水分量は、カールフィッシャー法により測定できる。
【0052】
イオン液体でセルロースを可溶化する方法は、特に限定されない。イオン液体にセルロースを添加し必要に応じ攪拌することなどによって実現することができる。イオン液体をセルロースで溶解するとき、室温で行うこともでき、必ずしもイオン液体の加熱は必要ではない。ただし、必要に応じてイオン液体を加熱することができる。加熱温度は、特に限定されないが、あらかじめ取得したイオン液体の溶解温度程度となるように加熱すればよい。なお、セルロースがイオン液体に溶解したかどうかは、セルロースが分散され、にごっていたイオン液体が澄明になることにより容易に判断できる。イオン液体に可溶化させるセルロースの濃度も特に限定されない。通常、10質量%以下程度であり、典型的には5質量%以下程度である。
【0053】
(セルラーゼ作用環境形成工程)
本工程は、可溶化されたセルロースを含むイオン液体に所定の溶媒を加えて、前記イオン液体と前記溶媒とを含みセルラーゼがその酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する。本工程によれば、可溶化されたセルロースを含むイオン液体に所定の溶媒を加えることで、セルラーゼでセルロースを分解、糖化できるセルラーゼ作用環境を形成できる。すなわち、析出させたセルロースを、水などで洗浄したり、別に準備した酵素反応用の媒体に移送したりしなくても、可溶化したその場でセルラーゼによる分解・糖化が可能となる。また、イオン液体がセルラーゼによる反応場に共存することで、セルロースはセルラーゼが攻撃しやすい形態を採っており、セルラーゼは効率的にセルロースを分解できる。
【0054】
セルラーゼ作用環境とは、セルラーゼがセルロースに対してセルラーゼが有する酵素活性を発揮できる環境をいう。イオン液体と貧溶媒とが存在しているあらゆる環境下で、セルラーゼが作動する環境かどうかは、各種の配合比でセルロースを可溶化したイオン液体と貧溶媒とを組み合わせた上、これらの各混合液につき、セルラーゼによるセルロースの分解程度(セルラーゼ活性)を評価することで、いずれの液がセルラーゼが作動可能な環境であるかどうかを確認することができる。
【0055】
セルラーゼ活性は、公知の方法で評価することができる。例えば、セルロースの分解によって生じる還元糖の量を測定することにより評価することができる。還元糖量の定量法としてはSomogyi法、Tauber-Kleiner法、Hanes法(滴定法)、Park-Johnson法、3,5-ジニトロサリチル酸(DNS)法、TZ法(Journal of Biochemical Methods, 11(1985)109-115)、フェノール−硫酸法(吸光度法)、レーン−エイノン(滴定法)などの多数の定量法が挙げられる。また、糖による銅イオンの還元を利用するSomogyi-Nelson法を用いることができる(福井作蔵 著「生物化学実験法1 還元糖の定量法 第2版」学会出版センター1990年)。また、ABEE化(ABEE:4−アミノ安息香酸エチルエステル)(Yasunoら、Biosci. Biotech. Biochem. 61, 1994-1946)した上、HPLC等により定量してもよい。
【0056】
セルラーゼは、セルロースをグルコースにまで加水分解するのに作用する各種の酵素の総称である。セルラーゼとしては、狭義には、β1,4−エンドグルカナーゼ(EC3.2.1.4)、グルカン1,4−βグルコシダーゼ(EC3.2.1.74)、セルロース1,4−βセロビオシダーゼ(EC3.2.1.91)、βグルコシダーゼ(EC3.2.1.21)が挙げられる。また、セルラーゼは、天然由来であっても人工的に改変されたものであってもよい。天然由来のものとしては、特に限定しないが、Trichoderma属又はAspergillus属由来のセルラーゼなどを好ましく用いることができる。本発明においては、上記した狭義のセルラーゼを1種類又は2種類以上を組み合わせて用いることができる。異種のセルラーゼでなく、同種であっても2種類以上組み合わせてもよい。また、由来の異なるセルラーゼを組み合わせて用いることもできる。
【0057】
可溶化されたセルロースを含むイオン液体に加えられる溶媒は、セルロースに関し用いたイオン液体との関係において貧溶媒となるものである。すなわち、用いたイオン液体と比較してセルロースの溶解しにくい溶媒である。このような溶媒は、イオン液体の性質から、通常、非イオン液体以外の溶媒であり、具体的には、水性媒体又は有機溶媒である。酵素活性等を考慮すると、好ましくは水性媒体を用いる。水性媒体とは、水、水溶液(緩衝液など)、これらと有機溶媒との混液を含む。酵素反応を考慮すると、溶媒は、好ましくは水又は緩衝液である。より好ましくは緩衝液である。緩衝液のpHは、用いる酵素、すなわち、セルラーゼの至適pH等を考慮して決定することができるが、詳細について後段にて説明する。なお、貧溶媒は1種類を用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0058】
(セルラーゼ作用環境におけるpHの制御)
本発明においては、可溶化されたセルロースを含むイオン液体と貧溶媒とによりセルラーゼがセルロースに作用するセルラーゼ作用環境、すなわち、セルラーゼによるセルロースの分解用の媒体を形成する。この媒体の形成にあたり、当該媒体のpHの制御を行う。イオン液体は、それ自体塩であるが、イオン液体の合成時の不純物やイオン液体のアニオンとカチオンの種類及びその比率によっては、その酸・塩基性やイオン液体水溶液におけるpHが、同一イオン種からなるイオン液体であっても異なってしまう。このような相違が、水などの貧溶媒とイオン液体との混合媒体下でのセルラーゼの酵素活性にどの程度影響するのかは、本願出願時においては全く知られていなかった。本発明者らは、用いるイオン液体におけるこのような特性の相違が、イオン液体−貧溶媒媒体におけるセルラーゼ反応に極めて重要であることをはじめて見出して本発明を完成した。
【0059】
セルラーゼ作用環境のpHを制御するには、イオン液体と貧溶媒とを混合して得た溶液のpHに応じて、用いるセルラーゼがセルロースに作用するのに好ましいpH(好適pH、より好ましくは至適pH)に調整することが好ましい。このようなpH調製のためには、貧溶媒として、セルラーゼが作用するのに好ましい好適pH(典型的には至適pH)からのシフトを補正する調製能力又は好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いることが好ましい。
【0060】
このような貧溶媒としては以下のものが挙げられる。例えば、イオン液体と貧溶媒とを混合して得られる混合液のpHが至適pHよりもアルカリ側であるようなイオン液体であった場合、混合したときより好ましいpH(より酸性側のpH)の反応媒体が得られるような調整能力のある貧溶媒を用いることができる。かかる貧溶媒は、例えば、セルラーゼの至適pHよりも酸性の水溶液、前記至適pHよりもより酸性側pHへの調整能力及び/又は緩衝作用のある酸と塩の濃度を高めることによって、より酸性側pHへの調整能力を有する緩衝液を貧溶媒として用いることができる。
【0061】
逆に、イオン液体と貧溶媒とを混合して得られる混合液のpHが至適pHよりも酸性側であるようなイオン液体であった場合、例えば、セルラーゼの至適pHよりもアルカリ性の水溶液、前記至適pHよりもよりアルカリ側pHへの調整能力及び/又は緩衝作用のある酸と塩の濃度を高めることによって、よりアルカリ側pHへの調整能力を有する緩衝液を貧溶媒として用いることができる。
【0062】
酵素反応の安定性や操作の簡便性を考慮すると、貧溶媒として緩衝液を用いることが好ましい。緩衝液は、用いるセルラーゼの至適pHを含む酵素活性に適したpH範囲に一致する範囲に緩衝能を有するものを用いることが好ましい。一般的なセルラーゼの典型的な好適pHは4〜6程度であるため、例えば、クエン酸緩衝液(クエン酸及びクエン酸ナトリウム)、酢酸緩衝液(酢酸−酢酸ナトリウム)、クエン酸−リン酸緩衝液(クエン酸−リン酸二水素ナトリウム)等が挙げられる。こうした緩衝液の濃度やpHを適宜調製して、セルラーゼ作用環境のpHを4以上6以下、より確実には、4.0以上6.0以下となるように設定することが好ましい。
【0063】
イオン液体の特性の変動によるセルラーゼ作用環境の変動を抑制するには、より酸性側pHに調整することにより、セルラーゼの好適pH、好ましくは至適pH近傍にセルラーゼ作用環境を形成することが有効である。本発明者らによれば、イオン液体は、水等の貧溶媒に溶解したとき、当該溶解液は、アルカリ性を呈する傾向が高いからである。このようなpH調整には、上記したように、より酸性側pHへの緩衝能が大きい緩衝液を貧溶媒として用いることが好ましい。
【0064】
好ましい緩衝液としては、通常の試薬(酸及び共役塩基)濃度よりも、10倍以上100倍以下程度の濃度の緩衝液、例えば、用いるセルラーゼの至適pHが5.0であってpH5.0の緩衝液を用いる場合、100mM以上1M以下程度の濃度の緩衝液、より好ましくは、200mM以上600mM以下程度の濃度の緩衝液を用いることができる。また、例えば、用いるセルラーゼの至適pHが5.0であって、10mMの濃度の緩衝液を用いる場合には、至適pHよりも低いpH、例えば、pH4.0の緩衝液を用いることができる。
【0065】
セルラーゼ作用環境のpHを制御するには、用いるイオン液体の特性を制御することによってもよい。例えば、一定濃度でイオン液体を水に溶解したときのpHを測定して、当該pHが一定範囲のものを用いることとしてもよい。かかるpHを規定するには、各種pHのイオン液体水溶液を構成するそれぞれのイオン液体を用いて、セルラーゼ作用環境を形成し、これらのpHやセルラーゼの酵素活性等を測定することで、好ましく用いうるイオン液体の特性(イオン液体水溶液のpH)の範囲を決定することができる。
【0066】
セルラーゼ作用環境のpH制御は、すでに記載した各種のアニオン及び各種のカチオンを組み合わせたイオン液体に有用である。すなわち、カルボン酸系のアニオン、ハロゲン系アニオン及びリン酸系アニオンから選択される各種アニオンを構成アニオンとするイオン液体に有用であるが、特に、ハロゲン系アニオンを構成アニオンとするイオン液体に好ましく用いることができる。従来、この種のイオン液体は、セルロースの溶解性も良好であるからである。なお、ハロゲン系アニオンを構成アニオンとするイオン液体は、その構成アニオンに起因してセルラーゼの酵素活性が阻害されていると考えられており、当該イオン液体の存在下にセルラーゼの酵素反応が進行することは当業者といえども予測できなかったといえる。
【0067】
セルラーゼ作用環境のpH制御を考慮するとき、アルキルイミダゾリウムなどのイミダゾリウム系カチオンを構成カチオンとするイオン液体に有用である。この種のイオン液体は、汎用されているとともにセルロースの溶解性も良好であるからである。あらに、この種のイオン液体は、不純物としてと、イミダゾール誘導体を含有していると考えられ、水等の貧溶媒と混合したとき、アルカリ性を呈する傾向が強いからである。
【0068】
なお、貧溶媒は、セルラーゼがその酵素活性を発揮可能な程度にイオン液体に供給されればよい。すなわち、イオン液体に添加される貧溶媒の量は、得られるセルラーゼ作用環境を形成可能な量であればよい。このような貧溶媒の量は、主としてイオン液体の種類やイオン液体の酵素反応を阻害する可能性のある特性の程度、セルラーゼの種類及び貧溶媒の種類(塩の種類、緩衝能の強さ等)によって決まってくる。当業者であれば、本明細書の開示に基づき、適当な溶媒量を決定することができる。例えば、セルロースをイオン液体に可溶化した後、この可溶化セルロースを含むイオン液体に異なる配合比で用いようとする貧溶媒を添加し、これらの各混合液につき、セルラーゼによるセルロースの分解程度を評価することで、適切な配合比、すなわち、添加すべき溶媒の所定量を取得することができる。
【0069】
場合により異なるが、おおよそ、イオン液体に対して、体積比で同量以上、好ましくは、1.5倍以上の貧溶媒(好ましくは水性媒体、より好ましくは水又は緩衝液)を用いることが好ましい。1.5倍未満であると、イオン液体でセルロースを可溶化することの効果を得られにくいからである。より好ましくは2倍以上、さらに好ましくは3倍以上、一層好ましくは4倍以上である。一方、プロセスの効率化やセルロースの溶解量の観点から、好ましくは10倍以下である。
【0070】
セルラーゼ作用環境では、セルロースは溶解している必要はなく、セルロースの少なくとも一部が析出されていてもよい。セルラーゼ作用環境は、セルロースを可溶化したイオン液体に貧溶媒をセルラーゼが作動可能な程度に加えるものであり、この媒体においてはセルロースの溶解性は低下しているからである。一方、イオン液体が並存するため、セルロースは析出したとしても、イオン液体で可溶化されたときに得られている、結晶構造が緩和された状態をある程度、あるいいは部分的に保持することができる(非特許文献1参照)。したがって、セルラーゼ作用環境では、セルロースの一部又は全部が析出されていてもよい。
【0071】
セルラーゼ作用環境においてセルロースの少なくとも一部を析出した状態とする場合、貧溶媒を加えてセルラーゼ作用環境を形成するのと同時にセルロースが析出されてもよい。また、セルラーゼ作用環境を形成するのに先立って、可溶化されたセルロースを含むイオン液体に貧溶媒を加えてセルロースを析出させてもよい。すなわち、一旦大量の貧溶媒を加えるなどして、セルラーゼを析出し、その後、所望のセルラーゼ作用環境となるように、イオン液体及び/又は貧溶媒を加えてもよい。後で加える貧溶媒及びイオン液体は、当初のものと異なっていてもよいし同じであってもよい。セルラーゼの作用環境及びその形成方法やセルロースの析出及びその方法は、上記に限らず、適宜変更して実施することができる。
【0072】
セルラーゼ作用環境においては、図1に示すように、セルラーゼが酵素活性を発揮できるものであればよく、必ずしもセルラーゼを含んでいなくともよい。セルラーゼ作用環境形成工程は、セルラーゼでセルロースを分解することまでを必須とするものではない。したがって、別の工程でセルラーゼをセルラーゼ作用環境に供給することとし、セルラーゼ作用環境形成工程は、そのセルラーゼによるセルロースの分解の準備工程とすることができる。なお、後述するセルロース分解物の生産方法を実施するにあたっては、セルラーゼ作用環境形成工程において、セルラーゼを含む貧溶媒をイオン液体に加えるなどしてセルラーゼ作用環境を形成すると同時にセルラーゼを供給することもできる。
【0073】
以上説明した、本発明のセルロースの処理方法によれば、イオン液体で可溶化したセルロースをセルラーゼによって分解するための好ましいセルラーゼ作用環境を容易に得ることができる。すなわち、イオン液体で可溶化されたセルロースの有する構造緩和メリットをそのまま維持してセルラーゼによって分解することができる。また、セルラーゼ作用環境を、セルロースをイオン液体で可溶化した系において容易に形成することができる。したがって、従前のように、一旦可溶化したセルロースをイオン液体から析出させた後分離して、別途セルラーゼ反応系に供給するという煩雑な操作を回避でき、しかもイオン液体で可溶化したセルロースの構造緩和メリットを十分に活用できないという不都合も回避できる。さらに、本発明のセルロースの処理方法によれば、従来(非特許文献1)に比べて、使用するセルラーゼの量を低減することができる。以上のことから、本発明によれば、イオン液体を利用して効率的にセルロースを分解できる実用的なセルロースの利用方法を提供することができる。
【0074】
さらに、本発明によれば、イオン液体の特性(特に、水系の貧溶媒と混合したときの液性(pH))に関わらず、好ましいセルラーゼ作用環境を得ることができる。水系の貧溶媒と混合することにより、セルラーゼの酵素活性を確保するとともにイオン液体と貧溶媒が接触したとき生じる可能性のあるpHシフトを補正し又はpH変動を緩衝するのに十分な緩衝能を有する貧溶媒を用いることで、不純物や製法のばらつきによるイオン液体の特性変動による影響を抑制又は回避して、安定して良好なセルラーゼ作用環境を形成できる。
【0075】
(セルロース分解産物の生産方法)
図2に示すように、本発明のセルロース分解産物の生産方法は、本発明のセルロースの前処理方法におけるイオン液体準備工程とセルラーゼ作用環境形成工程と、セルラーゼを含むセルラーゼ作用環境下においてセルラーゼでセルロースを分解する工程と、を備えることを特徴としている。本発明のセルロース分解産物の生産方法によれば、上記したセルロースの処理方法において記載したことに基づいて、イオン液体で可溶化したセルロースを効率的に分解できる。なお、セルロースの分解産物としては、セルロースの低分子化されたものであればよい。より具体的には、最終分解産物であるグルコースのほか、セロビオース及びセロオリゴ糖が挙げられる。
【0076】
(セルロース分解工程)
セルラーゼを含有するセルラーゼ作用環境を形成するには、図2に示すように、予めセルラーゼを含有する貧溶媒を用いてセルラーゼ作用環境を形成してもよいし、別途セルラーゼをセルラーゼ作用環境に供給してもよい。用いるセルラーゼは、1種類以上であってもよいし効率的にセルロースを分解できるように2種類以上を組み合わせてもよい。また、セルラーゼは、適当な担体に保持された形態であってもよい。
【0077】
セルラーゼ作用環境下でセルロースをセルラーゼで分解することにより、セルロースは低分子化される。このため、セルラーゼ作用環境におけるイオン液体や貧溶媒の種類にもよるが、析出していた状態から徐々にセルラーゼ作用環境下のイオン液体と貧溶媒とが共存する媒体に溶解していく。この場合には、セルラーゼ作用環境の反応媒体は徐々に澄明化されていく。
【0078】
本発明にセルロースの分解産物の生産方法においては、分解対象となるセルロースは結晶セルロースを含むものであることが好ましい。イオン液体によれば結晶セルロースの構造が効果的に緩和されるからである。
【0079】
本発明のセルロース分解産物の生産方法における各工程は、セルロースの分解産物を最終生成物とするためでなく、セルロースの糖化方法としても実施できる。すなわち、本発明によれば、セルロースが可溶化されたイオン液体の準備工程、セルラーゼ作用環境形成工程及びセルロース分解工程を備える、セルロースの糖化方法も提供される。セルロース分解工程で得られたセルロース分解産物を、次工程の被修飾体として利用したり炭素源として利用したりすることに用いることができる。なお、セルロースの糖化とは、構成単糖であるグルコースにまで分解することに限定するものではなく、セルロースの低分子化体に分解できればよく、セロビオースやセロオリゴ糖に分解するものを含むものである。
【0080】
セルロースをセルラーゼで分解する酵素反応条件は特に限定しない。一般的には、用いるセルラーゼの至適pHや至適温度等を考慮し設定されるが、反応温度は30℃以上70℃以下であり、1時間以上24時間以下程度とすることができる。また、pHは、2以上6以下程度とすることができる。
【0081】
以上説明したように、本発明のセルロース分解産物の生産方法及びセルロースの糖化方法によれば、効果的にセルロースをセルラーゼで分解することができ、従来に比してより実用的なレベルでセルロースを利用できるようになる。
【0082】
(酵素反応媒体)
本発明の酵素反応媒体は、基質を可溶化可能なイオン液体と、基質に関しイオン液体との関係において貧溶媒であって、イオン液体の共存下、酵素がその酵素活性を発揮できる酵素作用環境を形成できる程度の量の溶媒と、を含むことができる。このような酵素反応媒体によれば、イオン液体に可溶化された基質をその可溶化された状態の少なくとも一部を保持している。このため、水素結合やファンデルワールス力等の作用によりそれ自体が複合体となっていたり、あるいは他のものと複合体と形成していたりするなどして酵素が作動する環境下では難溶性の基質形態を採るものであっても、酵素を作用させて利用しやすくすることができる。したがって、本発明の酵素反応媒体によれば、基質形態に関わらず、酵素の基質として利用することができるようになる。
【0083】
基質としては特に限定しないが、天然多糖や天然樹脂、合成多糖や合成樹脂などを含む高分子が挙げられる。天然多糖としては、例えば、セルロース、キシラン、キチン及びキトサンが挙げられる。また、酵素は基質の種類によるが、セルロースを基質とする場合には、既に説明したセルラーゼであり、キシランにはキシラナーゼ、キチンやキトサンには、キチナーゼ等が挙げられる。
【0084】
イオン液体は、基質の種類や酵素作用環境形成の容易さ等に応じて決定され、特に限定されない。公知のイオン液体から適宜選択して用いることができる。例えば、セルロースを基質とする場合には、既に説明したイオン液体を好ましく用いることができる。また、セルロースに好ましく用いることのできるイオン液体は、類似した構造を有するキチンやキトサンにも好ましく用いることができる。
【0085】
酵素作用環境は、酵素が基質に作用できる環境であれば足りる。イオン液体と貧溶媒との共存する環境が、所望の基質に対する所望の酵素が作動できる環境であるかどうかは、基質を可溶化したイオン液体と貧溶媒とについて各種形態(イオン液体や貧溶媒の種類及び配合比)で共存系を構築し、酵素活性を評価することにより確認することができる。セルラーゼについては既に説明したが、所望の酵素についての酵素活性を測定することができる系があれば容易に本発明の酵素作用環境を確認することができる。
【0086】
すでに説明したように、イオン液体の特性の変動によるpHシフトやpH変動の酵素活性及び分解効率への悪影響を抑制又は回避可能な反応媒体を調製するには、用いるイオン液体と貧溶媒が接触したとき生じる可能性のあるpHシフトを補正し又はpH変動を緩衝するのに十分な調整能力を有する貧溶媒を用いることが好ましい。
【0087】
本発明の酵素反応媒体には、イオン液体により少なくとも一旦可溶化された基質を含んでいてもよい。こうした基質は、イオン液体に可溶化された状態で本発明の酵素反応媒体に添加されてもよいし、反応媒体形成時のイオン液体に予め可溶化されて含まれていてもよい。酵素反応媒体に含まれている基質は、少なくとも一部が析出されていてもよい。基質が析出されていても、酵素反応媒体中にイオン液体が存在していれば、一旦イオン液体により可溶化されたものであれば、イオン液体により可溶化された際の緩和された構造の少なくとも一部を保持しているため、酵素が基質にアプローチしやすくなっている。酵素反応媒体には、さらに、酵素を含んでいてもよい。酵素は、予め貧溶媒に添加してあってもよいし、酵素作用環境を形成後に添加されたものであってもよい。
【0088】
(セルロース分解用媒体)
本発明のセルロース分解用媒体は、セルロースを可溶化可能なイオン液体と、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒であって、前記イオン液体の共存下、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成できる程度の量の溶媒と、を含む、組成物が提供される。本発明のセルロース分解用媒体は、本発明の酵素反応媒体の一形態である。
【0089】
本発明のセルロース分解用媒体におけるセルロース、セルラーゼ、イオン液体及び貧溶媒については、本発明のセルロースの処理方法及び分解産物の生産方法で既に説明した各種態様を採ることができる。セルロース分解用媒体は、イオン液体により少なくとも一旦可溶化されたセルロースを含むこともでき、セルロースの少なくとも一部は析出されていてもよく、さらに、セルラーゼを含むこともできる。
【0090】
本発明のセルロース分解用媒体によれば、セルロースをセルラーゼで効率的に分解できる状態でセルロースとセルラーゼとを存在させることができる。このため、セルロースを各種炭素源及び原材料としての実用化に有用である。
【0091】
以下、本発明を実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0092】
本実施例では、イオン液体として1−エチル−3−メチルイミダゾリウム ジエチルリン酸(Solvent Innovation社製)を用いて、このイオン液体と貧溶媒としての水性媒体である10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)との混合比(体積比)を各種変更して、セルラーゼ分解用媒体を調製し、イオン液体量のセルラーゼ活性への影響を検討した。以下の表に試料1〜5の媒体における混合比、イオン液体含有量、セルロース含有量及びセルラーゼ含有量並びに基質濃度を示す。なお、セルロースとして結晶性セルロースとして入手できるアビセルPH−101を用い、セルラーゼとしては、Trichoderma reesei由来のセルラーゼ(以上、いずれもSigma−Aldrich社製)を用いた。なお、イオン液体の比重は約1である。
【表1】
【0093】
なお、各媒体における最終セルロース濃度を合わせるため、セルロースを表1に示す量のイオン液体に1〜5質量%の割合で加えて、50℃で溶解させた。その後、表1に示すクエン酸緩衝液を加えると、全ての反応媒体において、直ちにフィルム状のセルロース(再生セルロース)が析出した。析出したセルロースフィルムをボルテックスで攪拌して破壊した後、セルラーゼ2mgを反応媒体に添加して、40℃で酵素反応を行った。反応後の糖(グルコース及びセロビオース)への転化率をABEE化してHPLCで測定した(Yasunoら、Biosci. Biotech. Biochem. 61, 1994-1946)。
【0094】
セルロースの転化率(セルラーゼ活性)の測定結果を図3に示す。図3(a)にはグルコースへの転化率(白いバー:1時間及び黒いバー:24時間)及び図3(b)にはセロビオースへの転化率(白いバー:1時間及び黒いバー:24時間)を示す。また、試料2(イオン液体/水性媒体の混合比1/4)についてのセルラーゼ活性の経時変化を図4に示す。
【0095】
図3に示すように、イオン液体と水性媒体との混合比によって転化率が異なることがわかった。また、好ましい混合比があることがわかった。イオン液体/水性媒体の混合比が1/4のとき、最も良好に糖化が進行し、24時間後のグルコースへの転化率は50%であった。また、当該混合比のとき、24時間後のセロビオースへの転化率は20%であった。
【0096】
一方、イオン液体と水性媒体との混合比が2/3及びそれ以上にイオン液体の比率が高いときには、グルコースへの転化率及びセロビオースへの転化率が低下することがわかった。
【実施例2】
【0097】
以下の操作においては、特に言及しない限り、実施例1と同様の試薬を用いた。本実施例では、実施例1で得られた媒体1(イオン液体/水性媒体=1/4)についてセルラーゼ活性の経時的変化を測定した。なお、測定にあたり、実施例1の媒体1におけるのと同様にして調製したセルロースを可溶化したイオン液体200μlに、セルラーゼの溶液(10mg/ml、10mMクエン酸緩衝液pH5.0)を800μl添加して酵素反応を開始させた。また、対照として、上記セルラーゼ溶液を10分間100℃で加熱して熱変性セルラーゼを調製し、これについても、媒体1に対して800μl添加してセルラーゼ活性の経時的変化を測定した。なお、セルラーゼ活性の測定は、実施例1と同様にして行った。結果を図4に示す。
【0098】
図4に示すように、反応初期にはセロビオースが主に生成し、その後分解されてグルコース生成量が増加した。このことから、セルラーゼは、イオン液体の存在下、少なくとも24時間は活性を保持していることが明らかとなった。また、熱変性させたセルラーゼがほとんど活性を示さなかったことから、セルロースの分解・糖化は、確かにセルラーゼの酵素活性によるものであり、他のセルラーゼにもイオン液体の存在下でのセルロースの分解に適用できることがわかった。
【実施例3】
【0099】
以下の操作においては、特に言及しない限り、実施例1と同様の試薬を用いた。本実施例では、8質量%でセルロースを50℃でイオン液体に溶解させてセルロースのストック溶液を調製した。さらに、このイオン液体に表2に示す組成となるように、セルラーゼ及びクエン酸緩衝液を添加し、反応温度40℃で20時間振とうして、セルラーゼ活性を評価した。なお、セルラーゼ活性の評価は実施例1と同様にして行った。結果を表2及び図5に示す。
【0100】
【表2】
【0101】
図5に示すように、セルラーゼの濃度を増加させるとそれに応じてセルラーゼ活性(転化率)が向上することがわかった。したがって、イオン液体の共存下でも、セルラーゼが十分に作用することがわかった。また、20時間の反応で80%程度まで分解できることもわかった。
【実施例4】
【0102】
本実施例では、実施例3より一層低い濃度のセルラーゼによるセルロースの糖化を試みた。すなわち、セルラーゼ濃度を0.2mg/ml、0.04mg/ml及び0.02mg/mlとしてセルロースを分解した。5質量%でセルロースのストック溶液を調製した以外は、実施例3と同様に操作してセルラーゼ活性を評価した。結果を、図6及び図7に示す。
【0103】
図6及び図7に示すように、セルラーゼ濃度が0.2mg/mlでも約75%まで分解できることがわかった。したがって、イオン液体の共存下、セルラーゼは相当程度低濃度であってもセルロースを分解できることがわかった。これは、セルラーゼがイオン液体共存下であっても安定であったこと及びセルロースの剛直な構造が効果的にイオン液体により崩壊された状態がセルラーゼ作用環境下において有効に維持されていたことを支持している。
【実施例5】
【0104】
本実施例では、イオン液体を構成するアニオンを酢酸とし、表3に示す組成となるようにセルラーゼ及びクエン酸緩衝液を添加し、表3で示すように処理する以外は、実施例1と同様に操作して、セルラーゼ活性を評価した。結果を表3に示す。
【0105】
【表3】
表3に示すように、アニオンが酢酸イオンであっても、約40%程度分解できることがわかった。すなわち、酢酸イオンをアニオンとするイオン液体であっても、セルラーゼが作用できる環境を、セルロースを可溶化したのと同一の反応場に形成できることがわかった。
【実施例6】
【0106】
本実施例では、イオン液体として1−エチル−3−メチルイミダゾリウム 酢酸を用いてセルロースをの糖化におけるpH制御効果を評価した。すなわち、結晶性セルロースであるアビセルPH−101(Flula社製)の5wt%の濃度になるようにして50℃で上記イオン液体に溶解させた。この液200mgに対して、表4に示すように、試薬(クエン酸1水和物)の濃度を種々に異ならせた(600mM、400mM、200mM)の各水溶液及び10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)800μlをそれぞれ加えて、イオン液体により可溶化したセルロースを析出させた。こうして得られた各試料の反応後のpHを表4に併せて示す。
【0107】
次に、析出したセルロースをボルテックス(商品名)で破砕し、T. reesei由来のセルラーゼ(SIGMA社製)0.2mgを用いて酵素反応を行った。具体的には、析出したセルロースに、4.0mg/mlセルラーゼとなるように10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)に溶解して調製したセルラーゼ溶液50μlを加えて、40℃で24時間酵素反応を行った。反応後、反応生成物を4-アミノ安息香酸エチルエステルで誘導体化し、生成したグルコース量とセロビオース量をHPLC(島津製作所製)でそれぞれ定量した。なお、HPLCの測定条件は以下のとおりとし、詳細は、付属の取扱説明書に従った。結果を図8に示す。
(HPLC測定条件)
カラム:ODSカラム
移動相:0.02%TFA:アセトニトリル=85:15
検出波長:305nm
【0108】
【表4】
【0109】
図8に示すように、通常使用される10mMクエン酸緩衝液を用いたとき(試料4)、セルラーゼからグルコース又はセロビオースへの変換効率は30%程度であったが、クエン酸水溶液(200mM〜600mM)を用いた場合には、いずれも変換効率は68%程度まで上昇した。以上のことから、イオン液体をセルロースの可溶化に用いる場合、イオン液体に起因するセルロースの分解効率の低下や変動を抑制又は回避するには、通常使用濃度及びセルラーゼの至適pHの緩衝液でなく、試薬濃度を増大させるなどして至適pHよりもpHを酸性側にシフトした水溶液などの貧溶媒を用いることが有効であることがわかった。
【実施例7】
【0110】
本実施例では、イオン液体として1−ブチル−3−メチルイミダゾリウム 塩素を用いてセルロースの糖化におけるpH制御効果を評価した。すなわち、結晶性セルロースであるアビセルPH−101(Flula社製)の5wt%の濃度になるようにして50℃で上記イオン液体に溶解させた。この液200mgに対して、表5に示すように、試薬(クエン酸1水和物)の濃度を種々に異ならせた(100mM、50mM、10mM)の各水溶液及び10mMクエン酸緩衝液(pH3.0、pH4.0及びpH5.0)800μlをそれぞれ加えて、可溶化したセルロースを析出させた。こうして得られた各試料の反応後のpHを表5に併せて示す。得られた各試料につき、実施例6と同等にして酵素反応を実施するとともに変換効率を測定した。結果を図9に示す。
【0111】
【表5】
【0112】
図9に示すように、通常使用される10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)を用いたとき(試料6)、セルラーゼからグルコース又はセロビオースへの変換効率は80%未満程度であったが、クエン酸の濃度を10mMとしpH3.0〜pH4.0の緩衝液を用いることにより、より高い変換効率を得ることができた。以上のことから、イオン液体をセルロースの可溶化に用いる場合、イオン液体に起因するセルロースの分解効率の低下や変動を抑制又は回避するには、通常使用濃度及びセルラーゼの至適pHの緩衝液及び当該至適pHよりも酸性側に低くpHを設定するなどして緩衝能を増強した緩衝液などの貧溶媒を用いることが有効であることがわかった。また、本実施例においては、クエン酸水溶液(100mM〜10mM)では、十分なpH調整ができないことがわかった。
【実施例8】
【0113】
本実施例では、イオン液体として1−オクチル−3−メチルイミダゾリウム 塩素を用いてセルロースの糖化におけるpH制御効果を評価した。すなわち、結晶性セルロースであるアビセルPH−101(Flula社製)を1wt%の濃度になるようにして50℃で上記イオン液体に溶解させた。この液100mgに対して、表6に示すように、クエン酸濃度50mMのクエン酸緩衝液(pH2.1)及び10mMクエン酸緩衝液(pH3.0、pH4.0及びpH5.0)900μlを加えて可溶化したセルロースを析出させた。こうして得られた各試料の反応後のpHを表6に併せて示す。得られた各試料につき、セルラーゼ量を2.5mgとする以外は、実施例6と同等にして酵素反応を実施するとともに変換効率を測定した。具体的には、析出したセルロースに、12.5mg/mlセルラーゼとなるように10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)に溶解して調製したセルラーゼ溶液200μlを加えて、40℃で24時間酵素反応を行った。結果を図10に示す。
【0114】
【表6】
【0115】
図10に示すように、通常使用される10mMクエン酸緩衝液(pH5.0)を用いたとき(試料4)、セルラーゼからグルコース又はセロビオースへの変換効率は17%であったが、クエン酸濃度を10mMとしpH3.0〜4.0緩衝液を用いることにより、より高い変換効率を得ることができた。一方、pH2.1の緩衝液では低い変換効率しか得られなかった。以上のことから、イオン液体をセルロースの可溶化に用いる場合、イオン液体に起因するセルロースの分解効率の低下や変動を抑制又は回避するには、通常使用濃度及びセルラーゼの至適pHの緩衝液でなく、pHをセルラーゼの至適pHよりも一定範囲で低く設定するなどして緩衝能を適切に増強した緩衝液を用いることが有効であることがわかった。
【実施例9】
【0116】
本実施例では、1−エチル−3−メチルイミダゾリウム ジエチルリン酸を利用したセルロース糖化におけるイミダゾール系の不純物の影響を確認した。すなわち、結晶性セルロースAvicel PH−101(Flula)10mgを50℃で溶解させた上記イオン液体200mgに10mM クエン酸緩衝液(pH5.0)800μlを加え再生セルロースを析出させた。なおこの際に、イミダゾールを上記混合液における最終濃度0.1、1.0、5.0%(wt./vol.)になるよう添加した。このときのpHを測定した結果、イミダゾール0.1%では、pH6.8、1.0%ではpH8.1、5.0%ではpH8.8であった。またイミダゾールを添加しないコントロールでは、pH5.0であった。
【0117】
析出した再生セルロースをボルテックスで破砕し、T.reesei由来セルラーゼ(SIGMA製)0.2mgを加え、40℃で24時間の反応を行った。1,18,24時間反応させた試料を採取し、4−アミノ安息香酸エチルエステルで誘導体化し、生成したグルコース量とセロビオース量をHPLC(島津製作所)で定量した。なおHPLCの測定条件としては、ODSカラムを使用し、0.02%TFA・アセトニトリル混液(85:15)(体積比)を移動相として用いた。操作の詳細は、付属の取り扱い説明書に従い、検出波長は305nmにて測定した。
【0118】
イオン液体での糖化反応におけるイミダゾリウム塩添加の影響を図11に示す。最終イミダゾール濃度がわずか0.1%であっても、糖化効率は20%以下に低下した。また、最終イミダゾリウム濃度が、1.0%、5.0%の場合では、全く糖化反応が進行しなかった。このことから、イミダゾリウム系イオン液体における糖化反応において、イミダゾールの遊離によりpHがシフトし糖化効率が低減してしまうが、その場合はpHを調整する手段を増強することによって初めて克服できることが明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0119】
【図1】本発明のセルロースの処理方法の一例を示す図である。
【図2】本発明のセルロース分解産物の生産方法の一例を示す図である。
【図3】実施例1におけるセルロースの糖への転化率の測定結果を示す図である。図3(a)は、媒体中のグルコース量に基づいたグルコースへの転化率を示す図であり、図3(b)は、媒体中のセロビオース量に基づいたセロビオースへの転化率を示す図である。
【図4】実施例2におけるセルロースの糖への転化率の経時変化を示す図である。
【図5】実施例3におけるセルロースの糖への転化率とセルラーゼ濃度との関係を示す図である。
【図6】実施例4における各種セルラーゼ濃度におけるセルロースの糖への転化率を示すグラフである。
【図7】実施例4におけるセルロースの糖への転化率とセルラーゼ濃度との関係を示す図である。
【図8】実施例6におけるセルロースの糖(グルコース及びセロビオース)への変換効率を示す図である。
【図9】実施例7におけるセルロースの糖(グルコース及びセロビオース)への変換効率を示す図である。
【図10】実施例8におけるセルロースの糖(グルコース及びセロビオース)への変換効率を示す図である。
【図11】実施例9におけるセルロースの糖(グルコース及びセロビオース)への変換効率を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース含有材料の処理方法であって、
前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、
可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、
を備える、処理方法。
【請求項2】
前記セルラーゼ作用環境は、セルロースの少なくとも一部が析出されている、請求項1に記載の処理方法。
【請求項3】
前記セルラーゼ作用環境形成工程において又は当該工程に先立って、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に前記貧溶媒を加えて、前記セルロースを析出させる、請求項2に記載の処理方法。
【請求項4】
前記セルラーゼ作用環境のpHを制御することを含む、請求項1〜3のいずれかに記載の処理方法。
【請求項5】
前記貧溶媒として、前記イオン液体を前記貧溶媒と混合したとき、前記セルラーゼが作用するのに好ましい好適pHからのシフトを補正する調整能力又は好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いる、請求項4に記載の処理方法。
【請求項6】
前記イオン液体は、カルボン酸系のアニオン、ハロゲン系アニオン及びリン酸系アニオンから選択されるアニオンと、イミダゾリウム系カチオンと、を構成イオンとするイオン液体である、請求項4又は5に記載の処理方法。
【請求項7】
前記アニオンは、ハロゲン系アニオンである、請求項6に記載の処理方法。
【請求項8】
セルロース分解産物の生産方法であって、
前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、
可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、
前記セルラーゼを含む前記セルラーゼ作用環境下でセルロースを分解する工程と、
を備える、生産方法。
【請求項9】
前記セルラーゼ作用環境は、セルロースの少なくとも一部が析出されている、請求項9に記載の生産方法。
【請求項10】
前記セルラーゼ作用環境形成工程において又は当該工程に先立って、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に前記貧溶媒を加えて、前記セルロースを析出させる、請求項9に記載の生産方法。
【請求項11】
前記セルラーゼ作用環境は、前記イオン液体に対して体積比で前記貧溶媒を1.5倍以上含む、請求項8〜10のいずれかに記載の生産方法。
【請求項12】
前記貧溶媒は、水性媒体である、請求項8〜11のいずれかに記載の生産方法。
【請求項13】
前記貧溶媒は、水又は緩衝液である、請求項12に記載の生産方法。
【請求項14】
前記貧溶媒は、セルラーゼを含有する、請求項8〜13のいずれかに記載の生産方法。
【請求項15】
前記イオン液体は非ハロゲン系である、請求項8〜14のいずれかに記載の生産方法。
【請求項16】
前記イオン液体は、リン酸系アニオン又はカルボン酸系アニオンを含む、請求項8〜15のいずれかに記載の生産方法。
【請求項17】
前記イオン液体は、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムカチオンを含む、請求項8〜16のいずれかに記載の生産方法。
【請求項18】
前記セルラーゼは、Trichoderma属又はAspergillusis属由来のセルラーゼを含む、請求項8〜17のいずれかに記載の生産方法。
【請求項19】
前記貧溶媒として、前記イオン液体を前記貧溶媒と混合したとき、前記セルラーゼが作用するのに好ましい好適pHからのシフトを補正する調整能力又は好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いる、請求項8〜18のいずれかに記載の生産方法。
【請求項20】
前記イオン液体は、カルボン酸系のアニオン、ハロゲン系アニオン及びリン酸系アニオンから選択されるアニオンと、イミダゾリウム系カチオンと、を構成イオンとするイオン液体である、請求項19に記載の生産方法。
【請求項21】
前記アニオンは、ハロゲン系アニオンである、請求項20に記載の生産方法。
【請求項22】
セルロースの糖化方法であって、
前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、
可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、
を備える、糖化方法。
【請求項23】
前記貧溶媒として、前記イオン液体を前記貧溶媒と混合したとき、前記セルラーゼが作用するのに好ましい好適pHからのシフトを補正する調整能力又は好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いる、請求項22に記載の糖化方法。
【請求項24】
セルロース分解用媒体であって、
セルロースを可溶化可能なイオン液体と、
前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒であって、前記イオン液体の共存下、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成できる程度の量の前記貧溶媒と、
を含む、分解用媒体。
【請求項25】
さらに、前記イオン液体により少なくとも一旦可溶化されたセルロースを含む、請求項24に記載の分解用媒体。
【請求項26】
前記セルロースの少なくとも一部は析出されている、請求項25に記載の分解用媒体。
【請求項27】
さらに、セルラーゼを含む、請求項24〜26のいずれかに記載の分解用媒体。
【請求項28】
酵素反応媒体であって、
基質を可溶化可能なイオン液体と、
前記基質に関し前記イオン液体との関係において貧溶媒であって、前記イオン液体の共存下、前記酵素がその酵素活性を発揮できる酵素作用環境を形成できる程度の量の貧溶媒と、
を含む、反応媒体。
【請求項1】
セルロース含有材料の処理方法であって、
前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、
可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、
を備える、処理方法。
【請求項2】
前記セルラーゼ作用環境は、セルロースの少なくとも一部が析出されている、請求項1に記載の処理方法。
【請求項3】
前記セルラーゼ作用環境形成工程において又は当該工程に先立って、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に前記貧溶媒を加えて、前記セルロースを析出させる、請求項2に記載の処理方法。
【請求項4】
前記セルラーゼ作用環境のpHを制御することを含む、請求項1〜3のいずれかに記載の処理方法。
【請求項5】
前記貧溶媒として、前記イオン液体を前記貧溶媒と混合したとき、前記セルラーゼが作用するのに好ましい好適pHからのシフトを補正する調整能力又は好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いる、請求項4に記載の処理方法。
【請求項6】
前記イオン液体は、カルボン酸系のアニオン、ハロゲン系アニオン及びリン酸系アニオンから選択されるアニオンと、イミダゾリウム系カチオンと、を構成イオンとするイオン液体である、請求項4又は5に記載の処理方法。
【請求項7】
前記アニオンは、ハロゲン系アニオンである、請求項6に記載の処理方法。
【請求項8】
セルロース分解産物の生産方法であって、
前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、
可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、
前記セルラーゼを含む前記セルラーゼ作用環境下でセルロースを分解する工程と、
を備える、生産方法。
【請求項9】
前記セルラーゼ作用環境は、セルロースの少なくとも一部が析出されている、請求項9に記載の生産方法。
【請求項10】
前記セルラーゼ作用環境形成工程において又は当該工程に先立って、可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に前記貧溶媒を加えて、前記セルロースを析出させる、請求項9に記載の生産方法。
【請求項11】
前記セルラーゼ作用環境は、前記イオン液体に対して体積比で前記貧溶媒を1.5倍以上含む、請求項8〜10のいずれかに記載の生産方法。
【請求項12】
前記貧溶媒は、水性媒体である、請求項8〜11のいずれかに記載の生産方法。
【請求項13】
前記貧溶媒は、水又は緩衝液である、請求項12に記載の生産方法。
【請求項14】
前記貧溶媒は、セルラーゼを含有する、請求項8〜13のいずれかに記載の生産方法。
【請求項15】
前記イオン液体は非ハロゲン系である、請求項8〜14のいずれかに記載の生産方法。
【請求項16】
前記イオン液体は、リン酸系アニオン又はカルボン酸系アニオンを含む、請求項8〜15のいずれかに記載の生産方法。
【請求項17】
前記イオン液体は、1−エチル−3−メチルイミダゾリウムカチオンを含む、請求項8〜16のいずれかに記載の生産方法。
【請求項18】
前記セルラーゼは、Trichoderma属又はAspergillusis属由来のセルラーゼを含む、請求項8〜17のいずれかに記載の生産方法。
【請求項19】
前記貧溶媒として、前記イオン液体を前記貧溶媒と混合したとき、前記セルラーゼが作用するのに好ましい好適pHからのシフトを補正する調整能力又は好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いる、請求項8〜18のいずれかに記載の生産方法。
【請求項20】
前記イオン液体は、カルボン酸系のアニオン、ハロゲン系アニオン及びリン酸系アニオンから選択されるアニオンと、イミダゾリウム系カチオンと、を構成イオンとするイオン液体である、請求項19に記載の生産方法。
【請求項21】
前記アニオンは、ハロゲン系アニオンである、請求項20に記載の生産方法。
【請求項22】
セルロースの糖化方法であって、
前記セルロース含有材料中のセルロースが可溶化されたイオン液体を準備する工程と、
可溶化された前記セルロースを含む前記イオン液体に、前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒を所定量加えて、前記イオン液体と前記貧溶媒とを含み、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成する工程と、
を備える、糖化方法。
【請求項23】
前記貧溶媒として、前記イオン液体を前記貧溶媒と混合したとき、前記セルラーゼが作用するのに好ましい好適pHからのシフトを補正する調整能力又は好適pHに対するpH変動を抑制する調整能力を有する貧溶媒を用いる、請求項22に記載の糖化方法。
【請求項24】
セルロース分解用媒体であって、
セルロースを可溶化可能なイオン液体と、
前記セルロースに関し前記イオン液体との関係において貧溶媒であって、前記イオン液体の共存下、セルラーゼが酵素活性を発揮できるセルラーゼ作用環境を形成できる程度の量の前記貧溶媒と、
を含む、分解用媒体。
【請求項25】
さらに、前記イオン液体により少なくとも一旦可溶化されたセルロースを含む、請求項24に記載の分解用媒体。
【請求項26】
前記セルロースの少なくとも一部は析出されている、請求項25に記載の分解用媒体。
【請求項27】
さらに、セルラーゼを含む、請求項24〜26のいずれかに記載の分解用媒体。
【請求項28】
酵素反応媒体であって、
基質を可溶化可能なイオン液体と、
前記基質に関し前記イオン液体との関係において貧溶媒であって、前記イオン液体の共存下、前記酵素がその酵素活性を発揮できる酵素作用環境を形成できる程度の量の貧溶媒と、
を含む、反応媒体。
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図1】
【図2】
【図3】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図1】
【図2】
【図3】
【公開番号】特開2009−203454(P2009−203454A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−218763(P2008−218763)
【出願日】平成20年8月27日(2008.8.27)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年8月27日(2008.8.27)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
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