イオン移動度分光計
【課題】小型でありながら選択性の高いイオン移動度分光計を実現する。
【解決手段】ドリフトチューブ5内部に検出器18側からイオン源側に向かう気流を生成し、流れ方向に流速が増加する第一の領域a1、一定である第二の領域a2及び減少する第三の領域a3を、気流の上流側から下流側に向かって順に配置する。第二の領域にイオンを解離するための光照射機構51,52を設ける。
【解決手段】ドリフトチューブ5内部に検出器18側からイオン源側に向かう気流を生成し、流れ方向に流速が増加する第一の領域a1、一定である第二の領域a2及び減少する第三の領域a3を、気流の上流側から下流側に向かって順に配置する。第二の領域にイオンを解離するための光照射機構51,52を設ける。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン移動度分光計に関する。
【背景技術】
【0002】
爆薬や毒ガス、環境汚染物質などの有害物質を迅速かつ正確に検知するための小型、可搬のモニタリング装置が求められている。質量分析法に基づくモニタリング装置は感度と選択性に優れ、誤報の少ない正確な測定が可能である。しかしながら、質量分析装置は高真空を必要とするために装置が大型である。これに対し、大気圧下においてイオンをそのイオン移動度の違いに基づいて空間的に分離して検出することが可能なイオン移動度分光計は、真空系を必要としないために小型化しやすい特長がある。しかし、イオン移動度分光法は質量分析法に比べて選択性が劣り、比較的誤報が多いという問題がある。
【0003】
特許文献1にはタンデムイオン移動度分光計が開示されている。また非特許文献1にも同様の装置が開示されている。これらのタンデムイオン移動度分光計においては、イオンを移動度の違いに基づいて空間的に分離するための第一及び第二の分離部(いわゆるドリフトチューブ)が直列に配置され、両者の中間部にイオンを解離するためのイオン解離部が配置される。第一のドリフトチューブで空間的に分離されたイオンのうち、所定のイオン移動度を有するイオンがイオン解離部に導入され、イオン解離部にて何らかの手段により解離される。イオン解離部で生成されたフラグメントイオンは、第二のドリフトチューブを通過する間にそのイオン移動度の違いに応じて空間的に分離されて異なる時刻に検出器に到達する。このタンデムイオン移動度分光計によれば、イオン移動度が近似する2種類の物質が存在する場合でも、フラグメントイオンのイオン移動度が分離可能な程度に異なれば両者を識別できる。
【0004】
特許文献2及び特許文献3には、イオン移動度分光計のドリフトチューブ内部において種々のイオンをそのイオン移動度の違いに応じて空間的に分離、捕捉する技術が開示されている。その原理は、ドリフトチューブ内部にイオンの進行方向に対向し、かつ線速度が漸次減少する気流を生成させると、イオン移動度と気流による抵抗力とが釣り合う位置でイオンの運動が停止することを利用したものである。この技術によりイオンを捕捉、蓄積した後に、ドリフト電圧を上昇させてドリフトチューブから排出し検出することにより、イオン移動度分光計の感度と分解能が向上し、結果的に選択性が向上する。
【0005】
【特許文献1】特開2004−293191号公報
【特許文献2】特表2005−524196号公報
【特許文献3】特開2003−329646号公報
【非特許文献1】Stormy L. Koeniger, Samuel I. Merenbloom, Stephen J. Valentine, Martin F. Jarrold, Harold R. Udseth, Richard D. Smith, and David E. Clemmer, Anal. Chem. 2006;78:4161.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
イオン移動度分光計は小型、可搬の分析装置であり、爆薬や毒ガス、環境汚染物質などの有害物質のモニタリングに利用されている。しかしながら、選択性を向上してより誤報の少ない正確な測定の実現が求められている。
【0007】
特許文献1及び非特許文献1に開示されたタンデムイオン移動度分光計は、検知対象物質のイオンをそのイオン移動度とフラグメントイオンのイオン移動度とによって2重に識別することが可能であるため、選択性が飛躍的に向上する。しかしながら、2本のドリフトチューブとイオン解離部が直列に配置される構成であるため、装置が大型化してイオン移動度分光計の特長が損なわれる。特許文献2及び特許文献3の方法によると、イオン移動度分光計における感度と分解能が向上し、結果的に選択性が向上する。しかしながら、この方法による分解能及び選択性の向上は限定的である。
【0008】
本発明では、小型、可搬でありながら従来方式よりも選択性が飛躍的に高いイオン移動度分光計を提供するため、タンデムイオン移動度分光計の小型化を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、イオン源で生成されたイオンを分離するためのイオン分離部、イオン解離部及びイオン解離部において生成されたフラグメントイオンを分離するためのイオン分離部を一体化したタンデムイオン移動度分光計を実現する。具体的な構成は以下の通りである。ドリフトチューブ内部に検出器側からイオン源側に向かう気流を生成する。ドリフトチューブ内部に、流れ方向に流速が漸次増加する第一の領域、一定である第二の領域及び漸次減少する第三の領域を、流れの上流側から下流側に順に配置する。第二の領域にイオンを解離するためのエネルギーを供給する機構を設ける。イオン源で生成されたイオンはドリフトチューブ内部を検出器側に向かって進行し、電場の大きさと気流の流速によって決まる所定のイオン移動度を有するイオンは第二の領域に捕捉、蓄積される。所定のイオン移動度よりも大きなイオン移動度を有するイオンは、第三の領域を速やかに通過し検出器に衝突して消滅する。所定のイオン移動度よりも小さなイオン移動度を有するイオンは、第一の領域に留まるか気流に押されて系外に排出される。第二の領域に捕捉されたイオンを解離してフラグメントイオンを生成した後、電場強度を上げると、生成されたフラグメントイオンは第三の領域を通過し、そのイオン移動度の順に検出器に到達して検出される。
【発明の効果】
【0010】
本発明のタンデムイオン移動度分光計によれば、一本のドリフトチューブ内部で所定のイオン移動度を有するイオンの単離と解離、及び解離によって生成されるフラグメントイオンのイオン移動度による分離を実現できる。そのため、従来のタンデムイオン移動度分光計に比べて格段の小型化が実現される。それにより、小型、可搬でありながら、従来のイオン移動度分光計よりも選択性が高くて誤報の少ない有害物質モニタリング装置が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
【0012】
図1に、本発明によるイオン移動度分光計の構成例を示す。本装置は大気などの試料ガスを吸引する試料ガス吸引部、試料ガス中の成分をイオン化するためのコロナ放電部、ドリフトチューブ5、気流発生部、検出器18、光源51及び制御部1を備える。ドリフトチューブ5は、内部構造を模式的に示した破断図で示した。
【0013】
試料ガス吸引部はファン41と配管31で構成される。コロナ放電部は配管31の内部にあり、放電針11と対向電極12とで構成される。電源3及び電源4により放電針11と対向電極12との間に電位差を与えて放電を発生させると、試料ガス中の種々の成分はコロナ放電部及びその近傍において主として化学イオン化の原理によりイオン化される。気流発生部はファン42と配管32で構成され、ドリフトチューブ5の内部に検出器18側から対向電極12側に向かう気流(以下、対向流)を発生させる。ドリフトチューブ5は、第一の領域a1、第二の領域a2及び第三の領域a3を有する。第一の領域a1においては、対向流の流れ方向に流路断面積が漸次減少する。第二の領域a2においては、対向流の流れ方向に流路断面積が略一定である。第三の領域a3においては、対向流の流れ方向に流路断面積が漸次増加する。ドリフトチューブ5の内部には電極13〜17及び抵抗体21〜24が積層されて配置され、電極13〜17に電圧を印加することによって対向流の流れ方向に電場が形成される。制御部1は、電源2〜4、スイッチS1、S2、S3及びS4を制御して各部の電極に印加する電圧を切り替える機能を有する。制御部1はまた光源51を制御して第二の領域a2に光照射する機能を有する。図2に示すような所定のシーケンスに従って各部の電極への印加電圧(Va〜Vf)及び光源51から第二領域a2に照射される光量を制御することにより、所定のイオン移動度を有するイオンを単離して第二の領域a2に蓄積し、蓄積されたイオンを解離してフラグメントイオンを生成し、生成されたフラグメントイオンを分離してイオン移動度の順に検出することができる。
【0014】
図3に、図2のイオン単離・蓄積のプロセスにおけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す。この電位分布においては、放電針11、対向電極12、電極13、電極14、電極15、電極16、及び電極17の各電位、すなわちVa、Vb、Vc、Vd、Ve、Vf及びVgが順に低下する。コロナ放電部近傍で生成したイオンの一部はこの電位勾配によって対向電極12に向かって移動し、対向電極12に設けられた貫通孔(図示せず)を通過し、ドリフトチューブ5に進入する。ドリフトチューブ内部に進入したイオンはさらに検出器側に向かって進行しようとするが、対向流による抵抗力を受ける。電場によるイオンの移動速度はイオン移動度と電場との積である。イオン移動度はイオンの質量、電荷、形状等に依存する。一方、電場が存在しない場合には、イオンはその質量、電荷、形状によらず対向流と同一の方向に同一速度で移動する。図4に、第一の領域a1、第二の領域a2及び第三の領域a3を含む所定の領域の電位勾配がほぼ一定である場合(図3の場合)における、ドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った対向流の流速と電場によるイオンの移動速度との関係を示す。イオンbは、第二の領域a2において対向流の流速と電場による移動速度が一致するため、第二の領域a2に滞留する。イオンbよりもイオン移動度の大きいイオンcは、対向流の抵抗に抗して第三の領域a3及び第二の領域a2を通過し、第一の領域a1に進入する。第一の領域a1では対向流による抵抗力がイオンの進行方向に向かって次第に低下するので、第一の領域a1に進入したイオンは速やかに検出器18に到達して消滅する。そのため第一の領域a1にはイオンが滞留することが無い。
【0015】
一方、イオンbよりイオン移動度の小さいイオンaは、対向流の抵抗のために第三の領域a3を通過することができない。第二の領域a2に滞留するイオンのイオン移動度は、電場の大きさと対向流の流量により決まる。従って電場又は流量を変化させることにより、所望のイオン移動度を有するイオンを第二の領域a2に捕捉することができる。
【0016】
第二の領域a2に光源51から光を照射することにより、第二の領域a2に捕捉されたイオンを解離させる。光源51で発生した光は光路52を通り、レンズ53を通って第二の領域に入射する。通常、生成されるフラグメントイオンのイオン移動度は元のイオン、すなわち前駆イオンのそれよりも大きい。そのため、生成されたフラグメントイオンは次々に第二の領域a2から漏れ出て、第一の領域a1を通過し、検出器18まで到達してしまう。その結果、イオン移動度スペクトルの分解能が低下してしまう。
【0017】
この問題の解決策の一つは光の照射時間を短くすることである。イオン移動度スペクトルのピーク幅は一般に数ミリ秒程度であるので、十分なスペクトル分解能を得るためには光の照射時間を1ミリ秒程度に抑えればよい。しかしながら、光の照射時間とフラグメントイオンの生成量とはトレードオフの関係にあり、イオンの解離効率が低い場合には所望の感度が得られない場合がある。
【0018】
図5に、図2のイオン解離のプロセスにおけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す。この電位分布においては、第二領域a2の電極14、電極15、電極16の各電位Vd、Ve及びVfがVd>Ve<Vfの関係にある。これにより第二の領域a2内部に電極15付近を底部とするポテンシャル井戸が形成される。このようなポテンシャル井戸を形成することにより、光照射により生成されたフラグメントイオンは第二の領域a2の電極15付近に滞留する。このときさらに、図5に示すように、電極13を電極14より低い電位、すなわちVc<Vdに設定する。これにより第三の領域a3に滞留していたイオンはイオン源側に向かって移動し、対向流の流れにのって配管32へと排出される。配管32の途中にはフィルター43が挿入されており、排出されたイオンなど対向流中に混入した不純物が除去される。
【0019】
光照射は、電極14と電極15に挟まれた領域のうちイオン源に近い側の一部の領域に限定される。一般に光照射により生成されたフラグメントイオンのイオン移動度は前駆イオンに比べて大きい。従って、フラグメントイオンは生成すると同時に電極15の近傍へと移動する。そのため、フラグメントイオンがさらに解離する多段解離の確率を低減することができる。その結果として、多段解離による感度低下を低減する効果がある。なお、第二領域a2に進入した前駆イオンは、第二領域a2に進入すると同時に動きを停止するため、第二領域a2のうちイオン源に近い側に集中して滞留する。そのため、光照射を第二領域a2のうちのイオン源に近い部分領域に限定しても、前駆イオンの大半に光を照射することができる。
【0020】
照射光として赤外線を用いることにより、イオンの振動エネルギーを励起して解離させることができる。この場合にはエネルギー的に安定なフラグメントイオンが生成されやすいため、比較的少ない種類のフラグメントイオンが生成される。そのため各フラグメントイオンの信号強度が強くて検出が容易である。紫外線のエネルギーはイオン内部の化学結合エネルギーに相当する。そのため化学結合を直接切断してフラグメントイオンを生成することができる。赤外線では解離しにくいイオンであっても紫外線を用いれば解離させられる場合がある。イオンを解離する手段は光照射に限定されるものではなく、電子やイオンなどの粒子照射あるいは加熱などの手段を用いてもよい。
【0021】
図6に、図2のイオン分離・検出のプロセスにおけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す。この電位分布においては、電極14、電極15、電極16、及び電極17の各電位、すなわちVd、Ve、Vf及びVgが順に低下する。また、図2に示すように、このときのVd、Ve及びVfはイオン単離・蓄積のプロセスにおける値よりも高電位に設定される。これにより、第二領域a2の電極15付近に滞留したフラグメントイオン及び解離せずに残存した前駆イオンは一斉に検出器18に向かって移動を開始し、イオン移動度の大きい順に検出器18に到達して検出される。この間も、図6に示すように、電極13の電位Vcは電極14の電位Vdよりも低電位に維持される。それにより第三の領域a3に残存するイオンはイオン源側に向かって移動し、対向流の流れにのって配管32へと排出される。
【0022】
図7に、本装置によって得られるイオン移動度スペクトルの概念図を示す。このイオン移動度スペクトルは、各電極の電位を図5に示す電位から図6に示す電位に切り替えてからの経過時間を横軸に、検出器の出力信号を縦軸にプロットしたものである。図2のイオン単離・蓄積のプロセスにおいて第二の領域a2に蓄積されたイオンbと前駆イオンとしてのイオンbの解離により生成されたフラグメントイオンb−1及びフラグメントイオンb−2が観測される。
【0023】
第二領域a2に捕捉されるイオンのイオン移動度の範囲は、第二領域を流れる対向流の流速が均一であるほど狭くなり、結果的にイオン単離の分解能が高くなる。第二領域a2の流路断面積が流れ方向に細かく増減しているなどの原因により、図10に示すように第二領域a2の流速が流れ方向に細かく増減している場合には、第二領域a2に捕捉されるイオンのイオン移動度の範囲が広がり、結果的にイオン単離の分解能が損なわれる。あるいは第二領域a2の流路断面積が流れ方向に漸次増加していることなどにより、図11に示すように第二領域a2の流速が対向流の流れ方向に僅かに漸次減少しているような場合にも、第二領域a2に捕捉されるイオンのイオン移動度の範囲が広がり、結果的にイオン単離の分解能が損なわれる。しかしながら、いずれの場合においてもイオン単離部としての機能は有する。すなわち、第二領域a2の流路断面積あるいは流速は流れ方向に略一定であればよい。
【0024】
一般的なイオン移動度分光計においてはドリフトチューブの内部にリング電極と絶縁スペーサとを積層して電場を形成する。しかし、ドリフトチューブ内部に構造物があると対向流が乱れるため、本装置では採用できない。
【0025】
図8に、本装置におけるドリフトチューブの第二の領域a2における流れ方向に垂直な断面図を示す。ドリフトチューブ5の内部空間は、2枚の平板61、62と2個の側板63、64とを張り合わせて構成され、流れ方向に垂直な断面形状は長方形である。平板61及び62にはそれぞれドリフトチューブの内壁を構成する面に溝が形成され、それぞれの溝に板状の抵抗体22が埋設されている。抵抗体の形状は溝の形状とほぼ一致しており、一定の幅Laと一定の厚さを有する。抵抗体は例えばガラス製で、各抵抗体の抵抗値は1メガオームから1ギガオーム程度である。図9にドリフトチューブの流れ方向に沿った断面図を示す。抵抗体21〜24の端面に薄板状の電極13〜17が密着して配置されている。電極13〜17の大きさは抵抗体の端面とほぼ一致しており、抵抗体の端面からのはみ出しはない。このような構造とすることにより対向流の乱れが生じ難く、結果として前駆イオンの捕捉効率や単離分解能、フラグメントイオンの分離分解能の劣化を抑えることができる。
【0026】
ドリフトチューブの断面形状を円形として流れ方向に断面積が増減するような構造も考えられるが、そのような形状のドリフトチューブの内壁面に配置するような抵抗体を製作すると、製作費が高くて高価格な装置となる。図8のような流れ方向に垂直な断面が矩形の構造とすることにより、平板状の抵抗体を使用できるため低価格な装置を提供できるだけでなく、装置が小型となる利点もある。
【0027】
側板63、64側には抵抗体及び電極が配置されていないため、各抵抗体あるいは各電極から側板63、64の方向へ向かう電場成分が存在し、その影響が大きい場合、イオンはドリフトチューブ5の中心軸付近から側板63、64の方向へと移動する。その結果として検出器に到達するイオン量が減少して検出感度が低下するおそれがある。そこで図8に示したように、板状抵抗体の幅Laを、対向する板状抵抗体の間隔Lbよりも大きく、好ましくはLaをLbの2倍以上に設定する。これによりドリフトチューブ5の中心軸付近から側板63、64の方向へのイオンの移動速度が減少し、結果として検出感度の低下が抑制される。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明のイオン移動度分光計は、大気中の有害物質等の検知器として利用される。特に、携帯型の検知器として利用される。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明のイオン移動度分光計の構成例を示す図。
【図2】電極電位及び光量のシーケンス図。
【図3】前駆イオンの単離及び蓄積時におけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す図。
【図4】前駆イオンの単離及び蓄積時における対向流の流速と電場によるイオンの移動速度との関係を示す図。
【図5】前駆イオンの解離時におけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布。
【図6】フラグメントイオンの分離及び検出時のドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す図。
【図7】イオン移動度スペクトルの概念図。
【図8】ドリフトチューブの流れ方向に直交する断面図。
【図9】ドリフトチューブの流れ方向に沿った断面図。
【図10】第二領域a2の流速が流れ方向に細かく増減している場合の前駆イオンの単離及び蓄積時におけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す図。
【図11】第二領域a2の流速が対向流の流れ方向に僅かに漸次減少している場合の前駆イオンの単離及び蓄積時におけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す図。
【符号の説明】
【0030】
1…制御部、2〜4…電源、5…ドリフトチューブ、11…放電針、12…対向電極、13〜17…電極、18…検出器、21〜24…抵抗体、31、32…配管、
41、42…ファン、43…フィルター、51…光源、52…光路、53…窓、
61、62…平板、63、64…側板、
a1…第一の領域、a2…第二の領域、a3…第三の領域、
Va,Vb,Vc,Vd,Ve,Vf…電位、S1,S2,S3,S4…スイッチ、
R1,R2,R3,R4,R5,R6,R7,R8…電気抵抗
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン移動度分光計に関する。
【背景技術】
【0002】
爆薬や毒ガス、環境汚染物質などの有害物質を迅速かつ正確に検知するための小型、可搬のモニタリング装置が求められている。質量分析法に基づくモニタリング装置は感度と選択性に優れ、誤報の少ない正確な測定が可能である。しかしながら、質量分析装置は高真空を必要とするために装置が大型である。これに対し、大気圧下においてイオンをそのイオン移動度の違いに基づいて空間的に分離して検出することが可能なイオン移動度分光計は、真空系を必要としないために小型化しやすい特長がある。しかし、イオン移動度分光法は質量分析法に比べて選択性が劣り、比較的誤報が多いという問題がある。
【0003】
特許文献1にはタンデムイオン移動度分光計が開示されている。また非特許文献1にも同様の装置が開示されている。これらのタンデムイオン移動度分光計においては、イオンを移動度の違いに基づいて空間的に分離するための第一及び第二の分離部(いわゆるドリフトチューブ)が直列に配置され、両者の中間部にイオンを解離するためのイオン解離部が配置される。第一のドリフトチューブで空間的に分離されたイオンのうち、所定のイオン移動度を有するイオンがイオン解離部に導入され、イオン解離部にて何らかの手段により解離される。イオン解離部で生成されたフラグメントイオンは、第二のドリフトチューブを通過する間にそのイオン移動度の違いに応じて空間的に分離されて異なる時刻に検出器に到達する。このタンデムイオン移動度分光計によれば、イオン移動度が近似する2種類の物質が存在する場合でも、フラグメントイオンのイオン移動度が分離可能な程度に異なれば両者を識別できる。
【0004】
特許文献2及び特許文献3には、イオン移動度分光計のドリフトチューブ内部において種々のイオンをそのイオン移動度の違いに応じて空間的に分離、捕捉する技術が開示されている。その原理は、ドリフトチューブ内部にイオンの進行方向に対向し、かつ線速度が漸次減少する気流を生成させると、イオン移動度と気流による抵抗力とが釣り合う位置でイオンの運動が停止することを利用したものである。この技術によりイオンを捕捉、蓄積した後に、ドリフト電圧を上昇させてドリフトチューブから排出し検出することにより、イオン移動度分光計の感度と分解能が向上し、結果的に選択性が向上する。
【0005】
【特許文献1】特開2004−293191号公報
【特許文献2】特表2005−524196号公報
【特許文献3】特開2003−329646号公報
【非特許文献1】Stormy L. Koeniger, Samuel I. Merenbloom, Stephen J. Valentine, Martin F. Jarrold, Harold R. Udseth, Richard D. Smith, and David E. Clemmer, Anal. Chem. 2006;78:4161.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
イオン移動度分光計は小型、可搬の分析装置であり、爆薬や毒ガス、環境汚染物質などの有害物質のモニタリングに利用されている。しかしながら、選択性を向上してより誤報の少ない正確な測定の実現が求められている。
【0007】
特許文献1及び非特許文献1に開示されたタンデムイオン移動度分光計は、検知対象物質のイオンをそのイオン移動度とフラグメントイオンのイオン移動度とによって2重に識別することが可能であるため、選択性が飛躍的に向上する。しかしながら、2本のドリフトチューブとイオン解離部が直列に配置される構成であるため、装置が大型化してイオン移動度分光計の特長が損なわれる。特許文献2及び特許文献3の方法によると、イオン移動度分光計における感度と分解能が向上し、結果的に選択性が向上する。しかしながら、この方法による分解能及び選択性の向上は限定的である。
【0008】
本発明では、小型、可搬でありながら従来方式よりも選択性が飛躍的に高いイオン移動度分光計を提供するため、タンデムイオン移動度分光計の小型化を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、イオン源で生成されたイオンを分離するためのイオン分離部、イオン解離部及びイオン解離部において生成されたフラグメントイオンを分離するためのイオン分離部を一体化したタンデムイオン移動度分光計を実現する。具体的な構成は以下の通りである。ドリフトチューブ内部に検出器側からイオン源側に向かう気流を生成する。ドリフトチューブ内部に、流れ方向に流速が漸次増加する第一の領域、一定である第二の領域及び漸次減少する第三の領域を、流れの上流側から下流側に順に配置する。第二の領域にイオンを解離するためのエネルギーを供給する機構を設ける。イオン源で生成されたイオンはドリフトチューブ内部を検出器側に向かって進行し、電場の大きさと気流の流速によって決まる所定のイオン移動度を有するイオンは第二の領域に捕捉、蓄積される。所定のイオン移動度よりも大きなイオン移動度を有するイオンは、第三の領域を速やかに通過し検出器に衝突して消滅する。所定のイオン移動度よりも小さなイオン移動度を有するイオンは、第一の領域に留まるか気流に押されて系外に排出される。第二の領域に捕捉されたイオンを解離してフラグメントイオンを生成した後、電場強度を上げると、生成されたフラグメントイオンは第三の領域を通過し、そのイオン移動度の順に検出器に到達して検出される。
【発明の効果】
【0010】
本発明のタンデムイオン移動度分光計によれば、一本のドリフトチューブ内部で所定のイオン移動度を有するイオンの単離と解離、及び解離によって生成されるフラグメントイオンのイオン移動度による分離を実現できる。そのため、従来のタンデムイオン移動度分光計に比べて格段の小型化が実現される。それにより、小型、可搬でありながら、従来のイオン移動度分光計よりも選択性が高くて誤報の少ない有害物質モニタリング装置が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
【0012】
図1に、本発明によるイオン移動度分光計の構成例を示す。本装置は大気などの試料ガスを吸引する試料ガス吸引部、試料ガス中の成分をイオン化するためのコロナ放電部、ドリフトチューブ5、気流発生部、検出器18、光源51及び制御部1を備える。ドリフトチューブ5は、内部構造を模式的に示した破断図で示した。
【0013】
試料ガス吸引部はファン41と配管31で構成される。コロナ放電部は配管31の内部にあり、放電針11と対向電極12とで構成される。電源3及び電源4により放電針11と対向電極12との間に電位差を与えて放電を発生させると、試料ガス中の種々の成分はコロナ放電部及びその近傍において主として化学イオン化の原理によりイオン化される。気流発生部はファン42と配管32で構成され、ドリフトチューブ5の内部に検出器18側から対向電極12側に向かう気流(以下、対向流)を発生させる。ドリフトチューブ5は、第一の領域a1、第二の領域a2及び第三の領域a3を有する。第一の領域a1においては、対向流の流れ方向に流路断面積が漸次減少する。第二の領域a2においては、対向流の流れ方向に流路断面積が略一定である。第三の領域a3においては、対向流の流れ方向に流路断面積が漸次増加する。ドリフトチューブ5の内部には電極13〜17及び抵抗体21〜24が積層されて配置され、電極13〜17に電圧を印加することによって対向流の流れ方向に電場が形成される。制御部1は、電源2〜4、スイッチS1、S2、S3及びS4を制御して各部の電極に印加する電圧を切り替える機能を有する。制御部1はまた光源51を制御して第二の領域a2に光照射する機能を有する。図2に示すような所定のシーケンスに従って各部の電極への印加電圧(Va〜Vf)及び光源51から第二領域a2に照射される光量を制御することにより、所定のイオン移動度を有するイオンを単離して第二の領域a2に蓄積し、蓄積されたイオンを解離してフラグメントイオンを生成し、生成されたフラグメントイオンを分離してイオン移動度の順に検出することができる。
【0014】
図3に、図2のイオン単離・蓄積のプロセスにおけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す。この電位分布においては、放電針11、対向電極12、電極13、電極14、電極15、電極16、及び電極17の各電位、すなわちVa、Vb、Vc、Vd、Ve、Vf及びVgが順に低下する。コロナ放電部近傍で生成したイオンの一部はこの電位勾配によって対向電極12に向かって移動し、対向電極12に設けられた貫通孔(図示せず)を通過し、ドリフトチューブ5に進入する。ドリフトチューブ内部に進入したイオンはさらに検出器側に向かって進行しようとするが、対向流による抵抗力を受ける。電場によるイオンの移動速度はイオン移動度と電場との積である。イオン移動度はイオンの質量、電荷、形状等に依存する。一方、電場が存在しない場合には、イオンはその質量、電荷、形状によらず対向流と同一の方向に同一速度で移動する。図4に、第一の領域a1、第二の領域a2及び第三の領域a3を含む所定の領域の電位勾配がほぼ一定である場合(図3の場合)における、ドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った対向流の流速と電場によるイオンの移動速度との関係を示す。イオンbは、第二の領域a2において対向流の流速と電場による移動速度が一致するため、第二の領域a2に滞留する。イオンbよりもイオン移動度の大きいイオンcは、対向流の抵抗に抗して第三の領域a3及び第二の領域a2を通過し、第一の領域a1に進入する。第一の領域a1では対向流による抵抗力がイオンの進行方向に向かって次第に低下するので、第一の領域a1に進入したイオンは速やかに検出器18に到達して消滅する。そのため第一の領域a1にはイオンが滞留することが無い。
【0015】
一方、イオンbよりイオン移動度の小さいイオンaは、対向流の抵抗のために第三の領域a3を通過することができない。第二の領域a2に滞留するイオンのイオン移動度は、電場の大きさと対向流の流量により決まる。従って電場又は流量を変化させることにより、所望のイオン移動度を有するイオンを第二の領域a2に捕捉することができる。
【0016】
第二の領域a2に光源51から光を照射することにより、第二の領域a2に捕捉されたイオンを解離させる。光源51で発生した光は光路52を通り、レンズ53を通って第二の領域に入射する。通常、生成されるフラグメントイオンのイオン移動度は元のイオン、すなわち前駆イオンのそれよりも大きい。そのため、生成されたフラグメントイオンは次々に第二の領域a2から漏れ出て、第一の領域a1を通過し、検出器18まで到達してしまう。その結果、イオン移動度スペクトルの分解能が低下してしまう。
【0017】
この問題の解決策の一つは光の照射時間を短くすることである。イオン移動度スペクトルのピーク幅は一般に数ミリ秒程度であるので、十分なスペクトル分解能を得るためには光の照射時間を1ミリ秒程度に抑えればよい。しかしながら、光の照射時間とフラグメントイオンの生成量とはトレードオフの関係にあり、イオンの解離効率が低い場合には所望の感度が得られない場合がある。
【0018】
図5に、図2のイオン解離のプロセスにおけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す。この電位分布においては、第二領域a2の電極14、電極15、電極16の各電位Vd、Ve及びVfがVd>Ve<Vfの関係にある。これにより第二の領域a2内部に電極15付近を底部とするポテンシャル井戸が形成される。このようなポテンシャル井戸を形成することにより、光照射により生成されたフラグメントイオンは第二の領域a2の電極15付近に滞留する。このときさらに、図5に示すように、電極13を電極14より低い電位、すなわちVc<Vdに設定する。これにより第三の領域a3に滞留していたイオンはイオン源側に向かって移動し、対向流の流れにのって配管32へと排出される。配管32の途中にはフィルター43が挿入されており、排出されたイオンなど対向流中に混入した不純物が除去される。
【0019】
光照射は、電極14と電極15に挟まれた領域のうちイオン源に近い側の一部の領域に限定される。一般に光照射により生成されたフラグメントイオンのイオン移動度は前駆イオンに比べて大きい。従って、フラグメントイオンは生成すると同時に電極15の近傍へと移動する。そのため、フラグメントイオンがさらに解離する多段解離の確率を低減することができる。その結果として、多段解離による感度低下を低減する効果がある。なお、第二領域a2に進入した前駆イオンは、第二領域a2に進入すると同時に動きを停止するため、第二領域a2のうちイオン源に近い側に集中して滞留する。そのため、光照射を第二領域a2のうちのイオン源に近い部分領域に限定しても、前駆イオンの大半に光を照射することができる。
【0020】
照射光として赤外線を用いることにより、イオンの振動エネルギーを励起して解離させることができる。この場合にはエネルギー的に安定なフラグメントイオンが生成されやすいため、比較的少ない種類のフラグメントイオンが生成される。そのため各フラグメントイオンの信号強度が強くて検出が容易である。紫外線のエネルギーはイオン内部の化学結合エネルギーに相当する。そのため化学結合を直接切断してフラグメントイオンを生成することができる。赤外線では解離しにくいイオンであっても紫外線を用いれば解離させられる場合がある。イオンを解離する手段は光照射に限定されるものではなく、電子やイオンなどの粒子照射あるいは加熱などの手段を用いてもよい。
【0021】
図6に、図2のイオン分離・検出のプロセスにおけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す。この電位分布においては、電極14、電極15、電極16、及び電極17の各電位、すなわちVd、Ve、Vf及びVgが順に低下する。また、図2に示すように、このときのVd、Ve及びVfはイオン単離・蓄積のプロセスにおける値よりも高電位に設定される。これにより、第二領域a2の電極15付近に滞留したフラグメントイオン及び解離せずに残存した前駆イオンは一斉に検出器18に向かって移動を開始し、イオン移動度の大きい順に検出器18に到達して検出される。この間も、図6に示すように、電極13の電位Vcは電極14の電位Vdよりも低電位に維持される。それにより第三の領域a3に残存するイオンはイオン源側に向かって移動し、対向流の流れにのって配管32へと排出される。
【0022】
図7に、本装置によって得られるイオン移動度スペクトルの概念図を示す。このイオン移動度スペクトルは、各電極の電位を図5に示す電位から図6に示す電位に切り替えてからの経過時間を横軸に、検出器の出力信号を縦軸にプロットしたものである。図2のイオン単離・蓄積のプロセスにおいて第二の領域a2に蓄積されたイオンbと前駆イオンとしてのイオンbの解離により生成されたフラグメントイオンb−1及びフラグメントイオンb−2が観測される。
【0023】
第二領域a2に捕捉されるイオンのイオン移動度の範囲は、第二領域を流れる対向流の流速が均一であるほど狭くなり、結果的にイオン単離の分解能が高くなる。第二領域a2の流路断面積が流れ方向に細かく増減しているなどの原因により、図10に示すように第二領域a2の流速が流れ方向に細かく増減している場合には、第二領域a2に捕捉されるイオンのイオン移動度の範囲が広がり、結果的にイオン単離の分解能が損なわれる。あるいは第二領域a2の流路断面積が流れ方向に漸次増加していることなどにより、図11に示すように第二領域a2の流速が対向流の流れ方向に僅かに漸次減少しているような場合にも、第二領域a2に捕捉されるイオンのイオン移動度の範囲が広がり、結果的にイオン単離の分解能が損なわれる。しかしながら、いずれの場合においてもイオン単離部としての機能は有する。すなわち、第二領域a2の流路断面積あるいは流速は流れ方向に略一定であればよい。
【0024】
一般的なイオン移動度分光計においてはドリフトチューブの内部にリング電極と絶縁スペーサとを積層して電場を形成する。しかし、ドリフトチューブ内部に構造物があると対向流が乱れるため、本装置では採用できない。
【0025】
図8に、本装置におけるドリフトチューブの第二の領域a2における流れ方向に垂直な断面図を示す。ドリフトチューブ5の内部空間は、2枚の平板61、62と2個の側板63、64とを張り合わせて構成され、流れ方向に垂直な断面形状は長方形である。平板61及び62にはそれぞれドリフトチューブの内壁を構成する面に溝が形成され、それぞれの溝に板状の抵抗体22が埋設されている。抵抗体の形状は溝の形状とほぼ一致しており、一定の幅Laと一定の厚さを有する。抵抗体は例えばガラス製で、各抵抗体の抵抗値は1メガオームから1ギガオーム程度である。図9にドリフトチューブの流れ方向に沿った断面図を示す。抵抗体21〜24の端面に薄板状の電極13〜17が密着して配置されている。電極13〜17の大きさは抵抗体の端面とほぼ一致しており、抵抗体の端面からのはみ出しはない。このような構造とすることにより対向流の乱れが生じ難く、結果として前駆イオンの捕捉効率や単離分解能、フラグメントイオンの分離分解能の劣化を抑えることができる。
【0026】
ドリフトチューブの断面形状を円形として流れ方向に断面積が増減するような構造も考えられるが、そのような形状のドリフトチューブの内壁面に配置するような抵抗体を製作すると、製作費が高くて高価格な装置となる。図8のような流れ方向に垂直な断面が矩形の構造とすることにより、平板状の抵抗体を使用できるため低価格な装置を提供できるだけでなく、装置が小型となる利点もある。
【0027】
側板63、64側には抵抗体及び電極が配置されていないため、各抵抗体あるいは各電極から側板63、64の方向へ向かう電場成分が存在し、その影響が大きい場合、イオンはドリフトチューブ5の中心軸付近から側板63、64の方向へと移動する。その結果として検出器に到達するイオン量が減少して検出感度が低下するおそれがある。そこで図8に示したように、板状抵抗体の幅Laを、対向する板状抵抗体の間隔Lbよりも大きく、好ましくはLaをLbの2倍以上に設定する。これによりドリフトチューブ5の中心軸付近から側板63、64の方向へのイオンの移動速度が減少し、結果として検出感度の低下が抑制される。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明のイオン移動度分光計は、大気中の有害物質等の検知器として利用される。特に、携帯型の検知器として利用される。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明のイオン移動度分光計の構成例を示す図。
【図2】電極電位及び光量のシーケンス図。
【図3】前駆イオンの単離及び蓄積時におけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す図。
【図4】前駆イオンの単離及び蓄積時における対向流の流速と電場によるイオンの移動速度との関係を示す図。
【図5】前駆イオンの解離時におけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布。
【図6】フラグメントイオンの分離及び検出時のドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す図。
【図7】イオン移動度スペクトルの概念図。
【図8】ドリフトチューブの流れ方向に直交する断面図。
【図9】ドリフトチューブの流れ方向に沿った断面図。
【図10】第二領域a2の流速が流れ方向に細かく増減している場合の前駆イオンの単離及び蓄積時におけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す図。
【図11】第二領域a2の流速が対向流の流れ方向に僅かに漸次減少している場合の前駆イオンの単離及び蓄積時におけるドリフトチューブ内部の流れ方向に沿った電位分布を示す図。
【符号の説明】
【0030】
1…制御部、2〜4…電源、5…ドリフトチューブ、11…放電針、12…対向電極、13〜17…電極、18…検出器、21〜24…抵抗体、31、32…配管、
41、42…ファン、43…フィルター、51…光源、52…光路、53…窓、
61、62…平板、63、64…側板、
a1…第一の領域、a2…第二の領域、a3…第三の領域、
Va,Vb,Vc,Vd,Ve,Vf…電位、S1,S2,S3,S4…スイッチ、
R1,R2,R3,R4,R5,R6,R7,R8…電気抵抗
【特許請求の範囲】
【請求項1】
流れ方向に流速が漸次増加する第一の領域、流速が略一定である第二の領域、及び流速が漸次減少する第三の領域を流れの上流側から下流側に向かって順に有する流路と、
前記流路の内部に流れ方向に電場を形成する電場形成機構と、
前記第三の領域より下流側に配置されたイオン生成部と、
前記第一の領域より上流側に配置されたイオン検出器と、
前記第二の領域にエネルギーを供給するエネルギー供給機構と
を備えることを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項2】
請求項1に記載のイオン移動度分光計において、前記第二の領域に所定のイオン移動度を有するイオンを蓄積し、前記第二の領域にエネルギーを供給することによって前記所定のイオン移動度を有するイオンを解離してフラグメントイオンを生成し、前記フラグメントイオンをそのイオン移動度の順に前記イオン検出器により検出するために前記電場形成機構と前記エネルギー供給機構を制御する制御機構を備えることを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項3】
請求項2に記載のイオン移動度分光計において、前記電場形成機構は、前記第一の領域、第二の領域及び第三の領域の各領域の電場強度をそれぞれ独立に設定できることを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項4】
請求項2に記載のイオン移動度分光計において、前記電場形成機構は、前記第二の領域の流れの上流側の部分領域と下流側の部分領域の電場強度をそれぞれ独立に設定できることを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項5】
請求項3に記載のイオン移動度分光計において、前記制御機構は、前記第二の領域に前記エネルギー供給機構からエネルギーを供給する間又は前記フラグメントイオンを前記イオン検出器により検出する間に前記第三の領域に流れ方向に形成される電場の向きと、前記第二の領域に所定のイオン移動を有するイオンを蓄積する間に前記第三の領域に流れ方向に形成される電場の向きとが逆転するように前記電場形成機構を制御することを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項6】
請求項4に記載のイオン移動度分光計において、前記制御機構は、前記第二の領域に前記エネルギー供給機構からエネルギーを供給する間、前記第二の領域の前記流れの上流側の部分領域と前記下流側の部分領域の境界付近を底部とするポテンシャル井戸が形成されるように前記電場形成機構を制御することを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項7】
請求項1に記載のイオン移動度分光計において、前記第二の領域における流路断面が概略長方形であり、前記電場形成機構は前記流路断面の長手方向の流路内壁に埋設された抵抗体を有することを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項8】
請求項4に記載のイオン移動度分光計において、前記第二の領域における流路断面が概略長方形であり、前記電場形成機構は、前記流路断面の長手方向の対向する流路内壁の、前記第三の領域の下流側部分に対向して設けた一対の第1の電極と、前記第三の領域と第二の領域の境界部分に対向して設けた一対の第2の電極と、前記第二の領域の前記上流側の部分領域と下流側の部分領域の境界部分に対向して設けた一対の第3の電極と、前記第二の領域と第一の領域の境界部分に対向して設けた一対の第4の電極と、前記第一の領域の上流側部分に対向して設けた一対の第5の電極と、前記流路断面の長手方向の対向する流路内壁の、前記第1の電極と第2の電極の間、前記第2の電極と前記第3の電極、前記第3の電極と前記第4の電極、及び前記第4の電極と前記第5の電極の間に埋設された抵抗体とを有することを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項1】
流れ方向に流速が漸次増加する第一の領域、流速が略一定である第二の領域、及び流速が漸次減少する第三の領域を流れの上流側から下流側に向かって順に有する流路と、
前記流路の内部に流れ方向に電場を形成する電場形成機構と、
前記第三の領域より下流側に配置されたイオン生成部と、
前記第一の領域より上流側に配置されたイオン検出器と、
前記第二の領域にエネルギーを供給するエネルギー供給機構と
を備えることを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項2】
請求項1に記載のイオン移動度分光計において、前記第二の領域に所定のイオン移動度を有するイオンを蓄積し、前記第二の領域にエネルギーを供給することによって前記所定のイオン移動度を有するイオンを解離してフラグメントイオンを生成し、前記フラグメントイオンをそのイオン移動度の順に前記イオン検出器により検出するために前記電場形成機構と前記エネルギー供給機構を制御する制御機構を備えることを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項3】
請求項2に記載のイオン移動度分光計において、前記電場形成機構は、前記第一の領域、第二の領域及び第三の領域の各領域の電場強度をそれぞれ独立に設定できることを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項4】
請求項2に記載のイオン移動度分光計において、前記電場形成機構は、前記第二の領域の流れの上流側の部分領域と下流側の部分領域の電場強度をそれぞれ独立に設定できることを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項5】
請求項3に記載のイオン移動度分光計において、前記制御機構は、前記第二の領域に前記エネルギー供給機構からエネルギーを供給する間又は前記フラグメントイオンを前記イオン検出器により検出する間に前記第三の領域に流れ方向に形成される電場の向きと、前記第二の領域に所定のイオン移動を有するイオンを蓄積する間に前記第三の領域に流れ方向に形成される電場の向きとが逆転するように前記電場形成機構を制御することを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項6】
請求項4に記載のイオン移動度分光計において、前記制御機構は、前記第二の領域に前記エネルギー供給機構からエネルギーを供給する間、前記第二の領域の前記流れの上流側の部分領域と前記下流側の部分領域の境界付近を底部とするポテンシャル井戸が形成されるように前記電場形成機構を制御することを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項7】
請求項1に記載のイオン移動度分光計において、前記第二の領域における流路断面が概略長方形であり、前記電場形成機構は前記流路断面の長手方向の流路内壁に埋設された抵抗体を有することを特徴とするイオン移動度分光計。
【請求項8】
請求項4に記載のイオン移動度分光計において、前記第二の領域における流路断面が概略長方形であり、前記電場形成機構は、前記流路断面の長手方向の対向する流路内壁の、前記第三の領域の下流側部分に対向して設けた一対の第1の電極と、前記第三の領域と第二の領域の境界部分に対向して設けた一対の第2の電極と、前記第二の領域の前記上流側の部分領域と下流側の部分領域の境界部分に対向して設けた一対の第3の電極と、前記第二の領域と第一の領域の境界部分に対向して設けた一対の第4の電極と、前記第一の領域の上流側部分に対向して設けた一対の第5の電極と、前記流路断面の長手方向の対向する流路内壁の、前記第1の電極と第2の電極の間、前記第2の電極と前記第3の電極、前記第3の電極と前記第4の電極、及び前記第4の電極と前記第5の電極の間に埋設された抵抗体とを有することを特徴とするイオン移動度分光計。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2009−146750(P2009−146750A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−323171(P2007−323171)
【出願日】平成19年12月14日(2007.12.14)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、文部科学省、ウォークスルー型爆発物探知システム委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年12月14日(2007.12.14)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、文部科学省、ウォークスルー型爆発物探知システム委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】
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