イオン/イオン電荷反転を介して、複数の検体カチオンタイプから単一の検体アニオンタイプへ変換するための方法および装置
エレクトロスプレーイオン化を用いて、検体から第1の極性のイオンを生成すること;試薬から第2の極性のイオンを生成すること;第1の極性のイオンと第2の極性のイオンとがチャンバ中で相互作用して第2の極性を持つ検体イオンを形成するように、第1の極性のイオンと第2の極性のイオンとを質量分析計のチャンバ中に順に注入すること;および第2の極性の検体イオンの質量スペクトルを分析することを含む、質量分析計を用いた試料のための装置および方法が記載される。所望の質量対電荷比を持つ第2の極性の検体イオンを優先的に生じさせるように、ポリアミドアミン(polyamidomine)のような試薬が選択される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この出願は、2009年9月10日に出願された米国仮出願第61/241,260号(これは、参考として本明細書に援用される)に対する優先権の利益を主張する。
【0002】
本出願は、質量分析のための装置および方法に関連しうる。
【背景技術】
【0003】
タンデム質量分析、または質量分析/質量分析(MS/MS)は、特異性が高く、適応範囲が広くて、感度が良好なので、複雑な混合物の分析に用いることができる。MS/MSは、混合物に直接に、あるいはガスクロマトグラフィ(すなわち、GC/MS/MS)または液体クロマトグラフィ(すなわち、LC/MS/MS)などのオンライン分離技術と接続して、適用することができる。
【0004】
理想的には、混合物の各成分が成分の質量に関連する単一のイオン・タイプを生み出す。とりわけ、イオン化を受ける混合物が複雑な場合には、混合物成分毎の複数のピークが感度を低下させて、特異性を損ないかねない。かかるシナリオは、例えば、生物学的流体から得られる複雑な混合物の分析において生じうる。LCか、またはフローインジェクションのいずれかと連結したエレクトロスプレーによる薬物および薬物代謝産物の陽イオン化は、非揮発性の検体に共通の手法であるが、成分毎に複数のイオン・タイプをもたらすことがありうる。これは、比較的高い塩含有量を持つ溶液に特によく見られる。
【0005】
これらのイオン・タイプは、一般にプロトン化された分子と、試料マトリックスに由来しうる1つ以上の過剰な金属イオン(ナトリウムおよびカリウムイオンが最もよく見られる)を持つ検体分子とを含む。イオン・タイプの正体が明らかでないので、この現象は、異なった様々なイオン間での分析信号の望ましくない分布、より複雑なスペクトル、および混合物成分の質量に起こりうる曖昧さを生じさせる。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
質量分析計を用いて試料を分析する方法であって、検体から第1の極性のイオンを生成すること;試薬から第2の極性のイオンを生成すること;第1の極性のイオンと第2の極性のイオンとがチャンバ中で相互作用して第2の極性を持つ検体イオンを形成するように、第1の極性のイオンと第2の極性のイオンとを質量分析計のチャンバ中に順に注入すること;および第2の極性の検体イオンの質量スペクトルを分析することを含む方法が記載される。試薬は、所望の質量対電荷比を持つ第2の極性の検体イオンを優先的に生じさせるように選択される。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】図1は、本明細書に記載される方法を実施するように適合された、電荷反転用デュアル・エレクトロスプレーイオン化エミッタを持つハイブリッド三連四重極/LIT機器の簡略図である。
【図2】図2は、(a)ワルファリンの分離(M+Na)+イオン、および(b)PAMAM3.5世代からのm/z 369のアニオンとの反応後のイオン/イオン反応後陰イオン生成物に関するデータを示す。
【図3】図3は、(a)ワルファリンの分離(M+K)+イオン、および(b)PAMAM3.5世代からのアニオンとの反応後のイオン/イオン反応後陰イオン生成物に関するデータを示す。
【図4】図4は、オリゴヌクレオチド12−mer[R−6H]6−との反応におけるワルファリン[M+Na]+イオンの電荷反転生成物イオンスペクトルに関するデータを示す。
【図5】図5は、イブプロフェン−グルタチオン付加体の構造を図示する。
【図6】図6は、a)S−バルプロ酸−GSHのエレクトロスプレーによる陽イオン質量スペクトル(positive electrospray mass spectrum)、およびb)イオン/イオン反応時間後の陰イオン質量スペクトルに関するデータを示す。
【図7】図7は、a)沈殿した血漿中のS−バルプロ酸−GSHのエレクトロスプレーによる陽イオン質量スペクトル(positive ion electrospray mass spectrum)、およびb)電荷反転試薬としてPAMAM3.5世代から得られたアニオン(m/z 745〜760)を用いた、電荷反転スペクトルに関するデータを示す。
【図8】図8は、a)S−プロピルグルタチオンのエレクトロスプレーによる陽イオン質量スペクトル、およびb)[P−X−Y−6H]6−試薬アニオン、但しP=PAMAM1.5世代、を用いた、イオン/イオン電荷反転後の陰イオンスペクトルに関するデータを示す。
【図9】図9は、a)P−ニトロベンジルグルタチオンのエレクトロスプレーによる陽イオン質量スペクトル、およびb)[P−X−Y−6H]6−試薬アニオン、但しP=PAMAM1.5世代、を用いた、イオン/イオン電荷反転後の陰イオンスペクトルに関するデータを示す(XおよびYの構造については図8を参照)。
【図10】図10は、a)カルプロフェン(図中の構造を参照)のGSH結合体のエレクトロスプレーによる陽イオン質量スペクトル、およびb)PAMAM3世代のナノエレクトロスプレーから得られたm/z領域745〜760のアニオンを用いた、イオン/イオン電荷反転後の陰イオンスペクトルに関するデータを示す。
【図11】図11は、a)バルプロ酸−GSHのエレクトロスプレーによる有意な[M+K]+信号を持つ陽イオン質量スペクトル、およびb))[P−X−Y−6H]6−試薬アニオン、但しP=PAMAM1.5世代(XおよびYの構造については図8を参照)、を用いた、イオン/イオン電荷反転後の陰イオンスペクトルに関するデータを示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
例となる実施形態は、図面を参照してよりよく理解されうるが、これらの実施形態が限定的な性質であることは意図されていない。本発明の十分な理解を提供するために、多くの具体的な詳細が次の記載に提示されるが、本発明は、これらの具体的な詳細のいくらかまたはすべてなしに実施されてもよい。他の事例では、本記載を不必要に曖昧にしないために、よく知られたプロセス操作は詳細には記載されなかった。
【0009】
同じ検体分子から得られたカチオン・タイプの混合物を逆極性の共通イオンに変換するために、気相イオン/イオン電荷反転反応を用いることができる。検体カチオンと試薬アニオンとの両方の化学特性に依存して、この電荷反転プロセスに伴うある程度の選択性が存在する。電荷反転に係わる長寿命のイオン性複合体内では、電荷を帯びる基について検体種と試薬種との間に競合が存在する。試薬の化学的特性は、最も好ましい形態の検体イオンの形成に有利に働くように選択することができる。例えば、プロトン化された種と金属カチオン化された種(metal cationized species)との混合物の場合には、電荷反転後に、脱プロトン化された検体が、検体に関連する優勢な種であるように、複数の脱プロトン化された酸性部位(acidic site)を持つアニオンならびに交換が可能なプロトンによって、金属イオンもプロトンもともに除去することができる。金属イオンを検体種からどの程度除去できるかは、例えば、試薬における酸性部位の数、脱プロトン化される部位の数、および金属イオンが試薬中に予めどの程度存在しうるかに依存する可能性がある。
【0010】
電荷反転イオン/イオン反応は、引き続く質量分析のために、単一の検体分子に関連するいくつかのカチオン・タイプを単一のアニオン・タイプに変換することができる。過剰なプロトン、過剰なナトリウムイオン、または過剰なカリウムイオンのような、様々なカチオン化剤の1つが存在する検体イオンは、検体に関する安定なアニオンが生成されうるならば、脱プロトン化された分子に変換することができる。プロトンを金属イオンと交換することが可能な多重に脱プロトン化された種が、本反応のための試薬アニオンとしての機能を果たすことができる。
【0011】
ワルファリン、およびグルタチオン結合体に関して、このプロセスの例が提供される。本反応の普遍性を実証するために、いくつかの他のグルタチオン結合体に関するさらなる例も提供される。グルタチオン結合体の場合には、2つのカルボキシラート基の存在に起因して、複数の金属イオンが一価の検体と会合することができる。本電荷反転反応プロセスは、一価だけ脱プロトン化された(singly deprotonated)検体分子をもたらすべく、過剰なカチオン化剤、ならびにアニオン基と会合した任意の金属イオンの除去を伴うこともできる。
【0012】
複数のカチオン・タイプを所望の単一のアニオン・タイプに変換する能力は、塩含有量が比較的高い溶液のエレクトロスプレーイオン化によく見られるような、検体の質量分析信号がいくつかのカチオン・タイプ間で分布されかねない場合に、有用な可能性がある。陽イオンスペクトルに「化学的ノイズ」を引き起こす種がより低効率の電荷反転を受ける場合に、グルタチオン結合体のような効率的な電荷反転を受ける検体種では、著しく改善されたSN比を観測することができる。
【0013】
様々な形態の検体カチオン(例えば、(M+H)+および(M+金属)+)を単一の既知のイオン・タイプ(例えば、(M−H)−)に変換するための気相イオン/イオン化学反応に基づく方法が記載される。本方法は、気相イオン/イオン電荷反転反応を用いることができる。より高電荷の検体イオンもこの電荷反転プロセスを受けることができるが、提示を明確にするために、一価の検体イオンのための反応が詳細に記載される。記載される反応は、過剰なカチオンの除去をもたらす単一のイオン/イオン遭遇、ならびに脱プロトン化された検体を生じさせる中性化された検体の脱プロトン化を含む。
【0014】
(M+カチオン)++(R−nH)n−→(M−H)−+(R−(n−1)H+カチオン)(n−2)− (1)
但し、(R−nH)n−は、多重に脱プロトン化された試薬アニオンを表す。
カルボキシラートが末端についたデンドリマー(例えば、エチレンジアミン核ポリアミドアミン(PAMAM)0.5世代)から得られ、エレクトロスプレーイオン化によって形成されたアニオン、ならびに多重に脱プロトン化されたオリゴヌクレオチドが、試薬アニオンとして有効なことが示された。エレクトロスプレーによって多重に脱プロトン化された種を形成することが可能な、複数の酸性部位を持つ試薬が、電荷反転試薬としての機能を果たすことができる。
【0015】
スプレーイオン化法(すなわち、エレクトロスプレーイオン化およびそのバリエーション)を用いて陰イオンを形成した場合、最もよく観測されるアニオンは、検体種の脱プロトン化物(すなわち、(M−H)−)である。しかしながら、アニオン付着が発生して(M+X)−種を生じることもありうる、但しXは、酢酸イオン、硝酸イオン、ハライドイオンなどのアニオンを表す。電荷反転反応を用いて、(M−H)−種も(M+X)−種もともに(M+H)+イオンに変換することができる。
【0016】
アニオン付加体種のためのプロセスは、
(M+X)−+(R+nH)n+→(M+H)++(R+(n−2)H)(n−2)++HX (2)
として表される、但し、Rは、タンパク質またはアミノ基が末端についた(amino terminated)ジアミノブタン(DAB)デンドリマーのような、複数の塩基性部位を持つ試薬を表す。
【0017】
電荷反転イオン/イオン反応は、三次元(3D)イオントラップおよびリニアイオントラップを用いて実行された。幾可学的形状が有利なことから、イオン/イオン反応を電気力学的イオントラップ中で実行することによって、タンデム質量分析が容易になる。
【0018】
本明細書に提供される例は、イオン/イオン反応用に適合されたハイブリッド三連四重極/リニアイオントラップ機器を用いて得られた。この機器は、図1に概略的に示される、市販のMDS/Sciex QTRAP 2000プラットホームに基づく。この機器は、逆極性のイオン種を閉じ込めるために、Q2の両側の捕獲プレートにrf電圧を印加することが可能なように適合された。
【0019】
使用されたQTRAP機器は、Q0〜Q3と示される4つのインライン四重極アレイからなった。この機器のいずれのアレイも、原理的に、イオン透過デバイスまたはイオン捕獲デバイスのいずれかとして動作することができる。それゆえに、全体的なイオン処理スキームの一部として透過ステップおよび捕獲ステップを組み合わせる方法には多くのバリエーションがあるので、本明細書に提供される例は、非限定的な性質を持つ。
【0020】
動作手順の1例は、無線周波数(rf:radio−frequency)のみの透過デバイスとしてQ0、前駆イオンの質量選択デバイスとしてQ1(例えば、rf/dc質量フィルタ・モードでのQ1の動作)、イオン/イオン反応領域としてQ2、および質量分析用リニアイオントラップ(LIT;Linear ion trap)としてQ3を使用する。Q2アレイは、イオン/イオン反応時間中に2〜8mtorrの範囲内の窒素ガス圧に維持されるとよく、アレイレンズの両側の閉じ込めレンズ(図1の概略図にレンズは示されない)にrf電位を印加することによって、相互イオン極性貯蔵モードで動作することができる。
【0021】
上記の装置および動作手順を用いた電荷反転イオン/イオン反応実験の例は、(1)試薬イオンを一時的に貯蔵するQ2中への、エレクトロスプレーイオン化によって形成された試薬アニオンの透過(Q1は、m/z値の狭い帯域値(value band)を持つイオンを透過させるために用いてもよく、あるいは広い帯域値の透過デバイスとして用いてもよい)、(2)エレクトロスプレーを用いた陽イオン化によって形成された検体カチオンのQ2中への透過、(3)Q2におけるイオン/イオン反応を可能にするための両イオン極性の相互貯蔵、(4)続いて、1〜10×10−5torrの範囲で動作するLIT中に対象集団が貯蔵されるQ3中への対象イオン極性の移動、および(5)質量選択的な軸方向放出(MSAE:mass−selective axial ejection)による質量分析を含む。各ステップに付随する時間枠は、十から数百ミリ秒の範囲内で可変であり、主にイオン信号レベルに依存する。検体種がアニオンで、試薬イオンがカチオンであるプロセスの動作は、イオン極性を適切に選択して同様の手順に従うことになろう。
【0022】
一般に、本プロセスを実施するためのQTRAP機器の制御は、組込型コンピュータのような計算デバイス、あるいは機器とインターフェースで接続された外部コンピュータによる。コンピュータは、ステップの持続時間、電圧レベル、無線周波数などのような、機器パラメータを利用してQTRAP機器の動作を時間に依存する仕方で制御する、内蔵プログラムを実行することができる。パラメータのいくつかまたはすべては、ビデオディスプレイおよびキーボード、マウスなどのような、オペレータ・インタフェースを用いて実験的に変化させることができ、または当分野で知られているように、コンピュータ可読媒体上にコンピュータプログラム命令のように記憶することができる、あるいは、同じかまたは同様の機能を実施するために引き続き開発を行うことができる。
【0023】
材料、ワルファリン(RS)−4−ヒドロキシ−3−(3−オキソ−1−フェニルブチル)−2H−クロメン−2−オンおよびGSH代謝産物は、MDS Sciex(Concord,Canada)の共同研究者によって提供された。ブラジキニンおよびPAMAMデンドリマーは、Sigma−Aldrich(St.Louis,Mo)から購入した。
【0024】
ポリアミドアミン(PAMAM)デンドリマーは、「高密度星形」ポリマーと呼ばれる種類の高分子構造を形成する。デンドリマーは、古典的なポリマーとは異なり、高度の分子均一性、狭い分子量分布、特異的なサイズおよび形状特性、ならびに高度に官能化された終端表面を持つ。PAMAMデンドリマーのための製造プロセスは、中心の開始核から始まる一連の繰り返しステップである。その後の各成長ステップは、先行世代より大きい分子直径、約2倍の反応性表面部位の数、およびおよそ2倍の分子量を持つ新「世代」のポリマーを形成する。
【0025】
メタノール、氷酢酸、および水酸化アンモニウムは、Malinckrodt(Phillipsburg,NJ)から入手した。
【0026】
検体種が、優先的に複数電荷の移動を受けて逆電荷のイオンを生じる間に、干渉種のイオンが、優先的に単一電荷の移動を受け(それによって中性化され)るならば、検体の中性化に繋がる単一電荷の移動によって、電荷反転におけるある程度の選択性が可能になる。
【0027】
→(M−H)−+(R−(n−2)H)(n−2)− (3)
(M+H)++(R−nH)n−→[M+R−(n−1)H](n−1)−*
→M+(R−(n−1)H)(n−1)− (4)
M.He,S.A.McLuckey,J.Am.Chem.Soc.,125(2003)7756−7757.“Two Ion/ion Charge Inversion Steps to form a Doubly−protonated Peptide from a Singly−protonated Peptide in the Gas Phase;”M.He,J.F.Emory,S.A.McLuckey,Anal.Chem.,77(2005)3173−3182;“Reagent Anions for Charge Inversion of Polypeptide/Protein Cations in the Gas Phase;”およびS.A.McLuckeyとM.He,米国特許第7,550,718号(2009年6月)“Process for Increasing Ionic Charge in Mass Spectrometry”は、単一のイオン/イオン衝突(すなわち、反応(3))過程における2つのプロトンの移動による、プロトン化された分子の電荷の、脱プロトン化された形態への反転を実証した。反応(3)は、プロセス(4)に示されるような長寿命の中間体を経由するか、あるいは長寿命の複合体(図示されない)の形成なしにプロトンのホッピング・メカニズムによって生じうる、単一のプロトンの移動と競合する。単一電荷の移動に関する両方のメカニズムのいずれも、電荷反転の状況に好ましくない可能性がある。
【0028】
検体が、プロトン以外のイオンの付加に起因する正味電荷を帯びているときに、試薬は、脱プロトン化された分子が生じるように、1つのプロトンのみならず過剰なイオンも除去することができる。この条件は、いくつかの試薬アニオン・タイプによって満たすことができる。図2は、薬物ワルファリンの(M+Na)+イオンとPAMAM3.5世代デンドリマーから得られたおよそm/z 369のアニオン(試薬アニオンを選択するために、比較的広いイオン分離ウィンドウが使用された)との反応から得られた結果を示す。PAMAM3.5世代デンドリマーは、64個のカルボン酸基によって終端された。
【0029】
生成物イオンスペクトルにおける主な検体関連イオンは、脱プロトン化された分子である。脱プロトン化された分子の形成は、1つのナトリウムイオンおよび1つのプロトンの除去を伴う。この場合、陰イオンモードにおける絶対信号は、陽イオンモードで観測されるものよりわずかに高いことがある。陰イオンと陽イオンとに生じうる検出効率の違い、あるいはデータ収集過程におけるイオン存在量の変動ゆえに、絶対信号レベルを比較するときには注意が払われた。そのうえ、反応の程度は、反応時間およびイオン存在量に基づいて変動しうる。一般に、検体が酸性部位も塩基性部位もともに持ち、比較的効率のよい電荷反転を受けるならば、電荷反転前後の検体イオンの存在量は、同じ桁である傾向がある。
【0030】
図3は、ワルファリンの(M+K)+イオンがPAMAMデンドリマー・アニオンの比較的複雑な混合物との反応を受けることを除いて、本方法を用いた同様の実験の結果を示す。(M+Na)+イオン(図2)および(M+H)+イオン(データは図示されない)のように、電荷反転反応は、(M−H)−イオンをもたらす。従って、先述の3つのカチオンからなる検体イオンの混合物が反応して、共通のアニオンを生じることができる。この場合、(M−H)−の絶対信号は、イオン/イオン反応前のカチオンの信号の完全に半分ではないことがある。
【0031】
PAMAM3.5世代デンドリマー・アニオン集団は、典型的に電荷状態の混合物、縮合相の分解生成物、対イオンの混合物、およびフラグメンテーション生成物を含むので、この集団の質量スペクトルが複雑になる傾向がある。試薬アニオン生成物の検査によって反応の機構的側面を確認することを、この複雑さの度合いが複雑にすることがある。
【0032】
図4は、ワルファリンの[M+Na]+イオンと12−merオリゴヌクレオチド(R=5’−d(CTTAGCGCTAAG)−3’)のエレクトロスプレーによる陰イオン化から得られた[R−6H]6−アニオンとの反応から得られた生成物イオンスペクトルを示し、より明確な結果を提供することができる。検査された他の試薬アニオンと同様に、[M−H]−種が、本反応において形成される優勢な検体アニオンであるように思われる。これらの結果は、試薬イオン生成物に固有の情報の観点から興味深い。一組の生成物は、検体の中性化をもたらし得る単一電荷の移動を表す。
【0033】
プロトンの移動(すなわち、[R−5H]5−イオン)およびナトリウムイオンの移動(すなわち、[R−6H+Na]5−イオン)の両方から生成物が形成される。後者のイオン生成物は、存在量が前者のおよそ2倍であり、ナトリウムイオンの移動が、プロトンの移動より好ましい可能性があることを示唆する。より直接に関連する一組の生成物は、[M−H]−生成物も生じる、2つの電荷の移動から形成される生成物かもしれない。1つのプロトンおよび1つのナトリウムイオンの移動から生じる[R−5H+Na]4−生成物が優勢なことは、[M−H]−イオンが優勢なことと矛盾しない。相補的な[M+Na−2H]−/[R−4H]4−イオンをもたらしたであろう単一の衝突での2つのプロトンの移動の証拠はほとんどない。異なった[M+Na]+イオンからの2つの連続したナトリウムイオン移動反応から多分形成された、[R−6H+2Na]4−イオンの証拠がある。[M−H]−イオンの形成に加えて、[R−5H+Na]4−生成物イオンが優勢なことは、反応(1)が金属カチオン化された検体の電荷反転のための主要な反応チャンネルであることを確証すると思われる。
【0034】
グルタチオン結合体は、頻繁に1つ以上の金属付加体とともに観察されることから、本方法を用いた分析に適した種類の薬物代謝産物を構成する。図5は、薬物−グルタチオン結合体の例としてS−イブプロフェン−GSH付加体の構造を示す。これらの付加体は、一般にGSHのシステインの硫黄原子を介した結合との脱水反応から形成される。GSHトリペプチドは、金属が対イオンとしての機能を果たし得る2つのカルボキシラート基を持つ。従って、試料の塩含有量に依存して0、1、2、または3つの金属イオンを持つかかる付加体が、質量スペクトル中に観測されることがよくある。2または3つの過剰な金属を持つ一価の種は、1または2つのプロトンが不足している。それ故に、アニオン性部位(anionic site)からの対イオンの除去は、中性部位(neutral site)に会合した過剰な結合カチオンの除去より困難かもしれないと予想されうる。
【0035】
グルタチオン(GSH)の還元形態は、チオール基の硫黄との外因的な作用物質の結合体化を通じて、抗酸化剤として、ある場合には解毒剤としての機能を果たすことができる。グルタチオンの還元形態における2つのカルボン酸基、およびカルボキシラート部分は、金属イオン結合用部位としての機能を果たすことができる。従って、試料の塩含有量および対イオン部位の数に依存して3つ以上までの金属イオンを持つかかるGSH付加体が、質量スペクトル中に観測されうる(例えば、付加体も金属結合部位を持つことがある)。2または3つの過剰な金属イオンを持つ一価の種は、1または2つのプロトンが不足している。アニオン性部位からの対イオンの除去は、中性部位に会合した過剰なカチオンの除去より困難かもしれない。本プロセスは、プロトンとナトリウムイオンとの交換を必要としうる。従って、試薬アニオンは、検体との交換のための金属イオン結合用部位も酸性プロトン用部位もともに含むべきである。
【0036】
図6は、S−バルプロ酸−GSH付加体から得られたカチオンとPAMAM1.5世代から得られた[PAMAM−X−Y−6H]6−イオンとを用いた電荷反転実験を要約したものであり、同図に示されるように、PAMAM0.5世代デンドリマーから得られた、多重に脱プロトン化された試薬アニオンとの電荷反転のときに、グルタチオン付加体から複数のナトリウムイオンを除去することができる。XおよびYフラグメントは、溶液中か、または気相中のいずれかで生じうる「レトロマイケル付加」反応からの生成物である。GSH付加体は、一価のイオン中の3つもの過剰なナトリウムイオンとごく僅かな[M+H]+とを示すことがある(図6(a)を参照)。それにも関わらず、電荷反転生成物(図6(c))は、[M−H]−イオンと、より小さいが有意な[M−2H+Na]−イオンの集団とが優勢でありうる。電荷が減少した試薬イオンの信号は、1つ以上のナトリウムイオンを含む生成物の出現から、試薬へのナトリウムイオンの移動の度合いも反映する可能性がある。
【0037】
PAMAM1.5世代デンドリマーの周囲には16個のカルボン酸基がある。PAMAM−X−Yに対応する構造が13個のカルボン酸基を持ち、[PAMAM−X−Y−6H]6−種は、6つのカルボキシラート基と7つのカルボン酸基とを含む。従って、GSH付加体のナトリウムイオンと交換されるプロトンは、恐らくデンドリマーのカルボン酸基に由来する。
【0038】
電荷反転のときに、検体イオンから金属イオンをどの程度除去するかは、電荷状態とデンドリマーの世代数とに依存しうる。金属イオンを除去できる程度において、試薬アニオンにおける交換可能なプロトン数、アニオン部位の数および静電反発力の大きさが役割を果たすことがありうる。試薬デンドリマーに金属イオンが予めどの程度存在するかも要因でありうる。
【0039】
試薬アニオンが金属イオン除去に果たしうる役割は、図4の結果を図6の結果と比較することによって理解することができる。後者は、S−バルプロ酸−GSHを加えた沈殿血漿試料から得られたカチオンの反応を含む実験を示す。[M+H]+イオンが、もし存在するならば、比較的高レベルの化学的ノイズに埋もれていることを示す、図6(a)のカチオンが、PAMAM3.5世代から得られたおよそm/z 745〜760のウィンドウ内の様々なアニオンと反応した。このウィンドウ内の試薬イオンの混合物が、[M−H]−イオンの電荷反転を生じさせた。これは、このm/zウィンドウ内のPAMAM3.5世代アニオンが、図6の実験に使用された試薬アニオンに比べて一層完全に、GSH付加体からの金属イオンの除去をもたらしうることを同じく示唆する(本明細書に示されない)他の結果と矛盾しない。
【0040】
GSH付加体は、一価のイオン中の3つもの過剰なナトリウムイオンとごく僅かな[M+H]−とを示す。それにも関わらず、電荷反転生成物は、[M−H]−イオンと、より小さいが有意な[M−2H+Na]−イオンの集団とが優勢なように思われる。他のナトリウム含有生成物のうちでも、豊富な[R−5H+Na]4−および[R−6H+2Na]4−生成物の存在に反映されるように、[R−6H]6−試薬アニオンがナトリウムイオンを除去するものと思われる。
【0041】
複雑なマトリックス中に存在する検体種に電荷反転を適用した実例が、図7に提供される。図7(a)は、グルタチオン−バルプロ酸付加体を含んだ沈殿血漿のエレクトロスプレーイオン化による陽イオン質量スペクトルの一部を示す。この複雑なマトリックスから予想される、より高い塩含有量におそらく起因して、[M+H]+は、この試料からほとんど観測されない。この場合、PAMAM3.5世代から得られたアニオンが試薬として使用された。基本的に、ナトリウム含有アニオンは、電荷反転スペクトル中に認められず、これは、PAMAM3.5世代試薬アニオンが、ナトリウムイオンと競合するために利用可能なより多くのカルボキシラート・部位を持つという事実に起因しうる。
【0042】
図7に要約された実験と関連する別の観察は、電荷反転したときに、検体イオンのSN比が改善されることである。陰イオンスペクトルにおける[M−H]−イオンの絶対信号は、カチオンを含んだ検体の信号を足し合わせたものより低いとはいえ、電荷反転スペクトルに存在する化学的ノイズは、ずっとより低い。これは、陽イオンスペクトルに寄与するイオンの多くが、試薬アニオンと反応したときに、効率的に電荷反転されないという事実に起因する可能性がある。検体カチオンと試薬アニオンとの両方の化学的特性に依存しうる、電荷反転プロセスに伴うある程度の選択性が存在する。例えば、検体における電荷反転は、検体が、試薬アニオンの極性に容易にイオン化する官能基を持つときに最も可能性が高い。電荷反転の傾向は、アニオンにおける電荷状態と電荷保持部位の性質とに同じく依存しうる。従って、ある程度の「チューニング」が可能なのは、電荷反転実験のために試薬を設計することである。
【0043】
本明細書に示されるGSH付加体のデータは、ナトリウム含有S−バルプロ酸−GSHイオンを含んだ。多くの他のGSH付加体イオンも検査されて、まったく同様の結果をもたらした。試薬としてPAMAM1.5世代フラグメント・アニオン[PAMAM−X−Y−6H]6−を用いて生成された例示的な実施例が、図8〜11に提供される。これらは、プロピル付加体、p−ニトロベンジル付加体、およびカルプロフェン付加体、ならびに1つ以上の過剰なカリウムイオンを持つS−バルプロ酸−GSHカチオンから得られたイオンを含む。
【0044】
他のバリエーションおよび修正、本方法および装置が可能である。例えば、先の記載にリニアイオントラップへの言及がなされたが、当然のことながら、リニアイオントラップ以外のイオントラップが使用されてもよい。従って、本発明の様態は、リニアイオントラップ以外のイオントラップにも適用されうる。さらにまた、四重極質量分析計以外の質量分析計またはイオンガイドを使用することもできる。例えば、4つ以上のロッドを持つ質量分析計が使用されてもよい。
【0045】
本発明の少数の例だけが詳細に上述されたが、本発明の新規な教示および利点から著しく逸脱することなく、多くの修正が可能なことを当業者は容易に理解するであろう。本発明は、請求項およびその均等物によってのみ限定される。
【技術分野】
【0001】
この出願は、2009年9月10日に出願された米国仮出願第61/241,260号(これは、参考として本明細書に援用される)に対する優先権の利益を主張する。
【0002】
本出願は、質量分析のための装置および方法に関連しうる。
【背景技術】
【0003】
タンデム質量分析、または質量分析/質量分析(MS/MS)は、特異性が高く、適応範囲が広くて、感度が良好なので、複雑な混合物の分析に用いることができる。MS/MSは、混合物に直接に、あるいはガスクロマトグラフィ(すなわち、GC/MS/MS)または液体クロマトグラフィ(すなわち、LC/MS/MS)などのオンライン分離技術と接続して、適用することができる。
【0004】
理想的には、混合物の各成分が成分の質量に関連する単一のイオン・タイプを生み出す。とりわけ、イオン化を受ける混合物が複雑な場合には、混合物成分毎の複数のピークが感度を低下させて、特異性を損ないかねない。かかるシナリオは、例えば、生物学的流体から得られる複雑な混合物の分析において生じうる。LCか、またはフローインジェクションのいずれかと連結したエレクトロスプレーによる薬物および薬物代謝産物の陽イオン化は、非揮発性の検体に共通の手法であるが、成分毎に複数のイオン・タイプをもたらすことがありうる。これは、比較的高い塩含有量を持つ溶液に特によく見られる。
【0005】
これらのイオン・タイプは、一般にプロトン化された分子と、試料マトリックスに由来しうる1つ以上の過剰な金属イオン(ナトリウムおよびカリウムイオンが最もよく見られる)を持つ検体分子とを含む。イオン・タイプの正体が明らかでないので、この現象は、異なった様々なイオン間での分析信号の望ましくない分布、より複雑なスペクトル、および混合物成分の質量に起こりうる曖昧さを生じさせる。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
質量分析計を用いて試料を分析する方法であって、検体から第1の極性のイオンを生成すること;試薬から第2の極性のイオンを生成すること;第1の極性のイオンと第2の極性のイオンとがチャンバ中で相互作用して第2の極性を持つ検体イオンを形成するように、第1の極性のイオンと第2の極性のイオンとを質量分析計のチャンバ中に順に注入すること;および第2の極性の検体イオンの質量スペクトルを分析することを含む方法が記載される。試薬は、所望の質量対電荷比を持つ第2の極性の検体イオンを優先的に生じさせるように選択される。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】図1は、本明細書に記載される方法を実施するように適合された、電荷反転用デュアル・エレクトロスプレーイオン化エミッタを持つハイブリッド三連四重極/LIT機器の簡略図である。
【図2】図2は、(a)ワルファリンの分離(M+Na)+イオン、および(b)PAMAM3.5世代からのm/z 369のアニオンとの反応後のイオン/イオン反応後陰イオン生成物に関するデータを示す。
【図3】図3は、(a)ワルファリンの分離(M+K)+イオン、および(b)PAMAM3.5世代からのアニオンとの反応後のイオン/イオン反応後陰イオン生成物に関するデータを示す。
【図4】図4は、オリゴヌクレオチド12−mer[R−6H]6−との反応におけるワルファリン[M+Na]+イオンの電荷反転生成物イオンスペクトルに関するデータを示す。
【図5】図5は、イブプロフェン−グルタチオン付加体の構造を図示する。
【図6】図6は、a)S−バルプロ酸−GSHのエレクトロスプレーによる陽イオン質量スペクトル(positive electrospray mass spectrum)、およびb)イオン/イオン反応時間後の陰イオン質量スペクトルに関するデータを示す。
【図7】図7は、a)沈殿した血漿中のS−バルプロ酸−GSHのエレクトロスプレーによる陽イオン質量スペクトル(positive ion electrospray mass spectrum)、およびb)電荷反転試薬としてPAMAM3.5世代から得られたアニオン(m/z 745〜760)を用いた、電荷反転スペクトルに関するデータを示す。
【図8】図8は、a)S−プロピルグルタチオンのエレクトロスプレーによる陽イオン質量スペクトル、およびb)[P−X−Y−6H]6−試薬アニオン、但しP=PAMAM1.5世代、を用いた、イオン/イオン電荷反転後の陰イオンスペクトルに関するデータを示す。
【図9】図9は、a)P−ニトロベンジルグルタチオンのエレクトロスプレーによる陽イオン質量スペクトル、およびb)[P−X−Y−6H]6−試薬アニオン、但しP=PAMAM1.5世代、を用いた、イオン/イオン電荷反転後の陰イオンスペクトルに関するデータを示す(XおよびYの構造については図8を参照)。
【図10】図10は、a)カルプロフェン(図中の構造を参照)のGSH結合体のエレクトロスプレーによる陽イオン質量スペクトル、およびb)PAMAM3世代のナノエレクトロスプレーから得られたm/z領域745〜760のアニオンを用いた、イオン/イオン電荷反転後の陰イオンスペクトルに関するデータを示す。
【図11】図11は、a)バルプロ酸−GSHのエレクトロスプレーによる有意な[M+K]+信号を持つ陽イオン質量スペクトル、およびb))[P−X−Y−6H]6−試薬アニオン、但しP=PAMAM1.5世代(XおよびYの構造については図8を参照)、を用いた、イオン/イオン電荷反転後の陰イオンスペクトルに関するデータを示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
例となる実施形態は、図面を参照してよりよく理解されうるが、これらの実施形態が限定的な性質であることは意図されていない。本発明の十分な理解を提供するために、多くの具体的な詳細が次の記載に提示されるが、本発明は、これらの具体的な詳細のいくらかまたはすべてなしに実施されてもよい。他の事例では、本記載を不必要に曖昧にしないために、よく知られたプロセス操作は詳細には記載されなかった。
【0009】
同じ検体分子から得られたカチオン・タイプの混合物を逆極性の共通イオンに変換するために、気相イオン/イオン電荷反転反応を用いることができる。検体カチオンと試薬アニオンとの両方の化学特性に依存して、この電荷反転プロセスに伴うある程度の選択性が存在する。電荷反転に係わる長寿命のイオン性複合体内では、電荷を帯びる基について検体種と試薬種との間に競合が存在する。試薬の化学的特性は、最も好ましい形態の検体イオンの形成に有利に働くように選択することができる。例えば、プロトン化された種と金属カチオン化された種(metal cationized species)との混合物の場合には、電荷反転後に、脱プロトン化された検体が、検体に関連する優勢な種であるように、複数の脱プロトン化された酸性部位(acidic site)を持つアニオンならびに交換が可能なプロトンによって、金属イオンもプロトンもともに除去することができる。金属イオンを検体種からどの程度除去できるかは、例えば、試薬における酸性部位の数、脱プロトン化される部位の数、および金属イオンが試薬中に予めどの程度存在しうるかに依存する可能性がある。
【0010】
電荷反転イオン/イオン反応は、引き続く質量分析のために、単一の検体分子に関連するいくつかのカチオン・タイプを単一のアニオン・タイプに変換することができる。過剰なプロトン、過剰なナトリウムイオン、または過剰なカリウムイオンのような、様々なカチオン化剤の1つが存在する検体イオンは、検体に関する安定なアニオンが生成されうるならば、脱プロトン化された分子に変換することができる。プロトンを金属イオンと交換することが可能な多重に脱プロトン化された種が、本反応のための試薬アニオンとしての機能を果たすことができる。
【0011】
ワルファリン、およびグルタチオン結合体に関して、このプロセスの例が提供される。本反応の普遍性を実証するために、いくつかの他のグルタチオン結合体に関するさらなる例も提供される。グルタチオン結合体の場合には、2つのカルボキシラート基の存在に起因して、複数の金属イオンが一価の検体と会合することができる。本電荷反転反応プロセスは、一価だけ脱プロトン化された(singly deprotonated)検体分子をもたらすべく、過剰なカチオン化剤、ならびにアニオン基と会合した任意の金属イオンの除去を伴うこともできる。
【0012】
複数のカチオン・タイプを所望の単一のアニオン・タイプに変換する能力は、塩含有量が比較的高い溶液のエレクトロスプレーイオン化によく見られるような、検体の質量分析信号がいくつかのカチオン・タイプ間で分布されかねない場合に、有用な可能性がある。陽イオンスペクトルに「化学的ノイズ」を引き起こす種がより低効率の電荷反転を受ける場合に、グルタチオン結合体のような効率的な電荷反転を受ける検体種では、著しく改善されたSN比を観測することができる。
【0013】
様々な形態の検体カチオン(例えば、(M+H)+および(M+金属)+)を単一の既知のイオン・タイプ(例えば、(M−H)−)に変換するための気相イオン/イオン化学反応に基づく方法が記載される。本方法は、気相イオン/イオン電荷反転反応を用いることができる。より高電荷の検体イオンもこの電荷反転プロセスを受けることができるが、提示を明確にするために、一価の検体イオンのための反応が詳細に記載される。記載される反応は、過剰なカチオンの除去をもたらす単一のイオン/イオン遭遇、ならびに脱プロトン化された検体を生じさせる中性化された検体の脱プロトン化を含む。
【0014】
(M+カチオン)++(R−nH)n−→(M−H)−+(R−(n−1)H+カチオン)(n−2)− (1)
但し、(R−nH)n−は、多重に脱プロトン化された試薬アニオンを表す。
カルボキシラートが末端についたデンドリマー(例えば、エチレンジアミン核ポリアミドアミン(PAMAM)0.5世代)から得られ、エレクトロスプレーイオン化によって形成されたアニオン、ならびに多重に脱プロトン化されたオリゴヌクレオチドが、試薬アニオンとして有効なことが示された。エレクトロスプレーによって多重に脱プロトン化された種を形成することが可能な、複数の酸性部位を持つ試薬が、電荷反転試薬としての機能を果たすことができる。
【0015】
スプレーイオン化法(すなわち、エレクトロスプレーイオン化およびそのバリエーション)を用いて陰イオンを形成した場合、最もよく観測されるアニオンは、検体種の脱プロトン化物(すなわち、(M−H)−)である。しかしながら、アニオン付着が発生して(M+X)−種を生じることもありうる、但しXは、酢酸イオン、硝酸イオン、ハライドイオンなどのアニオンを表す。電荷反転反応を用いて、(M−H)−種も(M+X)−種もともに(M+H)+イオンに変換することができる。
【0016】
アニオン付加体種のためのプロセスは、
(M+X)−+(R+nH)n+→(M+H)++(R+(n−2)H)(n−2)++HX (2)
として表される、但し、Rは、タンパク質またはアミノ基が末端についた(amino terminated)ジアミノブタン(DAB)デンドリマーのような、複数の塩基性部位を持つ試薬を表す。
【0017】
電荷反転イオン/イオン反応は、三次元(3D)イオントラップおよびリニアイオントラップを用いて実行された。幾可学的形状が有利なことから、イオン/イオン反応を電気力学的イオントラップ中で実行することによって、タンデム質量分析が容易になる。
【0018】
本明細書に提供される例は、イオン/イオン反応用に適合されたハイブリッド三連四重極/リニアイオントラップ機器を用いて得られた。この機器は、図1に概略的に示される、市販のMDS/Sciex QTRAP 2000プラットホームに基づく。この機器は、逆極性のイオン種を閉じ込めるために、Q2の両側の捕獲プレートにrf電圧を印加することが可能なように適合された。
【0019】
使用されたQTRAP機器は、Q0〜Q3と示される4つのインライン四重極アレイからなった。この機器のいずれのアレイも、原理的に、イオン透過デバイスまたはイオン捕獲デバイスのいずれかとして動作することができる。それゆえに、全体的なイオン処理スキームの一部として透過ステップおよび捕獲ステップを組み合わせる方法には多くのバリエーションがあるので、本明細書に提供される例は、非限定的な性質を持つ。
【0020】
動作手順の1例は、無線周波数(rf:radio−frequency)のみの透過デバイスとしてQ0、前駆イオンの質量選択デバイスとしてQ1(例えば、rf/dc質量フィルタ・モードでのQ1の動作)、イオン/イオン反応領域としてQ2、および質量分析用リニアイオントラップ(LIT;Linear ion trap)としてQ3を使用する。Q2アレイは、イオン/イオン反応時間中に2〜8mtorrの範囲内の窒素ガス圧に維持されるとよく、アレイレンズの両側の閉じ込めレンズ(図1の概略図にレンズは示されない)にrf電位を印加することによって、相互イオン極性貯蔵モードで動作することができる。
【0021】
上記の装置および動作手順を用いた電荷反転イオン/イオン反応実験の例は、(1)試薬イオンを一時的に貯蔵するQ2中への、エレクトロスプレーイオン化によって形成された試薬アニオンの透過(Q1は、m/z値の狭い帯域値(value band)を持つイオンを透過させるために用いてもよく、あるいは広い帯域値の透過デバイスとして用いてもよい)、(2)エレクトロスプレーを用いた陽イオン化によって形成された検体カチオンのQ2中への透過、(3)Q2におけるイオン/イオン反応を可能にするための両イオン極性の相互貯蔵、(4)続いて、1〜10×10−5torrの範囲で動作するLIT中に対象集団が貯蔵されるQ3中への対象イオン極性の移動、および(5)質量選択的な軸方向放出(MSAE:mass−selective axial ejection)による質量分析を含む。各ステップに付随する時間枠は、十から数百ミリ秒の範囲内で可変であり、主にイオン信号レベルに依存する。検体種がアニオンで、試薬イオンがカチオンであるプロセスの動作は、イオン極性を適切に選択して同様の手順に従うことになろう。
【0022】
一般に、本プロセスを実施するためのQTRAP機器の制御は、組込型コンピュータのような計算デバイス、あるいは機器とインターフェースで接続された外部コンピュータによる。コンピュータは、ステップの持続時間、電圧レベル、無線周波数などのような、機器パラメータを利用してQTRAP機器の動作を時間に依存する仕方で制御する、内蔵プログラムを実行することができる。パラメータのいくつかまたはすべては、ビデオディスプレイおよびキーボード、マウスなどのような、オペレータ・インタフェースを用いて実験的に変化させることができ、または当分野で知られているように、コンピュータ可読媒体上にコンピュータプログラム命令のように記憶することができる、あるいは、同じかまたは同様の機能を実施するために引き続き開発を行うことができる。
【0023】
材料、ワルファリン(RS)−4−ヒドロキシ−3−(3−オキソ−1−フェニルブチル)−2H−クロメン−2−オンおよびGSH代謝産物は、MDS Sciex(Concord,Canada)の共同研究者によって提供された。ブラジキニンおよびPAMAMデンドリマーは、Sigma−Aldrich(St.Louis,Mo)から購入した。
【0024】
ポリアミドアミン(PAMAM)デンドリマーは、「高密度星形」ポリマーと呼ばれる種類の高分子構造を形成する。デンドリマーは、古典的なポリマーとは異なり、高度の分子均一性、狭い分子量分布、特異的なサイズおよび形状特性、ならびに高度に官能化された終端表面を持つ。PAMAMデンドリマーのための製造プロセスは、中心の開始核から始まる一連の繰り返しステップである。その後の各成長ステップは、先行世代より大きい分子直径、約2倍の反応性表面部位の数、およびおよそ2倍の分子量を持つ新「世代」のポリマーを形成する。
【0025】
メタノール、氷酢酸、および水酸化アンモニウムは、Malinckrodt(Phillipsburg,NJ)から入手した。
【0026】
検体種が、優先的に複数電荷の移動を受けて逆電荷のイオンを生じる間に、干渉種のイオンが、優先的に単一電荷の移動を受け(それによって中性化され)るならば、検体の中性化に繋がる単一電荷の移動によって、電荷反転におけるある程度の選択性が可能になる。
【0027】
→(M−H)−+(R−(n−2)H)(n−2)− (3)
(M+H)++(R−nH)n−→[M+R−(n−1)H](n−1)−*
→M+(R−(n−1)H)(n−1)− (4)
M.He,S.A.McLuckey,J.Am.Chem.Soc.,125(2003)7756−7757.“Two Ion/ion Charge Inversion Steps to form a Doubly−protonated Peptide from a Singly−protonated Peptide in the Gas Phase;”M.He,J.F.Emory,S.A.McLuckey,Anal.Chem.,77(2005)3173−3182;“Reagent Anions for Charge Inversion of Polypeptide/Protein Cations in the Gas Phase;”およびS.A.McLuckeyとM.He,米国特許第7,550,718号(2009年6月)“Process for Increasing Ionic Charge in Mass Spectrometry”は、単一のイオン/イオン衝突(すなわち、反応(3))過程における2つのプロトンの移動による、プロトン化された分子の電荷の、脱プロトン化された形態への反転を実証した。反応(3)は、プロセス(4)に示されるような長寿命の中間体を経由するか、あるいは長寿命の複合体(図示されない)の形成なしにプロトンのホッピング・メカニズムによって生じうる、単一のプロトンの移動と競合する。単一電荷の移動に関する両方のメカニズムのいずれも、電荷反転の状況に好ましくない可能性がある。
【0028】
検体が、プロトン以外のイオンの付加に起因する正味電荷を帯びているときに、試薬は、脱プロトン化された分子が生じるように、1つのプロトンのみならず過剰なイオンも除去することができる。この条件は、いくつかの試薬アニオン・タイプによって満たすことができる。図2は、薬物ワルファリンの(M+Na)+イオンとPAMAM3.5世代デンドリマーから得られたおよそm/z 369のアニオン(試薬アニオンを選択するために、比較的広いイオン分離ウィンドウが使用された)との反応から得られた結果を示す。PAMAM3.5世代デンドリマーは、64個のカルボン酸基によって終端された。
【0029】
生成物イオンスペクトルにおける主な検体関連イオンは、脱プロトン化された分子である。脱プロトン化された分子の形成は、1つのナトリウムイオンおよび1つのプロトンの除去を伴う。この場合、陰イオンモードにおける絶対信号は、陽イオンモードで観測されるものよりわずかに高いことがある。陰イオンと陽イオンとに生じうる検出効率の違い、あるいはデータ収集過程におけるイオン存在量の変動ゆえに、絶対信号レベルを比較するときには注意が払われた。そのうえ、反応の程度は、反応時間およびイオン存在量に基づいて変動しうる。一般に、検体が酸性部位も塩基性部位もともに持ち、比較的効率のよい電荷反転を受けるならば、電荷反転前後の検体イオンの存在量は、同じ桁である傾向がある。
【0030】
図3は、ワルファリンの(M+K)+イオンがPAMAMデンドリマー・アニオンの比較的複雑な混合物との反応を受けることを除いて、本方法を用いた同様の実験の結果を示す。(M+Na)+イオン(図2)および(M+H)+イオン(データは図示されない)のように、電荷反転反応は、(M−H)−イオンをもたらす。従って、先述の3つのカチオンからなる検体イオンの混合物が反応して、共通のアニオンを生じることができる。この場合、(M−H)−の絶対信号は、イオン/イオン反応前のカチオンの信号の完全に半分ではないことがある。
【0031】
PAMAM3.5世代デンドリマー・アニオン集団は、典型的に電荷状態の混合物、縮合相の分解生成物、対イオンの混合物、およびフラグメンテーション生成物を含むので、この集団の質量スペクトルが複雑になる傾向がある。試薬アニオン生成物の検査によって反応の機構的側面を確認することを、この複雑さの度合いが複雑にすることがある。
【0032】
図4は、ワルファリンの[M+Na]+イオンと12−merオリゴヌクレオチド(R=5’−d(CTTAGCGCTAAG)−3’)のエレクトロスプレーによる陰イオン化から得られた[R−6H]6−アニオンとの反応から得られた生成物イオンスペクトルを示し、より明確な結果を提供することができる。検査された他の試薬アニオンと同様に、[M−H]−種が、本反応において形成される優勢な検体アニオンであるように思われる。これらの結果は、試薬イオン生成物に固有の情報の観点から興味深い。一組の生成物は、検体の中性化をもたらし得る単一電荷の移動を表す。
【0033】
プロトンの移動(すなわち、[R−5H]5−イオン)およびナトリウムイオンの移動(すなわち、[R−6H+Na]5−イオン)の両方から生成物が形成される。後者のイオン生成物は、存在量が前者のおよそ2倍であり、ナトリウムイオンの移動が、プロトンの移動より好ましい可能性があることを示唆する。より直接に関連する一組の生成物は、[M−H]−生成物も生じる、2つの電荷の移動から形成される生成物かもしれない。1つのプロトンおよび1つのナトリウムイオンの移動から生じる[R−5H+Na]4−生成物が優勢なことは、[M−H]−イオンが優勢なことと矛盾しない。相補的な[M+Na−2H]−/[R−4H]4−イオンをもたらしたであろう単一の衝突での2つのプロトンの移動の証拠はほとんどない。異なった[M+Na]+イオンからの2つの連続したナトリウムイオン移動反応から多分形成された、[R−6H+2Na]4−イオンの証拠がある。[M−H]−イオンの形成に加えて、[R−5H+Na]4−生成物イオンが優勢なことは、反応(1)が金属カチオン化された検体の電荷反転のための主要な反応チャンネルであることを確証すると思われる。
【0034】
グルタチオン結合体は、頻繁に1つ以上の金属付加体とともに観察されることから、本方法を用いた分析に適した種類の薬物代謝産物を構成する。図5は、薬物−グルタチオン結合体の例としてS−イブプロフェン−GSH付加体の構造を示す。これらの付加体は、一般にGSHのシステインの硫黄原子を介した結合との脱水反応から形成される。GSHトリペプチドは、金属が対イオンとしての機能を果たし得る2つのカルボキシラート基を持つ。従って、試料の塩含有量に依存して0、1、2、または3つの金属イオンを持つかかる付加体が、質量スペクトル中に観測されることがよくある。2または3つの過剰な金属を持つ一価の種は、1または2つのプロトンが不足している。それ故に、アニオン性部位(anionic site)からの対イオンの除去は、中性部位(neutral site)に会合した過剰な結合カチオンの除去より困難かもしれないと予想されうる。
【0035】
グルタチオン(GSH)の還元形態は、チオール基の硫黄との外因的な作用物質の結合体化を通じて、抗酸化剤として、ある場合には解毒剤としての機能を果たすことができる。グルタチオンの還元形態における2つのカルボン酸基、およびカルボキシラート部分は、金属イオン結合用部位としての機能を果たすことができる。従って、試料の塩含有量および対イオン部位の数に依存して3つ以上までの金属イオンを持つかかるGSH付加体が、質量スペクトル中に観測されうる(例えば、付加体も金属結合部位を持つことがある)。2または3つの過剰な金属イオンを持つ一価の種は、1または2つのプロトンが不足している。アニオン性部位からの対イオンの除去は、中性部位に会合した過剰なカチオンの除去より困難かもしれない。本プロセスは、プロトンとナトリウムイオンとの交換を必要としうる。従って、試薬アニオンは、検体との交換のための金属イオン結合用部位も酸性プロトン用部位もともに含むべきである。
【0036】
図6は、S−バルプロ酸−GSH付加体から得られたカチオンとPAMAM1.5世代から得られた[PAMAM−X−Y−6H]6−イオンとを用いた電荷反転実験を要約したものであり、同図に示されるように、PAMAM0.5世代デンドリマーから得られた、多重に脱プロトン化された試薬アニオンとの電荷反転のときに、グルタチオン付加体から複数のナトリウムイオンを除去することができる。XおよびYフラグメントは、溶液中か、または気相中のいずれかで生じうる「レトロマイケル付加」反応からの生成物である。GSH付加体は、一価のイオン中の3つもの過剰なナトリウムイオンとごく僅かな[M+H]+とを示すことがある(図6(a)を参照)。それにも関わらず、電荷反転生成物(図6(c))は、[M−H]−イオンと、より小さいが有意な[M−2H+Na]−イオンの集団とが優勢でありうる。電荷が減少した試薬イオンの信号は、1つ以上のナトリウムイオンを含む生成物の出現から、試薬へのナトリウムイオンの移動の度合いも反映する可能性がある。
【0037】
PAMAM1.5世代デンドリマーの周囲には16個のカルボン酸基がある。PAMAM−X−Yに対応する構造が13個のカルボン酸基を持ち、[PAMAM−X−Y−6H]6−種は、6つのカルボキシラート基と7つのカルボン酸基とを含む。従って、GSH付加体のナトリウムイオンと交換されるプロトンは、恐らくデンドリマーのカルボン酸基に由来する。
【0038】
電荷反転のときに、検体イオンから金属イオンをどの程度除去するかは、電荷状態とデンドリマーの世代数とに依存しうる。金属イオンを除去できる程度において、試薬アニオンにおける交換可能なプロトン数、アニオン部位の数および静電反発力の大きさが役割を果たすことがありうる。試薬デンドリマーに金属イオンが予めどの程度存在するかも要因でありうる。
【0039】
試薬アニオンが金属イオン除去に果たしうる役割は、図4の結果を図6の結果と比較することによって理解することができる。後者は、S−バルプロ酸−GSHを加えた沈殿血漿試料から得られたカチオンの反応を含む実験を示す。[M+H]+イオンが、もし存在するならば、比較的高レベルの化学的ノイズに埋もれていることを示す、図6(a)のカチオンが、PAMAM3.5世代から得られたおよそm/z 745〜760のウィンドウ内の様々なアニオンと反応した。このウィンドウ内の試薬イオンの混合物が、[M−H]−イオンの電荷反転を生じさせた。これは、このm/zウィンドウ内のPAMAM3.5世代アニオンが、図6の実験に使用された試薬アニオンに比べて一層完全に、GSH付加体からの金属イオンの除去をもたらしうることを同じく示唆する(本明細書に示されない)他の結果と矛盾しない。
【0040】
GSH付加体は、一価のイオン中の3つもの過剰なナトリウムイオンとごく僅かな[M+H]−とを示す。それにも関わらず、電荷反転生成物は、[M−H]−イオンと、より小さいが有意な[M−2H+Na]−イオンの集団とが優勢なように思われる。他のナトリウム含有生成物のうちでも、豊富な[R−5H+Na]4−および[R−6H+2Na]4−生成物の存在に反映されるように、[R−6H]6−試薬アニオンがナトリウムイオンを除去するものと思われる。
【0041】
複雑なマトリックス中に存在する検体種に電荷反転を適用した実例が、図7に提供される。図7(a)は、グルタチオン−バルプロ酸付加体を含んだ沈殿血漿のエレクトロスプレーイオン化による陽イオン質量スペクトルの一部を示す。この複雑なマトリックスから予想される、より高い塩含有量におそらく起因して、[M+H]+は、この試料からほとんど観測されない。この場合、PAMAM3.5世代から得られたアニオンが試薬として使用された。基本的に、ナトリウム含有アニオンは、電荷反転スペクトル中に認められず、これは、PAMAM3.5世代試薬アニオンが、ナトリウムイオンと競合するために利用可能なより多くのカルボキシラート・部位を持つという事実に起因しうる。
【0042】
図7に要約された実験と関連する別の観察は、電荷反転したときに、検体イオンのSN比が改善されることである。陰イオンスペクトルにおける[M−H]−イオンの絶対信号は、カチオンを含んだ検体の信号を足し合わせたものより低いとはいえ、電荷反転スペクトルに存在する化学的ノイズは、ずっとより低い。これは、陽イオンスペクトルに寄与するイオンの多くが、試薬アニオンと反応したときに、効率的に電荷反転されないという事実に起因する可能性がある。検体カチオンと試薬アニオンとの両方の化学的特性に依存しうる、電荷反転プロセスに伴うある程度の選択性が存在する。例えば、検体における電荷反転は、検体が、試薬アニオンの極性に容易にイオン化する官能基を持つときに最も可能性が高い。電荷反転の傾向は、アニオンにおける電荷状態と電荷保持部位の性質とに同じく依存しうる。従って、ある程度の「チューニング」が可能なのは、電荷反転実験のために試薬を設計することである。
【0043】
本明細書に示されるGSH付加体のデータは、ナトリウム含有S−バルプロ酸−GSHイオンを含んだ。多くの他のGSH付加体イオンも検査されて、まったく同様の結果をもたらした。試薬としてPAMAM1.5世代フラグメント・アニオン[PAMAM−X−Y−6H]6−を用いて生成された例示的な実施例が、図8〜11に提供される。これらは、プロピル付加体、p−ニトロベンジル付加体、およびカルプロフェン付加体、ならびに1つ以上の過剰なカリウムイオンを持つS−バルプロ酸−GSHカチオンから得られたイオンを含む。
【0044】
他のバリエーションおよび修正、本方法および装置が可能である。例えば、先の記載にリニアイオントラップへの言及がなされたが、当然のことながら、リニアイオントラップ以外のイオントラップが使用されてもよい。従って、本発明の様態は、リニアイオントラップ以外のイオントラップにも適用されうる。さらにまた、四重極質量分析計以外の質量分析計またはイオンガイドを使用することもできる。例えば、4つ以上のロッドを持つ質量分析計が使用されてもよい。
【0045】
本発明の少数の例だけが詳細に上述されたが、本発明の新規な教示および利点から著しく逸脱することなく、多くの修正が可能なことを当業者は容易に理解するであろう。本発明は、請求項およびその均等物によってのみ限定される。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を分析する方法であって、前記方法は、
質量分析計を提供すること;
検体から第1の極性のイオンを生成すること;
試薬から第2の極性のイオンを生成すること;
前記第1の極性の前記イオンと前記第2の極性の前記イオンとがチャンバ中で相互作用して前記第2の極性を持つ検体イオンを形成するように、前記第1の極性の前記イオンと前記第2の極性の前記イオンとを順に前記質量分析計の前記チャンバ中に注入すること;および
前記第2の極性の前記検体イオンの質量スペクトルを分析すること;を含み、
前記試薬は、所望の質量対電荷比を持つ前記第2の極性の検体イオンを優先的に生じさせるように選択される
方法。
【請求項2】
前記第1の極性の前記イオンおよび前記第2の極性の前記イオンの前記生成は、エレクトロスプレーイオン化技術による、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記試薬は、ポリアミドアミン(polyamidomine)(PAMAM)材料である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記第2の極性の前記試薬イオンは、複数の脱プロトン化された酸性部位を持つ、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記第2の極性の前記試薬イオンは、複数の塩基性部位を持つ、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記第1の極性は正であり、前記第2の極性は負である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記相互作用は、前記第1の極性の前記イオンの電荷反転をもたらす、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記質量スペクトルは、質量選択的な軸方向放出(MSAE)によって測定される、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記質量分析計は、複数のリニアイオントラップ(LIT)を備える、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記第2の極性の前記検体イオンは、実質的に同じ質量対電荷比を持つ、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
1の大きさを持つ電荷の値を有する前記所望の質量対電荷比が達成される、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記試薬は、試薬イオンが前記検体から生成された金属イオンと選択的に結合するように選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記検体イオンと前記試薬イオンとの間の反応は、電荷反転反応である、請求項1に記載の方法。
【請求項1】
試料を分析する方法であって、前記方法は、
質量分析計を提供すること;
検体から第1の極性のイオンを生成すること;
試薬から第2の極性のイオンを生成すること;
前記第1の極性の前記イオンと前記第2の極性の前記イオンとがチャンバ中で相互作用して前記第2の極性を持つ検体イオンを形成するように、前記第1の極性の前記イオンと前記第2の極性の前記イオンとを順に前記質量分析計の前記チャンバ中に注入すること;および
前記第2の極性の前記検体イオンの質量スペクトルを分析すること;を含み、
前記試薬は、所望の質量対電荷比を持つ前記第2の極性の検体イオンを優先的に生じさせるように選択される
方法。
【請求項2】
前記第1の極性の前記イオンおよび前記第2の極性の前記イオンの前記生成は、エレクトロスプレーイオン化技術による、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記試薬は、ポリアミドアミン(polyamidomine)(PAMAM)材料である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記第2の極性の前記試薬イオンは、複数の脱プロトン化された酸性部位を持つ、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記第2の極性の前記試薬イオンは、複数の塩基性部位を持つ、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記第1の極性は正であり、前記第2の極性は負である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記相互作用は、前記第1の極性の前記イオンの電荷反転をもたらす、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記質量スペクトルは、質量選択的な軸方向放出(MSAE)によって測定される、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記質量分析計は、複数のリニアイオントラップ(LIT)を備える、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記第2の極性の前記検体イオンは、実質的に同じ質量対電荷比を持つ、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
1の大きさを持つ電荷の値を有する前記所望の質量対電荷比が達成される、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記試薬は、試薬イオンが前記検体から生成された金属イオンと選択的に結合するように選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記検体イオンと前記試薬イオンとの間の反応は、電荷反転反応である、請求項1に記載の方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公表番号】特表2013−504758(P2013−504758A)
【公表日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−528853(P2012−528853)
【出願日】平成22年9月7日(2010.9.7)
【国際出願番号】PCT/US2010/047970
【国際公開番号】WO2011/031665
【国際公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【出願人】(598063203)パーデュー・リサーチ・ファウンデーション (59)
【氏名又は名称原語表記】PURDUE RESEARCH FOUNDATION
【出願人】(510075457)ディーエイチ テクノロジーズ デベロップメント プライベート リミテッド (35)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成25年2月7日(2013.2.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年9月7日(2010.9.7)
【国際出願番号】PCT/US2010/047970
【国際公開番号】WO2011/031665
【国際公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【出願人】(598063203)パーデュー・リサーチ・ファウンデーション (59)
【氏名又は名称原語表記】PURDUE RESEARCH FOUNDATION
【出願人】(510075457)ディーエイチ テクノロジーズ デベロップメント プライベート リミテッド (35)
【Fターム(参考)】
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