説明

イセエビ用の増殖礁

【課題】ポストラーバや稚エビが安全に着底して棲みつき、成長できる新規なイセエビ用の増殖礁とその増殖礁を用いてイセエビの増殖を促進する新規な設置方法を提供する。
【解決手段】表面にはポストラーバや稚エビがその成長に合わせて棲み替えるための直径と奥行きで表現されるサイズの異なる凹部をそれぞれ複数個穿ってある側壁を1面以上有する本体部を、該本体部の底面よりも広い表面を有する基盤部の上に載置してあるイセエビ用の増殖礁。凹部の全部又は一部を側壁の表面に対して直交するように穿つこと、表1に定めてある8段階のサイズの凹部を、1側壁ごとに8段階の凹部の全部をサイズの小さい凹部ほど数が多くなるようにランダムに配設することが好ましい。また、この増殖礁は水深20m以浅の海藻群落中又はその周辺の海底に年間を通して設置することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イセエビ用の増殖礁とその設置方法に関する。詳しくは、ポストラーバや稚エビが安全に棲みつき、成長できるイセエビ用の人工増殖礁とその人工増殖礁を用いてイセエビの増殖を促進するための設置方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のイセエビ用の増殖礁は、一抱えほどの天然石を積み重ねて設置する投石礁やスリット様の隙間を備えたブロック状のものが多く、これらに人工海藻を組み合わせたタイプのものも考案されている。しかし、その後の研究によって、ポストラーバや小型の稚エビは、石と石の隙間やスリット様の隙間ではなく、シリンダー様の小さな凹部に棲みつくことや、海藻に棲みつく稚エビは凹部に比べて少ないことが判明している。そのため、有効なイセエビ用の増殖礁の開発が期待されている。
【0003】
イセエビは、フィロソーマ幼生、ポストラーバ(プエルルスとも呼ばれている。)、稚エビ、親エビという順で成長する。このうち、ポストラーバ以降は、親エビと同じように海底を歩いて生活する。ポストラーバは、その前半はプランクトンとして海中を漂っているが、その後半に海底に降りる。このポストラーバが最初にどこへ着底するのか(すなわち、日中どこに隠れるのか)については、長年の間誤解されていた。すなわち、テングサを刈り取ると稀にポストラーバや稚エビが混じっていることがあるため、従来は、テングサのような小型の海藻に隠れるのであろうと推測されていた。そのため、上記のとおり、人工海藻を取り付けた魚礁が考案された。しかし、海藻を隠れ場とするポストラーバや稚エビは少なく、その近傍の岩礁表面の凹部に隠れるものが圧倒的に多いことが明らかにされた。さらに、人工海藻の稚エビ索餌場としての機能は確認されていない上、ナイロンなどで作った人工海藻は頻繁に交換しなければならず、維持が難しく、海洋ゴミの問題をもたらす可能性もある。
【0004】
イセエビ資源の確保や増殖には、特に、産卵後、沖合から沿岸に戻ってくる最初の段階であるポストラーバをたくさん着底させられるかどうかが重要である。従来のイセエビ用の増殖礁は、ポストラーバの着底・生息場所に関する知見が十分ではなかった時代に考案されたものであり、当然ながらポストラーバに有効な環境条件を十分に反映させることができなかった。
【0005】
本発明者らは、数多くの潜水調査や種々の試験研究の結果、ポストラーバは孔に隠れ、孔の周りの海藻を餌場として利用することを初めて解明した。すなわち、親エビは、よく知られているように、岩の隙間や岩棚など、孔よりもやや開放的な場所を好むが、ポストラーバや稚エビは、その体がぴったり入る程度の孔を好むこと、そして、ヤドカリのように、脱皮して大きな稚エビに成長するたびに、より大きな孔(より大きくて体がぴったり入る孔)に移動する習性をポストラーバのときから有することが、本発明者らの研究によって明らかとなった。
【0006】
ポストラーバの着底は、それが浮遊・遊泳して沖合から来遊し、岩礁に生えている海藻類を感知してそれにしがみつくことで始まる。海藻にしがみついたポストラーバは、その後海藻の周辺に点在する孔を探し出し、これに入居することで外敵から身を守り、安全を確保する。稚エビに成長した後も、脱皮ごとに、より大きな孔を探し出してこれに移り棲むことで外敵に襲われる危険を回避し、かつ、夜間は孔の近くにある海藻類の上に登って餌をあさる。このように、着底場と餌場を兼ねた海藻と、隠れ場となり成育段階に応じた適切なサイズの孔の存在がイセエビの成育場の条件として必要である。
【0007】
これら2つの環境条件(孔と海藻)を、ポストラーバや稚エビがそれらを探し出すのに時間を要しないほど潤沢に、近い場所にまとめて提供してやることで、ポストラーバや稚エビをたくさん集めたり、それらの生き残り率を高めることが可能になるものと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭59−146529号公報
【特許文献2】特開平2−72814号公報
【特許文献3】特開平3−277221号公報
【特許文献4】特開平4−316436号公報
【特許文献5】特開平5−219857号公報
【特許文献6】特開平6−14673号公報
【特許文献7】特開平7−177834号公報
【特許文献8】特開平9−28230号公報
【特許文献9】特開2001−314134号公報
【特許文献10】特開2002−125508号公報
【特許文献11】特開2004−173668号公報
【特許文献12】実開昭62−57670号公報
【特許文献13】実開平2−36966号公報
【特許文献14】実開平2−100459号公報
【特許文献15】実開平2−113958号公報
【特許文献16】実開平7−7413号公報
【0009】
イセエビの人工増殖礁に関して、上記多数の特許文献がある。しかし、イセエビの増殖にはポストラーバをたくさん着底させることが重要であるという認識や、ポストラーバを着底させるのに適した人工増殖礁に関する発明は、これらの文献には全く見られない。
【0010】
上記の状況に鑑み、本発明者らは、ポストラーバや稚エビが必要とする環境を、自然環境よりも理想的な状態や簡略化した状態で提供することによって、ポストラーバや稚エビの着底と生息を促し、イセエビ資源の増大を実現することを指向し、種々調査・研究の結果、本発明を完成するに至った。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、ポストラーバや稚エビが安全に着底して棲みつき、成長できる新規なイセエビ用の増殖礁とその増殖礁を用いてイセエビの増殖を促進する新規な設置方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するための本発明のうち特許請求の範囲・請求項1に記載する発明は、表面にはポストラーバや稚エビがその成長に合わせて棲み替えるための直径と奥行きで表現されるサイズの異なる凹部をそれぞれ複数個穿ってある側壁を1面以上有する本体部を、該本体部の底面よりも広い表面を有する基盤部の上に載置してあるイセエビ用の増殖礁である。
【0013】
また、同じく請求項2,3に記載する発明は、本体部の側壁表面には、ポストラーバや稚エビの生育段階に応じて表1に定めてある8段階の直径と奥行きで表現されるサイズの凹部を、1側壁ごとに8段階の凹部の全部をサイズの小さい凹部ほど数が多くなるようにランダムに配設してある請求項1又は2に記載のイセエビ用の増殖礁である。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るイセエビ用の増殖礁は、その側壁の表面をポストラーバや稚エビが好む薄暗い環境にしてあり、かつ、ポストラーバや稚エビがその成長に応じて体をぴったり入れることが可能な複数個の凹部(孔)を備えていると共に、餌場である海藻が凹部の近くに生えるようにして、隠れ場と餌場の両方を充足させるようにしたので、イセエビがポストラーバの段階から安全に棲みついて成長することができる。すなわち、本発明に係るイセエビ用の増殖礁は、最も弱い時期のイセエビに的確な成育環境を与え、ポストラーバや稚エビの生残率を高めることによって、イセエビ増殖の重要なポイントを十分に満足させ、イセエビの増殖を促進することができる。
【0015】
本発明に係るイセエビ用の増殖礁の設置方法によれば、ポストラーバや稚エビが長期間棲みつくことができるので、たくさんの稚エビが海底に留まったり、生き残ってくれる。すなわち、本発明に係るイセエビ用増殖礁を藻場又はその周辺に年間を通して設置することによって、藻場全体の稚エビ密度や生息数を増やすことができるので、海底面をより有効に活用できる。
【0016】
本発明に係るイセエビ用増殖礁は、ポストラーバや稚エビが求める成育環境条件を自然界よりも拡大・誇張して人為的に与えるもので、自然界の平均レベルを越えた環境を提供し、ポストラーバや稚エビの生残率を高めることによってイセエビ資源を増大させることが期待でき、イセエビ漁業に大きく貢献し得るものである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明に係るイセエビ用増殖礁の全体の形状と側壁及び凹部の形状の一例の説明図である。
【図2】実施例1のイセエビ用の増殖礁の構造・形状を示す説明図である。
【図3】実施例1のイセエビ用の増殖礁を海底に設置した以後の状態を示す説明図である。
【図4】ポストラーバや稚エビの甲長とそれらが隠れ場としていた凹部のサイズの関係を示すグラフである。
【図5】稚エビの甲長と第1触覚の節の数との関係を示すグラフである。
【図6】脱皮令別に見た利用凹部の直径(左図)と奥行き(右図)を示すグラフである。
【符号の説明】
【0018】
図2において、1はイセエビ用の増殖礁の全体、2は本体部、3は基盤部をそれぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1は、本発明に係るイセエビ用の増殖礁で、図2・図3以外のタイプの例の説明図である。図1において、上方の図は増殖礁の本体部の側壁の形状を、また、下方の図は増殖礁の全体の形状を示すものである。また、図2は、本発明の実施例1のイセエビ用の増殖礁の構造・形状を示す説明図であり、図3は、本発明の実施例1のイセエビ用増殖礁を海底に設置した以後の状態を示す説明図である。
【0020】
本発明に係るイセエビ用の増殖礁は、図1〜図3に示すように、本体部と基盤部で構成されている。まず、本体部の構造について説明すると、本体部は、通常のイセエビ増殖礁のとおり、コンクリ−ト材などからなるブロック状のものであって、上方に向かってオーバーハング状に伸びている側壁を1面以上備えていることが必要である。また、その側壁の表面には、ポストラーバや稚エビがその成長に合わせて棲み替えるための、直径と奥行きで表現されるサイズの異なる複数個の凹部(孔)を穿ってあることが必要である。さらに、その凹部の全部又は一部は、側壁の表面に直交するように(すなわち、側壁の表面に対して垂直方向に)穿ってあることが好ましい。さらに、本体部は、その近傍に海藻が生えるように、本体部の底面よりも広い表面を有する基盤部上に載置することが必要である。なお、側壁の表面の形状は、平面状又は略平面状であることが好ましいが、必ずしもこれらに限定されるものではない。
【0021】
本発明に係るイセエビ用の増殖礁において、本体部の側壁の1面以上が「上方に向かってオーバーハング状に伸びている」とは、側壁の1面ないし全面について、その上縁が下縁よりも前方に張り出すように形成することである。なお、側壁の傾き角度は、基盤部の表面に対しておよそ40度以上とすることが好ましい。換言すれば、本体部の側壁が「オーバーハング状に伸びている」とは、本体部の底面に対してその頂面(天井)の面積が広くなるように側壁を形成することである。例えば、図1の下方に「全体の形状」として示す3つの増殖礁の本体部の形状は、いずれも本発明でいう「上方に向かってオーバーハング状に伸びている側壁」の範疇に含まれる。また、側壁の形状は、図1の上方の各図に例示するように、平板状、逆階段状、局面状などであっても差し支えない。
【0022】
本発明において、本体部の側壁を「上方に向かってオーバーハング状に伸びている」ように形成する理由は、オーバーハング状に形成することによって、その側壁をポストラーバや稚エビが好む薄暗い環境にするためである。そのため、本体部の側壁を上方に向かってオーバーハング状に伸びているように形成すると、ポストラーバや稚エビがその側壁に集まって来やすくなる。
【0023】
また、本発明において、本体部の側壁の凹部(孔)の全部又は一部を、オーバーハング状の側壁の表面に直交するように穿つ理由は、そのように凹部を穿つことによって、凹部が斜め下に向いて開口することになり、凹部の内部に傾斜ができて、その内部が砂泥で埋没する危険性が低くなるからである。すなわち、凹部を上記の構造に形成すると、凹部が埋没して無駄になる危険性が少なくなり、凹部の機能をより長期間保持できる。凹部を側壁の表面に直交するように穿つ例は、図1の上方の5つの図に示してある。
【0024】
一方、本発明に係るイセエビ用の増殖礁において、基盤部は、本体部の底面よりも広い表面を有すると共に、その表面に本体部を載置してあることが必要である。すなわち、基盤部は、十分な広さの表面を備え、これを海底に設置したとき、その表面に稚エビの餌場となり得る海藻が生えやすいようにする必要がある。なお、本体部の頂面は、側壁面とのコーナー付近の強度確保が主な役割であるが、ここにも海藻が生え、稚エビの餌場となり得る。また、基盤部の表面は、平面状又は略平面状であることが好ましいが、海藻が生育できる限り、必ずしもそれに限定されるものではない。さらに、海底付近は漂砂などの影響で海藻が傷みやすいので、基盤部は30cm以上の厚み(高さ)を有することが好ましい。
【0025】
本発明に係るイセエビ用の増殖礁において、本体部の側壁の表面には、ポストラーバや稚エビがその成長に合わせて棲み替えるための、直径と奥行きで表現されるサイズの異なる凹部をそれぞれ複数個穿ってある。なお、凹部は、側壁の1面について、サイズの小さい凹部ほど個数が多くなるようにランダムに配置することが好ましい。さらに好ましくは、側壁の凹部は、表1に示す8段階のサイズに基づいて各側壁ごとに8段階のサイズ全部をサイズの小さい凹部ほど個数が多くなるようにランダムに穿っておくとよい。また、凹部は、細長い形状のものであればよいが、略円筒状であることが好ましい。
【0026】
イセエビ用の増殖礁において、孔(凹部)は、イセエビが外敵から身を守るための必要不可欠な場所である。夜行性のイセエビにとって、昼間をどこでどう過ごすのか、それによって食われたり生き残ったり、明暗が分かれる。不的確なサイズの孔の場合、例えば直径が大き過ぎると、魚類やシャコのように動き回って餌を探す生物に襲われやすくなる。すなわち、体と孔の隙間が広いと、そこから敵が侵入しやすくなる。そのため、ポストラーバや稚エビは、体にピッタリ合ったサイズの孔に身を隠し、かつ、入口から2本の大きなアンテナを外に出して、それによって外敵を探知したり追い払うことで生き残る確率を高くしている。天然の海では、この「ピッタリした孔」が潤沢にあるわけではない。そのため、外敵に襲われやすい大きな孔や、孔ではなく石の下の隙間などに潜んでいるイセエビも見かけるが、そのエビが生き残り確率は低いものと考えられる。そこで、イセエビを増殖するには、ポストラーバや稚エビの体にぴったりと合って外敵が内部に入りにくい孔をたくさん与え、ポストラーバや稚エビの生き残る確率を高めてやることが大切である。
【0027】
天然には、そもそもこのような孔がたくさんある岩が少なく、ポストラーバから順次脱皮するごとに、稚エビは次第に周辺に散らばって行く。そのときの移動距離が長いほど外敵に襲われる危険が高く、死亡するものが増える。ポストラーバとして最初に棲みついた場所付近に、より大きな孔と餌場があれば、移動距離は短くて済むので、生残率が高くなることが期待できる。
【0028】
イセエビは幼生の飼育が難しく、人工の稚イセエビを量産することは困難である。そこで、イセエビを増殖するためには、自然が撒いてくれたイセエビの種、つまりはポストラーバをそこから流出させないで留め、かつ、成育するための環境を与えることが大切であると考えられる。
【0029】
次に、本発明に係るイセエビ用の増殖礁の好ましい設置方法について説明する。
本発明に係るイセエビ用の増殖礁は、稚エビが本来生息している場所である、外海に面した海藻群落(藻場)の中やその周辺の海底に設置する。そのように設置することで、基盤部の表面や本体部の頂面に海藻を生やすことが比較的容易である。設置水深はおよそ20mよりも浅い場所が好ましい。また、本体部が壊れたり、移動・転倒することを回避するために、台風時の波浪の影響を受けにくい水深帯に設置することが好ましい。しかし、磯焼け地帯に設置すると、例えば磯焼けの持続要因が濁りによる光不足であり、増殖礁の高さによってこの問題が解決できる場合を除いて、高い効果は望めない。なお、一度設置したら、原則として年間を通して使用し、移動はしない方がよい。ただし、設置した後に海藻が生えなかった場合はこの限りではない。
【0030】
以下、表1を作成した経緯と作成方法について説明する。
本発明者らは、イセエビが分布している主な海域である千葉県、静岡県、三重県、徳島県、長崎県、鹿児島県沖において潜水調査を実施し、ポストラーバや稚エビが実際に隠れている場所を見つけだしては、その凹部(孔)の直径と奥行きで表現されるサイズとポストラーバや稚エビのサイズを測定して、データを収集して図4を作成した。図4は、ポストラーバや稚エビの甲長とそれらが隠れ場としていた凹部のサイズの関係を示すグラフである。本発明者らは、この図4のデータを用いて統計処理を行ない、ポストラーバや稚エビの棲みつきに最適と考えられる8段階の凹部のサイズを決めて、表1を作成した。すなわち、表1には甲長約7mmのポストラーバから甲長約30mmの稚エビまでに適用できる凹部のサイズが示してある。表1は、例えば、段階1の凹部は、直径が8mm以上で12mm未満、奥行きが22mm以上で35mm未満であること、段階2の凹部は、直径が12mm以上で15mm未満、奥行きが35mm以上で40mm未満であることを示している。
また、図4中の直線は、得られたデータの大部分が含まれる範囲を示したもので、稚エビの成長に合わせて甲長を2mm間隔で複数のブロックに分割し、夫々のブロックにおける最大値と最小値を統計処理して直線で示したものである。
その結果、甲長x[mm]とした場合、直径の最大値Dmax、最小値Dmin、奥行きの最大値Lmax、最小値Lminは夫々下記の式で表されることがわかった。
なお、甲長xの最大値は30.0mm、最小値は6.4mmである。
Dmax=1.70・x+12.89
Dmin=1.15・x−3.50
Lmax=4.07・x+28.87
Lmin=2.73・x−3.70
図4から明らかなように、大部分のデータはこれらの直線で囲まれた範囲内に存在しており、これらの範囲内のサイズからなる凹部を形成すれば稚エビが隠れ住む可能性が高いといえる。
【0031】
本発明に係るイセエビ用増殖礁の本体の側壁表面には、この表1の数値に基づいて側壁ごとに凹部の個数を決め、1つの側壁には8段階のサイズの凹部の全てを小さい凹部ほどその個数が多くなるようにランダムに配置してやればよい。
【0032】
既知の情報に本発明者らの研究を加えて検討した結果、本発明者らは、イセエビの甲長と第1触覚の節の数との間には特定の関係があることを知見し、これを図5にまとめた。すなわち、図5は、稚エビの甲長と第1触覚の節の数との関係を示すグラフである。図5において、記号の種類が各脱皮令(何回脱皮したものか)を表している。この関係から図4の稚エビの脱皮令を推定し、各脱皮令ごとに利用凹部の直径と奥行きの値を集計し、統計処理した。
【0033】
図5のグラフを、先に求めた脱皮令ごとにプロットすると図6となる。図6は、脱皮令別に見た利用凹部の直径(左図)と奥行き(右図)を示すグラフである。すなわち、図6は、図4を図5の境界値ごとに集約したものである。図6によって、成長段階に応じた凹部の選択サイズの範囲が明らかになった。
【0034】
図6の関係に基づき、各脱皮令ごとの凹部サイズのうち、原則として平均値の上下99%信頼区間を各令に適した凹部のサイズ範囲とした。ただし、例えば、第5令の上限値と第6令の下限値のように、隣接する令間での凹部サイズの範囲が重複する場合は、それぞれの中間値を境界値として算出した。逆に、第6令の上限値と第7令の下限値のように範囲が離れて重複しない場合は、標本の偏りが原因であると判断し、より広い範囲を適用して確実性を確保するために、やはりそれらの中間値を境界値とした。これによって得られた凹部のサイズ範囲を表1にまとめた。
【表1】

【実施例1】
【0035】
以下、実施例によって本発明に係るイセエビ増殖礁の構造をさらに詳細に説明する。
図2は、本実施例に係るイセエビ用の増殖礁の構造・形状を示す説明図である。また、図3は、図2の増殖礁を海底に設置した以後の状態を示す説明図である。図2において、1は、本体部2と基盤部3とで構成し、本体部2を基盤部3の上に載置した状態で海底に設置するイセエビ用の増殖礁である。
【0036】
図2において、本体部2は、コンクリートブロック材からなり、高さ1mで、ほぼ平面状の頂面(天井)21を有している。頂面21は1m×1m程度のほぼ正方形であり、底面22は0.5m×1.5m程度のほぼ長方形である。本体部2の長方向の両壁面23・23は底面22から上方に向かってオーバーハング状に伸びている。逆に言えば、長方向の両壁面23・23は頂面21から約0.2m下がった位置からそれぞれ下窄まり状に狭く形成してある。短方向の壁面24・24は基盤部3に向かってほぼ垂直に降下している。すなわち、本実施例のイセエビ用の増殖礁1では、長方向の両壁面23・23だけをオーバーハング状に形成してある。
【0037】
図2において、基盤部3は、本体部2と同じコンクリートブロック材からなり、高さが約0.3mで長さ1.5m×幅1.2mのほぼ長板形状であり、その表面31の中央に本体部2を載置している。なお、本体部2と基盤部3は一体的に形成したものでも差し支えない。
【0038】
図2に示すように、本体部2の側壁23と同24には、その一面一面について直径と奥行きで表現されるサイズの異なる8段階の凹部(孔)が、小さい凹部からその個数が多くなるように、しかし、その位置は全くランダムに配設されている。8段階の凹部は表1に基づいて作成したものである。
【0039】
なお、側壁23と同24の凹部の全部又は一部は、側壁23や同24の表面に対して直交するように穿つことが好ましい。このように穿つことで、凹部が斜め下に向かって開口することになり、凹部の内部に傾斜ができて、その内部に砂などが溜まりにくくなるからである。
【0040】
次に、このイセエビ用の増殖礁1を海底に設置する方法について説明する。
水深20m以浅で、なるべく外海に面している藻場を選び、その藻場の中央に本実施例のイセエビ用の増殖礁1を設置する。一度設置したら、年間を通じて設置し続け、移動はしない方がよい。ただし、設置後に海藻が着生しない場合は、他の場所へ移動することが好ましい。
【0041】
設置後しばらく経過すると、図3に示すように、イセエビ用の増殖礁1の本体部2の頂面21や基盤部3の表面31には海藻がたくさん生えてくるので、本増殖礁1はポストラーバや稚エビの絶好の餌場となる。そのため、ポストラーバや稚エビが集まって来て本体部2の側壁23や同24にたどりつき、自分の体にぴったり合った凹部を探し出してその凹部へ入り込み、棲みつくことになる。ポストラーバや稚エビは、日中は凹部の中に潜んでいて、周囲が暗くなると凹部から出て、海藻の上や周辺部に生息する小動物類をあさるが、棲みついている凹部のすぐ近くに海藻がたくさん生えているので、海藻をあさるための長距離移動の必要がなく、その結果、外敵に襲われるリスクが少なくなって、生残率がいちじるしく高くなる。
【0042】
ポストラーバや稚エビは脱皮の都度、体のサイズが一回り大きくなるが、本実施例に係る増殖礁1の本体部2には、いま棲んでいる凹部を穿ってある壁面にサイズの異なる8段階の凹部がランダムに配置されているので、脱皮したポストラーバや稚エビは、同じ壁面の凹部の中から自分の体に合った凹部を容易に探し出すことができ、その凹部へただちに棲み替えることができる。すなわち、いったん本増殖礁1に棲みつくと、凹部から凹部へ移動する距離がきわめて短くてすむので、移動の際に外敵に襲われるリスクがいちじるしく少なくなって、生残率を高く維持できる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
以上、詳細に説明したとおり、本発明に係るイセエビ用の増殖礁は、イセエビの成育に必要な餌場と隠れ場の両方を短い距離の間に備えているので、ポストラーバや稚エビの定着を促進するだけでなく、隠れ場と餌場を移動する距離や隠れ場(凹部)から隠れ場へ移動する距離が短くてすみ、さらに本体部や基盤部の表面に自然に生える海藻が隠れ場である凹部を覆うことで、外敵に襲われるリスクがいちじるしく少なくなる。その結果、ポストラーバや稚エビの生残率が大幅に向上し、イセエビの増殖を促進することができる。このように、本発明は、イセエビ資源の確保にきわめて有益であり、まさに画期的な発明である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面にはポストラーバや稚エビがその成長に合わせて棲み替えるための直径(D)と奥行き(L)で表現されるサイズの異なる凹部を、それぞれ複数個穿ってある側壁を1面以上有する本体部を、該本体部の底面よりも広い表面を有する基盤部の上に載置してあるイセエビ用の増殖礁において、直径(D)と奥行き(L)が以下の数式で表されることを特徴とするイセエビ用の増殖礁。
1.15・x−3.50≦ D ≦1.70・x+12.89
2.37・x−3.70≦ L ≦4.07・x+28.87
ここで、6.4≦x(稚エビの甲長)≦30.0、x,D,Lの単位は[mm]
【請求項2】
サイズの小さい凹部ほど数が多くなるように配設してある請求項1に記載のイセエビ用の増殖礁。
【請求項3】
本体部の側壁表面には、ポストラーバや稚エビの生育段階に応じて以下に定めてある8段階の直径と奥行きの凹部を、1側壁ごとに8段階の凹部の全部を配設してある請求項1又は2に記載のイセエビ用の増殖礁。
1段階の直径 8〜12mm、奥行き 22〜35mm
2段階の直径 12〜15mm、奥行き 35〜40mm
3段階の直径 15〜17mm、奥行き 40〜47mm
段階の直径 17〜21mm、奥行き 47〜55mm
5段階の直径 21〜24mm、奥行き 55〜64mm
6段階の直径 24〜29mm、奥行き 64〜78mm
7段階の直径 29〜36mm、奥行き 78〜94mm
8段階の直径 36〜46mm、奥行き 94〜131mm
(各寸法範囲に上限値は含まれない)

【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−90639(P2012−90639A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−1834(P2012−1834)
【出願日】平成24年1月10日(2012.1.10)
【分割の表示】特願2007−15331(P2007−15331)の分割
【原出願日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【出願人】(507027151)
【Fターム(参考)】