イヌインターロイキン8(IL−8)および腫瘍壊死因子(TNF−α)持続産生細胞株の作出
【課題】本発明は、イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織から株化細胞を作製することを課題とする。本発明はまた、そのような株化細胞を使用して、イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織の性状を明らかにすることもまた、課題とする。
【解決手段】本発明の発明者は、組織球肉腫または組織球症組織と疑われたイヌの皮下腫瘤、末梢血および骨髄の腫瘍細胞を培養・樹立することにより、上述した課題を解決できることを示した。また、そのようにして樹立された細胞株を使用して、その性状について詳しく検討することにより、イヌ組織球肉腫または組織球症組織の性状を明らかにすることにより、上述した課題を解決できることを示した。
【解決手段】本発明の発明者は、組織球肉腫または組織球症組織と疑われたイヌの皮下腫瘤、末梢血および骨髄の腫瘍細胞を培養・樹立することにより、上述した課題を解決できることを示した。また、そのようにして樹立された細胞株を使用して、その性状について詳しく検討することにより、イヌ組織球肉腫または組織球症組織の性状を明らかにすることにより、上述した課題を解決できることを示した。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織由来株化細胞を提供することに関する。イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織から、IL-8およびTNF-αを持続的に産生する細胞株を樹立し、IL-8およびTNF-αの産生を明らかにした。
【背景技術】
【0002】
インターロイキン8(IL-8)は、LPSに応答して単球により産生される好中球走化性因子として知られるサイトカインであり、好中球脱顆粒や呼吸バーストを引き起こす。このIL-8はまた、IFN-γに対して応答したCD4+およびCD8+ T細胞遊走を促進する。この遊走促進作用は、IL-8受容体の亢進制御を介して媒介されると考えられている。
【0003】
IL-8は、単球および好中球を誘導して、E-セレクチンおよびβ2-インテグリンを介して、血管内皮に対して接着させる。IL-8はまた、間接的なメカニズムを介して、造血前駆細胞を誘導して、循環血中を移動するようにする。これらのIL-8の作用は、あまり十分には解析が進んでいないが、IL-8は、血管新生の強力な促進物質であり、内皮細胞の遊走および増殖に影響を与えている可能性がある。
【0004】
IL-8を発現するとこれまでに報告された哺乳動物の細胞には、単球(非特許文献1)、好中球、骨芽細胞および破骨細胞、線維芽細胞、内皮細胞、ケラチノサイト、および巨核球や血小板が含まれる。
【0005】
イヌのIL-8は、22アミノ酸のシグナル配列および2つの分子内ジスルフィド結合を有する79アミノ酸の成熟部分とからなる101アミノ酸前駆体として合成される、CXCケモカインファミリーに属するサイトカインである。成熟したイヌIL-8は、フェレットIL-8、ヒツジIL-8、ウシ/ブタ/ネコIL-8、アカシカIL-8、バンドウイルカIL-8、うさぎIL-8、およびヒト/ウマIL-8と、それぞれ92%、89%、88%、86%、84%、82%、および74%のアミノ酸配列同一性を有する分子である。
【0006】
当該技術分野においては、これまで、哺乳動物において、IL-8を産生させるためには動物個体からマクロファージを採取し、LPS等の適当な刺激剤を用いてIL-8を得るか、またはIL-8遺伝子をバキュロウイルス等のベクターに組み込んで組み換えIL-8を産生してきた。しかしながら、従来の方法では、天然型のIL-8を大量に得ることはできず、さらにイヌ組み換えIL-8では生産コストがかかり、精製工程も煩雑であった。
【0007】
TNF-αは、グラム陰性細菌(LPS)によりマクロファージ中で誘導される、炎症、代謝、およびアポトーシスなどの多数の生理学的および病態生理学的現象に関与する前炎症性分子である。TNF-αは、白血球接着分子を内皮細胞上で活性化することにより、炎症細胞浸潤を促進する働きを有することが報告されている。
【0008】
TNF-αを発現することが知られている哺乳動物の細胞には、B細胞、結腸円柱上皮細胞、NK細胞およびCD3+CD56+ナチュラルT細胞、マクロファージ(非特許文献2)、単球および単球誘導性樹状細胞(非特許文献3)、CD4+およびCD8+ T細胞、肥満細胞、好中球、ケラチノサイト、プラズマ細胞、脂肪細胞および星状膠細胞が含まれる。
【0009】
イヌTNF-αは、N-末端35アミノ酸の細胞質ドメイン、21アミノ酸の膜貫通ドメイン(TM)、そして177アミノ酸の細胞外領域を含む233アミノ酸残基を含むII型膜貫通タンパク質である。イヌ可溶性TNF-αは、ネコTNF-αおよびヒトTNF-αと、それぞれ90%および94%のアミノ酸同一性を有する分子である。
【0010】
腫瘍の起源や性質を研究することは、腫瘍の予後や治療の方針を向上させる上で重要な研究となるが、イヌの組織球肉腫の起源については、現在までに様々な議論がされているにもかかわらず、結論には至っていない。これまでの研究においては、ヒトの組織球系腫瘍と同様にマクロファージ由来であるか、あるいは骨髄性樹状細胞由来の腫瘍であるという報告が大半を占めているが、現時点では明らかにされていない。
【0011】
腫瘍細胞の起源や性質を研究する上で、組織切片による検討だけではなく、細胞の培養技術を用いて腫瘍細胞を樹立することは非常に有用な手段だと考えられるが、組織球肉腫から樹立された細胞株の報告は国内でも数例しかなく、腫瘍細胞の表現型などの詳細な研究がおこなわれているものは存在しない。
【非特許文献1】Lindley, I. et al. (1988) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 85:9199.
【非特許文献2】Jovanovic, D.V. et al. (1998) J. Immunol. 160:3513.
【非特許文献3】Avice, M-N. et al. (1999) J. Immunol. 162:2748.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織から株化細胞を作製することを課題とする。本発明はまた、そのような株化細胞を使用して、イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織の性状を明らかにすることもまた課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の発明者は、組織球肉腫または組織球症組織と疑われたイヌの皮下腫瘤、末梢血および骨髄の腫瘍細胞を培養・樹立することにより、上述した課題を解決できることを示した。また、そのようにして樹立された細胞株を使用して、その性状について詳しく検討し、イヌ組織球肉腫または組織球症組織の性状を明らかにすることにより、上述した課題を解決できることを示した。
【0014】
具体的には、培養条件下においてサイトカインを持続的に産生する、イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織由来のマクロファージ系株化細胞を樹立することにより、上述した課題を解決できることを示した。このマクロファージ系株化細胞は、CD4(CD4-)、CD8a陰性(CD8a-)、CD11b陽性(CD11b+)、CD11c陽性(CD11c+)、およびCD14陽性(CD14+)の細胞表面抗原特性を有することを特徴としており、そしてサイトカインとして無刺激の条件下または刺激条件下においてインターロイキン-8(IL-8)を、そして刺激条件下において腫瘍壊死因子α(TNF-α)をそれぞれ産生することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
組織球肉腫または組織球症組織と疑われたイヌの皮下腫瘤、末梢血および骨髄の腫瘍細胞を培養・樹立することができた。本発明は、培養条件下においてサイトカインを持続的に産生し、そして特に無刺激の培養条件下においてもIL-8を持続的に産生するという、これまでにない特徴を有するマクロファージ系細胞を提供することができた。この細胞は、サイトカイン(特にIL-8およびTNF-α)の産生機構の解明のためのツールとしてよいモデルとなる。
【0016】
また、イヌのIL-8、TNF-αについて、現在ではバキュロウイルス等のベクターに組み込み、リコンビナントのものを使用しているが、開発した方法では、安価で、天然型のイヌのIL-8およびTNF-αを産生することができる。
【発明の実施の形態】
【0017】
本発明の発明者らはまず、組織球肉腫または組織球症組織と診断されたイヌの組織から、株化細胞を作製することを試みた。この被検動物は、前肢皮下に組織球肉腫と診断された原発性腫瘍を発症し、さらに左後肢に転移した皮下腫瘍、骨髄転移腫瘍、および末梢血腫瘍細胞の転移性腫瘍を発症していた。これらの転移性の腫瘍を左後肢皮下、骨髄、末梢血からそれぞれ採取し、血清を含む培養液中で培養を継続することにより、培養シャーレの底に軽く張り付き増殖する細胞をそれぞれ得ることができた。これらを、本明細書中においては、それぞれ皮下腫瘍由来樹立細胞、骨髄由来樹立細胞、および末梢血由来樹立細胞と呼ぶ。
【0018】
皮下腫瘍由来樹立細胞、骨髄由来樹立細胞、および末梢血由来樹立細胞は、いずれも形態学的特徴や培養中での性状が共通しており、同じ細胞であることが示された。このうち、末梢血由来樹立細胞を、CHS(F3)(NITE AP-645)として、2008年9月19日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター(千葉県木更津市)に寄託した。
【0019】
形態学的な特徴を調べると、樹立細胞は、核/細胞質比(N/C比)がやや低く、核小体明瞭で、広い細胞質中には多数のミトコンドリア、粗面小胞体が観察され、空胞や食胞、ライソソームが存在する、という特徴を有する。このような特徴は、核小体が明瞭で、組織球特有のくびれを持った核を有し、細胞質中には多数のミトコンドリア、粗面小胞体が観察され、また、細胞質内に空胞を持つレース状の細胞質の細胞も多数認められる、という特徴を有する樹立細胞の起源となる腫瘍細胞の特徴とよく一致している。
【0020】
次に、組織学的な特徴についてフローサイトメトリーを用いて検索したところ、樹立細胞は、CD11b、CD11c、CD14、およびMHCクラスIIについて陽性であったが、CD4、CD8a、CD204、については陰性であり、そして濾胞樹状細胞については弱陽性である、という特徴を有する。
【0021】
また、組織学的な特徴について免疫組織化学的検索を行ったところ、樹立細胞は、酸性ホスファターゼ染色、非特異的エステラーゼ染色に関して陽性を呈し、非特異的エステラーゼ染色はフッ化ナトリウムにより強く阻害され(フッ化ナトリウム(NaF)は単球エステラーゼの染色性をほぼ消失させる)、また、GM-CSF(マクロファージおよびTリンパ球で産生が認められる)については陽性を呈する、という特徴を有する。
【0022】
これらの形態学的特徴や組織学的特徴を考慮すると、樹立細胞は、単球系の細胞、特にマクロファージ系の細胞であることが示唆された。
この細胞は、培養条件下においてサイトカインを持続的に産生することを特徴の一つとする。ここで上記する本発明の細胞は、IL-1β、IL-6、IL-8、IL-12 p40、そしてTNF-αをサイトカインとして産生することができる。このうち、本発明の細胞は、IL-8およびTNF-αを特に顕著に産生する。
【0023】
マクロファージ系の細胞は、LPSなどにより刺激することにより、細胞が活性化され、様々なサイトカインを産生することが知られている。そのような刺激としては、上述したLPSの他、分裂促進因子、レクチン、ウィルス、結核菌のリポアラビノマンナンやグラム陽性菌の細胞壁などの細菌由来の物質等が知られている。
【0024】
しかしながら、本願発明のマクロファージ系細胞は、IL-8に関しては、このような刺激を行うか行わないかにかかわらず、常に非常に高い産生能を有することが示された。具体的には、無刺激の培養条件下においても、血清添加条件下にて7日間培養することにより、80ng/ml以上のIL-8を、そしてLPSでの刺激下では3日間の培養により、およそ150 ng/mlのIL-8を、それぞれ培養上清中に産生する。さらに、この細胞は、無血清培養条件中で細胞を培養する場合にも、7日間の培養により、10 ng/ml以上のIL-8を培養上清中に産生することもできる。ヒトの場合には、LPSでの刺激下においても数pg/ml程度のIL-8しか産生されないことが知られている。したがって、これまで知られている細胞と比較すると、本発明の細胞株においては、IL-8の産生に関して、産生量が3桁〜5桁のオーダーで顕著に増加している(すなわち、103〜105倍になっている)ことが示された。
【0025】
また、TNF-αに関しては、LPSでの刺激下で3日間培養した場合において、15 ng/ml程度のTNF-αを、それぞれ培養上清中に産生する。ヒトの場合には、LPSでの刺激下においても数〜数十pg/ml程度のTNF-αしか産生されないことが知られている。したがって、これまで知られている細胞と比較すると、本発明の細胞株においては、TNF-αの産生に関して、産生量が3桁のオーダーで顕著に増加している(すなわち、103倍になっている)と顕著に増加していることが示された。
【0026】
本発明においては、上述したように培養している間に培養上清中に産生されたIL-8またはTNF-αを精製することにより、容易にイヌ天然型IL-8またはTNF-αを取得することができる。具体的には、培養条件下において3日間〜7日間培養し、培養上清中にIL-8またはTNF-αを産生させた後、培養上清を回収し、ゲル濾過クロマトグラフィー、親和性クロマトグラフィーなどの種々のクロマトグラフィー技術を使用して精製することにより、精製イヌ天然型IL-8または精製イヌ天然型TNF-αを得ることができる。
【0027】
このようにして培養条件下で大量に生産されるIL-8やTNF-αは、もともとイヌの細胞内に内在しているイヌのIL-8やTNF-αそのものであり、非組換え体タンパク質であるという点で特徴的である。したがって、培養上清中に産生されたこれらのIL-8やTNF-αは、いずれもイヌの生体内において機能するIL-8やTNF-αと、タンパク質レベルにおいても、また糖鎖修飾などの修飾のレベルにおいても、全く同一のものである。したがって、非哺乳動物の細胞を用いた発現系(例えば、大腸菌発現系やバキュロウィルス発現系)により作製したIL-8やTNF-αの場合には、医薬品として使用する際に、修飾の違いなどに基づく副作用に関して高度の検証をしなければならなかったが、本発明の細胞を使用して得られたIL-8やTNF-αについては、そのような副作用が生じる危険性を最小にすることができる。
【0028】
IL-8はマクロファージ由来の白血球遊走因子であり、急性期炎症反応の際には好中球の走化性を誘導・活性化するなど、重要な役割を果たしている。したがって、炎症の治療に際して、本発明の細胞から得られたIL-8を投与することにより、白血球(特に好中球)の遊走を誘導して、症状の軽減および治癒に寄与することが期待される。
【0029】
また、TNF-αは、マクロファージを細菌(特にリポ多糖、LPS)やウィルス、寄生虫などで刺激した際に産生されるサイトカインであり、種々の固形癌に出血性の壊死を生じさせる。したがって、腫瘍の治療に際して、本発明の細胞から得られたTNF-αを投与することにより、腫瘍組織の壊死を誘導して、症状の軽減および治癒に寄与することが期待される。
【0030】
また、イヌのIL-8、TNF-αについて、これまではバキュロウイルス等のベクターに組み込み、非哺乳動物細胞発現系を使用した組換え体を使用していたが、本発明の方法では、タンパク質レベルにおいても、また糖鎖修飾などの修飾のレベルにおいても、天然型のイヌIL-8およびTNF-αと全く同一のサイトカインを取得することができることから、安価で、天然型のイヌのIL-8およびTNF-αを産生することができる。
【0031】
本明細書の以下において、発明をより詳細に説明する目的で、実施例を記載する。この実施例の記載は、本発明の範囲を限定することを目的としたものではなく、単に発明をより詳細に説明することを目的としたものである。
【実施例】
【0032】
実施例1:イヌ組織球肉腫由来腫瘍細胞株の株化
本実施例においては、組織球肉腫と診断されたイヌから、株化細胞を作製することについて説明する。
【0033】
前肢皮下に組織球肉腫と診断された原発性腫瘍を発症した7歳齢の雌のフラットコーデットレトリバーにおいて、左後肢に転移した皮下腫瘍、骨髄転移腫瘍、および末梢血腫瘍細胞を採取することにより、組織球肉腫由来の腫瘍細胞を取得した。このフラットコーテッドレトリバーでは、最初に発生した前肢皮下の腫瘍については外科的に切除したものの、その後、再び後肢に腫瘍が転移し、さらには骨髄・末梢血中にも腫瘍細胞が確認されたことから腫瘍細胞の悪性度は高いことが予想された。
【0034】
このようにして得られた腫瘍細胞を、塩類溶液(Dulbecco’PBS)を用いて洗浄した後、メスおよび注射針を使用して細切し、ピペッティングにより細胞をバラバラにした。次いで、洗浄用RPMI 1640培地(10.4 gのRPMI 1640(31800-089, GIBCO)、1.0 gのL-グルタミン、0.11 gのピルビン酸ナトリウム、および4.77 gのHEPESを1000 mlの蒸留水中に溶解した培地に、20 mlの7%NaHCO3、30 mlのFBS、0.4 mlの1.5%ストレプトマイシンを添加したもの)にて細胞を懸濁し、その後1200 rpm、5分間の遠心分離を行った。再懸濁および遠心分離を5回繰り返し、最終的に、培養用RPMI 1640培地(10.4 gのRPMI 1640(31800-089, GIBCO)、1.0 gのL-グルタミン、0.11 gのピルビン酸ナトリウム、および4.77 gのHEPESを1000 mlの蒸留水中に溶解した培地に、20 mlの7%NaHCO3、180 mlのFBS、0.4 mlの1.5%ストレプトマイシンを添加したもの)中に目的とする細胞を1×106/mlの濃度で含有する細胞の懸濁液を調製した。
【0035】
このようにして調製した皮下腫瘍由来細胞、骨髄由来細胞、および末梢血由来細胞を、BIOCOAT(CollagenICellware 60mm Dish)(BECTON DICKINSON)中に、1シャーレあたり5 ml(すなわち、シャーレ当たり5×106/ml)となるようにそれぞれ播種した。細胞を、新鮮な培養用RPMI 1640培地に交換しながら、37℃、5%CO2、加湿条件下で培養を行ったところ、この細胞は、シャーレの底に軽く張り付き増殖することが明らかになった。そして細胞は、3〜4日に一回の頻度で、0.1%トリプシン・0.02%EDTAを使用するか、または強くピペッティングを行うことにより、継代しながら培養を継続した。
【0036】
得られた培養細胞を、限界希釈法によりクローニングし、皮下腫瘍由来樹立細胞、骨髄由来樹立細胞、および末梢血由来樹立細胞の3種類の細胞株を樹立した。クローニングした樹立細胞の倍加時間は、播き込み細胞数1×105 /mlの場合に約48時間であった。このうち、末梢血由来樹立細胞を、CHS(F3)の番号で、独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター(千葉県木更津市)に寄託した。
【0037】
実施例2:細胞の形態学的特徴
本実施例は、実施例1で得られた腫瘍細胞の、形態学的特徴について検索することを目的として行った。
【0038】
まず、皮下腫瘍を採取した際の形態学的検索の結果を、図1に示す。図1(a)および図1(b)は、皮下腫瘍組織から作製した4μm厚の組織切片のヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)像を示し、図1(b)は図1(a)の2.5倍拡大像である。そして、図1(c)および図1(d)は、イヌの末梢血塗抹標本のメイ・グリュンワルド・ギムザ染色を示す。
【0039】
図1(a)および図1(b)において示される組織像から、円形から楕円形または不整形の大小不同の核を有する核/細胞質比(N/C比)の高い腫瘍細胞で占められる中、紡錘形の細胞や多核細胞も散見されることが明らかになった。また、図1(c)および図1(d)において示される塗沫標本の組織像から、末梢血中には大型の単核細胞がいくつか確認され、その大型の単核細胞の細胞質内には空胞が認められた。また、核小体が明瞭であることからも、他の白血球細胞とは区別され、腫瘍細胞が末梢血中に混在していることが示された。
【0040】
さらに、図2は、皮下腫瘍組織の電子顕微鏡像を示す。腫瘍細胞は核小体が明瞭で、組織球特有のくびれを持った核を有し、細胞質中には多数のミトコンドリア、粗面小胞体が観察され、空胞も確認された。
【0041】
一方、図3において、3種類の樹立細胞株、すなわち、皮下腫瘍由来樹立細胞株(図3(a))、骨髄由来樹立細胞株(図3(b))、および末梢血由来樹立細胞株(図3(c))のメイ・グリュンワルド・ギムザ染色を示す。3種類の細胞系はいずれも、核小体明瞭でN/C比の高い小円形の細胞とN/C比の低い多形性の細胞が混在し、多核巨細胞も観察された。また、細胞質内に空胞を持つレース状の細胞質の細胞も多数認められた。これらの顕微鏡写真を比較する限り、樹立された3種類の細胞株は、すべて同様の形態学的特徴を有していることが示された。
【0042】
また、図4において、末梢血由来樹立細胞株についての培養細胞の電子顕微鏡像を示す。この電子顕微鏡像において、樹立細胞は、ややN/C比が低く、核小体明瞭で、広い細胞質中には多数のミトコンドリア、粗面小胞体が観察され、空胞や食胞、ライソソームも確認された。
【0043】
実施例3:樹立細胞の組織学的・生理学的特徴
本実施例においては次に、樹立細胞株の由来を明らかにすることを目的として、得られた樹立細胞株について、組織学的・生理学的な検索を行った。具体的には、酵素組織化学染色および免疫組織化学染色を行うとともに、フローサイトメーターによる細胞表面抗原のタイピングを行った。
【0044】
酵素組織化学染色としては、酸性ホスファターゼ染色および非特異的エステラーゼ染色を行った。酸性ホスファターゼは、ACP染色キット(No.1573-2)(武藤化学株式会社)を使用して、発色色素を発色させることにより検出した。また、非特異的エステラーゼは、エステラーゼ染色キット(No.1569-2)(武藤化学株式会社)を使用して、発色色素を発色させることにより検出した。
【0045】
この結果、樹立細胞は、酸性ホスファターゼ染色、非特異的エステラーゼ染色に関して陽性を呈し(それぞれ図5(a)および図5(b))、非特異的エステラーゼ染色はフッ化ナトリウムにより強く阻害されることが示された(図5(c))。フッ化ナトリウム(NaF)は単球エステラーゼの染色性をほぼ消失させることから、樹立細胞は、単球系の細胞であることが予想された。
【0046】
さらに、本実施例においては、免疫組織化学染色として、GM-CSFおよびE-カドヘリンを特異的抗体(それぞれ、マウス抗GM-CSF抗体(他の研究を行っている共同研究者から分与)、およびマウス抗E-カドヘリン(Clone:4A2C7)(ZYMED社)を使用して細胞組織化学的に染色した。この結果、マクロファージおよびTリンパ球で産生が認められるGM-CSFについては陽性を呈したが、E-カドヘリンは対照とほぼ同様の染色像が認められ、したがって樹立細胞特異的ではなかった。
【0047】
また、種々の細胞表面マーカーに対する抗体を使用して、フローサイトメトリーにより細胞表面マーカーの特徴を調べた。本実施例における検索は、CD4、CD8a、CD11b、CD11c、CD14、CD204、濾胞樹状細胞、MHCクラスII、を対象として行った。これらのマーカーに対する抗体は、以下に述べるようにセロテック社、VMRD社、トランスジェニック社およびダコ社から入手可能である(それぞれのカタログ番号は、ラット坑イヌCD4(MCA1749)(serotec)、ラット坑イヌCD8alpha(MCA1223)(serotec)、CD11b(共同研究者がILRIから正式に手続きを行い、譲渡された抗ウシモノクローナル抗体)、ラット坑イヌCD11c(MCA1778S)(serotec)、マウス抗CD14(P.O. BOX 502)(VMDR,Inc.)、マウス抗ヒトマクロファージスカベンジャーレセプターA(MSR-A:CD204)(Trans Genic Inc.)、マウス抗ヒト濾胞樹状細胞(M7157)(DakoCytomation)、マウス抗ヒトHLA-DR Alpha-Chain(M0746)(DakoCytomation))。
【0048】
フローサイトメトリーの結果、CD11b、CD11c、CD14、およびMHCクラスIIについて陽性であったが、CD4、CD8a、CD204、については陰性であり、そして濾胞樹状細胞については弱陽性であった(図6(a)〜(h))。
【0049】
本実施例において得られた結果を、以下の表1にまとめる。この結果、本発明の樹立細胞は、CD11b陽性、CD11c陽性、CD14陽性、MHCクラスII陽性およびGM-CSF陽性であることが示された。これらの特徴は、マクロファージの表現型特性(CD11b陽性、CD11c陽性、CD14陽性、FcγRIIIA(CD16)陽性、CD18陽性、CD68陽性、CD36陽性、VCAM-1陽性、およびHLA-DR(MHCクラスII抗原)陽性)と類似していること、また非特異的エステラーゼ染色がNaFにより阻害されたこと、から、本発明の樹立細胞が、マクロファージに由来する細胞である可能性が高いことが示された。
【0050】
【表1】
【0051】
この樹立細胞株をヌードラットの背部皮下へ移植したところ、腫瘍細胞は対数的に増殖し、移植後20〜25日に腫瘍体積が急激に増大し始め、40日ほどで14 cm3まで成長した。腫瘍の組織像は皮下腫瘍組織同様の所見を示し、多数の核分裂像も確認できた。また、前述した3系全ての樹立細胞株で腫瘍細胞の生着が確認され、それぞれの移植部位における組織所見はほぼ同様のものであった(データは示さず)。
【0052】
さらに、担癌ヌードラットでは、移植した腫瘍細胞が肺転移を生じた。移植後62日目に剖検したところ、肺に乳白色の転移巣が数個散在して観察され、この肺転移組織のHE染色では肺組織細胞に混じり、核小体明瞭の大型のマクロファージ様細胞が多数観察された。このマクロファージ様細胞は核内増殖抗原(Proliferating Cell Nuclear Antigen;PCNA)に対する抗体を用いて酵素抗体法により染色したところ、PCNA陽性を示し、この細胞は増殖活性が亢進された腫瘍細胞の転移巣であることが示された(データは示さず)。
【0053】
実施例4:樹立細胞株の貪食作用
本実施例においては、樹立細胞株がどのような細胞特性を有しているのかを明らかにすることを目的として、樹立細胞株の貪食作用を調べた。
【0054】
前述したとおり、本発明の樹立細胞株は、マクロファージに由来している可能性が考えられたことから、まずマクロファージの主要な機能の一つである貪食能について、検討を行った。腫瘍細胞株において、酵母様真菌(1×108)またはモルモット赤血球(5×109)と共にインキュベートしたところ、酵母様真菌またはモルモット赤血球に対する活発な貪食像が観察された(図7)。
【0055】
実施例5:樹立細胞株のサイトカイン産生作用
本実施例においては、樹立細胞株がどのような細胞特性を有しているのかを明らかにすることを目的として、樹立細胞株のサイトカイン産生作用を調べた。
【0056】
まず、培養細胞を、それぞれ1×104 /ml、2×104 /ml、5×104 /m1、1×105/mlの濃度で調製し、60 mmシャーレに6 mlずつ添加して細胞培養を開始した。培養液としては、実施例1において使用した培養用RPMI 1640培地を使用し、培養液は実験終了時まで交換しなかった。培養上清サンプルは、培養開始時(時間0)、およびその後24時間ごとに168時間(開始後7日後)まで、回収した。
【0057】
IL-8産生
培養上清中に放出されたIL-8について、Quantikine Canine CXCL8 Immunoassay(No.CA8000)(R&D SYSTEMS)を使用したELISAにより測定した結果を図8に示す。
【0058】
この図において、棒グラフは、播き込み細胞数が1×105 /mlの場合のIL-8の産生量の推移を示し、「▲」は播き込み細胞数1×105/mlの増殖曲線を、「■」は播き込み細胞数5×104 /m1の増殖曲線を、「●」は播き込み細胞数2×104 /mlの増殖曲線を、そして「◆」は播き込み細胞数1×104/mlの増殖曲線をそれぞれ示す。このグラフから、培養開始後72時間後から培養上清中に放出されるIL-8の量が急激に増加することが明らかになった。
【0059】
さらに、培養条件と樹立細胞株のIL-8産生量とのあいだの相関を調べるため、様々な培養条件下で72時間のあいだ細胞を培養して、培養上清中に放出されたIL-8の量をELISAにより測定した。
【0060】
まず、本発明の樹立細胞株をLPS刺激やその他の刺激を行うことなく培養した場合、およそ80 ng/mlのIL-8を培養上清中に産生したことが明らかになった(図9)。このことから、この細胞株は、LPSでの刺激やその他の刺激なしでIL-8を大量に産生し続けることができる細胞株であることが明らかになった。
【0061】
次に、本発明の樹立細胞株をLPSを10μg/ml添加した培養液中で72時間のあいだ培養した場合、およそ150 ng/mlのIL-8を培養上清中に産生したことが、一方、LPSでの刺激やその他の刺激なしで、無血清培養液中で培養した場合でも同様に、本発明の樹立細胞株は、11.4 ng/mlのIL-8を産生したことが明らかになった(図9)。
【0062】
この結果から、本発明の樹立細胞株は、天然型イヌIL-8を、LPSなどの刺激を与えることなく、常時大量に(培養上清中80 ng/ml)、また無血清条件下であっても(培養上清中11.4 ng/ml)採取できる利点がある。この樹立細胞株は、特別な条件を使用することなく増殖することもできることから、この細胞株を使用することにより、煩雑な精製過程も必要なく、IL-8を容易に取得することが可能である。
【0063】
TNF-α産生
次に、培養条件と樹立細胞株のTNF-α産生量との相関を調べるため、様々な培養条件下で72時間のあいだ細胞を培養して、培養上清中に放出されたTNF-αの量をQuantikine Canine TNF-α Immunoassay(No.CATA00)(R&D SYSTEMS)によるELISAにより測定した。
【0064】
まず、本発明の樹立細胞株をLPS刺激やその他の刺激を行うことなく培養した場合、TNF-αは、培養上清中にほとんど産生されなかった(図10)。
次に、本発明の樹立細胞株にLPSを10μg/ml添加した培養液中で72時間のあいだ培養した場合、およそ15 ng/mlのTNF-αを培養上清中に産生したことが、また、LPSで刺激した無血清培養液中で培養した場合でも同様に、本発明の樹立細胞株は、3.3 ng/mlのTNF-αを産生したことが、明らかになった(図10)。
【0065】
この結果から、本発明の樹立細胞株は、天然型イヌTNF-αを、LPSなどの刺激を与えることにより、大量に(培養上清中15 ng/ml)、また無血清条件下であっても(培養上清中3.3 ng/ml)採取できる利点がある。この樹立細胞株は、特別な条件を使用することなく増殖することもできることから、この細胞株を使用することにより、煩雑な精製過程も必要なく、TNF-αを容易に取得することが可能である
サイトカイン関連遺伝子の検索
播き込み細胞数1×105/mlで、3日間培養した本発明の細胞株から全RNAを採取し、これを鋳型として、サイトカイン関連遺伝子に関するRT-PCRを一般的に知られるプロトコルにしたがって行った。サイトカイン関連遺伝子として、IL-1β、IL-6、IL-10、IL-12 p40、そしてTNF-αを選択し、それぞれの遺伝子に対して、以下のPCRプライマーを設計・使用して、RT-PCRを行った:
IL-1β:
フォワードプライマー:tctcccacca gctctgtaac aa(SEQ ID NO: 1);
リバースプライマー:gcagggcttc ttcagcttct c(SEQ ID NO: 2);
IL-6:
フォワードプライマー:tcctggtgat ggctactgct t(SEQ ID NO: 3);
リバースプライマー:gactatttga agtggcatca tcctt(SEQ ID NO: 4);
IL-10:
フォワードプライマー:cgctgtcacc gatttcttcc(SEQ ID NO: 5);
リバースプライマー:ctggagctta ctaaatgcgc tct(SEQ ID NO: 6);
IL-12 p40:
フォワードプライマー:cagcagagag ggtcagagtg g(SEQ ID NO: 7);
リバースプライマー:acgacctcga tgggtaggc(SEQ ID NO: 8);そして
TNF-α:
フォワードプライマー:gagccgacgt gccaatg(SEQ ID NO: 9);
リバースプライマー:caacccatct gacggcacta(SEQ ID NO: 10)。
【0066】
また、対照としてβ-アクチンを使用し、β-アクチン遺伝子については以下のPCRプライマーを設計・使用して、RT-PCRを行った。
β-アクチン:
フォワードプライマー:ccgcgagaag atgacccaga(SEQ ID NO: 11);
リバースプライマー:gtgaggatct tcatgaggta gtcgg(SEQ ID NO: 12)。
【0067】
この結果から、IL-1β、IL-6、IL-12 p40、そしてTNF-α遺伝子の発現が明らかになった(図11)。
【産業上の利用可能性】
【0068】
マクロファージの主要な機能は、(1)貪食能、(2)遊走能、(3)抗原提示能、(4)サイトカイン産生であり、本発明の樹立細胞株これらの特徴のうち、(1)、(2)および(4)の特徴において、マクロファージの特徴と共通していた。そのことから判断して、本発明の樹立細胞株は、マクロファージに由来する腫瘍細胞であることが示される。そしてヌードラットへの移植では転移と思われる肺への浸潤が高頻度に観察されたことと合わせて、本発明の樹立細胞株は、マクロファージ系腫瘍のモデルを提供すると考えられる。
【0069】
さらに、従来知られているマクロファージ系細胞とは比較にならないほど高効率で、培養条件下においてIL-8およびTNF-αを産生することができることから、イヌにおいて、慢性の炎症で不足する内因性IL-8を、本発明の樹立細胞株により生成されたIL-8で外部から補い、炎症を治癒することができる。また、IL-8は、強力な好中球の走化因子であることから、イヌ好中球減少症の治療にも使用できる。さらに、IL-8は、In vitroで好中球を効率よく増殖させることにも使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】図1は、皮下腫瘍を採取した際の形態学的検索の結果を示す。
【図2】図2は、皮下腫瘍組織の電子顕微鏡像を示す。
【図3】図3は、3種類の樹立細胞株、すなわち、皮下腫瘍由来樹立細胞株(a)、骨髄由来樹立細胞株(b)、および末梢血由来樹立細胞株(c)のメイ・グリュンワルド・ギムザ染色を示す。
【図4】図4は、末梢血由来樹立細胞についての培養細胞の電子顕微鏡像を示す。
【図5】図5は、本発明の樹立細胞株について、組織学的・生理学的な検索を行った結果を示す。
【図6】図6は、本発明の樹立細胞株について、フローサイトメトリーを行った結果を示す。
【図7】図7は、本発明の樹立細胞株が、酵母様真菌またはモルモット赤血球に対する活発な貪食性を有することを示す。
【図8】図8は、培養条件下における本発明の樹立細胞株の増殖の進行についての結果および培養上清中に放出されたIL-8について、ELISAにより測定した結果を示す。
【図9】図9は、種々の培養条件と樹立細胞株のIL-8産生量とのあいだの相関を示す。
【図10】図10は、種々の培養条件と樹立細胞株のTNF-α産生量とのあいだの相関を示す。
【図11】図11は、種々のサイトカイン関連遺伝子に関するRT-PCRを行った結果を示す。
【技術分野】
【0001】
本発明は、イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織由来株化細胞を提供することに関する。イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織から、IL-8およびTNF-αを持続的に産生する細胞株を樹立し、IL-8およびTNF-αの産生を明らかにした。
【背景技術】
【0002】
インターロイキン8(IL-8)は、LPSに応答して単球により産生される好中球走化性因子として知られるサイトカインであり、好中球脱顆粒や呼吸バーストを引き起こす。このIL-8はまた、IFN-γに対して応答したCD4+およびCD8+ T細胞遊走を促進する。この遊走促進作用は、IL-8受容体の亢進制御を介して媒介されると考えられている。
【0003】
IL-8は、単球および好中球を誘導して、E-セレクチンおよびβ2-インテグリンを介して、血管内皮に対して接着させる。IL-8はまた、間接的なメカニズムを介して、造血前駆細胞を誘導して、循環血中を移動するようにする。これらのIL-8の作用は、あまり十分には解析が進んでいないが、IL-8は、血管新生の強力な促進物質であり、内皮細胞の遊走および増殖に影響を与えている可能性がある。
【0004】
IL-8を発現するとこれまでに報告された哺乳動物の細胞には、単球(非特許文献1)、好中球、骨芽細胞および破骨細胞、線維芽細胞、内皮細胞、ケラチノサイト、および巨核球や血小板が含まれる。
【0005】
イヌのIL-8は、22アミノ酸のシグナル配列および2つの分子内ジスルフィド結合を有する79アミノ酸の成熟部分とからなる101アミノ酸前駆体として合成される、CXCケモカインファミリーに属するサイトカインである。成熟したイヌIL-8は、フェレットIL-8、ヒツジIL-8、ウシ/ブタ/ネコIL-8、アカシカIL-8、バンドウイルカIL-8、うさぎIL-8、およびヒト/ウマIL-8と、それぞれ92%、89%、88%、86%、84%、82%、および74%のアミノ酸配列同一性を有する分子である。
【0006】
当該技術分野においては、これまで、哺乳動物において、IL-8を産生させるためには動物個体からマクロファージを採取し、LPS等の適当な刺激剤を用いてIL-8を得るか、またはIL-8遺伝子をバキュロウイルス等のベクターに組み込んで組み換えIL-8を産生してきた。しかしながら、従来の方法では、天然型のIL-8を大量に得ることはできず、さらにイヌ組み換えIL-8では生産コストがかかり、精製工程も煩雑であった。
【0007】
TNF-αは、グラム陰性細菌(LPS)によりマクロファージ中で誘導される、炎症、代謝、およびアポトーシスなどの多数の生理学的および病態生理学的現象に関与する前炎症性分子である。TNF-αは、白血球接着分子を内皮細胞上で活性化することにより、炎症細胞浸潤を促進する働きを有することが報告されている。
【0008】
TNF-αを発現することが知られている哺乳動物の細胞には、B細胞、結腸円柱上皮細胞、NK細胞およびCD3+CD56+ナチュラルT細胞、マクロファージ(非特許文献2)、単球および単球誘導性樹状細胞(非特許文献3)、CD4+およびCD8+ T細胞、肥満細胞、好中球、ケラチノサイト、プラズマ細胞、脂肪細胞および星状膠細胞が含まれる。
【0009】
イヌTNF-αは、N-末端35アミノ酸の細胞質ドメイン、21アミノ酸の膜貫通ドメイン(TM)、そして177アミノ酸の細胞外領域を含む233アミノ酸残基を含むII型膜貫通タンパク質である。イヌ可溶性TNF-αは、ネコTNF-αおよびヒトTNF-αと、それぞれ90%および94%のアミノ酸同一性を有する分子である。
【0010】
腫瘍の起源や性質を研究することは、腫瘍の予後や治療の方針を向上させる上で重要な研究となるが、イヌの組織球肉腫の起源については、現在までに様々な議論がされているにもかかわらず、結論には至っていない。これまでの研究においては、ヒトの組織球系腫瘍と同様にマクロファージ由来であるか、あるいは骨髄性樹状細胞由来の腫瘍であるという報告が大半を占めているが、現時点では明らかにされていない。
【0011】
腫瘍細胞の起源や性質を研究する上で、組織切片による検討だけではなく、細胞の培養技術を用いて腫瘍細胞を樹立することは非常に有用な手段だと考えられるが、組織球肉腫から樹立された細胞株の報告は国内でも数例しかなく、腫瘍細胞の表現型などの詳細な研究がおこなわれているものは存在しない。
【非特許文献1】Lindley, I. et al. (1988) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 85:9199.
【非特許文献2】Jovanovic, D.V. et al. (1998) J. Immunol. 160:3513.
【非特許文献3】Avice, M-N. et al. (1999) J. Immunol. 162:2748.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織から株化細胞を作製することを課題とする。本発明はまた、そのような株化細胞を使用して、イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織の性状を明らかにすることもまた課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の発明者は、組織球肉腫または組織球症組織と疑われたイヌの皮下腫瘤、末梢血および骨髄の腫瘍細胞を培養・樹立することにより、上述した課題を解決できることを示した。また、そのようにして樹立された細胞株を使用して、その性状について詳しく検討し、イヌ組織球肉腫または組織球症組織の性状を明らかにすることにより、上述した課題を解決できることを示した。
【0014】
具体的には、培養条件下においてサイトカインを持続的に産生する、イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織由来のマクロファージ系株化細胞を樹立することにより、上述した課題を解決できることを示した。このマクロファージ系株化細胞は、CD4(CD4-)、CD8a陰性(CD8a-)、CD11b陽性(CD11b+)、CD11c陽性(CD11c+)、およびCD14陽性(CD14+)の細胞表面抗原特性を有することを特徴としており、そしてサイトカインとして無刺激の条件下または刺激条件下においてインターロイキン-8(IL-8)を、そして刺激条件下において腫瘍壊死因子α(TNF-α)をそれぞれ産生することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
組織球肉腫または組織球症組織と疑われたイヌの皮下腫瘤、末梢血および骨髄の腫瘍細胞を培養・樹立することができた。本発明は、培養条件下においてサイトカインを持続的に産生し、そして特に無刺激の培養条件下においてもIL-8を持続的に産生するという、これまでにない特徴を有するマクロファージ系細胞を提供することができた。この細胞は、サイトカイン(特にIL-8およびTNF-α)の産生機構の解明のためのツールとしてよいモデルとなる。
【0016】
また、イヌのIL-8、TNF-αについて、現在ではバキュロウイルス等のベクターに組み込み、リコンビナントのものを使用しているが、開発した方法では、安価で、天然型のイヌのIL-8およびTNF-αを産生することができる。
【発明の実施の形態】
【0017】
本発明の発明者らはまず、組織球肉腫または組織球症組織と診断されたイヌの組織から、株化細胞を作製することを試みた。この被検動物は、前肢皮下に組織球肉腫と診断された原発性腫瘍を発症し、さらに左後肢に転移した皮下腫瘍、骨髄転移腫瘍、および末梢血腫瘍細胞の転移性腫瘍を発症していた。これらの転移性の腫瘍を左後肢皮下、骨髄、末梢血からそれぞれ採取し、血清を含む培養液中で培養を継続することにより、培養シャーレの底に軽く張り付き増殖する細胞をそれぞれ得ることができた。これらを、本明細書中においては、それぞれ皮下腫瘍由来樹立細胞、骨髄由来樹立細胞、および末梢血由来樹立細胞と呼ぶ。
【0018】
皮下腫瘍由来樹立細胞、骨髄由来樹立細胞、および末梢血由来樹立細胞は、いずれも形態学的特徴や培養中での性状が共通しており、同じ細胞であることが示された。このうち、末梢血由来樹立細胞を、CHS(F3)(NITE AP-645)として、2008年9月19日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター(千葉県木更津市)に寄託した。
【0019】
形態学的な特徴を調べると、樹立細胞は、核/細胞質比(N/C比)がやや低く、核小体明瞭で、広い細胞質中には多数のミトコンドリア、粗面小胞体が観察され、空胞や食胞、ライソソームが存在する、という特徴を有する。このような特徴は、核小体が明瞭で、組織球特有のくびれを持った核を有し、細胞質中には多数のミトコンドリア、粗面小胞体が観察され、また、細胞質内に空胞を持つレース状の細胞質の細胞も多数認められる、という特徴を有する樹立細胞の起源となる腫瘍細胞の特徴とよく一致している。
【0020】
次に、組織学的な特徴についてフローサイトメトリーを用いて検索したところ、樹立細胞は、CD11b、CD11c、CD14、およびMHCクラスIIについて陽性であったが、CD4、CD8a、CD204、については陰性であり、そして濾胞樹状細胞については弱陽性である、という特徴を有する。
【0021】
また、組織学的な特徴について免疫組織化学的検索を行ったところ、樹立細胞は、酸性ホスファターゼ染色、非特異的エステラーゼ染色に関して陽性を呈し、非特異的エステラーゼ染色はフッ化ナトリウムにより強く阻害され(フッ化ナトリウム(NaF)は単球エステラーゼの染色性をほぼ消失させる)、また、GM-CSF(マクロファージおよびTリンパ球で産生が認められる)については陽性を呈する、という特徴を有する。
【0022】
これらの形態学的特徴や組織学的特徴を考慮すると、樹立細胞は、単球系の細胞、特にマクロファージ系の細胞であることが示唆された。
この細胞は、培養条件下においてサイトカインを持続的に産生することを特徴の一つとする。ここで上記する本発明の細胞は、IL-1β、IL-6、IL-8、IL-12 p40、そしてTNF-αをサイトカインとして産生することができる。このうち、本発明の細胞は、IL-8およびTNF-αを特に顕著に産生する。
【0023】
マクロファージ系の細胞は、LPSなどにより刺激することにより、細胞が活性化され、様々なサイトカインを産生することが知られている。そのような刺激としては、上述したLPSの他、分裂促進因子、レクチン、ウィルス、結核菌のリポアラビノマンナンやグラム陽性菌の細胞壁などの細菌由来の物質等が知られている。
【0024】
しかしながら、本願発明のマクロファージ系細胞は、IL-8に関しては、このような刺激を行うか行わないかにかかわらず、常に非常に高い産生能を有することが示された。具体的には、無刺激の培養条件下においても、血清添加条件下にて7日間培養することにより、80ng/ml以上のIL-8を、そしてLPSでの刺激下では3日間の培養により、およそ150 ng/mlのIL-8を、それぞれ培養上清中に産生する。さらに、この細胞は、無血清培養条件中で細胞を培養する場合にも、7日間の培養により、10 ng/ml以上のIL-8を培養上清中に産生することもできる。ヒトの場合には、LPSでの刺激下においても数pg/ml程度のIL-8しか産生されないことが知られている。したがって、これまで知られている細胞と比較すると、本発明の細胞株においては、IL-8の産生に関して、産生量が3桁〜5桁のオーダーで顕著に増加している(すなわち、103〜105倍になっている)ことが示された。
【0025】
また、TNF-αに関しては、LPSでの刺激下で3日間培養した場合において、15 ng/ml程度のTNF-αを、それぞれ培養上清中に産生する。ヒトの場合には、LPSでの刺激下においても数〜数十pg/ml程度のTNF-αしか産生されないことが知られている。したがって、これまで知られている細胞と比較すると、本発明の細胞株においては、TNF-αの産生に関して、産生量が3桁のオーダーで顕著に増加している(すなわち、103倍になっている)と顕著に増加していることが示された。
【0026】
本発明においては、上述したように培養している間に培養上清中に産生されたIL-8またはTNF-αを精製することにより、容易にイヌ天然型IL-8またはTNF-αを取得することができる。具体的には、培養条件下において3日間〜7日間培養し、培養上清中にIL-8またはTNF-αを産生させた後、培養上清を回収し、ゲル濾過クロマトグラフィー、親和性クロマトグラフィーなどの種々のクロマトグラフィー技術を使用して精製することにより、精製イヌ天然型IL-8または精製イヌ天然型TNF-αを得ることができる。
【0027】
このようにして培養条件下で大量に生産されるIL-8やTNF-αは、もともとイヌの細胞内に内在しているイヌのIL-8やTNF-αそのものであり、非組換え体タンパク質であるという点で特徴的である。したがって、培養上清中に産生されたこれらのIL-8やTNF-αは、いずれもイヌの生体内において機能するIL-8やTNF-αと、タンパク質レベルにおいても、また糖鎖修飾などの修飾のレベルにおいても、全く同一のものである。したがって、非哺乳動物の細胞を用いた発現系(例えば、大腸菌発現系やバキュロウィルス発現系)により作製したIL-8やTNF-αの場合には、医薬品として使用する際に、修飾の違いなどに基づく副作用に関して高度の検証をしなければならなかったが、本発明の細胞を使用して得られたIL-8やTNF-αについては、そのような副作用が生じる危険性を最小にすることができる。
【0028】
IL-8はマクロファージ由来の白血球遊走因子であり、急性期炎症反応の際には好中球の走化性を誘導・活性化するなど、重要な役割を果たしている。したがって、炎症の治療に際して、本発明の細胞から得られたIL-8を投与することにより、白血球(特に好中球)の遊走を誘導して、症状の軽減および治癒に寄与することが期待される。
【0029】
また、TNF-αは、マクロファージを細菌(特にリポ多糖、LPS)やウィルス、寄生虫などで刺激した際に産生されるサイトカインであり、種々の固形癌に出血性の壊死を生じさせる。したがって、腫瘍の治療に際して、本発明の細胞から得られたTNF-αを投与することにより、腫瘍組織の壊死を誘導して、症状の軽減および治癒に寄与することが期待される。
【0030】
また、イヌのIL-8、TNF-αについて、これまではバキュロウイルス等のベクターに組み込み、非哺乳動物細胞発現系を使用した組換え体を使用していたが、本発明の方法では、タンパク質レベルにおいても、また糖鎖修飾などの修飾のレベルにおいても、天然型のイヌIL-8およびTNF-αと全く同一のサイトカインを取得することができることから、安価で、天然型のイヌのIL-8およびTNF-αを産生することができる。
【0031】
本明細書の以下において、発明をより詳細に説明する目的で、実施例を記載する。この実施例の記載は、本発明の範囲を限定することを目的としたものではなく、単に発明をより詳細に説明することを目的としたものである。
【実施例】
【0032】
実施例1:イヌ組織球肉腫由来腫瘍細胞株の株化
本実施例においては、組織球肉腫と診断されたイヌから、株化細胞を作製することについて説明する。
【0033】
前肢皮下に組織球肉腫と診断された原発性腫瘍を発症した7歳齢の雌のフラットコーデットレトリバーにおいて、左後肢に転移した皮下腫瘍、骨髄転移腫瘍、および末梢血腫瘍細胞を採取することにより、組織球肉腫由来の腫瘍細胞を取得した。このフラットコーテッドレトリバーでは、最初に発生した前肢皮下の腫瘍については外科的に切除したものの、その後、再び後肢に腫瘍が転移し、さらには骨髄・末梢血中にも腫瘍細胞が確認されたことから腫瘍細胞の悪性度は高いことが予想された。
【0034】
このようにして得られた腫瘍細胞を、塩類溶液(Dulbecco’PBS)を用いて洗浄した後、メスおよび注射針を使用して細切し、ピペッティングにより細胞をバラバラにした。次いで、洗浄用RPMI 1640培地(10.4 gのRPMI 1640(31800-089, GIBCO)、1.0 gのL-グルタミン、0.11 gのピルビン酸ナトリウム、および4.77 gのHEPESを1000 mlの蒸留水中に溶解した培地に、20 mlの7%NaHCO3、30 mlのFBS、0.4 mlの1.5%ストレプトマイシンを添加したもの)にて細胞を懸濁し、その後1200 rpm、5分間の遠心分離を行った。再懸濁および遠心分離を5回繰り返し、最終的に、培養用RPMI 1640培地(10.4 gのRPMI 1640(31800-089, GIBCO)、1.0 gのL-グルタミン、0.11 gのピルビン酸ナトリウム、および4.77 gのHEPESを1000 mlの蒸留水中に溶解した培地に、20 mlの7%NaHCO3、180 mlのFBS、0.4 mlの1.5%ストレプトマイシンを添加したもの)中に目的とする細胞を1×106/mlの濃度で含有する細胞の懸濁液を調製した。
【0035】
このようにして調製した皮下腫瘍由来細胞、骨髄由来細胞、および末梢血由来細胞を、BIOCOAT(CollagenICellware 60mm Dish)(BECTON DICKINSON)中に、1シャーレあたり5 ml(すなわち、シャーレ当たり5×106/ml)となるようにそれぞれ播種した。細胞を、新鮮な培養用RPMI 1640培地に交換しながら、37℃、5%CO2、加湿条件下で培養を行ったところ、この細胞は、シャーレの底に軽く張り付き増殖することが明らかになった。そして細胞は、3〜4日に一回の頻度で、0.1%トリプシン・0.02%EDTAを使用するか、または強くピペッティングを行うことにより、継代しながら培養を継続した。
【0036】
得られた培養細胞を、限界希釈法によりクローニングし、皮下腫瘍由来樹立細胞、骨髄由来樹立細胞、および末梢血由来樹立細胞の3種類の細胞株を樹立した。クローニングした樹立細胞の倍加時間は、播き込み細胞数1×105 /mlの場合に約48時間であった。このうち、末梢血由来樹立細胞を、CHS(F3)の番号で、独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター(千葉県木更津市)に寄託した。
【0037】
実施例2:細胞の形態学的特徴
本実施例は、実施例1で得られた腫瘍細胞の、形態学的特徴について検索することを目的として行った。
【0038】
まず、皮下腫瘍を採取した際の形態学的検索の結果を、図1に示す。図1(a)および図1(b)は、皮下腫瘍組織から作製した4μm厚の組織切片のヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色)像を示し、図1(b)は図1(a)の2.5倍拡大像である。そして、図1(c)および図1(d)は、イヌの末梢血塗抹標本のメイ・グリュンワルド・ギムザ染色を示す。
【0039】
図1(a)および図1(b)において示される組織像から、円形から楕円形または不整形の大小不同の核を有する核/細胞質比(N/C比)の高い腫瘍細胞で占められる中、紡錘形の細胞や多核細胞も散見されることが明らかになった。また、図1(c)および図1(d)において示される塗沫標本の組織像から、末梢血中には大型の単核細胞がいくつか確認され、その大型の単核細胞の細胞質内には空胞が認められた。また、核小体が明瞭であることからも、他の白血球細胞とは区別され、腫瘍細胞が末梢血中に混在していることが示された。
【0040】
さらに、図2は、皮下腫瘍組織の電子顕微鏡像を示す。腫瘍細胞は核小体が明瞭で、組織球特有のくびれを持った核を有し、細胞質中には多数のミトコンドリア、粗面小胞体が観察され、空胞も確認された。
【0041】
一方、図3において、3種類の樹立細胞株、すなわち、皮下腫瘍由来樹立細胞株(図3(a))、骨髄由来樹立細胞株(図3(b))、および末梢血由来樹立細胞株(図3(c))のメイ・グリュンワルド・ギムザ染色を示す。3種類の細胞系はいずれも、核小体明瞭でN/C比の高い小円形の細胞とN/C比の低い多形性の細胞が混在し、多核巨細胞も観察された。また、細胞質内に空胞を持つレース状の細胞質の細胞も多数認められた。これらの顕微鏡写真を比較する限り、樹立された3種類の細胞株は、すべて同様の形態学的特徴を有していることが示された。
【0042】
また、図4において、末梢血由来樹立細胞株についての培養細胞の電子顕微鏡像を示す。この電子顕微鏡像において、樹立細胞は、ややN/C比が低く、核小体明瞭で、広い細胞質中には多数のミトコンドリア、粗面小胞体が観察され、空胞や食胞、ライソソームも確認された。
【0043】
実施例3:樹立細胞の組織学的・生理学的特徴
本実施例においては次に、樹立細胞株の由来を明らかにすることを目的として、得られた樹立細胞株について、組織学的・生理学的な検索を行った。具体的には、酵素組織化学染色および免疫組織化学染色を行うとともに、フローサイトメーターによる細胞表面抗原のタイピングを行った。
【0044】
酵素組織化学染色としては、酸性ホスファターゼ染色および非特異的エステラーゼ染色を行った。酸性ホスファターゼは、ACP染色キット(No.1573-2)(武藤化学株式会社)を使用して、発色色素を発色させることにより検出した。また、非特異的エステラーゼは、エステラーゼ染色キット(No.1569-2)(武藤化学株式会社)を使用して、発色色素を発色させることにより検出した。
【0045】
この結果、樹立細胞は、酸性ホスファターゼ染色、非特異的エステラーゼ染色に関して陽性を呈し(それぞれ図5(a)および図5(b))、非特異的エステラーゼ染色はフッ化ナトリウムにより強く阻害されることが示された(図5(c))。フッ化ナトリウム(NaF)は単球エステラーゼの染色性をほぼ消失させることから、樹立細胞は、単球系の細胞であることが予想された。
【0046】
さらに、本実施例においては、免疫組織化学染色として、GM-CSFおよびE-カドヘリンを特異的抗体(それぞれ、マウス抗GM-CSF抗体(他の研究を行っている共同研究者から分与)、およびマウス抗E-カドヘリン(Clone:4A2C7)(ZYMED社)を使用して細胞組織化学的に染色した。この結果、マクロファージおよびTリンパ球で産生が認められるGM-CSFについては陽性を呈したが、E-カドヘリンは対照とほぼ同様の染色像が認められ、したがって樹立細胞特異的ではなかった。
【0047】
また、種々の細胞表面マーカーに対する抗体を使用して、フローサイトメトリーにより細胞表面マーカーの特徴を調べた。本実施例における検索は、CD4、CD8a、CD11b、CD11c、CD14、CD204、濾胞樹状細胞、MHCクラスII、を対象として行った。これらのマーカーに対する抗体は、以下に述べるようにセロテック社、VMRD社、トランスジェニック社およびダコ社から入手可能である(それぞれのカタログ番号は、ラット坑イヌCD4(MCA1749)(serotec)、ラット坑イヌCD8alpha(MCA1223)(serotec)、CD11b(共同研究者がILRIから正式に手続きを行い、譲渡された抗ウシモノクローナル抗体)、ラット坑イヌCD11c(MCA1778S)(serotec)、マウス抗CD14(P.O. BOX 502)(VMDR,Inc.)、マウス抗ヒトマクロファージスカベンジャーレセプターA(MSR-A:CD204)(Trans Genic Inc.)、マウス抗ヒト濾胞樹状細胞(M7157)(DakoCytomation)、マウス抗ヒトHLA-DR Alpha-Chain(M0746)(DakoCytomation))。
【0048】
フローサイトメトリーの結果、CD11b、CD11c、CD14、およびMHCクラスIIについて陽性であったが、CD4、CD8a、CD204、については陰性であり、そして濾胞樹状細胞については弱陽性であった(図6(a)〜(h))。
【0049】
本実施例において得られた結果を、以下の表1にまとめる。この結果、本発明の樹立細胞は、CD11b陽性、CD11c陽性、CD14陽性、MHCクラスII陽性およびGM-CSF陽性であることが示された。これらの特徴は、マクロファージの表現型特性(CD11b陽性、CD11c陽性、CD14陽性、FcγRIIIA(CD16)陽性、CD18陽性、CD68陽性、CD36陽性、VCAM-1陽性、およびHLA-DR(MHCクラスII抗原)陽性)と類似していること、また非特異的エステラーゼ染色がNaFにより阻害されたこと、から、本発明の樹立細胞が、マクロファージに由来する細胞である可能性が高いことが示された。
【0050】
【表1】
【0051】
この樹立細胞株をヌードラットの背部皮下へ移植したところ、腫瘍細胞は対数的に増殖し、移植後20〜25日に腫瘍体積が急激に増大し始め、40日ほどで14 cm3まで成長した。腫瘍の組織像は皮下腫瘍組織同様の所見を示し、多数の核分裂像も確認できた。また、前述した3系全ての樹立細胞株で腫瘍細胞の生着が確認され、それぞれの移植部位における組織所見はほぼ同様のものであった(データは示さず)。
【0052】
さらに、担癌ヌードラットでは、移植した腫瘍細胞が肺転移を生じた。移植後62日目に剖検したところ、肺に乳白色の転移巣が数個散在して観察され、この肺転移組織のHE染色では肺組織細胞に混じり、核小体明瞭の大型のマクロファージ様細胞が多数観察された。このマクロファージ様細胞は核内増殖抗原(Proliferating Cell Nuclear Antigen;PCNA)に対する抗体を用いて酵素抗体法により染色したところ、PCNA陽性を示し、この細胞は増殖活性が亢進された腫瘍細胞の転移巣であることが示された(データは示さず)。
【0053】
実施例4:樹立細胞株の貪食作用
本実施例においては、樹立細胞株がどのような細胞特性を有しているのかを明らかにすることを目的として、樹立細胞株の貪食作用を調べた。
【0054】
前述したとおり、本発明の樹立細胞株は、マクロファージに由来している可能性が考えられたことから、まずマクロファージの主要な機能の一つである貪食能について、検討を行った。腫瘍細胞株において、酵母様真菌(1×108)またはモルモット赤血球(5×109)と共にインキュベートしたところ、酵母様真菌またはモルモット赤血球に対する活発な貪食像が観察された(図7)。
【0055】
実施例5:樹立細胞株のサイトカイン産生作用
本実施例においては、樹立細胞株がどのような細胞特性を有しているのかを明らかにすることを目的として、樹立細胞株のサイトカイン産生作用を調べた。
【0056】
まず、培養細胞を、それぞれ1×104 /ml、2×104 /ml、5×104 /m1、1×105/mlの濃度で調製し、60 mmシャーレに6 mlずつ添加して細胞培養を開始した。培養液としては、実施例1において使用した培養用RPMI 1640培地を使用し、培養液は実験終了時まで交換しなかった。培養上清サンプルは、培養開始時(時間0)、およびその後24時間ごとに168時間(開始後7日後)まで、回収した。
【0057】
IL-8産生
培養上清中に放出されたIL-8について、Quantikine Canine CXCL8 Immunoassay(No.CA8000)(R&D SYSTEMS)を使用したELISAにより測定した結果を図8に示す。
【0058】
この図において、棒グラフは、播き込み細胞数が1×105 /mlの場合のIL-8の産生量の推移を示し、「▲」は播き込み細胞数1×105/mlの増殖曲線を、「■」は播き込み細胞数5×104 /m1の増殖曲線を、「●」は播き込み細胞数2×104 /mlの増殖曲線を、そして「◆」は播き込み細胞数1×104/mlの増殖曲線をそれぞれ示す。このグラフから、培養開始後72時間後から培養上清中に放出されるIL-8の量が急激に増加することが明らかになった。
【0059】
さらに、培養条件と樹立細胞株のIL-8産生量とのあいだの相関を調べるため、様々な培養条件下で72時間のあいだ細胞を培養して、培養上清中に放出されたIL-8の量をELISAにより測定した。
【0060】
まず、本発明の樹立細胞株をLPS刺激やその他の刺激を行うことなく培養した場合、およそ80 ng/mlのIL-8を培養上清中に産生したことが明らかになった(図9)。このことから、この細胞株は、LPSでの刺激やその他の刺激なしでIL-8を大量に産生し続けることができる細胞株であることが明らかになった。
【0061】
次に、本発明の樹立細胞株をLPSを10μg/ml添加した培養液中で72時間のあいだ培養した場合、およそ150 ng/mlのIL-8を培養上清中に産生したことが、一方、LPSでの刺激やその他の刺激なしで、無血清培養液中で培養した場合でも同様に、本発明の樹立細胞株は、11.4 ng/mlのIL-8を産生したことが明らかになった(図9)。
【0062】
この結果から、本発明の樹立細胞株は、天然型イヌIL-8を、LPSなどの刺激を与えることなく、常時大量に(培養上清中80 ng/ml)、また無血清条件下であっても(培養上清中11.4 ng/ml)採取できる利点がある。この樹立細胞株は、特別な条件を使用することなく増殖することもできることから、この細胞株を使用することにより、煩雑な精製過程も必要なく、IL-8を容易に取得することが可能である。
【0063】
TNF-α産生
次に、培養条件と樹立細胞株のTNF-α産生量との相関を調べるため、様々な培養条件下で72時間のあいだ細胞を培養して、培養上清中に放出されたTNF-αの量をQuantikine Canine TNF-α Immunoassay(No.CATA00)(R&D SYSTEMS)によるELISAにより測定した。
【0064】
まず、本発明の樹立細胞株をLPS刺激やその他の刺激を行うことなく培養した場合、TNF-αは、培養上清中にほとんど産生されなかった(図10)。
次に、本発明の樹立細胞株にLPSを10μg/ml添加した培養液中で72時間のあいだ培養した場合、およそ15 ng/mlのTNF-αを培養上清中に産生したことが、また、LPSで刺激した無血清培養液中で培養した場合でも同様に、本発明の樹立細胞株は、3.3 ng/mlのTNF-αを産生したことが、明らかになった(図10)。
【0065】
この結果から、本発明の樹立細胞株は、天然型イヌTNF-αを、LPSなどの刺激を与えることにより、大量に(培養上清中15 ng/ml)、また無血清条件下であっても(培養上清中3.3 ng/ml)採取できる利点がある。この樹立細胞株は、特別な条件を使用することなく増殖することもできることから、この細胞株を使用することにより、煩雑な精製過程も必要なく、TNF-αを容易に取得することが可能である
サイトカイン関連遺伝子の検索
播き込み細胞数1×105/mlで、3日間培養した本発明の細胞株から全RNAを採取し、これを鋳型として、サイトカイン関連遺伝子に関するRT-PCRを一般的に知られるプロトコルにしたがって行った。サイトカイン関連遺伝子として、IL-1β、IL-6、IL-10、IL-12 p40、そしてTNF-αを選択し、それぞれの遺伝子に対して、以下のPCRプライマーを設計・使用して、RT-PCRを行った:
IL-1β:
フォワードプライマー:tctcccacca gctctgtaac aa(SEQ ID NO: 1);
リバースプライマー:gcagggcttc ttcagcttct c(SEQ ID NO: 2);
IL-6:
フォワードプライマー:tcctggtgat ggctactgct t(SEQ ID NO: 3);
リバースプライマー:gactatttga agtggcatca tcctt(SEQ ID NO: 4);
IL-10:
フォワードプライマー:cgctgtcacc gatttcttcc(SEQ ID NO: 5);
リバースプライマー:ctggagctta ctaaatgcgc tct(SEQ ID NO: 6);
IL-12 p40:
フォワードプライマー:cagcagagag ggtcagagtg g(SEQ ID NO: 7);
リバースプライマー:acgacctcga tgggtaggc(SEQ ID NO: 8);そして
TNF-α:
フォワードプライマー:gagccgacgt gccaatg(SEQ ID NO: 9);
リバースプライマー:caacccatct gacggcacta(SEQ ID NO: 10)。
【0066】
また、対照としてβ-アクチンを使用し、β-アクチン遺伝子については以下のPCRプライマーを設計・使用して、RT-PCRを行った。
β-アクチン:
フォワードプライマー:ccgcgagaag atgacccaga(SEQ ID NO: 11);
リバースプライマー:gtgaggatct tcatgaggta gtcgg(SEQ ID NO: 12)。
【0067】
この結果から、IL-1β、IL-6、IL-12 p40、そしてTNF-α遺伝子の発現が明らかになった(図11)。
【産業上の利用可能性】
【0068】
マクロファージの主要な機能は、(1)貪食能、(2)遊走能、(3)抗原提示能、(4)サイトカイン産生であり、本発明の樹立細胞株これらの特徴のうち、(1)、(2)および(4)の特徴において、マクロファージの特徴と共通していた。そのことから判断して、本発明の樹立細胞株は、マクロファージに由来する腫瘍細胞であることが示される。そしてヌードラットへの移植では転移と思われる肺への浸潤が高頻度に観察されたことと合わせて、本発明の樹立細胞株は、マクロファージ系腫瘍のモデルを提供すると考えられる。
【0069】
さらに、従来知られているマクロファージ系細胞とは比較にならないほど高効率で、培養条件下においてIL-8およびTNF-αを産生することができることから、イヌにおいて、慢性の炎症で不足する内因性IL-8を、本発明の樹立細胞株により生成されたIL-8で外部から補い、炎症を治癒することができる。また、IL-8は、強力な好中球の走化因子であることから、イヌ好中球減少症の治療にも使用できる。さらに、IL-8は、In vitroで好中球を効率よく増殖させることにも使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】図1は、皮下腫瘍を採取した際の形態学的検索の結果を示す。
【図2】図2は、皮下腫瘍組織の電子顕微鏡像を示す。
【図3】図3は、3種類の樹立細胞株、すなわち、皮下腫瘍由来樹立細胞株(a)、骨髄由来樹立細胞株(b)、および末梢血由来樹立細胞株(c)のメイ・グリュンワルド・ギムザ染色を示す。
【図4】図4は、末梢血由来樹立細胞についての培養細胞の電子顕微鏡像を示す。
【図5】図5は、本発明の樹立細胞株について、組織学的・生理学的な検索を行った結果を示す。
【図6】図6は、本発明の樹立細胞株について、フローサイトメトリーを行った結果を示す。
【図7】図7は、本発明の樹立細胞株が、酵母様真菌またはモルモット赤血球に対する活発な貪食性を有することを示す。
【図8】図8は、培養条件下における本発明の樹立細胞株の増殖の進行についての結果および培養上清中に放出されたIL-8について、ELISAにより測定した結果を示す。
【図9】図9は、種々の培養条件と樹立細胞株のIL-8産生量とのあいだの相関を示す。
【図10】図10は、種々の培養条件と樹立細胞株のTNF-α産生量とのあいだの相関を示す。
【図11】図11は、種々のサイトカイン関連遺伝子に関するRT-PCRを行った結果を示す。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養条件下においてサイトカインを持続的に産生する、イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織由来の、マクロファージ系株化細胞。
【請求項2】
CD4(CD4-)、CD8a陰性(CD8a-)、CD11b陽性(CD11b+)、CD11c陽性(CD11c+)、およびCD14陽性(CD14+)の細胞表面抗原特性を有する、請求項1に記載のマクロファージ系株化細胞。
【請求項3】
無刺激の培養条件下においてサイトカインを持続的に産生する、請求項1に記載のマクロファージ系株化細胞。
【請求項4】
産生されるサイトカインが、インターロイキン-8(IL-8)である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のマクロファージ系株化細胞。
【請求項5】
産生されるサイトカインが、腫瘍壊死因子α(TNF-α)である、請求項1または2に記載のマクロファージ系株化細胞。
【請求項6】
寄託番号NITE AP-645である、マクロファージ系株化細胞。
【請求項1】
培養条件下においてサイトカインを持続的に産生する、イヌの組織球肉腫組織または組織球症組織由来の、マクロファージ系株化細胞。
【請求項2】
CD4(CD4-)、CD8a陰性(CD8a-)、CD11b陽性(CD11b+)、CD11c陽性(CD11c+)、およびCD14陽性(CD14+)の細胞表面抗原特性を有する、請求項1に記載のマクロファージ系株化細胞。
【請求項3】
無刺激の培養条件下においてサイトカインを持続的に産生する、請求項1に記載のマクロファージ系株化細胞。
【請求項4】
産生されるサイトカインが、インターロイキン-8(IL-8)である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のマクロファージ系株化細胞。
【請求項5】
産生されるサイトカインが、腫瘍壊死因子α(TNF-α)である、請求項1または2に記載のマクロファージ系株化細胞。
【請求項6】
寄託番号NITE AP-645である、マクロファージ系株化細胞。
【図6】
【図8】
【図9】
【図10】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図7】
【図11】
【図8】
【図9】
【図10】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図7】
【図11】
【公開番号】特開2010−68789(P2010−68789A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−243310(P2008−243310)
【出願日】平成20年9月22日(2008.9.22)
【出願人】(502341546)学校法人麻布獣医学園 (17)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月22日(2008.9.22)
【出願人】(502341546)学校法人麻布獣医学園 (17)
【Fターム(参考)】
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