説明

イヌリン誘導体およびその製造方法

【課題】トシル化イヌリン、アジド化イヌリン、機能性基修飾イヌリンのようなイヌリン誘導体と、その製造方法の提供。
【解決手段】式(I)で示される繰り返し単位からなる、イヌリン誘導体、およびその製造方法。ここで式中、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表し、Rは、メチル基、エチル基、トリフルオロメチル基、フェニル基などを表し、nは2〜1000の整数を表す。ただし、X、X’およびX’’がすべて水酸基となる場合を除く。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
発明の分野
本発明は、イヌリン誘導体およびその製造方法に関する。
【0002】
背景技術
直鎖状β−1,2−フルクタンであるイヌリンは、キク科の植物の球根に栄養源として貯蔵される果糖重合体であり、現在では主としてチコリー(菊苦菜)の根のほか、ダリアやニンニクの球根などから採取される。イヌリンは、人体におけるデンプン分解酵素であるアミラーゼおよびプチアリンによって消化されず、直接結腸に届いてそこで初めてバクテリアによる分解代謝を受ける。このため、乳酸菌などの有用な腸内細菌を増やすためのプレバイオティクスとしての効果が非常に高い。
【0003】
この様に消化過程によって単糖まで分解されることが無く人体に吸収されても血糖値が上昇しないため、近年では糖尿病患者に対する砂糖や小麦粉の代替品として食品分野での活用も始まっている。また、安価に入手可能であること、さらには抗がん活性を有することなどから、製薬業界からの注目も近年高まっている。
また、イヌリンは生体適合性が高く、人間の生分解酵素によって代謝されないことから、そのゲル系性能と併せてドラッグデリバリー(DDS)用のドラッグキャリアとしての期待も高い。
【0004】
イヌリンの化学修飾によって得られるイヌリン誘導体は、食品分野や医療分野、さらには分析化学分野における新素材として、非常に興味ある高分子誘導体となり得る。
【0005】
しかしながら、これまでに報告されている化学修飾イヌリンの例は非常に少なく、例えば、カルボキシメチルイヌリンに関して特許第3532209号公報(特許文献1)に開示が見られるものの、特にイヌリンのトシル化およびアジド化に成功した例は、本発明者らの知る限り存在しない。また、イヌリンに対して自在に機能性基を導入するための一般的手法も、本発明者らの知る限り未だに存在しない。これは、イヌリン主鎖が化学処理および熱処理に対して非常に不安定であり、化学処理中の主鎖切断が起こってしまうこと、および、それに伴って、化学修飾処理後の精製作業が困難となり、目的物の収率が非常に低くなること等に起因すると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3532209号公報
【発明の概要】
【0007】
本発明者らは今般、イヌリンを極性溶媒に溶解させた後、塩基の存在下、スルホニル化剤を反応させることによって、イヌリン中に存在する水酸基をスルホン酸残基によって直接置換し、トシル化イヌリン等のスルホニル化したイヌリンを得ることができた。このとき、イヌリン中の水酸基のうち6位の水酸基を選択的にスルホン酸残基によって直接置換することができた。そして、これをアジド化することによって、導入されていたスルホニル基をアジド化し、アジド化イヌリンを合成することに成功した。このとき、イヌリン中の6位を選択的にスルホニル化していたものを使用すると、6位が選択的にアジド化されたアジド化イヌリンを合成することができた。また、スルホニル化したイヌリンを回収する際に、透析膜と使って透析した後、乾燥させ、これをクロロホルム洗浄することによって精製することで、スルホニル化したイヌリンおよびその後得られるアジド化イヌリンの収率を大幅に高めることにも成功した。トシル化イヌリンおよびアジド化イヌリンは従来得られておらず、本発明者らにより初めて合成し精製して得られたものである。スルホニル化したイヌリンを回収する差異の精製過程は、トシル化イヌリンおよびアジド化イヌリンを得る上で、効果的なものであると言えた。さらに、得られたアジド化イヌリンと三重結合末端を有する各種機能性残基を反応させることによって、トリアゾール環を介して各種機能性基を導入したイヌリン誘導体の合成にも成功した。
本発明はこれら知見に基づくものである。
【0008】
本発明は、トシル化イヌリン、アジド化イヌリンのようなイヌリン誘導体と、その製造方法を提供することをその目的とする。
【0009】
すなわち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1) 下記式(I)で示される繰り返し単位からなる、イヌリン誘導体:
【化1】

[式中、
X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表し、
前記Rは、メチル基、エチル基、トリフルオロメチル基、フェニル基、p−メチルフェニル基、o−ニトロフェニル基、p−ニトロフェニル基、o−ブロモフェニル基、またはp−ブロモフェニル基を表し、
前記Tはトリアゾール基の残基を表し、
前記Zは、単結合、酸素原子、硫黄原子、窒素原子、アミド基、またはカルボニル基を表し、
前記Aは、糖もしくはその誘導体、ポルフィリン様大環状化合物、多環芳香族炭化水素もしくはその誘導体、およびフェロセンからなる群より選択される機能性分子の残基を表し、
前記mは、0〜6の整数を表し、
nは2〜1000の整数を表し、
ただし、X、X’およびX’’がすべて水酸基となる場合を除く]。
【0010】
(2) 下記式(Ia)で示される繰り返し単位からなる、前記(1)のイヌリン誘導体:
【化2】

[式中、
Xは、繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよく、水酸基、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表し、
前記Rは、メチル基、エチル基、トリフルオロメチル基、フェニル基、p−メチルフェニル基、o−ニトロフェニル基、p−ニトロフェニル基、o−ブロモフェニル基、またはp−ブロモフェニル基を表し、
前記Tはトリアゾール基の残基を表し、
前記Zは、単結合、酸素原子、硫黄原子、窒素原子、アミド基、またはカルボニル基を表し、
前記Aは、糖もしくはその誘導体、ポルフィリン様大環状化合物、多環芳香族炭化水素もしくはその誘導体、およびフェロセンからなる群より選択される機能性分子の残基を表し、
前記mは、0〜6の整数を表し、
nは2〜1000の整数を表し、
ただし、Xがすべて水酸基となる場合を除く]。
【0011】
(3) Rが、メチル基、またはp−メチルフェニル基である、前記(1)または(2)のイヌリン誘導体。
【0012】
(4) Zが、アミド基、酸素原子、または硫黄原子である、前記(1)〜(3)のいずれかのイヌリン誘導体。
(5) Aが、単糖、オリゴ糖、多糖、シアロオリゴ糖からなる群から選択される糖の残基である、前記(1)〜(4)のいずれかのイヌリン誘導体。
(6) mが、1〜3の整数である、前記(1)〜(5)のいずれかのイヌリン誘導体。
【0013】
(7) 式(Ia)において、Xが、繰り返し単位間で同一または異なっていてもよく、水酸基、または基−SO−Rを表し;基−SO−Rの繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基である、前記(2)〜(6)のいずれかのイヌリン誘導体。
(8) 式(Ia)において、Xが、繰り返し単位間で同一または異なっていてもよく、水酸基、基−SO−R、またはアジド基を表し;アジド基の繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基、または基−SO−Rである、前記(2)〜(6)のいずれかのイヌリン誘導体。
(9) 式(Ia)において、Xが、繰り返し単位間で同一または異なっていてもよく、水酸基またはアジド基を表し;アジド基の繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基である、前記(2)〜(6)のいずれかのイヌリン誘導体。
(10) 式(Ia)において、Xが、繰り返し単位間で同一または異なっていてもよく、水酸基、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表し;基−T−(CH−Z−Aの繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基、基−SO−R、またはアジド基である、前記(2)〜(6)のいずれかのイヌリン誘導体。
【0014】
(11) nが2〜140の整数を表す、前記(1)〜(10)のいずれかのイヌリン誘導体。
【0015】
(12) 前記(1)の式(I)のイヌリン誘導体の製造方法であって、
(i) 下記式(II)のイヌリン:
【化3】

[式中、nは2〜1000の整数を表す]
を、極性有機溶媒中にて塩基の存在下、スルホニル化剤と反応させて、イヌリンの水酸基を置換し、式(I)[式中、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基または基−SO−Rを表し、Rおよびnは前記(1)の定義と同じであり、ただし、X、X’およびX’’がすべて水酸基となる場合を除く]のイヌリン誘導体を得、
(ii) 必要に応じてさらに、前記(i)の工程で得られた誘導体の基−SO−Rを、アジド化して、式(I)[式中、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、基−SO−R、またはアジド基を表し、Rおよびnは請求項1の定義と同じであり、ただし、Xがすべて水酸基となる場合を除く]のイヌリン誘導体を得、
(iii) 必要に応じてさらに、前記(ii)の工程で得られた誘導体を、HC≡C−Q[ここでQは、基−(CH−Z−Aを表す(ここで、Z、Aおよびmは請求項1の定義と同じである)]とを反応させ、式(I)[式中、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表し、R、Z、A、mおよびnは請求項1の定義と同じであり、ただし、Xがすべて水酸基となる場合を除く]のイヌリン誘導体を得る
ことを含んでなる、方法。
【0016】
(13) 工程(i)において、イヌリンをスルホニル化剤と反応させて得られた反応溶液を透析した後、乾燥させ、これを洗浄用有機溶媒で洗浄し、該有機溶媒不溶分を回収することによって、式(I)のイヌリン誘導体を得ることをさらに含んでなり、
ここで該洗浄用有機溶媒が、クロロホルム、ジクロロメタン、テトラヒドロフラン、トルエン、酢酸エチル、メタノール、エタノール、n−プロパノール、およびイソプロパノールからなる群より選択されるものである、前記(12)の方法。
【0017】
(14) 極性有機溶媒が、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、またはN−メチル−2−ピロリドン(NMP)である、前記(12)または(13)の方法。
【0018】
(15) 工程(i)において用いられる塩基が、トリエチルアミン、またはピロリドンである、前記(12)〜(14)のいずれかの方法。
【0019】
(16) 得られる式(I)のイヌリン誘導体が、請求項2記載の式(Ia)のイヌリン誘導体である、前記(12)〜(15)のいずれかの方法。
(17) Rが、メチル基、またp−メチルフェニル基である、前記(12)〜(16)のいずれかの方法。
(18) スルホニル化剤が、p−トルエンスルホン酸クロライド、またはメタンスルホン酸クロライドである、前記(17)の方法。
【0020】
多糖類の化学修飾において、従来、主たる精製方法として汎用されてきたのはメタノール沈殿法であった。メタノール沈殿法は、多糖類が溶解している溶液にメタノールを加え、多糖誘導体を沈殿させる方法、または、多量のメタノールに、多糖類が溶解している溶液を加え、多糖誘導体を沈殿させる方法である。しかしながら、イヌリンのトシル化処理を試みた後に、メタノール沈殿処理を行っても、生成物の沈殿が皆無であり、トシル化イヌリンを得ることは出来なかった。ところが、本発明においては、上記したような今回の手法に従って調製することによって、トシル化イヌリン(例えば、最大収率24%程度)を初めて得ることに成功した。また、アジ化ナトリウムを用いて得られたトシル化イヌリンのアジド化を行うことにより、初めてアジド化イヌリンを合成することにも成功した。前記したように、本発明者らの知る限り、トシル化イヌリンおよびアジド化イヌリンもこれまでに得られたという報告なく、今回初めて得られたものである。トシル化イヌリン等のスルホニル化イヌリンは、アジド化イヌリン合成のための重要な前駆体となる一方、アジド化イヌリンは、Cu存在下で三重結合末端を有する各種機能性ユニットと容易に反応することが予想できことから、各種機能性イヌリン合成の鍵(キー)中間体として重要であると言える。本発明によれば、このようなトシル化イヌリンおよびアジド化イヌリンを効率的に得ることができる。
【0021】
さらに例えば、後述する実施例において示すように、三重結合末端を有するラクトース誘導体と、アジド化イヌリンとをカップリングさせることにより、イヌリンに簡便にラクトースを導入することができ、これにより、ラクトース由来のタンパク質(レクチン)認識能をイヌリンに付与することに成功した。したがって、本発明によれば、各種機能性基を導入したイヌリンを効率的に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明によって得られたトシル化イヌリンのH NMRスペクトル(DMF−,60℃)の測定結果を示す。
【図2】本発明によって得られたアジド化イヌリンのH NMRスペクトル(DMSO−,60℃)の測定結果を示す。
【図3】本発明によって得られたアジド化イヌリンのIRスペクトル(KBr法)の測定結果を示す。
【図4】本発明によって得られたラクトース修飾イヌリンのIRスペクトル(KBr法)の測定結果を示す。
【図5】本発明によって得られたラクトース修飾イヌリンの13C NMRスペクトル(DMSO−,60℃)の測定結果を示す。
【図6】様々な濃度でイヌリン(Inu)およびラクトース修飾イヌリン(Inu−Lac)を添加した際のFITC−RCA120の相対的蛍光強度を示す。
【発明の具体的説明】
【0023】
イヌリン誘導体
本発明によるイヌリン誘導体は、前記した式(I)で示される繰り返し単位からなる。
式(I)において、X、X’およびX’’は、この内の1以上が、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表すことができ、残りがある場合にはそれは水酸基を表すことが望ましい。
【0024】
式(I)において、好ましくは、X、X’およびX’’は、水酸基、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表し、かつ、X、X’およびX’’は、この内の少なくとも2つが水酸基である。したがって、Xが、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表す場合、X’およびX’’は水酸基であり、X’が、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表す場合、XおよびX’’は水酸基であり、または、X’’が、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表す場合、XおよびX’は水酸基である。
【0025】
式(I)において、繰り返し単位における末端の1位の水酸基は、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aにより置換されていてもよいが、好ましくは、末端の1位の水酸基は、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aによる置換を受けないものである。
【0026】
本発明の好ましい態様によれば、X’およびX’’が水酸基を示し、6位のX基が、水酸基、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表す。すなわち、イヌリン誘導体が、式(Ia)を表すのが好ましい。
【0027】
よって本発明におけるイヌリン誘導体は、好ましくは、前記した式(Ia)で示される繰り返し単位からなり、これはさらに、例えば、下記式(Ib)で表すことができる:
【化4】

[式中、Xは、前記式(Ia)の定義と同じであり(すなわち、R、T、Z、Aおよびmも前記式(Ia)の定義と同じである)、nは2〜1000の整数を表し、ただし、Xがすべて水酸基となる場合を除く。またnが2であるとき、存在する6位水酸基の少なくともいずれか一方は、(水酸基以外の)Xに置換され、またnが奇数の場合には、上記(Ib)はn=n−1とする一方、式(Ia)の単位を一つ加えた構造を有することとなる]。
【0028】
なお、ここで式(I)、式(Ia)および式(Ib)において、その還元末端のフルクトース構造における水酸基(好ましくは2位の水酸基)は、必要によりα−D−グルコース単位により置換されていてもよい。
【0029】
本発明によるイヌリン誘導体としては、例えば、トシル化イヌリン、メシル化イヌリンなどのようなスルホニル化イヌリン、アジド化イヌリン、および機能性基修飾イヌリン(例えば、ラクトース修飾イヌリン)等が挙げられる。
【0030】
スルホニル化イヌリン
本発明によるスルホニル化イヌリン(スルホニル化したイヌリン誘導体)は、イヌリン中のフルクトース単位(フルクトフラノース環構造)の水酸基の一部または全部がスルホニル残基である基−SO−Rにより置換されたイヌリン誘導体のことをいう。ここで、イヌリン中のフルクトース単位の3位と4位の水酸基は、置換されず、6位の水酸基のみが選択的に置換されてなるのが好ましい。また、イヌリン中の水酸基は、基−SO−Rに一部または全部が選択的に置換されていることから、繰り返し単位当たりのその置換の割合は「置換度」(DS)で表すことができる。
【0031】
本願明細書において、「置換度」(DS)とは、イヌリン誘導体に存在するすべての水酸基のうち、目的の置換基で置換された水酸基の割合を意味し、例えば、核磁気共鳴法や、酸加水分解後のHPLC分析を行うことで測定することができる。
【0032】
本発明によるスルホニル化イヌリンは、水酸基の一部または全部がスルホニル残基置換されていることから、SN反応(求核置換反応)を利用して該スルホニル基をアジド化しても主鎖である直鎖状β−1,2−フルクタン構造が維持される。この場合、好ましくは、スルホニル化イヌリンのすべての置換基−SO−Rがアジド基へ変換される。よって、本発明によるスルホニル化イヌリンを用いることにより、有用な中間体として期待されるアジド化イヌリンを合成することができる。
【0033】
本発明によるスルホニル化イヌリンは、好ましくは、式(I)において、X、X’およびX’’が、水酸基または基−SO−Rを表し、基−SO−Rの繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基である。
【0034】
本発明によるスルホニル化イヌリンは、より好ましくは、式(Ia)において、Xは、繰り返し単位間で同一または異なって、水酸基または基−SO−Rであり、基−SO−Rの繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基である。
【0035】
ここで置換度が0より大きいとは、イヌリンの水酸基の少なくとも1以上が基−SO−Rで置換されていることを意味する。
【0036】
式(I)で表されるスルホニル化イヌリンにおいて、繰り返し単位当たりの基−SO−Rによる置換度は、その後のアジド化処理によって、アジド化イヌリンを合成することができるものでれば特に限定されなく、例えば、置換度は、0より大きく1以下であり、好ましくはその下限値は0.01であり、より好ましくは0.02であり、さらに好ましくは0.05である。また前記置換度を数値範囲で表す場合、その値は、好ましくは、0.01〜0.9であり、より好ましくは、0.02〜0.8であり、さらに好ましくは、0.05〜0.7であり、さらにより好ましくは、0.05〜0.5である。
【0037】
ここで基−SO−RにおけるRは、メチル基、エチル基、トリフルオロメチル基、フェニル基、p−メチルフェニル基、o−ニトロフェニル基、p−ニトロフェニル基、o−ブロモフェニル基、またはp−ブロモフェニル基を表し、好ましくは、メチル基、エチル基、トリフルオロメチル基、フェニル基、p−メチルフェニル基、またはo−ニトロフェニル基を表し、より好ましくは、メチル基、トリフルオロメチル基、フェニル基、またはp−メチルフェニル基を表し、さらに好ましくは、メチル基、またはフェニル基、またはp−メチルフェニル基を表す。
【0038】
したがって、前記スルホニル化イヌリンは、Rがメチル基であるとき、メシル化イヌリンであり、Rがp−メチルフェニル基であるとき、トシル化イヌリンである。
【0039】
本発明におけるスルホニル化イヌリンの具体例としては、メシル化イヌリン、トシル化イヌリン、ノシル化イヌリン等が挙げられる。
【0040】
本発明の好ましい態様によれば、イヌリン誘導体、特にスルホニル化イヌリンは、メシル化イヌリン、またはトシル化イヌリンであり、より好ましくはトシル化イヌリンである。
【0041】
式(I)で表されるスルホニル化イヌリンにおいて、X、X’およびX’’における基−SO−Rの割合は、該基−SO−Rをアジド化し、アジド化イヌリンを合成することができれば特に限定されず、例えば、調製の際に使用するスルホニル化剤の量を調整することで、基−SO−Rの数の割合を増減させることができる。
【0042】
したがって、式(Ia)で表されるスルホニル化イヌリンにおいて、Xにおける基−SO−Rの割合は、該基−SO−Rをアジド化し、アジド化イヌリンを合成することができれば特に限定されず、例えば、調製の際に使用するスルホニル化剤の量を調整することで、基−SO−Rの数の割合を増減させることができる。
【0043】
式(I)で表されるスルホニル化イヌリンにおいて、nは、基本的には、合成に使用するイヌリンにおけるnの重合度の値に対応し、例えば、2〜1000であり、好ましくは、2〜140であり、より好ましくは、2〜100であり、さらに好ましくは、2〜80であり、さらにより好ましくは、2〜50である。
【0044】
本願明細書において、「重合度」とは、重合体(イヌリン)を構成する繰り返し単位(フルクトース単位)の数を意味し、数平均分子量と繰り返し単位あたりの分子量に基づいて算出することができる。例えば、ゲル濾過法や、動的光散乱法等を行うことで測定することができる。
【0045】
本発明による前記スルホニル化イヌリンの数平均分子量は、存在する置換基や該置換基の置換度によって異なるが、例えば、340〜25400であり、好ましくは、340〜15800である。
【0046】
本願明細書において、「数平均分子量」とは、高分子(イヌリン)の平均的な分子量としてその分子数に基づいて算出された分子量を意味し、例えば、ゲル濾過法や、動的光散乱法等を行うことで測定することができる。
【0047】
本発明の好ましい態様によれば、スルホニル化イヌリンに包含されるトシル化イヌリンまたはメシル化イヌリンは、式(I)において、X、X’およびX’’が、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、またはトシル基もしくはメシル基を表し、トシル基もしくはメシル基の繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基であり、nが2〜40である。
【0048】
本発明のより好ましい態様によれば、スルホニル化イヌリンに包含されるトシル化イヌリンまたはメシル化イヌリンは、式(Ia)において、Xが、繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよく、水酸基、またはトシル基もしくはメシル基を表し、トシル基もしくはメシル基の繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基であり、nが2〜40である。
【0049】
アジド化イヌリン
本発明によるアジド化イヌリンは、イヌリン中のフルクトース単位(フルクトフラノース環構造)の水酸基の一部または全部がアジド基により置換されたイヌリン誘導体のことをいう。ここで、イヌリン中のフルクトース単位の3位と4位の水酸基は、置換されず、6位の水酸基のみが選択的に置換されてなるのが好ましい。
【0050】
本発明によるアジド化イヌリンは、典型的には、式(I)において、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、基−SO−R、またはアジド基を表し、アジド基の繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基または基−SO−Rである。ただし、式中の基−SO−Rは基本的にはアジド化反応によって、通常は、ほとんどがアジド基に置換されている。
【0051】
本発明によるアジド化イヌリンは、好ましくは、式(I)において、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基またはアジド基を表し、アジド基の繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基である。
【0052】
また、本発明によるアジド化イヌリンは、典型的には、式(Ia)において、Xは、繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよく、水酸基、基−SO−R、またはアジド基を表し、アジド基の繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基または基−SO−Rである。ただし、式中の基−SO−Rは基本的にはアジド化反応によって、通常は、ほとんどがアジド基に置換されている。
【0053】
本発明によるアジド化イヌリンは、好ましくは、式(Ia)において、Xは、繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよく、水酸基またはアジド基を表し、アジド基の繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基である。
【0054】
式(I)で表されるアジド化イヌリンにおいて、前記アジド基の繰り返し単位当たりの置換度は、例えば、0より大きく1以下であり、好ましくはその下限値は0.01であり、より好ましくは0.02であり、さらに好ましくは0.05である。また前記置換度を数値範囲で表す場合、その値は、好ましくは、0.01〜0.9であり、より好ましくは、0.02〜0.8であり、さらに好ましくは、0.05〜0.7であり、さらにより好ましくは、0.05〜0.5である。
【0055】
式(I)で表されるアジド化イヌリンにおいて、nは、基本的には、合成に使用するイヌリンまたはイヌリン誘導体におけるnの重合度の値に対応し、例えば、2〜1000であり、好ましくは、2〜140であり、より好ましくは、2〜100であり、さらに好ましくは、2〜80であり、さらにより好ましくは、2〜50である。
【0056】
本発明による前記アジド化イヌリンの数平均分子量は、存在する置換基や該置換基の置換度によって異なるが、例えば、340〜15000であり、好ましくは、340〜9400である。
【0057】
本発明のより好ましい態様によれば、アジド化イヌリンは、式(I)において、X、X’およびX’’が、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、またはアジド基を表し、アジド基の繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基であり、nが2〜40である。
【0058】
本発明のより好ましい態様によれば、アジド化イヌリンは、式(Ia)において、Xが、繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよく、水酸基、またはアジド基を表し、アジド基の繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基であり、nが2〜40である。
【0059】
機能性基修飾イヌリン(機能性イヌリン誘導体)
本発明による機能性イヌリン誘導体は、イヌリン中のフルクトース単位(フルクトフラノース環構造)の水酸基の一部または全部が機能性基により置換されたイヌリン誘導体のことをいう。ここで、イヌリン中のフルクトース単位の3位と4位の水酸基は、置換されず、6位の水酸基のみが選択的に置換されてなるのが好ましい。
【0060】
本発明による機能性イヌリン誘導体は、典型的には、式(I)において、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表し、基−T−(CH−Z−Aの繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基、基−SO−R、またはアジド基である。ただし、式中の基−SO−Rは基本的にはアジド化反応によって、通常は、ほとんどがアジド基に置換されており、アジド基の多くは基−T−(CH−Z−Aに置換されている。
【0061】
本発明による機能性イヌリン誘導体は、好ましくは、式(I)において、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、アジド基または基−T−(CH−Z−Aを表し、基−T−(CH−Z−Aの繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基またはアジド基である。
【0062】
本発明による機能性イヌリン誘導体は、より好ましくは、式(I)において、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基または基−T−(CH−Z−Aを表し、基−T−(CH−Z−Aの繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基である。
【0063】
また、本発明による機能性イヌリン誘導体は、典型的には、式(Ia)において、Xは、繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよく、水酸基、アジド基または基−T−(CH−Z−A基を表し、基−T−(CH−Z−Aの繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基またはアジド基である。ただし、式中のアジド基は通常、そのほとんどが基−T−(CH−Z−Aに置換されている。
【0064】
本発明による機能性イヌリン誘導体は、好ましくは、式(Ia)において、Xは、繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよく、水酸基または基−T−(CH−Z−Aを表し、基−T−(CH−Z−Aの繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基である。
【0065】
式(I)で表される機能性イヌリン誘導体において、前記機能性基の繰り返し単位当たりの置換度は、例えば、0より大きく1以下であり、好ましくはその下限値は0.01であり、より好ましくは0.02であり、さらに好ましくは0.05である。また前記置換度を数値範囲で表す場合、その値は、好ましくは、0.01〜1であり、より好ましくは、0.02〜1であり、さらに好ましくは、0.03〜1あり、さらにより好ましくは、0.05〜1である。
【0066】
式(I)において、基−SO−Rの繰り返し単位当たりの置換度は、特に限定されないが、例えば、0〜0.9であり、好ましくは、0〜0.5であり、より好ましくは、0〜0.1である。
【0067】
式(I)において、アジド基の繰り返し単位当たりの置換度は、特に限定されないが、例えば、0〜0.9であり、好ましくは、0〜0.5であり、より好ましくは、0〜0.1である。
【0068】
式(I)において、X基における、基−T−(CH−Z−A、水酸基、基−SO−R、およびアジド基の割合は、特に限定されないが、例えば、基−T−(CH−Z−Aの数は、水酸基の数と基−SO−Rの数とアジド基の数との和より多くすることができる。水酸基、基−SO−R、およびアジド基の割合、使用目的に応じて適宜決定することができるが、例えば、水溶性を高めることを目的として、水酸基の数を基−SO−Rの数とアジド基の数との和より多くすることができる。
【0069】
式(I)で表される機能性イヌリン誘導体において、nは、基本的には、合成に使用するイヌリンまたはイヌリン誘導体におけるnの重合度の値に対応し、例えば、2〜1000であり、好ましくは、2〜140であり、より好ましくは、2〜100であり、さらに好ましくは、2〜80であり、さらにより好ましくは、2〜50である。
【0070】
本発明による機能性イヌリン誘導体の数平均分子量は、存在する置換基や該置換基の置換度によって異なるが、例えば、340〜50000であり、好ましくは、340〜30000である。
【0071】
式(I)において、A基は、イヌリンに導入する機能性分子の残基である。
イヌリンに導入する機能性分子は、目的に応じて適宜選択することができ、アジド基とアルキン基とのカップリング反応によりセルロースに導入することができれば特に限定されないが、例えば、糖またはその誘導体;ポルフィリン様大環状化合物;多環芳香族炭化水素またはその誘導体;フェロセンまたはその誘導体等が挙げられる。
【0072】
糖としては、例えば、単糖、オリゴ糖、多糖、シアロオリゴ等が挙げられるが、好ましくは、オリゴ糖類である。
オリゴ糖と糖認識タンパク質(レクチン)との特異的な相互作用は、細胞接着やガン転移、さらには細胞に対するウィルス感染の初期過程に深く関与していることが知られている。これまでに、オリゴ糖を共有結合的に導入した人工物質群はガン転移やウィルス感染の抑制剤などとして広く研究・応用されている。特に高分子主鎖に多数のオリゴ糖鎖を共有結合させた「人工糖鎖高分子」は、非常に強くレクチンと相互作用することから、有望なバイオマテリアルとして注目を集めている。従って、機能性分子としてオリゴ糖鎖を導入したイヌリン誘導体は、「人工糖鎖高分子」としての高いレクチン認識能に加え、イヌリン主鎖由来の生分解性を併せ持つ新素材として期待される。
【0073】
単糖としては、例えば、グルコース、ガラクトース、フルクトース、マンノース、リボース、アラビノース、キシロース等が挙げられる。
【0074】
オリゴ糖としては、例えば、ラクトース、セロビオース、マルトース等の二糖、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン、γ−シクロデキストリン糖のシクロデキストリン、メチル化シクロデキストリン類等のシクロデキストリン誘導体等が挙げられる。
【0075】
多糖としては、例えば、ヘパリン、ヘパラン硫酸、キチン、キトサン等が挙げられる。
【0076】
シアロオリゴ糖としては、GM1、SLex等が挙げられる。例えば、GM1が導入されたイヌリン誘導体は、インフルエンザウィルスの吸着剤としての利用が期待できる。また、SLexが導入されたセルロース誘導体は、抗炎症剤やガン転移抑制剤としての利用が期待できる。
【0077】
糖の誘導体としては、例えば、C1−30アシル基、硫酸基、リン酸基、ポリエチレングリコール基からなる群から選択される置換基で置換された糖が挙げられる。
【0078】
ポルフィリン様大環状化合物は、ポルフィリン様の大環状構造を有していれば特に限定されず、例えば、硫酸基、リン酸基、ポリエチレングリコール基、4級アミン基からなる群から選択される置換基で置換されていてもよいポルフィリン、フタロシアニン等が挙げられる。例えば、ポルフィリンをイヌリンに導入すると、イヌリンを鋳型にしてポルフィリンが層状に積層した構造が得ることができ、これを人工光合成システム開発として利用することができる。
【0079】
多環芳香族炭化水素としては、特に限定されないが、例えば、ピレン、アントラセン等が挙げられる。多環芳香族炭化水素の誘導体としては、例えば、硫酸基、リン酸基、ポリエチレングリコール基、4級アミン基からなる群から選択される置換基で置換された多環芳香族炭化水素等が挙げられる。例えば、ピレンが導入されたイヌリン誘導体は、蛍光性高分子として利用することができる。
【0080】
フェロセンの誘導体は、フェロセン骨格を有する化合物であれば特に限定されないが、例えば、硫酸基、リン酸基、ポリエチレングリコール基、4級アミン基からなる群から選択される置換基で置換されたフェロセンが挙げられる。例えば、フェロセンが導入されたイヌリン誘導体は、レドックス性高分子として利用することができる。
【0081】
他のイヌリンに導入する機能性分子としては、例えば、葉酸、デオキシチミジンなどの核酸塩基部位、各種オリゴペプチド鎖等も挙げられる。この内、例えば、RGD配列を有するペプチド鎖を、該機能性分子として用いると、細胞膜移行性を向上させることができる。
【0082】
本発明の好ましい態様によれば、Aは、単糖、オリゴ糖、多糖、シアロオリゴ糖からなる群から選択される糖の残基であり、より好ましくは、Aは、オリゴ糖である。
【0083】
本発明による機能性イヌリン誘導体において、機能性分子は、スペーサー基を介してセルロースに導入することができる。スペーサー基は、機能性分子をイヌリンに導入することができれば化学構造は特に限定されないが、例えば、基−(CH−Z−で表すことができる。
【0084】
本発明の好ましい態様によれば、Zは、単結合、アミド基、酸素原子、または硫黄原子であり、より好ましくは、アミド基、酸素原子、または硫黄原子である。
【0085】
本発明の好ましい態様によれば、mは、1〜3の整数である。
【0086】
式(I)において、Tが表すトリアゾールは、1,2,3−トリアゾールであり、例えば、式(III)で表すことができる。
【化5】

【0087】
本発明による機能性イヌリン誘導体の好ましい態様は、X基が、繰り返し単位間で同一または異なっていてもよく、基−T−(CH−Z−A(ここで、Tがトリアゾール基の残基であり、Zが、アミド基、酸素原子、または硫黄原子であり;Aが、単糖、オリゴ糖、多糖、シアロオリゴ糖からなる群から選択される糖の残基であり;mが0〜6の整数である)、水酸基、基−SO−R、またはアジド基であり;基−T−(CH−Z−Aの繰り返し単位当たりの置換度が、0より大きく1以下であり、残部は水酸基、基−SO−R、またはアジド基であり;nが、2〜140である、式(Ia)で表される繰り返し単位からなるイヌリン誘導体である。
【0088】
イヌリン誘導体の製造方法
本発明による式(I)のイヌリン誘導体の製造方法は、前記したように、
(i) 式(II)のイヌリン[式中、nは2〜1000の整数を表す]を、極性有機溶媒中にて塩基の存在下、スルホニル化剤と反応させて、イヌリンの水酸基を置換し、式(I)[式中、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基または基−SO−Rを表し、Rおよびnは前記定義と同じであり、ただし、X、X’およびX’’がすべて水酸基となる場合を除く]のイヌリン誘導体を得、
(ii) 必要に応じてさらに、前記(i)の工程で得られた誘導体の基−SO−Rを、アジド化して、式(I)[式中、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、基−SO−R、またはアジド基を表し、Rおよびnは前記定義と同じであり、ただし、Xがすべて水酸基となる場合を除く]のイヌリン誘導体を得、
(iii) 必要に応じてさらに、前記(ii)の工程で得られた誘導体を、HC≡C−Q[ここでQは、基−(CH−Z−Aを表す(ここで、Z、Aおよびmは請求項1の定義と同じである)]とを反応させ、式(I)[式中、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表し、R、Z、A、mおよびnは前記定義と同じであり、ただし、Xがすべて水酸基となる場合を除く]のイヌリン誘導体を得る
ことを含んでなる。
【0089】
本発明の製造方法において、工程(ii)および工程(iii)は任意の工程である。したがって、本発明の方法が工程(i)のみを含む場合には、本発明の方法によって、イヌリン誘導体として前記したスルホニル化イヌリンが得られる。一方、本発明の方法が工程(ii)を含む場合には、本発明の方法は、工程(i)および工程(ii)の順に実施され、その結果、イヌリン誘導体としてアジド化イヌリンが得られる。さらに、本発明の方法が工程(ii)および(iii)を含む場合には、本発明の方法は、工程(i)、工程(ii)、次いで工程(iii)の順に実施され、その結果、イヌリン誘導体として機能性基で修飾された機能性イヌリン誘導体が得られる。
【0090】
本発明の方法の概要(特に、工程(i)から工程(ii)まで)を、本発明によるイヌリン誘導体が式(Ia)で表される場合を例にとって説明すると、下記スキームに示したとおりである。
【0091】
【化6】

【0092】
工程(i)
本発明の方法における工程(i)は、前記したように、式(II)のイヌリンを、極性有機溶媒中にて塩基の存在下、スルホニル化剤と反応させて、イヌリンの水酸基を置換し、式(I)のイヌリン誘導体を得ることを含む。
【0093】
ここで「イヌリン」は、式(II)で表される、直鎖状β−1,2−フルクタンであり、通常、種々の重合度を有するオリゴマーの混合物の形態で提供される。ここでその還元末端のフルクトース構造における水酸基(好ましくは2位の水酸基)は、必要によりα−D−グルコース単位により置換されていてもよい。イヌリンは、市販品を使用しても良く(例えば、Across Organic社より入手可)、また必要により公知の方法に従って調製してもよい。例えば、キクイモ等植物由来のものとして得ることができる。
【0094】
式(II)で表されるイヌリンにおいて、nは、基本的には、合成に使用するイヌリンまたはイヌリン誘導体におけるnの重合度の値に対応し、例えば、2〜1000であり、好ましくは、2〜140であり、より好ましくは、2〜100であり、さらに好ましくは、2〜80であり、さらにより好ましくは、2〜50である。
【0095】
イヌリンを溶解させる極性有機溶媒としては、例えば、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、およびN−メチル−2−ピロリドン(NMP)などが挙げられる。好ましくは、該極性有機溶媒は、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルホルムアミド(DMF)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)であり、より好ましくは、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)である。これらは必要に応じて組み合わせて使用しても良い。
【0096】
また極性溶媒の使用に際しては、イヌリンを溶媒に均一に溶解させるために、溶解補助剤をさらに用いてもよい。溶解補助剤としては、例えば、塩化リチウム、フッ化リチウム等のハロゲン化リチウムが挙げられるが、好ましくは、塩化リチウムである。
【0097】
極性有機溶媒の量は、イヌリンを均一に溶解することができれば特に限定されないが、例えば、イヌリン1gに対して1〜500ml、好ましくは10〜100mlで添加することができる。
【0098】
イヌリンを極性有機溶媒に溶解させる場合、例えば、イヌリンに溶媒と、場合によっては溶媒補助剤とを混合し、これを加熱攪拌に供することにより実施することができる。
【0099】
溶解時間は、イヌリンを均一に溶解することができればよく、例えば、0.5〜170時間であるが、好ましくは、3〜50時間である。
【0100】
溶解温度は、イヌリンを均一に溶解することができればよく、例えば、0〜120℃であるが、好ましくは、10〜50℃である。
【0101】
工程(i)において用いられる塩基としては、例えば、トリメチルアミン、トリエチルアミン、またはピロリドンが挙げられる。好ましくは、該塩基は、トリエチルアミンである。
【0102】
塩基の量は、イヌリンの6位水酸基のみ置換するスルホニル化剤による反応を活性化することができれば特に限定はされず、適宜調整することができる。例えば、イヌリン溶液中のイヌリン1gに対して、塩基を、0.1〜10g、好ましくは1〜5gで添加することができる。
【0103】
ここでスルホニル化剤とは、イヌリンの6位の水酸基を基−SO−Rに置換することができる薬剤を意味し、具体例を挙げると、p−トルエンスルホン酸クロライド、メタンスルホン酸クロライド、無水メタンスルホン酸、無水p−トルエンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸フルオライド、p−トルエンスルホン酸ブロミド、p−トルエンスルホン酸アイオダイド、メタンスルホン酸フルオライド、メタンスルホン酸ブロミド、メタンスルホン酸アイオダイド等が挙げられる。好ましいスルホニル化剤としては、p−トルエンスルホン酸クロライド、メタンスルホン酸クロライドが挙げられる。
【0104】
スルホニル化剤の量は、イヌリンの6位水酸基のみを活性化することができれば特に限定はされず、6位水酸基が目的の置換度で基−SO−Rに置換されるように適宜調整することができる。例えば、イヌリン溶液中のイヌリン1gに対して、スルホニル化剤を、0.1〜50g、好ましくは、0.1〜10gで添加することができる。
【0105】
工程(i)において、極性有機溶媒にイヌリン溶解させたイヌリン溶液と、スルホニル化剤とを塩基存在下にて反応させる工程は、例えば、これらを互いに接触させることにより行うことができる。このような接触処理は、これらを磁気攪拌、機械攪拌、手動攪拌、振とう攪拌等に供することにより実施することができる。接触処理としては、好ましくは、磁気攪拌である。
【0106】
反応時間は、イヌリンの6位水酸基のみを活性化することができれば特に限定されず、6位水酸基が目的の置換度で基−SO−Rに置換されるように適宜調整することができる。例えば、0.08〜100時間であるが、好ましくは1〜50時間、より好ましくは4〜20時間である。
【0107】
反応温度は、イヌリンの6位水酸基のみを活性化することができれば特に限定されず、6位水酸基が目的の置換度で基−SO−Rに置換されるように適宜調整することができる。例えば、0〜150℃であるが、好ましくは、5〜100℃、より好ましくは、室温条件(例えば、15〜40℃)である。
【0108】
工程(i)の反応は、不活性気体の雰囲気下、例えば窒素雰囲気下において行うのが望ましい。
【0109】
本発明の好ましい態様によれば、前記したように、本発明によるイヌリン誘導体の製造方法は、工程(i)において、イヌリンをスルホニル化剤と反応させて得られた反応溶液を透析した後、乾燥させ、これを洗浄用有機溶媒で洗浄し、該有機溶媒不溶分を回収することによって、式(I)のイヌリン誘導体を得ることをさらに含む。すなわち、所望の式(I)のイヌリン誘導体の精製・回収工程をさらに含むことができる。
【0110】
ここで反応溶液の透析処理は、目的とするイヌリン誘導体の分子量を考慮して、慣用の透析方法によって行うことができる。例えば、適当な分画分子量を持つ透析膜を用意し、ここに直接、反応溶液を入れ、これを水に対して透析して行うことができる。膜の分画分子量としては、例えば、1000である。
【0111】
透析処理後に得られた水溶液を、例えば凍結乾燥法により、乾燥させて粉末化し、これを洗浄用有機溶媒(例えばクロロホルム、ジクロロメタン、テトラヒドロフラン、トルエン、酢酸エチル、メタノール、エタノール、n−プロパノール、およびイソプロパノールからなる群より選択され得る(好ましくはクロロホルム、ジクロロメタン、より好ましくはクロロホルム))で洗浄し、その不溶分を、例えばろ過によって分離し、回収する。これによって、工程(i)の反応で生じたイヌリン誘導体を、精製、回収することができる。
【0112】
多糖誘導体の精製に従来からよく用いられているメタノール沈殿や、凍結乾燥後のメタノール洗浄では、例えば、トシル化イヌリン(特にトシル基の導入率が高い場合)はメタノールに部分的に可溶であるため、目的物がほとんど得られなかった。
本発明においては、このような工程を採用することによって、スルホニル化イヌリンの回収、精製し、高収率にて得ることに今回初めて成功した。
【0113】
工程(ii)
本発明の方法における工程(ii)は、前記したように、任意工程であって、前記(i)の工程で得られた誘導体の基−SO−Rを、アジド化して、式(I)のイヌリン誘導体を得ることを含む。好ましくは、前記(i)の工程で得られたイヌリン誘導体の6位の基−SO−Rをアジド基に選択的に置換して、式(I)のイヌリン誘導体を得ることができる。
【0114】
ここで、「アジド化」は、公知の方法に従って行うことができる。例えば、本発明による前記(i)の工程で得られたイヌリン誘導体(スルホニル化イヌリン)を溶媒に溶解し、得られた溶解液と求核剤を反応させることにより実施することができる。
【0115】
ここで使用可能な溶媒としては、前記(i)工程で示された極性有機溶媒から適宜選択することができ、また工程(i)で使用された溶媒と同じであってもよい。
【0116】
使用する求核剤としては、イヌリン誘導体(スルホニル化イヌリン)の基−SO−Rをアジド基に置換する求核置換反応を起こすことができるものであれば特に制限はなく、慣用のものから適宜選択して使用することができる。使用可な求核剤としては、例えば、アジ化ナトリウム、アジ化リチウム、アジ化カリウム、アジ化アンモニウム等が挙げられる。本発明においては、アジ化ナトリウムが好ましく使用される。
【0117】
求核剤(例えば、アジ化ナトリウム)の量は、本発明によるイヌリン誘導体(スルホニル化イヌリン)の基−SO−Rの一部または全部をアジド化することができれば特に限定されないが、ハロゲン基が目的の置換度でアジド基に置換されるように適宜調整することができる。例えば、スルホニル化イヌリン1gに対して、0.1〜100g、好ましくは1〜50gで添加することができる。
【0118】
本発明においては、スルホニル化イヌリンがトシル化イヌリンである場合、その基−SO−Rの全部をアジド化することができている。このとき、アジド化される基−SO−Rが6位のものであることは、基−SO−Rの全部をアジド化する上で望ましい。
【0119】
反応時間は、イヌリン誘導体(スルホニル化イヌリン)の基−SO−Rをアジド化することができれば特に限定されず、基−SO−Rが目的の置換度でアジド基に置換されるように適宜調整することができる。例えば、0.08〜100時間であるが、好ましくは1〜50時間、より好ましくは2〜24時間である。
【0120】
反応温度は、イヌリン誘導体(スルホニル化イヌリン)の基−SO−Rをアジド化することができれば特に限定されず、基−SO−Rが目的の置換度でアジド基に置換されるように適宜調整することができる。例えば、0〜150℃であるが、好ましくは、10〜100℃、より好ましくは、20〜80℃である。
【0121】
工程(ii)の反応は、不活性気体の雰囲気下、例えば窒素雰囲気下において行うのが望ましい。
【0122】
本発明の好ましい態様によれば、本発明によるイヌリン誘導体の製造方法は、工程(ii)において、イヌリン誘導体をアジド化して得られた反応溶液を精製し、そこから所望の式(I)のイヌリン誘導体(アジド化イヌリン)を回収することをさらに含む。より好ましくは、本発明によるイヌリン誘導体の製造方法は、工程(ii)において、イヌリン誘導体をアジド化して得られた反応溶液を透析して、過剰の求核剤(例えば、アジ化ナトリウム)および溶媒を除去した後、乾燥させることによって、式(I)のイヌリン誘導体(アジド化イヌリン)を得ることをさらに含む。すなわち、所望の式(ii)のイヌリン誘導体の精製・回収工程をさらに含むことができる。
【0123】
ここで反応溶液の透析処理は、目的とするイヌリン誘導体の分子量を考慮して、慣用の透析方法によって行うことができる。例えば、適当な分画分子量を持つ透析膜を用意し、ここに直接、反応溶液を入れ、これを水に対して透析して行うことができる。膜の分画分子量としては、例えば、1000である。
【0124】
透析処理後に得られた水溶液を、例えば凍結乾燥法により、乾燥させて粉末化することができる。これによって、工程(ii)の反応で生じたイヌリン誘導体を、精製、回収することができる。
【0125】
工程(iii)
本発明の方法の概要(特に、工程(iii))を、本発明によるイヌリン誘導体が式(Ia)で表される場合を例にとって説明すると、下記スキームに示したとおりである。
【0126】
【化7】

【0127】
本発明の方法における工程(iii)は、前記したように、任意工程であって、前記(ii)の工程で得られたアジド化イヌリン誘導体のアジド基を、HC≡C−Q[ここでQは、基−(CH−Z−Aを表す(ここで、Z、Aおよびmは前記定義と同じである)]とを反応させ、式(I)で示される機能性イヌリン誘導体を得ることを含む。好ましくは、前記(ii)の工程で得られたイヌリン誘導体の6位のアジド基を基−T−(CH−Z−Aに選択的に置換して、式(I)で示される機能性イヌリン誘導体を得ることができる。
【0128】
ここで「反応させる」とは、カップリング反応を行うことを意味する。
【0129】
本願明細書において、「カップリング反応」とは、末端アルキンを有する分子とアジド基を有する分子との、Cu+存在下での環化付加反応を意味する(L.V.Lee, M.L.Mitchel, S-J.Huang, V.V.Fokin, K.B.Sharpless, and C.-H.Wong, J.Am.Chem.Soc., 125, 9588(2003)、C.W.Tornoe, C.Christensen, and M.Meldal, J.Org, Chem., 67, 3057(2002))。
【0130】
この反応は、(1)いかなる共存官能基の影響も受けずに非常に化学選択的に進行する。また、(2)副反応なく定量的に進行する。さらに、(3)DMSO等の極性有機溶媒中でも進行する。
【0131】
従って、この反応を利用することにより、極めて容易にかつ効率的に、イヌリンに(好ましくはイヌリンの6位に)選択的に機能性分子を導入することができる。また、様々な構造を有する分子(例えば、親水性/疎水性・イオン性/非イオン性等)に対して良溶媒である極性有機溶媒を使用することができることから、イヌリンに導入する機能性分子に制限がないことが予想できる。さらに、実施例によれば、嵩高いラクトースのような分子を導入することができることから、導入する機能性分子のサイズに対する制限もないことも推測できる。
【0132】
本発明において実施される「カップリング反応」は、公知の方法に従って行うことができる(M.C.Bryan, F.Fazio, H.-K.Lee, C.-Y.Huang, A.Chang, M.D.Best, D.A.Calarese, O.Blixt, J.C.Paulson, D.Burton, L.A.Wilson, and C.-H.Wong, J.Am.Chem.Soc., 126, 8640(2004)、B.Helms, J.L.Mynar, C.J.Hawker, and J.M.Frechet, J.Am.Chem.Soc., 126, 15020(2004)、J.A.Opsteen and J.C.M.van Hest, Chem. Commun., 35, 57(2005))。
当業者であれば、好適な反応条件を適宜決定することができる。
【0133】
HC≡C−Qで表される化合物は、イヌリンに導入する機能性分子と、スペーサー基がそれぞれ決定されれば、公知の合成方法や三重結合の導入方法に従って、容易に合成することができる。
【実施例】
【0134】
以下、実施例を示してこの出願の発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、この出願の発明は以下の例によって限定されるものではない。
【0135】
(1) トシル化イヌリンの合成
二口なすフラスコ中、窒素雰囲気下にてイヌリン(1.01g)(Across Organic社より入手、Inurin(Code 265001000, CAS 9005-80-5, EC 232-684-3))をN,N−ジメチルアセトアミド(DMAc,70ml)に溶解させ、トリエチルアミン(3.0ml)およびDMAcに溶解させたp−トルエンスルホン酸クロライド(6mlのDMAc中p−トルエンスルホン酸クロライド2.0g)を加え、窒素雰囲気下、室温にて一晩磁気攪拌した。
得られた反応溶液を、透析膜に直接入れて水に対して透析(MWCO1000(spectra/Por Dialysis Membrane, Spectrum Laboratories Inc., Reorder no. 132104)(分画分子量1000))した。得られた水溶液をなすフラスコに移したのち凍結乾燥し、灰色の粉末として目的物(トシル化イヌリン)を得た。
【0136】
この段階では灰色粉末の中にp−トルエンスルホン酸が大量に含まれていると予想されたため、さらに粉末をクロロホルムで洗浄し、クロロホルム不溶成分のみを濾過により回収し、トシル化イヌリンの粉末を得た(0.6g)。トシル化イヌリンはクロロホルムに難溶であるため、この方法によって、トシル化イヌリンのみを高収率で回収することが出来た。
【0137】
多糖誘導体の精製に従来からよく用いられているメタノール沈殿や、凍結乾燥後のメタノール洗浄では、トシル化イヌリン(特にトシル基の導入率(DSTS)が高い場合)はメタノールに部分的に可溶であるため、目的物はほとんど得られなかった。
【0138】
回収されたトシル化イヌリンのH NMRスペクトルを測定した。
【0139】
結果は図1および下記に示される通りであった。
【0140】
トシル化イヌリンのH NMRスペクトル(DMF−,60℃): 7.797,d,J=8.1Hz,7.485,d,J=7.2Hz,5.270,5.023,4.603,4.457,4.160,4.063,4.042,3.814,3.643,3.545,3.530,2.426
【0141】
H NMRスペクトルのピーク積分値より、繰り返し単位あたりのトシル基の導入率(DSTS)が0.05〜0.33の各種トシル化イヌリンが、最高収率24%程度で得られたことが確認できた。
【0142】
(2) アジド化イヌリンの合成
前記実験(1)によって得られたトシル化イヌリン(0.11g,DSTS=0.05)をDMAc(70ml)に溶解させたのち、反応溶液にアジ化ナトリウム(1.0g)を加え、窒素雰囲気下にて60℃で一晩磁気攪拌した。
得られた溶液を水に対して透析(MWCO1000(spectra/Por Dialysis Membrane, Spectrum Laboratories Inc., Reorder no. 132104)(分画分子量1000))することによって過剰なアジ化ナトリウムおよび溶媒を除去し、得られた水溶液を凍結乾燥することにより、白色粉末として目的物であるアジド化イヌリンを得た(収率16.3%)。
【0143】
得られた目的物(アジド化イヌリン)のIR(赤外分光)スペクトルをKbr法により測定し、また目的物のH NMRスペクトルを測定した。
【0144】
結果は図2、および図3および下記に示される通りであった。
【0145】
目的物(アジド化イヌリン):
IRスペクトル(ATR、cm−1):3499,2101
H NMRスペクトル(DMF−,60℃): 5.231,5.019,4.456,4.057,3.815,3.638,3.546
【0146】
このIR(赤外分光)スペクトルの結果から、2100cm−1付近のアジド基由来の吸収が消失しており、このことから、得られた目的物にはアジド基が導入されていることが確認できた。
【0147】
また、H NMRスペクトルにおいて残留O−トシル基が全く存在せず、トシル化イヌリン中のすべてのO−トシル基がアジド基へと変換されたことが確認できた。このことから、O−トシル基はすべて一級水酸基である6位水酸基に導入されており、従ってアジド化も6位選択的に起こっていると考えられた。よって、O−トシル基が水酸基と置換されており、アジド化は置換されたトシル基について起こっていると考えられた。
【0148】
(3) トリアゾール環を介してラクトースを導入したイヌリン(ラクトース修飾イヌリン)の合成
前記実験(2)によって得られたアジド化イヌリン(19.3mg,DSN3=0.05)をDMSO(1.5ml)に溶解させたのち、反応溶液にプロパルギルラクトシド(77.4mg)、臭化銅(II)(9.5mg)、アスコルビン酸(13.1mg)およびプロピルアミン(15マイクロリットル)を加え、一晩静置した。得られた溶液を水に対して透析(MWCO1000(spectra/Por Dialysis Membrane, Spectrum Laboratories Inc., Reorder no. 132104)(分画分子量1000))することにより低分子試薬およびDMSOを除去し、得られた水溶液を凍結乾燥することにより淡いピンク色粉末として目的物(ラクトース修飾イヌリン)を得た(収率52%)。
【0149】
得られた目的物のIR(赤外分光)スペクトルをKbr法により測定し、また目的物の13C NMRスペクトルを測定した。
【0150】
結果は図4、および図5および下記に示される通りであった。
【0151】
目的物(ラクトース修飾イヌリン):
IRスペクトル(ATR、cm−1):3309 (hydroxy)
13C NMRスペクトル(DMSO−d,60℃): 103.554, 100.562, 96.878, 80.296, 79.670, 76.818, 75.359, 74.865, 73.142, 72.862, 71.395, 70.472, 67.991, 60.475, 60.236, 60.230, 59.989
【0152】
IRスペクトルの結果から、アジド基が消失していることを確認した。また、13C NMRスペクトルから、イヌリン主鎖由来のピークと共にラクトース側鎖由来のピークも確認でき、イヌリン主鎖にラクトースが多数導入できたことが確認された。
【0153】
(4) ラクトース修飾イヌリンのタンパク質(レクチン)認識能
前記実験(3)における反応(カップリング反応)によってイヌリンにラクトース由来の機能が付与できたことを確認するため、蛍光標識レクチンを用いた蛍光滴定法により、ラクトース導入イヌリンのレクチン認識能を評価した。
【0154】
結果は図6に示される通りであった。
【0155】
具体的には、ラクトース認識レクチンであるRCA120を蛍光性色素であるフルオレセインイソチオシアネート(FITC)で標識したFITC−RCA120のトリスバッファー(pH7.2,[CaCl]+[MnCl]=100mM)溶液に対してラクトース導入イヌリンを添加したところ、FITC−RCA120由来の蛍光強度の減少が見られ、両者の相互作用を確認できた。
【0156】
添加したラクトース導入セルロースの濃度に対するFITC−RCA120の蛍光強度をプロットし、そのカーブフィッティングより結合の強さを算出したところ、その解離定数(Kd)は2.7×10−4Mとなり、両者が非常に強く相互作用していることが明らかとなった。同様の実験を、未修飾イヌリンを用いて行ったところ、FITC−RCA120の蛍光強度は全く減少せず、両者が全く相互作用していないことが明らかとなった。すなわち、ラクトース修飾イヌリンの場合、導入したラクトース残基がイヌリンに対する特異的なレクチン認識能の原因であることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で示される繰り返し単位からなる、イヌリン誘導体:
【化1】

[式中、
X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表し、
前記Rは、メチル基、エチル基、トリフルオロメチル基、フェニル基、p−メチルフェニル基、o−ニトロフェニル基、p−ニトロフェニル基、o−ブロモフェニル基、またはp−ブロモフェニル基を表し、
前記Tはトリアゾール基の残基を表し、
前記Zは、単結合、酸素原子、硫黄原子、窒素原子、アミド基、またはカルボニル基を表し、
前記Aは、糖もしくはその誘導体、ポルフィリン様大環状化合物、多環芳香族炭化水素もしくはその誘導体、およびフェロセンからなる群より選択される機能性分子の残基を表し、
前記mは、0〜6の整数を表し、
nは2〜1000の整数を表し、
ただし、X、X’およびX’’がすべて水酸基となる場合を除く]。
【請求項2】
下記式(Ia)で示される繰り返し単位からなる、請求項1に記載のイヌリン誘導体:
【化2】

[式中、
Xは、繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよく、水酸基、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表し、
前記Rは、メチル基、エチル基、トリフルオロメチル基、フェニル基、p−メチルフェニル基、o−ニトロフェニル基、p−ニトロフェニル基、o−ブロモフェニル基、またはp−ブロモフェニル基を表し、
前記Tはトリアゾール基の残基を表し、
前記Zは、単結合、酸素原子、硫黄原子、窒素原子、アミド基、またはカルボニル基を表し、
前記Aは、糖もしくはその誘導体、ポルフィリン様大環状化合物、多環芳香族炭化水素もしくはその誘導体、およびフェロセンからなる群より選択される機能性分子の残基を表し、
前記mは、0〜6の整数を表し、
nは2〜1000の整数を表し、
ただし、Xがすべて水酸基となる場合を除く]。
【請求項3】
Rが、メチル基、またはp−メチルフェニル基である、請求項1または2に記載のイヌリン誘導体。
【請求項4】
Zが、アミド基、酸素原子、または硫黄原子である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のイヌリン誘導体。
【請求項5】
Aが、単糖、オリゴ糖、多糖、シアロオリゴ糖からなる群から選択される糖の残基である、請求項1〜4のいずれか一項に記載のイヌリン誘導体。
【請求項6】
mが、1〜3の整数である、請求項1〜5のいずれか一項に記載のイヌリン誘導体。
【請求項7】
式(Ia)において、Xが、繰り返し単位間で同一または異なっていてもよく、水酸基、または基−SO−Rを表し;基−SO−Rの繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基である、請求項2〜6のいずれか一項に記載のイヌリン誘導体。
【請求項8】
式(Ia)において、Xが、繰り返し単位間で同一または異なっていてもよく、水酸基、基−SO−R、またはアジド基を表し;アジド基の繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基、または基−SO−Rである、請求項2〜6のいずれか一項に記載のイヌリン誘導体。
【請求項9】
式(Ia)において、Xが、繰り返し単位間で同一または異なっていてもよく、水酸基またはアジド基を表し;アジド基の繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基である、請求項2〜6のいずれか一項に記載のイヌリン誘導体。
【請求項10】
式(Ia)において、Xが、繰り返し単位間で同一または異なっていてもよく、水酸基、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表し;基−T−(CH−Z−Aの繰り返し単位当たりの置換度(DS)が0より大きく1以下であって、残部が水酸基、基−SO−R、またはアジド基である、請求項2〜6のいずれか一項に記載のイヌリン誘導体。
【請求項11】
nが2〜140の整数を表す、請求項1〜10のいずれか一項に記載のイヌリン誘導体。
【請求項12】
請求項1に記載の式(I)のイヌリン誘導体の製造方法であって、
(i) 下記式(II)のイヌリン:
【化3】

[式中、nは2〜1000の整数を表す]
を、極性有機溶媒中にて塩基の存在下、スルホニル化剤と反応させて、イヌリンの水酸基を置換し、式(I)[式中、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基または基−SO−Rを表し、Rおよびnは請求項1の定義と同じであり、ただし、X、X’およびX’’がすべて水酸基となる場合を除く]のイヌリン誘導体を得、
(ii) 必要に応じてさらに、前記(i)の工程で得られた誘導体の基−SO−Rを、アジド化して、式(I)[式中、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、基−SO−R、またはアジド基を表し、Rおよびnは請求項1の定義と同じであり、ただし、Xがすべて水酸基となる場合を除く]のイヌリン誘導体を得、
(iii) 必要に応じてさらに、前記(ii)の工程で得られた誘導体を、HC≡C−Q[ここでQは、基−(CH−Z−Aを表す(ここで、Z、Aおよびmは請求項1の定義と同じである)]とを反応させ、式(I)[式中、X、X’およびX’’は、互いに同一または異なっていてもよく、かつ、それぞれが繰り返し単位間で同一であっても異なっていてもよくて、水酸基、基−SO−R、アジド基、または基−T−(CH−Z−Aを表し、R、Z、A、mおよびnは請求項1の定義と同じであり、ただし、Xがすべて水酸基となる場合を除く]のイヌリン誘導体を得る
ことを含んでなる、方法。
【請求項13】
工程(i)において、イヌリンをスルホニル化剤と反応させて得られた反応溶液を透析した後、乾燥させ、これを洗浄用有機溶媒で洗浄し、該有機溶媒不溶分を回収することによって、式(I)のイヌリン誘導体を得ることをさらに含んでなり、
ここで該洗浄用有機溶媒が、クロロホルム、ジクロロメタン、テトラヒドロフラン、トルエン、酢酸エチル、メタノール、エタノール、n−プロパノール、およびイソプロパノールからなる群より選択されるものである、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
極性有機溶媒が、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、またはN−メチル−2−ピロリドン(NMP)である、請求項12または13に記載の方法。
【請求項15】
工程(i)において用いられる塩基が、トリエチルアミン、またはピロリドンである、請求項12〜14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
得られる式(I)のイヌリン誘導体が、請求項2記載の式(Ia)のイヌリン誘導体である、請求項12〜15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
Rが、メチル基、またはp−メチルフェニル基である、請求項12〜16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
スルホニル化剤が、p−トルエンスルホン酸クロライド、またはメタンスルホン酸クロライドである、請求項17に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−180480(P2012−180480A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−45595(P2011−45595)
【出願日】平成23年3月2日(2011.3.2)
【出願人】(501061319)学校法人 東洋大学 (68)
【Fターム(参考)】