説明

イネの第3染色体にある新規の短稈晩生遺伝子のDNAマーカー選抜方法

【課題】本発明は、DNAマーカーを使用することによって、短稈かつ晩生であるイネ科植物を、実際に栽培を行うことなく実験室内で判別する方法、および新規な短稈遺伝子に基づいた短稈形質を示し、かつ、晩生であるという、2つの形質を合わせ持つイネ科植物を開発することを目的とする。
【解決手段】イネ科植物の第3染色体上に存在するDNAマーカーであって、d63(t)遺伝子と連鎖しているDNAマーカーを検出することによって、d63(t)遺伝子の存在を判別することを特徴とする、短稈晩生イネ科植物の選抜方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規の短稈晩生遺伝子d63(t)、および該遺伝子の存在を判別するためのDNAマーカーを用いることを特徴とする短稈晩生イネ科植物の選抜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イネ科植物は、イネ、コムギ、オオムギ、カラスムギ、ライムギ、キビ、アワ、ヒエ、トウモロコシ、シコクビエ、モロコシ等を含む農業上極めて重要な植物である。しかし、稈の長いイネ科植物は、強風、例えば、台風等によって倒伏していまい、果実の収穫量が大きく減少するという問題があった。そこで、稈の短いイネ科植物の育種が長年に亘って行われ、その結果、半矮性遺伝子sd1が見出された。sd1は、ジベレリン(GA)の生合成系におけるC20酸化酵素遺伝子の欠損型であり、半矮性と呼ばれる、穂の長さは完全だが、植物全体の背丈が低い形質を表出する遺伝子である。
【0003】
また近年では、半矮性遺伝子d60が新たに見出された(非特許文献1および2)。d60は、イネに普遍的に存在する配偶子致死遺伝子galと共存すると雌雄の配偶子が致死となるため、コシヒカリd60系統、北陸100号などd60を持つ品種・系統(遺伝子型d60d60GalGal)と他の品種・系統(D60D60galgal)との交雑F(D60d60Galgal)では、花粉と種子の稔性が75%となり、後代Fでは6可稔長稈(4D60D60:2D60d60GalGal):2部分不稔長稈(D60d60Galgal=F1型):1短稈(d60d60GalGal)の比に分離する特異な遺伝様式をとり、d60の遺伝にはGalが不可欠である。d60はGalの同時の人為突然変異なくしては自然界では得られなかった貴重な短稈遺伝子である。
【0004】
半矮性遺伝子d60は、イネ科植物の第2染色体上に存在することが見出され、第1染色体上に存在するsd1とは遺伝的にも機能的にも独立した遺伝子であることが示された(特許文献1)。さらに、DNAマーカーもしくは遺伝子マーカーを利用して、d60遺伝子の存在および/またはd60遺伝子の遺伝に不可欠なGal遺伝子の存在を判別することにより、d60遺伝子およびGal遺伝子を有するイネ科植物を選抜する方法が開発されている(特許文献1)。
しかしながら、d60遺伝子は、実用化には至っていない。
【0005】
現在、世界各地でイネの短稈品種が栽培されており、例えば、米国のCalrose76、東南アジアのIR36、日本のヒカリ新世紀などがある。しかしながら、これらの短稈品種について遺伝子分析を行った結果、全ての品種において半矮性遺伝子sd1と同じ遺伝子座を持つことが分かった。すなわち、現在の短稈イネ科植物の栽培は、わずか1種類の特定の遺伝子に支配され、わずか1種類の特定の遺伝子が広範囲に使用されているという弊害が生じている。
したがって、sd1遺伝子に代わる新規な短稈遺伝子が求められている。
【0006】
加えて、近年の地球温暖化により高温登熟障害が起こり、米の品質劣悪化および収量低下という問題が生じている。したがって、登熟期が夏場の高温期から外れるような晩生品種が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−237138号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Tomita, M.: The gametic lethal gene gal: activated only in the presence of the semidwarfing gene d60 in rice. In Rice Genetics III (Ed. G.S. Khush, ISBN 971-22-0087-6), International Rice Research Institute, pp. 396-403 (1996)
【非特許文献2】Tomita, M., Yamagata, H. and Tanisaka, T.: Developmental cytology on gametic abortion caused by induced complementary genes gal and d60 in japonica rice. In Advances in Rice Genetics (Eds. G.S. Khush, D.S. Brar and B. Hardy, ISBN 971-22-0199-6), International Rice Research Institute, pp. 178-181 (2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
度重なる台風の来襲でイネの倒伏による多大の損害が昨今の社会問題になっており、短稈遺伝子を導入して台風に強い新品種を開発することは緊急課題となっている。品種の遺伝的多様性を維持・拡大しようとする育種の目的に鑑みれば、sd1遺伝子だけに頼ることなく、さらに新規の短稈遺伝子を開拓し、耐倒伏性育種への利用を推進すべきである。また、近年、地球温暖化現象により、全国的に高温障害が発生している。したがって、9月頃に登熟期が来るように晩生化して、イネの登熟期の気温を下げる必要がある。
【0010】
遺伝的に短稈または晩生であるイネ科植物を得るには、従来、種を交配し、多数の個体を実際に栽培して、各個体が出穂した後に稈長を測定し、登熟期を記録して該個体の形質を確認しなければならず、広大な圃場や多大な尽力および相当な年月が必要であった。
【0011】
そこで、本発明は、DNAマーカーを使用することによって、上記の所望の形質を有する植物、すなわち、短稈かつ晩生である植物を、実際に栽培を行うことなく実験室内で判別する方法を開発することを目的とする。さらに、本発明は、新規な短稈遺伝子に基づいた短稈形質を示し、かつ、晩生であるという、2つの形質を合わせ持つイネ科植物を開発することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記のような状況下、イネ品種 黄金晴が持つ、コシヒカリよりも短稈かつ晩生な形質に注目し、遺伝子分析を行った。その結果、新規な短稈晩生QTL(量的形質座位)d63(t)を見出し、今までに短稈遺伝子の存在が報告されていないイネ科植物の第3染色体上にマッピングした。さらに、d63(t)と連鎖するDNAマーカーを同定した。かくして、本発明を完成するに至った。なお、本明細書中において、本発明で見出した新規な短稈晩生QTL d63(t)を「d63(t)遺伝子」または「短稈晩生遺伝子d63(t)」と称する。
【0013】
すなわち、本発明は、
[1]イネ科植物の第3染色体上に存在するDNAマーカーであって、d63(t)遺伝子と連鎖しているDNAマーカーを検出することによって、d63(t)遺伝子の存在を判別することを特徴とする、短稈晩生イネ科植物の選抜方法、
[2]DNAマーカーがd63(t)遺伝子と組換え価15%以内で連鎖している、上記[1]記載の方法、
[3]DNAマーカーが第3染色体の短腕末端から34〜37Mbの距離にある、上記[1]または[2]記載の方法、
[4]DNAマーカーがRFLPマーカー、AFLPマーカー、SSRマーカー、STSマーカー、SNPマーカー、およびRAPDマーカーからなる群から選択される、上記[1]〜[3]のいずれか1つに記載の方法、
[5]DNAマーカーがRM1038、RM1373およびRM2187からなる群から選択される1つ以上である、上記[4]記載の方法、
[6]短稈晩生遺伝子d63(t)、および
[7]イネ科植物の第3染色体の短腕末端から34〜37Mbの位置に存在する短稈晩生遺伝子d63(t)
を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、イネ科植物の第3染色体上にあるDNAマーカーを使用してd63(t)遺伝子の存在を判別することにより、短稈で晩生のイネ科植物を容易に選抜することができる。また、新規の短稈晩生遺伝子d63(t)を標的とした選抜により、従来のsd1遺伝子のみに依存していた短稈イネ科植物とは全く別の、短稈かつ晩生の形質を合わせ持った新規イネ科植物の育種が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、短稈晩生遺伝子d63(t)のマッピングに使用したSSRマーカーの染色体位置を示す。
【図2】図2は、短稈晩生遺伝子d63(t)とSSRマーカー RM1373、RM5916およびRM8068との連鎖状況を示す電気泳動図である。
【図3】図3は、短稈晩生遺伝子d63(t)の第3染色体末端へのマッピングを示す図、および短稈晩生遺伝子d63(t)と、第3染色体末端にあるSSRマーカー RM1038、RM1373およびRM2187との連鎖状況を示す電気泳動図である。
【図4】図4は、短稈遺伝子d60と短稈晩生遺伝子d63(t)のDNA診断に用いたSSRマーカーを示す。
【図5】図5は、短稈遺伝子d60と短稈晩生遺伝子d63(t)のDNA診断による識別結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明において、新規の短稈晩生遺伝子d63(t)は、以下の方法で見出された。コシヒカリと黄金晴の交雑Fから任意に選択したF54系統530個体を育成し、各個体について稈長、到穂日数および草型を調査して、後代検定により遺伝子型を決定した。その結果、Fでコシヒカリ型長稈早生であった個体の後代は、長稈早生の12系統ならびに短稈晩生および長稈早生が分離する31系統であった。Fで黄金晴型短稈晩生であった個体の後代11系統は全て、短稈晩生で固定した。すなわち、Fの分離比は、コシヒカリ型(長稈早生ホモ型)12系統:ヘテロ型31系統:黄金晴型(短稈晩生ホモ型)11系統となり、1:2:1の分離比に適合した(χ=1.26、0.50<P<0.75)。このことから、短稈形質と晩生形質が1個の主導遺伝子によって支配されていることが明らかになった。この遺伝子を「d63(t)」と命名した。
【0017】
さらに、遺伝子連鎖を利用して、d63(t)遺伝子を第3染色体上にマッピングした。具体的には、コシヒカリと黄金晴の交雑Fにおける短稈晩生ホモ型個体に対し、イネの全染色体を網羅するように選択した適当な数のDNAマーカーを適用し、d63(t)遺伝子が第3染色体上のDNAマーカーと連鎖することを見出した。
【0018】
したがって、本発明は、イネ科植物の第3染色体上に存在するDNAマーカーであって、d63(t)遺伝子と連鎖しているDNAマーカーを検出することによって、d63(t)遺伝子の存在を判別することを特徴とする、短稈晩生イネ科植物の選抜方法を提供する。
【0019】
本発明において用いられる「イネ科植物の第3染色体上に存在するDNAマーカーであって、d63(t)遺伝子と連鎖しているDNAマーカー」は、例えば、以下のような方法によって見出すことができる。
d63(t)遺伝子を有する系統とd63(t)遺伝子を持たない他の系統との交雑Fを展開し、d63(t)ホモ型F個体から得たゲノムDNAに対し、特異的なパターンを示すイネ科植物の第3染色体上のDNAマーカーを見出す。d63(t)遺伝子を有する系統としては、例えば、黄金晴を用いる。d63(t)遺伝子を持たない他の系統としては、限定するものではないが、例えば、コシヒカリを用いることができる。
【0020】
このようにして見出されたd63(t)遺伝子と連鎖している遺伝子または染色体部位を、本発明において、DNAマーカーとして使用する。
「DNAマーカー」とは、遺伝分析のための目印(マーカー)として利用することができる、個体または系統によって塩基配列に違いが見られるDNA多型を意味し、例えば、RFLP(制限酵素DNA断片長多型)、AFLP(増幅断片長多型)、SSR(単純反復配列)、STS(配列タグ部位)、SNP(一塩基多型)、RAPD(ランダム増幅断片多型)などの種類がある。
【0021】
本発明においては、完全に連鎖している場合の組み換え価(0%)と比較して、d63(t)遺伝子と組換え価が15%以内、好ましくは10%以内、さらに好ましくは5%以内、さらになお好ましくは1%以内で連鎖する遺伝子または染色体部位をDNAマーカーとして用いることが、判別の精度向上の点から好ましい。
なお、組換え価は以下の式によって求められる。
組換え価(%)=(組換え型配偶子数/全配偶子数)×100
【0022】
本発明において、好ましいDNAマーカーは、イネ科植物の第3染色体の長腕に存在し、より好ましくは、長腕末端付近に存在する。さらに好ましいDNAマーカーは、イネ科植物の第3染色体の短腕末端から約30Mb〜長腕末端、好ましくは約32〜37Mb、より好ましくは約33〜37Mb、さらに好ましくは約34〜37Mbの距離にあるマーカーである。
【0023】
本発明において、DNAマーカーとして、RFLPマーカー、AFLPマーカー、SSRマーカー、STSマーカー、SNPマーカー、またはRAPDマーカーのいずれのマーカーを用いてもよい。
【0024】
本発明において用いられるRFLPマーカーの例としては、AU090467(C5)、C98296(C1468)、D46782(S11669)、AU029959(E50341S)、C19151(E10030S)、D23971(R689)、AU031900(R2462)、D15409(C595)、AU029545(E31057S)、D13530(G249)、AU032992(S770)、C98285(C1401)、AU031775(R1618)、C26945(C50518S)、D40140(S1912)、C91691(E31254)、D28318(R2311)、AU031919(R2628)、D23280(C2540)、AU031889(R2404)、C98850(E3180S)、D25346(G1015)、AU033071(S2516)、AU069882(E11382SA)、C20258(E11757S)、C97959(C217)、AU031895(R2443)、C98248(C1329)、C23589(S13428)、D46168(S10656)、AU090468(C831)、AU032999(S851)、D24593(R2224)、AU068874(C50771S)、C98026(C393A)、AU063818(E765S)、AU031709(R707)、C98289(C1442)、AU031816(R1927)、C98210(C1141)、AU031980(R3020)、AU082662(C1484)、D13528(G164)、AU069869(E10579S)、AU031654(R273)、AU032469(S10594)、AU032056(R3385)、C98026(C3938)、C98222(C1219)、C98214(C1164)、D47644(S13262)、D40113(S1866)、AU086018(S11301)、D39845(S1469)、AU031815(R1925)、C19276(E10195S)、C98265(C1354)、D25378(G1318)、AU032841(S15179S)、およびAU032661(S13122)が挙げられる。
【0025】
本発明において、用いられるSSRマーカーの例としては、RM3829、RM8269、RM8203、RM6970、RM6806、RM6876、RM3684、RM6987、RM3815、RM6736、RM2593、Os03ssr0241900、Os03ssr0242000、Os03ssr0242100、RM15880、RM15881、Os03ssr0242400、Os03ssr0242500、Os03ssr0242600、RM15883、RM15884、RM15885、Os03ssr0243000、RM15886、RM15887、RM15888、RM15889、RM15890、RM15891、RM15892、RM15893、RM15894、RM15895、RM15898、RM15899、RM15900、RM15902、RM15903、RM15904、RM15906、RM15907、RM15909、RM15914、RM15915、RM15918、RM15919、RM15921、RM15922、RM15924、RM15925、RM15926、RM15927、RM15929、RM15930、RM15931、RM6896、RM3719、RM468、RM1230、94O03−4、RM16088、RM1373、RM16092、RM1038、RM2187、およびRM232が挙げられ、好ましくは、RM1038(配列番号1および配列番号2)、RM1373(配列番号3および配列番号4)およびRM2187(配列番号5および配列番号6)からなる群から選択される1つ以上のマーカーが用いられる。
【0026】
本発明において、「検出」とは、上記DNAマーカーを検出するための当該分野で常套の方法を用いて実施すればよく、使用されるDNAマーカーの種類に応じて当業者が適当に選択することができる。例えば、PCR法、サザンブロッティング法、AFLP法などが挙げられる。
【0027】
PCRを利用するDNAマーカーの検出方法としては、例えば下記のとおりに行うことができる。
〔DNA抽出〕
植物体(またはその一部)を液体窒素で凍結粉砕し、DNA抽出液を加え、振盪しながらインキュベートする。この溶液をから、抽出および重合沈殿によって、高分子DNAをスプールアウトする。スプールアウトしたDNAを精製し、DNA溶液を製造する。
〔PCR〕
各イネ科植物体から抽出した上記ゲノムDNAを鋳型にして、DNAマーカーに特異的なプライマーおよびDNAポリメラーゼ等を含む反応液を調製する。サーマルサイクラー等を用いて、変性・アニーリング・伸長の一連の反応を繰り返し行う。次いで、得られたPCR産物を電気泳動する。PCRの反応条件およびプライマーは、例えばTheor Appl Genet (2000)100:697-712を参考にすることができる(この文献を、参照により本明細書の一部とする)。
【0028】
さらに、本発明は、新規の短稈晩生遺伝子d63(t)を提供する。d63(t)遺伝子を用いれば、短稈および晩生という2つの形質を合わせ持つイネ科植物を選抜、育種を可能とするだけでなく、イネ科植物に直接導入して新規な短稈晩生品種を開発することも可能となる。
【実施例1】
【0029】
短稈晩生QTLの検出
コシヒカリと黄金晴の交雑Fを育成し、F系統から任意に選択したF54系統530個体を育成し、全個体について稈長、到穂日数および草型を調査した。
その結果、Fでコシヒカリ型長稈早生であった43系統のうち、12系統がFで長稈早生であり、31系統がFで短稈晩生および長稈早生に分離した。Fで黄金晴型短稈晩生であった個体の後代11系統は全て、短稈晩生で固定した。すなわち、Fの分離比は、コシヒカリ型長稈早生ホモ接合(D63(t)D63(t))12系統:ヘテロ型(D63(t)d63(t))31系統:黄金晴型短稈晩生ホモ接合(d63(t)d63(t))11系統となり、1:2:1の分離比に適合した(χ=1.26、0.50<P<0.75)。このことから、短稈形質と晩生形質が1個の主導遺伝子によって支配されていることが明らかになった。この遺伝子を「d63(t)」と命名した。
【実施例2】
【0030】
短稈晩生遺伝子d63(t)のマッピング
コシヒカリと黄金晴の交雑Fにより固定が確認されたF短稈晩生ホモ型(d63(t)d63(t))個体に対し、イネのゲノムを網羅するように12本の各染色体当たり3〜5個ずつ(但し、第3染色体においては10個)合計57個のDNA多型を示すSSRマーカーを適用して、各SSRマーカーとの連鎖について調べた。なお、第3染色体上のSSRマーカーは全て、両親品種間でDNA多型を示すものであった(図1)。
【0031】
の各個体から、下記のようにゲノムDNAを抽出した。植物体から採葉し、−80℃で凍結保存した。葉を液体窒素で凍結し、粉砕した。これに葉の粉末の重量と等量のDNA抽出液(2%CTAB、100mM Tris−HCl、20mM EDTA・2Na、1.4M NaCl、pH8.0)を加え、55℃で振盪しながら90分間インキュベートした。この溶液をクロロホルム・イソアミルアルコール(24:1)で抽出した。上清に1/10量の3M 酢酸ナトリウムpH5.2を加えた後、等量の−20℃の99.5%イソプロパノールを加えて重合沈殿した高分子DNAをスプールアウトした。スプールアウトしたDNAを1.5mlのHigh−Salt TE(1M NaCl、10mM Tris・HCl、1mM EDTA・2Na、pH8.0)に溶解し、エタノール沈殿後、500μlのTE(10mM Tris−HCl、1mM EDTA・2Na、pH8.0)に溶解した。これに1/100量のRNase溶液(1mg/ml)を加えて37℃で一晩インキュベートした。さらに、フェノール−クロロホルム抽出およびクロロホルム抽出を1回ずつ行った後、エタノール沈殿して500μlのTE(10mM Tris−HCl、1mM EDTA・2Na、pH8.0)に溶解した。
【0032】
上記のようにして抽出した各F植物体由来のゲノムDNA200ngを鋳型にして、200nMのフォワードプライマー、リバースプライマー、400μM dNTPs、2.5mM MgCl、1×PCR BufferII(TAKARA)、0.5U LA TaqDNAポリメラーゼ(TAKARA)を含む全量25μlの反応液を作製した。サーマルサイクラーを用いて、変性94℃30秒間、アニーリング58℃30秒間、伸長72℃1分間の一連の反応を35回行った。また、最初の変性94℃と最後の合成72℃を5分間ずつ行った。PCR産物を2%アガロースゲルで100Vで45分間電気泳動した(図2、図3)。
【0033】
PCRにおいて使用されたプライマーは、下記のとおりである。
マーカーRM1038について、フォワードプライマー:TGGTTCGATTCGGATTTC(配列番号1)およびリバースプライマー:AAGCTATTCACAAGCAGCTC(配列番号2)。
マーカーRM1373について、フォワードプライマー:TGCTATACCCAAATGTCCAAGC(配列番号3)およびリバースプライマー:ATCTTCTGAGTGCTGCCAAGC(配列番号4)。
マーカーRM2187について、フォワードプライマー:GTCATTTGAAGTAAATCCGT(配列番号5)およびリバースプライマー:GGTCTACTTGCGAAATAAGT(配列番号6)。
マーカーRM5916について、フォワードプライマー:GCTATAAGAATCGTATTAAG(配列番号7)およびリバースプライマー:TACTGCTATTAAAGTCAGAA(配列番号8)。
マーカーRM8068について、フォワードプライマー:AAACCTCTCGCTGTAATTAG(配列番号9)およびリバースプライマー:TGAACATTTATTGATATGGTAAA(配列番号10)。
【0034】
その結果、第3染色体上のSSRマーカーとの連鎖が認められ、第3染色体以外では連鎖が認められなかった(図2、図3参照)。第3染色体上のマーカーRM1038、RM1373、およびRM2187は、両親間(コシヒカリと黄金晴)でDNA多型を示すが、交雑Fにおける短稈d63(t)ホモ個体の約85〜95%が黄金晴(すなわち短稈型)と同じDNAパターンを示した(図2、図3参照)。一方、第2染色体上のマーカーRM5916および第1染色体上のマーカーRM8068は、両親間でDNA多型を示すが、交雑Fにおける短稈d63(t)ホモ個体において、短稈型、コシヒカリ型およびヘテロ型のDNAパターンを示し、独立して遺伝した。したがって、d63(t)遺伝子を第3染色体上にマッピングすることができた。
【0035】
さらに、第3染色体の長腕末端付近にあるマーカーRM1373との組換え価が4.3%、RM1038との組換え価が8.6%、RM2187との組換え価が13.4%であることが示され、d63(t)が第3染色体の長腕末端付近にあることが分かった(図3)。したがって、第3染色体の短腕末端から約30Mb〜長腕末端の距離にあるDNAマーカーが短稈晩生イネ科植物の選抜において使用可能である。
【実施例3】
【0036】
短稈遺伝子d60と短稈晩生遺伝子d63(t)のDNA診断による識別
コシヒカリd60系統と黄金晴の交雑F144個体を育成し、全個体について出穂日、稈長、草型を調査した。その結果、Fでは、その両親イネ品種(コシヒカリd60系統および黄金晴)を上回る長稈個体から下回る極短稈個体まで分離した。
【0037】
次いで、F全144個体について、d63(t)とd60のそれぞれに連鎖しているSSRマーカーを用いてDNA診断を行った。d63(t)のマーカーとして、第3染色体のRM1038を使用し、d60のマーカーとして、第2染色体のRM6375(配列番号9)を使用した(図4)。なお、RM6375は、d60マーカーとして有用であることが知られている。
【0038】
DNA診断方法は、下記のとおりに行った。
実施例2に記載の方法にしたがって、Fの各個体からゲノムDNAを抽出し、該DNAを鋳型とし、マーカーに特異的なプライマーを用いてPCR増幅した。RM1038に対するプライマーは実施例2に記載のとおりである。RM6375に対するプライマーは、フォワードプライマー:CGAATGGAACGACAAGAGATGC(配列番号11)およびリバースプライマー:ATAGATCGACAACGTAGATCCACAG(配列番号12)であった。
【0039】
その結果、d63(t)遺伝子ホモ型の短稈個体が30個体、d60遺伝子ホモ型の短稈個体が13個体、d63(t)遺伝子とd60遺伝子がともにホモ型の極短稈個体が3個体検出された。これは、d63(t)とd60が独立遺伝する場合の理論頻度1/4:1/9:1/36によく一致した(χ=0.08,0.950<P<0.975)。ここで、短稈遺伝子d60は配偶子致死遺伝子galと共存すると不稔となるため、d60の遺伝にはGalが不可欠であり、d60ホモ型短稈個体のF分離比の理論値は1/9となる。
したがって、これら2つのSSRマーカーによって、品種育成のプロセスにおいてd63(t)遺伝子とd60遺伝子を明確に区別してDNA診断でき、d63(t)遺伝子を持つ短稈イネならびにd63(t)遺伝子とd60遺伝子を共に持つ短稈イネを迅速に選抜することができる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明によれば、短稈品種の遺伝的多様性を拡大し、不測の気象変動に対抗するため、sd1とは遺伝的に異なる新規の短稈遺伝子d63(t)に密接に連鎖していて選抜効率が高いDNAマーカーを開発し、d63(t)のマーカー選抜による短稈晩生イネの開発法を提供する。本法を敷衍することによってさらに、d63(t)本体の単離が可能であり、d63(t)の機能解明による草型調節も可能になる。短稈遺伝子d63(t)のマーカー選抜によりGAに偏重した短稈育種のポテンシャルを広げて、全国の農業試験場や植物工場に関連する公民の試験研究機関における品種開発の一助となる。したがって、本発明は、農業分野、特にイネ科植物の品種改良の分野において利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネ科植物の第3染色体上に存在するDNAマーカーであって、d63(t)遺伝子と連鎖しているDNAマーカーを検出することによって、d63(t)遺伝子の存在を判別することを特徴とする、短稈晩生イネ科植物の選抜方法。
【請求項2】
DNAマーカーがd63(t)遺伝子と組み換え価15%以内で連鎖している、請求項1記載の方法。
【請求項3】
DNAマーカーが第3染色体の短腕末端から34〜37Mbの距離にある、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
DNAマーカーがRFLPマーカー、AFLPマーカー、SSRマーカー、STSマーカー、SNPマーカー、およびRAPDマーカーからなる群から選択される、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
DNAマーカーがRM1038、RM1373およびRM2187からなる群から選択される1つ以上である、請求項4記載の方法。
【請求項6】
短稈晩生遺伝子d63(t)。
【請求項7】
イネ科植物の第3染色体の短腕末端から34〜37Mbの位置に存在する短稈晩生遺伝子d63(t)。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−66385(P2013−66385A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−204948(P2011−204948)
【出願日】平成23年9月20日(2011.9.20)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】