イネ収量のオゾン影響評価方法
【課題】オゾンによるイネ収量への影響をより正確に評価する。
【解決手段】オゾン暴露処理した被検イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量に基づき、被検イネ品種のオゾンによる収量への影響を評価するようにした。
【解決手段】オゾン暴露処理した被検イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量に基づき、被検イネ品種のオゾンによる収量への影響を評価するようにした。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イネ収量のオゾン影響評価方法に関する。さらに詳述すると、本発明は、イネ収量のオゾン影響評価方法と、この方法を利用してオゾンにより収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を選抜する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
オゾンは対流圏における主要な大気汚染物質である。近年、特にアジアの発展途上国等においては、オゾン濃度が急速に増加している状況にある。また、オゾンの前駆物質である人為起源の窒素酸化物のアジアにおける発生量は、今後何の対策もとらない場合、2020年には1990年より350%増加すると予測されている(非特許文献1及び非特許文献2)。
【0003】
かかる状況下において、近年、オゾンによる農作物の生育や収量に対する影響が懸念され始めている。例えば、大気中のオゾン濃度の上昇によって、イネの生育や収量が低下することが報告されている(非特許文献3及び非特許文献4)。また、本願発明者等は、日本型品種よりもインド型品種において、オゾンによるイネ収量の減少量が大きく、オゾンによるイネ収量への影響はイネ品種間による差が大きいことを報告している(非特許文献5)。
【0004】
大気中のオゾン濃度が上昇することにより引き起こされ得るイネ収量の低下の問題は、米を主食とする諸地域、特にアジア諸国等においては、非常に深刻な問題である。そこで、オゾンによるイネ収量減少の品種間における差を解明し、これに基づいてオゾンにより収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を選抜しておくことで、特にアジア諸国を中心とした今後の食糧生産に大きく貢献できるものと考えられる。
【0005】
ところで、従来から、環境ストレスが植物に与える影響を分子レベルで評価しようとする研究がなされ、指標となる遺伝子やタンパク質等の分子マーカーも多く見出されている。例えば、特許文献1では、高温とオゾンによるイネ収量への影響を評価するための分子マーカーとして、ファイトアレキシンと総称される抗菌性二次代謝産物の一種であるサクラネチンを利用する技術が提案されている。具体的には、被検イネを通常の大気中のオゾン濃度より高い高濃度オゾン環境下かつ高温度環境下の複合環境に暴露した後、被検イネのサクラネチンの蓄積量を測定し、サクラネチンの検出の有無及び/又は検出量に基づいて、高温下でのオゾンによるイネ収量への影響の有無及び/又は程度を判定するようにしている。これにより、オゾンによるイネ収量への影響を、実際に収穫する段階までイネを生育することなく、実験室レベルでより早期に評価することを可能としている。また、オゾンにより収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を、実際に収穫する段階までイネを生育することなく、実験室レベルでより早期に選抜することを可能としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−33533号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】van Aardenne, J., Carmichael, G.R., Levy H., Streets, D., Hordijk, L. 1999. Anthropogenic NOx emissions in Asia in the period 1990-2020. Atmos. Environ. 33: 633-646
【非特許文献2】Aunan, K., Berntsen, T.K., Seip, H.M., 2000. Surface ozone in China and its possible impact on agricultural crop yields. Ambio 29, 294-301.
【非特許文献3】Kobayashi, K., Okada, M., Nouchi, I., 1995. Effects of ozone on dry matter partitioning and yield of Japanese cultivars of rice (Oryza sativa L.). Agric. Ecosyst. Environ. 53, 109-122.
【非特許文献4】Yonekura, T., Shimada, T., Miwa, M., Arzate, A., Ogawa, K., 2005. Impacts of tropospheric ozone on growth and yield of rice (Oryza sativa L.). J. Agric. Meteor. 60, 1045-1048.
【非特許文献5】Sawada, H., Kohno, Y., 2009. Differential ozone sensitivity of rice cultivars as indicated by visible injury and grain yield. Plant Biol. 11 (Suppl 1), 70-75.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1にて提案されているサクラネチンを分子マーカーとするオゾンによるイネ収量への影響評価方法では、27℃より低温であると、オゾン感受性のイネ品種においてもサクラネチンが蓄積し易くなって誤判定が発生する危険性があることから、被検イネを高温度(27℃〜50℃)且つ高濃度オゾンの環境に暴露する工程を経る必要がある。また、特許文献1には、被検イネを高温環境下に暴露する高温度処理は5日以上行うことが記載されている。しかしながら、27℃〜50℃の高温環境下に被検イネを5日以上暴露するような条件では、実際にイネを栽培する環境下における温度条件とは大きくかけ離れたものとなり得る。即ち、実際にイネを栽培する環境において、少なくとも夜間においては温度が27℃よりも低温となることが多く、一日中27℃以上の高温環境に被検イネを暴露することは、高温度環境自体が被検イネに対する環境ストレスとなって、オゾンと高温が被検イネに対して複合的に影響を与え得ることになる。したがって、特許文献1に記載の方法では、オゾンによるイネ収量への影響を正確に評価できない場合もあり得ることが懸念される。また、オゾンにより収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を正確に選抜できない場合もあり得ることが懸念される。
【0009】
そこで、本発明は、オゾンによるイネ収量への影響をより正確に評価することのできる方法を提供することを目的とする。
【0010】
また、本発明は、オゾンにより収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種をより正確に選抜することのできる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
かかる課題を解決するため、本願発明者等は、オープントップチャンバーを用い、温度条件と日照条件は屋外とほぼ同様の条件とし、大気中オゾン濃度よりもオゾン濃度を高めた条件として複数品種のイネを収穫時まで栽培する長期オゾン暴露試験を実施し、長期オゾン暴露試験中のイネ止葉における複数品種のタンパク質の発現量とイネ収量との関係について比較検討を行った。その結果、CPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼについて、長期オゾン暴露試験によりイネ収量が減少した品種ではその発現が抑えられ、長期オゾン暴露試験によりイネ収量が減少しなかった品種ではその発現が変化しないかあるいは増加する傾向が見られることを知見した。
【0012】
そこで、複数品種のイネ幼苗に対して、3日間の短期的なオゾン暴露処理を行い、CPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼの発現量とイネ収量との関係について比較検討したところ、長期オゾン暴露試験と同様の傾向が見られることを知見した。
【0013】
これらの結果から、CPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼを分子マーカーとして用いることで、屋外と同様若しくはそれに近い温度条件下でオゾン暴露処理を行って、オゾンによるイネ収量への影響をより正確に短期間で評価できること、また、オゾンにより収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種をより正確に選抜できることを知見し、この知見に基づきさらに種々検討を重ねて、本発明を完成するに至った。
【0014】
即ち、本発明のイネ収量のオゾン影響評価方法は、オゾン暴露処理した被検イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量に基づき、被検イネ品種のオゾンによる収量への影響を評価するようにしている。
【0015】
尚、本発明において、「イネ収量」とは、イネ個体当たりの精籾の重量を意味している。但し、イネ収量は、イネ個体の一部分当たりの精籾の重量であってもよいし、複数のイネ個体の精籾の重量であってもよい。
【0016】
ここで、本発明のイネ収量のオゾン影響評価方法において、オゾン暴露処理を、被検イネ品種の幼苗に対して実施することが好ましい。
【0017】
次に、本発明のイネ品種の選抜方法は、本発明のイネ収量のオゾン影響評価方法を用いて、オゾンによりイネ収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を選抜するようにしている。
【発明の効果】
【0018】
本発明のイネ収量のオゾン影響評価方法によれば、オゾンによるイネ収量への影響をより正確に評価することが可能となる。即ち、特許文献1に記載の技術のように、高温による環境ストレスを与え得る高温環境下への暴露を行うことなく、オゾンのみによるイネ収量への影響をより正確に評価することが可能となる。
【0019】
本発明のイネ品種の選抜方法によれば、オゾンによりイネ収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種をより正確に選抜することが可能となる。即ち、特許文献1に記載の技術のように、高温による環境ストレスを与え得る高温環境下への暴露を行うことなく、オゾンによりイネ収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種をより正確に選抜することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】長期オゾン暴露処理によるイネ収量への影響(オゾン濃度37ppb及び75ppbにおけるイネ収量)を示す図である。
【図2】長期オゾン暴露処理によるイネ止葉タンパク質の二次元電気泳動パターンの違いを示す図である。
【図3】長期オゾン暴露処理によるKi−13スポット発現量の違いを示す図である。
【図4】短期オゾン暴露処理による各種タンパク質発現量の変化を示す図である。
【図5】短期オゾン暴露処理について、複数のイネ品種におけるオゾン濃度とタンパク質の相対発現量との関係を示す図である。
【図6】CPN−60発現量とイネ収量との関係を示す図である。
【図7】ATP合成酵素発現量とイネ収量との関係を示す図である。
【図8】エノラーゼ発現量とイネ収量との関係を示す図である。
【図9】RuBisCo LSU発現量とイネ収量との関係を示す図である。
【図10】長期オゾン暴露処理期間中における外気温の状況を示す図である。
【図11】長期オゾン暴露処理期間中におけるオゾン暴露濃度パターンを示す図である。
【図12】長期オゾン暴露処理によるイネ収量への影響(各種オゾン濃度とイネ収量との関係)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0022】
本発明のイネ収量のオゾン影響評価方法は、オゾン暴露処理した被検イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量に基づき、被検イネ品種のオゾンによる収量への影響を評価するようにしている。
【0023】
より具体的には、オゾン暴露処理した被検イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量と、オゾン暴露処理していない対照イネ品種(被検イネ品種と同品種のイネ)におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量とを比較し、対照イネ品種のタンパク質発現量よりも被検イネ品種のタンパク質発現量の方が少ない場合には、オゾンにより被検イネ品種の収量が減少すると判定される。逆に、対照イネ品種のタンパク質発現量と被検イネ品種のタンパク質発現量が同程度かあるいは被検イネ品種のタンパク質発現量の方が大きい場合には、オゾンにより被検イネ品種の収量が減少しないと判定される。そして、対照イネ品種よりも被検イネ品種のタンパク質発現量の方が大きい場合については、オゾンにより被検イネ品種の収量が増加する可能性もあると判定される。
【0024】
オゾン暴露処理におけるオゾン濃度は、オゾン感受性の高いイネ品種において、オゾン暴露処理していない対照イネ品種におけるタンパク質の発現量との差が検出できる濃度であれば特に限定されるものではないが、40ppb〜120ppbとすることが好適であり、40ppb〜80ppbとすることがより好適である。オゾン濃度が低すぎると、オゾンストレスが弱すぎてオゾン暴露処理を施していない対照イネ品種のタンパク質発現量との差が小さすぎるか或いは認められなくなる。オゾン濃度が高すぎると、オゾンストレスが強すぎて被検イネ品種に対して顕著な影響が発現することによって、タンパク質発現量を正確に把握することが困難となる。尚、本発明においては、オゾン濃度を40ppbとしてもオゾンによるイネ収量への影響を十分に評価することができる。したがって、今後緩やかに上昇するであろう大気中のオゾン濃度により近い濃度でのイネ収量への影響を評価することができる。
【0025】
オゾン暴露処理は、オゾン濃度により異なるが、1時間〜30日間程度、さらには生育終了まで可能である。但し、オゾン濃度が40ppb〜120ppbの場合には、12時間〜60時間、好適には24時間〜48時間、より好適には36時間程度とすれば十分である。暴露時間が短すぎると、オゾンストレスが弱すぎてオゾン暴露処理を施していない対照イネ品種のタンパク質発現量との差が小さすぎるか或いは認められなくなる。暴露時間が長すぎても、対照イネ品種のタンパク質発現量との差が暴露時間に比例して大きくなることはない。尚、オゾン暴露処理は、必ずしも連続で行わずともよく、間欠的な処理としてもよい。例えば1日のうち一定時間(例えば12時間)オゾン暴露処理を行い、残りの時間はオゾン暴露処理を行わないようにしてもよい。
【0026】
オゾン暴露処理は、オゾン濃度条件以外は、対照イネの栽培環境条件とほぼ一致させることが好ましい。これにより、オゾンのみによるイネ収量への影響を確実に評価することができる。尚、対照イネの栽培環境において、オゾン濃度は必ずしも0ppbとする必要はなく、被検イネ品種と対照イネ品種との間でタンパク質の発現量の差が認識可能な程度にオゾンを含む環境としても構わない。尚、本発明では、特許文献1のように、高温環境下への暴露を必要としないので、栽培環境条件を実際のイネの栽培環境条件と一致ないしは近似させた条件として、オゾンによるイネ収量への影響を把握することができる。例えば、実際のイネの栽培環境条件と同様に、夜間における温度を27℃よりも低温としても、オゾンによるイネ収量への影響を正確に把握することができる。屋外で幼苗を育成できる温度条件下において、活性炭等で浄化した空気区と非浄化空気区との間で発現量あるいは非浄化空気区にオゾンを添加した空気区での短期実験においても評価が可能である。
【0027】
オゾン暴露処理を実施する被検イネ品種の生育段階は、イネの生育期であればどの段階でもよいが、特に幼苗に対して実施することが好適である。この場合、オゾンによるイネ収量への影響を確実且つ早期に判定することが可能となる。
【0028】
オゾン暴露処理した被検イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量、オゾン暴露処理していない対照イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量は、定法により検出される。例えば、被検イネ品種及び対照イネ品種の葉等の組織からタンパク質を抽出してこれをSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動等により電気泳動に供し、タンパク質をゲルからPVDF膜等に転写し、タンパク質を転写したPVDF膜をブロッキングした後、各タンパク質の特異抗体と反応させ、さらにHRP(Horse Radish Peroxidase)で標識した二次抗体と反応させ、これを化学発光試薬で処理して、発光イメージアナライザー等で抗原バンドを検出する。
【0029】
上記検出結果から、対照イネ品種のタンパク質発現量よりも被検イネ品種のタンパク質発現量の方が少ないと判断される場合には、オゾンにより被検イネ品種のイネ収量が減少すると判定される。逆に、対照イネ品種のタンパク質発現量と被検イネ品種のタンパク質発現量が同程度かあるいは被検イネ品種のタンパク質発現量の方が大きいと判断される場合には、オゾンにより被検イネ品種のイネ収量が減少しないと判定される。そして、対照イネ品種よりも被検イネ品種のタンパク質発現量の方が大きい場合については、オゾンにより被検イネ品種の収量が増加する可能性もあると判定される。
【0030】
そして、この判定結果を利用することで、オゾンによりイネ収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を選抜することができる。即ち、上記判定の結果、オゾンによりイネ収量が減少しないと判定されたイネ品種は、オゾン感受性が低く、オゾンによりイネ収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種であると判断することができる。逆に、オゾンによりイネ収量が減少したと判定されたイネ品種は、オゾン感受性が高く、オゾンによりタンパク質発現量が減少するイネ品種であると判断することができる。したがって、複数のイネ品種について、オゾンによりイネ収量が減少しないと判定される品種のみを選抜することによって、オゾン感受性が低い、即ち、オゾンによりイネ収量が減少しないと判定されたイネ品種のみを選抜することができる。
【0031】
上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、オゾンによりイネ収量が減少すると判定されたイネ品種について、複数のオゾン濃度でのオゾン暴露処理後におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量と、複数のオゾン濃度におけるイネ収量との相関関係を予め求めておき、この相関関係に基づいて、イネの収量変化量を定量的に予測するようにしてもよい。この場合、栽培中のイネのオゾン暴露状況が正確に把握できなくても、このイネの上記タンパク質の発現量を測定することで、オゾン暴露によるイネの収量変化量を予測することができるという利点がある。そして、この定量的な予測を行う場合については、特にCPN−60(60kDaシャペロニン)を指標として解析を行うことが好ましい。
【実施例1】
【0032】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0033】
<実験方法>
(1)被検イネ
被検イネとして、日本型(japonica)品種のきらら397、コシヒカリ及び日本晴を、インド型(indica)品種のタカナリ、カサラス及びスファンブリ90を選択した。
【0034】
きらら397、コシヒカリ及び日本晴のイネ種子は、(独)農業環境技術研究所より入手した。タカナリのイネ種子は、(独)農研機構・作物研究所より入手した。カサラスのイネ種子は、(独)国立環境研究所より入手した。スファンブリ90のイネ種子は、Naresuan大学(タイ国)より入手した。
【0035】
きらら397、コシヒカリ及びタカナリについては、止葉のプロテオーム解析を行った。
【0036】
(2)長期オゾン暴露処理
群馬県県前橋市の(財)電力中央研究所赤城試験センターに設置されているオープントップチャンバー(間口3.6m、奥行3.6m、高さ2.4m、以下、OTCと記す)内に、あらかじめ1/2000aワグネルポットをブロック配置しておき、約3週間ガラス室内で育苗したイネをこのワグネルポットに定植して、高濃度オゾンの暴露処理を開始した。
【0037】
オゾンの暴露処理は、2007年5月31日〜10月16日,2008年6月2日〜10月31日,2009年5月11日〜10月22日,2010年5月26日〜10月28日かけて実施した。また、2008年〜2010年の6月〜10月の平均気温は20.7〜22.5℃であった。オゾン暴露処理中における外気温の変化の状況を図10に示す。
【0038】
実験には、赤城試験センターの構内で採取した黒ボク土を用土として用い、1ポット当たり4個体を定植し,各チャンバー内に5ポットを配置した。
【0039】
定植後、くみあいLPコート入り複合444−D80号(14−14−14;チッソ旭肥料製)を、1ポット当たり5.36g(15kgN/10a相当量)施肥した。尚、追肥は実施しなかった。
【0040】
オゾンの暴露処理は、活性炭フィルターにて浄化された空気をOTCに導入した後、オゾンを導入してオゾン濃度を制御し,オゾンの暴露処理は、収穫時まで実施した。以下、オゾンの暴露処理を実施した処理区を、「オゾン処理区」と呼ぶ。尚、基準にしたオゾン濃度は、埼玉県環境科学国際センターにおいて2000年〜2007年に観測された5月〜9月のオゾン濃度から時間平均値を求め、これを基準として、×0.8〜2.5倍に設定した値である。オゾン暴露処理におけるオゾン暴露濃度パターンを図11に示す。
【0041】
また、高濃度オゾンの暴露処理の対照処理として、オゾンを導入することなく、活性炭フィルターにて浄化された空気のみをOTCに導入する対照処理を実施した。以下、この対照処理を実施した処理区を「浄化空気区」と呼ぶ。尚、浄化空気区における日中12時間の平均オゾン濃度は4ppbであった。
【0042】
尚、いずれの実験も,各品種について各処理区当たり5ポットを供試し,チャンバーを二連にて実施した。
【0043】
(3)プロテオーム解析
イネの止葉は、品種ごとに出穂の1週間後に採取し、液体窒素で凍結後、分析に供するまで−80℃で保存した。止葉から可溶性タンパク質を抽出し、二次元電気泳動を行った。画像解析ソフトにより、二次元電気泳動パターンを比較し、オゾン処理区と浄化空気区との間のタンパク質の発現量の差を品種ごとに解析した。発現量に有意な差があったタンパク質スポットをゲルから切り出し、ゲル内消化によってペプチドフラグメントとした後、質量分析計により解析し、タンパク質を同定した。
【0044】
(4)収量測定
収穫は、イネの籾が80%以上黄色になった段階で行った。穂から外した全籾を自動種子選別機(藤原製作所製FV-459A)を用いて稔実籾と不稔実籾に選別し、稔実籾の重量を収量とした。
【0045】
(5)短期オゾン暴露処理
上記した6品種のイネを、育苗用培土(クレハ園芸培土、株式会社クレハ)を用い、人工気象チャンバー(12時間明期、明期28℃/暗期23℃、相対湿度60〜70%、光強度400μmol/m2/s)で生育させた。播種後14日目のイネ幼苗を0ppb、40ppb、80ppbのオゾン濃度で3日間オゾン暴露処理した。但し、オゾンへの暴露は1日のうち明期の12時間のみとした。尚、日本晴、カサラス、スファンブリ90については、オゾン暴露処理を0ppbと40ppbのオゾン濃度のみで実施した。
【0046】
3日間のオゾン暴露処理が終了した後、下から3番目の葉を切り取り、直ちに液体窒素で凍結させて、分析時まで−80℃で保存した。
【0047】
(6)イムノブロッティング
短期オゾン暴露処理したイネの葉0.1gからタンパク質を抽出し、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動後、ゲルよりPVDF膜に転写装置を用いて転写した。転写したPVDF膜をブロッキング後、各候補タンパク質に対する以下の特異抗体と反応させた。
・Anti-Heat Shock Protein 60(Acris Antibodies GmbH,Herford,Germany)
・Anti-ATP Synthase, CF1βSubunit(AntiProt,Pullach i. Isartal,Germany)
・Anti-Enolase(Aviva Systems Biology,San Diego,USA)
【0048】
上記特異抗体と反応させた後、洗浄を行い、HRP(Horse Radish Peroxidase)で標識した二次抗体と反応させた。なお、対照として、Anti-RuBisCO large subunit(Zhang, Z. and Komatsu, S. 2000. Molecular Cloning and Characterization of cDNAs Encoding Two Isoforms of Ribulose-1,5-Biosphosphate Carboxylase/Oxygenase Activase in Rice (Oryza sativa L.) J. Biochem. 128:383-389)に対する反応も解析した。
【0049】
抗体と反応させたPVDF膜は、洗浄後、化学発光検出試薬で処理し、発光イメージアナライザーで抗原バンドを検出した。このバンドの濃淡を画像解析ソフトにより数値化し、定量した。
【0050】
<実験結果>
(1)オゾンの影響によるイネ収量の変化
2007年〜2010年に実施した長期オゾン暴露処理によるイネ収量への影響について検討した結果を図1に示す。尚、図1の縦軸の値は、空気浄化区(日中12時間の平均オゾン濃度4ppb)におけるイネ収量(精籾収量)に対するオゾン処理区(日中12時間の平均オゾン濃度37ppb、75ppb)におけるイネ収量(精籾収量)の相対値である。また、図12に、各種オゾン濃度(日中12時間の平均オゾン濃度)におけるイネ収量(精籾収量)について、各種イネ品種にて検討した結果を示す。縦軸の値は、図1と同様である。オゾン処理区における平均収量は、浄化空気区における収量と比較すると、きらら397では80%、タカナリでは86%、カサラスでは88%に低下した。一方、コシヒカリ、日本晴、スファンブリ90では、収量に変化は見られなかった。
【0051】
この結果から、きらら397、タカナリ及びカサラスは、オゾン感受性が高い品種であり、コシヒカリ、日本晴及びスファンブリ90はオゾン感受性が低い品種であると考えられた。
【0052】
(2)二次元電気泳動パターンの画像解析結果
長期オゾン暴露処理の有無によるイネ止葉タンパク質の二次元電気泳動パターンの違いについて検討した結果を図2に示す。画像解析の結果、タンパク質の発現量に有意な差が見られた。さらに、変化量が1.5倍以上であるタンパク質スポットが、きらら397では31個、コシヒカリでは18個、タカナリでは11個検出された。これらの変化したタンパク質スポットにおいて、3品種で共通して検出されたスポットはKi−13だけであった。
【0053】
次に、長期オゾン暴露処理の有無によるKi−13スポット発現量の違いを図3に示す。長期オゾン暴露処理によってイネ収量が減少した品種(きらら397、タカナリ)では、Ki−13の発現量が、浄化空気区よりもオゾン処理区で低くなった。逆に、長期オゾン暴露処理によってイネ収量が減少しなかった品種(コシヒカリ)では、Ki−13の発現量が、浄化空気区よりもオゾン処理区で高くなった。
【0054】
(3)Ki−13スポット中のタンパク質の同定
Ki−13スポットから消化・抽出されたペプチドフラグメントを質量分析計にて解析した結果を表1に示す。表1中、「スコア」はMascotスコアであり、「C」はアミノ酸配列の一致度であり、「MP」は一致したペプチド断片数であり、「MW」は分子量であり、「pI」は等電点である。
【0055】
【表1】
【0056】
解析の結果、Ki−13スポット中には、60kDaシャペロニン(CPN−60)、葉緑体型ATP合成酵素CF1βサブユニット、エノラーゼ1及び機能未知のタンパク質が含まれることが明らかとなった。
【0057】
以上の結果から、60kDaシャペロニン、ATP合成酵素及びエノラーゼが、オゾンによるイネ収量の慢性影響に対する新規分子マーカーとして利用できる可能性が示唆された。
【0058】
(4)短期オゾン暴露処理による各種タンパク質の発現量の検討
60kDaシャペロニン、ATP合成酵素及びエノラーゼが、早期に実験室レベルで利用できるマーカーであるかを確認するため、人工気象チャンバーにて、被検イネの幼苗に対し、短期オゾン暴露処理を実施し、60kDaシャペロニン、ATP合成酵素及びエノラーゼの発現量の変化について検討した。
【0059】
実験結果を図4に示す。3葉期のきらら397、コシヒカリ、タカナリ、カサラス、日本晴、スファンブリ90に3日間オゾン暴露処理を施したところ、オゾンにより減収する品種であるきらら397、タカナリ及びカサラスでは40ppbのオゾン暴露ですでに60kDaシャペロニン、ATP合成酵素、エノラーゼのすべてのタンパク質の発現量が低下していた。一方、オゾンにより減収しない品種であるコシヒカリ、日本晴及びスファンブリ90では40ppbのオゾン暴露では60kDaシャペロニン、ATP合成酵素、エノラーゼのすべてのタンパク質の発現量が増加するか、あるいは0ppbの浄化空気区と同程度に保たれていた。
【0060】
また、短期オゾン暴露処理によるタンパク質発現量の変化について、図4に示される各バンドをデンシトメーターで測定し、相対的な値で示したものを図5に示す。オゾンにより減収する品種であるきらら397、タカナリ及びカサラスでは、40ppbのオゾン暴露ですでに60kDaシャペロニン、ATP合成酵素、エノラーゼのすべてのタンパク質の発現量が低下していた。これに対し、一方、オゾンにより減収しない品種であるコシヒカリ、日本晴及びスファンブリ90では40ppbのオゾン暴露では40ppbのオゾン暴露では60kDaシャペロニン、ATP合成酵素、エノラーゼのすべてのタンパク質の発現量が増加するか、あるいは0ppbの浄化空気区と同程度に保たれていた。また、コシヒカリは、80ppbのオゾン暴露ではATP合成酵素の発現量は0ppbの浄化空気区よりも減少傾向を示したが、60kDaシャペロニン及びエノラーゼでは0ppbの浄化空気区と同程度の発現量に維持されていた。
【0061】
また、対照として、植物の葉における主要なタンパク質であるRuBisCOラージサブユニット(LSU)の発現量も同時に解析したが、RuBisCO LSUの発現量は日本晴を除いたすべての品種で、40ppbから発現量が低下しており、収量に対する感受性の品種間差とは関与しないことが示唆された。
【0062】
以上の結果から、60kDaシャペロニン、ATP合成酵素及びエノラーゼが、早期に実験室レベルで利用できるマーカーであることが確認できた。また、例えばオゾン暴露処理におけるオゾン濃度を80ppbよりも高めてタンパク質発現量を判定する上では、特に60kDaシャペロニン、エノラーゼを指標とすることが好ましいことも明らかとなった。
【0063】
(5)タンパク質相対発現量とイネの相対収量との相関に関する検討
すべての品種における短期オゾン暴露処理後のタンパク質相対発現量と同等の濃度で収穫まで長期オゾン暴露処理した時の相対収量との相関を算出した。その結果、60kDaシャペロニンにおいて、r=0.8597と極めて高い正の相関が認められた(図6)。また、ATP合成酵素とエノラーゼもそれぞれr=0.7413、r=0.7502と高い正の相関が認められた(図7、図8)。一方、RuBisCO LSUでは有意な相関が認められなかった(図9)。これらのタンパク質のうち、特に60kDaシャペロニンが収量予測のマーカーとして重要であることが明らかとなった。
【0064】
また、これらの結果から、短期オゾン暴露処理によるイネ幼苗の60kDaシャペロニン、ATP合成酵素、エノラーゼの発現量を分析することで、実験室レベルで早期にイネの収量に及ぼすオゾンの影響を評価できることが明らかとなり、これらのタンパク質が収量におけるオゾン感受性を診断する極めて有効な分子マーカーとなりえることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明のイネ収量へのオゾン影響評価方法により、イネの幼苗時においてその収量へのストレス影響を予測することが可能となる。したがって、作物の育種等に対して極めて利用価値が高い。
【技術分野】
【0001】
本発明は、イネ収量のオゾン影響評価方法に関する。さらに詳述すると、本発明は、イネ収量のオゾン影響評価方法と、この方法を利用してオゾンにより収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を選抜する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
オゾンは対流圏における主要な大気汚染物質である。近年、特にアジアの発展途上国等においては、オゾン濃度が急速に増加している状況にある。また、オゾンの前駆物質である人為起源の窒素酸化物のアジアにおける発生量は、今後何の対策もとらない場合、2020年には1990年より350%増加すると予測されている(非特許文献1及び非特許文献2)。
【0003】
かかる状況下において、近年、オゾンによる農作物の生育や収量に対する影響が懸念され始めている。例えば、大気中のオゾン濃度の上昇によって、イネの生育や収量が低下することが報告されている(非特許文献3及び非特許文献4)。また、本願発明者等は、日本型品種よりもインド型品種において、オゾンによるイネ収量の減少量が大きく、オゾンによるイネ収量への影響はイネ品種間による差が大きいことを報告している(非特許文献5)。
【0004】
大気中のオゾン濃度が上昇することにより引き起こされ得るイネ収量の低下の問題は、米を主食とする諸地域、特にアジア諸国等においては、非常に深刻な問題である。そこで、オゾンによるイネ収量減少の品種間における差を解明し、これに基づいてオゾンにより収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を選抜しておくことで、特にアジア諸国を中心とした今後の食糧生産に大きく貢献できるものと考えられる。
【0005】
ところで、従来から、環境ストレスが植物に与える影響を分子レベルで評価しようとする研究がなされ、指標となる遺伝子やタンパク質等の分子マーカーも多く見出されている。例えば、特許文献1では、高温とオゾンによるイネ収量への影響を評価するための分子マーカーとして、ファイトアレキシンと総称される抗菌性二次代謝産物の一種であるサクラネチンを利用する技術が提案されている。具体的には、被検イネを通常の大気中のオゾン濃度より高い高濃度オゾン環境下かつ高温度環境下の複合環境に暴露した後、被検イネのサクラネチンの蓄積量を測定し、サクラネチンの検出の有無及び/又は検出量に基づいて、高温下でのオゾンによるイネ収量への影響の有無及び/又は程度を判定するようにしている。これにより、オゾンによるイネ収量への影響を、実際に収穫する段階までイネを生育することなく、実験室レベルでより早期に評価することを可能としている。また、オゾンにより収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を、実際に収穫する段階までイネを生育することなく、実験室レベルでより早期に選抜することを可能としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−33533号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】van Aardenne, J., Carmichael, G.R., Levy H., Streets, D., Hordijk, L. 1999. Anthropogenic NOx emissions in Asia in the period 1990-2020. Atmos. Environ. 33: 633-646
【非特許文献2】Aunan, K., Berntsen, T.K., Seip, H.M., 2000. Surface ozone in China and its possible impact on agricultural crop yields. Ambio 29, 294-301.
【非特許文献3】Kobayashi, K., Okada, M., Nouchi, I., 1995. Effects of ozone on dry matter partitioning and yield of Japanese cultivars of rice (Oryza sativa L.). Agric. Ecosyst. Environ. 53, 109-122.
【非特許文献4】Yonekura, T., Shimada, T., Miwa, M., Arzate, A., Ogawa, K., 2005. Impacts of tropospheric ozone on growth and yield of rice (Oryza sativa L.). J. Agric. Meteor. 60, 1045-1048.
【非特許文献5】Sawada, H., Kohno, Y., 2009. Differential ozone sensitivity of rice cultivars as indicated by visible injury and grain yield. Plant Biol. 11 (Suppl 1), 70-75.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1にて提案されているサクラネチンを分子マーカーとするオゾンによるイネ収量への影響評価方法では、27℃より低温であると、オゾン感受性のイネ品種においてもサクラネチンが蓄積し易くなって誤判定が発生する危険性があることから、被検イネを高温度(27℃〜50℃)且つ高濃度オゾンの環境に暴露する工程を経る必要がある。また、特許文献1には、被検イネを高温環境下に暴露する高温度処理は5日以上行うことが記載されている。しかしながら、27℃〜50℃の高温環境下に被検イネを5日以上暴露するような条件では、実際にイネを栽培する環境下における温度条件とは大きくかけ離れたものとなり得る。即ち、実際にイネを栽培する環境において、少なくとも夜間においては温度が27℃よりも低温となることが多く、一日中27℃以上の高温環境に被検イネを暴露することは、高温度環境自体が被検イネに対する環境ストレスとなって、オゾンと高温が被検イネに対して複合的に影響を与え得ることになる。したがって、特許文献1に記載の方法では、オゾンによるイネ収量への影響を正確に評価できない場合もあり得ることが懸念される。また、オゾンにより収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を正確に選抜できない場合もあり得ることが懸念される。
【0009】
そこで、本発明は、オゾンによるイネ収量への影響をより正確に評価することのできる方法を提供することを目的とする。
【0010】
また、本発明は、オゾンにより収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種をより正確に選抜することのできる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
かかる課題を解決するため、本願発明者等は、オープントップチャンバーを用い、温度条件と日照条件は屋外とほぼ同様の条件とし、大気中オゾン濃度よりもオゾン濃度を高めた条件として複数品種のイネを収穫時まで栽培する長期オゾン暴露試験を実施し、長期オゾン暴露試験中のイネ止葉における複数品種のタンパク質の発現量とイネ収量との関係について比較検討を行った。その結果、CPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼについて、長期オゾン暴露試験によりイネ収量が減少した品種ではその発現が抑えられ、長期オゾン暴露試験によりイネ収量が減少しなかった品種ではその発現が変化しないかあるいは増加する傾向が見られることを知見した。
【0012】
そこで、複数品種のイネ幼苗に対して、3日間の短期的なオゾン暴露処理を行い、CPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼの発現量とイネ収量との関係について比較検討したところ、長期オゾン暴露試験と同様の傾向が見られることを知見した。
【0013】
これらの結果から、CPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼを分子マーカーとして用いることで、屋外と同様若しくはそれに近い温度条件下でオゾン暴露処理を行って、オゾンによるイネ収量への影響をより正確に短期間で評価できること、また、オゾンにより収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種をより正確に選抜できることを知見し、この知見に基づきさらに種々検討を重ねて、本発明を完成するに至った。
【0014】
即ち、本発明のイネ収量のオゾン影響評価方法は、オゾン暴露処理した被検イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量に基づき、被検イネ品種のオゾンによる収量への影響を評価するようにしている。
【0015】
尚、本発明において、「イネ収量」とは、イネ個体当たりの精籾の重量を意味している。但し、イネ収量は、イネ個体の一部分当たりの精籾の重量であってもよいし、複数のイネ個体の精籾の重量であってもよい。
【0016】
ここで、本発明のイネ収量のオゾン影響評価方法において、オゾン暴露処理を、被検イネ品種の幼苗に対して実施することが好ましい。
【0017】
次に、本発明のイネ品種の選抜方法は、本発明のイネ収量のオゾン影響評価方法を用いて、オゾンによりイネ収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を選抜するようにしている。
【発明の効果】
【0018】
本発明のイネ収量のオゾン影響評価方法によれば、オゾンによるイネ収量への影響をより正確に評価することが可能となる。即ち、特許文献1に記載の技術のように、高温による環境ストレスを与え得る高温環境下への暴露を行うことなく、オゾンのみによるイネ収量への影響をより正確に評価することが可能となる。
【0019】
本発明のイネ品種の選抜方法によれば、オゾンによりイネ収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種をより正確に選抜することが可能となる。即ち、特許文献1に記載の技術のように、高温による環境ストレスを与え得る高温環境下への暴露を行うことなく、オゾンによりイネ収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種をより正確に選抜することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】長期オゾン暴露処理によるイネ収量への影響(オゾン濃度37ppb及び75ppbにおけるイネ収量)を示す図である。
【図2】長期オゾン暴露処理によるイネ止葉タンパク質の二次元電気泳動パターンの違いを示す図である。
【図3】長期オゾン暴露処理によるKi−13スポット発現量の違いを示す図である。
【図4】短期オゾン暴露処理による各種タンパク質発現量の変化を示す図である。
【図5】短期オゾン暴露処理について、複数のイネ品種におけるオゾン濃度とタンパク質の相対発現量との関係を示す図である。
【図6】CPN−60発現量とイネ収量との関係を示す図である。
【図7】ATP合成酵素発現量とイネ収量との関係を示す図である。
【図8】エノラーゼ発現量とイネ収量との関係を示す図である。
【図9】RuBisCo LSU発現量とイネ収量との関係を示す図である。
【図10】長期オゾン暴露処理期間中における外気温の状況を示す図である。
【図11】長期オゾン暴露処理期間中におけるオゾン暴露濃度パターンを示す図である。
【図12】長期オゾン暴露処理によるイネ収量への影響(各種オゾン濃度とイネ収量との関係)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための形態について、図面に基づいて詳細に説明する。
【0022】
本発明のイネ収量のオゾン影響評価方法は、オゾン暴露処理した被検イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量に基づき、被検イネ品種のオゾンによる収量への影響を評価するようにしている。
【0023】
より具体的には、オゾン暴露処理した被検イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量と、オゾン暴露処理していない対照イネ品種(被検イネ品種と同品種のイネ)におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量とを比較し、対照イネ品種のタンパク質発現量よりも被検イネ品種のタンパク質発現量の方が少ない場合には、オゾンにより被検イネ品種の収量が減少すると判定される。逆に、対照イネ品種のタンパク質発現量と被検イネ品種のタンパク質発現量が同程度かあるいは被検イネ品種のタンパク質発現量の方が大きい場合には、オゾンにより被検イネ品種の収量が減少しないと判定される。そして、対照イネ品種よりも被検イネ品種のタンパク質発現量の方が大きい場合については、オゾンにより被検イネ品種の収量が増加する可能性もあると判定される。
【0024】
オゾン暴露処理におけるオゾン濃度は、オゾン感受性の高いイネ品種において、オゾン暴露処理していない対照イネ品種におけるタンパク質の発現量との差が検出できる濃度であれば特に限定されるものではないが、40ppb〜120ppbとすることが好適であり、40ppb〜80ppbとすることがより好適である。オゾン濃度が低すぎると、オゾンストレスが弱すぎてオゾン暴露処理を施していない対照イネ品種のタンパク質発現量との差が小さすぎるか或いは認められなくなる。オゾン濃度が高すぎると、オゾンストレスが強すぎて被検イネ品種に対して顕著な影響が発現することによって、タンパク質発現量を正確に把握することが困難となる。尚、本発明においては、オゾン濃度を40ppbとしてもオゾンによるイネ収量への影響を十分に評価することができる。したがって、今後緩やかに上昇するであろう大気中のオゾン濃度により近い濃度でのイネ収量への影響を評価することができる。
【0025】
オゾン暴露処理は、オゾン濃度により異なるが、1時間〜30日間程度、さらには生育終了まで可能である。但し、オゾン濃度が40ppb〜120ppbの場合には、12時間〜60時間、好適には24時間〜48時間、より好適には36時間程度とすれば十分である。暴露時間が短すぎると、オゾンストレスが弱すぎてオゾン暴露処理を施していない対照イネ品種のタンパク質発現量との差が小さすぎるか或いは認められなくなる。暴露時間が長すぎても、対照イネ品種のタンパク質発現量との差が暴露時間に比例して大きくなることはない。尚、オゾン暴露処理は、必ずしも連続で行わずともよく、間欠的な処理としてもよい。例えば1日のうち一定時間(例えば12時間)オゾン暴露処理を行い、残りの時間はオゾン暴露処理を行わないようにしてもよい。
【0026】
オゾン暴露処理は、オゾン濃度条件以外は、対照イネの栽培環境条件とほぼ一致させることが好ましい。これにより、オゾンのみによるイネ収量への影響を確実に評価することができる。尚、対照イネの栽培環境において、オゾン濃度は必ずしも0ppbとする必要はなく、被検イネ品種と対照イネ品種との間でタンパク質の発現量の差が認識可能な程度にオゾンを含む環境としても構わない。尚、本発明では、特許文献1のように、高温環境下への暴露を必要としないので、栽培環境条件を実際のイネの栽培環境条件と一致ないしは近似させた条件として、オゾンによるイネ収量への影響を把握することができる。例えば、実際のイネの栽培環境条件と同様に、夜間における温度を27℃よりも低温としても、オゾンによるイネ収量への影響を正確に把握することができる。屋外で幼苗を育成できる温度条件下において、活性炭等で浄化した空気区と非浄化空気区との間で発現量あるいは非浄化空気区にオゾンを添加した空気区での短期実験においても評価が可能である。
【0027】
オゾン暴露処理を実施する被検イネ品種の生育段階は、イネの生育期であればどの段階でもよいが、特に幼苗に対して実施することが好適である。この場合、オゾンによるイネ収量への影響を確実且つ早期に判定することが可能となる。
【0028】
オゾン暴露処理した被検イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量、オゾン暴露処理していない対照イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量は、定法により検出される。例えば、被検イネ品種及び対照イネ品種の葉等の組織からタンパク質を抽出してこれをSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動等により電気泳動に供し、タンパク質をゲルからPVDF膜等に転写し、タンパク質を転写したPVDF膜をブロッキングした後、各タンパク質の特異抗体と反応させ、さらにHRP(Horse Radish Peroxidase)で標識した二次抗体と反応させ、これを化学発光試薬で処理して、発光イメージアナライザー等で抗原バンドを検出する。
【0029】
上記検出結果から、対照イネ品種のタンパク質発現量よりも被検イネ品種のタンパク質発現量の方が少ないと判断される場合には、オゾンにより被検イネ品種のイネ収量が減少すると判定される。逆に、対照イネ品種のタンパク質発現量と被検イネ品種のタンパク質発現量が同程度かあるいは被検イネ品種のタンパク質発現量の方が大きいと判断される場合には、オゾンにより被検イネ品種のイネ収量が減少しないと判定される。そして、対照イネ品種よりも被検イネ品種のタンパク質発現量の方が大きい場合については、オゾンにより被検イネ品種の収量が増加する可能性もあると判定される。
【0030】
そして、この判定結果を利用することで、オゾンによりイネ収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を選抜することができる。即ち、上記判定の結果、オゾンによりイネ収量が減少しないと判定されたイネ品種は、オゾン感受性が低く、オゾンによりイネ収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種であると判断することができる。逆に、オゾンによりイネ収量が減少したと判定されたイネ品種は、オゾン感受性が高く、オゾンによりタンパク質発現量が減少するイネ品種であると判断することができる。したがって、複数のイネ品種について、オゾンによりイネ収量が減少しないと判定される品種のみを選抜することによって、オゾン感受性が低い、即ち、オゾンによりイネ収量が減少しないと判定されたイネ品種のみを選抜することができる。
【0031】
上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、オゾンによりイネ収量が減少すると判定されたイネ品種について、複数のオゾン濃度でのオゾン暴露処理後におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量と、複数のオゾン濃度におけるイネ収量との相関関係を予め求めておき、この相関関係に基づいて、イネの収量変化量を定量的に予測するようにしてもよい。この場合、栽培中のイネのオゾン暴露状況が正確に把握できなくても、このイネの上記タンパク質の発現量を測定することで、オゾン暴露によるイネの収量変化量を予測することができるという利点がある。そして、この定量的な予測を行う場合については、特にCPN−60(60kDaシャペロニン)を指標として解析を行うことが好ましい。
【実施例1】
【0032】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明はこれら実施例に限られるものではない。
【0033】
<実験方法>
(1)被検イネ
被検イネとして、日本型(japonica)品種のきらら397、コシヒカリ及び日本晴を、インド型(indica)品種のタカナリ、カサラス及びスファンブリ90を選択した。
【0034】
きらら397、コシヒカリ及び日本晴のイネ種子は、(独)農業環境技術研究所より入手した。タカナリのイネ種子は、(独)農研機構・作物研究所より入手した。カサラスのイネ種子は、(独)国立環境研究所より入手した。スファンブリ90のイネ種子は、Naresuan大学(タイ国)より入手した。
【0035】
きらら397、コシヒカリ及びタカナリについては、止葉のプロテオーム解析を行った。
【0036】
(2)長期オゾン暴露処理
群馬県県前橋市の(財)電力中央研究所赤城試験センターに設置されているオープントップチャンバー(間口3.6m、奥行3.6m、高さ2.4m、以下、OTCと記す)内に、あらかじめ1/2000aワグネルポットをブロック配置しておき、約3週間ガラス室内で育苗したイネをこのワグネルポットに定植して、高濃度オゾンの暴露処理を開始した。
【0037】
オゾンの暴露処理は、2007年5月31日〜10月16日,2008年6月2日〜10月31日,2009年5月11日〜10月22日,2010年5月26日〜10月28日かけて実施した。また、2008年〜2010年の6月〜10月の平均気温は20.7〜22.5℃であった。オゾン暴露処理中における外気温の変化の状況を図10に示す。
【0038】
実験には、赤城試験センターの構内で採取した黒ボク土を用土として用い、1ポット当たり4個体を定植し,各チャンバー内に5ポットを配置した。
【0039】
定植後、くみあいLPコート入り複合444−D80号(14−14−14;チッソ旭肥料製)を、1ポット当たり5.36g(15kgN/10a相当量)施肥した。尚、追肥は実施しなかった。
【0040】
オゾンの暴露処理は、活性炭フィルターにて浄化された空気をOTCに導入した後、オゾンを導入してオゾン濃度を制御し,オゾンの暴露処理は、収穫時まで実施した。以下、オゾンの暴露処理を実施した処理区を、「オゾン処理区」と呼ぶ。尚、基準にしたオゾン濃度は、埼玉県環境科学国際センターにおいて2000年〜2007年に観測された5月〜9月のオゾン濃度から時間平均値を求め、これを基準として、×0.8〜2.5倍に設定した値である。オゾン暴露処理におけるオゾン暴露濃度パターンを図11に示す。
【0041】
また、高濃度オゾンの暴露処理の対照処理として、オゾンを導入することなく、活性炭フィルターにて浄化された空気のみをOTCに導入する対照処理を実施した。以下、この対照処理を実施した処理区を「浄化空気区」と呼ぶ。尚、浄化空気区における日中12時間の平均オゾン濃度は4ppbであった。
【0042】
尚、いずれの実験も,各品種について各処理区当たり5ポットを供試し,チャンバーを二連にて実施した。
【0043】
(3)プロテオーム解析
イネの止葉は、品種ごとに出穂の1週間後に採取し、液体窒素で凍結後、分析に供するまで−80℃で保存した。止葉から可溶性タンパク質を抽出し、二次元電気泳動を行った。画像解析ソフトにより、二次元電気泳動パターンを比較し、オゾン処理区と浄化空気区との間のタンパク質の発現量の差を品種ごとに解析した。発現量に有意な差があったタンパク質スポットをゲルから切り出し、ゲル内消化によってペプチドフラグメントとした後、質量分析計により解析し、タンパク質を同定した。
【0044】
(4)収量測定
収穫は、イネの籾が80%以上黄色になった段階で行った。穂から外した全籾を自動種子選別機(藤原製作所製FV-459A)を用いて稔実籾と不稔実籾に選別し、稔実籾の重量を収量とした。
【0045】
(5)短期オゾン暴露処理
上記した6品種のイネを、育苗用培土(クレハ園芸培土、株式会社クレハ)を用い、人工気象チャンバー(12時間明期、明期28℃/暗期23℃、相対湿度60〜70%、光強度400μmol/m2/s)で生育させた。播種後14日目のイネ幼苗を0ppb、40ppb、80ppbのオゾン濃度で3日間オゾン暴露処理した。但し、オゾンへの暴露は1日のうち明期の12時間のみとした。尚、日本晴、カサラス、スファンブリ90については、オゾン暴露処理を0ppbと40ppbのオゾン濃度のみで実施した。
【0046】
3日間のオゾン暴露処理が終了した後、下から3番目の葉を切り取り、直ちに液体窒素で凍結させて、分析時まで−80℃で保存した。
【0047】
(6)イムノブロッティング
短期オゾン暴露処理したイネの葉0.1gからタンパク質を抽出し、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動後、ゲルよりPVDF膜に転写装置を用いて転写した。転写したPVDF膜をブロッキング後、各候補タンパク質に対する以下の特異抗体と反応させた。
・Anti-Heat Shock Protein 60(Acris Antibodies GmbH,Herford,Germany)
・Anti-ATP Synthase, CF1βSubunit(AntiProt,Pullach i. Isartal,Germany)
・Anti-Enolase(Aviva Systems Biology,San Diego,USA)
【0048】
上記特異抗体と反応させた後、洗浄を行い、HRP(Horse Radish Peroxidase)で標識した二次抗体と反応させた。なお、対照として、Anti-RuBisCO large subunit(Zhang, Z. and Komatsu, S. 2000. Molecular Cloning and Characterization of cDNAs Encoding Two Isoforms of Ribulose-1,5-Biosphosphate Carboxylase/Oxygenase Activase in Rice (Oryza sativa L.) J. Biochem. 128:383-389)に対する反応も解析した。
【0049】
抗体と反応させたPVDF膜は、洗浄後、化学発光検出試薬で処理し、発光イメージアナライザーで抗原バンドを検出した。このバンドの濃淡を画像解析ソフトにより数値化し、定量した。
【0050】
<実験結果>
(1)オゾンの影響によるイネ収量の変化
2007年〜2010年に実施した長期オゾン暴露処理によるイネ収量への影響について検討した結果を図1に示す。尚、図1の縦軸の値は、空気浄化区(日中12時間の平均オゾン濃度4ppb)におけるイネ収量(精籾収量)に対するオゾン処理区(日中12時間の平均オゾン濃度37ppb、75ppb)におけるイネ収量(精籾収量)の相対値である。また、図12に、各種オゾン濃度(日中12時間の平均オゾン濃度)におけるイネ収量(精籾収量)について、各種イネ品種にて検討した結果を示す。縦軸の値は、図1と同様である。オゾン処理区における平均収量は、浄化空気区における収量と比較すると、きらら397では80%、タカナリでは86%、カサラスでは88%に低下した。一方、コシヒカリ、日本晴、スファンブリ90では、収量に変化は見られなかった。
【0051】
この結果から、きらら397、タカナリ及びカサラスは、オゾン感受性が高い品種であり、コシヒカリ、日本晴及びスファンブリ90はオゾン感受性が低い品種であると考えられた。
【0052】
(2)二次元電気泳動パターンの画像解析結果
長期オゾン暴露処理の有無によるイネ止葉タンパク質の二次元電気泳動パターンの違いについて検討した結果を図2に示す。画像解析の結果、タンパク質の発現量に有意な差が見られた。さらに、変化量が1.5倍以上であるタンパク質スポットが、きらら397では31個、コシヒカリでは18個、タカナリでは11個検出された。これらの変化したタンパク質スポットにおいて、3品種で共通して検出されたスポットはKi−13だけであった。
【0053】
次に、長期オゾン暴露処理の有無によるKi−13スポット発現量の違いを図3に示す。長期オゾン暴露処理によってイネ収量が減少した品種(きらら397、タカナリ)では、Ki−13の発現量が、浄化空気区よりもオゾン処理区で低くなった。逆に、長期オゾン暴露処理によってイネ収量が減少しなかった品種(コシヒカリ)では、Ki−13の発現量が、浄化空気区よりもオゾン処理区で高くなった。
【0054】
(3)Ki−13スポット中のタンパク質の同定
Ki−13スポットから消化・抽出されたペプチドフラグメントを質量分析計にて解析した結果を表1に示す。表1中、「スコア」はMascotスコアであり、「C」はアミノ酸配列の一致度であり、「MP」は一致したペプチド断片数であり、「MW」は分子量であり、「pI」は等電点である。
【0055】
【表1】
【0056】
解析の結果、Ki−13スポット中には、60kDaシャペロニン(CPN−60)、葉緑体型ATP合成酵素CF1βサブユニット、エノラーゼ1及び機能未知のタンパク質が含まれることが明らかとなった。
【0057】
以上の結果から、60kDaシャペロニン、ATP合成酵素及びエノラーゼが、オゾンによるイネ収量の慢性影響に対する新規分子マーカーとして利用できる可能性が示唆された。
【0058】
(4)短期オゾン暴露処理による各種タンパク質の発現量の検討
60kDaシャペロニン、ATP合成酵素及びエノラーゼが、早期に実験室レベルで利用できるマーカーであるかを確認するため、人工気象チャンバーにて、被検イネの幼苗に対し、短期オゾン暴露処理を実施し、60kDaシャペロニン、ATP合成酵素及びエノラーゼの発現量の変化について検討した。
【0059】
実験結果を図4に示す。3葉期のきらら397、コシヒカリ、タカナリ、カサラス、日本晴、スファンブリ90に3日間オゾン暴露処理を施したところ、オゾンにより減収する品種であるきらら397、タカナリ及びカサラスでは40ppbのオゾン暴露ですでに60kDaシャペロニン、ATP合成酵素、エノラーゼのすべてのタンパク質の発現量が低下していた。一方、オゾンにより減収しない品種であるコシヒカリ、日本晴及びスファンブリ90では40ppbのオゾン暴露では60kDaシャペロニン、ATP合成酵素、エノラーゼのすべてのタンパク質の発現量が増加するか、あるいは0ppbの浄化空気区と同程度に保たれていた。
【0060】
また、短期オゾン暴露処理によるタンパク質発現量の変化について、図4に示される各バンドをデンシトメーターで測定し、相対的な値で示したものを図5に示す。オゾンにより減収する品種であるきらら397、タカナリ及びカサラスでは、40ppbのオゾン暴露ですでに60kDaシャペロニン、ATP合成酵素、エノラーゼのすべてのタンパク質の発現量が低下していた。これに対し、一方、オゾンにより減収しない品種であるコシヒカリ、日本晴及びスファンブリ90では40ppbのオゾン暴露では40ppbのオゾン暴露では60kDaシャペロニン、ATP合成酵素、エノラーゼのすべてのタンパク質の発現量が増加するか、あるいは0ppbの浄化空気区と同程度に保たれていた。また、コシヒカリは、80ppbのオゾン暴露ではATP合成酵素の発現量は0ppbの浄化空気区よりも減少傾向を示したが、60kDaシャペロニン及びエノラーゼでは0ppbの浄化空気区と同程度の発現量に維持されていた。
【0061】
また、対照として、植物の葉における主要なタンパク質であるRuBisCOラージサブユニット(LSU)の発現量も同時に解析したが、RuBisCO LSUの発現量は日本晴を除いたすべての品種で、40ppbから発現量が低下しており、収量に対する感受性の品種間差とは関与しないことが示唆された。
【0062】
以上の結果から、60kDaシャペロニン、ATP合成酵素及びエノラーゼが、早期に実験室レベルで利用できるマーカーであることが確認できた。また、例えばオゾン暴露処理におけるオゾン濃度を80ppbよりも高めてタンパク質発現量を判定する上では、特に60kDaシャペロニン、エノラーゼを指標とすることが好ましいことも明らかとなった。
【0063】
(5)タンパク質相対発現量とイネの相対収量との相関に関する検討
すべての品種における短期オゾン暴露処理後のタンパク質相対発現量と同等の濃度で収穫まで長期オゾン暴露処理した時の相対収量との相関を算出した。その結果、60kDaシャペロニンにおいて、r=0.8597と極めて高い正の相関が認められた(図6)。また、ATP合成酵素とエノラーゼもそれぞれr=0.7413、r=0.7502と高い正の相関が認められた(図7、図8)。一方、RuBisCO LSUでは有意な相関が認められなかった(図9)。これらのタンパク質のうち、特に60kDaシャペロニンが収量予測のマーカーとして重要であることが明らかとなった。
【0064】
また、これらの結果から、短期オゾン暴露処理によるイネ幼苗の60kDaシャペロニン、ATP合成酵素、エノラーゼの発現量を分析することで、実験室レベルで早期にイネの収量に及ぼすオゾンの影響を評価できることが明らかとなり、これらのタンパク質が収量におけるオゾン感受性を診断する極めて有効な分子マーカーとなりえることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明のイネ収量へのオゾン影響評価方法により、イネの幼苗時においてその収量へのストレス影響を予測することが可能となる。したがって、作物の育種等に対して極めて利用価値が高い。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
オゾン暴露処理した被検イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量に基づき、前記被検イネ品種のオゾンによる収量への影響を評価することを特徴とするイネ収量のオゾン影響評価方法。
【請求項2】
前記オゾン暴露処理を前記被検イネ品種の幼苗に対して実施する請求項1に記載のイネ収量のオゾン影響評価方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のイネ収量のオゾン影響評価方法を用いて、オゾンによりイネ収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を選抜することを特徴とするイネ品種の選抜方法。
【請求項1】
オゾン暴露処理した被検イネ品種におけるCPN−60(60kDaシャペロニン)、ATP合成酵素及びエノラーゼからなる群より選択される1又は2以上のタンパク質の発現量に基づき、前記被検イネ品種のオゾンによる収量への影響を評価することを特徴とするイネ収量のオゾン影響評価方法。
【請求項2】
前記オゾン暴露処理を前記被検イネ品種の幼苗に対して実施する請求項1に記載のイネ収量のオゾン影響評価方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のイネ収量のオゾン影響評価方法を用いて、オゾンによりイネ収量が低下しない又は低下しにくいイネ品種を選抜することを特徴とするイネ品種の選抜方法。
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図12】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図10】
【図11】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図12】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−215482(P2012−215482A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−81335(P2011−81335)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、環境省、気温とオゾン濃度上昇が水稲の生産性におよぼす複合影響評価と適応方策に関する研究(その1)委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000173809)一般財団法人電力中央研究所 (1,040)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、環境省、気温とオゾン濃度上昇が水稲の生産性におよぼす複合影響評価と適応方策に関する研究(その1)委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000173809)一般財団法人電力中央研究所 (1,040)
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】
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