説明

イヤホンケーブル用導体及びイヤホンケーブル

【課題】高い導電性を備え、かつ軟質銅材においても高い屈曲寿命を有し、しかも、軟銅線でありながら、OFC等の銅線に比して大きな結晶粒を備えた結晶組織を有し、かつ、屈曲性に優れるイヤホンケーブル用導体及びイヤホンケーブルを提供する。
【解決手段】Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素を含み残部が銅である軟質希薄銅合金線からなり、前記軟質希薄銅合金線が、内部の結晶粒より表層の結晶粒の方が小さく、表層の表面から内部に向けて少なくとも線径の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下であるイヤホンケーブル用導体ものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イヤホンケーブル用導体及びイヤホンケーブルに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の科学技術においては、動力源としての電力や、電気信号など、あらゆる部分に電気が用いられており、それらを伝達するためにケーブルやリード線などの導線が用いられている。そして、その導線に用いられている素材としては、銅、銀などの導電率の高い金属が用いられ、とりわけ、コスト面などを考慮し、銅線が極めて多く用いられている。
【0003】
銅と一括りにする中にも、その分子の配列などに応じて、大きく分けて、硬質銅と軟質銅とに分けられる。そして利用目的に応じて所望の性質を有する種類の銅が用いられている。
【0004】
電子部品用リード線には、硬質銅線が多く用いられ、一方、医療機器、産業用ロボット、ノート型パソコンなどの電子機器などに用いられるケーブルは、過酷な曲げ、ねじれ、引張りなどが組み合わさった外力が繰り返し負荷される環境下で使用されているため、硬直な硬質銅線は不的確であり、軟質銅線が用いられている。
【0005】
このような用途に使用される導線には、導電性が良好(高導電率)で、かつ、屈曲特性が良好であるという、相反する特性が求められるが、今日までに、高導電性及び耐屈曲性を維持する銅材料の開発が進められている。
【0006】
例えば、引張強さ、伸び、及び導電率が良好な耐屈曲ケーブル用導体に関し、特に純度99.99wt%以上の無酸素銅に、純度99.99wt%以上のインジウムを0.05〜0.70mass%、純度99.9wt%以上のPを0.0001〜0.003mass%の濃度範囲で含有させてなる銅合金を線材に形成した耐屈曲ケーブル用導体が知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【0007】
イヤホンケーブルには、音楽プレーヤー、例えば、ハードディスクプレーヤー、MP3プレーヤー、CDプレーヤー等のステレオ音声を聴くときに用いられる。
【0008】
これらのケーブルの導体に用いられる銅の種類には、タフピッチ銅(TPC)、無酸素銅(OFC)、線形結晶状の無酸素銅(LC−OFC)、単結晶状の無酸素銅(PCOCC)、純度99.9999%(6N)のOFC(6N−OFC)等が挙げられる。また、これらの素材を硬銅線として用いる考え方がある。これは、結晶粒の平均長が長いほど、ケーブルの伝送ロスが少ないので、音質の劣化が少ないという考えによるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2002−363668号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、硬銅線においては、一般に、TPC、OFC、6N−OFC、LC−OFC、PCOCCの順に結晶粒の長さが長くなるが、加熱して軟銅線にすると結晶粒の長さの相違は顕著ではなくなる。例えば、LC−OFCは、加熱により線形巨大結晶構造が崩れると共に、再結晶化して小さな結晶粒になる。これは、一般に、結晶粒界の数が少ないほど、ケーブルの伝送ロスが少ないので、音質の劣化が少ないといわれており、音質の向上の面からは、軟銅線の状態で結晶粒界の数が少ない導体が求められている。
【0011】
また、硬銅線のままでは、例えば、伸線キャプスタンに巻きつけて引き出すと、線に癖が残り、また、伸びが小さいため断線しやすい。そのため、硬銅線をケーブルの導体として加工することは困難である。
【0012】
例えば、OFC等の軟銅線として使用する場合もあるが、結晶粒の大きさは許容範囲のものが得られるが、更なる音質の向上のためには、結晶粒の大きさを大きくし、結晶粒界の数を減らす必要があり、軟銅線において結晶粒界の数が少ない銅線が求められていた。
【0013】
そこで、本発明の目的は、高い導電性を備え、かつ軟質銅材においても高い屈曲寿命を有し、しかも、軟銅線でありながら、OFC等の銅線に比して大きな結晶粒を備えた結晶組織を有し、かつ、屈曲性に優れるイヤホンケーブル用導体及びイヤホンケーブルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するために請求項1の発明は、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素を含み残部が銅である軟質希薄銅合金線からなり、前記軟質希薄銅合金線が、内部の結晶粒より表層の結晶粒の方が小さく、表層の表面から内部に向けて少なくとも線径の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下であることを特徴とするイヤホンケーブル用導体である。
【0015】
請求項2の発明は、前記添加元素がTiであり、前記軟質希薄銅合金線が、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超えて30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のTiとを含む請求項1に記載のイヤホンケーブル用導体である。
【0016】
請求項3の発明は、請求項1又は2に記載のイヤホンケーブル用導体の外周に絶縁層を有することを特徴とするイヤホンケーブルである。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るイヤホンケーブルは、高い導電性を備え、かつ軟質銅材においても高い屈曲寿命を有するイヤホンケーブルを提供できる。また、本発明に係るイヤホンケーブルは、軟銅線でありながら、OFC等の銅線に比して大きな結晶粒を備えた結晶組織を有し、かつ、屈曲性に優れるイヤホンケーブルを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明のイヤホンケーブル用導体が適用されるイヤホンケーブルの概略図である。
【図2】屈曲疲労試験の概要を示す図である。
【図3】400℃で1時間の焼鈍処理を施した後の、無酸素銅を用いた比較材C3に係るワイヤロッドと、低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いて作製した実施材Cに係るワイヤロッドとの屈曲寿命を測定した結果を示す図である。
【図4】600℃で1時間の焼鈍処理を施した後の、無酸素銅を用いた比較材Dに係るワイヤロッドと、低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いて作製した実施材Dに係るワイヤロッドとの屈曲寿命を測定した結果を示す図である。
【図5】実施材Dに係る試料の幅方向の断面組織を示す図である。
【図6】比較材Dに係る試料の幅方向の断面組織を示す図である。
【図7】本発明において、表層における平均結晶粒サイズの測定方法の概要図である。
【図8】本発明の実施例に係るLOC−Ti材の断面図である。
【図9】比較例に係るOFCの断面図である。
【図10】本発明の実施例と比較例における導体の伸びと焼鈍温度との関係を示す図である。
【図11】実施例に係るLOC−Ti材の断面図である。
【図12】比較例に係るOFC材の断面図である。
【図13】図11のLOC−Ti材と図12のOFC材の各表層における平均結晶粒サイズの測定方法の概要を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好適な一実施の形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0020】
先ず図1により本発明のイヤホンケーブル用導体が適用されるイヤホンケーブル10について説明する。
【0021】
イヤホンケーブル10は、軟質希薄銅合金材料を伸線加工して焼鈍処理を施した導体の複数本を撚り合わせた撚線7に絶縁体を被覆してケーブル8とし、このケーブル8を一対シース9で被覆して構成される。
【0022】
次に撚線7を構成するイヤホンケーブル用導体の構成について説明する。
【0023】
(イヤホンケーブル用導体の構成)
(1)添加元素について
本実施の形態に係るイヤホンケーブル用導体は、Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択された添加元素を含み、残部が銅および不可避的不純物である軟質希薄銅合金材料を伸線加工して焼鈍処理を施したイヤホンケーブル用導体である。
【0024】
添加元素としてTi、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される元素を選択した理由は、これらの元素は他の元素と結合しやすい活性元素であり、Sと結合しやすいためSをトラップすることができ、銅母材(マトリクス)を高純度化できるためである。添加元素は1種類以上含まれていてもよい。また、合金の性質に悪影響を及ぼすことのないその他の元素及び不純物を合金に含有させることもできる。また、以下に説明する好適な実施の形態においては、酸素含有量が2mass ppmを超え30mass ppm以下が良好であることを説明しているが、添加元素の添加量及びSの含有量によっては、合金の性質を備える範囲において、2mass ppmを超え400mass ppm以下を含むことができる。
【0025】
(2)組成比率について
本実施の形態に係るイヤホンケーブル用導体は、例えば、導電率98%IACS(万国標準軟銅(International Annealed Copper Standard)以上、抵抗率1.7241×10-8Ωmを100%とした場合の導電率)、好ましくは100%IACS以上、より好ましくは102%IACS以上を満足する軟質型銅材としての軟質希薄銅合金材料を用いて構成されるのが好ましい。
【0026】
導電率が98%IACS以上の軟質銅材を得る場合、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、3mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用い、この軟質希薄銅合金材料からワイヤロッド(荒引き線)を製造する。
【0027】
ここで、導電率が100%IACS以上の軟質銅材を得る場合には、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上37mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いる。
【0028】
また、導電率が102%IACS以上の軟質銅材を得る場合には、不可避的不純物を含む純銅(ベース素材)として、3mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上25mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いる。
【0029】
通常、純銅の工業的製造において、電気銅を製造する際に硫黄が銅の中に取り込まれるので、硫黄を3mass ppm以下にすることは困難である。汎用電気銅の硫黄濃度の上限は、12mass ppmである。2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素を含有していることから、この実施の形態では、いわゆる低酸素銅(LOC)を対象としている。
【0030】
酸素濃度が低い場合、イヤホンケーブル用導体の硬度が低下しにくいので、酸素濃度は2mass ppmを超える量に制御する。また、酸素濃度が高い場合、熱間圧延工程でイヤホンケーブル用導体の表面に傷が生じやすくなるので、30mass ppm以下に制御する。
【0031】
(3)イヤホンケーブル用導体の結晶組織について
本実施の形態に係るイヤホンケーブル用導体は、結晶組織がイヤホンケーブル用導体の少なくとも表面からイヤホンケーブル用導体の内部に向けて線径の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが15μm以下の結晶粒を表層に含む。
【0032】
結晶が微細、特に表層に微細な結晶が存在することで、材料の引張り強さや伸びの向上が期待できるためである。この理由として、引張り変形により粒界近傍に導入される局所ひずみが,結晶粒径が微細なほど小さくなり、粒界応力集中の緩和に寄与し、これに伴い、粒界応力集中が低減して粒界破壊が抑制されると考えられるからである。
【0033】
また、本発明において、結晶組織がイヤホンケーブル用導体の少なくとも表面からイヤホンケーブル用導体の内部に向けて線径の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが15μm以下の結晶粒を表層とは、線径の20%深さまでの部分にのみ微細結晶層が存在する構成に限定されるものではなく、本発明の効果を備える限りにおいては、線径の20%深さを越えてより線材の中心部に近い領域に微細結晶層が存在する態様を排除するものではない。
【0034】
(4)分散している物質について
イヤホンケーブル用導体内に分散している分散粒子のサイズは小さいことが好ましく、また、イヤホンケーブル用導体内に分散粒子が多く分散していることが好ましい。その理由は、分散粒子は、硫黄の析出サイトとしての機能を有するからであり、析出サイトとしてはサイズが小さく、数が多いことが要求されるからである。
【0035】
具体的には、イヤホンケーブル用導体に含まれる硫黄及びチタンは、TiO、TiO2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物又はTiO、TiO2、TiS、若しくはTi−O−S結合を有する化合物の凝集物として含まれ、残部のTi及びSが固溶体として含まれる。
【0036】
分散粒子の形成及び分散粒子への硫黄の析出は、銅母材のマトリックスの純度を向上させ、材料硬さの低減に寄与する。
【0037】
(イヤホンケーブル用導体の製造方法)
本実施の形態に係るイヤホンケーブル用導体の製造方法は以下のとおりである。例として、Tiを添加元素に選択した場合を説明する。
【0038】
まず、イヤホンケーブル用導体の原料としてのTiを含む軟質希薄銅合金材料を準備する(原料準備工程)。
【0039】
次に、この軟質希薄銅合金材料を1100℃以上1320℃以下の溶銅温度で溶湯にする(溶湯製造工程)。
【0040】
次に、溶湯からワイヤロッドを作製する(ワイヤロッド作製工程)。
【0041】
続いて、ワイヤロッドに880℃以下550℃以上の温度で熱間圧延を施す(熱間圧延工程)。
【0042】
更に、熱間圧延工程を経たワイヤロッドに伸線加工および熱処理を施す(伸線加工、熱処理工程)。
【0043】
熱処理方法としては、管状炉を用いた走行焼鈍や、抵抗発熱を利用した通電焼鈍などが適用できる。その他、バッチ式の焼鈍も可能である。
【0044】
これにより、本実施の形態に係るイヤホンケーブル用導体が製造される。
【0045】
また、イヤホンケーブル用導体の製造には、上述した2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超え30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のチタンとを含む軟質希薄銅合金材料を用いる。
【0046】
そこで、本発明者は、イヤホンケーブル用導体の導電率の向上とを実現すべく、以下の二つの方策を検討した。そして、以下の二つの方策を銅ワイヤロッドの製造に併せ用いることで、本実施の形態に係るイヤホンケーブル用導体を得た。
【0047】
まず、第1の方策は、酸素濃度が2mass ppmを超える量のCuに、チタン(Ti)を添加した状態で、Cuの溶湯を作製することである。この溶湯中においては、TiSとチタンの酸化物(例えば、TiO2)とTi−O−S粒子とが形成されると考えられる。
【0048】
次に、第2の方策は、銅中に転位を導入することにより硫黄(S)の析出を容易にすることを目的として、熱間圧延工程における温度を通常の銅の製造条件における温度(つまり、950℃〜600℃)より低い温度(880℃〜550℃)に設定することである。このような温度設定により、転位上へのSの析出、又はチタンの酸化物(例えば、TiO2)を核としてSを析出させることができる。
【0049】
以上の第1の方策及び第2の方策により、銅に含まれる硫黄が晶出すると共に析出するので、所望の軟質特性と所望の導電率とを有する銅ワイヤロッドを冷間伸線加工後に得ることができる。
【0050】
本実施の形態に係るイヤホンケーブル用導体は、SCR連続鋳造設備を用い、表面の傷が少なく、製造範囲が広く、安定生産が可能である。
【0051】
SCR連続鋳造圧延により、鋳塊ロッドの加工度が90%(30mm)〜99.8%(5mm)でワイヤロッドを作製する。一例として、加工度99.3%でφ8mmのワイヤロッドを製造する条件を採用する。
【0052】
溶解炉内での溶銅温度は1100℃以上1320℃以下に制御することが好ましい。溶銅の温度が高いとブローホールが多くなり、傷が発生すると共に粒子サイズが大きくなる傾向にあるので1320℃以下に制御する。また、1100℃以上に制御する理由は、銅が固まりやすく、製造が安定しないことが理由であるものの、溶銅温度は可能な限り低い温度が望ましい。
【0053】
熱間圧延加工の温度は、最初の圧延ロールにおける温度を880℃以下に制御すると共に、最終圧延ロールでの温度を550℃以上に制御することが好ましい。
【0054】
これらの鋳造条件は、 通常の純銅の製造条件と異なり、溶銅中での硫黄の晶出及び熱間圧延中における硫黄の析出の駆動力である固溶限をより小さくすることを目的としているものである。
【0055】
また、通常の熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて950℃以下、最終圧延ロールにおいて600℃以上であるが、固溶限をより小さくすることを目的として、本実施の形態では、最初の圧延ロールにおいて880℃以下、最終圧延ロールにおいて550℃以上に設定することが望ましい。
【0056】
なお、最終圧延ロールにおける温度を550℃以上に設定する理由は、550℃未満の温度では得られるワイヤロッドの傷が多くなり、製造される銅ボンディングワイヤを製品として扱うことができないからである。熱間圧延加工における温度は、最初の圧延ロールにおいて880℃以下の温度、最終圧延ロールにおいて550℃以上の温度に制御すると共に、可能な限り低い温度であることが好ましい。このような温度設定にすることで、イヤホンケーブル用導体のマトリックスの硬さを、高純度銅(5N以上)の硬さに近づけることができる。
【0057】
ベース材の銅は、シャフト炉で溶解された後、還元状態で樋に流すことが好ましい。すなわち、還元ガス(例えば、CO)雰囲気下において、希薄合金の硫黄濃度、チタン濃度、及び酸素濃度を制御しつつ鋳造すると共に、材料に圧延加工を施すことにより、ワイヤロッドを安定的に製造することが好ましい。なお、銅酸化物が混入すること、及び/又は粒子サイズが所定サイズより大きいことは、製造されるイヤホンケーブル用導体の品質を低下させる。
【0058】
以上より、伸び特性、引張強度、音質特性のバランスのよい軟質希薄銅合金材料を、本実施の形態に係るイヤホンケーブル用導体の原料として得ることができる。
【0059】
なお、軟質希薄銅合金材料の表面にめっき層を形成することもできる。めっき層は、例えば、パラジウム、亜鉛、ニッケル、金、白金、銀等の貴金属を主成分とする材料、又はPbフリーめっきを用いることができる。更に、軟質希薄銅合金材料の形状は特に限定されず、断面丸形状、棒状、又は平角導体状にすることができる。
【0060】
また、本実施の形態では、SCR連続鋳造圧延法によりワイヤロッドを作製すると共に、熱間圧延にて軟質材を作製したが、双ロール式連続鋳造圧延法又はプロペルチ式連続鋳造圧延法を採用することもできる。
【0061】
(実施の形態の効果)
本実施の形態に係るイヤホンケーブル用導体は、Tiを含み残部が不可避的不純物からなる軟質希薄銅合金材料において、結晶組織が表面から線径の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下であることから、銅線表層の結晶粒の微細化により高い引張り強さと伸びを両立できるため、屈曲性が向上するとともに、OFC材料に比して、前記軟質希薄銅合金線が、表層の結晶粒より内部の結晶粒の方が大きいため、音質特性に優れる。
【実施例】
【0062】
(イヤホンケーブル用導体の素材の軟質特性)
表1は、無酸素銅線を用いた比較材Aに係るワイヤロッドと、低酸素銅(酸素濃度7〜8mass ppm、硫黄濃度5mass ppm)に13mass ppmのTiを含有させた軟質希薄銅合金線から作製した実施材Aに係るワイヤロッドとについて、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施した後のビッカース硬さ(Hv)を測定した結果を示す。
【0063】
【表1】

【0064】
なお、試料としては、2.6mm径の試料を用いた。
【0065】
表1を参照すると、焼鈍温度が400℃の場合及び600℃の場合に、比較材Aに係るワイヤロッドと実施材Aに係るワイヤロッドとのビッカース硬さは同等レベルであることが示された。したがって、実施材Aに係るワイヤロッドは十分な軟質特性を有すると共に、無酸素銅線との比較においても、特に焼鈍温度が400℃を超える温度範囲においては優れた軟質特性を発揮することが示された。
【0066】
(イヤホンケーブル用導体の素材の耐力、及び屈曲寿命についての検討)
表2は、無酸素銅線を用いた比較材Bに係るワイヤロッドと、低酸素銅に13mass ppmのTiを含有させた軟質希薄銅合金線を用いて作製した実施材Bに係るワイヤロッドとについて、異なる焼鈍温度で1時間の焼鈍を施した後の0.2%耐力値の推移を測定した結果を示す。なお、試料としては、2.6mm径の試料を用いた。また、実施材Bに係るワイヤロッドは、表1の実施材Aに記載した合金組成と同一の合金組成を有する。
【0067】
【表2】

【0068】
表2を参照すると、焼鈍温度が400℃及び600℃の場合に、比較材Bに係るワイヤロッドと実施材Bに係るワイヤロッドとの0.2%耐力値が同等レベルであることが示された。
【0069】
図2は、屈曲疲労試験の概要を示し、図3は、400℃で1時間の焼鈍処理を施した後の、無酸素銅を用いた比較材Cに係るワイヤロッドと、低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いて作製した実施材Cに係るワイヤロッドとの屈曲寿命を測定した結果を示す。
【0070】
試料としては、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度400℃で1時間の焼鈍を施した試料を用い、比較材Cに係るワイヤロッドは比較材Aに係るワイヤロッドと同一の成分組成を有し、実施材Cに係るワイヤロッドは実施材Aに係るワイヤロッドと同一の成分組成を有する。
【0071】
屈曲寿命の測定は、屈曲疲労試験を用いて実施した。屈曲疲労試験は、試料に荷重を負荷し、試料表面に引張と圧縮との繰り返し曲げひずみを与える試験である。
【0072】
屈曲疲労試験は図2に示す様に、屈曲ヘッド1を用いて行う。試料2は、(A)のように曲げ治具3(リング)の間にセットし、クランプ4で把持し、荷重Wを負荷したまま、(B)のように屈曲ヘッド1が90度回転し曲げを与える。この操作で、曲げ治具3に接している線材表面には、圧縮ひずみが、これに対応して反対側の表面には、引張ひずみが負荷される。
【0073】
その後、再び図2の(A)の状態(つまり、試料2に曲げが加えられていない状態)に試料2は戻る。続いて、図2の(C)に示すように、図2の(B)における場合と反対方向に曲げ治具3(リング)を90度回転させることにより試料2に曲げを与える。この操作で、曲げ治具3に接している試料2の表面には圧縮ひずみが発生し、圧縮ひずみが発生している表面の反対側の表面には引張ひずみが発生する。そして、再び図2の(A)の状態に試料2は戻る。この屈曲疲労の1サイクル(なお、図8の(A)の状態から(B)の状態になり、(B)の状態から(A)の状態に戻り、(A)の状態から(C)の状態になり、(C)の状態から(A)の状態に戻るサイクルを1サイクルとする。)に要する時間は4秒である。
【0074】
表面曲げひずみは、
表面曲げひずみ(%)=r/(R+r)×100(%)
から算出される。なお、「R」は、素線曲げ半径(30mm)であり、「r」は、素線半径である。
【0075】
図3に示すように、実施材Cに係るワイヤロッドは、比較材Cに係るワイヤロッドに比べて高い屈曲寿命特性を示した。
【0076】
図4は、600℃で1時間の焼鈍処理を施した後の、無酸素銅を用いた比較材Dに係るワイヤロッドと、低酸素銅にTiを添加した軟質希薄銅合金線を用いて作製した実施材Dに係るワイヤロッドとの屈曲寿命を測定した結果を示す。
【0077】
試料としては、0.26mm径の線材に対して焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍を施した試料を用い、比較材Dに係るワイヤロッドは比較材Aに係るワイヤロッドと同一の成分組成を有し、実施材Dに係るワイヤロッドは実施材Aに係るワイヤロッドと同一の成分組成を有する。また、屈曲寿命の測定は、図9に示す測定方法と同様に実施した。その結果、実施材Dに係るワイヤロッドは、比較材Dに係るワイヤロッドに比べて高い屈曲寿命特性を示した。
【0078】
実施材C、実施材D、比較材C、及び比較材Dに係るワイヤロッドの屈曲寿命測定の結果は、いずれの焼鈍条件下においても実施例7及び実施例8に係るワイヤロッドの方が、比較材C及び比較材Dに係るワイヤロッドに比べて0.2%耐力値が大きい値を示すことに起因するものと理解できる。
【0079】
(イヤホンケーブル用導体の素材の結晶構造についての検討)
図5は、実施材Dに係る試料の幅方向の断面組織を示し、図6は、比較材Dに係る試料の幅方向の断面組織を示す。
【0080】
図6を参照すると、比較材Dの結晶構造は、表面部から中央部にかけて全体的に大きさの等しい結晶粒が均一に並んでいることが分かる。一方、実施材Dの結晶構造は、全体的に結晶粒の大きさがまばらであり、試料の断面方向の表面付近に薄く形成されている層における結晶粒サイズが内部の結晶粒サイズに比べて極めて小さくなっている。
【0081】
本発明者は、比較材Dには形成されていない表層に現れた微細結晶粒層が実施材Dの屈曲特性の向上に寄与しているものと考えている。
【0082】
通常、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を実行すれば、比較材Dのように再結晶により均一に粗大化した結晶粒が形成されると理解される。しかし、本実施例においては、焼鈍温度600℃で1時間の焼鈍処理を実行しても表層には微細結晶粒層が残存している。したがって、本実施例では、軟質銅材でありながら屈曲特性に優れた軟質希薄銅合金材料が得られたと考えられる。
【0083】
また、図5及び図6に示す結晶構造の断面写真を基に、実施材D及び比較材Dに係る試料の表層における平均結晶粒サイズを測定した。
【0084】
図7は、表層における平均結晶粒サイズの測定方法の概要を示す。
【0085】
図7に示すように、0.26mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に10μm間隔で50μmの深さまでの長さ1mmの線上の範囲で、結晶粒サイズを測定した。そして、各測定値(実測値)から平均値を求め、この平均値を平均結晶粒サイズにした。
【0086】
測定の結果、比較材Dの表層における平均結晶粒サイズは、50μmであったのに対し、実施材Dの表層における平均結晶粒サイズは、10μmであり、大きく異なっていた。表層の平均結晶粒サイズが細かいことにより、屈曲疲労試験による亀裂の進展が抑制され、屈曲疲労寿命が延びたと考えられる(なお、結晶粒サイズが大きいと、結晶粒界に沿って亀裂が進展する。しかし、結晶粒サイズが小さいと亀裂の進展方向が変わるので、進展が抑制される。)。このことが、上述のとおり、比較材Dと実施例との屈曲特性の面で大きな相違が生じた理由であると考えられる。
【0087】
また、2.6mm径である実施材B及び比較材Bの表層における平均結晶粒サイズは、2.6mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に50μmの深さのところの長さ10mmの範囲での結晶粒サイズを測定した。
【0088】
測定の結果、比較材Bの表層における平均結晶粒サイズは100μmであったのに対し、実施材Bの表層における平均結晶粒サイズは20μmであった。
【0089】
本実施例の効果を奏するには、表層の平均結晶粒サイズの上限値としては20μm以下が好ましい。また、製造上の限界値を考慮すると、5μm以上の平均結晶粒サイズであることが好ましい。
【0090】
図8は実施例に係るLOC−Ti材の断面を示し、図9は比較例に係るOFCの断面を示す。
【0091】
図9を参照すると、比較例(OFC)の中にも、結晶粒が大きい箇所を確認できるが、これらの結晶粒組織は単結晶組織ではなく、結晶粒内部には図中、黒色で示される筋状結晶組織(双晶組織)が点在することが分かる。そこで、実施例と比較例(OFC)の単位面積当たりの双晶の数を比較した結果、比較例(OFC)が27.6個/100μm四方であったのに対し、実施例は12.4個/100μm四方であった。これより、実施例の内部の結晶粒は再結晶により大きいものになっていると共に、双晶組織の数もOFCに比べて少なくなっていることから、実施例に係る導体は、OFC材に比較して結晶粒界の数が少ないといえる。
【0092】
また、実施例と比較例(OFC)の内部結晶サイズを測定した。測定方法は、切片法である。実施例の内部結晶サイズは、30μmであるのに対し、比較例の内部結晶サイズは、24μmであり、実施例の内部結晶サイズの方が、比較例の内部結晶サイズよりもより大きい結晶組織からなっていることが分かった。
【0093】
(イヤホンケーブルへの適用)
イヤホンケーブルは、導体と絶縁層とを備えて構成される。例えば、0.05mmの銅素線(軟質希薄銅合金線)を複数本撚り合わせた銅撚線からなる導体の外周にポリエチレンからなる絶縁層を被覆し、これを2本並列に並べることによりイヤホンケーブルは構成される。この銅素線には、実施材Dに係る材料と同一の材料を用いた。
【0094】
ここで、上記素材の製造方法は以下のとおりである。すなわち、溶銅温度を1320℃に制御すると共に、圧延温度を880℃〜550℃に制御してφ8mmのワイヤロッドを作製し、作製したワイヤロッドに伸線加工を施してφ2.6mmの素材にした。このφ2.6mmの素材をφ0.9mmまで伸線加工時に通電アニーラにて焼鈍材料を得る。その後、φ0.9mmの素材をφ0.05mmまで伸線加工した後に、焼鈍(400℃、1時間)を施して上記素材を得た。なお、比較例として、素材をOFCとした点以外は上記実施例と同様の製造方法で作製した素材を準備した。
【0095】
また、イヤホンケーブルの他の実施例としては、0.05mmの銅素線を複数本撚り合わせた銅撚り線からなる導体の外周にポリエチレンの絶縁層を被覆し、これを2本対撚りして、この外周ヘポリエチレンのジャケットを被覆したイヤホンケーブルも作製した。
【0096】
上記2つの実施例において、銅素線として、上記実施例Cに記載した合金組成と同じものを使用した場合、以下のような効果が認められる。
【0097】
1)導体を、Tiを含み残部が不可避的不純物からなり、表層の表面から内部に向けて少なくとも線径の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下である軟質希薄銅合金線にすることで、6N相当の導電率をもち、6Nより優れた屈曲性をもち、6Nよりコストを掛けずにイヤホンケーブルを供給することができる。すなわち、当該ケーブルの導体は400℃×1hrの熱処理後においても、表面の結晶粒径は小さいままで、内部の結晶は2次再結晶化している特徴を有するので、軟銅線でありながら、2次再結晶化した結晶を内部に持ち、かつ屈曲性に優れている。
【0098】
2)これにより、これまでの例においては、結晶の2次再結晶化はできるが、硬銅線のままでは撚線等への加工が困難で、また、断線しやすいものを軟銅線でできるようにしたことで、撚線等への加工が容易になり、かつ図10に示すように、比較例(OFC)に比べて伸びが出せるので、屈曲に対し、極めて断線しにくいケーブルを供給できる。
【0099】
なお、図10は、実施例(図10中の「■」)と比較例(OFC、図10中の●)との焼鈍条件と素材の伸びとの関係を明確にしたものである。
【0100】
この実施例は、上記イヤホンケーブルの例に示したものと同様の導体を用いたものである。図10によると、焼鈍温度400℃、1時間の条件において、伸びが、実施例の場合45%、比較例の場合42.5%であり、実施例の方が比較例に比して伸び特性において優れているといえる。
【0101】
次に、図11に示す実施材(φ0.05mm)と図12に示す比較材(OFC)φ0.05mmの内部結晶サイズを測定した。
【0102】
図13は、表層における平均結晶粒サイズの測定方法の概要を示す。
【0103】
図13に示すように、0.05mm径の幅方向断面の表面から深さ方向に5μm間隔で10μmの深さまでの長さ0.25mmの線上の範囲で、結晶粒サイズを測定した。そして、各測定値(実測値)から平均値を求め、この平均値を平均結晶粒サイズにした。
【0104】
測定の結果、比較材の表層における平均結晶粒サイズは、22μmであったのに対し、実施材の表層における平均結晶粒サイズは15μmであり、異なっていた。表層の平均結晶粒サイズが細かいことを一つの理由として、高い引張り強さと伸びが得られたと考えられる。なお、結晶粒サイズが大きいと、結晶粒界に沿って亀裂が進展する。しかし、結晶粒サイズが小さいと亀裂の進展方向が変わるので、進展が抑制される。このことから、実施材の疲労特性(繰り返し応力を受けたとき、材料が破断にいたるまでの応力付加サイクル数或いは、時間)は、比較材よりも優れると考えられる。
【0105】
本実施例の効果を奏するには、表層の平均結晶粒サイズとしては20μm以下、より好ましくは15μm以下が好ましい。
【0106】
内部の結晶サイズを測定した。断面写真の縦方向の中心、つまり導体の中央に長さ0.25mmの線上の範囲で、平均結晶粒サイズを測定した。実施例の内部結晶サイズは、25.1μmであるのに対し、比較例の内部結晶サイズは、12.6μmであり、実施例の内部結晶サイズの方が、比較例の内部結晶サイズよりもより大きい結晶組織からなっていることが分かった。
【0107】
以上より実施材は、比較材に比して、結晶粒界の数が少なく、内部結晶サイズが大きい結晶組織からなっており、音質・画質の向上の面においてより優れた導体を用いていると言える。また、実施例は、比較例に比して、表面の結晶サイズが小さい結晶組織からなっており、屈曲特性に優れた結晶組織となっていると言える。
【0108】
以上、本発明の実施の形態及び実施例を説明したが、上記に記載した実施の形態及び実施例は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態及び実施例の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【符号の説明】
【0109】
7 撚線
8 ケーブル
9 シース
10 イヤホンケーブル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ti、Mg、Zr、Nb、Ca、V、Ni、Mn、及びCrからなる群から選択される添加元素を含み残部が銅である軟質希薄銅合金線からなり、
前記軟質希薄銅合金線が、内部の結晶粒より表層の結晶粒の方が小さく、
表層の表面から内部に向けて少なくとも線径の20%の深さまでの平均結晶粒サイズが20μm以下であることを特徴とするイヤホンケーブル用導体。
【請求項2】
前記添加元素がTiであり、
前記軟質希薄銅合金線が、2mass ppm以上12mass ppm以下の硫黄と、2mass ppmを超えて30mass ppm以下の酸素と、4mass ppm以上55mass ppm以下のTiとを含む請求項1に記載のイヤホンケーブル用導体。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のイヤホンケーブル用導体の外周に絶縁層を有することを特徴とするイヤホンケーブル。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図7】
image rotate

【図10】
image rotate

【図13】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate