説明

インクカートリッジ及びそれを用いたインクジェット記録方法

【課題】光学濃度の高い画像を記録媒体の種類によらず記録可能なインクを長期間保存することができるとともに、寸法精度が高く、落下時の衝撃にも耐えうるインクカートリッジを提供する。
【解決手段】樹脂で形成される筺体と、筺体の内部に収容されているインクと、を備えるインクカートリッジである。樹脂が、白マイカ組成物が配合されたものであり、インクが、2つのホスホン酸基を含む官能基が粒子表面に結合している自己分散顔料及び塩を含有し、塩が特定のカチオン及び特定のアニオンが結合して構成され、60℃で2ヶ月間保存した後のインク中のカルシウム量が10ppm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクカートリッジ、及びそれを用いたインクジェット記録方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録装置には、その内部に収容されたインクを記録ヘッドに供給する機能を有するインクカートリッジが用いられる。インクカートリッジとしては、射出成形などの方法により熱可塑性樹脂を成形して得られた容器(筺体)内に、インク吸収体としてスポンジなどの多孔質体を圧縮した状態で収納し、このインク吸収体にインクを保持させた構成を有するものがある。近年、インクカートリッジには、特に高い寸法精度や強度を有することが要求されるようになってきている。かかる要求に対応すべく、例えば、インクカートリッジの筺体を形成する材料となる樹脂に充填材を配合することが行われている。
【0003】
一方、インクジェット記録方法に用いられるブラックインクとして、光学濃度が高く、堅牢性に優れた画像を与えることが可能な、色材として顔料を用いたインクが検討されている。例えば、特許文献1には、自己分散型カーボンブラックと特定の塩を含有するインクを用いることで、光学濃度が高く、文字品位に優れた画像が得られることが開示されている。また、特許文献2には、カルシウムとの反応性の指標を定めたカルシウム指数値に基づき、カルシウムとの反応性の高い官能基を選択した自己分散顔料を用いることで、光学濃度を向上させうることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−198955号公報
【特許文献2】特表2009−515007号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のように、従来、自己分散顔料と塩を含有するインクを用いることで、記録される画像の光学濃度を高めることができるとされていた。しかし、本発明者らの検討によれば、浸透性の高い記録媒体を用いた場合には、記録される画像の光学濃度は未だ不十分であることがわかった。また、インクをインクカートリッジに収容した状態で長期間保存すると、インクの種類によっては、筺体から溶出した成分に起因して沈殿物が生成するという課題が生ずる場合があることもわかった。
【0006】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明の課題とするところは、光学濃度の高い画像を記録媒体の種類によらず記録可能なインクを長期間保存することができるとともに、寸法精度が高く、落下時の衝撃にも耐えうるインクカートリッジを提供することにある。また、本発明の課題とするところは、光学濃度の高い画像を記録媒体の種類によらずに安定して記録することができるインクジェット記録方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明によれば、樹脂で形成される筺体と、前記筺体の内部に収容されているインクと、を備えるインクカートリッジにおいて、前記樹脂が、白マイカ組成物が配合されたものであり、前記インクが、2つのホスホン酸基を含む官能基が粒子表面に結合している自己分散顔料及び塩を含有し、前記塩が、アルカリ金属イオン、アンモニウムイオン、及び有機アンモニウムイオンからなる群より選択される少なくとも1種のカチオンと、Cl-、Br-、I-、ClO-、ClO2-、ClO3-、ClO4-、NO2-、NO3-、SO42-、CO32-、HCO3-、HCOO-、(COO-2、COOH(COO-)、CH3COO-、C24(COO-2、C65COO-、C64(COO-2、PO43-、HPO42-、及びH2PO4-からなる群より選択される少なくとも1種のアニオンとが結合して構成され、60℃で2ヶ月間保存した後の前記インク中のカルシウム量が10.0ppm以下であることを特徴とするインクカートリッジが提供される。
【発明の効果】
【0008】
本発明のインクカートリッジは、光学濃度の高い画像を記録媒体の種類によらず記録可能なインクを長期間保存することができる。このため、本発明のインクカートリッジに収容されたインクは、長期間保存された後であっても、その優れた性能が十分に発揮される。また、本発明のインクカートリッジは、寸法精度が高く、落下時の衝撃にも耐えうるものである。このため、誤って落下させてしまった場合であっても、その後、問題なく利用することができる。また、本発明のインクジェット記録方法によれば、光学濃度の高い画像を記録媒体の種類によらずに安定して記録することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明のインクカートリッジの一実施形態を示す分解斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本発明の好ましい実施の形態を挙げて本発明を詳細に説明する。なお、以降、2つのホスホン酸基のことを「ビスホスホン酸基」、2つのホスホン酸基を含む官能基が粒子表面に結合した自己分散顔料を「ビスホスホン酸型自己分散顔料」とそれぞれ記載することがある。本発明において、各種の物性値は、特に断りのない限り、25℃における値である。
【0011】
一般的に、記録媒体に付与されたインク中の自己分散顔料は、水分などの蒸発やそれに伴うインクの成分比率の変化、また、記録媒体への液体成分の浸透に伴って、その分散状態が不安定化する。その結果、自己分散顔料の凝集が引き起こされる。本発明者らは、顔料粒子の表面に結合させる官能基の構造とインクに含有させる塩を、特定の組み合わせにすることにより、カルボン酸型の自己分散顔料と塩を含有する従来のインクに比して、記録される画像の光学濃度が大きく向上することを見出した。具体的には、ビスホスホン酸型自己分散顔料と、特定の塩とを組み合わせて用いることにより、従来のカルボン酸型の自己分散顔料を含有するインクと比較して、記録される画像の光学濃度が顕著に向上する。
【0012】
上記のような効果が得られるメカニズムを、本発明者らは以下のように推測している。ビスホスホン酸型自己分散顔料は、スルホン酸型やカルボン酸型の自己分散顔料や、1つのホスホン酸基を含む官能基が粒子表面に結合した自己分散顔料に比べて、記録媒体に填料などとして含まれるカルシウムとより強く反応する。このため、ビスホスホン酸型自己分散顔料を含有するインクを用いると、特に高い光学濃度を有する画像を記録することができる。
【0013】
このような効果が得られる点については、2価の酸が1価の酸に比して、カルシウムとの反応性が強いことにより裏付けられる。例えば、2価の酸であるビスカルボン酸は、1価の酸であるモノカルボン酸に比して、カルシウムとの反応性が高い。すなわち、カルシウムとの反応性を測る上で一つの目安となる、カルシウム塩の20℃における溶解度に着目すると、モノカルボン酸とビスカルボン酸とでは以下のような違いがある。モノカルボン酸である酢酸カルシウムの20℃における溶解度は、40g/水100mLである。一方、ビスカルボン酸であるシュウ酸カルシウムの20℃における溶解度は、6.7×10-4g/水100mLである。すなわち、カルボン酸1molあたりの溶解度で比較してみても、2価の酸の溶解度は、1価の酸の溶解度に比して低い。
【0014】
カルボン酸についてのこれらの事実から、1価の酸であるモノホスホン酸のカルシウム塩に比べて、2価の酸であるビスホスホン酸のカルシウム塩の方が、溶解度が低いことが予想される。実際に、モノホスホン酸に比べて、ビスホスホン酸の方がカルシウムとの反応性が高いと言える。なお、このことは、特許文献2に記載のカルシウム指数を比較することでも確認することができる。
【0015】
ただし、本発明者らの検討によれば、ビスホスホン酸型自己分散顔料を含有するが、塩を含有しないインクを用いて、浸透性の高い記録媒体に画像を記録した場合には、記録媒体へのインクの浸透性の影響が支配的となることがわかった。すなわち、顔料が記録媒体の表面近傍に残らず、記録媒体の厚さの方向に浸透するので、記録される画像の光学濃度はさほど向上しないことがわかった。これに対して、本発明においては、ビスホスホン酸型自己分散顔料とともに特定の塩をインクに含有させ、インク中の顔料の分散状態をある程度不安定化させやすい状態としている。これにより、記録される画像の光学濃度を効率よく向上させることが可能となる。すなわち、本発明で用いるインクは、記録媒体に付与されると、記録媒体に含まれるカルシウムと素早く反応する。これにより、浸透性の高い記録媒体に記録する場合であっても、その表面近傍に顔料を多く残すことができ、記録される画像の光学濃度を向上させることが可能となる。
【0016】
一方、本発明者らの検討によれば、ビスホスホン酸型自己分散顔料を含有するインクを、特定の材料が配合された樹脂によって形成される筺体に収容したインクカートリッジにおいては、以下のような課題が生じることがわかった。すなわち、筐体からインク中にカルシウムが溶出し、このカルシウムによって顔料が凝集する場合がある。特に、インクに塩が含有される場合には、顔料の凝集がより顕著に生じる。
【0017】
一般に、インクカートリッジに収容されている状態でインクを長期間保存した場合、インク中の顔料はインクカートリッジの底部の方向(重力方向)へと沈降しやすい。したがって、インク収容部において顔料の濃度勾配が生じ、底部近傍には顔料が相対的に多く存在する領域が生ずる。ただし、このような顔料の沈降現象が生じたとしても、この現象が生じるだけであれば、吐出特性や画像品位に影響が生じることは一般的にはないと言える。
【0018】
しかし、上述の通り2つのホスホン酸基とカルシウムとの反応性は高く、インクカートリッジの筐体から溶出したカルシウムは、自己分散顔料のビスホスホン酸基の一部と反応し、カルシウム塩型となる。このカルシウム塩型のビスホスホン酸基は顔料を分散させる作用を持たないため、顔料を分散させる作用を保っているビスホスホン酸基は相対的に少なくなり、顔料粒子間の静電反発作用が低下すると考えられる。顔料粒子間の静電反発作用は、カルボン酸型の自己分散顔料よりも、ビスホスホン酸型自己分散顔料の方が、著しく大きい。さらに、インクに塩が含有されている場合には、顔料の電気二重層がより圧縮されやすくなっているので、顔料粒子間の静電反発作用も低下しやすいと考えられる。このような状態でインクが長期間保存されると、上記沈降現象によって底部近傍には顔料が多く存在することも相まって、インクカートリッジの底部に凝集した顔料が溜まりやすくなる。このようにして、インク収容部内において顔料が凝集すると、インク中の顔料が少なくなり、記録に用いられる顔料が減ることになるので、記録される画像の光学濃度が低下する。さらには、凝集した顔料がインクカートリッジの内部におけるインクの流れを妨げたり、記録ヘッドのインク流路に詰まったりすることもある。
【0019】
ところで、インクカートリッジの筐体は、樹脂、より好適には熱可塑性樹脂を主成分とし、寸法精度、剛性、衝撃に対する強度を向上させるために充填材が配合された樹脂を材料として形成される。熱可塑性樹脂の種類としては、例えば、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリフェニレンエーテル、これらの混合物や改質物などを挙げることができる。充填材(フィラー)としては、フレーク状フィラーや繊維状フィラーが一般的に用いられている。フレーク状フィラーのなかでも、マイカは、フレーク状ガラスやタルクと比較して、曲げ弾性率、曲げ強度、及び成形収縮率で優れた特性が得られる。このため、筐体を形成する樹脂の充填材として好ましい。また、繊維状フィラーとしてはグラスファイバーが一般的に用いられている。充填材として、繊維状フィラーとフレーク状フィラーを併用することで、寸法精度、剛性、衝撃に対する強度を特にバランスよく向上させることが可能となる。
【0020】
一般的にはマイカと総称されるもののなかには、様々な化学組成を有するものが存在しており、鉱物学的には、含有成分により6〜7種類に分類される。インクカートリッジのような電気絶縁性が求められる部材の構成材料として使用されるのは、以下に示す組成式で表される「白マイカ(マスコバイト)」と「金マイカ(フロゴパイト)」である。
白マイカ(マスコバイト):KAl2(AlSi3)O10(OH)2
金マイカ(フロゴパイト):KMg3(AlSi3)(OH)2
【0021】
上記のように、いずれのマイカも組成式中にカルシウムを含まない。しかし、蛍光X線分析装置を用いて測定した元素分析によれば、金マイカ組成物からはカルシウムが検出される。この理由は、金マイカ組成物は石灰岩中より採取されるので、一般的に入手可能な金マイカ組成物には石灰岩に由来するカルシウムの混入があるためであると推測される。本発明者らは、白マイカ組成物と金マイカ組成物をポリフェニレンエーテル/ポリスチレン樹脂に20質量%配合したペレットをそれぞれ作製し、インクに対する接液性を確認した。その結果、白マイカ組成物を配合したペレットを用いた場合はインクへのカルシウムの溶出量が1ppm以下であるのに対し、金マイカ組成物を配合したペレットを用いた場合はインクへのカルシウムの溶出量が20〜30ppmであることがわかった。以上の結果より、インクカートリッジの筐体として好ましい機械的特性を維持しつつ、カルシウムの溶出を根本的に抑えるために、筐体を形成する樹脂の充填材としては、白マイカ組成物を用いる必要があるとの知見を得た。
【0022】
一方、グラスファイバーは、Eガラス(無アルカリガラス)と呼ばれる材質で、所定の長さに切断された形態のもの(チョップドストランド)が一般的である。そして、Eガラスはその成分としてカルシウムを含んでいる。そこで、本発明者らは、グラスファイバーをポリフェニレンエーテル/ポリスチレン樹脂に20質量%配合したペレットを作製し、インクに対する接液性を確認した。その結果、インクへのカルシウムの溶出量は1〜3ppmであることがわかった。すなわち、グラスファイバーを配合したペレットからのカルシウムの溶出量は、金マイカ組成物を配合したペレットからのカルシウム溶出量に比してかなり少ない。このため、グラスファイバーがインクカートリッジの信頼性に与える影響は、金マイカ組成物に比してかなり小さい。
【0023】
以上のことから、本発明のインクカートリッジの筐体を形成する樹脂には、充填材である白マイカ組成物が配合されていることを要する。また、前記樹脂はさらにグラスファイバーが配合されていてもよい。ただし、上記構成のインクによって記録される画像の光学濃度の低下を避けるため、筐体から溶出するカルシウムに起因してインクに含まれることになるカルシウム量が一定水準以下に制御されるような充填材の配合量とする必要がある。
【0024】
本発明者らがビスホスホン酸型自己分散顔料及び特定の塩を含有するインク中に存在することが許容されるカルシウム量の閾値について検討したところ、以下の知見を得た。すなわち、インクを筺体の内部に収容しているインクカートリッジを、60℃で2ヶ月間保存した場合に、インク中のカルシウム量が10.0ppm以下であるという条件を満たすことが必要である。60℃で2ヶ月間という条件は、インクカートリッジを作製してから、物流を経て、インクカートリッジに収容されたインクを使いきるまでの期間に相当する加速試験であり、実際に想定される期間に対して十分な余裕を設けた条件である。このような加速試験を行った後においても、インク中のカルシウム量を低い水準に制御することで、ビスホスホン酸型自己分散顔料と特定の塩を含有するインクの性能が維持され、高い光学濃度を達成することが可能となる。なお、インクにも構成材料に由来して微量のカルシウムが含まれている場合がある。このため、本発明における前述の「10.0ppm」という閾値は、インク自体に元来微量に含まれうるカルシウムをも含めた値である。
【0025】
なお、通常、インクカートリッジはプラスチックの包装袋に収納された状態で販売されるが、この包装袋を開封した時点のインクカートリッジは、作製した時点のインクカートリッジと同等の状態である。このため、後述する実施例では、インクカートリッジを作製した後に上記加速試験を行っている。
【0026】
<インク>
インクには、自己分散顔料と、特定の塩とが含有される。以下、インクを構成する各成分やインクの物性について説明する。
【0027】
(自己分散顔料)
自己分散顔料は、顔料粒子の表面に特定の官能基が結合してなるものである。顔料の種類としては、例えば、有機顔料や、カーボンブラックなどの無機顔料を挙げることができる。なかでも、顔料としてはカーボンブラックが好ましい。本発明においては、顔料としてカーボンブラックを用いたブラックのインクとすることが特に好ましい。インク中の顔料の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上15.0質量%以下であることが好ましく、1.0質量%以上10.0質量%以下であることがさらに好ましい。なお、調色などの目的のために、顔料とともに染料を用いてもよい。
【0028】
自己分散顔料は、2つのホスホン酸基を含む官能基が、顔料粒子の表面に結合しているビスホスホン酸型自己分散顔料であることを要する。自己分散顔料を用いることにより、顔料をインク中に分散させるための分散剤の添加が不要となる、又は分散剤の添加量を少量とすることができる。
【0029】
例えば、1つのホスホン酸基を含む官能基が粒子表面に結合した、「モノホスホン酸型自己分散顔料」を含有するインクを用いる場合を想定する。このようなインクを用いれば、カルボン酸基を含む官能基が粒子表面に結合した自己分散顔料を含有するインクを用いた場合に比して、記録される画像の光学濃度をある程度向上させることが可能である。しかし、光学濃度の向上の度合いは、必ずしも十分であるとは言えない。また、3つのホスホン酸基を含む官能基が粒子表面に結合した、「トリスホスホン酸型自己分散顔料」を含有するインクは、保存安定性が必ずしも十分であるとは言えない。これに対して、2つのホスホン酸基を含む官能基が粒子表面に結合した「ビスホスホン酸型自己分散顔料」を含有するインクを用いることで、光学濃度の高い画像を記録媒体の種類によらずに記録することができる。また、このような「ビスホスホン酸型自己分散顔料」を含有するインクは、保存安定性に優れている。
【0030】
官能基に含まれる2つのホスホン酸基は、具体的には、それぞれ一般式:−PO(O〔M1〕)2により表わされる。ここで、前記一般式中のM1は、それぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、及び有機アンモニウムからなる群より選択される少なくとも1種である。なお、ホスホン酸基は、その一部が解離した状態であってもよく、全部が解離した状態であってもよい。すなわち、ホスホン酸基は、−PO32(酸型)、−PO3-1+(一塩基塩)、及び−PO32-(M1+2(二塩基塩)のいずれかの形態をとりうる。M1+で表されるカウンターイオンは、インク中におけるホスホン酸基の解離状態がより良好な状態で保たれるという視点において、K+及びNH4+の少なくとも一方であることが好ましい。なお、M1+で表されるカウンターイオンの一方がK+及びNH4+のいずれか一方である場合には、M1+で表されるカウンターイオンの他方はH+であってもよい。
【0031】
また、ホスホン酸基は、官能基の末端に存在することが好ましい。すなわち、顔料粒子の表面とホスホン酸基との間には、他の原子団が存在することが好ましい。他の原子団(−R−)の具体例としては、炭素原子数1乃至12の直鎖状又は分岐状のアルキレン基、フェニレン基やナフチレン基などのアリーレン基、アミド基、スルホニル基、アミノ基、カルボニル基、エステル基、エーテル基などを挙げることができる。また、これらの基を組み合わせた基であってもよい。さらには、他の原子団が、アルキレン基とアリーレン基の少なくとも一方と、水素結合性を有する基(アミド基、スルホニル基、アミノ基、カルボニル基、エステル基及びエーテル基からなる群より選択される少なくとも1種)とを含むことが好ましい。特に、官能基に−C64−CONH−(ベンズアミド構造)が含まれることが好ましい。
【0032】
他の原子団を介して顔料粒子の表面にホスホン酸基が結合している場合において、官能基に−CQ(PO3〔M122の構造が含まれることがさらに好ましい。ここで、前記式中のQは、R、OR、SR、又はNR2(Rは、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、アシル基、アラルキル基、又はアリール基)である。Rが炭素原子を含む基である場合においては、炭素原子の数は1乃至18であることが好ましい。炭素原子を含む基の具体例としては、メチル基、エチル基などのアルキル基;アセチル基、ベンゾイル基などのアシル基;ベンジル基などのアラルキル基;フェニル基、ナフチル基などのアリール基などを挙げることができる。また、前記一般式中のM1は、それぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、及び有機アンモニウムからなる群より選択される少なくとも1種である。なかでも、式中のQが水素原子である、−CH(PO3〔M122の構造が官能基に含まれることが特に好ましい。本発明においては、官能基の構造が、−C64−CONH−CH−(PO3〔M122であることが特に好ましい。
【0033】
(官能基の導入量)
ビスホスホン酸型自己分散顔料は、カルシウムと非常に強く反応する。このため、従来のスルホン酸型やカルボン酸型の自己分散顔料と比して、自己分散顔料に結合している官能基の導入量(以下、「官能基導入量」とも記す)は、記録される画像の光学濃度に対してほとんど影響を及ぼさない。一方、インクにより記録される画像の光学濃度は、インク中の塩の含有量、すなわち電解質濃度の含有量の影響を受け、電解質濃度が高いほど光学濃度は高くなる傾向がある。しかし、ビスホスホン酸型自己分散顔料はインク中のカチオンに敏感であり、カチオン濃度が高くなると、インク中の水分などの蒸発が生じた際に顔料の分散状態が急激に不安定化しやすくなる。このため、光学濃度をより高いレベルで得るべくインクに十分な塩を添加できるようにするためにも、官能基由来のカチオン量はできるだけ少なくすることが好ましく、したがって官能基導入量はより低いことが好ましい。具体的には、自己分散顔料の官能基導入量は0.38mmol/g以下であることが好ましい。ただし、官能基導入量が低過ぎると、顔料を分散させるための静電反発作用が弱くなり、インクの保存安定性がやや低下する場合がある。このため、自己分散顔料の官能基導入量は、0.10mmol/g以上であることが好ましい。なお、「官能基導入量」は、顔料固形分1gあたりの官能基の量(ミリモル)である。
【0034】
なお、インクを長期間保存する過程で、筺体からの溶出によりインク中に存在することになるカルシウムによる影響の観点では、官能基導入量が高い方が共存可能なカルシウム量が多く、官能基導入量が低い方が共存可能なカルシウム量が少なくなる傾向がある。しかし、前述のとおり、筺体中において所定条件(60℃で2カ月)で保存した後のインク中のカルシウム量が10.0ppm以下に制御されていれば、インクの性能を維持することができる。
【0035】
自己分散顔料に結合している官能基の導入量は、以下に示すようにリンを定量することで測定することができる。具体的には、先ず、顔料(固形分)の含有量が0.03質量%程度になるように顔料分散液を純水で希釈してA液を調製する。また、5℃、80,000rpm、15時間の条件で顔料分散液について超遠心分離を行い、顔料が除去された上澄みの液体を採取し、これを純水で80倍程度に希釈してB液を調製する。得られたA液及びB液について、ICP発光分光分析装置などにより、リンの定量をそれぞれに行い、これらA液及びB液について測定値から求められるリン量の差分から、ホスホン酸基の量を算出することができる。
【0036】
顔料への官能基導入量は、ホスホン酸基の量/n(nは1つの官能基に含まれるホスホン酸基の数を示し、モノなら1、ビスなら2、トリスなら3となる)により算出することができる。ここで、官能基に含まれるホスホン酸基の数が不明である場合には、NMRなどによりその構造を解析することで特定することができる。なお、上記では顔料分散液を用いて測定する方法について述べたが、インクを用いても同様に測定することができる。勿論、官能基導入量の測定方法は上記のものに限られるものではない。
【0037】
(カチオンとアニオンとが結合して構成される塩)
インクには、カチオンとアニオンとがイオン結合して構成される塩を含有させる。カチオンは、アルカリ金属イオン、アンモニウムイオン、及び有機アンモニウムイオンからなる群より選択される少なくとも1種である。アルカリ金属イオンの具体例としては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンなどを挙げることができる。また、有機アンモニウムイオンとしては、例えば、メチルアミン、エチルアミンなどの炭素数1以上3以下のアルキルアミン類;モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンなどの炭素数1以上4以下のアルカノールアミン類などのイオンが挙げられる。アニオンは、Cl-、Br-、I-、ClO-、ClO2-、ClO3-、ClO4-、NO2-、NO3-、SO42-、CO32-、HCO3-、HCOO-、(COO-2、COOH(COO-)、CH3COO-、C24(COO-2、C65COO-、C64(COO-2、PO43-、HPO42-、及びH2PO4-からなる群より選択される少なくとも1種である。なお、インク中における塩の形態は、その一部が解離した状態であってもよいし、全てが解離した状態であってもよい。
【0038】
塩は、C64(COO(Na))2、C64(COO(K))2、C64(COO(NH4))2、及び(NH42SO4からなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。なかでも、C64(COO(K))2、C64(COO(NH4))2、及び(NH42SO4からなる群より選択される少なくとも1種がさらに好ましい。
【0039】
なお、塩による光学濃度の向上は、インクが記録媒体に付与された際の水分などの蒸発により、インク中の電解質濃度が高まることで、自己分散顔料の静電反発力が弱まり、顔料の凝集が促進されるために生じる。したがって、光学濃度の向上という観点では、塩を構成するイオンの種類よりも、インク中の電解質濃度、つまり塩のモル数のほうが支配的であると言える。
【0040】
インクには、本発明の効果が十分得られる範囲で塩が含有されていればよい。具体的には、インク中の塩の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として0.05質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。インク中の塩の含有量が10.0質量%を超えると、インクの保存安定性が不十分になる場合がある。一方、インク中の塩の含有量が0.05質量%未満であると、本発明の効果が十分に得られない場合がある。
【0041】
(水性媒体)
インクには、水と水溶性有機溶剤の混合溶媒である水性媒体を含有させることができる。本発明に用いるインクは、少なくとも水を含有する、水性のインクであることが好ましい。水としては脱イオン水を用いることが好ましい。インク中の水の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として50.0質量%以上95.0質量%以下であることが好ましい。また、インク中の水溶性有機溶剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として3.0質量%以上50.0質量%以下であることが好ましい。水溶性有機溶剤としては、アルコール類、グリコール類、グリコールエーテル類、含窒素化合物類などのインクジェット用のインクに使用可能なものをいずれも用いることができる。また、水溶性有機溶剤は、25℃における蒸気圧が水よりも低いものがより好ましい。なお、これらの水溶性有機溶剤は、1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0042】
(その他の添加剤)
インクには、上述の成分以外に、添加剤として、尿素及びその誘導体、トリメチロールプロパン、トリメチロールエタンなどの常温で固体の水溶性有機化合物を含有させてもよい。インク中の水溶性有機化合物の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として0.1質量%以上20.0質量%以下であることが好ましく、3.0質量%以上10.0質量%以下であることがさらに好ましい。また、必要に応じて、界面活性剤、樹脂、pH調整剤、消泡剤、防錆剤、防腐剤、防黴剤、酸化防止剤、還元防止剤、キレート剤などの種々の添加剤をインクに含有させてもよい。
【0043】
また、アセチレングリコール系、フッ素系、シリコーン系、ポリオキシエチレンアルキルエーテル系などの界面活性剤をインクに含有させることが好ましい。インク中の界面活性剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として0.05質量%以上2.0質量%以下であることが好ましい。
【0044】
(インクの物性)
25℃、寿命時間50m秒におけるインクの動的表面張力は、40mN/m以上であることが好ましく、45mN/m以上であることがさらに好ましい。インクの動的表面張力を上記の数値範囲とすることで、記録媒体の表面上に顔料を特に効率よく存在させることが可能となり、記録される画像の光学濃度をより高めることができる。なお、本発明においては、最大泡圧法によりインクの動的表面張力を測定する。この最大泡圧法では、測定対象となる液体中にプローブ(細管)を浸し、プローブの先端部分から気泡を放出するのに必要な最大圧力を測定して、表面張力を求める。また、「寿命時間」とは、最大泡圧法において、プローブの先端部分から気泡が離れて新しい表面が形成されてから、最大泡圧時までの時間を意味する。また、「最大泡圧時」とは、気泡の曲率半径と、プローブの先端部分の半径とが等しくなった時をいう。
【0045】
インクの動的表面張力を上記の数値範囲とするには、前述の界面活性剤のうち、ポリオキシエチレンアルキルエーテルを用いることが特に好ましい。さらに、グリフィン法により求められるポリオキシエチレンアルキルエーテルのHLB値は、13.0以上20.0以下であることが好ましい。また、ポリオキシエチレンアルキルエーテルのアルキル基の炭素原子数は、12以上20以下であることが好ましい。そして、インク中のポリオキシエチレンアルキルエーテルの含有量(質量%)は、インク全質量を基準として0.05質量%以上2.0質量%以下であることが好ましく、0.05質量%以上1.0質量%以下であることがさらに好ましい。
【0046】
<インクカートリッジ>
本発明のインクカートリッジは、充填材である白マイカ組成物が配合された樹脂で形成される筐体と、この筺体の内部に収容されているインクと、を具備する。なお、筺体の内部の少なくとも一部にインク吸収体としてスポンジなどの多孔質体を圧縮した状態で収納し、このインク吸収体にインクを保持させる構成とすることも好ましい態様である。さらに、インクカートリッジは、吐出口からインクを吐出するための記録ヘッドを具備してもよく、前記記録ヘッドは熱エネルギーを発生させる発熱部が設けられたサーマル方式のものであることがより好ましい。
【0047】
図1は、本発明のインクカートリッジの一実施形態を示す分解斜視図である。インクカートリッジ1000の筺体1100の内部には、インク(図示せず)が充填されている。このインクカートリッジ1000は、インクジェット記録装置の本体に載置されているキャリッジの位置決め手段及び電気的接点によって支持されるとともに、キャリッジに対して着脱可能となっている。そして、充填されているインクが消費されると、インクカートリッジ1000は交換される。
【0048】
図1に示すインクカートリッジ1000の筺体1100には、記録ヘッド1200が一体に形成されている。この記録ヘッド1200は、電気信号に応じてインクに膜沸騰を生じさせるための熱エネルギーを生成する電気熱変換体を用いたサーマル方式の記録ヘッドであり、電気熱変換体と吐出口とが対向するように配置された、いわゆるサイドシュータ型である。
【0049】
筐体1100は、主に樹脂材料により形成されている。樹脂としては、例えば射出成形、圧縮成形、又は熱成形などにより成形可能な、熱可塑性樹脂を好適に用いることができる。熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリフェニレンエーテル、及びこれらの混合物や改質物が好ましい。なかでも、ポリフェニレンエーテルが好ましく、ポリフェニレンエーテルとスチレン系材料との混合物(ポリマーアロイ)がさらに好ましい。
【0050】
樹脂には、剛性向上及び寸法精度向上などの観点から充填材が配合される。充填材の配合量は、インクに含まれることになるカルシウム量や筺体の強度に合わせて決定することができる。具体的には、充填材の配合量は、筺体(充填材を含む樹脂で形成されるもの)の全質量を基準として5.0質量%以上40.0質量%以下であることが好ましい。本発明においては、充填材である白マイカ組成物を樹脂に配合する。この樹脂には、充填材であるグラスファイバーがさらに配合されていることが好ましい。なお、インクの性能を維持する観点から、インクカートリッジを60℃で2ヶ月間保存した後のインク中のカルシウム量が10.0ppm以下となるように、充填材や樹脂の種類と配合量を決定し、この樹脂を用いて筺体を形成することが好ましい。このため、充填材として金マイカ組成物を用いてもよいが、その場合には上記カルシウム量となるような充填材の配合量とする必要がある。本発明においては、金マイカ組成物が配合されていない樹脂を使用することがより好ましい。
【0051】
筺体1100は、その内部にインクを保持する負圧を発生させるインク吸収体1300を収容するための空間が形成されている。筺体1100は、記録ヘッド1200のインク供給口にインクを導くための独立したインク流路を形成するインク供給機能を備えている。インク吸収体1300は、ポリプロピレンやウレタンなどの繊維を圧縮したものであることが好ましい。
【0052】
<インクジェット記録方法>
本発明のインクジェット記録方法は、インクカートリッジの内部に収容されているインクをインクジェット方式の記録ヘッドから吐出させて記録媒体に画像を記録する方法であり、上述の本発明のインクカートリッジを用いることを特徴とする。インクジェット方式の具体例としては、インクに力学的エネルギーを付与する方式や、インクに熱エネルギーを付与する方式を挙げることができる。なかでも、インクに熱エネルギーを付与するインクジェット方法を採用することが特に好ましい。なお、本発明のインクカートリッジを用いること以外、インクジェット記録方法の工程は、公知のものとすればよい。使用することができる記録媒体としては、普通紙や光沢紙などの浸透性を有する記録媒体や、フィルムなどの非浸透性の記録媒体を挙げることができる。
【実施例】
【0053】
以下、実施例、比較例及び参考例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、下記の実施例によって何ら限定されるものではない。なお、文中、成分量に関し「部」、及び「%」とあるのは、特に断りのない限り質量基準である。
【0054】
<顔料分散液の調製>
(自己分散顔料の官能基導入量)
先ず、顔料の官能基導入量を測定する方法を説明する。測定対象である顔料(固形分)の含有量が0.03%程度になるように顔料分散液を純水で希釈してA液を調製した。また、5℃、80,000rpm、15時間の条件で顔料分散液を超遠心分離し、自己分散顔料が除去された上澄み液を採取した。採取した上澄み液を純水で80倍程度に希釈してB液を調製した。調製したA液及びB液について、ICP発光分光分析装置(商品名「SPS5100」、SIIナノテクノロジー製)を使用してリンを定量した。A液のリンの定量値と、B液のリンの定量値の差分から、ホスホン酸基の量を算出した。そして、算出したホスホン酸基の量を、1つの官能基に含まれるホスホン酸基(n)の数で割って、官能基導入量(mmol/g)を算出した。
【0055】
(顔料分散液1)
カーボンブラック(固形分)20g、((4−アミノベンゾイルアミノ)−メタン−1,1−ジイル)ビスホスホン酸一ナトリウム塩(処理剤)9mmol、硝酸20mmol、及び純水200mLを混合した。カーボンブラックとしては、商品名「ブラックパールズ880」(キャボット製)を用いた。また、混合は、シルヴァーソン混合機を使用し、室温、6,000rpmの条件で行った。30分混合後、得られた混合物に少量の水に溶解させた20mmolの亜硝酸ナトリウムをゆっくり添加した。亜硝酸ナトリウムの添加によって混合物の温度は60℃に達した。この状態で1時間反応させた。反応後、水酸化ナトリウム水溶液を添加して混合物のpHを10に調整した。30分後、純水20mLを加え、スペクトラムメンブランを用いてダイアフィルトレーションした。次いで、顔料の含有量が10.0%となるように純水を加えた。
【0056】
これにより、−C64−CONH−CH−(PO(OH)(ONa))(PO(OH)2)基が粒子表面に結合している自己分散顔料が水中に分散された分散液を得た。さらに、イオン交換法によりナトリウムイオンをアンモニウムイオンに置換した。これにより、−C64−CONH−CH−(PO(OH)(ONH4))(PO(OH)2)基が粒子表面に結合した自己分散顔料が水中に分散された顔料分散液1を得た。得られた顔料分散液1に含まれる自己分散顔料の含有量は10.0%であった。また、自己分散顔料の官能基導入量は0.33mmol/gであった。
【0057】
(顔料分散液2)
処理剤の量を14mmolとしたこと以外は、前述の顔料分散液1の場合と同様にして、−C64−CONH−CH−(PO(OH)(ONH4))(PO(OH)2)基が粒子表面に結合した自己分散顔料が水中に分散された顔料分散液2を得た。得られた顔料分散液2に含まれる自己分散顔料の含有量は10.0%であった。また、自己分散顔料の官能基導入量は0.46mmol/gであった。
【0058】
(顔料分散液3)
水5.5gに濃塩酸5gを溶かして得られた液体を5℃に冷却した。この液体に4−アミノ−1,2−ベンゼンジカルボン酸(処理剤、東京化成工業製)1.5gを加えて溶液を調製した。調製した溶液の入った容器をアイスバスに入れ、溶液を撹拌して液温を10℃以下に保持した。この溶液に、水9gに亜硝酸カリウム1.8gを溶かして得られた5℃の亜硝酸カリウム水溶液を加えた。さらに15分間撹拌後、カーボンブラック(固形分)6g(商品名「ブラックパールズ880」、キャボット製)を撹拌下で加えた。その後、さらに15分間撹拌してスラリーを得た。得られたスラリーについて、スペクトラムメンブランを用いてダイアフィルトレーションして粒子を得た。得られた粒子を十分に水洗し、110℃のオーブンで乾燥させた。イオン交換法によりカリウムイオンをアンモニウムイオンに置換した後、顔料の含有量が10.0%となるように純水を加えた。これにより、−C63−(COONH42基が粒子表面に結合している自己分散顔料が水中に分散された顔料分散液3を得た。自己分散顔料の官能基導入量は0.40mmol/gであった。なお、この官能基導入量は、ICP発光分光分析装置(商品名「SPS5100」、SIIナノテクノロジー製)を使用して測定した、イオン交換前の分散液中のカリウムイオン濃度から換算して求めた。
【0059】
<インク1〜5の調製>
表1に示す各成分(単位:%)を混合して十分に撹拌した後、ポアサイズ2.5μmのポリプロピレンフィルター(ポール製)で加圧ろ過してインク1〜5を調製した。なお、表1中の「NIKKOL BL−9EX」は、日光ケミカルズ製のポリオキシエチレンラウリルエーテルである。このポリオキシエチレンラウリルエーテルは、グリフィン法により求められるHLB値が13.6、エチレンオキサイド基の付加モル数が9の界面活性剤である。
【0060】

【0061】
<筺体1〜7の作製>
スチレン系樹脂とポリフェニレンエーテルとの混合物である熱可塑性樹脂(ポリマーアロイ)と、充填材とを表2の上段に示す割合(単位:部)で配合して樹脂を得た。得られた樹脂を用いて図1に示す構成を有する筺体1〜7を成形した。インク吸収体1300(図1参照)の材質はポリプロピレン繊維とし、繊維を圧縮してスポンジ状に成形したインク吸収体を、筺体の内容積と略同等体積となるように圧縮した状態で筺体に入れた。表2中の「白マイカ組成物」は、ヤマグチマイカ製の白マイカ組成物(商品名「YM−21S」)であり、「金マイカ組成物」は、レプコ製の金マイカ組成物(商品名「W−40H」)である。なお、表2中の「グラスファイバー」としては、長さが5mmであるEガラスのチョップドストランドを用いた。表2の下段には、筺体を形成する樹脂に占める充填材の配合量の値(単位:%)を示した。
【0062】

【0063】
<インクカートリッジの作製(実施例1〜6、比較例1〜6、及び参考例)>
表3に示す組み合わせとなるように、筺体にインクを充填してインクカートリッジを作製した。作製したインクカートリッジからインクが蒸発しないようにした状態で、このインクカートリッジを60℃で2ヶ月間保存した。その後、ICP発光分光分析装置(商品名「SPS5100」、SIIナノテクノロジー製)を使用して、インク中のカルシウム量(ppm)を測定した。測定結果を表3に示す。また、以下に示す各項目の評価を行った。評価結果を表3に示す。なお、以下に示す各項目の評価基準においては、「AA」及び「A」を許容できるレベルとし、「B」及び「C」を許容できないレベルとした。
【0064】
<評価>
(光学濃度)
熱エネルギーによりインクを吐出する記録ヘッドを搭載したインクジェット記録装置(商品名「PIXUS MP480」、キヤノン製)にインクカートリッジをセットした。以下に示す(i)〜(iii)の3種類の記録媒体(普通紙)に、記録デューティが100%であるベタ画像(2cm×2cm/1ライン)を記録した。
(i)商品名「Canon Extra Multifunctional Paper」(キヤノン製)
(ii)商品名「Office Planner」(キヤノン製)
(iii)商品名「Xerox 4024 Premium Multipurpose White Paper」(ゼロックス製)
【0065】
記録してから1日経過後、反射濃度計(商品名「Macbeth RD−918」、マクベス製)を使用し、3種類の記録媒体に記録したそれぞれのベタ画像の光学濃度を測定し、その平均値により光学濃度を評価した。評価基準を以下に示す。なお、上記のインクジェット記録装置を用いる場合における「記録デューティ=100%」の定義は以下の通りである。すなわち、解像度が600dpi×600dpiであり、1/600インチ×1/600インチの単位領域に、1滴当たりの質量が25ng±10%であるインク滴を1滴付与する条件で記録したベタ画像の記録デューティを100%と定義する。
AA:平均値が1.45以上であった。
A:平均値が1.35以上1.45未満であった。
B:平均値が1.25以上1.35未満であった。
C:平均値が1.25未満であった。
【0066】
(インクの信頼性)
インクを収容した状態のインクカートリッジを80℃で2週間保存した後、インク中における沈殿物の有無を観察し、インクの信頼性を評価した。評価基準を以下に示す。
AA:沈殿物は発生していなかった。
A:少量の沈殿物が発生していた。
B:沈殿物が発生していた。
C:多量の沈殿物が発生していた。
【0067】
(筐体の強度)
40cmの高さから落下させたインクカートリッジを観察し、筐体の強度を評価した。評価基準を以下に示す。
AA:筐体に割れが生じていなかった。
A:筐体に少しヒビがはいったが、問題なく使用できた。
B:筐体が割れ、インクが漏れた。
【0068】
(筐体の寸法精度)
筺体の寸法を測定し、筐体の寸法精度を評価した。評価基準を以下に示す。
A:狙いの寸法どおりであった。
B:狙いの寸法が得られなかった。
【0069】

【0070】
上記実施例において使用したもの以外で、本発明で規定する各種の塩を使用したインクについても、実施例1と同様にして評価を行った。具体的には、実施例1におけるインク中の塩の種類をそれぞれ異なるものとし、さらに、塩の含有量を実施例1の塩と等モルとなるように変更し、合計量が100.00%となるように水で調整した以外は上記と同様の評価を行った。その結果、光学濃度の観点では塩の価数による影響はわずかにあるものの評価基準ではAAランク相当となり、その他の評価項目については実施例1と同等の結果が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂で形成される筺体と、前記筺体の内部に収容されているインクと、を備えるインクカートリッジにおいて、
前記樹脂が、白マイカ組成物が配合されたものであり、
前記インクが、2つのホスホン酸基を含む官能基が粒子表面に結合している自己分散顔料及び塩を含有し、
前記塩が、アルカリ金属イオン、アンモニウムイオン、及び有機アンモニウムイオンからなる群より選択される少なくとも1種のカチオンと、Cl-、Br-、I-、ClO-、ClO2-、ClO3-、ClO4-、NO2-、NO3-、SO42-、CO32-、HCO3-、HCOO-、(COO-2、COOH(COO-)、CH3COO-、C24(COO-2、C65COO-、C64(COO-2、PO43-、HPO42-、及びH2PO4-からなる群より選択される少なくとも1種のアニオンとが結合して構成され、
60℃で2ヶ月間保存した後の前記インク中のカルシウム量が10.0ppm以下であることを特徴とするインクカートリッジ。
【請求項2】
前記樹脂が、さらにグラスファイバーが配合されたものである請求項1に記載のインクカートリッジ。
【請求項3】
前記自己分散顔料に結合している官能基の導入量が0.38mmol/g以下である請求項1又は2に記載のインクカートリッジ。
【請求項4】
インクカートリッジの内部に収容されているインクをインクジェット方式の記録ヘッドから吐出させて記録媒体に画像を記録するインクジェット記録方法であって、
前記インクカートリッジが、請求項1乃至3のいずれか1項に記載のインクカートリッジであることを特徴とするインクジェット記録方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−46991(P2013−46991A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−128594(P2012−128594)
【出願日】平成24年6月6日(2012.6.6)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】