説明

インクジェットヘッド

【課題】液体試料の分注ヘッドとして一般的にPZTピエゾから成るインクジェットヘッド構造が提案されているが、これは継続使用が前提であって、都度使用には適していない。
【解決手段】液体試料が流通する液体流路21を表面に形成した基体20とこの基体20の表面へ積層されて少なくとも流路を被覆する振動板30と、振動板30へ積層されるシート状の圧電アクチュエータ40とを備え、圧電アクチュエータ40は高分子材料からなる誘電体シート43の両面に電極41、45を形成したものであり、該電極41,45へ印加する電圧を制御することにより、圧電アクチュエータ40が変形して振動板30を振動させ、液体流路21内の圧力を変化させて液体試料を分注する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明はヘッド(インクジェット方式)に関する。このヘッドは微小量の液体試料を分注するのに好適に使用される。
【背景技術】
【0002】
血液等の液状の生体試料は大量に準備することが困難である。そのため、生体試料に基づき、数多くの検査を行なうためには、生体試料を小分けに分注する必要がある。
生体試料を分注するためのヘッドとして、インクジェットヘッドの構成を利用したものが特許文献1に開示されている。
インクジェットヘッドの構成を分注ヘッドとして利用する例が特許文献2にも開示されている。
更には、本件発明に関連する技術を開示する特許文献3も参照されたい。
【特許文献1】特開2000−229245号公報
【特許文献2】特開2005−953310号公報
【特許文献3】特開2004―281711号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
生体試料用の分注ヘッドの場合、コンタミ(異物混入)を避けるために、これを試料毎に取替えることが好ましい。
他方、一般的なインクジェットヘッドはプリンタ等の用途に対応して継続使用を前提として構成されている。その結果、次の解決すべき課題がある。
機械的振動膜として一般的にPZTピエゾ薄膜が採用されるが、PZTには鉛が含まれているため、廃棄の方法が限定される。
汎用的なインクジェットヘッドは大きな吐出パワーを作り出すため、アクチュエータが大きな力を発生する。従って、試料にかかる剪断ストレスが非常に大きくなる。その結果、生体試料が破壊されるおそれがある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
この発明は上記課題を解決することを目的とし、その構成は次の通りである。
即ち、液体試料を分注するためのインクジェットヘッドであって、
前記液体試料が流通する液体流路を表面に形成した基体と、
前記基体の表面へ積層されて少なくとも前記流路を被覆する振動板と、
前記振動板へ積層されて前記振動板を変形させるシート状の圧電アクチュエータと、を備え、
前記圧電アクチュエータは高分子材料からなる誘電体シートの両面に電極を形成したものであり、該電極へ印加する電圧を制御することにより、前記圧電アクチュエータが変形して前記振動板を振動させ、前記液体流路内の圧力を変化させて前記液体試料を分注する、ことを特徴とするインクジェットヘッド。
【0005】
このように規定されるこの発明の第1の局面のインクジェットヘッドによれば、圧電アクチュエータの構成が高分子材料からなる誘電体シートの両面に電極を形成したものとなったので、PZTの使用を排除することができる。これにより、環境に負荷のかかる鉛が排除されるので、ヘッドの廃棄が容易になる。その結果、液体試料毎にヘッドを取替えても、その廃棄が負担にならない。即ち、この発明のヘッドは、都度使用に適したものとなる。
また、高分子材料からなる誘電体シートの両面に電極を形成してなる圧電アクチュエータでは大きな力を発生することができないため、試料にかかる剪断ストレスの増大を防止できる。
【0006】
この発明の第2の局面は次のように規定される。即ち、
この発明の第1の局面で規定されるインクジェットヘッドにおいて、前記シート状の圧電アクチュエータを多層にする。
このように規定される第2の局面のヘッドによれば、各層の圧電アクチュエータが発生する力は小さくても、それらが積層されることにより、各層の圧電アクチュエータの発生する力が加算されて、大きな力を発生することができる。また、積層量を調整することで圧電アクチュエータが発生する力を任意に制御することもできる。
よって、組織破壊の防止が必要な生体試料を対象とするに好適な力をかけることができる。
【0007】
この発明の第3の局面は次のように規定される。即ち、
第2の局面で規定されるインクジェットヘッドであって、前記シート状の圧電アクチュエータを折り畳んで多層にする。
このように規定される第3の局面のヘッドによれば、圧電アクチュエータを一枚ものとしてこれを折り畳むことで多層の圧電アクチュエータを得られるので、部品点数が少なくなる。よって、安価なヘッドの提供が可能となる。
この発明の第4の局面は次のように規定される。即ち、
第1の局面で規定されるインクジェットヘッドであって、前記高分子材料はP(VDF/TrFE)ポリフッ化ビニリデン・トリフロロエチレンであることを特徴とする。
このようにすると、高分子材料は溶媒に溶解して塗布可能となり、容易に積層させることが可能となる。
この発明の第5の局面は次のように規定される。即ち、
第2の局面で規定されるインクジェットヘッドであって、前記高分子圧電体の積層は、前記振動板の表面に、前記高分子材料を溶媒に溶解した溶液をスピンコート法により形成したことを特徴とする。
このようにすると、容易に高分子材料の薄膜を形成することが可能となる。
【0008】
図1には、高分子材料からなる誘電体シートの両面に電極(陽極、陰極)を形成してなる圧電アクチュエータ1の伸縮動作の模式図を示す。符号3は振動板であり、シート状の圧電アクチュエータ1が折り畳まれて振動板3の上面に積層されている。圧電アクチュエータ1は図示した方向に伸縮しており、この方向は振動板3の面方向に平行である。
なお、図2に示すように、圧電アクチュエータ1の伸縮方向を振動板3に対して直交させてもよい。
更には、図3に示すように、誘電体の伸縮方向を圧電アクチュエータ5の厚さ方向とすることもできる。この場合、圧電アクチュエータ5はその厚さ方向に変形し、もって振動板3を振動させる。
図1〜図3の例では、一枚ものの圧電アクチュエータを折り曲げて多層とし、各層が変形するときに生じる力を合算させている。勿論、独立したシート状の圧電アクチュエータを多層に積層してもよい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、この発明の実施例の説明をする。
図4にこの発明の実施例のヘッド10の断面図を示す。図5は同じくヘッド10の分解斜視図であり、図6は同じくヘッド10の平面図である。
実施例のヘッド10は基体20、振動板30及び圧電アクチュエータ40から構成される。
基体20はその表面に液体試料が流通する液体流路21を有する。液体流路21は基体表面のほぼ中央部分で幅広に形成されている。この幅広部分が圧力室23となり、ここで試料(液体)に対して正圧、負圧がかけられる。符号25は液体試料の供給ポートであり、図示しない試料供給系へ接続される。符号26は吐出ノズルである。吐出ノズル26から吐出される試料は液滴を形成する。この液滴は、ノズル径、試料の吐出速度、試料の表面張力により規定される。
【0010】
かかる基体20の形成材料は特に制限されるものではないが、化学的に安定で耐薬品性の高い高分子材料とすることが好ましい。高分子材料は焼却可能であるため、廃棄が容易であり、また廃棄にかかるコストを削減できる。高分子材料は透明であることが好ましい。試料の流通を目視で確認できるからである。かかる高分子材料として、PSF(ポリサルホン)、PES(ポリエーテルサルホン)、PC(ポリカーボネート)、ポリイミド、ポリアミド等を挙げることができる。
基体20の製造方法も任意に選択できる。この実施例では、転写法により液体流路21を備えた基体を形成している。ここに転写法とは微細な突起を形成した金型を前記熱可塑性樹脂に熱圧着することで、金型の突起を転写するナノインプリント法による製造方法とすることも可能である。
バルクの材料から液体流路21を切削形成して基体20とすることも可能である。
また基体20は型成形よっても形成可能である。
【0011】
振動板30は基体20の全表面を被覆するように基体20の表面へ積層される。振動板30と基体20の表面との接合は、接着剤若しくは高周波溶着による。振動板30は基体20の表面へ積層されて、少なくともその流路21の圧力室23を被覆できればよい。
この振動板30の成形材料も特に制限されるものではないが、化学的な安定で耐薬品性の高い高分子材料とすることが好ましい。高分子材料は焼却可能であるため、廃棄が容易であり、また廃棄にかかるコストを削減できる。高分子材料は透明であることが好ましい。試料の流通を目視で確認できるからである。かかる高分子材料として、PSF(ポリサルホン)、PES(ポリエーテルサルホン)、PC(ポリカーボネート)、ポリイミド、ポリアミド等を挙げることができる。
【0012】
次に圧電アクチュエータ40について説明する。
この実施例ではシート状の圧電アクチュエータ40を折り畳んで振動板30へ接着により固定している。この圧電アクチュエータ40は振動板30において基体20の圧力室23に対応する部分に配置される。圧力室23からみたときその重心位置と圧電アクチュエータ40の重心位置とが一致するように、圧電アクチュエータ40の取付け位置を決定することが好ましい。また、圧力室23の幅B0に対して圧電アクチュエータ40の幅B1を60〜100%とすることが好ましい。更に好ましくは80〜90%であり、更に更に好ましくはほぼ85%である。B1/B0の比が60%未満若しくは100%を超えると圧電アクチュエータ40の変形が効率よく振動板30の変形(振動)に変換されない。
【0013】
この実施例の圧電アクチュエータ40は次のようにして形成される。
透明のITO付きダミーシート上に高分子圧電体を鋳造法で厚み10μmに成膜する。より具体的には、粉末のフッ化ビニリデン・三フッ化ビニリデン共重合体P(VDF/TrFE)を溶媒(MEK:メチルエチルケトン)に1〜2%(重量比)で溶解し、上記ダミーシートの上にスピンコート塗布する。その後溶媒をドライアップし、薄いP(VDF/TrFE)膜を形成する。膜厚が10μmになるまで、スピンコート塗布とドライアップを繰り返す。
このようにして形成された高分子圧電体膜の表面全体へ蒸着又はスパッタによりAu膜を100Åの膜厚で形成する。このAu膜は電極となる。Auの他にAg若しくはAl膜、又はこれらの合金膜を高分子圧電体膜の表面へ形成することもできる。
Au膜の上にSi0からなる酸化物絶縁体保護膜47を100Åの膜厚で形成する。
【0014】
このようにして得られた積層体を140℃で2時間、熱処理する。これにより、高分子材料(P(VDF/TrFE))が再結晶化する。
次に、熱処理の完了した積層体をP(VDF/TrFE)の坑電界400kV/cmを越える電界、例えば10μmの膜圧の場合は、400V以上の電界を印加しでポーリング処理する。これにより、圧電体として分極処理が行われる
次に、ポーリング処理の完了した積層体へダミーシート側からレーザを照射しアブレーションを発生させる。レーザの照射条件は10〜10Wである。これにより、ダミーシートからITO層が分離される。
【0015】
以上より、図7に示すシート状の圧電アクチュエータ40が得られる。図7において、符号41はITO(下部電極)、符号43は誘電体シートとしての高分子圧電体層、符号45はAu膜(上部電極)及び符号47は絶縁保護膜を示す。この実施例の圧電アクチュエータ40は透明である。その結果、ヘッド1の各構成要素が全て透明となり、試料の流れを目視で確認できる。
シート状の圧電アクチュエータ40は図4のように折り畳まれて、振動板30の所定の位置に接合される。
なお、電圧アクチュエータ40のITO膜41とAu膜45は制御部へ接続されて、電圧調整がなされる。
【0016】
図8及び図9は、電圧アクチュエータ40へ印加する電圧と高分子圧電体の伸縮の関係を示す。図8及び図9から明らかなとおり、下部電極41に対して上部電極45の電圧を高くすると、高分子圧電体が充電されて当該高分子圧電体はその体積が増大してd31方向へ伸びる。その結果、振動板30は、図9に示すとおり、上側へ変形し圧力室23を負圧にする。
このとき、試料が供給ポート25から圧力室23へ取り込まれる
他方、下部電極41に対して上部電極45の電圧を低くすると、高分子圧電体が放電されて当該高分子圧電体はその体積が減少しd31方向へ縮む。その結果、振動板30は、図9に示すとおり、下側へ変形し圧力室23を加圧する。
これにより、圧力室23に存在していた試料が吐出ノズルから吐出される。
【0017】
ここにおいて、高分子圧電体材料(P(VDF/TrFE))は抗電界:40[v/μml]、d31定数:-38[m/m・v]、ヤング率:3〜5[GPa]、密度:1.82[g/cm3]である。
かかる高分子圧電体材料の単層(10μm)の両面へ電極層を積層してなるシート状の圧電アクチュエータ40を振動板30(厚さ:10μm)へ接合したとき、圧力室23で発生する力は0.013N(1.4gf)である。なお、圧電アクチュエータ40における伸長時と伸縮時との差は0.38μmであり、圧電アクチュエータの幅が2.55mmであるのに対し、圧力室の幅は3.00mmとしている。
【0018】
圧力室23で発生する力1.4gfでは吐出ノズルから試料を液滴として吐出させることができない。
そこでシート状の圧電アクチュエータ40を折り畳んで積層構造とする。その結果、各層での電圧アクチュエータの変形が重なって、圧力室23で発生する力が大きくなる。例えば、圧電アクチュエータ40を3回折り畳んで3層としたとき、圧力室23に生じる力は4.2gf(単層の場合の3倍)となり、液体試料によっては吐出ノズルから液滴を吐出可能となる。
また、圧電アクチュエータ40を10回折り畳むと圧力室23において14gfの力が発生するので血液等の生体試料であっても吐出ノズルから液滴を吐出させて、その分注が可能となる。
【0019】
上記においては、圧電アクチュエータ40を振動板30とは別体に形成して、両者を接合している。
振動板30の上に圧電アクチュエータを直接積層することもできる。以下に説明する。
振動板30上に下部電極としてAu,Ag,カーボンなどを蒸着等の方法で形成する。
下部電極の上に高分子圧電体膜をスクリーン印刷、転写法、インクジェット法等の方法で形成する。このとき、高分子圧電体膜の幅は圧力室の幅より僅かに小さくする。両者の差は約85%とすることが好ましい。
次に、高分子圧電体膜より僅かに小さい上部電極を、メタルマスク法を用いて形成する。上部電極の材料としてAu,Ag,カーボンなどを用いることができる。
上部電極の上に絶縁保護膜を形成する。
これにより単層の圧電アクチュエータの積層体を形成することができる。上記を繰り返すことにより多層の圧電アクチュエータとすることができる。
その後、積層体を熱処理し、更にポーリング処理を行なう。
【0020】
上記の例では、高分子圧電体としてフッ化ビニリデン・三フッ化ビニリデン共重合体を用いているが、フッ化ビニリデンを用いることもできる。フッ化ビニリデンの場合は、振動板に塗布後、振動板に対して圧延する必要がある。
また、上記の例では、1つの基体に1つの液体流路を備える例を説明したが、1つの基体に複数の液体流路を設け、各流路の圧力室にそれぞれ圧電アクチュエータを配設することもできる。
【0021】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】図1は折り畳まれた圧電アクチュエータの伸縮動作と振動板の振動の関係を説明する図である。
【図2】図2は折り畳まれた圧電アクチュエータの伸縮動作と振動板の振動の他の関係を説明する図である。
【図3】図3は折り畳まれた圧電アクチュエータの伸縮動作と振動板の振動の他の関係を説明する図である。
【図4】図4は実施例のヘッドの構成を示す断面図である。
【図5】図5は実施例のヘッドの構成を示す分解斜視図である。
【図6】図6は実施例のヘッドの平面図である。
【図7】図7はシート状の圧電アクチュエータの構成を示す断面図である。
【図8】図8は圧電アクチュエータに印加される電圧と圧力室の圧力を示すチャートである。
【図9】図9は圧力室上の振動板の変化を示す模式図である。
【符号の説明】
【0023】
1,5,40 圧電アクチュエータ、3,30 振動板、10 ヘッド、20 基体、21 液体流路、23 圧力室、41 下部電極、43 高分子圧電体層、45 上部電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体試料を分注するためのインクジェットヘッドであって、
前記液体試料が流通する液体流路を表面に形成した基体と、
前記基体の表面へ積層されて少なくとも前記流路を被覆する振動板と、
前記振動板へ積層されて前記振動板を変形させるシート状の圧電アクチュエータと、を備え、
前記圧電アクチュエータは高分子材料からなる誘電体シートの両面に電極を形成したものであり、該電極へ印加する電圧を制御することにより、前記圧電アクチュエータが変形して前記振動板を振動させ、前記液体流路内の圧力を変化させて前記液体試料を分注する、ことを特徴とするインクジェットヘッド。
【請求項2】
前記シート状の圧電アクチュエータを多層にする、ことを特徴とする請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項3】
前記シート状の圧電アクチュエータを折り畳んで多層にする、ことを特徴とする請求項2に記載のインクジェットヘッド
【請求項4】
前記高分子材料はP(VDF/TrFE)ポリフッ化ビニリデン・トリフロロエチレンであることを特徴とする、請求項1に記載のインクジェットヘッド。
【請求項5】
前記高分子圧電体の積層は、前記振動板の表面に、前記高分子材料を溶媒に溶解した溶液をスピンコート法により形成したことを特徴とする請求項2に記載のインクジェットヘッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−96371(P2008−96371A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−281137(P2006−281137)
【出願日】平成18年10月16日(2006.10.16)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】