説明

インクジェット液滴中に粒子を取り込む方法及び装置

【課題】粒子の大きさによらず、ノズルでの詰まり、液滴への粒子混入の歩留まりの低下を防ぎながら、インクジェット液滴中に粒子を取り込む。
【解決手段】第一液体Sからなる第一液滴D1をインクジェット法によりノズル12から吐出する工程と、第一液滴D1を粒子Cが混入されている第二液体からなる液膜Fに通過させて、第一液滴中D1に粒子Cを取り込まれた第二液滴D2にする工程と、を含むことを特徴とする液滴中に粒子を取り込む方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット液滴中に粒子を取り込む(インクジェットストリッピング)方法及び装置に係り、特に、インクジェット法によりノズルから吐出されたゲル形成性水溶液の液滴中に細胞を取り込むためのインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、一般的な治療法では治療が困難な病気でも臓器移植を行えば回復が可能なことがあるが、移植用臓器の不足が問題となっている。そこで人工的な臓器を製造し、問題を解決しようと世界中で研究が行われている。
人工臓器の製造の分野においては、生体適合性の高いゲルを細胞増殖用の足場(スキャフォルド)として利用し培養を行う方法によって人工臓器を製造することができないかと期待されている。
【0003】
このような方法で人工臓器を製造するに当たっては、細胞一つ一つを正確に立体的に配置できる技術が求められており、細胞と同程度の液滴径(20〜60μm程度)の溶液を、吐出位置を自由に制御して、高速(〜2000滴/秒)に精度良く吐出することが可能なインクジェット技術が注目されている。
【0004】
上述した生体適合性の高いゲルを形成する方法としては、アルギン酸ナトリウム(Alg−Na)水溶液と塩化カルシウム(CaCl)水溶液を反応させることで、生体適合性の高いゲルであるアルギン酸カルシウム(Alg−Ca)ゲルを形成する方法が考えられる。
そこで、Alg−Na水溶液中に細胞を混入した水溶液をインクジェット技術を用いて任意の位置に吐出し、あらかじめ配置してある塩化カルシウム水溶液と反応させることによって、細胞増殖用の足場としてゲル構造体を形成、培養を行うことが研究されている(例えば、特許文献1、非特許文献1参照)。現在までには、血管を模擬したゲルチューブ等の3次元ゲル構造体の作成方法は提案されているが実際に培養し、組織を完成させるには至っていない。
【0005】
また、多種の細胞が混入している液体から、個々の細胞を高速(毎秒数万滴)で分取する技術として、W.H.Coulterにより1947年に考案された、フローサイトメトリー(FCM、非特許文献2参照)が知られている。この技術は、細胞を含む液を、70〜100μm程度の細い流路に導き、細胞を一列に整列させ、ノズルから吐出後、レーザー光により細胞の種類を判別した後、超音波振動により液柱を分裂させ、荷電させた液滴の落下方向を偏向電極で偏向させることで、細胞を連続的に取り分けるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−126459号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】http://www.newkast.or.jp/innovation/project_end/nakamura_project.html
【非特許文献2】http:/www.bc-cytometry.com/
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述のインクジェット法を用いて細胞を内包したAlg−Caゲル構造体を形成するには、予め細胞を混入させたAlg−Na水溶液の液滴をインクジェット吐出装置のノズルから吐出させ、CaCl水溶液に付着させるのが一般的である。図10に従来のインクジェット吐出装置のノズルの概略構成図を示す。
従来のインクジェット吐出装置のノズル112はその流路が細胞Cより僅かに大きい程度(30〜60μm程度)と非常に微細であるために、吐出する際に細胞がノズルに詰まることがある。また、細胞の詰まりを避けるために水溶液中の細胞濃度を低くするすると、歩留まりが悪くなる(細胞の入っていない空の液滴が多くなる)といった問題が生じる。またインクジェット吐出装置がサーマル式の場合、ノズル内部で細胞に熱がかかるという問題もある。
【0009】
一方、フローサイトメトリーに関しては、細胞の高速ソート技術として開発されたもので、偏向による液滴分取の方法はコンティニュアス型のインクジェットプリンタと同様のものであるが、特定の位置にミクロンオーダーで精度良く細胞を配置することはその原理から困難である。またFCMは、連続的に吐出する液柱を分裂させた液滴の中からその中に必要な細胞を分取するために、高速で流れる多数の液滴から特定の細胞を含む液滴を判別するセンシング技術、またそのセンシングのために細胞を含む液中で細胞を一列に並べて連続的に送る技術が必要になり、システム全体としてかなり高価なものになる。
【0010】
この発明は、このような事情を考慮してなされたもので、その目的は、細胞がノズル内で詰まることなく、細胞が取り込まれた液滴を歩留まりよく形成でき、ノズル内において細胞が熱の影響を受けることのない液滴中に細胞等の粒子を取り込む方法及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題に対し、本発明の以下の手段により解決を図る。
すなわち、本発明の請求項1に係る発明は、第一液体からなる第一液滴をインクジェット法によりノズルから吐出する工程と、前記第一液滴を、粒子が混入された第二液体からなる液膜に通過させて、前記第一液滴中に前記粒子が取り込まれた第二液滴にする工程と、を含むことを特徴とするインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法である。
また、本発明の請求項2に係る発明は、前記液膜は直線的に流動していることを特徴とする請求項1に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法である。
また、本発明の請求項3に係る発明は、前記粒子として細胞を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法である。
また、本発明の請求項4に係る発明は、前記第一液体としてゲル形成性水溶液を用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法である。
また、本発明の請求項5に係る発明は、前記ゲル形成性水溶液として多価金属イオンによりゲル化するイオン架橋ゲル形成性水溶液を用いることを特徴とする請求項4に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法である。
【0012】
また、本発明の請求項6に係る発明は、インクジェット液滴に粒子を取り込む装置であって、インクジェット法により、第一液体からなる第一液滴を吐出させることが可能なノズルと、粒子が混入された第二液体からなる液膜を形成する液膜形成装置と、前記液膜を介して前記ノズルと対向するように設置された対象面と、を備え、前記第一液滴は前記液膜に対して吐出され、前記第一液滴内に前記粒子が取り込まれることで第二液滴となり、該第二液滴が前記対象面に付着するように構成されていることを特徴とするインクジェット液滴中に粒子を取り込む装置である。
また、本発明の請求項7に係る発明は、前記液膜形成装置は、前記粒子が混入された前記第二液体を供給する液体供給手段と、該液体供給手段と連通され、前記第二液体を流動させる偏平管状の液膜保持部と、前記流路の一面と他面とを貫通するように設けられた開口部と、を備え、前記液膜は、前記開口部に形成されるように構成されていることを特徴とする請求項6に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む装置である。
また、本発明の請求項8に係る発明は、前記開口部は円形であることを特徴とする請求項7に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む装置である。
さらに、本発明の請求項9に係る発明は、前記液体供給手段は、第二液体を循環させる循環手段を備えていることを特徴とする請求項7又は8に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む装置である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、粒子を液膜に混入させ、この液膜をインクジェット法により吐出した液滴によって撃ち抜くことにより、液滴内に粒子を取り込む構成とした。これにより、粒子の大きさによらず、ノズルでの詰まり、液滴への粒子混入の歩留まりの低下、そしてサーマル式であっても粒子に熱がかかるといった問題を生じることなく、インクジェット液滴中に細胞等の粒子を取り込むことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明のインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法の概要を示し、(a)は液滴吐出直後、(b)は取り込み直後の図である。
【図2】本発明に係る第一実施形態のインクジェットストリッピング装置を示す概略図である。
【図3】液膜保持部とプリントヘッド及びスライドガラスとの位置関係を示す図である。
【図4】液膜保持部の斜視図である。
【図5】液膜保持部の(a)平面図、(b)断面図である。
【図6】本発明に係る第二実施形態の、インクジェットストリッピング装置を示す概略図である。
【図7】本発明に係る第三実施形態の、インクジェットストリッピング装置を示す概略図である。
【図8】第一実施形態に係る装置によって作製された(a)ライン状のゲル、(b)立体のゲル構造体を示す写真である。
【図9】従来のインクジェット吐出装置のノズルの概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
まず、本発明のインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法の原理を説明する。
なお、以下の説明においては、インクジェット液滴中に粒子を取り込む方法をインクジェットストリッピング方法と称し、またこの方法を実現するための装置をインクジェットストリッピング装置と称すことがある。
【0016】
図1は、本発明のインクジェットストリッピング装置の概要を示す図である。図1において、符号10はインクジェット吐出装置であり、XY方向に移動可能なプリントヘッド11に設けられたノズル12からインクジェット液滴D1を吐出することが可能に構成されている。プリントヘッド11のインクタンク13にはアルギン酸ナトリウム水溶液等のゲル形成性水溶液S(第一液体)が投入されている。また、図1において、符号30は液膜保持部であり、任意の方法で液膜Fを形成することができるように構成されている。該液膜Fは、細胞C(粒子)と界面活性剤を混入した水溶液によって形成されている。
【0017】
本発明のインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法は、図1に示すように、細胞等の
粒子Cと界面活性剤を混入した水溶液を膜状にした液膜Fを、インクジェット吐出装置10のノズル12近傍に張っておき、吐出直後の第一液滴D1にこの液膜Fを貫通させるものである。
このとき、第一液滴D1は液膜Fの一部を剥ぎ取る(ストリッピング)と同時に粒子Cを取り込み、図示しない対象面の所定位置(ノズルの相対位置)に粒子Cを取り込んだ第二液滴D2を付着させる。上述したように、液膜Fには界面活性剤を混入させてあるため、液膜Fの破れが生じにくくなっており、繰り返し貫通させても膜状態を保ったまま個々の第一液滴D1に粒子Cを混入させることができる。液膜を形成するためには、第1液滴が貫通可能な範囲でいわゆる増粘剤を用いることもできる。
【0018】
また、本発明の方法では、液膜F中に混入させる粒子Cの濃度はノズル12からの液滴D1の吐出挙動自体には関係しない。よって液膜F中の粒子濃度を高くすることによって、第一液滴D1への粒子取り込みの歩留まりを高くすることができる。
【0019】
<第一実施形態>
次に、上記原理を利用した本発明の第一実施形態を図面を参照して詳細に説明する。図2は、本発明に係る第一実施形態のインクジェットストリッピング装置を示す概略図である。
なお、本発明はインクジェット液滴中に細胞等の粒子を取り込むための方法に関するものであるが、以下の説明においては、ゲル構造体を作成する装置を含めてインクジェットストリッピング装置として説明する。
【0020】
本発明のインクジェットストリッピング装置1は、インクジェット吐出装置10と、液膜形成装置30とを主な構成要素としており、インクジェット吐出装置10のノズル12から吐出されたインクジェット液滴(第一液滴D1)を、液膜形成装置20によって形成された液膜を貫通させることで、前記液滴中に粒子を取り込んだ第二液滴D2をスライドガラス40(対象面)に付着させる装置である。本実施形態は液膜形成装置20が、連続的に液膜を形成し、粒子を供給できることを特徴としている。この特徴については後述する。
【0021】
本実施形態に用いられるインクジェット吐出装置10は、通常印字装置に用いられているものであり、サーマル方式と呼ばれる装置を使用している。インクジェット加熱によりインクの詰まった微細管内に気泡を発生させてインク(液滴)を吐出するものである。
【0022】
インクジェット吐出装置10は、二軸方向に移動可能なプリントヘッド11、該プリントヘッド11に設けられたノズル12(図1参照)、該プリントヘッド11の移動を制御するXY軸自動微動装置14を主な構成要素としている。プリントヘッド11にはインクタンク13が設けられている。ノズル12の口径は60μmである。ノズル12が設けられたプリントヘッド11をXY軸自動微動装置14取り付けることによって、噴出位置を制御可能とした。
図2において、符号15は、矩形パルスを発生させるためのファンクションジェネレータ、符号16は、矩形パルスを増幅するための高速パワーアンプである。
【0023】
インクジェット吐出装置10は以上のような構成を有することによって、インクタンク13内に第一液体S1(ゲル形成性水溶液)を投入することによって、第一液体S1からなるインクジェット液滴(第一液滴)D1を可動範囲内の任意の位置に吐出可能である。
【0024】
インクジェット吐出装置10から吐出される第一液体S1としては、吐出時にゾル(液体)であり、粒子取り込み後にゲルになるようなものである必要がある。第一液体S1として好適なのは、多価金属イオンにより架橋してゲル化するイオン架橋ゲル形成性水溶液であり、主体となる成分としてアルギン酸、ジェラン、低メトキシペクチンなどが挙げられる。これらを可溶化して第一液体S1として使用し、多価金属イオンと接触させることによりゲル化させる。本実施形態においては、第一液体S1としてアルギン酸ナトリウム(Alg−Na)水溶液を用いた。Alg−Na水溶液は、主に褐藻に含まれる多糖類の一種であり、食品添加物として増粘多糖類およびゲル化剤、医薬品として胃粘膜保護用剤、染料の捺染用の糊、紙のコーティング剤など、広い用途で利用されている。
Alg−Naは、アルギン酸分子のカルボキシル基のH部がナトリウムイオンと交換されたもので、水溶液中で高い粘性を示す。また濃度の増加、温度の低下によって粘度は指数関数的に増加する。
このカルボキシル基部は、マグネシウムイオンやカルシウムイオンなどの多価イオンとも強く結合し、水に不溶なゲル化皮膜を形成する。
【0025】
また、粒子が熱の影響を受けにくい場合には熱により可溶化するもの、例えばゼラチン、寒天、アガロース、カラギーナン等を用いることもできる。高温の液状の状態で吐出し、粒子取り込み後に冷却されてゲル化するようにすればよい。
また、これら第一液体にコラーゲン、フィブロネクチン等の細胞外マトリックス成分を加えてもよい。
【0026】
次に液膜形成装置20について説明する。
本実施形態の液膜形成装置20は、長時間に亘ってインクジェットストリッピングを可能にするために、粒子Cと界面活性剤を混入した水溶液S2(第二液体)を液膜形成装置20内に循環させるための循環手段を有している。液膜形成装置20は、液膜を形成するための液膜保持部30、粒子Cと界面活性剤を混入した水溶液S2を溜めておくためのタンク22、該容器より水溶液を吸い上げるたり、水溶液S2の流量を調整するためのポンプ23a(流入側)、23b(流出側)、バルブ24a(流入側)、24b(流出側)、水溶液S2を循環させるためのチューブ25を主な構成要素としている。
【0027】
前記液膜保持部30は、流入管部31及び排出管部32が設けられており、流入管部31とタンク22とはバルブ24とポンプ23を介してチューブ25によって接続されているとともに、排出管部32とタンク22とはチューブ25によって接続されている。
タンク22には、粒子Cと界面活性剤を混入した水溶液S2が溜められている。タンク22内の水溶液S2はマグネティックスターラー等の攪拌器で攪拌することが好ましい。
【0028】
次に、液膜保持部30について詳細に説明する。
インクジェットストリッピング装置1においては、連続的にインクジェットストリッピングを行うために、液膜を保持する部位には液溜りを作らず、液滴が貫通できる薄さの液膜を安定的に維持し、粒子を液膜中で連続的に流動させることが求められる。本発明の液膜形成装置20を構成する液膜保持部30は、流動する水溶液S2を利用してこの要求を満たすように構成されている。
【0029】
図3は、本発明の液膜保持部30と、プリントヘッド11及びスライドガラス40との位置関係を示す図である。なお、図3においては、液膜保持部30は模式的に示してあるため、液膜保持部30の詳細形状については、図4、及び図5を参照されたい。
【0030】
液膜保持部30は、粒子Cと界面活性剤を混入した水溶液S2を流入・排出する、流入管部31及び排出管部32を一体に備えており、この流入管部31と排出管部32との間に、液膜Fを形成する構成となっている。図3に示すように、プリントヘッド11のノズルから吐出された第一液滴D1は、液膜保持部30に形成された液膜Fを貫通し、粒子Cを取り込んだ第二液滴D2となり、スライドガラス40に付着する。スライドガラス40には、硬化液41(詳細は後述する)が膜状に塗布されており、この塩化カルシウムと第二液滴D2を構成するアルギン酸ナトリウムとが反応して、スライドガラス40上にゲルを形成する。
【0031】
上述したように、スライドガラス40の表面には、前記ゲル形成性水溶液S1をゲル化させる溶液(硬化液41)が塗布されている。本実施形態においては、この硬化液41として塩化カルシウム(CaCl)水溶液を用いた。CaCl水溶液中でナトリウムイオンとカルシウムイオンが交換する事で形成した膜は動植物の細胞同様、イオンや水分子の様な小さな粒子の移動が可能な半透膜である。
【0032】
図4に本発明の実施形態に係る液膜保持部30の斜視図を示し、図5に液膜保持部30の(a)平面図、(b)断面図を示す。図4に示す液膜保持部には、チューブ25が接続されている。
【0033】
図4、及び図5より明らかなように、本発明の液膜保持部30は、一面30a、及び他面30bを有する断面矩形の管に開口部33が形成された構成である。液膜保持部30の断面は、偏平形状であり、流路幅Wに対して流路高さHが十分小さくなるように形成されている。開口部33は円形であり、液膜保持部30の一面30a及び他面30bとを貫通するように形成されている。また、液膜保持部30の板厚tは0.1mmである。
この液膜保持部30は、十分に薄い偏平形状の管に界面活性剤を混入した水溶液S2を流動させることによって、開口部33に液膜Fを形成する構成である。
【0034】
インクジェットストリッピングにおいて重要な一つのパラメータは、液膜厚さである。液膜保持部30の各寸法値は、液膜厚さが最適になるように定める必要がある。
液膜厚さが厚いと、インクジェット吐出装置から吐出された液滴は、液膜を貫通することができない。一方、液膜厚さが薄いと液膜中に粒子を保持できず、液滴に粒子が取り込まれない可能性が高くなってしまう。また、液膜が薄い場合には、液膜表面からの蒸発により、液膜が割れやすくなると考えられる。
液膜厚さの最適値は、液膜に形成される干渉模様が観察可能であるかが目安となると考えられる。干渉模様が形成される際の液膜厚さは、数十μm程度であり、液滴が液膜を貫通することが可能であった。
【0035】
次に、上述したような厚さを有する液膜を形成できるように、液膜保持部30の各寸法値を決定した。
開口部33の直径dに関しては、大き過ぎると液膜Fはその中心から薄くなり、液膜Fが短時間で割れやすく、小さ過ぎると液膜Fが十分に薄くならない傾向にあるので、適宜その範囲を選択・設定すればよい。
【0036】
また、流路高さH、及び流路幅Wについても安定して液膜が形成される寸法とすればよく、後記実施例では、開口部の直径d=4mm、流路高さH=0.5mm、流路幅W=4mm(dと同じ)に設定した。
【0037】
粒子Cと界面活性剤を混入した水溶液S2における粒子濃度に関しては、濃度を高くすればゲル中に取り込まれる粒子濃度が高くなるため、可能な限り高くすることが好ましい。しかし、高くし過ぎると流路を流れることが不可能になる。よって、本実施形態では50vol%とした。
【0038】
ノズル12と液膜Fとの距離d1、及び液膜Fとスライドガラス40との距離d2に関しては、出来る限り小さくする方が好ましい。本実施形態ではゲル等の観察のしやすさも考え、d1=2mm、d2=5mmとした。
【0039】
次に本実施形態に係るインクジェットストリッピング装置の作用について説明する。
まず、液膜形成装置20のポンプ23aがチューブ25を介してタンク22から水溶液S2を吸い上げる。吸い上げられた水溶液S2は、バルブ24aを介して液膜保持部30に流入する。液膜保持部30に水溶液S2が流入すると、開口部33に液膜Fが形成される。水溶液S2には、粒子Cが混入されているため、液膜Fにも粒子が分散して混入される。また、液膜形成装置20は、循環系となっているため、粒子Cと界面活性剤を混入した水溶液S2は流動状態となっている。
また、水溶液S2の流出量は、ポンプ23b、及びバルブ24bによって制御可能である。このように、流入量、及び流出量を独立に制御可能に構成されていることによって、水溶液S2の流動量を正確に制御することが可能となっている。
【0040】
液膜Fの形成が確認できたら、インクジェット吐出装置10から第一液体S1(ゲル形成性水溶液)からなる液滴D1を吐出する。液滴D1は、前記液膜Fに向かって吐出される。液滴D1は、液膜Fを貫通する際、液膜Fの一部を剥ぎ取ると同時に粒子Cを取り込み、液滴D1は粒子Cを取り込んだ液滴D2となる。この液滴D2は、スライドガラス40に付着する。スライドガラス40には、硬化液41が塗布してあるため、この硬化液41と液滴D2とが反応して、スライドガラス40上にゲルを形成することが可能となる。
【0041】
本実施形態に係るインクジェットストリッピング装置は、粒子Cがインクジェット吐出装置10のインクタンク13ではなく、液膜保持部30に形成された液膜Fに第二液体S2とともに混入されて存在させている構成である。インクジェット吐出装置からは、第一液体S1からなる第一液体D1が噴出されるのみであるので(粒子Cは第一液体S1には混入されていないので)、ノズル12に詰まりが発生することがない。
また、インクジェット法を用いて液滴を吐出するため、スライドガラス40上に形成されるゲルの位置を精密に配置することができる。
また、粒子Cにはインクジェットによる熱の影響が及ぼされないため、第一液体S1としてイオン架橋ゲル形成性水溶液等を用いれば、粒子Cとして細胞を用いた場合でも、細胞への熱の影響がない。
【0042】
液膜Fを形成する際は、流動する第二液体S2を利用するため、液膜Fの厚さ、混入される粒子Cの濃度などが安定する。また、粒子Cが混入された第二流体S2流速をバルブ24によって制御する構成であるため、液膜Fが割れた場合においても、流速を瞬間的に上げることで、簡単に液膜Fを回復させることができる。つまり、液膜中の細胞濃度の調節が可能であり、液滴への細胞取り込みの歩留まりを高めることができる。
【0043】
なお、別途流動する粒子Cを検知する手段を設け、粒子Cの位置(濃度の高い場所等)を検知し、その結果に応じてノズル位置を制御することによって、より粒子Cを取り込む確率を高めることも可能である。また、粒子Cを検知する手段を設けることによって、多種の粒子が混在している液体であっても、目的の粒子のみを取り込みながら精密な配置が可能である。
なお、粒子Cとして細胞を採用する場合、細胞が互いの反発力で密に配列しない傾向があるが、この場合、第二液体S2にカチオン系ポリマを加えて電荷中和することによって、細胞を比較的密に存在させることができる。また、第二液体S2にカチオン系ポリマを加えた場合、吐出する第一液体S1にアニオン系物質を加えておけば、ストリッピング後に対象面40でイオン架橋させることができる。
【0044】
<第二実施形態>
次に本発明の第二実施形態について図面を参照して説明する。
図7は、本発明の第二実施形態のインクジェットストリッピング装置1aを示す図である。第二実施形態は、液膜保持部として、リング30aを用いたことを特徴としている。
リング30aは、金属線から形成された、円環であり、本実施形態においては、前記リング30bを粒子Cと界面活性剤を混入した水溶液S2に浸すことで、リング30a内に液膜Fを形成する。
【0045】
第二実施形態に係るインクジェットストリッピング装置1aを用いることによって、より簡素な方法で、インクジェットストリッピングを実施することができる。インクジェットストリッピングに用いられる粒子C、ゲル形成性水溶液S1、及び硬化液41等に使用することができる物質は多岐にわたるため、第一実施形態に示したような装置を構築する前段階において、第二実施形態に示したような装置を用いて、粒子C等の組合せを試験するのに好適である。
【0046】
<第三実施形態>
次に本発明の第三実施形態について図面を参照して説明する。
図8は、本発明の第三実施形態のインクジェットストリッピング装置1bを示す図である。第三実施形態は、液膜保持部として、グリッド30bを用いたことを特徴としている。
グリッド30bは、複数の微小升目の区画を有する格子状の枠であり、各区画に粒子を1個ずつ収容することが可能なように構成されている。
グリッド30bの厚さは、粒子Cが乗り越えない範囲で可能な限り薄くすることが好ましく、また、区画も細胞のような粒子Cを取り込むことができ、かつ、インクジェット液滴が貫通可能であれば、小さいほど好ましい。具体的には、金属板等の板ないしシートに、粒子Cおよび第一液滴D1の直径に見合う微細孔を多数設けた多孔板、あるいは細線で構成されたネット(メッシュ)などが挙げられる。
【0047】
好適には、グリッド30bを、第2液体S2を溜めておくためのタンク(図示せず)を通るエンドレスベルト状とし、連続的に粒子を含む液膜が形成されるようにする。
【0048】
本実施形態のインクジェットストリッピング装置1bは、ノズル12からインクジェット液滴を吐出する際、グリッド30bの格子に対して正確に位置制御を行うことによって、グリッド30bの格子に収容された粒子Cを正確に1個ずつ射抜くことができ、インクジェット液滴への粒子Cの取り込みがより確実になる。
【0049】
<実施例>
第一実施形態に係るインクジェットストリッピング装置を用いて、連続式のインクジェットストリッピングを行った。液膜保持部30への流入量は2ml/分、排出量は30ml/分とした。
液滴D1を吐出するために、ファンクションジェネレータ15より発生させた矩形パルスを高速パワーアンプ16で増幅し、ヒータ(図示せず)を加熱時間6μs、発熱密度
940MW/mで通電加熱することで、着色したAlg−Na水溶液(第一液体S1)を1000Hzで吐出した。粒子CとしてArkema社製ORGASOL(登録商標、粒子径28.0〜32.0μm)を用い、この粒子Cを純水に界面活性剤とともに混合した。
【0050】
図9(a)に、ノズル12を5mm/sで移動させライン状のゲルを作製した様相を、図9(b)に5mm×5mmの平面状ゲルを6層重ねて作製した立体のゲル構造体の様相を示す。内部に粒子が取り込まれているライン状のゲル、及び立体のゲル構造物が作製可能であることが確認できた。また、ライン状のゲル、立体のゲル構造体共に、ピンセットでつまんでも壊れなかったため、強度的には問題がないことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、細胞増殖用の足場としての生体適合性の高いゲルの培養に適用可能である。
【0052】
また、本発明は、細胞又は細胞を模した人工の機能的細胞膜を基板上に配置して細胞間相互作用等を研究するための「細胞アレイ」の作製に適用可能である。本発明を用いれば、細胞アレイを構成する細胞をより精密に配置することができるとともに、より高速に細胞アレイを作製可能である。
【0053】
また、本発明は、立体物をインクジェット法で造形する三次元インクジェットプリンタにも適用可能である。本発明を用いることによって、立体物の形成に適した粒子をインクジェット液滴内に取り込ませることができる。立体物の形成に適した粒子が入った液滴を用いて立体物を造形することによって、単に液体接着剤を吐出する標準的な三次元インクジェットプリンタと比較して、より速く立体物を造形することが可能となる。
また、薬剤粒子のカプセル化等にも適用することができる。
【符号の説明】
【0054】
C…粒子(細胞)、D1…第一液滴、D2…第二液滴、F…液膜、S,S1…第一液体(ゲル形成性水溶液)、S2…第二液体(界面活性剤を混入した水溶液)、1…インクジェット液滴に粒子を取り込む装置(インクジェットストリッピング装置)、10…インクジェット吐出装置、11…プリントヘッド、12…ノズル、13…インクタンク、14…XY軸自動微動装置、15…ファンクションジェネレータ、16…高速パワーアンプ、20…液膜形成装置、22…タンク、23…ポンプ、24…バルブ、25…チューブ、30…液膜保持部、31…流入管部、32…排出管部、33…開口部、40…対象面(スライドガラス)、41…硬化液。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一液体からなる第一液滴をインクジェット法によりノズルから吐出する工程と、
前記第一液滴を、粒子が混入された第二液体からなる液膜に通過させて、前記第一液滴中に前記粒子が取り込まれた第二液滴にする工程と、を含むことを特徴とするインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法。
【請求項2】
前記液膜は直線的に流動していることを特徴とする請求項1に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法。
【請求項3】
前記粒子として細胞を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法。
【請求項4】
前記第一液体としてゲル形成性水溶液を用いることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法。
【請求項5】
前記ゲル形成性水溶液としてイオン架橋ゲル形成性水溶液を用いることを特徴とする請求項4に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む方法。
【請求項6】
インクジェット液滴に粒子を取り込む装置であって、
インクジェット法により、第一液体からなる第一液滴を吐出させることが可能なノズルと、
粒子が混入された第二液体からなる液膜を形成する液膜形成装置と、
前記液膜を介して前記ノズルと対向するように設置された対象面と、を備え、
前記第一液滴は前記液膜に対して吐出され、前記第一液滴内に前記粒子が取り込まれることで第二液滴となり、該第二液滴が前記対象面に付着するように構成されていることを特徴とするインクジェット液滴中に粒子を取り込む装置。
【請求項7】
前記液膜形成装置は、
前記粒子が混入された前記第二液体を供給する液体供給手段と、
該液体供給手段と連通され、前記第二液体を流動させる偏平管状の液膜保持部と、
前記流路の一面と他面とを貫通するように設けられた開口部と、を備え、
前記液膜は、前記開口部に形成されるように構成されていることを特徴とする請求項6に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む装置。
【請求項8】
前記開口部は円形であることを特徴とする請求項7に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む装置。
【請求項9】
前記液体供給手段は、第二液体を循環させる循環手段を備えていることを特徴とする請求項7又は8に記載のインクジェット液滴中に粒子を取り込む装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−212629(P2011−212629A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−85404(P2010−85404)
【出願日】平成22年4月1日(2010.4.1)
【出願人】(504182255)国立大学法人横浜国立大学 (429)
【Fターム(参考)】