説明

インクジェット記録ヘッド、該ヘッド用基板およびそれらの製造方法

【課題】製造中に基板の反りや亀裂、破損等が発生することなく、かつ精度の高い記録ヘッドを提供できるようにすること
【解決手段】シリコン基体101にポーラスシリコン層102を形成し、その上にインクジェット記録ヘッドの構成要素となる各層を形成し、吐出口109を形成した後にシリコン基体101を切り離し、その後にインク供給口を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット記録装置に用いられるインクジェット記録ヘッド、該ヘッド用基板およびそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録装置に用いられるインクジェット記録ヘッドは、種々の方式によりインク滴を形成、吐出するものが知られている。なかでも、インクを吐出するために利用するエネルギとして、熱を利用するインクジェット記録ヘッド(以下、単に記録ヘッドともいう)は、高密度のマルチノズル化を比較的容易に実現でき、高解像度、高画質で、また高速な記録を可能とするものである。
【0003】
このような記録方式のインクジェット記録ヘッドには、複数の吐出口が設けられており、その吐出口に連通する液路それぞれに、発熱部(ヒータ)が設けられ、これらが記録素子を構成している。そして、そのヒータの発熱抵抗体に記録信号に応じた電気エネルギを選択的に印加することによって生ずる熱エネルギを利用して、熱作用面上のインクを急激に加熱し、膜沸騰を生じさせ、その際に発生する気泡の圧力によって吐出口からインクを吐出する。
【0004】
図1は、一般的に用いられているインクジェット記録ヘッドを模式的に表わした斜視図である。インクジェット記録ヘッド1のシリコン基板6上には、複数の吐出口2と、各吐出口2に連通した液路3と、液路3に設けられたヒータ4と、各液路3にインクを供給するインク供給口5がそれぞれ設けられている。
【0005】
かかるインクジェット記録ヘッド(以下、単に記録ヘッドともいう)は、一般に次のような製造工程を経て作成される。すなわち、シリコン基板6となる基体を用意し、ヒータなどが形成される面に向け、反対側の面から異方性エッチング等によって供給口を貫通させる。次に、ヒータ4やその駆動のためのマトリックス配線および駆動用IC基体上に形成してシリコン基板6を作製する。次に、ヒータ4に対応して吐出口2や液路2のパターン等を形成するノズル形成部材を基板に接合することで、記録ヘッド1を完成する。
【0006】
このようなインクジェット記録ヘッド1による記録品位は、記録ヘッドの精度に左右される。特に、記録ヘッド1に複数設けられた吐出口2およびインク供給口5の不揃いや、記録ヘッド1に用いられるシリコン基板6に反りが有る場合、記録ヘッド1から吐出されるインクを記録媒体の所望の位置に着弾させることができず、その結果、記録品位は低下する。
【0007】
そこで、これらの吐出口2やインク供給口5をエッチングやフォトリソグラフィ技術を用いて高精度、高密度に形成する方法が提案されている(特許文献1、特許文献2)。
【0008】
【特許文献1】特開平5−330066号公報
【特許文献2】特開平6−286149号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし前述のような記録ヘッドの精度には、記録ヘッドの構成要素である、インク供給口を形成するシリコン基板(以下、単に基板ともいう)の厚さも大きく影響している。基板を薄くした場合、ヒータ等の製造工程で加えられる熱によって基板に反りや亀裂、破損等が発生し易く、吐出口形成工程において基板のハンドリングに注意が必要になる。つまり、基板には、これらを勘案した所要の厚さが必要となるが、厚さが過大であると、エッチング工程における供給口の形成精度が低下し、吐出性能のバラツキが大きくなる。その結果、このようにして製造された記録ヘッドでは高い記録品位を実現できなくなる恐れがある。また基板の厚さが大きい場合には、エッチングに要する時間が長くなることから加工コストが増大する。さらに、厚さの大きい基板に対し、ヒータが形成される面とは反対側の面から異方性エッチングによって供給口を開口する場合、エッチングを開始する面の開口面積が大きくなり、その結果、基板平面方向のサイズを大きくしなければならない。
【0010】
そこで、吐出口等の形成後に基板を薄くすることも考えられる。この場合、その薄化する方法は機械的に行うものと化学的に行うものとの2種類の方法がある。機械的に行う場合、切削することで基板を薄化させるが、その際にシリコンの削り粉が発生するために、その後の工程で削り粉を除去するための洗浄が必要になり、予め形成されている吐出口などを洗浄中保護するための、洗浄液に耐え得る保護材が必要になる。また、化学的に薄化を行う場合には、シリコンをエッチングする際のエッチング液が吐出口等に触れることから、その部分にエッチング液に耐え得る保護材による保護が必要になる。
【0011】
よって本発明は、製造中に基板の反りや亀裂、破損等が発生することなく、かつ精度の高い記録ヘッドを提供できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
そのため本発明のインクジェット記録ヘッド用基板の製造方法は、通電に応じてインクを吐出するために利用される熱エネルギを発生する発熱部を有するインクジェット記録ヘッド用基板の製造方法であって、
シリコンの基体上にポーラスシリコン層を設ける工程と、
前記ポーラスシリコン層上に単結晶シリコン層を配置する工程と、
前記単結晶シリコン層の一方の面上に前記記録素子となる部分を形成する工程と、
を具えていることを特徴とする。
【0013】
また、本発明のインクジェット記録ヘッド用基板は、上記製造方法によって製造されることを特徴とする。
【0014】
また、本発明のインクジェット記録ヘッドの製造方法は、上記のインクジェット記録ヘッド用基板を用意する工程と、前記ポーラスシリコン層の部位で前記基体を切り離す工程と、前記記録素子にインクを供給するための供給口を形成する工程と、を具えたことを特徴とする。
【0015】
また、本発明のインクジェット記録ヘッドは、上記のインクジェット記録ヘッドの製造方法によって製造されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、シリコン基体にポーラスシリコン層を形成してから、その上に記録ヘッドの主要部となる部分を形成するようにした。従って、ヒータ等の形成工程で加わる熱によって反りや亀裂、破損等が発生しない厚さを基板に確保することができる。また、その後にポーラスシリコン層の部分でシリコン基体を分離することで記録ヘッドを作製することにより記録ヘッドを薄くでき、インク供給口の形成精度ひいては記録ヘッドの精度を向上することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、図面を参照して本発明の一実施形態を詳細に説明する。なお、以下の説明では,同一の機能を有する構成には図面中同一の番号を付与し、その説明を省略する場合がある。
【0018】
本実施形態は、図1に示したような記録ヘッドを、図2から図3(e)3工程を経て作製するものである。以下図に従って順に説明する。
まず、図2を参照して、本発明のインクジェットヘッド用基板の製造方法を説明する。
【0019】
図2(a)は、シリコンの基体101にポーラスシリコン層102を形成した状態を表した図である。本実施形態では、シリコン基体101の片面に減圧化学蒸着法を用いてSiNを0.5μm形成し、フッ化水素溶液中で陽極化成を行うことで、SiNを形成した面と反対の面にポーラスシリコン層102が形成される。本実施形態では、シリコン基体101は500μmの厚さのものを用い、陽極化成後にはその500μmの厚さ内の表面部分に60μmにポーラスシリコン層が形成されるものとした。陽極化成条件は、電流密度を30mA・cm−2、陽極化成溶液としてフッ化水素:水:COH=1:1:1の比率の溶液を用い、時間は36分、多孔率は56%とした。
【0020】
本実施形態で用いたシリコン基体101の厚さは500μmであるが、この厚さに限定されるものではない。しかし、厚さが薄い場合、反り等が発生することが考えられることから、シリコン基体101の厚さは300μm以上であることが好ましい。また、シリコン基体101に形成するポーラスシリコン層102について、本実施形態においては厚さを60μmとしたが、これに限定されるものではない。しかし、ポーラスシリコン層102をあまり厚くすると、製造中の基板がもろくなることが懸念されることから、ポーラスシリコン層102を形成する厚さは、20μmから100μmであることが望ましい。
【0021】
図2(b)は、図2(a)のポーラスシリコン層102の上に単結晶シリコン層103を形成した状態を表した図である。本実施形態では、ポーラスシリコン層102の上に減圧化学蒸着法を用いて厚さ50μmの単結晶シリコン層103を形成した。形成時の条件は、ソースガス:SiH4、キャリアガス:H、温度:850℃、圧力:1Pa、成長時間:250分、とした。
【0022】
図2(c)は、図2(b)の単結晶シリコン層103の上に蓄熱層104を形成した状態を表した図である。本実施形態では、単結晶シリコン層103の上に減圧化学蒸着法を用いて厚さ1.5μmのSiOの蓄熱層104を形成した。
【0023】
図2(d)は、図2(c)の蓄熱層104の上に発熱部105を形成した状態を表した図である。本実施形態では、蓄熱層104の上にスパッタ法を用いてTaNの発熱抵抗体層およびAlの電極層を成膜した後、フォトリソグラフィ技術を用いてパターニングを行い、サイズが30μm×30μmの発熱部105と不図示の電極部を形成した。なお、発熱部105は図1におけるヒータ4に対応するものである。
【0024】
図2(e)は、図2(c)の蓄熱層104および図2(d)の発熱部105の上に保護層106を形成した状態を表した図である。本実施形態では、蓄熱層104および発熱部105の上に、プラズマ化学蒸着法を用いて厚さ1.0μmのSiOの保護層106を形成した。この段階で形成されたものがインクジェット記録ヘッド用基板と称するものである。
【0025】
次いで、図3を参照して、本発明のインクジェット記録ヘッド用基板を用いたインクジェット記録ヘッドの製造方法について説明する。
【0026】
図3(a)は、図2(e)で形成されたインクジェット記録ヘッド用基板の保護層106の上にポジ型のレジストを塗布し、露光・現像を経て所望のパターン107を形成した状態を表した図である。
【0027】
図3(b)は、図3(a)のパターン107および保護層106の上に吐出口を形成した状態を表した図である。本実施形態では、ノズル材としてエポキシ樹脂を含んだネガ型感光性樹脂を30μmの厚さに塗布し、その層108の下層部の発熱部105の位置に対応づけて露光・現象を施すことで、直径25μmの吐出口109を形成した。ここでノズル材として用いられるネガ型感光性樹脂については、エポキシ樹脂以外の公知の樹脂材料を適宜用いることができる。
【0028】
図3(c)は、図3(b)のようにインクジェット記録ヘッド用基板に吐出口109を形成したものからシリコン基体101を取り除いた状態を示した図である。本実施形態では、シリコン基体101と単結晶シリコン層103との間に位置するポーラスシリコン層102の部分に対し、ウォータージェット切断加工を実施することでシリコン基体101を切断した。本実施形態のインクジェット記録ヘッド用基板ではポーラスシリコン層102が形成されており、この部分は他の部分と比較してもろくなっているため、ウォータージェットによって容易に切断することができる。ここで用いるウォータージェット切断加工は超高水圧の水を小径ノズルから噴射して切断を行うもので、加工時に熱の発生が無いため加工物に反りが発生する恐れがない。また、加工時に粉塵の発生も無いため後工程で洗浄する必要が無い。
【0029】
切断後、単結晶シリコン層103にポーラスシリコン層102の一部が残るが、この残ったポーラスシリコンはエッチング液(硝酸、硫酸、リン酸、フッ酸の混合液)によってエッチングすることで取り除くことが可能である。これは、単結晶シリコンよりもポーラスシリコンのエッチング速度が100倍速いことから、このポーラスシリコンと単結晶シリコンとのエッチング速度の違いを利用してエッチング時間の調整を行うことで、ポーラスシリコンだけを除去することができる。
【0030】
図3(d)は、インクジェット記録ヘッド用基板からシリコン基体を取り除いたものに、インク供給口を形成した状態を示した図である。本実施形態では、吐出口109を形成した単結晶シリコン層103の面と反対の面、すなわちポーラスシリコンの除去によって露出した面に、フォトリソグラフィ技術を用いてマスクパターンを形成し、エッチングによってインク供給口110を形成した。このインク供給口によって各吐出口へインクが供給される。
【0031】
図3(e)は、型材であるポジ型レジストのパターン107を取り除いた状態を示した図である。ポジ型のレジストは溶剤によって溶解可能であるので、溶剤に浸漬させてポジレジストを除去することで、図のような共通インク室を形成することが可能である。この段階で形成されたものがインクジェット記録ヘッドと称するものである。
【0032】
以上のように、本実施形態では、シリコン基体101にポーラスシリコン層102を形成し、その上に最終的にインクジェット記録ヘッドの構成要素となる各層を形成している。そして、吐出口109を形成した後にシリコン基体101を切り離し、その後にインク供給口を形成する。こうすることで、高精度で短時間に吐出口を形成することができ、反りや亀裂、破損等が発生せずに記録ヘッドおよび記録ヘッド用基板を作製することができた。
【0033】
なお、本実施形態において形成したポーラスシリコンは多孔率56%としたが、この数値に限定されるものではなく、20%から80%の間であれば本実施形態のようにウォータージェットを用いて切断することができる。
【0034】
また、各材料の厚さに関しても本実施形態で説明した数値に限定されるものではない。しかし、基板の強度やインク供給口の加工精度を考慮すれば、シリコン基体101を取り除き、ポーラスシリコン層102の少なくとも一部が除去された後の厚さで、50μmから100μmの厚さであることが望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】一般的に用いられているインクジェット記録ヘッドを模式的に表わした斜視図である。
【図2】(a)から(e)は、本発明のインクジェット記録ヘッド用基板の製造方法を示す模式的断面図である。
【図3】(a)から(e)は、本発明のインクジェット記録ヘッドの製造方法の一例を示す模式的断面図である。
【符号の説明】
【0036】
101 シリコン基体
102 ポーラスシリコン層
103 単結晶シリコン層
104 蓄熱層
105 発熱部
106 保護層
109 吐出口
110 インク供給口

【特許請求の範囲】
【請求項1】
通電に応じてインクを吐出するために利用される熱エネルギを発生する発熱部を有するインクジェット記録ヘッド用基板の製造方法であって、
シリコンの基体上にポーラスシリコン層を設ける工程と、
前記ポーラスシリコン層上に単結晶シリコン層を配置する工程と、
前記単結晶シリコン層の一方の面上に前記記録素子となる部分を形成する工程と、
を具えることを特徴とするインクジェット記録ヘッド用基板の製造方法。
【請求項2】
前記シリコン基体は300μm以上の厚さであることを特徴とする請求項1に記載のインクジェット記録ヘッド用基板の製造方法。
【請求項3】
前記ポーラスシリコン層は20μmから100μmの厚さであることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のインクジェット記録ヘッド用基板の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれかの方法により製造されてなるインクジェット記録ヘッド用基板。
【請求項5】
請求項4に記載のインクジェット記録ヘッド用基板を用意する工程と、
前記ポーラスシリコン層の部位で前記基体を切り離す工程と、
前記発熱部にインクを供給するための供給口を形成する工程と、
を具えたことを特徴とするインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項6】
前記切り離し工程によって露出する前記単結晶シリコン層の他方の面から前記一方の面までエッチングを行うことで、前記供給口を形成することを特徴とする請求項5に記載のインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項7】
前記切り離しをウォータージェットによって行うことを特徴とする請求項6に記載のインクジェット記録ヘッドの製造方法。
【請求項8】
請求項5ないし請求項7に記載の製造方法によって製造されたインクジェット記録ヘッド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−958(P2008−958A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−171689(P2006−171689)
【出願日】平成18年6月21日(2006.6.21)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】