説明

インクジェット記録方法および記録物

【課題】滲みが少なく、乾燥性および耐擦性に優れた画像を記録できるインクジェット記録方法を提供すること。
【解決手段】本発明に係るインクジェット記録方法は、インクジェット記録装置によって、インク非吸収性または低吸収性の記録媒体を40℃以上90℃以下の温度範囲に加熱する加熱工程と、前記記録媒体に水性インク組成物の液滴を吐出する工程と、を含むインクジェット記録方法であって、前記水性インク組成物は、水と、水不溶の着色剤と、熱可塑性樹脂粒子と、1,2−ヘキサンジオールと、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの少なくとも一方と、を含有し、前記水性インク組成物中において、前記1,2−ヘキサンジオール、前記1,2−ペンタンジオールおよび前記1,2−ブタンジオールの含有量の合計は、8質量%以上15質量%以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット記録方法、および記録物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、インクジェット記録用ヘッドのノズルから吐出させた微小なインク滴によって画像や文字を記録する、いわゆるインクジェット記録方法が知られている。このようなインクジェット記録方法に用いられるインク組成物としては、各種の染料及び/又は顔料等の色材を有機溶剤及び水の混合物に溶解ないし分散させたものが広く利用されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、複数種のアルコール系溶剤(例えば、アルカンジオール等)を含有するインク組成物を用いて、印刷本紙等のインク低吸収性の記録媒体に印刷を行うことが開示されている。特許文献1に開示されるインクジェット記録用インク組成物によれば、低吸収性の記録媒体において、白筋や埋まり不良のようなインクの濡れ広がりに起因する課題が解決される。しかし、非吸収性の記録媒体においては、インクは吸収されないため乾燥させて記録媒体に付着させるしかなく、滲み等を発生させない良好な濡れ性と乾燥性を併せ持つインク組成は提案されていない。
【0004】
また、特許文献2には、特定の塩化ビニル記録媒体に、界面活性剤と表面張力25mN/m以上45mN/m以下の親水性溶剤を含む水系顔料インクを用いてインクジェット記録を行うことで、濡れ性を高く発揮するインクジェット記録が提供されることが開示されている。しかし、特許文献2に開示されるインクジェット記録方法に用いる水性顔料インクでは、特定の塩化ビニル記録媒体に濡れ性を高く発揮できるが、速乾性又は耐擦性は得られない又は考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−286998号公報
【特許文献2】特開2009−226764号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したインク組成物中の有機溶媒は、例えば、記録媒体に対するインクの濡れ性を調整して、記録される画像の滲み等の発生を抑制するなどの目的で添加される場合がある。
【0007】
しかしながら、有機溶媒の種類やインク組成物中の有機溶媒の含有量によっては、画像の滲みを十分に抑制できなかったり、記録媒体に記録された画像の乾燥性が低下することによって、画像の耐擦性の低下を招いたりする場合があった。特に、インク非吸収性の記録媒体は、インクを吸収しないため、有機溶媒の種類やインク組成物中の有機溶媒の含有量に起因して、上記の不具合が顕著に生じる場合があった。
【0008】
本発明のいくつかの態様にかかる目的の一つは、インク低吸収性およびインク非吸収性の記録媒体に、滲みが少なく、乾燥性および耐擦性に優れた画像を記録できるインクジェット記録方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の態様または適用例として実現することができる。
【0010】
[適用例1]
本発明に係るインクジェット記録方法の一態様は、
インクジェット記録装置によって、インク非吸収性または低吸収性の記録媒体を40℃以上90℃以下の温度範囲に加熱する加熱工程と、前記記録媒体に水性インク組成物の液滴を吐出する工程と、を含むインクジェット記録方法であって、
前記水性インク組成物は、水と、水不溶の着色剤と、熱可塑性樹脂粒子と、1,2−ヘキサンジオールと、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの少なくとも一方と、を含有し、
前記水性インク組成物中において、前記1,2−ヘキサンジオール、前記1,2−ペンタンジオールおよび前記1,2−ブタンジオールの含有量の合計は、8質量%以上15質量%以下である。
【0011】
適用例1のインクジェット記録方法によれば、インク低吸収性およびインク非吸収性の記録媒体に対して、滲みが少なく、乾燥性および耐擦性に優れた画像を記録できる。
【0012】
[適用例2]
適用例1において、
前記水不溶の着色剤は、顔料であり、水溶性樹脂によって前記水性インク組成物中に分散されていることができる。
【0013】
[適用例3]
適用例1または適用例2において、
前記熱可塑性樹脂粒子が、アクリル系樹脂またはスチレン−アクリル酸共重合体系樹脂であることができる。
【0014】
[適用例4]
適用例1ないし適用例3のいずれか1例において、
さらに、前記水性インク組成物は、ピロリドン誘導体を含有することができる。
【0015】
[適用例5]
適用例1ないし適用例4のいずれか1例において、
さらに、前記水性インク組成物は、シリコン系界面活性剤またはアセチレングリコール系界面活性剤を含有することができる。
【0016】
[適用例6]
適用例1ないし適用例5のいずれか1例において、
前記水性インク組成物は、前記1,2−ヘキサンジオール、前記1,2−ペンタンジオール、前記1,2−ブタンジオール以外の1,2−アルカンジオール類を、実質的に含有しないことができる。
【0017】
[適用例7]
本実施形態に係る記録物の一態様は、
適用例1ないし適用例6のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法によって記録されたものである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。以下に説明する実施の形態は、本発明の一例を説明するものである。また、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において実施される各種の変形例も含む。
【0019】
本発明の一実施形態に係るインクジェット記録方法は、インクジェット記録装置によって、インク非吸収性または低吸収性の記録媒体を40℃以上90℃以下の温度範囲に加熱する加熱工程と、前記記録媒体に水性インク組成物の液滴を吐出する工程と、を含むインクジェット記録方法であって、前記水性インク組成物は、水と、水不溶の着色剤と、熱可塑性樹脂粒子と、1,2−ヘキサンジオールと、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの少なくとも一方と、を含有し、前記水性インク組成物中において、前記1,2−ヘキサンジオール、前記1,2−ペンタンジオールおよび前記1,2−ブタンジオールの含有量の合計は、8質量%以上15質量%以下であることを特徴とする。
【0020】
まず、本実施形態に係るインクジェット記録方法に使用する水性インク組成物について詳細に説明する。
【0021】
1. 水性インク組成物
本実施形態に係るインクジェット記録方法に使用する水性インク組成物(以下、単に「水性インク組成物」ともいう。)は、水と、水不溶の着色剤と、熱可塑性樹脂粒子と、1,2−ヘキサンジオールと、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの少なくとも一方と、を含有する。
【0022】
以下、水性インク組成物に含有される各成分について詳細に説明する。
【0023】
1.1. 1,2−ヘキサンジオール
本実施形態に係る水性インク組成物は、1,2−ヘキサンジオールを含有する。1,2−ヘキサンジオールは、界面活性剤と相乗して、インク非吸収性またはインク低吸収性の記録媒体に対する水性インク組成物の濡れ性をさらに高めて、記録媒体上でインクを均一に濡らす作用を有する低表面張力の溶剤である。記録媒体上でインクが均一に濡れることで、記録媒体上のインクの濃淡むらや滲みを低減させることができる。なお、画像の滲みは、濡れ広がったインクの液滴が他色の液滴と接触して混色された際に生じる。界面活性剤のみでインクを十分均一に濡れ広がらせると滲みが生じやすいが、低表面張力の溶剤(1,2−ヘキサンジオール)により濡れ広がりの機能を補うことで、滲みの発生を抑えることができる。
【0024】
1,2−ヘキサンジオールの含有量は、水性インク組成物の全質量に対して、3質量%以上10質量%以下であることが好ましい。1,2−ヘキサンジオールの含有量が上記範囲内にあると、十分な速乾性を備え、滲みが少なく、良好な耐擦性を備えた画像を得ることができる。
【0025】
1.2. 1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオール
本実施形態に係る水性インク組成物は、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの少なくとも一方を含有する。1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールは、上述した1,2−ヘキサンジオールと同様の効果(画像の滲みの低減)を備えつつ、記録される画像の乾燥性を向上させることができる。
【0026】
1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの含有量は、水性インク組成物の全質量に対して、5質量%以上12質量%以下であることが好ましい。1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの含有量が上記範囲内にあると、速乾性に優れ、滲みの少ない良好な画像が得られる。なお、「1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの含有量」は、水性インク組成物中に両化合物のうち1種しか含まれていない場合には、その1種の含有量を示し、水性インク組成物中に両化合物が含まれている場合には、両化合物の含有量の合計を示す。
【0027】
1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールは、1,2−ヘキサンジオールよりも画像の滲みを低減できる効果はやや低いが、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールは、1,2−ヘキサンジオールよりも低沸点であるため、水性インク組成物に添加したときに速乾性の低下を招き難い。滲みを低減する効果を得るための濡れ性を確保しつつ、速乾性を低下させないためには、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの添加は特に有効である。1,2−ヘキサンジオールと、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールと、がインク中に含有されていると、これらの成分が相乗的に作用して、画像の滲みを低減しつつ、画像の乾燥性を高めることができ、良好な記録物が得られる。
【0028】
また、1,2−ヘキサンジオール、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの含有量の合計は、水性インク組成物の全質量に対して、8質量%以上15質量%である。上記化合物の含有量の合計が上記範囲内にあると、インクの乾燥性の向上により耐擦性に優れた画像が得られつつ、滲みの低減された画像が得られる。一方、上記化合物の含有量の合計が上記範囲未満であると、記録される画像に滲みが発生する場合がある。また、上記化合物の含有量の合計が上記範囲を超えると、記録される画像の乾燥性が低下する場合がある。
【0029】
なお、本明細書において、「1,2−ヘキサンジオール、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの含有量の合計」は、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールのうち一方しか用いていない場合には、その1種および1,2−ヘキサンジオールの含有量の合計を示し、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの両化合物を用いる場合には、両化合物および1,2−ヘキサンジオールの含有量の合計を示す。
【0030】
本実施形態に係る水性インク組成物は、上記の1,2−ヘキサンジオール、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオール以外の1,2−アルカンジオール類を実質的に含有しないことが好ましい。水性インク組成物に上記以外の1,2−アルカンジオール類が含有されると、インク非吸収性又は低吸収性の記録媒体において、インクの乾燥性が大幅に低下したり、画像の滲みが発生しやすくなる場合があるためである。上記の1,2−ヘキサンジオール、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオール以外の1,2−アルカンジオール類としては、例えば、1,2−ヘプタンジオール、1,2−オクタンジオール等が挙げられる。
【0031】
なお、本発明において、「Aを実質的に含まない」とは、水性インク組成物を製造する際にAを意図的に添加しない場合、Aを添加する意義を十分に発揮する量以上添加しない場合等を示す。水性インク組成物を製造中又は保管中に不可避的に混入又は発生する微量のAを含んでいても構わない。「実質的に含まない」の具体例としては、たとえば1.0質量%以上含まない、好ましくは0.5質量%以上含まない、より好ましくは0.1質量%以上含まない、さらに好ましくは0.05質量%以上含まない、特に好ましくは0.01質量%以上含まないことである。
【0032】
1.3. 着色剤
本実施形態に係る水性インク組成物は、水不溶の着色剤を含有する。着色剤としては、顔料等が挙げられる。着色剤の含有量は、水性インク組成物の全質量に対して、好ましくは0.1質量%以上20質量%以下、より好ましくは0.5質量%以上15質量%以下である。
【0033】
本実施形態において使用可能な顔料としては、特に制限されないが、無機顔料や有機顔料が挙げられる。
【0034】
無機顔料としては、ファーネスブラック、ランプブラック、アセチレンブラック、チャネルブラック等のカーボンブラック(C.I.ピグメントブラック7)類、酸化鉄、酸化チタンを使用することができる。
【0035】
また、有機顔料としては、不溶性アゾ顔料、縮合アゾ顔料、アゾレーキ、キレートアゾ顔料等のアゾ顔料、フタロシアニン顔料、ペリレンおよびペリノン顔料、アントラキノン顔料、キナクリドン顔料、ジオキサン顔料、チオインジゴ顔料、イソインドリノン顔料、キノフタロン顔料等の多環式顔料、染料キレート(例えば、塩基性染料型キレート、酸性染料型キレート等)、染色レーキ(塩基性染料型レーキ、酸性染料型レーキ)、ニトロ顔料、ニトロソ顔料、アニリンブラック、昼光蛍光顔料が挙げられる。上記顔料は1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0036】
更に詳しくは、ブラック用として使用される無機顔料としては、以下のカーボンブラック、例えば、三菱化学製のNo.2300、No.900、MCF88、No.33、No.40、No.45、No.52、MA7、MA8、MA100、又はNo2200B等;コロンビア社製のRaven5750、Raven5250、Raven5000、Raven3500、Raven1255、又はRaven700等;キャボット社製のRegal 400R、Regal 330R、Regal 660R、Mogul L、Monarch 700、Monarch 800、Monarch 880、Monarch 900、Monarch 1000、Monarch 1100、Monarch 1300、またはMonarch 1400等;あるいは、デグッサ社製のColor Black FW1、Color Black FW2、Color Black FW2V、Color Black FW18、Color Black FW200、Color Black S150、Color Black S160、Color Black S170、Printex 35、Printex U、Printex V、Printex 140U、Special Black 6、Special Black 5、Special Black 4A、またはSpecial Black 4等が挙げられる。
【0037】
イエロー有機顔料としては、C.I.ピグメントイエロー1、2、3、4、5、6、7、10、11、12、13、14、16、17、24、34、35、37、53、55、65、73、74、75、81、83、93、94、95、97、98、99、108、109、110、113、114、117、120、124、128、129、133、138、139、147、151、153、154、155、167、172、180、185、213等が挙げられる。これらの中でも、C.I.ピグメントイエロー74、155、180、185、213を好ましく用いることができる。
【0038】
マゼンタ有機顔料としては、C.I.ピグメントレッド1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、14、15、16、17、18、19、21、22、23、30、31、32、37、38、40、41、42、48(Ca)、48(Mn)、57(Ca)、57:1、88、112、114、122、123、144、146、149、150、166、168、170、171、175、176、177、178、179、184、185、187、202、209、219、224、245、254、264またはC.I.ピグメントバイオレット19、23、32、33、36、38、43、50等が挙げられる。これらの中でも、C.I.ピグメントレッド122、202、C.I.ピグメントバイオレット19を好ましく用いることができる。
【0039】
シアン有機顔料としては、C.I.ピグメントブルー1、2、3、15、15:1、15:2、15:3、15:4、15:6、15:34、16、18、22、25、60、65、66、C.I.バットブルー4、60等が挙げられる。これらの中でも、C.I.ピグメントブルー15:3、15:4を好ましく用いることができる。
【0040】
また、マゼンタ、シアンおよびイエロー以外の有機顔料としては、例えば、C.I.ピグメントグリーン7、10、C.I.ピグメントブラウン3、5、25、26、C.I.ピグメントオレンジ2、5、7、13、14、15、16、24、34、36、38、40、43、63等が挙げられる。
【0041】
上記の顔料は、インク中でより安定的に分散保持されやすくするために、各種の方法を適用することができる。その方法としては、たとえば、水溶性樹脂を用いて分散させる方法、界面活性剤を用いて分散させる方法、顔料粒子表面に親水性官能基を化学的・物理的に導入し、分散および/または溶解可能とする方法等が挙げられる。本実施形態に係るインクジェット記録方法に使用される水性インク組成物には、前記のいずれの方法も用いることができ、必要に応じて各方法を組み合わせた形態で用いることもできる。特に、水溶性樹脂により顔料が水性インク組成物中に分散される方法では、水性インク記録物が記録媒体に付着したときに、記録媒体と水性インク組成物、および/または、水性インク組成物中の固化物間の密着性を高めることができる場合があり好ましい。また、顔料粒子表面に親水性官能基を化学的・物理的に導入して顔料を水性インク組成物中に分散させる方法は、顔料の分散安定性を高め、該水性インク組成物の保存安定性を良好にする点で好ましい。
【0042】
顔料の分散に使用できる水溶性樹脂としては、ポリビニルアルコール類、ポリビニルピロリドン類、ポリアクリル酸、アクリル酸−アクリルニトリル共重合体、酢酸ビニル−アクリル酸エステル共重合体、アクリル酸−アクリル酸エステル共重合体、スチレン−アクリル酸共重合体、スチレン−メタクリル酸共重合体、スチレン−メタクリル酸−アクリル酸エステル共重合体、スチレン−α―メチルスチレン−アクリル酸共重合体、スチレン−α―メチルスチレン−アクリル酸−アクリル酸エステル共重合体、スチレン−マレイン酸共重合体、スチレン−無水マレイン酸共重合体、ビニルナフタレン−アクリル酸共重合体、ビニルナフタレン−マレイン酸共重合体、酢酸ビニル−マレイン酸エステル共重合体、酢酸ビニル−クロトン酸共重合体、酢酸ビニル−アクリル酸共重合体等およびこれらの塩が挙げられる。これらの中で、特に疎水性官能基を有するモノマーと親水性官能基を持つモノマーとの共重合体、疎水性官能基と親水性官能基とを併せ持つモノマーからなる重合体が好ましい。共重合体の形態としては、ランダム共重合体、ブロック共重合体、交互共重合体、グラフト共重合体のいずれの形態でも用いることができる。
【0043】
上記の塩としては、アンモニア、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、プロピルアミン、イソプロピルアミン、ジプロピルアミン、ブチルアミン、イソブチルアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、トリ−iso−プロパノールアミン、アミノメチルプロパノール、モルホリン等の塩基性化合物との塩が挙げられる。これら塩基性化合物の添加量は、上記水溶性樹脂の中和当量以上であれば特に制限はない。
【0044】
上記顔料の分散に使用できる水溶性樹脂の分子量は、重量平均分子量として1,000〜100,000の範囲であることが好ましく、3,000〜10,000の範囲であることがより好ましい。分子量が上記範囲であることにより、着色剤の水中での安定的な分散が得られ、また水性インク組成物に適用した際の粘度制御等がしやすい。また、酸価としては50〜300の範囲であることが好ましく、70〜150の範囲であることがより好ましい。酸価がこの範囲であることにより、顔料粒子の水中での分散性が安定的に確保でき、またこれを用いた水性インク組成物にて印刷された印刷物の耐水性が良好になる場合がある。
【0045】
以上述べた顔料の分散に使用できる水溶性樹脂としては、市販品を用いることもできる。詳しくは、ジョンクリル67(重量平均分子量:12,500、酸価:213)、ジョンクリル678(重量平均分子量:8,500、酸価:215)、ジョンクリル586(重量平均分子量:4,600、酸価:108)、ジョンクリル611(重量平均分子量:8,100、酸価:53)、ジョンクリル680(重量平均分子量:4,900、酸価:215)、ジョンクリル682(重量平均分子量:1,700、酸価:238)、ジョンクリル683(重量平均分子量:8,000、酸価:160)、ジョンクリル690(重量平均分子量:16,500、酸価:240)(以上商品名、BASFジャパン株式会社製)等が挙げられる。
【0046】
顔料を分散させるために用いることができる界面活性剤としては、アルカンスルホン酸塩、α−オレフィンスルホン酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、アシルメチルタウリン酸塩、ジアルキルスルホ琥珀酸塩、アルキル硫酸エステル塩、硫酸化オレフィン、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸エステル塩、アルキルリン酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸エステル塩、モノグリセライトリン酸エステル塩等のアニオン性界面活性剤、アルキルピリジウム塩、アルキルアミノ酸塩、アルキルジメチルベタイン等の両性界面活性剤、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエステル、ポリオキシエチレンアルキルアミド、グリセリンアルキルエステル、ソルビタンアルキルエステル等のノニオン性界面活性剤が挙げられる。
【0047】
顔料の分散に使用できる上記水溶性樹脂または上記界面活性剤の顔料に対する添加量は、顔料1質量%に対して好ましくは1質量%〜100質量%であり、より好ましくは5質量%〜50質量%である。この範囲であることにより、顔料の水中への分散安定性が確保できる。
【0048】
顔料粒子表面に親水性官能基を化学的・物理的に導入し、分散および/または溶解可能とする方法としては、顔料に親水性官能基として、−OM、−COOM、−CO−、−SOM、−SONH、−RSOM、−POHM、−PO、−SONHCOR、−NH、−NR(但し、式中のMは、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム又は有機アンモニウムを表し、Rは、炭素数1〜12のアルキル基、置換基を有していてもよいフェニル基または置換基を有していてもよいナフチル基を表す。)等を導入する方法が挙げられる。これらの官能基は、顔料粒子表面に直接および/または他の基を介してグラフトされることによって、物理的および/または化学的に導入される。多価の基としては、炭素数が1〜12のアルキレン基、置換基を有していてもよいフェニレン基又は置換基を有していてもよいナフチレン基等を挙げることができる。
【0049】
また、前記の表面処理方法としては、硫黄を含む処理剤によりその顔料粒子表面に−SO3Mおよび/または−RSOM(Mは対イオンであって、水素イオン、アルカリ金属イオン、アンモニウムイオン、又は有機アンモニウムイオンを示す。)が化学結合するように表面処理されたもの、すなわち、前記顔料が、活性プロトンを持たず、スルホン酸との反応性を有せず、顔料が不溶ないしは難溶である溶剤中に、顔料を分散させ、次いでアミド硫酸、又は三酸化硫黄と第三アミンとの錯体によりその粒子表面に−SOMおよび/または−RSOMが化学結合するように表面処理され、水に分散および/または溶解が可能なものとされたものであることがより好ましい。
【0050】
一つの顔料粒子にグラフトされる官能基は単一でも複数種であってもよい。グラフトされる官能基の種類及びその程度は、インク中での分散安定性、色濃度、及びインクジェットヘッド前面での乾燥性等を考慮しながら適宜決定されてよい。
【0051】
顔料を水中に分散させる方法としては、水溶性樹脂については顔料と水と水溶性樹脂、界面活性剤については顔料と水と界面活性剤、表面処理された顔料については該顔料と水、また各々に必要に応じて水溶性有機溶剤・中和剤等を加えて、ボールミル、サンドミル、アトライター、ロールミル、アジテータミル、ヘンシェルミキサー、コロイドミル、超音波ホモジナイザー、ジェットミル、オングミル等の従来用いられている分散機にて行なうことができる。この場合、顔料の平均粒子径としては、平均粒子径で20nm〜500nmの範囲になるまで、より好ましくは50nm〜200nmの範囲になるまで分散することが、顔料の水中での分散安定性を確保する点で好ましい。また、平均粒子径が250nm以下の顔料を用いることにより、目詰まりの発生を抑制することができ、一層充分な吐出安定性を実現することができる。なお、本願において平均粒子径とは、特に断りが無い限り体積基準の平均粒子径とする。
【0052】
1.4. 熱可塑性樹脂粒子
本実施形態に係るインクジェット記録方法で使用する水性インク組成物は、熱可塑性樹脂粒子を含有する。熱可塑性樹脂粒子は、後述する第二の工程(乾燥工程)によって、インクを固化させ、さらにインク固化物を記録媒体上に強固に定着させる作用を有する。本作用によって、樹脂粒子を含有する水性インク組成物により形成された画像は、インク非吸収性または低吸収性の記録媒体上で耐擦性に優れたものとなる。
【0053】
熱可塑性樹脂粒子は、水性インク組成物に微粒子状態(すなわち、エマルジョン状態またはサスペンジョン状態)で含有されていることが好ましい。エマルジョン状態またはサスペンジョン状態の樹脂粒子を含有することにより、水性インク組成物の粘度をインクジェット記録方法に適した範囲に容易に調整することができ、また保存安定性・吐出安定性を確保しやすい。
【0054】
熱可塑性樹脂粒子の成分としては、例えば、アクリル酸、アクリル酸エステル、メタクリル酸、メタクリル酸エステル、アクリロニトリル、シアノアクリレート、アクリルアミド、オレフィン、スチレン、酢酸ビニル、塩化ビニル、ビニルアルコール、ビニルエーテル、ビニルピロリドン、ビニルピリジン、ビニルカルバゾール、ビニルイミダゾール、塩化ビニリデンの単独重合体もしくは共重合体、フッ素樹脂、天然樹脂等が挙げられる。なお、共重合体は、ランダム共重合体、ブロック共重合体、交互共重合体、グラフト共重合体のいずれの形態でも用いることができる。熱可塑性樹脂粒子として好ましくは、アクリル系樹脂またはスチレン−アクリル酸共重合体系樹脂である。
【0055】
上記の熱可塑性樹脂粒子としては、公知の材料・方法で得られるものを用いることもできる。市販品を用いることもでき、例えば、マイクロジェルE−1002、マイクロジェルE−5002(以上商品名、日本ペイント株式会社製)、ボンコート4001、ボンコート5454(以上商品名、大日本インキ化学工業株式会社製)、SAE1014(商品名、日本ゼオン株式会社製)、サイビノールSK−200(商品名、サイデン化学株式会社製)、ジョンクリル7100、ジョンクリル390、ジョンクリル711、ジョンクリル511、ジョンクリル7001、ジョンクリル632、ジョンクリル741、ジョンクリル450、ジョンクリル840、ジョンクリル74J、ジョンクリルHRC−1645J、ジョンクリル734、ジョンクリル852、ジョンクリル7600、ジョンクリル775、ジョンクリル537J、ジョンクリル1535、ジョンクリルPDX−7630A、ジョンクリル352J、ジョンクリル352D、ジョンクリルPDX−7145、ジョンクリル538J、ジョンクリル7640、ジョンクリル7641、ジョンクリル631、ジョンクリル790、ジョンクリル780、ジョンクリル7610(以上商品名、BASFジャパン株式会社製)等が挙げられる。
【0056】
熱可塑性樹脂粒子の平均粒子径は、水性インク組成物の保存安定性・吐出安定性を確保する点から、好ましくは5nm〜400nmの範囲であり、より好ましくは20nm〜300nmの範囲である。
【0057】
熱可塑性樹脂粒子の含有量は、水性インク組成物全質量に対して、固形分換算で好ましくは15質量%以下の範囲にあることが好ましく、0.2質量%以上10質量%以下の範囲にあることがより好ましい。この範囲内であることにより、インク非吸収性または低吸収性の記録媒体上においても、水性インク組成物を固化・定着させることができる。含有量が15質量%を超えると、水性インク組成物の保存安定性・吐出安定性が確保できない場合がある。
【0058】
1.5. 水
本実施形態に係るインクジェット記録方法で使用する水性インク組成物は、水を含有する。水は、水性インク組成物の主となる媒体であり、後述する第二の工程によって蒸発飛散する成分である。
【0059】
水は、イオン交換水、限外濾過水、逆浸透水、蒸留水等の純水または超純水のようなイオン性不純物を極力除去したものであることが好ましい。また、紫外線照射または過酸化水素添加等により滅菌した水を用いると、顔料分散液およびこれを用いた水性インク組成物を長期保存する場合にカビやバクテリアの発生を防止することができるので好適である。
【0060】
水性インク組成物中に含まれる水の含有量は、50質量%以上であることができる。
【0061】
1.6. ピロリドン誘導体
本発明における水性インク組成物は、ピロリドン誘導体を含有することが好ましい。ピロリドン誘導体は、上述した熱可塑性樹脂粒子に対して良好な溶解剤または軟化剤として作用することで、インク乾燥時に熱可塑性樹脂粒子による皮膜形成を促進して、インク非吸収性または低吸収性の記録媒体上でのインクの固化・定着を促進する作用を有する。
【0062】
ピロリドン誘導体の含有量は、水性インク組成物全量に対して、5質量%〜25質量%である。ピロリドン誘導体の含有量が5重量%以下では、熱可塑性樹脂粒子を溶解剤または軟化剤としての作用が不足する。
【0063】
ピロリドン誘導体として、例えば、N−メチル−2−ピロリドン、N−エチル−2−ピロリドン、N−ビニル−2−ピロリドン、2−ピロリドン、N−ブチル−2−ピロリドン、5−メチル−2−ピロリドン等の低分子化合物が挙げられる。
【0064】
この中でも特に、水性インク組成物の保存性確保の点、樹脂粒子の皮膜形成促進の点、及び臭気が比較的少ない点で、2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドンが好ましい。
【0065】
1.7. 界面活性剤
本実施形態に係る水性インク組成物は、界面活性剤を含有してもよい。界面活性剤としては、シリコン系界面活性剤、アセチレングリコール系界面活性剤等が挙げられる。
【0066】
シリコン系界面活性剤としては、ポリシロキサン系化合物等が好ましく用いられ、例えば、ポリエーテル変性オルガノシロキサン等が挙げられる。より詳しくは、BYK−306、BYK−307、BYK−333、BYK−341、BYK−345、BYK−346、BYK−348(以上商品名、ビックケミー・ジャパン株式会社製)、KF−351A、KF−352A、KF−353、KF−354L、KF−355A、KF−615A、KF−945、KF−640、KF−642、KF−643、KF−6020、X−22−4515、KF−6011、KF−6012、KF−6015、KF−6017(以上商品名、信越化学株式会社製)等が挙げられる。シリコン系界面活性剤は、記録媒体上で画像の滲み等を生じさせないように均一に広げる作用を有するという点から好ましく用いることができる。シリコン系界面活性剤を含有する場合には、その含有量が、インクの全質量に対して、0.1質量%以上1.5質量%以下であることが好ましい。
【0067】
アセチレングリコール系界面活性剤としては、2,4,7,9−テトラメチル−5−デシン−4,7−ジオール、3,6−ジメチル−4−オクチン−3,6−ジオール、または3,5−ジメチル−1−ヘキシン−3オール、2,4−ジメチル−5−ヘキシン−3−オールなどが挙げられる。また、アセチレングリコール系界面活性剤は市販品も利用することができ、例えば、サーフィノール104、104E、104H、104A、104BC、104DPM、104PA、104PG−50、104S、420、440、465、485、SE、SE−F、504、61、DF37、DF110D、CT111、CT121、CT131、CT136、TG、GA(以上全て商品名、Air Products and Chemicals. Inc.社製)、オルフィンB、Y、P、A、STG、SPC、E1004、E1010、PD−001、PD−002W、PD−003、PD−004、EXP.4001、EXP.4036、EXP.4051、AF−103、AF−104、AK−02、SK−14、AE−3(以上全て商品名、日信化学工業株式会社製)、アセチレノールE00、E00P、E40、E100(以上全て商品名、川研ファインケミカル株式会社製)等が挙げられる。アセチレングリコール系界面活性剤は、他の界面活性剤と比較して、表面張力を適正に保つ能力に優れており、かつ起泡性がほとんどないという特性を有する。アセチレングリコール系界面活性剤を含有する場合には、その含有量は、水性インク組成物の全質量に対して、0.1質量%以上1.0質量%以下であることが好ましい。
【0068】
1.8. その他の成分
本実施形態に係る水性インク組成物は、その特定を向上させるという観点から、さらに、溶剤、pH調整剤、防腐剤・防かび剤、防錆剤、キレート化剤、ワックス粒子等を含有してもよい。
【0069】
水性インク組成物中に溶剤を添加する場合には、保湿作用を持つあるいは低表面張力である溶剤を含有させることができる。このような溶剤としては、例えば、ジエチレングリコールモノ−n−プロピルエーテル、エチレングリコールモノ−iso−プロピルエーテル、ジエチレングリコールモノ−iso−プロピルエーテル、エチレングリコールモノ−n−ブチルエーテル、エチレングリコールモノ−t−ブチルエーテル、ジエチレングリコールモノ−n−ブチルエーテル、トリエチレングリコールモノ−n−ブチルエーテル、ジエチレングリコールモノ−t−ブチルエーテル、1−メチル−1−メトキシブタノール、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノ−t−ブチルエーテル、プロピレングリコールモノ−n−プロピルエーテル、プロピレングリコールモノ−iso−プロピルエーテル、プロピレングリコールモノ−n−ブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノ−n−ブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノ−n−プロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノ−iso−プロピルエーテル等の水溶性の溶剤が挙げられる。
【0070】
pH調整剤としては、例えば、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二ナトリウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウム、水酸化カリウム、アンモニア、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、トリイソプロパノールアミン、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等が挙げられる。
【0071】
防腐剤・防かび剤としては、例えば、安息香酸ナトリウム、ペンタクロロフェノールナトリウム、2−ピリジンチオール−1−オキサイドナトリウム、ソルビン酸ナトリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、1,2−ベンズイソチアゾリン−3−オン等が挙げられる。市販品では、プロキセルXL2、プロキセルGXL(以上商品名、アビシア社製)や、デニサイドCSA、NS−500W(以上商品名、ナガセケムテックス株式会社製)等が挙げられる。
【0072】
防錆剤としては、例えば、ベンゾトリアゾール等が挙げられる。
【0073】
キレート化剤としては、例えば、エチレンジアミン四酢酸およびそれらの塩類(エチレンジアミン四酢酸二水素二ナトリウム塩等)等が挙げられる。
【0074】
ワックス粒子としては、例えば、カルナバワックス、キャンデリワックス、みつろう、ライスワックス、ラノリン等の植物・動物系ワックス;パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス、ポリエチレンワックス、酸化ポリエチレンワックス、ペトロラタム等の石油系ワックス;モンタンワックス、オゾケライト等の鉱物系ワックス;カーボンワックス、ヘキストワックス、ポリオレフィンワックス、ステアリン酸アミド等の合成ワックス類、α−オレフィン・無水マレイン酸共重合体等の天然・合成ワックスエマルジョンや配合ワックス等が挙げられ、これらを単独あるいは複数種を混合して用いることができる。この中で好ましいワックスの種類としては、ポリオレフィンワックス、特にポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックスである。ワックス粒子としては市販品をそのまま利用することもでき、たとえばノプコートPEM17(商品名、サンノプコ株式会社製)、ケミパールW4005(商品名、三井化学株式会社製)、AQUACER515、AQUACER593(以上商品名、ビックケミー・ジャパン株式会社製)等が挙げられる。
【0075】
1.9. 物性
本実施形態に係る水性インク組成物の20℃における粘度は、好ましくは2mPa・s以上10mPa・s以下であり、より好ましくは3mPa・s以上8mPa・s以下である。水性インク組成物の20℃における粘度が上記範囲内にあると、インクジェット記録装置のノズルから水性インク組成物の液滴が適量吐出され、液滴の飛行曲がりや飛散を一層低減することができるため、インクジェット記録装置に好適に使用することができる。水性インク組成物の粘度は、振動式粘度計VM−100AL(山一電機株式会社製)を用いて、水性インク組成物の温度を20℃に保持することで測定できる。
【0076】
2. インクジェット記録方法
本実施形態に係るインクジェット記録方法は、インクジェット記録装置によって、インク非吸収性または低吸収性の記録媒体を40℃以上90℃以下で加熱する加熱工程を有する。この加熱工程は、一段階の加熱であっても良いが、温度範囲を変えた2種類以上の加熱工程を有する段階的な加熱工程であると好ましい。つまり、40〜60℃の温度範囲に加熱して水性インク組成物の液滴を吐出する第一の工程と、前記記録媒体を50℃以上90℃以下の温度範囲に加熱して、該記録媒体上に吐出された前記水性インク組成物を乾燥させる第二の工程とを含むこと好ましい。以下、2段階工程の加熱を例に説明をする。なお、加熱温度は水性インク組成物と接触する記録媒体表面の温度である。
【0077】
インクジェット記録装置としては、インクの液滴を吐出して、液滴を記録媒体上に付着させて記録を行うことができるものであれば特に限定されない。また、インクジェット記録装置は、印刷時に記録媒体を加熱できる機能を備えている。ここで、「印刷時」とは、記録媒体がインクジェット記録装置の紙案内部に搬送されてから、インクジェット記録装置によりインクの液滴を吐出して、液滴を記録媒体上に付着させた後に、該記録媒体がインク乾燥機構に搬送されるまでの時間のことをいう。
【0078】
記録媒体を加熱できる機能としては、例えば、記録媒体に熱源を直接接触させて加熱するプリントヒーター機能や、記録媒体に直接接触させないで赤外線やマイクロウェーブ(2,450MHz程度に極大波長をもつ電磁波)などを照射したり、温風を吹き付けたりするドライヤー機能などが挙げられる。プリントヒーター機能およびドライヤー機能は、それぞれ単独で使用することもできるし、同時に使用することもできる。これにより、印刷時の乾燥温度を調節することができる。
【0079】
また、インクジェット記録装置によりインクの液滴を吐出して、液滴を付着させた記録媒体を所定の温度に設定された乾燥機や恒温槽で乾燥させてもよい。
【0080】
記録媒体としては、インク非吸収性または低吸収性の記録媒体を用いる。インク非吸収性の記録媒体として、例えば、インクジェット印刷用に表面処理をしていない(すなわち、インク吸収層を形成していない)プラスチックフィルム、紙等の基材上にプラスチックがコーティングされているものやプラスチックフィルムが接着されているもの等が挙げられる。ここでいうプラスチックとしては、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリウレタン、ポリエチレン、ポリプロピレン等が挙げられる。インク低吸収性の記録媒体として、アート紙、コート紙、マット紙等の印刷本紙が挙げられる。
【0081】
ここで、本明細書において「インク非吸収性または低吸収性の記録媒体」とは、「ブリストー(Bristow)法において接触開始から30msec1/2までの水吸収量が10mL/m以下である記録媒体」を示す。このブリストー法は、短時間での液体吸収量の測定方法として最も普及している方法であり、日本紙パルプ技術協会(JAPAN TAPPI)でも採用されている。試験方法の詳細は「JAPAN TAPPI紙パルプ試験方法2000年版」の規格No.51「紙及び板紙−液体吸収性試験方法−ブリストー法」に述べられている。
【0082】
インクジェット記録装置を用いたインクジェット記録方法は、例えば、次の様に行うことができる。まず、水性インク組成物を液滴として40℃以上60℃以下の温度範囲に加熱した記録媒体上に吐出する(第一の工程)。これにより、記録媒体上に画像を形成することができる。インクジェット吐出方法としては、従来公知の方式はいずれも使用でき、特に圧電素子の振動を利用して液滴を吐出させる方法(電歪素子の機械的変形によりインク滴を形成するインクジェットヘッドを用いた記録方法)においては優れた画像記録を行うことが可能である。
【0083】
次に、インクジェット記録装置に備えられたプリントヒーターおよびドライヤー等に代表される加熱機構によって、記録媒体を50℃以上90℃以下の温度範囲に加熱して、記録媒体上に吐出された水性インク組成物を乾燥させる(第二の工程)。本工程によって、記録媒体上に吐出された水性インク組成物中に含有される揮発成分等が速やかに蒸発飛散して、水性インク組成物中に含まれる樹脂粒子によって被膜が形成される。これにより、記録媒体上において、濃淡むらや滲みが少ない高画質な画像を短時間で得ることができ、樹脂粒子の被膜を形成させることで記録媒体上にインク乾燥物が接着するため画像が定着する。
【0084】
第二の工程における記録媒体の加熱温度範囲は、50℃以上90℃以下であることが好ましい。記録媒体の加熱温度が50℃以上であれば、水性インク組成物中の液媒体の蒸発飛散を効果的に促進することができる。この時の加熱温度は、高温であるほど速乾性、耐擦性、画像の滲み低減のいずれについても有利である。ただし、記録媒体の加熱温度が90℃を超える場合、記録媒体の種類によっては変形が生じたり、記録媒体の加熱冷却の際に記録画像の収縮等の不具合が起こる場合がある。また、加熱に使用されるヒーターの消費電力の増大や、加熱機構によるインクジェットプリンターからの排熱が増大する等の好ましくない課題があり、これらを踏まえて、記録媒体の加熱温度の上限は90℃であることが好ましい。
【0085】
記録媒体の加熱時間は、水性インク組成物中に存在する液媒体が蒸発飛散し、かつ樹脂定着剤の被膜を形成することができれば特に制限はなく、用いる溶媒、樹脂粒子、印刷速度等を加味して適宜設定することができる。
【0086】
3. 実施例
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0087】
3.1. 水性インク組成物の調製
3.1.1. 顔料分散液の調製
本実施例で用いる水性インク組成物は、着色剤として水不溶性の顔料を使用した。顔料を水性インク組成物に添加する際には、あらかじめ該顔料を水溶性樹脂で分散させた顔料分散液を調製して、顔料分散液を水性インク組成物中に添加した。以下、顔料分散液の調製方法を示す。
【0088】
水溶性樹脂(メタクリル酸/ブチルアクリレート/スチレン/ヒドロキシエチルアクリレート=25/50/15/10の質量比で共重合したもの。重量平均分子量12,000)40部を水酸化カリウム7部、水23部およびトリエチレングリコール−モノ−n−ブチルエーテル30部の混合液に投入し、80℃で加熱および撹拌して溶解し、水溶性樹脂溶液を調整する。この溶液(固形分43%)1.75kgに、以下の顔料を3.0kg、エチレングリコール1.5kgおよび水8.75kgを配合し、混合撹拌機で撹拌しプレミキシングを行う。この顔料混合液を0.5mmのジルコニアビーズを85%充填した1.5リットルの有効容積を有する多ディスク型羽根車を備えた横型のビーズミルで多パス方式により分散を行った。具体的には、ビーズ周速を8m/秒、1時間に30リットルの吐出量で2パス行い、平均粒子径325nmの顔料混合液を得た。次に0.05mmのジルコニアビーズを95%充填した1.5リットルの有効容積を有する横型のアニュラー型のビーズミルで循環分散を行った。スクリーンは0.015mmのものを使用し、ビーズ周速を10m/秒で、顔料分散混合液量10kgを循環量300リットル/時で4時間分散処理を行い、顔料固形分20%の顔料分散液を得た。以下に、顔料分散液の製造に使用した顔料種を示す。
【0089】
C.I.ピグメントブラック7(ブラック顔料分散液に使用)
C.I.ピグメントイエロー74(イエロー顔料分散液に使用)
C.I.ピグメントレッド122(マゼンタ顔料分散液に使用)
C.I.ピグメントブルー15:3(シアン顔料分散液に使用)
【0090】
3.1.2. 水性インク組成物の調製
上記「3.1.1 顔料分散液の調製」で得られた顔料分散液を用いて、表1〜表3に示す材料組成にて、ブラック、イエロー、マゼンタ、シアンの各水性インク組成物を調製した。具体的には、各水性インク組成物は、上記顔料分散液と表1〜表3に示す材料を容器中に入れ、マグネチックスターラーにて1時間攪拌・混合した後、孔径5μmのメンブレンフィルターにてろ過して粗大粒子やごみ等の不純物を除去することにより調製した。
【0091】
そして、このようにして得られたブラックインク組成物(K)、イエローインク組成物(Y)、マゼンタインク組成物(M)、およびシアンインク組成物(C)を1組として、実施例1〜実施例8および比較例1〜比較例5に係るインクセットを得た。なお、表1〜表3中の数値は、全て質量%を示し、純水は、各水性インク組成物の合計が100質量%になるように添加した。
【0092】
表1〜3に示す各成分は、以下の通りである。
・1,2−ヘキサンジオール(沸点223℃)
・1,2−ペンタンジオール(沸点210℃)
・1,2−ブタンジオール(沸点194℃)
・1,6−ヘキサンジオール(沸点250℃)
・2−ピロリドン
・シリコン系界面活性剤(商品名「BYK−348」、ビックケミー・ジャパン株式会社製)
・熱可塑性樹脂粒子(スチレン−アクリル酸共重合体エマルジョン、Tg85℃、体積平均粒子径130nm、固形分30%)
【0093】
3.2. 評価試験
3.2.1. 速乾性の評価
(1)評価用サンプルの作成
インクジェットプリンターPX−G930(セイコーエプソン株式会社製)の一部を改造して、紙案内部に温度が可変できるヒーターを取り付けて、画像の記録時に記録媒体を加熱調整できるようにした。そして、上記「3.1.2. 水性インク組成物の調製」で得られたインクセットを、実施例1〜8、比較例1〜5毎に上記プリンターの専用カートリッジに適用した。
【0094】
そして、上記プリンターの紙案内部に取り付けられたヒーターを用いて、記録媒体の表面温度を50℃まで加熱させた。次いで、この温度を保持させた状態で、上記プリンターのノズルから水性インク組成物の液滴を吐出させて、記録媒体上に液滴を付着させる操作を行い、記録媒体上に色毎にベタパターン画像を記録した。次に、ベタパターン画像の記録された記録媒体を50℃に保った恒温槽内に1分間静置して、ベタパターン画像を乾燥させた。このようにして、速乾性の評価用サンプルを得た。
【0095】
なお、画像の記録条件は、解像度:縦720dpi×横720dpi、印刷インク量:1.0mg/cmとした。
【0096】
また、用いた記録媒体は、塩化ビニルフィルム(商品名「LLSP EX113」、桜井株式会社製)、およびポリエステルフィルム(商品名「コールドラミネートフィルム PG−50L」、ラミーコーポレーション株式会社製)である。
【0097】
(2)評価試験
上記のようにして得られた評価用サンプルを室温に戻した直後に、指で画像記録部分を触り、以下の評価基準で判定した。なお、速乾性の評価は、色毎に形成されたベタパターン画像のうち、最も評価結果が悪いものを評価対象とした。評価結果を表1〜表3に示す。
○:画像表面のべたつきもなく、指へのインクの付着なし
△:画像表面のべたつきはあるが、指へのインクの付着はなく、べたつきは実使用上許容できる
×:画像表面のべたつきがあり、指へのインクの付着あり
【0098】
3.2.2. 画像の滲み性の評価
(1)評価用サンプルの作成
上記プリンターの紙案内部に取り付けられたヒーターを用いて、記録媒体の表面温度を50℃まで加熱させた。次いで、この温度を保持させた状態で、上記インクジェットプリンターのノズルから水性インク組成物の液滴を吐出させて、記録媒体上に液滴を付着させる操作を行い、記録媒体上に各色がそれぞれ他の色と隣接するベタパターン画像を記録した。次に、ベタパターン画像の記録された記録媒体を50℃に保った恒温槽内に1分間静置して、ベタパターン画像を乾燥させた。このようにして、画像の滲みの評価用サンプルを得た。
【0099】
なお、画像の記録条件は、解像度:縦720dpi×横720dpi、Duty:10%〜100%(5%刻みで変化させた)とした。
【0100】
また、用いた記録媒体は、「3.2.1.(1)評価用サンプルの作成」で用いたものと同様である。
【0101】
(2)評価試験
得られた評価用サンプルについて、色毎に他色との境界部分の滲みの有無を目視にて観察し、以下の評価基準で判定した。評価結果を表1〜3に示す。
◎:Duty75%で滲み無し
○:Duty65%で滲み無し
×:Duty65%で滲み有り
【0102】
3.2.3. 画像の耐擦性の評価
(1)評価用サンプルの作成
上記「3.2.1.(1)評価用サンプルの作成」と同様にして、耐擦性の評価用サンプルを得た。
【0103】
(2)評価試験
得られた評価用サンプルを16〜20時間室温で放置乾燥した後、学振型摩擦堅牢試験機AB−301(テスター産業株式会社製)を用いて、荷重500g,摩擦回数50回の条件で、摩擦用白綿布(カナキン3号)を取り付けた摩擦子と記録物とを擦り合わせ、画像の表面状態を目視にて観察した。評価基準は以下の通りである。なお、耐擦性の評価は、色毎に形成されたベタパターン画像のうち、最も評価結果が悪いものを評価対象とした。評価結果を表1〜表3に示す。
◎:傷および擦れ後がほとんど認められない
○:傷または擦れ後が認められるが、画像の下地は露出していない
×:傷または擦れ後が認められ、画像の下地が露出している
【0104】
3.3. 評価結果
以上の評価結果を表1〜表3に併せて示す。
【0105】
【表1】

【0106】
【表2】

【0107】
【表3】

【0108】
表1〜表2の評価試験結果から、実施例1〜実施例8の水性インク組成物を用いたインクジェット記録方法によれば、画像の速乾性に優れつつ、滲みが少なく耐擦性に優れた画像を記録できることが示された。
【0109】
一方、比較例1、比較例3、比較例4で用いた水性インク組成物は、1,2−ヘキサンジオールおよび1,2−ペンタンジオールの含有量の合計が15質量%を超えている。そのため、表3の評価結果に示すように、これらの水性インク組成物を用いて記録された画像は、速乾性に優れず、乾燥性が不十分であった。
【0110】
比較例2で用いた水性インク組成物は、1,2−ヘキサンジオールおよび1,2−ペンタンジオールの含有量の合計が8質量%未満である。そのため、表3の評価結果に示すように、比較例2の水性インク組成物を用いて塩化ビニルフィルムに記録された画像は、滲み性に優れていなかった。
【0111】
比較例5で用いた水性インク組成物には、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールのいずれも含有されていない。また、1,2−ヘキサンジオール、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの合計が8質量%未満である。そのため、表3の評価結果に示すように、比較例5の水性インク組成物を用いて記録された画像は、速乾性に優れず、乾燥性が不十分な上に、塩化ビニルフィルムにおいては滲み性にも優れおらず、ポリエステルフィルムにおいては耐擦性にも優れていなかった。
【0112】
本発明は、前述した実施形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法および結果が同一の構成、あるいは目的および効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成または同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インクジェット記録装置によって、インク非吸収性または低吸収性の記録媒体を40℃以上90℃以下の温度範囲に加熱する加熱工程と、前記記録媒体に水性インク組成物の液滴を吐出する工程と、を含むインクジェット記録方法であって、
前記水性インク組成物は、水と、水不溶の着色剤と、熱可塑性樹脂粒子と、1,2−ヘキサンジオールと、1,2−ペンタンジオールおよび1,2−ブタンジオールの少なくとも一方と、を含有し、
前記水性インク組成物中において、前記1,2−ヘキサンジオール、前記1,2−ペンタンジオールおよび前記1,2−ブタンジオールの含有量の合計は、8質量%以上15質量%以下である、インクジェット記録方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記水不溶の着色剤は、顔料であり、水溶性樹脂によって前記水性インク組成物中に分散されている、インクジェット記録方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、
前記熱可塑性樹脂粒子が、アクリル系樹脂またはスチレン−アクリル酸共重合体系樹脂である、インクジェット記録方法。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか1項において、
さらに、前記水性インク組成物は、ピロリドン誘導体を含有する、インクジェット記録方法。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項において、
さらに、前記水性インク組成物は、シリコン系界面活性剤またはアセチレングリコール系界面活性剤を含有する、インクジェット記録方法。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項において、
前記水性インク組成物は、前記1,2−ヘキサンジオール、前記1,2−ペンタンジオール、前記1,2−ブタンジオール以外の1,2−アルカンジオール類を、実質的に含有しない、インクジェット記録方法。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載のインクジェット記録方法によって記録された、記録物。

【公開番号】特開2012−245721(P2012−245721A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−120048(P2011−120048)
【出願日】平成23年5月30日(2011.5.30)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】