説明

インクジェット記録装置

【課題】インクジェット記録装置において、記録媒体において帯電する場所や量を特定することが困難な場合に、帯電によるインクミストの付着を適切に低減する。
【解決手段】記録ヘッドの走査領域において、ミストが飛散する領域と(S302)、記録媒体に発生した電荷を吐出インクで解消できないことによって電場が存在する領域と(S304)、が予測され、これら両方の条件を満たす領域、つまりミストが付着するおそれが高い領域が特定される(S305)。そして、走査領域において、この領域が存在する場合は、ミスト発生量を低減する処理を行なう(S306)。これにより、帯電によるインクミストの付着を適切に低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット記録装置に関し、詳しくは、記録媒体の帯電によってその記録媒体にインクミストが付着し記録画像の品位が低下することを抑制する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録装置において、記録媒体が搬送される際にその記録媒体が帯電することがある。記録媒体にこのような帯電があると、記録ヘッドからのインク吐出に起因して発生したインクのミストが記録媒体に付着し記録画像の品位を低下させることになる。
【0003】
特許文献1は、このような記録媒体にインクミストが付着する問題に対して、記録媒体においてインクミストが付着し易い場所を特定し、その場所に処理液を付与して表面抵抗を減らすことにより発生する電場の強さを低減することを示している。これにより、記録媒体へのインクミストの付着を抑制し、画像品位の低下を防ぐことが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−199691号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、例えば、記録媒体がプラテン上を搬送されるときにそのプラテンとの摩擦によって帯電することがある。このような帯電が原因の場合、記録媒体において帯電する場所や電界の強さを特定し難く、従って、インクミストが付着する場所や量を特定することは容易でない。すなわち、引用文献1にあっては、静電吸着ベルトによって記録媒体を搬送するものであり、その構成ないし制御上、記録媒体において帯電する場所およびその強さは特定することが容易である。これに対し、上述のような搬送に伴う摩擦によって記録媒体が帯電する場合には、記録媒体のどこでそれが生じ、あるいはどこが強いかを知ることは一般には困難なものとなる。
【0006】
また、インクミストは、記録媒体の単位面積当たりの打ち込まれるインク量が多いほど発生する量が多くなることは知られたところである。一方、記録媒体が帯電した場合に、打ち込まれるインクによって帯電の電荷が減少することから、打ち込まれるインク量が多いほど発生する電場の強さをより低減することも可能である。また、記録媒体の帯電によって比較的強い電場が生じていたとしても、その場所に存在しているインクミストの量が少ない場合には、ミスト付着の量も少ないため画像品位にそれほど影響を及ぼすことはない。従って、インクミストが付着する場所や量の特定において、記録媒体上の領域を特定した、記録データに基づくインク打ち込み量およびそれに基づくミスト発生量と発生する電場の強さの情報が重要となる。
【0007】
本発明は、以上のような課題ないし着想に基づいてなされたものであり、記録媒体において帯電する場所や量を特定することが困難な場合に、帯電によるインクミストの付着を適切に低減することができるインクジェット記録装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そのために本発明では、インクを吐出する記録ヘッドを用い、該記録ヘッドを記録媒体に対して走査し当該走査の間に前記記録ヘッドから記録媒体にインクを吐出して記録を行なうインクジェット記録装置であって、前記記録媒体を前記記録ヘッドの走査方向と交差する方向に搬送する搬送手段と、記録媒体上の、前記記録ヘッドの走査領域を分割して得られる複数の第1分割領域ごとに、インクミストが存在するか否かを判断するミスト発生予測手段と、記録媒体上の、前記記録ヘッドの走査領域を分割して得られる複数の第2分割領域ごとに、前記搬送手段による搬送に起因した電場が存在するか否かを判断する電場予測手段と、前記ミスト発生予測手段によってインクミストが存在すると判断される第1分割領域と、前記電場予測手段によって電場が存在すると判断される第2分割領域とが、重なる領域が存在する場合は、当該走査領域の走査においてミストの発生を抑制する記録条件で記録を行なう記録制御手段と、を具えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
以上の構成によれば、記録媒体において帯電する場所や量を特定することが困難な場合に、帯電によるインクミストの付着を適切に低減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】(a)〜(c)は、本発明の一実施形態に係るインクジェット記録装置を説明する図である。
【図2】図1のインクジェット記録装置で用いられる記録ヘッドの吐出口列を示す模式図である。
【図3】図1のインクジェット記録装置の制御構成を示すブロック図である。
【図4】(a)〜(c)は、記録媒体上にインク滴を吐出することで電場が緩和されるメカニズムを説明する図である。
【図5】(a)〜(c)は、本発明の第1の実施形態に係るミスト発生予測処理を説明する図である。
【図6】第1の実施形態に係るミスト発生予測処理を示すフローチャートである。
【図7】(a)〜(c)は、第1の実施形態に係る電場予測処理を説明する図である。
【図8】第1の実施形態に係る電場予測処理を示すフローチャートである。
【図9】第1の実施形態に係る記録条件変更判定処理を示すフローチャートである。
【図10】第1の実施形態に係る記録条件を変更する条件を説明する模式図である。
【図11】本発明の第2の実施形態に係る電場予測に用いる領域を説明する図である。
【図12】第2の実施形態に係る電場予測処理を示すフローチャートである。
【図13】本発明の第3の実施形態に係る考慮する走査回数Nを決定するためのテーブルを示す図である。
【図14】上記Nを決定するための処理を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0012】
図1(a)は、本発明の一実施形態に係るインクジェット記録装置の主要な機構を説明するための斜視図である。また、図1(b)は、図1(a)に示したインクジェット記録装置のキャリッジ1に搭載された記録ヘッド5の概略斜視図、図1(c)は、記録ヘッド5の記録媒体に対向する面である吐出口形成面の概略図である。
【0013】
図1(a)において、記録媒体3は、搬送モータ(図示せず)の駆動力によって駆動される搬送ローラなどの搬送機構(不図示)によって矢印F方向に搬送される。この記録媒体3の搬送路において、以下に示す移動機構によって移動可能なキャリッジ1に搭載されて移動する記録ヘッドが対向可能な領域にはプラテン2が設けられている。記録媒体3が搬送されるとき、後述されるように、このプラテン2との摩擦によって記録媒体が帯電する場合がある。
【0014】
記録媒体の搬送方向F(副走査方向)と交差する方向、例えばほぼ直交する方向と平行にガイドシャフト4が設けられている。記録ヘッド5を搭載したキャリッジ1は、ガイドシャフト4に支持されながら、キャリッジモータ(不図示)の駆動力によって駆動されるベルと等の移動機構(不図示)によって、図中矢印S方向(主走査方向)に往復移動することができる。これにより、記録ヘッド5は、キャリッジ1による移動によって、記録媒体に対して走査しその走査の間に記録データに応じてインクを吐出することにより記録媒体に記録をすることができる。なお、本実施形態では、この走査による記録解像度は、1200dpi(ドット/インチ)である。また、キャリッジの移動は、通常の記録においては記録モードによって25インチ/秒〜50インチ/秒の速さで、また、後述される本実施形態のミスト低減記録モードでは、6.25インチ/秒の速さでそれぞれ行われる。
【0015】
図1(b)および(c)に示すように、記録ヘッド5は、ブラック(Bk)、シアン(C)、マゼンタ(M)、淡シアン(LC)、淡マゼンタ(LM)、およびイエロー(Y)のインクをそれぞれ吐出する吐出口を配列した6つの吐出口列6を備えている。淡シアン(LC)はシアンより色材濃度が薄く、また淡マゼンタ(LM)はマゼンタより色材濃度が薄いインクである。6つの吐出口列はそれぞれ吐出口列形成基板を単位として構成され、それぞれの吐出口形成基板には吐出口列6にインク供給するためのジョイント部7が接続される。
【0016】
図2は、記録ヘッド5における1つのインク色の吐出口列6の詳細を模式的に示す図であり、他のインク色の吐出口列も同じ構成を有するものである。吐出口列6は、640個の吐出口10が600dpi(ドット/インチ)相当のピッチで配列する吐出口列を2列配列して構成される。そして、これら2列の吐出口列は相互に600dpi相当の距離だけずらして配列されている。これにより、記録においては、1280個の吐出口10(No.0〜No.1279)が1200dpi相当のピッチで配列した吐出口列として機能することができる。
【0017】
再び、図1を参照すると、本実施形態では、記録モードの1つとして、記録ヘッド5の移動の往路と復路の両方の走査で記録を行う、いわゆる双方向記録を行なうことができる。また、記録媒体における所定領域の記録を1回の走査で完成する1パス記録と、複数回の走査で完成するマルチパス記録を行うことができる。いずれのモードでも1回の走査ごとに記録を完成する所定領域の幅に対応した量の記録媒体搬送を行う。例えば、記録媒体上に形成する画像を、4回の走査に分けて記録を行う場合(4パス)では、1回の記録を伴った走査が行われると、記録媒体は320ドット分(全吐出口の数の4分の1)だけ搬送される。
【0018】
図3は、図1に示したインクジェット記録装置の制御構成を示すブロック図である。図3において、24は制御部、23は外部装置22から画像データを入力するインタフェースを示す。また、200はCPU、201はCPU200が実行するプログラムを格納するROM、202は各種データ(画像データや記録ヘッドに供給される記録信号など)を保存するRAMをそれぞれ示す。また、203は記録ヘッドに記録信号の供給を行うゲートアレイを示し、インタフェース23、CPU200、RAM202間のデータ転送も行う。
【0019】
モータドライバ26は、制御部24から出力された制御信号に応じて記録ヘッドを主走査方向の所定の記録位置に移動させるためにキャリッジモータを駆動する。同様に、制御部24から出力された記録信号に応じて、記録ヘッドドライバ25は記録ヘッドを駆動する。また、モータドライバ26は制御部24から出力された信号に応じて搬送モータを駆動し、記録媒体の搬送動作を行う。
【0020】
また、この制御部24のゲートアレイ203とCPU200は、インタフェース23を介して外部装置22から受信した画像データを記録データに変換してRAM202に格納する。さらに、制御部24は、モータドライバ26、27、および記録ヘッドドライバ25を同期させて駆動することにより、記録ヘッドの吐出動作、記録媒体の搬送動作、記録ヘッドの主走査方向への往復走査を行い、記録媒体上に画像を形成する。吐出数カウンタ28は、図6などで後述されるように、インクミストの発生量を予測する処理において用いられるインク吐出の数をカウントする。
【0021】
図4(a)〜(c)は、以上説明したようなインクジェット記録装置において、記録媒体上にインク滴が着弾することによって、記録媒体上に生じた電場の強さが低減される現象について説明する図である。
【0022】
例えば、記録媒体が搬送されるときのプラテンとの間の摩擦によって記録媒体が帯電すると、図4(a)に示すように、記録媒体とプラテンの双方に電荷が生じる。摩擦帯電に起因して生じる電荷の符号は、擦りあわされる材質の組合せによって決まる。ここでは、記録媒体側に正電荷が生じるとする。摩擦帯電によって生じた電荷によって、記録ヘッドと記録媒体との間には電場が生じる。記録ヘッド内のインクは導体であり、また、接地されているから、上記のように生じた電場によって吐出口のインクメニスカスの表面付近には負電荷が誘起される。
【0023】
この電荷を帯びた状態で吐出されたインク滴が記録媒体上に着弾すると、図4(b)に示すように、記録媒体と記録ヘッドの間に生じていた電場が打ち消される。
【0024】
なお、記録媒体は通常、絶縁体に近い高い抵抗値を有するものであり、記録媒体の正電荷とインク滴の負電荷が速やかに中和することはない。そのため、インクの負電荷はインクの蒸発とともに大気放電され、図4(c)に示すように、再び記録媒体と記録ヘッドの間に電場が生じる。もちろん、インクが蒸発して乾燥する時間が長い場合には、インクの負電荷は記録媒体の正電荷と中和することはあり得る。しかし、この中和は数分以上の時間を要するものであることから、記録動作におけるミスト付着の制御に影響を及ぼすことない。
【0025】
本発明の実施形態は、以上説明したメカニズムに基づいて、記録媒体上に生じた電荷量と、記録媒体上に打ち込まれるインク量から、記録媒体上に生じる電場の強度を、領域を特定して予測し、その予測に基づいて記録制御を変更しインクミストの付着を低減する。以下にそのいくつかの実施形態について説明する。
【0026】
(第1実施形態)
以下では、本発明の第1の実施形態に係るミスト付着低減の制御を、所定領域の記録を4回の走査で完成する、4パス記録において行う場合を例にして説明する。なお、本発明の適用はこの4パス記録に限られないことはもちろんであり、記録を完成するいずれのパス数であってもよい。
【0027】
本実施形態は、基本的に、その走査で吐出することになるインク滴の吐出数カウント値に基づいて、記録媒体上における電場の存在を予測し、電場が存在すると予測された場合には、ミストの少ない記録条件に変更する。しかし、電場が存在していたとしても、その領域にミストが飛散しなければ、記録媒体上にミストが付着することはない。そこで、本実施形態は、電場の存在、および、ミストの発生という二点から、走査開始前に、ミストの少ない記録条件に変更するか印可を判断する。すなわち、本実施形態は、「ミスト発生予測」と「電場予測」を実行し、走査開始前に、その走査で吐出されることになるインク滴の吐出数カウント値に基づいて、ミストの発生、および、電場の存在をそれぞれ予測する。そして、これから開始する1回の走査領域において、ミストが発生し、かつ、ミストが飛散する領域内において電場が存在している領域が存在する場合には、ミストの発生が少ない記録条件に変更する。
【0028】
以下では、「ミスト発生予測」と「電場予測」のそれぞれについて説明し、さらに、これらの予測結果から、ミストの発生が少ない記録条件に変更する否かの判断について説明する。
【0029】
ミスト発生予測
図5(a)は、ミスト発生予測を行う領域を説明する図である。記録ヘッドの1回の走査で記録が行われる領域を、主走査方向に300ドット分、副走査方向に1280ドット分のサイズの領域に分割する。そして、それぞれの分割領域(第1分割領域)ごとにミスト発生予測を行う。図5(a)は、説明および図示の簡略化のため、分割領域として領域M1〜M13を示している。なお、本実施形態のインクジェット記録装置は、主走査方向、副走査方向ともに1200dpi(ドット/インチ)の解像度で記録を行うものである。
【0030】
ミスト発生予測は、走査開始前に、次に行われる走査に伴って記録される記録データに基づき、吐出数カウンタ28が、図5(a)に示す分割領域M1〜M13それぞれにおける各色の吐出数をカウントする。そして、その吐出数カウント値と記録ヘッドの走査速度から、領域ごとの各インク色の平均吐出周波数を算出する。
【0031】
そして、この平均吐出周波数が、ミスト発生予測テーブルから参照される閾値以上(ミスト発生が所定量以上)か否かを判断する。図5(b)は、このミスト発生予測テーブルを示す図であり、ヘッド−記録媒体間距離ごとに、平均吐出周波数Fの閾値が定めたものである。具体的には、ヘッド−記録媒体間距離Hが2.0mm以下の場合は、閾値は6KHzであり、ヘッド−記録媒体間距離Hが2.0mmより大きい場合は、閾値は5KHzである。なお、ヘッド−記録媒体間距離Hの情報は、例えば、本実施形態の記録装置において、この距離の設定が行われたときの設定値に基づいて所定のメモリに記憶されたものを用いる。
【0032】
図6は、分割領域ごとのミスト発生予測の処理を示すフローチャートである。先ず、ステップS100で、1つの分割領域における吐出数をカウントし、その吐出数カウント値と走査速度から、その領域の各インク色の平均吐出周波数を算出する。次に、ステップS102で、求めた平均吐出周波数が、図5(b)に示すミスト発生予測テーブルから参照される閾値以上か否かを判断する。平均吐出周波数が閾値以上であると判断したときは、ステップS103で、その領域をミストの発生量が閾値を超えた領域としてRAM202に記憶する。以上の処理を図5(a)に示す(走査領域全体の)分割領域M1〜M13の総てについて行う(S104)。
【0033】
ところで、発生したミストは記録ヘッドの走査の移動によって、発生した領域から記録ヘッド進行方向下流側の領域に広がる。本実施形態では、ミスト発生予測処理で、ミストの発生量が閾値を超える領域が存在した場合には、その領域で発生したミストが広がる可能性のある領域をも予測する。具体的には、図6に示したミスト発生予測処理を終了した後、RAM202に記憶されたミスト発生量閾値を超えた領域の位置情報と、ミスト飛散領域決定テーブルに基づいて、ミストが飛散する領域を決定する。そして、その領域をRAM202に記憶する。図5(c)は、このミスト飛散領域決定テーブルを示す図である。図5(c)に示すように、走査速度が高いほどミストが広がる領域が広く設定され、具体的には、図5(a)にて説明した分割領域の数で設定されている。また、ミスト発生量の閾値と同様、ヘッド−記録媒体間距離ごとにテーブルが設定されている。
【0034】
図5(a)には、ミストが発生すると予測された領域M3から、キャリッジ方向下流側の8つの領域(図中M4〜M11)にミストが飛散すると判断している例が示されている。
【0035】
電場予測
電場予測を行う領域の単位は、1回の走査で記録が行われる領域を分割した、主走査方向に150ドット分、副走査方向に320ドット分のサイズの領域(第2分割領域)である。副走査方向に320ドット分は、本実施形態の4パス記録で、1回の搬送で搬送される距離である。図7(a)は、主走査方向において同じ位置に存在する、4つ分の上記分割領域S1〜S4を示す図である。図7(a)に示すように、領域ごとにその領域の吐出されるインク滴がカウントされ、それがドット数として示されている。
【0036】
電場予測処理は、走査開始前に、各領域に生じている電荷によって発生している電場を、これから開始する走査で記録媒体上に吐出するインク滴の負電荷により打ち消すことができるか否かを判断するものである。なお、本実施形態では、1回前の走査において記録媒体上に着弾したインク滴は、これから開始する走査において記録が行われるまでに乾燥定着が完了しているものとする。すなわち、1回前の走査において記録媒体上に着弾したインク滴の量は考慮せず、これから開始する走査のインク量のみを考慮する。電場を打ち消すメカニズムは図4(a)および(b)にて説明したとおりである。
【0037】
領域S1〜S4に生じる電荷は、記録媒体とプラテンの摩擦によって生じる。このため、プラテン上を搬送される距離が長いほど、生じる電荷の量は多くなる。すなわち、図7(a)に示す領域S1〜領域S4のうち、領域S1は4パス記録の1回目の走査が行われる領域であり、また、領域S2、S3、S4は、2回目、3回目、4回目の走査がそれぞれ行われる領域である。そして、それぞれの走査間で記録媒体の搬送が行われるから、電場予測を行う走査においてそれまでの搬送量が最も少ない領域は領域S1となる。この領域S1の搬送量を基準とすると、領域S2、S3、S4の搬送量は、4パス記録の搬送量(320ドット分)のそれぞれ1回分、2回分、3回分多くなる。以上のことから、領域S1〜領域S4に搬送されるにしたがって、生じる電荷量は多くなる。
【0038】
上記4パス記録の搬送量(320ドット分)だけ搬送されたときに生じる電荷の量をQとすると、前回の走査の後の搬送によって、各領域に生じる電荷量は図7(b)に示すものとなる。図7(b)は、各領域で以上のように生じた電荷によって形成される電場を打ち消すことができるインク量をも示している。本実施形態の装置において、記録で用いるある記録媒体では、上記領域内に電荷Qが生じたときに、その電荷による電場を打ち消すことのできるインク打ち込み量(デューティー)は0.4%である。ここで、インク打ち込み量(デューティー)は、上記領域を構成する画素に吐出されるインク滴(ドット)数の割合として規定されるものである。より具体的には、上記領域は、1200dpi×1200dpiの解像度の画素で構成され、総ての画素に1つのインク滴が吐出される場合、打ち込み量は100%である。図7(b)に示すように、領域ごとに、生じる電荷量に比例して、電場を打ち消すことができるインク量の閾値が決定される。領域内に打ち込まれるインク量が、閾値よりも小さい場合には、その領域に電場が存在すると予測する。
【0039】
図7(c)は、図7(b)に示した閾値に基づいて、図7(a)に示した領域ごとの電場存在の予測結果の一例を示す図である。図7(b)に示された閾値から、領域S4ではこれから開始される走査において電場を打ち消すだけのインクが吐出されないために、電場が存在すると予測される。
【0040】
電場予測処理では、以上の予測を、各走査開始前に、その走査で各領域に吐出されることになるインク量に基づいて行われる。図8は、この電場予測処理を示すフローチャートである。
【0041】
電場予測処理では、先ず、ステップS200で、これから開始される走査において、領域に吐出されることになる総吐出数をカウントする。そして、ステップS201で、吐出数をカウントした領域において、領域内の総吐出数カウント値が、図7(b)に示した電場存在閾値より小さくなるか否かを判断し、小さいと判断した場合は、電場が存在する領域があると予測する。この処理を図7(a)に示した4つの領域を単位として走査領域全体について行う(S203)。
【0042】
記録条件の変更
次に、ミスト発生予測と電場予測の予測結果に基づいて、ミストを低減させる記録条件に変更するか否かの判断について説明する。本実施形態では、ミストを減らすために、記録ヘッドの走査速度を遅く(6.25インチ/秒)する。走査速度を遅くし、それに伴い吐出周波数を下げることにより、発生するミストを低減させることができる。
【0043】
図9は、ミストの発生を抑制する記録条件に変更するか否かを判断する処理を示すフローチャートである。また、図10(a)〜(d)は、ミスト発生予測と電場予測段の結果から、ミストの発生を抑制する記録条件に変更するか否かを判断する方法を説明する図である。図9に示した記録条件変更判定シーケンスは、走査開始前に、これから開始される走査に対して行われる。図10(a)はこれからの走査で吐出することになる記録データである。
【0044】
先ず、ステップS300で、図6に示したミスト発生予測処理を実行する。そして、ステップS301で、この予測処理の結果に基づいて、これから開始される走査においてミストが発生する領域が存在するか否かを判断する。ミストが発生する領域が存在すると判断した場合には、ステップS302で、図5(c)に示したミスト飛散領域決定テーブルを参照し、ミスト飛散領域を判断する。図10(b)は、判断したミスト飛散領域の一例を示す図であり、太線で囲まれた領域がミストが飛散すると予測された領域である。同図は、予測に係る走査領域のうち、平均吐出周波数が閾値を超えた領域の走査方向下流側の8領域が飛散する領域と判断した例を示している。
【0045】
次に、ステップS303で、図8に示した電場予測処理を実行する。そして、ステップS304で、電場予測処理の結果に基づいて、電場が存在する領域、つまり吐出するインク滴によって記録媒体上に生じている電場を打ち消すことができない領域、が存在するか否かを判断する。図10(c)は、電場が存在する領域の判断結果を示す図であり、太い線で囲まれた領域が、電場が存在すると予測された領域である。
【0046】
電場が存在すると予測された領域があると判断されたときは、ステップS305で、ミスト飛散領域(S302)であり、かつ電場存在領域(S304)である、領域が存在するか否かを判断する。すなわち、これから開始する走査において吐出するインクで電場を打ち消すことができない領域があった場合に、その電場が存在する領域が、ミストが飛散する領域と同一領域に存在している箇所があるかどうかを判断する。図10(d)は、本ステップの条件を満たす領域の一例を示す図であり、太線で囲まれた領域が条件を満たしている。すなわち、図10(d)は、図10(b)において太線で囲まれた領域であり、かつ、図10(c)において太線で囲まれた領域である、条件を満たす領域を示している。
【0047】
ステップS305で、条件を満たす領域が存在すると判断されたときは、キャリッジによる走査速度を6.25インチ/秒に変更するとともに、それに合わせて記録ヘッドの吐出周波数を変更し、吐出ステップS307において走査を開始する。
【0048】
以上のように、本実施形態によれば、記録ヘッドの走査領域において、ミストが飛散する領域と、記録媒体に発生した電荷を吐出インクで解消できないことによって電場が存在する領域と、が予測される。そして、これら両方の条件を満たす領域、つまりミストが付着するおそれが高い領域が特定される。そして、走査領域において、この領域が特定される(存在する)場合は、ミスト発生量を低減する処理、例えば、走査速度を低くする処理(この場合、記録解像度が変わらないように吐出周波数も併せて変更する)を行なう。これにより、帯電によるインクミストの付着を適切に低減することができる。
【0049】
(第2実施形態)
上述した第1の実施形態の電場予測では、これから開始する走査において各領域に吐出されるインク量に基づいて予測を行うものである。これは、1回前の走査において記録媒体上に着弾したインク滴は、次の走査開始までに乾燥が完了している状況を想定しているためである。図4(c)を参照して説明したように、インクが定着、乾燥すると電場は元に戻る。従って、ある走査で記録媒体上に着弾したインク滴が、次の走査で記録が行われるまでに乾燥する状況は、電場を打ち消す役割を果たす記録媒体上のインクが最も少ない状況であり、電場を解消する点ではよい条件とはいえない。
【0050】
一方、記録媒体上に着弾したインクの乾燥に時間がかかり、次の走査において記録が行われるまでに乾燥しないような状況においては、前回、あるいはそれより前の走査において各領域に吐出されたインクにより、電場の打ち消し効果が持続している。従って、第1の実施形態のように、これから開始される走査で吐出されるインク滴の吐出数だけに基づいて電場予測を行うのではなく、走査開始前に既に各領域に着弾している未乾燥のインク滴の数も考慮に入れて、電場予測をするのが好ましい。そこで、本発明の第2の実施形態では、走査開始前に既に各領域に着弾している未乾燥のインク滴の数も考慮に入れて電場予測を行う。
【0051】
以下では、ある走査で記録媒体上に吐出されたインク滴は、1回後の走査のときに未だ乾燥しておらず、2回後の走査のときには乾燥している場合を例として説明する。この場合には、走査開始前に、これから開始する走査において各領域に吐出することになるインク滴の吐出数と、前回の走査において既に各領域に着弾しているインク滴の数に基づいて電場予測を行う。本実施形態では、4パス記録を行なう場合において、1回前の走査における吐出数カウント値までを考慮するが、ここで開示する方法は、1回前の走査までの吐出数カウント値を考慮する場合に限定するものではないことはもちろんである。
【0052】
本実施形態で電場予測を行う領域は、第1実施形態で用いた領域と同じであり、図7(a)に示した領域である。図11は、本実施形態に係る電場予測を行なうための領域を説明する図である。同図に示すように、図7(a)に示す4つ領域からなる単位領域が走査方向に配列して1回の走査に係る領域を構成している。そして、これら領域の2次元配列においてそれぞれの領域に2つの数字の組が割り当てられる。それぞれの組において左側の数字は主走査方向の位置情報を示し、ホームポジション側から順に割り当てられる。また、右側の数字は副走査方向の位置情報を示し、搬送方向上流から順に割り当てられる。
【0053】
図12は、本実施形態の電場予測処理を示すフローチャートである。第1実施形態に係る図8に示す処理と基本的に異なるのは、前回の走査における各領域の吐出数カウント値を記憶しておき、これを、これから開始する走査における吐出数カウント値に対応する領域ごとに加算する点である。そして、これら加算された結果の加算ドット数は、第1実施形態と同様、図7(b)に示す電場存在閾値と比較される。
【0054】
具体的には、ステップS400は、図8のステップS200と同じ処理であり、1つの領域について、これから開始する走査における吐出数をカウントする。そして、ステップS401でこのカウント値を記憶する。次に、ステップS402で、この処理に係る領域が、記録開始後における最初の走査における領域、または、搬送方向最上流側に位置する領域、であるか否かを判断する。すなわち、これらの領域は、処理に係る走査を開始する前までに吐出されたインク滴のカウント値は当然ゼロであるから、この判断を行なう。該当する領域であると判断した場合は、ステップS404で今回の走査における吐出数カウント値のみを考慮する。一方、ステップS402で、否定判断の場合は、記憶されている前回の走査における各領域の吐出数カウント値を、これから開始する走査における吐出数カウント値に加算する。ステップS405以降の処理は第1実施形態と同じである。
【0055】
なお、以上説明した第2の実施形態の方法は、1走査前までの吐出数カウントを考慮する場合に限定されるわけではなく、インクの乾燥時間によっては、複数回前の走査において、各領域に吐出されたインク滴の吐出数カウント値を考慮することも可能である。
【0056】
(第3実施形態)
上述した第2の実施形態では、電場予測を、これから開始する走査だけでなく、前回の走査またはさらにそれ以前の複数回の走査における吐出インク滴の数を考慮して行なうものとした。しかしながら、記録媒体上に着弾したインク滴の乾燥時間は、周囲環境、特に温度や湿度に依って異なる。従って、電場予測に何走査前までの吐出数カウント値を考慮するかは、周囲の温度や、湿度に応じて決定するのが好ましい。
【0057】
そこで、本発明の第3の実施形態は、第2の実施形態と同様に、N回の走査(Nは正の整数)前までの吐出数カウント値を、これから開始する走査において各領域に吐出されることになるインク滴の吐出数カウント値に加算し、各領域の未乾燥インクの量(未乾燥ドットカウント値)を算出する。そして、このNを、周囲の温度が低いほど、また、周囲の湿度が高いほど、大きくするように定める。上述した第2実施形態は、N=1の場合の例である。
【0058】
図13は、Nを決定するためのテーブルを示す図である。本実施形態では、記録開始時に、本体に備えられた周囲環境温度センサ20および湿度センサ21によってそれぞれ検出した、周囲環境の温度および湿度により、その記録におけるNを決定する。そして、このNを決定した後、第2実施形態記録に係る図12に示した処理を同様の処理(但し、Nが1でない場合もある)を行なう。
【0059】
図14は、Nを決定するための処理を示すフローチャートである。ステップS500で記録データを受信すると、ステップS501で、周囲環境の温度と湿度を検出する。そして、ステップS502で、検出した温度と湿度に基づいて、図13に示すN決定テーブルを参照し、Nを決定する。次に、ステップS503で、マルチパス記録の記録パス数、つまりある領域の記録を複数回の走査で完成する場合のその走査回数を、Xとするとき、NがX以上か否かを判断する。そして、NがX以上と判断した場合は、ステップS504で、決定したNを記録パス数から1を減じた数に変更する。これは、記録パス数をXとした場合、X−1回より前の走査では、電場予測の対象となっている領域では記録走査が行なわれていないため、吐出数カウント値がゼロになるためである。
【符号の説明】
【0060】
2 プラテン
3 記録媒体
5 記録ヘッド
20 周囲環境温度センサ
21 周囲環境湿度センサ
24 制御部
28 吐出数カウンタ
200 CPU
201 ROM
202 RAM

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インクを吐出する記録ヘッドを用い、該記録ヘッドを記録媒体に対して走査し当該走査の間に前記記録ヘッドから記録媒体にインクを吐出して記録を行なうインクジェット記録装置であって、
前記記録媒体を前記記録ヘッドの走査方向と交差する方向に搬送する搬送手段と、
記録媒体上の、前記記録ヘッドの走査領域を分割して得られる複数の第1分割領域ごとに、インクミストが存在するか否かを判断するミスト発生予測手段と、
記録媒体上の、前記記録ヘッドの走査領域を分割して得られる複数の第2分割領域ごとに、前記搬送手段による搬送に起因した電場が存在するか否かを判断する電場予測手段と、
前記ミスト発生予測手段によってインクミストが存在すると判断される第1分割領域と、前記電場予測手段によって電場が存在すると判断される第2分割領域とが、重なる領域が存在する場合は、当該走査領域の走査においてミストの発生を抑制する記録条件で記録を行なう記録制御手段と、
を具えたことを特徴とするインクジェット記録装置。
【請求項2】
電場予測手段は、インク吐出によって第2分割領域に存在するインクによって、前記搬送手段による搬送に起因した電場を取り消すことができない場合に、前記電場が存在すると判断することを特徴とする請求項1に記載のインクジェット記録装置。
【請求項3】
前記ミスト発生予測手段は、1つの第1分割領域で所定量以上のインクミストが発生すると判断した場合に、当該所定量以上のインクミストが発生すると判断された第1分割領域から、記録ヘッドの走査方向下流側に位置する第1分割領域にインクミストが存在すると判断することを特徴とする請求項1または2に記載のインクジェット記録装置。
【請求項4】
前記ミストの発生を抑制する記録条件は、記録ヘッドの走査速度をミストの発生を抑制する記録条件に変更する前における走査速度より遅くした条件であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載のインクジェット記録装置。
【請求項5】
前記ミスト発生予測手段は、前記第1分割領域ごとに、吐出されることになるインク滴の吐出数カウント値と、記録ヘッドの走査速度に基づいて、前記所定量以上のインクミストが発生するか否かを判断することを特徴とする請求項3または4に記載のインクジェット記録装置。
【請求項6】
前記電場予測手段は、前記第2分割領域ごとに、吐出されることになるインク滴の吐出数カウント値と、既に当該領域内に吐出されているインク滴のうち、N回(Nは正の整数)前までの走査で吐出されたインク滴の吐出数カウント値に基づいて、電場が存在するか否かを判断することを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載のインクジェット記録装置。
【請求項7】
前記Nは、周囲環境の温度および湿度のうち、少なくとも1つに基づいて決定することを特徴とする請求項6に記載のインクジェット記録装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図10】
image rotate