説明

インスリン分泌促進剤、これを主成分又は添加した糖尿病予防・改善剤及び同食品

【課題】キノコ類の内、アガリクス、ヤマブシタケ又はブナシメジを原料とし、安全性が高い天然成分由来のインスリン分泌促進剤の提供。
【解決手段】アガリクス、ヤマブシタケ又はブナシメジから抽出した分子量10,000〜100,000の水溶性物質からなるインスリン分泌促進剤、これを主成分とする糖尿病予防・改善剤又は食品。該インスリン分泌促進剤はインスリン分泌促進を必要とする疾患、特に糖尿病、糖尿病合併症の治療や予防に利用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インスリン分泌促進を必要とする疾患、特に糖尿病、糖尿病合併症の治療や予防に利用できるインスリン分泌促進剤、これを主成分又は添加した糖尿病予防・改善剤及び同食品に関する。
【背景技術】
【0002】
インスリンは膵臓ランゲルハンス島B(βとも言う)細胞から分泌されるホルモンで、その主な生理作用は血糖値を下げることにある。インスリンは、筋において、糖、アミノ酸、カリウムの取り込みの促進、グリコーゲン合成、タンパク質合成の促進、脂肪組織では糖の取り込みおよび利用促進、脂肪の合成促進および分解抑制、タンパク質の合成促進、肝では糖新生の抑制、グリコーゲンの合成促進および分解抑制、タンパク質の合成促進等の作用をもち、標的組織の細胞膜上にはインスリン受容体が存在する。食事等により血糖値が上がると、インスリンが膵臓から分泌され、血糖値が正常に保たれる。
【0003】
糖尿病は、慢性的に高血糖状態が続く病気であり、この高血糖状態により種々の合併症を発症することがある。糖尿病には、I型糖尿病(インスリン依存型)とII型糖尿病(インスリン非依存型)がある。I型糖尿病は、なんらかの原因でインスリンを分泌できなくなり、高血糖として発症するものである。II型糖尿病は、インスリンの分泌量が低下するか(インスリン分泌不全)、インスリンの血糖を下げる作用が弱くなって(インスリン抵抗性)発症するものである。
【0004】
近年、糖尿病予防・改善食品として、キノコ類、例えばブナハリタケ、ヤマブシタケ、アガリクスを原料にしたものが提案されている(特許文献1〜3)。
【0005】
また、インスリン非依存型であるII型糖尿病の治療法として、インスリンの分泌を促進する薬剤、即ちインスリン分泌促進活性を有する薬剤を服用する方法が提案されており、天然由来のロズマリン酸を有効成分としたインスリン分泌促進剤が開発されている(特許文献4)。
【0006】
更に、インスリン分泌を促進させる物質は上記の他に複数知られているが、その中でアルギニンは、最も強力なインスリン分泌促進物質として知られている(例えば特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−187851号公報
【特許文献2】特開2004−155667号公報
【特許文献3】特開2005−179302号公報
【特許文献4】特開2005−139136号公報
【特許文献5】特開2007−049938号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した従来のキノコ類を原料とした糖尿病予防・治療剤は、キノコそのものに血糖値上昇抑制効果があることを見出したものであり、インスリン分泌促進効果につては何ら示されていない。
【0009】
また、従来のインスリン分泌促進剤においても、キノコ類、特にアガリクス、ヤマブシタケ又はブナシメジを原料としたものはなかった。
【0010】
本発明は、キノコ類の内、アガリクス、ヤマブシタケ又はブナシメジを原料とし、安全性が高い天然成分由来のインスリン分泌促進剤の提供を目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、本発明の完成に先立ち、膵臓のランゲルハンス島β細胞にアルギニンないしはアルギニン誘導体が作用するとインスリン分泌が強力に促進されるという公知の事実から、膵臓細胞にアルギニンの受容体があることを推測し、マグネットビーズにアルギニン誘導体を固定化し、マグネットビーズを固定してアルギニンに結合する蛋白を拾うことに成功した。同システム確立に関しては文献「High-performance affinity chromatography method for identification of L-arginine interacting factors using magnetic nanobeads. M Hiramoto et al.Biomed. Chromatogr vol 24, 606-612,2010. 」に示されている。
【0012】
この方法によってアルギニン受容体即ちアルギニン標的因子が何であるかを調べた結果、明細書の末尾に示したアミノ酸配列の蛋白(以下「ABP1」と記す)であることを解明した。
【0013】
このアルギニン標的因子「ABP1」との結合活性を、キノコ類抽出物についてアルギニンと比較したところ、キノコ類に最も強力なインスリン分泌促進活性をもつと知られているアルギニンより高いインスリン分泌促進活性が見られた。
【0014】
またキノコ類の中で、特にアガリクス、ヤマブシタケ及びブナシメジにはより高い活性が見られ、更に鋭意研究の結果、これらのキノコ抽出物から分画した分子量10,000〜100,000の物質が、アルギニンに比べて10倍以上の「ABP1」との結合活性があることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
然して請求項1に記載の発明の特徴は、アガリクス、ヤマブシタケ又はブナシメジから抽出した分子量10,000〜100,000の水溶性物質からなるインスリン分泌促進剤にある。
【0016】
請求項2に記載の発明の特徴は、請求項1に記載のインスリン分泌促進剤を主成分とする糖尿病予防・改善剤にある。
【0017】
請求項3に記載の発明の特徴は、請求項1に記載のインスリン分泌促進剤を添加混合した糖尿病予防・改善用食品にある。
【発明の効果】
【0018】
本発明においては、キノコ類の内、アガリクス、ヤマブシタケ又はブナシメジを原料としているため、安全性が高い天然成分由来のインスリン分泌促進剤が提供でき、これを薬剤又は食品に応用することにより効果的な糖尿病の予防や糖尿病及び糖尿病合併症の治療に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】キノコ抽出物からのインスリン分泌促進活性測定結果を示すグラフ。
【図2】図1に示したキノコ抽出物の内アガリクス及びヤマブシタケについての濃度依存的インスリン分泌促進活性測定結果を示すグラフ。
【図3】図1に示したキノコ抽出物の内のヤマブシタケ、アガリクスについての分画中のインスリン分泌促進活性測定結果を示すグラフ。
【図4】アガリスク、ヤマブシタケにおけるアルギニン誘導性インスリン分泌制御因子との結合性を示す解析結果図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
次に本発明の実施の形態を実施例に基づいて詳細に説明する。
【0021】
1.キノコ類のアルギニン誘導性インスリン分泌活性の測定
【0022】
まず、培養インスリン分泌細胞を用いて、アルギニン誘導性インスリン分泌促進活性の測定を行った。結果は図1に示すグラフの如くであった。尚図中の「−」はバッファー洗浄で溶出されたもの、「Arg」はアルギニン、アガリクスドリンクはアガリクス注出液からなるドリンク剤、「新」「旧」はロットの違い、「BWE」は熱水抽出を意味している(図2においても同じ)。
【0023】
これらの結果、エリンギ、ブナシメジ、マイタケ、ホンシメジ、ブナピー、アガリスク、ヤマブシタケの使用したキノコ全てにおいて、従来最も強力なインスリン分泌促進活性を持つとされているアルギニンより更に強力なインスリン分泌促進活性を有していることが判明した。特にアガリスク、ヤマブシタケに活性が強かった。
【0024】
また、アガリクス、ヤマブシタケ又はブナシメジにおいてアルギニンより数倍の高いインスリン分泌促進活性があることが判明した。
【0025】
この結果に基づき、アガリクスとヤマブシタケに関し、濃度を変えて分析した結果、図2に示す結果が得られた。尚、アルギニンは10mM、キノコ類は最も濃いものが2%で、右から順に3倍希釈、即ち2%、0.7%、0.2%,0.07%、0.02%となっている。
【0026】
この結果から、基本的に濃度依存的にインスリン分泌促進活性があることが判明した。
【0027】
各キノコからの抽出物サンプルの作成、及びインスリン分泌促進活性測定は以下の方法による。
a.凍結乾燥
【0028】
収穫した原料キノコを適当な大きさに切り、ディープフリーザーで凍結し、その凍結原料キノコを凍結乾燥機を使用して凍結乾燥させた(約1週間)。凍結乾燥キノコは、シリカゲルを入れたビニル袋に入れ、完全密閉しディープフリーザー内で保存した。
b.サンプルの作成
【0029】
凍結乾燥キノコを手で軽く潰し、10gをステンレスビーカーに計りとり、蒸留水200mlを加え、アルミ箔で蓋をして火にかけた。沸騰したら弱火にし、100℃で30分間、熱水抽出した。抽出液を吸引濾過し、残差に蒸留水100mlを加え、再度、吸引濾過した。濾液をガラスシャーレに入れ、ディープフリーザーで凍結した。凍結させた濾液は凍結乾燥機にて凍結乾燥させた(約1週間)。凍結乾燥によってできた熱水抽出物であるキノコサンプルを小分けにし、ディープフリーザー内で保存した。
【0030】
尚、アガリクスドリンクは、アガリクスを105℃で加熱したものを圧搾して得た圧搾液をF4値で殺菌し、凍結乾燥させたものをサンプルとし、これを小分けにしてディープフリーザー内で保存したものを使用している。
c.サンプルの分画
【0031】
前記熱水抽出したキノコサンプルを限外濾過によって分画した。その方法は、キノコサンプル1gを蒸留水10mlで溶解し、これを遠心式限外濾過(NMWL10,000)フィルター上部に加え、遠心(4℃、4000g、20分間)した。
【0032】
フィルター下部に得られた分画を沈殿管に移し、フィルター上部に蒸留水10mlを加え、ピペッティング、撹拌し、再度遠心(4℃、4000g、20分間)した。フィルター下部に得られた分画を沈殿管に移し、フィルター上部に蒸留水10mlを加え、ピペッティング、撹拌し、サンプル瓶に保存した(分画1)。
【0033】
上記遠心濾過フィルター上部に沈殿管に移しておいたサンプルを加え、遠心(4℃、4000g、20分間)し、フィルター下部に得られた分画をサンプル管に保存した(分画3)。
【0034】
フィルター上部に蒸留水10mlを加え、ピペッティング、撹拌し、再度遠心(4℃、4000g、20分間)し、フィルター下部に得られた分画をサンプル管に保管した(分画3)。
【0035】
フィルター上部に蒸留水10mlを加え、ピペッティング、撹拌し、サンプル瓶に保存した(分画2)。
【0036】
得られた各サンプルは、ディープフリーザーで凍結し、凍結乾燥機にて凍結乾燥させ、密閉してディープフリーザーないで保存した。
【0037】
このようにして、分子量約100,000以上の分画1、分子量約10,000〜100,000の分画2及び分子量10,000以下の分画3を得た。
d.インスリン分泌促進活性測定
【0038】
上記サンプルの分画によって得た分子量約10,000〜100,000の中分画(分画2)について、以下の方法によりインスリン分泌促進活性測定を行った。
【0039】
インスリン分泌NIT−1細胞をF12K培地+10%FBSにて通常の方法にて継代培養する。NIT−1細胞はATCC no.CRL−2055、F12K培地は汎用的な培地、FBSは牛胎児血清(Fetal Bovine Serum)
【0040】
その後、通常のF12K培地からアルギニンのみを除いた培地にて置き換えて、10分経過後、アルギニンないしはキノコ抽出物を加えて、さらに10分放置する。同培地を培養皿より回収し、インスリン濃度をシバヤギinsulin ELISAキット(「株式会社シバヤギ商標」)を用いて測定した。
【0041】
キノコサンプルは1mgあたり2マイクロリットルの蒸留水に溶解した。溶解サンプルを上記アルギニンのみを抜いた培地に最終濃度2%(vol/vol)にて加えた。また、アルギニンは最終濃度100mMにてアッセイした。
【0042】
この結果から、特にアガリクス、ヤマブシタケ又はブナシメジの熱水抽出物中の分子量10,000〜100,000のものが高いインスリン分泌促進活性を有することが判明した。
【0043】
2.キノコ分画中のインスリン分泌促進活性
【0044】
ヤマブシタケ、アガリクスに関し、分画1〜分画3についてのインスリン分泌促進活性比較測定を行った。結果は図3に示すグラフの如くであった。尚、図3中「−」は○○○、「L−Arg」はアルギニン、「ヤマ」はヤマブシタケ抽出物、「アド」はアガリクスドリンクを意味し、「小」は小分画である分画3、「中」中分画である分画2、「大は大分画である分画1を示している。
【0045】
この結果から、分画1,3に比べ、分画2が高いインスリン分泌促進活性を示していた。この結果からキノコ熱水抽出物中の分子量10,000〜100,000が、高いインスリン分泌促進活性を有することが判明した。
【0046】
3.アルギニン標的因子(ABP1)との結合性の解析
【0047】
a.放射線標識遺伝子組み換えタンパク質の作成
【0048】
T7プロモーターにcDNAをつなげたベクターを用いてin vitro transcription & translationをキット(プロメガ社製 TNT Quick Coupled Transcription/Translation system)を用いて行う。その際に35S標識したメチオニンを加えると放射線標識したタンパク質ができる.
【0049】
b.アルギニン結合因子(ABP1)との結合
【0050】
上記の方法でアルギニン結合因子を放射線標識したタンパク質を作成し、また、アルギニンが固定化されたビーズの二つを用意する。ビーズの代わりにアガロースでも可能である。
【0051】
両者(放射線標識ABP1タンパク質及びビーズ/アガロース)を室温にて混合後、バッチ法やカラム法等にてビーズ画分と、非結合タンパク質とに分離する。複数回洗浄し、非特異的結合を洗浄する。
【0052】
そののち、アルギニンやアルギニン誘導体、キノコ抽出液を含んだ溶液を混合させる。バッチ法ないしはカラム法にて競合阻害等にて外れた放射線標識したアルギニン結合タンパク質をSDS−PAGE+オートラジオグラフィー等にて検出する。
【0053】
また、結合、洗浄等のステップにおけるバッファーの組成は「20mM HEPES7.9, 10% Glycerol,200mM KCl,1mM MgCl2,0.2mM CaCl2,0.2mM EDTA,1mM DTT,0.2mM PMSF」である。
【0054】
また、アルギニンは100mM、キノコ抽出液は最終濃度2%にて行った。 結果は図4に示す如くであった。
【0055】
図4はアルギニン結合因子との結合を見たものであり、図中、左側半分はインスリンに結合させたABP1(ATIS1)をキノコ類の抽出物等が競合阻害ではがすかを見たものであり、バンドが濃い方が結合活性が高い。
【0056】
右半分は同様にアルギニン結合させたABP1(ATIS1)をキノコ類の抽出物等が競合阻害ではがすかを見たものであり、バンドが濃い方が結合活性が高い。
【0057】
「−」はバッファー洗浄で溶出されたもの、「Ar」はアルギニンで溶出されたもの、Boはボイルで結合したものが全て溶出された場合のポジコン「ア」はアガリクス、「アド」はアガリクスドリンク、「メ」はヤマブシタケである。

4.アルギニン結合因子ABP1の作用
【0058】
アルギニンは最も強力なインスリン分泌促進作用を持つことはよく知られた事実である。それはヒト、マウス等の個体レベルでも、NIT−1細胞等の培養膵臓β細胞株レベルでもよく知られている。
【0059】
しかし、アルギニンのインスリン分泌にかかわる標的因子(いわゆる受容体)は全く分かっていない。もちろんアルギニン単独でインスリン分泌を促進できることはあり得ない。
【0060】
そこで、本発明者らは先に、インスリン分泌細胞株からアルギニン固定化ビーズを用いてインスリン分泌細胞からアルギニンの標的因子の精製そして、本明細書の末尾に示したアミノ酸配列の同定に成功した。これを「ABP1」と名付けた。
【0061】
ABP1はアルギニンそしてインスリンと結合することを複数の実験的手法を用いて確認した。すなわち、まとめるとはインスリン分泌を負に制御する因子で、アルギニンはその制御を外すことによりインスリン分泌を促進するメカニズムを明らかにした。このABP1によるインスリン分泌制御は試験管内、培養細胞内のみならず、ABP1遺伝子トランスジェニックマウスを作成し、解析したところ、マウス生体においても正しいことが証明できた。
【0062】
よって、キノコ抽出物にABP1結合活性が存在したため、少なくともキノコ抽出物によるインスリン分泌促進活性の一部はABP1に結合するためであると、推測される。
【0063】
また、アルギニンの誘導体でインスリン分泌をするもの、例えばアルギニンメチルエステル、オルニチン等はABP1結合活性が認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アガリクス、ヤマブシタケ又はブナシメジから抽出した分子量10,000〜100,000の水溶性物質からなるインスリン分泌促進剤。
【請求項2】
請求項1に記載のインスリン分泌促進剤を主成分とする糖尿病予防・改善剤。
【請求項3】
請求項1に記載のインスリン分泌促進剤を添加混合した糖尿病予防・改善用食品。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−77004(P2012−77004A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−220786(P2010−220786)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年9月1日 日本きのこ学会発行の「日本きのこ学会第14回大会講演要旨集」に発表
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(390034142)ホクト株式会社 (14)
【Fターム(参考)】