説明

インパルシブイオン化法

【課題】質量分析において、よく利用されている電子衝撃法は、イオン化過程において選択性がなく、分子の解離が起り易い。このため、いくつかの方法が考案されているが、分子の解離を完全に抑制する方法は発明されていない。この状況を鑑みて、分子の振動周期より短い光パルスを用いて、分子の解裂を抑制してイオン化する方法、及び装置を提供する。
【解決手段】分子の振動周期より短い光パルスを用いて、分子の解裂を抑制してイオン化する。この方法では、分子振動により原子が動く前に電子を放出してイオン化するので、分子を解裂させずにイオン化することができる。したがって、ニトロ化合物や臭素化ダイオキシン化合物などに対して、解裂を抑制して分子イオンを測定することが可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子及び分子のイオン化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析においては、いくつかのイオン化法が採用されている。よく利用されている電子衝撃法は、イオン化過程において選択性がなく、分子の解離が起こり易い。このため、化学イオン化法、マトリクス支援レーザー脱離イオン化法などが考案されている。しかし、分子の解離を完全に抑制する方法は発明されていない。
【0003】
レーザーイオン化法は、光を吸収する物質をイオン化するので、目的とする物質を選択的に検出するのに適している。最近では、100 fs程度の光パルスを用いて、励起寿命が短いダイオキシン化合物などを効率よくイオン化する方法も提案されている。
【非特許文献1】Analytical Sciences, 22(12), 1483-1487 (2006).
【0004】
しかし、試料分子の解裂を完全に抑制する方法は、まだ発明されていない。たとえば、マトリクス支援レーザー脱離イオン化法は、たんぱく質に対して解離を抑制してイオン化する方法として知られているが、分子の解裂を完全になくすことはできない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記状況を鑑みて、分子の振動周期より短い光パルスを用いて、分子の解裂を抑制してイオン化する方法、及び装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記目的を解決するために、
[1]分子の振動周期より短い光パルスを用いてイオン化することを特徴とする。
【0007】
[2]上記[1]記載の光パルスとして、チタンサファイアレーザーを用いてもよい。
【0008】
[3]上記[1]記載の光パルスとして、エキシマーレーザーを用いてもよい。
【0009】
[4]上記[1]から[3]のいずれかに記載の光パルスとして、四波混合を用いてパルス圧縮したレーザーを用いてもよい。
【0010】
[5]上記[4]記載の四波混合において、ラマン活性物質を用いてもよい。
【0011】
[6]上記[5]記載のラマン活性物質として、水素、重水素、メタンのいずれか1つを用いてもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、以下のような効果を奏することができる。
【0013】
(1)分子の振動周期より短い光パルスを用いてイオン化することにより、分子の解裂を抑制してイオン化することができる。
【0014】
(2)上記(1)に加えて、前記光パルスとしてチタンサファイアレーザーを用いることにより、比較的に簡単な装置により分子の解裂を抑制してイオン化することができる。
【0015】
(3)上記(1)に加えて、前記光パルスとしてエキシマーレーザーを用いることにより、紫外領域において分子の解裂を抑制してイオン化することができる。
【0016】
(4)上記(1)から(3)に加えて、前記光パルスとして四波混合を用いてパルス圧縮したレーザーを用いることにより、超短パルス光を用いて測定対象を拡大することができる。
【0017】
(5)上記(4)に加えて、前記四波混合においてラマン活性物質を用いることにより、効率よく発生した超短パルス光を用いて測定対象をより拡大することができる。
【0018】
(6)上記(5)に加えて、前記ラマン活性物質として水素、重水素、メタンのいずれか1つを用いることにより、効率よく発生した超短パルスを用いて測定対象をより拡大することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
図1に示すように、分子の振動周期より長い光パルスを用いると、分子振動に引き続き分子が解裂する可能性がある。一方、分子の振動周期より短い光パルスを用いると、分子振動により原子が動く前に電子を放出して分子イオンを生成する。このように分子イオンを確実に生成させるには、分子の振動周期より十分短い光パルスを用いる必要がある。このため、少なくとも振動周期の100 %以下、できれば50 %以下、好ましくは25 %以下であることが望ましい。
【0020】
最も速い分子の振動周期は、水素原子同士が結合した水素分子の場合である。すなわち、8 fsとなる。したがって、8 fsより十分短い光パルスを用いれば、全ての分子に対して瞬間的なイオン化、すなわち「インパルシブ」な光イオン化が実現できる。
【0021】
振動周期は、置換基の質量数の平方根で長くなる。したがって、ニトロ基(-NO2)の場合には、水素原子の場合より6.9倍長くなり、約56 fsとなる。したがって、10 fs以下の光パルスを用いることにより、このような超高速イオン化、すなわち解離を抑制したイオン化が行える。
【0022】
TNTなどのニトロ基を有する化合物は、解離したイオンを生成することが多く、質量分析の際に試料分子を同定することが困難になる。そこで、本発明のインパルシブイオン化法を用いると、効率よく分子イオンを生成することが可能になる。また、分子をインパルシブに、すなわち同位相で励起して分子の動的過程を研究することもできる。以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【実施例1】
【0023】
超短パルス光を飛行時間型質量分析計の試料導入部に集光する。集光部で超短パルス光になっていることは、この質量分析計を検出器とするオートコリレーターにより確認することができる。たとえば、質量分析計に一酸化窒素(NO)を導入し、その2光子イオン化信号を観測しながら、オートコリレータートレースを測定すると、パルス幅が求められる。そこで、NOの代りに測定試料を導入すると、フラグメントイオンが抑制された質量スペクトルを得ることができる。
【実施例2】
【0024】
イオン化に用いる光源として、チタンサファイアレーザーを用いてもよい。また、本レーザーを非線形光学効果を用いて波長変換、短パルス化した後に用いてもよい。たとえば、第二、第三、第四高調波発生器、光パラメトリック発振器、増幅器などを用いて波長変換、短パルス化して測定対象を拡大してもよい。
【実施例3】
【0025】
イオン化に用いる光源として、エキシマーレーザーを用いてもよい。また、本レーザーを非線形光学効果を用いて波長変換、短パルス化した後に用いてもよい。たとえば、誘導ラマン効果を用いて波長変換、短パルス化して測定対象を拡大してもよい。
【実施例4】
【0026】
イオン化に用いる光源として、四波混合を用いて圧縮した光パルスを用いてもよい。この際に、ラマン活性物質、たとえば水素、重水素、メタンなどを用いると、効率よくパルス圧縮が行えるので、より小さな置換基をもつ化合物へと測定対象を拡大することができる。このように本発明によれば、空港におけるニトロ化合物などの爆発物や環境中に存在する臭素化ダイオキシン化合物などの分子イオンを生成・検出するのに有効であり、社会的にも貢献するところが大きい。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施例を示すインパルシブイオン化の概念図 (A)振動周期より長い光パルスを用いるイオン化 (B)振動周期より短い光パルスを用いるイオン化
【符号の説明】
【0028】
1 分子の振動周期より長い光パルス
2 伸縮振動モード
3 解裂
4 電子放出
5 フラグメントイオン
6 分子の振動周期より短い光パルス
7 分子イオン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子の振動周期より短い光パルスを用いてイオン化することを特徴とする方法、及び装置。
【請求項2】
前記光パルスとして、チタンサファイアレーザーを用いることを特徴とする請求項1の方法、及び装置。
【請求項3】
前記光パルスとして、エキシマーレーザーを用いることを特徴とする請求項1の方法、及び装置。
【請求項4】
前記光パルスとして、四波混合を用いてパルス圧縮したレーザーを用いることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の方法、及び装置
【請求項5】
前記四波混合において、ラマン活性物質を用いることを特徴とする請求項4の方法、及び装置。
【請求項6】
前記ラマン活性物質として、水素、重水素、メタンのいずれか1つを用いることを特徴とする請求項5の方法、及び装置。

【図1】
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【公開番号】特開2008−232977(P2008−232977A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−76141(P2007−76141)
【出願日】平成19年3月23日(2007.3.23)
【出願人】(000171115)
【Fターム(参考)】