説明

インフルエンザウイルスの吸着除去材

【課題】低コストでかつ高い効率でインフルエンザウイルスを除去することができるインフルエンザウイルスの感染防止に有用なインフルエンザウイルスの吸着除去材を提供すること。
【解決手段】本発明は、ナラ、カシ、マツ、スギ、イタヤカエデ、クヌギからなる群から選ばれる木材を、温度500〜800℃で炭化処理して得られた炭素質材料を用いることを特徴とするインフルエンザウイルスの吸着除去材である。この炭素質材料は、その材料表面に電子顕微鏡による観察で2μm〜20μmの細孔径を有する超マクロ孔を有し、かつ、その内部に水銀圧入法で求めた平均細孔径が100nm〜2000nmのマクロ孔を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、最近流行している新型インフルエンザウイルスを含む種々のインフルエンザウイルスを吸着によって除去する吸着除去材およびこれを利用したインフルエンザウイルス吸着除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザウイルスは、直径80〜200nmのエンベロープ膜をもつRNAウイルスである。その抗原性の違いからA、BおよびCの3つの型がある。現在世界的な範囲で流行的な広がりをみせるのはA型、B型である。これらのウイルスの表面には、赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)という2種類の糖蛋白がスパイク状に突き出しており、ウイルスの内部には8本に分節した遺伝子RNAが存在する。HAとNAは、同一の亜型内で変異を頻繁に起こすため、毎年のように新しい抗原変異株が出現する。これまでに少なくともHAに16種類、NAに9種類の変異が見つかっており、その組み合わせの数の亜型が存在し得る。これら亜型の違いはH1N1〜H16N9といった略称で表現されている。
【0003】
インフルエンザウイルスは、本来は水鳥を自然宿主として、その腸内に感染する弱毒性のウイルスであったものが、突然変異によってヒトの呼吸器への感染性を獲得したと考えられている。中でも大きな遺伝子変異を起こした強毒性のインフルエンザウイルスによって、1918年のスペインかぜ(H1N1亜型のA型インフルエンザウイルスによる)、1957年のアジアかぜ(H2N2亜型のA型インフルエンザウイルスによる)および1968年の香港かぜ(H3N2亜型のA型インフルエンザウイルスによる)が世界的に大流行発生し、多数の死者がでた。さらに、1977年にはスペインかぜと同じA型H1N1亜型のソ連かぜが流行している。
【0004】
一方、一部のインフルエンザウイルスは、家禽類に感染し、遺伝子変異を起こし、強毒性の高病原性鳥インフルエンザ(H5N1亜型のA型インフルエンザウイルスによる)を起こし、養鶏産業に多大の被害を与えている。この高病原性鳥インフルエンザウイルスは、他の宿主への感染を通して遺伝子変異を起こして強毒性の新型インフルエンザウイルスになり、世界的大流行(パンデミック)を起こす可能性が強く指摘されている。
【0005】
さらに、2009年になり、弱毒性であるがこれまで検出されたことがない新型の豚インフルエンザウイルス(H1N1亜型のA型インフルエンザウイルス)によって、世界的大流行の兆しが見られ、2009年5月21日現在で44ヶ国、11,148人が感染した。今後、この豚インフルエンザウイルスも感染を通して遺伝子変異を起こし、強毒性の新型インフルエンザウイルスに変わることも推定されている。
【0006】
以上のような状況から、近い将来に強毒性の新型インフルエンザウイルスが出現し、世界的な大流行(パンデミック)が起こることが予測されており、世界的規模での警戒がつづけられている。
【0007】
このようなインフルエンザウイルスの感染を防止し、その流行を阻止するために従来からさまざまな取り組みが行われている。
まず、インフルエンザ治療薬として、現在オセタミビル(商品名:タミフル、ロッシュ社製)やザナミビル(商品名:リレンザ、)が開発されている。これらはノイラミニダーゼという糖蛋白を阻害することによってインフルエンザウイルスが感染細胞から正常なエンベロープを形成して出てくるのを阻害するものである。これらの治療薬が数少ないインフルエンザ治療薬として使用されているが、経済的負担が大きい、その供給が不安定である、新しい型のウイルスには効かない場合もあるなどの問題が挙げられている。
【0008】
また、簡便なインフルエンザウイルスの感染を防止方法として、手洗いの励行とともに口や鼻を覆うマスクの使用が広く行われており、抗ウイルス性を持たせたマスクやフィルターも種々提案されている。例えば、アスコルビン酸誘導体を固着した繊維シートを組み込んだもの(特許文献1参照)、濾材の一つにクエン酸等のヒドロキシ酸を含有させたもの(特許文献2参照)、マスク基材に銀ゼオライトとピリミジン塩基類などの配合物を固定したもの(特許文献3参照)、繊維からなるフィルター構成材にカテキンと酸化チタンの酸素の一部を窒素で置換した光触媒を含ませたもの(特許文献4参照)、抗菌性金属イオンが担持された無機多孔質結晶を含有する高分子複合体を用いるもの(特許文献5参照)などが挙げられる。しかし、これらのものもいずれも十分なウイルス防止作用を有するものでなかったり、非常にコストの高いものであったりして実用的なレベルでの使用が困難で、必ずしも満足できるものが得られていなかった。
【0009】
一方、様々な不純物や有害物質としての化学物質の吸着材として、古くから活性炭や木炭が知られており、利用されている。このような種々の活性炭や木炭について、その細孔構造や細孔分布と化学物質の吸着特性などについても多くの検討がなされており、報告されている(例えば、非特許文献1、2参照)。しかし、従来からさまざまな化学物質についての活性炭や木炭などは検討されているが、活性炭や木炭などの多孔質材料がインフルエンザウイルスに対してどのような吸着特性を示すかについては現在まで全く報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−313415号公報
【特許文献2】特開2005−198678号公報
【特許文献3】特開2006−247402号公報
【特許文献4】特開2008−119312号公報
【特許文献5】特開2008−291031号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】安部郁夫ほか「木炭の製造方法と吸着特性の関係」、炭素TANSO、1998、No.185、277-284
【非特許文献2】安部郁夫「炭素系吸着材製造のための炭素化技術と賦活技術」、炭素TANSO、2004、No.211、21-29
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、以上のような状況に鑑み、低コストで簡便に使用することができ、かつ高い効率でインフルエンザウイルスを除去することができる、インフルエンザウイルスの感染防止に有用なインフルエンザウイルスの吸着除去材を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記のような課題を解決すべく鋭意研究し、インフルエンザウイルスを吸着除去することのできる材料について種々検討した結果、驚くべきことにある特定の種類の木材を特定の条件下に炭素化処理して得られた炭素質材料がインフルエンザウイルスを吸着・除去することができる優れた性質を有することを見出し、本発明を完成した。
【0014】
即ち、本発明は、以下の内容をその要旨とする発明である。
(1)ナラ、カシ、マツ、スギ、イタヤカエデおよびクヌギからなる群から選ばれる木材を、温度500〜800℃で炭化処理して得られた炭素質材料を用いることを特徴とするインフルエンザウイルスの吸着除去材。
【0015】
(2)炭素質材料が、その材料表面に電子顕微鏡による観察で2μm〜20μmの細孔径を有する超マクロ孔を有し、かつ、その内部に水銀圧入法で求めた平均細孔径が100nm〜2000nmのマクロ孔を有する多孔質材料であることを特徴とする、前記(1)に記載のインフルエンザウイルスの吸着除去材。
【0016】
(3)炭素質材料が、その内部のマクロ孔の内面に酸性化学官能基および/または塩基性化学官能基を有していることを特徴とする、前記(1)または(2)に記載のインフルエンザウイルスの吸着除去材。
【0017】
(4)インフルエンザウイルスの表面に存在する酸性化学官能基および/または塩基性化学官能基を、前記(1)ないし(3)のいずれかに記載する炭素質材料のマクロ孔内面に存在する酸性化学官能基および/または塩基性化学官能基と化学反応を起こさせ、該マクロ孔内面にインフルエンザウイルスを吸着・固定させて空気中のインフルエンザウイルスを除去することを特徴とする、インフルエンザウイルスの吸着除去方法。
【0018】
(5)インフルエンザウイルスを含んだ空気流に水を噴霧し、この湿潤状態の空気を前記(1)ないし(3)のいずれかに記載する炭素質材料から構成される吸着層と接触させることを特徴とする、インフルエンザウイルスの吸着除去方法。
【発明の効果】
【0019】
従来から提案されている種々の有機酸や抗菌性素材を含有させたさまざまな吸着除去材ではまだ十分に満足できるインフルエンザウイルスの吸着除去効果が得られなかったり、或いはかなりコストの高いものとなっていたが、本発明のインフルエンザウイルスの吸着除去材を用いることによって、簡単に、しかも低いコストでかつ効率よくインフルエンザウイルスを吸着除去することができる。特に、ある程度の水分を存在させた湿潤状態で本発明のインフルエンザウイルスの吸着除去材を使用することにより、より一層効率よくインフルエンザウイルスを吸着除去することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施例で得られたナラを原料とする炭素質材料の断面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【図2】実施例で得られたカシを原料とする炭素質材料の断面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【図3】実施例で得られたマツを原料とする炭素質材料の断面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【図4】実施例で得られたスギを原料とする炭素質材料の断面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明について詳しく説明する。
本発明のインフルエンザウイルスの吸着除去材は、原料としてある特定の種類の木材を使用し、これを一定の条件で蒸し焼き状態で炭化処理して得られる炭素質材料を用いるものである。一般的に炭素質材料として代表的なものとして木炭や活性炭が挙げられるが、これらの一般的な炭素質材料は無数の細孔をもつ多孔質物質であり、広範囲な種類の化学物質に対して極めて強い吸着力や還元力をもっていることが、古くから知られている。また、その吸着力や還元力は、炭素質材料がもつ細孔の大きさ、容量、比表面積及び物理化学的性状に密接に相関することも明らかにされている。
【0022】
木材は、栄養、水分、その生成物等を輸送する維管束を基本単位とした細胞構造に基づいて形成されており、その主成分は、ヘミセルロース、セルロース及びリグニンである。しかし、その基本構造の形態は、木材の種類によってかなり相違するものである。炭素質材料の細孔は、この木材固有の細胞構造に基づいて形成されたものであるので、炭素質材料の細孔の大きさ、容量、比表面積及び物理化学的性質は、原料となる木材の種類によって大きく異なるものである。
【0023】
種々の炭素質材料のうち木炭の比表面積は、300m/g前後とかなり大きく、その細孔は細孔径が数十nm以上と比較的大きいものであるが、細孔径が0.5nm以下のウルトラミクロ孔や同じく0.5〜2.0nmのミクロ孔の割合が比較的少ないものである。そのため水蒸気処理や化学的処理を行うことによって木炭の有する細孔を、さらに微細なウルトラミクロ孔やミクロ孔の割合を増加させたものが活性炭である。活性炭の比表面積は、700〜2,000m/gと木炭よりもさらに大きくなっているが、その主要な細孔は2.0nm以下という超微細なウルトラミクロ孔やミクロ孔であり、化学物質などの超微小分子の化合物を対象とした空気清浄機、排ガス処理剤、脱臭剤、水浄化器、触媒担持剤、水素蓄積剤などの広範囲な用途で使用されている。
【0024】
このような木炭や活性炭などの炭素質材料の吸着作用は、物理吸着と化学吸着に大別される。物理吸着は、主としてファンデルワールズ力と呼ばれる静電気的な弱い力で吸着するものであり、吸着力は比較的小さい。これに対して、化学吸着は、吸着する側の炭素質材料と吸着される側の物質との間にある種の化学反応、あるいはこれに近い反応が起こる場合であり、大きい吸着力が発生し、簡単に離れることができない。例えば、木炭中にカルボキシル基などの酸性化学官能基をもつものは、アンモニアなどの塩基性物質と直ちに化学反応を起こし、強力に吸着する。一方、木炭中にカルボニル基などの塩基性化学官能基をもつものは、酢酸等の酸性物質と直ちに反応し吸着固定する。また、脂質等の中性物質は、物理吸着によって吸着固定することができる。
【0025】
現在、問題となっているさまざまな環境汚染物質、例えばダイオキシンやポリ塩化ビフェニル(PCB)の分子の形状は、縦が1nm、横が0.3nm、高さが0.12nm程度の超微小直方体である。有害臭気物質の代表であるアンモニアはさらに小さい分子サイズである。従って、これらの超微小分子の化学物質に対応して吸着固定するための主要な役割は、木炭や活性炭の細孔のうちその大きさの最も小さい0.5nm以下のウルトラミクロ孔や0.5〜2.0nmのミクロ孔が担っていると考えられる。
【0026】
このように、木炭や活性炭は、専ら超微小サイズの有害化学物質の吸着を目的として用いられており、本発明の対象としているインフルエンザウイルスに焦点を当てたものは皆無に近い。既に記載したように、新型インフルエンザウイルスを含むインフルエンザウイルスは、80〜200nmの球形をしており、その体積はダイオキシン2,200万倍〜7,500万倍にもなる大きさである。
【0027】
このようにインフルエンザウイルスは、有害化学物質等を含めた化学物質に較べて極めてサイズが大きいことに加えて、インフルエンザウイルス自体が分子運動をして振動しているため、木炭などの炭素質材料に吸着されるためには、理論的にはその数倍から10倍程度の大きさの直径、即ち、数百nm〜2千nmの直径を有する細孔が必要であると推定される。このような大きな直径のマクロ孔は、吸着力が極めて弱いと推測されていることから、木炭などの炭素質材料を用いたインフルエンザウイルスの吸着除去が試みられなかったものと考えられる。
【0028】
しかし、木炭などの炭素質材料では細孔径が50nmを超えるマクロ孔からミクロ孔、超ミクロ孔が連続して繋がっており、その内面の構造は類似したものであり、細孔内部に多くの化学官能基が存在している。従って、炭素質材料の吸着反応は、その細孔の全ての内面で担うことが可能である。化学反応の速さや強さは、二つの化学官能基の種類と距離に大きく依存している。そのため、炭素質材料における吸着は、吸着する化学物質のサイズに応じた大きさの細孔内面で起こる。
【0029】
本発明者らは、新型インフルエンザウイルスを含めたインフルエンザウイルスの表面を覆っているエンベロープに赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の糖タンパク質が突き出ており、この突起にカルボキシル基(−COOH)、水酸基(−OH)、アミノ基(−NH)、カルボニル基(=CO)などの多くの官能基が存在しているので、かかる官能基が炭素質材料の細孔表面に存在する官能基と化学反応をする可能性があることに着目し、さらにインフルエンザウイルスの物理吸着に適した大きさの細孔径や化学官能基を豊富に有する炭素質材料を選択することによって、炭素質材料によるインフルエンザウイルスの吸着除去を可能としたものである。
【0030】
このような諸条件を満足する本発明で使用する炭素質材料として、ナラ、カシ、マツ、スギ、イタヤカエデ、クヌギからなる群から選ばれる木材を原料として、これらの木材を炭化処理して得た炭素質材料が用いられる。ここで原料として用いられるこれらの木材は、その材質が比較的堅くて緻密な構造をしており、炭化処理した場合に木材の維管束に基づく細胞構造が崩れにくく、そこに形成される細孔の容積が大きく、かつ平均細孔径が大きいものとなるので好ましい。
【0031】
具体的には、これらの木材を炭化処理して得られる炭素質材料が、その表面に2μm〜50μm(2000nm〜50000nm)、好ましくは2μm〜10μm(2000nm〜10000nm)の主として繊管束に由来するかなり大きい細孔径を有する超マクロ孔が存在しており、さらにその内部に水銀圧入法で求めた平均細孔径が100nm〜2000nmのミクロ孔を有する炭素質材料を用いる。
【0032】
更に、本発明のインフルエンザウイルス吸着除去材においては、これらの木材を500℃〜800℃という温度において、蒸し焼き状態で炭化処理することが必要である。500℃〜800℃の温度範囲内で炭化処理する場合には、木材を構成する主要な有機成分であるセルロースやヘミセルロース、リグニンなどがほとんど熱分解して炭素化するとともに、細孔内部にカルボキシル基(−COOH)やカルボニル基(=CO)、水酸基(−OH)等の化学官能基をもつ物質が残存した状態となっている。
【0033】
また、500℃〜800℃の温度で炭化処理を行った場合には、得られる炭素質材料は50nm未満のメソ孔やミクロ孔もある程度増加するが、一方、細孔を構成する炭素のグラファイト化もほとんど進行せず、炭素質材料の中の100nmを超える数千nm程度の比較的大きい細孔径のもの(超マクロ孔)もそのまま保持されているので、インフルエンザウイルス吸着除去のために好ましいものとなる。
【0034】
しかし、500℃未満の低い温度で炭化処理を行った場合には、原材料である木材の構成成分の有機物が十分に分解せず、木材のヘミセルロースやリグニンなどの一部が流出して細孔を塞ぐなどの状態が発生するため、細孔の比表面積が減少し、十分な吸着能を発揮することができず好ましくない。また、800℃を超える高い温度で炭化処理を行った場合には、木材の構成成分の有機物の分解が進むとともに、更に細孔を形成する炭素の一部が相互に結合しグラファイト化するという炭素化が進行する。その結果、細孔に熱収縮が起こり、細孔径が縮小するとともに、細孔の容量や比表面積が減少するという現象が発生する。更に、1000℃を超えるようになると炭素化は完成し、化学的な成分も完全に分解し、炭素質材料に含まれる灰分によって塩基性(アルカリ性)を示すようになる。即ち、800℃を超える高い温度では、炭素質材料の中の比較的大きい細孔径のもの(マクロ孔や超マクロ孔)が収縮し、その形状や直径が縮小するため、インフルエンザウイルスの吸着除去のためには適切でない。1500℃を超える高温度になるとこの傾向が一層顕著になる。
【0035】
本発明のインフルエンザウイルスの吸着除去材に用いる炭素質材料は、以上のようにナラ、カシ、マツ、スギ、イタヤカエデ、クヌギという特定の種類の木材を原料として、500℃〜800℃の温度で炭化処理を行って得られるものであり、かつ、炭素質材料が、その表面に電子顕微鏡による観察で2μm〜20μm(2000nm〜20000nm)の細孔径を有する超マクロ孔を有するとともに、その内部に水銀圧入法で求めた平均細孔径が100nm〜2000nmのマクロ孔を有するものである。
【0036】
すでに述べたようにインフルエンザウイルスは80〜200nm程度の大きさのものであり、さらにインフルエンザウイルス自体が分子運動をして振動しているため、このインフルエンザウイルスを効率よく炭素質材料に取り込むためには、その表面にインフルエンザウイルスの大きさの10倍程度以上、好ましくは10倍から100倍程度の大きさの細孔径を有するマクロ孔を有するとともに、炭素質材料の中に取り込んだインフルエンザウイルスを効率よく化学吸着するためにインフルエンザウイルスの大きさの1倍超から10倍程度の直径を有するマクロ孔が豊富に存在することが好ましい。
【0037】
本発明に使用する炭素質材料は、このような多孔質材料としての構造と細孔径の大きさを有するものであることからインフルエンザウイルスの吸着に適しているとともに、細孔内部に多数の有機性の官能基を有しているので、これらの官能基がインフルエンザウイルスの表面に存在するカルボキシル基、水酸基、アミノ基、カルボニル基などの官能基との間で何らかの化学反応的な作用をもたらすことによって、これらの作用が相まって優れたインフルエンザウイルスの吸着作用を発揮するものと考えられる。
【0038】
主要な細孔が2.0nm以下という超微細なウルトラミクロ孔やミクロ孔からなる活性炭や主要な細孔が数十nm以下という木炭などのような、平均細孔径が100nm未満の細孔からなる炭素質材料を用いた場合には、上述したような理由により、また、細孔内に有機性の官能基が十分に存在していないということも影響して、ほとんどインフルエンザウイルスを吸着・除去する作用を発揮することがない。
【0039】
また、材料内部の細孔の平均細孔径が2000nmを超える細孔からなる炭素質材料を用いた場合には、細孔のサイズが大きすぎるため、微細な多数の細孔を有する多孔質材料としての化学吸着能や物理吸着能を十分に発揮することがなく、そのためインフルエンザウイルスを吸着・除去する作用を奏するものとはなっていない。
【0040】
なお、本明細書においては、炭素質材料の表面に存在する2μm以上(2000nm以上)の超マクロ孔の細孔径は電子顕微鏡写真からの測定によって求められたものであり、更にこの超マクロ孔の内部に存在する100nm〜2000nmのマクロ孔の平均細孔径は水銀圧入法によって測定したものである。ここで水銀圧入法は、具体的には、例えば、測定装置としてCARLOEBARA社製のPOROSIOMETER 2000型の細孔分布測定装置を用いて試料である炭素質材料の細孔分布を測定し、得られた全細孔分布図において最大の細孔径から最小の細孔径に向かって50%のところの細孔径を平均細孔径としたものである。
【0041】
本発明で用いる炭素質材料は、前記のようなナラ、カシ、マツ、スギ、イタヤカエデ、又はクヌギから選ばれる木材を用いて、これらの木材を乾燥させずにそのままの状態で一定のサイズに裁断し、この裁断木材を、例えばロータリーキルン式炭化炉のような密閉式の炭化炉に入れて密閉し、外部からの空気を遮断した状態で500℃〜800℃の所定の温度まで昇温し、所定の温度で一定時間加熱処理を行い、木材の炭化処理を行うことによって得ることができる。この場合、昇温速度は毎分5℃程度であり、加熱処理時間は材料の種類や大きさにもよるが1〜4時間程度である。また、炭化処理時の炉内雰囲気中の酸素濃度は1%〜2%程度である。
【0042】
本発明のインフルエンザウイルスの吸着除去材は、このような多孔質の炭素質材料を紛状体または粒状体のものとして使用する。粉状体の場合は、吸着性能や圧力損失を考慮した場合、その粒子径が200μm〜500μmのものが最適であるが、20μm〜200μm程度でもかまわない。一方、粒状体の場合は、その粒径が0.1mm〜5mm程度のものが好ましい。更には、これらの炭素質材料の紛状体または粒状体を種々の糸などの繊維類や織布シート、或いは不織布シートなどの基材となる材料に担持させた状態にして使用することができる。
【0043】
また、本発明のインフルエンザウイルスの吸着除去材は、特に水分を多く含んだ湿度の高い空気中において、その中でインフルエンザウイルスを効率よく化学吸着により除去することができる。このような湿式法によるインフルエンザウイルスの化学吸着除去方法として、例えば、本発明のインフルエンザウイルスの吸着除去材を用いて次のような方法によってインフルエンザウイルスを効率よく吸着除去することができる。
【0044】
具体的には、まず一定の範囲の空間を囲んだ吸着除去装置の中にインフルエンザウイルスを含んだ空気を導入して空気流を形成させ、この空気流に対して霧状の水を噴霧し、この霧状の水を伴ったインフルエンザウイルスを含んだ空気を、上記したようなナラ、カシ、マツ、スギ、イタヤカエデ又はクヌギから選ばれる木材を原料として特定の温度条件下で炭化処理して製造された炭素質材料の粒子を含む吸着層の中を通過させ、ここで空気中のインフルエンザウイルスを炭素質材料に化学吸着させることによって除去する方法である。インフルエンザウイルスの吸着層を構成する炭素質材料は、空気の流れの抵抗を少なくして空気の流通をよくするために炭素質材料の粒状体が好ましく、その粒径が0.1mm〜5mm程度のものが好ましい。
【0045】
インフルエンザウイルスを含んだ空気は、このような本発明の炭素質材料からなる吸着除去材を含む吸着層において炭素質材料に0.01〜5秒程度、好ましくは0.1〜2秒程度の間接触させることが必要である。このように湿潤状態で空気に炭素質材料を一定時間接触させることによって空気中に含まれるインフルエンザウイルスを効率よく除去することができる。インフルエンザウイルスの吸着除去装置の設計に際しては、このような条件を満たすように吸着層の大きさや流通させる空気流の速度を決めてやればよい。
【0046】
次に、本発明を実施例によって更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0047】
(1)各種の木材を用いた炭素質材料の平均細孔径
試料の木材の炭化処理は次のように行った。即ち、炭素質材料を得るための原料として表1に示す各種の木材片を用いて、試験片の木材片をステンレス製の蓋付円筒容器に入れ、この容器を電気マッフル炉に入れて、炉の温度を550℃まで毎分5℃の速度で昇温して1時間加熱し、その後750℃まで毎分5℃の速度で昇温してこの温度で1時間保持した後、放冷するという操作によって炭化処理を行った。なお、この炭化条件における雰囲気中の酸素濃度は1〜2%程度であった。このような炭化処理を行って得られた炭素質材料であるそれぞれの試験片について、水銀圧入法によって細孔容積と細孔径分布から平均細孔径を求めた。水銀圧入法による測定は、CARLO ERBA社製のPOLOSIMETER 2000を用いた。その結果を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
ここで得られた炭素質材料のうち、カシ、スギ、ナラ及びマツについて、それらの走査電子顕微鏡写真をそれぞれ図1〜図4に示す。この電子顕微鏡写真からわかるように、ここで得られた炭素質材料は、その表面に繊管束に由来すると思われる数μm〜20μm程度の細孔(超マクロ孔)が観察される。
【0050】
更に、表1からわかるように、原料の木材として、ナラ、カシ、マツ、スギ、イタヤカエデ又はクヌギを用いて、上記のような操作方法で炭化処理を行った場合には、この数μm〜20μm程度(数千nm〜20000nm程度)の細孔(超マクロ孔)の内部に、水銀圧入法で測定した平均細孔径が100nmから1500nm程度の細孔を有する炭素質材料が得られた。一方、原料の木材として、竹、ラワン又はヤシ殻を用いた場合には、同様の操作方法で炭化処理を行った場合でも、大きくて数十nm程度の細孔を有する炭素質材料が得られた。
【0051】
(2)インフルエンザウイルスの吸着除去試験(その1)
原料として岩手県産のナラを用いて、上記(1)と同様の方法によって炭化処理を行って炭素質材料を得た。この炭素質材料を破砕機で破砕し、20〜63μm、63〜106μm及び106〜212μmの粒子径に調製した粉状体を得た。この粉状体を用いて、以下のようにしてインフルエンザウイルスの吸着除去試験を行った。なお、ここで使用するナラ材を用いた炭素質材料の走査電子顕微鏡写真は図1に示したものである。この炭素質材料は、電子顕微鏡写真で直接観察できる細孔は直径が2〜10μm(2000nm〜10000nm)のものであり、大きな超マクロ孔が観察されるが、この超マクロ孔の内部に存在するマクロ孔は、表1に示すように水銀圧入法で測定した平均細孔径が約500nmであった。
【0052】
上記の3種類の炭素質材料の粉状体について、A型インフルエンザウイルスA/Panama/2007/99(H3N2)株に対する吸着固定力を調べた。ウイルスの吸着固定力は、以下のようにしてウイルスの細胞変性効果(CPE、Cytopathic Effect)からウイルス感染価をもとめ、これを指標として算出した。
【0053】
上記の炭素質材料の3種類の粉状体の各0.5gに4.5mLのPBS(リン酸を主体としたウィルス培養液)を加えた後、0.1mLの上記のインフルエンザウイルスの液を加え、5分間撹拌振とうし、炭素質材料の粉状体にウイルスを吸着固定させた。次に、このウイルス液について、ウイルスを吸着固定した炭素質材料の粉状体を10,000rpmの回転速度で遠心分離して沈降させ、炭素質材料に吸着されなかったウイルスを含む上清を採取した。この上清について10倍希釈系列の溶液を作製し、それぞれの50μLを、96ウエルプレートに培養したMDCK(Madin-Darby Canine Kidney)細胞に摂取し、30分間吸収させた後、インフルエンザウイルス増殖培地を加えて、5日間炭酸ガス培養器内で培養した。各ウエルのインフルエンザウイルスの細胞変性効果(CPE)を観察して、50%のウエルにCPEを表すウイルスの希釈倍率をRed-Menshch法またはKarber法を用いて算出した。さらに、この細胞変性効果をもとにウイルスの感染価を算出し、これを指標として炭素質材料の粉状体のウイルス吸着固定力を評価した。得られた結果を表2に示す。
【0054】
ここで、細胞変性効果とは、ウイルスが犬の分離腎臓細胞に与える変成効果であり、鏡顕的観察によって検査した腎臓細胞の中の変成が検出された細胞の割合から得られる値である。ウイルスの感染価は、対象となるウイルス液について10倍希釈系列の試験溶液を作製し、それぞれの試験溶液を犬の腎臓細胞に接種し、インフルエンザウイルス増殖培地を加えて5日間ウイルスを培養し、この結果にもとづいて、50%の腎臓細胞に変成効果を与えるウイルス試験溶液の希釈倍率を統計処理によって算出し、この溶液に含まれるウイルスの数を溶液1mL当たりに示したものである。
【0055】
表2において、ウイルスの感染価(TCID50)は、試料を10のn乗希釈した時に50%のウィルス細胞に感染性が認められた場合の希釈倍率である。また、ウィルス吸着率は、次のようにして求めたものである。即ち、炭素質材料の吸着試験に使用したウイルス液について細胞変成効果に基づいて算出した感染価を「A」をとし、炭素質材料の吸着試験後の遠心分離の上清液について細胞変成効果に基づいて算出した感染価を「B」とし、次式によって算出した。
【0056】
【数1】

【0057】
【表2】

【0058】
表2に示すように、ナラ材を原料とした平均細孔径が約500nmの炭素質材料の粉状体においては、最も粒子径が大きい106〜212μm粉状体の場合でも、5分間のインフルエンザウイルスとの接触により、93.69%のインフルエンザを吸着固定できることがわかった。粒子径がより小さい63〜106μmの粉状体では、吸着固定率が99.80%に増加し、さらに粒子径が小さい20〜63μmの粉状体では、99.99%以上のウイルスを吸着固定できることがわかった。即ち、粉状体の粒子径を小さくするほど、粉状体の表面積が増大するため、ウイルスの吸着固定力が増加することがわかった。
【0059】
(3)インフルエンザウイルスの吸着除去試験(その2)
次に、上記の試験結果を考慮して、ナラ材、スギ材、カシ材およびマツ材の炭化物を最小粒子径である20〜63μmに調整したそれぞれの紛状体について、インフルエンザウイルスとの接触時間をさらに短く1分に設定し、インフルエンザウイルス吸着固定力を調べた。この実験でも、A型インフルエンザウイルスA/Panama/2007/99(H3N2)株を用いた。
【0060】
吸着除去試験(その1)と同様に、ナラ材、スギ材、カシ材およびマツ材を用いた炭素質材料の粒子径が20〜63μmのそれぞれの粉状体の0.5gに4.5mLのPBSを加えた後、0.1mLのインフルエンザウイルス液を加え、1分間撹拌振とうし、炭素質材料の粉状体にインフルエンザウイルスを吸着固定させた。次に、炭素質材料の粉状体に吸着固定させたウイルスを10,000rpmの回転速度で遠心分離して沈降させ、粉状体に吸着されずに残っているウイルスを含む上清を採取した。この上清について10倍希釈系列溶液を作製し、それぞれの50μLを96ウエルプレートに培養したMDCK細胞に摂取し、30分間吸収させた後、インフルエンザウイルス増殖培地を加えて、5日間炭酸ガス培養機内で培養した。各ウエルのインフルエンザウイルスの細胞変性効果(CPE)を観察して、50%のウエルにCPEを表すウイルスの希釈倍率をRed-Menshch法またはKarber法を用いて算出した。さらに、この細胞変性効果をもとにウイルスの感染価を算出し、これを指標として20〜63μm粒子径の粉状体のインフルエンザウイルス吸着固定力を評価した。得られた結果を表3に示す。なお、ウイルスとの接触時間1分間は、本実験系における可及的最短時間である。
【0061】
【表3】

【0062】
表2、表3の結果からわかるように、ナラ材、スギ材およびカシ材を原料とした平均細孔径が100nmから2000nmの範囲にある炭素質材料の粉状体では、非常に優れたインフルエンザウイルスの吸着能を有しており、特に水溶液中などの湿潤状態で吸着させる場合には短時間で高い吸着率でインフルエンザウイルスを吸着除去することができることがわかった。また、マツ材の炭素質材料については平均細孔径を測定していないが、20〜63μmの紛状体は、ナラ材、スギ材およびカシ材の紛状体とほぼ同等のインフルエンザウイルス吸着能を示すことが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明のインフルエンザウイルス吸着除去材は、低コストで非常に効率よく空気中のインフルエンザウイルスを吸着除去することができるので、特に新型インフルエンザウイルスによるインフルエンザが流行している昨今においては、これらのウイルスによる感染予防などのために極めて有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナラ、カシ、マツ、スギ、イタヤカエデ、クヌギからなる群から選ばれる木材を、温度500〜800℃で炭化処理して得られた炭素質材料を用いることを特徴とするインフルエンザウイルスの吸着除去材。
【請求項2】
炭素質材料が、その材料表面に電子顕微鏡による観察で2μm〜20μmの細孔径を有する超マクロ孔を有し、かつ、その内部に水銀圧入法で求めた平均細孔径が100nm〜2000nmのマクロ孔を有する多孔質材料であることを特徴とする、請求項1に記載のインフルエンザウイルスの吸着除去材。
【請求項3】
炭素質材料が、その内部のマクロ孔の内面に酸性化学官能基および/または塩基性化学官能基を有していることを特徴とする、請求項1または2に記載のインフルエンザウイルスの吸着除去材。
【請求項4】
インフルエンザウイルスの表面に存在する酸性化学官能基および/または塩基性化学官能基を、前記請求項1ないし3のいずれかに記載する炭素質材料のマクロ孔内面に存在する酸性化学官能基および/または塩基性化学官能基と化学反応を起こさせ、該マクロ孔内面にインフルエンザウイルスを吸着・固定させて空気中のインフルエンザウイルスを除去することを特徴とする、インフルエンザウイルスの吸着除去方法。
【請求項5】
インフルエンザウイルスを含んだ空気流に水を噴霧し、この湿潤状態の空気を前記請求項1ないし3のいずれかに記載する炭素質材料から構成される吸着層と接触させることを特徴とする、インフルエンザウイルスの吸着除去方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2013−635(P2013−635A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−132343(P2011−132343)
【出願日】平成23年6月14日(2011.6.14)
【出願人】(511144653)株式会社ジーアンドエム (1)
【Fターム(参考)】