説明

インプラント材

【課題】 本発明は、初期固定力を向上させて、長期安定化が図れるインプラント材を提供することにある。
【解決手段】
本発明のインプラント材は、生体アパタイトの主応力ベクトルに対して略平行な孔を有するインプラント材であって、前記孔は、一方向性であることを特徴とする。本発明のインプラント材の好ましい実施態様において、前記孔が、格子状メッシュからなることを特徴とする。本発明のインプラント材の好ましい実施態様において、前記メッシュが、チタン製、チタン合金製、コバルトクロム合金製、タンタル製、又はステンレス鋼製であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インプラント材及び前記インプラント材の製造に適用可能な冶具に関し、特に、主応力ベクトルを考慮したインプラント材、及び前記インプラント材の製造に適用可能な冶具に関する。
【背景技術】
【0002】
骨・関節疾患の治療に用いられる人工関節の固定を行うため、骨のアンカリング効果で人工関節を直接固定するセメントレス法が注目されている。従来のセメント法では硬化時の重合熱による生体への影響や術後人工関節のルースニングによる再置換手術が問題となることから、セメントレス法は被験者のQOL向上にとって有用であるといえる。
【0003】
また、人工骨、人工関節等において、骨を再生する際の部材としては、体内に埋設されるため、生体細胞との親和性が重要であるという観点から、多孔質セラミックス焼結体が知られている。例えば、セラミックス原料粉末を水に分散させたスラリーを用いて凍結し、乾燥後焼結する多孔質セラミックス焼結体の製造方法が知られている(特許文献1)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−192280号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述の特許文献1において、製造工程が煩雑であり、また、得られたとしても作製されたものが強度が非常に低く実用性に乏しいものであるという問題点があった。また、従来においては、関節の破綻をきたして再置換術に至る傾向が増加している問題点もあった。すなわち、例えば、人工股関節置換術用インプラントを例にとると、再置換手術に至る要因としては、インプラントの緩み (ルースニング)やインプラント周囲の骨折などの問題が挙げられる。これは骨―インプラント間の力学特性乖離による応力伝達阻害現象、いわゆるストレスシールディング効果により生じる骨損失が原因であることが判明されつつある。この改善策として、骨のヤング率に近付けるための材料開発や大腿骨髄腔形状との適合性を高めるインプラント設計等により、外的負荷による荷重伝達をインプラント周囲の骨へ促す試みが行われているが、まだ決定的な解決策を得るには至っていない。この理由として、骨―インプラント間の界面に生じる局所的な応力状態と、骨代謝による骨微細構造の変化との密接な関係に基づいたインプラント設計が十分でないことが考えられる。
【0006】
このように、従来においては、ボーンイングロースするまでの初期固定力が弱い点が課題であり、初期固定力を向上させて、長期安定化を図れるインプラント材の提供が望まれている。しかし、このようなインプラント材はこれまで知られていない。
【0007】
そこで、本発明は、初期固定力を向上させて、長期安定化が図れるインプラント材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、発明者らは、生体硬組織の微小領域における構造解析について鋭意研究した結果、本発明のインプラント材を見出すに至った。
【0009】
本発明のインプラント材は、生体アパタイトの主応力ベクトルに対して略平行な孔を有するインプラント材であって、前記孔は、一方向性であることを特徴とする。
【0010】
本発明のインプラント材の好ましい実施態様において、前記孔が、格子状メッシュからなることを特徴とする。
【0011】
本発明のインプラント材の好ましい実施態様において、前記メッシュが、チタン製、チタン合金製、コバルトクロム合金製、タンタル製、又はステンレス鋼製であることを特徴とする。
【0012】
本発明のインプラント材の好ましい実施態様において、前記孔が、溝状、ハニカム状、又はロータス状であることを特徴とする。
【0013】
本発明のインプラント材の好ましい実施態様において、前記インプラント材を生体硬組織に適用した場合に、前記生体硬組織の配向方位と略同一方位に向かって、前記孔が一方向性となるように設計されていることを特徴とする。
【0014】
本発明のインプラント材の好ましい実施態様において、前記インプラント材が、金属、炭素繊維強化複合材、高分子複合材、又はセラミックス複合材からなることを特徴とする。
【0015】
本発明の格子状メッシュ製造用冶具は、格子状メッシュを製造するための冶具であって、押え蓋と、押え台と、ガイドピンと、前記ガイドピンの傾斜と連動する角度振り部と、からなることを特徴とする。
【0016】
本発明の格子状メッシュ製造用冶具の好ましい実施態様において、さらに、前記格子メッシュをシフトさせることが可能なシフト部を有することを特徴とする。
【0017】
また、本発明のインプラント材用メッシュは、生体アパタイトの主応力ベクトルに対して略平行な孔を有するインプラント材用メッシュであって、前記孔は、一方向性であることを特徴とする。
【0018】
また、本発明のインプラント材用メッシュの好ましい実施態様において、前記孔が、格子状メッシュからなることを特徴とする。
【0019】
また、本発明のインプラント材用メッシュの好ましい実施態様において、前記メッシュが、チタン製、チタン合金製、コバルトクロム合金製、タンタル製、又はステンレス鋼製であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明のインプラント材によれば、初期固定力を向上させて、長期安定化が図れることができるという有利な効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、犬用人工骨頭ステムのレントゲン写真を示す図である。
【図2】図2は、図1の犬用人工骨頭ステムのレントゲン写真において、四角で囲んだ部分の拡大図であって、犬用人工骨頭ステムの溝内部の新生骨分布を示す図である。溝・孔角度の違いによる骨伝導能の相違を示す図である。
【図3】図3は、図2に対応する部分における、FEA(非線形解析(MSC.Marc2008(ソフトウエア)で算出した主応力ベクトル分布を示す図である。
【図4】図4は、人工股関節が埋め込まれた生体硬組織を示す図である。(A)は、生人工股関節が埋め込まれた生体硬組織を、(B)は、メッシュの拡大図を、それぞれ示す。
【図5】図5の左図は、従来の多孔質(ポーラス)部分の断面を示し、右図は、従来の多孔質部分の平面図を示す図である。ポーラス部内はランダム空間であることが分かる。
【図6】図6は、配向性孔チタンメッシュの一例を示す図である。
【図7】図7は、メッシュを作成可能な冶具の一例を示す図である。
【図8】図8(A)は、メッシュを作成可能な冶具を示し、図8(B)は、メッシュの断面図を示し、(C)は、(B)の配向性孔が傾斜した断面に対して奥行方向に活断した図であり、一定の周期で素線が配置されていることを示し、図8(D)は、メッシュの平面図を示し、(E)は、メッシュの全体図を、それぞれ示す。
【図9】図9は、力学シミュレーションの一例を示す図である。(A)は、人工骨の側面図を示し、(B)は、(A)の四角で囲んだ部分における、インプラント材と生体組織との拡大図を示し、(C)及び(D)は、(B)の四角で囲んだ部分における、インプラント材と生体組織とのさらなる拡大図を示し、(C)は60°、0°、-60°設定孔の場合を、(D)は30°、0°、-30°設定孔の場合をそれぞれ示す。(E)はインプラント材のステム等に持ちた材料等を示す。(F)は溝(孔)の拡大図を示す。(G)はステム側面に投影した主応力ベクトルと溝壁面とがなす角θを示す。
【図10】図10は、溝内の骨に生じる主応力ベクトルの定量評価を示す図である。
【図11】図11は、溝内の骨に生じる主応力ベクトルの定性評価を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明のインプラント材は、生体アパタイトの主応力ベクトルに対して略平行な孔を有するインプラント材であって、前記孔は、一方向性であることを特徴とする。生体アパタイトの主応力ベクトルとは、主応力方向のことであり、骨が成長していく方向である。したがって、生体アパタイトの主応力ベクトルに対して略平行とは、骨が成長していく方向に対して略平行にという意味である。このように主応力ベクトルに対して略平行になるような配向性孔をインプラント表面に導入することで、インプラント周囲の骨が健全な応力状態となり、高質な骨がインプラント表面に形成されるという有利な効果を奏することが推測される。
【0023】
骨―インプラント間の界面に生じる局所的な応力状態と、骨代謝による骨微細構造の変化との密接な関係に基づいたインプラント設計が重要であることは上述の通りであるが、本発明においては、主応力ベクトルという概念を用いて、骨―インプラント間の界面に生じる局所的な応力状態と、骨代謝による骨微細構造の変化との密接な関係に基づいたインプラント設計を試みている。
【0024】
インプラント表面への骨適合性向上を目的とした表面処理として、チタンビーズやプラズマス溶射といった多孔質構造を付与して骨進入による骨形成を促しているが、骨量形成と高密度化が達成されても配向化しなければ骨として十分な機能を発揮できないことが本発明者らにより分かってきている。また、骨再生過程において、体内での生体アパタイトの配向性と負荷応力(主応力ベクトル)並びに骨の力学特性は深い相関があることから、インプラント表面形状を最適化することで骨系細胞の一つであるオステオサイトの配列・遊走方向を人為的に制御し、骨とインプラントの界面強度を高められると期待される。
【0025】
そこで、今回、生体アパタイトの主応力ベクトルに対して略平行な孔を有するインプラント材であって、前記孔は、一方向性としたことにより、インプラントの安定化、界面強度向上を図ることができることを本発明者らは見出した。
【0026】
骨は主に無機成分であるI型コラーゲン (Col)と生体アパタイト (BAp)結晶から成り、石灰化したBApとColの複合体が骨の強度と柔軟性を与えている。このBApは六方晶系の結晶構造をもつことから、a、c軸に沿った顕著な力学的異方性を示す。また、Colのホールゾーン内にはBAp結晶の核生成サイトがあり、エピタクシアル成長に伴い石灰化が進行することから、Colの走行方向に対してBApのc軸配向性はほぼ一致している。こうしたBAp/Col複合体として組織的形成は、骨の力学機能を決定する上で重要な因子であると考えられている。
【0027】
さらに、骨は力学的刺激に応じて形態や強度等が制御されており、この恒常性維持には骨細胞の応力感受機能が深く関っている。骨細胞は互いに細胞突起を介した骨細胞の細胞性ネットワークに基づく骨代謝調整を行う。以上のことから、BAp/Colの配向性と骨の力学特性ならびにin vivo応力の間にはそれぞれ深い相関があることが示唆される。
【0028】
こうした力学的バランスが取れたin vivo応力環境下において、インプラント材、例えば、人工股関節インプラントの埋入によって生じるストレスシールディング効果を低減し、早期骨伝導をインプラントへ促すためには、主応力方向に基づくインプラント表面設計が有効であることを本発明者らは見出した。(図2、3等参照)。
【0029】
すなわち、骨内の海綿骨の骨梁は、外的負荷からの応力を緩和・吸収するように方位依存性をもって分布しているため、骨梁の走行方向は生体内の応力(主応力)と深い相関があることが予想される。こうした力学的にバランスの取れた骨内において、例えば、大腿骨内に金属製の人工股関節を埋入されると、荷重伝達が阻害され、いわゆる応力遮蔽効果という現象から骨吸収が生じ、人工股関節周囲の骨はやせて、骨折の可能性が高くなることが予想される。
【0030】
そこで、本発明者らは、骨梁が従来の骨再構築(リモデリング)により成長していく現象に注目し、これに類似可能な孔ないし溝をインプラントに施すことで、インプラント周囲の骨組織の健全化を図り、溝内への高量・高質な骨形成によって長期安定固定の期待できるインプラントが創製できると考えた。前述したように、インプラント周囲の骨組織は主応力に相関があるので、例えば応力シミュレーションで予め生体内の主応力ベクトルが分かっていれば、その方向への配向性孔ないし溝の導入が効果的であることを見出し、これについては、後述する実施例において、動物実験で確認することができた。
【0031】
主応力ベクトルの測定については、溝内の骨の主応力ベクトルはFEAによる応力シミュレーションから算出することができる。しかし、そのままでは溝深さ方向に対して主応力ベクトルが何度傾いているかわからないので、インプラントの表面へ垂直に投影させることで2次元上で角度差を計測する。このようにして、主応力ベクトルを測定可能である。
【0032】
また、本発明のインプラント材の好ましい実施態様において、前記孔が、メッシュ、好ましくは格子状メッシュからなる。インプラント材は、生体アパタイトの主応力ベクトルに対して略平行な孔を有し、前記孔は、一方向性であれば、インプラント材に直接的に孔を設けてもよいが(例えば、図1においては、直接的に孔を、溝状で設けている)、メッシュを利用して孔を作成してもよい。好ましい実施態様において、前記メッシュが、チタン製、チタン合金製、コバルトクロム合金製、タンタル製、又はステンレス鋼製である。
【0033】
また、好ましい実施態様において、前記孔が、溝状、ハニカム状、又はロータス状である。
【0034】
そして、本発明のインプラント材の好ましい実施態様において、前記インプラント材を生体硬組織に適用した場合に、前記生体硬組織の配向方位と略同一方位に向かって、前記孔が一方向性となるように設計されている。このように設計することによって、インプラント周囲の骨組織は従来の骨リモデリングを行う健全な環境が整うため、一方向性孔に高量・高質な骨形成が促進する。その結果、生体内硬組織とインプラント材との間の初期固定力を大幅に向上させて、長期安定化が図れることができる。すなわち、本来骨が成長していく方向に孔や溝が設けてあるので、生体硬組織からの骨成長が活発に促されてインプラント材の安定固定を確立することが可能となる。
【0035】
本発明のインプラント材の好ましい実施態様において、前記インプラント材が、金属、炭素繊維強化複合材、高分子複合材、又はセラミックス複合材からなることを特徴とする。
【0036】
生体内の応力環境下での主応力ベクトルに対して平行な一方向性孔は、オステオサイトに伝達する応力環境を健全化させ骨形成や骨質改善を促す。この配向化骨を誘導する一方向性孔は、例えば、格子状のメッシュを特殊なジグによって積層・プレス加工することで作製することができる。骨誘導能に優れるという観点から、メッシュ、好ましくはチタン製メッシュへ採用することで、初期固定力の向上と長期安定維持を兼ね備えた自発的形成促進機能を持つ表面技術が確立できる。またチタン製メッシュは母材と分子レベルの接合(拡散接合)が可能であり、異種材料間の剥離・脱落の問題もまた解消することができるという有利な効果も期待される。
【0037】
本発明の格子状メッシュ製造用冶具は、格子状メッシュを製造するための冶具であって、押え蓋と、押え台と、ガイドピンと、前記ガイドピンの傾斜と連動する角度振り部と、からなることを特徴とする。
【0038】
ここで、メッシュの製造工程の一例について、図面を参照しながら説明すれば以下のようである。図7は、メッシュを作成可能な冶具の一例を示す図である。16はプレス方向、17は押え蓋、18はガイドピン、19は角度振り部、20はシフト部、21は押え台である。
【0039】
図8(A)は、メッシュを作成可能な冶具を示し、図8(B)は、メッシュの断面図を示し、(C)は、(B)の配向性孔が傾斜した断面に対して奥行方向に活断した図であり、一定の周期で素線が配置されていることを示し、図8(D)は、メッシュの平面図を示し、(E)は、メッシュの全体図を、それぞれ示す。
【0040】
配向性孔メッシュ用特殊ジグは、ジグ本体と押え蓋17、ガイドピン18と角度調整機19からなり、ガイドピン18を把持した状態で、例えば4本のガイドピン18が連結して角度調整できる機構になっている。製造プロセスについては、まず格子形状のメッシュ、例えば、チタン製メッシュを数枚重ねてガイドピン18をメッシュの孔に通す。
【0041】
次に、予め算出したガイドピン角度に設定することで、積層したメッシュ13を傾斜させる。その後、ガイドピン18を含めたメッシュ層の上から、蓋17を介してプレス機にて加圧し、目標メッシュ厚に成形する。ガイドピン18はメッシュ材と同材料を用いることができ、そのまま製品として使用したとしても体内に影響はない。しかし、基本的には取り除いて使用することが好ましい。さらに、ジグ本体もメッシュと同系の材料とすることができるため、加工中に生じる摩耗粉の影響も比較的無視できる。
【0042】
本発明の格子状メッシュ製造用冶具の好ましい実施態様において、さらに、前記格子メッシュをシフトさせることが可能なシフト部を有することを特徴とする。例えば、図7に示すようなシフト部20があれば、ガイドピン18を一定方向(例えば、角度振りが設置されているラインをX軸として、一定方向をX軸とすると)、例えば、X軸に傾けることができ、シフト部によって、前記X軸に垂直な方向へずらしてキメ細かい孔を作ることが可能である。図7においては、X軸と垂直な方向に対して、±4.5mmシ フト可能である。
【0043】
また、本発明のインプラント材用メッシュは、生体アパタイトの主応力ベクトルに対して略平行な孔を有するインプラント材用メッシュであって、前記孔は、一方向性であることを特徴とする。これについては、上述の本発明のインプラント材の説明をそのまま適用可能である。メッシュは、本発明の上述の冶具によっても作製可能である。
【0044】
また、本発明のインプラント材用メッシュの好ましい実施態様において、前記孔が、格子状メッシュからなることを特徴とする。
【0045】
また、本発明のインプラント材用メッシュの好ましい実施態様において、前記メッシュが、チタン製、チタン合金製、コバルトクロム合金製、タンタル製、又はステンレス鋼製であることを特徴とする。
【0046】
配向性孔の角度は、プレス前後のメッシュ厚とガイドピンによる初期設定角度値が重要となる。例えば、目標とするメッシュ厚(T)と配向性孔の角度(θ)が既知であれば、チタンメッシュの枚数(n)と初期厚み(t)より、特殊ジグに設置した配向性孔の角度を調整するガイドピンの設定値(α)は、下式を用いて算出できる。
【0047】
α[degree] = arctan[{t(n−1)sinθ+t−T} / T(n−1)cosθ]
【実施例】
【0048】
ここで、本発明の一実施例を説明するが、本発明は、下記の実施例に限定して解釈されるものではない。また、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することが可能であることは言うまでもない。
【0049】
実施例1
まず、試験動物として、犬を用いて、本発明のインプラント材の作製を試みた。すなわち、溝角度、位置を変化させたインプラント材をビーグル犬(2years/13.1Kg)に埋入し、術後24Wに形成された溝内部の骨の定性、定量評価を行った。
【0050】
図1は、犬用人工骨頭ステムのレントゲン写真を示す図である。すなわち、図1は、犬用に開発した人工骨頭が埋入した大腿骨のレントゲン写真である。人工骨頭とは、大腿骨側のみを置換する体内埋め込み型インプラントの一種で、寛骨側を同時に置換するインプラントは人工股関節と呼ぶ。大腿骨側からすると、両者の差は殆どない。
【0051】
図2は、図1の犬用人工骨頭ステムのレントゲン写真において、四角で囲んだ部分の拡大図であって、犬用人工骨頭ステムの溝内部の新生骨分布を示す図である。溝・孔角度の違いによる骨伝導能の相違を示す図である。すなわち、図2は大腿骨の近位内側部に位置する配向性溝の術後24Wのレントゲン像を示し、溝内の青い部分(グレースケールにより灰色の部分)2、4が新生骨骨梁を示している。図3は、図2に対応する部分における、FEA(非線形解析(MSC.Marc2008(主応力ベクトルを算出するために力学的シミュレーションに使用したソフトウエア)で算出した主応力ベクトル分布を示す図である。
【0052】
動物実験では、溝の最適角度を評価するため、5種類(図2は、60°、0°、−60°の3種類。他に、図1をよく観察すると分かるが、30°、0°、−30°のもの等も試験を行っている。)の溝角度を設置して、溝内の骨梁計測を行った。溝壁面に沿って深くまで多くの高質骨が侵入している溝が、すなわち、図で新生骨骨梁2が多い孔(溝)が(60°設定孔4)、骨の健全化を促す溝角度であるといえる。
【0053】
このように、この場合においては、溝、孔に沿って周囲の海綿骨梁が走行する方向とほぼ一致する、60°設定孔4において、良好な結果が得られた。周囲の海綿骨梁の走行方向とほぼ一致する60°溝内の主応力部分は、溝角度に依存して変化しており、動物実験の結果とよく一致した。すなわち、骨梁の走行方向は主応力ベクトルと深い相関があることから、主応力がインプラント表面の溝角度と平行であることが、インプラントへの骨誘導に効果的であることが判明した。
【0054】
図2及び3において、遠位方向へ傾いた配向性溝内の主応力ベクトル(例えば、孔6内のベクトル)は、近位方向へ向かう溝と比べてベクトルの長さは短く、深さ方向の溝壁面に沿って分布していないことが分かる。これは、遠位方向へ傾斜した溝角度内への骨形成はあまり期待できないことを意味する(孔6)。これに対して、インプラント周囲の骨の主応力ベクトルは近位方向へ向かう溝角度とよい一致を示している孔4においては、近位方向へ向けた配向性溝ないし孔内の骨は、周囲の骨と連続的で、高質であることが予想される(主応力ベクトル7参照)。
【0055】
一方、図示しないが、30°設定孔においては、孔に沿って周辺の海綿骨梁が走行せず、初期固定には時間を要することが推測された。すなわち、主応力ベクトルと平行でない溝角度(今回の場合、30°設定孔等)については、最終的には溝内に骨形成されると思われるが、骨−インプラント界面の初期固定力を得るには時間を要すことが容易に推測される。初期固定力の向上が長期安定固定に重要であることからも、インプラント周囲の骨を健全化させる配向性溝ないし孔の角度は重要であることが判明した。
【0056】
また、孔4の同溝内における配向化骨のBAp(生体アパタイト)のc軸配向性は、溝深さ方向と良い一致を示した。このような主応力方向とBAp配向性を一致させる溝構造の導入は、インプラント周囲から溝内への強い骨伝導能を予感させ、インプラント埋入初期からの強固な固定を案じさせる。すなわち、インプラント周囲の骨に負荷される主応力方向に基づいて、インプラント表面に配向性溝/孔構造を導入することは、その近傍での応力状態を制御可能とし、結果として健全な骨再建に極めて有効であることが理解できる。
【0057】
以上のように、ビーグル犬股関節に24週埋入した人工股関節インプラントの近位内側部に導入した溝構造を解析したところ、予め応力シミュレーションで算出したインプラント周囲の骨に働く主応力方向に平行な角度の溝構造内部において、高量な新生骨が確認された (図1、2及び3)。
【0058】
以上のように、本発明では、従来の表面処理に新機能(自発的骨伝導、骨質維持)を付与することで初期固定力の向上と長期安定維持を可能にした。
【0059】
実施例2
次に、実際にインプラント表面に配向溝/孔構造を設けるのではなく、メッシュを用いて、最適な足場構造の確立を試みた。
【0060】
これまでの試験で、人工股関節インプラントの表面にin vivo応力方向に一致させた配向溝/孔構造を導入することで、インプラント周囲骨の自発的骨伝導能を促進し、初期固定力を高めることで長期間の安定固定が実現可能であることが示唆された。
【0061】
そこで、まず、本発明の一実施態様における冶具を用いて、配向性孔メッシュの作製を試みた。
【0062】
具体的には、図7に示すような本発明の冶具の一例を用いて、配向性孔を有するメッシュの作成を試みた。メッシュの材質としては、チタンを用いた。この配向性孔メッシュは、インプラント母材への直接的な接合により疲労強度に影響が少なく、骨伝導能を付与する表面処理領域および形状を自由に変更できるため、既製インプラントのポーラス部に直ちにとって代わることができる表面制御技術である。
【0063】
まず、格子状メッシュ11を仮固定するため、配向性孔内にガイドピン18を挿入した。その後、四隅に設けたガイドピン18を、連結駆動する角度調整機能(角度振り部)19を用いて、プレスした後のメッシュ位置になるように角度調整した。この時、まだメッシュはプレスされていないので、全体的にメッシュは一軸方向に膨らんでいる。したがって、設定角度は目標角度より高めになっている。そして、プレス装置にて目標の厚みになるまでガイドピン18ごと一軸方向にプレスした。
【0064】
メッシュは一軸方向にしか動かないので、メッシュの厚みとメッシュの初期位置から任意に配向性孔角度が決定される。また、本実施例では、ガイドピン18はメッシュと同材料を用いているため、そのままの製品に使用しても問題ない。但し、孔が潰れているので、ガイドピン18付近のメッシュは使用しないこととした。
【0065】
なお、製造過程において、配向性孔の角度は特殊ジグ (図7)を用いれば自在に設定可能であり、目標とするチタンメッシュ厚(T)と配向性孔の角度(θ)が既知であれば、チタンメッシュの枚数(n)と厚み(t)より、特殊ジグに設置した配向性孔の角度を調整するガイドピンの設定値(α)は下式を用いて容易に算出できるので、以下の式を用いて、設定した。
【0066】
α[degree] = arctan[{t(n−1)sinθ+t−T} / T(n−1)cosθ]
【0067】
但し、この式は目標のメッシュ厚になることが前提としているので、プレス圧力とキープ時間については経験値に委ねられる。メッシュの枚数や配向性孔の角度により体積密度が変わるため、一律いくらといった加工条件は提示できないが、今回試作した10枚メッシュで配向性孔角度30°(ガイドピン角度では60°に相当)、最終メッシュ厚1.3mmのものは、ガイドピンの初期値を30°にした状態でプレス圧力50t、2秒間キープとした。
【0068】
さらに、メッシュの格子ピッチが分かれば、骨形成に重要なポーラス構造体の多孔率も算出できることから、生体適合性においても最適な配向性孔メッシュが作製可能である。
【0069】
この配向性孔メッシュをインプラント母材へ結合させる方法に関しては、原子の拡散を利用した拡散接合法が有用である。拡散接合法は、in vivoでのメッシュの剥離や脱落が生じ難い強固な接合法として臨床実績があり、インプラント母材の機械的特性を損なうことが少ない安定的な手法である。
【0070】
したがって、得られたメッシュを拡散接合法によって、インプラント母材へ結合させた結果、強固に接合されたメッシュ付きインプラント材を得た(図4)。当該メッシュ付きインプラント材においても、良好な初期固定が得られ、長期安定化するインプラント材を得ることが可能となった。
【0071】
図4は、人工股関節が埋め込まれた生体硬組織の一例を示す図である。(A)は、人工股関節が埋め込まれた生体硬組織を、(B)は、メッシュの拡大図を、それぞれ示す。10のメッシュは、拡散接合によりインプラント材と強固に結合されている。
【0072】
なお、図5の左図は、従来の多孔質(ポーラス)部分の断面を示し、右図は、従来の多孔質部分の平面図を示す図である。ポーラス部内は、一方向ではなく、主応力ベクトルを全く考慮していない結果、ランダム空間であることが分かる。
【0073】
例えば、加工を施すと強度が低下する小さなインプラントや加工が難しいインプラントに、本実施例におけるような一方向性メッシュが適用されることができる。具体的には、例えばチタン合金を母材とするインプラントにチタンメッシュを後から接合する場合、拡散接合とよばれる分子間結合処理を施す。そうすれば、体内での脱落の可能性は低く、骨伝導能を施したい場所へピンポイント対応が可能である。チタンメッシュは枚数の制御で厚みが変更でき、孔の角度は予め手計算した角度を専用ジグに設定することで制御可能である。他にもチタン等の金属の線径や格子のピッチ、形状、材質等、組合せによる拡張性は高いと考えられる。
【0074】
実施例3
実施例1、2で用いた人工股関節に関して、主応力ベクトルの測定については以下の通り行った。
【0075】
主応力ベクトルの測定は、溝内の骨の主応力ベクトルはFEA(非線形解析(使用ソフトウエア(MSC.Marc2008))による応力シミュレーションから算出することができる。しかし、そのままでは溝深さ方向に対して主応力ベクトルが何度傾いているかわからないので、インプラントの表面へ垂直に投影させることで2次元上で角度差を計測する。このようにして、主応力ベクトルを測定可能である。
【0076】
以下図面を参照しながら、溝内の骨に生じる主応力の定量評価、定性評価について説明する。図9は、力学シミュレーションの一例を示す図である。図9において、22はLoad 200N(ニュートン) (B.Van Rietbergen et al./Journal of Biomechanics 32 1999)、23は40N、24は50Nの荷重がかかると仮定して算出している。他の骨の場合には、それぞれ骨固有の異なる荷重が種々の部位にかかり、その結果、骨特有の主応力ベクトルが算出される。)、25は溝奥、26は溝入口、27は近位内側、28は60°、29は30°、30はステム側面に投影した主応力と溝側面とがなす角θ、をそれぞれ示す。
【0077】
まず、溝の角度、深さ及びステムの材質等を変更した時、溝(孔)内の骨に生じる主応力ベクトルの角度、大きさを定性的、定量的に評価した。図10は、溝内の骨に生じる主応力ベクトルの定量評価を示す図である。60°溝、-60°溝、30°溝、-30°溝、0°溝のいずれにおいても、横軸は、溝側面との角度差θ(degree)を示す。横軸の左から順に、(1)|θ|≦10、(2)10<|θ|≦20、(3)20<|θ|≦30、(4)30<|θ|≦40、(5)40<|θ|≦50、(6)50<|θ|≦60、(7)60<|θ|≦70、(8)70<|θ|≦80、(9)80<|θ|≦90を示す。
【0078】
この結果、今回の試験生体組織においては、60°溝(孔)において、溝内の骨に生じる主応力ベクトルは溝側面から±30°内にほぼ分布しており、主応力ベクトルの方向と、孔の深さ方向とがほぼ一致して(±30°以内)、良好な骨形成を示すことが分かる。
【0079】
図11は、溝内の骨に生じる主応力ベクトルの定性評価を示す図である。図中の溝奥、溝入口とあるのは、例えば、図9における溝奥、溝入口である。この結果、溝角度60°内の骨の主応力ベクトルは溝(孔)の深さ方向にほぼ平行(略平行)に分布し、周囲の骨の主応力ベクトルとほぼ平行であること分かる。また、溝深さによる骨の主応力ベクトル分布に差異が無いことが分かる。このような孔の設定において、良好な骨形成が観察された。
【0080】
一方、溝角度0°や、溝角度-60°では、溝奥、溝入口等の溝深さによる骨の主応力ベクトル分布がばらばらで良好な結果を示さないことが分かった。
【0081】
その結果、近位方向へ60°傾いた溝内の骨の主応力ベクトルは、他の溝角度と比べて明らかに溝深さ方向に沿って分布しており、良好な骨形成、初期固定安定化を図ることが可能であることが判明した。
【0082】
今回の生体組織においては、60°孔が有利であることが判明したが、他の部位の生体組織においては、異なる角度の孔が有利であることが予想されるが、いずれにしても生体組織に特異的な主応力ベクトルを算出して、的確な孔、溝を設計することにより、良好な初期安定化を図ることが可能であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0083】
現在、人口関節等の症例数が急速に増加しており、術後早期に安定固定化するインプラントの設計は、必須であり、整形外科治療を始め広範な分野において、本発明は有益である。
【符号の説明】
【0084】
1 インプラント材
2 生体組織(図で灰色の部分は、新生骨骨梁を示し、黒い部分は、明確ではないが、まだ石灰化していない骨組織である類骨(殆どがコラーゲン線維から構成)か、本当に骨が存在していない空隙かのいずれかと考えられる。)
3 黒い部分は、明確ではないが、まだ石灰化していない骨組織である類骨(殆どがコラーゲン線維から構成)、又は本当に骨が存在していない空隙
4 60°設定孔(新生骨骨梁部分が非常に多い。初期固定が良好である。)
5 0°設定孔
6 −60°設定孔
7 主応力ベクトルの方向
8 主応力ベクトルの方向
9 主応力ベクトルの方向
10 メッシュ
11 チタンメッシュ
12 シフトさせた積層メッシュの断面
13 積層メッシュの平面
14 積層メッシュの断面
15 積層メッシュの断面
16 プレス方向
17 押え蓋
18 ガイドピン
19 角度振り部
20 シフト部
21 押え台
22 Load 200N (B.Van Rietbergen et al./Journal of Biomechanics 32 1999)
23 40N
24 50N
25 溝奥
26 溝入口
27 近位内側
28 60°
29 30°
30 ステム側面に投影した主応力ベクトルと溝側面とがなす角θ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体アパタイトの主応力ベクトルに対して略平行な孔を有するインプラント材であって、前記孔は、一方向性であることを特徴とするインプラント材。
【請求項2】
前記孔が、格子状メッシュからなる請求項1記載のインプラント材。
【請求項3】
前記メッシュが、チタン製、チタン合金製、コバルトクロム合金製、タンタル製、又はステンレス鋼製である請求項2記載のインプラント材。
【請求項4】
前記孔が、溝状、ハニカム状、又はロータス状である請求項1〜3項のいずれか1項に記載のインプラント材。
【請求項5】
前記インプラント材を生体硬組織に適用した場合に、前記生体硬組織の配向方位と略同一方位に向かって、前記孔が一方向性となるように設計されている請求項1〜4項のいずれか1項に記載のインプラント材。
【請求項6】
前記インプラント材が、金属、炭素繊維強化複合材、高分子複合材、又はセラミックス複合材からなることを特徴とする請求項1〜5項のいずれか1項に記載のインプラント材。
【請求項7】
格子状メッシュを製造するための冶具であって、押え蓋と、押え台と、ガイドピンと、前記ガイドピンの傾斜と連動する角度振り部と、からなる格子状メッシュ製造用冶具。
【請求項8】
さらに、前記格子メッシュをシフトさせることが可能なシフト部を有する請求項7記載の冶具。
【請求項9】
生体アパタイトの主応力ベクトルに対して略平行な孔を有するインプラント材用メッシュであって、前記孔は、一方向性であることを特徴とするインプラント材用メッシュ。
【請求項10】
前記孔が、格子状メッシュからなる請求項9記載のインプラント材用メッシュ。
【請求項11】
前記メッシュが、チタン製、チタン合金製、コバルトクロム合金製、タンタル製、又はステンレス鋼製である請求項11又は12記載のインプラント材メッシュ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−90785(P2013−90785A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−234561(P2011−234561)
【出願日】平成23年10月26日(2011.10.26)
【出願人】(508282465)ナカシマメディカル株式会社 (22)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】