説明

インプラント用材料

【課題】生体骨組織と良好な結合を形成し、安定性及び耐久性に優れると共に生体骨組織と良好な結合を形成するインプラント用材料を実現できるようにする。
【解決手段】インプラント用材料は、基材10と、基材10の表面に形成された炭素質膜20とを備えている。炭素質膜20は、その表面において炭素原子、酸素原子及び窒素原子を有し、炭素原子は酸素原子と結合して酸素隣接一重結合性炭素及びカルボキシル基炭素を形成している。炭素質膜20の表面における窒素原子の含有率は8.0原子%以上であり、酸素隣接一重結合性炭素の含有率は5.4%以上であり、カルボキシル基炭素の含有率は3.1%以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インプラント用材料に関し、特に骨組織との親和性が必要な人工歯根、義歯及び人工関節等に用いる材料に関する。
【背景技術】
【0002】
人工歯根、人工股関節、人工膝関節及び骨接合材等の生体内に埋め込むインプラントは、高齢化社会においてはますます重要となる。インプラントの基材としてチタン及びチタン合金が生体適合性、耐食性及び機械的強度に優れているという理由から使用されている。しかし、チタン及びチタン合金は、生体骨組織と結合する性質を有しておらず、生体骨と一体化することはない。このため、長期間にわたり生体内に埋め込むと、緩みやずれを生じる。インプラントを生体骨組織と結合させるために、インプラントの基材表面を生体適合性の材料によりコーティングすることが試みられている。
【0003】
インプラントのコーティングとして、最も一般的に用いられている材料は、ヒドロキシアパタイトである。しかし、ヒドロキシアパタイトは、チタン等からなる基材との密着性が悪い。このため、ヒドロキシアパタイトによりコーティングしたインプラントは、安定性及び耐久性の面で問題がある。
【0004】
インプラントのコーティングとして、ダイヤモンド様膜(DLC膜)を用いることも試みられている(例えば、特許文献1を参照。)。DLC膜はチタン等からなる基材との密着性に優れているため、安定したコーティングを形成できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−143185号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、DLC膜によるコーティングは、金属アレルギーを低減することを目的としている。このため、DLC膜が生体骨組織と良好な結合を形成するための条件については考慮されていない。
【0007】
本発明は、本願発明者らが見出した生体骨組織と良好な結合を形成する炭素質膜を備え、安定性及び耐久性に優れると共に生体骨組織と良好な結合を形成するインプラント用材料を実現できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するため、本発明はインプラント用材料を、その表面におけるカルボキシル基炭素の含有率が酸素隣接一重結合性炭素の含有率よりも低く且つ窒素原子を有している炭素質膜を備えている構成とする。
【0009】
具体的に、本発明に係るインプラント用材料は、基材と、基材の表面に形成された炭素質膜とを備え、炭素質膜は、その表面において炭素原子、酸素原子及び窒素原子を有し、炭素原子は酸素原子と結合して酸素隣接一重結合性炭素及びカルボキシル基炭素を形成し、炭素質膜の表面における、窒素原子の含有率は8.0原子%以上であり、酸素隣接一重結合性炭素の含有率は5.4%以上であり、カルボキシル基炭素の含有率は3.1%以下である。
【0010】
本発明のインプラント用材料は、窒素原子の含有率が8.0原子%以上であり、酸素隣接一重結合性炭素の含有率が5.4%以上であり、カルボキシル基炭素の含有率が3.1%以下である炭素質膜を備えている。このため、表面が親水性となっていると共に、負の電荷を有するカルボキシル基炭素が少ないため表面電位が大きく低下していない。従って、骨芽細胞が増殖しやすく且つ骨形成が活発に行われる。
【0011】
本発明のインプラント用材料において、カルボキシル基炭素の含有率を酸素隣接一重結合性炭素の含有率で除した値は、0.6以下であることが好ましい。
【0012】
さらに、カルボキシル基炭素の含有率を酸素隣接一重結合性炭素の含有率で除した値を窒素原子の含有率で除した値は、0.05以下であることが好ましい。
【0013】
本発明のインプラント用材料において、基材は金属とすればよい。この場合において、基材は、チタン又はチタン合金からなることが好ましい。
【0014】
本発明のインプラント用材料において、基材は人工歯根、義歯、歯冠修復物、人工骨又は人工関節とすればよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るインプラント用材料によれば、安定性及び耐久性に優れると共に生体骨組織と良好な結合を形成するインプラント用材料を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】一実施形態に係るインプラント用材料を示す断面図である。
【図2】評価に用いたインプラント用材料の一覧である。
【図3】各試料における細胞増殖率を示すグラフである。
【図4】各試料におけるALP活性を示すグラフである。
【図5】各試料におけるオステオカルシン産生量を示すグラフである。
【図6】細胞増殖率と酸素隣接一重結合性炭素の含有率及びカルボキシル基炭素の含有率との関係を示すグラフである。
【図7】ALP活性と酸素隣接一重結合性炭素の含有率及びカルボキシル基炭素の含有率との関係を示すグラフである。
【図8】オステオカルシン産生量と酸素隣接一重結合性炭素の含有率及びカルボキシル基炭素の含有率との関係を示すグラフである。
【図9】細胞増殖率及びオステオカルシン産生量とO−C=O/C−Oとの関係を示すグラフである。
【図10】細胞増殖率及びオステオカルシン産生量と(O−C=O/C−O)/Nとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本実施形態においてインプラントとは、人工歯根だけでなく、義歯、歯冠修復材料及び義歯修復材料等を含む。また、歯科用だけでなく、生体内に埋め込まれる、人工骨及び人工関節等の骨細胞と親和性が必要とされる器具を含む。
【0018】
炭素質膜とは、ダイヤモンド様膜(DLC膜)に代表されるsp2炭素−炭素結合(グラファイト結合)及びsp3炭素−炭素結合(ダイヤモンド結合)を含む膜である。DLC膜のようなアモルファス状態の膜であっても、ダイヤモンド膜のような結晶状態の膜であってもよい。通常、sp2炭素−水素結合及びsp3炭素−水素結合を含んでいるが、炭素−水素結合は必須の構成要素ではない。また、シリコン(Si)又はフッ素(F)等が添加されていてもよい。
【0019】
図1は、本実施形態に係るインプラント用材料の断面構成を示している。基材10の表面に膜厚が0.005μm〜3μm程度の炭素質膜20が形成されている。炭素質膜20の少なくとも表面近傍には、窒素(N)原子及び酸素(O)原子が含まれている。酸素原子の一部は、水酸基(OH)及びカルボキシル基(COOH)を構成している。窒素原子の一部はアミノ基(NH2)等となっていると考えられる。
【0020】
インプラントと骨組織との結合(オッセオインテグレーション)が生じるためには、インプラントの表面において骨芽細胞の増殖とその分化による骨形成が生じることが必要である。また、治療効果を高めるためには、骨芽細胞の増殖及び骨形成が速やかに進行することが求められる。さらに、埋め込まれたインプラントは生体内において長期にわたり安定に存続することが必要である。本願発明者らは、少なくとも表面近傍において窒素原子と酸素原子とを有し、酸素原子の一部が水酸基及びカルボキシル基を構成している炭素質膜により金属等の基材を覆うことによりこれらの要求を満たすことができることを見出した。
【0021】
具体的に、本実施形態の炭素質膜は以下の組成を有していればよい。窒素原子の含有率は8.0原子%程度以上であればよく、全炭素量に対する酸素隣接一重結合性炭素(C−O)の含有率は5.4%程度以上であればよく、全炭素量に対するカルボキシル基炭素(O−C=O)の含有率は3.1%程度以下であればよい。なお、窒素原子、酸素原子及び炭素原子の含有率は、X線光電子分光(XPS)法により求めた。具体的にはXPSのワイドスキャンにおける窒素の1s(N1s)ピークの面積、酸素の1s(O1s)ピークの面積及び炭素の1s(C1s)ピークの面積の総和を100%とした場合におけるそれぞれのピーク面積の割合を、各元素の含有率(原子%)とした。全炭素量に対する酸素隣接一重結合性炭素及びカルボキシル基炭素の含有率は、C1sピークをカーブフィッティングによりC−C、C=O、C−O及びO−C=Oの各成分に分離した際のC−O成分及びO−C=O成分の面積をC1sピーク全体の面積で割った値とした。
【0022】
本実施形態のインプラント用材料は基材の表面を炭素質膜により覆うため、基材がどのような材質であっても優れた骨組織との親和性を示す。このため、基材は強度等の特性を満たしていればどのような材質であってもよい。例えば、チタン及びチタン合金等をはじめとする金属、樹脂又はセラミックス等を用いることができる。また、人工歯根をはじめ、義歯、人工骨及び人工関節等の骨細胞と親和性が必要とされる種々のインプラントに適用することが可能である。
【0023】
炭素質膜は、化学気相堆積法(CVD法)により形成すればよい。またCVD法以外の、スパッタ法、プラズマイオン注入法、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、イオンビーム蒸着法又はレーザーアブレーション法等により形成してもよい。
【0024】
炭素質膜の成膜中及び成膜後にチャンバ内に存在する酸素及び水分は、炭素質膜の表面に酸素原子が導入される原因となる。このため、制御されていない酸素原子の導入を抑える必要がある場合には、成膜の際に高純度の原料ガスを用い、さらに吸着脱水装置等を介して原料ガスを供給すればよい。例えば、プラズマCVD法の場合には、チャンバー内の水分除去を行えばよく、スパッタ法の場合には、プラズマ生成に用いるアルゴンガスの純度を99.9999%以上とすればよい。また、成膜完了直後は一定時間真空中に保持し、炭素質膜のダングリングボンドを安定化することが好ましい。例えば、成膜終了後は基板の温度が常温となった後、少なくとも10分、好ましくは60分以上真空中に放置すればよい。なお、成膜時に所定量の酸素又は水分等を含む条件として、酸素原子の導入を行ったり、ダングリングボンドを用いて酸素原子の導入を行うことも可能である。
【0025】
炭素質膜の少なくとも表面近傍における窒素原子及び酸素原子の含有率を調整するために、プラズマ照射を行えばよい。炭素質膜に窒素原子を導入するには、塩基性窒素含有化合物のプラズマを炭素質膜に照射すればよい。塩基性窒素含有化合物としては、アンモニアをはじめとして、一般式がNR123により示される有機アミン類(但し、R1、R2及びR3は水素、−CH3、−C25、−C37又は−C48であり、R1、R2及びR3は互いに同一であっても、異なっていてもよい。)又はベンジルアミン及びその2級、3級アミン等を用いればよい。但し、アンモニアがコスト、取り扱いの容易さから好ましい。なお、プラズマ照射時におけるチャンバ内の到達真空度は、0.01Pa程度〜500Pa程度とすればよい。但し、空気中の酸素の影響を受けにくくするために、到達真空度を5×10-3Pa程度としてもよい。
【0026】
炭素質膜に含まれる酸素原子を積極的に増加させる場合には、酸素プラズマ又は酸素を含むガスのプラズマ等を照射すればよい。また、アンモニア等と酸素を含むガスとの混合ガスのプラズマを照射したり、アンモニア等のプラズマを照射する際の到達真空度を低くしたりしてもよい。
【0027】
アンモニアガスのプラズマを照射する場合には、プラズマの照射時間が長くなるほど窒素原子の含有率が増加し、酸素原子の含有率が減少する傾向が認められる。また、プラズマを発生させる際に印加する電力が高い程、窒素原子の含有率が増加し、酸素原子の含有率が減少する傾向が認められる。また、印加する電力が高い程カルボキシル基炭素の含有率が増加し、酸素隣接一重結合性炭素の含有率が減少する傾向が認められる。
【0028】
なお、プラズマ照射装置は、どのような構造のものを用いてもよい。また、放電形式についても、どのようなものを用いてもよく、例えば平行平板方式、アフターグロー放電方式、電磁誘導型及び有磁場型等を用いればよい。プラズマ照射条件は特に限定されない。例えば、プラズマ発生用の電源としては、商用周波数(50Hz又は60Hz)、高周波(ラジオ周波数)又はマイクロ波領域等の各種の電源周波数を用いることができる。さらに、原料ガスの圧力制御方法や供給構造についても特に限定するものではない。しかし、であまりエッチングレートが大きいプラズマ照射条件を用いると、炭素質薄膜にダメージを与えるおそれがある。
【0029】
炭素質膜の厚さは特に限定されるものではないが、0.005μm〜3μmの範囲が好ましく、より好ましくは0.01μm〜1μmの範囲である。
【0030】
また、炭素質膜は基材の表面に直接形成することができるが、基材と炭素質薄膜とをより強固に密着させるために、基材と炭素質薄膜との間に中間層を設けてもよい。中間層の材質としては、基材の種類に応じて種々のものを用いることができるが、珪素(Si)と炭素(C)、チタン(Ti)と炭素(C)又はクロム(Cr)と炭素(C)からなるアモルファス膜等の公知のものを用いることができる。その厚みは特に限定されるものではないが、0.005μm〜0.3μmの範囲が好ましく、より好ましくは0.01μm〜0.1μmの範囲である。中間層は、例えば、スパッタ法、CVD法、プラズマCVD法、溶射法、イオンプレーティング法又はアークイオンプレーティング法等を用いて形成すればよい。
【0031】
以下に、本実施形態のインプラント用材料について実施例を用いてさらに詳細に説明する。
【0032】
(一実施例)
−炭素質膜の形成−
ガラスからなる基材の表面にDLC膜からなる炭素質膜を形成した。細胞評価の際には直径15mmの基材を用いた。DLC膜は化学気相堆積(CVD)法を用いて形成した。具体的には、基材を載置したチャンバ内にC22を流量が5sccm(cm3/分、但し1気圧、0℃)で、圧力が3Pa(35mTorr)となるように導入し、RF電極に100W程度の高周波電力を印加した。
【0033】
−酸素原子及び窒素原子の導入−
炭素質膜に官能基をさらに導入するためにプラズマ照射を行った。プラズマ照射は平行平板型のプラズマ照射装置により行った。プラズマ照射装置のチャンバ内に上記で得られた基材をセットした後、チャンバ内の圧力を5×10-3Pa以下まで排気した。次に、チャンバ内にアンモニアを所定の流量で導入し、平行平板電極の間に5W〜50W程度の高周波電力を印加することによりプラズマを発生させた。ガス流量の調整はマスフローコントローラにより行い、プラズマ照射時のチャンバ内圧力は20Paとした。高周波電力は、マッチングボックスを介して接続された高周波電源を用いて印加した。高周波電力の印加時間及び電力量を変化させることにより窒素原子及び酸素原子の導入量が異なる複数の試料を得た。
【0034】
−官能基存在比の評価−
炭素質膜における官能基の存在比はX線光電子分光(XPS)測定により評価した。X線源にはアルミニウムKα線を用い、加速電圧は14.0KVとし、アノード電力は25Wとし、エネルギー分解能(パスエナジー)は23.5eVとした。X線の入射角度は45度とし、表面から7nm程度の深さまでの状態について測定した。
【0035】
窒素原子の含有率は、XPSのワイドスキャン測定において得られたC1sピーク、O1sピーク及びN1sピークの面積の総和に対するN1sピークの面積の比率(N1s/(C1s+O1s+N1s))とした。炭素質膜の表面に存在する窒素原子がどのような状態となっているかは明確ではない。しかし、アミノ基及びアミド基等の窒素を含む官能基(窒素性官能基)を形成していると考えられる。酸素原子の含有率は、XPS測定において得られたC1sピーク、O1sピーク及びN1sピークの面積の総和に対するO1sピークの面積の比率(O1s/(C1s+O1s+N1s))とした。なお、XPS測定において、ピーク面積の比率により求めた含有率は、原子%となる。
【0036】
酸素原子は、炭素質膜の表面において種々の官能基を形成していると考えられる。このため、C1sピークをカーブフィッティングにより分割し、C−O結合(酸素隣接一重結合性炭素)成分、0−C=O結合(カルボキシル基炭素)成分、C=O結合(カルボニル基炭素)成分及び他の成分に分割した。カーブフィッティングにより求めたC−O結合成分の面積のC1sピークの総面積に対する比率を、全炭素量に対する酸素隣接一重結合性炭素の含有量(C−O/C)とした。また、O−C=O結合成分の面積のC1sピークの総面積に対する比率を、全炭素量に対するカルボキシル基炭素の含有率(O−C=O/C)とした。C−O結合成分は、水酸基だけでなくエーテル結合等を含むと考えられる。また、O−C=O結合成分はカルボキシル基だけでなくエステル結合等を含むと考えられる。
【0037】
−細胞増殖率の評価−
炭素質膜をコーティングした滅菌済み試料を24穴の培養プレートの各ウェル内に配置し、5×104個のヒト骨芽様細胞株MG63細胞(以下、MG63細胞という。)を播種し、72時間培養した。培養培地には10%牛胎児血清添加D−MEM(Dulbecco's Modified Eagle Medium)を用いた。培養温度は37℃とし、5%二酸化炭素雰囲気において培養した。培養後に浮遊細胞を除去し、市販の吸光度法による細胞数測定用キット(同仁科学研究所:Cell Counting Kit-8)を用いて細胞数に対応する吸光度を求めた。プラスチック培養ウェル上に直接播種・培養した系をコントロールとして、試料とコントロールにおける吸光度の比を細胞増殖率とした。
【0038】
−細胞分化の評価−
炭素質膜をコーティングした滅菌済み試料を24穴の培養プレートの各ウェル内に配置し、5×104個のMG63細胞を播種し、72時間培養した。培養培地にはグルタミンを1%添加した、10%牛胎児血清添加D−MEMを用いた。培養温度は37℃とし、5%二酸化炭素雰囲気において培養した。この後、各ウェルに分化刺激剤としてデキサメタゾン/アスコルビン酸を添加し、さらに48時間培養した。この後、培地を除去し、HBSSにて3回、各ウェルを洗浄し、市販の哺乳類細胞用タンパク質抽出試薬(M−PER)を用いて細胞を溶解させ、細胞溶解液を得た。
【0039】
得られた細胞溶解液について、総タンパク質量、アルカリホスファターゼ(ALP)活性及びオステオカルシン産生量を求めた。総タンパク質量の測定には、市販のビシンコニン酸法を用いたタンパク質定量キット(Thermo Fisher Scientific社:Micro BCATM Protein Assay Kit)を用いた。ALP活性の測定には、市販のALP活性測定キット(和光純薬:ラボアッセイTM ALP)を用いた。オステオカルシン産生量の測定は、酵素結合免疫吸着法(ELISA)を用いた市販のオステオカルシン測定キットを用いた。炭素質膜をコーティングした試料を入れないウェルに直接播種・培養した系をコントロールとして、炭素質膜試料系と比較した。
【0040】
−評価結果−
プラズマ照射時の高周波電力及びプラズマ照射時間を変えることにより、図2に示すA1〜A5の5種類の試料を得た。電極に印加する高周波電力が大きく、照射時間が長いほど窒素原子の導入量が増加し、酸素原子の導入量が減少する傾向が認められた。酸素原子を含む官能基については、高周波電力が大きいほどカルボキシル基炭素が増加し、逆に酸素隣接一重結合性炭素が減少する傾向が認められた。
【0041】
図3は、各試料におけるMG63細胞の増殖率を示している。いずれの試料においても細胞増殖率は90%以上であり、今回得られた試料はいずれもコントロールとほぼ同等の細胞増殖性を有していることが明らかである。特に、試料A2及びA3は、細胞増殖率が100%以上であり、コントロールよりも優れた細胞増殖性を示している。
【0042】
図4は、各試料におけるALP活性を示している。図4において縦軸は、細胞溶解液に含まれる総タンパク質量により規格化したALP活性である。ALPは、リン酸エステルを加水分解する働きを有する酵素であり、骨芽細胞が分化し骨形成をする際に活性が高くなることが知られている。いずれの試料においてもALP活性が認められている。また、いずれの試料においてもコントロールよりも高いALP活性を示しており、今回得られた各試料は、骨形成を促進する効果が高いことを示している。
【0043】
図5は、各試料におけるオステオカルシン産生量を示している。図5において縦軸は、細胞溶解液に含まれる総タンパク質量により規格化したオステオカルシン産生量である。オステオカルシンは、骨の代謝回転に関与していると考えられており、一般に骨形成が促進されている状態の方がオステオカルシン産生量が多くなると考えられている。今回得られた各試料はいずれもオステオカルシンが産生されている。特に試料A2においては、オステオカルシン産生量がコントロールよりも多くなっている。今回得られた試料は、いずれも骨形成を促進する効果を有し、特に試料A2においてその効果が高いことを示している。
【0044】
図6は、細胞増殖率をカルボキシル基炭素の含有率及び酸素隣接一重結合性炭素の含有率に対してプロットした結果を示している。図6に示すように、●及び▲により示した試料A1を除いて、細胞増殖率はカルボキシル基炭素の含有率が少ないほど高く、酸素隣接一重結合性炭素の含有率が高いほど高くなる傾向が認められる。図7及び図8は、それぞれALP活性及びオステオカルシン産生量について同様にプロットした結果を示している。ALP活性及びオステオカルシン産生量についても、試料A1を除いて、カルボキシル基炭素の含有率が少ないほど高く、酸素隣接一重結合性炭素の含有率が高いほど高くなる傾向が認められる。
【0045】
表面のカルボキシル基炭素及び酸素隣接一重結合性炭素の含有率が高くなると、炭素質膜の表面は親水性が高くなると考えられる。しかし、カルボキシル基炭素の含有率が増えると負の電荷が増大し、炭素質膜の表面電位が負の大きな値になると考えられる。一方、酸素隣接一重結合性炭素の場合にはカルボキシル基炭素と比べて炭素質膜の表面電位に与える影響は小さいと考えられる。材料表面における細胞の増殖及び分化には材料表面の親水性及び表面電位が影響することが知られている。このことから、親水性の官能基が多く存在し且つ負の電荷が増大するカルボキシル基の含有率が小さい炭素質膜が骨芽細胞の増殖及び分化には好ましいと考えられる。また、図2に示すように、試料A1は窒素原子の含有量が少ない。このため、炭素質膜の表面にアミノ基はほとんど形成されていないと考えられる。このため、カルボキシル基による負の電荷の効果が他の試料よりも大きく現れるため、骨芽細胞の増殖及び分化が低めの値を示していると考えられる。
【0046】
以上の結果から、骨芽細胞の増殖及び分化に適した炭素質膜を得るためには、その表面近傍における酸素隣接一重結合性炭素の含有率を5.4%程度以上とし、カルボキシル基炭素の含有率を3.1%程度以下とし、窒素原子の含有率を8.0原子%程度以上とすればよい。カルボキシル基炭素の含有率は低いほどよいと考えられるが、酸素隣接一重結合性炭素を導入する際にある程度のカルボキシル基炭素が導入されてしまうため、カルボキシル基炭素の含有率の下限は1.0%〜2.0%程度となると考えられる。酸素隣接一重結合性炭素の含有率は高いほどよいと考えられるが、酸素原子の導入量が増えすぎると窒素原子の導入量が低下してしまうおそれがあるため、8.5%程度以下とする方がより好ましい。窒素原子の含有率は、高くても問題ないと考えられる。しかし、実験的に得られたデータによれば炭素質膜の表面に導入できる窒素原子には上限が認められており、15原子%〜20原子%程度が上限となると考えられる。
【0047】
図9は、オステオカルシン産生量及び細胞増殖率をカルボキシル基炭素の含有率(O−C=O/C)と酸素隣接一重結合性炭素の含有率(C−O/C)との比(O−C=O/C−O)に対してプロットした結果を示している。酸素隣接一重結合性炭素の含有率が5.4%以上であり、カルボキシル基炭素の含有率が3.1%以下であり、窒素の含有率が8.0原子%以上である場合には、O−C=O/C−Oが小さくなるに従い、細胞増殖率及びオステオカルシン産生量は高くなる傾向が認められる。なお、ALP活性についても同様の傾向が認められる。O−C=O/C−Oを約0.6以下とすることにより、細胞増殖率を100%以上とすることができる。さらに、O−C=O/C−Oを約0.4以下とすることにより、オステオカルシン産生量をコントロールよりも高くすることができる。O−C=O/C−Oは小さい方がよいと考えられるが、酸素隣接一重結合性炭素の導入によりカルボキシル基炭素も導入されてしまうため、下限は0.1程度になると考えられる。
【0048】
図10は、細胞増殖率及びオステオカルシン産生量を、窒素原子の含有率で規格化したカルボキシル基炭素の含有率と酸素隣接一重結合性炭素の含有率との比((O−C=O/C−O)/N)に対してプロットした結果を示している。(O−C=O/C−O)/Nが小さくなるに従い、細胞増殖率及びオステオカルシン産生量は高くなる傾向が認められる。なお、ALP活性についても同様の傾向が認められる。(O−C=O/C−O)/Nを約0.05以下とすることにより細胞増殖率を100%以上とすることができる。さらに、(O−C=O/C−O)/Nを約0.04以下とすることにより、オステオカルシン産生量をコントロールよりも高くすることができる。(O−C=O/C−O)/Nは小さい方がよいと考えられるが、O−C=O/C−Oの下限は約0.1となり、窒素原子の含有率の上限は15原子%〜20原子%となるため、下限は0.007〜0.005程度となると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明に係るインプラントは、生体骨組織と良好な結合を形成し、長期間にわたり安定で且つ優れた耐久性を示すインプラントを実現でき、特に骨組織との親和性が必要な人工歯根、義歯及び人工関節等に用いる材料として有用である。
【符号の説明】
【0050】
10 基材
20 炭素質膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の表面に形成された炭素質膜とを備え、
前記炭素質膜は、その表面において炭素原子、酸素原子及び窒素原子を有し、
前記炭素原子は、前記酸素原子と結合して酸素隣接一重結合性炭素及びカルボキシル基炭素を形成し、
前記炭素質膜の表面における、前記窒素原子の含有率は8.0原子%以上であり、前記酸素隣接一重結合性炭素の含有率は、5.4%以上であり、前記カルボキシル基炭素の含有率は3.1%以下であることを特徴とするインプラント用材料。
【請求項2】
前記カルボキシル基炭素の含有率を前記酸素隣接一重結合性炭素の含有率で除した値は、0.6以下であることを特徴とする請求項1に記載のインプラント用材料。
【請求項3】
前記カルボキシル基炭素の含有率を前記酸素隣接一重結合性炭素の含有率で除した値を前記窒素原子の含有率で除した値は、0.05以下であることを特徴とする請求項2に記載のインプラント用材料。
【請求項4】
前記基材は、金属からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のインプラント用材料。
【請求項5】
前記基材は、チタン又はチタン合金からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のインプラント用材料。
【請求項6】
前記基材は、人工歯根、義歯、歯冠修復物、人工骨又は人工関節であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のインプラント用材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−12329(P2012−12329A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−150093(P2010−150093)
【出願日】平成22年6月30日(2010.6.30)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【Fターム(参考)】