説明

インボルクリン発現促進剤

【課題】インボルクリンの発現を促進するインボルクリン発現促進剤、角層形成促進剤、保湿剤、毛髪ウェーブ化剤、皮膚外用剤の提供。
【解決手段】イヌノフグリ又はその抽出物を有効成分とするインボルクリン発現促進剤、角層形成促進剤、保湿剤、毛髪ウェーブ化剤、皮膚外用剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インボルクリンの発現を促進する、インボルクリン発現促進剤、角層形成促進剤、保湿剤、毛髪ウェーブ化剤、皮膚外用剤に関する。
【背景技術】
【0002】
インボルクリンは、表皮角化細胞の分化にしたがって有棘細胞で産生されるタンパク質で、角質細胞の細胞膜を裏打ちする強靭な不溶性膜であるコーニファイドエンベロープ(角質肥厚膜、cornified envelope:以下CEとも略記する)の主構成要素の1つである(非特許文献1)。CEは、インボルクリンをはじめとする複数のCE前駆体タンパク質が、酵素トランスグルタミナーゼにより架橋され不溶化して形成される。さらに、CEを構成するインボルクリンは、その一部にセラミド等の脂質が共有結合し、疎水的な構造をとることで細胞間脂質ラメラ構造の形成にも寄与している(非特許文献2)。こうしたCEの形成・成熟化によって、細胞間脂質のラメラ構造が安定化して角質層のバリア機能が正常に働き、皮膚の水分保持機能や外部からの刺激に対する抵抗性を高めることができる。
したがって、表皮細胞においてインボルクリンの発現が促進されれば、表皮細胞の角化が促進され、健全な角層の形成を促して、外界からの刺激や生体を防御するための角層バリア機能を健全に保つことができ、その結果、皮膚の水分保持能改善、毛穴目立ちの予防改善、しわの形成やきめ模様の減少等の皮膚老化の予防改善を図ることができると考えられている。
【0003】
また最近、本出願人は、毛髪形状と毛髪毛根部における各種遺伝子の遺伝子発現との関係を探索したところ、非くせ毛者の毛根部に比して、くせ毛者の毛根部において、インボルクリン(IVL)遺伝子の発現量が有意に増加しており、インボルクリンの発現を制御することにより、くせ毛を抑制したり、促進できることを報告している(特許文献1)。
【0004】
従来、インボルクリンの発現を促進する成分としては、例えば、オトギリソウ科(Guttiferrae)のセイロンテツボク(Mesua Ferrea L.)(特許文献2)やアンズタケ属のクロラッパタケ(Craterellus cornucopioides)(特許文献3)等が報告され、インボルクリンの発現促進作用を通じてCE形成効果が期待できることが開示されている。
【0005】
一方、イヌノフグリ(Veronica didyma Tenore)は、ゴマノハグサ科クワガタソウ属の越年草で、鎮痛、解毒作用があることが知られているが、インボルクリン発現促進作用、角層形成促進作用、毛髪ウェーブ化作用があることは知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2011/043330号パンフレット
【特許文献2】特開2005−213187号公報
【特許文献3】特開2005−89389号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Steinert, PM. Et al., J. Biol. Chem., 270(30), p17702-17711 (1995)
【非特許文献2】Nemes, Z., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96(15), p8402-8407 (1999)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、インボルクリンの発現を促進する、インボルクリン発現促進剤、角層形成促進剤、毛髪ウェーブ化剤、皮膚外用剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、インボルクリンの発現促進について検討したところ、ゴマノハグサ科の植物であるイヌノフグリの抽出物に優れたインボルクリン発現促進作用があり、これがインボルクリン発現促進、角層形成促進、皮膚の水分保持能の改善、毛髪ウェーブ化のための成分又は素材として有用であることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、下記の1)〜5)に係るものである。
1)イヌノフグリ又はその抽出物を有効成分とするインボルクリン発現促進剤。
2)イヌノフグリ又はその抽出物を有効成分とする角層形成促進剤。
3)イヌノフグリ又はその抽出物を有効成分とする保湿剤。
4)イヌノフグリ又はその抽出物を有効成分とする毛髪ウェーブ化剤。
5)イヌノフグリ又はその抽出物を含有する皮膚外用剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、インボルクリンの産生促進能力を有し、角層細胞の角化を促進し、健全な角層の形成を促すことで、皮膚バリア機能を健全にすることができる化粧品、医薬品又は医薬部外品、毛髪をウェーブ化するための化粧品、医薬部外品等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】インボリクリンの発現促進効果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において、イヌノフグリとは、ゴマノハグサ科クワガタソウ属のイヌノフグリ(Veronica didyma Tenore)を意味する。
イヌノフグリは、葉、茎、芽、花、種子、果実、全草等の部分が使用可能であるが、全草を用いるのが好ましい。
【0014】
斯かるイヌノフグリは、そのまま若しくはそれを圧搾することにより得られる搾汁、植物自身を乾燥した乾燥物若しくはその粉砕物、あるいはこれらから抽出した抽出物として用いることができるが、抽出物として用いるのが好ましい。
【0015】
抽出物としては、上記植物を常温又は加温下にて抽出するか又はソックスレー抽出器等の抽出器具を用いて抽出すること等公知の抽出方法により得られる各種溶剤抽出液、その希釈液、その濃縮液又はその乾燥末が挙げられる。
公知の抽出方法としては、例えば、浸漬、煎出、浸出、還流抽出、超臨界抽出、超音波抽出及びマイクロ波抽出等が挙げられる。
【0016】
当該抽出物を得るために用いられる抽出溶剤としては、極性溶剤、非極性溶剤のいずれをも使用することができる。例えば、水;メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類;プロピレングリコール、ブチレングリコール等の多価アルコール類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;酢酸メチル、酢酸エチル等のエステル類;テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル等の鎖状及び環状エーテル類;ポリエチレングリコール等のポリエーテル類;ジクロロメタン、クロロホルム、四塩化炭素等のハロゲン化炭化水素類;ヘキサン、シクロヘキサン、石油エーテル等の炭化水素類;ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素類;ピリジン類等が挙げられ、これらは単独又は混合物として用いることができる。このうち、特に水、アルコール系(アルコール類及び/又は多価アルコール類(V/V))溶剤、及び水−アルコール系混合溶剤を用いるのが好ましく、水−アルコール系混合溶剤(V/V)が好ましい。さらに、アルコール系はアルコール類が好ましく、アルコール類のうちメタノール、エタノール、プロパノールがより好ましく、エタノールが特に好ましい。
【0017】
本発明のイヌノフグリ抽出物は、例えば、植物1質量部に対して1〜50質量部の抽出溶剤を用い、4〜100℃にて0.5時間〜30日間抽出することにより行うことができる。より具体的には、抽出溶剤として水を用いる場合には、植物1質量部に対して5〜30質量部、40〜100℃にて1時間〜1日間が好ましい。また、抽出溶剤として40〜60%エタノール水溶液を用いる場合には、植物1質量部に対して3〜20質量部、室温〜還流下、好ましくは20〜50℃の範囲にて、1時間〜20日間が好ましい。また、75〜100%エタノール水溶液を用いる場合には、植物1質量部に対して3〜20質量部、20℃〜還流下で1時間〜20日間が好ましい。
【0018】
上記の抽出物は、そのまま用いることもできるが、当該抽出物を希釈、濃縮若しくは凍結乾燥した後、粉末又はペースト状に調製して用いることもできる。また、これら抽出処理物の他、市販品を用いても良い。
【0019】
また、上記抽出物は、さらに液々分配、固液分配、濾過膜、活性炭、吸収樹脂、イオン交換樹脂等の公知の技術によって不活性な夾雑物を除去して用いることが好ましい。このとき用いる溶剤は、上記の抽出溶剤の例示のものを用いてもよい。また、これらは、必要により公知の方法により脱臭、脱色等の処理を施してから用いてもよい。また、抽出物をさらに精製する際には、当該公知の技術及び方法を用いてもよい。
【0020】
後記実施例で示すとおり、本発明のイヌノフグリ抽出物は、インボルクリンの発現を促進する。インボルクリンの発現が促進されれば、角層形成が促進され、皮膚バリア機能を健全にすることができる。これにより、皮膚の水分保持能の改善(保湿効果)、毛穴目立ちの改善効果が期待される。また、インボルクリンの発現が促進されれば、毛髪をウェーブ化すること、或いはウェーブ化を促進することができると考えられる(前記特許文献1参照)。
よって、イヌノフグリ又はその抽出物は、インボルクリン発現促進剤、角層形成促進剤、保湿剤及び毛髪のウェーブ化剤となり得(以下、「インボルクリン発現促進剤等」という)、また、インボルクリン発現促進剤等を製造するために使用することができる。すなわち、ヒトに適用して、インボルクリンの発現促進又は角層形成促進、皮膚バリア機能の健全化、皮膚の水分保持能の改善(保湿作用)、しわの形成やきめ模様の減少等の皮膚老化の予防改善、毛穴目立ちの改善、毛髪のウェーブ化等のために使用することができる。
【0021】
当該インボルクリン発現促進剤等は、それ自体、インボルクリンの発現促進、角層形成促進、皮膚の水分保持能の改善(保湿作用)、毛髪のウェーブ化のための、化粧品、医薬品、医薬部外品であってもよく、又は当該化粧品、医薬品、医薬部外品等に配合して使用される素材又は製剤であってもよい。
【0022】
尚、「ウェーブ化」とは、直毛を、カールを有するカール毛とすること、或いは弱いカール毛を強いカール毛とすることをいい、カールの形状は縮毛、カール毛、強いウェーブ毛等の何れでもよい。
【0023】
本発明のインボルクリン発現促進剤等を化粧品、医薬部外品又は医薬品等として使用する場合は、皮膚外用剤の形態で、具体的には、軟膏、乳化化粧料、クリーム、乳液、ローション、ジェル、エアゾール等の種々の形態で用いることが好ましい。当該皮膚外用剤は、通常の皮膚表面に使用する他に、脱毛処理後、さらには角層除去後の皮膚表面に使用してもよい。また、毛髪のウェーブ化のために使用する場合には、ヘアリンス、ヘアコンディショナー、ヘアトリートメント、ヘアローション、ヘアパック、ヘアクリーム、コンディショニングムース、ヘアムース、ヘアスプレー、シャンプー、リーブオントリートメント等の形態とすることができる。 斯かる上記製剤は、それぞれ一般的な製造法により、直接又は製剤上許容し得る担体、例えば、各種油剤、界面活性剤、ゲル化剤、防腐剤、酸化防止剤、溶剤、アルコール、水、キレート剤、増粘剤、紫外線吸収剤、乳化安定剤、pH調整剤、色素、香料等とともに混合、分散した後、所望の形態に加工することによって得ることができる。また、これらの化粧品、医薬部外品又は医薬品等には、本発明のイヌノフグリ又はその抽出物、それぞれの製剤に応じて、適宜、植物抽出物、鎮痛消炎剤、鎮痛剤、殺菌剤、収斂剤、皮膚軟化剤、ホルモン剤、ビタミン類、保湿剤、抗炎症剤、清涼剤、抗脂漏剤等を本発明の効果を妨害しない範囲で適宜配合することができる。
【0024】
当該化粧品、医薬部外品又は医薬品等中の本発明のイヌノフグリ又はその抽出物の含有量は、一般的に固形分濃度として0.0005〜50質量%とするのが好ましく、0.001〜20質量%とするのがより好ましい。
【0025】
上記医薬品、医薬部外品における本発明のイヌノフグリ又はその抽出物の投与量は、効果が得られる量であれば特に限定されず、対象者の状態、体重、性別、年齢又はその他の要因に従って変動し得るが、成人(60kg)1人当たり1日、イヌノフグリ又はその抽出物(乾燥物換算)として、例えば0.01〜1500mgとするのが好ましく、更に0.03〜600mgとするのが好ましい。また、当該製剤は、任意の摂取・投与計画に従って摂取・投与され得るが、1日1回〜数回に分け、数週間〜数カ月間継続して投与することが好ましい。
また、上記化粧品、医薬品又は医薬部外品の適用対象者としては、それを必要としていれば特に限定されないが、インボルクリンの発現促進、角層形成促進、皮膚バリア機能の健全化、皮膚の水分保持能の改善(保湿効果)、毛穴目立ちの改善、毛髪のウェーブ化を目的とするヒトが好ましい。
【実施例】
【0026】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
【0027】
製造例1 イヌノフグリ抽出物の製造
中国、四川省産のイヌノフグリ(Veronica didyma Tenore)全草の乾燥物200gに50% エタノール2000mLを加え、85℃加熱下、2時間浸漬後、ろ過した。ろ液後の残渣に50%エタノール2000mLを加え、再度85℃で1時間抽出を行った。ろ過後、2つのろ液をあわせ、減圧濃縮、乾燥してイヌノフグリ抽出物13gを得た。これを固形分1w/v%の50%エタノール溶液とし、評価エキスとした。
【0028】
実施例1 インボルクリン発現促進作用
インボルクリンのタンパク質量定量にはInvolucrin ELISA Assay Kit(BT-650, BTI)を使用した。
24穴プレートにHaCaT細胞を5×104個/ウェルにて播種し、培養した。翌日、製造例1で得られたイヌノフグリ抽出物を終濃度0.5% v/vを含む培地に交換して更に24時間培養した。抽出物添加から24時間後、細胞をPBS(ギブコ)で2回洗浄し、20mM Tris-HCl(pH:7.5)・2mM EDTAにComplete Mini Protease Inhibitor Cocktail(Roche)を含むbuffer、400μlを細胞に添加した。Protease Inhibitor Cocktailはbuffer 10mlに対して1粒加えた。このbuffer存在下でセルスクレーパーにより、細胞を剥離・回収した後、ソニケーターによる超音波処理を行った。この溶液を遠心して回収した上清をライセートとして評価に用いた。
【0029】
ライセートの総タンパク質濃度はBCA Protein Assay Kit(Thermo Scientific)を用いてメーカーの使用説明書に従って、定量した。96穴プレートの1ウェルに対し、3μgの総タンパク質量となるようにライセートをbuffer B(2mM EDTA、5g/L Tween 20、2.5g/L Gelatin in PBS)で希釈し、96穴プレートに添加した後、抗インボルクリン抗体(キット付属品、希釈率1/300)を加えて4℃で一晩1次抗体反応を行った。
【0030】
また、別の96穴プレート(ナルジェヌンク)にヒトインボルクリンタンパク質(キット付属品)を1ng/wellずつ添加し、縮合剤であるEDC(1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide、関東化学)10μg/wellと共に、4℃で一晩抗原の吸着を行った。翌日、抗原を吸着させたプレートの溶液を吸引除去し、100μlの0.1M NH4Clを添加して30分間室温で反応させた。反応後、distilled H2O(ギブコ)で4回、buffer Bで1回洗浄し、前日の1次抗体反応液100μlを添加して30分間室温で反応させた。この反応の後、buffer Bで5回洗浄し、キット付属の抗ウサギ-AP Conjugate抗体(希釈率1/2000)を添加して室温で1時間反応させた。反応後、buffer Bで4回、buffer D(1mM MgCl2.6H2O in 0.05M carbonate/bicarbonate(シグマ)で1回洗浄し、p-nitrophenylphosphate(1mg/ml in buffer D、シグマ)溶液を100μl添加して発色反応を行った。発色が確認された後、405nmの吸光度を測定し、インボルクリンタンパク質量を定量した。コントロール(抽出物無添加)におけるインボルクリン発現量を1.0とした時の発現量相対値を求めた。結果を図1に示す。
【0031】
図1から明らかなように、イヌノフグリ抽出物は、優れたインボリクリン発現促進作用を有していた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イヌノフグリ又はその抽出物を有効成分とするインボルクリン発現促進剤。
【請求項2】
イヌノフグリ又はその抽出物を有効成分とする角層形成促進剤。
【請求項3】
イヌノフグリ又はその抽出物を有効成分とする保湿剤。
【請求項4】
イヌノフグリ又はその抽出物を有効成分とする毛髪ウェーブ化剤。
【請求項5】
イヌノフグリ又はその抽出物を含有する皮膚外用剤。

【図1】
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【公開番号】特開2013−91632(P2013−91632A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−236255(P2011−236255)
【出願日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】