説明

ウィルス、微生物類及び毒素の検出方法

【課題】微生物又は毒素などを検出する方法、並びに該方法により微生物又は毒素などを検出するためのキットを提供する。
【解決手段】臨界ミセル濃度以上のミセル構造を形成する物質と、AIE効果を惹起する化合物を混合した組成物(以下組成物Aとする)に試料物質を混合し、該混合物の蛍光強度の変化を測定することによる該試料物質の検出方法、ならびに組成物Aを含む、試料物質を検出するためのキットである。AIE効果を惹起する化合物としては、例えば、以下の式で表される化合物などを使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウィルス、微生物類及び毒素の検出方法、並びに該検出方法のためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
多くのウィルスや細菌による感染症は、重篤な病態を引き起こすことも少なくないため、感染予防や感染後の治療は、常に重要な臨床的課題となっている。感染性ウィルスの中でも、とりわけ危険度の高いインフルエンザウィルス、特にここ数年世界規模での蔓延が危惧されている高病原性トリインフルエンザ、SARSに対する予防及び治療上の対策は、早急に対応すべき重要な問題の一つである。さらに、近年の地球温暖化に伴い、熱帯地方特有の感染症(例えば、デングウィルスによるデング出血熱)が感染地域を拡大してきており、今後の対策が不可欠である。
【0003】
また、感染症の病因が細菌などの微生物(病原細菌)である場合、こうした病原細菌による病原因子の一つとして、該細菌が宿主であるヒトへ感染して、その体内で増殖した場合に生体組織や体液に分泌される毒性物質(菌体外毒素;extracellular toxin, exotoxin;以下毒素という)がある。毒素は一般にグラム陽性菌や陰性菌が産生し、単一タンパク質または糖タンパク質などの複合体である。特異的な作用に基づいて、神経毒素、壊死毒素、溶血毒素、腸管毒素などに分けられ、これらの毒素の効果を抑制又は軽減することが感染症治療のターゲットとなっている。
【0004】
上記のように感染症自体を予防又は治療することは、当然、重要なことであるが、その一方で、どのような微生物感染が生じているのかを早急に突き止めることも、早期治療を行う上では非常に重要なことである。現在、主として行われている感染病原体の検査は、検査対象の病原体に特異的な抗原タンパク質を検出する方法、特定の遺伝子領域を増幅して検出する方法、あるいは、感染病原体を顕微鏡下で直接観察する方法などが行われている。これらの方法のうち、抗原タンパク質や特定遺伝子を同定する方法はやや操作が煩雑であり、迅速な検査結果の取得の点に若干の問題がある。また、顕微鏡を用いて形態学的に感染病原体を特定する方法においては、観察対象の病原体の数がある程度高濃度でなければ検出が難しく、そのための感染病原体の増殖等に多くの時間が必要とされ、検査の迅速性に問題があった。
【0005】
さらに、感染病原体自体の検査に加え、病原体からどの様な毒素が放出されているのかについても迅速な検査が必要とされる。現在、最も広く用いられている方法としては、毒素分子に対し特異的な抗体を用いた方法、例えばイムノクロマト法などが挙げられる。これらの検査方法は比較的簡便であり、高価な検査機器を必要としない半面、検出感度が十分でない場合がある。
【0006】
本発明者らは、病原体に特異的に結合する糖鎖を担持したカルボシランデンドリマーによるAIE(aggregation−induced emission)効果を利用した病原体や毒素の検出方法に関する発明を完成させている(特許文献1)。AIE効果とは、2,3,4,5−テトラフェニルシロール(以下、シロールと略記)など、中心の環の周りを囲むように複数のアリール基(例えば、フェニル基)が結合した分子が、液体中で互いに凝集し合い、紫外線照射により高効率発光を行う現象のことである(非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3及び非特許文献4)。発明者らは、シロールと上記カルボシランデンドリマーを結合させた化合物によって引き起こされるAIE効果が、該カルボシランデンドリマーが担持する糖鎖と病原体(例えば、インフルエンザウィルスなど)又は病原体が分泌する毒素(例えば、ベロ毒素など)との結合によって消失することを初めて見出した。これを利用することで、蛍光強度の変動を指標とすることで視認性が格段に良くなり、シンプルかつ迅速な微生物検出を提供することが可能となった。しかしながら、該発明による検出方法は、病原体又は毒素が測定用物質と結合することにより、既に発光している蛍光が消失する、又は蛍光強度が減少する、いわゆるターンオフ型のものであるため、目視による微量検出が困難であるという問題点が残されていた。即ち、病原体又は毒素の検出方法において、検出対象物質によって蛍光が発生又は強度が増加する検出方法が求められていた。また、上記シロールとカルボシランデンドリマーを結合させた化合物を用いる方法は、両分子を事前に結合しておかねばならない煩雑さを有していたため、より簡便な検出方法が希求されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−112777
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】J.Korean Phys.Soc.2004,45:329
【非特許文献2】J.Am.Chem.Soc.2005,127:11661
【非特許文献3】Syn.Met.2005,152:249
【非特許文献4】Tetrahedron Lett.,2007,48:4365−4368
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記状況の中、感染症の原因病原体及び毒素の検出及び同定をさらに迅速、正確、高感度かつ簡便に行うために、従来方法とは異なる方法論に基づいた新たな手法の開発に期待が寄せられている。
そこで、本発明は、感染病原体を迅速、正確かつ簡便に、高感度で検出及び同定する方法、及び該方法に使用されるキットの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、ミセル構造を形成する物質を臨界ミセル濃度以上にすることで、溶液中に形成されたミセル構造物と、シロールなどのAIE効果を惹起する化合物を利用して本発明を完成させた。発明者らは、上記臨界ミセル濃度以上のミセル構造を形成する物質を含む溶液中に、AIE効果を惹起する化合物を添加し、超音波処理後、一定時間静置すると、AIE効果が発生せず、ここにミセル構造物に親和性の高い物質(試料物質)を添加すると、AIE効果が発現することを初めて見出した。発明者らは、これまでにも、病原体に特異的に結合する糖鎖を担持したカルボシランデンドリマーとシロールを結合した化合物によって引き起こされるAIE効果が、該カルボシランデンドリマーが担持する糖鎖と、病原体又は病原体が分泌する毒素との結合により消失することを利用した検出方法を創作してきたが、シロールなどのAIE効果を惹起する化合物によって、試料物質の添加により、AIE効果を発現させる有効な方法は見出されていなかったため、より高い検出感度が求められるケースにおいては必ずしも十分ではなかった。さらに、カルボシランデンドリマーとシロールを結合した化合物を用いる方法では、検出前に、常に両分子を結合する必要があったため、方法としての煩雑さを否めなかった。本発明は、試料物質添加によりAIE効果が初めて発現し、かつ、AIE効果を惹起する化合物を特定分子に事前に結合しておく必要が無いという特徴を有するため、高感度かつ簡便な特定試料物質の検出を提供する点において、特別顕著な効果を有している。
【0011】
(1)すなわち、本発明は、臨界ミセル濃度以上のミセル構造を形成する物質と、AIE効果を惹起する化合物を混合した組成物(以下組成物Aとする)に試料物質を混合し、該混合物の蛍光強度の変化を測定することによる、該試料物質の検出方法である。
(2)あるいは、前記ミセル構造を形成する物質が、前記試料物質と特異的に結合するリガンドを有するものである(1)に記載の方法である。
(3)あるいは、前記AIE効果を惹起する化合物が以下の式(I)又は(II)で示されることを特徴とする(1)又は(2)に記載の方法である。
【化1】

(式(I)において、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、Eは、ケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、A及びBは同一でも異なってもよい炭化水素基、nは1〜4の整数)
【化2】

(式(II)において、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、A及びBは同一でも異なってもよい水素、またはヘテロ原子を含んでもよい同一又は異なった炭化水素基であり、場合によっては、二重結合を含んで環を形成してもよい。)
(4)あるいは、前記AIE効果を惹起する化合物が、2,3,4,5−テトラフェニル−1,1−ジメチルシロール(TPS)又はテトラフェニルエチレン(TPE)であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の方法である。
(5)あるいは、前記ミセル構造を形成する物質が界面活性剤であることを特徴とする(1)乃至(4)のいずれかに記載の方法である。
(6)あるいは、前記界面活性剤がイオン性界面活性剤であることを特徴とする(5)に記載の方法である。
(7)あるいは、前記イオン性界面活性剤がドデシル硫酸ナトリウム(SDS)であることを特徴とする(6)に記載の方法である。
(8)前記試料物質を定量的に検出することを特徴とする(1)乃至(7)のいずれかに記載の方法である。
(9)あるいは、(1)乃至(8)のいずれかに記載の組成物Aを含む、試料物質を検出するためのキットである。
【発明の効果】
【0012】
本発明の微生物及び毒素の検出方法は、検出対象の微生物等を簡便かつ迅速に、高精度で定性的及び定量的な検出を行うことができる。
【0013】
特に、本発明は、試料物質の存在により蛍光が発光又は蛍光強度が増加するため、微生物等の検出目的試料物質の存在を高感度に捉えることが可能である。
【0014】
さらに本発明は、事前にミセル構造を形成する物質と、AIE効果を惹起する化合物を結合する必要が無いため、微生物等の検出目的試料物質を簡便に検出することが可能である。
【0015】
本発明の試料物質検出キットは、煩雑な操作を必要とせず、また、微量に存在する微生物等の試料物質の検出にも適していることから、簡便かつ迅速な感染源の特定並びに早急な感染症治療を可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】蛋白質(BSA)添加に伴うTPSの蛍光強度変化。SDSによるミセルを形成後、BSAの添加量を変動させて、励起波長360nmに対する蛍光強度を測定した。
【図2】SDS濃度のTPSによるAIE効果に対する影響。臨界ミセル濃度(cmc;図中縦線にて記載)以上の濃度になると、蛍光強度の顕著な減少が認められる。
【図3】CTAC濃度のTPEによるAIE効果に対する影響。cmc(図中縦線にて記載)以上の濃度になると、蛍光強度の顕著な減少が認められる。
【図4】TritonX−100濃度のTPSによるAIE効果に対する影響。cmc(図中縦線にて記載)以上の濃度になると、蛍光強度の顕著な減少が認められる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、臨界ミセル濃度以上のミセル構造を形成する物質と、AIE効果を惹起する化合物を混合した組成物に試料物質を混合し、該混合物の蛍光強度の変化を測定することによる、該試料物質の検出方法、並びに該組成物を含む、試料物質を検出するためのキットに関するものである。ここで「ミセル構造」とは、疎水性基と親水性基の両方をもつ溶質分子(両親媒性分子)が水に溶けたとき、ある濃度(臨界ミセル濃度)以上で、溶質分子が疎水性基同士を内側につきあわせ、親水部のみを外側にして会合する微粒子構造のことである。また、「ミセル構造を形成する物質」とは、1つの分子内に親水基と疎水基を持つ分子の総称であり、当業者によって選択可能な化合物であればいかなるものであっても使用可能であるが、限定はしないが、例としては、界面活性剤などのほか、リン脂質などの生体内分子や両親媒性高分子、そしてデンドリマーなどがある。
【0018】
ここで、「デンドリマー」とは、ギリシャ語の「dendra」(樹木)を語源とする規則正しく分岐した樹状高分子化合物の総称である。デンドリマーの形態としては、例えば、ダンベル型、ファン型、ボール型などが知られているが、本発明においては、両親媒性分子として、ミセル構造を形成できる形態であればいずれの形態を使用することも可能であり、デンドリマーの形態の選択は、当業者であれば容易に行うことができる。
【0019】
また、「界面活性剤」は、水中で解離した時、イオン化するイオン性界面活性剤と、親水部が非電解質からなる非イオン性界面活性剤からなり、前者には、解離時に陰イオンになる陰イオン性界面活性剤や陽イオンになる陽イオン性界面活性剤等が含まれる。陰イオン性界面活性剤としては、例えば、脂肪酸ナトリウム、モノアルキル硫酸塩、アルキルポリオキシエチレン硫酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、モノアルキルリン酸塩などがあり、好ましくは、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)である。陽イオン性界面活性剤としては、アルキルトリメチルアンモニウム塩、ジアルキルジメチルアンモニウム塩、アルキルベンジルジメチルアンモニウム塩などがあり、好ましくは、塩化セチルトリメチルアンモニウム (CTAC)である。非イオン性界面活性剤としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、脂肪酸ソルビタンエステル、アルキルポリグルコシド、脂肪酸ジエタノールアミド 、アルキルモノグリセリルエーテルなどがあり、好ましくは、ポリオキシエチレン−p−イソオクチルフェノール(Triton X−100)である。
【0020】
本明細書に記載される「AIE効果」とは、発光性化合物が互いに凝集し合い、特定の波長(例えば、紫外線など)の照射により高効率発光を惹起する現象(AIE:aggregation−induced emission)(非特許文献1、非特許文献2、非特許文献3及び非特許文献4)のことである。本発明で使用可能な、「AIE効果を惹起する化合物」は、当業者によって選択可能な化合物であればいかなるものであっても使用可能であるが、限定はしないが、例えば、下記の式(I)で示される化合物などを使用することができる。
【化1】

式(I)中、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、Eは、ケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、A及びBは同一でも異なってもよい炭化水素基、nは1〜4の整数である。特に限定はしないが、例えば、Rはp−((CHN)C、p−CHOC、p−CH、C、p−FCC、p−(NO)C、m−CH、m−FC、m−FCC、1−ナフチル、2−スチリル、ビフェニル、2−チエニル、ビチエニル、2−チアゾール、2−ピリジル、3−ピリジル、N−メチル−2−ピロリル、2,4,6−トリメチルフェニル(Mes)、2,4,6−トリイソプロピルフェニル(Tip)であり、特にC(フェニル基)の場合は、nは4、A及びBがメチル基である2,3,4,5−テトラフェニルシロールなどを好適に使用することができ、さらに好ましくは、2,3,4,5−テトラフェニル−1、1−ジメチルシロール(TPS)である。
【0021】
「AIE効果を惹起する化合物」のもう一つの例としては、下記の式(II)で示される化合物が挙げられる。
【化2】

式(II)中、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、A及びBは同一でも異なってもよい水素、またはヘテロ原子を含んでもよい同一又は異なった炭化水素基であり、場合によっては、二重結合を含んで環を形成してもよい。
特に限定はしないが、例えば、9−(ジフェニルメチレン)−9H−フルオレン、1,2,3,4−テトラフェニルシクロオクタ−1,3−ジエン、1−(2,4,5−トリフェニル−3−(ジフェニルメチレン)シクロペンタ−1,4−ジエニル)ベンゼン、1,2,3,4−テトラフェニルシクロペンタ−1,3−ジエン、1−(フェニル(2,3−ジフェニル−4−(ジフェニルメチレン)シクブテニリデン)メチル)ベンゼン、1,2,3,4−テトラフェニルブタ−1,3−ジエン、5,6−ジフェニルピラジン−2,3−ジカルボニトリル、5−(4−((E)−2−(4−ブロモフェニル)−1,2−ジフェニルビニル)ベンジリデン)ピリミジン−2,4,6(1H,3H,5H)−トリオンであり、好ましくは、テトラフェニルエチレン(TPE)である。
【0022】
本発明の機序は以下のとおりである;即ち、上記ミセル構造を形成する物質を臨界ミセル濃度以上の濃度にて適当な測定溶媒(例えば、水)中に存在させることで、溶液中にミセル構造が形成される。そこに疎水性であるAIE効果を惹起する化合物を添加し、超音波処理後、一定時間静置すると、該化合物は疎水性基がつきあわされているミセルの内側に局在することで、互いの凝集が抑制され、AIE効果は発生しない。ここにミセル構造物の外側(親水性基)に親和性の高い物質(試料物質)が添加されると、ミセル構造を形成する物質が該試料物質と結合し、それによりミセル構造が崩壊することで、ミセル内部に局在していたAIE効果を惹起する化合物の凝集が促進され、AIE効果が発現し、紫外線を照射すると強く青色蛍光を発する。本発明において、試料物質量がミセル構造の崩壊量と相関し、AIE効果を惹起する化合物の凝集によるAIE効果とも相関しているため、蛍光強度の増加量により試料物質を定量的に測定することが可能である。具体的には、臨界ミセル濃度よりも高いSDS溶液に、AIE効果を惹起するTPSを添加し、SDSに親和性を有するウシ血清アルブミン(BSA)を試料物質として添加したところ、BSA添加量に比例してAIE効果が発現し、蛍光強度の増加が確認された(図1)。また、陰イオン性界面活性剤であるSDSのみならず、陽イオン性界面活性剤であるCTAC及び非イオン性界面活性剤であるTriton X−100においても、臨界ミセル濃度以上でのみTPSまたはTPEによるAIE効果の消失が認められ(図2−4)、界面活性剤の種類によらず、臨界ミセル濃度以上の濃度が本発明による測定には必要であることが示された。以上の結果は、上述した本発明の機序を裏付けている。
【0023】
本発明のある実施形態においては、前記ミセル構造を形成する物質が、前記試料物質と特異的に結合するリガンドを有するものであってもよい。ここで、「リガンド」とは、特定の受容体(レセプター)に特異的に結合する物質のことであり、選択的または特異的に高い親和性を発揮するものである。例としては、酵素タンパク質とその基質、ホルモンや神経伝達物質などのシグナル物質とその受容体などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。「有する」とは、ミセル構造を形成する物質において、親水性部位にリガンドが結合又は担持していることを言う。
【0024】
本発明に使用されるデンドリマーは、微生物又は毒素と特異的に結合するものである。例えば、カルボシランデンドリマーのコア骨格に、微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖を結合させたデンドリマーなどを使用することができる。微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖としては、限定はしないが、例えば、腸管出血性大腸菌O−157が産生するベロ毒素と特異的に結合するグロボ3糖(Gb3、Galα1−4Galβ1−4Glcβ1−)、インフルエンザウィルス等のウィルス表面に存在するヘマグルチニンと特異的に結合するシアリルラクトース、デング熱ウィルスのスパイク糖タンパク質と特異的に結合するラクトネオテトラオースなど、本発明で使用可能な糖鎖はこれまでに数多く同定されており、検出対象の微生物又は毒素に適した糖鎖を選択することは当業者であれば容易に行うことができる。本発明で使用可能な糖鎖と該糖鎖が認識する微生物の組合せの一例を表1〜5に示す。
【0025】
【表1】

【表2】

【表3】

【表4】

【表5】

【0026】
上記のリガンドを有するデンドリマーの1例を一般式に表わすと以下のとおりである。
【化3】

(式(III)中、Eは、炭素、ケイ素、ゲルマニウムのいずれかであり、互いに同一でも異なっていてもよく、Eは、ケイ素、ゲルマニウムのいずれかであり、互いに同一でも異なっていてもよく、Rはヘテロ原子を含んでもよい同一又は異なった炭化水素基であり、場合によっては、Eを含んで環を形成してもよく、Rは、同一又は異なった炭化水素基又は環を有してもよい炭化水素鎖を示し、R及びRは酸素、窒素あるいはカルボニル基、エーテル基、アミド基、チオエーテル基を含んでもよい同一又は異なった炭化水素鎖を示し、Yはリガンドを示し、好ましくは、同一又は異なった糖鎖残基を示し、lは0〜2の整数であり、mは0〜2の整数であり、kは0又は1の数を示し、kが0のときは3−mは1である)
【0027】
好ましくは、Yは検出対象の微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖であり、検出対象の微生物又は毒素に応じて選択することができ、かかる選択は当業者であれば容易に行うことができる。特に限定はしないが、例えば、一般式(III)で示される化合物は、Yが以下の式(IV)の糖鎖の場合、ベロ毒素を、式(V)の糖鎖の場合、インフルエンザウィルスを、式(VI)の糖鎖の場合、デング熱ウィルスの検出に使用することができる。
【0028】
【化4】

【0029】
また、検出対象がインフルエンザウィルスの場合、トリインフルエンザウィルスのヘマグルチニンが認識する糖鎖構造であるシアリルα(2→3)ラクトース(又はガラクトース)などを本発明の糖鎖として使用すればトリインフルエンザウィルスを特異的に検出することができ(例えば、WO02/002588を参照のこと)、ヒトインフルエンザウィルスのヘマグルチニンが認識する糖鎖構造であるシアリルα(2→6)ラクトース(又はガラクトース)などを本発明の糖鎖として使用すればヒトインフルエンザウィルスを特異的に検出することができる(例えば、特開2008−31156を参照のこと)。
【0030】
一般式(III)中のYは、1分子中の全てのYの位置が微生物又は毒素と特異的に結合する糖鎖であることが望ましいが、必ずしも、全てのYが上記置換基である必要はなく、例えば、水素、C=C二重結合、水酸基などであってもよく、当該技術分野における通常の合成方法により、Yの位置に結合し得ると当業者が予測可能な如何なる置換基であってもよい。
なお、ここで使用される「微生物」にはウィルスを含むものとする。
【0031】
本発明のAIE効果の発現は、AIE効果を惹起する化合物の構造に適した溶媒環境において、発光強度が異なってくる。従って、使用する本発明の該化合物の構造に応じた溶媒環境において微生物又は毒素の検出を行うことが望ましい。このような、検出環境に最も適する溶媒環境の選択は、当業者において通常の試行錯誤の範囲内の予備実験等で容易に設定することができる。また、測定に使用される測定環境は、検出対象の微生物又は毒素の安定性も考慮して、塩濃度、pHなど至適な条件を選択することが望ましく、かかる選択は当業者にとって容易に行うことができる。
【0032】
本発明の他の実施例は、「臨界ミセル濃度以上のミセル構造を形成する物質と、AIE効果を惹起する化合物を混合した組成物」を含む、試料物質を検出するキットである。即ち、該組成物をキットの形態で、適当な容器又はパック中に使用説明書と共に含めて提供することができる。本発明のキットは、本発明の前記組成物以外にも、当業者において微生物又は毒素の検出において必要と思われる物質、又は、当該検出に対し効果的に作用する物質など、他の添加物質を含んでもよい。このような添加物質としては、限定はしないが、例えば、安定化剤、防腐剤、キレート剤などを使用することができる。本発明に係る組成物がキットとして供給される場合、該組成物の構成成分を、活性構成成分の機能を低下することを回避するなどの必要に応じて、各構成成分を別々に包装してもよい。キット中に含まれる組成物は、構成成分が活性を長期間有効に持続し、構成成分を吸着せず、また、変質させない材質の容器中に供給される。また、キットに使用説明書が添付される場合、その使用説明は、紙又は他の材質上に印刷されて供給されてもよく、及び/又はフロッピー(登録商標)ディスク、CD−ROM、DVD−ROM、Zipディスク、ビデオテープ、オーディオテープなどの電気的又は電磁的に読み取り可能な媒体として供給されてもよい。あるいは、キットの製造者によって指定され又は電子メール等で通知されるウェブサイトに掲載されていてもよい。
【0033】
以下の実施例は、あくまでも例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0034】
本発明の1例である、臨界ミセル濃度以上のドデシル硫酸ナトリウム(SDS)及び2,3,4,5−テトラフェニル−1,1−ジメチルシロール(TPS)を用いたウシ血清アルブミン(BSA)量の測定方法を下記に示す。
ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)(wako、生化学用)と10mM PBSバッファー(cica, pH 7.4)を用いて、1.0×10-2 M SDS PBSバッファー溶液を調製した。既に報告されている方法により合成された2, 3, 4, 5-テトラフェニル-1, 1-ジメチルシロール(TPS)( Ferman, J. et al., Inorg. Chem. 1999, 38, 2464-2472).とメタノール(cica, 蛍光分析用)を用いて、TPS メタノール溶液(1.0×10-3 M)を調製した。上記方法で調製したSDS溶液 10mlに同じく上記方法で調製したTPS溶液0.1 ml添加し、超音波洗浄装置で1時間撹拌したのち冷暗所で一晩静置した。この溶液 3mlと撹拌子を分光セルに入れ、蛍光測定装置にセルを設置した。BSA 5 mgをセル内に添加し5分間撹拌した後、励起光 360 nmで蛍光波長 (測定波長: 475 nm) を測定し、この操作をBSAの合計が100 mgになるまで繰り返した(図1)。
【実施例2】
【0035】
本実施例は、ミセル構造を形成する物質のうち、陰イオン性界面活性剤であるSDSにおいて、臨界ミセル濃度以上でのみAIE効果を惹起する化合物(TPS)によるAIE効果の消失が認められることを示す目的で行われたものである。
SDS(wako, 生化学用)と超純水を用いて、5.0×10-1~5.0×10-4 Mの範囲の様々な濃度の SDS水溶液を調製した。2, 3, 4, 5-テトラフェニル-1, 1-ジメチルシロール(TPS)とメタノール(cica, 蛍光分光分析用)を用いて、TPS メタノール溶液(1.0×10-3 M)を調製した。各界面活性剤溶液 10mlに調製したTPS溶液0.1 ml添加し、超音波洗浄装置で1時間撹拌したのち冷暗所で一晩静置し、各溶液の蛍光強度を測定した(励起波長: 360 nm)(図2)。
【実施例3】
【0036】
本実施例は、ミセル構造を形成する物質のうち、陽イオン性界面活性剤であるCTACにおいて、臨界ミセル濃度以上でのみAIE効果を惹起する化合物(TPE)によるAIE効果の消失が認められることを示す目的で行われたものである。
CTAC(cica, 特級) と超純水を用いて、5.0×10-1~5.0×10-4 Mの範囲の様々な濃度の CTAC水溶液を調製した。テトラフェニルエチレン(TPE)(TCI, 試薬)とメタノール(cica, 蛍光分光分析用)を用いて、TPE メタノール溶液(1.0×10-3 M)を調製した。各CTAC溶液 10mlに調製したTPE溶液0.1 ml添加し、超音波洗浄装置で1時間撹拌したのち冷暗所で一晩静置し、各溶液の蛍光強度を測定した(励起波長: 305 nm) (図3)。
【実施例4】
【0037】
本実施例は、ミセル構造を形成する物質のうち、非イオン性界面活性剤であるTriton X−100において、臨界ミセル濃度以上でのみAIE効果を惹起する化合物(TPS)によるAIE効果の消失が認められることを示す目的で行われたものである。
Triton X-100(Acros) と超純水を用いて、5.0×10-1~5.0×10-4 Mの範囲の様々な濃度の Triton X-100水溶液を調製した。2, 3, 4, 5-テトラフェニル-1, 1-ジメチルシロール(TPS)とメタノール(cica, 蛍光分光分析用)を用いて、TPS メタノール溶液(1.0×10-3 M)を調製した。各Triton X-100溶液 10mlに調製したTPS溶液0.1 ml添加し、超音波洗浄装置で1時間撹拌したのち冷暗所で一晩静置し、各溶液の蛍光強度を測定した(励起波長: 360 nm) (図4)。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、病原性の微生物や毒素を迅速、簡便かつ高感度に検出することを可能にするものであり、病原菌又は病毒素等の検出技術の向上に貢献するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
臨界ミセル濃度以上のミセル構造を形成する物質と、AIE効果を惹起する化合物を混合した組成物(以下組成物Aとする)に試料物質を混合し、該混合物の蛍光強度の変化を測定することによる、該試料物質の検出方法。
【請求項2】
前記ミセル構造を形成する物質が、前記試料物質と特異的に結合するリガンドを有するものである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記AIE効果を惹起する化合物が以下の式(I)又は(II)で示されることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【化1】

(式(I)において、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、Eは、ケイ素又はゲルマニウムのいずれかであり、A及びBは同一でも異なってもよい炭化水素基、nは1〜4の整数)
【化2】

(式(II)において、Rは同一でも異なってもよいアリール基であり、A及びBは同一でも異なってもよい水素、またはヘテロ原子を含んでもよい同一又は異なった炭化水素基であり、場合によっては、二重結合を含んで環を形成してもよい。)
【請求項4】
前記AIE効果を惹起する化合物が、2,3,4,5−テトラフェニル−1,1−ジメチルシロール又はテトラフェニルエチレンであることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
前記ミセル構造を形成する物質が界面活性剤であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記界面活性剤がイオン性界面活性剤であることを特徴とする請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記イオン性界面活性剤がドデシル硫酸ナトリウム(SDS)であることを特徴とする請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記試料物質を定量的に検出することを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれかに記載の組成物Aを含む、試料物質を検出するためのキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−185041(P2012−185041A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−48306(P2011−48306)
【出願日】平成23年3月4日(2011.3.4)
【出願人】(504190548)国立大学法人埼玉大学 (292)
【Fターム(参考)】