説明

ウイルス粒子/ウイルス抗原の濃度を測定する方法

本発明は、試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を測定する方法を提供する。具体的には、本発明は、試料中のインフルエンザウイルス粒子/インフルエンザウイルス抗原の濃度の測定に関する。本発明はさらに、試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を測定するためのイオン交換マトリクスの使用に関する。一実施形態において、この方法は、a)ウイルス粒子および/またはウイルス抗原をイオン交換マトリクスに結合させ、それによって該ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を他の試料成分から分離することができる条件下で、該ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を含有する試料を該イオン交換マトリクスに添加する工程;b)該結合させたウイルス粒子および/またはウイルス抗原を該マトリクスから溶出させる工程;ならびにc)該ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を検出する工程、を包含する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中のウイルス粒子/ウイルス抗原の濃度を測定する方法を提供する。具体的には、本発明は、試料中のインフルエンザウイルス粒子/インフルエンザウイルス抗原の濃度の測定に関する。本発明はさらに、試料中のウイルス粒子/ウイルス抗原の濃度を測定するためのイオン交換マトリクスの使用に関する。
【背景技術】
【0002】
(発明の背景)
ウイルス関連疾患を予防するワクチンの調製には、通常、大量のウイルスが必要となる。したがって、個々のウイルスを、適切な宿主系において高収率で産生することが必要となる。ウイルスの増殖および培養の方法は、先行技術でいくつか記載されている。共通するウイルス増殖方法は、例えば、一次細胞またはより複雑な細胞培養系においてウイルスを培養する工程を含む。例えば、インフルエンザワクチンは、孵化鶏卵を使用したウイルス増殖培養物から得ることができる。これらの培養物では、感染した卵の尿膜腔液からウイルスが単離され、完全または分裂ウイルス粒子のいずれかの形態で、抗原がワクチンとして使用される。特異的な哺乳類細胞系を使用することによって、インフルエンザ、狂犬病、流行性耳下腺炎、麻疹、風疹、およびダニ媒介性脳炎ウイルスなどのいくつかのウイルスが複製される場合もある。
【0003】
これらの細胞培養物によって、経済的なウイルス複製が可能となり、例えば鶏卵よりも信頼性の高い増殖系を提供することができる。哺乳類細胞内でウイルスを培養する方法については、例えば、特許文献1に開示されている。
【0004】
高いウイルスの収率を達成するには、宿主系、培養条件、および増殖するウイルスが、互いに適合していなければならない。異なる増殖系を最適化する取り組みが行われてきたが、ウイルス増殖培養物の一次ウイルスの収率は、異なるバッチまたは生産運転の間で大きく異なる可能性がある。したがって、特定のウイルス製剤のウイルス収率を測定することができる方法を提供することが重要である。
【0005】
現在、インフルエンザウイルス増殖培養物の一次収率の測定は、例えば、血球凝集素(HA)力価を測定することによって行われている。本明細書では、雌鶏の赤血球の凝集を使用して、所与の培養物の粗試料アリコートなどの無細胞ウイルス製剤中におけるウイルス由来の血球凝集素の量を示す。このような試料の増加する稀釈液を使用して、HA量の評価を行うことができる。血球凝集素の量は、試料中のウイルス粒子数の指標となる。しかし、この方法はウイルス株に特異的なものであり、さらに半定量的であるにすぎない。実際には、2段階による感度因子しか測定することができない。
【0006】
あるいは、広く受け入れられた一元放射免疫拡散法(文献中ではSRIDまたはSRD試験とも呼ぶ)を採用することによって、インフルエンザウイルス収率を評価することができる。
【0007】
本試験については、ヨーロッパ薬局方第5版に詳述される。本試験は、支持体であるアガロースゲルにおけるウイルス抗原とその同種抗体の可視反応に基づくものである。ウイルス抗原をゲルに組み込み、抗血清が固定化抗原を介して作用点から放射状に拡散できるようにすることにより、本試験は実施される。また、抗原抗体複合体に起因する測定可能領域を観察することができる。外部反応物と内部反応物の間の均衡が確立されると、外部反応物の位置から生じる環伏の沈降域は、使用される抗原の量に正比例し、ゲル中の抗体の濃度に反比例する。本試験で使用する標準抗原および標準抗体は、英国の国立生物学的製剤研究所(NIBSC)によって提供される。但し、SRID試験は少なくとも2日間行わなければならないことに留意されたい。
【0008】
本分野で現在使用されている上述の方法の重大な欠点は、ウイルスを培地から分離した後でなければ、上述の方法による所与のウイルス増殖培養物の一次ウイルス収率の評価を確実に行うことができないことである。しかし、大量の増殖培養物からウイルスを精製するには、費用も時間も要する。現在のところ、所与のウイルス増殖培養物中のウイルス量を数時間以内に評価することは不可能である。
【特許文献1】国際公開第97/37000号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
したがって、インフルエンザウイルス増殖培養物などのウイルス製剤の一次収率に関する情報を即座に提供する方法が必要とされている。好ましくは、本測定方法は、ウイルス増殖培養物をさらに処理して、精巧な精製法に供するかどうかを判定する根拠として結果が使用できるように、即座に結果を提供する必要がある。本発明はこの問題を解決する上で、さらなる利点も提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、ウイルス含有試料中のウイルス粒子および/または抗原の濃度を短期間で測定する方法を提供する。ウイルス含有試料は、MDCK細胞培養物などのウイルス増殖培養物の粗試料であってもよく、本発明に基づく方法は、前記培養物のアリコートを使用して行われる。好都合には、完全培養物量を下流の精製に供する必要なく、アリコートの検査を行うことができる。したがって、本発明は、試料中のウイルス粒子/ウイルス抗原の濃度を測定する方法であって、
a)ウイルス粒子および/またはウイルス抗原をイオン交換マトリクスに結合させ、それによって前記ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を他の試料成分から分離することができる条件下で、前記ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を含有する試料を前記イオン交換マトリクスに添加する工程;
b)前記結合させたウイルス粒子および/またはウイルス抗原を前記マトリクスから溶出させる工程;ならびに
c)前記ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を検出する工程、
を含み、
検出信号が、試料中の前記ウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を示す、
方法を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の過程では、所与の試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の量と、イオン交換マトリクス、好ましくは陽イオン交換マトリクスに結合させ、これらから溶出することができるウイルスの量との間に直接的な相関関係が存在することが明らかにされている。本発明よりも以前には、このようなカラムが、インフルエンザウイルス粒子などのウイルス粒子の定量分析に企図されることはなかったことから、これは驚くべき所見である。
【0012】
本発明の方法によれば、試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原は、第1段階でイオン交換マトリクスに結合される。例えば、ウイルス粒子またはタンパク質を結合することができるイオン交換樹脂材料、好ましくは陽イオン交換材料を備えたいずれかのクロマトグラフィーカラムが使用される場合がある。このようなカラムは、GE Healthcare Life SciencesからSP Sepharose(登録商標) XLを、SartoriusからSartobind Sをといったように、いくつかの製造業者から容易に購入することができる。本発明の好ましい態様によれば、本発明に基づく方法で使用されるカラムは、セルロースマトリクスを含む。
【0013】
特に好ましい実施形態によれば、セルロースマトリクスは、2000〜4000ダルトン、より好ましくは3000ダルトンのゲル排除限界を有する。セルロースマトリクスは、好ましくは活性化基を含む。好ましい活性化基には、例えば、硫酸エステル、またはカルボキシメチル(CM)などの他の弱陽イオン交換基が含まれる。好ましい実施形態によれば、セルロースマトリクスは、活性化基として硫酸エステルを含む。通常、硫酸エステルは、比較的低濃度でセルロースマトリクス上に存在する。例えば、マトリクスは、乾燥したマトリクス材1gにつき500〜900μg、好ましくは700μgの硫黄を含んでもよい。本発明に基づく方法に特に適したセルロースマトリクスは、Millipore GmbH(ドイツ エシュボーン)からMatrex(登録商標) Cellufine(登録商標) Sulfateという商標で購入することができる。
【0014】
ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を含有する試料は、前記ウイルス粒子および/またはウイルス抗原をイオン交換マトリクスに結合させることができる条件下で、前記イオン交換マトリクスに添加する。好ましくは、このような条件は、低イオン強度の条件、すなわち、工程a)におけるウイルス粒子および/またはウイルス抗原の結合が低塩条件下で達成される条件である。好ましくは、接触および結合は、適切な緩衝液中で行われる。一般的に、緩衝剤の選択は重要ではなく、イオン交換クロマトグラフィーに通常使用されるほとんどの緩衝液を使用することができる。したがって、ウイルス粒子および/またはウイルス抗原をマトリクスと接触させるために使用される緩衝液は、NaCl、NaHPO、NaHPO、NaPO、NaSO、KCl、KHPO、KHPO、KPO、KSO、MgCl、NKClなどを含んでもよい。
【0015】
試料の全塩濃度は、最高0.1mol/L、例えば、0.01mol/L、または0、05mol/Lであってもよい。ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を含む材料(例えば、ウイルス増殖培養物のアリコート)がより高い塩濃度を有する場合は、本発明の方法で適用可能な低イオン強度の試料を提供するために、このような材料を上述の緩衝液で容易に希釈することができる。さらに、ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を含む材料は、試料をイオン交換クロマトグラフィーに適用する前に、脱塩される場合がある。好ましくは、工程a)におけるウイルス粒子および/またはウイルス抗原の接触は、NaHPOを含む緩衝液の存在下で行われる。より好ましくは、試料中のNaHPOの濃度は0.01〜0.1mol/Lである。最も好ましくは、試料中のNaHPOの濃度は0.05mol/Lである。試料とマトリクスとの接触は、約6.0〜8.0、好ましくは7.0〜7.8のpH範囲で行うことができる。最も好ましくは、pH7.5で接触を行うことができる。定量的な結果を得るには、個々のマトリクスの結合能力が、検査する試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の量よりもはるかに高いことを保証する必要がある。ウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度が高すぎる場合は、希釈化を考慮する必要がある。
【0016】
ウイルス粒子および/またはウイルス抗原をイオン交換マトリクスに結合させた後には、試料の汚染成分(例えば、ウイルス増殖に使用される宿主細胞から生じる細胞残屑、または培地成分)をウイルス粒子および/もしくはウイルス抗原から分離するために、いくつかの洗浄手順が実施される場合がある。
【0017】
洗浄は、クロマトグラフィーの技術分野で使用される共通の方法に基づき、低イオン強度の周知の緩衝剤を使用して行うことができる。多くのクロマトグラフィー方法および技法の概要については、“Ion Exchange Chromatography, Principles and Methods”, Amersham Pharmacia Edition AA (1998)に言及されている。好ましくは、ウイルス粒子および/またはウイルス抗原とイオン交換マトリクスとの接触に使用したのと同じ緩衝剤が、洗浄にも使用される。本発明の一態様によれば、10〜100mmol/Lの濃度を有するNaHPOなどのリン酸ナトリウム緩衝剤を洗浄に使用するのが好ましい。例えば、緩衝剤は、20、40、60、80または100mmol/Lの濃度を有する場合がある。好ましくは、NaHPO緩衝剤は50mmol/Lの濃度を有する。当業者が理解する通り、洗浄緩衝剤は、TRIS(トリス(ヒドロキシメチル)−アミノメタン)、MOPS(3−(N−モルホリノ)−プロパンスルホン酸)もしくはHEPES(N−(2−ヒドロキシ−エチル)−ピペラジン−N‘−エタンスルホン酸)のような他の緩衝薬、またはTriton−X 100、ドデシル硫酸ナトリウム、ポリソルベート、ポリソルベート80(Tween−80)もしくはポリソルベート20(Tween−20)などのポリオキシエチレンソルビトールエステル、ポロキサマー188などのポリオキシプロピレン−ポリオキシエチレンエステル、BRIJ 35などのポリオキシエチレンアルコールなどの、いくつかの他の成分を含有する場合がある。
【0018】
その後、ウイルス粒子および/またはウイルス抗原は、ウイルス粒子および/またはウイルス抗原とイオン交換マトリクスとの相互作用を阻害する緩衝剤含有物質を使用することによって、カラムから溶出される。
【0019】
このような緩衝剤は、ウイルス粒子および/またはウイルス抗原とカラムとの結合に使用する緩衝剤と同じ塩を、但しより高い濃度で含む場合がある(上述を参照)。したがって、手順c)におけるウイルス粒子および/またはウイルス抗原の溶出は、高塩条件下で達成される。溶出に使用する緩衝剤の濃度は、緩衝剤の性質により変動する。例えば、溶出緩衝剤の塩濃度は、約0.8〜5mol/Lの範囲である場合がある。特に、溶出緩衝剤の塩濃度は、1、1.2、1.5、1.8、2、2.2、2.5、2.8、3、3.5、4、または4.5mol/Lである場合がある。好ましくは、手順c)におけるウイルス粒子および/またはウイルス抗原の溶出は、NaCl緩衝剤の存在下で達成される。NaCl緩衝剤は、好ましくは1.0〜2.0mol/L、より好ましくは1.2mol/Lの濃度を有する。あるいは、1.0〜2.0mol/Lの濃度を有するNHSO緩衝剤を溶出に使用することもできる。溶出は、異なる濃度の緩衝剤を使用して、2段階以上で行うこともできる。本発明の好ましい実施形態によれば、溶出は2段階で行われ、この場合、第1の溶出が、1.2mol/Lの塩化ナトリウム緩衝剤を使用して行われた後、第2の溶出が、3mol/Lの塩化ナトリウム緩衝剤を使用して行われる。溶出はまた、塩濃度を上昇させる直線勾配を組んで行うこともできることを、当業者であれば理解するであろう。
【0020】
本発明によれば、表面タンパク質またはその他のタンパク質成分(本明細書ではウイルス抗原と呼ぶ)などの、完全ウイルス粒子および/またはその特異的領域の両方の濃度を測定することができる。
【0021】
実施例で示す通り、本発明の方法は、試料中のインフルエンザウイルス粒子などの完全ウイルス粒子の濃度を測定するのに特に適している。従って、本方法は、インフルエンザウイルスなどのウイルスに感染したMDCK細胞培養物などのウイルス増殖培養物の収率を測定することを可能にする。あるいは、ウイルスの特定タンパク質成分のみを、後にワクチンで使用するために産生する場合、本発明の方法は、その成分の濃度を測定するのにも有用である。さらに、完全ウイルス粒子およびウイルス抗原の両方の濃度は、これらが異なる保持時間で溶出する場合に、同時に測定することもできる。
【0022】
ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を溶出する場合は、カラムから溶出するウイルス関連物質が適切な手段で検出される。例えば、溶出物質による吸光度は、特定の波長で測定される場合がある。波長の選択は、検出するウイルスの性質により異なる。例えば、インフルエンザウイルス粒子などのウイルス粒子は、210〜350nm、例えば280nmの波長で検出することができる。本発明の好ましい態様によれば、溶出物質は、280nmの波長で吸光度を測定することにより検出される。この目的のために、クロマトグラフィーの技術分野で周知の共通する紫外検出手段が使用される場合がある。
【0023】
本発明の方法に基づき測定されるウイルス粒子および/またはウイルス抗原は、異なる型のウイルス、例えば、オルトミクソウイルス科、アデノウイルス科、ヘルペスウイルス科、アレナウイルス科、フラビリダエ科、レトロウイルス科、ヘパドナウイルス科、パポバウイルス科、パルボウイルス科、ポックスウイルス科などのウイルスに由来してもよい。好ましいウイルスは、HCV、麻疹ウイルス、HAV、HBV、ワクシニアウイルス、ラッサ熱ウイルス、HSV−1、HSV−2、黄熱ウイルス、風疹ウイルス、ポリオウイルス、HIV、およびインフルエンザウイルスである。好ましくは、ウイルス粒子および/またはウイルス抗原は、インフルエンザウイルスに由来する。インフルエンザウイルスは、例えば、株A/New Caledonia H1N1、株B/Jingsu、株A/Wyoming H3N2、株A:A7New York H3N2、株B/Malaysia、およびその他のウイルス株から選択される場合がある。ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を含む試料は、好ましくは、ウイルス増殖培養物のアリコートであってもよい。本明細書で使用される「ウイルス増殖培養物」とは、ウイルスまたはウイルス抗原を増殖させる目的を果たすいずれかの培養物を意味する。この用語には、具体的には、例えば脊椎動物細胞などの細胞または組織がウイルスを複製するための宿主として使用される、いずれかの種類の細胞または組織培養物が含まれる。アリコートは、培養プロセスの最後に、ウイルス増殖培養物から採取される場合がある。本発明に基づく方法により、試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を測定することが可能となる。この濃度から完全培養物量を容易に推定することができる。本発明によれば、ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を含む試料は、卵培養物、または哺乳類細胞培養物などの細胞培養物に由来する場合がある。好ましい実施形態によれば、試料は、MDCK、MDBK、VERO、CV−1、MRC−5、WI−38またはLLC−MK2細胞培養物に由来する。さらにより好ましい実施形態によれば、試料はMDCK細胞培養物に由来する。
【0024】
本発明に基づく測定方法から得た結果は、完全ウイルス増殖培養物をさらに処理および/または精製する必要があるかどうかを決定する根拠として使用することができる。下流工程における完全ウイルス増殖培養物の処理および/または精製は、極めて多くの費用と労力を要することから、本発明の方法は、より経済的でかつ費用を節約できる製造法を提供する。本発明の培養段階の最後に少ないウイルス/抗原含有量しか示さない培養物は、廃棄することができ、下流の処理および/または精製方法に供する必要がない。例えば、インフルエンザウイルス増殖培養物の許容される収率は、培養物1mL当たり約10〜20μgであってもよい。しかし、予想される収率は、ウイルスの型および培養方法により異なる。あるいは、測定結果はまた、ウイルス増殖培養物をさらに培養するべきかどうか、および/または培養条件を最適化するべきかどうかを決定する根拠としてもよい。但し、後者の場合、ウイルス増殖培養物のアリコートは、無菌条件下で得る必要があることが理解されるであろう。
【0025】
本発明の好ましい実施形態よれば、試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を測定する方法はさらに、試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を測定するために、前記ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を既知の濃度で含む試料(基準試料)を検出することにより得られた少なくとも1つの基準値と、検出信号とを比較する工程も含む。
【0026】
換言すれば、本発明の方法に使用される特定の装置が、未知の濃度のウイルス粒子および/またはウイルス抗原を有する試料を添加する前に較正される。基準試料により得られた検出信号は、特定の濃度のウイルス粒子および/またはウイルス抗原と相関させることができる。好ましくは、検出信号は、1つより多い基準値と比較される。例えば、異なる既知の濃度を有するいくつかの試料の検出信号を測定することによって、検量線が作成される場合がある。試料は、基準試料1mL当たり5〜50μgのウイルス粒子および/またはウイルス抗原を含有する場合がある。通常は、ウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を漸増させた基準試料が使用される。例えば、基準試料1mLあたり5μg、10μg、15μg、20μg、25μg、30μg、35μg、40μg、45μgおよび50μgのウイルス粒子および/またはウイルス抗原を含有する試料が、検量線の作成に使用される場合がある。次いで、未知の濃度のウイルス粒子および/またはウイルス抗原を有する試料から得た検出信号を検量線と比較して、ウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を評価することができる。好ましくは、各ウイルス型に基準値を設ける。場合によっては、所与のウイルス型の異なるウイルス株に基準値を設けることが必要となる場合もある(例えば、インフルエンザの場合)。例えば、株A/New Caledonia H1N1、株B/Jingsu、株A/Wyoming H3N2、株A:A7New York H3N2、株B/Malaysiaのインフルエンザ株に基準値を設けることができる。場合によっては、1種のウイルス株に基づいて設けた基準値によって、別のウイルス株のウイルス粒子および/またはウイルス抗原を含有する試料を測定および評価できる場合があることが明らかになる場合がある。
【0027】
このような基準値を使用することができるウイルス株に特異的な相関係数を設ける場合がある。同じ装置が同じ実験条件(すなわち、同じ検出器設定、流量など)で使用される場合は、(例えば、測定されたピークの比面積により表わされる)検出器信号をウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度の指標として使用することも可能である。以下の実施例では、ピーク面積を、標準方法で測定したウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度と直接相関させる(SRDおよびHA力価それぞれ)。
【0028】
細胞培養物中でインフルエンザウイルスを培養する場合、宿主細胞の感染は、トリプシンのようなプロテアーゼを感染培地に添加することなど、いくつかの要因に左右される。プロテアーゼは、血球凝集素の前駆体タンパク質を、細胞感染プロセスに関与する活性血球凝集素へ細胞外で開裂させる。しかし、プロテアーゼを添加しても、すべてのバッチで再現性ある結果が得られるわけではない。さらに、プロテアーゼを添加する場合には、少なくとも1回培養容器を開ける必要があるため、ウイルス増殖培養物を汚染する危険性が高い。このような汚染によって、細胞培養物から得たウイルス産物は、その後のワクチン製剤に不適切なものになると思われる。
【0029】
別の好ましい態様によれば、本発明に基づく方法によって、ウイルス増殖培養物を品質面から評価することが可能となる。例えば、増殖させるウイルス以外の微生物が培養物を汚染した場合には、本発明の方法で、ウイルスの低収率、またはクロマトグラフ分析におけるさらなるピークの発生のいずれかによって、このような汚染を検出できるであろう。
【0030】
それにより、このような汚染された培養物は廃棄し、下流の精製に供することはない。本発明に基づく方法は、好ましくは、試料中に存在する完全ウイルス粒子の濃度を測定するためのものである。しかし、異なる表面タンパクなどの他のウイルス抗原の濃度を測定することも可能である。遊離(すなわち、ウイルスに関連しない)インフルエンザウイルス表面タンパクの濃度が高い場合には、MDCK細胞培養物中で増殖する完全インフルエンザウイルス粒子の濃度が低いことが、本発明の過程で明らかにされている。従って、このような表面タンパクの濃度を、試料中のウイルス粒子の収率に関する指標として使用することもできる。
【0031】
最後に、本発明は、試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を測定するための、イオン交換マトリクス、好ましくは陽イオン交換マトリクスの使用にも関する。好ましくは、イオン交換マトリクスは、陽イオン交換マトリクスである。
【実施例】
【0032】
以下の実施例は、単に本発明を例示するためのものであり、添付の特許請求の範囲で定義する本発明を限定することを意図したものではないことを理解する必要がある。
【0033】
以下の装置を使用した:
1.装置A
・ クロマトグラフィー系:AEKTAprime(GE healthcare)、50mL試料ループ、280nmでのUV吸光度をオンライン検出、伝導度をオンライン検出
・ カラム:HR 16/10(GE healthcare)、20mL Matrex(登録商標) Cellufine(登録商標) Sulfate(Millipore)
・ 洗浄緩衝剤:1MのNaOHでpH7.5に調節した、50mMのNaHPO
・ 溶出緩衝剤1:1MのNaOHでpH7.5に調節した、1.2MのNaClおよび50mMのNaHPO
・ 溶出緩衝剤2:1MのNaOHでpH7.5に調節した、3.0MのNaClおよび50mMのNaHPO
・ クリーニング緩衝剤:0.1MのNaOH
・ 保存緩衝剤:洗浄緩衝剤+20%のエタノール
・ プログラミング:流量5mL
− 10分(50mL):カラム平衡
− 10分(50mL):試料注入
− 20分(100mL):洗浄緩衝剤でカラム洗浄
− 10分(50mL):溶出緩衝剤1で溶出
− 10分(50mL):溶出緩衝剤2で溶出
− 10分(50mL):クリーニング緩衝剤でクリーニング。
【0034】
2.装置B
・ クロマトグラフィー系:AEKTAbasic(GE healthcare)、2mLの試料ループ、280nmおよび350nmでの紫外吸光度をオンライン検出
・ カラム:Tricorn 10/20(GE healthcare)、2mLのMatrex(登録商標) Cellufine(登録商標) Sulfate(Millipore)
・ 洗浄緩衝剤:1MのNaOHでpH7.5に調節した、50mMのNaHPO
・ 溶出緩衝剤:1MのNaOHでpH7.5に調節した、3.0MのNaClおよび50mMのNaHPO
・ クリーニング緩衝剤:0.1MのNaOH
・ 保存緩衝剤:洗浄緩衝剤+20%のエタノール
・ プログラミング:流量5mL
− 2分(10mL):試料注入、および洗浄緩衝剤でカラム洗浄
− 2分(10mL):30%の溶出緩衝剤、80%の洗浄緩衝剤で溶出
− 2分(10mL):100%の溶出緩衝剤で溶出
− 2分(10mL):100%のクリーニング緩衝剤でクリーニング
− 2分(10mL):洗浄緩衝剤でカラム平衡。
【0035】
(実施例1 インフルエンザウイルス試料のクロマトグラフ分析)
株A/ウェリントンインフルエンザに感染した、MDCK(Madin−Darbyイヌ腎臓)細胞培養物の発酵槽集菌に由来する試料を、0.45μmフィルターを使用してろ過した後、クロマトグラフィーカラムに添加した。
【0036】
流量は5mL/分を使用した。カラムを洗浄緩衝剤で10分間平衡に保った後、試料50mLを注入し、100mLの洗浄緩衝剤でカラムを洗浄した。完全ウイルスを溶出するために、50mLの溶出緩衝剤1で溶出を行い、さらに、完全ウイルス粒子に関連しないウイルス表面タンパク質を溶出するために、50mLの溶出緩衝剤2で溶出を行った。後者のタンパク質は、不完全ウイルス産生の産物であると思われる。最後に、50mLのクリーニング緩衝剤でカラムを洗い流した。
【0037】
図1は、溶出により得られた吸収スペクトルを示す。43.53分時点でのピークは、ウイルス粒子画分を表す。ピーク面積は、例えばワクチンを製造するための試料の次の処理に、ウイルス増殖培養物が十分であることを示している。また、完全ウイルス粒子に関連しないウイルス表面タンパク質を、ウイルス増殖培養物から得られるウイルス粒子の収率の他の指標として使用できることも明らかになった。これらの非結合ウイルスタンパク質の濃度が高ければ高いほど、ウイルス粒子の濃度は低くなる。
【0038】
完全ウイルス粒子の産生を目的とする場合は、43.53分時点でのピーク面積が大きくなければならず、3MのNaClで溶出を行った場合は、ピークが得られてはならない(または狭い面積のピークが得られなければならない)。
【0039】
(実施例2 クロマトグラフ分析から得られた結果の相関関係、およびインフルエンザウイルス試料のSRD分析)
異なるインフルエンザウイルス株を、既知の方法に従ってMDCK培養物中で増殖させた。培養段階の最後に、するために、0.45μmフィルターを使用してろ過を行い、細胞残屑を除去した後、2mLの試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を、CSクロマトグラフ分析(Matrex(登録商標) Cellufine(登録商標) Sulfate;Millipore)によって測定した。同時に、同等の試料を使用して、確立されているHA滴定法を行った。SRD測定の信頼限界は+20%である。得られた結果を表1に記載する。
【0040】
【表1】

(表1 SRDおよびCSクロマトグラフ分析によるウイルス粒子濃度の測定結果)。
【0041】
(実施例3 インフルエンザウイルス試料のクロマトグラフ分析およびHA滴定分析による結果の相関関係)
異なるインフルエンザウイルス株を、既知の方法に従ってMDCK培養株中で増殖させた。培養段階の最後に、0.45μmフィルターを使用してろ過を行い、細胞残屑を除去した後、2mLの試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を、CSクロマトグラフ分析(Matrex(登録商標) Cellufine(登録商標) Sulfate;Millipore)によって測定した。同時に、同等の試料を使用して、確立されているHA滴定法を行った。SRD測定の信頼限界は+20%である。得られた結果を表2に記載する。
【0042】
【表2】

(表2 HA滴定およびCSクロマトグラフ分析によるウイルス粒子濃度の測定結果)
個々のウイルスピークのピーク面積は、共通の方法で測定した試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度と強い相関関係があることを、これらの表から推測することができる。ピーク面積と、SRDおよびHA力価により測定した濃度値との間の相関関係は、検査したすべてのインフルエンザウイルス株間で異なっている。280nmでの比吸収率は、検査したウイルス株間で異なるように思われる。この所見はウイルス株に特異的な相関係数によって補正できるであろうと推測できるように思われる。
【0043】
CSクロマトグラフ分析は1時間に満たない時間で行えることから、この方法によって、時間のかかる感染プロセスの最適化を大幅に向上させることができる。2〜3日を要するSRD法とは対照的に、CSクロマトグラフ分析は、例えば生産規模の発酵槽の最適な集菌時間を決定するための工程内管理として使用できると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】図1は、AEKTAprimeクロマトグラフ系を使用して、インフルエンザウイルス粒子を含有する試料をMatrex(登録商標) Cellfine(登録商標) Sulfateカラム上に流すことによって得たクロマトグラムを示す。株A/ウェリントンインフルエンザウイルスの発酵槽集菌50mLをカラムに添加した。43.53分時点のピークは、インフルエンザウイルス粒子画分を表す。SDS−PAGE分析に示されるように、ウイルス粒子画分は、80%を超える純度を示した(データ未掲載)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を測定するための方法であって、
a)ウイルス粒子および/またはウイルス抗原をイオン交換マトリクスに結合させ、それによって該ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を他の試料成分から分離することができる条件下で、該ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を含有する試料を該イオン交換マトリクスに添加する工程;
b)該結合させたウイルス粒子および/またはウイルス抗原を該マトリクスから溶出させる工程;ならびに
c)該ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を検出する工程、
を含み、
該検出信号が、該試料中の該ウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を示す、
方法。
【請求項2】
前記方法がさらに、前記試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を測定するために、前記ウイルス粒子および/またはウイルス抗原を既知の濃度で含む試料を検出することにより得られた少なくとも1つの基準値と、前記検出信号とを比較する工程も含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記検出信号が1つより多い基準値と比較される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記イオン交換マトリクスが陽イオン交換マトリクスである、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記陽イオン交換マトリクスがセルロースマトリクスを含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記セルロースマトリクスが2000〜4000ダルトンのゲル排除限界を有する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記セルロースマトリクスが、活性化基として硫酸エステルを含む、請求項5または請求項6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記方法が、ウイルス粒子の濃度を測定するためのものである、請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記ウイルスがインフルエンザウイルスである、請求項1〜8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
前記ウイルスが、株A/New Caledonia H1N1、株B/Jingsu、株A/Wyoming H3N2、株A7New York H3N2、株B/Malaysiaから選択されるインフルエンザウイルスである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記試料がウイルス増殖培養物のアリコートである、請求項1〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
前記試料が卵培養物に由来する、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記試料が細胞培養物に由来する、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
前記試料がMDCK細胞培養物に由来する、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
工程a)における前記ウイルス粒子および/またはウイルス抗原の結合が、低塩条件下で達成される、請求項1〜14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
工程a)における前記ウイルス粒子および/またはウイルス抗原の接触が、NaHPOを含む緩衝剤の存在下で達成される、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記緩衝剤中のNaHPOの濃度が0.01〜0.1mol/Lである、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
手順c)における前記ウイルス粒子および/またはウイルス抗原の溶出が、高塩条件下で達成される、請求項1〜17のいずれかに記載の方法。
【請求項19】
手順c)における前記ウイルス粒子および/またはウイルス抗原の溶出が、NaCl緩衝剤の存在下で達成される、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記緩衝剤中のNaClの濃度が1.0〜2.0mol/Lである、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
手順c)における検出が、溶出画分のUV吸光度を測定することによって達成される、請求項1〜20のいずれかに記載の方法。
【請求項22】
UV吸収が280nmの波長で測定される、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
試料中のウイルス粒子および/またはウイルス抗原の濃度を測定するための、イオン交換マトリクスの使用。
【請求項24】
前記イオン交換マトリクスが陽イオン交換マトリクスである、請求項23に記載の使用。

【図1】
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【公表番号】特表2009−523239(P2009−523239A)
【公表日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−549841(P2008−549841)
【出願日】平成19年1月12日(2007.1.12)
【国際出願番号】PCT/EP2007/000272
【国際公開番号】WO2007/080123
【国際公開日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【出願人】(506361100)ノバルティス ヴァクシンズ アンド ダイアグノスティクス, インコーポレイテッド (44)
【Fターム(参考)】