説明

ウシの採卵性の判定方法

【課題】ウシの採卵性を遺伝子レベルで簡便に判定し得る手段を提供すること。
【解決手段】採卵性の良いウシ集団と悪いウシ集団を用いてゲノム連鎖解析を行ない、ポジショナルクローニング法により、採卵性と密接に関連するウシGRIA1遺伝子を同定した。該遺伝子はイオンチャネルをコードし、そのチャネル活性が低下する変異(例えばaa306のアミノ酸置換)を有するウシ個体では、該変異を有さないウシと比較して、過排卵処理後の回収卵数が減少する。従って、GRIA1遺伝子の変異を指標とすれば、ウシの採卵性を判定することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウシの採卵性の判定方法、該方法を実施するためのキット、及びウシの採卵性の判定試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
ウシの育種を進めるには、優秀な個体の子孫を多く残すことが重要である。そのために過排卵処理で多数の卵子を採集する手法がとられるが、1回の過排卵処理によって得られる回収卵数は平均0個から50個と個体差が大きい。
【0003】
過排卵処理に対する個体の卵子生産能力は、遺伝的な側面が少なくない。従って、例えば上記した個体差と相関のある遺伝子多型を見出すことができれば、採卵性の良い個体を迅速に検出することができ、ウシの育種の迅速化に貢献することができる。しかしながら、現在までのところ、採卵性制御に関するDNA情報は明らかになっていないため、専ら処理方法及び管理方法から対策がとられている。
【0004】
【非特許文献1】Hunter MG, Robinson RS, Mann GE, Webb R. Endocrine and paracrine control of follicular development and ovulation rate in farm species. Anim. Reprod. Sci. 2004; 82-83: 461-477.
【非特許文献2】Baracaldo MI, Martinez MF, Adams GP, Mapletoft RJ. Superovulatory response following transvaginal follicle ablation in cattle. Theriogenology 2000; 53: 1239-1250.
【非特許文献3】D'Occhio MJ, Jillella D, Lindsey BR. Factors that influence follicle recruitment, growth and ovulation during ovarian superstimulation in heifers: opportunities to increase ovulation rate and embryo recovery by delaying the exposure of follicles to LH. Theriogenology 1999; 51: 9-35.
【非特許文献4】Yamazaki M, Ohno-Shosaku T, Fukuya M, Kano M, Watanabe M, SakimuraK.A novel action of stargazing as a an enhancer of AMPA receptor activity. Neurosci. Res. 2004; 50: 369-374.
【非特許文献5】Brann DW, Mahesh VB. Excitatory amino acids: evidence for a role in the control of reproduction and anterior pituitary hormone secretion. Endocr. Rev. 1997; 18: 678-700.
【非特許文献6】Dziedzic B, Prevot V, Lomniczi A, Jung H, Cornea A, Ojeda SR. Neuron-to-gila signaling mediated by excitatory amino acid receptors regulates erbB receptor function in astroglial cells of the neuroendocrine brain. J. Neurosci. 2003; 23: 915-926.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従って、本発明の目的は、ウシの採卵性を遺伝子レベルで簡便に判定し得る手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記目的を達成するために研究を重ねた結果、採卵性と密接に関連するGRIA1遺伝子を同定することに成功した。この遺伝子は、イオンチャネルをコードする。そして、このGRIA1遺伝子の翻訳領域における1塩基置換により、GRIA1の306番目のアミノ酸残基のセリンがアスパラギンに変わること、この置換変異によりGRIA1のチャネル活性が低下することを見出し、さらに、この置換変異を有するウシ個体では、置換変異を有さないウシと比較して、卵巣中の未成熟卵胞数が減少し、過排卵処理後の回収卵数も減少することを見出し、本願発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、GRIA1遺伝子が異常型GRIA1をコードする変異を有するか否かを指標とする、ウシの採卵性の判定方法を提供する。また、本発明は、上記本発明の方法を実施するためのキットであって、配列番号1又は5に示す塩基配列中の部分領域に特異的にハイブリダイズするプライマーを含む、ウシの採卵性の判定キットを提供する。さらに、本発明は、配列番号1又は5に示す塩基配列中の部分領域に特異的にハイブリダイズするプライマーを含む、ウシの採卵性の判定試薬を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、遺伝子の変異を指標として、塩基配列レベルでウシの採卵性を判定することができる手段が初めて提供された。採卵性は複数の遺伝子が関わっている量的形質であるが、本発明によれば、1種類の遺伝子の変異のみを指標として簡便に採卵性を判定することができる。従って、本発明は、ウシの育種の効率化と迅速化に貢献することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の方法では、ウシのGRIA1遺伝子を指標として用いる。GRIA1遺伝子はイオンチャネルタンパク質をコードする遺伝子である。該遺伝子自体は公知であるが、採卵性に関与することは、本願発明者らが連鎖解析とポジショナルクローニングにより初めて同定したことである(下記実施例参照)。
【0010】
本発明において、「異常型GRIA1」とは、GRIA1の天然の変異体であって、GRIA1としての活性が低下又は消失したものをいう。そのような異常型GRIA1の例としては、例えば下記実施例に記載される、GRIA1の第306番アミノ酸(aa306)のセリンがアスパラギンに置換した変異体を挙げることができる。また、これらの他にも、例えば、短縮型の(truncated)GRIA1、活性に重要なアミノ酸に置換又は欠失を生じたGRIA1、活性に重要な領域にアミノ酸の挿入が生じたGRIA1等の天然の変異体が存在すれば、それらも「異常型GRIA1」に包含される。なお、上記した置換変異を有し得る「GRIA1のaa306」とは、配列番号2に示す野生型GRIA1のアミノ酸配列を基準として位置を表したものである。野生型GRIA1とは異なるアミノ酸配列を有する各種変異型GRIA1において、いずれのアミノ酸が配列番号2中のaa306に相当するかは、当業者には明らかであり、具体的には、BLASTやCLUSTAL W等の周知のプログラムを用いて、適宜ギャップを挿入しながら野生型GRIA1のアミノ酸配列と変異型GRIA1のアミノ酸配列とを整列化したときに、野生型GRIA1のアミノ酸配列中のaa306と並ぶ位置にあるアミノ酸が、該変異型GRIA1における上記aa306に相当するアミノ酸である。
【0011】
一方、「正常型GRIA1」といった場合には、配列番号2に示すアミノ酸配列を有する野生型GRIA1の他、該野生型GRIA1と同様の生理活性を示す天然の変異体が存在すればそれらも包含される。なお、本明細書及び特許請求の範囲において、単に「GRIA1」と言った場合には、文脈からそうではないことが明らかな場合を除き、正常型GRIA1と異常型GRIA1との両者を包含するものとする。
【0012】
本明細書及び特許請求の範囲において、「Xnt」(Xは数字)は、その塩基配列における、5'末端からX番目の塩基を示す。すなわち、配列表に記載される塩基配列の第1番目の塩基から数えてX番目の塩基を示す。また、「aaX」は、そのアミノ酸配列における、N末端側からX番目のアミノ酸を示す。すなわち、配列表に記載されるアミノ酸配列の第1番目のアミノ酸から数えてX番目のアミノ酸を示す。従って、例えば、「配列番号1に示す塩基配列中の1nt〜916ntの領域」とは、配列番号1に示される塩基配列中の1番目〜916番目の塩基の領域を意味する。
【0013】
GRIA1はイオンチャネルタンパク質であるため、GRIA1としての活性は、例えば下記実施例に記載されるように、GRIA1遺伝子をカエル卵母細胞等の適当な細胞に常法により導入して発現させ、常法に従ってグルタミン酸刺激後の膜電流を測定することにより、容易に評価することができる。従って、当業者であれば、ある変異を有するGRIA1遺伝子にコードされるGRIA1が異常型であるかどうかを容易に調べることができる。
【0014】
下記実施例に記載されるように、GRIA1遺伝子中に異常型GRIA1をコードする変異を有するウシは、正常型GRIA1遺伝子を有するウシと比較して、過排卵処理に対する卵子生産能力が低く、正常型GRIA1遺伝子を有するウシでは、1回の過排卵処理により平均10〜15個以上の卵子を確保できる可能性が高い。従って、ウシのGRIA1遺伝子がそのような異常型GRIA1をコードする変異を有するか否かを調べることにより、該ウシの採卵性(過排卵処理を行なったときの卵子生産能力)が良いかどうかを判定することができる。なお、過排卵処理は家畜の育種分野で周知の常法である。
【0015】
異常型GRIA1の発現をもたらす変異としては、例えば、ミスセンス変異やナンセンス変異が挙げられる。本発明で指標とし得る変異の具体例としては、下記実施例で同定された、aa306のセリンがアスパラギンになるミスセンス変異が挙げられる。このようなaa306のミスセンス変異は、例えば、下記実施例に記載されるように、GRIA1遺伝子中の917ntのグアニンがアデニンになる1塩基置換変異により生じる。なお、ここでいう1塩基置換変異の位置は、野生型GRIA1遺伝子のcDNA配列、すなわち配列番号1を基準として表したものである。野生型GRIA1遺伝子とは異なるcDNA配列を有する各種変異型GRIA1遺伝子において、いずれの塩基が配列番号1中の917ntに相当するかは、当業者には明らかであり、具体的には、BLASTやCLUSTAL W等の周知のプログラムを用いて適宜ギャップを挿入しながら野生型GRIA1のcDNA配列と変異型GRIA1のcDNA配列とを整列化したときに、野生型GRIA1のcDNA配列中の917ntと並ぶ位置にある塩基が、該変異型GRIA1遺伝子における上記917ntに相当する塩基である。以下、本明細書において、下記実施例で同定された1塩基置換を「917ntの塩基置換」ということがある。
【0016】
ただし、本発明で指標とし得る変異はこれらに限定されず、GRIA1のチャネル活性を低下又は消失させ得る変異であれば、どのような変異であっても本発明の判定方法で指標として用いることができる。ウシの野生型GRIA1遺伝子のcDNA配列は、配列表の配列番号1に示される通りであり、また、アミノ酸をコードするコドンは公知である。さらに、上述の通り、GRIA1のチャネル活性の評価も常法により容易に行うことができる。従って、異常型GRIA1をコードする変異は、下記実施例で同定された塩基置換に限定されない。
【0017】
GRIA1遺伝子が異常型GRIA1をコードする変異を有するか否かは、この分野で周知の手法を用いて調べることができる。例えば、ウシから周知の常法により核酸試料を採取し、該核酸試料について、GRIA1遺伝子のコード領域の塩基配列に変異があるか否かを常法により調べることによって、異常型GRIA1をコードする変異の有無を調べることができる。また、例えば、異常型GRIA1を特異的に認識する抗体を常法により調製し、ウシから周知の常法により採取したタンパク質試料について、該抗体を用いて異常型GRIA1の有無を調べることによっても、GRIA1遺伝子が上記変異を有するか否かを調べることができる。本発明においては、核酸試料を用いた前者の方法が好ましい。
【0018】
核酸試料は、特に限定されず、ゲノムDNA試料、RNA試料(全RNA又はmRNA)、cDNA試料等を用いることができる。
【0019】
核酸試料を用いてGRIA1遺伝子の上記変異を調べる具体的な方法としては、例えば、核酸試料を核酸増幅反応に付し、増幅断片の塩基配列に基づいて変異の有無を調べる方法が挙げられる。核酸増幅反応としては、PCR等の周知の方法を好ましく用いることができる。上記変異を含む領域を増幅し、増幅断片の塩基配列を常法により決定して変異の有無を調べてもよいし、あるいは、変異により正常型配列と異常型配列との間で制限酵素の認識部位に相違が生じる場合には、増幅断片の制限酵素断片長多型を解析することにより(すなわち周知のPCR-RFLP法により)変異の有無を調べてもよい。これらのいずれもが「塩基配列に基づいて変異の有無を調べる方法」に包含される。あるいはまた、変異部位に核酸増幅反応のプライマーを設定し、変異の有無を増幅反応の有無に基づいて判別できるようにしてもよい。そのようなプライマーは、当業者であれば、変異の態様に応じて容易に設計し調製することができる。例えば、異常型GRIA1遺伝子が有する変異が欠失変異である場合、欠失される領域を一方のプライマーの3'末端側に設定してプライマーセットを調製すれば、正常型遺伝子を有する核酸試料からは増幅断片が得られるが、異常型遺伝子をホモで有する核酸試料からは増幅断片が得られないため、増幅の有無を指標として上記変異の有無を調べることができる。
【0020】
上記核酸増幅反応において用いるプライマーは、当業者であれば、配列番号1又は5を参照して容易に設計し、市販の核酸合成機等を用いて常法により調製することができる。具体的には、RNA試料やcDNA試料を用いる場合には配列番号1を、ゲノムDNA試料を用いる場合には配列番号5を参照すればよい。配列番号5に示す塩基配列は、下記実施例で同定された点変異部位を含むエクソン7及びその両側のイントロン配列であり、4342nt〜4509ntの領域がエクソン7である。配列番号5を参照すれば、ゲノムDNA試料を用いてエクソン7に存在する変異を検出できるプライマーを容易に設計することができる。なお、PCR等の核酸増幅反応自体は周知であり、そのためのキット及び装置も市販されているので、それらを用いて容易に実施することができる。
【0021】
プライマーの鎖長は、特に限定されないが、通常18塩基〜50塩基程度、好ましくは18塩基〜35塩基程度である。プライマーは、酵素(ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ等)、アイソトープ(32P等)、ビオチン、蛍光色素、発光物質、発色物質等により標識されていてもよい。また、増幅断片のサイズは、あまりに大きいと増幅に時間がかかるため、3000bp程度以下が好ましく、さらに1500bp程度以下がより好ましい。特に、増幅断片の塩基配列を決定する場合には、変異部位の塩基配列を正確に決定する観点から、増幅断片のサイズは1000bp程度以下が好ましく、さらに500bp程度以下がより好ましい。一方、増幅の有無等を電気泳動等で容易に確認できるようにする観点から、増幅断片のサイズは50bp程度以上であることが好ましい。
【0022】
例えば、増幅断片の塩基配列に基づいて上記変異の有無を調べる場合には、変異部位の上流及び下流の部分領域にそれぞれ特異的にハイブリダイズするフォワード側プライマー及びリバース側プライマーを用いればよい。これにより、該変異部位を含む領域を増幅することができる。例えば、下記実施例で同定された一塩基置換変異の有無を調べる場合において、ゲノムDNA試料を用いるときは、フォワード側プライマーとしては、配列番号5に示す塩基配列中の1nt〜4396ntの領域内の部分領域に特異的にハイブリダイズするプライマーを用いることができ、リバース側プライマーとしては、配列番号5に示す塩基配列中の4398nt〜13161ntの領域内の部分領域に特異的にハイブリダイズするプライマーを用いることができる。また、RNA試料又はcDNA試料を用いるときは、フォワード側プライマーとして、配列番号1に示す塩基配列中の1nt〜916ntの領域内の部分領域に特異的にハイブリダイズするプライマーを用いることができ、リバース側プライマーとして、配列番号1に示す塩基配列中の918nt〜2721ntの領域内の部分領域に特異的にハイブリダイズするプライマーを用いることができる。
【0023】
なお、本明細書及び特許請求の範囲において、「部分領域」とは、配列番号1又は5に示される塩基配列中の一部の領域を言い、好ましくは連続する18塩基以上の領域である。また、ある塩基配列中の「領域」又は「部分領域」といった場合には、文脈からそうではないことが明らかな場合を除き、配列表に直接示されているその塩基配列自体のみならず、それと相補的な塩基配列も包含するものとする。例えば、「配列番号5に示す塩基配列中の部分領域にハイブリダイズするプライマー」と言った場合には、配列番号5に示される塩基配列の一部の塩基配列にハイブリダイズするプライマーの他、配列番号5に示される塩基配列の一部と相補的な塩基配列にハイブリダイズするプライマーも包含される。本明細書及び特許請求の範囲において、「領域」又は「部分領域」がいずれの塩基配列を指すかは、当業者であれば、技術常識並びに本明細書及び特許請求の範囲の文脈に基づき、容易に理解することができる。
【0024】
「特異的にハイブリダイズする」とは、通常のハイブリダイズの条件下において、対象とする領域にのみハイブリダイズし、その他の領域には実質的にハイブリダイズしないという意味である。「通常のハイブリダイズの条件下」とは、通常のPCRのアニーリングやプローブによる検出に用いられる条件下のことをいい、例えば、Taqポリメラーゼを用いたPCRの場合には、50mM KCl、10mM Tris-HCl(pH 8.3〜9.0)、1.5mM MgCl2といった一般的な緩衝液を用いて、54℃〜60℃程度の適当なアニーリング温度で反応を行なうことをいい、また、例えばノーザンハイブリダイゼーションの場合には、5 x SSPE、50%ホルムアミド、5 x Denhardt's solution、0.1〜0.5%SDSといった一般的なハイブリダイゼーション溶液を用いて、42℃〜65℃程度の適当なハイブリダイゼーション温度で反応を行なうことをいう。ただし、適当なアニーリング温度及びハイブリダイゼーション温度は、上記例示に限定されず、プライマー又はプローブのTm値及び実験者の経験則に基づいて定められ、当業者であれば容易に定めることができる。「実質的にハイブリダイズしない」とは、全くハイブリダイズしないか、するとしても対象とする領域にハイブリダイズする量よりも大幅に少なく、相対的に無視できる程度の微量しかハイブリダイズしないという意味である。
【0025】
そのような条件下で特異的にハイブリダイズするプライマーとしては、ハイブリダイズする部分領域と完全に相補的な塩基配列を有するプライマーが好ましいが、通常、10%以下の塩基が置換した配列を有するプライマーを用いても、対象とする部分領域にハイブリダイズして増幅が起きる場合が多い。また、この分野で周知の通り、プライマーの5'末端側に例えば制限酵素認識配列等の任意の配列を付加しても、対象とする部分領域に特異的にハイブリダイズし、目的の領域を増幅することができる。
【0026】
従って、ゲノムDNA試料を用いて917ntの塩基置換変異の有無を調べる場合、フォワード側プライマーとしては、配列番号5に示す塩基配列中の1nt〜4396ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列を有するプライマーの他、該塩基配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列を有するプライマーを用いることができるし、また、これらのプライマーの5'末端側に付加配列を有するプライマーも用いることができる。すなわち、上記フォワード側プライマーとしては、配列番号5に示す塩基配列中の1nt〜4396ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列又は該塩基配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列をその3'末端側に含むプライマーを用いることができる。同様に、リバース側プライマーとしては、配列番号5に示す塩基配列中の4398nt〜13161ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列と相補的な配列を有するプライマーの他、該相補的な配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列を有するプライマーを用いることができるし、また、これらのプライマーの5'末端側に付加配列を有するプライマーも用いることができる。すなわち、上記フォワード側プライマーとしては、配列番号5に示す塩基配列中の4398nt〜13161ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列と相補的な配列又は該相補的な配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列をその3'末端側に含むプライマーを用いることができる。ただし、「10%以下の塩基が置換した塩基配列」は、もとの塩基配列のうち3'末端の塩基以外の塩基が置換されていることが好ましい。
【0027】
これらのうち、ゲノムDNA試料を用いて917ntの塩基置換の有無を調べるためのフォワード側プライマーとしては、配列番号5に示す塩基配列中の1nt〜4396ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列をその3'末端側に含むプライマーや、該1nt〜4396ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列を有するプライマーが好ましい。中でも、該1nt〜4396ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列を有するものが特に好ましい。そのようなフォワード側プライマーとしては、例えば、下記実施例で用いられている配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーが挙げられるが、これに限定されない。
【0028】
また、ゲノムDNA試料を用いて917ntの塩基置換の有無を調べるためのリバース側プライマーとしては、配列番号5に示す塩基配列中の4398nt〜13161ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列と相補的な配列をその3'末端側に含むプライマーや、該4398nt〜13161ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列と相補的な配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列を有するプライマーが好ましい。中でも、該4398nt〜13161ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列と相補的な配列を有するものが特に好ましい。そのようなリバース側プライマーとしては、例えば、下記実施例で用いられている配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーが挙げられるが、これに限定されない。
【0029】
RNA試料又はcDNA試料を用いて917ntの塩基置換の有無を調べる場合であれば、フォワード側プライマーとして、配列番号1に示す塩基配列中の1nt〜916ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列又は該塩基配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列をその3'末端側に含むプライマーを用いることができ、リバース側プライマーとして、配列番号1に示す塩基配列中の918nt〜2721ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列と相補的な配列又は該相補的な配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列をその3'末端側に含むプライマーを用いることができる。これらのうち、フォワード側プライマーとしては、上記1nt〜916ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列をその3'末端側に含むプライマーや、該1nt〜916ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列を有するプライマーが好ましく、中でも、該1nt〜916ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列を有するプライマーが好ましい。リバース側プライマーとしては、上記918nt〜2721ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列と相補的な配列をその3'末端側に含むプライマーや、該918nt〜2721ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列と相補的な配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列を有するプライマーが好ましく、中でも、該918nt〜2721ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列と相補的な配列を有するプライマーが好ましい。
【0030】
なお、本明細書及び特許請求の範囲において、「塩基配列を有する」とは、ポリヌクレオチドの塩基がそのような順序で配列しているという意味である。従って、例えば、「配列番号3で示される塩基配列を有するプライマー」とは、配列番号3に示されるagcctcccta ccagctctctの塩基配列を持つ20塩基のサイズのポリヌクレオチドからなるプライマーを意味する。「アミノ酸配列を有する」という表現も同様である。
【0031】
核酸試料を用いる方法のうち、上記した核酸増幅反応を利用する方法以外の方法としては、ゲノムDNA試料を用いたサザンハイブリダイゼーション法や、RNA試料を用いたノザンハイブリダイゼーション法が挙げられる。これらの方法では、例えば、正常型GRIA1をコードする配列には特異的にハイブリダイズするが、異常型GRIA1をコードする変異配列にはハイブリダイズしないプローブを用いることで、変異の有無を調べることができる。そのようなプローブは、当業者であれば、野生型の塩基配列である配列番号1又は5を参照し、変異の態様に応じて容易に調製することができる。
【0032】
このようなハイブリダイゼーション法に用いるプローブは、特異性を確保する観点から、好ましくは18塩基以上、さらに好ましくは20塩基以上である。プローブの鎖長の上限は、核酸試料がRNA試料又はcDNA試料の場合、配列番号1の全長以下が好ましい。所望の部分領域に特異的にハイブリダイズするプローブは、該部分領域と同一の塩基配列を有することが好ましいが、対象の塩基配列と一定以上の相同性(例えば80%以上、好ましくは90%、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上)を有するプローブであれば、異なる塩基配列を有するプローブであっても特異的にハイブリダイズし得るので、そのような異なる塩基配列を有するプローブも使用し得る。ただし、異常型配列と正常型配列とをプローブのハイブリダイズの有無により識別したい場合において、異常型配列と正常型配列との塩基配列の相違が少ないときは、プローブの配列相同性は例えば98%〜100%と十分に高い必要がある。当業者であれば、異常型配列の変異の態様に応じて、配列番号1又は5を参照し、適切なプローブを設計し調製することができる。
【0033】
上記した核酸増幅反応を利用する方法で用いられる、配列番号1又は5に示す塩基配列中の部分領域に特異的にハイブリダイズするプライマーは、ウシの採卵性の判定試薬として提供することができる。該試薬は、該プライマーのみから成るものであってもよいし、緩衝液等に溶解させた形態であってもよく、また、乾燥させたプライマーと緩衝液等とをセットにした形態であってもよい。さらに、該試薬は、プライマーの分解防止等に有用な各種添加剤等を含んでいてもよい。該試薬中に含まれるプライマーの好ましい条件は、本発明の方法において上述した条件と同様である。
【0034】
また、本発明は、上記した本発明の方法のうち、核酸増幅反応を利用する方法を実施するためのキットを提供する。該キットは、配列番号1又は5に示す塩基配列中の部分領域に特異的にハイブリダイズするプライマーを含む。該プライマーの好ましい条件は、本発明の方法において上述した条件と同様である。該キット中のプライマーは、上記試薬と同様に、種々の形態をとり得る。
【実施例】
【0035】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。下記実施例は、特に説明がない場合には、J. Sambrook & D. W. Russell (Ed.), Molecular cloning, a laboratory manual (3rd edition), Cold Spring Harbor Press, Cold Spring Harbor, New York (2001) に記載の方法、あるいはそれを修飾したり、改変した方法により行われている。また、市販の試薬キットや測定装置を用いている場合には、特に説明が無い場合、それらに添付のプロトコールの指示に従って行っている。
【0036】
1.ウシの採卵性に関与する遺伝子変異の同定
(1) ウシGRIA1遺伝子の塩基配列の決定
まず、黒毛和牛集団から過剰排卵処理1回あたり平均16.6個以上の卵子を回収できる採卵性の良いウシ(67頭)及び1回あたり平均7.8個以下の卵子しか回収できない採卵性の悪いウシ(67頭)からなる家系について、全染色体をカバーし、かつ多型性を有する1020個のDNAマーカーを用いて採卵性と連鎖するウシ染色体の領域を同定した。このうち、強い連鎖の見られた第7番染色体について、さらに89個のDNAマーカーを加えて連鎖解析を行い、287kbの採卵性制御領域を決定した。第7番染色体上の採卵性制御領域に存在するGRIA1遺伝子のタンパク質をコードする領域の塩基配列を解読し、採卵性の良いウシと悪いウシを比較したところ、悪いウシに特異的なアミノ酸の変異を見出した。
【0037】
(2) アミノ酸変異がGRIA1の機能に及ぼす影響
イオンチャネルをコードするGRIA1遺伝子の機能を調べるため、GRIA1遺伝子をカエル卵母細胞に導入して発現させ、常法に従ってグルタミン酸刺激後の膜電流を測定した。各GRIA1遺伝子にコードされるGRIA1のチャネル活性は、300μMのグルタミン酸を用いて刺激したときの膜電流を100%とし、50%の膜電流を与えるグルタミン酸濃度を50%効果濃度として、該50%効果濃度の数値に基づき評価した。
【0038】
その結果、採卵性の悪いウシのGRIA1遺伝子(異常型)では、採卵性の良いウシのGRIA1遺伝子(正常型)と比べ、グルタミン酸の50%効果濃度が高く、採卵性の悪いウシ由来の異常型GRIA1は正常型GRIA1よりもチャネル活性が低いことがわかった。アミノ酸変異の結果、GRIA1のチャネル活性が低下することが採卵性の低下をもたらすと考えられる。
【0039】
(3) GRIA1遺伝子変異が過排卵処理時の卵巣に及ぼす影響
GRIA1遺伝子の卵巣に対する影響を調べるため、正常型GRIA1遺伝子を有するウシ(6頭)と異常型GRIA1遺伝子を有するウシ(4頭)において、過排卵処理前及び後の卵巣における未成熟卵胞数および成熟卵胞数を観察した。その結果、正常型GRIA1遺伝子を有する個体では異常型GRIA1遺伝子を有する個体と比べ、過排卵処理前の未成熟卵胞数が有意に多く、さらに過排卵処理後の成熟卵胞数も有意に多いことがわかった(表1)。GRIA1のチャネル活性が低下することにより、過排卵処理前の卵巣中の未成熟卵胞数が減少し、これにより、排卵可能な成熟卵胞数が減少すると考えられる。
【0040】
【表1】

平均値±標準誤差
a, b:異符号間に有意差あり
【0041】
(4) GRIA1遺伝子変異が過排卵処理後の回収卵子数に及ぼす影響
(3)と同様に、GRIA1遺伝子の卵巣に対する影響を調べるため、正常型GRIA1遺伝子を有するウシ(277頭)と異常型GRIA1遺伝子を有するウシ(44頭)において、過排卵処理後の回収卵子数を観察した。その結果、正常型GRIA1遺伝子を有する個体では異常型GRIA1遺伝子を有する個体と比べ、回収卵子数が有意に多いことがわかった(表2)。このことから、異常型GRIA1遺伝子を有するウシの過排卵由来胚の生産効率は、正常型GRIA1遺伝子を有する個体と比較して減少することが考えられる。
【0042】
【表2】

平均値±標準誤差
a, b:異符号間に有意差あり
【0043】
2.ウシのゲノムDNA上のGRIA1遺伝子の変異の有無の確認
排卵反応性の悪いウシに認められた変異部位を含むDNA断片を増幅するためのプライマーGRIA1-F、GRIA1-Rを合成した。配列表の配列番号3及び4にそれぞれプライマーGRIA1-F、GRIA1-Rの塩基配列を示す。
GRIA1-F: AGCCTCCCTA CCAGCTCTCT [配列番号3]
GRIA1-R: CGTTGTTGCC AGCCTCAC [配列番号4]
【0044】
ウシの血液(抗擬固剤としてEDTA、ヘパリンを含む)より、自動核酸分離装置NA-1000(クラボウ社製)を用いてゲノムDNAを調製した。これらのゲノムDNAを鋳型とし、DNAポリメラーゼと、プライマーGRIA1-F及びGRIA1-Rを用いたPCR (94 ℃で20秒、60 ℃で30秒、72 ℃で1分間からなる工程を1サイクルとした35サイクル反応)を行い、3730蛍光DNAシークエンサー(アプライドバイオシステムズ社製)を用いてPCR生成物の塩基配列を比較した。正常型GRIA1遺伝子を鋳型にPCRで増幅させたDNA断片の111番目の塩基はグアニン(G)であるが、異常型ではアデニン(A)である。図2に示すように、当該部位の塩基を比較することでGRIA1遺伝子の正常型と異常型を見分けることができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】実施例で同定したGRIA1遺伝子ゲノム配列中の変異部分を示す図である。四角は、変異部分を検出するためのPCRプライマーがハイブリダイズする位置、矢印はプライマーの5'から3'への方向を示す。
【図2】実施例で作製したプライマーを用いて増幅した、一塩基置換変異部位を含む増幅断片の、塩基配列解析データの一部を示す図である。上段が正常型ゲノムDNA由来の増幅断片のデータ、下段が異常型ゲノムDNA由来の増幅断片のデータである。左から11番目の塩基が、正常型(上段)ではGであるが、異常型(下段)ではAとなっている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
GRIA1遺伝子が異常型GRIA1をコードする変異を有するか否かを指標とする、ウシの採卵性の判定方法。
【請求項2】
前記変異は、配列表の配列番号2に示されるGRIA1のアミノ酸配列中のaa306がセリンからアスパラギンになる変異である請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記変異は、配列表の配列番号1に示されるGRIA1遺伝子cDNAの塩基配列中の917ntがグアニンからアデニンになる変異である請求項2記載の方法。
【請求項4】
ウシから採取した核酸試料について、GRIA1遺伝子のコード領域の塩基配列に変異があるか否かを調べることにより、前記変異の有無を調べる請求項1ないし3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記核酸試料を核酸増幅反応に付し、増幅の有無又は増幅断片の塩基配列に基づいて前記変異の有無を調べる請求項4記載の方法。
【請求項6】
増幅断片の塩基配列に基づいて前記変異の有無を調べる請求項5記載の方法。
【請求項7】
配列表の配列番号1又は5に示す塩基配列中の部分領域に特異的にハイブリダイズするプライマーセットを用いて前記核酸試料から前記変異を含む領域を増幅することを含む請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記変異がGRIA1遺伝子cDNAの917ntがグアニンからアデニンになる変異であり、前記核酸増幅反応において、配列番号5に示す塩基配列中の部分領域に特異的にハイブリダイズするプライマーセットを用いて、ゲノムDNA試料から前記第917番塩基を含む領域を増幅する、請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記プライマーセットは、配列番号5に示す塩基配列中の1nt〜4396ntの領域内の部分領域に特異的にハイブリダイズするフォワード側プライマーと、配列番号5に示す塩基配列中の4398nt〜13161ntの領域内の部分領域に特異的にハイブリダイズするリバース側プライマーとのセットである請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記フォワード側プライマーが、配列番号5に示す塩基配列中の1nt〜4396ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列又は該塩基配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列をその3'末端側に含み、前記リバース側プライマーが、配列番号5に示す塩基配列中の4398nt〜13161ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列と相補的な配列又は該相補的な配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列をその3'末端側に含む請求項9記載の方法。
【請求項11】
前記フォワード側プライマーが、配列番号5に示す塩基配列中の1nt〜4396ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列をその3'末端側に含み、前記リバース側プライマーが、配列番号5に示す塩基配列中の4398nt〜13161ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列と相補的な配列をその3'末端側に含む請求項10記載の方法。
【請求項12】
前記フォワード側プライマーが、配列番号5に示す塩基配列中の1nt〜4396ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列又は該塩基配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列を有し、前記リバース側プライマーが、配列番号5に示す塩基配列中の4398nt〜13161ntの領域内の連続する18塩基以上の塩基配列と相補的な配列又は該相補的な配列のうち10%以下の塩基が置換した塩基配列を有する請求項10記載の方法。
【請求項13】
前記フォワード側プライマーが、配列番号5に示す塩基配列中の1nt〜4396ntの領域内の連続する18塩基以上から成る塩基配列を有し、前記リバース側プライマーが、配列番号5に示す塩基配列中の4398nt〜13161ntの領域内の連続する18塩基以上の塩基配列と相補的な配列を有する請求項12記載の方法。
【請求項14】
前記フォワード側プライマーが、配列番号3に示す塩基配列を有し、前記リバース側プライマーが、配列番号4に示す塩基配列を有する請求項13記載の方法。
【請求項15】
請求項7ないし14のいずれか1項に記載の方法を実施するためのキットであって、配列番号1又は5に示す塩基配列中の部分領域に特異的にハイブリダイズするプライマーを含む、ウシの採卵性の判定キット。
【請求項16】
配列番号1又は5に示す塩基配列中の部分領域に特異的にハイブリダイズするプライマーを含む、ウシの採卵性の判定試薬。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−296920(P2009−296920A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−153767(P2008−153767)
【出願日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【出願人】(000201641)全国農業協同組合連合会 (69)
【出願人】(595038556)社団法人畜産技術協会 (10)
【出願人】(301029403)独立行政法人家畜改良センター (12)
【Fターム(参考)】