説明

ウシの消化器疾患治療剤

【課題】 ウシの消化器疾患の治療剤及びその治療剤を用いるウシの消化器疾患の治療方法を提供するを提供する。
【解決手段】 インターフェロンを有効成分として含有する消化器疾患治療剤、及び、この消化器疾患治療剤を用いたウシの消化器疾患の治療方法を提供することにより解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウシを対象とする動物医薬、とりわけ、ヒトインターフェロンα(以下、「HuIFN−α」と略記することがある。)を有効成分とするウシの消化器疾患治療剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ウシは、畜肉用或いは乳牛として広く飼育されており、長年に亙る品種改良により多様な品種が作出され、現在では驚くほど高価な品種も存在するようになった。ウシは、神経質で、トラックなどの交通手段による輸送、飼料や飼育環境の変化、病原性微生物の感染などにより、容易に下痢を主徴とする消化器疾患を発症する。なかでも、ロタウイルスやコロナウイルスをはじめとするウイルス性の消化器疾患は、これらのウイルスの病原性及び伝染力の強さから、その被害は甚大なものがあり、殊に、患畜が、子ウシの場合には、症状の発現が激しく、病気から回復しても、以後の成育に遅れが生じたり、死に至る場合も多々あるので、経済的な損失が大きな問題となっている。現在、ウシのウイルス疾患にはこれといった治療法が無く、消化器疾患の場合も、脱水症状を和らげ、体力を回復させるために補液による栄養療法を施したり、複合感染や二次感染をしないように抗生物質を投与したりといったような、専ら対症療法的な治療しか行なわれていないのが実状である(例えば、特許文献1参照)。これらのことから、ウシの消化器疾患を簡便且つ効果的に治療でき、飼主の経済的負担も少ない方法の開発が希求されている。
【0003】
また、最近、ウシ、ネコ、ブタ、ラット、マウス、ニワトリなどの哺乳動物や鳥類の疾患に、比較的小量の同一種或いは異種由来のインターフェロンの経口投与が有効であることが報告されている(特許文献1、非特許文献2)。また、本出願人も、特許文献2において、小量のHuIFN−αを有効成分とするネコの呼吸器疾患の治療剤及び治療方法を開示し、特許文献3においては、HuIFN−αにおけるサブタイプα2とサブタイプα8とを組み合わせる方法が、HuIFN−αの作用効果の発現の点で優れていることを開示した。しかしながら、これらの文献には、インターフェロンの経口投与により、ウシのロタウイルスやコロナウイルスなどの感染に起因する下痢症状が改善できることや、特定のサブタイプで構成されたHuIFN−α製剤が、下痢を主徴とするこれらのウイルスに感染したウシの消化器疾患治療剤としてに著効を示すことは、なんら記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第5910304号明細書
【特許文献2】特開平6−340549号公報
【特許文献3】特開2002−201141号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】『家畜診断』、第272号、第5〜14行(1986年発行)
【非特許文献2】『臨床と微生物』、ジョセフ、エム、カミンズ アンドウイリアム、イー、スチュアートII(Jeseph M.Cummins and William E.Stewart II)、第18巻、第5号、第631−635号(1991年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、経口や経鼻などの注射以外の方法により投与しても著効を示し、治療担当者の労力・負担や飼主の経済的負担が少なくて済むウシの消化器疾患治療剤を提供することを第一の課題とし、その治療剤を用いるウシの消化器疾患の治療方法を提供することを第二の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決する目的で、ヒトインターフェロン(以下、「HuIFN」と略記することがある。)によるウシの消化器疾患の治療方法について長年に渡り研究を進めてきた。その結果、HuIFN−α、とりわけ、そのサブタイプα8を総HuIFN−α質量中に10質量%(以下、本明細書では特に断らない限り、「質量%」を「%」と表記する。)以上含有する製剤が、子ウシを含むウシの下痢を主徴とする消化器疾患に著効を示すことを見出し、ウシの消化器疾患治療剤を確立すると共に、それを用いたウシの消化器疾患の治療方法を確立することにより、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0008】
本発明によるHuIFNを有効成分とするウシの消化器疾患治療剤及びその治療剤を用いるウシの消化器疾患の治療方法は、ウシのウイルス性の消化器疾患に伴なう下痢を主徴とする臨床症状の改善、或いは完治に著効を発揮する。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明でいうHuIFNは、ウシのウイルス性の消化器疾患に対する治療効果が高く、通常、ウシの体重kg当たり約0.005乃至5,000国際単位と極めて小用量で事足りる。
【0010】
HuIFNは、経口投与しても、非経口投与しても、ウシの消化器疾患の治療に著効を発揮する。
【0011】
本発明でいうウシとは、いわゆるウシ科に属する動物であって、本発明の治療剤を予防的に使用する場合には、ウシの消化器疾患の主因の一つであるロタウイルス、コロナウイルス、ウイルス性下痢症ウイルスなどに感染して消化器疾患を発症するウシ全般が対象となり、治療を目的とする場合には、これらのウイルスに感染しているか、さらに、これら以外のウイルス、マイコプラズマ、細菌、寄生虫などに複合乃至二次感染して、下痢を主徴とする症状を呈する動物を意味し、食欲減退、活力減退、被毛の失沢や立毛、脱水症状などの一般臨床症状を示す動物もこれに含まれる。
【0012】
本発明によるウシの消化器疾患治療剤は、ヒト由来の細胞が産生するHuIFNか、ヒト由来の細胞から採取したHuIFN関連遺伝子を導入した微生物若しくは動物細胞が産生するHuIFNを有効成分とするものである。今日、HuIFNは、その抗原性の違いに基づき、主としてHuIFN−α、HuIFN−β、HuIFN−γなる三種類の型に分類されているが、これらは、何れもウシの消化器疾患に対する治療効果においてやや違いはあるものの、この発明で使用することができる。その際、ただ一種の型のHuIFNを使用してもよいし、型の違う二種以上のHuIFNを組合せて使用してもよい。また、HuIFN−αは複数のサブタイプの存在が知られており、これらの1種又は2種以上を組み合わせて使用することも自由である。何れのHuIFNの場合でも、比活性ができるだけ高いものを使用するのが望ましく、経口投与には、比活性が約10国際単位/mg蛋白質以上の精製品が、また、非経口投与には、約10国際単位/mg蛋白質以上の精製品が望ましい。
【0013】
本発明者等が試験したところ、これらHuIFNのうち、HuIFN−α、とりわけ、BALL−1細胞やナマルバ細胞などのヒトリンパ芽球様細胞株が産生する、いわゆる、「天然型HuIFN−α」はウシの消化器疾患に対する治療効果が高く、副作用も僅少という特徴がある。ことに、効果の点で、HuIFN−αのサブタイプα8(以下、「サブタイプα8」という)をHuIFN−αの総質量の10%以上含有する製剤が望ましく、サブタイプα8をHuIFN−αの総質量の10乃至80%含有し、且つ、HuIFN−αのサブタイプα2(以下、「サブタイプα2」という)をHuIFN−αの総質量の20乃至90%以下含有する製剤が強い治療効果を示すことから、さら望ましく、サブタイプα8をHuIFN−αの総質量の20乃至40%含有し、且つ、サブタイプα2をHuIFN−αの総質量の60乃至80%含有する製剤が著効を示すことから、特に望ましい。BALL−1細胞由来のHuIFN−αは、サブタイプα2をHuIFN−αの総質量の約75%と、サブタイプα8をHuIFN−αの総質量の約25%とを含有し、そのバランスは極めて良く、この発明に使用して最も優れた効果をもたらした。また、HuIFN−αとHuIFN−βを組み合わせて使用すると、HuIFN−αの持つ治療効果が相乗的に増強されることが確認された。
【0014】
本発明によるウシの消化器疾患治療剤は、HuIFN単独の形態はもとより、HuIFNとそれ以外の生理的及び製剤学的に許容される、例えば、担体、賦形剤、希釈剤、免疫助成剤、安定剤、さらには、必要に応じて、解熱剤、抗炎症剤、抗菌剤、消化剤、栄養剤、餌料などとの組成物としての形態を包含する。さらに、この発明の治療剤は、投薬単位形態の薬剤をも包含し、その投薬単位形態の薬剤とは、この発明の有効成分たるHuIFNの、例えば、一日当たりの用量又はその整数倍(4倍まで)若しくはその約数(1/4まで)に相当する量を含有し、投与に適する物理的に分離可能な剤型にある薬剤を意味する。また、型及び/又はHuIFN−αの異なるサブタイプの2種以上を組み合わせて使用する場合には、個々の型のHuIFN及び/又はHuIFN−αのサブタイプの単剤を組み合わせて使用すること、2種以上の型のHuIFNを混合して1剤として使用すること、或いは、これらの製剤を組み合わせて使用することも随意である。このような投薬形態の薬剤としては、散剤、ゲル状経口用剤、顆粒剤、液剤、錠剤、カプセル剤、舌下剤、注射剤、フィルム状経口用剤などが挙げられる。また、散剤や顆粒剤などを用時に、その投与経路に応じて、蒸留水、生理食塩水、ミルク、代用ミルクなどに溶解して使用することも随意である。
【0015】
本発明によるウシの消化器疾患治療剤の用量、用法について説明すると、本発明の治療剤は、経口的に投与しても非経口的に投与しても、所期の予防及び/又は治療効果が得られる。具体的には、ウシの種類、原因ウイルスの種類、症状、用量、用法、使用するHuIFNの型などに依っても変わるけれども、患畜の症状や様子を観察しながら、通常、ウシ体重kg当たり約0.005乃至5,000国際単位/回、望ましくは、約0.05乃至100国際単位/回、より望ましくは、約0.1乃至50国際単位/回のHuIFNを1日1乃至3回若しくは1週間に1乃至5回、約1日乃至6カ月間投与すればよい。
【0016】
本発明の治療剤を経口或いは経鼻投与するには、治療剤を、例えば、散剤、トローチ剤、顆粒剤、液剤、錠剤、舌下剤、飼料などの経口投与可能な形態に調製し、そのままで、或いは、必要に応じて、餌、ミルク、代用ミルクなどに混合・溶解したり、経口投与器、スプレー、胃ゾンデなどの適宜投与補助器具を使いながら、常法にしたがって口腔内、鼻腔内、食道内若しくは胃内に挿入すればよい。また、非経口投与するには、この発明による注射剤をウシの皮内、皮下、筋肉内、血管(静脈又は動脈をいう)内若しくは腹腔内に注射すればよい。本発明者等が試験したところ、用量が上記の範囲を下回ると所期の治療効果が得られ難くなり、逆に、上回ると、抗体産生や副作用が顕著になったり、治療効果に比べて飼主の経済的負担が大きくなることがあり、上記範囲を以って最良とした。
【0017】
治療効果と投与のし易さという観点から個々の投与経路を比較すると、経口投与は一般の飼育場やウシの集積場でも容易に実施できるという利点がある。所定量のHuIFNを正確に投与する場合には、血管内、皮内、皮下若しくは筋肉内に投与することも随意である。
【0018】
本発明の治療剤は、ウシの消化器疾患の治療、予防効果に加えて、ウシの呼吸器疾患の予防や治療、輸送時の体重の低下の抑制、子ウシの肥育促進などの作用効果を有している。また、ウマ、ブタ、ネコ、イヌ、ネズミ、ニワトリをはじめとする哺乳類や鳥類などの動物に対しても、ウシの場合と同様の作用効果を有している。したがって、本発明の治療剤は、ウシの消化器疾患の治療剤としてのみでなく、これら動物全般の各種疾患の予防剤や治療剤、輸送時の体重低下抑制剤、肥育促進剤などとしても利用することができる。この場合の、用法、用量も、ウシの消化器疾患の治療の場合に準じればよい。
【0019】
なお、本明細書を通じて、HuIFNの活性は、HuIFNがシンドビスウイルスによるFL細胞の細胞変性を抑制する度合をマイクロタイター法により測定し、その測定値を世界保健機関によるHuIFNの国際標準品「Ga23−901−532」を標準として決定される「国際単位」に換算して表示している。
【0020】
<実験1>
<HuIFN−α標品及びHuIFN−α製剤の調製>
後述の実施例1に記載の方法に基づき、BALL−1細胞由来のHuIFN−α(以下、「BALL−1インターフェロン」と略記する場合がある)の精製品(比活性2×10国際単位/mg蛋白質)を、また、実施例2の方法に基づき、組換え型サブタイプα8(比活性2×10国際単位/mg蛋白質)及び組換え型サブタイプα2(比活性7×10国際単位/mg蛋白質)の精製標品を、それぞれ調製した。また、これらとは別に、常法により、人抹梢血から分離した白血球にセンダイウイルスを作用させて誘発させたHuIFN−α(以下、「白血球インターフェロン」と略記する場合がある。)をケー・カンテル(K.Cantell)等、『ザ ジャーナル オブ ジェネラル バイロロジー(The Journal of General Virology)』、第39巻、第541〜543頁(1978年)に記載された方法に準じて精製し、比活性約2×10国際単位/mg蛋白質の部分精製白血球インターフェロンを得た。次いで、この部分精製HuIFNを、後述の実施例1と同様に、モノクローナル抗HuIFN−α抗体を用いる抗体クロマトグラフィーによりさらに精製した後、ヒトアルブミン約0.1mg/mlを含有する燐酸緩衝液(pH7.0)で平衡化させたゲル濾過クロマトグラフィーを適用することにより、精製白血球インターフェロン(比活性約2×10国際単位/mg蛋白質)溶液を得た。これら2種類のHuIFNと、組換え型サブタイプα8及び組換え型サブタイプα2を使用して、後述の実施例5の方法に準じて、無水結晶マルトース(株式会社林原商事販売、商標『ファイントース』)を賦形剤として使用し、各々200国際単位/gのHuIFN−αを含有する粉末状の製剤を調製した。なお、組換え型サブタイプα8及び組換え型サブタイプα2に付いては、サブタイプα8とサブタイプα2を質量比で、10:0、9:1、8:2、4:6、2:8、1:9、0:10含有する7種類の粉末状の製剤を調製した。
【0021】
<実験2>
ロタウイルスに感染し、且つ、下痢症状を呈するウシ100頭に、実験1で調製した、HuIFN−α製剤を、消化器疾患治療剤として一日1回、経口投与し、その経過を観察することにより、この発明による治療剤の治療効果と副作用を評価した。
【0022】
すなわち、初診時に下痢の症状を呈し、且つ、常法のウイルス検査の結果、糞便中にロタウイルス抗原が検出された1乃至6歳と推定される雄ウシ50頭と雌ウシ50頭を対象とし、無作為に選択した雄5頭、雌5頭を1群として、上記HuIFN−α製剤の何れかを、経口的に、約0.5国際単位/kg体重/回の用量で、実験1で調製した製剤を毎日1回、投与開始の日(1日目)から5日間に亙って投与した。投与開始の日から12日間の経過を注意深く観察し、用量と共に、下痢の症状、糞便の色調の他に、活力、食欲、被毛、脱水の6項目の一般臨床所見を記録した。なお、対照として、無水結晶マルトース0.1gを1日1回ウシに経口投与した。また、ウシの飼育は、抗菌剤無添加の飼料を使用し、飲水は自由摂取とした。
【0023】
実験は主として獣医師が行ない、患畜の様子や症状、副作用などを観察しながら、各個体の体重に基づきHuIFN製剤の用量を調節した。そして、投与開始の日を1日目とし、投与開始の日から12日目の観察結果に基づき、治療剤の有効性を判定した。すなわち、前記一般臨床所見6項目につき、表1に示す基準に基づき、スコア化して、各ウシの総合臨床スコアを求め、各投与群の平均総合臨床スコアを求めた。投与開始の日の平均総合臨床スコアから投与開始の日から12日目の平均総合臨床スコアを減じた数値を投与開始の日の平均総合臨床スコアで除したものを100倍して改善率(%)を求めた。実験結果は、この改善率が85〜100%の症例を「著効」、改善率が70〜85%未満の症例を「有効」、改善率が50〜70%未満の症例を「やや有効」、改善率が50%未満及び投与開始3日目に下痢の改善が認められず、悪化が予見され、他の治療剤を併用した症例を「無効」とする4段階で評価し、「著効」と「有効」と判定された場合を、治療効果有りと評価した。また、各HuIFN製剤投与群において、著効及び有効と判定されたウシの頭数をその試験群で使用したウシの総頭数で除し、100倍して、奏功率(%)を求めた。さらに、総合臨床スコアのうち、糞便に関するスコアのみを、別途集計して、各群の平均便性状スコアを求めて、便性状の改善の指標とした。なお、本実験における総合臨床スコアの算出は、日本国農林水産省への動物用医薬品製造承認申請における、ウシの大腸菌性下痢に対する抗菌剤の臨床試験実施基準に準じて行った。その結果を表2に示した。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
表2から明らかなように、何れのHuIFN製剤を投与した場合にも、対照群に比して有意の臨床スコアの改善が認められ、HuIFNの経口投与により、ロタウイルスに感染したウシにおける消化器疾患に伴う下痢などの臨床症状が改善されることが確認された。この改善効果は、BALL−1インターフェロン(サブタイプα8を総HuIFN−α質量中に約25%とサブタイプα2を総HuIFN−α質量中に約75%含有)を投与した場合に最も顕著であり、その奏功率は80%に達した。白血球インターフェロン或いは組換え型サブタイプα2のみの投与群では、奏功率が40%と、低くい結果となったのに対して、BALL−1インターフェロン、及び、組換え型サブタイプα8を総HuIFN−α質量中の10%或いはそれ以上含有するHuIFN製剤(サブタイプα8:サブタイプα2の比が1:9〜10:0)を投与した群では、何れも、白血球インターフェロン或いは組換え型サブタイプα2のみの投与した群よりも高い奏功率が得られた。なかでも、BALL−1インターフェロン、及び、組換え型サブタイプα8を総HuIFN−α質量中のHuIFN−αの10乃至80%含有し、且つ、組換え型サブタイプα2を総HuIFN−α質量中の20乃至90%含有するHuIFN製剤を投与した群(サブタイプα8:サブタイプα2の比が1:9〜8:2)で、高い奏功率が得られ、BALL−1インターフェロン、及び、組換え型サブタイプα8を総HuIFN−α質量中の20乃至40%含有し、且つ、組換え型サブタイプα2を総HuIFN−α質量中の60乃至80%含有するHuIFN製剤を投与した群(サブタイプα8:サブタイプα2の比が1:9〜4:6)で、特に高い奏功率が得られた。なお、便性状スコアのデータは、具体的には示さないが、便性状スコアの改善も、奏功率と同一の結果を示した。また、本発明のHuIFN製剤は、コロナウイルスに感染したウシにおける消化器疾患に対しても、ロタウイルスに感染したウシの消化器疾患の場合と同等の治療効果を示すことが確認された。
【0027】
本試験の期間中、HuIFN製剤の投与に起因する、特段の副作用は全く認められず、この発明による治療剤がウシの消化器疾患の治療に極めて効果的、且つ、安全であることを裏付けていた。さらに、これらのウシの一部について、投与開始の日から30日目と60日目に、血液検査を実施したところ、HuIFN−αに起因すると思われる抗体産生は全く検出されなかった。このことは、この発明による治療剤が、ウシの消化器疾患を治療する目的で、同一のウシに反復投与しても安全なことを示唆している。
【0028】
<実験3>
上記知見に基づき、ロタウイルスの感染の影響を最も強く受け、畜産業において経済性の点で最も問題とされている、生後間もない子ウシに対する、本発明の治療剤の治療効果を確認するための実験を行った。すなわち、ロタウイルスの感染が確認され、且つ、下痢の症状を呈している生後6ヶ月以内の子ウシ140頭(雄雌各70頭)に対して、実験2と同一のプロトコールで、HuIFN製剤(200国際単位/g)を投与し、実験2と同一の効果の評価方法により、その効果と副作用を評価した。なお、本実験では、実験2で最も高い奏功率を示したBALL−1インターフェロン製剤を使用し、投与量は、0.5国際単位/kg体重と20国際単位/kg体重とした。対照群として無水結晶マルトース0.1gを1日1回ウシに経口投与した。BALL−1インターフェロン製剤投与群は各60頭の子ウシ(雄雌各30頭)を使用し、対照群は20頭の子ウシ(雄雌各10頭)を使用した。その平均総合臨床スコアの推移を表3に、平均便性状スコアの推移を表4に、治療効果判定の結果を表5に示した。
【0029】
【表3】

【0030】
【表4】

【0031】
【表5】

【0032】
表3から明らかなように、平均総合臨床スコアは、対照群では、実験期間中変動はあったものの、改善は認められなかった。これに対して、BALL−1インターフェロンの0.5国際単位/kg体重投与群では投与開始の日から3日目から、対照群に比して有意の改善を示し、投与開始の日から12日目でも総合臨床スコアの悪化は認められなかった。また、BALL−1インターフェロンの20国際単位/kg体重投与群では投与開始の日から4日目から、対照群と比して有意の改善を示し、投与を開始の日から12日目でも総合臨床スコアの悪化は認められなかった。
【0033】
表4から明らかなように、平均便性状スコアは、対照群では、実験期間中変動はあったものの、改善は認められなかった。これに対して、BALL−1インターフェロンの0.5国際単位/kg体重投与群及び20国際単位/kg体重投与群の何れにおいても、投与開始の日から2日目から、対照群と比して有意の改善を示し、投与開始の日から12日目でも悪化は認められなかった。
【0034】
表5から明らかなように、BALL−1インターフェロンの0.5国際単位/kg体重投与群では奏功率が63%となり、20国際単位/kg体重投与群では奏功率が57%となった。しかも、投与期間中、特段の副作用は全く認められず、この発明による治療剤がウシの消化器疾患の治療に極めて効果的、且つ、安全であることを裏付けていた。また、一部の患畜について、実験2と同様に、投与開始の日から30日目及び60日目に血液検査を実施したところ、BALL−1インターフェロンに起因すると思われる抗体産生は全く検出されなかった。
【0035】
これらの実験から、本発明のHuIFN製剤は、経口投与により、投与開始から2日目で、すでに下痢の症状を改善することのできる、優れた、下痢症状の改善剤であることが確認され、また、投与開始の日から12日目でも、臨床症状の増悪は認められないことから、ロタウイルスやコロナウイルスなどの感染したウシの消化器疾患治療剤として、優れた治療効果を有することが確認された。
【0036】
<急性毒性試験>
0.01M燐酸緩衝液(pH7.0)を含む生理食塩水に、ウシ血清アルブミンを0.1%となるように溶解した溶液、この溶液に、実施例1で調製したBALL−1細胞由来の部分精製HuIFN−α、精製HuIFN−α、実験1で調製したヒト白血球由来の部分精製HuIFN−α、精製HuIFN−α、又は、後述する実施例2で調製した精製したサブタイプα2或いはサブタイプα8の何れか1種を、1×10国際単位/mlになるよう溶解した溶液を調製した。かくして得られる7種類の溶液を生後2乃至3年と推定される健常なウシ5匹/群からなる7群に対して、体重kg当たり、この発明における最大投与量の2万倍に当たる1×10国際単位のHuIFNに相当する量の生理食塩水を皮下若しくは経口投与し、投与後の経過を観察した。さらに、対照群には、HuIFNを溶解しなかったこと以外、前記と同様に調製した同量の生理食塩水を同じ経路で投与した。
【0037】
その結果、いずれのHuIFNでを投与した試験群、燐酸緩衝液を含む生理食塩水に、ウシ血清アルブミンを0.1%となるように溶解した溶液を投与した群、及び、生理食塩水を投与した群において、副作用と認められる臨床症状は認められなかった。また、これらのうしは、投与後においても死亡例や、一般状態、体重、摂餌量にも特段の変化は認められなかった。この急性毒性試験、及び、上記実験2、実験3の結果は、HuIFNが、ウシに投与して、極めて毒性の低いことを示唆している。
【0038】
以下、実施例に基づき、本発明を具体的に説明する。但し、本発明は、これら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0039】
特公昭56−54158号公報に記載された方法に準じ、ハムスター体内で増殖させたBALL−1細胞に培養培地中でセンダイウイルスを作用させてHuIFN−αを誘発させた。この培養培地を遠心分離して得られた上清を濃縮し、濃縮物にフェニルセファロースを用いるアフィニティークロマトグラフィーを適用することにより、比活性約10国際単位/mg蛋白質の部分精製HuIFN−αを得た。次に、この部分精製HuIFN−αを、常法により、モノクローナル抗HuIFN−α抗体を水不溶性担体に結合させたセルテック社製『NK−2セファロース』を用いるアフィニティークロマトグラフィーによりさらに精製した後、ウシ血清アルブミン約0.1mg/mlを含有する燐酸緩衝液(pH7.0)で平衡化させたゲル濾過クロマトグラフィーを適用することにより、比活性約2×10国際単位/mgの精製HuIFN−αを含有するBALL−1インターフェロン溶液を得た。本品を、高速液体クロマトグラフィーで分析したところ、HuIFN−αの総質量に対して、サブタイプα8を約25%とサブタイプα2を約75%含有していた。
【0040】
このようにして調製したBALL−1由来の精製HuIFN−αを約5mg蛋白質/mlにまで膜濃縮し、1%(w/v)ウシ血清アルブミンと0.01M燐酸緩衝液(pH7.0)を含有する生理食塩水にHuIFN−α濃度が150国際単位/mlになるよう希釈し、膜濾過して滅菌した後、バイアルに1mlずつ無菌的に充填し、凍結乾燥した。
【0041】
本品は、有効成分としてBALL−1細胞由来の精製HuIFN−αを含有し、賦形剤たる血清アルブミンはウシ由来のものを使用しているので、ウシの消化器疾患治療用注射剤として有用である。
【実施例2】
【0042】
<組換え型インターフェロンα2及びα8>
特許文献3の実験1−1(a)及び実験1−1(b)の方法に準じて、組換え型サブタイプα8(比活性、約3×10国際単位/mg蛋白質)及び組換え型サブタイプα2(比活性、約8×10国際単位/mg蛋白質)の精製標品を調製した。
【0043】
このようにして調製したサブタイプα8標品とサブタイプα2標品を各々約5mg蛋白質/mlにまで膜濃縮後、1質量部のサブタイプα8と4質量部のサブタイプα2を混合し、1%(w/v)局方精製ゼラチンと0.01M燐酸緩衝液(pH7.0)を含有する生理食塩水にHuIFN−α濃度が200国際単位/mlになるよう希釈し、膜濾過して滅菌した後、バイアルに1mlずつ無菌的に充填し、凍結乾燥した。
【0044】
有効成分として組換え型の精製サブタイプα8とサブタイプα2を含有せしめた本品は、治療効果及び副作用において実施例1の注射剤よりやや劣るものの、ウシの消化器疾患治療用注射剤として有用である。
【実施例3】
【0045】
実施例1と同様にしてBALL−1細胞にセンダイウイルスを作用させて調製した精製BALL−1インターフェロンを、3%(w/v)ウシ血清アルブミンと0.1M燐酸緩衝液(pH7.0)を含有する生理食塩水にHuIFN−α濃度が2,000国際単位/mlとなるように希釈し、膜濾過して滅菌した後、バイアルに1mlずつ充填し、凍結乾燥した。
【0046】
本品は、実施例1の注射剤と同様、有効成分としてBALL−1細胞由来の精製HuIFN−αを含有し、賦形剤たる血清アルブミンはウシ由来のものを使用しているので、ウシの消化器疾患治療用注射剤として有用である。
【実施例4】
【0047】
蒸留水にウシ血清アルブミンを1%(w/v)溶解し、溶液に実施例1の方法で調製したBALL−1細胞由来の部分精製HuIFN−αを含有する溶液を加え、1g当たりHuIFN−αを300国際単位含有するHuIFN−α溶液を得た。この溶液32.0質量部に0.5質量部の『ツイーン80』を15.0質量部のエタノールに溶解して混合し、さらに、その混合物に0.5質量部のトリエタノールアミンを15.0質量部のグリセリンに溶解して混合した後、小量のトリエタノールアミンを加えて、ml当たりHuIFN−αを約100国際単位含む、ほぼ中性のゲル状製剤を得た。
【0048】
有効成分としてBALL−1細胞由来のHuIFN−αを含有する本品は、適度の口腔内滞留時間を有し、患畜に飲ませ易い消化器疾患治療用ゲル状経口用剤である。
【実施例5】
【0049】
無水結晶マルトース(株式会社林原商事販売、商標『ファイントース』)100質量部に実施例1の方法で調製したBALL−1細胞由来の精製HuIFN−α(約10国際単位/ml)2質量部を均一に噴霧し、真空乾燥し、粉砕した後、篩にかけて粒度100乃至500ミクロンの粉状物を得た。粉状物にさらに適当量の『ファイントース』を均一に混合し、1g当たりHuIFN−αを約200国際単位含む散剤を得た。
【0050】
本品は適度の口腔内滞留時間と優れた保存安定性を有し、ウシの消化器疾患治療剤として有用である。本品は適度の甘味を有し、ウシの口腔内に投与しても刺激が少なく、患畜に飲ませ易い散剤である。
【実施例6】
【0051】
無水結晶マルトース(株式会社林原商事販売、商標『ファイントース』)100質量部に実施例1の方法で調製したBALL−1細胞由来の部分精製HuIFNを含有する水溶液(約1,000国際単位/ml)15質量部を均一に混ぜた後、打錠機にかけて顆粒剤を得た。
【0052】
本品は、1g当たりHuIFN−αを約125国際単位含み、優れた保存安定性を有し、ウシの消化器疾患治療用散剤として有用である。また、本品は適度の甘味を有し、ウシの口腔内に投与しても刺激が少なく、患畜に飲ませ易い顆粒剤である。
【実施例7】
【0053】
無水結晶マルトース(株式会社林原商事販売、商標『ファイントース』)100質量部に市販のHuIFN−β製剤(持田製薬株式会社販売、商品名「IFNβ注射用600万I.U.」)を蒸留水1mlに溶解したもの2質量部を均一に噴霧し、真空乾燥し、粉砕した後、篩にかけて粒度100乃至500ミクロンの粉状物を得た。粉状物にさらに適当量の『ファイントース』を均一に混合し、1g当たりHuIFN−βを約50国際単位含む散剤を得た。
【0054】
本品を使用して、実験3の方法に準じてロタウイルスに感染し、下痢症状を呈する1乃至6歳と推定されるウシ30頭を使用して、20国際(I.U.)単位/kg体重を14日間投与したところ、奏功率は43%となり、本品は、無投与群(20頭、奏功率30%)に比して、有意に高いの奏功率を示したことから、下痢の改善を含む消化器疾患に対する治療効果があると判断された。
【0055】
また、実験3の方法に準じてロタウイルスに感染し、下痢症状を呈する1乃至6歳と推定されるウシ30頭を使用して、本品を10国際(I.U.)単位/kg体重と実験1で調製したサブタイプα8の製剤を10国際単位/kg体重、10日間投与したところ、奏功率は52%となり、本品及びBALL−1インターフェロンの併用は、30頭のウシにサブタイプα8の製剤を20国際単位/kg体重投与した群(奏功率45%)、及び、無投与群(20頭、奏功率30%)に比して、有意に高い奏功率を示したことから、下痢の改善を含む消化器疾患に対する治療効果があると判断された。
【0056】
本品は適度の口腔内滞留時間と優れた保存安定性を有している。しかも、上記の試験結果は、本品がウシの消化器疾患治療剤として有用であること、及び、本品は、HuIFN−α製剤と併用すると、HuIFN−α製剤の治療効果を増強させることができることが判明した。また、本品は適度の甘味を有し、ウシの口腔内に投与しても刺激が少なく、患畜に飲ませ易い散剤である。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の治療剤が有効成分として含有するHuIFNは、患畜に小用量でも著効を発揮するので、小用量投与の場合は、飼主の経済的負担を大幅に低減する。同じ理由により、本発明の治療剤によるときには、インターフェロンを必ずしも患畜の血管内に投与する必要が無くなり、経口投与や、皮内、皮下、筋肉内などの血管以外の経路より非経口的に投与することによっても、所期の効果が得られる。これにより、神経質で警戒心が強いウシに所定量のHuIFNを確実、且つ、容易に投与できることとなり、獣医師等の治療担当者の労力・負担も大幅に低減する。また、本発明の治療剤は子ウシにおいても顕著な治療効果を発揮することから、子ウシの下痢による経済的損失を大きく軽減することができる。このような優れた効果を有する本発明は、畜産分野に貢献することとなり、その産業的意義は極めて大きい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インターフェロンα蛋白総質量中にサブタイプα2を約75質量%とサブタイプα8を約25質量%含有するヒトインターフェロンαを有効成分とする経口用剤の製造方法であって、下記1乃至4の工程を経由する、ウシのロタウイルス感染に伴うウシの便性改善に用いる経口用剤の製造方法;
1.ヒトリンパ芽球様細胞株であるBALL−1細胞にセンダイウイルスを作用させてヒトインターフェロンαを誘発する工程、
2.モノクローナル抗ヒトインターフェロンα抗体を用いるアフィニティークロマトグラフィーによってヒトインターフェロンαを精製する工程、
3.精製したインターフェロンαを粉末化する工程及び、
4.インターフェロンαが約200国際単位/gとなるようにマルトースを賦形剤として添加する工程。
【請求項2】
製造される経口用剤が、0.1乃至50国際単位/kgウシ体重/回の投薬単位形態であることを特徴とする請求項1に記載の経口用剤の製造方法。
【請求項3】
製造される経口用剤が、インターフェロンα蛋白を約1ng/g含有することを特徴とする請求項1又は2記載の経口用剤の製造方法。
【請求項4】
製造される経口用剤が、散剤、トローチ剤、顆粒剤或いは錠剤の形態であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の経口用剤の製造方法。

【公開番号】特開2010−189448(P2010−189448A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−132479(P2010−132479)
【出願日】平成22年6月9日(2010.6.9)
【分割の表示】特願2003−320517(P2003−320517)の分割
【原出願日】平成15年9月12日(2003.9.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(000155908)株式会社林原生物化学研究所 (168)
【出願人】(501362995)バイオベット株式会社 (1)
【Fターム(参考)】