説明

ウシ脂肪交雑形成に関わる一塩基多型およびその利用

【課題】ウシの脂肪交雑形成能力を遺伝子型解析により判定するウシの脂肪交雑形成能力の予測、遺伝子型判定方法およびそれに使用するキットを提供する。
【解決手段】ウシのRPL27遺伝子の第1エキソン開始点から−7272bp部位におけるSNPタイプをPCR−RFLPで分析することによりウシの脂肪交雑形成能力の予測、遺伝子型を判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウシ脂肪交雑形成に関わる一塩基多型(SNP)およびその利用に関する。さらに詳しくは、ウシ脂肪交雑形成に関わる新規なSNPに基づいてウシの遺伝子型を判定し、ウシの脂肪交雑形成能力を予測する方法およびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
「霜降り」や「サシ」と称されるウシの脂肪交雑は牛肉の肉質を評価、判定する上で重要な因子であり、脂肪交雑形成能力の高い個体とそうでない個体をウシの肥育の早期に判別し、それらの能力に合った肥育計画を立てることができれば、肉用牛の生産において非常に望ましい。さらに、その能力を早期に判定できれば、世代間隔を短縮することができ、育種改良に多大の貢献をする。
このような事情に鑑み、ウシの脂肪交雑形成能力を遺伝子型解析により判定すべく、従来から、ウシの脂肪交雑形成に関与する責任遺伝子の探索、同定が試みられている。例えば、特許文献1ではウシの脂肪細胞分化のマスターキーといわれているウシPPARγ遺伝子の1つであるウシPPARγ2の変異体が開示されている。
また、ウシの脂肪交雑形成に影響する遺伝子を特定することを目的として、系統的に脂肪交雑形成能力の異なることが判明しているウシ群間で、脂肪交雑形成が始まる前後8〜14ヶ月齢の時期に発現するmRNA量を調べ、配列既知の5つの候補遺伝子を選抜した報告(平成17年3月27日〜29日開催の日本畜産学会第104回大会発表)や、これらの遺伝子のゲノム配列を決定し、いくつかの遺伝子において一塩基多型(SNP)が存在するとの報告(平成17年9月11日、12日開催の日本動物遺伝育種学会第6回大会ポスター発表)がある。
このように、ウシの脂肪交雑に影響する遺伝子の同定は試みられているが、脂肪交雑形成能力と統計的に有意な相関を示した遺伝子多型を同定した例は、これまで見当たらない。
本発明者らの発明に係る特許文献2には、血管伸長に関連すると推測されるウシEDG1遺伝子の+166bp部位と、+3698bp部位にSNPが存在し、それらが統計的にウシの脂肪交雑形成と相関し、ウシの脂肪交雑形成能力の予測、遺伝子型判定に利用できることが開示されている。
さらに、本発明者らは、ウシEDG1遺伝子の他の部位、ウシTTN遺伝子の一部位、ウシMBL1遺伝子の一部位にもSNPが存在し、それらが統計的にウシの脂肪交雑形成と相関し、ウシの脂肪交雑形成能力の予測、遺伝子型判定に利用できることを見出し、特許出願した(特願2007−235628号)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−8688号公報
【特許文献2】特開2007−252271号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の主な目的は、新たなSNPを見出し、ウシの脂肪交雑形成能力を遺伝子型解析により判別するウシの脂肪交雑形成能力の予測、遺伝子型判定方法およびそれに使用するキットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記のごとく、本発明者らは、これまでにウシ遺伝子の中で脂肪交雑形成に影響するSNPを3つの遺伝子で計4部位同定し、相関解析によりこの遺伝子多型がウシの脂肪交雑能力に関与することを明らかにしてきたが、今回新たにウシのRPL27A遺伝子(GenBank NW_001495105)で脂肪交雑形成に関わるマーカーと考えられるSNPを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、
(1)ウシのRPL27A遺伝子であって、第1エキソン開始点から−7272bp部位の塩基がC/Tホモまたはヘテロ型であるウシの脂肪交雑形成能力に関与する遺伝子多型、
(2)ウシのRPL27A遺伝子の第1エキソン開始点から−7272bp部位におけるSNPタイプを判定することを特徴とするウシの脂肪交雑形成能力の予測、遺伝子型判定方法、
(3)SNPタイプの判定を制限酵素断片長多型(RFLP)分析により行う上記(2)記載の方法、
(4)ウシのRPL27A遺伝子の第1エキソン開始点から−7272bp部位を含む領域を増幅するプライマーを含む上記(2)記載の方法によるウシの脂肪交雑形成能力の予測、遺伝子型判定用キット、
(5)さらに、制限酵素を含む上記(4)記載のキット、
(6)配列番号2および配列番号3に示す配列からなるウシのRPL27A遺伝子の第1エキソン開始点から−7272bp部位を含む領域を増幅するプライマーなどを提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法により、上記の新規SNP部位についてSNPタイプを判定することにより、遺伝子型が判定でき、それに基づいて脂肪交雑形成能力が予測できる。
以下の実施例に示すごとく、黒毛和種種雄牛101頭について、肉の脂肪交雑度が高い(評点が高い)上位17頭のグループと、交雑度が低い(評点が低い)下位17頭のグループとで、遺伝子のSNPと脂肪交雑度合いとの相関を独立性検定により解析したところ、RPL27A遺伝子の第1エキソン開始点から−7272bp部位の塩基(以下、RP−7272と称する)がTアリルである場合とCアリルである場合とでは、χ検定で危険率0.01%以下という相関でTアリルの方が脂肪交雑に関する遺伝的能力すなわち育種価が高かった。次に、種雄牛101頭全てを使った分散分析を行ったところ、危険率0.02%でやはりTアリルの方が有意に育種価が高いことが示された。さらに、このSNP部位がTTホモである糸福の後代半きょうだい肥育牛217頭(TT型、CT型の遺伝子型を持つ)について解析したところ、危険率1%でTT型の方がCT型より脂肪交雑育種価が高かった。なお、皮下脂肪厚育種価では有意差は見られなかった。また、このSNP部位がCCホモである糸治の後代半きょうだい肥育牛195頭(CT型、CC型の遺伝子型を持つ)について解析したところ、危険率5%でCT型の方がCC型より脂肪交雑育種価が高かった。なお、ここでも皮下脂肪厚育種価では有意差は見られなかった。
RPL27A遺伝子はリボゾームの構成タンパク質として公知であるが、脂肪交雑との関係は明らかにはされていなかった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本明細書における、「C/Tホモまたはヘテロ型」なる用語は、遺伝子型がTT型、TC型およびCC型のいずれかであることを示す。
また、「ウシの脂肪交雑形成能力の予測、遺伝子型判定方法」なる用語は、ウシの遺伝子型の判定方法およびウシの遺伝子型を判定し、それにより脂肪交雑形成能力を予測する方法の両方を意味する。
【0009】
配列表の配列番号1には、RP−7272部位を含むGenBank NW_001495105の3108901〜3117420の塩基配列を示す。第1エキソン開始点は3116809に相当し、RP−7272は、3109537(配列番号1中637番目)に相当し、その塩基yはtまたはcである。
【0010】
本発明の方法は、ウシ個体から採取した検体から抽出した試料DNAをPCRにより増幅し、SNPタイプを、例えば、制限酵素を用いてRFLP分析により判定するものである。
検体としては、血液、精液等の生物体の一部を使用でき、これらから、常法により試料DNAを抽出して判定を行う。
用いる制限酵素としては、例えば、Bsu36I(NEBJ)を用いることができる。
【0011】
PCRは公知の方法に従って行うことができる。
PCRに使用するプライマーは、RP−7272部位を含む領域を増幅するための配列を適宜設計すればよい。
例えば、センスプライマーとして配列番号2、アンチセンスプライマーとして配列番号3で示す配列が挙げられる。
【0012】
また、RFLP分析も公知の方法に従って行うことができる。
本発明のSNPのTアリルは制限酵素Bsu36Iで切断されるが、Cアリルは切断されない。
これにより、電気泳動で切断の有無を調べることによりSNPタイプが判定できる。
【0013】
本発明のキットは、本発明のSNP部位を含む領域の配列を増幅するプライマーを含む。好ましくは、これらのプライマーと所定の制限酵素を含むPCR−RFLPキットとする。当該キットにはこれ以外に検体からのゲノムDNAの抽出試薬や、必要な器具、判定用の説明書等が含まれていてもよい。
【0014】
上記した本発明者らが既に明らかにした3つのSNP(特願2007−235628号)の検出と、本発明のSNP検出を組み合わせることもできる。かかる4つの遺伝子のSNP診断は、PCR−SSP(Sequence Specific Primer)による同時解析が可能であり、組み合わせることでより高い信頼性で脂肪交雑能力の高い個体を判別することが可能となる。
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0015】
PCR−RFLPによる遺伝子型判定
(1)試料の採取
種雄牛については血液あるいは精液を採取、肥育牛については食肉市場で屠殺された個体から脂肪組織を採取して用いた。これらの検体から常法によりゲノムDNAを抽出した。
血液からの抽出にはReadyAmpTM Genomic DNA Purification System(Promega)を、精液および脂肪組織からの抽出にはWizard SV Genomic DNA Purification System(Promega)を用いた。
(2)DNAの増幅
下記プライマーを使用し、下記反応液を、94.0℃で2分間の加熱1サイクルと、94.0℃で30秒、最適アニーリング温度57℃で30秒、ついで72.0℃で1分の加熱を35サイクル繰り返し、最後に72.0℃で5分間加熱してDNAを増幅した。
PCR用プライマー配列は、以下のとおりである。
cctgtttcag agaatctaag tcc(配列番号2)
ctgatcagtt tcacttctag ttcag(配列番号3)
PCR反応液
ゲノムDNA溶液 3.0μl
プライマーミックス(最終) 0.5μM
5×Go taq buffer 4.0μl
Go taq(最終) 0.5 U
dNTPs(最終) 0.2 mM
全量 20.0μl
(3)制限酵素処理
下記反応液を表1に示す所定温度で所定時間インキュベーションして制限酵素処理した後、制限酵素処理反応液を3%Nusieve GTGアガロースゲルで電気泳動した。
RFLP反応液
PCR反応液 2.00μl
10x添付buffer 1.00μl
制限酵素(Bsu361) 最適酵素量
全量 10.00μl

【表1】

【実施例2】
【0016】
統計解析
各種のウシ個体について、実施例1と同様にしてSNPタイプを判定し、分散分析により脂肪交雑形成能力との相関関係を統計的に調べた。
分散分析には最小二乗分散分析法を用いて、計算はSASのGLMプロシジャを用いた。独立性検定にはFisherの直接検定またはχ検定を用いて、計算にはFREQプロシジャを用いた。
(1)大分県種雄牛を用いた予備的相関解析
検出されたSNPと脂肪交雑との相関解析を行う予備的な解析として、脂肪交雑に関する育種価が得られている大分県黒毛和種種雄牛101頭について、肉の脂肪交雑に関する育種価の低い下位群17頭と、高い上位群17頭についてSNP遺伝子型を調べた。
その結果を表2に示す。
【0017】
【表2】

【0018】
つぎに、SNPについて、遺伝子頻度を用いた独立性検定により相関解析を行った。
その結果を表3に示す。
【表3】


この結果、上位群において、危険率0.01%以下でTアリルの方が高いことが示され、脂肪交雑に関する遺伝的能力すなわち育種価が高いことが示された。
【0019】
(2)大分県種雄牛101頭についての相関解析
上記の種雄牛101頭について、SNPとの相関を分散分析により解析した。また、これら101頭については、脂肪交雑と同じく脂肪蓄積に関連する形質である皮下脂肪厚の育種価も得られており、皮下脂肪厚の育種価についても同様に解析を行った。
結果を表4および表5に示す。
【表4】


【表5】


この結果、脂肪交雑の育種価についてはTアリルの方が0.02%水準で有意に育種価が高かった。
【実施例3】
【0020】
上記と同様に、SNP部位がTTホモである種雄牛「糸福」の後代去勢肥育牛217頭(TT型、CT型の遺伝子型を持つ)の脂肪交雑および皮下脂肪厚の育種価について、RP−7272との相関を解析した。
結果を表6および表7に示す。
【表6】


【表7】


この結果から、脂肪交雑の育種価については危険率1%で、TT型の方がCT型より脂肪交雑の育種価が高かった。皮下脂肪厚の育種価では、遺伝子型の効果は有意でなかった。
【実施例4】
【0021】
上記と同様に、SNP部位がCCホモである種雄牛「糸治」の後代去勢肥育牛195頭(CT型、CC型の遺伝子型を持つ)の脂肪交雑および皮下脂肪厚の育種価について、RP−7272との相関を解析した。
結果を表8および表9に示す。
【表8】


【表9】

この結果、危険率5%で、CT型の方がCC型より脂肪交雑の育種価が高いことが示された。皮下脂肪厚の育種価では、遺伝子型の効果は有意でなかった。
【産業上の利用可能性】
【0022】
以上記載したごとく、本明細書に開示する遺伝子型を判定することにより、肥育牛の早期段階において脂肪交雑能力の高い個体とそうでない個体を判別し、それらの能力に合った肥育計画を立てることができると考えられる。また、雄牛および雌牛の脂肪交雑に関する遺伝的能力を成長の早期に判定することができ、脂肪交雑の改良を著しく促進できる。
脂肪交雑は肥育牛の価格を決める重要な因子であり、肉用牛産業に多大な貢献ができ、さらに、肥育技術への貢献のみならず、種牛雄選抜を含めた育種改良への応用も期待できる。
【配列表フリーテキスト】
【0023】
配列番号2:Designed oligonucleotide primer for amplifying bovine RPL27A gene
region containing RP-7272
配列番号3:Designed oligonucleotide primer for amplifying bovine RPL27A gene
region containing RP-7272

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウシのRPL27A遺伝子であって、第1エキソン開始点から−7272bp部位の塩基がC/Tホモまたはヘテロ型であるウシの脂肪交雑形成能力に関与する遺伝子多型。
【請求項2】
ウシのRPL27A遺伝子の第1エキソン開始点から−7272bp部位における一塩基多型(SNP)タイプを判定することを特徴とするウシの脂肪交雑形成能力の予測、遺伝子型判定方法。
【請求項3】
SNPタイプの判定を制限酵素断片長多型(RFLP)分析により行う請求項2記載の方法。
【請求項4】
ウシのRPL27A遺伝子の第1エキソン開始点から−7272bp部位を含む領域を増幅するプライマーを含む請求項2記載の方法によるウシの脂肪交雑形成能力の予測、遺伝子型判定用キット。
【請求項5】
さらに、制限酵素を含む請求項4記載のキット。
【請求項6】
配列番号2および配列番号3に示す配列からなるウシのRPL27A遺伝子の第1エキソン開始点から−7272bp部位を含む領域を増幅するプライマー。

【公開番号】特開2010−187636(P2010−187636A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−38007(P2009−38007)
【出願日】平成21年2月20日(2009.2.20)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(507305428)ビッグ研究所株式会社 (2)
【出願人】(593028562)社団法人 家畜改良事業団 (7)
【出願人】(000229519)日本ハム株式会社 (57)
【出願人】(591224788)大分県 (31)
【Fターム(参考)】