説明

ウメ果実由来の光学活性シアノヒドリン合成酵素およびそれを用いた光学活性体の製造方法

【課題】カルボニル化合物とシアン化合物からの光学活性なシアノヒドリン化合物の合成反応において、優れたエナンチオ選択性、広い基質特異性等を示す新規光学活性シアノヒドリン合成酵素を提供すること。
【解決手段】ウメ(Prunus mume)果実由来で以下の性状を示す光学活性シアノヒドリン合成酵素を使用する。(1)シアン化合物存在下、カルボニル化合物を光学活性シアノヒドリンに変換する。(2)基質特異性:ベンズアルデヒドを基質とし、R-マンデロニトリルへ変換する。また、クロロ置換ベンズアルデヒドを基質とした場合、該基質のメタ位置換体に比較して該基質のパラ位置換体から得られる光学活性シアノヒドリンの光学選択性の方が高い。(3)分子量:ゲルろ過で測定した場合、約6万である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウメ果実の由来の新規光学活性シアノヒドリン合成酵素およびそれを用いた光学活性体の製造方法に関する。より具体的には、該酵素を用いてカルボニル化合物とシアン化合物から光学活性シアノヒドリンを合成する方法、並びに得られたシアノヒドリンを加水分解することによって光学活性α−ヒドロキシカルボン酸を合成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、アーモンド、リンゴ、チェリーアプリコット、プラムの仁等から得られる酵素がカルボニル化合物とシアン化合物から光学活性なシアノヒドリン化合物を合成する作用を有することが知られている。一般にその酵素はヒドロキシニトリルリアーゼと呼ばれ、例えば、トウダイグサ科に属する植物であるキャッサバ(Manihot esculenta)由来のもの(EC-No.4.1.2.37)、バラ科に属する植物であるアーモンド(Prunus amygdalis)由来のもの(EC-No.4.1.2.10)、イネ科に属する植物であるモロコシ(Sorghum bicolor)由来のもの(EC-No.4.1.2.11)、及びトケイソウ科に属する植物であるパッションフルーツ(Passiflora edulis)由来のもの等が知られている(特許文献1)。例えば、アーモンドから得られる上記酵素は、ベンズアルデヒド(カルボニル化合物)及びシアン化水素(シアン化合物)と、(R)-マンデロニトリル((R)-シアノヒドリン)との可逆反応を触媒する酵素として作用する(下記式(I)参照)。


【0003】
(R)-マンデロニトリルのような光学活性なシアノヒドリン化合物は、光学活性有機合成中間体として有用であり、例えば医薬品等を得るために使用される。また、ある特定の植物においては、(R)-ヒドロキシニトリルリアーゼの酵素作用によって、光学活性なシアノヒドリン化合物からHCNのようなシアン化合物を生成する。生成したHCNは、植物が肉食動物を忌避するための忌避物質因子として、又は、真菌に対する植物の感受性成分として働く。
光学活性なシアノヒドリン化合物を得るためには、カルボニル化合物やシアン化合物のような基質と反応させて、効率よく光学活性シアノヒドリン化合物を生成させることが必要である。即ち、優れたエナンチオ選択性(立体選択性)を有する触媒又は酵素が必要である。このような光学活性なシアノヒドリン化合物の合成に使用する酵素は、特定のカルボニル化合物と特異的に反応する基質特異性を有し、幅広い反応条件での反応を触媒することができ、及び速やかに反応を進行することができることが望ましい。
しかし、これまでの上記アーモンド等から得られるヒドロキシニトリルリアーゼは、必ずしも十分なエナンチオ選択性、基質特異性、広い反応条件適応性等を有するものではなかった。
そして、これまで、上記酵素を使用する光学活性シアノヒドリンの合成は、当該酵素が極めて限られているため、高い光学純度のシアノヒドリン化合物を得る目的に、水系、水-有機溶媒二相系、有機溶媒-微水系、有機溶媒系等の反応条件の改良による検討が実施されてきた。
【0004】
【特許文献1】特開2004−248598号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の第一の目的は、カルボニル化合物とシアン化合物からの光学活性なシアノヒドリン化合物の合成反応において、優れたエナンチオ選択性、広い基質特異性等を示す新規光学活性シアノヒドリン合成酵素を提供することにある。
本発明の第二の目的は、上記酵素を使用して、カルボニル化合物とシアン化合物から、光学活性なシアノヒドリン化合物を合成する方法を提供することにある。
本発明の第三の目的は、上記光学活性なシアノヒドリン化合物を加水分解することによって、α−ヒドロキシカルボン酸を合成する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、前記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、ウメ(Prunus mume)果実から、カルボニル化合物とシアン化合物からの光学活性シアノヒドリンの合成反応を触媒することができることを見出し、本発明に至った。
即ち、本発明は、
1.ウメ(Prunus mume)果実由来で以下の性状を示す光学活性シアノヒドリン合成酵素。
(1)作用:シアン化合物存在下、カルボニル化合物を光学活性シアノヒドリンに変換する。
(2)基質特異性:ベンズアルデヒドを基質とし、R-マンデロニトリルへ変換する。また、クロロ置換ベンズアルデヒドを基質とした場合、該基質のメタ位置換体に比較して該基質のパラ位置換体から得られる光学活性シアノヒドリンの光学選択性の方が高い。
(3)分子量:ゲルろ過で測定した場合、約6万である。
2.前記1の酵素を触媒としてカルボニル化合物とシアン化合物からの光学活性シアノヒドリンを合成する方法。
3.前記2記載の方法により得られた光学活性シアノヒドリンを加水分解することを含む、α−ヒドロキシカルボン酸の合成方法である。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、新規光学活性シアノヒドリン合成酵素が提供される。該光学活性シアノヒドリン合成酵素は、エナンチオ選択性、基質特異性等が優れ、工業的にも極めて有用である。特に、本発明の酵素組成物の触媒作用は、アーモンド(Prunus amygdalis)由来のオキシニトリルリアーゼ((R)−マンデロニトリラーゼ)よりも、広い反応条件(例えば、温度、pH)に適用できる点、及び高いエナンチオ選択性を有する点で優れている。また、従来のヒドロキシニトリラーゼとは異なる基質特異性を有する点で優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
(1)光学活性シアノヒドリン合成酵素
(1-1)酵素の調製
本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素の供給源としては、ウメの果実である。ウメは、最終的には高さが約6m(20フィート)の美しい木である。ウメの学名はPrunus mumeであり、バラ科サクラ属の一種である。ウメには、一般に果樹用の「実梅」と鑑賞用の「花梅」がある。実梅の品種としては、例えば、十郎、白加賀、養老、玉梅などがある。花梅の品種としては、例えば、臥竜梅、黄門垂、桜鏡、寒衣などがある。ウメの果実は、形が丸く、直径が約1.3cm〜12.7cm(0.5〜5インチ)、好ましくは約2.5cm〜7.6cm(1〜3インチ)、重さが10〜35g、好ましくは15〜30g、より好ましくは20〜25g程度である。特に熟したウメの果実、黄色がかった赤色のものが好ましく、多肉が覆っているものがより好ましい。果実は、直接採取したものでも市販のものでもよく、酵素の供給源としては特にその中に含まれる種子が好ましく、さらには種子中に含まれる仁と呼ばれる白い部分が特に好ましい。
【0009】
本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素は、上記のようなウメ果実を、例えば、以下の方法により抽出して得られた抽出物を有効成分として含むものである。
(a)上記植物の果実又は種子を粉砕する工程;
(b)上記粉砕物を抽出溶媒中に懸濁して抽出する工程;及び
(c)任意に、得られた抽出物を精製する工程。
(a)上記植物の果実又は種子を粉砕する工程は、上記植物の果実又は種子を、一般的な粉砕方法を使用して粉砕することによって行われる。例えば、金槌あるいは木槌により破砕やグラインダーによる粉砕、種子を液体窒素により約−196℃に凍結して粉砕する方法などがあげられる。
【0010】
(b)上記粉砕物を抽出溶媒中に懸濁して抽出する工程で使用される抽出溶媒に特に限定はないが、水又は水性緩衝液であることが適当である。好ましくは弱酸性〜弱塩基性の範囲で緩衝能を有する緩衝液、例えばリン酸、クエン酸、グルタル酸、リンゴ酸、マロン酸、o-フタル酸、コハク酸、酢酸などの塩等によって構成される緩衝液等が好ましい。緩衝液のpHは、通常2〜9、好ましくは3〜7である。また、抽出溶媒として、その効率を良くするため、あるいは不要なものを抽出させない目的に、有機溶媒を併用することもできる。有機溶媒としては、酵素活性に悪影響を与えないものであれば特に制限なく、用いることができる。具体的には、ハロゲン化されていてもよい炭化水素系溶媒(例えば、直鎖状、分岐状又は環状の飽和又は不飽和脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素)、例えば、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン、塩化メチレン、クロロホルムなど;ハロゲン化されていてもよいアルコール系溶媒(例えば、直鎖状、分岐状又は環状の飽和又は不飽和脂肪族アルコール、アラルキルアルコール)、例えば、n−ブタノール、イソブタノール、t−ブタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール、n−アミルアルコールなど;ハロゲン化されていてもよいエーテル系溶媒(例えば、直鎖状、分岐状又は環状の飽和又は不飽和脂肪族エーテル、芳香族エーテル)、例えば、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、t−ブチルメチルエーテル、ジメトキシエタンなど;ハロゲン化されていてもよいエステル系溶媒(例えば、直鎖状、分岐状又は環状の飽和又は不飽和脂肪族エステル、芳香族エステル)、例えば、ギ酸メチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチル等が挙げられ、これらを単独で用いてもまた2種以上を混合して用いてもよい。水と実質的に溶解している状態、あるいは混和しない状態で用いることも可能である。さらに、脱脂目的等で予め、有機溶剤を使用することも可能である。このような有機溶媒は、目的に応じてに応じて適宜選択することができる。
【0011】
抽出は、一般的な抽出方法を用いて行われる。例えば、抽出は、上記粉砕物を上記抽出溶媒に加え、-10〜50℃、好ましくは、0〜40℃で実施される。ウメの果実、種子又は仁の量は、上記抽出溶媒100ml中、例えば、0.1〜300g、好ましくは、1〜50gであることが適当である。その後、ろ過あるいは遠心分離等の分離手段により、水性相部分を抽出液として回収する。
【0012】
得られた植物の果実又は種子の抽出液は、そのまま使用することができるが、(c)任意に、得られた抽出物を精製して使用することもできる。
抽出液の精製には、常用される;
(x)沈澱による分画、
(y)各種クロマトグラフィー、
(z)透析、限外ろ過
等による低分子物質の除去方法などを、単独で、又は適宜組み合わせて使用することにより得ることができる。以下、これらの工程を更に詳細に説明する。なお、以下の工程は、本発明の酵素を製造する一例であって、これらに限定されるものではない。
(x) 沈澱による分画
沈澱による分画は、上記抽出液に沈殿補助剤を加えて、沈殿物を作製することにより精製するものである。沈殿補助剤に使用される物質は、リン酸塩、硫酸塩などの多価陰イオンを含む塩が用いられるが、水に対する溶解度が高く、溶解度の温度変化が少ない点で硫酸アンモニウム(硫安)が好ましい。添加する沈殿補助剤の濃度は特に制限はないが、本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素を収率良く回収でき、しかも他の蛋白質成分と分離できる条件が好ましい。例えば、硫酸アンモニウムを使用する場合、上記抽出液1リットルあたり、10〜80%(w/v)、好ましくは20〜60%(w/v)の硫酸アンモニウム飽和溶液となるように加えることが適当である。沈殿した沈殿物は、適宜遠心分離などを利用して回収される。
【0013】
(y) クロマトグラフィー
クロマトグラフィーとしては、ゲルろ過法、イオン交換クロマトグラフィー、等電点クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどが挙げられる。
このうち、ゲルろ過法は、タンパク質を分子量の大きさで分ける手法であり、ゲル粒子が持つ網目構造により、目的とするタンパク質の分子量に応じて選択することができる。ゲルろ過に使用されるカラムとしては、TSKシリーズのカラム(TSKgel SuperSW2000、SuperSW3000、TSK-GelG3000SW、TSKgel G4000SW等東ソー社製)、Sephadex G25、Sephadex G50、 Sephadex G100、Sephadex G200、S-100HR、S-200HR、S-300HR(いずれもPharmacia)などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
また、イオン交換クロマトグラフィーは、タンパク質が両性電解質であることを利用した分離法であり、陽イオン交換クロマトグラフィー及び陰イオン交換クロマトグラフィーがある。陽イオン交換クロマトグラフィーのための交換基にはカルボキシメチル(CM)が用いられ、例えばCM-Toyopearl(東ソー)、CM-Cellulofine(生化学工業)、CM-Sephadex(Pharmacia)カラム等が挙げられる。また、陰イオン交換クロマトグラフィーのための交換基にはジエチルアミノエチル(DEAE)が用いられ、例えばDEAE-Toyopearl(東ソー)、DEAE-Cellulofine(生化学工業)、DEAE-Sephadex(Pharmacia)、MonoQカラム等が挙げられる。但し、これらのカラムに限定されるものではない。
疎水性クロマトグラフィーは、タンパク質とゲルに結合したリガンド間の疎水的相互作用に基づく分離手法であり、例えばButyl-TOYOPEARL、Phenyl-TOYOPEARL、Phenyl-Superoseのカラムが用いられる。また、移動相を極性有機溶媒、固定相を長鎖の無極性リガンドとし、両相間で溶質の分配を行う逆相クロマトグラフィー(例えばPEP-PRC, TSK-ODS等)を利用することもできる。
アフィニティークロマトグラフィーは、タンパク質や酵素に特異的に結合する物質をカラムにつけ、特異的結合反応を利用して目的とするタンパク質等を分離することを特徴とするものであり、アガロース(Sepharose)、デキストラン(Sephadex)、セルロース、ポリアクリルアミド(Biogel P)、多孔性シリカビーズ等を支持体に用いたものがある。
【0014】
(z)透析、限外ろ過
透析は、セロハン製の透析チューブに試料液を入れ、大量の純水又は低濃度の緩衝液に浸すことにより低分子化合物をセロハンチューブの外側に透過させる手法である。
限外ろ過法は、限外ろ過膜(平板膜、中空繊維ホロファイバー)を用いて、目的のタンパク質を濃縮する手法である。カットオフ分子量は500〜500,000程度の範囲である。手法としては加圧撹拌法、強制循環式濃縮法(ホロファイバー)、遠心法がある。
本発明においては、上記精製手法のうち硫安分画、イオン交換クロマトグラフィーおよびゲルろ過を組み合わせて用いることが好ましい。
【0015】
(1-2)酵素の性質
上記精製手法により得られたウメ果実由来の光学活性シアノヒドリン合成酵素は、以下の(1)〜(3)の理化学的性質により特定される。なお、本発明で言う、「光学活性シアノヒドリン合成酵素」は、タンパク質を主体とする以下に示す理化学的性質を有する物質を言い、補助因子(補酵素)が結合したホロ酵素のようなものも含み得る概念である。
(1) 作用
シアン化合物存在下、カルボニル化合物を光学活性シアノヒドリンに変換する。
(2) 基質特異性
ベンズアルデヒドを基質とし、R-マンデロニトリルへ変換する。また、クロロ置換ベンズアルデヒドを基質とした場合、該基質のメタ位置換体に比較して該基質のパラ位置換体から得られる光学活性シアノヒドリンの光学選択性の方が高い。
(3) 分子量
ゲルろ過で測定した場合、約6万である。SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量決定法により約5.8万の分子量を有する。
また、本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素は、更に、以下の(4)の理化学的性質により特定されてもよい。
(4) 反応適応温度
R-マンデロニトリル合成活性において0℃〜40℃の広い範囲で相対活性50%以上が維持される。
以下、上記(1)〜(4)の性状について、詳しく説明する。
【0016】
(1-2-1)作用
本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素は、原料であるカルボニル化合物及びシアン化合物を光学活性シアノヒドリンに変換する触媒作用を有する。具体的には、カルボニル化合物に、光学活性シアノヒドリン合成酵素存在下でシアン化合物を不斉付加し得る。



ここで、カルボニル化合物とは、アルデヒド又はケトンをいい、具体的には、次式(i):
1−CO−R2 (i)
(式中、R1およびR2は、互いに異なり、それぞれ水素原子又は炭化水素基を表す)で示される化合物をいう。
前記炭化水素基は、例えば、炭素数が、1〜30、好ましくは、1〜20の炭化水素基が好ましい。その−CH2−並びに−CH3のCH2はカルボニル基、スルホニル基、−O−又は−S−で置き換えられていてもよく、=CH2は=O又は=Sで置き換えられていてもよく、また−CH2−のC−H、−CH3のC−H、>CH−のC−H、=CH−のC−H並びに=CH2のC−Hは、N又はハロゲンで置き換えられていてもよい。ハロゲンとしては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子が挙げられる。
【0017】
前記炭化水素基は、置換基を有していてもよく、飽和又は不飽和の非環式であっても飽和又は不飽和の環式であってもよい。炭化水素基が非環式の場合には、直鎖状でも分岐状でもよい。炭化水素基には、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、アルキルジエニル基、アリール基、アルキルアリール基、アリールアルキル基、アリールアルケニル基、シクロアルキル基、シクロアルケニル基、(シクロアルキル)アルキル基、ビシクロアルキル基などが含まれる。
更に詳しくいえば、直鎖状又は分岐状のアルキル基としては、例えばメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、1−メチルプロピル基、ペンチル基、1−メチルブチル基、ヘキシル基、1−メチルペンチル基、ヘプチル基、1−メチルヘキシル基、1−エチルペンチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、2−メチルプロピル基、2−メチルブチル基、3−メチルブチル基、2−メチルペンチル基、3−メチルペンチル基、4−メチルペンチル基、メチルヘキシル基、メチルヘプチル基、メチルオクチル基、メチルノニル基、1,1−ジメチルエチル基、1,1−ジメチルプロピル基、2,2−ジメチルプロピル基、2,6−ジメチルヘプチル基、3,7−ジメチルオクチル基、2−エチルヘキシル基などが挙げられる。直鎖状又は分岐状のアルケニル基としては、例えばビニル基、アリル基、クロチル基(2−ブテニル基)、イソプロペニル基(1−メチルビニル基)、プロペニル基、2-メチル-1-プロペニル基、などが挙げられる。直鎖状又は分岐状のアルキニル基としては、例えばエチニル基、プロピニル基、ブチニル基などが挙げられる。アルキルジエニル基としては、例えば1,3-ブタジエニル基等が挙げられる。アリール基としては、例えばフェニル基、1−ナフチル基、2−ナフチル基、2−フェニルフェニル基、3−フェニルフェニル基、4−フェニルフェニル基、9−アントリル基、インデニル基、ビフェニル基、メチルフェニル基、ジメチルフェニル基、トリメチルフェニル基、エチルフェニル基、メチルエチルフェニル基、ジエチルフェニル基、プロピルフェニル基、ブチルフェニル基などが挙げられる。
【0018】
アルキルアリール基としては、例えばo-トリル基、m-トリル基、p-トリル基、2,3-キシリル基、2,4-キシリル基、2,5-キシリル基、o-クメニル基、m-クメニル基、p-クメニル基、メシチル基等が挙げられる。アリールアルキル基としては、例えばベンジル基、フェネチル基、1-ナフチルメチル基、2-ナフチルメチル基、1-フェニルエチル基、フェネチル基(2−フェニルエチル基)、フェニルプロピル基、フェニルブチル基、フェニルペンチル基、フェニルヘキシル基、メチルベンジル基、ジメチルベンジル基、トリメチルベンジル基、エチルベンジル基、メチルフェネチル基、ジメチルフェネチル基、ジエチルベンジル基等が挙げられる。アリールアルケニル基としては、例えばスチリル基、メチルスチリル基、エチルスチリル基、ジメチルスチリル基、3−フェニル−2−プロペニル基などが挙げられる。シクロアルキル基としては、例えばシクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、メチルシクロペンチル基、シクロヘキシル基、メチルシクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基等が挙げられる。シクロアルケニル基としては、例えばシクロプロペニル基、シクロブテニル基、シクロペンテニル基、シクロペンタジエニル基、シクロヘキセニル基等が挙げられる。シクロアルキルアルキル基としては、シクロペンチルメチル基、シクロヘキシルメチル基など、ビシクロアルキル基としては、ノルボルニル基、ビシクロ[2.2.2]オクチル基、アダマンチル基などが挙げられる。
【0019】
上記記炭化水素基中のCH2がカルボニル基、スルホニル基、O又はSで、又はC−HがN又はC−ハロゲンで置き換えられた基としては、ケトン、アルデヒド、カルボン酸、エステル、スルホン、エーテル、チオエーテル、アミン、アルコール、チオール、ハロゲン、複素環(例えば、含酸素複素環、含硫黄複素環、含窒素複素環)などの構造を一つ以上含む基が挙げられる。なお、含酸素複素環、含硫黄複素環、含窒素複素環とは、環式炭化水素基の環骨格の炭素がそれぞれ酸素、硫黄、窒素で置き換わるものを意味し、これらヘテロ原子置換が二種以上ある複素環であってもよい。上記の置換を有する炭化水素基としては、例えば、ケトン構造のアセチルメチル基、アセチルフェニル基;エステル構造のアセトキシ基、プロピオキシ基;スルホン構造のメタンスルホニルメチル基;エーテル構造のメトキシメチル基、メトキシエチル基、エトキシエチル基、メトキシプロピル基、ブトキシエチル基、エトキシエトキシエチル基、メトキシフェニル基、ジメトキシフェニル基、フェノキシメチル基;チオエーテル構造のメチルチオメチル基、メチルチオフェニル基;アミン構造のアミノメチル基、2−アミノエチル基、2−アミノプロピル基、3−アミノプロピル基、2,3−ジアミノプロピル基、2−アミノブチル基、3−アミノブチル基、4−アミノブチル基、2,3−ジアミノブチル基、2,4−ジアミノブチル基、3,4−ジアミノブチル基、2,3,4−トリアミノブチル基、メチルアミノメチル基、ジメチルアミノメチル基、メチルアミノエチル基、プロピルアミノメチル基、シクロペンチルアミノメチル基、アミノフェニル基、ジアミノフェニル基、アミノメチルフェニル基;含酸素複素環のテトラヒドロフラニル基、テトラヒドロピラニル基、モルホリルエチル基;含酸素複素芳香環のフリル基、フルフリル基、ベンゾフリル基、ベンゾフルフリル基;含硫黄複素芳香環のチエニル基;含窒素複素芳香環のピロリル基、イミダゾリル基、オキサゾリル基、チアジアゾリル基、ピリジル基、ピリミジニル基、ピリダジニル基、ピラジニル基、テトラジニル基、キノリル基、イソキノリル基、ピリジルメチル基;アルコール構造の2−ヒドロキシエチル基、2−ヒドロキシプロピル基、3−ヒドロキシプロピル基、2,3−ジヒドロキシプロピル基、2−ヒドロキシブチル基、3−ヒドロキシブチル基、4−ヒドロキシブチル基、2,3−ジヒドロキシブチル基、2,4−ジヒドロキシブチル基、3,4−ジヒドロキシブチル基、2,3,4−トリヒドロキシブチル基、ヒドロキシフェニル基、
【0020】
ジヒドロキシフェニル基、ヒドロキシメチルフェニル基、ヒドロキシエチルフェニル基;チオール構造の2−メルカプトエチル基、2−メルカプトプロピル基、3−メルカプトプロピル基、2,3−ジメルカプトプロピル基、2−メルカプトブチル基、3−メルカプトブチル基、4−メルカプトブチル基、メルカプトフェニル基;ハロゲン化炭化水素基である2−クロロエチル基、2−クロロプロピル基、3−クロロプロピル基、2−クロロブチル基、3−クロロブチル基、4−クロロブチル基、フルオロフェニル基、クロロフェニル基、ブロモフェニル基、ジフルオロフェニル基、ジクロロフェニル基、ジブロモフェニル基、クロロフルオロフェニル基、トリフルオロフェニル基、トリクロロフェニル基、フルオロメチルフェニル基、トリフルオロメチルフェニル基;アミン構造とアルコール構造を有する2−アミノ−3−ヒドロキシプロピル基、3−アミノ−2−ヒドロキシプロピル基、2−アミノ−3−ヒドロキシブチル基、3−アミノ−2−ヒドロキシブチル基、2−アミノ−4−ヒドロキシブチル基、4−アミノ−2−ヒドロキシブチル基、3−アミノ−4−ヒドロキシブチル基、4−アミノ−3−ヒドロキシブチル基、2,4−ジアミノ−3−ヒドロキシブチル基、3−アミノ−2,4−ジヒドロキシブチル基、2,3−ジアミノ−4−ヒドロキシブチル基、4−アミノ−2,3−ジヒドロキシブチル基、3,4−ジアミノ−2−ヒドロキシブチル基、2−アミノ−3,4−ジヒドロキシブチル基、アミノヒドロキシフェニル基;ハロゲンと水酸基で置換された炭化水素基であるフルオロヒドロキシフェニル基、クロロヒドロキシフェニル基;カルボン構造のカルボキシフェニル基などが挙げられる。 R1およびR2で表される非対称の2価の基としては、特に制限はなく、例えば、ノルボルナン−2−イリデン、2−ノルボルネン−5−イリデンが挙げられる。
【0021】
前記式(i)で示されるカルボニル化合物としては、具体的には例えば、ベンズアルデヒド、2,3,4位の各クロロベンズアルデヒド、2,3,4位の各ブロモベンズアルデヒド、2,3,4位の各フルオロベンズアルデヒド、2,3,4位の各フェノキシベンズアルデヒド、2,3,4位の各メチルベンズアルデヒド、2,3,4位の各ニトロベンズアルデヒド、2,3,4位の各メチルベンズアルデヒド、2,3,4位の各エチルベンズアルデヒド、2,3,4位の各メトキシベンズアルデヒド、2,3,4位の各エトキシベンズアルデヒド、2,3,4位の各トリフルオロメチルベンズアルデヒド、2,3,4位の各ヒドロキシベンズアルデヒド、2,3,4位の各ベンジルオキシベンズアルデヒド、2,3,4位の各アリルオキシベンズアルデヒド、2,3,4位の各t-ブチルジメチルシリルオキシベンズアルデヒド3,4−メチレンジオキシベンズアルデヒド、2,3−メチレンジオキシベンズアルデヒド、フェニルアセトアルデヒド、フルフラール、2-ピリジンカルバルデヒド、3-ピリジンカルバルデヒド、4-ピリジンカルバルデヒド、2,3,4-トリメトキシベンズアルデヒド、2,4,5-トリメトキシベンズアルデヒド、3,4,5-トリメトキシベンズアルデヒド、2,3,4,5-テトラフルオロベンズアルデヒド、2,3,5,6-テトラフルオロベンズアルデヒド、2,3,4,5,6-ペンタフルオロベンズアルデヒド、2,3,4,5,6-ペンタブロモベンズアルデヒド、2,3-ジクロロベンズアルデヒド、2,4-ジクロロベンズアルデヒド、
【0022】
2,5-ジクロロベンズアルデヒド、2,6-ジクロロベンズアルデヒド、3,4-ジクロロベンズアルデヒド、3,5-ジクロロベンズアルデヒド、2,3-ジメトキシベンズアルデヒド、2,4-ジメトキシベンズアルデヒド、2,5-ジメトキシベンズアルデヒド、2,6-ジメトキシベンズアルデヒド、3,4-ジメトキシベンズアルデヒド、3,5-ジメトキシベンズアルデヒド、2,4-ジメチルベンズアルデヒド、4-N,N-ジメチルアミノベンズアルデヒド、ピペロナール、1-ナフトアルデヒド、2-ナフトアルデヒド、9-アントラール等の芳香族アルデヒド;アセトアルデヒド、プロパナール、ブタナール、イソブチルアルデヒド、ピバルアルデヒド、ペンタナール 、ヘキサナール、シクロペンタンカルバルデヒド、シクロヘキサンカルバルデヒド、4−ヒドロキシ−3,3−ジメチルブチルアルデヒド等の脂肪族アルデヒド;2-ブタノン 、2-ペンタノン、3-メチル-2-ブタノン、2-ヘキサノン 、4-メチル-2-ペンタノン 、3,3-ジメチル-2-ブタノン、2-ヘプタノン、5-メチル-2-ヘキサノン、2-オクタノン、2-ノナノン、2-デカノン、2-ウンデカノン、2-ドデカノン、シクロプロピルメチルケトン、トリメチルシリルメチルケトンエチルメチルケトン、メチル(2−プロペニル)ケトン、(3−ブテニル)メチルケトン等の脂肪族ケトン;(3−クロロプロピル)メチルケトン等のアルキル(ハロアルキル)ケトン;2−(アルコキシカルボニルアミノ)−3−シクロヘキシルプロピオンアルデヒド等の2−(保護アミノ)アルデヒド;3−メチルチオプロピオンアルデヒド等のアルキルチオ脂肪族アルデヒド;2-フルアルデヒド、2-チオフェンカルバルデヒド、2-ピリジンカルバルデヒド、3-ピリジンカルバルデヒド、4-ピリジンカルバルデヒド、2-キノリンカルバルデヒド、4-キノリンカルバルデヒド等の複素環アルデヒドが挙げられる。
【0023】
本発明において使用され得るシアン化合物は、上記カルボニル化合物と縮合して、対応するシアノヒドリンを得ることができるものであればよい。好ましくは、HCN又はHCNを発生し得るシアン化合物が適当である。シアン化合物としては、例えば、HCN、KCN、NaCN、アセトンシアノヒドリン((CH3)2C(OH)CN)等が挙げられる。
原料であるこれらカルボニル化合物とシアン化合物は必要に応じて、(酸性水溶液あるいはアルカリ性水溶液等による)洗浄、蒸留、再結晶等の精製を行って本反応にもちいることができる。
【0024】
本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素を使用した、カルボニル化合物とシアン化合物とからの光学活性シアノヒドリンを合成する反応は、例えば、以下の条件で行われる。
反応は、反応溶媒中に上記カルボニル化合物とシアン化合物を加えて所定時間、所定温度に維持することにより進行する。反応条件、並びに、光学活性シアノヒドリン合成酵素及び基質としてのカルボニル化合物とシアン化合物の使用量は、用いる基質に応じて適宜決定される。通常、酵素の使用量は基質であるカルボニル化合物1mmolに対して0.1〜1000単位、好ましくは1〜500単位である。カルボニル化合物の濃度は、通常1〜500g/Lの範囲である。シアン化合物の濃度は、用いるカルボニル化合物に対して0.1〜10倍モル、好ましくは0.5〜3倍モルの濃度で添加する。反応時間は、基質であるカルボニル化合物の転換率が40%以上、好ましくは80%以上に達するまでの時間が適当である。但し、反応時間はこれらに限定されるものではない。反応温度は酵素の活性が十分発揮される温度であれば特に限定されるものではなく、通常-10〜70℃、好ましくは0〜40℃である。また、必要に応じて反応系内に金属イオン、補酵素(FAD、FMN、NAD等)等を共存させても良い。これらを加えることで、酵素活性を高め、目的化合物の収率が向上する場合がある。
本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素は、粉末状、液状、又は適当な担体に固定化してなる固定化酵素などの状態のものを使用することができる。固定化担体としては、例えば多孔性の無機担体、セルロースなどの繊維状の担体、高分子化合物からなる担体などが挙げられ、具体的には、多孔性のセラミック粒子、多孔性のシリカゲル粒子、ゼオライト系粒子、寒天、アルギン酸カルシウム、キトサンなどの天然高分子ゲル、ポリアクリル酸、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコールなどの合成高分子ゲルなどが挙げられる。酵素を固定化するには、例えば、担体に酵素溶液を吸収させる方法、酵素溶液と担体とを混合し、酵素を吸着固定する方法、酵素を包括固定化する方法、酵素を架橋剤で架橋する方法等の任意の手法を採用することができる。
【0025】
反応溶媒としてはクエン酸ナトリウム、クエン酸カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、酢酸ナトリウム等を含む緩衝液単独あるいは反応原料の濃度を高めて生産性を良くするために、反応溶媒として有機溶媒を用いることもできる。
緩衝液のpHは酵素反応に悪影響を与えないものであれば特に制限なく、pH2〜9、好ましくは、pH3〜7である。
有機溶媒としては、水と実質的に混和せず、基質および生成物を充分に溶解し、酵素反応に悪影響を与えないものであれば特に制限なく、用いることができる。具体的には、ハロゲン化されていてもよい炭化水素系溶媒(例えば、直鎖状、分岐状又は環状の飽和又は不飽和脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素)、例えば、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン、塩化メチレン、クロロホルムなど;ハロゲン化されていてもよいアルコール系溶媒(例えば、直鎖状、分岐状又は環状の飽和又は不飽和脂肪族アルコール、アラルキルアルコール)、例えば、n−ブタノール、イソブタノール、t−ブタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール、n−アミルアルコールなど;ハロゲン化されていてもよいエーテル系溶媒(例えば、直鎖状、分岐状又は環状の飽和又は不飽和脂肪族エーテル、芳香族エーテル)、例えば、ジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、t−ブチルメチルエーテル、ジメトキシエタンなど;ハロゲン化されていてもよいエステル系溶媒(例えば、直鎖状、分岐状又は環状の飽和又は不飽和脂肪族エステル、芳香族エステル)、例えば、ギ酸メチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチル等が挙げられ、これらを単独で用いてもまた2種以上を混合して用いてもよい。このような有機溶媒は、原料のアルデヒド又はケトンの物性、生成物であるシアンヒドリンの物性に応じて適宜選択することができる。
【0026】
前記有機溶媒は、水又は水性緩衝液で飽和されていてもよく、更に過剰の水又は水性緩衝液を加えて、有機溶媒相と水相との二相系を形成する溶液状態としたものでもよい。前記の有機溶媒を水又は水性緩衝液で飽和する方法としては、例えば前記の有機溶媒と水又は水性緩衝液を二相を形成する割合で混合及び撹拌し、静置した後、その有機層を用いる方法が挙げられる。
前記有機溶媒は、水又は水性緩衝液で飽和されているのが好ましい。ここで水性緩衝液としては、特に制限はないが、酵素活性の最適pH(pH4〜7)の付近において緩衝能を発揮する緩衝液、例えば、リン酸、クエン酸、グルタル酸、リンゴ酸、マロン酸、o-フタル酸、コハク酸、酢酸などの塩等によって構成される緩衝液等が好ましく用いられる。
上記のようにして得られた光学活性シアノヒドリンは、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などによって、測定又は定量することができ、必要に応じて、抽出、減圧蒸留、カラム分離などの通常の手段によって分離精製することができる。また、収率は、1H-NMRを使用して求めることができる。
【0027】
(1-2-2) 基質特異性
本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素は、ベンズアルデヒドを基質とし、R-マンデロニトリルへ変換する基質特異性を有する。クロロ置換ベンズアルデヒドを基質とした場合、オルト位置換体と比べて、メタ位およびパラ位置換体に対する光学選択性が高い。さらにメタ位およびパラ位置換体を比較した場合においては、パラ位置換体に対する光学選択性が高い。これら本酵素の基質特異性はメチル(-Me)、メトキシ(-OMe)、トリフルオロメチル(-CF3)、ニトロ(-NO2)等のすべての置換体に対しても、共通で、メタ位置換体に比較してパラ位置換体に対する光学選択性が高いことが特徴である。ここで、光学選択性は、例えば、ベンズアルデヒドのような基質を、マンデロニトリルのような生成物に変換した場合、生成物中にR−の光学異性体が存在する割合(光学純度)であるエナンチオ選択性(%ee)で表すことができる。例えば、生成物の全てがR−の光学異性体であれば、100%eeであり、生成物の全てがラセミ体であれば、0%eeである。本発明の高い光学選択性は、
(オルト位置換体のエナンチオ選択性)<(メタ位置換体に対する光学選択性)×α
(メタ位置換体に対する光学選択性)<(パラ位置換体に対する光学選択性)×β
ここで、αは、1以上、好ましくは、1.2以上、より好ましくは、1.5以上である。また、βは、1以上、好ましくは、1.05以上、より好ましくは、1.2以上である。
また、本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素は、脂肪族アルデヒド及び一置換芳香族アルデヒドの光学選択性が高い(脂肪族アルデヒドのエナンチオ選択性:70%ee以上、好ましくは、75%ee以上;一置換芳香族アルデヒドのエナンチオ選択性:50%ee以上、好ましくは、60%ee以上)。また、基質の芳香核に電子求引基が存在する場合、基質の反応性が向上する。メタ及びパラ位にハロゲンが置換したベンズアルデヒドを基質として使用した場合、本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素は、優れた光学選択性を示す光学活性シアノヒドリンを合成し得る(エナンチオ選択性:90%ee以上、好ましくは、95%ee以上)。また、電子供与基(例えば、-Me、-OMe; 主にメタ位とパラ位で)が存在する基質を使用した場合、本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素は、優れた光学選択性を示す光学活性シアノヒドリンを合成し得る(エナンチオ選択性:80%ee以上、好ましくは、85%ee以上)。さらに、脂肪族ケトン、特に、α位に分枝を持たないメチルケトンを基質として使用した場合、優れた光学選択性を示す光学活性シアノヒドリンを合成し得る(エナンチオ選択性:50%ee以上、好ましくは、60%ee以上)。
【0028】
(1-2-3) 分子量
本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素の分子量は、ゲルろ過で測定した場合、約6万である。より具体的には、6万±5000〜1万、6万±3000〜4000、6万±1000〜2000である。ここで、ゲルろ過法による分子量測定は、一般的な手法で実施できる。クロマトグラフ等により分画した活性画分を回収濃縮し、それをゲルろ過により溶出し、分子量が既知のタンパク質を利用した検量線から分子量を求めることができる。
【0029】
本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素の分子量は、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動による分子量決定法により測定した場合、約5.8万の分子量を有する。より具体的には、5.8万±5000〜1万、5.8万±3000〜4000、5.8万±1000〜2000である。ここで、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動はDavis and Laemmliの方法等の一般的な手法で実施できる。上記のようにゲルろ過した活性画分を、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動に供し、分子量が既知のタンパク質を利用した検量線と対比し、得られた画分の分子量を求めることができる。
【0030】
(1-2-4) 反応適応温度
本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素は、-10〜70℃、好ましくは、-5〜50℃、より好ましくは 0〜40℃の広範囲な温度範囲で、シアン化合物存在下、カルボニル化合物を光学活性シアノヒドリンに変換し得る。0〜40℃の温度範囲における光学活性シアノヒドリンの光学活性は、反応温度20℃でのエナンチオ選択性の値を100%とした場合の相対活性で、40%以上、好ましくは50%以上である。
【0031】
(2) α−ヒドロキシカルボン酸の合成方法
得られた光学活性シアノヒドリンを加水分解することによって、光学活性α−ヒドロキシカルボン酸を得ることができる。加水分解においては、塩酸、硫酸、硝酸、ホウ酸、リン酸、過塩素酸等、好ましくは塩酸を触媒として使用することにより、反応を速やかに進行させることができる。鉱酸の使用量は、シアノヒドリンに対して1〜10当量、好ましくは1.5〜5当量である。加水分解反応は、反応時の温度が10〜100℃(還流温度)、好ましくは20〜90℃である。反応時間は、反応温度が20〜40℃の場合は1〜50時間、40〜90℃の場合は0.5〜30時間であることが好ましい。 反応終了後は、公知の方法により単離精製を行う、例えば反応溶液から溶媒を用いて抽出し、さらに必要に応じて水洗した後、溶媒を蒸発・乾固、再結晶等により、目的とするα−ヒドロキシカルボン酸を単離することができる。
【実施例】
【0032】
〔実施例1〕
(1) 酵素溶液の調製
市販の熟した梅の実 (30個) から種 (64.3 g) を取り出し、梅の種から殻を割って仁 (16.6 g) を取り出した。乳鉢と乳棒を用いて50 mM リン酸緩衝液(KPB) pH 6.0, 40 mlを加え、ホモジナイザーにより、氷中でホモジナイズした。4層のガーゼによりろ濾し、さらに遠心分離 (28,000 × g、15分、4℃) により、酵素抽出液を回収した。
上清を硫安分画し、0〜30%の飽和画分を、10 mM KPBで透析 (2 l× 3) した。酵素溶液は、Urtrafiltration system (Centriprep YM-10 Millipore Corporation, USA)で濃縮し、これをそのまま光学活性シアノヒドリン合成酵素の活性測定に用いた。
なお、実施例2以降における光学活性シアノヒドリン合成酵素溶液は本透析後のものを使用した。
【0033】
(2)酵素活性測定
次に、ベンズアルデヒドからの(R)-マンデロニトリルの生成を測定することによって酵素活性をアッセイした。
400 mMクエン酸緩衝液(pH 4.0)760μlに1.0Mベンズアルデヒドのジメチルスルフォキシド(DMSO)溶液40μl、酵素溶液100μl及び1.0Mシアン化カリウム溶液100μlを順に加え(最終容量1.0 ml)、25℃で5分間インキュベートした。
反応液を100μl 取り、900μlの有機溶媒(ヘキサン:イソプロパノール= 9:1)を添加して反応を停止させ、上清を以下に示すHPLCにより分析した。ブランクとして、酵素を含まない系(酵素溶液の代わりに10 mM KPBを添加)を実施し、生成するマンデロニトリルを測定した。酵素活性は、ブランクの値を減じた値を基に、算出した。
【0034】
[HPLC分析条件]
カラム:CHIRALCEL OJ-H (ダイセル化学工業製)
4.6mm I.D.×250mm
移動相:n-ヘキサン:2-プロパノール = 90:10
流 速:1.0mL/分
検 出:UV 245nm
【0035】
標準的アッセイ条件下で、1分あたり1 μmolの光学活性マンデロニトリルを生成する酵素の量を酵素活性1単位(U)と定義した。
たんぱく質の定量はブラッドフォード法(バイオラット社)を用いた。
【0036】
(3)各種クロマトグラフィーによる精製
(i) 陰イオン交換クロマトグラフィー(DEAE-トヨパール650M)による精製
10mMリン酸緩衝液(pH 6.0)で平衡化したDEAE-トヨパールカラム650Mに酵素溶液を乗せ、100 mMリン酸緩衝液(pH 6.0)で洗浄後、NaCl 100mMを含む100 mMリン酸緩衝液(pH 6.0)で活性画分を溶出させた。活性フラクションは10 mMリン酸カリウム緩衝液(pH6.0)で透析した。
(ii) ゲルろ過(TSK-GelG3000SW)による精製
上記疎水クロマト活性画分を濃縮後、 0.1M リン酸緩衝液+ 0.2 M NaCl buffer (pH6.0)で平衡化したTSK-GelG3000SWに供し、活性画分を溶出させた(図1、Hnlと表示したものが活性画分)。既知のたんぱく質(thyroglobulin (669,000); ferritin (443,000); lactate dehydrogenase (139,850); albumin (66,267); trypsin inhibitor (21,000))の検量線(図2)より、算出された光学活性シアノヒドリン合成酵素の分子量は60KDであった。
【0037】
(iii)SDSポリアクリルアミド電気泳動
Davis and Laemmliの方法に従い、12.5%ポリアクリルアミドゲルを使用し、ゲルろ過(TSK-GelG3000SW)活性画分をSDSポリアクリルアミド電気泳動に供した(図3、Hnlと表示したものが活性画分)。既知のたんぱく質(phosphorylase b (95,000), bovine serum albumin (66,000), ovalbumin (45,000), carbonic anhydrase (30,000), trypsin inhibitor (20,100) and m-lactoalbumin (14,400))の検量線(図4)より、算出された光学活性シアノヒドリン合成酵素の分子量は58KDであった。
【0038】
(4)反応至適温度
実施例1(1)で得られた光学活性シアノヒドリン合成酵素溶液を用いて、ベンズアルデヒドを基質とした各反応温度(10分間反応)における活性測定(前述の方法)を行った。グラフ1に反応温度20℃での値を100%として、相対活性で結果を示す。0℃〜40℃の広い範囲で相対活性50%以上が維持されることが示された。
グラフ1

【0039】
〔実施例2〕芳香族シアノヒドリンの合成
400 mMクエン酸緩衝液(pH 4.0)760μlに、表1〜4に記載のカルボニル化合物が1.25M濃度になるようにDMSOに溶解させた溶液40μlを混合し(最終濃度50 mM)、光学活性シアノヒドリン合成酵素溶液100μl及び1.0Mシアン化カリウム溶液100μl(クエン酸緩衝液(pH 4.0)溶液、最終濃度100 mM)を順に加え(最終容量1.0 ml)、25℃で反応させた。
反応液を25μl 取り、酢酸エチルを添加して、反応生成物を抽出して酢酸エチル層を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析し、その光学純度を測定した。
【0040】
[HPLC分析条件]
カラム;CHIRALCEL OJ-H (ダイセル化学工業製)
4.6mm I.D.×250mm
移動相;n-ヘキサン:2-プロパノール = 90:10(基本条件)
流速;1mL/min
検出;UV 245nm
【0041】
得られた芳香族シアノヒドリンの酵素活性は、得られたシアノヒドリン中、R−又はS−の光学異性体が存在する割合(光学純度)、即ち、エナンチオ選択性(%ee)を基準として評価した。例えば、得られたシアノヒドリンが全て(R)-シアノヒドリンであれば、100%eeであり、得られたシアノヒドリンが全てラセミ体のシアノヒドリンであれば、0%eeである。
以下、評価の結果を表1〜4に示す。
【0042】
表1 無置換又は一置換ベンズアルデヒド

a)移動層組成(n-ヘキサン:2-プロパノール = 19:1)で分析
b)移動層組成(n-ヘキサン:2-プロパノール = 80:20)で分析



【0043】
表2 二置換ベンズアルデヒド

c) 移動層組成(n-ヘキサン:2-プロパノール = 39:1)で分析
【0044】
表3 多置換ベンズアルデヒド

【0045】
表4 ヘテロ芳香族アルデヒドと多環式アルデヒド

【0046】
表1に示すように、無置換又は一置換ベンズアルデヒドについては、本発明の酵素は、一部を除いて非常に優れたエナンチオ選択性を示した。特に、メタ位置換体に比較してパラ位置換体に対しての方が光学選択性が高いことが特徴である。すべてのメトキシ系のベンズアルデヒドは、ベンズアルデヒドと比べて高い光学選択性を示した。4−ヒドロキシベンズアルデヒドは、そのままではエナンチオ選択性が悪いが、4−ヒドロキシベンズアルデヒドのヒドロキシル基をエーテル官能性(ベンジル、アリル、ターブチルジメチルシリル)として保護した場合、保護されたアルデヒドは、すべて優れたエナンチオ選択性(99%)を有していた。
表2に示すように、二置換ベンズアルデヒドについて、本発明の酵素は、特に、3,4-ジクロロベンズアルデヒド及び3,5-ジメトキシベンズアルデヒドが優れたエナンチオ選択性を示した。3,4-ジクロロベンズアルデヒドからは、光学純度の高い(R)−シアノヒドリンが得られた。一方、アルデヒド基に隣接するオルト位にハロゲン基又はメトキシ基を有するアルデヒドは、エナンチオ選択性が低下する傾向が見られた。
また、二環式アルデヒドの中では、1−ナフタールと2−ナフタールが非常に良好な基質である。いずれのアルデヒドもベンズアルデヒドと比べてエナンチオ選択が優れていた。
【0047】
〔実施例3〕脂肪族シアノヒドリンの合成
表5〜6に記載の脂肪族のカルボニル化合物溶液1.25M液(DMSOに溶解)を40μl(終濃度50 mM)、400mMのクエン酸緩衝液(pH 4.0) 760μl(終濃度約300 mM)、さらに1.0MのKCN溶液を100μl((終濃度100 mM)添加して(合計の容量1ml))、25℃で反応させた。
反応液を実施例2と同様に酢酸エチルあるいはエーテルで抽出してガスクロマトグラフィー(GC)にて分析し、その光学純度を測定した。なお、一部の脂肪族アルデヒド及び脂肪族ケトンについては、得られたシアノヒドリンを、対応するトリメチルシリルエーテル(-OTMS)として誘導体化し(トリメチルシリルエーテル誘導体(TMS-エーテル誘導体))、GCにより測定した。すなわち、無水のジクロロメタン中、過剰のイミダゾールとTMS-Clで処理し、シリカゲルカラム(溶離液;ヘキサン:酢酸エチル=9:1)で精製し、以下に示すGC条件にて測定した。
【0048】
[GC分析条件1]
カラム;β-Dex325(30m x 0.25mm x 0.25μm thickness、SUPELCO社製)
キャリアーガス;ヘリウム
検出;FID
検出器温度 : 230℃
インジェクション温度: 220℃
カラム温度: 化合物によって異なる。
【0049】
[GC分析条件2]
カラム;β-Dex120(30m x 0.25mm x 0.25μm thickness、SUPELCO社製)
キャリアーガス;ヘリウム
検出;FID
検出器温度 : 230℃
インジェクション温度: 220℃
カラム温度: 化合物によって異なる。












【0050】
表5 脂肪族アルデヒド

a)GC分析条件1により測定した。
b)対応するTMS-エーテル誘導体を調製して光学純度を求めた。
【0051】
表6 脂肪族メチルケトン

b)対応するTMS-エーテル誘導体を調製して光学純度を求めた。
c) GC分析条件2により測定した。
表5に示しように、脂肪族アルデヒドについては、本発明の酵素は、全般的に優れたエナンチオ選択性を示した。
表6に示すように、脂肪族ケトンについて、本発明の酵素は、α位に分枝を持たないメチルケトンに対して良好なエナンチオ選択性を示した。
【0052】
〔実施例4〕有機溶剤中でのシアノヒドリンの合成
ジイソプロピルエーテル50mL及び400 mMクエン酸緩衝液(pH 4.0) 5mLと混合し、水飽和のジイソプロピルエーテルを調製した。これに、さらに上記カルボニル化合物(5g)を加えた。得られた溶液に、更に、実施例1(1)で得られた本発明の光学活性シアノヒドリン合成酵素を含む酵素溶液をカルボニル化合物に対して50U/mmolになるように加えた。その後、アセトンシアンヒドリンを1.5等量加え反応を開始した。反応終了後、酢酸エチルを添加して、反応生成物を抽出して酢酸エチル層を実施例2記載の方法にてHPLC分析し、その光学純度をおよび反応収率を算出した。


【0053】
表7 有機溶剤中でのシアノヒドリンの合成

【0054】
〔実施例5〕
α−ヒドロキシカルボン酸の合成
実施例2で得られたR-マンデロニトリルに5等量の濃塩酸を添加し、混合物を室温で7時間撹拌した。その後、60℃で12時間加熱し、次に100℃で5時間加熱した。吸引器を用いて真空中で塩酸ガスを除去した後、2倍量の酢酸エチルを用いて残分を3回抽出した。抽出物をNa2SO4で乾燥し、濃縮した。
その結果、85%の収率でR−マンデル酸が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】TSK-GelG3000SWカラムによる溶出パターンをしめす。
【図2】光学活性シアノヒドリン合成酵素の分子量測定結果を示す。
【図3】SDSポリアクリルアミド電気泳動パターンをしめす。
【図4】光学活性シアノヒドリン合成酵素の分子量測定結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウメ(Prunus mume)果実由来で以下の性状を示す光学活性シアノヒドリン合成酵素。
(1)シアン化合物存在下、カルボニル化合物を光学活性シアノヒドリンに変換する。
(2)基質特異性:ベンズアルデヒドを基質とし、R-マンデロニトリルへ変換する。また、クロロ置換ベンズアルデヒドを基質とした場合、該基質のメタ位置換体に比較して該基質のパラ位置換体から得られる光学活性シアノヒドリンの光学選択性の方が高い。
(3)分子量:ゲルろ過で測定した場合、約6万である。
【請求項2】
請求項1記載の酵素を触媒としてカルボニル化合物とシアン化合物から光学活性シアノヒドリンを合成する方法。
【請求項3】
請求項2に記載の方法により得られた光学活性シアノヒドリンを加水分解することを含む、α−ヒドロキシカルボン酸の合成方法。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−238763(P2006−238763A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−57650(P2005−57650)
【出願日】平成17年3月2日(2005.3.2)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】